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くに楽 2
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"日々是好日" ならいいのにね
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21回 / 365日(平均0.4回/週)

ブログ村参加:2016/08/15

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くに楽 2さんの新着記事

1件〜30件

  • 「日々徒然」第九話

    〝神ってる″と〝神速″毎月A3の『呆報』2~3号を郵送いただいている。主幹のNさんはわたしよりお若いが、50代から独学でマスターされた中国語を使って、中国の僻地の子供たちとご自分の絵本(日中両文)を通して交流を続けておられる。いつからか白川静文字学にも没頭され、その解説などもいただくがこれはムツカシイ。わたしにとっての楽しみは、毎月封筒に挟み込まれた近況の枝折りである。今月はつぎの一文が届いた。卓球で10代の女性がすごい成果を上げました。何より、勝つためのセオリーを自分で考え出した。中国での試合なのに、強気でしたね。感動しました。昨年末電車で中国人に会って、ちょうど頭を悩ましていたことをきいて、相談に乗ってもらって解決!お礼に、昨年の新語、知らないというので、一番好きな神ってる(神了!)を教えたら大喜びでした。...「日々徒然」第九話

  • 「日々徒然」第八話

    TV観戦のあとで・・・三月はWBCやサッカーのW杯アジア予選など、テレビ観戦で日が過ぎた。“六・三制野球ばかりで日が暮れり”と自前の校舎も、教科書もないまま発足した新制中学第一期生のわたしたちにとって、たとえ三角ベースであろうが、木切れのバットであろうと、野球はからだに染み込んだスポーツであった。ましてや甲子園球場までは近々の距離、春夏の高校野球はもちろんタイガース主催のプロ野球にもよく足を運んだものであったが、いまはそのむかし、昨今はテレビ観戦もご無沙汰勝ちである。しかし、WBCとなると話は別、何をさておいてもとテレビにかじりつくことになる。戦前の予想に反して、日本は無敗で勝ち進んでいく。深夜に及んだオランダ戦などは、入浴を終えてもまだ続いていた。対戦相手には大リーガーの現役選手も多く、アメリカは準決勝から新...「日々徒然」第八話

  • 日々(ひび)徒然(つれづれ) 第五話

    あのひとたちのことカストロが、逝った。毛沢東のときほどの痛哭感はないが、かれは、堀田善衛(『キューバ紀行』)を通じて、わたしのなかで息づいていた。堀田善衛がキューバに行ったのは、1964年の7月。あの「キューバ危機」の二年後のこと、メキシコシティでトランジットのとき、CIAと思しき連中に取り囲まれフラッシュの放射を浴びた由。このときカストロは、36歳。30万人の群衆を前に延々四時間の大演説をぶちあげたそうだが、後年「さすがに閉口しました」と堀田は述懐している(『めぐりあいし人びと』)。堀田はこのときの視察で、キューバ経済の問題点として、サトウキビの単作農業にふれている。わたしはこの年の2月から4月にかけて北京に滞在していた。国交未回復のなか、輸入商談締結のための初訪中であった。3月ごろであったろうか、滞在の新僑...日々(ひび)徒然(つれづれ)第五話

  • 日々(ひび)徒然(つれづれ) 第四話

    ある映像11月上旬駅前のベガホールで開催された宝塚市民合唱祭は第50回目の、節目の催事となった。もう50年になるのか、わたしがこの地に移り住んでからの歳月が走馬灯のようにめぐり、思いがつのる。三年前医師の勧めで始めたボイストレイニングが昂じて、いまではふたつのコーラスの末席につらなっているが、楽譜よりは“耳学問”と未だにICレコーダーのお世話になりっぱなしである。今回は3ステージ6曲、いくつかは昨年からも練習が始まっていたが、いちばん新しいのは、男声コーラスの「最上川舟唄」、これは暗譜にするかどうか、先生も最後まで迷われていた。混声のひとつ、「聞こえる」(岩間芳樹作詞・新美徳英作曲)は、春先に楽譜が渡された。1991年(平成3年)の、第58回NHK高校の部の課題曲であったそうで、先生も夏休みの合宿で練習に励まれ...日々(ひび)徒然(つれづれ)第四話

