「やあ! ペンギン」「あぁ、らっかせいくんか」「きみ、ペンギンのぺんぺんくんでしょー?」「そうだよ。ぼくはぺんぺんくんだよ。きみは?」「ぼくは、らっかせいのらっかせいさ」「うん、そうだね。ところで、何か用なの?」「ううん。もうさむくなったから、きみが現れると思ってね。待ってただけさ」「そう、ぼく、さむくなったら出番がくるんだよ。それまでは、氷のあるところにいるんだけどね」「もう出ていいんだろ? ...
不思議な展開をみせる、オリジナル小説、 ほんのり奇妙な短編・ショートショートや、 中編小説を書いています。
◆小説一覧リスト https://riemiblog.blog.fc2.com/blog-entry-2.html 読んで感じたこと、思ったことなど、 ひとことでもいいので、 作品へのご感想をお待ちしています。
ホテルの大きな窓ガラスを、キトは掃除していた。 日差しが肌に暖かい。 マリは捕まってしまったけど、キトには今、ナヤがいる。 毎日、午後には、畑の手入れをかねたデートだ。 キトはいつも以上に丁寧に、窓を磨いた。 そこから表を眺めると、ホテル入口へ続く、短い階段を、ゆっくりと上ってくる男を見つけた。 キトは急いでロビーへ向かった。 大きなドアが開き、男が入ってくる。 相変わらずの、黒いスーツに銀縁...
『親愛なる兄さんへ。 兄さんの言った通り、ノエルの翌日に、たくさんの警官たちが本土から来て、自宅にいた町長を、そちらへ連れてゆきました。 町のみんなは、どういうことか分からない、という顔をしていましたが、警官たちと一緒にやってきた、ひとりの人が、税金を横領した形跡がある、と言って、その場で町長を取り押さえました。 そう言ったひとりの人こそ、キトの友達のラジだそうです。 おかげでこちらでは今、次の...
校舎の裏に回ると、町長は高鳴る胸を押えながら、辺りの様子をうかがった。 小さな畑のある場所に、いくつもの白い光が浮かんでいる。 月のライン。 夜に光る、花びらのライン。 町長は静かに歩み寄ると、花々の間で横たわる人影に、目が行った。 左手に、今、摘んだばかりの花を。右手は人差し指を立て、空を指している。 影はその指で何度も、何度も、何かを切るような仕草を見せる。 町長はその病状に、思い当たるこ...
メルは町なかを駆けていた。 楽しげな笑い声の間をすり抜けて、来た道を戻って行った。 ロイに、手紙を渡してくるので、あのベンチで待つよう言ったが、おそらく待ってはいないだろう。 あのあとすぐに、小学校のほうへ行く、と言って聞かなかった。 畑を壊すつもりだろう。この町のために、ロイは証拠を消そうとしているのだ。 メルは役場前の広場に着いた。 上下に動きながら、回り続けるメリーゴーランド。移動式遊園...
すぐ目の前に駆けつけた、メルの問いかけるような視線を受けて、ロイは小さな声で答えた。「メルがなぜここにいるのか、俺には分からないが、今ここでメールボーイに会えたことは、俺にとって好都合だ。聞きたいことがあるんだろう? そこに座ってくれ」 メルはロイと一緒に、近くのベンチに腰掛けた。 街灯の明かりが、2人の上から降り注ぐ。「リカも心配してるんだ。お前のことが好きだからだよ」 メルがロイに訴えた。...
町役場の広場の中央に、小さな回転木馬が設置されていた。 馬の数は5台しかない。サーカスのゾウのように、体中に派手な模様をペイントしていた。 メルは自分のかたわらで、満足げにそれを見つめる、父の横顔を見た。 メリーゴーランドの張り出た屋根に、ピカピカと点滅するライトが光る。 父の顔を明々と照らす。 よくこの短期間のうちに仕上げたものだ、とメルは思った。 たぶん、父の手柄じゃない。技術職人が頑張っ...
