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徒然なか話
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誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話の書き綴りです!
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335回 / 365日(平均6.4回/週)

ブログ村参加:2009/09/19

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シニア日記ブログ / 60歳代

地域生活(街) 九州ブログ / 熊本(市)情報

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FUSAさんの新着記事

1件〜30件

  • 鍾馗水仙(しょうきずいせん)でコロナ退散!

    わが家の「しょうきずいせん」が鮮やかな黄色い花を咲かせた。彼岸花の一種で和名の「鍾馗(しょうき)」とはギョロ目とヒゲが特徴的な中国から伝わった道教の神様のこと。「しょうきずいせん」の花が鍾馗様のヒゲに似ているのでその名がついたという。日本では魔よけとして端午の節句に五月人形とともに飾る風習もあるが、もともと疫病退散の神でもある。コロナ禍の先行きが見えない今、この黄色い花にコロナ退散を願うのもアリか。鍾馗水仙鍾馗様鍾馗水仙(しょうきずいせん)でコロナ退散!

  • 平針木遣音頭(ひらばりきやりおんど)

    東海風流チャンネル(水野詩都子さん・本條秀五郎さん)にアップされている曲のうち、「篠島さのさ」を以前紹介した。「篠島さのさ」には慶長15年(1610)の名古屋城築城の際、天守石垣の普請を担当した加藤清正公が、知多半島の沖に浮かぶ小島篠島から、この島特産の花崗岩を切り出し、船で運んだ故事が唄い込まれている。一方、今回紹介する「平針木遣音頭」は陸揚げした巨石を修羅(木製の大型そり)に乗せて運ぶ時、清正公自ら石の上に乗り、木遣り音頭を唄って気勢を上げたという故事が起源だという。この石引きに参加した平針地区の人々がこの時の清正公の掛け声を真似て、景気づけに唄ったのが始まりとされる労働歌といわれる。現在では、平針木遣保存会によって伝承され、名古屋市の無形民俗文化財に指定されている。そんな歴史に思いを馳せながらこの唄を聞く...平針木遣音頭(ひらばりきやりおんど)

  • あつもり違い !?

    近頃、随分前にYouTubeに投稿した「幸若舞敦盛」に妙にアクセスが多いので不思議に思っていた。普段はよっぽどコアな古典芸能ファンしかアクセスしないし、YouTubeへのコメントも意味不明のものがいくつかあったので調べてみたら、ニンテンドーのゲームソフト「あつまれどうぶつの森」の略称を「あつ森」というらしい。どうやら「あつもり」という言葉で検索する人が多かったようで、たまたま僕のYouTubeチャンネルが網にかかったらしい。まぁ、動機はどうあれ、一人でも多くの方の目に触れるのであればそれは喜ばしいことだ。敦盛というのは、一ノ谷の戦で源氏の武将熊谷次郎直実に討たれた若武者・平敦盛のこと。僕が子どもの頃は「討たれし平家の公達あわれ」なんていう歌を婆さんがよく歌っていたものだ。古典芸能としては能「敦盛」と幸若舞「敦盛...あつもり違い!?

  • 熊本城天守閣が再建される前

    今年は熊本城天守閣が昭和35年(1960)に再建されて60年の年。昨日、二の丸広場から天守閣を眺めながら、幼稚園の帰りのお決まりのコースだった本丸の思い出に浸った。天守閣が再建される10年も前のことだ。昨日の熊本城天守閣千葉城町の幼稚園を出ると千葉城橋を渡って須戸口門へ。平御櫓から一気に十八間櫓へ登り、そこから左折して石段を登ると本丸の広場に出る。当時は大天守も小天守も、もちろん本丸御殿もなく、ただの広場だった。広場を西に向かって抜け、頬当御門を出て右折。当時の熊本城のシンボル宇土櫓を右に見ながら進み、監物台を左折し、新堀橋へ向かう。新堀橋を渡ると、愛染院の前から加藤神社(当時は新堀町に鎮座)の脇道を通って加藤神社の中へ。神社内でしばらく遊んだ後、神社の裏口を出て、裁判所の前を通り、中坂を横切って京町測候所の前...熊本城天守閣が再建される前

