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  • 白砂に落つ・・・3

    其の日の朝であった。弥彦が定次郎の元にやってきた。弥彦にすれば、複雑な心境であろう。佐吉は弥彦の朋友といってよい。そもそも、お千香が佐吉としりあったのも、弥彦からなのである。兄妹といっても過言で無いほど弥彦とお千香も仲が良かった。朋友である佐吉とお千香が惹かれあい恋に落ちるともしらず、二人を引き合わせることになった、弥彦とて、定次郎の胸のうちでは、お千香の婿にと、夢を描いた男であった。無理じいはできまいが、お千香にだけは、「弥彦に貰ってもらったらどうだ?」と、ひそかにたずねたこともある。定次郎の眼の前にすわった弥彦は相変わらず、自分が佐吉とお千香を引き合わせたことをくやんでいるのであろう。お千香の死をおもえば、佐吉の処刑は当然の報いであるが、いよいよ、佐吉が処刑となると、友の立場で考えることが許されるなら...白砂に落つ・・・3

  • 白砂に落つ・・・4

    弥彦の思いつめた表情に定次郎は膝に抱いた孫を見つめなおした。下の子はともかく、上のおなごの子はわけがわからぬとも、大人の言葉を解し始めている。弥彦の話が佐吉のことであるだろうと思えば、いっそう、幼子の心のひだに何が残るかわからない話が飛び出してきそうである。定次郎は隣の部屋にいる、家内を呼ぶと、二人の孫を散歩にでもつれだしてくれと頼んだ。家内である、お福にも弥彦の話がもれきこえないほうが良いと定次郎は思った。それ程に弥彦の顔つきは尋常なものでなかった。部屋の中で定次郎と二人きりになると、弥彦はいきなり定次郎に手をつき、畳に頭をこすり付けた。「弥彦」それでは、なにがなんだかわからない。はなしてくれねば、わからぬ。わしに遠慮せず話せばよい。佐吉のことを聞きたがらない定次郎に佐吉のことを聞かせるをわびる弥彦だと...白砂に落つ・・・4

  • 白砂に落つ・・・5

    うなだれた弥彦のまま、その言葉ははきだすかのように、もれるかのように、弥彦の口からおちていった。「佐吉には・・・子胤がなかったんですよ・・・」弥彦がもらした言葉の意味はつまり、どういうことになるのだ。だが、実際には、お千香は二人の子供を生んでいる。それは、佐吉の子ではないということなのか?半信半疑のまま、定次郎は弥彦の次の言葉をまった。「親方は俺がお千香ちゃんを好いていたことをしってなさったろうか?」それが佐吉に子胤がなかったことと、何の因果があるのだろう?二人の孫が佐吉の子でないと言い切る弥彦がまさか?まさか?弥彦が孫のてて親だとでもいうのか?それは、つまり、お千香の佐吉への裏切りということになるのではないか?「ま・・・待て。弥彦、ちょっと、待ってくれ」定次郎が弥彦に告げられたふたつの事柄をつなげあわせ...白砂に落つ・・・5

  • 白砂に落つ・・・6

    佐吉は大工職人だった。指物師の弥彦とは、段々畑で顔をあわせるような知合いでしかなかったが、ひょんなことから、同郷であると知った。同じ年頃、似た境遇の同郷の知人というものが、いかに、ひとり、他国の空に暮らしているもの同士の心を暖めるか。弥彦も佐吉も、兄弟に会ったかのごとく親しみを覚えた。土地柄の持つ、古くからの因習がものの考え方、感じ方を差配する。同郷人というものは、其の部分で語らずともお互いを知るものがある。この点でも、弥彦も、佐吉もお互いの存在が気安い物になっていった。そして、弥彦は、早くも、二十四の年に一本立ちになり、せまいながらもの、長屋の一軒をかり、独り暮らしを始める事に成った。もちろん、その裏側には定次郎の願いがあったのは言うまでも無い。一本立ちになった職人であらば、弥彦もお千香を嫁にもらいやす...白砂に落つ・・・6

  • 白砂に落つ・・・7

    定次郎の願いをしりながら、お千香は佐吉と一緒になると決めた。定次郎も一人娘のお千香の言い分を聞かぬわけにも行かず、弥彦の気持を確かめる事も、もはやおそいと、判るとお千香がそれで幸せになるならと、頭を下げる佐吉を許すしかなかった。ところが、この佐吉とお千香には、中々、子供が出来なかった。「え?まだかい?なあ、男の子なら俺のところにつれてこいよ。しこんでやるよ」定次郎の指物の腕は一級品である。其の血を継いだ男の子を自ら、仕込んでみたい。その気持は良く判る。が、「おとっつあん。まだ、できてもない子供が男の子かどうだか、わかるもんかね」「うむ」女子しか授からなかった定次郎である。ましてや、ようやっとひとり。子が出来にくい血筋なのかもしれない。だとすれば、お千香に孫をせくのも、勝手すぎるというものであろうが、跡をつ...白砂に落つ・・・7

  • 白砂に落つ・・・8

    お千香が弥彦のところにやってきた其の日のことを弥彦は今でもはっきりと覚えている。玄関の戸口をあければ、そこに思いつめた表情のお千香が居た。弥彦はすぐには、なにかあったな。と、思い、お千香の胸のうちを聞いてみようと思ったし、お千香も弥彦に話す気で居るのだとも思った。「まあ、茶でもいれるから、あがってくんな」三畳の小さな部屋は居間であり、寝間でもある。奥の四畳半が弥彦の仕事場にもなっていて、仕事の道具も置いてあるし、人を通せる場所ではない。「ごめんよ。急に・・・」ぼんやりとしたまなざしで弥彦に急な来訪をわびるとお千香は座り込んだまま、何も言おうとしなかった。其の姿にけおされたまま、弥彦もお千香の前に茶をおいたきり、しばらくの沈黙が続いていた。「お千香ちゃん?なんかあったんか?」弥彦が切り出さないとお千香は喋り...白砂に落つ・・・8

  • 白砂に落つ・・・9

    弥彦が言い出した事が事実であるなら、「ちょっと、待て・・・。するってえと・・」定次郎の理解は事実だけにまず、むけられる。「あの子らは、佐吉の子じやなくて・・・お前の子だということなのか?」弥彦はそれをわざわざ、定次郎に告げている。いったん、口に出したことをもう、否定する気も無い。「そういうことです」弥彦は静かに、出来るだけ静かに事実を認めた。「ま・・まて?な・・・なんで、そんなことになっちまったんだ?いや、それより、お千香が佐吉をうらぎっちまうなんて、そんな馬鹿なことをいいだすなんて・・・」「親方。お千香ちゃんが悪いんじゃねえ。俺が、もっと、しっかりしてりゃ・・・」弥彦さえお千香を好いてなけりゃ、お千香の頼みに負けることは無かった。「俺が・・・あの日・・・」黙った弥彦に定次郎は先を促すしかなかった。「弥彦...白砂に落つ・・・9

  • 白砂に落つ・・10

    「佐吉には、子胤がないんだよ」お千香が口を開いた言葉がそれだった。弥彦は其の言葉でお千香の望を理解した。弥彦に子胤を落としてくれといってるに違いなかった。が、「だから・・。と、いって、そんなことができるわけはないじゃないか。え?子供ができねえからって、なんだよ。貰い子でも、なんでも・・・」弥彦はお千香を真正面から見据え、もっともな、意見をしたつもりだった。だが、お千香は悲しい目で弥彦をみつめかえした。「佐吉はそんなことに、きがついてないんだ。そんなこと、いえやしない」じゃあ、子供が出来ないならできないでいいじゃないか。できなけりゃ、佐吉もきがつこう。きがつかなくとも、子供のことについては、あきらめがつこうというものだろう。「そして、子供ができないまま・・?あたしも佐吉もそりゃあ、そんなこと、かまいやしない...白砂に落つ・・10

  • 白砂に落つ・・18

    お千香の墓に線香を手向けると続けて佐吉の墓に手を合わせる男を見つけた弥彦が子供を抱いたままちかよって深々と頭を下げるのを見ていた定次郎である。「弥彦。どなたさまだろう?」定次郎が川端を知らないのは無理もない。佐吉が入牢してからも、一切佐吉の下に出むくこともなかったし、川端も佐吉の黙秘のわけを思うと定次郎に事情をきくこともやめていた。定次郎は今日、初めて佐吉を取り調べた川端と顔をあわせたのである。「定次郎さんといいなすったかねえ。よくぞ、赦してやんなすったね」佐吉の亡骸をお千香の傍らに埋めてやったことを云う川端の言葉に弥彦の胸がつぶれそうになる。その弥彦に振り返り「弥彦さんもずいぶんおもやつれしなすった」無理もないと思う。朋友である佐吉が死んだ。指物の師であり、弥彦にとって父とも仰ぐ定次郎の娘は弥彦の妹のよ...白砂に落つ・・18

  • 白砂に落つ・・19

    定次郎が弥彦と二人で佐吉の亡骸を下げ渡してくれと願い出てきたときから川端の胸の中に妙なしこりを感じていた。それがなにであるか、わからないまま家に帰ってぼんやりと庭を見ていた。家内のお春が「おまえさん。また、なにか、かんがえてなさるね」と、茶を入れてくれたものをずずっとすすると、ふと、お春に佐吉のことを漏らした。佐吉がお千香さんの不貞を隠し通したことには、触れずに、「佐吉って男はよほど、女房にほれてたんだなあ」と、つぶやくようにいうと、お春は即座に言い返したのである。「やだよ。本当にほれてたら恋女房をころしたりするもんかね。自分だけがおっちんじまうよお」お春のいいようが妙に明るくて川端はそのときは「そうかもしれねえな」と、お千香を殺すほどに思いつめた佐吉が馬鹿だと思った。なにも、そこまで思いつめなくても自分...白砂に落つ・・19

  • 白砂に落つ・・20

    川端は自分の中に突然沸きあがってきた推量をもう一度、さらえ直してみた。佐吉のもともとの性分をいうなら、お春の云うとおりにほれた女房を殺すだいそれた男ではないと思った。なぜなら、そんな性分の男だったら、定次郎がお千香の傍らに埋めてやるわけがない。また、、傍らにうめてやらずにおれなかったのは、お千香の不貞の挙句の佐吉の狂乱だったと定次郎が知ったからだろう。だが、弥彦に子供を頼むといったのが、既にお千香と弥彦の仲を知ってのことであれば、ここが、おかしい。どのみち、あからさまにしなければならなくなるだろう、弥彦が父親であるということを隠す必要も、かばう必要もない。あっさりと、弥彦にくれてやりたくなかったからだ。と、云って見せてもかまわない気もする。そうなると・・・・。世間の人間はどうだろう?弥彦を非難する・・・か...白砂に落つ・・20

