わが相棒のオス猫けん太!指でかまってやったら(動くものが大好き)、その気になってきた。もう6-7歳になるのかな。呼ぶと少し遅くなってあらわれ、わたしの隣りで晩飯を食います。母屋の縁側は型ガラスです。ちょっと夏痩せ気味かなあ。ひょうきん族め。わが相棒、けん太
わが相棒のオス猫けん太!指でかまってやったら(動くものが大好き)、その気になってきた。もう6-7歳になるのかな。呼ぶと少し遅くなってあらわれ、わたしの隣りで晩飯を食います。母屋の縁側は型ガラスです。ちょっと夏痩せ気味かなあ。ひょうきん族め。わが相棒、けん太
お母さんは、わたしの横にいます。可愛らしい妹と賢そうな兄貴。許可を得なければ撮れないシーンですよね。スクエアフォーマットはローライ3.5F、フィルムはフジカラー400Hです。立派な大きなお弁当・オカズをご覧下さい。忘れることができないシーンです。ばらしいのはカメラマンではなく、演出家のお母さん♫すでに7-8年がたっています。兄貴と妹
市街地に自動販売機がこれほど存在するのは、日本だけという話を友人から訊いたことがあります。そういえば、スペインにもインドにもその他の町の街角にも、自販機は見かけなかったなあ(*´ω`)よくお世話になります。平和の象徴として、このジョージアはここにあるんだし、それを日常風景として写真に撮るのだねぇ。このころ、フィルムカメラはニコンFE2を使っていました。自動販売機
大岡信選『折々のうた』(二)を読みはじめた。一茶からはじまる近代俳句。この区切りかたはおもしろい♪子規をのぞいて、尾崎放哉や山頭火以外には関心がもてなかった。大岡さんに説得されるのかな、ふむむ(´・ω・)?短歌は本当のところおもしろくない。辻原登編「与謝蕪村」(河出文庫)も買ってきてある。『折々のうた』(二)長谷川櫂編を読みはじめた
この千羽鶴はすごいなあ♫横の碑に秩父三拾四ヶ所巡拝という文字が刻んである。これを高崎市の下町で撮ったのだ。地蔵さんは敬慕されているんだねぇ。近所に信心深いおばあさんでもいるのだろう。帽子や涎かけ、お供えしてある花々。クルマから下りてお堂をのぞき込んだこと、憶えていまする(。-ω-)お地蔵さんと千羽鶴
これは以前UPしたことがあったかも♪地元ではお花見の名所、前橋公園。“お花見の客”なのです。二人の妙齢の女性はイスラムの人。お訊ねしたわけじゃないですが、髪を見ればわかります。スクエアフォーマットはローライフレックス3.5Fを使用。サクラは満開あるいはほぼ満開に近かったと憶えていまする(´◡`)お花見の女性二人
どこで撮影したのかはよく憶えています。沼田市街を、カメラ散歩していたとき。とてもきれいな帆船だと思ったことも。花屋さんの店先だったかなあ。そのあたりはあいまい(´ω`*)マスト、船体、重りなど、とても精巧にできていますよね。ご主人がマニアなのかもしれません。街中でこんなものを見かけたら、撮るしかありませぬ。美しい帆船模型
今年2月か3月にBOOKOFFで買った半藤一利さんの「漱石俳句探偵帖」(角川選書)は、まったく期待していなかった。それがこれほどおもしろい本だったとは♫読んではポストイットをたくさん挟んだ。半分ばかり読んだ中では「死こそ真のリアリティだ」をはじめ、目が離せない記事がたくさんある。あらためて漱石の俳句の真の魅力を、半藤さんが教えてくれたのだ。漱石全集は売却してしまったけど、岩波文庫の「漱石俳句集」は、2度ばかり読んでいる。「漱石俳句探偵帖」(角川選書)半藤一利
これはどこで撮ったのか、ハッキリとは覚えていません。おそらく、藤岡市内だったと思います。壁の一面が琺瑯看板で埋め尽くされていまする(゚ω、゚)これは意識して集めた・・・のでしょう。キンチョールとかナショナルの文字が多いですね。高齢者の場合、記憶の中に、きっちり刷り込まれているんじゃないかしら。琺瑯看板part2
一茶句集で退屈していたところ、長谷川櫂選の『折々のうた』選(一)を読み出し、頭を殴られたような鈍いショック!その句、内藤丈草「水底を見てきた顔の小鴨かな」であった。丈草は蕉門十哲のひとり。「淋しさの底ぬけて降るみぞれかな」などこちらに12編が収めてある。そのどれも優劣がつけにくいくらい、見事な出来映え(^^♪一度読んでいるけど、ほぼ忘れてしまった。「時鳥(ほととぎす)鳴くや湖水のささにごり」「我事とどじょうの逃げし根芹かな」。また読み返すのかい、あんた(;´д`)トホホ水底を見てきた顔の小鴨
うむむ。これは“婦人服”の専門店です。大きなマネキンが展示されていたのでパチリ!写っているのはわたしのクルマ。マネキンがいかに大きいかおわかりでしょう(゚ω、゚)左にあるのが、普通サイズ。えーっ♫大きなマネキン
昨日ラムネの瓶を見ていて思い出しました。こちらはJR安中駅。ふらりと立ち寄ってみたら、小学生の“図工”が陳列してありました。いやはや、華やか。空き瓶を使ったカラフルな集団演技・・・ですねぇ(ˊᗜˋ*)フィルムカメラはピント、露出を合わせるのが一仕事。むろん、それが愉しいんですよね。JR安中駅
これがどんな情景だか、おわかりになりますか(´?ω?)花弁はサクラ。サクラが散り敷いているのです。前橋公園の満開のサクラを見に行ったとき、ドリンクが、ピンク、ブルー、グリーンといっぱい、浴槽みたいなプールに冷やしてありました。もちろんペットボトルです。「あ~あ。きれいだな」そう思ってパチリ!歩きまわって、のどが渇いていたのです。ピンク、ブルー、グリーンのペットボトル
「凧(いかのぼり)きのふの空の有りどころ」蕪村のこの句がぎらりと光った。朔太郎の「郷愁の詩人与謝蕪村」(岩波文庫1988年刊)を昨夜読んでいたとき。この本は複数もっているけど、最後まで読んだのはこれがはじめて。小林秀雄「モーツアルト」が世に出たのは昭和21年。一方こちらは昭和11年。はらはらしながらよんだけど、よく最後まで健闘している。批評家としての朔太郎を見直した。「郷愁の詩人与謝蕪村」
この鋭角な建物を桐生市内で撮影したときのこと、はよく憶えています。フジカラー・コニカカラー(その昔はサクラカラー)!2大メーカーがしのぎを削っていましたよね(。-ω-)ポジフィルムも幅を利かせるようになったけれど、主体はネガカラー。フジがややリードしていたはず。くらまたカメラ東店。おおっと路肩に止めてバリバリ撮ったなあ♪桐生のとがったカメラ店
MOMOという文字が何かをアピールしていますよね。そして左下にいる女性。この人を画面に入れるかどうするか、「う~ん」と1分ほど迷ったのを憶えています。小汚い格好(失礼)をしていたからです。看板だけでも絵にはなるんですよね(ノω・、)擬制の窓と赤・青・黒のそれらデザイン、そして室外機。これだけでフレーミングして撮った記憶があります。もちろんフィルムです。MOMO
うわお!アメ車だよ。左折してくるといいな~。期待していたら、その通りになったので、遅れじとパチリ(゚ω、゚)お金をかけ、ずいぶんきれいにリニューアルされているなあ。ビュイック、フォード、シボレーなど50年代のロックンロールが映画で再燃したんじゃないかな。このボディ・カラー、一陣の風。ザッツ・ア・ファッショナル(笑)。アメ車
ワイド版一茶俳句集(岩波文庫1991年刊)。一茶は生涯に2万首といわれているけど、そこから2千首をえらび、制作年代順にまとめ、巻末に初句索引が付されてある。こんな本をどこで買ったのか、まるで思い出せない。以前は普通版の岩波文庫で読んでいるはず。丸山一彦さんの校注。その注がじつに充実していて、目を瞠らせられる。山頭火に引き込まれたいまの気分としては、和歌から俳句へ、くるくる流されるまま。「木々おのおの名乗り出(いで)たる木の芽哉」(寛政元年27歳)。ワイド版「一茶俳句集」を読みはじめた
会社は前橋市内にあったので、高崎からクルマで通勤していました。ここは新前橋駅にほど近い、私立の専門学校。中央専門動物学校と表示されていますね。半分以上は、外国人で占められている、かな?このときはついクルマの運転席からパチリ(ˊᗜˋ*)女性がさしている日傘が目立ちますよね。専門学校の生徒さん
ここからは2019年の写真です。そのほとんどはフィルムカメラによるもの♫さて、自転車のハンドルにひっかけてあるこの赤い帽子。鍔がついてますよ。インナーかな。サッカーボールのようなものが見えます。そして背景の青、黄が赤をきわだたせていまする(´Д`;)ハンドルにひっかけた赤い帽子