  • 観光客が戻った熊本城

    午後から熊本城周辺を散策する。二の丸広場に多くの人々を見るのは久しぶりだ。熊本城特別公開のチケット売場の前にも行列ができている。二の丸広場と城彩苑の間の通路はコロナ以前の状態に近い賑わいが戻っていた。城彩苑の入場者はまだコロナ以前の状態には戻っていないが、一時の閑散としていた頃のことを思うとありがたいことだ。このまま順調に観光客が戻り、人の流れが途切れないかつての熊本城に戻ってくれれば嬉しいのだが。城彩苑もコロナ前の賑わいが戻りつつある。無料シャトルバスの利用者数も回復してきた。来月から再開されるわくわく座の舞踊団花童公演の宣伝イベントにも多くの観客が。観光客が戻った熊本城

  • 寄進碑から歴史を読む

    本妙寺大本堂の門前に10本の寄進碑が建ててある。いつもは胸突雁木へ向かって通り過ぎるだけだが、今日、ちょっと刻まれた文字をじっくり読んでみようと思った。向かって一番左端の九州産交の寄進碑以外は、明治42年の加藤清正三百年忌の時のもののようだ。おそらく寄進額の大きいものをここに建ててあるのだろう。寄進者は熊本市長を始め多士済済である。陸軍関係者や遊郭関係者、細川家関係など。一本一本読んでいくと当時の熊本の社会背景が見えてくるから面白い。ちなみに寄進額を今日の価額に換算してみた。何を基準にするかでだいぶ異なるが、1円を4,000~5,000円として換算すると壹千圓というのが400~500万円とみていいかもしれない。熊本市代表者熊本市長辛島格参千六百五拾圓(第3代熊本市長。辛島町の由来)兵庫県神戸市品川源兵衛壹千五百...寄進碑から歴史を読む

  • ブラタモリ史上No.1の美女!?

    今夜のブラタモリは「熱海編」のアンコール。数日前からしっかりチェックしていた。なぜかというとブラタモリ史上No.1の美女の呼び声高い京都府立大学で都市史がご専門の松田法子先生が登場されるからである。2016年1月16日のこの回が初登場。その後、有馬温泉編などにも登場された。熱海編の展開は大体憶えているので、もっぱら松田先生をうっとりと眺めていた。また、新作へのご登場をお待ちしております。この熱海編のアシスタントはまだ桑子真帆アナ。前年の4月からブラタモリ担当になってやがて1年近く経っているのでだいぶ馴染んでいる。彼女の前任者、しとやかな久保田祐佳アナの時代が長かったので、最初はちょっと違和感があったが、この頃になるとタモリさんとの息もピッタリという感じだ。彼女の後の近江友里恵、林田理沙、浅野里香各アナらに比べる...ブラタモリ史上No.1の美女!?

  • 「そうじゃおまへんか」ファミリー大集合!

    コロナ禍の中、活動の危機に瀕しているアーティストたちを支援しようと「ナゴヤ・アーティスト・エイド」が立ち上げられました。これは名古屋市を拠点に文化芸術活動をしているアーティストたちがWEB上で映像作品を発表し、それを名古屋市が助成するというものです。このほど「東海風流プロジェクト」でおなじみの民謡歌手・水野詩都子さんの作品がこの支援活動に採用され、YouTubeで公開されました。作品は幕末に名古屋で流行ったという「きんらい節」別名「そうじゃおまへんか節」という俗謡の系譜に連なる各地の民謡たちです。〽名古屋名物(愛知県)〽おてもやん(熊本県)〽酒田甚句(山形県)〽日高川甚句(和歌山県)水野さんの解説とともに、ルーツを同じくするこれらの民謡の似ているところ違うところを確かめながらお聴きください。なお、三味線は「東海...「そうじゃおまへんか」ファミリー大集合!