  • 白砂に落つ・・21

    川端が門前で涙をぬぐっている。その後ろから住職が声をかけた。「川端さん・・・」牢役人である、川端は近在では、良く知られている人間である。川端がとが人を調べるときにまず、自分の名前を名乗る。「俺は川端という。山端にすんでいるが、川端という」この名乗りは世間の人の耳に有名らしく、時折、「山端の川端さんですね」と、問われる。だが、住職はそんなたしかめをしなくても、川端が川端であることをしっていたし、佐吉の吟味役にあたったのが、川端であることも知っていた。その川端がお千香の墓所に現れ、定次郎たちといや、厳密には弥彦とお千香の子供たちと顔をあわせた。そして、門前に立ち尽くした、川端がじっと、考え込んでいるのを見つめ続けた、住職は川端のそばに歩んでいったのである。あわてて、男泣きを拭い去ると川端はふいに現れた住職に照...白砂に落つ・・21

  • 白砂に落つ・・22

    川端がどこまで、はなしてよいものか。どこから、はなしてゆけばよいもか。迷っていると、住職のほうから、さきに口をひらいた。「実は・・・私はお千香さんの死は自害だったのではないかとも、考えられるのではないかと、おもっているのです」その根拠というのが・・・。「ご存知のように寺のまかないは檀家衆の寄進でなりたっているのでございますが、私の口を潤わすことばかりが寄進ではなく・・・」蝋燭や線香という寺で使われるものであがなわれることもある。そして、こういう使えば、無くなるものを特に、住職のほうからも寄進の項目の中に足しこんで伝えているのであるが、「その中に帷子の寄進を特におねがいしているのです」死人の装束である帷子は枕経を上げに来てくれと伝えにきたものに、最初に手渡すものである。死装束は死人がそのまま、墓にみにつけて...白砂に落つ・・22

  • 白砂に落つ・・23

    「お千香さんと佐吉は本当に仲のよい夫婦だったのですよ」先祖の墓に参る佐吉夫婦を見るたびに住職はそう思った。仲のよい夫婦というのはともに並んで歩いているだけで華が咲いたように明るい風をそよがせる。「佐吉がお咲ちゃんを授かったときにも佐吉はずいぶんよろこんでいたものですよ」柔らかな頬に佐吉の頬をすりつけ、もみじの手を佐吉の手でくるんで、墓参りに来たときも佐吉がお咲をだいていた。だが、お咲が成長してくるにつけ佐吉の疑念が大きくなってきたのだろう。目をつぶっても、朋友の弥彦の面立ちを思い浮かべることの出来る佐吉なら川端がきがついたより、はっきりと、確信をもったのではないだろうか?「私はお千香さんが弥彦に気をうつしたとは、どうしてもかんがえられないのですよ」お咲をあやす佐吉を見つめたお千香の瞳は幸せ色そのものだった...白砂に落つ・・23

  • 白砂に落つ・・終

    「どういうことでしょう?」川端の目の中に小さな憤りが見える。しらせてくれれば、佐吉を処刑に追い込むことは回避できたかもしれないというのに・・・。「お千香さんがしんだあとに、佐吉には生きていく理由が無かったでしょう・・・子供は弥彦の子・・・。お千香さんはいない・・・。ほうっておいても、佐吉はお千香さんの後をおったとおもいます」それが、捕縛された・・・。「佐吉は自分が殺したといったんですよね?私はそれだとおもうんですよ・・・・」住職の言うことがわからない。川端はもう一度、たずねなおした。「どういうことでしょうか?私にわかるようにおしえてくれませんか?」戸惑った顔の川端を見ながら住職は小さく、ため息をついた。「佐吉は自分が殺したことにしたかったのですよ。わかりますか?自分の女房を死なせたのは誰でもない「佐吉」で...白砂に落つ・・終

  • 「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・1

    沙織が手にしたストップウオッチを止めるとじっと時計を覗き込んだ。通り過ぎた隆介の乗るフォミュラーのエキゾスノートの音が遠ざかると続いて走り去る車の爆音が隆介の軌跡をけしさってゆく。『いい・・タイム・・』つぶやいた沙織が急に顔を伏せた。「どうした?」矢島が沙織を覗き込んだ。「よくないのか?」隆介のタイムがはかばかしくなかったのだと思ったのである。「死…死んじゃう・・隆介が死んじゃう」沙織が叫ぶと、むこうのコーナーから黒煙と炎が上がるのが見えた。「え?」既成視が直前に現れる娘である。予感というか予知といってもよいかもしれない。「う・・嘘だろ・・」矢島はこぶしを握ると黒煙を上げるほうに向かって走り始めた。隆介があの事故であっけなく逝ってしまい、俺はその後、隆介の墓の前でじっと動かない沙織を見つけた。俺を見つけた...「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・1

  • 「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・2

    沙織の腹がせり出してこないうちに俺は沙織の籍をいれ、形ばかりの結婚式を挙げた。石川に住んでいる沙織の両親は隆介のことをまだ、沙織からきかされていなかった。だから、俺は沙織の腹の子のことを逆手にとって出来ちゃった結婚ということで、両親に有無を言わせぬ事ができた。チームの仲間もまだ、沙織の妊娠には気がついてなかった。いずれ、取りざたされることがあったとしても、どこの誰が、隆介の子供じゃないのかと俺たちにいいにくることがあろう。むしろ、事務所の貴子女史などに、言われたことのほうが俺には真実に近いと思う。沙織との挙式に出席してくれるように貴子女史につげに行ったときのことだ。沙織と隆介の仲はそれなりに気がつくものにはきがつかれていたことであり、貴子女史もきがついていたものの1人だった。俺の招待に貴子女史はずいぶん驚...「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・2

  • 「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・3

    沙織が俺との結婚を決意したのは、まず、隆介の子供をうみたい。これが一番の理由だったろう。だが、生活を共にする相手を俺にえらんだのは、沙織の事情を理解しているからという理由だけじゃないと思う。沙織が隆介を思うように、俺も隆介を思っている。この理由が沙織をうなづかせたと思う。一つの目的に向かってチームが結束するように、俺と沙織は結婚という制約書にサインをした。同じ思い。隆介という男を愛し続けてゆく。この思いを具体的に実行する男は俺しかいなかった。平たく言えば、俺が沙織を好きだという事実だけじゃ、沙織はうなづかなかったということになる。涙ぐんだ沙織の肩をだき、俺は沙織に言い聞かせた。「隆介が実現できなかった夢をかなえてやろう」沙織とともに暮らし、子供がいて、ごく平凡な会話を楽しんでゆく。隆介が描いた未来図をかな...「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・3

  • 「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・4

    次の日・・・。事務所から帰ってきた俺を待っていたのは誰も居なくなった部屋におかれた手紙だけだった。沙織が出て行ったことが事実の全てで、これ以上の補足も説明もいりゃしない。俺はテーブルの上の手紙に手を伸ばしかける自分を何度も説得していた。それを読んでどうする?沙織は石川に帰ったんだ。シングルマザーじゃ帰ることも出来なかった実家に離婚なら、帰れる沙織になっていると、沙織も気が着いたんだ。さよならと書いてあるに違いない手紙には、お世話になりましたと沙織が頭をさげているだろう。俺との間になにひとつ、育まれることも無く俺は沙織を汚すこともなく、隆介の変わりに直己が防波堤になって、結ばれることの無かった関係は結局、沙織が隆介のものでしかない事をせんじつめさせて、・・・だから、沙織は俺との別離を決めたんだろう。俺が沙織...「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・4

  • 「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・5

    俺達の異変に気がついていたのは、事務所の皆だったろうが、誰ひとり、何も、聞こうとしなかった。けれど、貴子女史だけはその範疇に入る気になれなかったようで、夕刻、事務所を引ける俺をよびとめた。「ちょっと・・・つきあいなさいよ」どこか、静かなところで飲みながら話そうと、付け加えた貴子女史が静かな所を指定して見せた。「アンタの家でも、いいけど・・」貴子女史に直ぐに返事を返せなかったのは貴子女史が沙織が居ないことを判っていっているのか?そうならば、話しというのは、沙織に関することだとろうかという疑問に戸惑ったせいだ。貴子女史流のかまかけにのって、沙織が居ないことを露呈させればいっそう、俺の胸中に入り込むことを言わせる隙をつくるだけだろう。だが、俺の躊躇が貴子女史の推量に確信をもたせてしまった。「沙織ちゃん・・・でて...「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・5

  • 「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・6

    明かりのついた俺の部屋をぐるりと見渡すと貴子女史は溜め息をついた。リビングの真ん中のテーブルの上には手直しをかけていたオイルシールが有る。「アンタ・・・本当に仕事人だね・・・」取り散らかした工具一式を片付け始めた俺を貴子女史は制した。「いいよ。ダイニングテーブルに行こう。ヘタにさわっちゃ、後が困るでしょ?」帰ったら直ぐにさわれるように、してあるって事は一目瞭然のことすぎた。ダイニングテーブルの上には、朝のコーヒーーカップが一つ残ってた。「これだもんね。朝もまともに食べてないんだ。沙織ちゃん、心配してるだろう・・な」貴子女史の言葉にあっさりと俺の鱗がなで上がる。「心配なんかしてないさ・・」貴子女子が呆れた顔になり「アンタのそういう部分・・・意固地だってわかってるの?」ビールをひっぱりだしてくると、グイッグイ...「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・6

  • 「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・終

    「あのさ・・・。沙織ちゃんが事務所に来て、アンタが一番最初にあの子に仕事をおしえたよね。その時にあんた・・・もう、あのこを好きになっていたんだよ。でも、その頃って丁度、シャーシ部分の劣化問題がでて、アンタ・・それどころじゃなかった。そんなときに隆介が沙織ちゃんに目をつけたわけだよね。アンタが隆介のことを大事に思っていたのは事務所の皆も周知のことだけど、ソレはね、沙織ちゃんも一緒だと思うんだよ。アンタが忙しくなってる間に隆介と沙織ちゃんが結ばれたとき、アンタは隆介を選んだ沙織ちゃんだという事と沙織ちゃんを選んだのがほかならぬ隆介だという事で二重に喜んでみていれるくらい・・・。確かにアンタは隆介を高く評価していた。だけどね・・・、それ、ちょっと、もう少し深い部分があるとおもうんだ。そうだなあ。例えば、好きな人...「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・終