歌うように揺らめいて、何層にも重なって聞こえる、アコーディオンの不思議な音色。 路上で演奏するお爺さんの近くで、リカはワゴンを出していた。 町の看板や、家々の軒下に光る、イルミネーションに負けないくらい、リカのワゴンは華やかだ。 この広場ににぎやかに光る、虹色ストライプのネオン。 後ろの教会の奥からは、賛美歌が聞こえる。 幼い聖歌隊の子供たちが、この日のためにと練習していたのを、リカは知ってい...
次の日、フラワーショップ・ナヤの前に、たくさんのスーツの男がやってきた。 観光客が、彼らを横目に過ぎてゆく。 しかし誰の目にも、その騒ぎの真相は分からなかった。 ただひとり、店の前の噴水近くから、そちらを見ていた少年以外は。 少年はただ黙って、不審な男たちの行動を遠目に見ていた。 店の写真を撮ってゆく者、花を押収する者、みな静かだったが、迅速に、それぞれの仕事をこなしている様子が見えた。 少年...
ナヤがキトにこの手紙を見せることを、ラジは悟っていたのだろう。 キトなら、ナヤを支えてくれる、と分かっていて、セドにこんな手紙を書かせたのかもしれなかった。 そのため、マリのことを記していない。 ナヤがキトに打ち明けられるように、セドに、マリのことを言わなかったのだ。「ナヤ、大丈夫」 キトは手紙をナヤに返しながら、しっかりとした声で言った。「このことについてはラジに任せて。町長は、ラジが調べに...
『ナヤへ。 家の者が心配しているだろうから、と、警察は僕にこの手紙を書くよう、促した。 携帯電話は調査として没収された。 ナヤ、僕は今、警察署の牢にいるが、心配しなくてもいい。 みな、大人の対応をしてくれている。乱暴な目にはあっていないよ。 あの日、僕は花を届けるために、本土に行ったが、受取人が、いつも待つ場所にいなかった。 どういうことだろうと思っていると、島から僕をつけてきたという、ラジとい...
フラワーショップ・ナヤのドアを開けると、ドアに取り付けてあるベルが、涼やかな音を響かせた。 一歩中へ入って、窓から外を眺めると、雨はまるで滝のように店全体を打ち付けていた。「ごめんなさい、お客様。今日は店はお休みなんです」 奥の間から、ナヤのか細い声が聞こえた。「ナヤ」 キトはたたんだ傘を、ドアの横に立てかけながら、話しかけた。「僕だよ」「キトね」 店舗に出てきたナヤは、やわらかい微笑みをキト...
傘を持ってホテルのロビーへ向かうと、キトは足を止めた。 ロビーから続くフロントで、ずぶ濡れの男がチェックインをしているところだった。 濡れた手で宿帳に名前をサインする。 キトはすぐ横に近づき、ポケットから取り出したハンカチを差し伸べた。 宿帳を盗み見ると、細い筆圧で『ロイ』と書かれている。 ハンカチで水滴を拭うロイの顔を、もちろんキトは知っていた。 けれど、どこか以前とは違う。なんとなくだが、...
ロイは雨音で目を覚ました。 どしゃ降りの雨を受けながら、ゆっくりと起き上がる。 狭い路地の石畳に、大粒の水が跳ねている。 ロイはその場で咳き込んだ。 腕時計を見ると、2本の針はちょうど12を指していた。 昼の12時なのだろうか。胃の辺りがものを欲しがるような、しかし何かを吐いてしまいたいような、気持ちの悪い感じがした。 コートの前ボタンを止める。 目がくらむ……。 ロイは壁に両手をついた。 月のライ...
宇宙空間にキリトリ線が現れた。 ミシンで縫ったような点線だ。周りをぐるりと取り囲む。 無重力の波を泳いで、ゴールテープのように切る。 点線の向こう側へ落ちてゆく。 頭のほうから、落下する。 向こう側が広がって、宇宙の闇が裏返しになる。 そうして体はゲートを抜けた。 明るい光が上空から差す。 失速した体は、足もとから地面に降りる。 そのまま根が生えて花になる。 パステルカラーの花々が、自分の周り...
上陸して、人の間を縫うように歩いた。 初めて来る観光客なら、迷子になりそうな裏通り。 細い路地が迷路のように連なる場所。 ノラ猫1匹歩かない暗い小径で、ロイは立ち止まった。 ここからだと、空も狭い。 遠くに街灯があるくらいで、手の平を広げてみても、形はあやふやだ。 ロイは地べたにしゃがみ込んだ。 両足をまっすぐと放り出す。 冷えた石畳が体温を奪う。 ロイはコートの前ボタンを開けた。 内ポケット...
