いやあ、参っちまいました。「6月に誕生日を迎えられたので、身体検査をしますなんて、月一回の定期検診でいわれました。「体重は……。あらあ、大台ですねえ、80.5kgです」「身長は……。あらあ、縮んじゃいましたねえ、171.3cmです」「あらあ」が、口ぐせの看護師さん。すこし、ショックが和らぎましたけど……。でもほんとに、「あらあ」でした、ものの見事に。じつは、もういっちよ!「あらあ……。お腹周り、81cmですねえ。メタボの更新ですねえ……」身体検査
(修行二)小坊主の殆どが商家の出であり、次男三男が多かった。わがままの許される家から戒律の厳しい寺へ移り、嘆き悲しむ日々を送っている。もしも実家に逃げ帰ろうものなら、己は勿論のこと、親兄弟、果ては親族たちのことまで非難の対象となってしまう。そんな彼らに対して、ごんすけが吠えた。「子をすてるおやなんていねえ!おやをすてる子はいるかもしれねえが……」自戒の念を込めてのごんすけの言葉に、沢庵和尚が手を打って小坊主たちに説き始めた。「よう言うた!その通りじゃ。みなそれぞれに親がある。されど、憎うてこの寺へ入れたのではないぞ。お前たちの先行きを案じての事じゃ。それぞれに事情は違うけれども、よくよく胸に手を当てて考えてみよ。今のお前たちならば、当時の親の心が分かろうというものじゃ」「こんな言葉を知っておるかのお。『寵...[宮本武蔵異聞]我が名は、ムサシなり!(十二)
社員数で圧倒する日本一か、売上額で日本一となることか。この日本橋の地に、他を圧倒する高さを誇る自社ビルを建てることなのか。しかしなにかが違うと感じる武蔵だった。数字ではない、そういった物理的なものではなく、武蔵もまた小夜子とおなじく崇められたいのだ。「おめえは、いらん子だ。よぶんな子だ」酔った父親から浴びせられたそのことばが、まだ幼い武蔵に突きささる。「いやだっちゅうのに、酔っぱらったとうちゃんが……」。母親の子どもをかばう思いのことばなのか、それとも父親と同じく思いもかけぬ赤子だったゆえのことばなのか。そういえば母親に抱かれてあやされたという記憶がない武蔵だった。貧乏小作人の常として、家族そうでのはたけ仕事になってしまう。畦に竹で編んだおおきなまるかごをおいて、そのなかにほうりこまれた。大声で泣き叫んだ...水たまりの中の青空~第二部~(三百七十一)
「心配って、おかしいじゃないの!そんなに心配しているのなら、それこそ早く帰って来るべきでしょうが。そうよ、武蔵は案外に冷たいのよね。千勢もそう思うでしょ!」「いえ、そんなことは……」決してここで、同調しない千勢だ。武蔵を非難することばは、小夜子以外が口にすることはタブーだ。ひと言でも武蔵をとがめようものなら、烈火のごとくに怒りだす小夜子だ。「武蔵の悪口を言っていいのは、あたしだけなの!」これが、常套句だ。「旦那さまはおやさしいお方ですから。奥さまがおつかれのごようすなのをごぞんじで『起こしちゃいかんぞ。』と、おっしゃられたので」と、あくまでよき夫であると強調した。とたんに、小夜子のけわしい表情がゆるんだ。パッと、明るくなった。「そうなの、そうなのよね。それが、武蔵なのよ。あたしが、先ず一番なのよね。ふふ…...水たまりの中の青空~第二部~(三百七十)
昨日までの小夜子ならば、「そんなこと、あたしには関係ないわ」と、席を立つところだ。しかしいまは、妊婦のはなしを聞きたくてならない。ささいなことも、一言一句聞きもらすものかと身構える小夜子だ。これから出産までの内に小夜子をおそうであろう事柄を、とにかく知っておきたいのだ。「つわりって、どんなでした?お食事は、しっかり取れるでしょうか?好みが変わるって、ほんとですか?」。ことばの端々をつかまえては、立てつづけに聞いた。「ハハハ。つわりはねえ、人それぞれだと言うねえ。ひどい人もいれば、軽い人もいる。あたしの場合は、その中間ぐらいだったかねえ。ま、辛いといえば辛いし、そうでもないといえばそうでもないし。食事にしたって、そうさ。食べたい時に食べればいいのさ。食べたい時に食べたいものを食べる。気にしないことだね、何ご...水たまりの中の青空~第二部~(三百六十九)
ぼくが神に同情する唯一のことは大勢の人間を同時に愛せても大勢の人間に常に愛されても一瞬間でさえひとりの人間だけを愛するそれがただそれだけのことが許されないことだ=背景と解説=他愛もないポエムです。ですが、好きなんですよね。「神は、公正・公平で在らねばならぬ」別に自分を神にたとえたということではないですけど。傲慢ゆえの思い、と言っても良いかと思います。「スーパーマン」ご存じですよね。大好きなんです、わたし。クリストファー・リーブス主演の「Superman」で、思いを寄せる女性記者(ロイス・レーン)を助けるために、本来やってはならない時間を巻き戻すという行為を犯してしまう。これらのポエムを書き上げてから十年ほど後に観る映画なのですが、「ああ、ありなんだ」と思えましたけれどね。でもやっぱり、ヒーローに戻っていく...ポエム正午編(神の苦悩)
岐阜市は揖斐・長良・木曽の三大川にめぐまれ水の恩恵によくしたものの、そのいっぽうで洪水になやまされつづけた。そんなこの地に水防の神さまとして、おおおくの信仰をあつめる伊奈波神社がある。主祭神は五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)だ。金華山のふもと近くに位置し、長良川の近くでもある。そしてまた駅前から東西をはしる二本の大通りをへだてて、金(こがね)神社がある。五十瓊敷入彦命の妃である渟熨斗姫命(ぬのしひめのみこと)が金大神としてまつられている神社だ。財宝・金運・商売繁盛の神さまとしてあつい信仰をあつめている。その金神社のけいだいととなりあわせになっている金公園での祭りに静子をさそった。かぞえきれないほどの夜店がならんでいて、それらの店から子どものなかに混じっておとなの歓声も聞こえてくる。そのなかでも射...青春群像ごめんね……祭り(一)
いい話の後になんなんですが……。午後に、整形外科の先生に、八つ当たりをしてしまいました。午前中に行った病院で、どうにも納得のできぬことになっちまいましてね。わたしには「無理難題を押しつけられた」ような気がしました。久しぶりに、イライラしました。ストレスです。「H1BACが、8.3という値になり、2ヶ月連続の8点台の高止まりです。対策を取なきゃね」。先生のおことばです。そんのな、分かってたことじゃないですか、先生。3月末をもって、会社を退職したわけですよ。4時間/1日では合ったけれども、それなりの運動量になってたいたわけでしょ?それを、すぱっ!と辞めたわけですよ。運動不足になるのは、自明の理じゃないですか。先月の検診で、朝の値が上がりましてね、夕食が問題になったわけです。「減らせませんか?」。「いまは無理で...きのうの出来事(やつあたり)の一
少し前(2週間前?)のニュースでしたが、「すわっ、邪馬台国?」との報道がありました。佐賀県吉野ヶ里歴史公園にて、弥生時代後期の石棺墓が発掘されているとか。よしよしよし、決定ですね、これで。いよいよ、「卑弥呼の墓」ですよ。「奈良が、邪馬台国だ!」とかまびすかったようですが、これで、この地が邪馬台国ということになりますか。第一奈良の方は、宮内庁によって「第7代孝霊天皇孝女のお墓、と、治定されているとのこと。治定とは=物事に決まりが付くこと、落ち着くこと、そうすることに決めること。(kotobank)ま、他にも2カ所ほど候補地があるようですかず、これで決まりでしょう、ね!よーし、よーし、よしよし、二度目の九州旅行時には、もう一度吉野ヶ里歴史公園に行かねば。ああ、たのしみです。また、あの和太鼓の演奏に浸れるんです...きのうの出来事(今度こそ、邪馬台国か?)
