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古希からの田舎暮らし https://blog.goo.ne.jp/hatake400

神戸の街から三木市に移住して田舎暮らしをはじめた古希のじいさんばあさんの日常を紹介します。

1 田んぼを借りて家庭菜園をたのしむ。400坪と大きめの菜園ですが、落花生やゴマ、コンニャクなども有機無農薬でつくっています。 2 見ず知らずの地域にとけ込む。……老人会などを通して村にとけ込んでいく様子を紹介します。 3 裏山の竹薮を開拓する。竹を切り倒し、里山復活を目ざします。夫婦でたのしみながら挑戦しています。

うらのやぶのおじいさん
フォロー
住所
三木市
出身
倉吉市
ブログ村参加

2010/02/26

1件〜100件

  • 〈切り株〉を掘り起こしました。

    夕方になってから思い立って、イチジクの切り株を掘り起こしました。先日、道子さんが畑の道路沿いに植えていたイチジクを伐りました。すごい勢いで四方八方に枝をのばしていたイチジクでした。丸い30センチのプランターに植えてあったのが、鉢の底から根を出し、幹は太くなって鉢が裂けてしまい、根は畑の真ん中あたりまで伸びています。切った幹や枝は裏山のほうに捨てて、切り株だけになりました。しかし、切り株からはもう10個以上の芽が出ています。みるみる生長するでしょう。切り株をとりのぞこう。プランターの直径は30センチくらいあって、切り株はそれを裂いて太くなっています。ツルハシで掘って、地下の部分を切るか。鉢を切って、土をくずして根を切るか。上から少しずつ切るか。思案してても仕方がないので、幹の一部をノコギリで切ってみました。...〈切り株〉を掘り起こしました。

  • 〈アルバム作り〉はしんどい作業です。

    〈認知症〉には「むかしのでき事を思い出すのがいい」といいます。ぼくらであれば〈昭和レトロ〉がいい、とか。でもそんなむかしのものは全部処分しました。〈田舎暮らし〉をはじめたとき、そこから人生を再スタートしたつもりでした。それまでのモノはすべてゼロにして。それでも過去とつながっていることを意識します。しかし、田舎暮らしをしっかり思い返そう。そのための手がかりとして〈コメント付きアルバム〉をつくろう。という気持ちでとりかかった作業です。2006年(田舎暮らしを決意し、土地を買い、家を建て、引っ越した年)/2007年(田舎の新しい家にウッドデッキをつくり、家の大工仕事をし、村になじもうとした年)/2008年(大豆畑トラスト=むーな村から、一反三畝《400坪》の畑を借りて思い切り畑仕事をしはじめた年)/2009年(...〈アルバム作り〉はしんどい作業です。

  • 3年ぶりの、我が家のBBQ

    三木の田舎で暮らすようになってから、毎年二度/三度と、ウッドデッキでBBQをしてきました。おじいさんおばあさんも、子や孫も、このBBQをたのしみにしていました。ところがコロナ騒ぎ。なんとはなしに、やめていました。このたびは「やっぱりBBQしようか」という空気になり、今日3年ぶりにやりました。まえのBBQコンロは穴があいたので買い替えました。食べてはおしゃべりして、いつものたのしいBBQになりました。孫が子どものときは暗くなってからデッキで花火をしていました。「大学生や高校生になってから線香花火でもないか」とおじいさんおばあさんは、ホームセンターで見かけても花火を買いませんでした。しかし子たち孫たちは「買ってあるかな」という気だったそうです。ちょっとだけ持参してきた花火をしました。コロナでちょっと調子がちが...3年ぶりの、我が家のBBQ

  • ゴミ・ステーションの草を燃やしました。

    昨日刈った草は乾いたでしょう。午後、草を燃やしにゴミ・ステーションに行きました。よく乾いています。レーキ(ガンジキ/サラエ/熊手)でかき集めて火をつけました。風の方向もよく、短時間で燃えました。街だと草に火をつけるわけにいきませんが、田舎では燃やしていいようです。草を刈ったあとがきれいになりました。道子さんは、ぼくが草を刈ったり燃やしたりする間に花壇の手入れをします。この村に引っ越してから、道子さんはゴミ・ステーションに小さな花壇を作りました。ゴミ収集車が止まる先のほうに。ささやかなボランティアです。この夏は、時間をかけて手を入れたので草ぼうぼうでなく、こじんまりした花壇になっています。ゴミス・テーションのブロック塀のそばには、石ころみたいな像がセメントでとめてあります。なんとなく、ずんぐりした仏さまのよ...ゴミ・ステーションの草を燃やしました。

  • 夜中に〈思い出アルバム〉をつくっています。

    山陽病院に行く日です。朝行ってみると、いつもの駐車場は満車で、離れたところに誘導されました。夏休みに入ってからPCR検査で人がいっぱい来ているとか。世間の騒ぎが伝わってきました。午後はゴミ・ステーションの〈ボランティア草刈り〉をしました。いつもの写真です。草は片づけないでこのまま干して、明日の午後集めて燃やします。草刈りから帰ってきたら5時過ぎ。前の畑の水やりをしなくちゃ。でも「行く気にならない」。「水やりに行こう」と思うけど動かない。そうか。草刈りをして体力をつかったし。あと2カ月で85歳だし。ま、水やりはいいか。よくないけど〈いい〉にしました。認知症になったときを考え、思い立ちました。〈思い出アルバム〉がいいではないか。いまのうちに写真と文章をつくっておこう。そんな作業をしていることを書きました。しか...夜中に〈思い出アルバム〉をつくっています。

  • 今日は〈焼きナスの日〉でした。

    道子さんのつくる夏野菜は、今年ことに出来がよくて、キュウリは「人にもらってもらったり」/「キュウちゃん漬けにしたり」、ナスビもオクラもトマトもよく食べています。よくとれたナスビを剪定することになり、全部とった大小のナスビを焼くことにしました。ナス焼き係はぼくです。西日のあたる田舎の風景を見ながら、大小のナスビを焼きました。焼きナスは冷凍しておけば、味噌汁に入れたり、いろいろ食べられます。それがまた、おいしい。「ナスビは焼いたらうまい」というのはだれが言い出したのか。「秋ナス」がとれるようになったら、また焼きナスだな。長らくBBQをしていません。BBQをする場所には恵まれています。ウッドデッキで田舎の景色を見ながらやってもい。裏山の花見デッキかお休み処で緑にかこまれてやってもいい。たき火場で、炭火で、野菜と...今日は〈焼きナスの日〉でした。

  • 予約の歯医者さんにちゃんと行きました。

    予約を変更してもらった歯医者さんに、今日はちゃんと行きました。次の予約を忘れないように、カレンダーに書き込みます。カレンダーは毎日見るようにしているのですが、数日前にメモをドアに貼るつもりです。旧〈豊地農協〉の前には「8月10日からブドウを発売します」と掲示が出て、テントが張ってあります。三木のブドウ・シーズンのはじまりです。兵庫県のブドウ生産では三木市が一番だそうです。人に送ったり、自分が味わったり、これから9月のおわりまでたのしめます。三木は〈いいところ〉ですなー。認知症予防のために「一年ごとに写真40枚にコメントをつけてファイルにする」と計画を立てて、インクジェット紙にプリントしているのですが、手はじめに2009年のファイルを作ってみました。2分冊になりました。一年間の写真の中から40枚を選んでプリ...予約の歯医者さんにちゃんと行きました。

  • 植えた樹木の剪定をしています。

    「樹木の剪定は冬がいいといいますけど、8月もいいんですよ」と〈おさるさんのお父さん〉にきいたことがありました。ネットでチェックしたら8月というか夏の剪定は〈軽剪定〉がいいそうです。でもぼくはかなり重剪定をしています。「ええんかなあ」と思いながら。樹は30本超植えています。植えたのは小さい苗木でした。ひたすら「竹藪に負けるな。根を張れ。枯れるなよ。高く、太く、なれよ」と願っていました。その樹を剪定する。そんな日が来ることを考えていませんでした。ところが、先日、オオデマリ、コブシ、友禅欅、の太い枝を切ったら、なんと!スッキリ見えます。苗木を植えてもう15年近くなるのだから、剪定してもいい頃です。今日は萌ちゃん一家がしばらくぶりに、顔見せに来てくれました。長くならないようお茶だけで帰りました。今日も焼き芋をしま...植えた樹木の剪定をしています。

  • 真夏の/たき火/焼き芋!

    電撃殺虫器(誘蛾灯)を設置するまでは、裏山に『山繭蛾』が生きていることを、知りませんでした。クヌギやコナラの樹木があるとその葉を食べて繭をつくるそうです。山繭の繭でつむいだ糸は特別上等ですって。今朝、電撃殺虫器の前の床に、山繭がとまっていました。山繭蛾の成虫は口が退化して、何も食べないそうです。だから成虫は長く生きられません。見つけても、飼うこともできません。先日スーパーに買い物に行ったとき、サツマイモを買ってしまいました。〈真夏のたき火で焼き芋〉もいいかも。今日は早速たき火をして焼き芋をしました。外はどうせ暑いのです。少々熱くなっても汗かくだけ。たき火もいやな気分ではありません。燃やすモノはあるし、汗かきながら1時間たき火のお守りをしました。そして焼き芋はやっぱりおいしいです。また、たき火/焼き芋/をや...真夏の/たき火/焼き芋!

  • 歯医者さんの〈思いやり〉に感謝です。

    8月2日は歯医者さんの予約日で、カレンダーに記入してシールを貼っています。ところが何に気をとられたのか、二人とも完全に忘れていました。5日の今朝になってからカレンダーを見て、予約日をパスしてしまったことに気づきました。「カレンダーに書いてたのに、どうして忘れたんだろう」/「忘れたことに今朝まで気づかなかった」/「メモにして貼るのを忘れたらおしまい」/「仕方がない。電話で日を決めてもらってメモを貼ろう」……電話して「今日の3時30分に来てください」と予約を入れてもらいました。道子さんはすぐにB5版の紙にマジックで大きくメモして、ドアに貼りました。昼ごはんを食べて、歯を磨いて、行く用意をして、待機していました。家を出る3時が近づいてきた頃、空が暗くなり、雨が降り出しました。しとしと降りでなく、雷が鳴り、土砂降...歯医者さんの〈思いやり〉に感謝です。

  • 床の「ワックスがけ」をしました。

    昨日雨が降ったので今日は/畑/花壇/裏山/プランター/の〈水やり〉から解放されます。なんとなく朝からいい気分です。床の〈ワックスがけ〉をいつやったか。〈おぼえ〉がありません。ここ2年間はやってない気がします。今日は、床を水拭きしたらすぐ乾くし、〈ワックスがけ日和〉です。リビング・ダイニングの食卓やイスを全部向こうの部屋に移動して、モップで床を二度拭きして、ワックスをかけました。「ワックスをかけたらどんな感じになるか」忘れてましたが、夜になって床を見て「やっぱりちがう」。感じがいい。そんな手間でもないし、いまならまだ二人の体力で、ワックスをかけられます。半年に一回くらいやろうかな。今日、ぼくは外仕事をしませんでした。昨日、スーパーに買い物に出掛けて、ぼくはコーヒー(UCCのタンザニアAA=飲みやすい味です)...床の「ワックスがけ」をしました。

  • 大阪なおみが一回戦を勝ちあがりました。

    女子のプロテニスの試合は、DAZNでしか見られません。(グランドスラムは別です)だから月3000円払ってDAZNが見られるようにしています。ところが全仏オープンの前から大阪なおみの試合がなくなりました。(負けたから)あれから三カ月近く〈じっと我慢の子〉していました。今日は久しぶりに「勝った試合」を見ました。やっぱりいいですねえ。試合は3セットにもつれ込みましたが、長い試合をやることは必要です。試合することで調子が出てくるし、感覚がもどってきます。さて、2回戦はガウフと対戦します。ガウフは今年の全仏オープンで準優勝しました。(決勝戦で負けた)いま強い、若い選手です。ガウフに勝てば「大阪なおみの力が戻ってきた」と認められるでしょう。勝ってほしい!今日はもう一ついいことがありました。夕方、道子さんにいわれて、ナ...大阪なおみが一回戦を勝ちあがりました。

