駐車場の奥の崖下に黄色い百合が咲いていた梅雨入り前の真夏日の午後人間どもがあえぐ日盛りに黄色い百合はいとも涼しげに大きな花を咲かせていたなんだかノカンゾウに似ているがきみは野の百合だよね群れてないところが最高だ花言葉は「陽気」というんだってきみに出合ってよかったよ運勢がよくなる前兆だってさ駐車場の雑草の中で輝く黄色い百合これから仕事に出かけるけどよろしくなポエム382『黄色い百合』
斬新な切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設17年目に入りました。
自然と共生しながら、生きてきました。 ここでは4,000字(原稿用紙10枚)程度の短い作品を発表します。 <超短編シリーズ>として、発表中のものもありますが、むかし詩を書いていたこともあり、コトバに対する思い入れは人一倍つよいとおもいます。
その夜、隣人は帰ってこなかった。何があったのだろうと考えて、おれの眠気も吹っ飛んでしまった。明け方になって、とろとろと眠ったようだったが、なんとも不快な気分で目覚まし時計に起こされた。梅割り焼酎のげっぷが突き上げてきた。二日酔いというほどではないが、胃の調子が悪いのは確かだ。湯で薄めた牛乳と共に、胃腸薬を飲んで家を出た。しばらく顔を合わせていなかった紺野が、新たな事務所開設の挨拶を兼ねて、昼前にやってきた。万世橋に格安の貸事務所を見つけたとのことで、紺野はご機嫌だった。もともとの神田一帯のお得意さんにも近いし、秋葉原の電機街から上野周辺までカバーできるということで、前途洋々の展望を語ってひとり悦にいっていた。おれは、内心そんなに旨くいくかよと、紺野の見通しの甘さをあざ笑っていた。いくら場所が好いといっても...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(40)
その日は、午後から大学に行くアルバイトの写植オペレーターと入れ替わりに、懸案の『こども相撲大会』用チラシ作成に取り掛かった。こどもの日の前日、五月四日の縁日を開催日としているから、それほど、のんびりとはしていられない。おれは、レイアウトを考え、写植を打ち、台紙を作り、その夜のうちに貼りこんだ。出来上がった版下を元に、校正用の清刷りを作り、翌日、巣鴨地蔵通り商店会会長宅を訪れた。前もって連絡をしておいたので、『こども相撲大会』の実行委員でもある若手の事務局員が同席して、その場で校正をしてくれた。たいした手直しをすることなく、責任校了にこぎつけた。おれの提案で近隣の小学校までチラシ配布の範囲を広げることになり、受注枚数が大幅に増えた。「うん、よかったね。企画段階からアドバイスできるようになれば、最高だよ」多々...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(39)
なにを言うのかと、不満もあらわに、立会いの係官を振り返った。「しゃべらなくても、会話をしているんです・・」きびしく思いを口にしながら、声を荒げなかったことで、なんとか治まりは付きそうだと直感した。年恰好をみても、看守と呼ばれる職業に就いて、かなりの経験を積んできたはずの男である。制帽の下の表情は判らなかったが、定位置で平然と立っている姿勢からは、おれの言葉に、ことさら反応した様子は見られなかった。むしろ、挑発するぐらいの気持ちで先制打を放ち、面会をコントロールしているのかもしれない。それが彼らの楽しみになっている可能性もあった。おかげで、金縛りがいっぺんに解けた。この場の状況に即して、急に頭が働き始めた。「すみません、もう少し時間をいただけませんか」おれは、言葉を選んで申し立てた。係官はあっさりと認めた。...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(38)
綾瀬駅で降りると、東京拘置所までの道順が矢印で示されていた。降りてみて、初めて、おれの乗ってきた電車が、地下鉄千代田線との共用車両であることを知った。このところ、国鉄と私鉄の相互乗り入れが進んでいて、利用者には便利になったわけだが、むかしの知識や経験にとらわれている者には、すんなりと理解しがたいところもあった。再編を進めて、効率化を図る。世の中、大胆に仕組みを変えて、より利潤を追求していく考え方が、広範に受け入れられつつあった。早い話が、これから向かう東京拘置所だって、巣鴨プリズンとも呼ばれた歴史ある拘置所が廃止されて、ほんの数年前に小菅の地に移転してきたものである。ちょっと油断をしていると、東京裁判の記憶とともに、古びた塀を回らした暗鬱な拘置所の存在そのものまで、忘れ去られそうな雰囲気であった。現に、旧...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(37)
おれは、机の上の原稿をじっと見つめた。紺野は、彼なりの感覚でチラシのレイアウトを考えたのだろうが、きのう暗室で乾燥させていた印画紙を思い出すかぎり、飾り文字の選び方、変形文字の組み合わせ方なども、いかにも平凡で面白みに欠けていた。見出し用の書体ひとつを取ってみても、もっと柔軟に考れば、子供たちの躍動する姿にぴったりのものが選び出せただろうにと、まだ目に残っている文字列の数々を検証していた。その印画紙は、いま、ここにはない。多々良の指示で、破棄されたのかもしれない。その上で、おれに新たな版下の作成をうながして、元原稿を置いて行ったに違いなかった。だが、一度汚された原稿は、すぐには立ち上がってこなかった。この紙片を初めて目にしたのであれば、うれしさもあって、紙の上の文字が、こども相撲のようにぐるぐると回りなが...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(36)
たたら出版で、写植を打ち、冊子の編集を手伝い、営業にも力を注ぎながら、おれはミナコさんとの面会のチャンスを探っていた。渦中の自動車内装会社の所在地から見当を付け、巣鴨署を尋ねると、管轄は大塚署だと教えられ、その足で護国寺に近い大塚警察の殺風景な窓口を訪れた。入口で、六尺棒を突いて来署者を威圧する武闘服姿の警官は、いずこにあっても似たような体型をしていた。いきなり暴漢に刺されても、肉の厚さで致命傷を免れるに違いないと思わせるような頑丈な体躯だ。刑事との攻防で、警察に対して過敏になっているおれは、肉体の強靭さまで加わった迫力に圧倒されて、つい尻込みをしそうになっていた。だが、おれ自身への疑惑は晴れたはずだと思いなおして、面を確かめる警備要員の鋭い視線に耐えた。この調子では、ちかごろ叫ばれるようになった<地域密...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(35)
