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ブログタイトル
さきの小さな大発見
ブログURL
https://plaza.rakuten.co.jp/sakisakisf/
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ひとつでも発見があれば、その日は大成功、 そんなさきの「こんなもの、見つけたよ」ダイアリー。
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154回 / 365日(平均3.0回/週)

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さきさんの新着記事

1件〜30件

  • ピカソの「草上の昼食」(2)

    80歳近くになり、予想外にひとりなったピカソはなぜ、大量の「草上の昼食」を描いたのでしょうか。 これはすべて私のGuessですので、物語みたいにして読んでください。 私は、ピカソはここで、もう一度、注目の人

  • ピカソの「草上の昼食」(1)

    「草上の昼食」と言えばマネですが、モネ(1866)やセザンヌ(1875年頃)、ピカソも同タイトルの作品があります。 神話の世界ではなく、いわゆる普通の女性の裸が描かれていたことから、専門家から不謹慎だと批判され落

  • マネの「フォーリー・ベルジュールのバー」

    前回のピカソの緞帳を見た時、あれはパリのミュージックホールの様子なのではないかと思いました。 フランス革命から約100年、パリ改造が行れ道路が整理されなどして、産業革命も進み、19世紀後半のパリはベルエポ

  • ピカソの「Le Tricorne」、おかしい

    前月6月の末に、メイン州のクローゼットの中からピカソの「Le Tricorne(三角帽子)」というニュースがあり、写真が載っていました。 40x40cm これがピカソの作品なわけがないでしょうと思っていたら、 なんと1

  • シャロットの女

    先日の「七夕」のところで、思い出した絵というのがこれです。 「シャロットの女」 1905年、  188.3x146.4cm、 ワーズワース・アラニアム美術館、コネチカット州 背後に丸い窓があり、フラメンコを踊ってい

  • 宇宙へ

    米国の西海岸時間、7月11日午前8半過ぎ、 リチャード・ブランソンさん達を乗せた宇宙船が、ついに飛びたちました。 長年の夢が叶う時、どんな気持ちなのでしょうか。 これが宇宙船の母体、 真ん中の飛

  • モンドリアンのブギウギ

    サンフランシスコの現代美術館にあるモンドリアンの「教会のファサード(正面玄関)」 1914年 71.76x48.53cm、Momasf 私は最初にこれを見た時、モンドリアンの原点はこのキュービック的な絵なのかと思いまし

  • 七夕の歌

    七夕(星祭り)というのは中国から伝わった牽牛と織姫が年に一度天の川で出会うという伝説と、日本にあった「たなばた」、つまり機織りや裁縫、習字の上達を願う儀式が一緒になった行事だそうです。 広重の浮世絵

  • 七夕

    今夜は七夕、 でも、外は強風。 友達が送ってくれた星飾りの写真、 これはぜひ今夜アップしたいので、ここに。 というわけで、記事はあとになります。

  • Green Thumb

    今日は花と鳥の巻、 シアトルに住んでいる妹のアフリカン・バイオレットです。 この写真を引っ越ししていった友達に送ったら、 「She definitely has a green thumb!」というメールが来ました。園芸上手な人

  • ツェッペリンの町 フリードリヒハーフェン

    7月3日、 姉たちはボーデン湖西にあるドイツ湖畔の町に行ってきました。 その町というのが「Friedrichshafen」という名前で、最初はドイツ語で書いてあったので、おお、これはお手上げ、と思いました。 まず読め

  • ベリンツオーナ 世界遺産の城

    ヨーロッパでは、今も古い城壁が残っている町々があり、かつての侵略や防衛の深刻さを想像することができます。 ルツェルンにも、時計塔のところに、城壁の一部が残っています。 7月1日に、姉たちが出かけたのは

  • ルガノ&リギ山とコーヒー

    6月6日 その日、姉の住むルツェルンあたりは雨、 しかし、ルガノのほうは晴れなので、そちらに行くことにしたそうです。 なんと、フットワークの軽いカップル。 ルツェルンの出発は8時18分、直行便電車で、

  • タミナ峡谷とハイジ

    大谷選手のあとは、スイス編です。 もう7月、時間ばかりがたって、記事が随分たまってしまいました。 姉たちが5月の末に訪れたところは、タミナ峡谷です。 スイスには高級温泉地として名高いバートラガッツとい