  • 二つのイスにすわります。

    パソコンや読書で姿勢よくすわるように、スタイル・ドクター・チェアにキャスターをつけました。でも2時間も3時間もすわりつづけると、しんどくなります。ときどき事務用イスにもすわりたくなる。そこで写真のように二つのイスを並べることにしました。窓に面したぼくの机は自作です。幅50センチ長さ2メートルあります。電気スタンドは二つ置いています。左右のイスを入れ替えることもできます。夜中に起きて、本を読んだり、パソコンを見たりしますが、そのときの体調によってすわることにします。黒い屋根はバード・フィーダーです。そのうえにかぶさるように生えているのが栗の木です。今年は栗がいっぱい実をつけそうです。栗にムシがついたりしてイガが落ちてしまいますが、今年は落ちるイガがありません。ムシがついてないようです。実はバード・フィーダー...二つのイスにすわります。

  • 〈畝間潅水〉をします。

    「今日は疲れてるから〈水やり〉パスするか」と夕方まで思っていましたが、それにしてもカンカン照り。あつい太陽の光線。「このカンカン照りで水なしは酷やな」と夕方水やりをしました。まえの畑は、向こう側に傾いています。こちらから畝間に水を流すと向こうにたまります。水道で水やりしますから〈流しっ放し〉というわけにはいきません。左が落花生の畝、右が大豆です。畝間に少し水がたまっています。大豆/黒豆/金胡麻/落花生/夏野菜など菜園はいま花の時季です。花のときは水分が必要です。畝間潅水でなんとか。植物の根はぼくらが思うより伸びてますし。水やりが毎日です。きびしいです。夕立ちに期待しているのですけど。加瀬俊一の『ワイマールの落日』を読んでいます。ヒトラーが登場するまえのドイツの様子がわかります。ドイツがあのように流れていっ...〈畝間潅水〉をします。

  • 『ワイマールの落日』に難渋しています。

    加瀬俊一の『評伝ヒトラー』は10回以上読んだでしょうか。彼は外交官として、ヒトラー/ゲーリング/ゲッベルス/リッペントロップ/チャーチル/チェンバレン/などに直接会っており、その印象を書いています。学者や評論家があとで書いた歴史の本と、ちょっとちがいます。おもしろい。それに「ドイツの民衆は、なぜ、あのヒトラーに熱狂したのか」という思いで、ヒトラー関係の本や映画、テレビ番組はよく見てきました。映画を見ると、群衆は「ハイル・ヒトラー!」と叫んで手を挙げる。その指先がピーンと伸びてる。声の限り叫んでる。理路整然とモノゴトを考えるドイツ人のあの熱狂は、強制されたものでなく、あの指先に全身全霊がこめられている。なぜそんなことがドイツ人のこころに起こったのか。ぼくは、45歳くらいからヒトラーや周辺の人たちの本を読んだ...『ワイマールの落日』に難渋しています。

  • 筋力が落ちたので、いろいろ工夫しています。

    台とキャスターをつけた『スタイル・ドクター・チェア』にすわってパソコンに向かいます。このイスにすわると腰(お尻)が落ちこむので立ち上がるときに、グッと前かがみになります。昨日の夜中に、立ち上がろうと前かがみになったとき、キャスターをつけたイスが前に傾いてゴロッと後ろに。床に尻もちをついてしまいました。「床に尻もちをつく」は、ぼくにとっては結構「オオゴト」です。立ち上がれない。床に手をついてもダメ。最近、蕎麦屋さんで畳の席になったことがあります。座卓に手をついて立ち上がろうとしたけどダメでした。もっと高い手がかりがないと立ち上がれない。結局靴をはくところまでいざっていき、靴をはいて立ち上がりました。昨日も立ち上がるのに時間と労力がかかりました。このイスにキャスターをつけたのはまちがいだったか。イスが前に倒れ...筋力が落ちたので、いろいろ工夫しています。

  • 『スタイル・ドクター・チェア』で机に向かいます。

    『スタイル・ドクター・チェア』は姿勢のよくなるイスです。高価ですけど。「赤いイスを瞑想用チェアにしよう」と先日からすわっています。で、気になるのが夜中のイスです。パソコンに向かったり机で本を読んだりするとき、キャスターのついた事務用イスにすわっています。いまのイスでもう8年ほどになるか。現在も、ほぼ毎日、夜中に2,3,4時間くらいすわります。このごろ、自分の姿勢が気になります。背骨を支える筋肉が弱ってきたのか、背中を曲げるほうがらくな気がします。深くすわって、直角を意識して背もたれにもたれる。それがしんどいのです。浅くすわって、背中をまげて、だらーんとした感じになるのがらくです。腰や背中のまがったおじいさんになる。仕方のないことですが、できればよい姿勢でいたい。そこで赤いイス(スタイル・ドクター・チェア)...『スタイル・ドクター・チェア』で机に向かいます。

  • マイカ線(ハウスバンド)を張りました。

    大豆や黒豆がぐんぐん生長して、横に枝を張るようになりました。葉っぱが大きくなり、枝が重みで「つけね」がさけてしまいます。鉄筋の杭を打ち込んであるので、マイカ線(ハウスバンド)を二段に張りました。腰をかがめて、しんどい作業でした。丹波篠山は黒豆の名産地ですが、ていねいにつくる方はこのようにマイカ線で囲います。我が家はそれを真似て、ずっとハウスバンドを張っています。下の畑で作っていたときは、竹の杭を140本も作って、畝の両側に打ち込んで、マイカ線を張っていました。それを考えると、いまはささやかな作業です。むかしは元気があったんやなあ。「むかし」といっても77歳のころだけど。マイカ線(ハウスバンド)を張りました。

  • 「いいねえ、このイス」

    配達予定日の今日の朝、イスが届きました。若者が二人でやってきて、段ボール箱から取り出し、部屋に持ち込んで組み立ててくれました。ぴったりの〈すわり心地〉です。「おじいちゃん、どうしてる?」/「あのイスでテレビ見てるよ」/「ちょっと呼んで。老人会のお客さん」/「はーい」/「なんか息してないみたい」/「あら、そう?」……で大往生。そういうドラマに〈申し分のないステージ〉ができました。めでたしめでたし。ところで、このイス、配達料が2000円・組立て料が2000円。「軽トラで取りに来て自分で組み立てる」とぼくは言いましたが、お店の方が「ちょっと手間ですし、段ボールのゴミも出るし、やりますよ」。道子さんが「お願いしましょ」。「老いては〈若い店員〉や〈妻〉にしたがえ、か」と了承したのですが、今日見てたらバカみたいに簡単...「いいねえ、このイス」

  • 鉄筋の杭にハウスバンド(マイカ線)を張ります。

    去年は畝の両端は鉄筋の杭、途中は竹を割った杭にしました。しかし竹は打ち込んだり抜いたりするのがしんどい。鉄筋の杭は打ち込みやすく抜きやすい。大豆/黒豆/を支えるマイカ線(ハウスバンド)は全部鉄筋の杭に張ることにしました。鉄筋の切断は去年まで10センチのディスクグラインダーでやっていました。万力で鉄筋を固定して、切断します。4メートル5本の鉄筋を1メートルに切るのですから15回切断。去年単管パイプを切るときに電動丸鋸を使いました。ディスクグラインダーより簡単に切れました。あれから電動丸鋸を使うことをおぼえて、このたびも鉄筋を丸鋸で切ることにしました。まず歯を金属用に替えます。鉄筋15回切断は実に簡単でした。これから単管パイプや鉄筋は丸鋸で切ることにします。高速カッターを買うほどでもないし。鉄筋の杭を曲げてい...鉄筋の杭にハウスバンド(マイカ線)を張ります。

  • 運転と認知症

    週刊誌から引用します。「今のシニアは車を持つことがステータスで運転が趣味という世代。免許返納は彼らの生きがいを奪い、行動意欲が低下してかえって認知症リスクが高まります。逆に、運転のような高度な認知機能を必要とする行動を続けることは、認知症予防につながります。高齢者が車を運転すること自体が認知症を防ぐのです」日本認知症予防学会理事長で認知症診断・予防の第一人者である浦上医師、談。この医師が「85歳になるおじいさんも想定して発言したかどうか」わかりません。「70歳代の人」「80歳代前半までの人」を想定しているような気がしますけど。あと2カ月で85歳になるおじいさんの「ひがみ」でしょうか。田舎は交通量が少ない。朝夕の通勤時間帯には車に乗らないようにする。ほとんど歩行者のない道を走る。歩行者があれば徐行する。後ろ...運転と認知症

  • 『週刊ポスト』を読みまして …… 。

    「死ぬまで免許返納したくない!」と大見出しの新聞広告を見て、日曜日に週刊誌を買いにコンビニに走りました。ところが田舎のコンビニにはまだ着いてない。今日・月曜日に出掛けてゲットしました。で、「読んでどう思ったか?」……当たり前のことが書いてありました。極端な身勝手の書き方は一切ありません。そして、ぼくは「運転免許を返上したくない」と思いました。一番の理由は「もう運転できないと思うと、自分の機動力が落ちて、認知症になるのが早くなる」です。「人間」は、というか「生きもの」は、自分の能力をいっぱいにつかって、生きようとします。車という便利なものを自由につかって生きてきた。それを封じると、自分のなかのなにかがひずむ。こんな話を聞きました。「90歳になるおじいさんが村の中を軽トラを運転して走る。危ない。村の人みんなで...『週刊ポスト』を読みまして……。

  • 24日は『愛宕さん』にお参りします。

    14日には祇園さんにお参りしました。雨のあとで山道はすべりやすく、上の祠までは登りませんでした。今日24日は、夕方山頂の祠まで登ってお参りしました。竹の杖を持っていき、正解でした。きつい坂のところも慎重に杖をついて登ることができました。拝んでから下でおしゃべりしました。14日と同じ顔ぶれで、のどかなおしゃべりになりました。夕方、とりとめのない〈おしゃべり〉をする。なんでもないけど、いい。今日は仕事は一切しませんでした。理由はありません。一昨日の疲れがいまごろ出てきたのか。とにかく「やる気がまったく出ない」ので、漢字ナンクロをしたり、本を読んだり、アルバム用の写真をパソコンでプリントしたり。電動ウォーカー(30分)もやりませんでした。なぜしなかったか。わかりません。こんな日もあります。24日は『愛宕さん』にお参りします。

  • 時代劇はやっぱり池波正太郎ですな。

    我が家のテレビは『時代劇専門チャンネル』を観れるようにしています。よく観るのは池波正太郎の『剣客商売』(藤田まことが〈秋山小平〉を演じるのが一番)/『鬼平犯科帳』(中村吉右衛門が〈長谷川平蔵〉を演じるのが一番)です。図書館で借りる本に、『剣客商売』『鬼平犯科帳』の文庫本を1、2冊入れています。読むか読まないかわかりませんが、池波正太郎の小説があると「なんとなくいい」感じです。そして気が向いたら読む。藤沢周平の作品は文庫本でよく買いましたが、ぼくが池波正太郎にとりつくようになったのは、田舎暮らしをはじめてからです。80歳くらいから読むようになったかな。本は一切買いません。今日は東条図書館に本を返しに行きましたが、その前に買い物をしました。ぼくは先に車に戻り、道子さんが買い物をするのを待ちました。手持ちぶさた...時代劇はやっぱり池波正太郎ですな。

