孫娘の結婚式 バージンロードを手を繋いで歩くのが 目下の目指す目標という友が居る。 しかし在宅で九十歳を越えた母親の面倒を見ている 七十歳手前の彼は 至って元気で 現役で仕事をしている。 朝の珈
年が明けると 公開日記 ブログ記事が、一日の休載も無く十五年目の元旦を迎える。 今日は大晦日 過去の晦日の記事は当然の事だが 十四編載っていて、昨日手空きに十四年分を読んでみた。正月を迎える前日とは
昨日お越しの客人 父の代からの来店キャリアは七十年に及ぶ。柳居子が頭を刈る様になってからでも四十年位は経つと思う。柳居子より少し年嵩 仕事場直ぐ近くの同じ町内。丁度先のお客先に取り掛かったタイミング
二週間程前の月曜日 近隣同業は皆定休日だが 柳居子の店は営業日 月曜営業は、父柳居が決めた事 全市一斉の定休日はサービス業として客の事を考えない隣に倣うだけの事と日曜祝祭日を定休日に変えた。同業の付き
『世帯盛りと言う言葉』何を言い表すかと考えると、一番金の掛かる年代という事かも知れない。尤も昨今は、超高齢化の時代突入 老後を全て国に依存という北欧の老人対策とは全く違って 長生きをさせる事が医療の
コロナの影響も有るが、年末とは言え仕事も閑散な事。尤も昔の様にお客様に詰めかけられても一人で仕事をしている七十五歳 年明けると七十六歳。出来る仕事 出来る数も自ずから限界が有る。もうこの老人に仕事
コロナ禍で途絶えたが、週一度木曜日の始発市バスに乗り合わせで、一寸したきっかけで、長身白皙人形の様な女性と お互い自分の作った料理を交換するという不思議な関係が二年近く続いた。 昨日 ウクライナ
仕事柄 手指の爪は常に短く切り揃え 切断面は商品名「エメリーボード」という紙やすりで丸く 例え爪が立っても柔らかく肌に当るように 手入れを怠りなくしている。 紙やすり エメリーボードを買い求める店も
去年と同じ事が出来たら結構と考えている 後期高齢者にとって、殊更10大ニュースなど 有ろう筈が無いのだが、一番に挙げるとすれば 「ブログ記事の連載」になる。今年も一年365日 未だ一週間程残してはいるが
もう幾つ寝るとお正月という歌を唄っていた頃を時々思い出す。ストーリーとして出てくるのでは無く ほんの一場面。 故郷遠くに住む人も ふるさとの一場面を思い出す人も多い事だろ。若かった頃や 望郷の念をつ
昨日 仕事場への往路復路の市バス車中、週明けと言う事も有って結構満席に近い混み具合。マスク無しの乗客は往復一人も居なかった。 マスク着用お願いしますと国民皆に配られはしたが、威令が行き届いたとは
何もかも忘れる至福の一瞬 何度か記事にして 触発されて実践されている人も大勢居られる。この季節これから春先までの愉しい嬉しい話である。又同じ事を書いているという御仁はスルー 始めて読む人へのメッセー
週末と言うのは土曜日を指すのか? 週末を利用して旅行等と言うと日曜日も週末に入るのか? カレンダーは日曜日赤印で 週の頭に置いている。週明けと言うと月曜日を指すのだが、日曜が始まりという感じもする。
コロナが問題となった当初 未だデパートの化粧品売り場が撤収していなかった頃 全員がマスク着用で客との応対をしていた。どの店員も化ける事に付いてはプロフェッショナル マスクを着用すると眼の化粧に集中で
京アニ放火殺人事件の公判が始まった。今この時点で、一番残酷と思う事は、何の罪咎も無い 未来の有る 最愛の家族を失った人たちと 生き残った犯人に対する 心の葛藤では無いかと柳居子は思う。 起訴され
年末が様変わりしてきた。今頃はクリスマス商戦の真っ只中 例年通りお歳暮は届くのだが、もうじきお正月という気分にはならない。 柳居子の業種はコロナに対する営業自粛の対象から外れている。かなりの密な仕
先日 ラジオ番組を聴いていて『コロナは未曽有の大災害』と言う人が居た。柳居子も 眼に見えない敵との戦い 「第三次世界大戦」と、位置付けている。その影響の甚大な事は、先の大戦に匹敵するか凌駕する世界規
連載「更新」と言うのが 柳居子徒然の大きな拘りであることは言うまでもない。一週間に一度の更新なら じっくりと時間掛けて もう少し整った文が書けるかなと思う事も有るが、続けてきた事 途切れる事は何とな