山頭火句集の(三)(四)が顔を出したので、(三)は途中までだけど、(四)はさっさと読み了えた。ご本人がセレクトした「草木塔」は、このシリーズの(一)(二)に収録されている。「草木塔」はほかの本をあわせ、何度となく読んでいる。山頭火になるまでの(三)をまとめて読むのははじめてかな。(四)は亡くなる直前まで詠んでいる。山頭火句集~草木塔以外の
たいしたことない写真で、すいましぇん(^^;;)人の撮影したものじゃないから、ま、いっか。ぶらさがっているのはハロウィンのかぼちゃ。前橋市内でうろうろしてるうちに撮ったのです。このときのことはよく覚えていまする。ニコンのFM2またはFE2と、レンズは45ミリF2.8。浅いピントを後ろにかぼちゃに合わせたことまでしっかり憶えてるなあ。ハロウィンのかぼちゃ
えーと、この赤い実はピラカンサでいいのかな?ミスばかりやらかしているので、どうも自信がありませぬ。あまりにびっしり実が生っているので、ついカメラの出番となりました(゚ω、゚)これを食べる野鳥もいるのかな。そういえばヒヨドリが嘴でくわえているのを撮ったことがありましたね。数で勝負。「食いたいならたっぷり食わせてやる!」ピラちゃんの戦略タハハ。たわわにピラカンサ
久々に花を取りあげましょう。ご存じ皇帝ダリア。これって、ある時期から急にはやりはじめたのじゃないかしら?「へええ、はじめて見たよ、こんな花」。しかも大きくなる。どんどん大きくな~る。これは何色といったらいいのか(´?ω?)晩秋から初冬かけて咲くのもめずらしい。何という花か、ネットで調べた記憶があります。ご近所の人はいまも栽培していまする。ご存じ皇帝ダリア
いつものように蔵書をあれやこれやひっくりかえしていたら、山頭火の「日記(八)」(春陽堂)が出てきた。「松山日記(二)」「一草庵日記」が収録されているので、これがこのシリーズのラスト。俳句は全作品の索引があり、日記は絶筆となった原稿もある。竹内敏信さんの写真が見応え十分。読んでみようかな。「山頭火日記(八)」が出てきた
火災を起こしたあと・・・と推測される車体。ミディアムか。ウェルダンですかね?こんなふうにこんがり焼けてしまったら、乗員は助からないはずですが、他の故障車と同じ扱いに見えました。んー。何だろう。わたしは運転席からこわごわ撮影しましたが、そのあとしばらくヒヤヒヤしてました(゚д゚)クルマの燃え殻
うきわかもめを知っていますか!?中年以上だったら、ほぼ100%の大人が知っていますよね。大和燐寸株式会社は知らなくとも。母屋にはまだあります、石油ストーブを点火するため。これ、人気があったなあ、琺瑯看板のエースです。このフォトを撮った16-7年前には、ふつうに・・・でもないけど街角を飾っていました。“はきよい、強い、カッコいい”力王たびもね。うきわかもめ
こちらもフィルムです。待っている自転車。待たせている人がいるんですね。我慢強いから心配はいりません(^o^)父を病院へ送り届けたあと、カメラを助手席に積んでお散歩していました。皆さん、草野球でもしていたのかな。木々の装いをみると、秋か初冬でしょう。ずいぶん低い位置から日差しがきています。待っている自転車
昨日、ふとした気まぐれで、岩波文庫「山頭火俳句集」(夏石番矢編2018年刊)をぱらぱらめくっていた。種田山頭火のファンでこの本を知らない人はいないだろう。俳句索引をふくめ535ページもある、持ち重りのする分厚い本。俳句ばかりでなく、「日記」「随筆」が、別に収めてある。「草木塔」をはじめとする俳句は何度となく読んできたけど、「日記」や「随筆」は、まともに読んだことがなかった。■大正15年(1926)分け入っても分け入っても青い山鴉啼いてわたしも一人■昭和2・3年この旅、果てもない旅のつくつくぼうしへうへうとして水を味ふまっすぐな道でさみしいしぐるるや死なないでゐる俳人としての突然の離陸がきた。山頭火が山頭火になった時代と、その鮮やかさ(゚Д゚;)「鴉啼いてわたしも一人」の句には、「放哉居士の作に和して」の詞...「草木塔」の俳人山頭火
「飛出し注意」だって。赤いバラがきれいだな。カーブミラーにカメラをかまえた変なおじさんが写っているし。こんなスナップをやたら撮っていました。もちろん35ミリフィルムカメラで。ニコンやオリンパス等何台もあって、休みになると、いろいろなフィルムをつめて、出かけてました。現像代も安かったなあ。「飛出し注意」
てくてくてくてく歩く。てくてく歩くある日茂吉にくっついて茂吉さいとうもきつ。山々の首筋がときおりピカッと光る。おおあれをあれを見ろ・・・とさいとうもきつはいう。もきつも年をとったな腰が曲がってよたよたと。よたよたしながらてくてく歩く。おいおいどこまで行くんだ?榛名山を一周するのかね。もきつは頬かぶりしてそっぽを向いている。あんたがえらい歌人であることは知ってはいたけどいままでろくすっぽ読んだことがなかった。読んだことなかったよ。もきつは日本のおじいさん代表。だからてくてく歩くもきつについて歩く。ああそうだったね文化勲章までもらって。ごほんごほん咳払いしている。咳払いしながらてくてく歩いているからぼくはそのうしろからついてもきつが榛名山を一周するならぼくも一周する。もきつのあとをついて行けるところまで行って...TEKUTEKU(2025年003)
もう1台スクーター。ヨーロピアン・スタイルですが、止めてあったのは、ぐんまのど田舎です。ニコンの45ミリF2.8のレンズをよく使ってました。丘に工夫をこらした遊具が散らばっていて、その近く。しゃがんで撮ったのも憶えています。昨日のはスクーピーというようですが、これもかな(´◡`)ㇷムウ草色のスクーター
さてこのあたりから、わたしが「フィルム写真工房」などと題してまとめているフォトを10枚程度取り上げます(ˊᗜˋ*)2018年に撮ったものが中心。この年に特別の意味があったかけではありません。現像だけしてもらって、そこからフィルムスキャンしています。まずこの水色のスクーター♫水色のスクーター
このフォトを撮影したときのことは憶えています(^o^)中之条町のど真ん中。商売にならず、“シャッターを閉じてしまった”茂木カメラ店が郷愁をさそいます。隣りははきの屋さん。祖父や父の時代には、こういう個人商店にお世話になったのですね。バス停は中町。どこにでもありそうな停留所です。街角小景~中之条町
失礼してもう一発つぶやかせていただきまする(^^;;)それはこちらの本。吉本隆明「詩の力」(新潮文庫/大井浩一・重里徹也構成)。過去を振り返ると、ぼんやりと読んだ記憶があります。「日本近代文学の名作」と新潮文庫の双璧をなしています。原本は毎日新聞社から2003年に刊行されているようです。吉本隆明「詩の力」を読み返そう
何度も同じことをいって恐縮ながら、探していた本が、2冊出てきた(´Д`)岩波新書の「新唐詩選」(吉川幸次郎・三好達治)、それと新潮日本詩人全集2「正岡子規・高浜虚子」。とっくの昔に卒業したと漫然と思い込んでいた。粗忽惣兵衛でやんすな。反省するのが遅すぎでした。“いちはつの花咲きいでて我目には今年ばかりの春ゆかんとす”(子規)こういう歌は、若いころ読んだのでは頭で理解して素通りですね。自分が老年になっているからこそ、こころに沁みてくるんです。痛切感がまるで違う。わかっちゃいなかった・・・のですな。痛切感がまるで違う
あの雲は動いているんだろうか?あまりに大きくてそのあたり一面を陰りが覆っている。雲のへりにはひざしがあってね。そこからさきへはめったに出られたことがない。出られたこと・・・がない。だれかが忘れていった荷物のようにぼくは“そこ”ころがっている。犬がきたり猫がきたりいろいろな黒い虫がぼくの周りを通り過ぎる。スイフトが書いたガリバーのようにいや配達人が忘れていった荷物のようにぼくはころがっている。ああおお。本が枯れてゆく。どんどんと本から文字が逃げ出してぼくの手がとどかないところへ。とどかないところへ逃げてゆく。結局はだれかが忘れていった荷物となってぼくは白いページばかりで出来た不思議なふわふわした本のからわらに寝そべっている。雲がどんどんどんどんあっちへいってしまう。日陰も消えてゆく。消えた日陰のことをだれか...だれか憶えているかしら(NO.2025年-02)