  • おじいさん・おばあさんは、前庭で「大働き」しました。

    道子さんに、「イチジクの樹を伐ってほしい」といわれていたので、今日伐ることにしました。道子さんの話では「イチジクがどんどん太くなり、鉢植えの鉢は裂けるし、根は畑の半分くらいまで広がっている」というのです。切り株を見てください。太い幹が道路のほうにも畑のほうにも伸びています。それを全部切ってしまいました。切った枝葉が山ほどになります。イチジクは前の畑に植えてあります。イチゴ・ネットハウスで順調に生長しています。ここならヒヨドリなどにつつかれる心配はありません。これだけあれば十分です。次に切ったのはベニカナメです。お隣りとの境には、10年ほど前にベニカナメを植えています。50センチ間隔で16本。これが毎年勢いよく生長して、立派な垣根になりました。あまり背が高くなると畑の野菜に陽が当たりにくくなるので、毎年伸び...おじいさん・おばあさんは、前庭で「大働き」しました。

  • 散髪/大豆の土寄せ/をしました。

    昭和40年代、ぼくの30代の頃は、若者が長髪にするのが流行っていました。「ぼくも長髪にしてみよう」と伸ばしかけたときがあります。しかし髪が伸びて耳にかかると「耳が熱をもつ」感じです。やっぱり佐田啓二みたいなのがいい。一ヶ月で散髪するようになりました。いまも一ヶ月前後で散髪します。今日は散髪しました。まだ「これがいい」という遺影は撮れていませんが、散髪してすぐがいい。また明日にでも撮ってみます。午後は畑仕事をちょっとしました。〇大豆の〈土寄せ〉大豆がしっかり伸びてきました。8月になると花が咲きます。土寄せはいまがいい。両側から土を寄せました。手前に鉄筋の棒が二本立っていますが、これはマイカ線で倒れないように囲うための棒です。もうマイカ線を張ってもいいかな。「二段張り」にします。棒は全部1メートルの鉄筋にしま...散髪/大豆の土寄せ/をしました。

  • 善祥寺の蓮を見ました。

    「善祥寺の蓮を見に行こう」ということになり、午後出かけました。蓮は、咲いて、散った花があり、蕾がみごとです。「こしのすわった、しずかな、存在感」というか。もう10年前になるでしょうか。善祥寺の和尚さんに蓮の根をもらい、我が家でも花を咲かせました。「2,3年は咲いた」と思うのですが、その後は葉は出ても花が咲きません。帰りは、善祥寺から三木吉川ゴルフ場のほうに走り、そこから細い山道に入ります。すると道は〈オリムピックゴルフ場〉に出て、一般道に出てきます。細川町瑞穂のほうに走り、途中で「Uターン」して南畑を通って帰りました。ミニミニドライブです。お昼に玄関前の駐車場を見たら、軽自動車が6台駐車しています。緑ばかりだった玄関からの眺めが、はなやいで見えます。善祥寺の蓮を見ました。

  • 『真珠湾の代償』から引用します。

    先日から読んでいた本『真珠湾の代償』(2022.5月刊/福井雄三著)から一つだけ引用します。こんなことが書いてありました。ここで一つ興味深いエピソードを紹介しよう。8月8日(昭和20年の7日後に敗戦になる)にソ連が参戦し、日本が絶体絶命の孤立無援、四面楚歌の状態になったとき、近衛(文麿総理大臣をしていた公家)は側近に次のように語ったというのだ。「もうこうなったら天皇は退位するべきですね。そうすることによって皇室を守ることができる。やはり陛下はこの戦争に責任がある。軍艦にお乗りいただいて戦死していただくのが一番よい。自決していただくのがもっとよいと思いますがね。そうすれば国民も軍も無条件降伏することに納得がいくでしょう」にわかに信じられるだろうか。これが藤原鎌足から46代目、天皇家に最も近い高貴な家柄である...『真珠湾の代償』から引用します。

  • 「これから終生すわれる」イスにします。

    昨日のブログで書いたように「野外用イスを小屋用にする」ことにして、小屋に移動しました。赤い「姿勢のよくなるイス」=「スタイル・ドクター・チェア」は瞑想用にします。プラスチックのスタイル・チェアは「読書/パソコン/漢字ナンクロ」で机に向かうときにすわるつもりでしたが、やめます。プラスチック製で固い。あれは予備用としてしまっておきます。今日は「テレビを見る/リラックスする/ためのイスを買おう」と出かけました。まずナフコでイスを見ました。角度が変わるリラックスできるイスがありました。革張りでオットマン(足をのせるイス)付きで30万円します。いい座り心地ですが、革張りというのは気に入りません。革張りは手入れに気をつかう。ニトリにまわってみました。いいのがありました。合成皮革で小じんまりした感じがいい。4万円ちょっ...「これから終生すわれる」イスにします。

  • 「イス」を買います。

    二つのイスは、どちらもテレビを見る席としてぼくが座りました。赤い、姿勢のよくなるイスは、2年超座りました。しかし高齢になって、背中が曲がりかけ、もっとゆったりできるイスに座りたくなりました。そこで買ったのが野外用のデッキチェアです。ホームセンターで座ってみると、ゆったりできる。買ってかえり、室内で使うように、下に板をつけました。このイスは一年超座っているでしょうか。ゆったりしますが、背中が曲がる気がします。毎日座ってみると、あまりリラックスしている感じがしない。ホームセンターの「BBQや野外イスのコーナー」に行ってみると、もっとゆったりできるイスがあります。買い替えようか。背中がどんどん曲がるから、まえの赤いイスにもどそうか。思案中です。道子さんは、「野外イスなんかでなく、心地のいいソファーにしなさいよ」...「イス」を買います。

  • 植物はつよい!

    日曜日に娘が山野草を摘んで、活けてくれました。「父の日のおくりもの」として。今日・土曜日に、また写真に撮ってみました。道子さんが毎日水をやり、ちょっと花を挿したりしてますが。水だけで一週間。シャンとしてます。立派です!次の写真は『ハマスゲ』です。バードフィーダーの前に台を置きました。ここは芝生が生えているところです。ところが芝生とちがう草が生えているでしょう。これが天下の『ハマスゲ』です。この草につけられた称号は『最強の雑草=ハマスゲ』です。ゴルフ場では、芝生の広場にハマスゲが生えたら「芝生を全部はがして、もう一度芝生を張りなおす」そうです。ちょっと見ると「リュウノヒゲ」のようにおだやかな存在です。「これが地面をおおっても〈みどりのじゅうたん〉みたいでいいじゃないか」。ハマスゲの実力を知らない人はそう言い...植物はつよい!

  • 「若いころは結構いろいろ動きまわっていたんだなあ」

    パソコンには2006年頃からの写真が日付順に取りこんであります。パソコンでお世話になってる方にきくと7000枚くらいあるそうです。それが時間順にパッと出るんだから「すごいなー」と感心します。さて、その中から「写真をA4の用紙に印刷して、それに感想文をつけよう」と思って写真を印刷していました。もう200枚くらいになるでしょうか。それを2006年以前/2007年/2008年/……2021年/2022年/と17冊のファイルにしようと思っています。田舎暮らしをはじめた年から、自分がしたことをファイルでふり返る。認知症になりかけたらふり返って脳が元気になる。そういうファイルをいまつくっておこう。ということで、ファイルづくりにとりかかりました。いま写真をピックアップして、印刷しています。印刷した写真を年ごとにふり分け...「若いころは結構いろいろ動きまわっていたんだなあ」

  • 7月14日は裏山の祠=〈祇園さん〉にお参りします。

    裏山の祠に、この村でいちばんよくお参りするのは〈我が家の老人二人〉です。しかし今日は雨が降りました。粘土の山道はよくすべります。手すりや階段はありません。ぼくたちは登りませんでした。今日は、当番の方が裏山に登って、代表して祠を拝んできました。一般の村人は山頂の祠を拝んだことにして、「下」で御神酒とおしゃべりをしました。ふだんは6時からですが、今日は雨の心配があり、5時から御神酒/おしゃべり/になりました。来た人は全部で6人です。(当番2人/うちの老人2人/営農リーダー格の2人)「下」というのは山道の入口の道路です。24日には同じく山頂の祠=愛宕さんにお参りする日になります。晴れていたらぼくたちも山頂の祠まで登ります。6時からですから懐中電灯をもって。図書館で小説類も借りており、「読んでみよう」と思うのです...7月14日は裏山の祠=〈祇園さん〉にお参りします。

  • サツマイモのツルを切ってしまいました。

    サツマイモのツルが盛り上がってきました。通路にはみ出して邪魔になります。「ツル返し」をすればいいけど、一方は壁なので、思うようにツル返しができません。ネットには「長く伸びたツルを切ってしまえ」とは書いてありませんが、これから何度もツル返しするのは面倒です。「よーし、ツルを剪定してしまえ」と、今日はサツマイモのツルを強剪定しました。これはツルが盛り上がってきたサツマイモの畝です。右のほうにはみ出して、畝間に根を張っています。ツルボケになりそうです。これを左の通路にツル返ししようとすると左の防草パネルが邪魔になります。一度ツルを剪定してみよう。剪定した畝です。上の写真とくらべるとスッキリした感じです。ずいぶんツルを切ってしまいましたが、もし小さいサツマイモしかできなければ、また通販でいいサイズの芋を買って焼き...サツマイモのツルを切ってしまいました。

  • 〈電動ウォーカー〉で歩きます。

    1月から「電動ウォーカーで、2キロメートルを100日歩く」と新年に決意しました。そして5月はじめまで欠かさず歩きました。ところが〈100日間ウォーク〉を達成してからほとんど歩かなくなりました。ときたま30分(2キロ)歩いても、つづきません。「このウォーク」は84歳になったぼくには、やさしくない運動です。気合いを入れないと途中でやめてしまう。「福地池周回」でもよかったのですが、歩くスピードは落ちます。道路は時速4キロのペースでは歩けない。「駅に行って電車に乗る」。そういう目的意識があれば速く歩くでしょう。「池を一周する」だとゆっくり歩いてしまう。そこで、「電動ウオーカーを時速4,2キロにセットして30分歩く」。この運動を復活します。7月11日から歩きはじめました。今日12日も歩きました。今回の目標は100日...〈電動ウォーカー〉で歩きます。

  • 新しいステージで、スズメは餌をついばんでくれるか?

    窓のすぐ前のトタンの波板屋根に、いまは粟粒をまいています。スズメたちははじめ遠慮がちでしたが、いまはよく粟をついばんでいます。観客であるぼくたちは〈かぶりつき〉の席で見ている感じです。バードフィーダーの餌入れ/芝生の地面/にも粟粒をまいていますが、スズメの群れとしての動きがもっとよく見えるようにしたい。そこでバードフィーダーの前に台を置きました。これはアルインコの電動ウォーカーを物置きに移動したときつくった台です。使わなくなったので物置きに立てかけてました。それを「スズメのステージにする」ことを思いつきました。早速粟粒をまきましたが、まだ寄りつきません。でもすぐになれるでしょう。たのしみです。庭の花畑にはいまたくさんの花が咲いています。特に目を引くのが大きな花・ハイビスカスです。熱帯の植物ですが、品種改良...新しいステージで、スズメは餌をついばんでくれるか?