  • 思案中・・1

    かれこれ、6年のつきあい。別れたはずが焼きぼっくいに火がついて、お互い、家庭がある身の上を承知の上で忍び逢う。いい加減にしなきゃと思いながら、共に重ねた時間が増えるほど、どっちが、亭主で、どっちが、情夫か・・。この世が仮の宿なら、今の亭主も仮の者。本当はあの人と一緒になれなかっただけで、魂と心はあの人のものなんだとおもっていた。それが・・。友人がきっかけだった。彼女にだって、私はなにもしゃべったことがない。「ねえ、行こうよ」よくあたる、霊感占い師がいるとかで、彼女は私を誘う。「いやよ。なんだか、気味が悪い」断わったけど、彼女は引き下がらなかった。「だから、一緒にきてくれるだけでいいから、外で待ってくれればいいから」もしも、不幸な未来がくるとでもいわれたら、こわくなるじゃない。だから、一緒にきてほしい。が、...思案中・・1

  • 思案中・・2

    椅子に腰掛ける彼女につられ、私も腰をかける。「あの・・あの・・」なにをどうきりだしていいのか・・。「どうぞ」なんでもいいから話せといわれても・・。「あの・・なにもかもご承知なのでしょう?」「多分、そうだと思います」「だったら・・」「私の方が伝えるべきだと?」少し考え込む。話すしかないのかもしれない。「あの・・私、夫がいて、それから、6年越しの恋人がいて・・」「そうですね。この方とは一度お別れになってらっしゃるのに、また、ささいなきっかけでよりをもどしてらっしゃいますよね」そ・・その通りだった。「ささいなきっかけを利用する罪悪感より、貴女はこの男性との時間を選んだ」「は・・はい」やっぱり・・なにもかも、判っている。「貴女は偶然だと、思ったのかもしれませんが、これは、前世からの差配なのですよ」前世?差配?「貴...思案中・・2

  • 思案中・・3

    「あのね・・。こんなこと、誰にもいえなくて・・ずっと黙ってたの」彼女の顔が深刻そのものにかわり、私を励ます。「吐き出してしまった方がいいよ。なにがあったのかわからないけど、自分の中においておいたら、そのことを考えるのは自分しかいないから、なおさら、しんどくなるもの」うんと、うなづいて、黙る。突然切り出しても、彼女が聞ける体制にもちこむための一芝居。芝居が功を奏して、彼女は黙って私の言葉をまっていた。「私・・・恋人がいるの・・」それは、つまり、不倫であり、その不倫の相手は貴女のご主人。だけど、まだまだ、そんなことを暴露するわけにはいかない。彼女はうっすらと息をはきだした。小さなため息にもみえた。「もう、6年越し。だから、私は夫との間に子供をつくらないようにしたの。だって、それをしたら、彼が悲しむ。彼の愛に応...思案中・・3

  • 思案中・・終

    彼女の家をでると、駅に向かう。今度は元来た駅を三つとおりこす。ひなびた街並の路地をぬけ喫茶店を目指す。いつもの場所が此処。此処で彼を待って、二人でコーヒーをのみおえると国道まで車をはしらせ、ホテルが立ち並ぶ山際の道に曲がる。この山際の道は大回りの国道の近道になるから、けっこう、車が通る。バックミラーで後ろを確認しながら、目指す場所に滑り込む。昼の日中の情事は時間を限られるから、いっそう燃え立つ。彼の助手席に乗り込み、いつも通りの確かめ合いと密かな場所への告白。愛しているとはいりこんでくるものを私もよと受け止め、一つのものになる融合の至福。だけど、今日の彼はすこし様子が違っていた。いつもなら、待ちきれない物を誇示するが如く身体をすりよせ、私もそうであることを確かめてくる。部屋にはいると彼は形ばかりのソファに...思案中・・終

  • 逃げた話かな????

    寒いです。PCの位置情報での外気温は1度。そこより、まだ寒い場所なのでおそらくマイナス1度くらいかな。ふたご座流星群は雲がちらちらでてきて寒くて・・断念しましたが三ツ星さん・・オリオンかな?が、見えました。全体もみえて、鼓のようだなと思っていたのですが、ウィキのほうにも、でていました。呼称と方言「星・星座に関する方言#オリオン座」も参照日本では、京都府綾部市、山梨県甲府市、塩山市などで、形を鼓に見立てた鼓星(つづみぼし)という名前が伝わっていた。また静岡県静岡市駿河区広野で、α・β・γ・κの4星を胴体、三つ星を腰のくびれに見立てた「クビレボシ」という呼称が採集されている。岐阜県揖斐郡横蔵村(現・揖斐川町)には、リゲルとベテルギウスの色を源平の旗の色に喩えた言い回しが伝わっていたが、これは青白いリゲルを「平...逃げた話かな????

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・1

    悲しい事があるとレフィスはよくこのデッキに立った。風が吹く。雨がどこかで降っているせい。ちょうど、あの日もこんな天気。一陣の風が吹いて途端に大雨。親友だったティオが死んで、三年と二ヶ月も経った。小さな頃から一緒にいて、二人で航海士になるのが夢だった。今日は船の仲間の誕生日を祝った。シャンペンを開けてコングラチレーション。嬉しそうな彼の顔を見ていたら、たまらなくなった。誕生日の少し前、ティオが死んだ。十六歳。その年でティオは止まったまま。この船で生まれた日を祝われることもなく、彼を知る人もなく、ただ自分の心の中にだけ住んでいるティオ。「おい、レフィス、何してんだ?そんな所で…まだ皆、中でやってるぞ?」「あぁ、少し気分が悪くなっただけだから。ほら、今日は天気悪くて…よく揺れるでしょ。気分が良くなったら行くね」...ブロー・ザ・ウィンド・・1

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・2

    アランの友達以上、恋人未満のキスも今のレフイスには、惟、悲しいだけだった。テイオへの気持ちも友達以上、恋人未満のまま変ることもなければ、砕ける事もなく、育つ事もなく、惟、そのまま海の底に沈んだテイオと一緒にレフィスの心のなかに沈んだままだった。「ティオ……もうすぐ、私、二十才だよ…なのに……」ベッドに潜り込む前にレフイスは、小さな箱を開けた。それはオルゴールの付いた、木で出来た箱だった。中に入っている物は、テイオの日記。テイオが死んで遺体もみつからないまま、三ヶ月程たった、ある日。テイオの母親が、たずねてきた。彼女は「もう、あきらめなきゃって、思ったの。部屋を整理して…あの子のもの…どうしょうってぼんやりみてたら…これが…。一番仲の良かった貴方にもっていてほしい」そういいながらも「でも、もう、何もかも、忘...ブロー・ザ・ウィンド・・2

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・3

    翌朝は昨日の風が嘘の様に静まり、波が穏やかな紺碧色にそまっていた。白い波を泡立て船が進みその跡が白く撹拌された飛泡で長い軌跡をつくっていた。操舵室に入ると、自動操縦から手動に切りかえる作業をしていたアランがレフイスに声をかけた。「おはよう。よく、ねむれた?」「おかげさまで。シャンパンがきいたみたい」「ん」「ウオッチャーは?」「セタが、メインで・・」「ん、わかった」航海日誌を開くとレフイスは自分の名前を書き入れた。セタの朝までの日誌を読んでみたが、格別変った事もない。夜半遅く風がぴたりとやんだことで今日の天気を言い当てていた。セタの書いてある通りだった。やがて夏を迎える空はその陽光のきらめきを練習するみたいに光出し紺碧の海は明るく澄んだ青色に変っていった。「さわやかだな。海のそこまですきとおっているようだな...ブロー・ザ・ウィンド・・3

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・4

    アランの何気ない告白はレフイスの中に留まっていた。アランの言うとおりレフイスは自分を巡る外の世界の事さえテイオに語りかけていた。レフイスにとってどうなんだろう。と、考える事を忘れていた。アランは自分の告白を足下の元に断られてもよかったのかもしれない。態々アランに具体的な例えを出されたその内容がレフイスを考え込ませていた。確かにレフイスは自分にとってアランがどうであるかを考え様とはしていない。自分にとってどうであるか考えた末アランの思いを丁寧に断ったって構わない。だけど、レフイスは自分の外界の事としてどう対処して行こうかとは考えていなかった。心のどこかでテイオにない現実の存在感をみせつけられうちひしがられていただけにすぎなかった。それはレフイスのテイオへの思いが恋でありたかったせいなのだろうか?恋をするなら...ブロー・ザ・ウィンド・・4

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・5

    もう一度レフイスの手を取ろうかどうしょうかとアランは迷った。レフイスがアランの示した好意はテイオとの続きを模索させるだけでしかない。それはアランにとってはあるいはとっても都合のいい事ではある。どんなにテイオが遠い存在であるか、どんなに手答えのない空虚な存在であるかをレフイスに早く気がつかせてゆくことであろう。が、その事はレフイスにこんなにまで哀しい顔をさせてしまう。そして淋しい心を埋める為にレフイスは一人になるとテイオを思って、そして、泣く事だろう。そう考えるとアランは自分がレフイスを支えられる相手になれない事を思い知らされるだけだった。レフイスの哀しい顔が自分のせいに思えて殊更辛く感じられた時アランの瞳がレフイスを見詰める事から僅かに逃げた。「ん?」アランが気がついたのはベッドの上に投げ出されたテイオの...ブロー・ザ・ウィンド・・5

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・6

    小さくこごまってレフイスは膝を抱えていた。自分でも何故アランの申し出を受ける気になったのか判らなかった。只、テイオの母親の「忘れてくれるほうがいい」という言葉にそうじゃないと言えなかった後悔がアランの申し出を代償のように受け入れさせたのかもしれない。『テイオが生きてた事を知ってくれる人間がほしい』テイオの母親の心の底。本音はそれだったろうけど、諦めるしかない事を虚受しようとしている彼女への反発であったのかもしれない。納得しきれない思いを言出せないまま、レフイスにとってアランの言葉は押し殺した思いを一気に開放させてしまったのかもしれない。それゆえにレフイスはアランの申し出に頷いてしまったのかもしれなかった。部屋に帰ったアランは今頃テイオの日記をめくり始めてるのかもしれなかった。そこにはなにがかかれているのだ...ブロー・ザ・ウィンド・・6