今どきのカメラにはいろんな機能が盛りだくさん。ほとんど使ったことのない機能が目白押しです。わたしのOM-3の場合もそう・・・へたにいじると元に戻せなくなりまる。はてさて。これはたぶんある機材の“トイモード”だったと思います。イエステーション?見直すと斜光線狙いだったことがわかります(*´ω`)街角小景~トイモード
醤ゆとんこつラーメンです。ここも立ち寄らず、写真を数枚撮って、通り過ぎたかもね。だって、値段票を見るとけっこう、お高い↑トラック野郎を相手にする“深夜食堂”だから高いのは当然か。高速が開通する前、うろ覚えではたしかR50号沿線でした(*゚ω゚*)ラーメン700円ギョウザ400円ビール600円。うひゃっ。醤ゆとんこつラーメン
1か月ほど前に撮ったフォト。影が主役ですね。切り絵だとすると、う~ん。狼かウサギ?まさか!影が主役
どこで見かけたカメラ店だったかしら?秩父かさもなくば渋川か。記憶にはほとんどのこっていません。PEN-EEだとかペンタックスSPだとか、大衆機で一時代を風靡したものが飾り窓の向うに、ラインダンスみたいにずらずらならんでいます。こんな飾り窓なら、どこからも文句はでないでしょうね♪タハハカメラ店の飾り窓
街角小景らしい一枚。たぶん黄八丈の布切れを下げた暖簾が目に沁みました。“藍屋”の文字を彫った下台の板と比べるのもいいですよね。ここは飲みにいったのではなく、街撮りしていて見かけた・・・だけだったと思います。杉板を貼った外壁。斜光線がいろいろ置いてあるものを浮き彫りにしていまする♬黄八丈の暖簾
叩き売れるうれるものは売って、蔵書をへらし身軽になろうと思って、この間からガタガタやっている。すると忘れていたいろんな本が出てくる。これもそう。筑摩の「芥川龍之介全集別巻」。35編のエッセイが収録されているので、いくつかぱらり、ぱらりと読んでいたら、宇野浩二の『玄鶴山房』に一驚。抄録らしいが、いやはやすごい芥川論である。宇野浩二が私小説の方からじりじりせまってゆく。そのせまり方に圧倒される。正宗白鳥の「芥川龍之介」も読み応えがあった。こんなことをしているから、売却はなかなかすすまないなあ。具体的な論の展開が、地を這うようでつい読まされる♪すごい「玄鶴山房」論を読んだ
そうそう、こんな記事を書いたことをふと、思い出した。これを書いたのは2017年9月19日。8年も昔。当時わたしが管理していた前橋市内のアパートへ清掃のため出かけていくと、入居者が鳥が死んでいるから片付けてくれといわれ、見ると猛禽類が庭に倒れ、ぐったりしていた。おお、どうした!どうした!・・・とばかり体にふれると、まだ生きている。https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1962712742&owner_id=4279073詳しくは当日か翌日、記事にしているので、そちらをご覧いただきたい(。-ω-)同じことをまたくり返しても仕方ないだろう。写真だけならべておく。ネットで調べ、近所(群馬町だが)に野鳥病院があることを知り、TELをかけた。「とにかくつれてきて下さい、見てみましょう」とい...キズついた猛禽類を野鳥病院へつれてゆく
ここも昨日の酒屋さんのご近所、つまり前橋市の駅北。琺瑯看板がびっしり飾ってあります。板塀で仕切ってあるけど、中は居酒屋さん。「ナショナル電球」は横位置、しかもドデカい♬琺瑯看板も町中で見かけるのは、普通2個か3個。こんなに集めてあるのははじめて見たかもね。左(西面)にも貼ってあった。琺瑯看板を飾った板塀
どこで撮影したのかと「う~ん」とかんがえこんでしまった。そして思い出した。前橋駅北部400mあたりの裏町でした。ご覧の通り酒屋さんです。その建物がぎりぎりいっぱいに道路にせり出しています。ガードレールと酒瓶を収納するプラスチックの籠が道路際に積んでありますなあ(^ε^)はみ出しているわけじゃないけど。街角小景~道路ぎりぎり酒屋さん
■「山部赤人の歌」窪田空穂著(日本の名随筆62「万葉2」作品社1987年刊)「日本の名随筆62万葉2」に収録された「山部赤人の歌」(山部は山辺とも書く)が、近来になくおもしろかった(´◡`)「万葉1」「万葉3」と3冊ある。わたしが持っているのは、この(2)だけ。いずれも中西進さん編集で、ほかにも24篇収めてあるため、一篇一篇は短くまとめられている。窪田空穂の文章は、はじめて読んだ。窪田空穂には大部な「万葉集評釈」があるようだが、とてもじゃないけど、手が出ない。本編「山部赤人の歌」は1951年の講演筆記だそうである。(1)田児の浦ゆうち出でてみれば真白にぞ富士の高嶺に雪はふりける(318)(2)み吉野の象山(さきやま)の際(ま)木末(こぬれ)には幾許(ここだ)もさわぐ鳥の声かも(924)(3)若の浦に潮みち...赤人の“感動”を論ずる
これは、富岡市が世界遺産に登録される4-5年前、ふらりといったときの街角小景。元は寝泊りできる飲み屋さんだったのか?大きな規模の木造建築で寿命がほぼ尽きているように見える。その昔は、芸妓の置屋だった可能性もある。日本酒の銘が外観を飾っている。2Fにはタオルケットのようなものがずら~り。富岡市~街角小景
古めかしい窓と扉を撮って歩いていたことがあった。群馬県の市町村(一部埼玉北部)は、8割は回ったかな。撮ったあとで、かんがえる。その場でかんがえていたら、移動できなくなるからね。この扉はすごい、重量級。アルミとか鉄とかじゃなく、鋳物かもしれない。外壁は分厚いレンガ。耐火建築かな。緑青がふいているぞ!窓と扉
「婚約したらダイヤモンド」だって。小さなものでもいいのかな。眼鏡・宝石・時計。これが3点セットだった。いまでもそうかなあ?ふるさとぐんまには上信電鉄というローカルな私鉄があるけど、そのどこか駅前で撮った。SEIKOは立派なブランドだったぜシチズンも。篠原時計店、この建物はいまもあるのかな。上信電鉄の或る駅前
これも伊香保の石段街で撮った一枚(^^♪ちょっと失礼だったかしら。焼きたてだね、女性の表情が熱そう。右にメニューが見えるし、店員さんの下半身もちらり。食べているのは「玉こんにゃく」かなあ?石段を下りてきたら、このカップルがドンピシャのシャッターチャンス。その節はありがとうございました。お似合いの二人♡
伊香保の石段街にパネルで飾られた古写真。「ほほう」と思ったので、よく憶えています。わたし推測では、角兵衛獅子ではないかしら?越後からやってくる女性の芸能集団。江戸時代に旧西蒲原郡月潟村からやってきたそうです。旅館街にもやってきたんでしょうね。それが大正・昭和のある時期まで存続したのです、たぶん。石段街の古写真
ここは伊香保の旅館街の一隅。二つの道が交差する角なので、いろんなものが置いてある、というか集まってくる。郵便ポストや選挙のポスター、丸本旅館、脚立、プラスチックの樽その他。そこに陽光が注いでいる。甲羅干しをしているのかな?ものたちが。KIRINふきのとう。ネーミングはいいけどね(ノω`*)いろいろなものが甲羅干しをしている
「いつか、いつか・・・」とかんがえているうち、こんな年になってしまった。それも、角川のソフィア文庫で。何だか恥ずかしい気がする(^^;;)どちらも200ページ前後、手取り足取り、よちよちと。「万葉集」も、ソフィア文庫で読んだ。新潮の古典集成その他で20冊ばかり揃えていたのに、結局読まず仕舞となりそう。頭脳の衰えには逆らえない。茂吉の「万葉秀歌」上巻・下巻が、いまのわたしには、正直いってむずかしいのだ。若いころにはバカにしていたよ、ソフィア文庫。アルツハイマーかなトホホ超初心者向けソフィア文庫(角川文庫)
秩父へいったその帰途、たまたま目についたボンネットトラック。このショットを撮ったときのことは、なぜかよく憶えているんですね。埃まみれの黄色いトラック(;^ω^)通過しかけあわてて振り返っているのです。特殊ポンプ車かな?秩父の文字がありますよね。働く自動車シリーズのごく初期のもの。埃まみれのボンネットトラック(秩父)
このころまで、こんな個人商店があったのです。15年か、それ以上たっているでしょう。秩父はのんびりした山峡の町に見えました。8×10が飾ってあったので、ついパチリ!カメラ店が時計・宝石の店をかねていたのです、昔はね。パンダの置物があるな、ほかにもいろいろ陳列してあった(*^。^*)カメラ・宝飾のお店(秩父)