数日後、おれのもとに二人の刑事が尋ねてきた。ミナコさんについての詳しい状況は教えずに、ミナコさんとおれの関係について、ひたすら聞き出そうとした。気に障るような質問も厭わず、ただただミナコさんの犯罪が、おれに起因しているのではないかという見込みで、動いているようにみえた。おそらく、刑事たちの頭の中には、昨年の秋ごろ世間を騒がせた『滋賀銀行女子行員9億円詐取事件』の概要があったのだろう。あのときは、途方もない金額のカネを貢がせた愛人の男まで逮捕しているから、初めからそうした図式で捜査を進めていたようだ。おれは、最近やっと作った郵便局の貯金通帳まで見せて、身の潔白を訴えた。刑事たちは、薄ら笑いを浮かべて「そんなカネの話を訊いているのではない」と、あからさまに首を振った。「それほど疑うのなら、家宅捜索でも何でもや...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(34)
アパートに帰り着くと、さすがに疲れを覚えた。病み上がりの身には、きょう一日の出来事はきつ過ぎた。ミナコさんの消息が、こんなかたちで明らかになろうとは、想像もしていなかった。心の隅に、安堵に似た気持ちが湧いていたが、大きな愕きに圧倒されて、思考の道筋を辿れないでいた。(ミナコさんは、いま、どこにいるのだろう?)新聞を確かめると、宮城県警によって身柄を拘束されたらしい。東京に居られず、ふるさとの山形にも帰れず、中途半端な仙台あたりで一ヶ月あまりを過ごしていたのだろう。自動車内装会社社長から逃げ、おれとの約束も寸前で回避し、ひとり不安に耐えていたことを想像すると、おれの胸も切なさに震えた。(会いに行きたい。・・すぐに、会いたい)だが、それが望み通りに叶う状況とは思えなかった。おれの身の回りの限られた世界から見る...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(33)
あの男は、素人ではあるまいと睨んだ。人のいいチンピラか、組に属さない日陰者だろうと結論付けた。上京したてのミナコさんが引っかかったインチキ芸能プロダクションの男よりは、ずっとマシなのではないか。彼の話が嘘でなければ、自分の腕が腫れ上がるほど仕事に打ち込む、見上げた根性の職業人なのである。それにしても、楽に見える商売ほど苦労は多いのだと悟らされた。おれは、マンダ書院で味わった半端者の悲哀を思い出し、現在の充実した毎日と比べて、どれほど心のゆとりに違いがあったかを反芻した。多々良に対する感謝の気持ちが、おれの中でますます膨らんだ。一方、ミナコさんへの心配は募るばかりだった。おれの思いあがった行為は許されないとしても、ひと言、詫びをいう機会を与えてもらうことは出来ないのだろうか。あまりにも唐突な別れの決断に、手...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(32)
翌朝、おれは、ふらつきながら家を出た。朦朧とした意識のなかで、たたら出版への執着がおれを衝き動かしていた。会社に着くと、社長の多々良に、たちまち最悪の体調を見抜かれた。誰が見ても憔悴した顔付きだったから、見抜かれたというより、気付いてもらうための出勤といってもよかった。「いやあ、これはひどい」多々良は、おれの額に手を当てて診断を下した。「・・すぐに、病院へ行ったほうがいい」おれは、社長が呼んだタクシーで、九段坂にある病院へ運ばれた。まだ壮年の多々良は、痩躯のわりには力があって、おれに肩を貸し、ときには抱えるようにして、救急受付の看護婦におれを引き渡した。マスク代わりに巻いていた襟巻きを外され、若い当直医によって診察を受けた。あと一時間もすれば、通常の診療時間帯に入る微妙さに、医師はちょっぴり浮かない表情を...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(31)
次の日も、その次の日も、連絡はとれなかった。おれは、焦燥の真っ只中に置かれていても、たたら出版への出勤を止めることはなかった。理由は判っていた。一字、一字、写植の文字を打ち込んでいる瞬間だけは、苦しさを忘れていることができたからだ。それでも、昼休みの休憩に入ると、おれは信号ひとつ分、九段下方向へ歩いて、雑貨屋の角にある電話ボックスまで、電話をかけに行った。何度ダイアルを回しても、受話器が取られることはなかった。昼だけではなく、夜も同じことをした。仕事が終わると、帰りがけに、あっちこっちで電話をかけた。飯田橋で電車に乗る前にかけ、新宿では乗り換えの合間に鉄道弘済会の売店に走って、電話機を確保した。そうしていないと、ミナコさんの存在が、おれの目の前から永久に消えてしまいそうな恐怖を覚えるのだ。呼び出し音が鳴っ...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(30)
翌週、おれは、たたら出版に出勤し、残業も含めてくたくたになるほど働いた。ミナコさんが会社を辞めることになれば、アパートの家賃をはじめ、ふたりが当面暮らしていくための生活費を確保しなければならない。中野のアパートは、狭いとはいえ二部屋あり、バストイレ付きの所帯用だから、おれの給料から捻出するにはなかなか大変な金額だった。自動車内装会社社長をあれだけ痛めつけたのだから、ミナコさんは当然辞めることになる。そうすれば、ミナコさんからの援助は、すぐにも途絶えてあたり前だった。その上、新婚まがいの生活をするのだから、おれの肩にかかる負担は想像を超えたものになりそうだった。(一生懸命働けば、何とかなるだろう)おれは、急に現実味を帯びてきた不安を吹き飛ばすように、首を振った。週末になって、おれは、ミナコさんが現れるのを、...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(29)
おれは、暴力で打ちのめされたものが、容易に立ち直れないことを知っていた。マインドコントロールなしには、ボクサーでさえ無理なはずだ。それが、恐怖というものだ。だが、万が一ということもある。おれは、奴の目を覗き込みながら、耳に息がかかるほど口を近付けて、コトバを押し込んだのだった。「おまえ、赤ちゃんプレーが好きらしいな」奴の耳元で囁いた駄目押しの効果を、推し量った。切り札が、完全におれの手に移っていることを、認識させたのだ。おれは、奴の喉仏に金属の冷たさを押し当て、胸元から体をずらした。右膝で最後まで押さえ込んでいた利き腕から、体を放した。先に立ち上がり、奴がサウスポーであったことを、無意識のうちに考慮していた自分に気付いた。この男は、いま、やむなく退場せざるを得なくなった事態を、まったく予測していなかったの...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(28)