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・7

    明くる朝。泣きはらした目元のはれが引ききらないレフイスにあった。「いいかな?」食堂の席は勝手に決める。セルフサービスで自分のバケットに料理を並べたレフイスがパンをほうばったアランの前に立った。アランは少し慌てながらパンを呑み込んだけど、言葉が出せる状態にはならなかったので手でどうぞとレフイスに席を勧めた。「ありがとう」バケットをおくとレフイスはパンをちぎり始めた。口の中のものをミルクテイ―で流しこむとアランは「アンタ、それっぽっちしきゃたべないつもりか?」レフイスのバケットの中身はロールパンが一つと少な過ぎるサラダとそしてコップ半分もない僅かなミルクテイ―だけだった。「あ、ちょっと食欲なくて・・・。これでも、少しはたべなきゃって」レフイスにはそれでもたべようとしていることではあったのだが、「アンタ。無神経...ブロー・ザ・ウィンド・・7

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・8

    それから一ヶ月もすぎただろうか。レフイスは中央のホールのど真中にたっていた。渡されたシャンパングラスの中に船長が「おめでとう」と、言いながらシャンパンをそそいでいた。順ぐりに側に寄って来た仲間もレフイスの二十歳の誕生日を祝う言葉をかけて行った。その中にはウォッチャ―を脱け出して来たアランもいた。「おめでとう」アランがレフイスに一言告げると「あとでいく」と、レフイスの部屋への来訪を告げてシャンパンをつぎたした。「あんまり、のみすぎるなよ」アランはシャンパンの瓶をテーブルの上におくと「じゃあ」アランはウォッチャ―に戻って行った。二十歳の祝いを洋上で迎える事なぞ、学生だった時にはレフイスは思っても見なかった。そんな事をぼんやり考えているレフイスのそばに料理長がニコニコしながらよって来た。「え?」しかめっ面で無口...ブロー・ザ・ウィンド・・8

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・9

    部屋に戻ったレフイスの耳に遅い時間にドアをたたくのを憚る静かなノックの音がきこえてきた。ドアの鍵を開けると、少し草臥れた顔のアランが立っていた。「おつかれさま」レフイスがドアのノブを掴んでいた手を離してアランにどうぞと手の平を部屋の中に向けて泳がせた。「うん。いい誕生会だった?」「ええ」「一緒に祝えなかったのが残念だったよ」足元を固定された小さな木製のイスにアランは座った。たかが二十才の女の子でしかない船員一人に個室が貰えるのも航海士という身分のせいだろう。6㎡程の細長い部屋にはベッドとロッカー。そして小さなテーブルとふたつのイスがしっかり固定されていた。そのイスにアランは草臥れた体を乗せていた。「でも、チャンとあなたからのプレゼントはいただいたわ」「俺から?」「ステキな笑顔っだったことよ」「あ?しゃべっ...ブロー・ザ・ウィンド・・9

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・10

    やけつくような真夏の日差しがアランの首筋から額から所構わず汗を吹き出させていた。一陣の風が路地を吹きぬけ、風の中は潮の香りがみちていた。荷物を肩から下ろしアランは首筋に巻きつけていたタオルで汗をふいた。海の近くのレフイスの家までもう直ぐだった。荷物を担ぎ直すとアランはレフイスの家をめざした。入り江を取り巻く様に家々が立ち並んでいる。その中ほどの赤い屋根の家。天辺に胴色がすっかり緑青色になった風見鶏がついてるからすぐ判るとレフイスはいっていた。アランの目に風見鶏がくるくるとまわるのがみえた。吹き止んだ風が風見鶏を止めレフイスの言うとおり緑青色の風見鶏が赤い屋根に映えていたふき返した風が風見鶏を再びくるくると回らせ始めるとレフイスに早くおいでよと言われている様に思えてアランは足を早めた。レフイスの家のチャイム...ブロー・ザ・ウィンド・・10

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・11

    入り江を望む丘の上まで続く小道を下草が覆い隠していた。この熱さの中を墓を訪れる者も少ないのだろう。踏まれる事がなくなって下草は延び放題に伸びていた。いつ頃レフイスがこの下草を踏んで墓に上がって行ったのか判らないほど下草は人が通った跡を消し去るかのように一端はしゃんとのびたったのだろう。そのあとでこの熱さに蒼い葉をしなだらせていた。と、なるとレフイスは随分朝早くからこの場所にきているということになる。小道を上がりつづけると平たく開けた場所がアランの前に広がった。切り開かれた場所は風が心地良いほど吹きすさんでいた。いくつもならんでいる墓石の列を目で追いながらその前にいるレフイスを探すアランの目に大きな木立が映った。その木の影にレフイスは座りこんでいた。まだ新しい墓がレフイスの前にあった。墓に寄り添う様にレフイ...ブロー・ザ・ウィンド・・11

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・12

    真夏の空は抜けるように青く、白い砂浜を歩く二人の上で太陽は夕刻の時まで灼熱の熱さをかえる事なく照りつづける事を約束していた。「あーーあつーいーーなんとかしてくれー」アランの叫び声にも似た懇願をよそに太陽はじりじりという音さえ立てそうに勢いを増していた。「一番熱くなる時間だもの。しかたないよ」「およがないのか?」海に逃げこむ事を目論んだアランの瞳がちらりとレフイスをみた。レフイスはアランの泳ぎに行こうという誘いには応じなかった。「なんでさ?」「ん。あのね、今日から、女の子なの」「え?あ、ああ。そう」アランは少し面喰ったけど、アランも女性の機能を当然理解している年齢である。女性への配慮も小さな頃からの教育でおそわっている。「ざんねんだな」「うん」「せっかく、ビキニをみれたかもしんなかったのに」「え?」「スタイ...ブロー・ザ・ウィンド・・12

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・13

    岬に辿りつくとさすがに浜辺ほどに人はいなかった。が、それでも海中からそそり出た岩肌の高さが格好の飛びこみ場所になっていて何人かの少年がたむろしながら飛び込みを繰返していた。「あの高さだと結構こわいんだぜ」「勇気のみせどころ?」頭から綺麗に海の中に落ちこんで行くものもいれば鼻を摘まみながら足から落ちて行く少年もいる。深く沈みこんで慌てて息を継ぎに浮上して来る様子が岩肌の高さを思わせた。「ん。勇気のみせどころだよな」アランは自分に向かって言うとレフイスに向直った。「レフイス。好きだよ」「え?」「一緒にいきてゆこう」「あ・・」「返事はむりかな?」「・・・・」「御免。いそぎすぎたよ・・・」良く回転する頭は一瞬一瞬のレフイスの表情を捕えて次々と判断を変え言葉をだしていった。アランは少しいたたまれなくなってレフイスの...ブロー・ザ・ウィンド・・13

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・14

    「かわいいひとだね」突然の声の方をアランは振向いた。波間に洗われ、わずかに水面に地肌を覗かせている岩の上に声の主はいた。「上がって来るのをまってたんだ。ここらへんの人じゃないよね?」さっきまで飛びこみを繰り広げていた少年の内の一人であろうか。潮に煽られて金色の髪がぱさついていた。深い海を思わすダークブルーの瞳が日に透き通ると緑を帯びた色を見せていた。「あ?待ってたって?」「ウン。ここはきれいなところだろ?」「ああ」「もう少し先まで行ったら良いよ。さっきからアオブダイの群れが周遊しているんだ。見事だよ。それを教えたくてね」「へええ」少年は向こうのほうの仲間を振りかえると小さく手を振った。「おいでよ」少年はその場所に案内してくれるつもりの様だった。岩場から再び波間に身体を滑らすと少年は泳ぎだした。アランは誘わ...ブロー・ザ・ウィンド・・14

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・15

    アランは少年と二人で一番近い岸に向かって泳ぎ始めた。「彼女は、泳がないの?」「え?ああ」「ふうーん。でも、もう夏は終るよ」「え?」「アオブダイが群れて来るのはもっと先なんだ。今年ははやい」「そうなんだ・・・」「残念だね」岸辺に辿りつくとレフイス達のいる浜辺をみていた少年の顔が暗く翳った。どうしたのだろうと思うアランに少年は悲しげに呟いた。「御免。せっかく、一緒に探してもらったのに・・・これ、もういらない」言葉をとぎらせて少年は小箱をアランにみせた。「どうしたの?」焼けた浜辺石はごろごろと大きくアランの足元をおぼつかなくさせていた。「彼女には僕じゃない、好きな人がいるんだ」アランが見た向こうの浜辺に上がった少年の群れの中から一人の少年が、いつのまにきたか判らない少女の肩を抱いていた。そういう事かとアランは合...ブロー・ザ・ウィンド・・15

  • ブロー・ザ・ウィンド ・・終

    レフイスの家にたどり着くと「シャワーをあびてらっしゃいよ」海から上がった身体を無造作に拭いただけの身体にアランはTシャツを羽織っていただけだった。レフイスはアランが浴室の意の中に入りこむと浴室の前の洗面台に栓をして、タオルに包みこんだ小箱を置いて蛇口を捻った。洗面台いっぱいに水が貼られると水道の線を細めてレフイスはその場を立ち去った。こうしておけばシャワーを浴び終えたアランが小箱に気が付く事であろう。十分も立っただろうか。アランがレフイスを呼ぶ声が聞こえた。「なに?」用意されたバスタオルを纏ったままのアランは不思議そうな顔をしていた。「どうしたの?」アランの表情にレフイスはそう尋ねたのに過ぎない。「あの?これさ、こうだったっけ?」アランのいうものをレフイスは見た。「あれ?」洗面台の中の小箱はレフイスが受取...ブロー・ザ・ウィンド・・終