深紅のヘルメットが、バックミラーに何気なく懸けてあった。しかも傷だらけ。見た瞬間網膜に突き刺さった。背景のブルーシートが存在を強調していた・・・と思う。こんなシチュエーション、あるもんじゃねえぞ(゚д゚)どこで撮ったのかな。撮影のため秩父へいったときか。シュルレアリズム、いやダダイズムだね。深紅のヘルメット
斎藤茂吉の「万葉秀歌」(岩波新書初版は1938年上下巻)を買おうとかんがえて本屋へいったけど、立ち読みした結果、角川ソフィア文庫(ビギナーズクラッシック)の「万葉集」に後退。昔読んだとき、かなり高度な評釈でよくわからなかった。“足慣らしが”必要じゃな(笑)。芭蕉・蕪村の俳句をスラスラ読むのとはわけが違うから。でもやっぱり「万葉秀歌」を買おう、持っていたはずの本がみあたらない。茂吉自身の短歌より読まれている・・・と思うので典型的なロングセラーとはこういう著作のことをいう。斎藤茂吉「万葉秀歌」を買おう♬
高崎市の旧卸売青果市場・・・だと思います(間違っていたらご免なさい)。一時期街中を、カメラ片手にぐるぐる回っていたのです。斜光線があたって、影が映って、黄昏ゆく風情がありました。大型トラックが横付け。下大類町の新市場に引っ越す前の、街中の市場。現在はこのあたり、マンション林立ですね。旧卸売青果市場
愛機をぶらさげ下町(高崎の南町あたり)をふらふら。そうしたら、この自動車を発見。おやおやパン屋さんの移動販売車かな。外装色、気に入りました。ドイツの車両かな?ところがその後見直していたら“RUNRUNICE”と書いてあるんですね。アイスクリームの販売車かも知れません。そのとき、その場で確認すればよかったのですが。移動販売車
チヤコの家・・・だってさ♬街角散歩中「これはいただき」と、立ち止まってパチリ。10枚くらい撮ったな。気の弱そうな、いつもシッポをだらんとたらしているようなワンコ。よかったねぇ、愛されているんだね。立派な小屋まで造ってもらって。玄関を犬がふさぎ、家のあるじは廊下から出入りしていた、かも。チヤコの家
消えている文字は「東」の字で、関東牧場と入るのでしょう。ホルスタインをたくさん飼育していたようです。牧草はあちらこちらにありました。ここは標高0に近い、わが家と同じ平地です。山麓じゃなくてね(ˊᗜˋ*)前橋市街地より15-20キロ離れた調整区域。異臭の問題はどうなのかなあ。関東牧場
これがわたしがイメージする“わが町TAKASAKI”でした。貴族の婦人をあしらったアンティークCaféのこの看板。広角レンズでスナップしています。去年からは税金(相続税・固定資産税その他)で苦しめられているから「ちくしょうめ(T_T)」と苛立っていますが。店の方ではなくストリートを撮っています。TAKASAKIのイメージ
高崎市の下町にある造り酒屋、というかお醤油さんです。その名は「ヒキソーイチ」。薄暗かったですが、看板をずばりと撮影させていただきました。おじいちゃんは施設に入所したとのことで、孫にあたる女の子が、実質家業を継いでいます。下町散歩で立ち寄ってパチリ、そして醤油を1本お買い上げ。その節はわがままを聞いていただき、ありがとうございました。高崎の醤油屋さん(ヒキソーイチ)
これも古いころ、20年ほど昔、足利市の駐車場の小景だったと思います。この植物・・・棕櫚は箒として、現在でも使われていますよね。こんなに背が伸びるんですね。斜光線ねらいで撮影しています。コンクリートの外壁がキャンバスになってくれました(^ε^)光と影のドラマ!棕櫚~光と影のドラマ!
娘と息子。いかにも「過去からの手紙」にふさわしいシーンといえるでしょう。娘は1年生か2年生。息子はそれより3歳下。フィルムカメラからスキャンしています(^^;;)時間がたつのは早いものですよね。後ろはいま解体撤去を検討中の“東物置”。ガレージ兼用です。300万はかかるかな?タハハ頭が痛い。幸せだった時代がリアルに蘇ってきます。幸せだった時代(娘と息子)
わがままをいわせていただくと、右手に手塚治虫、左手に幸田露伴が昨日のわたしめでありました。ところで露伴はなぜ露伴というのでしょうか(´?ω?)ご存じの方、いらっしゃいますか。夕べは「太郎坊」を読んでいました。ちくま文学全集は、文庫本サイズなので、携帯に便利。鴎外からはじまって、全50巻もあるし。30巻くらいは持っていた・・・かなあ。「突貫紀行」「観画談」幻談」「望樹樹」など、評価の高いものが収録されています♬運がよければ、BOOKOFFで121円です。はたして目論見通り読みすすめられるかしら?左手に幸田露伴
過去からの手紙シリーズです。これは住宅屋さんのイベント会場ではなかったかしら、よく憶えていません。ニコンFM2と45ミリF2.8で撮ったのは記憶にあります。会社の行き帰りにあっちこっち引っかかっていました。万国旗のようですが、風があると忙し気にくるくる回るグッズが空を横切っていました。建物が拵えたように対照的。何てことない日常的なスナップですが。2014年に撮影とコメントがあります(´ω`*)何かがくるくると回っていた
手塚治虫(1928-1989)は43年間に、15万枚700作品を描いたのだそうである。マンガ・アニメを描くために生まれてきたような人だなあ。本は売るのみでもう買わないと思っていたのに、お近くのBOOKOFFにいったら秋田書店の短編集を見かけてしまったよん。またしてもこの4冊ゲット♪ふん(゚o゚;トホホ手塚治虫の短編集4冊
寺田寅彦って、いま読まれているのかなあ(´・ω・)?これまで寺田寅彦の愛読者って、友人の中にいなかった・・・ような。「寺田寅彦は忘れた頃にやって来る」(集英社新書2002年刊松本哉)を数日前に中古で買ったら、ちょっと気になって蔵書をひっくり返し、2冊が出てきた。「天災は忘れた頃にやってくる」ですよ。これって名言中の名言ですよね。随筆家といえば、大昔から寺田寅彦は科学者として超有名だった。その割には読まれていないんじゃないかなあ、おれだけか(ノω`*)タハハ寺田寅彦を読もうぜ♬
富士フォトコンテストというのが、その昔あったのはご存じですか(いまでもやっているようです)。フィルム部門別に分かれていましたが、カラープリントを「自由写真部門」に応募したのが、30代の半ばごろ。ほかに「ネイチャーフォト部門」「組み写真部門」等がありました。それがこれ。娘が4歳のころだったと思います。特等の100万円はムリにせよ、佳作の10万円でも・・・と期待していましたが、むろん落選(^^;;)このころはキヤノンA-1を使用し、レンズは200ミリF4だったと憶えています。新潟のチューリップ園までいって撮っています。このころは、娘が専属モデルでした。コンテストに応募したのは、このとき1回だけ。フィルムからカラースキャンしています。チューリップと娘
これを撮影しに利根川左岸に通っていたころ、平成が終わりに達する最後の2-3年。わたしは仕事をやめる準備をしようとしながら、ここへきて、オリンパスE-M5を使って対岸・・・つまり右岸の夕景を眺めていました。塒へ帰るカラスどもが、ゴマ粒のように点々と南に向かっています。オートにしておくと夕陽はより夕陽らしく撮れました。塒へ帰るカラスども
ふるさと群馬には海がありません。北も東も、おおよそ海まで100キロ。お隣の栃木、埼玉、長野も海のない県。さてこちらは利根川左岸の夕暮れです。広角の24ミリか28ミリを使い、効果を確かめたうえでパチリ!です(゚ω、゚)向かって左は糸杉、右は何だったろう?ドラマチックな逆光の雲。ドラマチックな逆光の雲
これもデジカメを使いはじめて初期のころ、20年ほど前。場所は栃木市です。すれ違いざまに、ウエストレベルに構えてパチリ!ありがとう、思い通りにスナップが撮れました。ピンクヘルメットの女の子と、「小倉アイス」の幟旗。後ろにいるのは東武が送り込んだ観光客です。はて、この子がカゴに入れているのはなんだろうなあ。ショルダーバッグのように見える・・・。栃木市でピンクヘルメットの女の子にすれ違う
