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2022/11/07

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  • 三寒四温。木瓜(ぼけ)。フキノトウ。福寿草。

    木瓜(ぼけ)。『三寒四温』という言葉、耳にしたことがある方が多いのではないのでしょうか?春先のイメージが強い気もしますが、実は元々冬の気候を示す言葉なのです。もとは中国の冬の気候三寒四温とは、冬の時期に寒い日が3日くらい続くと、そのあとに比較的暖かい日が4日続くという意味の言葉で、寒暖の周期を表しています。もとは中国の東北部や朝鮮半島北部で冬の気候を表す言葉として用いられました。冬のシベリア高気圧から吹き出す寒気が7日ぐらいの周期で、強まったり弱まったりすることに由来する言葉とされています。日本では春先の天候を示すことが多い春先の天気のイメージ。日本の冬は、”3日間寒い日が続いた後に4日間暖かい日が続く”という周期が現れることはほとんどありません。その代わり、日本では早春になると低気圧と高気圧が交互にやっ...三寒四温。木瓜(ぼけ)。フキノトウ。福寿草。

  • 神中バス「大地沢青少年センター入口」~京王線「多摩境駅」。その3。遊水池。「下馬の橋」。「ゆうやけ橋」。

    かつて蛇行していた流れの跡や周辺が遊水池として整備されています。左に本流。「下馬の橋」。橋の南40m程に「下馬梅」と云う、橋名の由来となる史跡案内が在りました。1590年(天正18)八王子城が秀吉の軍に攻め落とされた際に、築井城へ向かう伝令武者が築井城の落城を知らされ、落胆して此処で下馬した時に、ムチ代わりに使っていた梅の枝を地面に突き刺しました。其の後、此の枝が根付き花を咲かせたという伝説から下馬梅と云われています。当時の梅は樹齢により枯れており、新たに植樹された梅が茂っています。(この項、「ぶらっと遡上探索」境川-FC2https://freedomwalk.blog.fc2.comHPより拝借)この先、広々とした地点に。護岸工事が完成し、両岸には遊歩道があります。蛇行した流れはそのまま。右岸の広場は...神中バス「大地沢青少年センター入口」~京王線「多摩境駅」。その3。遊水池。「下馬の橋」。「ゆうやけ橋」。

  • 神中バス「大地沢青少年センター入口」~京王線「多摩境駅」。その2。蛇行する流れ。町田街道。

    この付近のようす。右に折れて境川沿いを歩きます。この川が都県境とは見えません。このあたりの水量は少ない。広い道に出ます。「川境(かわざかい)橋。橋の向こう(右岸)は「神奈川県相模原市」。こちら(左岸)は東京都町田市。通りを渡り、境川沿いの道を。対岸は、相模原市。左岸は、ほぼ町田市。町田市のマンホール。中央に市章、周りに市の花サルビアの花を放射状に描いている。町田市は、マンホールのデザインを公募し、カラフルなものにしました。そのいくつかを紹介。(「」HPより)この先からは激しく蛇行します。左の通りは、町田街道。※町田街道江戸後期から明治期には、八王子を集荷地とし横浜港の輸出を結び最大の貿易商品絹を運ぶ街道(いわゆる八王子街道・神奈川往還)として繁栄し、現在は「絹の道」と名づけて記念している。八王子と横浜のほ...神中バス「大地沢青少年センター入口」~京王線「多摩境駅」。その2。蛇行する流れ。町田街道。

  • 神奈川中央バス「大地沢青少年センター入口」~京王線「多摩境駅」。その1。境川上流。雨降。

    今回から都県境を南に転じて、神奈川県相模原市と東京都町田市との境界、「境川」を歩くことにします。2月4日(土)。快晴。京王相模原線の終点「橋本駅」。どうせなら、都営新宿線の始発駅「本八幡」から橋本行きに乗っていこうか、と。「本八幡」を8:00に出て、「橋本」に着いたのは、9:37。途中、「新宿」まで各駅停車、「調布」から先も各駅に停車。けっこう乗りでがありました。乗客も入れ替わり立ち替わり。やっと駅に降り立ち、しばらく待って、神中バスに乗り、「大地沢青少年センター入口」バス停まで。着いたのが10:30頃。少し上流まで歩き、都県境になっている「境川」を確認し、スタートです。ここから「多摩川河口」までの道のりということに。右手に「蕎麦処川崎」。このお店は町田市相原町。目の前に流れる「境川」が都県境。境川。小さ...神奈川中央バス「大地沢青少年センター入口」~京王線「多摩境駅」。その1。境川上流。雨降。

  • 立春。2月4日。「春もやゝ けしきとゝのふ 月と梅 はせを」。

    今日が節分、そして明日が「立春」。立春二十四節気の一番目。2月4日〜2月18日頃一年のはじまりは立春からと考えられていました。そのため、節分や八十八夜など、季節の節目の行事は立春を起点として定められています。梅の花が咲き始め、徐々に暖かくなり、春の兆しがところどころで見られます。七十二侯でいうと、初侯 2月4日〜2月8日頃東風解凍はるかぜこおりをとく暖かい春の風が、冬の間張りつめていた氷を解かし始める頃。次侯 2月9日〜2月13日頃黄鶯睍睆うぐいすなく「ホーホケキョ」と、ウグイスが馴染みのある美しい鳴き声で、春の到来を告げる頃。その年の一番初めに聞くウグイスの声を「初音(はつね)」といいます。末侯 2月14日〜2月18日頃魚上氷うおこおりをいずる春の暖かさで湖や川の氷が割れ、氷下で泳いでいた魚が氷の上に跳...立春。2月4日。「春もやゝけしきとゝのふ月と梅はせを」。

  • ソウタ・三態。箪笥の上。段ボールの中。ジャケットの下。・・・

    いつもやんちゃなソウタ。箪笥の上に。出かける準備をしていると、じっと。何を見ているのか?段ボールが届くと、空箱にさっそく。出たり入ったり、ふたが閉まると、その中でじっと。今度は、モフモフの服にじゃれて。それに飽きると、毛づくろいをして、おやすみ。ソウタ・三態。箪笥の上。段ボールの中。ジャケットの下。・・・

  • 西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その5。茶どころ通り。霞川。金子駅。

    都県境になっている茶畑内の農道を歩きます。入間市側の茶畑。青梅市側の茶畑。「茶どころ通り」を横切ります。昭和61年、市制施行20周年記念事業の一環として市民より愛称の募集を行い、「茶どころ通り」と名づけられました。一面の茶畑の中を続くこの道からは、冬の真っ白な富士山、奥多摩、丹沢の山並みが展望でき、空の広さを感じさせます。(「」HPより)茶どころ通りは、茶畑の中を通る約6キロメートルの一本道。(「入間市観光協会」HPより)今回歩いたところは、西のはずれに当たります。集落に近づきます。左手、茶畑内に都県境。左に「東京都水道局北部中継ポンプ場」。その施設の東の小川が都県境になっています。この先の集落が東京都と埼玉県になります。この住宅地は、入間市木蓮寺地区。都県境になっている道。右が青梅市、左が入間市。この先...西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その5。茶どころ通り。霞川。金子駅。

  • 西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その4。狭山茶。

    「青梅市自立センター就労支援事業所」の前の道を西に向かいます。青梅市自立センター就労支援事業所関係する法律に基づき、原則として18歳以上で雇用されることの困難な障害者の方に対して、社会生活に必要な支援および訓練を行い、就労に結びつけることを目的とします。就労支援事業所にあっては、就労移行支援と就労継続支援(B型)の二つを兼ね備えた多機能型とし、それぞれの事業にあった内容で進めていきます。(「」HPより)※昨年春、この施設ではありませんが、青梅市内の「自立支援施設(青梅市新町3丁目)」で、職員による日常的な暴力・虐待があり、入所者(当時30)が死亡したことが報道されました。右手の道を進むと、都県境になるようですが、この先に、牧場があります。正面にある「圏央道」の方向に進みます。「青梅スタジアム」。そこを左折...西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その4。狭山茶。

  • 西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その3。

    この道が都県境。来た道を振り返る。左が埼玉県入間市、右が東京都瑞穂町。「埼玉県入間市大字寺林字表山」。都県境は、正面のゴルフ場方向へ。頭上には相変わらず飛行機の騒音が。左に折れて進みます。ゴルフ場の縁が都県境のようです。奥がゴルフ場。栗原新田交差点。ここを右折します。右手奥に都県境。JR八高線の手前、龍泉寺脇の道を入ると、ゴルフ場からの都県境の道に。壁沿いの道。都県境になっている細道。左に進むと、八高線をくぐり抜けるトンネルが現れます。屈んで歩くしかない、きわめて天井の低いトンネル。頭上が八高線。振り返る。都県境歩きでは貴重な体験をします。八高線、飯能方面に行く電車が通過中。抜けると、畑が広がります。雑木林や竹が続く道。農作業の道なのでしょうか?轍の跡が。都県境は、この先、南西に折れ、すぐ鋭角で北西に進み...西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その3。

  • 西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その2。国道16号線。梅の古木。二本木上宿の道標。