  • July 4th、独立記念日

    今日は米国の独立記念日、 1776年に独立宣言がされてから、245回目のお祝い。 東部に引っ越していった友達から、こんな写真が届きました。 アメリカ国旗風にアレンジしたようね。 私はひとりになってから、独

  • ピカソとモンドリアンの盗難画

    今日は数日前に、ギリシャのアテネから南東に45キロの山中で、ピカソとモンドリアンの盗難絵画が発見されたというニュースがありました。 その絵は2012年の1月に、アテネの国立美術館から盗まれたもので、建築関係

  • スーティンの「牛の死体」

    今日はスーティン(1893-1943)の代表作であるふたつの作品を見ていきたいと思います。 (1) 「牛の死体」 1925年、 104.3x107.63cm、 オルブライト=ノックス美術館、バッファロー、ニューヨーク (2)「エ

  • スーティンの「菓子職人」

    下の絵はスーティン(1893-1943)が有名になるきっかけになった絵です。 (1) 「菓子職人」 1919年、 66x 51cm バーンズ・コレクション アルバート・バーンズ(1872-1951)はアメリカはペンシルベニアの化学者

  • モディリアーニとスーティン(3)

    前述の本の中で、スーティンについて、次のようなエピソードが語られています。 ☆    ☆   ☆ 新進芸術家たちが住んでいたラ・ルーシェでは、モデルを雇ってのデッサンのクラスがあった。スーティンは後

  • モディリアーニとスーティン(2)

    スーティンがパリにやってきたのは1913年、 その時知っていたフランス語は、「モンパルナス」と「ラ・リューシュ」だけだったとか。 ヴィリニュスの美術学校で知り合ったふたりの友達が、前年にパリに行き、「ラ

  • モディリアーニとスーティン

    今日はモディリアーニと、前回に名前が出たシャイム・スーティン(1893-1943)とのことについてです。 スーティンについては以前に書きましたが、付け足し情報については後で述べることにして、ここではまずは先入

  • Unknownモディリアーニ (4)

    イリヤ・エレンブルグ(1871-1967)の回想を続けます。 ☆   ☆   ☆ 映画や本では、モディリアーニが絶望したり、激怒したりする場面が描れている。しかし、つまるところ、モディリアーニはロトンドで、飲ん

  • Unknownモディリアーニ (3)

    ポール・アレキサンドルが所有していたモディリアーニの写真。昔の映画俳優のようです。 それでは、イリヤ・エレンブルグ(1871-1967)の文章を続けます。 ☆    ☆    ☆ たいていの伝記によると、1914年は

  • Unknownモディリアーニ (2)

    このスケッチには、左から、ディエゴ・リベラ(1886-1957)、モディリアーニ(1884-1920)、イリヤ・エレンブルグ(1871-1967)、そして壁にはピカソの絵があります。 彼らは当時、パリに住み、誰もがまだ無名でした。

  • Unknownモディリアーニ (1)

    以前、モンパルナスの墓地にある「キス」という彫刻を取り上げたことがありました。その作者はブランクーシ(1876-1957)というルーマニア出身の彫刻家でした。ある時期、モディリアーニ(1884-1920)がこのブランクー

  • スイス ルンゲルン湖

    先週、姉から届いた写真、 美しい山と湖、 「スイス」のイメージにぴったり。 ここは「ルンゲルン湖」、そこに10キロの歩きに行ってきたそうです。 まずは写真から。 遠くに見える白い山々は、アイ

  • 石田徹也 (3)

    石田徹也はを20代後半までに、すでにいくつかの賞を受賞し、彼の才能を知る仲間からは、近い将来、全国区の画家になるだろうと考えられていたようでした。 彼はそれまで、学校とか会社とか、そういうことへの社会風

  • 石田徹也 (2)

    石田徹也(1973-2005)の作品を見ていきたいと思います。 ここに書くことが的を得ているのかどうか、また他の人がどう考えているのかはわかりません。ブログの他の記事もそうですが、私自身のオリジナルな感想です。

  • 今、石田徹也 (1)

    日本で「孤独と不安」を独自のスタイルで描いた画家といえば、石田徹也(1973-2005)です。 私が彼の絵を初めて知ったのは2015年1月のことで、その10年前、彼は31歳という若さで踏切事故で亡くなっていました。 石田

  • ムンク(3) 絶望

    今回はムンクの「絶望(Despair)」をとりあげようと思います。 「絶望」 1894年、 92x74cm、ムンク美術館、オスロ この「絶望」は、1893年に描かれた「叫び」と ここの1894年の「不安」と合せて

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