先日古本屋へ手塚治虫を探しにいったとき、手塚さんほか虚子の文庫本を2冊買ってきた。そのうちの1冊が「虚子五句集」。「六百五十句」「七百五十句」とともに、「慶弔贈答句集」126句が収められていた。これがおもしろい♬そうか、虚子の神髄がこういうところにあったのだ。編集・解説は大岡信。初句索引、季題索引が付録で付いている。「行春やおもちやに交じる黄楊(つげ)の櫛」には前書きにつぎのようにある。「わすれ筐(がたみ)をのこして、妻に死なれし人に。」ほんの一例だけど、おぬし使い手じゃのう・・・といってみたくなった。感動させられた。俳句には“慶弔贈答句”というのがあるのだ、忘れてたよん!「慶弔贈答句集」高濱虚子
過去からの手紙シリーズに戻ります。さて、自転車連作のひとこま♪ここは馬場川(ばばっかわ)という幅2.5mほどの放水路に面した、半プロムナードです。前橋の盛り場を西から東へと貫流しています。そこに止まっている一台の白っぽい自転車。イルミネーションはクリスマスのものではなかったはず?友達と飯を食いにいって、目についたものを、単純にパチリとやったのだと思います。青い豆球がダイヤモンドみたいにいっぱい輝いています。今回再レタッチしています。でもおもしろがっているのはわたしだけか(;^ω^)キラキラ輝いている自転車
これは集英社の手塚治虫名作集②「雨降り小僧」(1995年刊)で「雨降り小僧」「るんは風の中」「モモンガのムサ」など短篇6篇が収録されている。こうった短篇においても、手塚さんの力量は存分に発揮。2つ読んだだけだけど、ストーリーにひねりがあり、エンディングに小技が効いいている。こーゆーの読んでいる人いるかなあ♪いたらうれしいのですが(*^。^*)手塚治虫の短編集「雨降り小僧」
いい年こいて、手塚治虫に夢中(^^)/なんてこったい。BOOKOFFに通っているうち「ふんにゃ?」と手塚さんの「アドルフに告ぐ」1~3巻(文春ビジュアル版)を買ってきたらこれが通俗的で、誇張ばかりで、いやはやおもしれえ♪講談社漫画賞を受賞しているし。うまくいえないけど、若いころそれとは違うなあ。「またかい?」「うん、まただよん。本はこころのご飯だから」手塚治虫って、総発行部数2000万部は超えているかな、それ以上か。「アドルフに告ぐ」に夢中
このショットは違いますが、クジャクチョウにはじめて遭ったときのこと、よく覚えています。榛名湖畔の周遊道路からはずれて、アクセス道路を少しいくと、100m四方ほどのお花畑あり。わたしは図鑑で見たことのある真黒い、コールタールのようなチョウに気がつきました。おおっ、開翅ショットは、目視できただけ。でもいつか撮ってやるぞ。」ピエロのような派手ない衣装。目が釘付け!近づいてくる敵などを驚かすための衣装ですから、目が点になるのも当たり前。それにしてもこってりしすぎてるなあ(◍•ᴗ•◍)どぎつさでは、日本産の随一でしょうね。派手な衣装クジャクチョウ
「過去からの手紙」へ戻ります。これはたぶん、キアゲハ♬ナミアゲハではなく・・・てね。偶然撮れた一枚ですが、キアゲハへの褒めことばなのです。こういう写真が撮りたくて、仕事のあいまをぬって、フィールドを歩きまわっていていたのですね。ボケをあしらった背景の処理がうまくいきました。キアゲハへの褒めことば
手塚治虫少年は、たいへんな昆虫少年であったのだ。本書「昆虫つれづれ草」(小学館文庫2001年刊323ページ)は買ったのを完全に忘れていた(ノω`*)蔵書を半分に減らそうと、先日からがたがたやっていたら出てきた。コミック「ゼフィルス」「インセクター」が2本入っている。期待感もりもり盛り上がるなあ。いまさらだけど、手塚治虫はコミック・マンガ界の大スターだった。絵のうまさは、つげ義春とは別次元(;^ω^)「昆虫つれづれ草」手塚治虫(小学館文庫)
ええと、さらに数枚昆虫というか、チョウの写真がつづきます。これはだれもがご存じのモンシロチョウ♪白い花は何だったかな(´?ω?)春風があったかなかったか、画面が爽やかなので、気に入っています。この2頭、このあと結婚飛行へと飛び立っていきました。うわあ、いいなあ♡モンシロチョウの飛行
デジタルで昆虫写真をはじめた、ごく初期に撮ったもの。だから、20年ほどたっています。フィルムだと、色褪せが心配になる時期ですよね(;^ω^)これはツチイナゴの幼虫。「いい湯だな、いー湯だな」とドリフのように歌っています。・・・なこたあないか(^O^)ガハハハオレンジの湯に入れたらいいな、この子みたいに。オレンジの湯
池内紀はドイツ文学者で、カフカその他の翻訳でお世話になった。エッセイストとしても独特なユーモア、ペーソスを持ち味とする。岩波新書「文学フシギ帖―日本の文学百年を読む」こんな本を読みだしたらやめられなくて、お仕舞まですべて読んだ。「子規と明治の女」「久保田万太郎と湯豆腐」「堀辰雄とステッキ」「金子光晴の『鮫』」「尾崎放哉の孤独」など、短いページの中に彫金師みたいな、これまで「だれもいわなかったこと」がきちきちつまっている。“読者力を鍛える”かあ。うまいこと評したものだね。池内さん、あと一冊読んでみたいな(-ω-)「文学フシギ帖―日本の文学百年を読む」池内紀の芸
犬小屋のある片隅にふと目が止まりました。犬は長生きしたとしても11-12年。犬小屋を遺し、ご本尊は消えてしまいます。大型犬など、最期を看取るのはたいへんですよね(´Д`)街中を歩きながら、この一隅へきて、何かを感じたのです。庇の黒と、背景の緑。去ってしまった“過去”の思い出沁みついていますね。犬小屋の黒い庇
これはなんでしょう?トビ(鳶)かなとも思いましたが、カラスでしょうね。利根川河畔に、カラスたちの塒があるのです。望遠ズームを着けていたので、それを撮影した記憶あり、ぼんやりと。そのころ、右岸にはびっしり柳などが生えていました。カラスにはリーダーも参謀もいるなあ・・・と余計なこと考えたりしながら。カラスの群れ
過去からの手紙シリーズではありません。1千冊ほど、本を売り飛ばすつもりでガタガタやっていたら、手塚治虫の「人間昆虫記」が顔を出しました。持っていたのを忘れていました(;^ω^)何とか読めるレベルではありますが、文庫版なので文字が小さいなあ。それだけ老眼がすすんだということじゃ、まいった。手塚治虫「人間昆虫記」を少し読んだ
過去からの手紙、たぶんNO.11です。あえていろいろな傾向のスナップを取り上げています。これはこのころよく撮っていた仕事帰りのスナップ♬コンデジを右手にかまえてバシバシいい加減にシャッターを押していました。雨が降りはじめていました。スバルの軽ですが、この車種が好き・・・でした♡ところで、GOOがBlogのサービスを、11月に終了することになったんですね。残念至極!お引越ししようかなあ。雨の夜のスバル(自動車)
さて、つぎはフィルムカメラの一枚。ニコンFM2+ニッコール45ミリF2.8で撮影。防火水そうという標識の赤、トタンや空の水いろに空気感がただよっているのを感じます(。-ω-)自分でいうのもなんですが、大好きなショット。撮った場所は大間々郊外です。朝顔か昼顔がまきついて、花が咲いています♫フィルムは何だったかしら?フジのネガカラ100からフィルムスキャンしたと思います。街角ショット~ニコンFM2+45ミリF2.8
過去からの手紙に戻ります。ここは前橋の大渡橋の下。暑い夏、現役時代はときおり昼寝しにいっていました。大渡橋というと、地元では朔太郎の詩で有名で、詩碑のたぐいが2つか3つあります。このショット、自転車で通過するお兄さんが、うまくブレてくれました。コンデジでカメラ任せだった・・・と思います。ブレた自転車
2-3時間探しまわってようやく発見(;´д`)タハハつげ義春のマンガ、エッセイのことです。あちこちにバラバラに置いてあったので。本って、関心が変わるたび、入れ替えが必要になるんだよね、めんどくさいけど。「流れ雲旅」は北井一夫その他と組んで「アサヒカメラ」「アサヒグラフ」等に連載したのだね。当時、雑誌を購読していたけど、その後捨ててしまったなあ。うっすら記憶にあるだけ。ところが朝日新聞が2023年1月にリメイクしたのです。読んでみると、つげさん、まず当時の国産カメラで風景を撮影し、それからプリントを参考に、周辺の環境を仕上げてマンガを完成させるのですよね♬“失われゆく日本の風景への旅”。50年後のリメイクなので、皆さんすっかりお年を召しておられる。ひなびた温泉をめぐる旅。日本がいまより貧しかった時代の貴重な...つげ義春ワールドへ♪
