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徒然なか話 https://blog.goo.ne.jp/np4626/

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話の書き綴りです!

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2009/09/19

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  • 城下町くまもとゆかた祭

    今日も熊本は新型コロナ感染者が4,000名を超え、一向に勢いが衰えない。さすがにこの状況を見て夏のイベントが次々に中止となっている。そんな中、毎年この時季恒例の「城下町くまもとゆかた祭」が始まった。街中を行き交う人々もマスクを着け、密を避けるような行動が見られる。びぷれす広場で行われていた舞踊団花童の舞台だけを見て早々に帰路についた。花童あかり・花童かな花童もえ・花童はるか・花童あおば俚奏楽とうろう~山鹿とうろう踊りによせて~本條秀太郎作詞・作曲城下町くまもとゆかた祭

  • 郷土芸能の伝承

    今日の熊日電子版に、3年生が卒業し部員ゼロとなった牛深高郷土芸能部に16人が入部。31日に初舞台を迎えるという記事が載っていた。6月2日に行われた熊本県高校総合文化祭パレード・郷土芸能部門の常連である牛深高郷土芸能部と鹿本農高郷土芸能伝承部が妙に寂しかったことが気になっていた。牛深高については今日のニュースで事情がわかってホッとした。一方の鹿本農高も31日から東京で始まる「とうきょう総文2022(第46回全国高等学校総合文化祭)・郷土芸能部門」に出場することが決まっているので部員も揃ったのだろう。郷土芸能は伝統を繋いでいくことが大変だと聞く。両校とも頑張ってまた次の世代に繋いでいってほしい。2014年の熊本県高校総文祭パレードにおける両校の様子を振り返ってみた。郷土芸能の伝承

  • 涼を求めて

    猛暑がこうも続くと何にもやる気がしない。何か涼しげな映像でも眺めて気分だけでもリフレッシュしようと、YouTube動画の中から選んだのが下の2本。1本目は夏の定番避暑地、菊池渓谷の映像。阿蘇の伏流水を水源とする菊池川上流の清流とその音だけの映像だが、ただじっと眺めているだけで十分に涼しさを感じる。2本目は本條秀美さんの新作民謡に乗せて、海を走る船上からの映像。遠い昔、父に連れられてどこかへ船で行った思い出が甦るようなノスタルジックな映像。涼を求めて

  • 朝のチャレンジ

    今日は、先日、熊本市の新型コロナワクチンコールセンターに問い合わせてわかった追加ワクチンの受付日。朝8時30分から受付開始なので、5分ほど前からパソコンの前に座り、コロナワクチン予約システムのページを開いて接種券番号やパスワードを打ち込み、開始を待ち構えた。8時30分ジャストにログイン。まず過去3回の接種を受けたかかりつけ医を確認したが追加ワクチンの配布がなかったのか、受付していなかった。近場を探すと最近開業した医院が受付していてファイザーも選択可能だったのですぐに予約処理を行なった。8月29日に4回目接種を受けることになりひと安心。赤米と鞠智城朝のチャレンジ

  • 鶴岡の地に眠る清正公

    先週土曜23日は加藤清正公の御逮夜、菩提寺本妙寺では頓写会が行われ、翌24日の御命日には加藤神社で清正公まつりが行われた。残念ながら新型コロナ感染者急増のため御神幸祭は中止となったが、先週末は清正公ゆかりの各地において追悼行事が行われた。その中で、嗣子加藤忠廣公の配流先で、加藤家終焉の地となった山形県鶴岡市では清正公没後411年「天澤寺・令和4年清正公本祭」が3年ぶりに開催されたそうだ。これは山形県酒田市にお住いのブログ友・cake様からの情報である。それによれば同じく酒田市にお住いのRicoさんがこの祭に参加され、ブログに詳しく書いておられるとのことだったのでRicoさんのブログを訪問し、記事をつぶさに読ませていただいた。簡にして要を得た文章と鮮明な写真で実にわかりやすい。もう10年ほど前になるが、僕の...鶴岡の地に眠る清正公