一月末の引越しを念頭に、おれは段取りをつけることにした。「今度の休みの日に、荷物の下見に行ってもいいですか」「そうねえ・・」ミナコさんは、ためらいを見せた。「大きなものは、みな処分するつもりなんだけど」できるだけ、おれの手を煩わせたくないという気持ちは、わからないわけではなかった。「・・でも、引っ越しって、なかなか考えた通りに行かないものですよ。こっちも狭いところだから、何をどこへ置くか、多少の見積もりをしておかないと拙いでしょう」おれの押しに屈して、ミナコさんも同意した。当日、おれが白山上のマンションに着くと、すでにミナコさんは身の回りの衣類などを、堅牢なプラスチックの箱に収納しはじめていた。「忙しいのに、ごめんなさい」おれを迎えて、少し恥ずかしそうにした。太腿から足首にかけて漏斗状に細くなる黒のスキー...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(27)
イノウエの話を聞いているうちに、おれの中ではひとつの結論が出ていた。「こうなったら、別れるしかないな」何分かあとには、そう答える自分の姿が目に浮かんでいた。おそらく、イノウエも離婚を念頭に置きながら、おれに背中を押してもらいたくて、今日ここに来たのだろう。どのように取り繕ってみても、いったん目覚めさせてしまった怪獣は、もう押さえ込むことなど出来ないのだ。おれは、マンダ書院で一緒に働いていたころの佐鳥さんを思い出し、そういえば、本を抱えてマイクロバスから出て行く反り気味の後ろ姿が、妙に女らしさに欠けていたようだと、いまさらながら思い当たる気がする。新宿でのささやかな披露宴の席で、花嫁らしく振舞っていた佐鳥さんに普通以上の感銘を覚えたのも、訪問販売に向かう際の彼女の背中に、男だけが持つ悲哀のようなものを見てい...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(26)
本郷通りに出て、左に曲がったところに、フランス風田舎料理を食べさせる小さな店があった。ミナコさんはときどき訪れるらしく、濃いルージュをつけ、大胆なカーブの眉を描いた女主人が、満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。「きょうのメインは、霧島産の雛鳥と西洋野菜の付け合せよ。スープはそら豆をうらごししたもの。シャンピニオンのクリーム煮もあるわよ」説明しながら、おれの方にもちらりと視線を流す。笑みを絶やさないから、なにやら勝手な想像をされているようで落ち着かなかった。最初、怒っているように見えたミナコさんも、前菜が終わり、メインディッシュにかかるころには、機嫌を直していた。「わたしねえ、いずれ、あのマンションを出るわ。でも、それまでは、目立たないで居たいの」確かに、ふたりの男が交互に出入りしていたら、周囲の噂にもなろう...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(25)
はっきりと了解を取ったわけではなかったが、おれは名画座を出た足で、白山上にあるミナコさんのマンションに向かった。水道橋まで一駅電車に乗り、そこから白山通りをたどる路線バスに乗り換えた。数年前までは、都電が走っていたころの名残で一部石畳の狭い道路が残っていたが、現在はほぼ拡幅工事も終えたようで、ある時期まで立ち退きを拒んでいた西片町境の中華飯店やビリヤード場も、いまは跡形もなく消えていた。白山二丁目を過ぎると、おれは、紺野から聞いたメメクラゲのオペレーターのことを思い出し、その男はどの辺りで仕事をしているのだろうかと、バスの窓から写植屋の看板を探した。もっとも、そんな思いつきに答えてくれるほど東京の街は狭くない。ただ、左側に見える街並みは、区画整理にもまったく関係しなかったのか、古い木造の家が軒を接して続い...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(24)
〇「そうそう神風は吹かなかったな」「そうですね、なでしこジャパンはスウェーデン戦でクロスバーに嫌われましたね」〇「大谷のホームランも40号でストップしちゃったし今週はツキがない」「さすがに疲れたんですね、痙攣というのが心配です」〇「台風だけは疲れ知らずだ。6号は沖縄を二度もいたぶるし、7号は本州直撃の構えだしな」「ご隠居、もう一人疲れ知らずの人がいますけど・・・・」紙上『大喜利』(31)
おれが木更津から戻った夜、ウイークデイにも係わらず、ミナコさんがやってきた。チャイムに応じて玄関のドアを開けると、そこに項垂れたミナコさんの姿があった。「どうしたの・・」トラブルがあったことは、現れ方で明らかだった。おれは、ずぶ濡れで転がり込んできた雷雨の時と同じように、腕を広げて受け止めようとしたが、ミナコさんは俯いたまま三和土に立っていた。「えっ、その顔どうしたのよ」おれは、初めて異変に気付いて、ミナコさんの顎を上に向けさせた。右目の下から頬骨にかけて、野球のボールでも当たったように、紅く腫れ上がっていた。「まさか、殴られたんじゃないでしょうね」おれの頭の中で、閃光が走った。「あの野郎、ミナコさんを殴ったんだね!」地方の大学で、サウスポーの投手として活躍したこともあるという証拠の写真を、社長室で見たこ...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(23)
秋の一日、おれは、木更津まで本の納品に行く多々良社長に同行して、ドライブをすることになった。写植の仕事は、紺野ともう一人のパートナーに任せ、軽自動車に自費出版の歌集五百冊を積み込んで、飯田橋を出発した。京葉道路から国道十六号に入り、海岸沿いの工場地帯を経て、袖ヶ浦を通過するころには、もう昼の十二時半を過ぎていた。「いやァ、渋滞ですっかり時間を食ってしまったね。ところで、きみ腹が減ったんじゃないか」「はい。でも、我慢できますよ」「いや、このままお客さんの家に行ったら、食事をする暇がなくなるよ。どこか、車を停められそうな店があったら、そこで食べていこう」おれは、まもなく藍染の暖簾を下げた蕎麦屋を見つけ、ここでいいかと多々良に了解を求めた。店の横に、ニ三台停められる駐車場があり、おれはそこに軽自動車を乗り入れた...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(22)
その夜のカミナリは、いったん去ったかに見えたが、夜半になって再び舞い戻ってきた。まれにみる規模の界雷であった。おれとミナコさんは、またも電燈を消して、夏掛け布団を頭からかぶった。そうやって二人で作った暗がりに潜んでいると、誕生の秘密に出会えるような不思議な感覚に包まれる。退行催眠とは、このようにして導かれるものかもしれないと、おれは思った。暗がりの質は違っても、被験者をその中に誘導し、見え隠れする記憶の断片を拾い集めながら、川を遡らせるのではないか。おれは、断続的に続くミナコさんの物語を聞きながら、いつしか、おれ自身の思い出を手繰りはじめていた。何度も繰り返した仕事探しの雑な記憶の先に、上京するおれを見送ってくれた叔父との別れが、ぼんやりと浮かんできた。叔父は、おれが電車に乗り込む寸前まで、胸に抱えた風呂...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(21)
