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白い花の唄 https://blog.goo.ne.jp/aquamarine_2007

銀河連邦だのワームホールだののある遠未来の宇宙時代。辺境の惑星イドラで生きる人々の物語。

オリジナルSF小説『神隠しの惑星』第一部です。

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2009/08/10

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  • もろびとこぞりて (その6)

    一同は母屋を出て、まず水を汲みに行った。幅広いなだらかな石段を下りて、大きな鳥居をひとつくぐる。「夕方、北の石段から上がって来たんだろう?あっちは裏門、こっちが表門だ。参拝者はだいたいこの西の大鳥居の方から来る」きさが紀野に説明した。「英一、桂清水はわかるか?」「はいっ。べんてんさまのおみず、ですよね」「よく知ってるな。この水が湧き出している真っ黒な切り株は、雷で焦げてこうなってしまった。昔は大きな桂の木で綺麗だったんだぞ。春には赤い花が咲いて、新緑も黄葉も鮮やかでな。参道沿いの人はみな、その頃からこの水を汲みに来たものだった。今でもこの水で珈琲を淹れる喫茶店が、商店街にある。昔から有名な、美味しい水なんだ」焦げた切り株は、直径5メートルはありそうな立派なものだった。ガラス化して夜目にもツヤツヤと輝いてい...もろびとこぞりて(その6)

  • もろびとこぞりて (その5)

    クリスマスパーティーの前日、紀野は豊に叔母を紹介された。考えてみると、豊の両親も祖父にも会ったことがない。みな健在で元気に世界中飛び回っているらしい。元気なのは構わないが、少し豊を放置し過ぎではないだろうか。豊の家族親族全般に何となく反感というか嫌悪感を覚え始めていたところだった。叔母の杏は何ともさっぱりした気性の女性だった。カメラマンをしているらしい。「息子が2人いて、明日父親とこちらに来ます」「おいくつですか」「7歳と4歳」紀野は子供を育てたことはないが、父親1人で小学生と幼児を連れて旅をするのは大変なのではないだろうか。「豊のことが気になって、私だけ先に来てしまったんです」「なるほど」紀野にもわかって来た。おそらく豊の母親も杏も似たところがあるのではないか。けっして愛情がないわけではない。ただ何かに...もろびとこぞりて(その5)

  • もろびとこぞりて (その4)

    授業参観のクリスマスパーティーから5日。明け方まで論文を書いていて、午後まで寝ていた紀野が寝ぼけ眼でスマホを見ると、着信が入っていた。83歳の金髪美女からだ。“おでんを喰いに来ないか?17時に銀を迎えにやる”果たして17時に、豊と里菜に案内されて、むさ苦しい紀野のアパートに住吉神社の惣領息子が現れた。「有り難いけど……おでん?」「お節の準備で忙しいから他の料理作りたくないって、毎年年末のこの時期は、おでん、湯豆腐、鍋なんです。今夜はおでんナイト。善美と弘平は午前中から神社に来て大掃除を手伝ってくれてたんで、おでんをご馳走するんです」「僕は何も手伝ってないのにご馳走になっていいのかな?」「いえ、手伝っていただくので大丈夫です」「手伝い?何を?」「村主さんに、必ず豊と里菜さんと3人セットで連れて来てって言われ...もろびとこぞりて(その4)

  • もろびとこぞりて (その3)

    祝勝会は御曹司のスピーチで始まった。「あの子は生まれた時、息をしてなくて僕がこう、息を吹き込んで……」と涙ながらに語ると、「また始まった」「よっ、名調子」などと牧童たちや厩務員からヤジが飛ぶ。どうやらいつも言っているらしい。「トレーニングを始めると、今度は脚の故障が多くて、デビュー戦でも優勝したと思ったら骨折。本当にハラハラし通しでした。しょっちゅう里帰りしてくれる点は親孝行でしたが、その度に育成の皆様や調教師、トレーナーの皆様、いつもいつも支えて下さって、うちのアリエスは本当に果報者です。年内は休ませて、次は年明けから走らせることになりますが、今後とも変わらず応援してやってください。で、アリエスのお陰で稼がせてもらったので……アリエスの弟のシリウス、この子もすごく走りそうなので……この度、僕がオーナーに...もろびとこぞりて(その3)

  • もろびとこぞりて (その2)

    関東での仕事を2、3済ませて新幹線で南下した紀野を、駅の北口でピックアップしたのは、年齢不詳性別不問国籍不明な麗人だった。細やかなプラチナブロンド、狼のようなアイスブルーの虹彩、細身だが均整のとれた体躯、洗練された身のこなし。「紀野さんですな。大宮司さんに頼まれてお迎えに来ました」綺麗に洗車された白のステーションワゴンから降りて来た人物を見て、紀野は思わず声が出た。「リューカ・クリステスク!」「おや。ご存知でしたか」紀野は口を手で押さえながら、失礼を詫びた。「いや、僕もそういう業界にいるもので……。有名ですよ、東欧やロシアの動乱で散逸していた美術品を、廃墟から次々見つけ出すウフィツィのキュレーター。よほど目がいいに違いないと……」「鼻が利くんです」そう言ってウィンクした愛嬌のある仕草を見て、声を聞いてもな...もろびとこぞりて(その2)

  • もろびとこぞりて (その1)

    クリスマスをあと3日に控えた日曜日、競馬場はバラエティーに富んだ服装の人々で賑わっていた。まずは普通にカジュアルな冬服の人々。ダウンジャケットやウールのコート、マフラーやニットキャップなどで防寒している。その他にいかにも競馬オヤジな面々ももちろん多い。コーデュロイやツイードのジャケットでおめかししていたり、ジャージやナイロン素材の作業服だったりするが、特筆すべきは帽子の着用率である。パンチングや何かのロゴの入ったキャップなど。ギャンブルで身を持ち崩したような身なりの悪い人間は実はほとんどいない。一方、初めて競馬場に来た人が驚くのは、意外なフォーマル着用率の高さである。まあ、そんな格好をしているのはたいてい“関係者”である。競馬会の役員や馬主、調教師など。その他、イベントを賑やかすためのマスコットやゆるキャ...もろびとこぞりて(その1)

  • STOP! 桜さん! (その8)

    文武両道を謳う飛鳥高校は、運動部と文化部に各ひとつずつ所属することが必須である。活動内容によって週2日の部と週3日の部があって、合計5日になるように選択する。大会やコンクールなどの前で特訓期間になると、練習日が増えるので、もうひとつの方の部は公式に休めるルールになっている。何に入るか迷ったが、運動部はワンダーフォーゲル部にした。普段はランニングやジムのマシンで体力作りをして、月1、2回、近郊の山を歩き、長期休暇にはキャンプや山小屋泊などで合宿があるらしい。というのも、紫ちゃんのいる山寺が、割としっかり山らしいのだ。紫ちゃんは10歳くらいからあちこち山を巡って、五葉と水源の浄化や龍脈の調律などの仕事をしていたので、今の寄宿先の山でもブランカと楽々石段を駆け上っているらしいが、こちらはそうはいかない。進学校志...STOP!桜さん!(その8)

  • 白い花の唄 (その6)

    地球はダンから一番近い居住可能な惑星だ。実際、簡単な栽培や土器などの文明を持つ人類が集落を作っていること、間氷期で温暖な気候で採取狩猟生活でも食糧に困ることが無さそうだということまで、調査済らしい。なのに調査船が帰って来ない。調査船の乗組員は風読みと星読みで構成されていた。「彼らの無事がずっと知りたかったの」ミルテが言った。彼女の子供が3人、地球行きの船に乗せられたそうだ。私たちはリーリャの水槽のある部屋で話していた。ミルテが2人の診察をするので、ついて来たのだ。「私は司の力が無かったから。夫は早く亡くなったけど、それでもしばらく家族で暮らすことが出来た。でも娘は夢を読むことが出来て、それで……寺院に送られてしまった。息子たちは力が無くて……薬師の村で一緒に育てることが出来たのに、結局……連れて行かれてし...白い花の唄(その6)

  • 月夜のピアノ・マン (その10)

    光さんが翌日、神馬の馬運車と一緒に戻ると言うので、サクヤさんの運転で、都ちゃん、鷹史さんと住吉に帰って来た。明日は夏祭り。学校の友達がたくさん神社に来る。提灯飾りの用意は先週から始まっているし、宵宮の露店は今夜から営業する。(都と瑠那、夕方まで時間ある?)「ありますよ」「あるけど何?」「お父さんが、神社に来る人増えるから、庭を一通り、裏まで見て回ってって」花盛りの夏の庭のパトロール。都ちゃんと一緒に。楽しい仕事だ。「でもサクヤさん、今日は馬にも乗ったし、疲れてない?大丈夫?」「大丈夫、大丈夫。ファームに行くと、私、元気になるんよ。お医者さんも、お腹が重くなる前はたくさん運動していい、言うてはったし」妊婦の適切な運動に、乗馬トレッキングや山歩きは入るだろうか。(無理しないこと。具合悪そうならすぐ母屋で休ませ...月夜のピアノ・マン(その10)