  • 流鏑馬のメランコリー

    毎年楽しみにしている「秋のくまもとお城まつり」も今年は中止。中でも残念なのは「熊本城流鏑馬」が見られないことだ。千百年もの歴史を有する熊本県の重要無形文化財「武田流騎射流鏑馬」が、熊本城天守を背景に駆け抜ける雄姿は、まさにここでしか見られない。ブログでご好誼を賜っている津々堂様が先々週、「人の歩き方・馬の歩き方」という記事を投稿された。その中で流鏑馬の馬の走り方「側対歩」について紹介されていた。「側対歩」というのは右側の前足と後足を同時に踏み出したら、次に左側の前足と後足を同時に踏み出すという走り方のことである。この走り方は上下動が少なく、騎射がやりやすいのでかつては流鏑馬の走法として使われていたという。ところが馬も日本在来種が少なくなり、サラブレッドのような外国産種を使わざるを得なくなったが、外国産種は「側対...流鏑馬のメランコリー

  • 吉田高校神楽部と神楽の伝承

    先日放送された「鶴瓶の家族に乾杯2020特別編~中村勘九郎と広島スペシャル~」(NHK-G)では2011年の放送で勘九郎(当時は勘太郎)さんが「地域で伝統芸能に携わる人に出会いたい」と安芸高田市を訪問した当時の吉田高校の神楽部だった皆さんと中継で再会した。2011年の本放送も見たが、その時、勘九郎さんが流した感動の涙を今回はより強く共感できた。おそらく9年の間に、僕自身も能や神楽などの伝統芸能をたくさん見たからだろうと思う。この放送が影響したのか、吉田高校神楽部の部員はかなり増えたらしい。喜ばしいことだ。全国でも有数の神楽どころといわれる広島県。中でも安芸高田市は特に盛んなところで、市内に22の神楽団があるという。毎年7月、この安芸高田市で開催されるのが「高校生の神楽甲子園」。全国各地から神楽に青春をかける高校...吉田高校神楽部と神楽の伝承

  • 寂しい随兵寒合(ずいびょうがんや)

    朝晩めっきり冷えてきた。今日は9月15日。かつては藤崎八旛宮例大祭の随兵が行われていた日である。まさに「随兵寒合」の言葉どおりだ。しかし、ことしはコロナ禍のせいで随兵は中止となった。なんとも寂しい「随兵寒合」となった。※随兵寒合とは藤崎八旛宮秋の例大祭は長い間、9月11日~15日に行われてきた。この頃になると急に気温が下がり、秋の気配が濃くなることを言う。▼過去の藤崎八旛宮例大祭から勢いよく駆け出す飾馬馬追いの勢子たち御旅所での御能奉納寂しい随兵寒合(ずいびょうがんや)

  • 二の丸屋形の石垣に龍が!?

    先月中旬の熊日新聞に面白い記事が載っていた。熊本博物館(熊本市中央区古京町)の北側に位置する二の丸屋形跡(現在は旧細川刑部邸が移築されている所)の石垣に、まるで竜をかたどったように見える石の並びが見えるという内容。今日、散歩をしている時に思い出し、ちょっと確かめてみようと立ち寄った。しばらく、「どの部分かな?」と思いながら眺めていると、今日は休日のはずの博物館の中から一人の男性が現れ「何をご覧になっていますか?」とたずねられた。来意を伝えると、それじゃあと解説を始められた。なんとこの方が熊日記事の情報発信元である学芸員の中原幹彦さんだった。それから約30分にわたり、竜に見える石の並びとそう見える根拠や歴史について懇切丁寧に説明していただいた。その要点は次のとおり。この石垣は第八代熊本藩主・細川斉茲公が隠居後に住...二の丸屋形の石垣に龍が!?

  • 金峰山は「きんぽうざん」 OR 「きんぼうざん」?