別れるまでには、紆余曲折があっただろうと、おれはミナコさんを思いやった。婚姻届まで出した関係を解消するには、想像もつかないエネルギーが要ったに違いない。いきさつを聞こうとは、思わなかった。ミナコさんも、こまごまと話そうとはしなかった。ひとたび時間を遡りはじめれば、山形から希望に満ちて上京した少女が東京という罠にかかって苦しんだ日々を、すべて再現しなければならなくなる。「ひどい奴だ!絶対に許せない」おれは、義憤にかられて、うなり声をあげる。いま、目の前にその男がいたら、有無を言わさず殺してやりたいと思う。<ヒモ>と呼ばれる男たちの用意周到なたくらみを知って、同じワルでも最低の部類に属する悪党だと、歯軋りした。ミナコさんは、挫折はしたが自暴自棄にはならなかった。当時、結婚して横浜に住んでいた姉が、なにかと面倒...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(20)
暗い中でドアノブに手をかけながら、もう一方の手で室内灯のスイッチを探していた。「どなた?」「あけて・・」紛れもないミナコさんの声だった。玄関の、それほど高くもない天井の蛍光灯がパチパチと瞬いて点き、おれが押した鉄扉の隙間から、ミナコさんが転がりこんできた。「どうしたの、こんな日に・・」おれは、思わず手を差し伸べてミナコさんを抱きとめた。ポロシャツに短パン姿のおれの胸部に、ずぶぬれのブラウスが張り付いた。身構える間もなく押し付けられた湿り気と冷たさが、おれの意志を無視して、生理的な反応を見せた。「ううッ。・・可哀そう。一番ひどい降りに出くわしちゃって」おれは、一瞬見せてしまったためらいをかき消すように、あらためて強く抱きしめた。ミナコさんは、濡れていることなど眼中にないように、「来たわよ、わたし来たわよ」と...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(19)
家庭菜園というジャンルにかろうじて入るのは5~6月まで相手をしてくれたヒラサヤエンドウのみ。7月になると暑くて、ほとんど手入れをしない庭畑は青じそとオシロイバナに占領されている。そうした中、野生の勢いで毎年実りを与えてくれる茗荷の花芽が顔をのぞかせた。7月下旬~8月中旬の暑い盛りに密集した茗荷の葉茎の根元に這いつくばって収穫する。最初は十数本でやめたが次の日は30本以上、その次の日は20本ぐらい摘み取って一部はそうめんのツマ、その他は酢漬けにして保存している。密閉できる保存瓶に茗荷と梅干しと大葉を詰め込み、塩と酢を塩梅して寝かせ、適宜取り出しては副菜にしている。ささやかな暑気払いには欠かせない一品だ。茗荷の収穫
夕方五時から、新宿区役所通りに面したレストランの一室を借り切って、イノウエと佐鳥さんの結婚披露パーティーが催された。おれが会場となる部屋に入って、受付の女性に会費を払っていると、友人に囲まれて談笑していたイノウエがおれを見つけて近寄ってきた。「やあ、おめでとう」先手を打って、挨拶した。「いやあ、うれしいです。忙しいところを来て頂いて、ほんとに申し分けなかったです」イノウエは、ほんの少し大人になった表情を見せて、おれに謝った。礼を言うつもりが、詫びの言葉になるのがいかにもイノウエらしかった。佐鳥さんは同年配の女性たちと並んで、写真を撮られていた。すでに、おれに気付いていて、写真が終わると、髪に挿した大輪の花を揺らしてイノウエの傍にやってきた。「お久しぶりです」白いドレスが似合っている。マンダ書院にいたときに...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(18)
「ぼくは、何があっても別れないからね」おれは、呟くように言った。「わたしだって、あなただけなのよ」ミナコさんも、眩しそうにおれを見返した。「・・覚えているかしら、わたしの顔を、まじまじと見てくれた日のこと。あの時、営業のひとと話をしていても、ポーッとして何も覚えてないのよ。わたし、あんなふうに見つめられたの初めてだから、もう気が飛んでしまって」ミナコさんは、頬を上気させていた。おれは、たしかに魅入られたように立ち尽くしていたはずだ。そのときの情景を思い出し、闇を銜えていたミナコさんの唇が、いまも、そのまま、目の前にあるのを静かな喜びのなかで確認していた。「おんなって、他のものは一切目に入らない・・というほど、見つめられてみたいものなのね」ミナコさんは、自分に確かめるような口調で呟いた。「・・あなた、あの日...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(17)
東大安田講堂に立てこもった学生が排除されて以来、目標を見失った若者たちは、呆然とした思いで日を送っていたはずだ。放水という変幻自在の弾圧の前に、誇りをぐしゃぐしゃにされた学生たちは、拠って立つ抵抗原理まで濡れ鼠にされ、へたったダンボールとともに地に落とされた。銃で撃ちもせず、時計塔から飛び降りもさせなかった権力側の冷酷な計算が、いまになって明瞭に意識される。一方、社会の底辺で隠者のごとく生きてきたおれは、騒然とした時代の終焉を冷ややかに眺めていた。多少の無気力さは、むしろ歓迎するぐらいの気持ちで、その後の推移を見守っていた。写植機の操作にも慣れ、出版社や印刷会社のほか、商店や公共機関からの仕事をこなせるようになると、おれの意欲は高まり、世間の沈滞とは逆に元気を増していった。ゴシック体や太明朝体の見出しを作...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(16)
おれが、もっとましなアパートを借りたいと言うと、ミナコさんは一も二もなく賛成した。もちろん、すぐに住居を変えることなど出来るはずはなく、おれも真剣に働いて早くそれを実現したいとの願望を述べただけだった。ところが、ミナコさんは、来月にも引っ越しが出来るように、明日から部屋探しを始めようという。仕事の合間を縫って、おれを手助けしてくれるつもりらしい。自動車内装会社の経理責任者として、また、認めたくはないが、週の半ばに訪れる社長を待つものとして、時間の重なりをどう捌くつもりなのか。おれの願いが、期せずしてミナコさんの立場を狂わせ、事態をこじらせ始めたことに、まだ気が付いていなかった。「新しいアパートに移ってから、ゆっくりと仕事を探せばいいわ。お給料が入るまでは、わたしが立て替えておきます」それで好いかと、一応お...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(15)
沸騰した薬缶の湯も、部屋に持ち帰リ急須に注ぐころには、ちょうど緑茶に適した温度になっているはずだ。おれは日常の経験をもとに、間合いを計る要領でゆっくりと部屋に戻った。ミナコさんが後ろを振り返った。本箱に本を戻し、もう一度おれの手元に視線を向けた。「あらあら、わたしが淹れましょうか」「いえ、危ないからぼくがやります」薬缶を小机の上に置き、金属製のトレイに伏せてある急須と湯飲みを据え直す。いま洗ってきた客用の茶碗も共に並べて、準備完了となる。スーパーマーケットで買ってきた緑茶の袋から、直接茶葉を小出しする。薬缶からお湯を注ぎ、一呼吸置いて二つの湯飲み茶碗に注ぎ分ける。値の安い茎茶であっても、心をこめて淹れれば味も香りも引き出せると思った。「このお茶の飲みごろは、一瞬ですから」おれは、冗談を言いながら勧めた。「...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(14)