「ブログリーダー」を活用して、リエミさんをフォローしませんか?
「やあ! ペンギン」「あぁ、らっかせいくんか」「きみ、ペンギンのぺんぺんくんでしょー?」「そうだよ。ぼくはぺんぺんくんだよ。きみは?」「ぼくは、らっかせいのらっかせいさ」「うん、そうだね。ところで、何か用なの?」「ううん。もうさむくなったから、きみが現れると思ってね。待ってただけさ」「そう、ぼく、さむくなったら出番がくるんだよ。それまでは、氷のあるところにいるんだけどね」「もう出ていいんだろ? ...
◆雨の降る街 現代ドラマ(全7話) 泣きたくなったら、ここへおいで。 その街は、毎日雨が降る街だった。 少年は、ある一つの仕事について知る。 それは街の人々にとって、必要なシステム。 たぶんきっと、あなたにも……。 ▽目次(クリックで展開) 1 昨夜 2 配管 3 蛙堂 4 社長 5 睡蓮 6 雲海 7 翌日 1 昨夜 少年は、眠れない夜に考え事をするのは、よくないことだと分かっていた。 考えは...
~ お知らせ ~ ・「雨の降る街」完結 ・「扉の中のトリニティ」Up ・「アパルトマンで見る夢は」完結◆人生の散髪屋ファンタジー (読了時間・約6分)変わりたいという人のために――この散髪屋でカットすると、まったく違う自分になれる――♪ 人生の散髪屋【朗読ver.】 ◆スランプの怪物SF (読了時間・約4分)「そんな、まさか、信じられない……」ある日、スランプに陥った作家の前に、謎の怪物が現れた。その怪物は、恐ろしい...
時計は、静かで凍りついたような空間に、大きく、振動を響かせていた。 午後一時。 窓のない部屋は、壁の時計と、白い電灯に照らされた三人の、小さな呼吸の音だけを、密やかに閉じ込めていた。 三人はそれぞれ、赤、白、黒のシンプルなワンピースに身を包み、狭い部屋の中央に置かれた、木でできた丸い机に、向き合って座っていた。 アイドルのような整った顔立ちに、セミロングの黒髪。三人は似たような白い顔に、何の表...
◆アパルトマンで見る夢は 現代ドラマ(全15話) 諦めることは簡単だ。それでも前を向く。 もう一度、夢の続きを見たいから……。 仕事に行き詰まりを感じた女優、舞花。 逃げるように来た引っ越し先で、 どこか不思議な絵描きと出会う。 ▽目次(クリックで展開) 1 椅子 2 スーツケース 3 ベッド 4 リンゴ 5 ギター 6 カーテン 7 階段 8 エクレア 9 手紙 10 グラス 11 傘 12 鏡 13...
◆稲妻トリップ ファンタジー(全15話) 明日もちゃんと生きていく。 心の中に、抱え込んだ思い。 そして過ぎてゆく、昨日、今日、明日。 三人の視点で綴る、 生きる世界と、その時間。 ▽目次(クリックで展開) 1 さっき…… 2 アオムラ 3 りゅうの 4 AKIYOSHI 5 溶ける時計 6 今日のこと 7 十年前 8 特別な人 9 スパーク 10 ビー玉 11 世界 12 白い光 13 音 14 明日 15 ...
◆ソレイユの森 SF(全15話) 「守っています。命令は、絶対です」 数奇な運命をたどる命と、一人のロボット。 時の流れの中で、大きな展開をみせる、 この世界。 ▽目次(クリックで展開) 1 シュー教授 2 温室栽培 3 訪問販売 4 マネキン 5 日光浴 6 目覚め 7 約束 8 命令 9 傍観者 10 蜘蛛の巣 11 カナユワテ 12 送受信 13 0 14 光の中 15 森 1 シュー教授 ...
