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厳島大明神信仰とは? 市杵島姫命と弁財天
厳島大明神とは厳島神社のことを指す。「大明神」が神さまの尊称なので、その意味では無数の〇〇大明神が存在する。神仏習合の時代、厳島神社の祭神・市杵島姫命と弁才天は習合していた。ゆえに、弁天参りが盛んにな
2025/04/23 21:06
大和ミュージアムサテライト(呉市中通)
戦艦大和の巨大模型を展示していることで大人気の呉市・大和ミュージアム。残念ながら現在はリニューアル工事のために休館中。そのかわり、「大和ミュージアムサテライト」という臨時施設がオープン中。こちらも素敵
2025/03/21 08:13
銀山城(広島市安佐南区)
大内氏と争い続けた安芸武田氏の牙城。安芸武田氏は武田信玄などで有名な甲斐武田氏と同族。鎌倉時代、安芸国の守護職も得て下向した。室町期には分郡守護となり、銀山城一帯の要衝の地を治めていた。県内最大級の規
2025/02/27 11:28
安芸国分寺(広島県東広島市西条)
伽藍のほとんどが発掘調査で確認されており、金堂があった場所が現在の安芸国分寺本堂となっているほか、「跡地」は「歴史公園」として市民の憩いの広場として整備されている。
2025/02/06 21:40
陶氏 当主世代順 & 系図あれこれ
大内宗家の系図に完全なものがないのと同様、陶氏系図についても完全なものはない。『新撰大内氏系図』に書かれていることも現時点ですでに上書きされている。今後も変る可能性がある。
2025/02/04 06:16
厳島神社宝蔵(広島県廿日市市宮島町)
厳島神社の宝物を納めていた宝物庫。現在は使われていない。建物自体に歴史があり、創建は平清盛による本社再建の頃と推定される。現在の建物も室町初期のもので、重要文化財。
2025/02/02 03:26
陶盛政 周防守護代世襲開始・菩提寺龍文寺の開基
盛長の子で、五代当主。盛見、持世に仕えた。持世代に初めて周防守護代となり、同職は以後代々陶氏の世襲となった。陶氏菩提寺にして、曹洞宗の名刹・龍文寺の開基もこの人。
2025/01/31 07:06
厳島神社多宝塔(広島県廿日市市宮島町)
永正年間創建の多宝塔で、内部には薬師如来が安置されていた。廃仏毀釈の時代、仏像は大願寺に引き取られ、加藤清正を祀る神社となっていた。現在は厳島神社により管理されている。
2025/01/29 21:01
陶盛長 四代目当主・盛見代の長門国守護代として尽力
三代目・弘長の従兄弟。弘長には跡継がなかったものか、庶流ながら当主となった。宗家・盛見に仕え、長門守護代となる。盛見配下で活躍したと思われるが、目立つ史料はない。
2025/01/28 02:39
厳島神社五重塔(広島県廿日市市宮島町)
宮島のシンボルとも言える朱色の五重塔。高台に建つその姿は、厳島神社をはじめ、宮島の主要観光スポットから仰ぎ見ることができ、多くの人々に絶好の被写体を提供している。
2025/01/26 22:22
陶弘長
父・弘政とともに宗家に尽し、数々の戦に従軍。義弘期の「応永の乱」にも名前が見える。弘茂と盛見の家督争いで盛見について功績をあげ、長門守護代となった。最後は九州で戦死。
2025/01/24 01:54
陶弘政
陶祖・弘賢の子。鷲頭氏への抑えとして、弘世の命で富田保に領地替えした。その後、陶氏代々の根拠地となる富田保に最初に入部し、基礎を整えた。鷲頭氏との戦いでも活躍。
2025/01/22 01:44
鯛山観音堂(広島県廿日市市塩屋)
厳島合戦の直前期、門山城は吉川元春によって完膚なきまでに破壊された。その合戦での犠牲者を弔うために造られた千人塚と観音像が旧地・鯛山から移転されたもの。
2025/01/19 07:00
大願寺(広島県廿日市市宮島町)
かつては塔の岡の麓にあったという。五重塔、多宝塔、千畳閣などとともに、「厳島伽藍」を形成し、その中心となっていた。普請奉行を務めたことでも知られる。弁才天が有名な寺院。