伐り倒されたサクラの古木。樹齢100年くらいかな?すぐ近所の、六地蔵がある公民館の庭に、3本あったのが、3本ともやられた(゚o゚;知っているものではチェーホフ「桜の園」、安吾の「桜の森の満開の下」、梶井の「桜の木の下には」は、サクラをあつかった名編といっていいだろう。だれが伐ったのだろう!わたしは毎年、この古木に遭うのを愉しみにしていたのに。無残やな。伐り倒されたサクラ
ちくま文庫につげ義春コレクションがある。「紅い花・やなぎ家主人」を途中まで読み返したけど、いやはやす、すんばらしい(笑)。紅い花、長八の宿、ほんやら洞のべんさん、もっきり屋の少女、やなぎ屋主人に、以前読んだときのマークがつけてある。全巻揃えたはず。ただ年寄りには文字が小さいのが難点(;´д`)つげ義春コレクション(ちくま書房)
ここは原宿の神宮橋の上。明治神宮や代々木公園には、この橋をわたって行くのが普通でしょう。1990年代には数千人の若者がどこからともなく集まってきて賑やかでした。リーダーはいないし、仕掛け人もいない路上パフォーマンス♬彼ら彼女を追い回すカメラマン。ご覧の通り、これも集合写真です。夏は暑いので、主に春と秋。わたしは群馬から新宿の地下駐車場にクルマを入れ、原宿まで、何回となく通いました(^ε^)「おじさん撮って!」と呼ばれたのかも。きれいな女の子より“ブスい”子の方が威張っていたと思います。神宮橋の上。モノクロームの写真集を、後につくっています。なつかしいなあ。彼らが占拠ていたのです、路上をね。路上パフォーマンスのあとで
さてこれは「過去からの手紙」シリーズではありません。「働く自動車」を撮ろうと思って、ある店舗の駐車場へいってカメラを構えていたところ、「おやっ」と一瞬眼の端をよぎるものが。生垣に今年はじめてのアゲハチョウ(ナミアゲハ)が止まっていました(゚ω、゚)春型なので夏型の2/3ですが、鱗粉はとてもフレッシュ!ただ惜しいことに、向かって左の尾状突起が失われていました。何があったのでしょうね、生まれて間もないこんな子に。昨日は自宅の庭で、はじめてのヤマトシジミにもお遭いました♬今年はじめてのアゲハチョウにお遭いする
この小学生が走り出して、わたしの横を眼にも止まらぬようなスピードで走り抜けていった午後のことはよく憶えています。携帯の着歴音が鳴ってすぐだったと思います。うれしくて全力疾走。お母さんのクルマがサッカー場のPに止めてあったのです。わたしはニコンに50ミリを着けてスタンバイしていました。いったいどういった事情があるのかは、もちろん知りませんでした。めったに遭えない親子なのかなあ。全力疾走
サクラ、サクラの季節。日本人はこの花が好きですよね、あきれるくらいに。はてさて、ここは前橋公園のサクラ。市民の憩いの場所です。そこにやってきたS高校の生徒たち。記念撮影をはじめたので、わたしも撮影の仲間入り。ハッスルて「ハイチーズ!」とか声をかけたのだったかしら?前橋S公園の集合写真
つまらないフォトで恐縮です。散ったサクラの花が、暗い池の表に浮かんでいる。それだけ(笑)。ただクローズアップしてみたら、蜘蛛の糸に引っかかった花びらのこまかな葉脈がすかし紋様のように浮かんできた・・・デリケートなのか、ただの顕微鏡的写真なのか、拾い上げてみたものの、ことばにつまり気味。池の淵に浮かぶ花びら
退屈な部屋、魚石、日の戯れ、散歩の日々、池袋百点会、隣りの女。どれも皆おもしろい♬そして傑作「無能の人」。吉本隆明の解説+書誌をふくめ398ページ。新潮文庫から平成10年刊行されていた。このところ、BOOKOFFに5-600冊叩き売った。売れる本をさらに物色中(;^ω^)「無能の人・日の戯れ」新潮文庫(つげ義春)
見ればおわかりのように、ナンテンが散り敷くスナップです。ナンテンって木としては弱く、圧雪によって、たちまち撓んでしまいます。散り敷いた葉を眺めているうち、パレットの絵具をぶちまけてしまったように見えきて、ついパチリ!色や形に反応しています。わが家の通り道、雪の日の道端(^^♪ナンテンの葉の彩り
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わが相棒のオス猫けん太!指でかまってやったら(動くものが大好き)、その気になってきた。もう6-7歳になるのかな。呼ぶと少し遅くなってあらわれ、わたしの隣りで晩飯を食います。母屋の縁側は型ガラスです。ちょっと夏痩せ気味かなあ。ひょうきん族め。わが相棒、けん太
お母さんは、わたしの横にいます。可愛らしい妹と賢そうな兄貴。許可を得なければ撮れないシーンですよね。スクエアフォーマットはローライ3.5F、フィルムはフジカラー400Hです。立派な大きなお弁当・オカズをご覧下さい。忘れることができないシーンです。ばらしいのはカメラマンではなく、演出家のお母さん♫すでに7-8年がたっています。兄貴と妹
市街地に自動販売機がこれほど存在するのは、日本だけという話を友人から訊いたことがあります。そういえば、スペインにもインドにもその他の町の街角にも、自販機は見かけなかったなあ(*´ω`)よくお世話になります。平和の象徴として、このジョージアはここにあるんだし、それを日常風景として写真に撮るのだねぇ。このころ、フィルムカメラはニコンFE2を使っていました。自動販売機
大岡信選『折々のうた』(二)を読みはじめた。一茶からはじまる近代俳句。この区切りかたはおもしろい♪子規をのぞいて、尾崎放哉や山頭火以外には関心がもてなかった。大岡さんに説得されるのかな、ふむむ(´・ω・)?短歌は本当のところおもしろくない。辻原登編「与謝蕪村」(河出文庫)も買ってきてある。『折々のうた』(二)長谷川櫂編を読みはじめた
この千羽鶴はすごいなあ♫横の碑に秩父三拾四ヶ所巡拝という文字が刻んである。これを高崎市の下町で撮ったのだ。地蔵さんは敬慕されているんだねぇ。近所に信心深いおばあさんでもいるのだろう。帽子や涎かけ、お供えしてある花々。クルマから下りてお堂をのぞき込んだこと、憶えていまする(。-ω-)お地蔵さんと千羽鶴
これは以前UPしたことがあったかも♪地元ではお花見の名所、前橋公園。“お花見の客”なのです。二人の妙齢の女性はイスラムの人。お訊ねしたわけじゃないですが、髪を見ればわかります。スクエアフォーマットはローライフレックス3.5Fを使用。サクラは満開あるいはほぼ満開に近かったと憶えていまする(´◡`)お花見の女性二人
どこで撮影したのかはよく憶えています。沼田市街を、カメラ散歩していたとき。とてもきれいな帆船だと思ったことも。花屋さんの店先だったかなあ。そのあたりはあいまい(´ω`*)マスト、船体、重りなど、とても精巧にできていますよね。ご主人がマニアなのかもしれません。街中でこんなものを見かけたら、撮るしかありませぬ。美しい帆船模型
今年2月か3月にBOOKOFFで買った半藤一利さんの「漱石俳句探偵帖」(角川選書)は、まったく期待していなかった。それがこれほどおもしろい本だったとは♫読んではポストイットをたくさん挟んだ。半分ばかり読んだ中では「死こそ真のリアリティだ」をはじめ、目が離せない記事がたくさんある。あらためて漱石の俳句の真の魅力を、半藤さんが教えてくれたのだ。漱石全集は売却してしまったけど、岩波文庫の「漱石俳句集」は、2度ばかり読んでいる。「漱石俳句探偵帖」(角川選書)半藤一利
これはどこで撮ったのか、ハッキリとは覚えていません。おそらく、藤岡市内だったと思います。壁の一面が琺瑯看板で埋め尽くされていまする(゚ω、゚)これは意識して集めた・・・のでしょう。キンチョールとかナショナルの文字が多いですね。高齢者の場合、記憶の中に、きっちり刷り込まれているんじゃないかしら。琺瑯看板part2
一茶句集で退屈していたところ、長谷川櫂選の『折々のうた』選(一)を読み出し、頭を殴られたような鈍いショック!その句、内藤丈草「水底を見てきた顔の小鴨かな」であった。丈草は蕉門十哲のひとり。「淋しさの底ぬけて降るみぞれかな」などこちらに12編が収めてある。そのどれも優劣がつけにくいくらい、見事な出来映え(^^♪一度読んでいるけど、ほぼ忘れてしまった。「時鳥(ほととぎす)鳴くや湖水のささにごり」「我事とどじょうの逃げし根芹かな」。また読み返すのかい、あんた(;´д`)トホホ水底を見てきた顔の小鴨