  • 久しぶりの〈おしゃべり〉

    〈イチゴ摘み〉に来たり、親のところになんとなくやってきて〈おしゃべり〉することが、コロナでほとんどなくなりました。他府県や東京など離れたところに子や孫が暮らしているお宅では、顔を合わせておしゃべりすることが、なかなかできないでしょう。我が家は、娘たちが神戸と加古川に暮らしています。「行こう」と思い立ったら一時間以内に来れます。しかしコロナで足が遠のいていました。今日は久しぶりにそろい、しばし〈おしゃべり〉をたのしみました。ちゃんとマスクをして、ソーシャル・ディスタンスをとって。〈おしゃべり〉となるとおじいさんはなかなか仲間に入れません。耳は遠いし、話題についていけないし。「ぼーっ」としてても仕方がないので、ブログ・ネタの写真を撮りました。忙しくて来れなかった娘が久しぶりにやって来て、裏山で草を摘んで〈寄せ...久しぶりの〈おしゃべり〉

  • 『志染愛真ホーム』の見学会に参加しました。

    新聞の折り込みチラシに「志染愛真ホームの見学会案内」が入っていました。実はこのホームには、数度訪ねたことがあります。このホームを知った〈そのわけ〉を説明します。10年前の秋の晴れた日に、御坂神社のあたりを車で走っていたら、遠くに高い銀杏の木が見えました。11月のおわり、秋の陽に黄色の銀杏が映えています。実に立派な樹形の銀杏でした。軽自動車で銀杏の根元に行ってみようと山道を登りました。すると写真のような『志染愛真ホーム』の建物が出てきました。銀杏の樹の下で落ち葉を掃いていた女性に声をかけて、こ建物のことをうかがいました。もう90歳超のもの静かな方で、賀状をやりとりするようになり、お部屋を訪ねたこともありました。数年後お亡くなりになり、愛真ホームが遠い存在になっていました。見学会のチラシを見て、道子さんは「ぜ...『志染愛真ホーム』の見学会に参加しました。

  • 〈ウインブルドン・テニス大会〉の見方

    6月のおわりから2週間、ウインブルドン・テニス大会が行われています。日本からの/錦織圭/大阪なおみ/は出場していません。「なぜ出場しないのか」とか「試合は何日の何時からなのか」とかを一切気にしないで、夜中に起き出して、テレビ中継される試合を見ています。その見方ですが、試合が面白ければ見るし、「つまらない」と思えば途中でテレビを切るし、まったく自由です。特に「ひいき」する選手もいないし、ただぼんやり見るだけ。ドキドキハラハラしないで、心安らかに見る。むかし、ぼくは、こうだった。疲れて帰ってきて「ただぼんやりと試合を見る」「見るともなしに見る」。日本の選手が活躍するから、応援するから、試合時間を気にしたり、無理して夜中/明け方/に起きようとしたり、あれこれ気をつかうんだ。錦織圭が活躍しだした2014年くらいか...〈ウインブルドン・テニス大会〉の見方

  • 道子さんの膝は〈筋トレ〉で治します。

    ぼくは、〈あんしんクリニック〉で右膝の人工関節置換術をやってから快適に生きています。道子さんも寄る年波で膝が痛くなってます。「一度診てもらったほうがいい。手術する必要があるかも」ということで病院で診てもらいました。「レントゲンだけではわかりにくい」と先週MRI検査を受けて、今日は診断してもらいました。骨や膝関節に「特に異常はない。寄る年波のせいで多少痛みが出るかも。筋トレが効くようならはげんでください」という診断でした。道子さんは「裏山の階段登り」「スクワット」「足の筋肉トレーニング」で「痛みが軽減している/動きはじめると痛みが消える」といいます。当分筋トレにはげむことで、このまま仕事ができそうです。「膝痛は筋トレで克服します」「そうか。しばらくそれでいこう。お医者さんに診てもらったけど、一件落着だ」「記...道子さんの膝は〈筋トレ〉で治します。

  • 大豆の〈土寄せ〉をしました。

    昨日頼まれた草刈りは午前中にすませました。7月14日・24日に裏山の祇園さん/愛宕さん/にお参りするのですが、事前に参道の草刈りをします。参道入口への道を草刈りしました。草が乾いたら燃やしてもいいし、片づけてもいいです。14日までにきれいにします。午後は、大豆/黒豆/にJA鶏糞をまきました。肥料が土の下になるように、土寄せもしました。この上から雨が降れば、肥料がしみてきます。汗をぼろぼろかきながらひと仕事。大豆がしっかりしてきたら、再度土寄せをします。昨日は図書館に本を返して、次の本を借りました。その中に『昭和の名将と愚将』(文藝春秋社・新書)があります。半藤利一と保坂正康の対談です。愚将として、インパールの牟田口廉也/参謀本部の瀬島龍三、ノモンハンやほかで無茶をした服部卓四郎と辻政信、俎上にのっています...大豆の〈土寄せ〉をしました。

  • 〈焼きナス〉の季節になりました。

    道子さんに「ナスビ焼いてみない?」といわれて、例年のようにセットしました。こんな感じです。白いイスにすわって、田舎の景色や庭先の花を眺めながら、ナスビ焼いてみたい気持ちになりますでしょ。いま、家のまわりは「花盛り」です。道子さんはちょっと花を摘んで、家のあちこちに挿しています。これはトイレの手洗いタンク。仏壇横には胡蝶蘭を置いていました。二度咲きの胡蝶蘭です。しかしいまは、花を摘んで挿しています。自前で好きなようにアレンジできるのがうれしいそうです。『満州国演義』九巻を読みおわって、大仕事をした気持ちになりました。ちょっとかるい読み物を読んでみよう。鳥羽亮の時代劇を読みはじめたら、おもしろくて3時間で読んでしまいました。やっぱりそれぞれの作家に魅力があるんだなー。龍神さまに「雨を降らせてください」とお参り...〈焼きナス〉の季節になりました。

  • 雨よ、降れ!

    ウッドデッキに置いた電撃殺虫器は威力を発揮して、毎晩ムシをやっつけています。いまデッキのテーブルに置いているのですが、朝になると、デッキのテーブルがムシだらけ。毎朝掃除しなければなりません。去年はどうだったか。畑なので、電撃殺虫器のグリルにへばりついているムシの死骸を刷毛で受け皿に落としす。その受け皿を足もとの畑の土に落として、掃除はおしまいでした。そうだ。置く場所がわるいんだ。デッキの手すりから外に張り出すようにセットすればいいんだ。グリルのムシを刷毛で受け皿に落として、皿を抜いてムシを地面におとす。それだけでいい。思い立って、昼から大工仕事をちょっとやりました。こういうことをやるのは好きですねえ。簡単すぎる仕事でしたけど。でも材木を切ったりネジ釘でとめたりすると「しあわせです」。なぜか、今年は電撃殺虫...雨よ、降れ!

  • 福地池は底が見えます。

    福地池の今日の写真です。田んぼに水を張り、黒豆畑に畝間潅水し、池にはほとんど水が残っていません。田んぼは、土用の頃に〈土用干し〉して、その後また水を張ります。たくさんの水が必要です。それまでにしっかり雨が降ればいいのですが。ま、台風に「いっぱい雨を降らせてください」とお願いするか。明日は女性部で公民館を掃除します。そして10日(日)には参議院議員選挙の投票所になります。今日は事前の掃除をしました。朝、道子さんと軽トラで出かけて90分ほどボランティアしました。道子さんは玄関先の花壇の掃除。草を抜き、水やりをして、玄関先をきれいにしました。花を植えたところは地面の下のほうまで、カラカラです。しっかり水をやりました。ちょうど選挙の頃には花が咲くでしょう。ぼくは、中庭の草をナイロンコードで刈りました。垣根の植え込...福地池は底が見えます。

  • 電撃殺虫器をつけてみました。

    2019/20/21/年は前の畑に『電撃殺虫器』をセットしました。5月から10月まで。毎日たくさんのムシをとり、毎朝刷毛でムシの掃除をしました。畑の地面にムシを落として踏みつぶしました。しかし、いくらムシを電撃殺虫しても、畑の作物の被害が少なくなった実感がない。それなら「電撃殺虫器をやめてみようか」。ということで今年は5月からパスしてきました。でもあそんでいる電撃殺虫器に「出番」をつくってみよう。という気になり、家のウッドデッキにセットしました。朝になって、ムシはどうなっていたか。写真の通りです。デッキのテーブルにいっぱい群がり、電撃殺虫器の下の皿に盛り上がるようにムシが死んでいます。ヤモリやカエルはムシをねらって家のまわりにいるのですが、その食料を奪うことにならないか。彼らが食いきれないほどムシがいるか...電撃殺虫器をつけてみました。

  • 『満州国演義』全九巻を読みおわりました。

    ブログを見ると5月7日に「全九巻を読む決心をした」(船戸与一『満州国演義』)と書いています。まず第八巻を読み、一巻目から2カ月かけて全巻読みおわりました。サラッと読める本でなく、引っ掛かるところもあり、自分の意識をつよく振り向けて、読むことに没頭しました。満州国の歴史/満蒙開拓団や満蒙開拓青少年義勇軍/関東軍指揮官たちの暴走/ノモンハン事件/張作霖爆破/柳条湖事件/陸軍の統制派・皇道派の対立/太平洋戦争の推移/あの戦争をめぐるいろんな事件・人物が登場します。それは知っていることですが、小説風な書き方だったので、生々しく感じました。日本人にとって「あの満州国はどんな存在だったのか」と考えます。一部の軍部や一部の日本人が考え違いをしていたのでなく、日本人全体が「考え違い」をしていました。その土地には人間が生き...『満州国演義』全九巻を読みおわりました。

  • 〈梅雨明け宣言〉が出ましたけど。

    午前中は『満州国演義』第九巻を読みました。4000ページほど読んで、あと100ページです。実は第九巻は図書館になかったので、中古本を買ったら文庫本でした。読んだら図書館に寄付します。つらい、きびしい、記述なので、どんどん読みすすむことはできません。気をまぎらそうと「漢字ナンクロ」をちょっとやったり、パソコンの〈youtube〉で音楽をきいたり、また本に戻って読んだりします。午後は外仕事をしました。まず、バードフィーダー下の草刈りをしました。スズメの餌・粟粒は下の地面に撒きます。草が伸びているとスズメが粟をさがしにくいだろう。粟が見やすいように芝生の地面を短く刈りました。いまは「スズメたちと、ときどき鳩一羽」ですが、12月になるとシロハラ/アオジ/がかえってくるでしょう。玄関先の草原は村の共有地です。毎年、...〈梅雨明け宣言〉が出ましたけど。

  • 『満州国演義』からは〈この引用〉でおしまいにします。

    『満州国演義』第九巻には、引用したいところが山ほどあります。生活に追いつめられ、悩んで、決断して、日本をはなれ、/開拓民/開拓少年/開拓花嫁/として満州に渡った人たちが、逃げまどい、集団自決し、飢え、病気になり、ソ連軍におびえ、厳冬の収容施設で命をおとす。なぜそうなったのか。そこにいたる経過を引用したい。しかしパスして、〈瀬島龍三〉に関する引用で最後にします。「ヤルタ会談で、スターリンとルーズベルトのあいだで交わされた秘密協定だ。その協定とはドイツ降伏後にソ連が連合国の一員として対日参戦するということらしい。その暗号電報が握り潰された」「だ、だれにです?」/「これも噂でしかなく事実のほどは不明なんだが、少佐時代に台湾沖航空戦勝利が誤報だったという電報を握り潰した大本営参謀の瀬島龍三中佐」「それがもし事実と...『満州国演義』からは〈この引用〉でおしまいにします。

  • 道子さんは今年も「金胡麻」を作ります。

    日本では胡麻は絶滅危惧種みたいに言われています。作っている人はほんとに少ない。三木の近郷で作っていた人も、作るのをやめたようです。三木に引っ越してきた頃は、西中の菜園/東条・とどろき温泉の裏/で胡麻を作っている人を見かけました。しかしここ数年、胡麻を見かけることがなくなりました。西脇に胡麻を作っている人があるそうです。西脇は「日本のへそ」になるそうで、「へそ胡麻」というふれこみです。あまり飛びつくような話でありませんけど。「へそのゴマ」というのはほんとは「垢」ですし。道子さんは今年も金胡麻を一うね播きました。ところが毎日水やりしますが、芽が出ない。おかしい。とうとう「今年は胡麻を作るのをやめようか」と言い出しました。「大豆畑トラスト」の頃から、もう20年、必ず毎年作っていたのに。美嚢園芸で話したら「ポット...道子さんは今年も「金胡麻」を作ります。