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駐車場の奥の崖下に黄色い百合が咲いていた梅雨入り前の真夏日の午後人間どもがあえぐ日盛りに黄色い百合はいとも涼しげに大きな花を咲かせていたなんだかノカンゾウに似ているがきみは野の百合だよね群れてないところが最高だ花言葉は「陽気」というんだってきみに出合ってよかったよ運勢がよくなる前兆だってさ駐車場の雑草の中で輝く黄色い百合これから仕事に出かけるけどよろしくなポエム382『黄色い百合』
茨城県に五浦海岸〈いづらかいがん〉という場所がある。岡倉天心のもとに集まった横山大観、下村観山、菱田春草らが日本画の美を極めようと切磋琢磨した北茨城市の景勝地である。海水浴場にもなる砂浜には海風にもめげず松が枝を伸ばし、岩場を望む六角堂にこもると打ち寄せる波の音が思索を深化させるようだ。天心は後に六角堂を日本美術院の本拠地にした。横山大観のいわゆる朦朧体などは五浦で生まれたものである。冬場はボストン美術館の中国・日本美術部長を務める天心は、夏場は五浦に戻って日本美術界の改革に注力した。もともと日本美術品の研究・収集に造詣の深かったフェノロサの通訳を務めていた天心は、自らも日本美術の研究にのめりこむ。弟子たちはみな家族とともに五浦で夏を過ごし、橋本雅邦ら若き天才画家たちが日夜日本画の可能性を追求した歴史的な...真夏の怪談その5『五浦海岸』
昨日のニュースで嘴太ガラスを肩に乗せて散歩する青年のインタビューに答える様子を放映していたとにかくカラスは頭がよくて可愛い同居していて新たな発見があり伴侶として申し分のない存在だという話変わって都内の繁華街からカラスが激減いま何が起こっているのかとミステリー仕立ての特集でもあった有力な答えは頑丈なゴミ箱の設置だカラスを兵糧攻めにする施策がやっと浸透してきたのだろうというその一方で鷹やハヤブサが増えているらしい都心の高層ビルは崖みたいなもので天敵を避けて営巣するには最適なんだとか新たな悩みに都知事候補はどう応えますか小池さんはまだ出馬表明せず蓮舫さんならビルに網かけろとでも・・ポエム381『カラスをペットにする男』
海野太吉は千葉県内をよくドライブした。勝浦や御宿が好きで、家族を乗せて行楽に引き回した。自宅が都内にあったので、あるとき茂原から四街道を経由して家に帰ることにした。自動車の道路ナビなどない時代に地図を頼りに近道を探して強行突破してきた。すると四街道に近づいたと思われる頃いきなり目の前に竹襖が現れた。「えーっ、なんじゃこれ?」家族も身を乗り出して怖がった。「おとうさん、引き返しましょう」「いや、竹藪が道までせり出しただけだ、道がないわけじゃない」農道なのか畑の中の私道なのかわからないがギリギリ通り抜けられそうだ。太吉は運転席のミラーを引っ込め、竹の幹にこすりそうになりながらなんとか通過した。「いやー、水木しげるの妖怪が出たかと思った・・」「お父さん無謀だから、いつもヒヤヒヤするわよ。いつか青梅の方でコンクリ...真夏の怪談その4『四街道の竹藪』
〇10代二人がバールを持って民家に押し入ったアーソレソレ主人殴って妻からカネ奪うソレカラドーシタあわてて逃げたが忽ち捕まった〇架空の投資で60億円集めたアーソレソレ社債を印刷くばってその場をごまかしたソレカラドーシタいくら稼ごうが悪銭身につかず〇詐欺をしようが強盗だろうがお札に色はないアーソレソレ金を使えばクラブは恵比須顔ソレカラドーシタ焼酎飲み飲みマルサ対策考えた当世あきれ節2
「羽衣の松」という小説を書いた仲間がいた。老境に入ってロマンスには無縁と感じ始めていた時、突然女性の方から思いを告げられたのだ。彼は驚き、うれしくも感じた。若い時は何度か恋愛をしたことがあったが、縁あって現在の女房と結婚し40年を共に過ごしてきた。それだけに同じ同人誌に所属する女性に誘われて食事をし、その後一夜を共にしたことはそれとなく記録しておきたかった。天女からふわりと羽衣をかけられたと表現したのは彼の心境そのものだ。富士山が世界遺産になったとき三保の松原もその一部に認定された。羽衣伝説は世界中に説話として存在し、日本では滋賀県や京都府の風土記に残されているのが最も古いのだが、富士山がよく見える場所として世界遺産に含まれたことから三保の松原が有名になった。本来、羽衣伝説とは関係のない話であるが、三保の...真夏の怪談その3『三保の松原浮気考』
〇八冠が叡王戦で踏みとどまる〇連敗のあと1勝返し2対2に〇挑戦者伊藤匠はAI通〇子供のころから聡太のライバル互角の才〇現棋界勝率1位の匠立つ〇21歳聡太・匠の若武者戦〇八冠は先に名人位防衛す〇藤井聡太に過密日程発汗やまず〇AIにもまれて予備軍虎視眈々〇もはや大人の出る幕なしか将棋界俳句川柳7『藤井聡太八冠』
〇牽制球が足に当たって痛い顔〇そんな翔平見たことなかった心配だ〇監督が復調予言ほっとした〇翔平が10試合ぶり14号〇トップまで2本差いずれ追いつくさ〇とはいうが守りの姿勢が垣間見え〇水原に受けた裏切りトラウマに〇新住居〈十数億円〉へ移って心機一転か〇ロバーツ〈監督〉のおねだり〈自動車〉変じてミニチュア・カー〇背番号〈17〉譲った選手と違うわい〈奥さんにポルシェ贈って話題に〉俳句川柳6『心配させんなよ』
現在はにかほ市になった秋田県の象潟町で重吉は炭焼きを生業にしている。東京の大学を卒業したあと実家の山を預けられ、楢や橡の木を切り倒しては木炭づくりを目指した。ところが重吉は炭窯に火を入れた後持ち込んだ哲学書を読みふけるものだから、火を止めるタイミングを失い出来上がった木炭はほとんど灰に近い状態になってしまった。「重吉さんなばダメなもんだ。炭つくってんだか灰つくってんだか売り物になるのは一本もなかった」口さがない住民が噂するうちはよかったが、そうち呆れて誰も近寄らなくなった、そうして一年が過ぎ炭の材料になる木を伐りに遠くまで足を運ばなくてはならなくなttころ、重吉さんの炭の品質がきゅうによくなった、聞きつけた住民が重吉さんから話を引き出したところでは本に夢中になっていても木の精が勝手に話しかけてくるのだとい...真夏の怪談その2『にかほ市の哲学者』
〇「どうだ、やっぱり大の里が優勝したろう?」「ご隠居の言う通りでしたね。しかし、中日のあと2敗したんでハラハラしましたよ」〇「負けを肥やしにしてどんどん強くなったよ」「最後の3日間は自信に満ちた顔をしてましたね」〇「大の里はあと何場所かで大関になる、横綱も遠くないだろう」「そう簡単にいきますかね、人生何が起こるかわかりませんよ」〇「大丈夫だ。オーラがある。謙虚さもある。相撲の型もある」「へえへえ、ご隠居を信じますよ」〇「ライバルの琴桜もうまく育ってほしいな、尊富士も復帰してくれば面白くなる」「平戸海や熱海富士も見どころありましたしね」紙上大喜利59『じじいの時事ばなし』