外はもう、どしゃぶりになっていた。少年はかなしかった。肩をたたく雨が、いっそう少年のこころを重くしていた。そしてその雨とともにほほをつたう涙も、とまることを知らなかった。「ごめんなさい……」と、消えいるような声が。そしてそれが少年の耳にとどいた時、ふたりの黒服によって外へとつれだされた。少年のこころに、後悔する気持ちが生まれていないことが救いだった。といって、少女を責める気持ちもない。心情を伝えられなかったことが、残念だった。ただただ、残念だった。……残念だった。“どうして分かってくれない!”“どうして……なぜ……どうして……なぜ……”とつぜんに腹立たしさが込みあげてきた。“なにを、伝えたかった?”“誤解されたって?なにを?”“うなずいてくれれば、良かった?”“話を、したかっただけなのに……”[蒼い情熱~ブルー・れいでい~](十七)どしゃ降りの雨
(修行一)修行では。住職に逆らう者など、当然ながら一人としていない。よしんば不満を抱いたとしても、ひとり胸にしまい込み他人に明かすことはしない。己は、実家から追い出された厄介者と、皆が分かっている。次男三男の悲哀として、運命として受け入れている。商才のある者は分家として一本立ちする道も残されているが、跡継ぎとして育てられる長男に対する躾の厳しさを目の当たりにすると……。しかしそれでも寺での生活に耐えられなくなると、親元に連絡を取り還俗をすることになる。もしも寺から逃げ出したとしても、すぐに実家から連れ戻されてしまう。そんな小坊主が過去に幾人かいたが、今では誰もが諦めていた。当初こそ警戒感を隠さずにいたごんすけだが、荒んだ気持ちも時が経つにつれ和らいでいった。ひと月も経たぬうちに笑顔が戻り、大声を上げて笑う...[宮本武蔵異聞]我が名は、ムサシなり!(十一)
「武蔵は、ほんとに小夜子が好きなんだ。それは分かるね?けども、武蔵の女あそびは、病気だ。どうしようもない。女あそびを止めちまったら、武蔵は死ぬかもしれない。それくらいの大病だわ。どうだろ、小夜子。いろいろ含むところもあるだろうけれど、ぐっと飲みこんでおくれでないかい。女のふところの深さを見せておやりな。いや案外のこと、子供でもできたら、変わるかもだよ。あたしの知ってる男に、そういうのが居たよ。そうだ、ぴたりと女遊びを止めるかもね。子どもベッタリとなるかもよ。もちろん武蔵には、あたしから釘を刺しておくから」梅子の思いが、どれほど小夜子に伝わったか。小夜子自身、武蔵の女遊びについては、諦めの思いがないではなかった。それが男の活力源だと公言してはばからない武蔵だ。「女あそびを止めちまったら、武蔵は死ぬ」。梅子の...水たまりの中の青空~第二部~(三百六十八)
とつぜんに下腹部にはげしい痛みが走り、生暖かいものが内股に流れた。あわてて産婆を呼んだが、その出血を見た途端に暗い顔を見せた。そしてすぐに、産院に行けと言う。「どうなの、どうなの。おたきさん、大丈夫よね?まだ産み月じゃないものね。ちょっとした手違いよね?だってあたし、あたし、じっとしてたんだよ。お医者さんの言いつけを守ってたんだから」不安な思いが、しだいに絶望感をともないはじめる。産婆はひと言も口を開こうとしない。いつも饒舌な産婆が、だ。そして病院に向かう間中、ずっと梅子の手をにぎりしめてくれていた。「先生、どうしてなの?言い付けを守って、じっとしてたんだよ。ほんとに大事にしてたんだから。なのに、なのに、なんで、どうして……。ひどいよ、神さま。酷じゃないか、あんまりだよ。欲しくないと思ってたあたしを、あた...水たまりの中の青空~第二部~(三百六十七)
「五ヶ月だね。気付かなかったのか、お前さん。他人のそれには敏感なくせに、自分のこととなるとからきしだな」と、馴染みの医者にからかわれる始末だ。「つわりは無かったのか?そうか。静かに静かに、いのちを育んできたんだな。で、どうするね?といっても、いまさら堕ろすわけにもいかんがね。お前さんに気づかれまいと、静かに成長をつづけてきたんだ。赤ん坊は、生まれたがっているぞ。神さまも、そんな赤ちゃんを応援しているらしい」医者はそう言う。しかし梅子の耳にとどく赤子の声はちがう。“このままお母さんに知られることなく、静かに逝くつもりだよ。心配しないでいいよ。ぼくが産まれたら、お母さん困るものね。お父さんだって、歓迎しないだろうし。大丈夫、大丈夫だから。お母さんを、お父さんを困らせるようなことはしないから。きっと、きっと、ふ...水たまりの中の青空~第二部~(三百六十六)
うみべの夕陽、かわに映える夕陽。そして、やまの背を焦がす夕陽。美しい花のささやき。雨にうたれる紫陽花の花。七色にかがやく虹。昇りくるたいようを背の少女。朝のはまべの少女。流れ着いたかいがらを見つめる少女。なみまに戯れる少女。=背景と解説=理想像として思い描いていた、少女像です。ポエム黎明編:最終作品 (たわむれる少女)
そののちに麗子さんからの情報で、熊本の親もとをはなれての集団就職で、年齢は十六歳だということがわかった。声の小さな子で、いつもあいての耳元で話しかけている。まるで内緒ばなしをしているように見えてしまう。まだ方言がとれずにいたせいらしい。はじめの職場では人間関係がうまくいかず、在籍している定時制高校のあっせんで増田商店にきたということだった。とにかく万事においてひかえめで、出しゃばるということを知らない。どういう経過なのかはわからないが社長宅で寝泊まりしていて、麗子さんがお姉さんがわりとして何やかやと世話をしているということだ。そして当日のことだ。ロープウェイでと言いはるぼくに対して、三人の女性は歩くと言いいり、鶯谷にある山道からのぼることになってしまった。ぶつぶつとくぢるぼくに対して「情けない人ですね、そ...青春群像ごめんね……問屋街(八)
今回は、「きょうの出来事」です。今朝は、冷えましたかねえ。久しぶりのことなんですが、左足のふくはらぎに激痛が走り、かけました。「ズキッ!」ではなく、「ズ!」です。前兆というか、一歩手前です。この痛みはまちがいなく、ふくらはぎのこむら返りですわ。すぐさま間髪を入れずに、足の指先に力を入れて、うらがわに引っ張られないようします。足の指先がうらがわに引っ張られると、もうだめです。地獄が待っています。のたうち回るほどの激痛におそわれます。八大地獄プラスの九大地獄にしてもいいぐらいの痛みです。ふくらはぎの筋肉がちぢこまっちゃって、どうにもなりません。高速で針に刺されつづけられるんです。ほんとそうなったら、どうにもなりません。ただただ痛みに、歯を食いしばってたえるしかありません。極端に悪化した虫歯の痛み、どころじゃな...きょうの出来事(痛っ!!久しぶりです)
[ブルーの住人] 蒼い情熱 ~ブルー・れいでい~ (十六)逡巡
少年が立ち上がった。しかし逡巡はつづいている。帰られるのだ、このまなにごともない顔をして帰ることができるのだ。しかし少年の足は、あの女のもとにうごいた。手足のない達磨のごとくにすこしの歩みではあっても、かくじつに少年の歩はすすんだ。亀のようにのろい歩みではあっても、たしかに女の元へ。少年にはえいえんの時間のように感じた、その道のり。話にきょうじるアベックたちの間のびしたこえが、少年の耳にとどく。バンドの音楽も回転数をまちがえたレコード音のごとくに、間のびして聞こえる。少年が立ち上がって、ものの五、六秒。三つのテーブルさきに陣取っていたあの女が、いままさに目と鼻のきょりにいる。そして階段も。「あのお……」少年は、自分でも信じられない程にたやすく女にこえをかけた。つまりつまりながらも、少年が女に話しかけた。い...[ブルーの住人]蒼い情熱~ブルー・れいでい~(十六)逡巡
(山寺三)そんな視線に気付いた沢庵和尚は、破れた袖口やら裾をひらひらと舞わせながら「いまは乞食じゃ、乞食じゃ。だがのう、これでも寺に戻れば法衣を着れば袈裟も着けておる。あちこちの大名が列をなして門前で待っておるぞ」と、僧たちの笑いを誘いながら住職の隣に立った。そして、年の頃は十歳だが身の丈五尺ほどで赤銅色の少童がその後に隠れるように立った。「ごんすけという名前じゃ。すぐに分かることゆえ、皆には今話しておこう」と、ごんすけを皆の前に対座させた。「南蛮人じゃ。ゆえに、ごんすけには、寺の作務を終えるとすぐに、勤行ではなく異例ではあるが武芸を習得させる」寺に居する者が勤行をせずに武芸に励むとは……と、あちこちから疑念の声があがると、沢庵和尚がすぐに一喝した。「ごんすけは預かりものじゃ。このことは、皆、決して忘れて...[宮本武蔵異聞]我が名は、ムサシなり!(十)
「梅子さん、ちょっと。ひょっとして」と、実千代が小声でささやく。「やっぱり実千代もそう思うかい?あんたのお姉さん、おめでただったものね。うんうん、そうだよ、きっと」「小夜子、今夜はお帰りな。で、しばらくの間、出入り禁止だ」えっ!と不満げな表情を見せる小夜子。そして安堵の表情を見せる竹田。「いいかい。明日にでも、医者に行きな。違う、違う。産院だよ、産院。十中八九、おめでただよ。どうだい、月のものが遅れてるだろ?まちがいない、おめでただよ」「社、社長に連絡してきます。こんな所にいてはだめですから、すぐに帰りましょう」あわてて立ち上がる竹田だが、当の小夜子は悠然としている。「竹田!そんなに慌てることはないわ。明日調べていただいてからでいいの!もし違っていたら、どうするの。がっかりさせることになるでしょ。それに、...水たまりの中の青空~第二部~(三百六十五)
もう一度会いたくて、二度寝してみました。随分と前ですが、つづきを見ることがあったんですわ。でも、今回はだめでした。もう来てはくれませんでした。まあしかし、またひょっこりと、「よお!」ってね。ここのところ夢のはなしばかりみたいです。仕事を辞めてのリタイヤ後というのは、外出すると行っても、せいぜいが買い物ぐらいですからね。ちがうわ、病院通いがありました。でも、“社会とのつながりが希薄になる”と、よく聞きますが、ほんとですね。そうだ!ひとつネタがありました。自転車です。運動不足に陥ってるわたしです――私の場合、仕事=老後のレジャー資金を稼ぐ=運動、みたいなものでしたから。5年ぶりぐらいかな、駐輪場からひっぱり出したのは。ええええ、そりゃもうほこりと汚れだらけでした。タイヤの空気は抜けてるし、バッテリー(電動アシ...きのうの出来事自転車屋さん、ありがとう!