    昨日のRKKローカル番組「土曜の番組」では、熊本市のランドマークとして市民に愛されている金峰山の呼び方が「きんぽうざん」なのか「きんぼうざん」なのかをハッキリさせようという企画をやっていた。市民へのインタビューでは「きんぽうざん」派が圧倒的に多かったが、案内板などの標記は「きんぼうざん」と書かれているものも多く、市の担当課の見解もハッキリしない。結局、どちらでもかまわないというというような曖昧な結論に終わった。そもそも、はたして二択なのかも疑問だ。僕の祖母は「きぼうさん」と呼んでいたし、古い資料にも「きぼうさん」や「きぼうせん」とも呼ばれていたと書かれている。もともと「飽田山(あきたやま)」と呼ばれていたが、平安時代初期、大和国の金峰山(きんぷせん)権現を山頂に勧請して以来、金峰山と改称されたという。その後、人...金峰山は「きんぽうざん」OR「きんぼうざん」?

  • 美空ひばりが舞う「朝妻舟」

    滋賀県彦根市に住んでいたのはもう26年前になる。仕事でも私用でも長浜にはよく行った。行く時はいつも琵琶湖東岸の湖岸道路を使った。琵琶湖を眺めながら10分ほど車を走らせると、その昔、朝妻湊(あさづまみなと)があったという場所を通過する。この湊は中世の頃、琵琶湖水運の要衝として大いに栄えていたが、江戸時代に入って内湖の米原湊(JR米原駅東口にその跡あり)にその役割をとって代わられ衰退したという。また、朝妻湊には遊女が乗る朝妻舟の伝説が残る。英一蝶を始めとする多くの画家たちが画題としているが、烏帽子、水干をつけた白拍子ふうの遊女が鼓を持つ構図はみな同じだ。もとは零落した平家の女房たちが客をもとめて舟を浮かべたという。江戸中期には山田検校が「今様朝妻舟」として筝曲化し、江戸後期には歌舞伎舞踊「浅妻船」として舞踊曲化され...美空ひばりが舞う「朝妻舟」

  • 実りの秋と成道寺川

    久しぶりに成道寺川を見に行く。川沿いの田圃の稲が頭を垂れ始めている。実りの秋を実感する。成道寺川はと言うと、水質は良さそうだ。ただ、特定外来生物のブラジルチドメグサが繁茂しつつあるのが心配だ。また、いままでこの川では見たことのない魚体の大きな魚を目撃した。すぐに藻の下に潜ったので確認できなかったが鯉かもしれない。この川は絶滅危惧種のスナヤツメや二枚貝等が棲息する自然環境が残された貴重な河川。鯉は在来生物を捕食すると聞くのでこれも心配だ。さっそく、熊本博物館の動物担当学芸員である清水先生にメールを入れた。この季節になるとおきまりのように聞くのが「秋の色種」。何度聞いても素晴らしい演奏だ。成道寺川の清流稲穂が頭を垂れ始め実りの秋を実感田圃の脇では秋の色種が…実りの秋と成道寺川

  • 内海桂子師匠を悼む

    今朝の熊日新聞に長唄三味線の今藤珠美さんが、先月他界された漫才の内海桂子師匠を悼む記事が掲載されていた。お二人は長い交流があったそうで、中でも熊本地震があった2016年の秋に熊本県立劇場で行われた熊本地震復興支援チャリティ「内海桂子と輝く仲間たち」の舞台が思い出深いと述べておられる。僕は内海桂子・好江のいかにも浅草芸人を思わせる話術と唄と三味線を駆使した漫才が大好きだった。好江師匠が亡くなってから拝見する機会がほとんどなく、最近は弟子のナイツのディスりネタにその名前を聞く程度だった。4年前の熊本地震復興支援チャリティも見に行ったが、内海桂子・好江のお二人が健在だった頃の漫才をナマで見たかったと思う。心よりご冥福をお祈りいたします。舞台挨拶をされる内海桂子師匠(2016.10.2熊本県立劇場)最後列真ん中の立三味...内海桂子師匠を悼む

  • オシロイバナ(白粉花)