  • 月夜のピアノ・マン (その9)

    牧場というところはいつもベビー・ラッシュなのだろうが、それでも人間の赤ん坊となると話は違う。首も座らない乳児が3人揃っているのは壮観だった。谷地田ファームは馬メインの牧場で、住吉神社の神馬を預けている関係で私も3度ほどうかがったことがある。今回は、夏祭りで神馬2頭を神社に運ぶのでその打ち合わせに来た光さんに、私とサクヤさん、鷹史さん、都ちゃんが連れて来てもらった。前回、私がついて来た時は赤ん坊は、農場主の長男さんとこの男の子、輪くんひとりだったが、今回、さらに2人、双子の赤ちゃんのアヤメちゃんとアカネちゃんが増えていた。その2人が例によって、並外れていた。鷹史さんや都ちゃんを見慣れて来た私でも、やっぱり目を奪われてしまう。細いプラチナブロンドの髪に深い青緑色の目をしているのだ。そしてやっぱりホタルの見える...月夜のピアノ・マン(その9)

  • 白い花の唄 (その5)

    管制室でモニターを見ながら話し合ってすぐにわかってしまった。ここは地球じゃない。木星と火星の間。小惑星帯と呼ばれる地域にある小惑星のひとつらしい。彼らは自分の星をダンと呼んでいる。近隣の2つの小惑星、ハラ、ハクナとの間で国交があるらしい。小惑星帯の中の星から空を見上げると、空を埋めるようにいびつな形の小惑星が浮かんで見えるのかと思っていた。まったくそんなことはなく、地球から見る月以上の大きさに見える天体はなかった。意外だ。私が太陽系第三惑星から来たと言っても、管制室の面々はそれほど驚かなかった。ある程度予測していたらしい。でもオリに似た人から、ミギワに会えと言われたことを告げると、ざわついた。私の世界とオリの世界はどのように結びついているのだろう。この星から最も近い居住可能な惑星は地球だ。何度か地球に調査...白い花の唄(その5)

  • 白い花の唄 (その4)

    オリが私の腕を掴んで塔の中を走ってゆく。引っ張られてはいるが、乱暴ではない。鷹ちゃんにそっくりの少年。あなたは誰?鷹ちゃんのご先祖様?それとも未来の鷹ちゃん?他人の空似とは思えない。でも、となると、ここで私の知ってる鷹ちゃんと会うのは不可能ということなのだろうか。ミギワの名前は鷹ちゃんから聞いていた。水際?汀?境界線の名前だ。何の境界だろう。彼岸と此岸?オリと塔の中を走りながら、考えがグルグル巡る。ついて行って大丈夫なのだろうか?でも他に手掛かりは無い。鷹ちゃんを信じる。この出会いに賭ける。螺旋階段をずいぶん上がった。おそらく私が崖から着地したテラスより、上の階層まで上ったと思う。そこはドーム状の透明な窓に囲まれた管制室のような部屋だった。10人ほどの男女が一斉にこちらを振り向いた。オリが私を見つけた経緯...白い花の唄(その4)

  • 白い花の唄 (その3)

    想像通り、崖から降りるにつれて浮力が感じられるようになった。スカイダイビングのフリーフォールのイメージで、落下速度を調節しながら塔に接近した。峡谷の底まで下りてしまったら、塔の中を上るのが大変そうだ。塔の中ほどの高さのテラスを目標に据えて、少しずつ速度をゆるめつつ降りた。そういえばパラシュートもパラグライダーも無いけど、うまく着地出来るだろうか。ま、何とかなるだろう。……何とかなった。思ったよりスピードが出ていて、着地した途端、慣性でテラスを走る羽目になり、最後は3回ほど前転して壁にドスンと衝突した。けっこうショックはあったが、どこも怪我をしていない。成功だ。テラスから崖を見上げるとかなりの高度差がある。どうやってあそこまで上ろう。ま、何とかなるだろう。テラスに付いていたドアを開けて、塔の内部に入った。内...白い花の唄(その3)

  • 白い花の唄 (その2)

    水に入る前は、眩しいほど輝いている青い水面のすぐ下に眠っている澪さんが見えていた。靴と靴下を脱いで水に足を入れた途端、水面が揺れて澪さんの姿が消えた。予感はしていた。澪さんはもっと“深い”ところにいる。裸足で花を踏みながら歩く。色とりどりの花のようなサンゴ虫やイソギンチャク。色とりどりの魚たち。ここが本物のサンゴ礁のラグーンなら、折れたサンゴの枝やカキ殻などでガサガサして裸足で歩けるはずはない。それに枝サンゴのテーブルが出来ていて、こんなに平らなわけがないのだ。つまりここは、見せかけの花畑。見上げると透明な水面を透かして青い空が見える。真上にはレンズ型に水面が割れて、星空が見える。不思議な光景。ここは昼なのか夜なのか。11歳の時、鷹ちゃんと歩いた花畑。礁湖のなだらかな斜面を下ってゆくと、次第にサンゴの群落...白い花の唄(その2)

  • STOP! 桜さん! (その7)

    高校に無事、合格した。合格発表の日まで気付かなかったが、清香も同じ飛鳥高校を受験して合格していた。ニヤリと形容したくなる微笑を浮かべて、『3年間よろしくね』と言われた。やれやれ。賑やかな高校生活になりそうだ。受験勉強の追い込みの時期、あまり弾けなかったので、春休みの間に少しピアノを思い出しておこうと思った。弾かないとピアノが傷むと言うし、調律も必要だろう。土蔵に近づくとピアノの音が聴こえた。碧ちゃんかな。朝、ピアノの話をしていたのだ。地下に続く木の階段を下りてゆくと、ピアノの音と碧ちゃんの声がした。誰かが調律している。父が調律師さんを呼んだのかもしれない。でもいつもお願いする小西さんだったら、碧ちゃんは見えないだろう。階段の上からは調律師さんの顔が見えない。碧ちゃんが熱心に質問していて、調律師さんは何か説...STOP!桜さん!(その7)

  • STOP! 桜さん! (その6)

    輸入雑貨のお店で一目惚れして、お年玉貯金を一部崩して買った木苺模様の白磁のティーセットがあった。トランクのような形のバスケットの内側に、赤と白のギンガムチェックの布が貼られていて、5組のティーカップ、ソーサー、銀のスプーンとティーポット。買ったものの、今まで出番がなかった。ドイツパン屋さんで買って来たバタークッキーを白磁のボウルに盛り付けて。桂清水を電気ケトルで沸かして、ティーポットを温めて。茶葉は輸入食品の店で見つけた可愛い缶入りの、ストロベリーティー。甘酸っぱい香りが丹生神社の社殿に満ちた。拝殿の奥で見つけた使ってない白木の台に、木苺模様のティーカップとソーサーを並べて、紅茶を注いだ。やっと先生と碧ちゃんも一緒にお茶会が出来て、私は満足だった。2人は断れない立場で、強要されてて、緊張していて、ちょっと...STOP!桜さん!(その6)

  • STOP! 桜さん! (その5)

    ヒイラギの花の咲く夜約束してから、黒曜とは月に1、2回の頻度で会えるようになった。中庭の見える渡り廊下の長椅子が、私たちの定位置になった。家族が寝静まった23時頃。ヒーターを点けてお茶を淹れる。黒曜が来ない夜も、寝る前に夜の中庭を眺めるひと時は、いいリラックスの時間になった。お茶を四杯用意して、先生や碧ちゃんを誘ったが、2人は遠慮してお茶会に加わらなかった。まだ黒曜のことが怖いらしい。黒曜の方も、注意深く私やホタルたちと距離を保とうとしている風が感じられた。碧のことがあったから、あまり“異相”に馴染み過ぎるのは良くないと考えてるのだろう、と先生は推測した。見れば見るほど、整った綺麗な顔だった。そしていくらマジマジと見ても、男性か女性かわからない。聞いてみようかとも思ったが、失礼な気もしてまだ聞けないでいる...STOP!桜さん!(その5)

  • STOP! 桜さん! (その4)

    黒曜のことは母から聞いたことがあった。住吉三神をお祀りするようになる前からの、この杜の本来の祭神。水と音楽の女神。琵琶を弾くので弁天さまとも呼ばれている。月明かりにぽうっと白く浮かぶクジャクソウの花に囲まれて、黒曜は琵琶を爪弾いていた。何かの曲を演奏してるというより、気持ちのままに、思いつくままに、音を出しながらハミングしている。真っ直ぐな黒い髪は地面につきそうな長さだ。中国風というより、奈良時代とか平安時代の貴族がこんな服を着ていたのかな、という衣装。音楽の邪魔をしたくないと思っていたはずなのに、その姿を見たら思わず口をついて名を呼んでしまった。「黒曜」黒曜はすぐに気づいてこちらを見ると、うれしそうに顔を輝かせた。「葵」私の名前を知ってる?黒曜は続けて何か言いかけたが、その言葉は聴こえなかった。何か私に...STOP!桜さん!(その4)