    「国道16号線」の手前に、瓦屋さん。鬼瓦。小学生の頃、家の近所に大きな瓦製造業がありました。社会科見学で訪問したことがありますが、今ではどこにあったかも定かではありません。瑞穂町大字駒形富士山88。三州瓦(さんしゅうがわら)愛知県(旧・三河国)で生産されている粘土瓦。石州瓦、淡路瓦と並ぶ「日本三大瓦」の一つ。現在は西三河が生産の中心となっているが、20世紀半ばまでは東三河でも生産が盛んであった。三州瓦の日本国内シェアはトップであり、日本の年間瓦生産総数の約60%を占めている。良質の三河粘土が産出され、東日本の需要地に近いという利点もあって、全国の瓦に占める三州瓦のシェアは1965年(昭和40年)の24.5%から1980年(昭和55年)には34.4%、1995年(平成7年)には47.9%まで上昇している。三...西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その2。国道16号線。梅の古木。二本木上宿の道標。

  • 西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その1。めだか屋。不老川。

    今回は、西武線「小手指駅」から西武バスに乗り、終点の「宮寺西」から歩き始めます。○が「宮寺西」バス停付近。左の大きい道路は「国道16号線」。西に向かって進みます。狭山丘陵から西、平地をジグザクに進んだ都県境と、この付近で合流します。入間市宮寺。この右手奥が都県境。「めだか屋」(入間市宮寺)。大岳山が正面遠くに(↓)。茶畑の向こうに富士山(↓)。左手は、東京都瑞穂町。右は、入間市。不老川。上流方向。下流方向。<imgsrc="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/a9/b957ee3ce7eba4003a0e20a5b0ad3c87.jpg">不老川(としとらずがわ、ふろうがわ)東京都及び埼玉県の主に武蔵野台地上を流れる一級河川。荒川水系新河岸川の支流である。東京都...西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その1。めだか屋。不老川。

  • 冬牡丹。楊貴妃・「長恨歌」。冬至梅・唐梅。八重・一重寒紅。まゆみ(檀)。さるすべり(百日紅)。・・・、そしてユリカモメ。

    「向島百花園」。入口に紅白の冬牡丹。牡丹:別名は「富貴草」「富貴花」「百花王」「花王」「花神」「花中の王」「百花の王」「天香国色」「名取草」「深見草」「二十日草(廿日草)」「忘れ草」「鎧草」「ぼうたん」「ぼうたんぐさ」など多数。原産地は中国西北部。花を観賞するために栽培されている。・・・。元は薬用として利用されていたが、盛唐期以降、牡丹の花が「花の王」として他のどの花よりも愛好されるようになった。たとえば、『松窓雑録』によれば、玄宗の頃に初めて牡丹が愛でられるようになったものの、当時は「木芍薬」と呼ばれていたと記載される。また、隋の煬帝や初唐の則天武后が牡丹を愛でたという故事がある。ただし郭紹林はこれらの故事を慎重に検討し、虚構であると結論づけている。清代以降、1929年までは中国の国花であったとされるこ...冬牡丹。楊貴妃・「長恨歌」。冬至梅・唐梅。八重・一重寒紅。まゆみ(檀)。さるすべり(百日紅)。・・・、そしてユリカモメ。

  • やっぱり仲良くないのかな、アンズとソウタ。人なつっこいソウタ、どうもそうではないアンズ。

    朝のひととき。そっぽを向くアンズ。遊ぼうよ、というソウタに。無理矢理近づくと、箪笥の上に。下のテレビ台に。それでも、コタツの中では仲良く寝ている時も。一安心。ソウタ。目線が合うと、猫じゃらし持参の上で、遊んで、と。ソウタの七つ道具の一つ。一人遊びも得意。今度は、ジジ。結局、飽きて、本人は、ベッドの上で毛繕い。そして、スヤスヤ。アンズは、コタツの中で、ゆっくりと(寝ています)。やっぱり仲良くないのかな、アンズとソウタ。人なつっこいソウタ、どうもそうではないアンズ。

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。番外編。青梅街道。日光街道。箱根ヶ崎駅。

    青梅街道に出ました。モニュメント。<imgsrc="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/fb/387b9647eefe1f153ccb0cc17a774327.jpg">「旧日光街道」と標示された信号機。「箱根ヶ崎」は、「旧日光街道=八王子千人同心街道」と「青梅街道(旧)」とが交わるところです。二つとも歩いたので、久々の「箱根ヶ崎」です。青梅街道。JR八高線「箱根ヶ崎駅」。西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。番外編。青梅街道。日光街道。箱根ヶ崎駅。

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その8。出会いの辻・六道の辻。旧日光街道。青梅街道。

    瑞穂町の住宅地に向かいます。「狭山湖堰堤から7.0㎞」。富士山が意外に近くに。「出会いの辻」へ。案内板。庚申塔。「六道庚申塚」と「六道の辻」解説板。この庚申塚は、江戸時代後期の文化10年癸酉(1813年)に武州多摩郡石畑村下組(瑞穂町石畑地区)の人々によって建立されたものです。・・・当時この場所は、旧石畑村と隣村との境界にあたり、村境の「サエの神」(守り神)を祀るのにふさわしいところでした。また、この場所は古くからの交通の要衝で、幾筋もの道が開かれ交差しています。・・・ここは昔から「六道の辻」と呼ばれていました。「六道山」の名称も、これに由来します。・・・当初、庚申塔の脇には榎が植えられ茂っていましたが枯死し、現在はその後植えられた二代目の榎が大きく茂っています。坂下に「瑞穂農芸高」が。「遺跡広場」解説板...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その8。出会いの辻・六道の辻。旧日光街道。青梅街道。

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その7。野山北・六道山公園。御判立。展望台。

    しばらく進むと、「三方入(御判立)ゲート」。解説板。御判立(ごはんだて)この場所は、諸説ありますが、昔、村と村とを往来する幹線道路の要所で、江戸時代三ツ木村と勝楽寺村の境目の目印が立てられていたそうです。また、武蔵村山市史によると役所からの連絡などを掲示する場所として定められ、それを守る番小屋があったとも伝えられています。ここから都県境は、北に向かうため、探索出来ず。この先、歩く道は、都県境の道ではなく、東京都瑞穂町になります。来た道を振り返る。「瑞穂町大字畑・・」。左に行くと、「赤坂」。右は水源用地(立入禁止)。左は、奥深い森。猿久保にある案内板。→が「都県境」。けっこう急で深い谷。うち捨てられ、朽ち果てた車。ここまで持ってくる(乗ってくる?)だけでも、大変なはず。「六道山公園展望台」へ。中央、遠方に白...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その7。野山北・六道山公園。御判立。展望台。

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その6。野山北・六道山公園。

    「村山温泉かたくりの湯」バス停から再開。狭山丘陵一帯には、5つの都立公園があります。都県境にもなっている「狭山公園」「八国山公園」とたどってきました。ここからは、「野山北・六道山公園」。野山北・六道山公園は、首都圏に残された「緑の島」都立狭山自然公園の西端にあり、雑木林と谷戸(丘陵に切れ込んだ谷間)の組合せによって、豊かな自然が残された都立で最大の都市公園です。カタクリの群生地やホタルの生息地、里山民家や岸たんぼといった、貴重な里山の風景が広がっており、里山の生活や文化を体験できるほか、ハイキングや野鳥観察、森遊びなど様々な楽しみ方ができる公園となっています。(この項、「」HPより)「冒険の森」脇の山道を進み、尾根道へ。右手の道を進む。尾根道の途中までが、都県境になっています。藤棚の休憩広場付近で丘陵地帯...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その6。野山北・六道山公園。

  • ある日のソウタ。現在、体重5.2㎏。好奇心旺盛。

    人なつこいソウタ。かまって欲しい。パソコンをやっていると、ドッサリと座り込む。と、テレビの向こうが気になるのか。何にもないや。重たいので、しなっている。何やっているの?TVをチラッと見て、つまらないや。アンズに近寄ってきて、何かあるの、この下に、と。宅配便が届くと、空箱に。<imgsrc="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/69/8186257890a99b1dd921888dc5eefe1a.jpg">箱の中から。ある日のソウタ。現在、体重5.2㎏。好奇心旺盛。

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その5。かぶと橋。落ち葉の散策路。

    「多摩湖通り」に沿った道を進むと、右手に「藤棚の休憩広場」。来た道を振り返る。この付近で、都県境は西へ進み、狭山丘陵の中に入り、野山北・六道山公園の尾根づたいになります。そこまでの道は歩けないので、「多摩湖通り」から分かれ、右の道を進みます。「かぶと橋」「武蔵野の森」。頭上にカブトムシのモニュメント。振り返る。「境界点標示東京都」。尾根道(都県境)直下にある「村山温泉かたくりの湯」方面に進まず、そのまま坂を下ってしまいます。すぐ、住宅地へ。来た道を振り返る。住宅地の坂道を下る。武蔵村山市のマンホール。中央に市章、下に「ひがしむらやま」。亀甲模様?武蔵村山市全図。「石橋供養塔」。近くを流れる「空堀川」に関係するものか?青梅街道へ。武蔵村山市役所。ここまで順調に着きました。まだお昼前。さてどうしたものか?運良...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その5。かぶと橋。落ち葉の散策路。