  • 「軍部中枢の内幕」が暴露されています。

    いま読んでいる『満州国演義』第九巻では、陸軍中枢部の内幕が暴露されています。フィリピンから台湾に逃亡した富永恭次第四航空司令官をさんざんこきおろしています。引用します。「(特攻はひどいから)何とか第四航空軍の特攻作戦を中止するように大本営陸軍部に働きかけてもらいたいと頼むつもりでした」「第四航空軍はもう特攻作戦はできませんよ」「どういう意味ですか、それは?」/「逃亡しました」/「だれがです?」/「富永恭次第四空軍司令官」/「何ですって?」/「もうじき米軍の陸上部隊がリンガエン湾に上陸し、マニラに向かって来ます。それで、昨日マニラのエチャゲ南飛行場を飛び立って台湾に向かった」/「て、敵前逃亡ですか」/「そういうことになるらしいですね、藤岡主任の話では」/「特攻隊員たちに『最後の一戦で本官も特攻する』と操縦桿...「軍部中枢の内幕」が暴露されています。

  • 大豆の苗を〈本植え〉しました。

    6月7日に豆を播きました。順調に芽が出て、苗ができました。2週間たった20日頃が〈本植え〉のときでしたが、5日間グズグズしてる間に、徒長してしまいました。今日、〈本植え〉しました。まず、鉄筋で畝に穴をあけます。30センチ間隔に千鳥植えの二条。今年は30センチにテープを貼ったヒモを用意して、片側の穴をあけ、15センチずらしてもう一列穴をあけました。穴の深さは10センチくらい。ここに苗をつっこんで、水を入れてから土寄せをします。苗を植えたところです。畝の途中に台が見えます。電撃殺虫器を設置する台です。今年は、意識して、電撃殺虫器を設置していません。ムシは殺せないのですが、誘蛾灯としてムシを呼び込んでいるところもあります。それをやめてみました。さて、裏山は〈花盛り〉です。イノシシにゆり根を食われて、道子さんが丹...大豆の苗を〈本植え〉しました。

  • 昭和陸軍の上官たち

    いま読んでいる『満州国演義』は、昭和陸軍の上官たちの愚劣さを告発しています。ぼくらの世代は子供の頃に戦争があったわけですが、戦争の話をきくと「上官たちの愚劣さにいまも腹が立ちます」。相和19年生れの作家・船戸与一は膨大な資料を駆使してこの大河小説を書き上げました。インパール作戦を強行した牟田口廉也/何の作戦もないまま特攻機に若者を追い立てた富永恭次/ノモンハンで大失敗したのにあちこちで作戦に口を出した辻政信/などを、あちこちでこき下ろしています。そのなかで、特攻隊の部分を引用します。「……神風特攻隊を崇高な行為の極致と讃えまくる。特攻を英雄視して日本精神の鑑と書く。ふざけた話だ。まったく。……第一次上海事変のときの爆弾三勇士と同じです。あれは単なる事故だったのに、捨て身の救国行為と新聞に書かせた。腹が立ち...昭和陸軍の上官たち

  • 第九巻に入りました。

    船戸与一が命をかけて書き上げた『満州国演義』第九巻に入りました。第八巻は最初に読んでいましたので、ざっと目をとおしました。サイパン島が陥落し、東条内閣が総辞職して(昭和19年7月)、本土空襲が本格化します。架空の登場人物たちにも昭和19年末から昭和20年8月にかけての「破滅にむかう空気」が迫り、目がはなせなくなりました。徹底した情報統制と「なにかモノにとりつかれたような空気」が日本全体をおおいます。どう考えてもあの空襲下で、国民が竹槍訓練をするのはおかしい。でも多くの国民が実際に訓練をした。満州ではあの時代の日本の空気を一歩引いてながめられるか。しかし開拓団の悲劇が待ち構えている。5月7日に第八巻を読みはじめてから48日、ようやく最後の巻にたどりつきました。6月7日に播いた大豆が、立派な苗になりました。植...第九巻に入りました。

  • 『満州国演義』より引用します。

    『満州国演義』第七巻を読みおわりました。とうとう大東亜戦争がはじまり、シンガポールで英国軍を降伏させたところです。いくつも心に引っ掛かることがありますが、一つだけ引用します。小説として書いてあるので前後がわかりにくいでしょうが、発言の中身を読んでください。「わが帝国陸軍は国民革命軍(支那事変で日本軍と戦う蒋介石の軍隊)も八路軍(毛沢東率いる共産軍)もいまだ制圧できない状況にある。……対米戦も覚悟しなきゃならない。支那とでさえ思うようにならないのに、アメリカと戦争して勝てると思いますか。いや、そんなことはどうでもいい。帝国陸軍が支那でこれほどの苦戦を強いられるのはなぜだと思いますか?」……「その大きな理由のひとつは徳地良純少佐のような無能な参謀が存在するからですよ。参謀だから陸大を出てる。天保銭組だ。しかし...『満州国演義』より引用します。

  • 早朝に仕事をしてよかった。

    夜中に起き出して本を読み、午前3時ごろまた就寝。昨日は裏山の芝生を草刈りしました。今日は雨になる。それまでに刈った草をかき集め、芝生の肥料としてJAの鶏糞一袋をまくつもりでした。午前5時ごろ起きてテレビの天気予報を見ると、雨が早くなり、午前中から降りそうです。芝生は〈肥料食い〉です。雨の前に撒くと、地面にしみ込んでいい。雨のあとは刈った草が地面にへばりつく。雨の前に肥料を撒きたい。早い時間でしたがすぐに着替えて、竹のサラエ(目の細かい熊手)で草をかき集め、鶏糞を撒いて、サラエで散らしました。1時間作業して汗びっしょり。シャワー。6時30分からのスワイショーはいつも通りにやって朝食。雨が降りはじめました。早朝に仕事をしてよかった。夕方「ブログを書こう」と外に出て写真を撮りました。鶏糞を撒いた芝生です。栗の花...早朝に仕事をしてよかった。

  • 焼き芋/草刈り/の一日でした。

    新しいダッチオープンで焼き芋をしました。まえのオーブンなら〈紅はるか〉3つの大きさでしたが、新しいオーブンでは5つ入りました。いつものように1時間のたき火でおいしく焼けました。あと5つ残っているので明日にでもするかな。もう少し先にするかな。お昼は〈紅はるか〉一個とお茶。老人にはちょうどいい昼食でした。午後は草刈りをしました。バッテリー式ですから、草刈り機が軽い。先日、まえの草刈り機(エンジン式)を廃品回収に出しましたが、久しぶりにあの機械を持ってみて、「ずいぶん重さがちがうなあ」実感しました。足もとが不安定になる80代のおじいさんには、軽い草刈り機がいい。バッテリー式の「バッテリー」は4つもってます。はじめマキタの草刈り機に付いているバッテリーは2個です。ハイパワーにして15分刈れます。ちょっと短い。2個...焼き芋/草刈り/の一日でした。

  • 新しい〈ダッチオーブン〉をシーズニングしました。

    夜中に「シーズニングのやり方」をネットで調べ、〈ワード〉でメモにまとめました。それを印刷・ラミネートして、シーズニングをきちんとやってみようと思います。今朝はまず買い物に出ました。耐熱手袋/キッチン・ペーパー/亀の子たわし/焼き芋用小石/などを買い、オリーブ・オイルやトングとともに裏山のテーブルにセットしたところです。まえのダッチオーブンは20年以上まえにホームセンターで買いました。〈シーズニングする〉なんて知りませんでした。よそに出かけて「BBQする」ことはもうありません。裏山で焼き芋をするだけです。でも「シーズニングを体験してみたい」と用意しました。シーズニングは思ったより時間がかかりました。はじめに水を張って40度にする。食器洗剤で亀の子タワシをつかって洗う。このあたりは順調にすすんだのですが、〈火...新しい〈ダッチオーブン〉をシーズニングしました。

  • 『故郷の廃家』はこんな家だったか

    エンジン式の草刈り機は、エンジンがかかりにくい。重い。一反三畝の畑(田んぼ)は4年前に返したので土手の草刈りはありません。バッテリー式草刈り機を買いました。「草刈り機を引き取ります」とチラシが入ってました。廃品回収に草刈り機を出そう。お昼前に軽トラで吉川町金会に持っていきました。おにいさんが受け取ってくれました。帰り道、〈よかたん〉に寄って買い物をして、昼食は〈稜庵〉でとることにしました。駐車場はいっぱいでしたが、一つだけありました。稜庵は久しぶりです。できれば〈月一〉で行きたいのですが、3カ月ぶりかな。かわらぬ稜庵の〈ざる蕎麦〉。満足でした。軽トラで帰り道、口吉川町の村村をまわってみました。どの村も田植えがすんだところです。日本はいま「空き家が700万軒ある」と耳にしますが、写真の家を見て、思わず♩~『...『故郷の廃家』はこんな家だったか

  • ダッチオーブンを買い替えます。

    いま焼き芋につかっているダッチオーブンは、神戸市須磨区名谷に住んでいた2000年頃にホームセンターで買いました。あまりつかうことなく、戸外に置いていました。三木市で田舎暮らしをすることいなり、裏山でたき火をして、ダッチオーブンで焼き芋をするようになりました。やっとダッチオーブンの「出番」がきたのです。冬になると、たき火/焼き芋/で重宝していました。焼き芋をするには、小石の上に芋を置き、まわりにも小石をつめて蓋をします。そのとき少量の水を入れることにしています。そのほうが「しっとりする」と思います。ところが水を入れたらすぐに漏ってくる。おかしいな。長年つかっても油引きなんかしてないし、錆びて穴があいてしまったのか。焼き芋の後、小石を全部出して調べてみました。なんと、穴があいているのでなく、底が割れています。...ダッチオーブンを買い替えます。

  • 散髪して〈遺影〉を撮るリハーサルをしました。

    散髪して一ヶ月ちょっと。今日は朝から散髪してもらい、帰って〈遺影〉を撮るリハーサルをしました。天気がよくなくて、光線がたりないようですが、いくつか〈遺影を撮る心得〉に気づきました。〇カメラのレンズを見るのでなく、少し「斜め上」を見る視線がいい。〇両肩の線が、カメラに正対するのでなく、少し斜めになるのがいい。顔はカメラに向く。〇意識して胸を張る。(前かがみの年寄りポーズにならないように)〇笑顔にしたいが、無理してもそれが写ってしまう。自然な感じになるまで〈自分撮り〉をくり返す。〇10秒のセルフタイマーでたくさん撮る。自分で、納得がいくまで撮るのがいい。『満州国演義』は第七巻に入りました。ノモンハンがすみ、開拓移民がどんどん増え、大東亜戦争がはじまります。敗戦の第九巻を読みおわるまで、気合を入れないと挫折しそ...散髪して〈遺影〉を撮るリハーサルをしました。

  • 「さ、焼き芋をするぞ」

    注文していたサツマイモ(べにはるか)が届きました。この前は〈鹿児島県産・5キロで20個〉の細長い芋でした。それなりにおいしく食べました。このたびは熊本県産のずんぐりした芋です。どっしり太めで5キロ13個。見るからに「焼き芋にしたらうまそうだ」と感じます。芋が大きいのでうちのダッチオーブンでは3個がちょうどいいかな。(フタに〈10〉とあるので10インチのナベか)。焼き芋はなんといっても『紅はるか』です。甘さ/美味しさ/が群を抜いてます。『サツマイモの女王』です。たのしみだなー。ウッドデッキ前の花畑です。野菜は前の畑でつくり、道子さんはここを花畑にしています。雨がパラつくのにかがんで仕事をしています。(写真中央)いろんな花の世話をするのが彼女の〈しあわせ〉。ごくろうさんです。さきほど裏山を歩いてみたら、「植え...「さ、焼き芋をするぞ」