うむむ。これは“婦人服”の専門店です。大きなマネキンが展示されていたのでパチリ!写っているのはわたしのクルマ。マネキンがいかに大きいかおわかりでしょう(゚ω、゚)左にあるのが、普通サイズ。えーっ♫大きなマネキン
昨日ラムネの瓶を見ていて思い出しました。こちらはJR安中駅。ふらりと立ち寄ってみたら、小学生の“図工”が陳列してありました。いやはや、華やか。空き瓶を使ったカラフルな集団演技・・・ですねぇ(ˊᗜˋ*)フィルムカメラはピント、露出を合わせるのが一仕事。むろん、それが愉しいんですよね。JR安中駅
これがどんな情景だか、おわかりになりますか(´?ω?)花弁はサクラ。サクラが散り敷いているのです。前橋公園の満開のサクラを見に行ったとき、ドリンクが、ピンク、ブルー、グリーンといっぱい、浴槽みたいなプールに冷やしてありました。もちろんペットボトルです。「あ~あ。きれいだな」そう思ってパチリ!歩きまわって、のどが渇いていたのです。ピンク、ブルー、グリーンのペットボトル
「凧(いかのぼり)きのふの空の有りどころ」蕪村のこの句がぎらりと光った。朔太郎の「郷愁の詩人与謝蕪村」(岩波文庫1988年刊)を昨夜読んでいたとき。この本は複数もっているけど、最後まで読んだのはこれがはじめて。小林秀雄「モーツアルト」が世に出たのは昭和21年。一方こちらは昭和11年。はらはらしながらよんだけど、よく最後まで健闘している。批評家としての朔太郎を見直した。「郷愁の詩人与謝蕪村」
この鋭角な建物を桐生市内で撮影したときのこと、はよく憶えています。フジカラー・コニカカラー(その昔はサクラカラー)!2大メーカーがしのぎを削っていましたよね(。-ω-)ポジフィルムも幅を利かせるようになったけれど、主体はネガカラー。フジがややリードしていたはず。くらまたカメラ東店。おおっと路肩に止めてバリバリ撮ったなあ♪桐生のとがったカメラ店
MOMOという文字が何かをアピールしていますよね。そして左下にいる女性。この人を画面に入れるかどうするか、「う~ん」と1分ほど迷ったのを憶えています。小汚い格好(失礼)をしていたからです。看板だけでも絵にはなるんですよね(ノω・、)擬制の窓と赤・青・黒のそれらデザイン、そして室外機。これだけでフレーミングして撮った記憶があります。もちろんフィルムです。MOMO
うわお!アメ車だよ。左折してくるといいな~。期待していたら、その通りになったので、遅れじとパチリ(゚ω、゚)お金をかけ、ずいぶんきれいにリニューアルされているなあ。ビュイック、フォード、シボレーなど50年代のロックンロールが映画で再燃したんじゃないかな。このボディ・カラー、一陣の風。ザッツ・ア・ファッショナル(笑)。アメ車
ワイド版一茶俳句集(岩波文庫1991年刊)。一茶は生涯に2万首といわれているけど、そこから2千首をえらび、制作年代順にまとめ、巻末に初句索引が付されてある。こんな本をどこで買ったのか、まるで思い出せない。以前は普通版の岩波文庫で読んでいるはず。丸山一彦さんの校注。その注がじつに充実していて、目を瞠らせられる。山頭火に引き込まれたいまの気分としては、和歌から俳句へ、くるくる流されるまま。「木々おのおの名乗り出(いで)たる木の芽哉」(寛政元年27歳)。ワイド版「一茶俳句集」を読みはじめた
会社は前橋市内にあったので、高崎からクルマで通勤していました。ここは新前橋駅にほど近い、私立の専門学校。中央専門動物学校と表示されていますね。半分以上は、外国人で占められている、かな?このときはついクルマの運転席からパチリ(ˊᗜˋ*)女性がさしている日傘が目立ちますよね。専門学校の生徒さん
ここからは2019年の写真です。そのほとんどはフィルムカメラによるもの♫さて、自転車のハンドルにひっかけてあるこの赤い帽子。鍔がついてますよ。インナーかな。サッカーボールのようなものが見えます。そして背景の青、黄が赤をきわだたせていまする(´Д`;)ハンドルにひっかけた赤い帽子
「下校時」というのは、わたしが若いころは人気のあるタイトルだったなあ。いまじゃ、そんな写真を撮っている人は、ほとんどいない。PTAのおっさんたちが児童の下校を見張っているし。このショット、一番右にいる子は、脚をあげて何をしているのかな?4人の子供たちに雨がぱらぱら♬下校時
昨夜遅く池内紀さんの「となりのカフカ」(2004年刊)を読み了えた。なかなか愉しめ、ポストイットをたくさん挟み込んでしまった(*´ω`)最後に新書による“プラハ観光”がついているあたり、著者のエスプリを感じさせる。わたしが持っているカフカは、新潮文庫の頭木さんの前はほとんど池内さんのものだった。あしたになったら、日記を書こうかなあ。長篇「審判」「城」が懸案となってはいる。しか~し、たぶんムリだから、短編集(岩波あるいは新潮文庫)を半分くらい読み返してからにしようか(-ω-)はて、はて♪池内さんの「となりのカフカ」
■堀江敏幸・角田光代「私的読食録」(新潮文庫令和2年刊)晩酌しているためか、心身の老化が激しく、このところ長篇小説が読めない、という症状がつづいている。わたしの場合、62~3歳のころから、お行儀が悪いのだが、寝転がって読むことがふえてきた。だけど長篇小説だと、寝転がってもダメ(´Д`)体はもちろん、頭の方も、いかれかけている。そういうわけで、読める本は限定されてしまうのだ。そういえば、先日葛西善蔵の「蠢く者」「死児を産む」のふたつを読んだが、これは両方ともすごかった。何がすごいかというと、私小説特有のリアリティである。「死児を産む」の中で、刑務所に入っているという読者からのファンレターに対し、「まあ、ちょっと誇張があるんだけどね」・・・とつぶやいている(笑)。愛人や友人と、喧嘩三昧している日常が描かれてい...ユニークな書評が愉しい♬~堀江敏幸・角田光代「私的読食録」を読みはじめた
セルフオーダーシステムの食堂へいって「さて・・・」とクルマを半回転させたら、目の端にこんな光景が!“カモシカのようなすらりとした美脚”とえば「おいおい、じいさん。いつの時代の話だね」と笑われそうだにゃ(*´ω`)タハハ女子高校生だろう。われわれ世代の出る幕じゃねえなあ。カモシカのような美脚
■「妻と私・幼年時代」江藤淳(文春文庫2001年刊)■「悲しいだけ」藤枝静男(恋愛小説アンソロジー「感じて。息づかいを。」川上弘美選光文社文庫)(こちらが「感じて。息づかいを。」の表紙)「感じて。息づかいを。」(光文社)は100円の棚にあったので、たまたま手に取って眺めたら藤枝静男の「悲しいだけ」が掲載されていたため、この恋愛小説アンソロジーと称する文庫本を買うことになった。「藤枝文学の極北と称賛された感動の名作、野間文芸賞受賞の『悲しいだけ』を併録」と謳ってある。ただし、講談社文芸文庫の新刊で買うと税込み1,353円とお高い(゚ω、゚)ナハハ「感じて。息づかいを。」には、本編のほか、「桜の森の満開の下」坂口安吾、「武蔵丸」車谷長吉をふくめ、8篇が収められている。病苦の涯に身罷った妻のことが、容赦のない残...“伴侶の死”をめぐる2篇~江藤淳「妻と私」藤枝静男「悲しいだけ」を読む
福田和也「作家の値打ち」(飛鳥新社2000年刊)、こんな本があったのを思い出した。「作家の価値は、人の記憶に残る作品をどれがけ書けるかで決まる。その点からすれば、やはり《第三の新人》までの作家は偉い、というか高い値打ちをもっていると云わなければなるまい。」文学の世界の“偏向”がどうやら許せないらしい。全574点のうち、最高点をたたき出しているのは「仮往生伝試文」古井由吉、「ねじまき鳥クロニクル」村上春樹、「わが人生の時の時」石原慎太郎の3篇で、いずれも96点。第三の新人までかあ(*^。^*)「内向の世代」でも阿部昭などはわたし的にはお気に入りだけどね。作品(小説)を横一列にならべて数値化するというのが、おもしろかった。日本文学に反ってきたので、またちょっと読み返そうか。この時期をはずすと、二度と手に取らな...福田和也「作家の値打ち」が出てきた
猛暑襲来!!参ったな、35度を超えたらどこもかしこも熱々で身の置き場がない(´Д`;)クルマには遮光シート、小学生は冷水が入ったお気に入りのボトル。省エネを心がけてはいるけど、やむなくエアコンのスイッチはONにしている。猛暑襲来!