    所用の帰り道、瀬戸坂を歩いて登って来ると道端に赤い「オシロイバナ」が咲いていた。顔を近づけると微かに甘い香りがする。なぜ「オシロイバナ」なのかというと種子の中身がオシロイのような白い粉なのだそうだ。そういうからには実際、オシロイの代用に使った人もいるのかもしれない。原産は中南米だそうだが、日本へは江戸中期に中国経由で伝来したらしい。この花の思い出と言えば、幼い頃、夏休みになると玉名市大浜町の母の実家に長期滞在した。楽しみは菊池川河口の砂洲での川遊びだった。家から5分ほど歩けば着く距離だったので、裸足で川砂の道を走って行く。足の裏が熱いので走らざるを得ないのだ。そして半日を砂の上で過した後、日が傾いた帰り道の道端にいっぱい咲いていたのが「オシロイバナ」だった。僕の原風景ともいえるだろう。そんな遠い夏の日のことを思...オシロイバナ(白粉花)

  • 「雨にぬれても」と「自転車日記」と「自転車節」

    一昨日投稿した記事「ザ・わらべ@熊本城本丸御殿舞踊撰集」に、ブログ友の小父さん様がとても面白いコメントを寄せて下さった。最後の曲「熊本自転車節」の二番の歌詞から、映画「明日に向かって撃て!」の主題歌「雨にぬれても(RaindropsKeepFallingOnMyHead)」を連想されたそうだ。「明日に向かって撃て!」は1969年に公開されたアメリカン・ニューシネマの代表作の一つとされる西部劇。バート・バカラックとハル・デヴィッドの名コンビによる主題歌「雨にぬれても」(唄:B.J.トーマス)は、主人公のブッチ(ポール・ニューマン)と相棒サンダンス(ロバート・レッドフォード)の妻エッタ(キャサリン・ロス)が自転車に乗って戯れる印象的なシーンで使われたこともあって大ヒットした。小父さん様が「自転車節」に注目されたコメ...「雨にぬれても」と「自転車日記」と「自転車節」

  • ザ・わらべ@熊本城本丸御殿 舞踊撰集

    4年前の熊本地震で甚大な被害を受けた熊本城は、大小天守を先行して復旧工事が進んでいるが、地震前、人気スポットだった本丸御殿の復旧工事が完了するのは10年以上も先の話。かつて本丸御殿大広間が邦楽や舞踊などで華やかに彩られていたあの日々が、再び帰って来ることを願ってやまない。熊本地震前の本丸御殿〽松(本條流祝儀曲)〽藤寿三番叟(藤本流祝儀曲)〽牛深三下り(牛深民謡)〽ポンポコニャ(熊本民謡)〽伊勢音頭(伊勢民謡)〽熊本自転車節(熊本民謡)企画演出・振付:中村花誠立方:少女舞踊団ザ・わらべ地方:本條秀美と秀美社中/藤本喜代則と喜代則社中/中村花誠と花と誠の会他ザ・わらべ@熊本城本丸御殿舞踊撰集

  • 野分のはなし。

    大型で非常に強い台風10号に備え、ガラス戸や窓に養生テープを貼りながら、先日の「プレバト俳句」をふと思い出した。永世名人となった梅沢富美男の傑作集を50句集めて俳句集の出版しようという企画があり、毎回、与えられたお題で新作を夏井先生に「採用」か「ボツ」かの査定をしてもらう。先日のお題は「お箸」で梅沢の句は「野分の夜ほぐす卵ののの形」秋の季語「野分(のわき)」(台風の古称)を使って自信満々の句だったが、結果は「ボツ」。シュレッダーにかけられてしまった。夏井先生評は主役たるべき季語「野分」が活かされていない、というような話だったと思う。「野分」は夏目漱石の作品の一つでもある。先日、このブログで取り上げた「二百十日」と対で語られることが多い作品だ。「二百十日」が、主人公たちが実際に阿蘇山で嵐に遭うのに対し、「野分」に...野分のはなし。

  • 皆様のご無事をお祈りいたします!