  • 苗立ての大豆が芽を出しました。

    6月7日にまいた大豆(サチユタカ)が芽を出しました。鳩が見たらよろこんでつつきそうな芽です。でもイチゴ・ネットハウスだから大丈夫です。2週間過ぎに植え替えます。大豆を植える畝のほうは、苦土石灰を入れて準備はできています。この畑になってから狭い畝なのに10キログラム(選別するまえ)ちかくとれています。サチユタカは木が小ぶりです。〈二条植え〉できるからだと思います。ぼくは軽トラであちこち走るのが好きです。県道20号線は幹線道路ですから交通量があり、のんびり運転できません。でもちょっと幹線道路から村のなかに入ると車も人もほとんどなし。〈田植えどき〉は農道に軽トラがよく止まっていましたが、もう田植えはおわりました。「どれどれ、この村も田植えはすんだかな」という気持ちで、田んぼの広がる口吉川町の村村を走る。口吉川町...苗立ての大豆が芽を出しました。

  • やっぱり〈紅はるか〉を買おうかな。

    〈たきぎ〉を持ってきてくださった方があり、たき火/焼き芋/をしたくなりました。しかし紅はるかはもうありません。道子さんが「ジャガイモを焼いてみたら?」というので、昼からたき火をしてダッチオーブンで焼いてみました。焼けたジャガイモはバターをつけて食べてみました。ぼくが子どもの頃は、ジャガイモを焼いて塩をつけて食べましたけど。味はどうだったか。ダメでした。ジャガイモはそれなりの味ですけど、紅はるかの焼き芋と〈しあわせ感〉が全然ちがいます。やっぱり〈紅はるか〉を注文します。今年の芋がとれる秋まで、これでおしまいにするつもりです。いま精力的に『満州国演義』を読んでいます。しかしなにかして、机に向かい、読みはじめる前に、グズグズすることがあります。読みはじめると「あの満州の時代にすっぽり入る」感じがします。書いてあ...やっぱり〈紅はるか〉を買おうかな。

  • 80代になったら気をつけること

    〇メモをするときは〈日時〉と〈機械名〉を書きとめる。ちょっと本棚を整理していたら、こんなメモが出てきました。なにか機械の操作を、忘れてもいいように書いたメモです。えーと、どんな機械/器具/のことか。しばらく思いめぐらしましたが、なにも思い浮かびません。こういうとき、80代の老人は、考えても考えても何も出てこない。「なるべくくわしくメモすること」と反省しました。〇道具やモノを何の意識もなく置いてしまう。外仕事をするときはいろんな道具をつかいます。三角鍬/ツルハシ/レーキ(さらえ)/じょれん/などの農機具類、大工道具。その道具をつかいおわると、パッと置きます。その置く場所を意識しません。無意識にパッと置いてしまう。使った道具をもう一度つかうとき、「えーと、いまつかったノコギリはどこに置いたかなー」と思案します...80代になったら気をつけること

  • ボランティアしていい気持ち

    公民館の花壇を世話していた老人会が、役員になる人がなくて、去年休会になってしまいました。そこで我が家が、村の親しい方を誘ったりして〈ささやかなお世話〉をしています。7月には選挙があるようだし、花壇の植え替えが必要です。今日は公民館まわりの〈草刈り〉と〈植え替え〉をしました。いま植え替えておくと、選挙の頃にはよく咲いてくれるでしょう。ぼくは公民館まわりの草を刈りました。テニスコートより少し大きめのゲートボール場が公民館の裏にあります。そこの草刈りは、老人会でやっていました。老人会のみなさんも農作業が忙しいので、ぼく一人で全部刈った年もあります。もう老人会で刈らなくなったので、ぼく一人で刈るようなことはしません。今日は道端だけ刈りました。かつてのゲートボール練習場は50センチ超に伸びた草原になっています。その...ボランティアしていい気持ち

  • 毎日、雀がたのしみです。

    窓ガラスの数センチ先で、雀が粟粒をついばみます。マジックミラーのお陰で、カメラをかまえても飛び立ちません。粟粒をまくと、すぐに20羽超の雀が地面や屋根に群がります。そして粟を食べつくしてしまいます。今日は朝5時50分と午後4時5分に粟粒をまきました。雀たちは〈早起き〉だし、〈早食い〉です。二人とも雀を見るのをたのしみにしています。雀たちは、ほんとに落ち着きがありません。じーっと〈もの思い〉にふけるポーズは皆無です。それがまたかわいい。これは一昨年、裏山の小さな畑のそばにつくった小屋です。そこに、垂直に置くと止まってしまう時計を置きました。平面に置くか斜めに置くか。道子さんが「畑のそばに時計があってもいいよ」というので杭を打って、斜めに時計をつけました。どうでもいい仕事ですが、こういうことをするのがうれしい...毎日、雀がたのしみです。

  • 苗立てする、大豆/黒豆/を播きました。

    6月7日。雨のあと。いい日和です。大豆/黒豆/を播きました。2年前は「真砂土だから大丈夫だろう」と土をかぶせました。ところが水をやると土が固まって、芽の出ない豆がありました。畑の土はよくなっていますが、土をかぶせるのはちょっと心配です。まずバーミキュライトをうすくかけました。そのうえに燻炭をかけました。それから水をやさしく。去年はこのやり方でいい苗になりました。今年もそれでいきます。大豆は『サチユタカ』です。大豆は270粒、黒豆は80粒播きました。植え替えは2週間後にします。バードフィーダーの下に雀たちが20羽超やってきます。マジックミラー越しに撮りました。今年は雀たちがずっと飛来してくれるのでしょうか。いましばらく、粟粒をまきます。これだけの雀が粟をついばむのですから、すぐになくなる。でも日に二度も三度...苗立てする、大豆/黒豆/を播きました。

  • 〈田植え〉がすすんでいます。

    明日・火曜日が「燃えるゴミの日」ですけど、うちの村は前日に出す家がよくあります。我が家も前日に。ゴミステーションから「大将軍神社」の森を撮りました。手前の田んぼは田植えがおわっています。昨日からの雨で水が多すぎますけど。80代ともなるとゴミステーションには二人で行きます。とにかく車で出かけるときは二人です。道子さんは、行くたびにゴミステーションの〈大日如来〉さまに花をお供えします。そのあと「どれくらい田植えができたか」と、〈マイ・トレーニング・ロード〉1200メートルを走り、県道20号線に出て、高篠から蓮華寺/馬場/東/保木/殿畑/桾原(くぬぎはら)とまわってきました。土曜日/日曜日/でかなりすすんでいます。いま我が家のまわりはいろんな花が咲いています。道子さんが世話するのは相当に手間がかかります。野草や...〈田植え〉がすすんでいます。

  • 畑の「水やり」のために

    一昨年は8月1日から31日まで雨が降りませんでした。前の畑で、毎日〈水やり〉をしました。水やりをするには、水道のホースを道を横切って引き出します。ねじれにくいので、ステンレス・ホースで水をやります。しかし自動車がたまに通るので、ステンレス・ホースがつぶれてきました。ビニールホースだったら、車が通って水がとまってもすぐに復元します。いままで、水やりのたびに道を横切ってホースを伸ばしていましたが、疲れました。できればホースは道を横切って「出したまま」にしたい。そこで今日、ホースを買って、写真のようにしました。右の〈外水栓〉から畑にホースを出したままにします。数日水やりの必要がないときは、はずして道の左側に片づけます。昨日芝生を刈りました。芝生は〈肥料食い〉です。でもしばらく肥料をやってない。雨のまえに肥料をま...畑の「水やり」のために

  • 全仏オープン女子決勝戦を見るために。

    日が長くなったので、夕食は7時過ぎに食べるようになっています。でも今日は早く食べました。まだ6時になっていません。「外が明るいからウッドデッキで食べよう」ということに。おかずとごはんとお茶をお盆にのせて持ち出しました。よく噛んで、時間をかけて、食べました。年をとると食が小さくなります。あとひと箸/もうひと口/というところで箸がとまってしまいます。無理をしない。ちょっと頑張るとあとがしんどい。80歳代になるとそれがよくわかるようになりました。ぼくらの世代は、敗戦後の飢餓の世代です。栄養失調/栄養不良/という言葉を身近に感じる世代でした。「もう腹いっぱい」というところまで食べる世代でした。それでも80歳を過ぎると、ごはんやおかずを残すことがときどきあります。さて、どうして夕食を早くしたか。全仏オープン・テニス...全仏オープン女子決勝戦を見るために。

  • 大豆は「苗立て」をしてから移植します。

    大豆/黒豆/を播くのは6月10日前後です。うちは、大豆・黒豆を苗立てしてから植え替えます。そろそろ種播き用の畝を作らねばなりません。豆を播いて、芽を出したら、双葉を鳩やヒヨドリがつつきます。だからイチゴ・ネットハウスの中に播きます。まずイチゴを全部抜きました。去年の秋〈宝交早生〉の苗を60株買って、植えました。苗たちは道子さんの世話で、イチゴを実らせてくれました。イチゴの根はビッシリ伸びています。「一粒の麦が根をはるとシベリヤ鉄道の長さになる」と手紙に書いてくれた人がありました。このブログで、まえに「胡麻の根も負けてない」と紹介しました。イチゴの根だって負けてません。植物の生きる力を感じます。竹の根は困ったものですが、裏山をみるとほかの植物が竹の根に立ち向かって、緑の森になっています。2018年に真砂土を...大豆は「苗立て」をしてから移植します。

  • 裏山は〈マイ・しあわせ・スポット〉です。

    このブログに、よく「裏山」「裏山」と書きます。しかし「山」といっても斜面ではありません。家の後ろは平らな地面です。十数メートル平らなところを歩くと、裏山の斜面にかかり、階段をつけています。その階段を55段上ると頂上です。ですから裏山の高さは十数メートルでしょう。20メートルはないと思います。たったそれだけの裏山なのに、キウイの棚があり、奥のほうには2015年につくった「花見デッキ」があり、ひょうたん型の池(ビオトープのつもり)があり、テント・ハウスがあり、バード・フィーダーがあり、シイタケ原木置き場があり、たき火場があり、いろんな植木があり、道子さんがつくったバラ園があり、芝生広場があり、花壇があり、頂上には孫たちがつくった祠があります。そんな裏山に、パラソルをさしてみました。テントハウスから撮りました。なんで...裏山は〈マイ・しあわせ・スポット〉です。

  • 有馬温泉で〈骨休め〉しました。

    道子さんは毎日よく働いてます。ぼくは、よく働いていないけど、少し働いています。道子さんの姉さんから声がかかり、有馬温泉に一泊の〈骨休め〉をしました。温泉は〈赤湯〉でよくあたたまります。食事が、食べきれないほど出ないのがうれしい。〈八寸〉の写真です。穴子のお寿司がほっそりしているのに食べごたえがあり、老人には申し分ありません。ぼくは、お風呂大好き/温泉大好き/人間ですが、年をとりました。夕食まえにゆっくり入浴して、昼寝して、夕食。アルコールが入らないから食後しばらくしてまた〈赤湯〉につかるつもりでした。しかし夕食後すぐ寝てしまい、目覚めたら夜中の12時。朝6時からの入浴にしました。結局2回入っただけです。でも、こころもからだも、とってもいい〈骨休め〉になりました。船戸与一の『満州国演義』は3巻目があと50ページほ...有馬温泉で〈骨休め〉しました。

  • 管弦楽の生演奏を、久しぶりに聴きました。

    今日は『三木室内管弦楽団』の定期演奏会が、小野市の〈エクラホール〉でありました。ハガキで案内をもらい、たのしみにしていました。管弦楽の演奏を生で聴けるのです。しかも、神戸のホールや西宮の芸文センターに出かけるのでなく、車で30分の小野市のホールです。定期演奏会は42回目です。年に2回とすると21年前から精進しておられる。うれしいことです。ベートーヴェンの『ロマンス第2番』(op.50)のバイオリン独奏は、柳原史佳(やなぎはらあやか)さん。背がスラッと高く、ほっそりして、美しい人でした。席は前から4列目でしたので、姿に見とれ、バイオリンの音色に聴きほれていました。とってもよかった。こんな時間があって、しあわせです。次回の定期演奏会は、11月13日(日)14:00~、場所は西神中央ホール(入場無料)となっています。...管弦楽の生演奏を、久しぶりに聴きました。