所用が有って 昨日の晩 祇園町甲部・東 界隈を歩いたのだが、灯が消えた様な佇まい。現実には灯は消えていないのだが、午後六時過ぎ ビルや店の電飾看板(ネオン)は、煌々と点っているのに、営業中とか開店準備
今年も「喪中につき 新年のご挨拶失礼」という葉書が何通か届いた。遠方はともかく 近くに居ても亡くなった事すら知らなかったケースも有る。仮に知っても殆どが家族・親族だけで弔い事を済ますケースが多いと聞
我が稼業に、車は不用と決めたのは未だ十代の頃。乗らないと決めたら一切の興味が失せた。 新しく発売された車の車名位は話が出来るが、乗り心地・燃費等は全く判らず 増してボンネットを開けてエンジン廻りのメ
業界用語でもないと思うが、初めてお越しの客人を「一見」いちげんさんと呼ぶ言葉が有る。一見 初会 始めて会うという言葉の出典は、遊里 遊女が初めての客に会う事を 一見と言った様だ。 一見が二度・三度と
顔と言うのは、個体識別の一番重要 決定的要素だと思う。指名手配も殆どが顔写真である。 時々言われる事に『お顔が広いですね。』並以上に顔面積は広いと思うが、顔の大きさでは無く 付き合いの範囲が広いと言
コロナ禍の来襲を、柳居子は 砲火の飛び交わない敵の姿の見えない 第三次世界大戦と位置付けた。見えない敵に一番頼りになる正規兵は、自衛隊の医官や看護官だと柳居子は思う。何故ならばこの人たちは、第一線現場
加藤登紀子さんの訳詞による「100万本のバラ」という曲が好き。元々はラトビア地方の古謡と聞いた事も有るが、ロシア人歌手 アラ・ブガチョワの歌唱も時々聞いていた。 歌手のカバーを 素人がするのは 聞
昨日は、友人二人誘って モノ作りにとことん拘りを持つ人と、伝統文化を頑なに守る人を訪ねて 昼食挟んで 午前の部 室町の山口源兵衛さんと 午後の部 古門前に教室を持っている木村宗慎さんのお二方の御店や
今日 日曜日六日を含めて もう今年も日曜日は4回しかない。日数も四週間の二十八日も切った。一年間何をしたかと言うと 殆ど何もしていなかった様に思う。唯一の遠出は八月に東京へ出掛けた事 これは柳居子の今
柳居子のパソコンの煩わしい事全てお任せのYさん 朝の珈琲屋の仲間 時々隣同士で座る事も有る。本職の傍ら 民生委員とか 社会福祉協議員等々 社会貢献の仕事も精力的にこなされてきた。先日彼から一通の手紙
仕事の最中に掛って来る電話は。お客様の問い合わせと言う事も有るから、極力受話器を取る事になる。昨日も客人の顔剃りをしていた最中に掛って来た。「一寸失礼」と言って直ぐ傍に有る受話器を取ると、すぐに相手
コロナ禍で 最も激甚な影響とか被害を受けた分野は、教育の現場だと柳居子は思う。又其の被害なり影響が現実今は想定する事も出来ない。結果が何十年も先に出てくるという世界の話である。 後期高齢者ともな
読売歌壇 投稿の中で、眼に付いた一首があった。 『柿つつむ 富山新聞 広げれば 二段占めての おくやみの欄』 故郷からか 送られてきた柿 包み紙は地方紙富山新聞だった。広げたらお悔やみ欄 見知らぬ
市民新聞と言うのが 各町内会から配られる。京都市内の町内会長さんは、結構忙しい。配りものの枚数が半端では無い。 ゾーンによっては世帯の高齢化が進み 年寄ばかりの町内になると 元気な年寄りが永久当番の
「ブログリーダー」を活用して、柳居子徒然さんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。
孫娘の結婚式 バージンロードを手を繋いで歩くのが 目下の目指す目標という友が居る。 しかし在宅で九十歳を越えた母親の面倒を見ている 七十歳手前の彼は 至って元気で 現役で仕事をしている。 朝の珈
昨夕 最後の客人送り出して、バタバタとして中断していた昼食を食べ終わり もう営業終了と決めた。午後五時四十分ころ 見た事も無い髭面の巨漢が入って来た。例によって『私自身は 貴方をお迎え出来て 有り難
大阪で始まった 万国博覧会に 身近に居る人や 友人・知人が早々と出掛けた話しを聞いたり 予約を取る手段とか 会場内はキャッシュレスオンリーだとか柳居子の世代には 出掛けるまでに今の時代対応を身に付け
あっという間に、月日が経つと思う事が多い 『石の上にも三年』とか『艱難汝を玉とする』 苦労が人間を作ると教わった世代は、もう今の時代には通用しない事ばかり。誰もが一業専一 自分に与えられた仕事を精
