読書感想 『総員起シ』吉村昭 生き延びた死 短編集。どの作品も悲惨な戦後や末期の兵士や民衆の姿が描かれている。可能な限り生存者のインタビューを試み、裏をきっちり取っているところが、ドキュメンタリーでもあって随所に散りばめられた生々しいイメージが読者の胸を穿つ。 戦争の理不尽さを、ただ事実だけで淡々と虚飾を交えず語ろうと徹するところに吉村氏の小説造りの真骨頂を伺わせる。それだけに読むにつれ、や...
思う壺。幕末とニヒリズム、雑感 最近幕末物を読んでいる。雑感を若干記しておく。 どんな時代であろうと、ニヒリズムの形は様々だが、その黒い太陽は人間の数だけ自分の知らない内奥にさらに深い影を宿しているものなのかもしれない。おのれのニヒリズムをそれなりに自覚することができるか、まったく自覚せずに、ニヒリズムの形通りに、呑込まれて生きていくのか、時代を問わずつねに問われている。まさに現代においても...
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読書感想 『総員起シ』吉村昭 生き延びた死 短編集。どの作品も悲惨な戦後や末期の兵士や民衆の姿が描かれている。可能な限り生存者のインタビューを試み、裏をきっちり取っているところが、ドキュメンタリーでもあって随所に散りばめられた生々しいイメージが読者の胸を穿つ。 戦争の理不尽さを、ただ事実だけで淡々と虚飾を交えず語ろうと徹するところに吉村氏の小説造りの真骨頂を伺わせる。それだけに読むにつれ、や...
『一刀斎夢録(上下)』浅田次郎 武士のニヒリズムの終焉 幕末の武士、武士階級、武士社会、つまり武士という価値観を崩壊させた一ニヒリストの所業を描いた、新選組三部作の最後の、渾身の作品。 晩年の、当時新選組副助勤、三番隊長斎藤一が、連夜、若い近衛兵将校梶原中将にとともに酒を煽りながら語り継ぐ幕末前後の血生臭い話の数々である。 幕末の動乱が既成の形骸化した武士社会の価値観を外部から内部からなし崩しに...
読書感想 『零式戦闘機』 吉村昭 今年も終戦の季節になった。映画やドラマなどでしか、第二次大戦の一端を垣間見るほかあまり、その実録に触れてみる機会がなかった。いわゆる「零戦(ゼロ戦)」という戦闘機の草創期と衰退期を通して、日本の戦争の状況、戦局を吉村氏は描いている。この手法は『戦艦武蔵』にも通じる。 人間の誰かを主人公とするのではなく、人間が作り上げた人工物の栄枯盛衰がいかに戦争の在りようを左右...
読書感想「冷たい夏、熱い夏」 吉村昭 吉村昭氏と、私の父は同い年である。昭和2年の生まれで、父は氏より先に鬼籍に入った。 この物語、というかほぼドキュメンタリーといっていいかもしれない、弟の肺癌による死までを看取る兄の克明な手記ともいえる。 当時、昭和50年代、弟は2歳年下だから、50代前半で没したことになる。 父の年代は、兄弟が多く、死別したりすることが多かった時代、それに戦争があった。父は未成年で...
思う壺。読書感想『高熱隧道』 吉村昭 黒部峡谷で昭和11年から始められたダム建設にともなうトンネル工事の記録文学。当時はもちろんハイテク設備・機材などない時代に、人力とダイナマイトでがむしゃらに掘り進めるしかなかった。とりわけ黒部峡谷の自然は未知であった。自然の猛威に坑道作業は難行した。温泉の高熱との闘い、雪崩、ダイナマイトの操作など思いもよらぬ事故、災害で死傷者は恐るべき数に上った。 当時の戦時...
読書感想 『海の史劇』 『戦艦武蔵』 吉村昭著前者は明治時代、日本海海戦を扱ったもの。後者は昭和時代、太平洋戦争を背景にしたもの。 時間の隔たりはあるものの、前者は日本の勝利、後者は敗北という点で質を異にしている。 物量的に劣っていた日本海軍が、いわゆるバルチック艦隊を撃滅したことの歴史的意義は日本海軍の質的な優位性を垣間見ることができるだろう。技術的な練成もさることながら、士気の点でも優位であ...