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その4。狭山湖(山口貯水池)。くぬぎ橋。

    狭山湖(山口貯水池)に向かう道路。狭山湖(山口貯水池)は、ここからは望むことは出来ません。狭山湖(山口貯水池)埼玉県の南中部に位置する所沢市と入間市の境界にまたがり、東京都の水がめとして昭和9年に完成した人造湖で、正式名称は「山口貯水池」です。周辺は県立狭山自然公園になっており、春はソメイヨシノやヤマザクラなどの2万本もの桜、秋は紅葉、湖面に映る木々や富士山、さらにバードウォッチングなども楽しめます。四季の美しい情景は、埼玉の「自然百選」や「ダム湖百選」に選ばれています。(「埼玉県公式観光サイト」より)狭山湖の歴史狭山湖(山口貯水池)は、はじめから湖だったのではないことを知っていましたか?市内を流れる柳瀬川の上流をせき止めて作られた人造湖(じんぞうこ)なのです。そもそも、狭山湖の底には勝楽寺村(しょうらく...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その4。狭山湖(山口貯水池)。くぬぎ橋。

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その3。多摩湖橋。慶性門。

    小さな河川が貯水池に流入します。そのため、この先、けっこうたくさんの橋が出てきます。「こぶし橋」。ただ水面は見えません。周辺の木々になぞらえて付された橋の名のようですが。それにふさわしい絵柄。伐採した木がたくさん。右手に長屋門が見えてきます。左手遠くに湖面。「多摩湖橋」を渡ります。「慶性門」。慶性門明治45年(1912年)、ここに貯水池が建設されることになりました。村山貯水池(多摩湖)になったところに住んでいた人々は、移転しなければなえりませんでした。上貯水池は大正13年(1924年)に、下貯水池は昭和2年(1927年)に完成しましたが、その間に湖底にあった160戸余りの家々が移転してきました。慶性門は、石川の谷(現在の上貯水池の西部)にあった慶性院山門で、寺院の門としてはあまり一般的ではなく「長屋門」の...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その3。多摩湖橋。慶性門。

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その2。「西武園ゆうえんち」。西武山口線。西武球場。

    「遊園地」内に劇場風の建物。「夕陽館」。「ゴジラ・ザ・ライド大怪獣頂上決戦」というアトラクションをやっているらしい。昭和時代のようなノスタルジックな雰囲気作りの「ゆうえんち」。右には、西武球場に向かう「西武山口線」。元々は1950年(昭和25年)に開業した多摩湖ホテル前駅とユネスコ村駅を結ぶ単線「おとぎ線」を走る、「おとぎ電車」という名称の遊戯施設で軌間762mmの「軽便鉄道」だった。1952年(昭和27年)に「おとぎ線」を地方鉄道法に基づく地方鉄道に転換し「山口線」と改称したが、「おとぎ電車」の名はその後も用いられた。運賃は西武鉄道の他の一般鉄道路線とは別建てで大人片道200円、子供片道100円で営業時間は9:30から17:30まで。当初は蓄電池機関車(バッテリーロコ)だけだったが、1972年(昭和47...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その2。「西武園ゆうえんち」。西武山口線。西武球場。

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その1。多摩湖駅。多摩湖(村山貯水池)。

    「西武園駅」。下車した中高年の男性が次々と向かう先は、右手にある「西武園競輪場(場外)」。それを横目に見ながら先に進みます。この付近からは、この道路が都県境になっています。右が埼玉県所沢市、左が東京都東村山市。右に「西武園ゆうえんち」。眼下に西武線「多摩湖駅」。駅周辺には、住宅地が広がっています。(「Wikipedia」より)村山貯水池・多摩湖周辺の鉄道の変遷。そういえば、少年時代、「ユネスコ村」に来たことがあります。「狭山公園」。「排水路トンネル」。トンネルの向こうに、「多摩湖・村山貯水池」。新東京百景、東やまと20景として東大和市のシンボルとなっている多摩湖は、桜と紅葉の名所として知られ、憩いの場として親しまれています。大正5年から昭和2年の間に建設され、水没移転や経済面で非常に歴史的な価値の高いもの...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その1。多摩湖駅。多摩湖(村山貯水池)。

  • 向島百花園。春の七草。隅田川・桜橋。ユリカモメ。

    1月4日。晴れ。今年最初の向島百花園。三々五々連れ立っての人々。それぞれの歩調の一歩初明り令和5年。「癸卯(みずのとう)」の年。献上七草籠。あら玉の年のはじめの七くさを籠に植ゑて来し病めるわがためスカイツリー。元旦。孫達は、最上階の展望台まで上がった、とか。今年は、「梅祭り」も開催できそうな。隅田川に架かる「桜橋」へ。台東区側の「桜橋船着場」にユリカモメの群れ。鳩も一緒に。オオバン?川面に。スカイツリー。両国橋花火の賑わい。<imgsrc="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/03/210b47ed673a2b579796af217f9986e1.jpg">テラスには、隅田川の浮世絵がいくつか。向島百花園。春の七草。隅田川・桜橋。ユリカモメ。

  • 西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その6。「今半」おせち。都立八国山緑地その3。サルノコシカケ。西の入口広場。西武園。

    明けましておめでとうございます。今年のおせちは、「今半」。それぞれ美味しく食べました。子供の家族、孫達が勢揃いの一日でした。じいさんは、お酒三昧。日本酒やウイスキー、ワインに・・・。それぞれが楽しんでいます。<imgsrc="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/2f/c99a7205fffb6771e1843c520012cb4e.jpg">中央のお酒。都立八国山緑地。「サルノコシカケ」が。一般に、「猿の腰掛け」の名の通り、樹木の幹に無柄で半月状の子実体を生じるものが多いが、背着生のものや、柄とかさとを備えるものもある。子実体は一般に堅くて丈夫(木質・コルク質・革質など)であるが、一部には柔らかな肉質のものもある。胞子を形成する子実層托は典型的には管孔状をなして...西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その6。「今半」おせち。都立八国山緑地その3。サルノコシカケ。西の入口広場。西武園。

  • 西武線「秋津駅」~「西武園」。その5。都立八国山緑地。あおぞら広場・ほっこり広場。西の広場。西武園。

    所沢市側は都県境直下まで家並みがあります。広場に出てきました。眼下に東村山市の家並み。「あおぞら広場」。犬を連れ、散歩する女性。東南に市街地が広がります。ベンチで小休止し、西のゴール目指して、眼下に、ほっこり広場。右は、所沢市側。尾根伝いにのんびりと。振り返る。ということで、今年のブログも、終わり。皆さん、良いお年を。ソウタ。アンズ。仲良く新年を。西武線「秋津駅」~「西武園」。その5。都立八国山緑地。あおぞら広場・ほっこり広場。西の広場。西武園。

  • 西武線「秋津駅」~「西武園」。その4。都立八国山緑地。将軍塚。

    「都立八国山緑地」案内図。八国山は標高89.4メートルの狭山丘陵の東端にある山です。その頂きから上野(かみつけ)・下野(しもつけ)・常陸(ひたち)・安房(あわ)・相模(さがみ)・駿河(するが)・信濃(しなの)・甲斐(かい)の八国が見渡せることから、その名が付いたとされています。新田義貞(にったよしさだ)鎌倉討伐や武蔵野合戦などが行なわれた場所で、山のふもとには久米川古戦場碑があり、山頂には将軍塚が残されています。(「」HPより)たどる道が、都県境(緑地の北限)になっています。「八国山緑地」東側。「同」西側。明治以来、都県境に変化はありません。振り返る。所沢市内。右手が所沢市。緩やか坂道を上がっていきます。埼玉県側の案内板。この案内板には、「埼玉県狭山丘陵」とあります。右が埼玉県、左が東京都。「元弘青石塔婆...西武線「秋津駅」~「西武園」。その4。都立八国山緑地。将軍塚。

  • 西武線「秋津駅」~「西武園」。その3。柳瀬橋・二柳橋・二瀬橋・勝陣場橋。八国山緑地へ。

    都県境は、まだまだ旧所沢街道を越えて南西に進みますが、道が不明なところもあり、柳瀬川の右岸(東村山市)を歩くことに。「柳瀬橋」。柳瀬川(上流)。「二柳橋」から。対岸は、埼玉県所沢市。現所沢街道。この付近で都県境は、柳瀬川に。ポリオ研究所(株式会社BIKEN)東京事業所―ポリオワクチンの研究及び製造拠点―。(東村山市久米川)西武線新宿線をくぐります。二瀬橋交差点。対岸は、所沢市久米。「二瀬橋」が架かる柳瀬川が都県境。東村山市マンホール。市章と市の木ツツジのデザイン。「勝陣場橋」からの柳瀬川。下流方向。ここから、都県境は北西に進みます。左折した道の右手の緑地が都県境。いよいよ都県境になる「八国山緑地」の道をたどることに。西武線「秋津駅」~「西武園」。その3。柳瀬橋・二柳橋・二瀬橋・勝陣場橋。八国山緑地へ。

  • 西武線「秋津駅」~「西武園」。その2。秋水園・とんぼ工房。「光あまねし」碑。秋津橋。

    秋水園。ごみ焼却施設、リサイクルセンター、し尿希釈投入施設、とんぼ工房、グランド。さらに、ふれあいセンターが併設されています。※「秋水園ふれあいセンター」秋水園周辺住民の交流を促進し、地域社会の発展と文化の向上、及び地域住民の福祉の増進を図ると共に、資源が循環して利用されるまちづくりを目的とします。(「」HPより)とんぼ工房。秋水園には、皆さんの家から出された家具などの粗大ごみが日々運び込まれていますが、その中には修理をすればまだ使えるものや、少しの工夫で活用できるものがたくさんあります。とんぼ工房は、それらのそのまま「ごみ」として処分してしまっては「もったいない」ものに手を加え、再生できる家具等の修理・廃材の再利用を行なう施設です。運営団体である「とんぼサポーター2」が、廃材を使った木工品の製作を行って...西武線「秋津駅」~「西武園」。その2。秋水園・とんぼ工房。「光あまねし」碑。秋津橋。