日曜日恒例の ブログプリント版の配達 街歩きならぬ自転車配達は、電動アシストの三輪自転車が、自分の足以上に頼りになる。長距離を物を持って歩くのはもう無理な事だが 大きな籠の付いた三輪車は荷物の量 軽
日米間の関税交渉の最中に 日本の安全保障に アメリカが果たしている負担に対して 日本の感謝の意が足りないとか そういう話しが出てくるのは、 トランプ米大統領が アメリカと言う国は どの様な場所で何を
何十年も前 確かソニーの盛田昭夫氏が 『学歴無用論』という本を出され よく売れてベストセラーとなった。無学歴の柳居子には 関心を呼ぶ様な タイトルだったので 読んだ覚えが有る。 盛田氏は 技術系
今迄 何の気負いもなく 出来ていた事が出来なくなる。又 時間が掛かる。後体の何処かが 痛まぬか 等と考え 引っ込み勝ちになる。 其の事自体が 年取って身を守る事になるのだとは 判っていても寂しい事であ
歴史の始まりは 口伝 紙に書かれた事とか 石に刻まれて伝わった物と言うのは、それ以前の信じられない程長い人間の営みの結果と言えるのでは無かろうか 二足歩行が可能となって、手や指先が、他の生物と
京都の街は 歴史が長い分 色々なものが残っている。又 先の大戦で火空襲によって灰燼に帰すと言う事も無かった分 眼に見えない言葉使使いや 地名・町名・通り筋名 等 厳然と今も残っている これ等全ては
1日 · 我乍 下らない話しとは思うのだが お眼を煩わす。 昨晩 いつも通り 自転車で帰宅の心算が 大粒の雨が降ってきた。 雨合羽も持たず 傘差しての自転車帰宅は 無理と判断して 市バスで帰る事を
日本全国を新幹線網で結ぶ事 地域格差を是正するとか 一極集中の排除とか どれも根拠とする理由づけにはなる話だが、何十年も前 山陽新幹線が開通した時 店の御常連で 岡山の 天満屋という百貨店の貴金属
3日 · 河原町四条上がる東側、軒数は図かだが『黒川タバコ店』が在った 大正時代から続く老舗の煙草やだった。 柳居子がこの店を知った時は タバコ屋は廃業して『フランセ』という 当時流行の洋酒喫茶とい
3日 · 変遷というような大層な表題の記事では無い。久し振りに河原町四条から三条迄歩いて 覚えていた店が何時の間にか消え 新しく開店した店も 売上見込みが達成できないし直ぐに撤収するから どの様な
5日 · 今朝の自宅前 哲学の道沿いの 桜の開花状況は、『満開』『散り初め』が昨日までの事で 落花盛んと言ったところ 少し道を下った京大時計台前 東一条 吉田神社参道沿いの桜は 『散り果て』同じ種
4月5日 · テレビ局も巻き込んで 大騒動になっている 中居某の事とか 広末某というタレント 又 入浴中に死んだ女性歌手かタレントの事 柳居子は 名前も顔も全く知らなかったし 同じ世界 日本の事とは判
4月9日 6:39 · 料理屋 『松長』出入りの仲間で、西の親分と呼ばれる神戸在住の T氏が久し振りに店にやって来た・柳居子より少し年嵩だが 元気一杯 京舞篠塚の社中の一人が おさらいの会を開くと聞いて
4月8日 10:22 · 同じ場所 同じ時間 毎日変わらぬ営みをしていると、場所・時間を共有するような 人間関係の出来る事がある。 始発のバス通勤をしていた時 週一回 同じバスに乗り合わせて 口をきく
4月7日 11:46 · 桜 満開 眼の保養を満喫とは言わないのかも知れないが、日曜日恒例の プリント版配達に出掛ける先 何所もかもが 一斉に咲き 枝に蕾無く 地面に落花も無く 今日辺りが盛りの様に 咲き
4月6日 6:56 · 一見という言葉は、初対面 もとは遊里の遊女と客が初めて出逢う様子を表すことばだったという 柳居子は 一限と一字改めて 一回限りの客人と解釈している。遠来の客人は、殆どが一限さんだ
京都の地名・町名・通り筋名等については、度々色々な視点で記事を書いているが、職とか業が集まっていたとか、名の有る大店が有ったとかで 付けられた町名は、何百年を経ても変らずに残っているのは まさしく歴
一年の半分が終わった。月日の経つのが若い時と比べて早く感じると言うのは、 残余の年数を無意識だが 生理学的自覚をしているのか? 同年代の誰に聞いても早く日が経つは 異口同音 若い時は日の経つ事等