「思う壺。」 実存と宗教の問題 実存するということは、実存論的にはつねにすでに空無であることは明瞭だが、実存的には、無明のうちに埋没している事態を言う。つまりわれわれは空というものを「知っている」、にもかかわらず、空から目をそらして、目の前の事物に埋没して、その空を「忘却し」ながら日々生きている。 実存はつねに何かにかかわずらって生きるほか術がない。それは空無を逃れているあり方を端的にかつ如実に...
『峠』 司馬遼太郎 時代の両義性について 河井継之助と吉村貫一郎 6月映画公開になった歴史小説だが、たまたま、読むものがなかったので、司馬氏の『峠』(上)(中)(下)巻を読んでみた。 幕末という時代、江戸時代以来の価値観というものが確固としていた時代から一挙に変転した動乱の時代に生き、自藩に忠誠を誓った人物が、いかに見事にその思想と、思惑に敗れ去ったかをことごとく見せてくれた。既成の価値観が崩...
『最後の将軍』 司馬遼太郎 幕末最後のニヒリスト、慶喜 徳川慶喜ほど高度な政治的判断が数年に亘って、あるいは時に瞬時に求められた将軍は、かつてなかった。もっとも、たしかに、勝敗の駆け引きが雌雄を決するとき、過去の武勇たちはそれなりの覚悟を、つまり、己の死をもってすれば、変革は叶えらるとして生き、そして死んだ。 もはや、時代は己の藩の、武士の精神の存亡ではなく、自国の日本の存亡がかかっていた幕末。...
思う壺。幕末とニヒリズム、雑感 最近幕末物を読んでいる。雑感を若干記しておく。 どんな時代であろうと、ニヒリズムの形は様々だが、その黒い太陽は人間の数だけ自分の知らない内奥にさらに深い影を宿しているものなのかもしれない。おのれのニヒリズムをそれなりに自覚することができるか、まったく自覚せずに、ニヒリズムの形通りに、呑込まれて生きていくのか、時代を問わずつねに問われている。まさに現代においても...
因果と縁起 なんとも痛ましい現実が西欧で生じている。一方的にどちらが肯でどちらが否であることは、現時点で判断を下すことはできないだろう。地球上のある一点で生じたことが巡り巡って地球の反対側で無数の影響を受けることが、もう起こりうることがまざまざと見せつけられてきた2か月ではないだろうか。 もう対岸の火事だから、のほほんと眺めてはいられない、そういう事態が日本にも直面した、ということなのだ。 国防費...
読書感想 『レンマ学』中沢新一 華厳学の現代的可能性 大乗仏教のひとつの頂点をなす華厳経はますます現代的意義の重要性を増しつつある。量子論などは華厳経との関係がつとに知られている。仏教的知造詣に深い中沢氏は様々な学問的領域を探索して、ロゴス的知性に対するレンマ的知性を見出した。数学、心理学、言語学、神経生理学、粘菌学(南方熊楠と華厳経つまりニューロンに依らない知性としてレンマ的な在り方をする粘...
読書感想 『翔ぶが如く』(一)~(十) 司馬遼太郎 文庫本で全10巻はさすがに長い。それでも10冊読んだ感じがしなかったのは重複記述が結構あるためか、冗長さは否めないけれども、西郷隆盛の最期と時代背景がどのようなものだったかを十分に伺い知ることはできる。 西南戦争は1877年勃発というから今から144年前の国内最大のそして最後の内乱だが、近代へと突き進む明治維新政府(大久保利通・川路利良)と...
思う壺。 理念と現実。理想と現実がいまほど乖離して、いたるところに引き攣れを見、歪なねじれを現象させている、そういう瞬間を世界は目の当りにしている。 新型コロナ禍がまさに通常見えなかった、隠された現実をあらわに暴きだしたといってもいいだろう。これからさらに隠されていたものが暴かれたり、みずから暴露される日も遠くないかもしれない。理想なんて、甘ちょろいが、でも現実が理念を堂々と声高に威圧し、無に、お...