2025/01/16 05:26
鯛山稲荷神社(広島県廿日市市大野)
宮島四宮神社で行なわれる「たのもさん」で、流される小舟の目的地は、対岸大野にある鯛山稲荷神社だった。今は鯛山は存在しない。
2025/01/14 06:11
四宮神社(広島県廿日市市宮島町)
厳島神社の末社。飾り付けた舟を流す「たのもさん」という行事が有名。例祭の時に行なわれる。本来は軻遇突智を祀る火除けの神さま。
2025/01/13 01:00
金刀比羅神社(広島県廿日市市宮島町)
厳島神社の末社。金比羅宮の御祭神・大物主命を祀る。ほかにも、厳島神社の創建者・佐伯鞍職がお祀りされている。厳島神社本社から近い。
2025/01/12 00:50
粟島神社(広島県廿日市市宮島町)
厳島神社の末社。滝小路にある。古くからの趣深い通りを歩んでいくと、赤い鳥居が目を引く。医療や安産の霊験あらたかで女性の信仰が篤い。
2025/01/10 02:20
今伊勢神社(広島県廿日市市宮島町)
厳島神社末社。ご鎮座地は「神社のある尾根=宮ノ尾」と呼ばれるようになった。付近は伊勢町、厳島合戦史跡は宮ノ尾城という。
2025/01/08 08:45
幸神社・道祖神社(広島県廿日市市宮島町)
町家通りにある厳島神社の末社。御祭神は猿田彦神。陰陽石という不思議な石が御神体だったらしく、今でも例祭に拝むことができる。
2025/01/07 06:28
長浜神社(広島県廿日市市宮島町)
厳島神社の摂社。竈の神と所翁を祀る。管弦祭の折、地御前から戻った御座船が祝詞をあげ、楽を奏でる。浜辺の鳥居は本社の大鳥居そっくり。
2025/01/06 01:58
腰少浦神社(広島県廿日市市宮島町)
厳島神社の末社。「御島巡り」で三番目に訪問する「第二拝所」。御祭神は中津少童命で、典型的な海の神社。海陸両方から赴ける。
2025/01/04 07:36
須屋浦神社(広島県廿日市市宮島町)
厳島神社の末社。「御島巡り」で八番目に訪れる神社で「第七拝所」。上陸して参拝した後、お供え物をいただく直会が行なわれる。
2025/01/01 22:06
鷹巣浦神社(広島県廿日市宮島町)
厳島神社の末社で、浦々の神社のひとつ。「御島巡り」の「第二拝所」。明治時代の砲台建設により、元のご鎮座地から遷されている。
2024/12/31 02:10
杉之浦神社(広島県廿日市市宮島町)
厳島神社の末社。「御島巡り」の「第一拝所」。海上からの参拝が多い、浦々の神社には珍しく、桟橋から徒歩で行くこともできる。
2024/12/30 04:14
山白浜神社(広島県廿日市市宮島町)
「御島巡り」で七番目に向かう神社で、「第五拝所」。海からしか行くことができない場所にあり、小高い丘の上にご鎮座されている。
2024/12/28 10:49
養父崎神社(広島県廿日市市宮島町)
ご祭神は神鴉(おがらす)さま。「御島巡り」では、海上で「御鳥喰式」が行なわれる。海に投じた団子をつがいの神鴉が神社に咥えていく。
2024/12/27 03:50
御床神社(広島県廿日市市宮島町)
宮島の浦々の神社のひとつで、「御島巡り」の「第七拝所」。厳島神社の御神紋は当神社が鎮座する岩の亀裂から考案されたという。
2024/12/23 15:47
包ヶ浦神社(広島県廿日市市宮島町)
浦々の神社のひとつで、「御島巡り」の第二拝所。陸地からご鎮座地に向かうことはできず、船に乗って海上から参詣する必要がある。
2024/12/18 10:35
青海苔浦神社(広島県廿日市市宮島町)
浦々の神社のひとつで、御島巡りの第四拝所。厳島合戦の際、この付近で、大内方・三浦越中守房清と小早川隆景隊との交戦があった。
2024/12/11 14:13
奥の院(広島県廿日市市宮島町)
弥山にある、弘法大師と不動明王をお祀りしている堂宇。ほかにも信仰の対象と思しき小祠などが点在。場所は仁王門を出て左折した先。
2024/12/05 13:22
米山寺(広島県三原市沼田東町)