  • 不思議な高浜虚子の句

    昨日のブログ記事「オシロイバナ(白粉花)」で取り上げた高浜虚子の俳句おしろいをつければ湯女や五加木(ウコギ)つむという句は不思議な句で、いくつか「??」となるところがある。まず、「おしろい」は「白粉」そのものなのか「オシロイバナ」のことなのかハッキリしない。例句集などでは「オシロイバナ」を秋の季語とする句に分類されている。ところが下五の「五加木(ウコギ)」は春の山菜であり季語でもある。つまり「季重なり」となるのだが、虚子が自らの俳句論を著した「俳句とはどんなものか」のなかで「季重なり」はあまり気にする必要はない、てなことを述べている。そのことよりも「オシロイバナ」が咲く秋と「ウコギ」をつむ春のどっちの季節の句なのだろうか。謎である。湯女(ゆな)は中世から温泉宿などで始まったらしいが、アカすりや髪すきのサー...不思議な高浜虚子の句

  • オシロイバナ(白粉花)

    夕方、散歩みちの道端に今年もオシロイバナが咲き始めていた。まだ花の数は少ない。オシロイバナは仲秋の季語になっていることを昨年調べたことを思い出した。そういえばあと2週間ほどで立秋。もうそんな時季になっていたのだ。昨年調べたオシロイバナを使った俳句には次のような句があげられていた。白粉の花ぬつてみる娘かな(一茶)おしろいは妹のものよ俗な花(正岡子規)おしろいをつけれは湯女や五加木(ウコギ)つむ(高濱虚子)これらの句からオシロイバナはどうやら素人女性のイメージではないようだ。江戸時代の頃、実際にオシロイバナの種子をつぶして白粉として使っていたことがあるらしい。花びらに鼻を近づけると微かに甘い香りがする。その香りを嗅ぐと花魁道中を思い出すのは、花魁が目の前を通り過ぎて行く時の微かな残り香と似ているのかもしれない...オシロイバナ(白粉花)

  • 甥の結婚 ~いつくしみ深き~

    今日は甥賢太の結婚式。結婚式なんぞに出席するのも10年に一度あるかないかになった。しかも今日はホテル日航熊本でのチャペルウェディング。キリスト教スタイルは何10年ぶりだろう。熊本も新型コロナ感染が爆発的に拡大する中、防止策に最大限の神経を使いながらだから準備や進行も大変だったろう。チャペルでのセレモニーでは、讃美歌もナマのオルガンやトランペットに女声合唱だからさすがに胸に迫るものがある。讃美歌「いつくしみ深き」は文部省唱歌「星の界(ほしのよ)」としてよく知っている歌でもあり感動した。クリスチャンでもないのに思わず「アーメン」と口走っていた。いつくしみ深き森山良子甥の結婚~いつくしみ深き~

  • グレートラン!

    今日、新型コロナワクチンの4回目接種案内が届いた。すぐに熊本市の接種予約サイトから予約を試みるがどの医療機関も空いていない。どうしようもないので市のコールセンターに電話してみた。やっぱりファイザー希望だと8月末まで予約がいっぱいだという。じゃあどうすればいいのかと質すと、モデルナだったら少し空きがありますという。3回目までファイザーだったので今さらモデルナは、と言うと、それじゃ毎週水曜日に数は少ないが8月29日以降分の追加受付をやっているのでそれに挑戦してみたらいかがという。ただし、競争が激しいので受付開始と同時にアクセスしても予約できるかどうかわからないという。それしかないなら来週水曜日に挑戦してみるけれど、「西部開拓時代のグレートラン」かッ!と思った。またしても政府・行政の対応が後手後手にまわっている...グレートラン!

  • あの娘が眠る丘

    こんな夢を見た。これは漱石の「夢十夜」の書き出しだが、そんな不思議な夢を見た。シチュエーションがよくわからないのだが、どうやら僕が防府に勤務していた45、6年前のようだ。当時所属していた課の慰安旅行で木造の洋風建築に宿泊している。まるで学校の一室のようだ。もちろん実際にはそんなところに泊ったことはない。そして気が付くと僕のそばに一人の女性が寄り添っている。彼女は会社で僕と机を並べていたOさんだ。当時、高校卒業したばかりの18歳だった。実は彼女は15年前に48歳で他界している。だが夢の中の彼女は初々しい18歳のままだ。そのうち同僚たちは町へ繰り出していった。そして部屋に残されたのは僕と彼女の二人だけ。この状況はマズいぞ、と思っているうちに目が覚めた。2009年の正月、防府時代の同僚からの年賀状によって彼女の...あの娘が眠る丘