市ヶ谷駅は僕がよく利用した駅である。夏の深夜、大急ぎで改札口に降りていくと頭上から人のすすり泣く声が降ってきた。声の主はたぶん女性だろうと気になったが、こちらも電車に乗り遅れる心配があったので確かめることなくホームへ走った。何日か経って市ヶ谷駅のすすり泣きのことが週刊誌に載っているのを中吊り広告で知った。早速買って読んでみると、僕が体験したよりも大分前から噂になっていたらしい。誌面によると夫に捨てられた女性がJRの線路上で飛び込み自殺した事件があり、その時の状況がこだまのようによみがえって夜な夜な誰かしらの耳に届いていたらしい。よほど無念だったのか、聞いたのは男性ばかりで男への恨みも感じられる話だった。週刊誌の記事を読んで以来、僕は市ヶ谷での乗降を避けるようになった。総武線ではなく中央線の快速や準急電車を...真夏の怪談その1『市ヶ谷のすすり泣き』
天・点天を仰ぐ暑い直視できない点黒点子供の絵なら簡単ゴマのような黒点太陽フレアまでクレヨンカナダでオーロラ電離層パニック気象衛星多数墜落・点天天を仰ぐ熱い直視できない黒点気象も天文学も天に始まり点に終わる人生は天の思し召しポエム380『天』
〇社長が一瞬目をかけたアーソレソレ早くあと継がせろと焦る娘婿ソレカラドーシタ魂胆読まれると匿名人間を雇って深い闇深い闇〇政党交付金の使い道報告下限はいくらアーソレソレ与党の協議はいくらやっても折り合わずソレカラドーシタ自民は10万以下に切り下げず国民無視国民無視〇クマがやたと人を襲うアーソレソレ暖冬で冬眠短め腹が減ってたまらないソレカラドーシタ民家に侵入し貯蔵庫開けて好き放題好き放題当世あきれ節1
〇「おい、小相撲って知ってるか」「えッ?大相撲なら今やってますが」〇「横綱照ノ富士をはじめ大関貴景勝、霧島、関脇若隆景、朝乃山など注目力士がみんな休場で元気なのは小物ばかり」「それで小相撲ですか、ご隠居」〇「今場所の優勝は大の里で決まりだな」「またまた、気が早い。まだ8日目ですよ」〇「先場所だって尊富士か大の里のどっちかといったろう、今場所は大の里の番だ」「へえへえ、外しても知りませんよ」〇「大谷翔平が13号を打ってトップに並んだな」「打率もトップだし三冠王が狙えるんじゃないですか」〇「ロサンゼルス市が大谷翔平の日を制定したな」「5月はアメリカ政府がアジアやハワイ、太平洋の島々にルーツを持つアメリカ人の歴史・文化や功績をたたえる月間でそれにあやかったらしいですよ」紙上大喜利57『じじいの時事ばなし』
巣鴨プリズンが解体されたとき、ある独房の壁の中から奇妙な塊が転がり出てきた。公には報道されなかったが、それは高温の熱によって溶かされたコンクリートが、冷えて固まった状態に見えた。普通、ブルドーザーで破砕された壁は、捻じ曲がった鉄筋を除けば、セメントと砂、砂利による組成が一目瞭然だった。それに対し、発見された塊は内部でガラス質の粒子が滾り、流れ出たような形跡が見られた。飴を塗りつけたような表面には、わずかながら人をほっとさせる暖色系の彩りがあった。なぜ、コンクリートが溶けたのか。壁の一部だけが、どうして他と違う様相を見せるのか。独房に収監された囚人が、脱獄を図るために薬品で壁の腐食を狙ったと考える者もいた。壁の解体に携わった業者は、上司を通じて拘置所の責任者に報告した。あり得ないことだが、少しの疑いでもあれ...思い出の短編小説『壁の中』
『東海道中膝栗毛』〈とうかいどうちゅうひざくりげ〉で名の知られた十辺舎一九は1802年~1814年にかけて初刷りされた滑稽本である。「膝栗毛」とは、自分の膝を馬の代わりに使う徒歩旅行の意で人気作品となり刊行は『東海道中膝栗毛』と『続膝栗毛』あわせて20篇に及んだ。後世に読みつがれ、主人公の弥次郎兵衛と喜多八コンビのキャラは歌舞伎や映画等で現在でも活躍が続いている。文才とともに絵心のあった作者による挿絵が多く挿入され、江戸時代の東海道旅行の実状を記録する、貴重な資料でもある。版木による出版が何版にもおよび、今でいうベストセラー作家となった十辺舎一九は文筆業だけで生計を立てたわが国最初の人物ともいわれている。通称「弥次喜多道中記」のあらすじは、江戸の神田八丁堀の住人である栃面屋弥次郎兵衛と居候の喜多八が二人と...新作KAIDANその10『十辺舎一九』
那須野が原には「九尾の狐」が住んでいるといわれている。最近、那須野が原を舞台にいやな事件が勃発しているが、ご当地の九尾の狐がどう思っているか世間の口端も喧しい。「ぼくは九尾の狐はワルだから冷ややかな顔で見ていたんだと思う」「いや、わたしは九尾の狐は憤慨していると思います。もともと伝説では神獣といわれて王朝を支えてきたのだから今回の事件はイメージダウンになると怒っているはずです」「読み本屋、曲亭馬琴の受け売りだな?」「そういう貴方こそ玉藻前〈平安時代末期に登場する『玉藻草紙』で鳥羽上皇の姫に化けた狐〉にたぶらかされているんでしょう」「九尾の狐をワルだと言っているぼくが騙されるわけがないだろう、何を考えているんだ」「全身〈心〉全霊で化かすというから、あんたなんかイチコロよ」「ちょっと待った,お二人さん、九尾の...新作KAIDANその9『九尾の狐』
〇「大谷翔平が11号ホームランで両リーグトップに立ったな」「3連発の後このまま突る可能性がありますね」〇「護衛艦『いずも』をドローン撮影した奴はドロンしちゃったのか」「中国のSNSに投稿されたということですが誰かはわかりませんね」〇「政治資金規正法はどうなった?」「連座制は決まりみたいですが問題は使い道ですよね」〇「何に使ったか記録し党に報告する金額を10万にするか5万にするかで自民・公明の折り合いがつかないんだろ」「ザルの目を粗いままにしたい自民が引き延ばししているようですね」〇「宇野昌磨が今シーズン限りで引退するらしいぞ」「男子フィギアという激しいスポーツでよく頑張りましたよ」紙上大喜利57『じじいの時事ばなし』
今回は短編小説のカテゴリーに入ってはいるが、実質「八犬伝」の勉強会みたいなものなのでご承知おき願いたい。明治時代の中頃までは物語といえば『南総里見八犬伝』が最もよく読まれていた。江戸時代後期に曲亭馬琴によって書かれて以来いろいろな形で読み継がれてきた大長編物語である。貸本による普及が第一だが、歌舞伎の演目にも取り入れられ庶民の間で人気が沸騰した。馬琴はこの物語を48歳から76歳までの28年間かけて完結させた。〈全98巻、106冊の大作〉途中失明しながらも、息子宗伯の妻であるお路の口述筆記で完成させたと伝えられている。物語の概要は、南総里見家の勃興と伏姫・八房の因縁を説く発端部(伏姫物語)関八州各地に生まれた八犬士たちの流転と集結の物語(犬士列伝)里見家に仕えた八犬士が関東管領・滸我公方連合軍(史実世界の古...新作KAIDANその8『八犬伝の影響力』
