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降りていくブログ https://kurahate22.hatenablog.com/

生きづらいものが生きていくために。回復とサバイバルについて考えていきます。

生きづらさは重い負荷ですが、それにより自分が生きるために必要なものへの意識や関心が深くなります。生きづらい人は誰のためでもなく、自分が生きていくために世間にまだ存在しないものを創りださなければいけない切実さを抱えています。生き抜くことは全く保証されていない。それにも関わらず生き残ろうとする人たちの創造は、通じる課題を持つ人たちの力となり、そして自身だけでなく、周囲の世界も回復させる力を持ちます。

ヨネ
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北区
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新居浜市
ブログ村参加

2014/09/24

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  • 第三者の取り戻し 意思でコントロールする対象としての「自然」ではなく

    当事者研究的に人間について考えてきて、人間はそもそも欺瞞的なものであって、個人であっても組織であっても、自分ではその自己疎外性(自分で自分をダメにしてしまうこと)を乗り越えることができず、それを破壊する存在である他者が必要であるという認識になった。 コロナで社会構造が壊される。でもいびつなものも一緒に壊れていくことは間違いないと思っている。 (だからといって「いい社会」や「幸せ」が保証されるわけではない。人間と世界との関係は、そういうふうな都合のいい関係ではない。) そのようにでしか、人間は疎外を免れることができないと思っている。 人間はできる、ちゃんとやったらできる、というのは多くの人がその…

  • hanare×Social Kitchen 田中美帆「おどりが方向を変える時」へ

    最寄りのカフェ、ソーシャルキッチンにてDIY読書会にもきてもらっていた田中美帆さんの個展「おどりが方向を変える時」がはじまったので行ってきました。 hanareproject.net 「おどり」は田中さんが飼育されている文鳥の名前でもあるとのこと。タイトルからは、他者である自律的なものへの田中さんの応答の姿勢や信頼が感じられる気がしました。 会場では膨大な数の日常の記録が展示されていました。それらはそれぞれの「時間」であるのだと思いました。時間とは生きて動いているプロセス、自律的なプロセスであると思っています。 たとえ自分であってもそれぞれの他者である自律的なプロセスを自分という既知のものに回…

  • 4つ目の窓 植松被告の死刑判決によせて

    植松被告の死刑判決。 ふとジョハリの窓が気になった。ジョハリの窓は格子に区切られた4つの自分を表したもので、自分も他人も知っている自分、自分は知っているが他人は知らない自分、自分は知らないが他人は知っている自分、自分も他人も知らない自分の4つがあるというもの。 ja.wikipedia.org どういうものだったかと思ってネットを見ると、ジョセフ・ルフトとハリ・インガムの二人の名前を合わせてジョハリだとあった。 最後の、自分も他人も知らない自分という領域が気になったのだった。自分も他人も知らない部分、この4つ目の窓を、この格子の図を作った人たちはどう位置づけていたのかと、ちょっと確認したかった…

  • プリズン・サークルとラップのワークショップ 心と表現の連動 乖離を埋めていくもの

    プリズン・サークルの坂上香監督がラップのワークショップについて公開投稿されていました。 www.facebook.com 3/8、プリズン・サークル x ラップワークショップ@横浜黄金町から、感動醒めやらず。昨晩は、ラップで、しかも初対面の人ばかりでサンクチュアリを作れた感あり。ラップ聞いたことない人から、ラップ体験者まで、中学生〜72歳の老若男女、様々なアイデンティティや背景を持つ20人によるラップとその共有を通して。言葉とリズムでなんとかやり抜く、その姿勢が面白い。ブースから溢れ聴こえる参加者のラップに鼓舞され、心が激しく揺れ、涙が溢れる。えいやっとブースに入って自分の書いたラップを読み始…

  • 償い(atonement)とは、ともにある(at one with)こと

    映画「プリズン・サークル」の坂上監督が雑誌『世界』で連載されているとのことで書店に並んでいた『世界』の3月号と4月号をとりあえずもらう。 www.iwanami.co.jp 3月号にはTC(回復共同体)の実践を行なっている非営利団体アミティの代表のインタビューもあった。そのなかで特に印象に残ったのが、罪の償いについて。 償いとは英語でatonementなのだけど、その語を分解するとat one with(ともにあること)となり、加害者が被害者のことを理解しているとは、自分が与えた痛みとat one with(ともにある)ことなのだという。 一般には、罪や痛みが消えてしまうことは「いいこと」だと…

  • 波風に応答する社会へ

    昨日はDIY読書会。 酒井隆史『暴力の哲学』の発表からは、一見すると非暴力で治安がいいような社会のようにみえても、実態は強い弾圧や抑圧が存在する社会の状態は「擬似非暴力状態」であるという視点の紹介があった。 平和学における消極的平和と積極的平和の違いとも通じるところがあるのだろう。消極的平和とは、直接的暴力は少ないが、貧困や差別、格差による「構造的暴力」が存在している状態。一方、積極的平和とは、戦争の原因となるこの「構造的暴力」がない状態だとされる。(日本ではこの「積極的平和」は首相が軍事的な力を積極的に行使してつくる平和という意味で使用したため、その誤った意味のほうが一般的かもしれない。) …

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