  • 波陀羅・・・1 白蛇抄第5話

    「ああ・・・まるで、犬のようじゃ・・・」陽道に手をつかされ織絵は四つん這いになった。その織絵の後ろから陽道が己の物を突き入れてくるのである。「ならば、わう、と、言うてみい」「ああ」好きな様に腰をくねらせ、それでも、足らず言葉の綾でも織絵を弄っているのである。が、「あ、ああ・・わう、おお・・・わう」織絵は喘ぎの中から、吼えてみせる。「ほっ、良いか?」下を向いて落ちるかと思うほど豊満の胸の先もくっと堅く膨らんでいる。それに手を延ばし指の先で弄り回すと陽道は更に大きく腰を揺すらせた。「あ・・あん・・・ああ・・・」織絵の声が切なく、喘ぎを訴えると「好きじゃのう・・・これがそんなに良いか?」と、ずぶりと引きぬいてしまうに、織絵は「あ、厭じゃ・・早う。入れくりや」と、ぐうと尻を押し付けてくる。「ふ、あはははは」陽道が...波陀羅・・・1白蛇抄第5話

  • 波陀羅・・・2 白蛇抄第5話

    織絵は昨年の秋に陽道に殺されていた。織絵を我物にしようとした陽道が織絵を無理やり押さえ込んだ。その手から逃れようとする織絵と陽道の葛藤がしばらく続き、あと、ぐぎと音がすると織絵の首の骨が折れた。舌を噛もうとする織絵の顔を押さえつけ止めようとしたのがいけなかった。陽道はまっ青になった。同時に織絵をその腕に抱くと大声を上げ咽び泣いた。無体な事をしようとしていたのであるが陽道は織絵に心底、惚れていた。惚れていた故の無体である。成せる仲になりたいと思うが余り、己の手でどうにも成せぬ仲にしてしもうたのである。「は、は、ははは。これでわしのものじゃ。わしだけの物じゃ・・」織絵の身体を開くと陽道はぐなりとした足を肩に担ぎ、そこに開かれた織絵の物に己の物を付きこんでいった。まだ、温かい身体は陽道を拒む事無く陽道の物に鈍い...波陀羅・・・2白蛇抄第5話

  • 波陀羅・・・3 白蛇抄第5話

    「織絵・・・?」「首の骨を繋ぐのは面倒に。今度殺す時はもっと、別のやり方にしてくれるのかの」「織絵?」やはり織絵では無い。が、織絵なのである。「はよう」鬼女が情交を求むる声がしてくる。「織絵はもっと淑やかだ」「良いではないか。人前ではうまくやるに・・・ほれ・・はよう」「お前。どこでそんな術を覚えた?」「良いに・・・ほれ・・・」裾を肌蹴ると先の陽道の姦通で織絵のほとから破瓜の血が滲み出していた。「ほれ。陽道。初女じゃ。陽道、もう一度。しっかりと楽しむがよい。よう、切れおらぬのを切り崩してやれ」あははははと笑う鬼女も、己が初手を味わえるのが嬉しくて仕方ないのだろう。やがて。抗いもせず、陽道にその身を差し出しておきながら「痛い。痛い。痛い」何度も声を上げて陽道から逃れ様とする。それを押さえつけて陽道は「ああ、こ...波陀羅・・・3白蛇抄第5話

  • 波陀羅・・・4 白蛇抄第5話

    「織絵」荒神の障りがあるといっては織絵の家に足繁く通った陽道である。己で念誦をかけておいて織絵が臥せ込んだ所に駆け込んで「荒神の障りじゃ」と、念誦を解くのである。あっというまに娘が元通りの顔色になってしまうと家人がひどく喜んだ。そうやっておいて家人が礼を差出すにも「いえ。私が気がついて、勝手にやった事ですから」と、殊勝気に断わる。が、それでも向こうは無理にでも渡してくる。不承不承それを受取ると「が、まだ、荒神の障りは治まりませぬ。何処の荒神か娘御に懸想しておるようで御座いますな」匂わせると二親の顔色がさあああと青くなってゆく。そこで、陽道はふうううとため息をつく。そして、決心したかのように「これを、狩るに長う掛かります。出来れば、娘御に擁受の法を授けて荒神をしずめてしまいたいが・・・私で宜しいですかな?」...波陀羅・・・4白蛇抄第5話

  • 波陀羅・・・5 白蛇抄第5話

    「織絵。静かにせい」「ぁ・・ぁ・・」「ててご見つかろうに」「ぁ、ぁぁ・・・」織絵の家。織絵の居室の中で織絵を抱く事さえ叶うようになると陽道も流石に辛抱が出来ない。「織絵。明日は、なんぞ理由を作るにわしの所に来い。のっ」「あ・・・ああ」別の言い方に着物のことを八口ともいう。何処からでも好きな様に手を差し込んで織絵を嬲れるのはいいが、陽道の方は鉄斎が気になって己の物のうさを晴らせぬのである。着物を絡げ上げ、朝告げ鳥の交尾さながら事を済まされると、織絵の方も面白くない。「今日はこれで終りですか」と、皮肉な口調である。「仕方なかろう。荒神の障りから娘を守りとうて呼んだわしに娘をこのようにされておると判れば、鉄斎もわしを殺しかねない」「ふ。荒神の障り?陽道。お前が荒神であろう?」波陀羅も、陽道が織絵の元に入りこんだ...波陀羅・・・5白蛇抄第5話

  • 波陀羅・・・6 白蛇抄第5話

    陽道の元を訪れた織絵の顔が暗い。陽道が引寄せる腕を押しのけられると陽道も訝しげに、織絵を見た。「どうした?」「・・・・」「障りか?」月の物のせいで触れられるのを嫌がったかと思ったのである。「ならば・・良い・・・」「・・・・」胸に記するものがある。陽道がそれを言おうとすると「孕んでしもうた」織絵が先に切り出した。「まずいの・・・・」鉄斎に言い分けが立たぬ。己の進退がとうとう窮まる。「掻き出すかの」孕み落しは人の子にはきかぬ。益してや、望んで深みに落ちた者同士であれば、鬼の子であろうときかぬ。と、なると最悪掻き出すという方法があるが、言った側から陽道も自分の子を無くしたくも無い事に気が付いている。「厭じゃ・・・陽道の子じゃのに」そう、言い寄せてくる織絵に、陽道も「わしもじゃ。織絵の子なら産ましめたい」と、いう...波陀羅・・・6白蛇抄第5話

  • 波陀羅・・・7 白蛇抄第5話

    波陀羅が策略にかけようと決めた鬼は邪鬼丸こと、新羅の婿殿である。波陀羅は、もともとは普通の女鬼であった。波陀羅が織絵の身体の中に住みつくような術を覚える事になった、そもそもが邪鬼丸への復讐にあった。この波陀羅の初めての男が邪鬼丸であった。好きな様に嘘吹き、通い摘めた挙げく波陀羅を我が物にするとものの三月もせぬ内に飽きた。己の物への侮辱と、邪険に扱われた末、邪鬼丸に去られた悲しみとで波陀羅は二歳泣き暮らした。そうする内に波陀羅は新しい男を得た。男鬼が聞くのについうかりと初めての男の名を口にした。初手でない事は判っておる事であった。今更、すんだ事でしかない。が、男の方はその相手が邪鬼丸であった事も気にいらなかったのである。波陀羅が言い分けがましく、それでも本の三月ほどの仲でしかなかった事を告げると男の顔が途端...波陀羅・・・7白蛇抄第5話

  • 波陀羅・・・8 白蛇抄第5話

    あくどい男であるが、一人の女をどうにも出来ぬらしく抱いた女子、抱いた女子にその思いをぶつけるが如く女の名を呼ぶ。(織絵・・織絵・・織絵・・・)男が他の女子の名を呼んでいるのさえ気がつかないほど抱かれた女子も執拗な高い快感にほだされて何度も何度も後を引く長い声を上げていた。どのような持ち物があれほど女子を無我夢中にさせてしまうのか、それ程の男が織絵を物に出来ない。不思議な心持と生唾の出てくるような男への興味とで波陀羅はその男をに目を向けるようになった。それが陽道であった。――そして、その陽道がとうとう織絵を殺してしもうた―――軍冶山の冷冷とした、棲家に戻るのもつまらなかった。どうせ戻っても誰にも相手にされない。おまけに白拍子に身を変えて人間の男に相手をさせていたのも良い程取り沙汰にされておろう。織絵の家は波...波陀羅・・・8白蛇抄第5話

  • 波陀羅・・・9 白蛇抄第5話

    ――邪鬼!―――その姿を見つけたのが伽羅である。昨日の事であった。新羅が怒鳴りながら伽羅の住処に入り来るとあちらこちらを探し回る。邪鬼丸を探しているのである。『新羅・・・・』ここに隠れておらぬと判ると新羅は伽羅をといつめる。「邪鬼を何処にかくした」「来ておらぬ」「嘘を言え」邪鬼丸の事だ。又、人間の女子の所に行っておるのだと、伽羅は思ったが新羅の腹の膨らみにそれを堪えた。新羅はそれを知らない。子まで宿しおるのに邪鬼の相手が伽羅だけで無く、人間にまで手をだしていると言うのは忍びなかった。「隠しておるに。他に落ち合う場所を作っておるのか?そこに居るのか?」「知らぬ。ほんに知らぬ」「もう・・・十日も帰って来ぬのじゃ」遅うなっても帰って来る。まかり間違っても次の日の朝には何時の間にか新羅の側に居た。ここに邪鬼は、必...波陀羅・・・9白蛇抄第5話

  • 波陀羅・・10 白蛇抄第5話

    鬼の退治がすむと畳に平伏し頭を擦り付ける陽道の姿があった。「気が付くのが遅う御座いました。何もかも、陽道の手落ちで御座います」と、言われれば鉄斎も責める気になってしまうというものである。「何の為に着いておってくれおった。孕み落しも出来ぬ程になりて、それでのうても鬼に嬲られた娘の所にどう、婿を取ればよい。世間様にどう・・・」図らずも鉄斎の口から陽道の思惑とする所が言い出されると「この陽道が先に織絵さまと、深い仲になってしもうた事にして下されませぬか?」「な・・・何?」「私の落ち度を拭う、言い分けがましい事では御座いますが世間様の手前、この陽道が織絵様と先に深い仲になってしもうたので鬼が劣情に狂うて現れたという事に」「そ、それでは・・・・」陽道が鬼に犯された娘の責任を取らさせてくれと言っているのだと鉄斎にも判...波陀羅・・10白蛇抄第5話