  •  日々(ひび)徒然(つれづれ) 第三話

    ソウリー、タイピーオンリー先日「デモで苦境を訴える観光業者(9月14日、台北市)」の写真とその新聞記事を読んで、あのときの光景を思い出した。もう数年前のことになるか、前から計画していた「阿里山観光」のため雨の桃浦空港から市内へ向かう途次立ち寄った「陶磁器の町」鶯歌でのこと。陶磁のマグカップでおいしそうにコーフィーを飲んでいるカップルを目にして、思わず可憐なウェイトレスに「レンミンピ、クウイマ?」と声をかけたとき、「ソウリー、タイピーオンリー」とすまなさそうに言われた。もう日本でもお目にかかれない大正ロマン風―竹久夢二の描く少女の風情であった。国民党の馬英九総統が政権を握り、海峡両岸の交流が拡大し始めていた。わたしもその現場を確認しようと、その前の年にはアモイから金門島まで日本人団体旅行第一陣として船で渡ったが、... 日々(ひび)徒然(つれづれ)第三話

  • 日々(ひび)徒然(つれづれ) 第二話 (2016.10.3)

    隠し田かくしだ(またはオンデンとも)の存在は、古来より支配者の苛酷な収奪に対応する庶民の抵抗を示すものであったが、発見されれば見せしめに厳罰が科せられた。しかし、江戸中期以降にもなると荒地の開墾や新田の開発などを奨励するため、有期の無上納や低額の献納策をとる領主も出現、新田開発が進行した。八十年代のはじめ、「改革開放」が称えられはじめた中国ではあったが、中央財政の三分の一以上は、上海からの上納金で支えられ、地元ではその住宅難、交通難などに対処するにも、鐚(びた)一文のカネもなかった。わたしは82年から対中投資諮詢の仕事をはじめ、頻繁に上海を訪問していた。市内を貫流する黄浦江は上流まで3千トンクラスの貨物船が往来するため橋が架けられず、対岸の浦東地区へは艀しか交通手段がなく、広大な未開発地が横たわっていた。当時の...日々(ひび)徒然(つれづれ)第二話(2016.10.3)

  • 「日々徒然」第七話

    はじめての留学わたしが1957年に中国との貿易を目指してから、60年がたった。1964年にはじめて中国を訪問して以後、二百数十回は中国に足を運んでいるが、滞在と言えるのははじめての北京の数十日のみ。前半の友好貿易のときは同僚に助けられ、そのあとの対中投資諮詢の仕事では中国の方々のお世話になった。もちろん長い中国とのお付き合いであるから、言葉も耳学問というか、自然と身についたものもあるが、70年代はじめの“北京商談”では、アポ待ちメーカーさんの案内を頼まれて何度も長城や故宮に足を運んだものである。82年に対中投資諮詢の仕事をひとりではじめたころ、しばらくは開店休業で、このときはじめて中国語の勉強を始めた。大阪中国語学院での土曜日の午後、上海から招聘された女性講師の、厚かましくも中級のクラスを受講。同年輩の方も多か...「日々徒然」第七話

  • 日々(ひび)徒然(つれづれ) 第六話

    あのとき、と、それからと・・・仕事の都合で行けなくなったのでと、「ミス・サイゴン」(@梅田芸術劇場)のチケットをいただいた。わたしはまだ「ホーチミン市」とは改称されていなかった76年10月に、解放後一年数か月目のサイゴンを訪問している。それよりも何よりも、50年前、病床からべ平連(ベトナムに平和を!市民連合)に共鳴、ベトコンの活躍に拍手を送っていた。あのとき湿性肋膜炎は治癒した後、右肺底部に親指大の結核菌病巣が残っていた。主治医は、これが今回の主因、いつ再発するかもしれない、思い切って切除してはどうか、この手術は交通事故よりも確率は少ないと勧められた。心臓手術よりも成功率は高いと励まされて転院、右肺三分の一を切除した。心臓手術が脚光を帯び始めた時であったが、同じ病棟の数歳の幼女は術後数日であの世に旅立っていた。...日々(ひび)徒然(つれづれ)第六話

