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鄭曼青は、「腕なし名人」と呼ばれる、太極拳の名人です。鄭曼青の太極拳は、敵の攻撃を受けた瞬間に弾き飛ばすような、技が不要の拳法であったと言われています。 この鄭曼青は、政府関係の仕事をしていましたが、それを離れた頃、弟子からの誘いもあり、渡米して漢方と太極拳を紹介しながらアメリカ各地を遊歴しました。 一時、ニューヨークに移住し、太極拳を教授します。 海外、特にアメリカで鄭子太極拳の人口が多いのはこのためです。 嘘か本当かは分かりませんが、この時期にブルース・リーの入門を断ったという話があります。 また、鄭曼青の太極拳の、腕力とはまったく関係ないその神秘的な神技は、科学実証主義を第一とするアメリ…
鄭曼青は、「腕なし名人」と呼ばれる、太極拳の名人です。 鄭曼青の太極拳は、敵の攻撃を受けた瞬間に弾き飛ばすような、技が不要の拳法であったと言われています。 この鄭曼青は、中央軍校拳擊教室教師を務めました。 この頃、陳微明と共に楊澄甫の『太極拳體用全書』を代筆したと言われています。 また、1938年には、湖南省国術館の館長を務めました。 当時は戦時でもあり国術館で拳法を学ぶ人数も多く、楊式のような100にも及ぶ動作を覚えるのは難しく、三十七式という短い套路(型)は初心者にはありがたかったようです。 鄭曼青の太極拳には、前述の叶大密の中架の影響だけではなく、楊健侯の弟子でありながら、楊式太極拳を捨…
鄭曼青(1902年-1975年3月14日)は、浙江温州永嘉の出身です。 鄭子太極拳の創始者としても広く知られています。 鄭曼青は、「腕なし名人」または「無招勝万招(技がないが、多くの技に勝つ)の拳」と言われています。 鄭曼青の拳は敵の攻撃を受けた瞬間に弾き飛ばすような、技が不要の拳法であったようです。 鄭曼青は、元々体が弱かったこともあり、10代半ばに父親の勧めで叶大密から中架太極拳を学びます。 叶大密は楊澄甫の父である楊健侯の孫弟子です。 楊澄甫の弟子として有名ですが、楊澄甫の大架式と趣きが違う一因がこのためかもしれません。 また、20代前半、教鞭をとるチョークの粉が原因で肺病を患った事がき…