◆月のライン 現代ドラマ(全34話) ノエル(クリスマス)の夜に、 煌めく町と、光る花。 美しい町並みに交差する、人々の想い。 月に何度も沈む島で起きる、一つの事件。 自身初の連載小説。 ▽目次(クリックで展開) 1章 1-1 1-2 1-3 1-4 2章 2-1 2-2 2-3 2-4 3章 3-1 3-2 3-3 3-4 4章 4-1 4-2 4-3 4-4 5章 5-1 ...
~ お知らせ ~ ・「雨の降る街」完結 ・「扉の中のトリニティ」Up ・「アパルトマンで見る夢は」完結◆人生の散髪屋ファンタジー (読了時間・約6分)変わりたいという人のために――この散髪屋でカットすると、まったく違う自分になれる――♪ 人生の散髪屋【朗読ver.】 ◆スランプの怪物SF (読了時間・約4分)「そんな、まさか、信じられない……」ある日、スランプに陥った作家の前に、謎の怪物が現れた。その怪物は、恐ろしい...
その国は昔から、幾度の争いにも勝利し、長らく繁栄を保ってきた。 国王の裏には、偉大な力を持つとされる予言者が一人いて、どうすれば他の国に負けず、大国を維持できるか、国王に指示しているという。 国王は自分では何もせず、すべてはその予言者の指示にかかっている。 そうと知った他国の軍が、予言者をさらってしまおうと考えた。 しかし、考えただけで、その意思は予言者の脳裏に行き届いてしまう。 これにより、...
大きなヘビが現れた。 地面の中から現れた。 はじめ、体長2メートル程だったが、動物園のオリの中で、徐々に伸びだした。 すぐ、オリはいっぱいになり、ヘビは別の場所に移されることとなった。 郵送トラックに詰まれたケージ内で、ヘビは頭に麻袋を被せられ、自分がどこへゆくのか分からないまま、静かな眠りについていた。 寝る子はよく育った。 運転手がケージを見た時、ケージははち切れんばかりに歪み、ヘビの皮膚...
あるところに、ひとりのおじいさんがいました。 おじいさんは、どこにでもいる普通のおじいさんです。 そのおじいさんは、そこに住んでいたのではありません。 ただ、そこにいただけでした。 どこにでもいるそのおじいさんに、白羽の矢が立ったのは、単なる偶然でした。 天の国で天使を務めているビーちゃんは、「次の天国人を決めなさい」と、大天使様に言われ、地上に降りて、そのおじいさんに狙いをつけたのでした。 ...
――その病院から出てきた者は、皆さわやかになる―― 最近鬱ぎみのしー君は、その宣伝に惹かれて、さわやか病院に行くことにした。 精神科の先生が、いい腕なのだろうか。 しー君は病院内に足を入れた。 その瞬間、この世とは思えないほどの、異臭がした。 なんだか照明も薄暗く、壁のあちこちに、血の痕のような飛び散りが見える。「本当にこんなところで、さわやかになれるのだろうか……」 しー君は戸惑いながら、とにかく...
子は、小さな頃から母に聞いていた。 私たちは、光の方向へ進んで生きているの。 光がなくては生きられないのよ。 子は最近、強烈な光を見つけ、何度もそこへ向かおうと考えていた。 でもね……と母。 強すぎる光は、その分刺激的よ。 でも、命を落としてもしまうのよ。 あなたの父は、光に長く当たりすぎたのね。 最後にはビリビリになって、体を溶かしてしまったのよ。 子は疑問に思う。 ぼくらは、光を夢見ることを...
UFO研究家の博士は、頑固な性格で有名だった。 人々の誰もが「ありもしない」と、UFOや宇宙人の存在を否定しても、博士だけは「存在する!」と言い張っていた。 博士は若い頃から、UFOが空から降りてきて、宇宙人が自分と握手する光景を、何度も夢に見ていた。 宇宙人が悪者であるわけがないと、博士は思っていた。 宇宙人は友好を築く為、いつの日か必ず地球にやってきてくれる、と信じて疑わなかった。 博士は...
飲食店の片すみに、いつも一人のお爺さんが座っていた。 店の店長は、もうその光景にはすっかり慣れていたので、毎日お爺さんに、料理を多めに出していた。常連客へのサービスだ。 店長は、手が暇になると、お爺さんのそばへ行き、他愛もない会話を楽しむ。 毎日そうしているうちに、お爺さんは、自分の身の上話を語り始めた。 それによると、こうだ。 お爺さんは絵描きだった。 手にスケッチブックを持って、外を散歩す...
