春というものは、妙に人の心を浮き立たせる。桜が咲いたとなれば、老いも若きも弁当を抱え、公園へ繰り出すのがこの国の慣わしである。 さて、吾輩―否、私はカメ子という名の亀である。名前からして女性のようだが、れっきとした雄である。名前の由来は聞かないでいただきたい。人間の命名というものは時に、性別より語呂を重んずるのだから。 その日、私は期待していた。なにしろ三年ぶりの花見である。しかも、主人と奥さんは、我々―すなわち吾輩と弟分のカメ輔を連れて行くと約束してくれたのだ。が、期待というものは往々にして裏切られる。 「すまんのう、カメ子。ほんとは連れて行きたかったのじゃが、なにせ嫁が弁当まで用意してくれ…