  • 波陀羅・・13 白蛇抄第5話

    頃合も丁度良い。長男である一樹が十五の時、取りとめない落ち度を陽道は叱りあげた。「ならぬ事をしおって・・・仕置きじゃ」諌まらぬ様子で一樹を睨みすえる陽道の前にへたりと座りこんで一樹は頭を下げていた。芬芬とした陽道が一樹の後ろに回った。背中に振り下ろされる棒の痛みに堪えるため一樹はじっとしていた。その一樹の腰辺りに陽道の手が延びて来ると一樹の袴がとかれ引き摺り下ろされた。尻への兆着は十五にもなれば流石に恥じ入るものがある。「父さま。堪忍して下さいませ」思わず懇願する一樹の下帯さえ陽道が毟り取ると「じっとしておれ。お前がした事への仕置きじゃ」そう言われたかと思うと一樹の尻の中に陽道が己の陽物をぐいぐいと捻じ込み始めた。「ぁ、父様・・父様・・い・・痛・・・い」「声を出すな。己の仕置きに負けて声を出すなど持っての...波陀羅・・13白蛇抄第5話

  • 波陀羅・・14 白蛇抄第5話

    ふと目覚めた波陀羅の横に陽道がいない。向こうの部屋からは耳を塞ぎたくなる声が漏れている。その声の持ち主が誰であるかは波陀羅もすでに気がついている。それよりも、陽道と波陀羅しか知らないはずのマントラがその声に重なるのである。恐ろしい予感に胸を塞がれ波陀羅は声の聞こえるほうに歩んでいった。祈る様な気持ちでそっと襖をすらして、僅かばかりの隙間から中を覗き込んだ。『あ』何という事であろう。歪むような顔で陽道の物を受けている一樹も、その下にいる比佐乃に実の兄が何をしているのか。そして、同じように比佐乃の顔も疼きを堪え歪んでいる。とうの昔に性の喜びを身体に教え込まれてしまっているのである。『ひっ。一樹が・・・比佐乃が・・・』恐ろしいほどの激情を押さえ込むと波陀羅は自分の部屋に引き返した。初めて、マントラを唱える者の情...波陀羅・・14白蛇抄第5話

  • 波陀羅・・終 白蛇抄第5話

    棲家を覗き込む波陀羅に気がついたのは新羅の方だった。「こんな、遅うになんじゃ?誰じゃ?」新羅はかがり火から木を持ち込むとその灯りで波陀羅を照らし出しながら歩み寄ってきた。「新羅!波陀羅じゃ・・・」そう名乗られると新羅も思い出すものがある。微かな記憶がある。昔、軍治山にそのような名の女鬼がおったような気がする。何処に行ったかその行方を暗ましてから皆も忘れ果てていた事であった。「何・・かな?」その女鬼がこちらを知っておるのも、ここに新羅を尋ねて来る事も新羅には訝しげな事である。「我を討ってくれ!」「な、何を言出すに」「我が、お前の良人を、邪鬼を殺した本人じゃ」「えっ」邪鬼丸の非業の死を超え新羅も新たに良人を得ている。「今更・・・」「えっ」「どう言う理由があったかは知らぬ。が、もう、二十年も経って今更憎しみに身...波陀羅・・終白蛇抄第5話

  • 秘めやかなる想いは五月の空に・・1(ポーの一族より)

    萩尾望都作「ポーの一族」より―キリアン・ブルスウィッグに捧ぐ―少し、けだるい昼下がりだった。キリアンはもう一度鏡を見なければいけない。今、鏡に自分の姿が映らなかった。そんな気がした。恐れていた因子がとうとう増殖しはじめたのか?バンパイヤであるエドガ―に血を吸われ昏睡に陥ちいったマチアスが目覚めた。キリアンはそのマチアスに噛まれてからこの五月でまる二年になる。キリアンは変化を恐れたが何も変りはしなかった。が、キリアンの血の中に仕組まれた因子を否定する事は出来ない。それはつまり、キリアンがもう、誰かを愛する事は出来ないという事だった。愛情を注ぎ、たゆとうような暖かな家庭を築いた挙句、生まれた子供がキリアンの中に仕組まれた因子を継いでいたとしたら、その子供がいつバンパイヤとして目覚めてゆくか判らない。自分の血を...秘めやかなる想いは五月の空に・・1(ポーの一族より)

  • 秘めやかなる想いは五月の空に 終(ポーの一族より)

    5年制の寄宿舎学校にテオといられるのはもう2年間だけだった。その間にキリアンは何一つ残さず塵となって砕け散ってしまう時を迎えるかもしれない。テオの言うとおり、単に人より成長が遅いそれだけの事かもしれないが、万が一の事を考えておかなければならない。いずれにせよ、この2年の間に答えは見えてくるキリアンは次の朝早く、庭の温室に向かった。マチアスが川の流れの底に居たロビンに引きまれその同じ日に代わりの生贄を捧げたロビンが、やっと死体として水の底からあがってきた。だから次の生贄を求めて今度はマチアスが川の底に潜んでじっとチャンスをうかがっている。そんな話に尾ひれはひれがつき、マチアスのいた温室に一人で行くとマチアスに眼をつけられ、来たる5月の創立祭の日に川の底に引き込まれるのだと噂され、普段でも人の入る事のない温室...秘めやかなる想いは五月の空に終(ポーの一族より)

  • ロビンの瞳・・1(萩尾望都 ポーの一族より)

    いつもの、図書室に変化があった。ジャニスのお決まりの席は、閲覧室の隅の窓際のテーブル。そこでの昼休み。ジャニスは本を開く。だけど・・。この前の昼休みから、決まって、巻き毛の青い瞳の転校生がジャニスの向かい側に座った。無言のまま、向かい合わせのまま、本を読む。一週間が過ぎる頃には、ジャニスは無言の来訪者を待つようになった。彼は決まって、ジャニスが座ったあと、5分ほどすると、現われ、本棚の中から1冊をぬきとると、ジャニスのテーブルにまっすぐあゆみより、ジャニスの前に座る。目の前のジャニスを意識する様子もなく、歩みながら開き出した、昨日の続きに目を落としていく。名前もしらぬ転校生との、昼休みのあとの授業が始まるまでの短い時間。お互いがお互いを意識しているのか、確認することもなく、図書室の一隅で同じ事をしていると...ロビンの瞳・・1(萩尾望都ポーの一族より)

  • ロビンの瞳・・2(萩尾望都 ポーの一族より)

    現れない彼が読んでいた本を探しジャニスは、ページをめくった。彼が何をよんでいたかという興味もあった。彼が感じただろう感覚を共有したかった。彼を没頭させるだけの内容がジャニスを虜にした。いつのまにか、物語にひきこまれ、ジャニスの腕は中世の甲冑の騎士につかまれた。「この前の本はもうよみおえたの?」あっ。ジャニスは息をのむ。中世の騎士は青い瞳でジャニスをのぞきこんでいた。「ご・・ごめん。君は・・まだ、途中だったよね」あわてて、本を閉じ、転校生にさしだすしかなくなったジャニスに、彼は笑いかけた。「エドガーでいいよ」それは、君といったことにたいしての返事でしかない。「あ・・あの、ご免。これ・・」本をもう一度、エドガーにさしだす。「かまわないよ。僕は本を読みに来ていたわけじゃないから」じゃあ、エドガーはなにをしに、こ...ロビンの瞳・・2(萩尾望都ポーの一族より)

  • ロビンの瞳・・3(萩尾望都 ポーの一族より)

    図書室を出た途端、エドガーの腕にアランが腕をからませてきた。「お見事・・・。それで、彼をどうする気さ?」アランの腕を振りほどくことは簡単なことだったが、エドガーはそれをしなかった。「君の獲物じゃない」エドガーの返事にアランは声を殺して笑った。「エドガー?語るに落ちたというのは、そういうことをいうんだよ」笑いをエドガーの腕におしつけているアランにエドガーはいくぶんか、冷ややかだった。「君が想ってることをいっただけさ」アランの瞳がエドガーを捉えるために、アランはエドガーの前に立ちはだかった。「そのとおりじゃないか?」まっすぐエドガーの瞳を見つめてくるアランにエドガーは歩みを止めた。エドガーになにか、言われる前に、アランは喋り始めた。「そうじゃないか?マチアスもそうだろ?」何故、マチアスも獲物だと言うのか?エド...ロビンの瞳・・3(萩尾望都ポーの一族より)

  • ロビンの瞳・・4(萩尾望都 ポーの一族より)

    手ごろな家がみつからず、空いていた大きな屋敷をかりた。家具も調度も本も置きっぱなしだったのは、いずれ、また此処に帰ってくるためだったのだろう。人がすまない屋敷は空気が入れ替わらない。見も知らぬ人間が住まう嫌悪感より屋敷の保護が先になったもののこれだけの広さに調度・・・。借り手がつかなかったところに現れた二人。相応の金額を握らされたら、不動産の親父だって、嫌でも、貸し与えたくなる。子供二人ですむという事情をうのみにしながらも、大きすぎる屋敷がふつりあいすぎる。当のエドガーとアランだって、人の目にたちたくはない。成長しない子供は、同じところに長いことはいられない。だからこそ、大きな屋敷には、躊躇した。誰がそこに住みだしたか、好奇と興味の目をあびる。その注視が深くなる。「長くはいられそうにない」だが、書庫にはい...ロビンの瞳・・4(萩尾望都ポーの一族より)

  • ロビンの瞳・・5(萩尾望都 ポーの一族より)

    図書室の中の痴話沙汰が結論するまで、アランは出窓に座って時間がすぎるのを待つしかなかった。もしかすると、ジャニスの行動次第では、此処もそうそうにたびだたなきゃならなくなるかもしれない。-王様気分で、城下を眺められる最後になるかもしれないー陽光は明るく、陰湿で暗い、駆け引きに興じている図書室の二人には、遠い世界だろうと思えた。出窓に座ったまま、アランはあふれてくる涙をぬぐった。ー茶番でしかないーメリーベルを護りきれなかったエドガーは、その痛みにたえられないだけ。つかのま、幼いロビンに慕われたあの夏が、エドガーに痛みをわすれさせただけ。もう、ロビンは僕らを必要としていない。容赦なくつきつけてくる現実をうけとめることで、エドガーは再び、メリーベルを亡くした痛みごと、妹を胸に住まわせる。メリーベルが生きていた記憶...ロビンの瞳・・5(萩尾望都ポーの一族より)