  • 西武線「秋津駅」~「西武園」。その1。松戸橋。淵の森緑地・トトロの森。(「都県境を探ってみる。第9回目)

    12月25日(日)快晴。風もあまりなく、穏やかなお天気。日本海側、北日本の人たちには申し訳ないほど。秋津駅に10時頃到着。最近は、最寄りの交通機関の関係(特に鉄道)で距離を伸ばせません。ますます軟弱に。所沢の観光案内板。歩く道は、図の下の方、所沢市と東京都東村山市と境。都内は、真っ白になっています。左は東村山市、右が所沢市。東村山市のマンホール。図柄は村山貯水池の取水塔。村山貯水池(多摩湖)の所在地は東大和市。それが、東村山市のマンホール蓋に描かれているのか?ここで取水した水が東村山市にある「村山浄水場」に送水されるということから。中央下に「ヒ」と「ム」をハトの形に図案化した市章がある。所沢市のマンホール。中央に、ヤマノイモ科の多年生つる草の「野老(ところ)」の葉を図案化し、周りをカタカナの「ワ」3つで囲...西武線「秋津駅」~「西武園」。その1。松戸橋。淵の森緑地・トトロの森。(「都県境を探ってみる。第9回目)

  • 武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その5。柳瀬川・空堀川。カワセミ。秋津駅。(「都県境を探ってみる。第8回目)

    カワセミ(○)。<imgsrc="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/3c/ef40c8c020d15e88b25dfa6922f12ffc.jpg">武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その5。柳瀬川・空堀川。カワセミ。秋津駅。(「都県境を探ってみる。第8回目)

  • 武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その4。柳瀬川を遡る。その2。(「都県境を探ってみる。第8回目)

    松柳橋。ここで、再び清瀬市に。境橋。空堀川。武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その4。柳瀬川を遡る。その2。(「都県境を探ってみる。第8回目)

  • 相変わらず好奇心旺盛で、獲物狩りの好きなソウタです。

    獲物を見せに。さっさと放り出して、今度は、なんだこれは?階段に上がって。放り投げて、気がついたら、水飲みの皿の中に落としていました。ふやけてしまったパン(のおもちゃ)。年賀状の印刷を始めると、プリンタに興味津々。くわえようとのぞき込む。以前に比べて格段に少なくなった年賀状。今回もあっという間に印刷終わり!相変わらず好奇心旺盛で、獲物狩りの好きなソウタです。

  • 武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その3。柳瀬川を遡る。(「都県境を探ってみる。第8回目)

    柳瀬川は、護岸工事、河川改修が進み、流れもきれい。川沿いに遊歩道も整備されています。振り返る。対岸の向こうには、武蔵野線が。釣り人の姿も。ところどころに人工的に段差などが設置され、流れに変化が生まれる。洪水防止でしょうが、工夫があります。桜並木の下を進む。花見の時期には、さぞかし賑わうことでしょう。この先、対岸の向こう、「清瀬金山調節池」から金山橋をはさんで、「清瀬金山緑地公園」まで、大きく回り込むように清瀬市エリアが広がります。※柳瀬川右岸を歩いたため、この二つは、訪問していません。「清瀬金山調節池バードウォッチング」。「清瀬金山緑地公園」。(いずれも「Wikipedia」より拝借)対岸は、「清瀬金山調節池」付近。前方に「金山橋」が見えてきます。金山橋下から「清瀬金山緑地公園」を望む。振り返る。対岸右奥...武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その3。柳瀬川を遡る。(「都県境を探ってみる。第8回目)

  • 冬至。我が家の猫たちは、・・・。

    こたつから、頭だけ出して。ジジを見つけ、ジジにじゃれつくも、そのうち、カーペットの暖かさに、<imgsrc="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/ab/bce3284a780eaab72f0d01dd4085ba97.jpg">寒さの冬も自由自在。冬至。我が家の猫たちは、・・・。

  • 武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その2。円通寺長屋門。城前橋。滝の城跡。再び柳瀬川。(「都県境を探ってみる。第8回目)

    都県境でもある「柳瀬川」沿いに進もうとしましたが、土手上は通行禁止。来た道から武蔵野線をくぐり、西に向かいましたが、なかなか柳瀬川に近づけません。清瀬市内を歩くことに。畑が広がる。円通寺長屋門。もとはかやぶきでしたが戦後瓦葺になおしました。武蔵野平野部の長屋門は比較的小さいのですが、この長屋門は規模も大きく、柳瀬川・滝の城を背に、清瀬古道に沿って建っている白壁・板腰は目の姿はあくまで端正です。大扉の閂やくぐり戸のおさえ等に昔の工夫がしのばれ、基本的な使用目的が守られています。円通寺の記録に「長屋門天保十五甲辰年十一月二十五日上棟再建」(一八四四年拾食宥傳の代)とあり、手直しはされていますが、この時建てられたものが今に伝えられているものと考えられます。(清瀬市教育委員会掲示より)円通寺に通じる坂道。のどかな...武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その2。円通寺長屋門。城前橋。滝の城跡。再び柳瀬川。(「都県境を探ってみる。第8回目)

  • 武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その1。柳瀬川。(「都県境を探ってみる。第8回目)

    今回は、JR武蔵野線「新座駅」から西武線「秋津駅」まで。「川越街道」から左折します。前回、「新座貨物ターミナル」で途切れた「都県境」。この先から続きます。「清戸番所跡」付近。清瀬市旭が丘6丁目。歩く道が都県境で、背中側が新座市内。都県境に当たる「柳瀬川」へ。「東京都下水道局清瀬水再生センター」。この向こう側が「柳瀬川」。右手、柳瀬川沿いの、何面もグランドがある、大きな「清瀬内山運動公園」を回り込む。真っ白な富士山(↓)が遠くに。前回歩いた方向を望む。さらに「関越道」脇を進み、やっと柳瀬川にたどり着くも、新しい橋を建設中で立入禁止。やれやれ・・・。「清瀬下宿ビオトープ公園」に寄り道。「柳瀬川回廊」案内板。柳瀬川沿いに歩く予定ですが、ここから柳瀬川に架かる「清柳橋」に出ます。下流方向。上流方向。右から合流する...武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その1。柳瀬川。(「都県境を探ってみる。第8回目)

  • 向島百花園。冬枯れの。それでも草花は元気に。江戸菊もまだ咲いて。

    今朝、東京も初氷。そんな悠長な状態ではない。新潟県。ものすごい大荒れ、大雪で大変な状況が続いているようです。向島百花園は、薄曇り。冬支度の松とスカイツリー。12月17日(土)の午後。<imgsrc="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/8e/2e06e8282205491097167412a3d8e31a.jpg">左から、「春日」「宿一本」「星月夜」「雲雀の夜」。「雲雀の床」。「遠見の桜」。「嵯峨の光」(嵯峨)。「肥後菊」。かんつばき。向島百花園。冬枯れの。それでも草花は元気に。江戸菊もまだ咲いて。

  • 隅田公園。冬の風物詩。ユリカモメ。芭蕉・伊勢物語。・・・

    本格的な冬の到来を告げるかのようなユリカモメが、隅田公園にやってきました。赤いくちばしと脚が目立つ白色が鮮やかなカモメ全長40cm。冬鳥として、全国の河、河口、湖沼、海岸に至る水辺に来ます。赤いくちばしと足がきれいな小型のカモメの仲間で、水上に群がる姿は白い花が一面に咲いたようです。在原業平や和泉式部の古歌に登場する都鳥(みやこどり)はこの鳥で、東京都の鳥に指定されています。江戸時代には考えられなかったウォーターフロントは、ユリカモメの目にどう映っているのでしょう。何でも食べるたくましさを持っていて、そういえば東京都のゴミ捨て場の新・夢の島にも、廃棄物をつつく姿が見られます。日本を去る4月中旬頃には、頭が黒い頭巾をかぶったようになります。カモメ類ではいちばん内陸にまで飛来する鳥で、海岸から数10キロも入っ...隅田公園。冬の風物詩。ユリカモメ。芭蕉・伊勢物語。・・・

  • ある日の猫たち。おとなしいアンズ、活発なソウタ。いろんなことに興味津々。

    そのうち、ソウタが本棚の上に、床からトントン上がって。それを見上げる、アンズ。アンズの食べ残しをせっせと。和箪笥の上のアンズ。下から一気に上まで上がります。上がれないソウタは見上げるのみ。プリンタを使い始めると、プリンターに興味あり。ソウタ。プリントされた紙が出てくるのをじっと。ガチャガチャという音に興味があるのか、用紙が出てくるのに興味があるのか。今度は、カーペットに潜り込む。蛇口から水を飲むソウタ。満足顔?得意じゃないアンズ。北日本や日本海側と比べ、穏やかな天気が続いた東京地方も寒くなってきました。いよいよ冬本番。ある日の猫たち。おとなしいアンズ、活発なソウタ。いろんなことに興味津々。