  • 日々(ひび)徒然(つれづれ) 第一話

    信長焰上♪夏がくれば思い出す・・・♪と口ずさむと、わたしには、♪・・・はるかな尾瀬遠い空♪(「夏の思い出」)の風景ではない、「墨でぬりつぶした」あの教科書のことが頭に浮かぶ。1945年の8月は、暑い夏であった。疎開先で迎えた国民学校五年生のわたしは、農繁期休暇(農作業手伝い)の振替による授業再開(二学期の始業)で、20日過ぎに登校すると、先生から教科書の“国産み”神話のページなどを墨で塗りつぶすように言われた。後年病床にあったとき、それはわたしの“しみ”のひとつとして、作詩のワンフレーズになったが、敗戦直後のこのできごとは、「教科書の歴史」をそのまま読み通せない習性を、植えつけてしまうことになったのかもしれない。新制中学(一期生)では「国のあゆみ」という薄っぺらな教科書があったが、なにひとつ頭に残っていない。む...日々(ひび)徒然(つれづれ)第一話

  • 今の日本民家集落博物館

    静かなのんびりした緑の中で梅雨を迎えます(私はしばらく囲炉裏番もなくボランティアも自由気まま)(気持ちはフジバカマの世話を目指します)北河内の茶室公開茶会はまだ開けませんツヅジかサツキか満開の時期です木には名前のわからないキノコ今の日本民家集落博物館

  • コロナ騒動で2か月が過ぎた

    日々近所の散策豊島公園私のお気に入りの紅茶色のバラ咲き始めると時あるごとに逢いに行くもう10年は過ぎたかな~ブラックティコロナ騒動で2か月が過ぎた

  • ご訪問ありがとうございました。4

    くに楽はくに楽2に移動しましたご訪問ありがとうございました。4

  • くに楽 は くに楽2 に移動しました

    多々お世話になりましたくに楽はくに楽2に移動しました

  • 緊急事態宣言 第三日

    今朝Aクリニックに夕方の予約をしようとホームページを開いたら、院内待合室の制限告示があった。確かに十余名は入れる待合室が満杯になれば、全員がマスク着用でもやばいか・・・。先日歯科医へはわたしが勘違いして20分ほど早く到着、数人掛けの椅子をふさいで先予約の方のスペースを横取り、ご迷惑をおかけしたが、さてさて今日の場合はどうなるのか。そうはいってもまだ外気は肌寒い。もし外で並ぶとなればと、残り数枚になった使い捨てマスクから一枚を取り出し、これにガーゼでもあてて長持ちさせようとショルダーに詰め込んだ。わが家からなだらかな坂を下って1,5キロ、阪急売布駅先のAクリニックに到着。道中出会った十余人の男女の数人はマスク装着だが、残りはわたしと同じ、桜の香気を愛でる仲間だ。昼の診察開始数分前、すでに院内の待合室には受付を終え...緊急事態宣言第三日

  • 緊急事態宣言 第八日

    第二週目に入った。昨夕医者巡りの後コープのレジで友人とパッタリ。かれは卵一パック、わたしは菓子パンのあれこれ。片手スペースを空けての、あいさつ。かれは七月までの予定は全部キャンセル、後半も一から仕切り直しという。そうだろうなぁ、そうだよねぇ~とわたし。夜プライム・オンラインで識者の鼎談を聞く。コロナ撃墜で、万里の長城に長蛇の列。大丈夫なんですか、と司会者。中国は顔認識で全部データ管理されているからこれはいいんだが、いまロシアから追い出された人や安心な中国へとミャンマーから帰国の人たちがこわいねぇ~。それよりも中国経済、内需だけで持ちますかね。話は尽きないようだが、もう入浴の時間。明けて十五日。日経朝刊の社会面。「忘れられたパンデミック」の見出しで、百年前のスペイン風邪の記事。「出征軍から世界拡散」の縦見出しが大...緊急事態宣言第八日