中村光夫「私小説名作選上」で、太宰治「富嶽百景」をしばらくぶりに読み返したが、半分ほど忘れていた。2度目に読み返したのは30代のはじめだったかも♪「晩年」の諸作と「津軽」が好き。中でも本作は極上の逸品。「私小説名作選上」は田山花袋のはじめて読む「少女病」からスタートするが、これは残念ながら習作レベルである。徳田秋声、近松秋江、志賀直哉、嘉村礒多など堂々たる私小説作家の代表作に伍して「富嶽百景」は、まちがいなくトップの3傑に入る。若い女性の二人連れに記念写真を頼まれ、結局は記念写真を撮らず、富士だけを撮ったエピソードなど忘れていた。新潮文庫なら注釈があるかと参照したが思惑ははずれた^ωヽ*読みのスピードががくんと遅くなったため、長篇がなかなか読めないなあ。太宰治「富嶽百景」を読み返す♬
新品だとたった3冊で6,000円超え(´Д`)血迷ったわけじゃないけど、講談社学芸文庫はお高いですなあ。「群像短篇名作選」2,300円、「戦後文学を読む」2,000円、「明治深刻悲惨小説」1,800円。もちろんこれに消費税が加わる。表紙は金文字でピッカピカ♬岩波と新潮にはかなわないからねぇ、破れかぶれ?年表だの解説だのがびっしり付属している。昔の単行本なみか、それ以上なので、お値段が張るのはあたりまえ。講談社学芸文庫の現在
■小谷野敦「私小説のすすめ」平凡社新書2009年刊以前にも読んでいるから“再読”となる。《このいわば「志の低さ」に辟易する人も多いだろう。わたしは、どちらかといえば、この後者》著者には失礼ながら、2010年1月6日のBlog「二草庵摘録」にこう感想を書いている。https://blog.goo.ne.jp/nikonhp/e/d6760d02256e271d34a15ea2f35902b3さきごろスタンバイさせてある在庫をひっくり返しているうち、意図に反して出てきた。半分ほど読んで、中絶したかな・・・と思っていた(^^?)人の記憶は、そのくらいあてにならないものであ~る。付録のオビにつぎのような惹句がある。《才能がなくても書ける。それが私小説。その魅力を説き、「書きたい人」に勧める、挑発的文学論!》この惹...小谷野敦「私小説のすすめ」~ぶっちゃけ本音トークを再読する
関川夏央の「おじさんはなぜ時代小説が好きか」(集英社文庫)の中に興味深い引用があった。志賀直哉「小僧の神様」のストーリーにおいて、中沢新一が“成熟した貨幣経済のうちで「純粋贈与」は可能か”と問いかけているという。「小僧の神様」はわずか24枚ほどの短篇だが、昔から傑作として名高い♬「それは不可能」というのが、中沢さんの結論だそうです。近代文学を読むにしても「それはいつ書かれたのか」という問いはつねに重要だと、関川さんはいっています。たとえば向田邦子の「あ・うん」の仙吉も「小僧の神様」からとられているんだって(。-ω-)新しい問いを発見するのが批評家の仕事でしょうね。関川夏央「おじさんはなぜ時代小説が好きか」(集英社文庫)
割とよく通る交通量の多い交差点。赤い上っぱりを着た女性がいてくれたら・・・と思ったことがあった。そうしたら、この日おあつらえ向きに、ドンピシャリ(´◡`)リフォームの文字に懸け替えられたんだね。まさに“紅一点”のごとく!こんなところでスナップしたがっているのはわたしだけか(;^ω^)写真は1×2にトリミングしました。背景もおもしろい♬
車谷長吉の「武蔵丸」と、織田作之助の「聴雨」は近ごろ“大あたり”だった。拾ってきたカブトムシのことを書いた「武蔵丸」より、坂田三吉のことを描いた「聴雨」の方が上ですね↑フ~ムフム。はてさて大量に抱え込んだ本を、数百冊売らねばならないなあ。6DKでもいる場所がなくなってしまう。5-600冊売れば多少は風通しがよくなる・・・かな!?単行本の類は思い切って捨てることだなあ、やれやれ(´Д`)「聴雨」と「武蔵丸」はよかった↑
完璧な“流し撮り”にはほど遠いなあ^ωヽ*たまたまこうなった。男の子以外はブレてしまったので、そのように見えなくはない・・・というレベルだな。背景は年中出かける高崎のBOOKOFF。ん?流し撮りかな
昨日サルスベリの幹で交尾していたキマダラカメムシ(・・・たぶん)。よく家の中にも入り込んで、出るに出られず干からびているのがこいつだろう。違うかな(´?ω?)サクラ、カキ、サルスベリなど、多くの樹木につき街路樹にも多いようだ。台湾~東南アジア原産の帰化種とのこと。毛虫じゃなくてよかったぜ。キマダラカメムシ(´?ω?)
高橋さんは長吉の隣りに「高橋順子海へ」という生前墓を造ってもらい朱書してあるそうである。「夫・車谷長吉」は生半可な本ではない。読者としてわたしは、すっかり心を掻きまわされてしまった!「終の住処」の一章もすばらしい♬ドキュメンタリーの傑作である。なお本書で2018年講談社エッセイ賞を受賞しているそうである。夫の墓には入りませんという女性がふえているなかにあって、高橋さんの妻としての決然たる“思いの丈”が、この本にギュッとつまっている。読み了えるのがもったいないなあ(。-ω-)高橋順子“海へ”
(一昨日、BOOKOFFで手に入れた車谷長吉の2冊)妻の留守中に、解凍中の生イカをのどにつまらせ、69歳で窒息死した小説家車谷長吉。「四国八十八ヶ所感情巡礼」のレビューでこんな記事をお書きになっている方がいた。《どこかの駅でうんこを垂れ流し、「この始末は誰がするのか」と駅員に言われて「それは、おまえの給料のうち」と言い捨てて、折から着た電車に飛び乗ったという話を得意気に書いている下りでは腹が立った。自分のうんこの始末もできないで、会う人を、それぞれ「極楽に行く・行かない」と「採点」する。》ウハハハ、こりゃすごいな。そのとき、奥様の高橋順子さんはどこにいたのだろう。強度の強迫神経症を発症しているから、「夫・車谷長吉」を読んでいると、もうほとんど狂人と紙一重である。高橋さんはゲッと思うようなことをけっこう淡々...正常・異常の境界例を生きた男~反時代的毒虫・車谷長吉をめぐって
およそ3~4年に1回の頻度で姿を見せる、ゴマダラカミキリ♬この日は南東の植え込みで剪定をしていた。「終わり!」と思ってふと見え上げると、この子が枝に止まっていた。探すと見つからないが、すぐそこいらにいる。子どものころから見慣れたブルーブラックの輝きが、何ともいえず美しい(ˊᗜˋ*)ゴマダラカミキリがやってきた
高崎市の道路維持課の人が6人やってきて、水路や溝の清掃をしてくれた。息子が電話したあと、区長も連絡したようだ。わたしが憶えているかぎり、市の人材出動ははじめてのこと。距離にしたら約150m。左に見えるのはわが家の太陽光発電設備。わたしは屋敷内の雑木を伐採していた(*´ω`)いや~暑かった。水路の清掃
(新刊で手に入るのは、現在「夫・車谷長吉」のほかは文春文庫では「赤目四十八滝心中未遂」、新潮文庫では「鹽壺の匙」だけのようだ)一昨日からこの文春文庫「夫・車谷長吉」を読みはじめた。買おうか買うまいか、迷っていたのだ。本書の文庫が2020年2月刊行なので、まあ、目にとめてから約4年の歳月がたつ。高橋順子さんは、詩集も、1冊か2冊どこかにあったはず。ただし、じっくり腰を据えて読んだ記憶はない。「夫・車谷長吉」を、とうとう読みはじめ、その影響で「寝返りを打つ」という妙チキリンな詩が生まれてきた。高橋さんの詩からは影響をうけなかったのに、この車谷長吉について書かれたエッセイからは、影響をうけた。とてもストイックな、でもやさしさに満ち溢れた、どこかエレガントなエッセイとなっている。ⅠからⅥまで、6つの章に分かたれて...夫・車谷長吉とともに~詩人・高橋順子の愛情告白(2024.6.13記)