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その8。JR武蔵野線。貨物ターミナル。「金太郎」。野火止。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    「関越道」の上を越えます。「UR清瀬旭が丘団地」が続く。住宅地を抜けると、農地が広がります。遠くにJR武蔵野線。この道が都県境に。右が新座、左が清瀬。清瀬市のマンホール。市の木ケヤキがデザインしてある。農家らしいおうち。「十文字学園サッカーグラウンド」。新座市側には「十文字学園女子大学」キャンパスが広がります。振り返る。右が清瀬市、左が新座市。「武蔵野線」に突き当たります。貨物ターミナルになっています。都県境は、ここを横断し、線路の向こうにつながっていきますが、今回は、ここで終了。右に曲がり、JR新座駅に向かいます。大型トラックも行き交い、砂埃が舞う道路。新座市菅沢2丁目になります。新座市のマンホール。土にまみれながら。市の花こぶしで市章を囲み、周りに市の木モミジの葉を配している。機関車が貨車を牽引して。...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その8。JR武蔵野線。貨物ターミナル。「金太郎」。野火止。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その7。志木街道。清戸道。UR清瀬旭が丘団地・花夢音!せいぶ。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    この道が「海軍用地」標石に通ずる道でした。「志木街道」。下清戸地区。「清戸」というと、「清戸道」として東の江戸川橋から練馬区を横断し、保谷、東久留米を経て、西の清瀬市の清戸まで通じる道がありました。清戸道(きよとみち)は、主に江戸時代に、江戸と武蔵国多摩郡清戸(現在の東京都清瀬市)との間を結んでいた古道である。神田川に架かる江戸川橋(現・東京都文京区関口付近)を江戸側の起点とし、そこから北西へ約5〜6里(約20〜24km)の武蔵国多摩郡清戸(上清戸村、中清戸村、下清戸村、清戸下宿。現・東京都清瀬市上清戸、中清戸、下清戸、下宿付近)との間を結んでいたとされる。成立の経緯は明らかではない。江戸時代に尾張藩の鷹場が清戸にあり、そこへ鷹狩に向かう尾張藩主が通ったといわれているが、それよりも、農村であった清戸から、...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その7。志木街道。清戸道。UR清瀬旭が丘団地・花夢音!せいぶ。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その6。西堀三丁目憩いの森。米空軍大和田通信所。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    住宅地を過ぎると、畑や森が一面に広がる。「ひまわり通り」からフェンス沿いの細道に入る。真後ろは、「西堀三丁目憩いの森」(新座市)。都県境は、その北側の縁沿いに進む。※西堀三丁目地区にある緑地で、隣接する西堀二丁目憩いの森と合わせると、市内で最も大きな憩いの森。写真を撮り忘れたので。(「Googleマップ」より)フェンス内は、林が広がる。右手奥には、「米空軍大和田通信所」があります。※都県境は、この敷地内を北に向かう。米空軍大和田通信所埼玉県新座市西堀、東京都清瀬市にまたがる在日アメリカ空軍基地施設の名称。施設番号はFAC3056。大日本帝国海軍大和田通信隊所属「大和田無線通信所」が、無線通信の受信・傍受施設として使用。戦後、気象通信所を経て米軍基地として接収。当時の中央施設は2007年(平成19年)現在、...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その6。西堀三丁目憩いの森。米空軍大和田通信所。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その5。ひまわり通り。ころぼっくる。気象衛星ひまわり。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    西武線をアンダーパスで越え、この信号を右折します。都県境(清瀬市と新座市)は、この手前で右手に新座市が広がります。歩いている道の周囲は、清瀬市。農地が多い。この先で、新座市との境界があります。右が新座市新堀。「(新座市立)新堀小学校西」交差点。都県境は、交差点を少し西に入りこみ、すぐ鋭角で折れて東に向かう。振り返る。右手は「清瀬市障害者福祉センター」(上清戸)。この先は、新座市に属する「ひまわり通り」を歩きます。なぜ「ひまわり通り」と名付けられているか?沿道にひまわりが植えてある様子もないし、・・・。左手奥は、「清瀬市立清瀬第十小学校」。都県境は、右に見える新座市立新堀小学校の校庭を横切って進みます。体育館は清瀬市?農産物販売所が左に。左手の公園入口にパラボラアンテナのモニュメント。公園の奥には、「児童セ...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その5。ひまわり通り。ころぼっくる。気象衛星ひまわり。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その4。野火止用水。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    解説板。野火止用水川越城主松平伊豆守信綱は、新田開発に入植した人々の生活水を確保するため、玉川上水から分水することを許され、現在の東京都小平市から野火止台地を経て新河岸川(志木市)にいたる全長約24キロメートルに及ぶ用水路を開削しました。この付近の新田開発に入植した人々は、屋敷の近くに用水を引水しました。8軒の家が点在していたことから、この用水を八軒回し堀と呼んでいました。また、新堀とは、本流に対して、「新たに掘られた堀」の意味があり、「新堀八軒回し堀」とも呼ばれていました。現在、回し堀の大部分が遊歩道として整備されています。平成22年3月新座市新座市教育委員会※承応4年(1654)に完成しました。大きな鯉の姿も。新座市に属している。暗渠になっているところも。交差点名に「新堀」。ここからは流れが見える遊歩...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その4。野火止用水。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 大雪。12月7日。いよいよ本格的な冬の訪れ。自転車に乗るのも、猫たちも・・・。

    大雪(たいせつ)とは本格的に冬が到来するころ。山々は雪に覆われ、平野にも雪が降り積もります。新しい年の準備をはじめる「正月事始め」もこの時期から行われます。七十二侯でいうと・初侯 12月7日〜12月10日頃閉塞成冬そらさむくふゆとなる天地の気が塞がれ、冬がおとずれる頃。空は重い雲に覆われ、生き物はじっと気をひそめています。塞ぐという言葉は、寒さから人々を守るという意味でとることもできます。・次侯 12月11日〜12月15日頃熊蟄穴くまあなにこもる熊が冬ごもりの時期に入り、穴にこもる頃。春になるまで、穴の中で過ごします。熊だけではなく、しまりすや蛙、こうもりも冬ごもりを始めます。・末侯 12月16日〜12月20日頃鱖魚群さけのうおむらがる鮭が川を遡上する頃。海で育った鮭は、産卵のために自分の生まれた川へと里...大雪。12月7日。いよいよ本格的な冬の訪れ。自転車に乗るのも、猫たちも・・・。

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その3。グリーンヒルズ東久留米。野火止用水・水道道路。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    東久留米市上の原地区の住宅。「御成橋通り」(↓)。「御成橋」は、すぐ北にある「野火止用水」に架かる橋の名?左手には再開発された「グリーンヒルズ東久留米」の高層住宅が並ぶ。「西堀銀座商店街」。寂れているわけではと思いますが。武蔵野の森が広がる。2010年代のようす。右手の団地は解体中。1880年代のようす。大規模な団地等があった。上は、野火止用水・水道道路。都県境は団地の北側(現在も)。しばらく新座市内を歩き、「野火止用水・水道道路」に出ます。水道道路。新座市南西部から北東部までを貫く市道。朝霞市にある朝霞浄水場と東京都東村山市にある東村山浄水場間を結ぶ水道管が同道路下に埋設されていることから、「水道道路」と呼ばれるようになった。同市新堀・西堀地区で野火止用水と併走。(「Wikipedia」より)「野火止用...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その3。グリーンヒルズ東久留米。野火止用水・水道道路。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その2。生産緑地。神宝。東久留米市立東中学校。上の原地区再開発。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    緩やかな上り坂を進みます。右は新座市、左は東久留米市。都市計画生産緑地地区(東久留米市決定)。生産緑地が所々に。神宝2丁目交差点。一本東の上り坂が都県境。けっこう急な坂。坂上から来た道を振り返る。上りきった左に「東久留米市立東中学校」(東久留米市上の原2丁目)。天文台が屋上に。通りを跨いで一部が東久留米市に。大きな団地を解体中。東久留米市では「上の原地区」における大規模団地(東久留米団地、現:UR都市機構)の建替えなどにより、生じる広大な余剰地を活用するために、“自然つながり活力あるまち”に相応しい土地利用を誘導していくという方向性が示されました。この地域一帯が再開発事業の対象になっているようです。(「今昔マップ」より)左上が現在。かつては団地の他に航空(交通)管制本部がありました。※航空管制本部は所沢市...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その2。生産緑地。神宝。東久留米市立東中学校。上の原地区再開発。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その1。東久留米市へ。黒目川。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    東久留米市街区案内板。今回前半は街中を散策。後半からは、緑多きところを歩きます。前回後半から都県境。埼玉県側は新座市が続きますが、東京都はすぐ、西東京市から東久留米市に移ります。道路向こうの建物は、新座市。右は新座市栗原、左は東久留米市浅間となります。畑などが目につきます。道の途中から新座市に。中央にカタカナの「二」と「ザ」を図案化した市章。周囲にあるのは市の木「モミジ」。振り返る。広い通りに出ます。「ヤオコー新座栗原店」は、新座市栗原1丁目。しばらくは、新座市内を歩くことに。中央に市章。その周りにある花は市の花「コブシ」。周囲にあるのは市の木「モミジ」。坂道を下って行くと、「黒目川」に。この付近から都県境になります。黒目川・神宝大橋。上流方向。左手から合流する流れは、「落合川」。下流方向。黒目川東京都東...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その1。東久留米市へ。黒目川。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 向島百花園。初冬の。その2。カリン。サザンカ。マンリョウ。マユミ。コブクロザクラ。・・・