人は花を追い花に慰められて生きている蜂や鳥は蜜という獲物を求めるが人は花を眺め花を称えて生きているよきかな人生花は心の友節目節目に花をささげ花を手向けられて終わるよきかな人生花と連れ添う日々よきかな人生花は包容力花に抱かれてとわに生きるポエム379『花と生きる』
〇「台風は通り過ぎたけど、別の風が吹き始めたな」「解散風でしょう?内閣信任案が出たら刀を抜くらしいですよ」〇「立憲民主は不信任案を出す勇気があるかな?」「さあ、どうでしょう。今選挙をしたら遺骨も拾えないと言われていますが」〇「総理の息子が官邸でヘマをやっても秘書官を辞めさせただけで大丈夫か」「株も上がってるし、防衛予算は先送りして、選挙に勝ったら信任受けたと大手を振って増税するつもりですよ」紙上『大喜利』(25)
ガリラヤ湖はヨルダンの大地溝帯の端にある死海につぎ2番目に標高の低い湖だ魚がよく獲れるので30隻もの舟が操業していたというイエスはこの湖を見おろす丘の上に立って布教した漁師ペテロはそれを聞いてイエスの一番弟子になったたちまちガリラヤ湖周辺の人びとはイエスに帰依したガリラヤ湖西岸とイスラエルを結ぶ街道を通ってキリスト教は世界に広まっていったそれにしてもイエス・キリストの生涯は烈しすぎる現代に続く宗教戦争の原点はそこにある一神教ではないが他の神を従属させようとするゼウスを頂きながら宗派の違いをも受け入れない日本人はいいな自然崇拝が身に沁みているから森の木や川の水それに岩石にまで神が宿る八百万の神が身近にいる幸せよ古代からの太陽信仰が生きているんだろうなポエム366『ガリラヤ湖から』
〇「高齢者の自動車事故」とかけて「完全試合を達成した時の佐々木朗希」とときますそのこころは「全力でアクセルを踏み続けた」結果でしょう〇「梅雨前線」とかけて「能無し大臣の国会答弁」とときますそのころろは「どちらも湿舌(失舌)を伴なう」でしょう〇「立憲民主党」とかけて「弱虫の番犬」とときますそのこころは「吠えるだけで他に何もできない」でしょう新企画『ととのいました』(20)
<さくら貝の歌>美わしきさくら貝一つ去りゆけるきみに捧げんこの貝は去年の浜辺にわれ一人ひろいし貝よその子の名は、キララといった。入学式の日に、小学四年生として編入してきた。担任の先生は、キララが福島からの転入者であることを告げた。この町へ避難してきたのは、キララとお祖母ちゃんの二人だけだった。福島で海産物店をやっていた両親が津波に攫われ、行き場をなくして能登半島の親戚を頼ってきたのだ。親戚といっても、キララのお母さんの妹の嫁ぎ先だから受け入れの余裕がなかった。それで、町の施設がキララとお祖母ちゃんを受け入れたのだった。地域の人々は、キララたちをこぞって歓迎した。昔から日本海の漁業で生きてきた町に、真反対の太平洋岸から二人がやってきたことで注目を集めたのだ。先生は、震災の後始末が付くまで二人は志賀町に滞在す...思い出の短編小説『さくら貝の歌-異聞』
六合村の応徳温泉に行きたいな2年ほどご無沙汰だけど変わりないかな伝統的建造物群保存地区の清潔さも保っているかなおいしい蕎麦屋さんもまだやっているかなもう何十年も前に一年間湯治して糖尿病で瘦せ衰えた体を治してもらったぬるめだけど内臓の芯まで温めてくれる効能あらたかなあの温泉だ村の入り口に咲いていた黄花コスモスよいつもぼくを快く迎えてくれたね今はどんな花を咲かせているのかな村の中の道はどこも花に満ちていたな野草の宝庫で知られた野反湖への中継点登山やハイキングのグループがよく利用してたなみんな温泉から出た後ゴロンと横になって仮眠した食べ物の持ち込みも自由だったから人気があった六合村よ応徳温泉よもうすぐ行くからね黄花コスモスの時期には少し早いが新緑が滴るような木々の彼方から温泉を覗きに来る風と再会できるかもしれな...ポエム355『新緑の風』
〇「線状降水帯の被害は想像以上だったな」「ご隠居、特に愛知と静岡・埼玉がひどかったですね」〇「ところで戦場降参隊のほうはどうなっているんだ」「キウイも被害を受けましたけどロシアの領内まで反撃されてますからね、勝敗はまだ分かりません」〇「NHKはタレント総取りだな、タモリ・鶴瓶はもうなくてはならない存在だし」「ほんと、民放全盛時代には反NHK的スタンスをとるタレントも居ましたがね」紙上『大喜利』(24)
大蔵さと子が工房を辞めたのは、秋が本格化した九月下旬のことだった。ヨシキにとっては、先輩でもあり憧れの女性でもあった。ガラスの扱い方を丁寧に教えてくれただけでなく、仕事を超えて近しい存在になっていた。ヨシキが所属する工房では、主にアクセサリーに関する素材や技法を研究している。顧客のニーズを掘り起こして、さまざまな装飾品にトライする試作室みたいなものだった。経営者である寺田瑛彦は、奇抜なデザインと新旧の素材を融合したユニークな作品を発表して急速に頭角を現してきた装飾デザイナーだった。輝石をポイントにしたバッグやハイヒールなどを、一点物として女優やモデルに提供していた。さと子はもともとネイルサロンで働いていたのだが、客との会話の中で寺田瑛彦の存在を知り、創造的な仕事がしたいからと弟子になった。「給料なんて出な...思い出の短編小説『人生とんぼ玉』
〇「梅雨時に台風かよ」「ご隠居、まだ5月で恥ずかしいから石垣島あたりで一休みして6月に上陸するつもりらしいですよ」〇「ゼレンスキーが反転攻勢に出たな」「モスクワは繰り返し無人機攻撃を受けてプーチンもオチオチしてられませんね」〇「卓球の早田ひなが大活躍してるな」「ひなひなした印象なのに中国選手を破って銅メダル獲得しましたよ」〇「錦木は千秋楽まで7連勝で9勝6敗で終えたな」「ご隠居、お見事でした。このままいけば来場所には関脇も狙えますよ」紙上『大喜利』(23)
サスペンス小説の作家として売れっ子だった有村優斗は、近ごろ雑誌社からの注文が減っていることを気にかけていた。担当の編集者にそれとなく訊いてみると、読者アンケートの分析から有村の小説が目新しさに欠けるとの評価が下されたらしい。某誌の人気作家ランキングでも、ベストスリーに入れず低迷していると聞かされた。ピーク時には寝る間もないほど依頼が殺到し、いずれ自身が小説に殺されるのではないかと覚悟をしたほどだった。しかし、さしもの人気もピークを過ぎ、いまは自分のペースで仕事をすることができた。夜型の彼は夕方の五時ごろ起き出し、朝方の七時に寝床に付くという生活を繰り返していた。望み通りに十分な睡眠時間が取れ、食事も散歩も意のままになったのだから、昔の奴隷のような生活と較べれば楽なものだった。健康のためにも、仕事量が減った...思い出の短編小説『ウィスパーボイス』
〇「どうだ、錦木はほんとに覚醒しただろう」「ご隠居、すごいですよ。若元春を寄り切ってから4連勝で7勝6敗と勝ち越し目前です」〇「このところ地震が続いているが大丈夫か」「能登から始まってトカラ列島、千葉南部、伊豆諸島など震度6~5が続いていますね」〇「ワグネルの創設者ブリゴジンはプーチンの料理人と言われているが本当か」「レストラン経営のほか人間の料理もやってるわけだ」新企画『ととのいました』(19)