アメリカは、若い溌剌とした政治家が、国のリーダとして頑張る国と言うのは、ケネディ大統領の時代の事が、頭に強烈に焼き付いているからだろうか? テレビの国際中継 リアルに飛び込んできた最初の画面 ケネデ
広辞苑第三版に 宵山の事を『祭日の前夜に行う小祭 特に京都祇園祭りの宵宮(よみや)』という説明がされているのだが、歴史的背景を考えない言葉足らずの部分が有る様に思うのだ。 以前 八坂神宮の年中行
1952年 昭和三十二年 英国ロンドンに未曾有の北海からの高潮が襲い大きな被害を受けた。 高潮対策では、地震に伴う津波の研究で、一歩先を進んでいた 日本の『石黒鎮雄氏を、対策研究所に迎え 石黒
海外旅行の土産になるかと 『ポツダム会談』を取り上げた 未開封のCDを珈琲屋に持ってきた人が居た。「アメリカのルーズベルト大統領は 其の会談にン参加して直ぐに亡くなったのだよ」と話したら CDの表の画
ブログ記事のプリント版を、発刊毎 届けているから ご家族皆顔見知り。娘さんとよく話しを交し FB繫がりも有る。 昨日朝から二人目の客人として娘さんを迎える事になった。随分前 一度か二度顔剃りに見
朝の珈琲屋は、人間観察の勉強の場でもある。 この人は 今 何に関心が有るのか 又 今日は何を喋ろうとやって来たのか? 聞き役にだけ徹している訳でも綯い。 顔見知りには、此方から色々と声掛ける事も
祇園祭を彩るハイライトは、山鉾巡行が一番 京都以外から見て 祇園祭をイメージするのは 山鉾巡行に尽きるかと思う。 祇園祭の山鉾は、以前は町家(ちょういえ)と言って鉾山を出す庁内は町所有の土地建物を
殉職という言葉は、今も時々眼にするし聞いたりもする。職務上 仕事を全うするために死ぬ事。 主君の怨みを晴らして、後追い切腹の赤穂浪士も 殉死と言うのだろう。殆ど使われなくなった言葉に 『殉節』が有る
ブログ記事のプリント版を 在京の新聞社に三部ずつ 発刊毎に届けている。新聞休刊日の月曜日 大勢の人数で新聞を出しているのに 休みが有るのだね。私は十八年間 一日も休まず一人で記事を書き続けて休み無し
又 面白い体験をさせて貰った。昨日も遠来の客人の多い日で、午前中に集中した。 その仲の一人 小柄な人だが肌色は真っ黒 黒い髭を蓄えている。当初 髪の毛は短いから 髭のトリミングかと思ったのだが、頭髪
子供の頃 親に時々連れて行って貰った 寿司屋さんの湯飲みには。魚の名前と振り仮名を打った 自分の店で扱う魚を漢字柄にした湯呑だった。 漢字の篇・造りに 何が書き加えて字を作るという 母親が考え
『あんた 何時までも 一寸も変らんと げんきやなぁ』と言われ『元気そうに見せる元気だけは、未だ少し残ってる様です。』『鬱陶しい雨やね こんな土砂降りの日は 店までどうして来るの?』と聞かれ『雨合羽の
毎朝出掛ける珈琲屋 いきなり常連席五番テーブルの座るのではない。 開店三十分程前 未だ扉は自動開閉では無い。「只今開店準備中」の立札の横を通って 『開店準備中のお邪魔をして済みませんね。』という顔を
昨日 朝の珈琲屋の柳居子の 隣りの席にやって来たのは、近畿大学準教授 「韓勝旭」工学博士 久し振りにお目に掛り 色々と面白い話で盛り上がった。 日本と韓国との歴史感 捉え方の違いとか 京都から東
観光ガイドを束ねる様な仕事をしている友人が、「西陣」の事を詳しく書いた本を 上梓出版する事になった。 下書き原稿を渡されて、何かご意見 アドバイスをと言われた。 『学術書では無いのだね?』と 尋
一寸強い髭剃り後 柳居子の店は、父の代から メンソレータムが常備してあって、肌の消炎効果を 良く知っている。 今はロート製薬から販売されているが、長く近江兄弟社の人気商品だった。最初に販売した人
小・中学校 同窓同級だった女の子の訃を 彼女の旦那さんから履いた。 ご主人は、朝の珈琲屋の同卓の仲間だから 同級生の奥さんの容態は聞いていたから 突然亡くなったという感じはしないのだが 残された旦那
並べて論じる絵画では無いとわかっているのだが、写生図と、版画の下絵と判っていても 日本人の多くが知る、伝わった安藤広重の『東海道五十三次』と雪舟の『天橋立図』 二点の絵を論じるのではなく 感じた事や