ご満悦の表情で竹田の値ぶみをする梅子だが、いつもはキヤッキヤッとはしゃぐ小夜子の静かさが気になっていた。“社長がいないから、元気がないのか?小夜子は、見た目はきつい女だけれど、あんがい淋しがりやさんだからね。みなにきつく当たったり横柄な態度をとるのも、その裏返しかねえ。あんがい、張子の虎なんだよ。この竹田という若者にきついのも、そのせいだよね。けど、ほかにもなにかあるかもねえ。情ははないだろうが。そういえば同じ竹田姓だけど、親戚筋かなにかかねえ……。でもそうならそうで、社長がそう言うだろうし。偶然ということかい”「どうしたんだい、今夜は。えらく静かじゃないか」と、小夜子に声をかけた。「梅ねえさん、じつは、きもちちがわるいの……」顔面蒼白状態で、必死の声をふり絞ってくる「は、吐きそう……なの。うっ、うっ、う...水たまりの中の青空~第二部~(三百六十四)
8:00目ざめました。夢です。なんとまあ嬉しいことに、先日に辞めたはずの会社で働いています。整然とならんだ棚のなかで働いているわたしのもとに、廣瀬があらわれ、なんと中村までがうしろにつづいています。片付けものをしていたわたし、帰り支度となります。廣瀬は仕事かなにかの電話中です。わたしときたら、(しかしどうしょう、このまま知らん顔をして帰ろうか)なんて、生来(?)の弱気の虫というかなんというかためらうわたしがいるんです。気恥ずかしさ(仕事に対するコンプレックスといったことではなく)があり、そう、想定外のシーンに戸惑うわたしがいるということですね。普段から、小説のネタはないかと考えているわたしです。機転が利きそうなもんですのに、からきしだめなんですね。もっとアンテナを高性能にするか、髪の毛1本1本(最近うすく...きのうの出来事久しぶりい!
「名前、なんて言うんだい?この青年は。うーん、真面目だね。初めてだろ?こんな店は。いや店どころか、女あそびの経験もないね?きっと。あれ?待てよ、見覚えがあるぞ。梅子ねえさんもヤキがまわったかねえ。来てるね、きてるよ。一度だけかな?専務が若いのを連れてきたんだけど、そのときにいたねえ。おいおい、そんなに小さくなることはないさ。そんな端っこに座らずに、ほらっ、でんと真ん中に座りな。あんたはお客さまだ。大きな顔をしてりゃいいのさ。あ、分かったぞ。あんたは、竹田くんだろ?そうだよ、間違いない。社長がいつも言ってるよ。石部金吉みたいな青年がいるってね。発想がね、おもしろいって。ほかの奴にはないなにかがあるって、ほめてたよ。将来が楽しみだとも。良い参謀になるだろうってね」「そ、そんな大それた者じゃありません」更に体を...水たまりの中の青空~第二部~(三百六十三)
西のそらを風がながれるそして雲のない空にぼくは大きく雲を描く東のそらを風がながれるそして雲のない空にぼくは真っ赤な朝陽を描く太陽光線が湖に凍てつくそして水面を走る白鳥━朝の儀式=背景と解説=不可解だと、不快に思われますか?当時――高校時代なのですが、「感性の詩だ!」と気取っていたものです。文芸部に所属していましたが、「おまえら凡人には理解できんだろう」と、傲慢さに取り憑かれていた気がします。いやな奴でした。でもそんなところが、ニヒリズムととらえられて、自分で言うのもなんですが、完全なモテ期でしたね。とりあえず解説をしておきますと。西の空=極楽浄土=理想郷雲のない空=空虚な心=大きく雲を=大きくがキモで、自分を過大評価したがる世代なんですよ。東の空=誕生期=黎明期雲のない空=真っ白いキャンパス真っ赤な朝陽を...ポエム黎明編(風・朝の儀式)
7:50目ざめ。トイレへ。体がエラい=ダル重状態。腰もいつにも増して、痛い。このまま起きるのは不可と思い、チョイ寝へ。の、つもりだったのに、いざ目ざめたのは8:30ごろ。昨夜の就寝が11:15だったので、「良し!」と体を起こすも、だめ。ではいま一度のチョイ寝へ。とにかく、8時台には。否!目ざめたのは、9:15。頭がぼーっととしています。二度寝の弊害かと思いつつも、このまま起きる気にならず、ベッドの上でゴロゴロ。いつの間にか、また眠りへ。9:40、目ざめ。しかしどうにも心持ちが落ち着かない。夢見の悪さを感じるんですが。(直後には覚えていたものが、いまは思い出せずです)で、ゴロゴロしている内に、またまた眠りへ。9:50、すっきりと目ざめです。体のダル重さはとにかく、頭はスッキリとしています。ところが、すぐに体...きのうの出来事(なんちゅう、目覚めか!)
「かりにも社長令嬢だぞ。それに年上なんだから、そんな口の利き方はやめろ」先輩社員にしかられるが、そうなると反こつ心がムラムラと湧いてくるのだ。立場が上の人間にたいしては猛然と反発心がわいてくる。というよりは、ニヒリズムに心酔している――自分に酔っているのかもしれない。あの友人の影響であることは、中学時代のじぶんといまの己をくらべれば一目瞭然だ。おどおどと人の顔色ばかりをうかがっていたぼくだったが、歯にきぬ着せない言動でクラス内で浮いた存在となったものの、その実みなから一目置かれる存在の彼のかげにかくれているぼくだった。それがいまでは、その友人が乗りうつったかのごとき振る舞いをしている。「それでさ、そのデートには、あたしも付いていくから。静子ちゃんには麗子さんがついて、あなたにはあたしが付いてあげる。来週の...青春群像ごめんね……問屋街(七)
「ゴーン、ゴーン」。「ガッガッガアー」。耳障りな音で目がさめました。「うるさいっ!」と、怒鳴りたかったけれども、早や9:00でした。恥さらしになるだけだと、ぐっとのみこみました。夜勤勤めならばまだしも、オールフリーの無職者ですもんね。勝手に夜更かししてのこと。しかも相手は公共工事さまです。勝てませんっ、て。平日は高齢者たちの「カーン」「コーン」と。「ゲートボールですか?」。「いえいえ、グランドゴルフです」。「どうです、あなたも?」。いえいえ、窓から手をふってご辞退しました。土・日は子どもたちの歓声が、すぐ近くの公園で響きわたりますんです。9時、10時すぎまでの就寝は、いいかげんにやめましょうかね。23:00の就寝、せめて日付の変わらぬうちにベッドに入りたいもんです。そうそう、腰痛ベルトが届いています。さっ...きのうの出来事(うるさい!)
