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ブログタイトル
日本歴史紀行
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各地の史跡を探索する紀行ブログ
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382回 / 365日(平均7.3回/週)

ブログ村参加:2018/09/17

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葵 北風さんの新着記事

1件〜30件

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 5 ー3 橘 寺 太子愛馬 黒駒 像 二面石

    聖徳太子 愛馬 黒駒 像聖徳太子の愛馬、黒駒は、598年 推古6年 太子が全国に向けて馬を献上するように命じた際に、太子が甲斐国(現在の山梨県)から献上された脚の白い黒毛の馬をたいそう気に入りました。黒駒という名馬を太子は舎人(とねり)に躾(しつけ)を

  • 北海道地名由来史 8 函館市

    函館市北海道南部(道南)の函館市は、この記事でも説明の必要の無いくらい有名な街ですが、昭和時代までは、北の玄関口と呼ばれ、函館と青森を線路でつなぐ青函トンネルが開通するまでは、青函連絡船という定期船が津軽海峡を横断して人と貨物の運搬を担ってい

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 5ー2 橘 寺 観音堂

    橘 寺 観音堂奈良県高市郡明日香村 橘橘寺 観音堂は、度重なる火災、兵火により焼失を重ねた橘寺の本堂として江戸時代後期の1777年安永6年に建立された堂宇で、幕末期に人々の寄付により太子殿が本堂として再建されたため、藤原京時代に建立された本尊の如意

  • 北海道地名由来史 7 余市町

    余市町カントリーサイン 余市町 ~よいち ちょう~ 道央地域の後志(しりべし)支庁管内の余市町は、観光都市 小樽市の西隣に位置しています。 余市町は時代によって様々な特色を見せた町で、古くは縄文時代のものとされるストーンサークル~環

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 5ー1 橘寺 太子殿

    橘 寺 太子殿奈良県 高市郡 明日香村 橘若き日の聖徳太子の逸話を現代に伝える橘寺は、かつて太子の先々代にあたる欽明天皇の別宮【橘宮】があった場所で、聖徳太子はこの地で生まれました。寺伝によると、太子が宮跡の地で勝鬘経(しょうまんぎょう

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 4 ー 10 法隆寺 東院 夢殿

    法隆寺 東院 夢殿奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内夢殿のあった場所は、601年 推古天皇9年に聖徳太子が造立した斑鳩宮がありました。法隆寺創建よりも6年前のことでした。太子の没後、嫡子 山背大兄王と一族の上宮王家の御所となりましたが

  • 北海道地名由来史 6 厚真町 安平町

    にほんブログ村 厚真町カントリーサイン 平成30年北海道胆振東部地震の震源地となってしまった厚真町は、古くからアイヌ人の集落があって豪商ら和人もまたアイヌ人と交易した記録が残ります。 江戸時代後期の1799年 寬政11年に道内全域の支配をしてい

  • 北海道地名由来史 5 苫小牧市

    にほんブログ村苫小牧市カントリーサイン 苫小牧市【とまこまい し】 苫小牧市は胆振地方最大の人口約17万の中核都市で、製紙業、港湾の街として知られています。また、余談になりますが、夏の甲子園、全国高校野球大会で北海道代表校として初め

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 4ー9 法隆寺 東院 礼堂、絵殿、舎利殿

    法隆寺 東院 礼堂法隆寺 東院 礼堂、絵殿、舎利殿奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内東院 礼堂もともとは、東院の中門にあたり、堀立柱の門でしたが、夢殿が鎌倉時代に再建された際に夢殿を礼拝するための堂宇として建立され、礼堂の名が起こりました。

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 4 ー 8 法隆寺東院 伝法堂 鐘楼

    法隆寺 東院 伝法堂法隆寺 東院 鐘楼法隆寺 東院 伝法堂、鐘楼奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内東院 伝法堂は、東大寺 大仏殿、毘盧舎那仏の造立の詔を発した聖武天皇の皇后、橘夫人が邸宅を寄進したもので、移築されて仏堂に改築されました。奈

  • 北海道地名由来史 4 八雲町

    八雲町カントリーサイン八雲町~ヤクモチョウ北海道地名由来史というカテゴリーを作ったのも、北海道の市町村のほとんどがアイヌ語をもとにしたと、第1回の札幌市での文面に記載しましたが、その一部で入植した和人が名付けた市町村も存在します。道南の

  • 北海道地名由来史 3 石狩市

    石狩市カントリーサイン石狩市~イシカリシ石狩市は道都 札幌市の北西部に位置し、北海道最大の大河、石狩川が流れます。石狩川の源流は北海道の屋根 大雪山系の石狩岳から発していて、北海道第二の都市、旭川市のある上川盆地、最大の穀倉地帯である空知平野を

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 4ー 7 法隆寺 聖霊院

    法隆寺 聖霊院奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内聖霊院は、西院回廊の東側で南北に長く続く東室の南端部にあたり、僧達の宿舎(僧房)でした。僧坊の三房分の六間を改造して1121年 保安2年に創建しましたが、建物は梁間を建て替えて仏堂としたものです。

  • 歴史 今日の出来事 慶応3年 10月14日 江戸幕府 大政奉還を奏上

    大政奉還に際し、将軍 徳川慶喜が在京の諸藩重臣を集め諮問した二条城 二の丸御殿1853年 嘉永6年のペリー来航以降、外圧による開国の要求、尊王攘夷運動に始まる治安の急速な悪化と、日本国内はもはや幕府のみによる政権運営は不可能とされました。江戸幕府 第15

  • 北海道地名由来史 2 小樽市

    小樽市カントリーサイン小樽市は、北海道が蝦夷地と呼ばれた江戸時代に既に和人が住み始めた地で、現在の小樽港周辺に運上屋と呼ばれる和人とアイヌの交易場があり、賑わいを見せていました。小樽の語源は、小樽市の最東端を流れる~旧オタルナイ川から来ています