    カリンの実がたわわに。国から日本へ渡来した薬用にもされる果樹で、果実は硬く生食はできないが、カリン酒や砂糖漬け、のど飴などの原料になる。サザンカ(山茶花)。芭蕉の句碑の脇。「春もやゝけしきとゝのふ月と梅はせを」サザンカの名は山茶花の本来の読みである「サンサカ」が訛ったものといわれる。もとは「さんざか」と言ったが、音位転換してた現在の読みが定着した。「あらたし」が「あたらし」となったようなもの。「秋葉原」も、現在は当然のように「あきはばら」と読まれていますが、元は漢字を見たまま「あきばはら」でした。白い花の山茶花。マンリョウ。センリョウとともに、正月の縁起物。10月頃に赤く熟し、翌年2月頃まで枝に見られる。※「センリョウ」=葉の上に乗るような形で晩秋に赤い実を付けます。(「Wikipedia」より)これも赤...向島百花園。初冬の。その2。カリン。サザンカ。マンリョウ。マユミ。コブクロザクラ。・・・

  • 向島百花園。初冬の。その1。江戸菊の競演。伊勢の菊。

    「春日江戸」。菊がお出迎え。向島百花園では「江戸菊」が展示されています。丹誠込めた小菊の古木。伝統の江戸の菊作り。一つ一つに趣があります。江戸菊。右の二つが「花散里」、左の二つが「黄八丈」。艶やか、華やかな花。しっとり、落ち着いた菊花。「遠見の桜」「茅染川」。伊勢の菊。「初日出」、「養老の滝」、「友白髪」、「嵯峨の光」・・・「御園の秋」。向島百花園。初冬の。その1。江戸菊の競演。伊勢の菊。

  • 西武バス「北大泉」~西武線「ひばりヶ丘駅」。その6。(都県境を探ってみる」第6回目。)

    この道路付近の今昔。今でこそ住宅が建ち並んでいますが、明治中期には畑と雑木林が目立ちます。2010年代のようす。1880年代のようす。雑木林付近が都県境。ここから先は西東京市へ。西東京市北町2丁目。振り返る。都県境は道路を越えて西に進む。旧保谷市のマンホール。幾何学模様のマンホール。中央に旧保谷市の市章が入る。旧保谷市の市章は、漢字の「保」の文字。左手奥に「西東京市立青嵐中学校」。広い農地は「西東京都市計画生産農地」。保谷市の住所のまま。西東京市のマンホール。西東京市の市の木「ケヤキ」と「ハナミズキ」、市の花「ツツジ(春)・ヒマワリ(夏)・コスモス秋)・スイセン(冬)」をキャラクターとして使っている。旧家の趣。遠回りして都県境へ。「すし銚子丸ひばりヶ丘店」の脇の道が都県境。隣の「ライフ」など、新座市栗原4...西武バス「北大泉」~西武線「ひばりヶ丘駅」。その6。(都県境を探ってみる」第6回目。)

  • アンズとソウタ。青リボンに絡みつくソウタ。カーペットに潜り込むアンズ。ソウタは、・・・(DAYS with CATS。その3。)

    リボンに夢中のソウタ。階下に下りてきたソウタ。今度は、パソコンのイヤホーンに。アンズも一緒に。椅子の下で。夢中になっているソウタを横目にアンズ。アンズは蒲団やカーペットに潜る込むのが大好き。ソウタはどうした、どうした・・・。どこに隠れた、どこに?カーペットの下を動き回るアンズに翻弄されるソウタ。5キロのソウタに乗っかられて悲鳴をあげるアンズ。さっと逃げ出すアンズにソウタは、もういいや、と。アンズとソウタ。青リボンに絡みつくソウタ。カーペットに潜り込むアンズ。ソウタは、・・・(DAYSwithCATS。その3。)

  • 西武バス「北大泉」~西武線「ひばりヶ丘駅」。その5。練馬区から西東京市へ・多摩ナンバー。野寺小。石田ぶどう園。(都県境を探ってみる」第6回目。)

    「西大泉町」から、広い道へ戻ります(新座市から練馬区へ)。向かいは、練馬区西大泉6丁目。都県境は、ジグザグコース。小道を右に左に曲がっていると、西東京市と練馬区の境界線に出ます。西東京市北町4丁目。この付近は、元の保谷市と思われます。※西東京市:2001年(平成13年)1月21日、田無市と保谷市が合併して発足した。反対側は、練馬区西大泉6丁目。振り返ると、右が練馬区、左が西東京市。多摩ナンバーの車。こちらは、練馬ナンバー。結局、都県境は分からず、広い通りへ。そこに大きな案内図。右から都県境が迫っていた。前方に「埼玉県新座市野寺」。この道が都県境?しばらく道に沿って都県境が続きます。右が新座市、左が西東京市。都県境。東京都は、練馬区から西東京市へ。南、東伏見まで延びる都道234号「伏見通り」。北はここまで。...西武バス「北大泉」~西武線「ひばりヶ丘駅」。その5。練馬区から西東京市へ・多摩ナンバー。野寺小。石田ぶどう園。(都県境を探ってみる」第6回目。)

  • アンズとソウタ。仲がいいのか、悪いのか。小柄で敏捷なアンズ。大きいソウタは・・・(DAYS with CATS。その2。)

    カーペットと同化しているアンズ。お互い、見つめ合って、そのうち、アンズが挑発(ソウタの時もあるが)、あっという間にいなくなる。「遊ぼうよ」と言わんばかりの1歳の男の子・ソウタに、3歳の姉さん・アンズはつれない!体重3キロと5キロの差は大きい。逃げるが勝ちの戦法。ついて行ず、呆然とするソウタ。そんな関係ですが。本棚の上で食事するアンズ。床で食事するソウタ。食欲旺盛なソウタはアンズを押しのけ、アンズの分まで食べてしまうので、こうして棲み分け。あっという間に食べ終え、見上げるソウタ。食べ終えたアンズは、爪磨き。そして、小柄で敏捷なアンズ。ソウタにはこういう芸当は出来ません。ピョンピョン跳び移る。ソウタはドタドタ、ドスン。時々失敗し、後足がついて行けず。青いヒモに興味ありそう。ところがソウタが横取りし、アンズは。...アンズとソウタ。仲がいいのか、悪いのか。小柄で敏捷なアンズ。大きいソウタは・・・(DAYSwithCATS。その2。)

  • 西武バス「北大泉」~西武線「ひばりヶ丘駅」。その4。ジグザクコース。飛び出し坊や。飛び地・西大泉町。マンホールあれこれ。(都県境を探ってみる」第6回目。)

    「境橋」を渡りますが、都県境は少しずれています。この農地を横切っている?この先の道路が都県境に。練馬区立大泉西小学校の敷地に食い込むように墓所が。道路の反対側は、新座市片山3丁目。新座市のマンホール。中央にカタカナの「二」と「ザ」を図案化した市章。周囲にあるのは市の木「モミジ」。産業道路に合流、「バーミヤン新座片山店」の先で都県境は右折します。すぐ隣の住宅開発地は新座市片山。都県境は、この先も西に向かってジグザクコースをたどります。公道(もしかしたら私道?)を歩くしかないので、練馬区内の住宅地を歩くことに。コンビニの脇から右折し、広い道路へ。さらに右折。懐かしい「飛び出し坊や」。久々に見ました。旧東海道歩きのときには、三重、滋賀、京都とずいぶん見かけました。行き先々で励まされ、歩きました。京都・山科にて。...西武バス「北大泉」~西武線「ひばりヶ丘駅」。その4。ジグザクコース。飛び出し坊や。飛び地・西大泉町。マンホールあれこれ。(都県境を探ってみる」第6回目。)

  • 西武バス「北大泉」~西武線「ひばりヶ丘駅」。その3。新座市栄・池田、練馬区大泉学園。関越道「境橋」。(都県境を探ってみる」第6回目。)

    右は新座市栄、左は練馬区大泉学園町。路上のマンホールは、東京都のものです。この先も都県境は地図上でははっきり線が引かれていますが、歩くと、ジグザグで分かりにくくなっています。識別に役立つのは、車のナンバープレート。「所沢」。じろじろ表札を見て回るのも、不審者扱いされかねないので。西側の一画は、新座市に属し、「栄一条通り」から「栄八条通り」と名付けられ、整然とした街並みに。現在の大泉学園町として碁盤の目のように道路をつくり、区画整理して、宅地化しました。(「今昔マップ」より)都県境は当時と変わりません。練馬区立大泉公園。栄八条通りをはさんで、「いなげや」の南からジグザクに進んできた都県境。この先も住宅地の中を進みます。大泉公園の南の道路。この先で、都県境に。この一画も新座市?「栄5丁目町会」掲示板。「避難場...西武バス「北大泉」~西武線「ひばりヶ丘駅」。その3。新座市栄・池田、練馬区大泉学園。関越道「境橋」。(都県境を探ってみる」第6回目。)

  • アンズとソウタ。11月23日。雨の日の。(DAYS with CATS。その1。)

    昨晩、激しい雨が降ってきて、雨戸をたたく音が。わがやの猫たちは、気になっているのかどうか、足もとにまとわりついてきます。雌、3年目のアンズは我が道を行く感じ。一方のソウタは、1年過ぎたばかりの雄。生まれて間もなく、船橋に住む息子の知人の家の庭先で啼いていた、とか。それを保護して我が家に連れてきた、というわけ。(アンズも行きつけの動物病院に預けられた保護猫)。全身、毛がふさふさし、しっぽもえらく長く太い。今まで飼っていた猫とは趣がずいぶん異なる。食欲旺盛で、みるみるうちに大きくなり、今は5キロ超え。勢いよくどさっと乗ってくると、重くずっしりとした体形に悲鳴を上げそうになるほど。すこぶる人間大好き。昨晩。夕飯後は、カーペットに横になって、キョロキョロ・・・。動画でないのが、残念。これ以上太ったらと、ダイエット...アンズとソウタ。11月23日。雨の日の。(DAYSwithCATS。その1。)