  • 内視鏡検査

    昨日は1年ぶりに大腸・胃内視鏡検査を受けた。昨年の入院加療の経過観察でもあった。幸い特に異常なし。ひと安心だ。大腸内視鏡検査で苦痛なのが、あらかじめ渡されている腸管洗浄液を1.5㍑も飲まなければならないことだ。毎回これがひと苦労。トイレの往復を何度か繰り返し、やっとの思いで水のような排便になったところで病院へ。昨日は大雨の予報だったせいか受診者も少なく、ほとんど待ち時間なしに検査台へ。点滴を挿し鎮静剤が入り始めるとあっという間に前後不覚に。再び気が付いた時はすべてが終わっている。僕はこの鎮静剤がいつも効きすぎるほど効くのでなかなか元の状態に戻らない。家内の送り迎えなのでボーッとしたままでも安心なのだが。生きている間にあと何回かこれを繰り返さなくてはならないのだろう。泰勝寺山門跡内視鏡検査

  • ガラシャ夫人御廟参り

    昨日の忌日に行けなかった泰勝寺跡(立田自然公園)のガラシャ夫人御廟に今日お参りした。今年3月に訪れた時、渇水のため涸れた状態になっていた池も雨水が溜り、元の姿を取り戻していてホッとした。また、3月に見た時は、葺き替えられたばかりの茶室仰松軒の茅葺屋根が妙に浮いた感じがしていたが、4ヶ月過ぎるとだいぶ落ち着いた風合いになってきた。園内には細川家初代および二代のご夫妻を祀った「四つ御廟」のほか細川藩歴代藩主の墓地があるが、これまで園内で出会った来園者に来園目的をたずねた限りでは、ほとんどの方が「ガラシャ夫人御廟」参りが目的だった。そんな来園者に気を配ってか園内の案内板もガラシャ人気対応になっている。満々と水を湛える泰勝寺の池の姿を取り戻す今年3月の泰勝寺の池は渇水のため涸れた状態になっていた葺き替えられて新し...ガラシャ夫人御廟参り

  • 細川ガラシャ夫人没後422年

    今日は細川ガラシャ夫人が慶長5年(1600)7月17日に亡くなられて422年の日。泰勝寺跡(立田自然公園)のガラシャ夫人御廟には3月にお参りしたきりなので近々またお参りするつもりだ。夫人が詠まれた歌三首をあらためて読み直しお人柄を偲んだ。▼味土野の山中に幽閉時の歌二首逢うと見てかさぬる袖の移り香の残らぬにこそ夢と知りぬる身をかくす里は吉野の奥ながら花なき峰に呼子鳥鳴く▼辞世の歌散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ幽閉された味土野2016年に放送された大河ドラマ「真田丸」では、細川忠興公の留守宅で、ガラシャ夫人がミサをやっている場面があった。歌われていた讃美歌はグレゴリオ聖歌の一つ「TantumErgo/この大いなる秘蹟を前に」。この「TantumErgo」が織り込まれている合唱曲「どちりなき...細川ガラシャ夫人没後422年

  • 「なすとかぼちゃ」のエトセトラ

    今日の日テレ「満天☆青空レストラン」はかぼちゃが主役だった。なすやかぼちゃなどの夏野菜が美味しい季節だ。今年百寿を迎えた母はかぼちゃが大好物でつい食べ過ぎるのでわれわれ家族が注意しないといけない。かぼちゃは水分を持ってかれるので喉に詰まらせたら大変だ。それはさておき、なすやかぼちゃと聞くとどうしても端唄「なすとかぼちゃ」を思い出す。江戸端唄・俗曲の笹木美きえ師匠によれば――この唄は幕末より唄い出され、お座敷や寄席でも踊られた。大正まで流行が続き、立花家橘之助が「奥州街道で…」から甚句形式を加えた賑やかな「浮世節」で唄うようになった。――という。立花家橘之助(たちばなやきつのすけ)というのは明治から昭和前期まで活躍した女流音曲師で、色物(いろもん)でありながら寄席のトリを務めていたという。5年前に女性三味線...「なすとかぼちゃ」のエトセトラ