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 4 ー 6 法隆寺 西円堂

    法隆寺 西円堂奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内西円堂は法隆寺西院の西外れの石段の高台に、平城京遷都から間もない718年 養老2年、奈良時代初期に行基により建立された八角の円堂宇で、奈良後期作の本尊の脱活乾漆造薬師如来坐像が内部に納められています。

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 4ー5 法隆寺 西院 経蔵、廻廊

    法隆寺 西院 経蔵法隆寺 西院 廻廊奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内経蔵西院 経蔵は、多くの経典を納める施設として創建時は五重塔、金堂を囲む廻廊の外にありましたが、火災で焼失し、再建の際に西院の伽藍として組み込まれました。廻廊法隆寺のシン

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 4 ー 4 法隆寺 南大門、中門

    法隆寺 南大門法隆寺 中門 (現在 工事中)法隆寺 南大門、西院 中門奈良県生駒郡斑鳩町 法隆寺山内南大門法隆寺の玄関にあたる南大門は、平安時代の1031年 長元4年に造立され、1077年 承暦元年に火災で焼失し、室町時代後期の1438年 永亭10年に再

  • 偉人の言葉 45 徳川家康 ~三河武士が五百騎ほど居りまする。~

    家康が秀吉に語ったとされる この言葉は、度々 歴史番組でも扱われたことがあり、存じている方も多いかと思います。肝要の時に用に立たず。 宝の中の宝といふは人にて留めたり 【岩淵夜話別集】【 器物はどんな名品であれ、肝心なときに役に立たな

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 4 ー 3 法隆寺 西院 大講堂

    法隆寺 西院 大講堂奈良県生駒郡斑鳩町 法隆寺山内法隆寺のシンボルでもある五重塔と金堂を中門と廻廊で取り囲む様に見える大きな堂が大講堂です。大講堂は、僧が学問を学び、法要を行う場として建立された人が堂内に最も集まれる施設でしたが、925年

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 4 ー2 法隆寺 西院 金堂

    法隆寺 西院 金堂奈良県生駒郡斑鳩町 法隆寺山内法隆寺が日本で最初の世界文化遺産に認定された決め手に、世界最古の木造建築物だということが挙げられます。西院の五重塔に並立して建立された金堂は、世界最古の木造建築と言われ、力強い胴張りを

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 4 ー1 法隆寺 西院 五重塔

    法隆寺 西院 五重塔奈良県生駒郡 斑鳩町法隆寺 山内 聖徳太子ゆかりの御寺 法隆寺は、生駒山地の山裾に広がる斑鳩の里に西暦607年 推古天皇15年に建立されたと伝わり、また、1993年 平成5年に貴重な世界最古の木造建築物として日本で最初の世界文化遺産に

  • 偉人の言葉 42 勝 海舟 政治の秘訣は何もない、ただ 誠心誠意の四文字だけだ。

    勝 海舟政治の秘訣は何もない、ただ 誠心誠意の四文字だけだ。にほんブログ村

  • 偉人の言葉 41 武田信玄 歳末の大雪に敵が追ってくるものか。

    武田信玄【歳末の大雪に敵が追ってくるものか。】武田信玄、初陣の時の言葉。信玄15歳の冬、初陣として父、信虎と共に海口城の平賀源心を攻めるも、堅守の城を落とせず、さらに大雪に見舞われたため、父、信虎は軍勢を引き上げた。信玄は殿(しん

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 3 飛鳥寺

    飛鳥寺奈良県高市郡明日香村 飛鳥飛鳥寺は、大陸から仏教が伝来した西暦538年から半世紀後の西暦588年 崇峻天皇元年に着工され、日本で最初の本格的な寺院として、今から1400年以上 昔の西暦596年 推古天皇4年に創建しました。飛鳥寺造営に際し

  • 偉人の言葉 40 山岡鉄舟 ~維新の締めくくりは、西郷とおれの二人であたったのだ。~

    山岡鉄舟【 維新の締めくくりは、西郷とおれの二人であたったのだ。】薩摩、長州、土佐、肥前 、維新の勝ち組が明治新政府の要職を跋扈する中、旧幕臣でありながら、西郷隆盛に是非ともと請われ、西郷と10年間の期限の約束で、明治天皇の侍従を務めた山岡鉄舟

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 2 聖徳太子 像

    聖徳太子 像奈良県桜井市三輪 平等寺境内聖徳太子は、飛鳥時代の前期 西暦574年 敏達天皇3年 用明天皇の第二皇子として生まれました。正式の名は厩戸皇子【うまやどのおうじ】で、聖徳太子の名は諡名(おくりな)として没後に贈られた名です。初の女帝 推

  • 偉人の言葉 39 中條金之助景昭 ~茶畑の肥やしになる~

    中條金之助景昭【 茶畑の肥やしになる 】旧幕臣の中條金之助景昭は、徳川慶喜の護衛係を務め、慶喜を謹慎の地 水戸へ送り届けた後、他の幕臣らと静岡、牧之原台地で茶畑の開墾に取り組み、苦難の末に茶畑が一面の葉を実らせた。牧之原台地の茶栽培がよう

  • 歴史紀行 飛鳥時代編 1 聖徳太子 御誕生地

    聖徳太子 御誕生地奈良県高市郡明日香村 橘聖徳太子は飛鳥時代前期の用明天皇の皇太子で、正式には厩戸皇子(うまやどのおうじ)といいます。伝来間もない仏教の隆盛に尽くし、女帝として即位した推古天皇の摂政となり、我が国初の本格的な憲法 、十七条の

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