  • 写真に感想文をつけてアルバムに整理しようと思ってます。

    「ぼけ老人」とか「痴呆老人」と呼ばれていた人たちに『認知症』という立派な病名をつけた長谷川和夫医師も、最晩年には認知症になりました。「高齢になれば、だれも避けて通れない症状だ。もし90歳を過ぎて生きていると、かならずワタクシも認知症になるだろう」と覚悟しています。過去のいろんなモノを見て、あれやこれや思い出し、認知症になるのを遅らせることができるでしょうか。しかし、ぼくは田舎に引っ越したときに、自分の学生時代のアルバム、教師になってから残していた生徒たちの/卒業アルバム/卒業文集/手紙類/も全部捨てました。残したのは結婚してからの家族のアルバムだけです。過去を思い出す〈手がかり〉が、ぼくは少なくなったか。そんなことはありません。田舎に引っ越してからのデジカメの写真が何千枚もあります。しかも全部パソコンに取り込ん...写真に感想文をつけてアルバムに整理しようと思ってます。

  • 西山牧場で昼食

    歯医者さんの予約日でした。10時の歯クリーニングがすんだら、〈稜庵〉で蕎麦を食べる予定でした。意外に早くすんだので、ちょっとドライブ。「そうだ。西山牧場に行ってみよう」。スマホのナビで走りました。案外近くて、すぐに着いてしまいました。アイスクリームを食べて、山羊さんを見ました。山羊って、こんな目で見えてるのかなあ。やさしい、人なつっこい、感じはしましたけど。まわりは見晴らしのいい、のどかな田園風景がひろがります。ちょっと早いけど、お昼のピザを食べることにしました。人里はなれた牧場ですが、若い人が三組、四組、と来ます。田舎暮らしになれた〈おじいさんおばあさん〉でも「のんびりしていいな」と思いました。西山牧場で昼食

  • もうすぐ〈田植え〉がはじまります。

    〈紅はるか〉の焼き芋は今日で三回目です。昼食は焼き芋とお茶だけにしました。一度に四つずつ焼くので、あと2回でおしまい。ま、それくらいでいいか。あとは今年の芋を収穫してから(9月)にします。山に上る最初の階段は、道子さんが14年前につくりました。修理が必要になったので、焼き芋のあいだにぼくが手をくわえました。ビニールパイプの手すりがついているので、のぼりやすい。母・妙子さんは百歳のときもここから裏山にのぼり、竹の枝を切り刻んでくれました。いまメダカの池があったり、花見デッキやテントハウスがあるのは、妙子さんが竹の枝を切り刻んでくれたおかげです。なにしろぼくは、裏山の竹を2000本伐りました。その枝はかさばってどうしようもない。妙子さんが枝を切り刻んでくれたのですから。今日は電動ウォーカーでなく、池のまわりを散歩し...もうすぐ〈田植え〉がはじまります。

  • 裏山の草を刈りました。

    道子さんは裏山の平らなとことにレンゲの種を播いています。花がおわり、マメのサヤができました。種が落ちて来年も咲くでしょう。「もう草を刈ってもうらおうか」というので、裏山の草刈りをしました。ニワゼキショウの花が咲いてます。ニワゼキショウはきれいな花です。色も姿も可憐です。神戸市西区神出町紫合で畑仕事をはじめたのは、1999年でした。62歳/退職して3年目/でした。畑をトラクターで耕してもらい、ゴロゴロの土を畝にして種を播いていました。そのとき一輪だけ、小さな花が咲いていました。「……」ことばにならない感動で、花に見とれました。いまもあの感動を覚えています。あとで「ニワゼキショウ」という名前で、「帰化植物で、一日だけ咲いてしぼむ」ことを知りました。ある解説文に書いてあった文を思い出してはニヤリとします。「花がきれい...裏山の草を刈りました。

  • 世の中、なかなか思うようにいかんなー。

    阪神タイガースは調子が出ないし、大阪なおみは全仏オープンの一回戦で負けてしまうし、世の中、なかなか思うようにいかんなー。船戸与一の『満州国演義』は三巻目に入りました。これを読むことに集中します。世の中、なかなか思うようにいかんなー。

  • 高齢者なりに〈じたばたした〉日でした。

    一日のうちにはいろんなことがあるものです。やったことを朝から順にたどってみます。いつもの/スワイショウ/仏壇を拝む・お経/朝食のあと、電話がかかってきました。「公民館の掃除当番に当たってて、いま掃除中ですよ」だって。聞いてたけど道子さんはコロッと忘れてたんです。ぼくは朝寝。あとできくと「女性部が当番」でなく、「うちの斑が当番」で、ぼくも行くべきでした。後の祭りでした。パソコンでお世話になっている方のお宅でバラを見る会があり、神戸のほうまで出かけました。いろんな種類のバラ、水やりや世話に手がかかるでしょうね。ぼくは、むかしよく行った神戸のホームセンター・ナフコに寄りました。地下のコーナーにキャンプ用品がいっぱい並べてあり、見るだけでたのしかった。お昼は家で食べて、二人とも昼寝。目が覚めたら4時を過ぎてました。天気...高齢者なりに〈じたばたした〉日でした。

  • 今日も仕事は〈お休み〉しました。

    昨日は朝から、山に上る階段を修理しようと草刈りをしました。ところがナイロンコードで刈ると負荷は強すぎるのか草刈り機が止まってしまいました。午前中の仕事はおしまい。午後は昼寝しただけでおしまい。今日も〈やる気〉が出なくて仕事は〈お休み〉。自分で「ま、84歳だからな。あと5ヶ月で85歳。これくらいサボって〈ちょうどエエ加減〉だな」と納得しています。道子さんは、せっせと畑や裏山の仕事をしています。土にふれるのが好きで、元気がどんどん出るみたいです。ところでいま、クレマチスという花が咲いています。大きな花です。ツボミもいっぱいついてます。下の弟が行年68歳で急死したとき、仏壇に鉢植えを買いました。花のおわった鉢植えを、道子さんは台所の前に植えました。育て方がいいのか年々勢いがよくなり、5年目の今年も見事に咲いています。...今日も仕事は〈お休み〉しました。

  • 今日も大工仕事をしました。

    いま芍薬(しゃくやく)が花盛りです。切り花にして花瓶でめでることもできます。道子さんはご近所や訪ねてきた人に、切り花としてあげています。もう5,6軒の方にあげたでしょうか。もらった方はよろこばれます。我が家で育った花を〈あげられる〉のは、しあわせなことです。ぼくは、今日も大工仕事をしました。お隣りとの間に、家を建てるまえに溝をつけました。この溝を掃除するには、下におります。手すりもないし、段差は大きいし、「危ないな」と思うようになりました。そこで段差を小さくして、手すりをつけた「ミニ階段」を作りました。段差を20センチにしましたから90歳くらいまで下りれるかな。材木を切り、あれこれ考えてビス止めして、キシラデコールを塗る。こういう仕事をするとき、ぼくはしあわせです。今日も大工仕事をしました。

  • 八十歳になるとイスを高くしたくなる。

    右はぼくがすわる瞑想用のイスです。姿勢をよくするために赤い器具(スタイル・スマート)にすわります。65歳の頃に「ドカッとすわる低いイス」がほしくてこのイスを買いました。しかし筋肉は年々衰えます。立ち上がるのに力がいります。5年前だったか、79歳の頃に、脚に2×4材をつけて9センチ高くしました。おかげでいまも機嫌よく立ち上がります。今日は左のイスに、2×4材をつけて9センチ高くしました。道子さんの瞑想用イスです。TM瞑想を習った頃は〈瞑想すわり〉をしていましたが、いまは二人ともイスで瞑想します。20分間の瞑想中に居眠りしてしまうこともありますが、「寝瞑想だ」と自分でOKをだしています。60代のときは「低いイスにどっかりすわるとココロもカラダもリラックスする。いい気分だ」と思いましたが、立ち上がるのが大変になるとは...八十歳になるとイスを高くしたくなる。

  • 〈A〉を片付けると〈B〉を片付けたくなる

    3日前の5月14日ブログに、1メートルの材木も片付けられるように天井に「桟」をつけました。そして棚の下に突っ込んでいた材木を引き出して、片付けました。残りの木切れはそのままにしていたのですが、今日の朝、小屋に行って「棚の下の材木を全部出してみよう」という気になりました。いままで木切れを放り込んで、ほとんど見向きもしなかった、棚の下です。木切れや材木の残りを全部作業台にのせて、短い材はたき火用に、まだ使えそうな材は棚の下に整理しました。一時間作業して、写真のようになりました。床のビニール袋に入れたのが「たき火用の薪」にするモノです。まだ使えそうな材木は整理して置きました。棚の下が、こんなにきちんんとなったことはありません。それが何の苦労もなく、できてしまいました。不思議な気持ちです。そして、こう思いました。「〈A...〈A〉を片付けると〈B〉を片付けたくなる

  • バス停にベンチを置きました。

    ベンチのすわる板は乾いたので、ベンチを持っていきました。バス停の草は刈ってありました。どなたか刈られたのでしょう。防草シートを長い釘でとめて、ベンチを置きました。これで草刈りしなくてもよくなれば、うれしいですけど。『田舎のバス停」という眺めを気に入ってます。バスは少ないけど。今日は16日。大将軍神社にお参りする日です。昨日からメモを柱に貼っていたので、忘れずにお参りしました。来月は〈田植え月〉です。神社当番はありません。農耕民族の神社らしくで、気に入ってます。バス停にベンチを置きました。

  • 第五章『虫葬の大地』を読みました。

    インパール作戦の戦記はいろいろ読みましたが、『虫葬』という言葉は見ていないと思います。船戸与一の小説『満州演義』第八巻『南冥の雫』の最後の章・第五章の題は『虫葬の大地』です。インパール戦記を集中して読んだのはもっと若い頃でしたが、〈虫葬〉という言葉は記憶にありません。いまは気力がおとろえて、悲惨な戦記を読む力が出ないのですが、この『満州演義』ではあの戦争の流れが全部書かれていますので、読みました。「引用しよう」と〈虫葬〉のやりとりが書かれているところを読み返しました。できません。ひどい話です。日本人は、アジアモンスーン気候の地に生き、おだやかな気性の農耕民族です。兵隊として出征する若者は、力が強く、元気があって、善良で、弱いものにやさしくする青年たちです。戦争で「人を殺せ!」と命じられる。バス停に置くベンチに、...第五章『虫葬の大地』を読みました。

  • 雨があがり、仕事いろいろ。

    ぼくが草を刈り、道子さんが草の根をとって土をほぐしました。そして蕎麦の小さい苗が植えてあります。蕎麦の種(実)を播くと、芽がでかかった実を、ヒヨドリなどが食べてしまいます。道子さんはプランターに蕎麦を播いて小さい苗にして、それを植えたのです。小さい苗は細くて弱弱しい。すぐ折れてしまう。苗をいためないように気をつけて、かなりの面積に蕎麦を植えました。根気強い道子さんお仕事です。なぜそんなに苦労して苗を植えるか。竹藪の竹を伐ると、あとに笹がいっぱい生えてきます。ところが蕎麦を植えると笹が生えてきにくくなります。草花の生える裏山にしようと道子さんが頑張っているのです。今日5月14日は父の命日です。1997年に行年89歳で亡くなりました。68歳で山陰の田舎から神戸市北区のひよどり台に出てきた父は〈田舎のしがらみ〉がなく...雨があがり、仕事いろいろ。