  • お盆の挨拶回り

    今日はお盆の親戚挨拶回り。午後から雨が降り出すとの予報だったので早めの昼飯を済ませて出発。玉名の妻の実家に向かう時いつも景色を眺めるポイントに立つ。玉名平野から遠くに二ノ岳・三ノ岳を望むこの景色が大好きだ。田んぼは田植えが終わったばかりのようだ。これが3ヶ月後には下の写真のような風景になる。天気はますますあやしくなってきた。先を急ごう。玉名からの帰り道、とうとう雨が降り出した。ニュースでは今夜から明日にかけて熊本を含む九州北部は線状降水帯に入ることが予想されるという。熊本市内の挨拶回りは先延ばしして帰宅することにする。帰り着いた頃、雨は激しさを増す。今日の田んぼの様子とはるか遠くの二ノ岳・三ノ岳秋にはこんな景色に変わるお盆の挨拶回り

  • 漱石俳句と琴

    夏目漱石の俳句には琴(の音)がよく登場する。全部調べたわけではないが、熊本時代に詠んだ琴の句のうち好きな三句を選び漱石の熊本時代をなぞってみた。紅梅にあはれ琴ひく妹もがな(明治29年)明治29年は熊本に来て間もない頃で、新妻の鏡子さんが気味悪がってすぐに引っ越したという光琳寺の家にいた頃か、移り住んだ合羽町にいた頃に詠んだことになる。光琳寺の家はあまりに短いので、合羽町に移ってからと考えた方が自然か。早春にしみじみとした趣の琴の音が聞こえてきて、それを奏でているのが愛しい人であればなぁと思ったのだろうか。漱石夫妻は合羽町の家で初めての正月を迎えるが、五高の同僚や学生が大挙して押しかけ散々な目にあう。そしてこの合羽町の家は家賃が高すぎたため1年で、白川を渡った大江村の家に移り住む。正月の騒動にこりて、この年...漱石俳句と琴

  • 玄宅寺舞踊会の復活は?

    毎月一度の愉しみだった玄宅寺舞踊会。2013年に始まったこの舞踊会も、新型コロナが熊本でも広がり始めた2020年春に中止されてもう2年半が過ぎた。この舞踊会は舞踊団花童の子たちにとって腕だめしの場でもあり、われわれ花童ファンにとっては普段あまり見ることができない演目を間近で見られる貴重な舞踊会だった。コロナ感染が再び増勢に転じた今、再開のメドは立っていないようだが、一日も早いコロナの終息と玄宅寺舞踊会の復活を願ってやまない。今日、今までの舞踊会の写真や映像を見直していたら、当日の演目や衣装、小道具等を指示したノートの写真(右)が出てきた。おそらくお師匠さんの中村花誠先生が書かれたノートと思われるが、2014年7月24日の舞踊会について記載されている。例えば寿:黒留、ござ袴、狩衣、烏帽子松づくし:黒留、扇子...玄宅寺舞踊会の復活は?

  • 暑中お見舞い申し上げます

    7月に入ってまだ1週間過ぎたばかり、まだ学校の夏休みにも入っていないのにこの連日の暑さは何なんでしょう。既に夏バテ気味でこれから先が思いやられます。そんなわけで、涼しげな写真を集めてみました。少しでも涼を感じていただければ幸いです。熊本は今日のコロナ感染者が2,000名を超え、過去最高を記録しました。どうか皆さまにおかれては暑さ対策とコロナ対策におさおさお怠りなきよう切にお願い申し上げます。菊池渓谷菊池渓谷鼓ヶ滝(河内町)水前寺成趣園水前寺成趣園▼GIFアニメーションから暑中お見舞い申し上げます

  • 無縁墓と「卒都婆小町」

    今日は早朝から家内と盆の墓掃除とお参りに行った。立田山西麓のわが家の墓は三方を無縁墓に囲まれている。それらの墓石には6年前の熊本地震で倒れたままのものやあらぬ方向を向いてしまったままのものもある。掃除はほとんどがその無縁墓からわが家の墓地に侵入してくる雑草の刈り取りだ。特に葛は繁茂力が強いので始末が悪い。おそらくこれからこのように放置された無縁墓が増えて行くのだろう。そんな無縁墓を眺めていたら、ふと能「卒都婆小町」を思い出した。これまで2回、NHKの「古典芸能への招待」で見た。一度は友枝昭世さん、もう一度は観世清和さんがシテだった。そのあらすじは――高野山での修行を終えた二人の僧が摂津国で一人の老女に出会う。その老女はあろうことか、卒塔婆(墓標)に腰掛けて休んでいた。僧はこれを見とがめ、立退かせようと説教...無縁墓と「卒都婆小町」