沼田小早川茂平が建立した氏寺。境内外に、小早川氏歴代のものとされる宝篋印塔が整然と並ぶ墓所がある。最も著名なのは小早川隆景だろう。
2024/11/28 11:08
地御前観音堂(広島県廿日市市地御前)
広島新四国八十八ヶ所霊場の第五番目。安置されている観音像は室町時代後期の作品。観音堂については、現在の所詳細がわからない。
2024/11/24 12:05
沼城跡(山口県周南市須々万奥)
毛利家の防長経略で、なかなか陥落しなかった城として有名。三方を沼に囲まれた天然の要害だったゆえにだが、現在沼は失われている。
2024/11/09 12:45
鞍掛山城跡(山口県岩国市玖珂町)
大内家臣・杉隆泰の居城跡。毛利家の防長経略の途中、毛利に内通した隣の蓮華山城主・椙杜隆康の軍勢と毛利軍によって落城した。
2024/11/06 09:03
天王址(広島県廿日市市串戸)
宮内天王社の旧地。神武天皇が東征の時に立ち寄った場所とされる。天正年間津波により旧地の社殿は倒壊。現在地に遷されて存続している。
2024/11/04 11:42
大元神社(広島県廿日市市宮島町)
厳島神社摂社のひとつ。「大元葺」という独特の工法を用いた屋根、例祭・百手祭などが著名。厳島神社管弦祭、御島巡りとも深い関わりが。
2024/10/31 08:07
三翁神社(広島県廿日市市宮島町)
厳島神社の創建者・佐伯鞍職を祀る境外摂社。古くは山王社と呼ばれていた。明治時代に安徳天皇らを祀る水天宮神社を合祀した。
2024/10/22 07:46
荒胡子神社(広島県廿日市市宮島町)
厳島神社末社のひとつ。五重塔の下にある。前身は本社内にあった小社だと考えられ、平安時代まで遡る。現在の社殿は室町期のもの。
2024/10/16 06:46
蓮華山城跡(山口県岩国市玖珂町)
毛利元就の防長経略の際、そそくさと内通した椙杜隆康の居城跡。犬猿の仲・杉隆泰を攻め滅ぼすのに功績をあげ、以後も毛利家臣として厚遇された。
2024/10/08 05:10
あせび歩道(広島県廿日市市宮島町)
大聖院から大元公園に至る自然散策路のひとつ。あせびが多いことから「あせび歩道」と命名された。メインは多宝塔だが、五重塔の絶景スポットもある。
2024/10/03 11:20
清盛塚(廿日市市宮島町)
平清盛が平家一門の繁栄を願って一字一石経文を書写して埋めたと伝えられる経塚。経塚がある丘は経ノ尾と呼ばれ、厳島合戦関連史跡でもある。
2024/09/27 07:37
国道開鑿碑(広島県廿日市市地御前)
現在の国道を開削、開通させたことを記念して建てられた。開通のための費用のほとんどを地元の方々が負担したという稀有な大事業を称えた立派な石碑である。
2024/09/19 07:31
釈迦堂(広島県廿日市市地御前)
室町期以前の釈迦如来坐像が安置されている。地御前神社が、神仏習合していた時代、仏教系建築物としてその構成要素をなしていたと考えられる。
2024/09/17 21:09
千畳閣(豊国神社、広島県廿日市市宮島町)
千畳閣は宮島の塔の岡に建っている「豊国神社」の通称。厳島神社の末社です。元は大経堂として建設される予定でしたが、未完成のまま。志半ばで頓挫したなりの良さもあります。
2024/09/14 02:05
北山観音堂(広島県廿日市市宮内)
十一面観音坐像を安置した観音堂。江戸時代、この地に住んでいた伊東家の人々が先祖を祀るため、周防国分寺住職に製作を依頼した。現在のお堂は昭和時代に建てられ、平成期に修繕された。
2024/09/10 05:31
瑠璃光寺跡地(山口市仁保下郷)
瑠璃光寺の旧地。五重塔で有名な山口市の瑠璃光寺は「跡地」のほうも歴とした史跡として存在します。見落としがちな穴場スポットなので、ぜひご覧ください。
2024/09/02 05:27
廃光代寺観音堂(広島県廿日市市宮内)
宮内天王社の別当寺だった光代寺は、福島正則が当主だった時代に取り潰されてしまった。廃寺となった後も、本尊だった千手観音立像は大切に守られ、現在も観音堂の中に安置されている。室町時代の作品として、廿日市