  • 痛烈な「インパール作戦批判」(船戸与一/『満州国演義』八巻より)

    「インパール」という文字を目にすると、自分が「あの戦争に征った」でもないのに、牟田口廉也/河辺正三/東条英機/たちの、日本の軍隊上層部の連中の愚劣さに、いまもこころが波立ちます。今日は一日中雨でした。船戸与一の『満州国演義』(第八巻)を読みました。痛烈な「インパール作戦批判」が出てきます。あの作戦では、多くの兵士を、みじめに死なせました。生き残って敗戦後を生きた兵士の「心の平和」を、一生涯にわたって奪ってしまいました。この本では、これから「インパール作戦を断行する」というところで、作戦に参加する第五飛行師団の熟練操縦士が作戦を批判しています。こんな痛烈な文句を連ねた「批判」ははじめて読みます。小説と銘打っているから、兵隊の話したこととして、書ける。満州国や海外の戦地だから、こんなふうに話せる。実際の歴史や戦記で...痛烈な「インパール作戦批判」(船戸与一/『満州国演義』八巻より)

  • 『満州国演義』(第八巻)を読んでいます。

    図書館で見かけて「試しに借りた第八巻」をまだ読んでいます。427ページの本の237ページまで読み進みました。ネットで『書評』を見たら「読み通そう」と決意して読みはじめ、3年目にかかって読了した人が感想を書いています。ぼくは、まさか3年もかからないでしょうが、読むのに相当な時間がかかります。この本は歴史ですから「筋はわかってます」。小説とあるから、いくらかフィクションもまじえて書いてあるでしょう。しかし歴史は変えられません。作者は「あの戦争の歴史」を変えるつもりはないでしょう。ただ「歴史に埋もれて、消えてしまう真実」を残したかった。その意志を感じながら読んでいます。2,3日したら図書館に行き、(一巻~三巻)を借ります。「一週間で一巻読む」ことでできたらいいですけど。『満州国演義』(第八巻)を読んでいます。

  • バス停のベンチができました。

    材木を〈ビス止め〉して、サンドペーパーをかけて、キシラデコールを二度塗りしました。ベンチは完成です。完全に乾いてから、バス停の草を刈り、防草シートを敷いて、ベンチをすえます。船戸与一の『満州演義』八巻を読んでます。(借りたのが八巻だけだったのです。今度借りなおすときに第一巻から借りて、きちんと読みます)いま読んでるところに風船爆弾が出てきます。実際にアメリカに風船を飛ばす前に「実用になるかどうか」人間が乗ってソ連に落下した話がついてます。乗った人はソ連兵に殺されてしまいます。バカバカしい戦術です。米軍が上陸してくることをを想定して、竹槍でたたかう練習をした。本気でそんなことを考えたのでしょうか。あの時の日本人はどうかしてた。みんなおかしかった。なぜそんなことになったか、きちんと反省したか。〈一億総ざんげ〉で口を...バス停のベンチができました。

  • こんな日はしあわせな気分です。

    夕方、仕事を終えてパソコンに向かい、ブログを書こうとしています。今日は何をして、どんな日だったか。朝、6時に起きて、スワイショウ/かかとトントン/仏さんを拝む/瞑想/朝食のあとすぐに軽トラで出かける/散髪(道子さんは買い物)/ホームセンターで買い物(バス停のベンチ用材木を買う)/昼食/昼寝/畑の水やり(道子さんは茂みをきれいにして蕎麦の苗を植える)/裏の小屋で、ベンチ用の木材をカットする/……これから夕食など。カットした木材をベンチのかたちにしてみました。作業で使った道具はその日のうちにしまいます。道具の住所が決まっているのでスイスイと片づきます。ほんとはあと2時間ほど作業をして、ベンチをビス止めして、サンダー/ペーパーをかけて、キシラデコールを塗るところまでやりたい気持ちです。でも、抑えて。抑えて。明日の仕事...こんな日はしあわせな気分です。

  • 今日は〈草刈りの日〉

    〈裏山の草刈り〉を一日やりました。まず芝生。雑草が生えていますが、花が咲くので「しばらく待って」といわれていました。「OK」が出たので芝生のところを草刈りしました。雑草が一面に伸びて、芝生かどうかわかりませんでした。しかし雑草を刈ると芝生広場という感じになりました。道子さんは雑草を刈ったあとに、蕎麦の苗を植えます。蕎麦を植えると竹(笹)が弱って生えてこなくなるそうです。実際効果が出ています。茂みを刈ったあと、道子さんはていねいに草の根をとり、蕎麦を植えていきます。蕎麦は地面に播けばいいのですが、小鳥が蕎麦の実を食べてしまいます。だからプランターに蕎麦を播いて苗を作る。その苗を土に植える。根気のいる仕事に一生懸命でした。裏山の斜面も草刈りをしました。細い竹や木を切れるように、鋸目の細かい草刈り歯につけかえて刈りま...今日は〈草刈りの日〉

  • 〈母の日〉の赤いカーネーション

    母の日です。道子さんに娘が赤いカーネーションを持って、イチゴ摘みにやってきました。たっぷり摘んで帰りました。今日は空気が澄んでいるのでしょう。いつもの景色がくっきり見えます。どこにも行かないで、こんな景色ばかり見て暮らしていると、テレビに写る〈街の雑踏〉が異世界のように感じます。〈あの雑踏〉のなかにいたのはどんな感じだったかなあ。5月は田植え前の仕事がいろいろ。口吉川町はなだらかな谷間に田んぼがあります。田んぼごとに高低差があり、畔(あぜ)というより土手の斜面を草刈りしなければなりません。もうすぐ田植えの6月。田んぼを耕し、土手の草刈りをします。田に水をはるまえの草刈り。散髪したてのような風景が気持ちいいです。〈母の日〉の赤いカーネーション

  • 『満州国演義』を読む決心をしました。

    三木中央図書館で『満州国演義』という分厚い本を見掛けて、一冊だけ借りてきました。「満州」とあるので「どんな本だろう」と思ったのです。ネットで調べてみると、作家・船戸与一が〈命の最期の火をもやして書きつづけた〉大河小説です。400ページ超の本で全九巻。原稿用紙で7500枚とあります。借りた一冊(8巻目)を読みかけてみました。登場人物は実名の著名人や軍人とフィクションの人たちです。読み飛ばすようには読めません。膨大な人たちが出てきます。昭和6年の「満州事変」から昭和21年「日本の敗戦」までの歴史が書いてあります。歴史の本では書けない、しかし実際にあった日本軍の蛮行も、戦争の内幕も〈小説〉として書かれています。〈小説〉と銘打つから書ける。満州事変/支那事変/ノモンハン事件/2.26事件/大東亜戦争/満蒙開拓団/ソ連の...『満州国演義』を読む決心をしました。

  • 『保護者・参観日』を思い出しながら掃除しました。

    明日はお向かいの看護ステーションでうちの村の『女性部会』があります。その後「裏山を歩いてみよう」と声が掛かるそうです。久しぶりに人が裏山に来る。きれいにしなくっちゃ。自慢したいオオデマリは、花の勢いがなくなり、散り頃になりました。でもいろんな花が咲いてますから散歩してもらえるかな。ぼくは、まずテントハウスを掃除しました。床に吹き込んでいる落ち葉を掃き、テーブルを拭き、イスをととのえました。それから花見デッキのほうもきれいにしました。みなさんが「花見デッキに上がってくるか」。わかりません。でもデッキ床に積もった落ち葉を掃き、テーブルをきれいにして、イスを引き出してきました。「BBQにも適した花見デッキですよ。またどうぞ」と声を掛けたいところです。道子さんは玄関先のほうをきれいにしました。そうそう、前の「アルインコ...『保護者・参観日』を思い出しながら掃除しました。

  • サツマイモはやっぱり「連休明け」がよかったかな。

    夜の最低気温が10度を下まわる日がつづきました。サツマイモはやっぱり寒さがこたえたようです。水をやり黒マルチをかけて地温を上げたのですが、枯れた苗がかなり。5月20日ごろになってから、苗を買ったり/苗をとったり/して捕植します。昨日はバス停のベンチがどうなってるか見に行きました。あの事故でバラバラになっていました。それを軽トラに回収して持ち帰りました。脚はこわれていますが、上の板は大丈夫です。杉板にキシラデコールを塗っていたのでまだ使えます。そこで足場のわるいところ用に桟をつくりました。クレオソートを塗り、黒くなってます。140センチの板4本でベンチを作ったのですが、一本は見当たりませんでした。事故った車に刺さったのか。回収されたのか。板三本の桟を足場のわるいところに渡せばいいかな。道子さんがこれを見て、「山の...サツマイモはやっぱり「連休明け」がよかったかな。

  • バス停のベンチを作ります。

    昨日、ゴミ・ステーションの草刈りをすませて帰ってきたら、家の前にパトカーが止まっています。立派な服装の警察官が二人。「村の人にきいたら、バス停のベンチを作ったそうですね」「はい」「そのベンチが事故で壊れたんです。自動車が畑に突っ込んで。バス停の標識は無事だったけど、ベンチは自動車と畑に落ちて」住所/名前/電話/などをきかれて、「壊した人に弁償を請求しますか」。/「いいえ、古くなってましたし」。ということで、警官は帰りました。そうか。ベンチが無くなったんだ。古くなってたし、新しいベンチを作ろう。ぼくがつくるようになって、三代目のベンチになります。バス停の草刈りとベンチの塗り直しはささやかなボランティアでした。長もちする〈しっかりしたベンチ〉を作りたいな。連休が終わったら材料を買いにいこう。そして今日のニュース。パ...バス停のベンチを作ります。

  • ボランティア=ゴミ・ステーションの草刈り

    〈田植えまえ〉の休日、田舎では、畔の草刈りが盛んです。ゴミ・ステーションの草も伸びてきました。ツボミオオバコが群生しています。「いつの間にこんなに増えたのだろう」と思うけど、とにかく「刈る」しかありません。今日は午後、軽トラで草刈りに行きました。草を刈ったゴミ・ステーションの写真を撮るのを忘れました。いつもアップしてる写真ですけど。今日の午後はまず、段ボールや新聞などの紙を軽トラに積んで出かけ、リサイクル・コンテナに投入しました。通販が増えているので、段ボールがたまります。新聞や広告もたまっています。軒下にストックする場所はあるのですが、ときどき捨てに行きます。田舎は〈あのコンテナ〉があちこちにあって便利です。ゴミ・ステーションの草を刈りながら「85歳になったら〈このボランティア・草刈り〉はやめる」とブログに書...ボランティア=ゴミ・ステーションの草刈り

  • 今夜から枕を高くして好きなだけ寝ます。

    マドリード・オープンのテニスで、大阪なおみが負けました。今夜から枕を高くして寝ます。ぼやきたくなるけど、何を言っても仕方がない。「仕方がない」はいい言葉ですね。アーア。今夜から枕を高くして好きなだけ寝ます。

  • パソコンにさわるのが不安なときがあります。

    ぼくの今生の人生では、定年退職した60歳のときは「パソコンはさわらない」「文章はワープロで書く」と決めていました。ところが同窓会の係になったり、老人大学のクラブ役員になったりして、パソコンにさわるようになりました。69歳になった2007年には田舎暮らしをはじめ、2009年3月からはブログを書きはじめ、次第にパソコンを愛用するようになりました。写真を取り込んでプリントできるのがうれしかった。田舎暮らしをはじめて15年目になり、通販で買い物もできるし、必要な情報は簡単に手に入るし、「84歳になっても便利なもんだ」とパソコンは重宝していました。ところがこのたび、ニセの「ウイルスに感染した。すぐに退治してください。パソコンがダメになる」という警告が執拗に画面に現れ、消しても消しても現れ、ついに不安になって「マカフィーに...パソコンにさわるのが不安なときがあります。

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