2年前に当ブログで異様に成長した<木のような草>を紹介したことがある。正体がわからないのでお尋ねしたら、さっそく『一年生のブログ』さんが画像検索してオオブタクサという外来種の雑草ではないかと教えてくれた。オオブタクサ(画像は2921年9月撮影のオオブタクサ)2年前の5月頃ヤツデのような形の幼草を見てどんな植物になるのか観察していたら、9月には手の付けにはような怪物になってしまった。4か月後には花穂にたくさんの実をつけたのを見て(これはヤバイ)と伐採にかかったのだが、時すてに遅し・・・・去年も今年も飛び散った種がしぶとく生き延びていたのである。見つけるたびに引き抜いて処分し、もうないだろうと思っているとまだ残っている。今年の幼草2年前に「一年生のブログ」さんから送られてきた画像検索のURL(https://...木のような草『オオブタクサ』の繁殖力
〇「おい、錦木が覚醒したぞ」「ええ、大関の貴景勝を横綱相撲で寄り切るなど覚醒しましたね」〇「大谷の6勝目はお預けだな、1失点で勝敗つかずとは残念」「ご隠居、わかります。早い回に援護がほしかったですね」〇「広島サミットも終わったな」「まさか対面の会議には出れんと思っていたゼレンスキーさん来ちゃいましたね」紙上『大喜利』(22)
少年たちにとって、マツ子の存在は眩しすぎるものだった。好奇心を最大に膨らませながら、戸惑い、戸惑いの後に排斥のポーズをとった。学校が終わって家に帰るマツ子を追って、男子生徒たちは後方から囃し立てた。「メンス、オンス、メンス、オンス」二組に分かれて、単純な掛け合いを繰り返すだけなのだが、しばらくすると皆気が滅入ったようになって、声が小さくなった。喜市も、将太や三郎とともに村はずれの雑木林まで付いて行き、マツ子が振り返って駆け出すのを見送ったあと、それが目的だったようにクヌギの大木に近づいて、虫が舐めた樹液の跡を確認する。木肌に残る茶色のおがくずが、夜通し働いた昆虫たちの宴のあとだった。虫や動物に対する喜市の執着は、彼の生命の源でつながっていた。近くの枝に、まだカミキリムシが隠れていないか、足下の草むらにウマ...思い出の短編小説『狂犬のいた坂道』(3)
日が傾きかける頃、喜市は川漁師の父と連れ立って、カエル獲りに出かけた。ライギョの生餌にするため、こぶりの青蛙が必要なのだ。沼に続く湿地には、蛙だけでも何種類も生息している。ニホンアマガエル、ニホンアカガエル、トノサマガエルに、食用蛙とも呼ぶウシガエルもいる。そのあたりには、他に蛇や蜥蜴もいる。草の実や稲穂が間近にあるから、鼠も隠れている。だが、川漁師の目的は蛙だけである。そのカエル獲りには、喜市が欠かせない存在なのだ。名人喜市は、濡れた草むらを中腰で進む。人の気配に驚いた蛙が、あちこちからピョンピョン飛び出す。その瞬間、喜市もまた蛙のように地面を跳び、着地したばかりの生餌を手で押える。捕らえた蛙は、竹で編んだ平たい魚籠に入れる。蓋を閉じ、次の獲物を狙って、再び忍び足で前に進む。追っ手の気配に怯えた蛙が草陰...思い出の短編小説『狂犬のいた坂道』(2)
5月5日はこどもの日、行事的には端午の節句ということになる。みなさんのブログを拝見していても、この日の前後には鯉のぼりが泳ぐ雄々しい画像がたくさん登場していた。関東北部のある地方では毎年ジャンボ鯉のぼりが話題になる催しがあり、ブロ友さんとNHKのニュースで同時配信していたので大いに興味をそそられた。それにくらべるといささかショボい話で恐縮だが、我が家でも孫の節句を祝ってベランダ用の鯉のぼりを購入し昨日まで泳がしていた。実はこどもの日と誕生日が近いので取り付けたままにしていたのだが、昨日やっと晴れたので取り外しの作業をした次第である。しかし、この間よく雨が降ったよね。鯉のぼり自体はナイロン製だから濡れてもすぐ乾くのだが、かなりの風がなけtれば泳がない。それでも上部に取り付けた矢車と金飾りがクルクル回るのを見...端午の節句は終わったが
喜市は、夏が一番好きだ。川漁師の父親とともに、近くの沼で雑魚や小海老を採り、また、さまざまの仕掛けを使ってライギョやウナギを獲る。きらめく夏の日々は、喜市にとってわくわくする時間の連続であった。昭和二十年代の半ば、喜市が小学五年生になった頃のことである。沼の北西で、事件が起こった。それは新聞に載るほどの出来事ではなかったが、ふだん平穏な生活に慣れている村人に、めったに無い話題を提供した。とりわけ子供たちは、興奮のために夜寝つきが悪くなった。その事件は、彼らの村から林の中を通って沼に至る坂道の途中で起こった。一人の中学生が狂犬に遭遇し、勇敢にも犬を撲殺したのである。犬は灰色の中型犬で、口から涎を流していたという。目は黄色に濁り、坂の上からまっすぐに中学生に向かってきた。中学生は道端に転がっていた棒切れを拾い...思い出の短編小説『狂犬のいた坂道』(1)
〇「ひきこもり」治療とかけて「不親切な役所」とときますそのこころは「窓があるのに(心の)窓が開かない」でしょう〇「生成AI」とかけて「いのしし」とときますそのこころは「暴走すると手に負えない」でしょう〇「村上春樹」のノーベル賞とかけて「大勲位」とときますそのこころは政治が優先されるが「文学としては最高レベル」でしょう新企画『ととのいました』(18)
素封家の新座右衛門には、なかなか跡取り息子ができなかった。二十歳の時に嫁に来た最初の妻は、五年間生活を共にしたが子ができずに離縁した。二度目の嫁も、妊娠はするのだが五か月目を待たずに流産し、二度三度と失敗して自ら実家に出戻った。新座右衛門に子種があることは明らかだから、すべては女の側の問題として片付けられた。三度目の嫁にも子ができないと分かった時、三十五歳を超えて焦りの見える当主は、飼い猫のタマに疑いを持った。人づてに、猫が好きな女は子ができにくいと聞かされたからだ。タマはもともとこの家で飼われている三毛猫だ。最初の結婚のときから新座右衛門の家にいたから、猫好きの嫁が連れて来たというわけではない。それでいて嫁が猫好きに見えるのは、いつの間にかタマがすり寄って甘えるようになるからである。タマには人の心を蕩か...思い出の短編小説『猫』
〇「ウクライナの反転攻勢はいつ始まるんだ?」「ワグネルの創始者ブリゴジンによればもう始まっているらしいですよ」〇「そういえば、クレムリンへの無人機攻撃もその一つと言ってたな」「レーダーをかいくぐって良く上空まで近づけましたね」〇「一説ではワグネルがロシア国内から飛ばしたんじゃないかと・・・・」「ブリゴジンは武器・弾薬の不足でプーチンや国防省を激しく非難していましたからね」紙上『大喜利』(21)
画像は(季節の花300)より赤い薔薇クリーム色の薔薇並んで咲いて共に美しいこの美しさは薔薇だけに授けられた気品もてはやされながら高ぶることのない矜持赤い薔薇には赤い薔薇の気品クリーム色の薔薇にはクリーム色の薔薇の矜持並んで咲きながら互いに邪魔しない紅い薔薇にもクリーム色の薔薇にも犯しがたい美しさ5月の抜けるような青い空の下競うでもなく誇るでもなく二つの薔薇が咲いているポエム355『薔薇の矜持』