  • STOP! 桜さん! (その3)

    夏期講習やJAZZの野外ライブで夏は終わり、秋は大祭の準備で慌ただしい。中2だけど受験生予備軍ということで、本格的なお手伝いは免除されている。これが紫ちゃんだったら、お祓いや神事で役に立てるのだろうけど、私は本当に雑用ぐらいしか出来ることがない。織居の分家の他にも若い神職さん達が、合宿状態でお手伝いに来てくれているので、私にはさっぱり仕事が回って来ない。うちは神職さん達の修行場として密かに人気らしいのだ。つまり、“出たり”、“視えたり”するから。そういうオカルト体験でいちいち動揺していたら神職は務まらない。というわけで、みなさん、“鍛え”にうちにやって来るわけだ。鍛えるぞー、と意気込んで、内心ワクワクしながら仕事をしているので、ホタルたちのいい餌食になっている。私の仕事は、紫ちゃんのいない今、そんなホタル...STOP!桜さん!(その3)

  • 朱い瞳の魔法使い (その8)

    バーベキューのためにペンションのピクニックテーブルに集まっていた一同に朗報がもたらされた。れーくんの病院に同行していた、側近のアリッシュさんから谷地田さんに電話があったのだ。「怜吏くん、脳波異常ないし、意識もはっきりしてるそうだ。まだ午後にいくつか検査して、念のために今夜は病院に泊まるらしい。千雨さんが付き添うから、イリスさんはこっちに戻ってくるって」「あら。じゃあ、私、車でイリスさん迎えに行くわ。れーくんの顔見たいし」留美子さんが申し出た。「あの……僕も一緒に病院行っていい?明日は住吉に帰るし、そしたら次、いつ会うかわかんないし」トンちゃんがお見舞いに行くと言い出した。なら、私も行こう。「あれ。ほしたら私もご一緒してええやろか。私も明日帰ってまうし」「いいですよ。アリさんはどうするのかな」「怜吏くんが泊...朱い瞳の魔法使い(その8)

  • 朱い瞳の魔法使い (その7)

    狂乱のガーデンパーティーが終わった午後遅く、きーちゃんの運転するステーションワゴンでファームに向かっている時のこと。後部座席に瑠那と並んで座っていた村主さんが、身を乗り出して助手席の私に聞いた。「谷地田ファームってーと、大宮司怜吏ってのが出入りしてないか?」「へ?村主さん、れーくんとお知り合い?」「れーくんってトンすけのライバルの?」瑠那が会話に参加する。「ライバルって何のライバルだ?」身体が大きくなって乗馬に向かない、ということでファームに行く機会の少なくなったきーちゃんは、事情をつかめていない。「イリスさんの工房に、4ヶ月くらい前からお手伝いに来ている、千雨さんて方がいてはるんよ。ちょっと大変なことに遭ったらしくてなあ、離れに寝起きして、セラピーちゅうか、療養を兼ねてはって。れーくんはその息子さん」「...朱い瞳の魔法使い(その7)

  • 朱い瞳の魔法使い (その6)

    その日は、朝から住吉神社は上に下にの大騒ぎだった。都ちゃんの大学が休みに入って瑠那にゆっくり会いに行くね、と約束していた日。その2日前から都ちゃんに先立って希さんが住吉に来た。メノウが言い出して、咲さんと紫さんが乗ってしまい、桜さんが采配を奮って、瑠那の結婚披露パーティーをすることになったのだ。瑠那は結婚式は要らない、と断っていた。どうやらイタリアを発つ前に、村主さんの兄妹に囲まれてお祝いをして来たらしいのだ。でも桜さんが、こういうことは何回やってもいいし、記念に写真だけでも撮ろうと押し切って、ほぼ無理やり、有無を言わせず、瑠那の艶のある長い髪を日本髪に結った。さあ、白無垢着せなくちゃ、と瑠那の着付けを手伝う気満々で張り切って小物を並べていると、髪結いの先生が、「さあっ。次はお姉さんね」とニコニコ迫力のあ...朱い瞳の魔法使い(その6)

  • STOP! 桜さん! (その2)

    せっかく山元さんが温かいお茶を淹れて勧めてくれたのに、お団子を口に運んでも何だか食べたくない。山元さんに悪いと思って頑張って一個口に入れてみたが、味がしない。ゴムを噛んでるみたい。一生懸命噛んでるうちに吐き気がこみ上げて来て、慌てて残りのお団子の串をお皿に戻して、お茶で口の中の団子を飲み下した。気持ち悪い。涙が滲む。何とか吐かないように深呼吸した。隣りを見ると、姉もまったく進んでいない。胡麻蜜もみたらしも大好物で、普段なら3本ずつ行けるのに。“お腹の調子悪くて”と言い訳して、母屋に戻った。台所をのぞくとお手伝いの浜田さんが大根の下茹でをしていた。「綺麗なブリのアラが手に入ったの。今夜はブリ大根よ」ブリを思い浮かべただけで、また吐き気がこみ上げて来た。どうやら姉も同じらしい。浜田さんに体調が悪くてどうやら今...STOP!桜さん!(その2)

  • GO! GO! 桜さん! (語り手: 麒次郎)

    それは本当に突然だった。もっとも、桜さんの言い出すことはいつも唐突で、そして桜さんは言い出したら聞かない。そしてそれは、まるっきりの唐突というわけでも無かった。少なくとも俺にとっては。俺は多分、9歳ぐらいの時には俺とサクヤが結婚する可能性はあるだろうか、と思案していた。でもサクヤは、生まれた時から鷹史……俺の兄のものだった。比喩ではなく、文字通りの意味で。兄の鷹史は宇宙人だ。これも比喩ではなく、文字通りの意味で。長兄の仁史が5歳の時、ひとりで裏山に迷い込んでしまい、探し回っていた母のところに、狐にでもつままれたような顔でひょっこり現れて、言ったそうだ。「あのね。僕、弟を見つけたよ。だって僕とそっくりの男の子だもん」母が駆けつけてみると、2歳くらいに見える鷹史が、これまたキョトンとした顔で座っていたそうだ。...GO!GO!桜さん!(語り手:麒次郎)

  • 朱い瞳の魔法使い (その5.2)

    都ちゃんは、まだぼーっとした顔で、ドンちゃんを見上げた。ドンちゃんは5歳児みたいな笑顔を見せた。「都がそんな格好してると、何だか嬉しい。可愛いよ。都はもっと、自分の好きな服着たらいい」「今だって別に嫌いな服着てるわけじゃ」「わかってる。でももっといろんな服、着てみたらいい。都が我慢してるの、知ってた。我慢しなくていいよ」ドンちゃんを見上げる都ちゃんが、ポロッと涙をこぼした。「都、スカート似合うやん。どうして今まで着らんやったと。これからどんどん着て。俺、都がスカート着てるの、好き」トンちゃんも素直に褒める。なかなか女たらしなセリフだけど、8歳児なので罪はない。先生はいつの間にかのんちゃんまで連れて来た。「うおっ。都のそんな格好、初めて見たな。いいやん。横浜の女子大生って感じするぞ」「そしてこれが、私の形見...朱い瞳の魔法使い(その5.2)

  • 朱い瞳の魔法使い (その5.1)

    イタリアから帰国した瑠那が一番驚いたことは、住吉の母屋に着いてみると桜さんがふわふわ浮いていたことだろう。羽化仕立てのヒグラシのような繊細な薄緑色のキャミソールドレスを着て、明るい栗色のウェーブのかかった長い髪をなびかせて、どう見ても20歳前後の若い姿で。桜さんは例によって強引な采配で、私ときーちゃんの再婚を決めて、婚礼祝いの紅白の干菓子を注文し、『集まった人に配るように』と遺言して、その日のうちに亡くなった。普通、忌中は祝い事を控えるものだけれど、弔問客はみな『桜さんらしい』『桜さん、言い出したら聞かないもんな』『あんたらも大変やね』と納得して、紅白のお菓子を受け取って再婚を祝ってくれた。桜さんがそれで元気になるなら、と再婚を受け入れたものの、気持ちがすぐに切り替わるものでもなく、相変わらずきーちゃんは...朱い瞳の魔法使い(その5.1)

  • 朱い瞳の魔法使い (その4)

    黒曜はいつものように優しく微笑んでいた。真っ直ぐな黒髪は長く足元に拡がっていた。地面の上にいるはずなのに、水面に立っているように見える。長い髪はその光揺らめく水面にふわっと拡がっていた。綺麗な額の下の眉は、いつもちょっと悲しげに顰めている。一重の切れ長な目。いつも伏し目がちで真っ黒な瞳が、潤んで見える。顎が細いので、面長だけど、男性にも女性にも見える。いくらマジマジと見ても、性別がわからない。完全に左右対称の端正な顔だ。写真の父に本当によく似ている。そもそもこのビジュアルイメージが、本来の黒曜のものだかわからない。鷹ちゃんは良く言っていた。人間は理解できないもの、認知できないものは、視界に入っていても“視えない”から、勝手に自分のわかりやすい、親しみのあるイメージに翻訳するのだそうだ。とはいえ、黒曜に関し...朱い瞳の魔法使い(その4)