  • 西武バス「北大泉」~西武線「ひばりヶ丘駅」。その2。和光樹林公園。陸上自衛隊東部方面総監部。新座緑道。新座市栄小。(都県境を探ってみる」第6回目。)

    練馬区、和光市の大きな公園を隔てる道路が都県境になっています。朝霞・和光自然とふれあい文化財をめぐるルート案内板。現在地はその南端。「大泉中央公園(練馬区)」を出て、「和光樹林公園(和光市)」の中を歩いて西に向かいます。樹木がありますが、倒木の危険があるため、立ち入り禁止になっています。「県営和光樹林公園」案内図。左に「朝霞駐屯地」。都県境。大きく広がる「陸上自衛隊朝霞駐屯地」のうち、「陸上自衛隊東部方面総監部」の一部が東京都に属しています。2010年代のようす。都県境はコの字型に。「陸上自衛隊東部方面総監部」正門。「埼玉県新座防災基地」。新座市となります。「新座緑道」。「新座市立栄小」。都県境は、ここを左に折れる。振り返ると、新座市の面目躍如たる大看板。左手には「東京都練馬区」。斜めに進むと、「いなげや...西武バス「北大泉」~西武線「ひばりヶ丘駅」。その2。和光樹林公園。陸上自衛隊東部方面総監部。新座緑道。新座市栄小。(都県境を探ってみる」第6回目。)

  • 小雪(しょうせつ)。11月22日。小春日和。23日勤労感謝の日(新嘗祭・大嘗祭)。

    11月22日は、24節気の20番目・「小雪」。冬は、19.立冬(りっとう)11月8日〜21日ごろ20.小雪(しょうせつ)11月22日〜12月6日ごろ21.大雪(たいせつ)12月7日〜21日ごろ22.冬至(とうじ)12月22日〜1月5日ごろ23.小寒(しょうかん)1月6日〜19日ごろ24.大寒(だいかん)1月20日〜2月3日ごろとなります。「小雪(しょうせつ)」とは、雪が降りはじめるころ。11月22日。および「大雪」までの期間。立冬から数えて15日目ごろ。北国から雪の便りが届く頃ですが、まだ本格的な冬の訪れではありません。雪といってもさほど多くないことから、小雪といわれたそうです。陽射しが弱くなり、紅葉が散り始めるころで、いちょうや柑橘類は黄色く色づいてきます。次第に冷え込みが厳しくなってきますので、冬の備...小雪(しょうせつ)。11月22日。小春日和。23日勤労感謝の日(新嘗祭・大嘗祭)。

  • 西武バス「北大泉」~西武線「ひばりヶ丘駅」。その1。野菜の直売所。加藤牧場。大泉さくら運動公園。司法研修所。(「都県境を探ってみる」第6回目。)

    都県境。和光市南1丁目。境界線は、道路を横切り、「五十嵐農園」を境に、「学園ゴルフセンター」のところからジグザクに北上します。五十嵐農園の直売所。外環道方向。ゴルフ場。この先、境界線の道路を歩き、らんとう坂からの道に合流し、右折します。この道路が境界線。左が練馬区大泉学園町8丁目、右が和光市南1丁目。奥に大きな牛舎(和光市)。「加藤牧場」。所沢ナンバー。災害時協力農地(JAあさか野和光市店・和光市)。練馬区側でもナツミカンの収穫。振り返る。右が練馬区、左が和光市。越後山通りを越えると、「練馬区立大泉さくら運動公園」。都県境は、「司法研修所」敷地内に。公園内を歩きます。「野外炊事広場」。家族連れで賑わっています。公園北側の道路が都県境になります。道路の向こうは、「和光樹林公園」。西武バス「北大泉」~西武線「ひばりヶ丘駅」。その1。野菜の直売所。加藤牧場。大泉さくら運動公園。司法研修所。(「都県境を探ってみる」第6回目。)

  • 都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その8。らんとう坂。もみじ山公園。外環道・関越道。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

    さて、外環道に向かって再開。信号機に「らんとう坂下」とあります。信号を右に曲がると「らんとう坂」。「乱闘」?まさか!「らんとう」を漢字で書くと「卵塔」。「蘭塔」とも書く。坂の途中、石の土台の上に卵型の墓石があったことから、この名前が付いたようです。しかし、そのような史跡は見当たりませんでした。右折して坂道を上ります。正面には「もみじやま公園」。昭和31年の写真を見ると、道の奥の平地には、白子川の湧き水を利用した田んぼが広がっているのが分かります。写真右の雑木林は『もみじ山憩いの森』となり、現在では『大泉町もみじやま公園』として整備されました。(この項、「」HPより。写真も。)昭和20年代後半までは、葛飾区もこのような田園風景が広がっていました。懐かしく思い出されます。いったん外環道近くまで行き、公園に向か...都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その8。らんとう坂。もみじ山公園。外環道・関越道。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

  • 都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その7。越後山橋。大泉町・橋戸村今昔。別荘橋。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

    さて、再開。目安としては、「東京外環自動車道」まで。右手に旧家。大きなお屋敷です。「笹目通り」土支田交差点。交差点の向こうは、和光市。この先、セブンイレブンのところを右折し、住宅地の下り坂を白子川方向へ。右が和光市白子、左が練馬区土支田。和光市立西むかいやま公園。芝屋橋を渡り、和光市側へ。白子川が都県境に。越後山橋。対岸は、練馬区立八坂中学校。この先、都県境を歩くには、「練馬区立越後山の森緑地」の手前を右に折れて進まなければならなかったのですが、そのまま白子川沿いを進み、練馬区大泉町内を歩いてしまいます。越後山の森緑地。この付近は、大泉町ですが、かつては橋戸村だったそうです。橋戸村は、明治24年まで、埼玉県新座郡に属していた。明治初年の『新座郡各村字届書』には広沢原(ひろさわはら)、越後山、中里、中ノ前、...都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その7。越後山橋。大泉町・橋戸村今昔。別荘橋。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

  • 都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その6。(株)たちばな。光が丘パークヴィラ。八丁堀公園。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

    和光市内の家々。緩やかな上り坂。右が和光市、左が練馬区。右手に、「(株)たちばな」。和光市白子1丁目。ケーキの上に飾ってある巻きチョコなどを作っている、とのこと。たちばなプレミアム工房についてたちばなプレミアム工房は、元パティシエがこだわって作ったチョコレートの専門店です。よくケーキの上にちょこんとのっている、可愛い巻チョコレートをご存知ですか?私たちはあの巻チョコレートをつくっている製造会社です。業界のシェアはNo.1!一般の方向けにもお菓子づくりのコーナーで少量パックで売られています。キュートな巻チョコの実力はその味!元パティシエの伝統の配合で、チョコレート通の方に大人気です。とってもつまみやすいんですよ。「ケーキの飾りも美味しい!」をテーマにして作り始め、現在では業界シェアNo.1!!味や食感が抜群...都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その6。(株)たちばな。光が丘パークヴィラ。八丁堀公園。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

  • 都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その5。こしのはけ公園。加登屋。光が丘公園牛房口。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

    左岸に沿う「牛房(ごぼう)通り」を歩きます。南滝河原公園。右手に高台が迫ってきます。「こしのはけ公園」。※「はけ」とは、「まま」「はば」「のげ」等と共に、崖地形、丘陵、山地の片岸を指す。国分寺崖線や立川崖線など武蔵野台地の崖線を解説する際によく聞くことばです。和光市白子地区にも「白子川」に向かって崖状の土地が目立ちます。この公園は、建物と建物の間の階段を上ったところにあるようです。この先、右手の高台には、「白子の滝」や「百階段」があります。「大坂」など白子地区にはこうした丘陵地帯、森が残っています。川越街道歩きの時には、大坂を上って進みました。その時の記録。大坂。左手には「大坂ふれあいの森」が。湧き水の町「白子宿」お江戸日本橋から川越まで、川越街道の宿場として栄えた。江戸時代の紀行文に、「此のしらこ宿の町...都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その5。こしのはけ公園。加登屋。光が丘公園牛房口。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

  • 都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その4。白子宿と川越街道。白子橋。靴が鳴る。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

    城口橋。東武線・東京メトロ線の鉄橋。その手前に、「和光市立旧白子川児童遊園地」。その名の通り、旧白子川跡にある、細く曲がりくねった公園。「ウゴウゴ」とかいう遊具があるとか。(「」より)鉄道橋と併行する「寺前橋」。この先にあるお寺(地福寺等)が橋名の由来。右岸遊歩道脇に、「白子宿と川越街道」解説碑。白子宿のおこりは、古く天正15年(1587)後北条氏が新宿を立てた時に始まる。月のうち6回の市日には、どの商人も自由に商売が出来たため近郷近在の人気となった。江戸時代になって川越街道に上板橋・下練馬・白子・膝折・大和田・大井の6宿が置かれた。当時の白子宿は急坂な大坂と豊富な湧き水が印象づけられ、旅人には、休憩地として欠かせない宿場であった。文化文政年間には江戸の文化人がこの地を通り、「家居よく賑やかなる宿なり、食...都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その4。白子宿と川越街道。白子橋。靴が鳴る。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

