きらりと光の跳ねたそれに、私は近付いていく。 すうと息を吸うと、胸に本の匂いが溜まっていく。静かなその空間が私は好きだった。 かたりと音を立てて椅子を引く。高くそびえる棚を見上げると、背表紙が私を見下ろしている。 もう一度すうと息を吸うと
男の人は嘘を吐くのが下手だと思う。それともこの人が規格外に不得手なだけなのだろうか。「あの子とは、ほんと、そういう関係じゃないんだって」喫茶店の白いコーヒーカップの縁を彼の指先が撫でている。それから伸びかけの爪でとんとんと叩く。
きらきら きらきら 光る 回る 君が踊る 僕も踊る「あれに乗りたいな。」 そういって君が指差した先には、くるくると回るそれがある。なつかしいな、と呟くと君は笑った。 年の割に、君は子どもじみたことを好んだ。公園に行けば砂場に向かい、動物園
特別校舎の3階。そこからさらに屋上へと続く階段の先にあるドアはしっかりと施錠され、一般生徒の立ち入りが禁止されている。僕はポケットから真新しい合鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。使われないまま古びた鍵穴はすんなりとは
不思議な形をしていた。初めて見るそれは甘い香りがした。「それをやろう。」 上様は機嫌よさそうにそう言った。手のひらに乗せられたそれを、まじまじと見つめる。不思議な形をしていた。初めて見るものだった。 これはなんですか、と尋ねようとして、言
見上げた空はどんよりと曇っている。雨が降るのかもしれない。吐いた息が白くなるベランダで、教室の喧騒を背中にボタンを開けていた学ランの前を寄せた。ガラガラと窓が開く音。友人たちの騒ぐ声が一瞬大きくなり、すぐにまた硝子に隔たれる。「ミルクセーキ
至福の時は?と昔誰かに聞かれた。しふく、の意味が一瞬分からなくて首を傾げたら、最高に幸せだと思うのはいつ?と聞き直された。あぁ、そのしふくか、と思った。 すぐに笑ってこう答えた。「沙織さん、…恋人の爪の手入れをしているとき、かな。」 やす
真っ赤な衣装女の子は、真っ赤なずきんを被って森の中のおばあさんの家へ出かけていきました。「これが今回の台本?」机の上に重ねられた製本済みの冊子を手に取り、長身の少女がそう尋ねた。セーラー服から伸びた手足は陸上部で鍛えられて無駄が一切なく
昨日うっかり祝い忘れてたんですが。「幻想目録」開設から一年が経ちました。とりあえず、おめでとうの言葉を。今後とも「幻想目録」本館・別館共によろしくお願いいたします。立花風乃*日夏は色々忘れてそうですけど。*そろそろいろんなことを始めてみたい
ゆきふらないかな、とたどたどしい日本語で彼女は呪文のように呟いた。 一瞬、頭の中で漢字変換が出来なくて、何を言ってるのか分からなかった。すぐに、雪降らないのかな、と言っているのだと気付けたけれど。 そういえば、彼女は雪を知らないのだっけ、
飽きた。飽きた飽きた飽きた飽きた飽−きーたー。シャープペンシルを放り投げてぐっと椅子の背もたれに寄りかかる。シャープペンシルは部屋の壁に当たって床に転がり、椅子はぎぎぎぎと不吉な音を立てた。「あーもうやってらんねえよ。俺なんで勉強してるんだ
すっかり忘れていた。記憶の中に埋もれていた、大切な感情を。 小さな瓶が、私の甘くて苦い、あの想いをあっと呼び起こしてしまった。 本当は、忘れたままの方が幸せだったのに。「それ、何?」 後ろから声を掛けられた。不意のことでびっくりして、手に
窓際に座つて雪の降る様をぢいと見詰めてゐた。どの位さうしてゐたか知らないが、木の枝からばさりと雪が落ちる頃に後から声を掛けられた。「積もるだらうか」振り返ると、佐々倉が目許に笑みを浮かべて僕を見てゐた。黒の詰襟姿に、前髪の長い黒髪。酷く懐か
君はいつだって歌っていた。 嬉しいときも悲しいときも寂しいときも楽しいときも。いつも歌っていた。 そんな君が本当に本当に大好きだった。 本当に、本当に。「るっるるー、りりーらららー♪」 その歌にメロディーなんてない。いつも適当に音を奏でて
エアコンなんて高価なものはないので、この部屋の暖房器具はコタツだけだ。肩まで入って左手で雑誌をめくり、右手は携帯電話を耳元へ固定。『そういえば、レポートは間に合ったの?』くすくすと笑う声が電波に乗って届いた。BGMは、多分映画のサウンドトラ