  • 朱い瞳の魔法使い (その3)

    東屋の横にはつくばいがあり、滝から水を引いて、いつでも綺麗な水が浅い水盤を満たすよう工夫されている。鹿威しはない。東屋に席を設けて茶会を行うこともあるので、つくばいには手水石の他に飛び石や前石を置いて、お着物姿の客が柄杓で手を洗えるようにしている。でも手水石の一番の客は野鳥だ。父は小さな鳥でも立てるように浅い水盤にしたので、今もキクイタダキが水浴びしている。つくばいの周囲はあまり和風とは言えない植栽になっている。クレオメ、ブットレア、アベリア、フジバカマ、柑橘類の数種を囲むのはクスノキ、エノキ、コナラ。つまりこの一隅は、蝶を呼ぶコーナーになっているのだ。やや地味な花と一緒に、蝶を愛でる茶会が好評だ。鳥も集まるように、コケモモ、ヤマボウシ、サンザシ、ピラカンサスなど配置している。近くの小学校が理科の時間に遠...朱い瞳の魔法使い(その3)

  • 紅い瞳の魔法使い (その2)

    私はニュートンの小惑星探査機の記事を開いた。何ごとも視覚イメージがあった方が理解しやすい。「瑠那、小惑星帯って知ってる?」「へ?火星と木星の間にあるとかいう?」「そう。小惑星は互いに衝突してはより大きな天体になったり、消失したりを繰り返していて、鷹史が来たのは今では無くなってしまった準惑星のひとつからでした」「でも空気とか無いんでしょ」「そう。だから地下やドームに都市を作って暮らしていた。大気が無いから、青い空なんか見たことなかったそうです」「鷹史は……星にいた頃の名はオリと言ったそうですが……オリ達自身も5代前に他の小惑星から来た移民でした。一族のほとんどが空を飛んだりする異能力者で、畏怖と蔑視から差別を受けていたそうです」「うわー。そういうの、いやー」「複数の民族が、小惑星間を移動しながら小規模のコロ...紅い瞳の魔法使い(その2)

  • 朱い瞳の魔法使い (その1) (語り手: 咲也)

    年の離れた妹がずっと待っていた人が、杜に現れた。妹といっても血は繋がっていない。私の祖母が、“私たちに絶対必要な子なの。私たちにはなかった因子……魔女の系譜を継ぐ女の子。それに……とても優しい子なの!”と言って見つけて来た少女だ。我が家の養女として迎えて8年になる。彼女のおかげで祖母……桜さん(私たちの杜は女性がやたら多いので、役割でなくファーストネームで呼ぶ習慣がある)は随分元気になった。……訂正しよう。桜さんはもともと元気だった。結界の要という負担のために、身体は弱かったが、無敵だった。瑠那が来てくれて、桜さんはますます無敵になった。真っ直ぐで優しい気質の子で、施設から引き取ってもらった、という気負いもあったのだろう。うちに来た当初など特に、いつもコマネズミのように走り回って、神社の雑用や家事を手伝っ...朱い瞳の魔法使い(その1)(語り手:咲也)

  • 白い花の唄 (その1) (語り手: 都)

    私は3度、竜宮に下りたことがある。一度めは私が生まれた時。もちろん覚えていない。母が竜宮まで下りて、竜宮さまに頼んで私をもらって来た、と話してくれた。二度めもあまり覚えていない。やはり母が一緒だった。竜宮に落ちた2歳の私を、母が迎えに来てくれた。その後、なかなか昏睡から覚めない私を起こしてくれたのが鷹ちゃんだ。三度めは、鷹ちゃんが連れて行ってくれた。この時の記憶はとても鮮明に残っている。私が11歳の時。何がきっかけだったか思い出せないが、その頃とても息苦しくてしんどかった。私は泣けない。怒れない。いつも飲み込んで、何もなかったフリをしないといけない。クラスで話の出来る子がいなかった。先生は“悩みがあるなら話しなさい”と言うけど、言えるはずがない。両親も叔父や叔母、従兄弟たちも気にかけてくれるけど、心配かけ...白い花の唄(その1)(語り手:都)

  • 桜の水辺で

    今年はソメイヨシノが開いてから朝夕冷え込んで、花が長く楽しめた。花の色も冴えていたように思う。桜の名所として有名なお城の公園に徒歩15分なのだが、ここ3年ほど母は内堀を見ていない。車を駐車場に置いて外堀まで歩いて、公園の内部に入って50メートルで力尽きてしまう。公園で車椅子の貸し出しもしてくれるのだが、公園中央にある祭り本部まで借りに行き、使用後そこまで返しに行かないといけない。母は本部まで歩けない。というわけで介護保険で車椅子を借りることにした。月々400円。折りたたみ式の簡易なものだが、軽くて押しやすい。車の荷物スペースに楽々積める。自分ちの車椅子があるのがうれしくて、2時間も公園内を母と花見ながら隅々まで歩いてしまった。公園内は坂道が多くて、母はけっこうちゃんと体重があるので、翌日は筋肉痛になった。でも満...桜の水辺で

  • 北国の春

    南の方では桜吹雪や山藤の便りもあるのに、北国はようやくフキノトウ。まだ庭も寂しい。日中は18℃まで上がる日もあるが、朝夕冷え込むのでまだガーデニングシーズンが始まらない。ビニール温室でやっとヴィオラを3株植えてみた。プリムラは室内の風除室に置いていた鉢を温室に出したもの。まだとてもビニールは外せない。今年は冬が厳しくて、ビニール温室で越冬させたゼラニウムやその他の多年草はほとんど全滅。結局例年越冬できる多肉植物とワイルドストロベリー、アジサイ、ミニバラだけ無事だった。それでも毎日少しずつ緑が増える。屋外にはまだタンポポもナノハナもない。それでもあと10日もすると爆発する。北国の春は、桜も桃も梅も一度に咲くのだ。そして短い夏を経て早い秋が来る。凝縮された濃い春が、もうすぐやって来る。北国の春

  • 名残の花の

    『このうちは何かとちょっと変わっているの』葵さんにそう説明された住吉神社での暮らしは、ちょっとどころでなく変わったことの連続だった。でもまあ、概ね神社での経験は楽しいことの方が多い。楽しい、というのとは違うか。悲しいこととかつらい事情も多いおうちなのだ。でも知れば知るほどイヤだな、と思うよりも私にできることをしたいと思う。風変わりだけど、魅力的な人ばかりだからだ。むしろ面倒なのは神社の外の世界だったりする。予想通り、小学校ではいい感じに浮いてしまったし、ご近所でも陰口を叩かれる。よくわからない言いがかりをつけて来る人もいる。でも平気。イヤなことと割り引いてもお釣りが来るぐらい神社の人々が可愛がってくれるからだ。神社の参道沿いの商店街でも、イジメられている事情を知ってて味方になってくれる人も多い。とはいえ、面倒な...名残の花の

  • 月夜のピアノ・マン (その8)

    新幹線の駅はいつも緊張する。天井が高くて建物が大きいし、とにかく人通りが多い。お店が多くて目が回る。でも王子様の護衛が3人も一緒なので大丈夫。ノン太と鷹史さんと先生。実はあの夜以来、鷹史さんと話すのを避けていた。何と言っていいかわからなくて、できるだけ考えないようにしていた。だいたいノン太とセットなので、鷹史さんと2人で話す機会などないから、避けていてもなんとかなったのだ。今日は人混みの中で先生が大丈夫かという方が気になって、鷹史さんと気まずいのを忘れていた。面白いことに、先生にぶつかる人は誰もいなかった。すり抜けるというわけでもなく、人の方がスルリと避けて通って行くのだ。「到着ホームまで迎えに行って来るから、先に店に入って席取っておいて」とノン太が言って、構内に消えて行った。どうやらお母さんがちょっとのんびり...月夜のピアノ・マン(その8)

  • ピアノ図書館 (その5)

    トン介は怒っていた。「どうして人のおらんとこでそんなん勝手に決めとるんや」トン介は自分が住吉の長男だという責任感が強いので、館長にきちんと挨拶して、右近を収蔵してもらえる件の御礼もちゃんと言った上で、礼儀正しく館長と岩井さん、葵さんの雑談にも付き合っていたのである。そしてどうやら今回、トン介は留守番の流れなのだ。サクヤがだいたい住吉神社の半径5キロからせいぜい10キロぐらいまでしか離れられない。サクヤのボディーガードを自認しているトン介は、家族が遠出する時も常にサクヤの傍にいるのだ。しかし今回は桐花が初めて神社から500キロばかり旅するのである。それにメノウを召喚するとなれば住吉の一大事。長男としてその場に立ち会いたい。とはいえ咲さんが留守の間、サクヤをひとり置いておくわけにもいかない。トン介の男心は2つに引き...ピアノ図書館(その5)