長いながい、少年の煩悶がつづいた。“どうして……なぜ……どうする……どうやって……どうして……なぜ……”悲しいことに、なにをどうはんもんしているのか、少年にはわかっていない。ことばだけが堂々めぐりしている。少年の視線のさきにいる女は、食いいるようにバンドを見つめている。“ほら、ほら、待ってるんだぞ。ほら、ほら、待ってるんだぞ”煩悶が、いつしか逡巡にかわっていた。靴のかかとが、コトコトと音をたてている。よしっ!と、にぎりしめた拳も、すぐに力がぬける。気を取りなおしての力も、かかとが床につくと同時にゆるんでしまう。バンドが交代している。身をのりださんばかりだった女が、ストローを口にはこんだ。もうひとりの女と、にこやかに談笑している。ときおりケタケタと大声での笑い声がきこえてくる。“下品なおんなだ。あのひととは...[蒼い情熱~ブルー・れいでい~](十五)煩悶
(山寺二)体力の回復を待って長崎の地に送り届けるつもりの僧侶だったが、ごんすけにその旨を問い質した。「いまさらなんばんにいっても、だれもおらん。おれは、ここのほうがいい。大きくなってりっぱになって、お父をさがすよ。お父は、ひとりしかいねえ」涙ながらに訴えるごんすけに対し、僧侶の言葉は冷たかった。「ごんたのことは諦めることだ。実を言うと、おまえは捨てられたのだ。村から逃げ出すときに、村の子どもを痛めつけたであろう。そのことから、こっぴどくごんたは殴られてな。それが元で、もう漁のできぬ体になってしまったのじや。分かっておる、おまえが悪いのではない。ごんたも責めてはおらぬ。しかしもう一緒に暮らすことはできぬということじゃ」おいおいと泣きじゃくるごんすけの背を優しく撫でながら、(嘘じゃ嘘じゃ、ごんたはお前のことを...[宮本武蔵異聞]我が名は、ムサシなり!(九)
「さよこおー!いらっしゃーい!」酒に焼けた野太い声が、小夜子にかけられた。「梅子ねえさーん、梅子ねえさあ」いきなりに小夜子の目から、大つぶの涙があふれでた。当然に梅子も竹田も、当惑の色をみせる。しかしもっとも驚いたのは、当の小夜子自身だった。悲しい思いなど、まるでないのだ。「ど、どうした?なにかあったのかい?そうか、また武蔵に悪いくせがでたのか。で、どこの店の女だ?まさか、うちの店じゃないだろ?それとも、出張先かい?病気だからね、武蔵の女あそびは。よしよし。こんど店にきたらたっぷりととっちめてやるよ。大丈夫、大丈夫だから。この梅子姉さんに任せときな」と、赤子をあやすように、小夜子の肩をだいてやる梅子だった。「ちがうの、ちがうの、梅子姉さん。べつに悲しくなんかないの。なのにね、涙がね、なみだが出てくるのよ。...水たまりの中の青空~第二部~(三百六十二)
不思議な目ざめでござんした。頭が、少々混乱しとりますんで、整理させてくださいな。6時:トイレに起きました。で、ふたたびベッドへ(いつものことです)。7時:少し前かな?時計の短針が、7時まで行ってなかった気がします。まだは早いとばかりに、ひと眠り(いつものことです)。左での横臥。だめ、眠れない。右の横臥へ(こっちなら確実に眠れるはず)。――どうしたことか、眠れない。でも、そのまま目をつむる。目がさめる。時間は…?7時23分。まだ早い。もうひと眠り。目がさめる。時間は?6時57分。???……7時57分の見まちがい?いや。7時に短針がきていない。もう一度、寝る。目がさめる。なんだか寝た気がしない。時計は?室内干ししている下着がじゃまで見えない。体を起こして確認。窓の外が明るい。えっ、えっ、ええっ!やっぱり、7時...きのうの出来事(デシャブー?それともゆめ?)
「いらっしゃいませ、御手洗さま。ようこそのお越しで」うやうやしく礼をするボーイに、ニッコリと微笑んで「おひさしぶり。小夜子でいいわよ」と応える小夜子だ。鮮やかなネオンサインで、キャバレー:ムーランルージュとある大きな建物のなかに、小夜子がすいこまれていく。あわてて追いかける竹田に「いらっしゃいませ。どうぞ、ごゆっくり」と、ふかくお辞儀をする。「あ、いえ、こちらこそ。お世、」と、慌てて竹田が返事をかえすと、すぐさま竹田の卑屈さをかんじとった小夜子の、いらだつ声が飛んできた。「竹田、早くいらっしゃい!」「申し訳ありません。久しぶりの場所なもので、なにをどうしていいのか分かりません」ペコペコと米つきバッタのように頭を下げつづける竹田に、周りから失笑がもれた。己が詰ることには良しとしても、他人に蔑視されることには...水たまりの中の青空~第二部~(三百六十一)
「大丈夫だって!梅子姉さんに聞いてもらいたいことがあるのの、今夜は。それで、すこし武蔵を叱ってもらいたいの。もう少し浮気を控えろってね。出張のたびに浮気をするんじゃ、ない!ってね。」「ですから、今回の出張ではそのようなことは、」「今夜はなくても、昨夜にはあったの。それとも、明日?まあねえ、武蔵に浮気をするな、というのも無理な話だしさ。そんなことをさせたら、武蔵は武蔵でなくなっちゃうのよねえ。元気のない武蔵はきらい!でもねえ、妻としてはねえ、いつもいつも、ねえ」なんど否定しても頑として受け付けない。決めつけている小夜子では、竹田がなにを言おうと矛を収めるはずもない。それは分かっているのだが、竹田にしてみれば、つねに小夜子第一としている武蔵の浮気ぐせは、どうしても理解できない。竹田の知る浮気というものは、たい...水たまりの中の青空~第二部~(三百六十)
久しぶりに8時台に起きました。7時台に目がさめて、起きようかともおもったのですけれど、1日の長さを考えると、そしてまた8時間の睡眠ではなく9時間のすいみんをとりたいという気持ちが強くて、10分延ばしに。目を閉じては眠りにはいりそして目ざめ、そして目をとじてねむりにはいりそして目覚め、そしてまた目をとじて眠りにはいりそしてまた目ざめる。そのくりかえしののちに、8時20分ににおきることにしました。ベッドの上で両肩と腰と右肩上腕部に、シップ薬をたっぷりと5枚貼りました。どうにも肩と腰の痛みが治まりません。仕事に通っているときにも痛みはありましたが、これほどではなかったんです。両肩と右上腕部の痛みなんて、感じなかったはずです。整形外科で、レントゲン検査を受けているのですが、1年前とほぼ変わらない状態とのこと。「近...きのうの出来事(腰痛ベルト)
おれの嫁さんどんな娘だろうナ背丈はおれの鼻まで髪は黒くてツヤがある口づけすると甘いにほいがするといい目はパッチリで少し大きめ瞳はもちろん黒!その瞳に映るおれメガネ顔は冴えないか?鼻は高くないのがいいだってさ……キスする時じゃまだもん唇は厚からず薄からず……まっ、いいか肩はなで肩がいい抱きやすい肩だなあそれから、ボインすぎるのも嫌だけどナインではちょっと……ウエストは断然細めけどヒップは大きい方がいいなんと言っても安産型がいいといってウルトラヒップはちょっとごめん足か……ま、多少の大根足でいいただし足首は細めのことおれの嫁さんどんな娘だろうナ朝の目醒め口移しにコーヒーを飲ませてね苦いコーヒーと嫁さんの舌で唇をくすぐって欲しいなあそうすりゃ目醒めはいいだろうさ朝食はコーヒーとパンだな目玉焼きでもあれば万・万歳...ポエム黎明編(嫁さん)
この歌、ご存じですか?中島みゆきさんの楽曲なんですけどね。~~~(重苦しいピアノ音が流れて、おもくるしく吐息をはくような歌いはじめ)なんとちいさなこの手のひらであろうかわずかばかりの水でさえこぼれてなんと冷たいこの手のひらであろうかなんでもできると未来を誇っていたのはちいさな手のひらの少年のころだった(転じて間奏は、ピアノ音の上に、見事なまでに美しい音色のバイオリンがかなでられる。そしてまた、重苦しく吐息を吐くように歌声がつづく……)~~~タイトルがですね、分かんないです。パソコンに入っていたのですが、タイトルがないんです。なんでこんな話をしているかと言いますと、中島みゆきさんのことなんです。はじめて聴いた歌が最悪でした。なんかこう、がなり立てるような歌声で、嫌悪感を感じました。どんな歌だったのか、まるで...きのうの出来事(大っ嫌いが、大好きに)。
「かりにも社長令嬢だぞ。それに年上なんだから、そんな口の利き方はやめろ」先輩社員にしかられるが、そうなると反こつ心がムラムラと湧いてくるのだ。立場が上の人間にたいしては猛然と反発心がわいてくる。というよりは、ニヒリズムに心酔している――自分に酔っているのかもしれない。あの友人の影響であることは、中学時代のじぶんといまの己をくらべれば一目瞭然だ。おどおどと人の顔色ばかりをうかがっていたぼくだったが、歯にきぬ着せない言動でクラス内で浮いた存在となったものの、その実みなから一目置かれる存在の彼のかげにかくれているぼくだった。それがいまでは、その友人が乗りうつったかのごとき振る舞いをしている。「それでさ、そのデートには、あたしも付いていくから。静子ちゃんには麗子さんがついて、あなたにはあたしが付いてあげる。来週の...青春群像ごめんね……問屋街(七)
(十五)ミニスカートグリーンのロングベストの下で、フリルの付いた真っ白いブラウスがキラリキラリと光っている。そしてその下は、ミニスカート。あざやか過ぎる真っ赤なミニスカート。少年のこころを燃えあがらせている。週刊誌のヌード写真も映画のラブシーンでも、これほどの早鐘は経験していない。少年の目は女の手に縛られて、少年の意には添わなくなってしまった。少年のこころが、少年からはなれてしまった。女の手がひざの上におかれる。少年の視線が、女の膝小僧にうつる。少年の目が、桜色にかがやき眩しく光るひざこぞうにくぎ付けになってしまう。一瞬時、少年の意識がとおのく。そして我にかえると、視線の先には、また膝小僧が。とおのく、我にかえる、ひざこぞうが、遠のく、われにかえる、膝小僧が……。それが、いくど繰り返されたことか。女の視線...[ブルーの住人]蒼い情熱~ブルー・れいでい~