  • 緊急事態宣言  第五日

    レインサンデー、アフターヌーン。宣言後はじめてマスクをして、ワシントンホテルに向かう。電車は気の毒なほど空いている、否、宝塚駅改札出口で落ち合った友人とホテル1Fロビーからラウンジを見わたすと、ガラガラ、二テーブルに数人ほどの男女。窓際の一番隅で、それでも二時間ほどよもや話にふける。帰路駅下の書店を覗く。ここは、そこそこの出入りのよう。ふだんは図書館で立ち読みするのだが、いまは休館中、そういうわけにもいかない。よかったら読んでくださいと連絡のあった鼎談、『文春』ではなく『中央公論』五月号に見つける。特集「コロナ直撃世界激変」そのなかで見知った名前を発見、レジに向かう。夕食後ページを開く。「鼎談中国モデルが世界を席巻?どうなる?コロナ後の習近平体制」宮本雄二・元中国大使x川島真・東大教授x阿古智子・東大大学院教授...緊急事態宣言第五日

  • 今年の桜

    コロナ騒ぎで私の3月からの活動が、ほとんどが中止になり生活が一変した不要不急の外出を避け、もっぱらご近所散策の日々を過ごしている夕方からは、水曜日以外はスポーツジム(通常通り使用できる)に通う今年の桜は、開花が早まったが例年通りきれいに咲いていた今年最初の満開のさくら京都高瀬川のさくら(彼岸詣)二年坂のさくら千里桜通りのさくら今年の桜

  • 緊急事態宣言 第一日

    昼下がりマスクなしで携帯とミニラヂオを懐中に歩き始めた。清荒神参道への間道を町名で一丁、参道手前の階段を右手に上がると地元古老が語る、むかし(いつのころか)火の見櫓のあったという高台に出る。周辺から山の頂まで住宅が建ち詰めているが、左に回り崖ぶちに立つと、展望は開け、川面神社からさらに武庫川の堤まで一望のもと。図書館で見た「マチ文庫」の戦国時代(荒木村重の乱か)、米谷にもあったという?お城の物見櫓の場所に比してもいい眺望である。山頂まで立ち並ぶ住宅街はクルマなしでは生活できないが、宝塚トンネルの上、児童公園まではまったく人気が無かった。トンネルの東は町名が変わって売布東、阪急売布駅から巡回のバスも通るが回数は少ない。下ると売布橋(高速道の陸橋)、その左下に人影のない売布小学校があり、その裏門から売布神社までは今...緊急事態宣言第一日

  • 日々(ひび)徒然(つれづれ) 第四十話

    あなたと旅立とう♪コンテ、パル、ティーロ♪地震後の再開発で隣の駅前にできたビルの5階に、全国でも珍しい公立民営のシネマPがある。100シートの観覧室が二つあり、独立系で「洋・日」自在の選択で話題作を比較的早く上映している。二十年ほど前の開館当時はわたしも若く(60代)、このシネマの会員になって毎月のように話題作は見に出かけていたが、このところチラシはよく見るがシートに座ることは少ない。いつぞやの猛暑の折は、昼寝タイムに利用するなどと不心得なこともしたことがあるが、このところ感度が鈍くなったのか涙腺の緩む場面に出会うような映画にも出くわさない。それでも見かけるチラシだけは手に取っては、眺めている。先日の午後三時間ほど空いたので「アンドレア・ボチェッリ~奇跡のテノール歌手~」のチケットを購入(予約番号11)、昼食の...日々(ひび)徒然(つれづれ)第四十話

  • 日々(ひび)徒然(つれづれ) 第三十九話

    乙女の舞尼崎城天守閣が再建・一般公開されて九ヶ月が経った。阪神尼崎駅から徒歩数分、武庫川の一支流・庄下川(かっては御濠)を渡った東にある。四百年前初代領主・戸田氏鉄がこの城を築いたころは、大阪城を主格に岸和田城と共に徳川幕府の西の構えの一角を演じて、西国街道を城で中断・迂回させ、南は海に面していた(「古地図で見る阪神間の地名」大国正美編著)。国道二号線を西に向かうと、これも武庫川の一支流の蓬川に出会う。その東詰めを南下すること一区画、旧西国街道にかかる蓬川公園に出会う、その橋の袂の叢にひとつの句碑がある。序の舞のまこと静けし足袋きしむ地朗作者は「尼崎の芭蕉さん」とも呼ばれた母方の大叔父。『尼崎市史』第三巻に「小学校の憶い出」と題した本人のスケッチが掲載され、そこには「琴城尋常小学校明治二九年卒業生」とある。第一...日々(ひび)徒然(つれづれ)第三十九話