  • ピアノ図書館 (その4)

    演奏中に踊り場ホールからウルマスとリューカの姿が消えたのも気がついた。楽器の片付けなどをキジローに頼んで探しに出ると、村主に親指で”来い”と合図された。多分ここだろうなと予想つけた場所にいた。裏手の池の傍でリューカがベンチに伸びていた。「だから言っといただろう」村主がペットボトルの水を差し出しつつ言う。ヤツは何だかんだ言いつつも面倒見がいいような気がする。リューカとの付き合いは俺より長そうだ。「わいも、アルモニカは大丈夫やったんですよ。ピアノも慣れたし」「まあ、今日は右近が調子に乗って増幅してたからな。ムリせずこれを使えばよかったのに」ウルマスは自分の耳から何か柔らかい素材らしい耳栓を取り出した。俺の視線に気づくと「チビさん達には内緒にしてくれ」とウインクした。この2人の視聴覚範囲が他の人間と違うことには気づい...ピアノ図書館(その4)

  • ピアノ図書館 (その3)

    前段はこちら。(その1)、(その2)ーーーーー○ーーーーー○ーーーーー○ーーーーー○少し遅い昼食は手打ちうどん屋でとった。桐花のリクエストだ。最近父親のキジローが手打ちうどんに凝っていて、少しお手伝いなどしたものだから、家でも外でも桐花はうどんに夢中なのである。お店の人が足でぐっぐっと踏んでいるのを、トン介に抱っこしてもらって一生懸命見学していた。運ばれて来たかけうどんを、トン介に少しずつお椀に取ってもらって上手に食べてご満悦である。桐花の世話をトン介に任せて、葵さんと俺はそれぞれ電話を何件かかけていた。葵さんは、まずは本丸のピアノ図書館に。それからウルマスや唐牛先生とも何か相談していた。俺は瑠那の自宅に。簡単な用事だったら直接瑠那の携帯電話にかけるかメールするところなのだが、今回はたまたま”あいつ”が帰宅して...ピアノ図書館(その3)

  • ピアノ図書館 (その2)

    前編(その1)はこちらから。----------------○----------------○----------------○----------------宮本研究室を出たところで電話が鳴った。院生の小野くんだ。「今、だいじょぶですか?」「うん。もう実習終わったの?」「はい。高山さん、大学に戻って来ます?」「うん。そのつもりだけど」そう答えたところで、後ろの一団がどっと笑った。無責任に人を煽るばかりのオッサンどもめ。リューカだって絶対、俺と同い年なんかのはずはない。高野山で狩場明神が連れてた白い方の犬は、こいつだったんじゃないかと思ったりする。一同はこれからウルマスの姪がやっているとかいう嵯峨野のハンガリー料理店に行くらしい。同行してさらに魚にされるつもりなぞない。だいたい姪ったってどんな姪だかわかるもの...ピアノ図書館(その2)

  • 孤独な独身男性のケアのために廃れ気味のおばちゃんを復権させようなどという失礼な連ツイがあったのだが。

    タイトルの連ツイは大炎上していろんな論考があちこちからにょきにょき伸びた。一方的にケアしてもらおうなんて、と憤慨する声多し。そんな都合のいいオカンは幻想だ、そうでなければ搾取だ、という結論に落ち着きつつある。そこで、おばちゃんから一言で終わらない連続ツイート。(※注:炎上したツイ主は既婚男性だった)______________________________まあ、私も一おばちゃんとして、なんだかんだ言いつつも勝手に飴ちゃん配ったり拗らせ気味の独身男性に声かけたりケアしてしまっているわけなんだけど、それと同時にあんまり寂しそうじゃない独身女性と遊びに行ったり、高齢男性たちと公民館活動したり高齢女性たちと神社行ったり、友人とこの赤ん坊と遊ばせてもらったり、ついでにお裾分けもらったり悩み聞いてもらったりしているわけだ...孤独な独身男性のケアのために廃れ気味のおばちゃんを復権させようなどという失礼な連ツイがあったのだが。

  • ピエタ (その4)

    その夜のその後の記憶がない。俺の右手を両手で握って、サクヤは"助けて"と言った。怒りに任せてサクヤの腕を掴んで、布団に引き倒したところまでは覚えている。気がつくと朝で、サクヤは昏睡状態だった。身体中から血が引いた。声をかけても揺すっても起きない。こんな風に深い眠りに落ちたサクヤを見るのは初めてではなかった。時には半月近く目覚めないこともあって、もちろん心配はするが慣れっこでもあった。しかし今回は、確実に自分が原因なのだ。動揺が声に出てたのだろう。電話口の母が、すぐ豆腐屋の主人に変われと言った。そしてテキパキ手筈を決めて、あっという間に迎えに来て、あっという間に住吉にサクヤを連れ帰った。かかりつけ医の円山先生がいつものように往診してくれて、いつものように"安静に。好きなだけ寝かせてやりなさい"と暢気なことを言って...ピエタ(その4)

  • ピエタ (その3)

    灯りを消した部屋に満月の光が差し込んでいた。サクヤは布団に横座りして籐椅子のセットを置いた板間に続く、ガラス戸に寄りかかっていた。いつもきっちり正座しているので、あんな風に気だるい様子を見るのは珍しい。浴衣の胸元もゆるくはだけていた。そんな姿を見たのは俺だけではない、ということがいつも胸にチリチリこびりついていて、身体の弱いサクヤを気遣わなくてはと自分に言い聞かせているのに、時々乱暴に扱ってしまう。そして後で激しく後悔する。その繰り返しだ。サクヤと俺の間からタカ兄が消えることはない。そのわだかまりに耐え切れず、せっかくの二人切りの夜に俺の方からタカ兄の名前を出してしまったのだ。あの旅行で二人だけになってから、初めて見る表情や仕草がたくさんあった。神社の神主として、お茶やお花の先生として、一族の命運を担う”柱”と...ピエタ(その3)

  • ピエタ (その2)

    サクヤとキジさんの再婚の顛末はこちらとこちらの漫画をご覧ください。文中に出て来る黒曜は、他の妖魔や神サマ達に竜胆と呼ばれていて、その経緯はこちらの章でも語られています。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇俺はずっと怒ってる気がする。サクヤが抱える事情。住吉神社を巡る状況。タカ兄やきさ祖母さまを追い詰めて来たうちの親戚どもの醜悪さ。何もかも腹が立つ。叔父の新さんやタカ兄がなぜ消えなければならなかったのか。お袋や鏡やウルマスがそれぞれ、自分の見解を説明してくれたが、まったくもって納得できない。叔父と兄貴のせいではないが、二人が消えたことは織居と南部の人間たちの抱えた闇だ。葵さんやサクヤが朗らかに前向きにふるまっているのを見るだに腹が立つ。新さんが消えたのは俺が4歳の時。サクヤは10歳だった。タカ兄が消えた時、トンスケは2歳にも...ピエタ(その2)

  • 月夜のピアノ・マン (その7)

    結局、あの月の夜に新さんと会ったことは誰にも話せなかった。もちろん葵さんやサクヤさんには話せない。一番話しやすそうなのは、のん太だけどやっぱりダメだ。あんなにカッコいい人がライバルじゃ、落ち込むに決まっている。それに、ああ見えてけっこうのん太は勘がいいのだ。鷹史さんのことを、のん太に知らせたくない。第一、それどころじゃなくなってしまった。翌日から、住吉のあっちからもこっちからも新さんが現れたからだ。早朝の拝礼が終わって大鳥居の脇の白砂を掃いていると、本当にさりげなく、当たり前の顔をして新さんが歩いて来た。考えてみると砂を踏む音などしなかったのだ。でも普通に足が二本あって、細身でさらさらの真っ黒な髪で、男性にしては睫毛の長い伏し目がちなアンニュイな表情で、まるで竹の細長い葉がはらはら舞い降りてくるように、ムダのな...月夜のピアノ・マン(その7)

  • 月夜のピアノ・マン (その6)

    その夜はそれ以上、葵さんから鷹史さんのことを聞き出せなかった。葵さんは”ごめんね。こんなこと、瑠那ちゃんに言うつもりじゃなかったのに。こんな頼りない母親でごめんなさい”と涙ぐむばかりなので、私は追求をあきらめた。気分転換に一緒にいろんな街の写真やスライドを見た。どの街にもそれぞれ魅力があって憧れをかきたてられる。いつか行けるだろうか。行けるような大人になれるんだろうか。夢のように遠い希望の気がする。葵さんは自分で行った場所だけでなく、様々な国の写真集や地図などをコレクションしていて、いつでも見ていいと言ってくれた。「葵さん、この資料は研究で使うんですか?」と聞いてみた。「そうね。研究でも使うけれど」何だかまた寂しそうな笑顔。私は少し待ってみたけど、それ以上の言葉は出てこなかった。葵さんには秘密が多い。葵さんの書...月夜のピアノ・マン(その6)