(山寺一)山寺にて。山腹の木々はすでに紅葉している。その山麓に赤茶けた瓦屋根でこつ然と姿を現す古びた山寺が、これからのごんすけを創り出す――僧侶の思い(いつか南蛮人の元に返してやろう)を遂げられる地になるはずだった。幸いにも、その寺には南蛮人との交易をしている商人が度々訪れていると聞いていた。二、三年ほどを寺で修行させた後には、その商人とごんすけを会わせてやろうと目論んでもいる。ごんすけが望めば、その商人の元に送り出すこともありうる。ひとり合点しながら頷きつつ歩を進める僧侶の表情は柔和だ。その後ろを、これからの行く末に不安を感じずにはいられないごんすけがついて行く。口をへの字に結び、時折鼻水をすすりながら、目は僧侶の背中を凝視している。傷だらけの裸足でもって、一歩一歩をしっかりと大地を踏みしめて行く。辺り...[宮本武蔵異聞]我が名は、ムサシなり!(八)
ジュージューという音が、食欲をそそる。はじめて見るビーフステーキなるものに、竹田の視線がはずれない。「これが、ビーフステーキなんですか?なんとも、醜悪な形ですね。色も、何とも奇妙です。でも匂いがいいです。腹の虫が泣いてます」「さ、召し上がれ。こうやってフォークでお肉を押さえて、ナイフで切るのよ。ほら、肉汁が凄いでしょ?」「小夜子奥さま。赤いところがあります。これ、生焼けじゃないですか。けしからんな、こんなものを小夜子奥さまにおだしするなんて」憤慨する竹田に、目を細めてこたえた。「それがいいのよ、生の部分はわざと残してあるの」と言いつつも、今日に限っては食欲がない。それ以上に、嘔吐感さえおぼえる。“したたる血のせいかしら?”と、武蔵の不在のせいだとは思いたくない小夜子だった。隣のテーブルで水をつぎ足している...水たまりの中の青空~第二部~(三百五十九)
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いやあ、参っちまいました。「6月に誕生日を迎えられたので、身体検査をしますなんて、月一回の定期検診でいわれました。「体重は……。あらあ、大台ですねえ、80.5kgです」「身長は……。あらあ、縮んじゃいましたねえ、171.3cmです」「あらあ」が、口ぐせの看護師さん。すこし、ショックが和らぎましたけど……。でもほんとに、「あらあ」でした、ものの見事に。じつは、もういっちよ!「あらあ……。お腹周り、81cmですねえ。メタボの更新ですねえ……」身体検査
彼は、心のなかを見せない。たにんの侵入を極端にきらう。それゆえか、彼の部屋をおとずれる者はいない。そのくせ彼自身は、ひとの部屋にズカズカと入ってくる。仲間と友人。彼は、区切りをつけている。それが何故なのか?いままで考えもしなかった。が、学友との口論から、それを考えるに至った。町工場での俺は、労働の代価を受け取る。しかし夜学での俺は、支払う側のわけだ。とうぜん、時間の自由があってしかるべきだ。労働中の俺に、自由のないことは理解できる。しかし何故に、授業の選択が許されない?規則だからと、諦めにも似た気持ちになっている。入学時の誓約書は、強制であり交渉事ではなかった。町工場への就職時には、形だけであっても交渉があった。奇天烈~蒼い殺意~人間性(一)
それが9時近くになって、やっと帰ってきた。その時間が麗子には長く感じられ、不安だけが募った。裏通りにあるアパートである。人通りはまるでない。街頭にしても、アパートの階段に設置してある電灯だけだ。しかもまだ修理されていない。あとは、50mほど先にある。しかも、何時になるのかわからない。麗子の心は、恐怖感におそわれていた。いつなんどき暴漢が現れるかもしれない。そのときには誰かの部屋をノックすればいい。いやこのアパートの住人すらあぶない。〝どんな人が住んでいるのか、まるで分からないんだ。素性はもちろん、男か女かもわからない。というより、こんな場所だ。おとこだろうけどね〟男にきいた話だ。といって帰る気にもなれず、途方に暮れていた。そんなときの、男の帰宅だった。ムラムラと、怒りの気持ちと嫉妬心が渦巻いた。で、悪態を...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十四)それが9時近くになって、
話をもどします。まいどまいど、横道にそれてすみません。校舎のうら手に車をまわしたところで、思わず「ああ!」と叫んでしまいました。見覚えのある大木と、その横に土俵が見えました。あれえ……。でも土俵はあっちではなく、こっちの角のはずじゃ……。すみません。あっちやらこっちやらでは、どこなのかわかりませんよね。東西南北の観念がないので。(ナビで調べれば一発でしたね)。車の進行方向の向こうがあっちで、敷地にそって曲がってそしてまたまがってすぐの角で、停車した場所がこっちなんです。土俵のうえに屋根があるんですが、大木の枝がおおいかぶさっています。台風の進路によっては、屋根をおしつぶしませんかねえ。すこし心配です。たしか、相撲が体育の授業にはいっていると聞いた気がします。やせぎすだったわたしは、それがいやでいやでしてね...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十五)話を戻します。
「山本さん、5番におはいんなさい」当初は聞きまちがいかと思ったが、なんど思い返しても、「おはいんなさい」だった。わたしの前に数人が呼ばれていたが、たしかに「おはいんなさい」だった。なんとも、暖かさを感じさせる呼びかけで、嬉しさを感じたわたしだった。名医だ、瞬間的にそう思った。「良い先生ですよ」が頭で反すうされた。こころがある、なぜか直感的に思った。ドアを開けると背筋がピンと伸びた老医師が、にこやかに迎えてくれた。「はいはい、山本さん。きょうは気分が良さそうだね。うん、良かったよかった。さあさあ、お座んなさい」またしても、「り」ではなく「ん」だった。なんとも、人なつっこい話し方だ。やはりベテラン医師はちがう。なんというか、お医者さま、という雰囲気がある。患者に人気があるのもムリはないと感じた。「ほうほう。山...ドール [お取り扱い注意!](十六)山本さん、5番におはいんなさい
しかしふと不安になった。武蔵のいないいま、だれが「奥さま」と呼んでくれるだろう。「ミタライさん」と呼ばれるのだろうか。御手洗家の主はあるけれども、武蔵はいないけれども、それでもやはり「奥さん」と呼ばれたい。御手洗家の主は、やっぱり武蔵であってほしいと願う小夜子だった。「パッ、パッ、パアー!」。けたたましいクラクションが鳴った。「バカヤロー!」。だれ?だれへの叫び声なの?大勢が立ち止まっている交差点。なのに小夜子は足を止めなかった。赤になっていることに気づかなかった。「ごめんなさい」と、頭をさげる小夜子に「気をつけろ、この有閑マダムが!」と、捨てゼリフをのこして、商用車が行く。やめて、そのことばは。小夜子のもっとも忌み嫌う、有閑マダム。新しい女の対極ともいえる、蔑称ととらえている小夜子。夫の地位そして財力に...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十三)
異端の天才ベートーベン「運命」その烈しさに魂が揺さぶられるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。キモはですねえ、……ないです。強いて言えば、「畏怖」でしょうか。そうだ。初めて聞き入ったクラシックでしたよ。ジャジャジャーン!ジャジャジャーン!jajajajajaja,jajaja~n!CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(ベートーベン)
シゲ子は、その日のうちに長男に問いただした。シゲ子のたしなめるような物言いに萎縮してしまった長男は、口をつぐんでしまった。幼いときから、人に甘えるということのできない長男で、とくに祖母であるシゲ子にたいしては身構えてしまう。シゲ子の長男にたいするぎこちなさが、そうさせてしまっていた。シゲ子のしつような追求にたえきれず「ごめんなさい」と、あやまる長男だった。孝道が「目くじらを立てるほどのことでもないだろうに」と、長男をかばうと「いいんです、食べたことは。でもね、翌日にでも『ありがとう、美味しかった』と、ひと言ぐらいあっても。ほんとに、卑しい子だよ」と、長男を叱りつけてしまった。美味しいサツマイモをほのかに食べさせてやれなかったということ、すこしだけでも残していれば…という、たしょうの罪悪感にもにた感情にとら...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(十)
彼の頭のなかでは、数多の声がとびかっている。ひとつひとつの言葉は、断定的でしかも独善である。無道徳とはいったい何か?社会いっぱんの道徳は、常識なのか?幾多の矛盾を擁する道徳でもか?住みなれた町の地図は必要か?コンパスまでもか?俺は無道徳か?道徳はどうとく、常識はじょうしき?俺は反道徳だ!では、ニュー道徳を創るべきか?では、それに従えるか?違うぞ!単にスネているだけだ!ニュー道徳は、偽善の産物だ!ホワイトカラー族の目的は?教師とは、如何なる人種か?教える義務と、従わせる権利。学ぶ権利と、従う義務。そして反発する権利。殺す自由、生きる権利。人間を殺すことは罪であり、「家畜類の屠殺は許される」という現実。and,その是非は論外、という現実。食べる自由と権利。断食もまた然り。自然界の法則とは?地球の歴史、人間のれ...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(五)