  • ロビンの瞳・・6(萩尾望都 ポーの一族より)

    「今?マチアスの代わり?どういうことだ!!」「さあね。君の目で確かめればいいさ。君が今、僕を打ち抜いたら間違いなく、ジャニスはヴァンパイアにひきこまれる。マチアスの代わりどころか、僕さえいなくなるんだからね・・。キリアン、君のせいで、ジャニスがマチアスのように昏睡し、君はまた、マチアスよろしく、ジャニスも殺すんだね」キリアンはアランの言葉が真実であるか、どうかをみきわめるかのように、口を閉ざし、耳をすませた。ドアに耳をおしあてながら、銃口はアランを捕らえている。キリアンはドアを離れると、アランに近寄っていった。アランの手首を後ろ手にねじりあげると、銃を背中におしあてた。「どうしても、エドガーと一緒に撃ちたいって?」鼻先にまで、あがってくる笑いをこらえながら、アランはできるだけ神妙なそぶりをつくろってはいた...ロビンの瞳・・6(萩尾望都ポーの一族より)

  • ロビンの瞳・・7(萩尾望都 ポーの一族より)

    並びたつ本棚を直射日光から保護するため、天井近くにいくつもの小窓がつくられ、屋根のひさしが書庫への直光をふせいでいた。アランの背中越しにあたりを伺うキリアンに懐かしいあるいは、憎い、エドガーの声が聞こえた。「やあ、キリアン。熱心なおいかけに感謝するよ」エドガーの声のあたりに銃口をむけなおしながら、キリアンはエドガーを捜した。エドガーをみつけたキリアンの指は引き金をひくこともできず、エドガーに照準をあわせるしかできなかった。「キリアン。ぶっそうなおもちゃはしまっておかなきゃ。ジャニスまで、撃ち抜いてしまう」エドガーはソファーに座っていたが、その腕に半裸身のジャニスとやらが、抱きかかえられいた。それは、エドガーを擁護するかのようでもあったが、キリアンは、故に引き金をひくことができなかった。「キリアン。交換条件...ロビンの瞳・・7(萩尾望都ポーの一族より)

  • ロビンの瞳・・8(萩尾望都 ポーの一族より)

    アランの足取りより先を歩いていたエドガーがアランを待った。「どうしたのさ?」アランの足取りの重さをエドガーは言う。「ジャニスを仲間に入れなかったって、言ったね・・」軽くうなだれて、エドガーはアランの言葉にうなずいた。「それで・・足取りが悪くなった?って、こと?なんでさ?」「君は・・・結局・・ジャニスにロビンを重ねようとしていただけ・・ってことになるかな・・」エドガーを君と呼ぶ時、アランは、胸の中におしかくしたものを開きだそうする。「なにが、いいたい?」エドガーの瞳に険悪な光が浮かぶ。アランはその冷たい光にひるむことなく、言葉を続けていた。「いい加減にあきらめたら?ロビンは死んだんだ。ーおにいちゃんたち、また、逢える?-君はその言葉に呪縛されているんだ。それは、君がメリーベルを護れなかった・・その・・代償に...ロビンの瞳・・8(萩尾望都ポーの一族より)

  • ロビンの瞳・・終 (萩尾望都 ポーの一族より)

    「ウェールズ(注・考証していないので、適当です)に・・いこう」切符を買いに行くエドガーの背中をみつめ駅舎の待合にぽつねんと立ち尽くすアランの後ろ髪に触れるものがあった。そっと、振りむくと、アランの髪にふれていたのは、赤い風船だった。ヘリウムガスで膨らませた風船はふわふわと宙に舞い、風船が逃げ出さないように縛られた細い糸の先を、4、5才くらいの男の子がしっかり握り締めていた。「あ?」アランの声が漏れるのも無理が無い。金色の髪に、ブルーアイ・・年頃もロビンを思い起こさせていた。アランの声にきがついた男の子は、アランをみあげて小さく謝った。「ごめんなさい」幼子は風船がアランの気に触ったのだとおもったようだった。「ううん」アランは男の子の目の高さまでしゃがみこんでみた。見れば見るほど、ロビンを思いこさせた。ーエド...ロビンの瞳・・終(萩尾望都ポーの一族より)

  • 大御心

    竈の神の続きもままならない。忙中閑あり・・といえどもなにか、向かい合う気(集中力??)が薄い。薄いのに、PC整理中にみつけてしまう。詳しくは書かないが日御碕神社の碑文である。ずいぶん、昔から祈っていたというのに現状・・・・・。目の当たりにしないだけ良かったのかもしれないが・・・空におわす神のこころが目に痛い大御心

  • 小枝・・・1

    小枝は、目が見えない。七つの年に母親の菊と一緒に高熱を発しった後に突然、目が見えなくなった。小枝の目が見えなくなったことより、幸太に、小枝にもっと大きな不幸がおとずれていた。小枝は視力をうしなったが、幸太の女房小枝の母親である菊は病の末に短い生涯を閉じたのである。幸太は炭焼きで生計をたてていたから、住まいも炭焼き小屋の横に作っていた。ここに菊を嫁に貰い、翌年には、小枝をもうけた。つづいて、生まれた子は死産で、これも、幸太をずいぶん、かなしませたが、炭焼きのかせぎで、何人もの子をまともにそだててもゆけないから、小枝一人をりっぱにそだてあげればいいと、幸太は次の子を作らないように配慮したものである。それはやはり、菊のためにはよかったようで、なにかにつけ、菊はくたびれをだしやすく、時に腰骨に重い疼痛があるをうっ...小枝・・・1

  • 小枝・・・2

    それから、十年がすぎた。幸太は小枝が盲目になったことを、いっさい、口に出そうとしなかった。炭焼き小屋に訪れる人間はいない。五,六日おきに幸太が問屋に出来上がった炭を運びに町にいくときだけが、唯一、小枝以外の人間と関わるだけである。幸太さえ黙っていれば、小枝の失明は明るみに出る事はなかった。問屋の前に荷車をおき、いつものように幸太は炭を店の中の角につみあげた。よってくる番頭はにこやかである。「おまえさんの炭は評判がよいよ」これが、幸太への愛想の良い訳であるが「今日はめでたい日なんだ」と、幸太に椀にはいった、赤飯、と箸をさしだし、ほうらくだ。祝ってくれ。と、わらった。湯飲みに印ばかりのお神酒を注いで、二口ほどの赤飯と一緒に問屋に訪れた人間に振る舞う。「おや。おめでとうございます」幸太は渡されたものをおしいただ...小枝・・・2

  • 小枝・・・3

    一方、小枝である。幸太は、ここ、三,四年前から、町へでるとき、小枝にくどいほど念を押す。いいか、小屋から出るんじゃないぞ。しんばり棒をかって、俺がけえってくるまで、外にでちゃいけない。幸太が心配するわけはわかる。山家のくらしといえど、山の中に人が来ないわけではない。山中を渡り歩くマタギがとくに不安である。幾日も山を渡り歩いたマタギがひょっくり、若い女子をみつけたら・・・。流れ者である。この土地でなにをしようと、負い目になるものがない。こんな男が一番危ないのだ。と、幸太は小枝に言い聞かせる。だけど、幸太の言うように、誰かが来る事はなかった。それに、そうはいっても、厠にいかぬわけにはいかぬ。小枝は炭俵を編む手をとめて、立ち上がるとかまちに向かう。かまちの一番端にいつも履物をおいておくようにする。つまり、そこが...小枝・・・3

  • 小枝・・・4

    五歩歩いて右に向きをかえて・・・。角ばった小枝の動きを見つめていた男は、やっと、気がついた。「おまえ?目がみえないのか?」突然の声に小枝はやっと、誰かが傍に来ていた事に気がついた。目が見えなくなってからは音や匂い、気配にはことさら敏感に成った小枝であるのに、男に声をかけられるまで男の存在に気がつかなかった。それは、気配を隠して獲物に忍び寄るマタギだから出来た事だろう。小枝は小屋の中にはいりこもうとして、足を止めた。逃げても、無駄だと思った。頭の中で描かれる道を歩くしかない小枝である。「あい。目がみえませぬ」男がいるだろう方向に小枝はこたえた。小枝・・・4

  • 小枝・・・5

    「うまれたときからの、めしいか?」男は小枝の動作から感じた事をたずねた。突っ立ったままの小枝のおももちは、複雑である。視力をうしなうまでに、二,三度幸太の荷車に乗り、町についていったこともある。問屋の人間にいくつだと訊ねられ名前を聞かれた。それ以来小枝が幸太以外の人間と口を利いたことがない。十年以上、幸太以外の人間に触れたことの無い小枝にはおそろしいはずの男の存在は一方で好奇であった。「いえ、ななつのとしにやまいをひろうて・・」目が見えなくなったのだと小枝はこたえた。「ほう・・・」まるで、目が見えているかのような動きは長い年月のなれのせいであるのだろうと、男が思ったとおりであるが、「すると、此処を一歩もでることがないのか?」「はい。ここをでては、一歩もうごけなくなります」女は小屋の中と小屋の外のわずかな敷...小枝・・・5

  • 小枝・・・6

    男の腕の中にとらまえた生き物はたとえて、言えば傷をおった小鹿のようなものであった。うちふるえる女の息はとまどいと惧れをみせながら、文治にすがるしかない。手負いの小鹿はふるえながら、手を差し伸べる人間に身を任せる。観念したといえる。すくわれたいという。自然は、一瞬のうちに命の駆け引きをする。いちか、ばちか。身をゆだねることしか、活路が無いと悟ると小鹿は文治の手の中にすべりこむ。小枝の姿はそれと似ていた。文治とて、小枝のおそれをみぬけなかったわけではない。『生娘だな』男の勘が小枝を見定める。と、同時に小枝の返した言葉にも語るよりも多くのものがあった。おとっつあんの助けでようようにいきております。女はそういった。『おとっつあんに迷惑をかけてばかりいる』それは、文治にすぐに小枝の境遇を悟らせる言葉であった。目がみ...小枝・・・6