  • 月夜のピアノ・マン (その5)

    土蔵の地下のスタンウェイを見た日から、急にやたら忙しくなった。光(みつる)さんはライブのことが私にバレてずいぶん残念がっていたそうだ。「驚かそうと思ってたのに」「どっちにしろ秘密にしとくの無理だろ。これから人が出入りするのに」「うーん。そうだよね。でもびっくりして喜ぶ顔がちょっと見たかったなあ」子供みたいにすねてきーちゃんにたしなめられている。可愛いとちょっと思ってしまった。「人が出入りするって?」「リハーサル始めるからね」床や壁の改装、配線工事、照明器具の設置なんかで、これまでは神社の外にスタジオを借りて練習していたそうだ。「そこ、手狭でさ。ちょっと遠いからサクヤもあまり来れなくて」ピアノを見せてもらった日から、きーちゃんがよく話しかけてくるようになった。慣れてみると、それまでいつも無口で仏頂面で取っ付き難い...月夜のピアノ・マン(その5)

  • 月夜のピアノ・マン (その4)

    本屋の騒動には意外なオチがついた。鷹史さんと星空のようなサンゴ礁の海のような竜宮の入口で遊んだ翌日のこと。熱は下がったものの、3日寝込んでいたのでまだフラフラしていた。土曜で授業の無い日だったし、みんな甘やかしてくれるので、日当たりのいい和室に布団をのべてもらってゴロゴロしていた。そういえば住吉に来て以来、闇雲にコマネズミみたいに走り回ってたなあ。むきになってお手伝いしていた。役に立たないとがっかりされる、と焦っていたんだろうなあ。今も役に立ちたいと思っているけれど、でも前とちょっと違う気持ちだ。襖を軽く叩く音がした。和室なのにノック。「瑠那、起きてるか?入って大丈夫?」のん太の声だ。こういうとこは、一応気を使ってくれてるらしい。子供扱いせず、女の子としてプライバシーを尊重してくれる。「うん。起きてる。だいじょ...月夜のピアノ・マン(その4)

  • 月夜のピアノ・マン (その3)

    「瑠那ちゃん、あなたとお話したかったの」岩永さんのお母さんが私の手を握って、児童文学コーナーの隅のベンチに誘った。無理に引っ張られたので、ネイルの飾りが私の手に食い込んで痛かった。岩永さんも妙に明るいニコニコした笑顔で並んでベンチに座った。うーむ。私はさながらサバンナのガゼル。メスライオンと子ライオンに狙いをつけられたってところだ。「さ、座って。私、あなたにお話することがあるの」私は手に下げていた蘇芳色の巾着を、床に置いたあけび弦のカゴにそっと入れた。蘇芳色は着物に散らした小花の色とリンクしていて、いいワンポイントでしょと咲(えみ)さんが笑った。「あのね、あなた、織居の家の人からちゃんと話してもらってる?説明されてないんじゃないかと思ったのよ、あの家の事情」岩永さんは私の腕を掴んで私に覆いかぶさるように顔を近づ...月夜のピアノ・マン(その3)

  • 月夜のピアノ・マン (その2)

    (住吉神社に来たばかりの頃の瑠那とノンちゃんのエピソードはこちら。この漫画描いた頃は、鷹史の設定が今とだいぶん違っていて、普通にしゃべるただの(?)美青年だった。だんだんヘンな奴になってしまった。)◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇白い砂を竹箒で掃きながら、落ち葉って秋だけのものじゃないのだなあとしみじみ思った。そういえば、松とかスギは季節関係なくちょっとずつ新しい葉と交替するって習ったような。でも桜とかケヤキとかの葉っぱもけっこう落ちてるなあ。毎日掃いても毎日降って来る。私の3メートル先にニワトリの家族がいる。こんな白砂に餌なんかあるかな、と思うけど、何かほじくったり啄んだりしている。このニワトリ達は神社の番犬代わりらしい。気が向くと桜さんの野菜畑の周りに卵を産む時もあるが、だいたい回収されずに勝手にひよこになって、勝...月夜のピアノ・マン(その2)

  • にじんだ星を数えて

    口を開けただけで歯茎に寒風が滲みて痛いので歯医者さんに行ったら『前歯がかなり欠けてますね』と言われた。歯ぎしりこそしないものの、歯を食い縛る癖がついちゃってて顎関節症で口が開かなくなったり、耳の下が痛くなったりしたことも。食い縛って歯が欠け、噛み合わせが狂ってますます歯が削れて、顎の位置がずれて肩凝りなど身体全体に影響が。癖なので意識的に上下の顎を開いた状態をキープしておくトレーニングしないといけない。いつ歯を食い縛る癖がついたか覚えている。弟に末期ガンが見つかって手術や治療がことごとく無効で半年で死んでしまった時だ。それから何年も、意識的に顎の力を抜かないと噛み絞めてしまう状態が続いた。その後、母の病気、父の死、母との同居とバタバタ続いて、歯が欠けた。舌が刺さるので何か食べ物に砂利とか貝殻が入っていたか、歯石...にじんだ星を数えて

  • 母を褒める

    アルテイシアさんの『母親を殺した犯人はお前だ!』という記事を読んだ。日本の女性が晒されているルッキズム、エイジズム、セクシズムの呪い。呪いが母親を歪め、その歪みが娘を苦しめる。『私は母に見た目を褒められたかったんじゃなく、愛されていると感じたかった』の行で泣いた。そうなんだよ。私も。私は母から愛されてると実感したことがない。母は愛するとはえこひいきすることだと思っていて、私は常に最下位だった。今も連日、母はうちの3匹の猫のうちの一匹に『お前が一番いい猫』と話しかけていて、私はその度に少しずつ傷ついている。我が家は3人兄弟で、兄と弟は母に似て私だけが父似だと言われていた。兄と弟を誉める言葉は惜しまないのに、私は可愛いはもちろん優しいとすら言われたことがない。外見も性格も能力も、揶揄されたことしかない。”塾なんかや...母を褒める

  • ピアノ図書館 (その1)

    この漫画(トンちゃん5歳時)よりさらに3年後。人文学の唐牛(かろうじ)教授の研究室で、葵さんは助教授、ノンちゃんは助手という間柄です。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇写真の中の母はいつまでも若々しくて、いつ見てもぎこちなく微笑んでいる。2歳で亡くなった母の面影はおぼろげにしか覚えていない。ショートカットにささやかなピアスをつけた、この飾り気のない女性が自分の母親だなんてピンと来ない。俺は母の年齢を追い越してしまった。その小さな私立図書館は昔から利用者に”ピアノ図書館”と呼ばれている。閲覧室の地下、書庫の隅に古ぼけたアップライトピアノがあって、司書は一日一回一曲はピアノを演奏すること、という理事長の厳命なのだ。弾ける人間が誰もいない時は、館長が人差し指で唱歌を弾く。常連客は慣れたもので、”今日ボク弾きましょうか”と申し出...ピアノ図書館(その1)

  • ピエタ (その1)

    まったく。どいつもこいつも。「父上。落ち着いて」「そうよ。キジさん、そんな運転じゃ、幼稚園児とかお爺ちゃんとかシカとかツキノワグマを轢いちゃうわよ」「シカとかクマだとこのミニバン潰れちゃうね」「そうね。園児とか老人ならただ轢き殺すだけで済むけど」8歳の幼女コンビの妙に冷静な会話のおかげで少しクールダウンできた。とりあえず車の速度を落とす。確かに山道を70キロでは咄嗟に飛び出して来たカモシカと正面衝突を免れない。「で?リューカに後で拾うって言ったか?」後部座席で連絡係りをやっている幼女コンビの片割れ、魅月に聞く。「そのことだけど、鏡ちゃんが先に合流してから都ちゃんのとこに行こうって」魅月はとても中年には太刀打ちできないスピードで、こちらの会話をライブでライン配信している。リューカと鏡祖母さまは、ここから40キロほ...ピエタ(その1)

  • リビングでジェノサイド

    何度手を洗っても腐臭が取れない。手だけじゃない。服も臭う。どこにいても、職場でも腐臭がする。自分の毛穴から、口から腐臭が漂っているような気がする。うちのリビングには60サンチ水槽がある。離婚して病んで引っ越した時からずっとある。同じ頃に最初の猫、今は亡きキキさんを迎え、いろんな植物を育て始めた。今のうちに越して来た時も、けっこう大変だったが水草も魚もどうにか運び込んだ。川で採れたものを飼っていた時期もある。ヤリタナゴとかシロヒレタビラとかモロコ、オイカワ、ネコギギ、ヨシノボリ。ここ数年は飼育の簡単なプラティ。オトシンやプレコ、プリステラなど。ミックスカラーのプラティを5匹入れたらどんどん子供を産み始めた。毎日1センチ足らずの稚魚が水槽の間にいる。隔離しなかったので魚同士で密度調節していたと思う。それでも常に40...リビングでジェノサイド