私は走ることが好きだ。 走り続けることで、生きていることを実感できる。 とりわけ、雨の日が好きだ。 体を潤おし、乾いた心に染み渡る。 だから私は、雨の日でも走る。 ある日、私は、友達と賭けをした。 私がよく走るので、一年のうちに、この世界を一周できるか、賭けようというのだ。 体力には自信があったので、私はこれから一年間、走ってきて、必ず戻ると約束した。 友達は、もし私が勝ったら、豪華ディナーを...
目が覚めると、いつの間にか新人がやってきていた。「やぁ、おはよう。初めまして」「初めまして。ところで……ここはどこだい?」「ここは監獄だよ。入れられた者は、二度と外には出られない」「そんなぁ……」「ほら、あそこに机と椅子が見えるだろう? 看守がいてね、そいつが夜になると、決まってそこに座るんだ。そして僕らを、オリごしに眺める。何か、晩ご飯を持参してくるよ」「僕たちのご飯はいつだい?」「何のん気なこ...
お笑いピン芸人の鈴木は、最近、悩んでいた。 自分のギャグがヒットしなくなったのだ。 しかも、新人の芸人がどんどん出てくる。 若手に客を持っていかれ、TV出演もほとんどなくなってしまった。 最近では、山田とかいう二十歳そこそこのピン芸人が、ブームらしい。 お笑いのくせにルックスもよく、女子のファンも多い。 下積み時代も浅く、芸歴十年の鈴木にとっては、とんでもない強敵となった。 バラエティ番組のプ...
俺は退屈していた。 特に頭が良いでも悪いでもないし、ルックスだって良くも悪くもない。 特別運動神経にすぐれているというわけでもなく、いわゆるどこにでもいるような、いたって普通のつまらない人間である。 そんなつまらない人間は、やっぱり大きくも小さくもない中小企業の事務員として入社して、早くも3年の月日が経とうとしていた。 毎日の仕事といえば、上司から言われたことを地道にこなし、時には電話でのクレ...
ある日の放課後、わたる君は横断歩道の向こうから、一人のおじさんが歩いてきて、話しかけられた。「やぁ、やっと会えたな」「おじさんだれ?」 わたる君はおじさんの顔を見た。 どこか自分と似たような目をしている。「親戚の人?」「とりあえず止まって話さないか?」「えっ、横断歩道だよ。信号が赤に変わっちゃうよ」 わたる君が足を進めようとするが、おじさんはわたる君の腕を、がっしり掴んで放さなかった。「助けて...
その時、少年はまだ言葉も知らぬ赤ちゃんだった。 母と、ベビーカーに乗せられて、連れ出された散歩の途中で、少年はあるものに目が釘付けとなった。 ベビーカーから見上げたその先に、くるくると回る円盤があった。 なぜ円盤があるのか、なぜくるくると回っているのか、しかし少年は0歳だったので、母親に尋ねようとしても、ただ「あー!」としか言えないのであった。 円盤は回る。 ただくるくると、その場で回り続ける...
フェリーに乗って30分、本土から16キロと、さほど離れていないその島は、観光地として人気があった。 島、といっても南の楽園ではなくて、船が上陸する港には、たしょう砂浜がある程度で、島を支える地面には、そのほとんどに硬い石畳が敷き詰められていた。 上に建つのは、中世の面影を残した建物。 太い木枠が入り交じり、みな同じような朱色の屋根に、白い壁。 花を飾った出窓に揺れる、レースのカーテン。 ドアには飾...
大学の研究室で教授を務めていたしゅういちは、漢字で「周一」と書く。 同僚や教え子たちは、親しみを込めて「いち」を伸ばす発音にし、「シュー教授」と呼ぶことにしていた。 歳は四十過ぎ。毛量は多いけれど、白髪を染めないので老けて見える。 しかし性格は明るく、人当たりも優しかった。 生徒の勉強を、その子が解かるまで親身になって指導していた。 親身になり過ぎたのかもしれない……。 あとになって、シュー教授...