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  • 自堕落な日々「羨望」

    吸い殻が灰皿に山のように積まれている。その脇のテーブルには、ビール、酎ハイ、ワンカップが散乱している。部屋はゴミ屋敷の一歩手前というところか。この部屋の持ち主、望月力は53歳。現在、北海道釧路市でアルバイトで細々と生活をして生計を立てている。「馬鹿にしやがって」先日、望月はアルバイト先で、大学生のアルバイトとケンカをして首になっていた。理由は、自分の仕事がいい加減だから。大学生は、ルックスもよく、半年後には、札幌の銀行に就職が内定している。仕事もできて、礼儀もしっかりしている。アルバイトだが、私とは違って、店長からも信頼されて、次々と責任のある仕事を与えられている。それだけで53歳のダメ中年男からは、おもしろくないと思うものだ。しかし、自分もかつては、この大学生のように将来を嘱望されていたころがあった。そんなこ...自堕落な日々「羨望」

  • 模索

    どうやったらここ未曽有の危機を乗り越えられるか?経営者はの叫び声が聞こえてくる。取引のある飲食関係の店からは、「もうダメだ」という本音も。地方都市の夜の街も立ち直れない深刻な状況に陥っている。人間関係が狭いことで、感染者が出ると、すぐに情報が広がる。だから、公務員などの公的な機関に勤める人たちは、ほとんどが夜の街に行かなくなった。どうすればいいのか・・・しかし、必死にもがいて耐えるしかない。模索

  • 1992年晩夏の自分

    惨めな時間を過ごしていた。新しく勤めた会社にも馴染めずにいた。自分がやりたいことはあっても、現実がついてこなかった。迷走していた25歳の夏の終わり普通なら定職に就き、人生を切り拓く時期に私は苦しみもがいていた。仕事もない、女性にももてない、努力もしない全てがうまくいかなかったあの頃そんなことを思い出しながら今日も一日が始まる。1992年晩夏の自分

  • リセット

    睨みつける眼差しと攻撃的な言動の数々・・・。こんな相手との対応は心が擦り減る。そんな自分を癒してくれるのが、夜のウォーキングだ。私が歩くコースはその日の気分。海沿い、住宅地、公園、観光名所、寂れた繁華街その日の気分によって使い分けている。歩くことによって自分がリセットされる。「やってられねえ」大声で叫びたくなる時もあるが、なぜか、歩くと気持ちが穏やかになる。リセットしながら毎日懸命に生きている。今日も一日が始まる。リセット

  • 53歳の近況報告

    「あなたはあの日の夢をかなえたかしら・・・」21歳の頃、よく聴いていた歌がラジオから流れてきた。一瞬、ドキッとした。今の自分は、日々の仕事に追われて、若いころを振り返る余裕すらなかった。そう毎日毎日、あちこちから判断と決断を求められ、あちこちからの電話や来客に追われて・・・そんな生活をもう何年も積み重ねている。しかし、全力で必死に生きている自負はある。毎日、作り笑いをして、頭を下げて生きている。今日も一日が始まる。53歳の近況報告

  • 月曜日の朝

    残暑と先の見えない不安な状況下で今週も始まる。朝、みんなが「また始まるのか」という思いで出勤してくるのがわかる。一週間が始まる。今日も無理せず、笑顔を心がけてスタートしよう。月曜日の朝

  • 昔愛した女性

    高校の同窓会のホームページから昔、愛していた女性の写真をを見つけた。20代後半に付き合い、結婚まで考えた女性だった。綺麗で、服装の服装のセンスも抜群だった。ただ、気が強かった。私は彼女より一つ下。彼女との間では、安らげなかった。すごい好きだったが、安らぎがなかった。私は途中で別な女性を好きになった。別れ際は、修羅場だった。彼女の父親は会社を経営しており、地元では有名な家系だった。「この街に住めなくしてやる・・・」そんなことを言われた。あれから20数年、彼女は相変わらず、目立つ服装とメイクで写っていた。昔愛した女性

  • 怪しさ

    50歳を過ぎても、怪しさを漂わせている人がいる。昔、悪かった人たちに多い傾向だ。昔、悪かった人たちでも、そういった部分が感じられない誠実な雰囲気の人たちもいる。どこが違うのだろうか?謙虚さだと思う。怪しさ

  • 信頼される上司とは

    自分もたくさんの上司に仕えてきた。自分が好きだった上司を思い出してみた。有事があったときに、オロオロせずに、どっしりと構えていた記憶がある。普段から、細かいことは言わなかった。とにかく、どっしりとしたオーラを漂わせていた。そして、宴会等でも聞き上手だった。自慢話は聞いたことがなかった。今、自分がそのポジションにいる。今日も修行が始まる。信頼される上司とは