「そう、あのむすめね…。あの娘のこと、好きなのね」と、小声で呟いた。いつもの男なら、そのまま聞きながしてしまう。しかし、今夜の男はちがった。このまま無言をとおせば、気性の激しい麗子のことだ。どんなしっぺ返しをくらうやもしれない。それこそ私立探偵をつかってでも、ミドリの特定をしてしまうかもしれない。そして……。考えるだけでもおそろしい。気色ばんで男は言った。「な、なにを言いだ出すんだ。あの人とは何でもない。友人の妹だ。3人での食事の約束だったんだ。友人の都合が悪くなってのことだ。だからふたりだけの食事になっただけだ」「あら、そう。お食事のできるナイトクラブがあるとは、知らなかったわ」服を着おわった麗子は、いつもの麗子に戻っていた。「時間が早かったからだ。ナイトクラブを知らないと言うから、連れて行ったんだ。だ...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十三)そう、あのむすめね…。
そうでした、学校です。当然ながら、まるで違います。当時は木造でしたが、いまはコンクリートの校舎です。正門まえに立ちますが、まるで思い出せません。車をうごかして、裏手にまわることにしました。運動場なんですが、意外にちいさいです。もっと広く大きかった記憶なんですが。敷地に沿ってまがると、せまい道路です。大型の車がきたらすれ違えないかもしれません。学校のフェンスをこするか、相手の車が畑に落ちてしまうか、どちらかでしょうね。いっそのこと一方通行にしてしまえばいいのに、なんて勝手なことを考えてしまいました。そういえば、こんなことがありました。いくつだったか、五十過ぎたころだったと記憶しています。両側が畑のせまい道で、ここではすれ違うことはできません。半分以上を過ぎたところで、中型の車がはいってきました。当然ながらわ...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十四)そうでした、学校です。
待合の席にすわろうとしたわたしに、通りがかった看護婦が声をかけてきた。この間の入院時に世話をしてくれた看護婦だった。じつに気立ての良い娘で、いつも明るく笑う娘だった。退院するときに「ありがとうね」と声をかけたかったのだが、シフトで会えずだった。「山本さん、ラッキーでしたね」「なんで?」。笑みを返しながら、尋ねてみた。「良い先生ですよ、岩井先生って。いつもは予約だけの先生なんですよ。ね、島田さん」「きょうはね、畑中先生が休みなものだから、急きょピンチヒッターでお願いしたの」「山本さん、ついてるわ」。うんうんと頷きながら、ひとり納得して去って行った。良い先生かどうかは、診察を受けてからだと、あまり期待もせずにいた。しかしこの医師に会ったことで、わたしの人生が一変したと言っても過言ではなかった。ほどなく看護婦に...ドール [お取り扱い注意!](十五)待合の席にすわろうとしたわたしに
感傷的になるかと思っていた小夜子だったが、意外にもサバサバとした気持ちになった。空はあいにくの曇り空なのに、ウキウキとした気分でビルを出た。全員がお見送りをしたいと申し出たが、五平と竹田のふたりが通りで見送った。最敬礼をするふたりに「やめてよ、そんな大げさなことを」と言いつつも、感慨ぶかいものがあった。はじめて会社におとずれたとき、水たまりがあるからと、武蔵にお姫さま抱っこで車からおろされた。大きな歓声と冷やかしの声、また近隣ビルの窓から、なにごとかと覗かれたこともなつかしい。なにからなにまで、なつかしい想い出だ。帰りの車をことわり、ひとり日本橋界隈をねりあるくことにした。そういえば通りをあるいた記憶がない。いつも契約ハイヤーで会社前まで乗りつけた。竹田の送迎もあったわね、と思いだす。〝大層なご身分だった...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十二)
茶目っ気モーツァルト「25番ト短調」そのミステリアスな曲調にこころがうち震えるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(モーツァルト)
翌日のこと。「きのうのお芋さんは美味しかったろう。ばあちゃんもね、おじいさんとおいしく食べたんだよ」ほのかかキョトンとした顔つきで、「きのうはよらずにかえったよ」と、こたえた。誰かが食べたはずなのだ。「ツグオちゃんだったかね」首をふりながら、つづけてこたえた。「にあんちゃんは、ほのかといっしょだったよ」思いもよらぬ返事がかえってきた。「それじゃだれだったんだろうね。ツグオでもないんだね。近所のだれかかしらね」そうことばにしつつも、だれもいない家にはいりこんで、ましてやなにかを食べていくなどありえない。“まさかナガオが…。いやいや、あの子は寄りはしない”と、否定してしまった。「あんちゃんだよ、きっと。夕食、めずらしくすこししか食べなかったから。それに、もしにあんちゃんだったら、きっとぜんぶ食べてたよ。にあん...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(九)
実はこの1週間、彼は悩んでいる。学友との些細な口論のためだった。さっこん耳にする”フリーセックス”についてだ。まだ青い我々は、真面目に論じあった。勉学上の口論はまるでない我らだが、ことセックスに類するものは好んで論じあう。が、残念ながらお互い言いっ放しで終わってしまう。面白いのは、”革新”そして”保守”と、イデオロギーの立場をお互いに押しつける―なすりつけて終わることだ。革新にしろ保守にしろ、じつの所あまり分かっていないのに。『70年安保』の後遺症といっては失礼か。「アンポ、ハンタイ!」が流行語になっていた頃を、多感な中学時代に我々は過ごした。彼はいま窓際でひざを抱いている。そしてときにそのひざに接吻をしたりして、体のぬくもりを感じている。生きている実感があるという。ときおり、バサバサの髪をかき上げては、...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(四)
「舟のない港」というタイトルが気に入って書きはじめた作品です。気乗りのしないままにストーリーを重ねて、次第しだいに二人のヒロインたちの心情にとらわれだしました。なかなか女性心理がわからず、キーボードをたたいてはDeleteを押して、またたたいて、また消しての連続です。時間の移動がはげしいためご迷惑をおかけしていますが、一気読みをご希望の方には、4月の初めには[やせっぽちの愛]にてupする予定です。よろしければ、どうぞ。------------麗子が起きるころには、母親はすでに台所にいる。父親もまた、食卓に着いていた。気むずかしい顔つきで、新聞を読みふけっている父親だった。一日のはじまりに家族そろって食卓を囲む。なによりも大切にしている父親だった。夜の食事は父親の仕事しだいではそろうことが難しい。休日にして...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十二)麗子が起きるころには、
吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、福岡県柳川市の昭代第一小学校へ向かいました。小学なん年生だったか、低学年には違いありませんが新入生ではなかったはずです。幼稚園児だった頃に伊万里市をはなれて、それからどこに移り住んだか。柳川市?いや待て、もう1ヶ所、どこかの……そうだ!大分県の佐伯市に入ったような……。そこで幼稚園に入る予定だったのが、いまでいう引きこもりになったのか、通ったという記憶がありませんね。それじゃ、佐伯市の小学校に入学した?うーん……。新入学したのはどこの小学校だったのか、まるで記憶がない……。昭代第一小学校まえでお店――駄菓子屋さんだと思っていたら、じっさいは酒屋さんでした。店の横にビールびんやら酒びんが山積みされていました。失礼ながら、小学校の真ん前なんですが。でも、すこしばかりの文具もありま...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十三)吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、
“やれやれ今はやりの自己責任ですか。大丈夫、先生を訴えたりしませんよ”「はい、これで良いですか?」「ほんとにね、生命に危険があるんですよ。考え直しませんか?山本さん」「先生の言うことを聞いた方が良いですよ」なおもしつこく入院を迫ってくる。わたしのことを考えてくれているとは分かるが、イライラしてきた。「今夜ひと晩だけで良いんです。経過をね、観察したいんです」真剣な目で、せまってくる。「お気持ちだけいただいておきます。ほんとにね、もうずいぶんと楽になりましたから」意地の突っぱり合いの様相をていしてきた。しかし意地っ張りということに関しては、わたしの方にいち日の長がある。医師に書面をわたして、看護婦に会釈をして、意気軒昂にベッドをはなれた。あの老婆、わたしと目があったとたんに目をそらしてきた。聞いてはならぬこと...ドール [お取り扱い注意!](十四)やれやれ今はやりの自己責任ですか。