  • 令和2年の年明けに

    今年の夢喜寿を迎えて自分のできる事を丁寧にあらたな挑戦は、少し控える年末から、姉の家でめっきり年を言い訳にして私を呼び寄せたいのを、やっとご期待に添い姉と甥2人とつれあいと5人で、31日から2日まで、鍋物と酒と近場温泉で楽しく過ごしたひょっとすれば、これからは新年はこのパターンになるのか?姉とは「来年はどこかのひなびた温泉ですごそうね~」と話し合ったが。さて、どうなることか。姉の家からの初日の出ことしもどうぞよろしくお願いいたします令和2年の年明けに

  • 夏まつり

    夏まつりでフラダンス私の習っている「フラオマキ」を小学5年生が見事に踊られたそして夏まつり

  • 日本民家集落博物館ボランティア日記

    ボランティア研修会畑で穫れた野菜の試食会はったい粉(麦こがし)とレーズンの団子柏餅(餅粉と上新粉と小豆餡)サツマイモとジャガイモ(みそだれで)蚕は繭にがんばって繭になります繭マンション日本民家集落博物館ボランティア日記

  • 日本民家集落博物館ボランティア日記

    蚕今年も白川の民家で蚕の飼育中蚕はここまで成長している椎葉の民家胡麻の花日本民家集落博物館ボランティア日記

  • 釜山 2日目

    釜山タワー釜山2日目

  • 釜山

    釜山の旅語学勉強をかねて釜山へ行く友と共に釜山訪問まずはチャガルチ市場で海鮮料理泳いでいる太刀魚、タコ、鯛、さざえの刺身マッコリとキンパ(海苔巻き)もちろん野菜とキムチとワサビ、コチュジャン、しょうゆも並べて食べるチャガルチ市場の海鮮料理店キンパの上に刺身を載せて食べることをオモニが教えてくれた肌ツルツルのきれいなオモニチシャを巻いたり、調味料を混ぜてくれたりマッコリをついでくれたり美味しかった日本語堪能なオモニ最後の締めに料理された魚のアラでスープこれが美味しくて友は見事な食べっぷりでした海鮮の店が並ぶ夕暮れどきのチャガルチ市場釜山

  • 2つの曜変天目茶碗(国宝)

    京都大徳寺龍光院の国宝曜変天目茶碗MIHOミュージアム藤田美術館の国宝曜変天目茶碗奈良国立博物館国宝曜変天目茶碗は現在3つその2つを今年5月に見ることができたどちらも宣伝写真のものだが、曜変の輝きがご覧の通り素晴らしかった2つの曜変天目茶碗(国宝)

  • 五月の茶会

    五月風と共に茶会に参加今年は気温が高く、でも快適な茶会花は大山蓮華香合は執事のかぶる兜主茶碗黒楽茶杓令和ロスアンゼルスからのお客様日本文化に興味がおありとかベルギーからのお客様五月の茶会

  • MIHOミユージアム

    大徳寺龍光院国宝窯曜変天目と破草履(はそうあい)曜日本に三つの国宝曜変天目(写真)一時間待ちの列に並び飴をいただき居心地のいいミュージアムでビデオを見たり、展示の写真を見たりやっと見ることができた曜変天目きれいな天目模様がみることができましたアフガニスタンの仏様お気に入りで必ず会いに行きます今は石楠花のころ霧島ツヅジが燃えるような花をつけていましたMIHOミユージアム

  • 一心寺

    イーペーの花久しぶりに一心寺詣でこの季節も何度お参りに行っているのにこの花は、はじめて見た空を覆いつくして咲いています落語家林家染丸墓所の隣で咲いています一心寺

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