  • 小さな積み重ね

    昨日の夜、街をウォーキングした。猛暑の日中から少しだけ涼しくなった街の風景が綺麗だった。家に帰り、ごはんと目玉焼きとハム、みそ汁、ポテトサラダの夕食を食べた。散歩できること、夕食を家族と食べられること、お風呂に入れること・・・小さな全てが幸せに感じたそして、今朝、目が覚めた。朝、起きて、仕事があることに感謝した。当たり前のことの積み重ねが、すごし幸せだと今思っている。小さな積み重ね

  • こんな時だからこそ

    こんな時だからこそ人に優しくしたいこんな時だからこそ笑顔でいたいこんな時だからこそ愚痴をこぼさないで生きたいこんな時だからこそ

  • 気怠さの漂う朝

    53歳の男は、朝から最低のテンションだが、机上を整理し、コーヒーを飲みながらメンタルコンディションを整えている。お盆休みが終わり、今日からまた仕事が再開される。負けてたまるか気怠さの漂う朝

  • 悲しみの共有

    自分が生きている間にこのような事態が起こるとは思わなかった。子供のころ、「復活の日」という映画があった。子供ながらにとても怖かった思い出がある。しかし、あの頃の光景が今現実のものとなっている。昨日、高校時代の友人と会った。飲食店を営んでいる。観光客で潤っていた店だ。「店を閉めるよ」と彼は呟いた。「そうか」返す言葉がなかった。観光で成り立っていたこの街は、今瀕死の重傷を負っている。悲しみの共有が親友との時間になった。悲しみの共有

  • ささやかな幸せ

    今の人生にそれなりに満足している。そう思えるのも、仕事に真剣に取り組んでいるからだ。出世コースから外れないように毎日必死で生きている。この先、この戦いに敗れてしまうかもしれない。しかし、この山を登り続けなければ・・・今日も仕事だ。仕事ができることに喜びを感じて・・・ささやかな幸せ

  • 落差

    1993年の今頃、私は看護師の女性と付き合っていた。6月に出会い、加速度的に二人は好きになった。8月の今頃、二人で夏祭りに出かることになった。しかし、私は仕事が長引き、22時ぐらいに彼女にアパートに迎えに行った。遅くなった私を彼女は責めるわけでもなく、あたたかく迎えてくれた。夜の22時半に夏祭りの会場に出かけた。もう店は後片付けをしていた。祭りの余韻だけは味わうことができた。彼女と二人で居酒屋に入った。店の中は、祭りに出かけた人出で溢れかえっていた。あれから27年・・・。私は何もいいことがない惨めな人生を生きている。53歳、無職。親の年金を頼りに細々と生きている。もう復活することはない。落差

  • 同窓会

    50歳を過ぎるころから、同窓会が久しぶりに行われるようになった。みんなそれなりに仕事でも家庭にも恵まれている人たちばかり・・・しかし、内面はどうなっているのだろう夏の暑い一日が始まる同窓会

  • 世界で一番情けない夏

    20歳ぐらいに流行っていた女性バンドの曲がスーパーのBGMで流れてきた。この曲が流行ったころ、私は人生のピークにいたのかもしれない。高校卒業後もアルバイトでくいつながら、夜の店で働ていた。女性には不自由しなかった。スーパーでかかっていたBGMを聞きながら、人気の遊園地にドライブに出かけた。あの輝かしい夏の思い出が蘇ってきた。楽しかった。世の中のことは望めば全て手に入ると勘違いしていた。あれから30数年・・・鏡に映し出されているのは、顔が浮腫み、禿げ上がった醜い人相の男だ。締まりのないお腹と脂肪に包まれた体が、さらに醜さを加速度させる。女性は誰も相手にしてくれない。世界で一番情けない夏を意味もなく生きている。世界で一番情けない夏

  • 競輪場の片隅で

    競輪場の前の噴水の所で、今日も朝からワンカップをのんでいる。私と同じような人生の敗者が集うこの公園朝からお金と行き場のない人たちを何事もなかったのように日々迎え入れてくれる場所その中に若いころから、知っている男性がいる。街では、若いころはちょっとした有名人だった。夜の店やファッション関係の店を経営していた。羽振りが良かった時代の華やかな彼と、夜の街で出会ったことがある。勢いがあった。あれから25年・・・彼は公園で人相も悪くなり、どぶねずみのような生気のない眼差しで遠くを見つめ酒をのんでいる。彼のはいているジーンズだけは、年代物の高価なものだ。一時代の栄華を物語っている競輪場の片隅で

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