    皆様のご無事をお祈りいたします!

  • トム・シーバーさん

    大リーグ通算311勝の大投手、トム・シーバーさんが亡くなったという。それもコロナに感染してというから二重にショックだ。僕らと同世代、大リーグの投手の中で最も好きなプレーヤーだったかもしれない。一番見ていたのは77、78年頃のシンシナティ・レッズ時代だ。当時、フジテレビが大リーグの中継をやっていて夜中によく見ていた。その頃のレッズはビッグレッドマシンと呼ばれた強力打線で75、76年のワールドシリーズを制した黄金時代からやや下り坂にさしかかっていた頃で、シーバーも期待通りの活躍をみせたがリーグ優勝はならなかった。とにかく彼の流れるような投球フォームが大好きだった。名投手のご冥福を祈る。合掌トム・シーバーさん

  • ブリヂストン

    27年間勤めたブリヂストンのOB会報が不定期に送られてくる。その中に訃報欄があり、最近、知人の名前を見ることが多くなった。直近号には、50年前、僕が新人として最初に配属された部署の課長さんの名前が載っていた。初対面の時の印象や飲みに連れていっていただいた時のことなどを懐かしく思い出した。感謝の気持を込めながらどうぞ安らかにと手を合わせた。社員時代は、ずっと人事労務部門に配置され、幅広い仕事を経験させていただいた。おかげで石橋正二郎創業者を始め、歴代の社長など多くの方々にもお会いすることができたことは、一生忘れられない貴重な体験だ。ブリヂストン

  • 二百十日

    今日は9月朔日というわけで藤崎八旛宮へお参りに行く。今月も参拝客は少ない。回廊にはこれから虫干しをするのか、随兵の具足を入れた木箱が置いてあった。今年は使われないまま再び木箱にしまうのだろう。なんだかせつない気持になる。ところで今日は二百十日(立春の日から210日目)である。つい夏目漱石の「二百十日」に出て来る次のくだりを思い出す。「ビールはござりませんばってん、恵比寿ならござります」「ハハハハいよいよ妙になって来た。おい君ビールでない恵比寿があるって云うんだが、その恵比寿でも飲んで見るかね」「うん、飲んでもいい。――その恵比寿はやっぱり罎に這入ってるんだろうね、姉さん」と圭さんはこの時ようやく下女に話しかけた。「ねえ」と下女は肥後訛の返事をする。「じゃ、ともかくもその栓を抜いてね。罎ごと、ここへ持っておいで」...二百十日

  • おきなの夜

    昨夜の「古典芸能への招待」(NHK-Eテレ)は、2017年1月に国立能楽堂で行われた「萬(よろず)狂言特別公演」から。最初の演目「翁」の「三番叟(さんばそう)」の部分は六世野村万之丞の襲名披露ということで、2017年2月に同番組で紹介された。その時はシテ方喜多流の人間国宝・友枝昭世師が「翁」を演じた部分は放送されなかったので、いつかぜひ見たいと思っていたが、3年越しにやっと実現した。「とうとうたらりたらりら」という謎の呪文で始まる「翁」は「能にして能にあらず」といわれ、能の中で別格の存在だ。友枝昭世師は「どうどうたらり・・・」と発音していたようなので喜多流のしきたりなのだろう。露払役の千歳は当時まだ14歳の野村眞之介が演じていたが、下掛りの喜多流では狂言方が務めるらしい。白色尉の面を着けた瞬間から翁は「神さび」...おきなの夜

  • 〇〇50周年!

    今年はメディアなどで「50周年」の文字を見ることが多い。これはとりもなおさず、1970年(昭和45年)に大きな出来事が多かったということである。ちょうど半世紀を経過した主な出来事をあげてみた。大阪万博開幕(3月)よど号ハイジャック事件(3月)新日本製鐵誕生(3月)プロ野球黒い霧事件発覚(3月)ビートルズ解散(4月)アポロ13号事故(4月)ワールドカップメキシコ大会ブラジル3度目の優勝(6月)歩行者天国始まる(8月)映画「ひまわり」公開(9月)三島由紀夫自決事件(11月)この1970年は個人的にも、転職して人生のターニングポイントとなった思い出深い年。これらの出来事の思い出と重なって、より鮮明な記憶が残る。〇〇50周年!