  • 熊本の風景今昔 ~藤崎宮前~

    熊本市内の公共交通機関の始まりは、明治40年に営業を開始した熊本軽便鉄道の蒸気軌道、安巳橋~水前寺の区間が最初。当時、熊本市内には菊池軌道の路線もあり、明44年に上熊本~千反畑(廣町)間の営業を開始した。この写真は菊池軌道の軽便鉄道が千反畑(廣町)で停車している風景。前方に藤崎八旛宮の大鳥居が見える。それから100有余年、軽便鉄道も、大正末期から昭和初期にかけて敷設された熊本市電も姿を消し、藤崎宮大鳥居の前を国道3号線が走る。千反畑に停車している菊池軌道の軽便鉄道毎年9月に行われる藤崎八旛宮秋季例大祭の奉納飾馬の馬追いがで大鳥居をくぐって出発する。熊本の風景今昔~藤崎宮前~

  • 山鹿盆踊唄

    3年ぶりの復活が発表された「山鹿灯籠まつり」のメインイベント「千人灯籠踊り」。浴衣姿の女性たちが和紙でできた灯籠を頭にのせて踊る幽玄の世界が広く知られているが、今年は規模を縮小して行われる。「山鹿灯籠まつり」で踊られる曲は3曲。主に踊られるのがこのまつりを象徴する「よへほ節」。明治初期から湯の町山鹿のお座敷唄として歌われていたが、昭和9年に山鹿の旦那衆が大作詞家・野口雨情を招き、温泉町再興のためのご当地ソングとして改作したもの。2曲目は「山鹿盆踊唄」。戦後、古墳時代の景行天皇九州巡幸に由来をもつ灯籠まつりを、それとは別に行われていた盆踊りと合体させ、今日のような灯籠まつりの形に再構成した功労者の一人、民俗学者で放送作家の木村祐章によって作られた。3曲目は「米原長者口説き歌」。1300年前、大和朝廷によって...山鹿盆踊唄

  • 娘ジントヨー と 安倍氏銃撃事件

    今朝は朝ドラ「ちむどんどん」を見なかった。ところが、放送後のネット情報によると今日の回で歌子に扮する上白石萌歌が三線を弾きながら「娘ジントヨー」を歌ったらしいことがわかった。「しまった!」5月初めからこのシーンをいつか、いつかと待っていたのにと思いながら、さっそくNHK+で視聴することができた。お昼の再放送でもう一度見てみようと思っていると、突然、安倍元総理が銃撃されたという緊急ニュースが飛び込んできた。このあおりを受けて「ちむどんどん」の再放送は中止になった。何という世の中だろうか。ウクライナでは多くの一般市民が毎日虫けらのように殺され、アメリカでは銃乱射事件が頻発し、多くの犠牲者が出ている。世界の中で安全な国と言われていた日本もそんな世界のニュースを毎日見聞きして感覚が麻痺して行くのではないかという危...娘ジントヨーと安倍氏銃撃事件

  • 熊本の花街(六・下)

    「熊本の花街」シリーズ最終回は今までの流れとは打って変わって、一人の少女の哀話。一見華やかな花街の非人道的な影の部分を最後にもってきた鈴木喬先生、さすがというほかない。可憐少女石井コトの墓碑(妙永寺)熊本の花街(六・下)

  • 今日の詩を聴かせて

    今朝は轟く雷鳴と激しい雨音で目が覚めた。だがそれもそれほど長くは続かず、風も思ったほど強くなかった。今日は予約していたエコー検査と診察の日。10時の予約だったが30分ほど早く病院に着く。待合室には20人ほどの男女、中高年がほとんどだ。早めに呼び出され、まずエコー検査を受ける。エコー検査は初めてではないが、前回はいつ受けたのか思い出せない。しばらく後に担当医の診察を受け、エコー検査の結果は特に異常なし。ホッとする。2週間後の大腸内視鏡検査について準備事項などについて説明を受ける。朝飯抜きだったので帰宅した後、食事を済ませテレビを見ながら横になる。しばらくウトウトしていて目が覚めると、何か今の季節に合う音楽が聴きたくなった。そして選んだのが下の2曲。1曲目は10数年前に見た映画「Life天国で君に逢えたら」の...今日の詩を聴かせて