2024/08/28 02:58
折敷畑古戦場跡(廿日市市宮内)
厳島合戦の前哨戦とも言われる折敷畑合戦が行なわれた古戦場跡。折敷山は廿日市20名山にも選ばれており、登山も楽しめる。合戦は毛利方の圧勝に終わったので、あまり気分爽快にはなれない場所だが、付近には宮川甲
2024/08/25 09:50
宮川甲斐守腹切岩(廿日市市宮内)
折敷畑の戦いを指揮した大将・宮川甲斐守がこの上で自決したという言い伝えがある大岩です。折敷山登山口からもほど近く、距離的にはいかにもありそうなお話ですが、戦場から逃げおおせたとはとても思えません。なら
2024/08/19 11:15
桝井ドーフィンの碑(廿日市市宮内)
現在日本で栽培されているイチジクの80%を占める「桝井ドーフィン」を全国に広めた桝井光次郎氏の功績を称えるために建てられた記念碑。米国から持ち帰った三本の挿木のうち、一本が奇蹟的に根付いたことがすべて
2024/08/17 07:30
北山黄幡社(廿日市市宮内)
祭神不明の謎の神社。広島県内の黄幡社はおしなべて真幡神社と名前を変えたそうです。つまり祀られていたのが異国由来の神さまだったゆえにでしょう。ほかの真綿神社は素戔嗚尊をお祀りしているケースが多いように思
2024/08/11 06:38
専念寺(廿日市市宮内)
廿日市宮内地区で唯一現存する寺院。その意味で極めて貴重。立派なご本堂には素晴らしい彫刻があり、表側と裏側で絵柄が違っている。付近には西国街道の一里塚などもあり、みどころは尽きない。あまり観光客が押しか
2024/08/04 08:44
権現社(廿日市市宮内)
廿日市市で唯一の熊野信仰の神社です。単に「権現社」と呼ぶようですが、Googlemap でご鎮座地をつけて「佐原田権現社」となっていることからここでもその呼称を使います。ハート型の竹、梅の木などで有名
2024/08/03 04:00
正覚院(廿日市市天神)
廿日市天満宮の隣にある真言宗寺院。行基が開基、空海が改宗という由緒をもつ名刹。藤原姓厳島神主家の祈願所で、となりにある同じく神主家が鎮守として鎌倉から勧請した天満宮の別当寺だった。神と仏が分かたれた現
2024/08/01 05:00
宮迫明神社(廿日市市宮内)
市杵島姫命をお祀りする神社。『宮島本』に普通に載っているのに、地元の人もご存じない幻の神社(行ってみれば、なんだ、あそこのことか、となられる方は多数のはずです)。地元に精通したガイドさんとご一緒するの
2024/07/29 17:02
石清水八幡宮(東広島市西条町吉行)
西条駅からほど近い所にある八幡宮。ちょうど安芸国分寺歴史公園の背後に位置する。名前の通り、京都の石清水八幡宮から勧請されたとされるが、安芸国分寺の鎮守社として創建されたという説もある。ご鎮座地からは、
2024/07/26 08:07
御建神社(東広島市西条町西条)
奈良時代、疫病が蔓延した際に、素戔嗚尊にお祈りしたところ、疫病が退散。そこで、命をお祀りするお社を建てたのがその前身です。明治時代に、同じ西条にあったほか三社と合併。ご鎮座地も現在地へと遷りました。境
2024/07/25 05:51
築地神社(東広島市西条下見)
西条の地に広範囲にわたって展開する菖蒲の前と水戸新四郎頼興の伝説。この神社もそれらの伝承をもつ史跡の一つです。鎌倉時代、水戸新四郎の妻女がこの地に氏神を祀ったのが始まりとされています。現在に至るまで地
2024/07/23 01:11
竹内屋敷跡(東広島市八本松吉川)
大内氏最後の当主・義長は、下関で自刃。家は滅亡。しかし、義長には息子がおり、西条の地に逃れて竹内家を興します。竹内家は地域に対し様々な貢献をして人々に慕われ、『竹内家文書』も貴重な史料として著名です。
2024/07/20 02:17
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