  • 都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その3。「よしのや東京店」。都営成増5丁目アパート。旧白子川緑道・成増5丁目公園。湖池屋。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

    「水行場跡」からそのまま境界線は住宅地に入りますが、路地裏となるようで、公道を進みます。この辺は、板橋区成増5丁目。突き当たりを右に折れた先、右手のおうちは、和光市白子3丁目。都県境が入り組んでいます。しばらく「白子川」沿いを歩きます。この付近の両岸は、板橋区内。「よしのや東京店」。(「」HPより)・・・11月12日(土)久しぶりに暖かい土曜日。沢山のかき氷のお客様がご来店くださいました。嬉しいです!!ありがとうございます。甘酒のかき氷もございます。又、写真アップしますね。明日は今年最後のつくばマラソン大会!頑張ってきますね。皆様も楽しい週末をお過ごしくださいね。(ブログ「よしのや女将つれづれ日記」より)通りの向こうは、和光市。白子川下流を望む。上流を望む。左手は「都営成増5丁目アパート」。この先で和光市...都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その3。「よしのや東京店」。都営成増5丁目アパート。旧白子川緑道・成増5丁目公園。湖池屋。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

  • 都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その2。道路上の都県境の線。溝下橋。旧白子川遊歩道。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

    「三園橋」を渡ると、「埼玉県和光市」の標識。この付近の白子川左岸は、板橋区三園と和光市白子が入り組んでいます。この道路が境界線。右が板橋区、左が和光市。「和光市白子4丁目」。所沢ナンバーの車。こちらは板橋ナンバー。道路を渡っていくと、そこには!道路に黄色い線が引かれています。中央ラインではありません。これが板橋区と和光市との境界線。右が和光市、左が板橋区。この線は、道路上でしばらく続きます。和光市のマンホール。中央に和光市章と市の花「サツキ」と市の木「イチョウ」の葉のデザイン。板橋区三園1丁目。鋭角に折れて進む黄色い線。この先で、振り返ると、奥が和光市。「白子川」に架かる溝下橋付近まで続く。振り返る。奥のおうちは、板橋区。川沿いの遊歩道(和光市)。右手にかつての白子川流路跡の緑地帯。ここが現在も都県境にな...都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その2。道路上の都県境の線。溝下橋。旧白子川遊歩道。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

  • 都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その1。新河岸川・白子川。東京都水道局三園浄水場。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

    今回は、東京都板橋区、練馬区と埼玉県和光市との都県境を探索。この付近もけっこう入り組んでいます。何カ所か探索出来ませんでした。都営三田線「西高島平駅」。三田線の終点ですが、初めて降り立ちました。(「ジョルダン」より)まず「荒川」と併行する「新河岸川」まで歩きます。ところで「新河岸川(しんがしかわ・しんかしかわ)とは?埼玉県及び東京都を流れる一級河川。荒川水系隅田川の支流である。武蔵野台地北部に降った雨を集めた伏流水や入間川(笹井堰)からの水田用水を水源とする赤間川が、埼玉県川越市上野田町の八幡橋付近で新河岸川と名前を変え、起点となる。川越の市街地の北側を回り込むように流れた(ここは途中の田谷橋まではかつての赤間川である)後で、川越市大字砂付近で不老川、川越市大字南田島付近で九十川と、次々に流れ込む支流を合...都営三田線「西高島平駅」~西武バス「北大泉」。その1。新河岸川・白子川。東京都水道局三園浄水場。(「都県境を探ってみる」第5回目。)

  • 舎人ライナー「見沼代親水公園駅」~JR「赤羽駅」。その5。都市農園公園・長屋門。荒川・隅田川。渡し船・スカイツリー。(「都県境を探ってみる」第4回目。)

    都市農業公園は「自然と遊ぶ、自然に学ぶ、自然と共に生きる」をテーマにしている公園です。公園中央の芝生広場には様々な品種の桜の木が植えられており、春には色とりどりの桜の花が楽しめます。また、河川敷の大花壇では、春はチューリップ、秋にはコスモスなど四季折々の花が楽しめます。自然とふれあう機会として、水田や畑を利用した農業体験教室、人と自然の共生館では、ハーブ園を活用したハーブ教室や植物に関する講習会など、1年を通じ、身近な自然や生き物について楽しみながら学ぶことができる公園です。【見どころ】春の花まつり(4月中旬)・・・園内には約50種類250本余の桜が植えられ、中央芝生広場はワシントン市ポトマック川河畔から里帰りした約30種類90本の「五色桜」によって白や黄色、淡紅色や濃紅色に彩られます。また、菜の花や荒川...舎人ライナー「見沼代親水公園駅」~JR「赤羽駅」。その5。都市農園公園・長屋門。荒川・隅田川。渡し船・スカイツリー。(「都県境を探ってみる」第4回目。)

  • 舎人ライナー「見沼代親水公園駅」~JR「赤羽駅」。その4。山王橋。川口市のマンホール。山王橋。芝川水門。領家水門。(「都県境を探ってみる」第4回目。)

    首都高川口線高架下。都県境は、足立区立江北公園の縁をかすめ、首都高を横切り、「新芝川」の対岸の一部を抜け、再び新河岸川になります。太い破線が都県境。旧芝川沿いに境界。1880年代のようす。荒川の自然堤防沿いに一部現在の境界。「山王橋」から上流を望む。橋のたもとにあった川口市のマンホール。中心に市の花「鉄砲ユリ」を、その周りに明治初期の特産品であった「竹ざる」の模様を施しています。表面にゆるやかな曲線を用い、高さに変化をもたせて立体感を表現した、高い技術を要する珍しいデザイン。荒川方向を望む。荒川の合流点に芝川水門(住所は川口市)、右手に領家水門(住所は足立区)荒川に向かいます。右手の施設内の一部が足立区。左の施設は川口市。江北公園を振り返る。新芝川。右はしに「領家水門」。右が「新芝川排水機場」。左手には、...舎人ライナー「見沼代親水公園駅」~JR「赤羽駅」。その4。山王橋。川口市のマンホール。山王橋。芝川水門。領家水門。(「都県境を探ってみる」第4回目。)

  • 舎人ライナー「見沼代親水公園駅」~JR「赤羽駅」。その3。南平大橋。新芝川サイクリングロード。川口市東領家。江北公園。(「都県境を探ってみる」第4回目。)舎人ライナー「」~「」

    「南平大橋」この付近は、東京都と埼玉県が複雑に交差しています。※橋の左岸も右岸も足立区内に属しているようです。対岸の右奥は川口市。左岸・足立区側にある「新芝川サイクリングロード」。下流方向を望む。凸版印刷川口工場。この先で、都県境は、左斜めに進む。土手から下りずにそのまま歩いてしまい、新芝川橋で左に折れます。正面の工場は川口市東領家4丁目。橋のたもとの両側は、川口市東領家4丁目。しかし、この先から東京都。道路の向かい・右斜めから足立区に。足立区加賀2丁目。首都高川口線高架下。都県境は、しばらく高速下を南下します。首都高の西側は川口市東領家。川口市側の道路沿いには鋳物関係の町工場が並んでいます。東側は足立区加賀。横断歩道を渡り、足立区側を歩きます。足立区側も町工場や事務所。(株)穂波建設(足立区)と感應寺(...舎人ライナー「見沼代親水公園駅」~JR「赤羽駅」。その3。南平大橋。新芝川サイクリングロード。川口市東領家。江北公園。(「都県境を探ってみる」第4回目。)舎人ライナー「」~「」

  • 11月7日。立冬。東京は、紅葉が見頃。牡蠣アレルギー。七五三。そして明日は、皆既月食。

    南天。11月7日。晴れ。今日は、二十四節気の19番目「立冬」。『暦便覧』では、「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と説明している。言い換えれば秋の極みといえ、実際多くの地域(北日本を除く)ではまだ秋らしい気配で紅葉の見時はまだ。秋分と冬至のの中間で、昼夜の長短を基準に季節を区分する場合、この日から立春の前日までが冬となる。(「Wikipedia」より)(「向島百花園」にて)立冬(りっとう)とは、冬がはじまる頃。木枯らしが吹き、木々の葉が落ち、はやいところでは初雪の知らせが聞こえてきます。真冬の寒さに備えて、冬の準備を始める「こたつ開き」の時期でもあります。※「木枯らし」=「凩」。晩秋から初冬にかけて吹く、冷たく強い風。暦の上では、「立春」、「立夏」、「立秋」と並んで季節の大きな変わり目とされています。...11月7日。立冬。東京は、紅葉が見頃。牡蠣アレルギー。七五三。そして明日は、皆既月食。

  • 向島百花園。晩秋の。そろそろ冬支度。菊祭り。

    ハゼノキ。紅葉が見事。「おやじのつぶやき」(https://blog.goo.ne.jp/12240106)は、掲載画像がいっぱいになったので、今度、「おやじのつぶやき2」(https://blog.goo.ne.jp/12240106-2)になりました。今後ともよろしく!さて、久々の向島百花園。菊の展示で職人さんが準備で大忙し。地元の方の丹誠込めた菊が展示されています。多摩の景勝。紅蓮。中央は、「春」。いずれも見事。古木?カラスウリ。カリン。スカイツリー。ススキ。ナンテン。ツワブキ。向島百花園。晩秋の。そろそろ冬支度。菊祭り。

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