自宅でのこと、その毎日がなくなるのかと思うと、ここで感傷的になった。平日の朝9時、閑静な住宅街にある自宅を出る。日々の暮らしは、もうはじまっている。学童たちのげんきな声は、もう聞こえない。おはようございますと声をかけあう人々にあふれ、「あら、ごめんなさい」と、声をかけあいながら、ほこりっぽい道路に水をまいている。「小夜子おくさま、おはようございます。これからご出勤ですか?」ななめ向かいの佐藤家のよめである道子が声をかけてくる。「おはようございます」と返事をし、かるく会釈する。するととなりの家からあわてて、大西家の姑であるサトが出てくる。「もうこんな時間ですか、行ってらっしゃいませ」わざわざ外に出てこなくとも、と小夜子は思うのだが、女性たちは必ず声をかける。小夜子にあいさつをするが、じつは小夜子ではない。御...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十一)
とうとう、結婚式の前夜がやって参りました。式の日が近づくにつれ平静さをとりもどしつつあったわたくしは、暖かく送りだしてやろうという気持ちになっていました。が、いざ前夜になりますと、どうしてもフッ切れないのでございます。いっそのこと、あの合宿時のいまわしい事件を相手につげて、破談にもちこもうかとも考えはじめました。いえ、考えるだけでなく、受話器を手に持ちもしました。ハハハ、勇気がございません。娘の悲しむ顔が浮かんで、どうにもなりません。そのまま、受話器を下ろしてしまいました。妻は、ひとりで張り切っております。ひとりっ子の娘でございます。最初でさいごのことでございます。一世一代の晴れ舞台にと、いそがしく動きまわっております。わたくしはといえば、何をするでもなく、ただただ家の中をグルグルと歩きまわっては、妻にた...愛の横顔~地獄変~(二十一)式前夜:前
「けどもこんどは、本場で聞こうな。アメリカに行って、アナスターシアだったか?お墓参りをすませてから、ラスベガスに寄ろう。な、なあ。それで機嫌を直してくれよ」涙があふれ出した。揺り起こそうかとも思った小夜子だったが、いまはこのまま夢のなかの小夜子でいいかと思いなおした。「小夜子。俺ほど小夜子を知っているものはいないぞ。頭の髪の毛一本から足のつま先でも、俺は小夜子を当てられる。はらわたの一つひとつまで知っている。肺も心臓も、胃袋だって知っている。きれいだぞ、とっても」ふーっと大きく息を吐いて、カッと目を見開いた。起きたのかと思いきや、またすぐに目を閉じてしまった。「おおおお、ステーキを食べたな?いま胃をとおって、腸にはいった。栄養素に分化されて、肝臓やら腎臓にとどけられるんだ。そしてそのカスが便となって外に出...水たまりの中の青空~第二部~(四百三十二)
時の流れは今川となりました銀の皿は流れるのですその上に空を乗せたままその夜空は消えましたその朝には太陽が消えました(背景と解説)女友だちとの間が冷え切っていたという時期ではないのです。二股交際という言葉がありますが、わたしの場合は殆ど重なりません。不思議なのですが、ある女性との付き合いが疎遠になると、新たな出会いがあるのです。浮気ぐせ、とも違います。そりゃ、血気盛んな青年時代ですから、色んな女性に目が動くことはあったと思います。でも、この年になって色々思い直して-己を見つめ直してみると、一番の原因は、自分に自信が持てなかったのだと思います。短期間ならば薄っぺらい自分を隠せますからね。当時の連絡手段と言えば、固定電話か手紙ぐらいのものでした。手紙は、正直言ってお手のものでしたから。話を戻します。この詩は、自...ポエム焦燥編(朝、太陽が消えた)
時計の針は、二時半をさしている。貴子の希望で、南麓の岩戸公園口におりることになった。こちらの道は彼にもはじめてだった。こちら側の眼下にはビル群はすくなく、二階建ての個人宅がおおく見うけられた。国道ぞいに車のディーラーやら銀行、そして飲食店がチラホラとあるだけだった。すこし行くと、小ぢんまりとした台地があった。貴子の提案で、時間も早いし腹ごなしもかねて散歩でもということになった。彼に異はなく、真理子もまたすぐに賛成した。外にでた貴子が大きく深呼吸すると、真理子もならんで、大きく空気を吸いこんだ。とその時、強い風がふき、ふたりの体が大きく揺らいだ。とっさに真理子の背を抱くようにし、片方の手で貴子の腕をしっかりとつかんだ。悲鳴にもちかい声を出した真理子だったが、強風に驚いた声だったのか、彼の対応におどろいての声...青春群像ごめんね……えそらごと(三十)
訝しげに見る目を気にしつつ、付け足した。「目が、痛いんだ!」言葉が空を横切った途端、“嘘だ!”と、心が叫んでいた。そう、心が叫ぶまでもなく脳は刺激され、サングラスのない世界の恐ろしさが瞼の裏に醸し出された。そこによぎる全てが眩しいものだった。“信じられないんです”ある時、目に見えぬ何ものかに向かってそう叫んだ時、また心は叫んでいた。“嘘だ!”決して言葉のせいではなく、といって“信じなさい、信じることが唯一の道です”という言葉をはねつけたせいでもない。[ブルーの住人]第七章:もう一つの「じゃあず」(二)
日一日と、光子への周りの視線が変わってきた。子をうしなった母親という憐憫の視線がしだいに、子を産まぬ女という蔑視さえ感じるようになった。そもそもが清子を産んだあとに、二子、三子を産もうとする気配のないことに疑念が持たれていた。そして清子の死という事態をむかえて、導火線に火がついた。光子の年齢からしてためらう必要などなにもないはずなのだから、もうそろそろおめでたの話が出ても……と、口の端にのりはじめた。折に触れてかばってくれた珠恵からも、ことばには出さないが「もうそろそろ」という声が聞こえてくる気がしている光子だった。合原家という家系を考えたとき、光子は言わずもがなで、清二もまた妾の息子ということで他所者として扱われている。ふたりの間にまた娘が産まれたとして、女将を継ぐだろう事は想像にかたくない。しかしそれ...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~(十四)(光子の駆け落ち:二)
行動派にもヒネクレ派にも、ガールフレンドがいる。しかし、真面目派にはいない。ふたりに比べると、ハンサムである。成績にしても、当然ながらトップグループにいる。しかし、女子からも敬遠されている。モテていいはずなのだが、作者だけの思いこみだろうか?もっとも、その原因は性格にあるのだろう。なにせ、内向的だし、おとなしい。そんな真面目派のきょうのの発言は、わたしもまた驚かされた。はじめてのことだ。もっとも、当の本人がいちばんん驚いていはいるが。そんな真面目派が、最近だれかに恋をしたらしい。いや、いままでも“いいなあ”とも思える女子生徒がいるにはいた。ただ憧れに近い気分を抱いていることが多かったし、それよりなにより、彼氏がいた。が、今回は違うようだ。“恋している”という、実感があるらしい。夜、ひとりになると、その女子...原木【Takeitfast!】(八)“キュン!”
その翌日、もちろん娘をまともに見られるわけがありません。その翌日も、そしてまたその次の日も……、わたくしは娘を避けました。しかし、そんなわたくしの気持ちも知らず、娘はなにくれと世話をやいてくれます。そしてそうこうしている内に、結納もすみ、式のひどりも一ヶ月後と近づきました。娘としては、嫁ぐまえのさいごの親孝行のつもりの、世話やきなのでございましょう。私の布団の上げ下げやら、下着の洗濯やら、そして又、服の見立て迄もしてくれました。妻は、そういった娘を微笑ましく見ていたようでございます。なにも知らぬ妻も、哀れではあります。しかしわたくしにとっては、感謝のこころどころか苦痛なのでございます。耐えられない事でございました。いちじは、本気になって自殺も考えました。が、娘の「お父さん、長生きしてね!」のことばに、鈍っ...愛の横顔~地獄変~(二十)陵辱
「小夜子。おまえは、ヴァイオリンだ」突然に己のことをふられて、なんと答えれば良いのか窮してしまった。しかし武蔵はお構いなしにことばをつづけた。「おまえは、ビッグバンドの、いやオーケストラのといっても良い、ヴァイオリンなんだよ。そこにいるだけで、あるだけで、光を放っている。華やかな、存在だ。誰もがひれ伏す存在だ。いや、ヴァイオリンがなければ成り立たない」あまりの褒めことばは、小夜子には面はゆい。「やめてよ、もう。どうしたの、今日の武蔵は。熱でもあるんじゃない?」といって、熱に浮かされている節もない。心底からのことばに聞こえる。目を見ればわかる。しっかりとした瞳がそこにあり、そしてしっかりと小夜子を見ている。まるですぐにも居なくなってしまう小夜子を見忘れないようにと、しっかりとめにやきつけようとしているかのご...水たまりの中の青空~第二部~(四百三十一)
ある冬の街角で……、そう、少し雪の散らつく寒い夜のこと。ダウンジャケットのポケットに迄、冷たさが忍び込んできた。路面がうっすらと雪の化粧をし、街灯の灯りで眩しい。ひっそりとして、明かりの消えたビルの前を、ポケットの中の小銭をちゃらつかせながら歩いていた。とその時、後ろから恐ろしく気味の悪いーかすれた、腹からしぼり出すような声がする。”だめだ!左はだめだ。右に、行くんだ!”どぎまぎしながらも後ろを振り向いた。全身が血だらけで、片腕のちぎれかけた男が、呼び止める。生々しいタイヤの跡が、顔面に刻み込まれている。その男、確かにどこかで見たような気がする。が、あまりの形相に思わず目をそむけた。そのまま逃げ出し、左へ折れた。そう。男の言う、行ってはならない左へ行った。と、ふと思い出す。血だらけの男の居た場所は、雪が白...ポエム~焦燥編~(右に、行け!)