  • 水前寺二題

    ▼出水神社の鳥居4年前の熊本地震で倒壊した水前寺の出水神社社殿前の鳥居がヒノキ造りで甦った。昨日、除幕式の様子がテレビニュースで流れていたのでさっそく拝観しに行った。阿蘇郡西原村の出水神社所有の山林で育ったヒノキだそうである。この出水神社は細川家初代の藤孝公を始め、歴代の当主およびガラシャ夫人を祭神とする神社。真新しい扁額の文字は十八代当主細川護煕氏(元首相)が書かれたものだという。これから風雨に曝されながら徐々に趣ある風合に変わっていくのだろう。あとは表参道の鳥居復活が待ち遠しい。真新しいヒノキの鳥居熊本地震で倒壊する前の石の鳥居▼水前寺競技場の屋根撤去昭和35年(1960)に開催された熊本国体の主会場となった水前寺競技場のメインスタンド屋根が老朽化し、倒壊の危険性があるとして、熊本市は屋根を撤去することを決...水前寺二題

  • 今日聴きたくなった2曲

    昨日、gooブログ内でフォローさせていただいている「cosmophantom」さんが「ナンシー・シナトラ」と彼女のアルバムについて紹介されていた。あらためて言うまでもなく彼女は往年の大スター、フランク・シナトラの娘さんで、自身も歌手、女優として活躍した。「レモンのキッス」や「シュガータウンは恋の町」など60年代を中心に多くのヒット曲がある。今日、ブログ記事を読みながらふと思い出し聴きたくなったのは、映画の007シリーズ第5作「007は二度死ぬ」の主題歌「YOUONLYLIVETWICE」だった。007シリーズで唯一、日本が舞台となりロケも行われた作品だったこともあり、印象深い1曲だ。今日、BSのプレミアムシネマで「追想(1956)」が放送された。ロシア革命後の皇女アナスタシアの後日譚で、イングリッド・バーグマン...今日聴きたくなった2曲

  • 随兵の季節も今年は寂しく…

    夕方、ツクツクボウシが鳴いていた。晩夏いや初秋を感じさせる。毎年この時季になると聞こえてくるアノ音が聞こえない。どこかの広場で藤崎宮のおまつりに備え馬追いの囃子を練習する鐘太鼓やラッパの音だ。今年は随兵などの中止が早々に決まり、なんとも寂しい秋になった。今日、江戸前期の天和3年(1683)に肥後藩士が記した「歳序雑話」を読んでいたら、藤崎八旛宮祭礼の話が書かれていた。当時は藤崎宮は今の藤崎台球場のところにあるので、随兵と言っても御旅所となる段山の行在所までだから距離的にはごく短い道中だ。ただ、新町の勢屯りでは奉納する供乗馬をだいぶ暴れ回らせたらしい。「クモの子を散らすように…」と表現しているので、勢屯りの中は無秩序に馬が走り回り、馬に蹴られて死者も出ていたようだ。そんな様子が島田美術館の「藤崎八旛祭礼絵巻」に見...随兵の季節も今年は寂しく…

  • 人吉旅館 復興プロジェクトは あと4日になりました!

    7月の豪雨災害で甚大な被害を蒙った「人吉旅館」復興支援のクラウドファンディングは、今日現在920名の皆様の賛同を得、1384万円のご支援をいただきました。募集終了までいよいよ残すところ4日となりましたが、復興にはまだまだ多くの支援が必要です。皆様のご理解とご協力を重ねてお願い申しあげます。人吉旅館復興プロジェクト(ご支援のページ)中学生時代の堀尾嘉恵さん(少女舞踊団ザ・わらべ)人吉旅館復興プロジェクトはあと4日になりました!

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