  • 思い出の町 ~美祢市~

    今夜のNHK「鶴瓶の家族に乾杯」は美祢市から。番組を見ながら59年前の思い出が甦った。僕が高校3年だったこの年の国体夏季大会は山口県で行われ、僕が参加した水球競技は美祢市の大嶺高校プールが会場となった。高校時代最後の公式大会であり想い出深い。宿舎となった旅館では到着したその日に歓迎の夕べが開かれ、地元のご婦人たちの唄と踊りにより民謡「男なら」などが披露された。大会の方は優勝を目指していたが残念ながら準決勝で敗れ、3位決定戦で勝って3位となった。試合終了後、黌歌が流されると、まるで自分の青春が終わったかのようで涙したことを憶えている。また、個人的には父が観戦に来た最初で最後の大会となった。国体恒例観光バスツアーでは秋芳洞と秋吉台を巡った。▼山口県民謡「男なら」市民の歓迎を受ける大会会場となった大嶺高校プール...思い出の町~美祢市~

  • 3年ぶりの出水神社薪能

    ここ2年、コロナ禍のため開催されなかった「出水神社薪能」が、2019年の第60回記念大会以来3年ぶりに行われます。水前寺成趣園の真夏の宵を彩る「出水神社薪能」は、全国各地の神社仏閣などで行われる薪能の中でも五番目の古い歴史を持つといわれています。水前寺成趣園能楽殿は、もともと八代の松井家の能舞台で、昭和61年(1986)に、昭和天皇御在位60年を記念して松井家より移築奉納されたものです。今回の番組は未発表ですが、久しぶりの成趣園での薪能が楽しみです。とき:令和4年8月6日(土)午後6時よりところ:水前寺成趣園内出水神社能楽殿観覧料:無料前回の第60回記念大会では熊本市出身の金春流能楽師・本田光洋師が「替ノ型羽衣」を務める3年ぶりの出水神社薪能

  • 2022年上半期 動画視聴ベスト10

    YouTubeマイチャンネルの「2022年上半期(2022.1.1~2022.6.30)動画視聴ベスト10」は次のとおりでした。やはり幸若舞「敦盛」は強かった。2015年1月に初期バージョン(字幕なし)をアップして数年の間、視聴回数は毎月数回にとどまっていた頃がウソのようです。上位の固定化傾向が強くなり、このままでは当然、全体の視聴回数は減少していきますので、新しい強力なコンテンツをアップできるよう努力したいと思っています。サムネイル画像をクリックしていただきますと動画を視聴いただけます。1.幸若舞「敦盛」(17,029回)2.伊勢音頭(14,416回)3.おてもやん(12,746回)4.かっぽれ(11,810回)5.熊本民謡おてもやん(11,459回)6.南部俵積み唄(10,243回)7.ひえつき節(9...2022年上半期動画視聴ベスト10

  • 童謡の日と赤い鳥のはなし。

    今朝の車のエンジン起動時のメッセージは「今日は童謡の日」。漱石門下でもあった鈴木三重吉が児童文芸誌「赤い鳥」を創刊したのが大正7年の7月1日だったことにちなんでいる。「赤い鳥」は日本の近代児童文学・児童音楽の発展に多大な貢献をした。ちなみに子供のために作られた歌を童謡といい、曲付けされているとはかぎらない。というわけで今日は童謡についてのよもやま話。童謡といえばまず思い出すのは北原白秋。柳川市沖端の白秋生家には何度か訪れた。しかし、白秋が生まれたのは母親の実家である熊本の南関町関外目の石井家。白秋の代表作である「この道」は前半は晩年に訪れた北海道の風景が描かれているが、後半は幼い頃、母に連れられ馬車で南関町の母の実家への道(旧豊前街道?)で見た風景だといわれている。昭和3年6月16日、九州初の放送局として...童謡の日と赤い鳥のはなし。

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