  • 月夜のピアノ・マン (その1)

    桜さんと初めて会った時のことは今でも鮮やかに覚えている。あの時、降りしきる桜の花びらの下で、私は天女を拾った。いや、拾われた。あの頃、私はずっと怒っていた気がする。あの日も私は怒っていた。私たちの施設を見下ろす土手の桜並木を見ながら、満開の桜が綺麗だと思う心の余裕も無く怒っていた。子どもの暮らす施設をどうしてこんな大きな川の横に作るのよ。決壊したらどうする気。親のいない子なんか、流されて溺れてもしょうがないってこと。そうよね。そうしたらその分、助成金節約できるもんね。11歳になってもらい手も見つからない自分なんか、将来たいして貢献する見込みもないのに、税金無駄とか思われてるわよね。などと、ブツブツ心の中でつぶやきながら静かに怒っていた。でもさ、私は確かに出来悪いかもしれないけどさ、この子はいい子よ?頭いいし、優...月夜のピアノ・マン(その1)

  • 母の食卓

    今週末の誕生日で母はいよいよ90歳リーチ。この年齢でゆっくりながら杖無しで外を歩けて、自前の歯でトンカツやカラアゲをバリバリ食べられるのは大したものである。私が日中は仕事でいないのだが、ひとりでご飯食べて薬飲んで身支度して、時計見ながらデイサービスのお迎えに遅れないように表に出て待っておくことができる。時間感覚、曜日感覚がわからなくなっている自覚があって、自分でカレンダーや日付表示のある時計を見て、『明日はデイサービスの日』などと確認している。大したものである。とはいえ、軽い認知症があってそれなりに日常困ったことも起こる。例えば自動ドアの仕組みがある日突然わからなくなった。というより近づくと開くのはわかるのだけど、離れれば自動で閉まるというのを忘れてしまったのである。「自動ドアなのに自動で閉まってくれない」とド...母の食卓

  • 暖冬の干し柿

    手作りの干し柿をいただいた。今年は暖冬で雪が少なく温度も湿度も異常に高い。柿がなかなか乾かず大変だったそうだ。『甘くないし色が真っ黒になってまった』確かに甘味が弱い。酸っぱい。しかしこれはこれで別の美味しさがある。タマリンドとかマンゴーチャツネみたい。ねっとり濃くて甘酸っぱくてトロピカルな味わいがある。暖冬の干し柿

  • 猫と魚を飼い、鳥と魚を見る人生

    "好きな動物は?"というお題だが、生き物なら爬虫類でも虫でもプランクトンでも好き。住宅の事情で犬は飼ったことないが、人生の半分は猫と暮らして来た。魚各種、甲殻類、爬虫類、両生類、昆虫あれこれ、鳥類いろいろ飼っていた。電気屋さんがうちの前の電信柱から巣を下ろして持ち込んで来たスズメの兄弟を巣立ちまで育てたこともある。植物マニアの母のおかげで9歳からその辺の野草見てもスラスラ標準和名を同定し、種名わからずとも科名がわかる小学生に鍛え上げられ、11歳で野鳥にハマり、19歳で海水魚にハマり、というわけでイキモノなら何でも好きです。自然が多い土地柄なので、日常が割と"生き物地球紀行"。そうそうしょっちゅうダイビングに行けるものでもないので、一番気軽なのはバードウォッチングである。自宅の窓の外をコハクチョウが横切り、通勤路...猫と魚を飼い、鳥と魚を見る人生

  • 雪が降らない あなたも来ない

    昨夜、というか今朝午前3時に前の記事を書いた時には、けっこうな量の雪が降っている実感があったのだが、夜が明けてみると車の屋根に少し残る程度。道路も真っ黒。そう言えばこの冬、除雪車が出動したことがあっただろうか。知人が除雪車ドライバーなのだが、出動がないと手当てが減るのではないだろうか、なんてことも気にかかる。雪の少ない暖冬は過ごしやすかろうと思うかもしれないが、-2℃から+2℃ぐらいまでの真冬日の方がしのぎ易い。体感気温は+4~5℃の方が低いのである。たぶん対流起こって風が吹くのと湿度の関係だと思う。-5℃ぐらいまで下がるとさすがにしばれて寒い。私の住んでるところは、おそらく県内で唯一、雪の日に傘が役に立つエリアだ。北西に単独峰がそびえてて冬型気圧配置で大陸から吹く風を遮ってくれるからだ。聖徳太子の時代からそれ...雪が降らないあなたも来ない

  • 雪が降る

    あなたは来ないなどと待ってる人はいないが、とにかく雪が降る。この冬は不安になるほど雪が少ない。除雪費用がかからないのは有難いが、雪が少ないと後々支障が出るのである。それはともかく、この北国に移住してもうすぐ四半世紀。人生で最も長く住んでる土地になった。そして最も好きな土地。南から移住して来たというと、ここで生まれ住んでる人はたいがい"なぜわざわざ"と言う。"自分は可能なら老後は雪のない土地に行きたい"と言われる。この土地が気に入っている理由はたくさんあるが、何より『北国に憧れていた』というのが強い。というとたいてい"物好きな"と返される。私としては、生まれた土地も育った土地も、とにかく人口密度が高過ぎて空気悪くて自然が遠くて、苦しいばかりだった。大学で人口少ないところで暮らし、就職してさらに人の少ないところへ来...雪が降る

  • Twitter止めましたの追記

    Twitterでの騒動を思い出すとムカムカする。腹が立つという意味でなく、胃とか腸とかがぎゅうっと雑巾絞りされたみたいに痛くなって吐き気でムカムカするのだ。食欲が無いというより、食べる前に『これ食べたら気持ち悪くなるだろうな』と思ってゲンナリする、という感じ。だが仕事あるから食べる。自棄で必要以上に食べる。というわけで、ずっと物理的にムカムカしている。ひとりで暇にしてるとあれこれクヨクヨ考え始めて底無し沼に落ちて行く。とにかく誰かといるか、何か忙しくしておくのが一番。料理してる時と、笛吹いてる時は、スカッとすっかりヤなこと忘れている。おかげでTwitter止めてから食卓が賑やかである。無駄に手の込んだ、下処理の要るものを作る。昨日はカワハギの煮付け、鶏ハツともやしのガーリックペッパー炒め。さらにムカムカして昨夜...Twitter止めましたの追記

  • 非常階段で登山訓練

    老後に野望がある。世界遺産の森で英語と仏語で植物、野鳥、昆虫、地質が説明できるレンジャーやりたい。暇暇に勉強中である。しかし問題は体力。仕事も趣味も野外活動が多いので、インドア派ではないつもりなんだけど、やはり圧倒的に運動量が足りてない。できれば通勤を徒歩か自転車にしたいんだけど、日中に仕事でけっこう移動があるので車を持って行く必要がある。野鳥や植物見る目的があれば、山でも登っちゃうんだけど、ジョギングする元気はない。ましてや窓もない、四方壁に囲まれた薄暗い非常階段を黙々と登るなんて辛過ぎる。しかし今年こそ夏に縦走したい。行ってみたい高層湿原がある。青森に来た時から憧れているのに、体力に自信が無くてトライできない。ザック背負って小屋に泊まってひとりで縦走できるようになりたい。いつか舞踏会に行きたいと夢見てボロ着...非常階段で登山訓練

  • はじめてのおつかい

    というわけでもないが、九十近いやや軽い認知症気味の母が3年ぶりに自力でおつかいするのを陰で見守っている。自宅から徒歩5分の生協が一時閉店になって、母のお買い物も一時休業になっていた。以前は、今日は牛乳の安い日、今日は卵の日、と自分で把握して出掛けていたのだが、足が衰えて頭も衰えて、週2回のデイサービス以外は居間のソファーでうとうとするだけの生活になってしまった。生協リニューアルで、母もお買い物業再開である。何を買うか自分で決めて、会員証見せて、エコバッグ見せて、自分でお会計できるか。私の姿を見つけると判断を私に委ねようとするので、隠れている。母上ガンバ。何を買って来てもちゃんと加工して食べられるようにするから、買ってみたいものは何でも買っておいで。〈追記〉冷蔵庫の備蓄と被ったのは豆腐と長ネギぐらい。お肉とキノコ...はじめてのおつかい

  • 人間やめないためにTwitterやめました

    ほぼTwitter廃人と化していた。年末年始、Twitterで終わったといっても過言ではない。トラブルに巻き込まれ、解決したかと思いきや、新たなトラブルが始まり、どういうわけかネットリンチに遭った。いろんな人間を次々に寄ってたかって罵って叩き出す連中にターゲットにされてしまったのだ。彼女達は私の"職業"がキライらしい。ほとほとイヤになった。体調も壊して実生活にも支障が出た。とりあえず携帯端末からTwitterアプリを削除。でも、なんか書きたい。別に誰に読まれなくてもコメント付かなくても、何か書きたい。というわけでブログに回帰。人間やめないためにTwitterやめました