冬になったら、新しいのを買おうって決めてた。「だから、ほら! 今日買ったの。」 薬局の店名が入ったポリ袋から、今日手に入れたばかりのそれを取り出して見せる。別に自慢するようなものじゃないけど、でも新しいものってウキウキして誰かに見せたくな
喫茶店の硝子の向こうで、枯葉が街路樹からばさばさと落ちていく。今日はひどく寒いから、秋も終わりだと思っているのだろう。私は雑な手つきでチーズケーキの最後の欠片を口に放り込んだ。次いで紅茶も空にする。冷めてしまったせいで渋みだけが目立って美味
その日、月は現れてはくれなかった。「お嬢さん。」 デ・ジャヴ、だ。そう思った。 正確には、違う。デ・ジャヴではなくて、私はついこの前、同じように同じ声で同じ言葉をかけられただけだ。違うのは、空にあの紅い月は浮かんでないことくらい。 振り向
薔薇園のあるじは満月の夜を薔薇の夜と決めているらしかった。けれどここは年中、気味が悪いくらい薔薇が咲き誇っているのだから一年365日薔薇の夜じゃないかと思ったが、思っただけで口にはしなかった。言わぬが、花。特製の薔薇の紅茶をカップに注ぐ。そ
「お、あの子可愛い。」 流れるような日常が、突然止まってしまったら。「えー、そうか? 俺は好みじゃねぇな。」 僕らはその先どうすればいいのだろう。「ぜってーお前おかしいよ。可愛いじゃん。超は付かないにしろさー。」 誰にも未来は見えないけれど
こんにちは!日夏小牧です。4月から始まった「幻想目録」ももうすぐ半年になります。小説数も20を越えました。読んでくださった皆さんありがとうございます!そんな皆さんと一緒に楽しむための企画を募集しています。ぜひアイデアをお聞かせください!ご意
『幸福 ゆき』そう書かれた切符を見たことがある。知っている人も多いのではないかと思う。北海道にある有名な駅だ。今はもう廃止されてしまったらしいけれど、私の母はその切符を長いこと大事に持っていた。父との思い出の切符であるらしい。二人でおそろい
その昔 —と言ってもそんなに古い話ではない— サボテンとあだ名された子がいた。 と言うより、私がその子のことサボテンと呼んでいた。そうしたら、周りのみんなもそうやって呼ぶようになってあだ名がサボテンになってしまった、というのが真実だ。 「
何か言おうとしたのだけど、言葉が出なかったので口を閉じた。年下の女の子は冷めたコーヒーをぐるぐるかき混ぜながらただじっとこちらを見ている。俺は視線を店の外に遣った。ああ、これは。視線から逃げたということか。煙草を銜えて煙で肺を汚す。フィルタ
ベッドに寝転がると、部屋に入ったときに投げ捨てたバックが足に当たった。邪魔だ。足でそのままベットの下に落としてやろうかと思った。でも、さすがにそれは女性としてどうなのだろうと思い直す。自分でもこのずぼらさにはあきれてしまう。…うん、少し直
「おはよう」朝のあいさつ。相手の声はないけれど、別に良かった。「今日も綺麗だね。暑いけど調子はどう?」蛇口をひねると冷たい水がホースから溢れる。ぎゅっと口をつまんで花壇に向けた。光る水しぶき。その光を浴びる金色の向日葵。それは中学校の花壇に
拙い声だ。細くて弱い、小さな声で、それなのにどこか凛とした響きがあった。 幼くて拙くて、美しい、声。惑わされそうになる。 何処から来たのか尋ねても、その少女は首を振るだけで何も答えてはくれなかった。その目は固く閉ざされたままで、その瞳の色
ふと、違和感を感じてパソコンのキーを叩く指を止める。パソコンの画面に踊る文字。『そして男は笑い、少女が嗤った。』新作の小説の原稿である。何故だかいつもより進みは速かった。「ふぅ…」眼鏡を外して、目頭を押さえる。目薬を点して懲り固まった肩をほ
ミーンミンミンミン…「セミうるせー!」「お前がうるさい。それから窓を開けるな。暑い。お前も暑苦しい。」「え、何それ何その態度。それが親友に対するものですか。」「…それが宿題を手伝うものに対する態度「イヤホントすいません、助けてください。」「
手帳を開いて、7月のページ。『夏休み』ってオレンジ色のペンで書いた欄のいくつか隣に、小さい猫の足跡のスタンプが押してある。口元が緩んだ。「うえへへ」変な笑い声を出してしまった。私は開いた手帳で口元を押さえたけれど、浮き足立った気持ちはどうに
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