仏教界がオリンピックについて何か声明を発表しているのか?仏教界はどう捉えているのか、わからない。生命に関することだから、言わなけれならないはずだ。オリンピックは博打であることはもうまごうことなき事実であることが露呈された。なぜ仏教界は言わない。きれいごとはやめていただきたい。仏教界は総じて生命を危機にさらすことを平然と認めたと言われても仕方ない。もう仏教界に可能性もなければ、なんの提言もできない脆...
読書感想『仏教とエクリチュール 大乗経典の起源と形成』 下田正弘 仏教とは何か、そしてどこへいくのか? 起源と未来を問う。 以前に本ブログで、大乗仏教の経典は、かくも膨大であり、かくも様々な宗派が存在するのか、疑問を呈したことがある。今回手に取った本書のなかに、謎が氷解するヒントの一端があるのでは、と読んでみた。 タイトル中にある「エクリチュール」とは、フランスの哲学者ジャック・デリダ(1930...
読書感想+ほとんど思う壺 『真宗とは何か』 鈴木大拙 佐藤平顕明 訳 「無限の光」とは? 本書は鈴木大拙博士が真宗、特に他力や阿弥陀、妙好人について英文の諸論文を佐藤氏が邦訳したもの。本書の最後に未完の英訳『教行信証』の序文も添えられている。主に英米の仏教徒入門者に対しての真宗のイントロダクションという目的で講演されたものだろう。 真宗のものを読むたびに、アミターバ、アミターユス、無量光...
読書感想 『増補 仏典を読む 死からはじまる仏教史』 末木文美士 日本人なら、あるいは仏教徒なら誰もが一度は思ったことがあるのではないだろうか? なぜ仏教の宗派が日本にこんなに多いのだろうか? 仏教はインドの仏陀、ゴーマダ・シッダルダその一人の男が仏教の着想を得たが、滅後スリランカや中国に渡り、そして日本に伝来して以来、周知のように平安、鎌倉時代に百花繚乱たる仏教諸宗派があまたの祖師たちによっ...
読書感想 『華厳の研究』 鈴木大拙 翻訳 杉平顗智 たまたま本屋で見つけたので、これは是非ということで、すぐに手に取って読んでみた。本ブログでもたびたび華厳経の法界などの概念に触れてきたこともあり、こうした大拙博士の英文での論文が一冊になって日の目をみたことは一読者として望外の喜びである。 難解をもって鳴るだけあって、真宗、禅宗ほど一般には普及しなかった華厳経ではあるけれど、もっとも寺...
PC壊れて、読書中・・・ 10年間使っていたHP社製のPCがついに壊れた。DELL社製のデスクトップが昨日来て、セットアップに結構頭を使って疲れ気味。やっと本ブログをアップしましたが、いろいろと世の中あります、また改めて・・・ 最近司馬遼太郎の歴史小説を読んでいる。土佐藩の坂本竜馬『竜馬がゆく』、長州藩の大村益次郎『花神』、肥前藩の江藤新平『歳月』を読了し、その間に暗殺ものを描いた『幕末』を読み、流れとし...
思う壺。読書感想『高熱隧道』 吉村昭 黒部峡谷で昭和11年から始められたダム建設にともなうトンネル工事の記録文学。当時はもちろんハイテク設備・機材などない時代に、人力とダイナマイトでがむしゃらに掘り進めるしかなかった。とりわけ黒部峡谷の自然は未知であった。自然の猛威に坑道作業は難行した。温泉の高熱との闘い、雪崩、ダイナマイトの操作など思いもよらぬ事故、災害で死傷者は恐るべき数に上った。 当時の戦時...
読書感想 『海の史劇』 『戦艦武蔵』 吉村昭著前者は明治時代、日本海海戦を扱ったもの。後者は昭和時代、太平洋戦争を背景にしたもの。 時間の隔たりはあるものの、前者は日本の勝利、後者は敗北という点で質を異にしている。 物量的に劣っていた日本海軍が、いわゆるバルチック艦隊を撃滅したことの歴史的意義は日本海軍の質的な優位性を垣間見ることができるだろう。技術的な練成もさることながら、士気の点でも優位であ...