  • カエルの姫君(その2)

    巫女姿の桐ちゃんは、春に池で初めて会った時のようにずっと大人の女の人に見えた。白い胴着に赤い袴。透けた薄い着物を重ねていて、天女みたいだ。まっすぐに延びた黒い髪を白い布で結んで背中に垂らしている。額にシャラシャラ音がする薄い金属の簪飾りをつけている。桐ちゃんと向かい合って踊る女の人も、桐ちゃんと同じ衣装で同じぐらいの長さの黒髪で、すごく良く似ていた。この人が桐ちゃんのお母さんだろうか。それにしてはすごく若い。桐ちゃんともうひとりの女の人は双子のようにそっくりで、鏡で合わせたようにぴったりと揃って踊っていた。僕が拝殿に飛び込んだ瞬間、2人の巫女と銀ちゃんと、神主姿の男の人が僕の方を振り向いた。銀ちゃんは、笛から口を離してちょっと目を見開いた。桐ちゃんは、あの春の夜のように僕の方を見ていても僕を見ていない。緑に輝く...カエルの姫君(その2)

  • カエルの姫君(その1)

    僕が4月から通う高等学校には、アールデコのお城と森に囲まれた湖沼群がある。アールデコのお城は文化財指定の私立図書館で、生徒以外にも開放されている。高い天井まで届く細長い窓が並んでいて、磨きこまれた木の床に午後の日差しが差し込む閲覧室は僕のお気に入りの場所だ。新刊なんかは無いけれど、いろんな文学全集やカラーの木版画図版のたくさん入った大型の博物学図鑑、地域の歴史書がそろっていて何時間でも過ごせる。閲覧室から続く別棟には、お弁当を食べていいラウンジがあって、凝った組木模様の床にアンティークなテーブルや椅子が並んでいる。今時の視聴覚ライブラリなんて無いから、いつもひっそりして静かだ。高等学校は200年の歴史があるらしい。木がみんな大きく育っていて、真夏でも涼しい影を作っているし、ちょっとした植物園並みに珍しい樹種がそ...カエルの姫君(その1)

  • お化けの店のユタカくん

    そいつと初めて会ったのは例によって桜さんのせいだ。桜さんは俺の曾祖母なのだが、”ひい祖母ちゃん”などと呼ぼうものなら鉄拳が降ってくる。第一、うちは女ばかり祖母だの叔母だのいろいろいるので、”お母さん”の指す人物が呼ぶ人によって違うというややこしい事態になる。というわけで、我が家では女性は基本、個人名で呼ぶルールだ。「トンちゃんっ。トンちゃん、ちょっと来てっ」禰宜の山下さんを手伝って榊を運んでいると、本殿の横手のお社から桜さんが切羽詰った声で俺を呼んだ。もっとも、桜さんはしょっちゅう切羽詰った声で俺を呼びつけるので、俺はまたか、と聞き流して山下さんのワゴンまで榊を運んだ。これからご町内の新築物件の地鎮祭なのだ。徹さんが土嚢をふた袋抱えて来て、ドスンとワゴンに積み込んだ。「こら。忌み砂を粗末に扱う奴があるか」俺には...お化けの店のユタカくん

  • 青い昼寝 緑の散歩

    湖畔を明るい色のつばの広い帽子と、お揃いのワンピースに身を包んだ美しい少女が軽やかに歩いていく。背中までまっすぐに伸ばした髪はヤママユガの繭のような、オオミズアオの羽のような、ちょっと水色の入った薄緑。少女といっても、こっちの国の人には少女に見えるというだけで、孫が3人もいる50代の女性である。もっとも日本でもかなり若く見られる方らしい。しかも彼女が入っている時にはことさらに若く美しく見える。普段は見える人にしか見えない彼女だが、こうして人間の身体に入ってしまえば誰にでも見られる存在になるのだ。そしてどうやら、誰から見ても同じ外見らしい。普段は見える人にとっても、その人それぞれに違う姿に映る。葵さんには5歳ぐらいの少年に見えるらしい。俺には、今の彼女の姿とほぼ同じに見えている。つまり、葵さんそっくりの顔で薄緑色...青い昼寝緑の散歩

  • 南のほの暗い森で(その2)

    そこは、水色の光に満ちていた。明るい水色。水底に光源があるようだ。サンゴ礁の海は透明度が高いので、水深20メートルにあるものもクリアに見えて、浅瀬にあると錯覚するという話をぼんやり思い出していた。その女の人はすぐ傍に見えた。水面から手を伸ばしたら届きそうなほどに。でも試してみなくても彼女に触れるには深く潜らないといけないことはわかっていた。深い水底。竜宮に届くほどの奈落。時間の流れが違うほどの。彼女は両手の平をぴたりと合わせて、まるで何かを祈っているように見えた。水底に横たわって、両目を閉じて、何かを祈っている。まっすぐな薄緑がかった銀色の髪が長く渦巻いて横たわる彼女の身体を包んでいた。まっすぐな銀の長い髪。私は一昨日会ったメイさんの姿を思い出していた。メイさんは眠っている間、ここに来ているのかもしれない。時間...南のほの暗い森で(その2)

  • 南のほの暗い森で(その1)

    お社の朝は早い。午前4時に起き出して境内の掃除。神饌と祝詞を奉って、その朝のコンディションによって必要なチューニングをする。コンディションというのはつまり、水脈の濁りとか地脈のねじれとか、鏡ちゃんによると重力分布の歪みとか、そういう結界に緩みを生じる不具合の補修だ。今朝は南紀の崩れの影響であちこちズレが出ているので、それぞれの得意分野でいろいろやってみた。私と咲(えみ)さんは弓。トンちゃんは笛。きーちゃんは土俵でドスンドスンと四股を踏んでいた。きーちゃんは弓道師範の満先生の息子なのに、どうしても弓が苦手で9歳ぐらいで相撲に転向した。タカちゃんも中学生ぐらいから日本中飛んでチューニングに忙しかったので、弓道はやるものの試合で成績を残したりしていない。そんなわけで長男の仁史さんが二代目として一身に道場を背負っている...南のほの暗い森で(その1)

  • 星の幽霊 その4

    結局俺はそれから3日寝込んでしまった。次の日に熱が出て、フィルが病院に連れて行ってくれたが、それも夢うつつでよく覚えていない。肩と両膝のケガを治療する時、フィルは写真を撮っていたらしい。病院でそれを見せたら学校に知らせが行って大騒ぎになってたそうだが、それも知らない。目を覚ます度に、違う顔が俺をのぞき込んでいた。フィルや大家さん。担任の先生も来た。翌日の夕方には出張から帰って来た母が、枕元で泣いていた。何か母が安心するようなことを言いたかったけど、熱のせいかうまく言葉が出て来なかった。母が仕事を休めないので、結局俺はそのままフィルの家で療養することになった。フィルとサクヤは父方の曾祖母が南米で身を寄せていた村から来たことになってて、驚いた。母に信用させる方便じゃないのか。でもこのうちで父の夢を見た。父と曾祖母が...星の幽霊その4

  • 星の幽霊 その3

    トラがもぞもぞするので目が覚めた。布団から出してやると、首輪の鈴をチリチリ言わせて耳の後ろをかき始めた。寝る前に、トラが帰りたがって縁側で鳴いたらガラス戸を開けてやって、とフィルから言われていた。トラの本宅には猫用扉があって夜中でも出入り自由らしい。「帰る?それともイリコ食べる?」塩抜きした猫用イリコの場所も聞いていた。しかしトラは縁側には目もくれず、自分専用の皿も素通りして、居間の出口で思い切り伸びをすると階段の方に歩き出した。トイレかな。階段の下に猫トイレが作ってある。だがトラはトイレも素通りして階段の一段めに足をかけると、ついて来た俺を振り返った。そこで初めて気がついた。二階から音と光が漏れてくる。ガラスの風鈴のような、水の中のラムネ瓶のようなチリンチリンと涼しい音。幻灯のように光が動いている。トラはさら...星の幽霊その3

  • 星の幽霊 その2

    親切なお化けが貸してくれたTシャツとスパッツは、サイズは合わないものの清潔だった。バスタオルもいい匂いがする。水分摂れ、と麦茶のコップを渡されて、言われるまま飲んだ。髪乾かせ、とドライヤーも渡された。金色の目のお化けは人の世話に慣れてる感じだ。「俺はフィル。お前は?」「照です。天宮照」「それでてるてるボーズか。でも別にハゲてないよな?なんでイジメられてんだ?」フィルは慣れた手付きで肩と両膝の傷にワセリンを塗って、ラップを貼り付けると手際よく包帯を巻いた。「知らない」ホントにわからなかった。ある日、突然始まったのだ。お前、父ちゃんいないからこんなの見たことないだろう、とエロ本を見せられた。やたら恩着せがましく言うので、"こんなのバカが見るもんだ"とか何とか言って席を立った記憶がある。それからだ。「まあ、いいや。お...星の幽霊その2

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