五月日ざしは肌に悪いからという貴子のことばで、山肌の木陰で食事をとることになった。「三角おにぎりのつもりなんですけど……」と、真理子がはじめて握ったというおにぎりが出された。「形が悪くてごめんなさい」というそれは、すこしいびつな丸っこい形をしていた。「お味はどう?」と問いかけられ、「うまい!」となんども叫ぶように言いながらぱくついた。満足げに頷く彼にうながされて、ふたりも頬ばった。とたん「塩辛い!」と、目を白黒させながら声をそろえて言った。「ちょうど良いって」という彼の必死のことばに、真理子の警戒心がとれてきた。会社ではぶっきらぼうな態度をとる彼だが、それが照れ隠しによるものなのだと知り、そんな彼に親近感を覚えた。(やっぱり、九州男児なのよね)再確認する真理子だった。そして彼を、故郷にいる兄にダブらせた。...青春群像ごめんね……えそらごと(二十九)
部屋の照明は落としたまま、ベッドぎわの灯りだけを点けた。上向きの灯りは、うす暗くはあったが落ち着いた雰囲気で、気持ちも和やかになってくる。ふとんの中に入れと、小夜子を迎え入れた。しわになりにくい素地の服だということで、小夜子も久しぶりに武蔵に触れられるとウキウキしてくる。しかし武蔵の体を感じたとたん、あまりの痩身ぶりに驚かされた。たしかに腕にしろ足にしろ、細くなっていることは見ていた。が、直接に小夜子の体全体で感じる物とは異質のものだった。“こんなに痩せ細ってるの?ううん、だいじょうぶ。退院したらしっかりと栄養を摂らせるから”小夜子のそんな思いを推し量ってか、「小夜子。病院食ってのは、精進料理そのものだな。まるで脂っ気がないぞ。ああ、中華そば食いたい、ステーキもがっつりといきたいぞ」と、両手を合わせてお願...水たまりの中の青空~第三部~(四百二十九)
海はいつか日暮れてぼくの胸に恋の剣を刺したままその波間に消えた追いかけてもきみは見えない白い闇が迫りくるだけ恋はいつか消えてぼくの胸に涙の粒を残したままその波間に消えていった追いかけてもきみは見えない白い闇が迫りくるだけ昨日も今日もそして明日も夏の渚に立ってきみを探してもあの日のきみはいないあの日のきみはもういない遥かな海………どこまでもどこまでも果てしなく……が、その海もまた…………限りない空……どこまでもどこまでも広がり続く……が、その空もまた…………水平線では、空と海が一つになるなのに………きみとぼくは追いかけても追いかけても水平線はどこまでも果てしなく広がり続ける……わからないわからない追いかけるほどわからない……(背景と解説)彼女が逃げていくわけではないのです。自分の想いと彼女の思惑がずれている...ポエム~焦燥編~(太陽の詩(うた))
(不良だって、俺が?)しかしつらつらと考えてみるに、そう思われるのが当たり前のような気がしてきた。ポマードをしっかり使って、エルビス・プレスリーばりのリーゼントスタイルに髪を整えている。普段は不良っぽさを意識した言葉遣いで話しているし、口ずさむ歌と言えばロックンロール系が多かった。「日ごろの行いって大事なんだよね」そうつぶやく岩田の顔が突如浮かんだ。「年寄りみたいなこと言うなよ」と反論したものの、確かに損をしていると感じる彼だった。同じようなミスをしても、岩田なら仕方ないさとかばわれ、彼のミスには「集中心が足りない」と、小言になる。(不良だと思っているんだ、やっぱり。仕方ないか。不良まがいの日ごろの態度では)と、じくじたる思いが湧いてきた。写真で見た断崖絶壁の縁に立たされたような思いに囚われている彼に、貴...青春群像ごめんね……えそらごと(二十七)
(五)視線その他には、ぐるりと見回しても、とりたてて言うほどのものはない。強いて言うなら、紺いろにいろどられた扉があることか。小さなのぞき窓があり、ときおり神のような冷たい視線がそこから投げつけられる。しかしそれが、どうだと言うのか。冷たい視線など、どれ程のものと言うのか。忘れたころに訪れる、女よ。いくらでも泣くが良い。たとえそれで体中がびしょ濡れになってとしても、それがなんだと言うのだ。ただ無視すれば良いだけのこと。そんなことに気を取られるほどに、暇人ではない。このこころは、深遠な世界にあるのだ。知りたければ、……。はいってくるが良い。そっと足音を忍ばせて、のぞき込めば良い。ごっちんこをすればいい、ドアはいつも開けてあるのだから。窓の外にはポプラがそびえ立ち、その葉をすける太陽の光、そして遙かかなたにか...[ブルーの住人]第六章:蒼い部屋~じゃあーず~
(十一)(周囲の目:二)無事出産を終えて明水館に戻ったとき、大女将の珠恵を始め、番頭に板長そして仲居頭の豊子たちの出迎えを受けた。然も、玄関口でだ。初めてのことだった、これほどの人に笑顔で出迎えられるのは。思わず後ずさりをした。娘だけを取り上げられて、光子はそのまま叩き出されるのではないか、そんな思いにとらえられていた。「お帰りなさい、若女将!」。「お帰り。さあさあ早く入りなさい、奥の部屋で休むと良いわ」。珠恵の優しい言葉は心底のもので、温かい慈愛が感じられるものだった。そしてそのことばで、やっと光子はこの合原家の一員となったことを実感した。それは突然のことだった。珠恵がお使いから帰ったところを見た清子が「おばあちゃま、おかえりなさい!」と、通りの向かい側に飛び出した。急ブレーキ音とともに、ドン!という音...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~
行動派が言う。「誰も反対しないようだ。委員長、やってくれ。時間が勿体ない」眼鏡をかけたやせっぽちの男が、渋々と立つ。と、あろうことか「待ってください。みんながそれでいいと言うのなら僕もそうしますが、僕としては、自習とした方がいいと思います。第一、先生も居ないことだし。それに、あと二十分足らずの時間です。討論の時間には少ないと思います。風紀については、重要なことですから、誰かが調査して、その結果を元に討論してはどうでしょうか」と、小声ながらも、はっきりと胸を張って、真面目派が言った。クラス内に、割れんばかりの拍手が起こった。真面目派は、“ドクン・ドクン”という心臓音を耳にしながら、真っ赤になっていた。さすがの行動派も、いつも連れ立っている仲間の一人に反対されては、反論のしようがなかった。「それでは、俺とあと...原木【Takeitfast!】(五)意外なこと
断じて許すことはできません。八つ裂きにしても足りない男どもでございます。しかしもうわたしには気力がございません。お話しする気力が、ございません。もう、このまま死にたい思いでございます。まさしく地獄でございます。……地獄?そう、地獄はこれからでございました。じつは不思議なことに、男どもには顔がなかったのでございます。もちろん、その男どもをわたくしは知りません。見たことがありません。だから顔がない、そうも思えるのではございます。しかし、……。そうですか、お気づきですか?ご聡明なあなたさまは、すべてお見通しでございますか。”申し訳ありません!申し訳ありません!!”わたしは、犬畜生にも劣る人間でございます。“殺してください、わたしをこの場で殺してください。この大罪人の、人非人を!”そうなんでございます、男どもは、...愛の横顔~地獄変~(十七)銀蝿などと!
「おお、来たきた。俺の、観音さまだ。富士商会の姫であり、そして俺の守護霊さまだ。さあさあ、ここに来い」と、ベッドの端をポンポンと叩く。強い西日の光をさえぎろうと、看護婦がカーテンの前に立った。「おいおい、そのままにしてくれ。小夜子の顔がはっきり見えるだから」と、怒気のふくんだ声が飛んだ。そこに、医師と婦長が入ってきた。「なんだなんだ、今日は。小夜子とふたりだけの時間は作ってくれないのか。先生、婦長までもか。そんなにおれは悪いのか?まるで臨終の儀式みたいじゃないか」おどけた口調で言う武蔵だったが、「なんてことを!先生、ちがうわよね」と、涙声で小夜子が問いただした。己の死期がちかいことは、武蔵は知っている。しかしそのことは小夜子には言わないでくれと、何度も武蔵が口にしている。気持ちの変化でも起きたのかといぶか...水たまりの中の青空~第三部~(四百二十八)
ああ、いますぐにたすけにきておくれ。ああ、だれか、だれか、、、闇が、恐ろしい闇が、このわたしを、今にも舐め尽くそうとしている。ああ、あしが、あしが、きえてゆく。ああ、こんなにもはやく、もろく……ああ、とうとう、こしにまできた。ああ、この、このてが、てまでがきえてゆく。手が消えてゆく。わたしの世界から、離れてゆく。おお、やめて、やめてくれえ。おお、わたしのからだがうごかない。まるで足に、根が生えたように。もしかして、闇の手が、わたしをしっかりと抱きしめているのか?あ、たのむ、おねがいだ、うごいておくれよ。おお、とうとうくびまでもが……ああ、いきが、いきができないああ、くるしい、く・る・し・い!ああ、なんということだ。ああ、とうとうわたしのせかいは、きえうせた。お願いだ、誰か救いの手を!このわたしを見捨てない...ポエム~焦燥編~(誰か、救いを!)