  • 小枝・・・7

    男の気配が嘘のように消えた。立ち尽くしていた小枝の足は力を放出し、身体を貫いた感覚が小枝を地面に立たせていることをゆるさなかった。赤子のように這い蹲り小枝は家の中に入った。かまちに腰をかけ、板の間にあがろうとするのもようようであるが、小枝の思いは時を止め先の甘い余韻を追う。ぬめる男の舌はねばりこく、小枝の口中をさまよい胸の先をつまみあげられた。その心地は、小枝がいままで味わった事の無い幻惑をともない、そして・・・。小枝の女の部分は男にあっさりふれられていた。その先・・・どうなるのだろう?あの時考えもしなかった思いが湧いてくる。おそらく、男のくれる陶酔におぼれていたままであれば、小枝はこんなことも考えず男によって、その先をみちびかれていたことであろう。だけど・・・その先どうなるのだろう?初めて会った『男』と...小枝・・・7

  • 小枝・・・8

    幸太が帰ってくるまでの半時。小枝の夢想は文治に結ばれる。幸せに色があるとすれば、小枝の今は、桜の花びらのように、薄い桃の色をしているのかもしれない。それをあかしだてるように、小枝のほほはうっすらと色を染め炭俵を編む手がふととまる。「おとっつあん・・・。小枝は・・・」おとっつあんを裏切っているのかもしれない。「だけど・・・。小枝もわかってる」文治になにをか、負わそうというわけではない。文治とであった事を一生の宝物にして、胸の中に秘めて、それだけで、この先、生きてゆける。男はマタギ。獲物が手に入れば、また、別の場所に行く。それは、きっと、小枝にたいしても、同じ。でも、それでも、小枝は構わない。おとっつあんには、もうしわけないけれど、それでも、もうすこしだけ、もうすこしだけ、『文治さんにあいたい』もうすこしだけ...小枝・・・8

  • 小枝・・・9

    幸太は荷車をひさしのしたにかたせると、家の中に入ってくる。小枝はなにごともなかったように、炭俵をあみつづけながら、「おとっつあん。おかえり」と、声をかける。「ああ。そうだ。小枝」幸太は懐から小さな巾着袋をひっぱりだし、小枝をよぶ。「今日は、みやげがあるんだ」幸太の声のするほうに首をねじまげて、小枝は応える。「あら?なんだろ?」小枝の手に巾着袋をにぎらせておきながら、幸太は言葉に詰まる。「・・・あとでな・・・。おとっつあんが、つけてやるよ」小枝が袋の中から、引っ張り出したものは小さな貝殻だった。「紅がへえってるんだよ」不思議そうに指先で貝を触る小枝である。幸太が小枝に紅をかってきたのは、今日の問屋での祝い事のせいである。同じ年頃の娘でありながら、かたや、めしい。着飾ることもできぬ、暮らしであるのは、もとより...小枝・・・9

  • 小枝・・15

    祠の前に小枝をたたせると、文治は入り口を覆った木々を取り除ける。「入り口は狭いがとおりぬけたら、中は人が立って歩ける。頭の上の岩肌がきれたら、もう、たってもだいじょうぶだ」祠の中に小枝をいれこめおえると、文治はもう一度木々を引っ張り、入り口を覆う。別段、かくれるためではない。熊や猪が直ぐに入ってこないように用心のためである。小枝が祠の中にたちつくすと、わずかな、煙の匂いを感じる。「火をいこらせてあるのですか?」「そうだ。地べたをすこし、ほりさげて、火をうずめてある。危ないから、こっちへ・・」文治にひかれるままに従う小枝を寝場所にしている熊の毛皮の上に導いてゆくともう、文治を抑えるものがない。いつかのように小枝の口を吸えば、小枝の身体から、力がぬけ文治の腕に小枝の重みが温かく伝わってくる。小枝をささえながら...小枝・・15

  • 小枝・・16

    「小枝・・心地がよいか・・」文治の問いに自分でもなんと答えたか、小枝にもわからない。それ程に、文治に与えられる感覚が、小枝を陶酔の中にひきずりこんでいた。声を上げる以外ないまま、小枝は文治の指にもてあそばれ、時間の流れさえ、小枝の中にはなくなっていた。「小枝・・」文治はぬめりをからめるためにすべりおろした指をそのまま、小枝の中にもぐりこませた。薄いひだが文治の指にやわらかくからみついてくる。その肉ひだの狭さは、小枝が未通女であることを語っている。入れ込んだ指をそっとうごめかすと小枝にささやいてみせる。「小枝。おなごはここで男を知るんじゃ」『ここで・・・?』男を知る。それが具体的にどういうことであるか、判ろう筈もない小枝の鋭敏な部分を再びなぶり続けると、小枝のその場所からはさらにぬめりがあふれでてくる。文治...小枝・・16

  • 小枝・・17

    逃れられぬ痛みであると、知るまでに小枝はなんども、文治に懇願した。「痛いよ・・痛いよ」そう訴えてれば、痛みをどけてもらえると小枝は思ったのかもしれない。だけど、小枝の心の中のどこかでおぼろげに理解するものがあった。それは、「痛い」と、いう言葉を文治につげても構わないが、「やめてくれ」とか、「いやだ」とか、いう言葉をはきだしてはいけないという事だった。それでも、身体をつらぬく痛みが小枝を覆う。「文治さん・・・痛いよ。痛いよお」なにか、さけんでいなければ、小枝はただ、くるしいだけで、痛みを訴え続ける事がわずかに緩和をもたらすだけであった。何度、叫んでも痛みは小枝からぬけでない。依然と小枝をひっつかまえている。「小枝・・・これが男なんじゃ・・・。かわゆいおなごには、男は皆、こうするものなんじゃ」文治の宥めが小枝...小枝・・17

  • 小枝・・18

    棹の先の欲情が解きほぐされると文治は小枝を見つめなおした。裸身の下の敷物に鮮やかな血溜りがある。小枝の目が見えぬことがこの場合幸いというべきかも知れない。女に仕立て上げられた小枝の悲しい痛みがそこで、はっきりと男をいとうている。「小枝。お前は女になったんじゃぞ」とおりいっぺんの言葉でしか、小枝をなぐさめることができないまま、文治は小枝に着物をまといつかせ、小さな巾着袋をひろいあげた。『紅・・・か・・・』小枝の女心が憐れにも、思える。「すっかり、のうなってしもうておる・・・」文治が小枝の唇をなぞると、小枝は紅があせたことをいうと気がついた。「文治さん・・・」言い出しにくい言葉が胸の奥でとまる。自分ひとりでは紅さえまともにさしなおせない女でしかない。だから、多くはのぞみはしない。ひとたび、焦がれたものを手にし...小枝・・18

  • 小枝・・19

    文治はこれから、仕掛けたわなをみにまわると、小枝を炭焼き小屋におくりとどけた。「また、親父さんがでかけたら・・・」と、次の逢瀬を約束した文治に小枝ははいと、小さく答えた。。これが、最初で最後になるかもしれない。その不安を不安でしかなくさせることは、文治が約束どおりに小枝をむかえにくることでしか、果たされない。いずれにせよ、三度か五度か。幾たびかの逢瀬の後に文治の「また、こんど」が未来永劫にはたされない約束になるだろう。だが、今。今がこのまま、とまればいいと小枝は思う。今。そっと、小枝を抱きよせた文治が今の小枝のすべてである。小枝の背中をそっとおすと、文治は山にかえってゆく。気配が遠ざかってゆく文治の残像を追うこととも出来ない小枝は立ち尽くしたその場所を考え直す。戸口の前に小枝をたたせたのは、文治のはからい...小枝・・19

  • 小枝・・20

    小枝の変化にきがつかぬまま、幸太はいつものように焼き上げた炭を町の問屋に運ぶ。幸太が炭焼き小屋をでてゆくと、それをどこでみていたか、待っていたかのように、文治が現れると小枝を抱き上げ、この前と同じように文治のねぐらに小枝をつれてゆく。それは、まるで、小枝の『女』を導き出してゆく道程そのもののように、荒々しく、せかれるものだった。短い時の中で恋を燃焼させるしかない女は文治に息をのませるほどあでやかに色めくつやを満たし始めていた。小枝のおののきをかばうために、文治はやはり、最初に小枝の鋭い場所をしつようになぶりつづけてゆくと・・・。「文治さん・・・せつな・・い・・」小枝はあえぎつづけ、吐息とともに、文治が欲する事をかなえてほしがる女に代わる。女としての小枝の感覚が十分に開花しているはずはない。だが、小枝の女の...小枝・・20

  • 小枝・・21

    目覚めるといやな気分にとらまえられている自分がいる。文治は両手で顔をこすり上げ、その「いやな気分」を追い払う。だが・・・。いやな気分・・・・。それがどこから、わいてくるものなのか、文治には、その答えは分かっている。小枝を抱いてから・・・・。朝はいつも、こんな調子で目が覚める。小枝の境遇と初さにつけいって、文治がしでかしたことにせめぎをかんじている。己のよくをはらすためだけに、小枝の初を利用し、小枝をだますようにして、抱いている。小枝の局所に鋭い快さを教え、小枝の油断とすきをみはからい、小枝になにをしたか。小枝を好きなようになぶれば、男の狡猾さを疑うこともしらぬかのように、あわれに小枝は文治のものになる。文治の欲がおさまると、男としての文治のあり方をせめる自分が出てくる。この先、小枝をどうするか・・・。めし...小枝・・21

  • 小枝・・22

    そぞろ。小枝に出会ってからの文治の様子といっていいか。朝一番に罠を見回ると、小枝の炭焼き小屋が見渡せる尾根に戻る。尾根に戻って荷車がないと分かると小枝を連れ出し半日は小枝をかまう。そうなると、罠に捕らえた小さな獲物は他の獣に食い荒らされる。小さな獣が血の匂いを恐れるためわな場を変え、改めて、わなを仕掛けなおさなければならない。少し、大きい獲物がかかっても、ときに罠を壊して無理やりに逃げることもある。と、なると、罠の修繕も必要になってくる。で、あるのに、時間を小枝との逢瀬に費やし罠の見回りもおろそかになり、獲物を食い荒らされることもたびかさなり、場所を変えることもおおくなり、罠の修繕もおろそかになり、あげく、やっと捕らえた獲物の始末にも追われてくる。労だけがふえるわりに、実入りがすくない。それでも、小枝をこ...小枝・・22

  • 小枝・・23

    「八たびになります」と、即座に答えをかえしてくる、小枝は文治との逢瀬を宝物をようにかぞえているのだろうとおもう。小枝のいじらしさに文治がかえせることは、己の欲情をたたきつけることでしかない。小枝の足を開き、小枝の鋭い場所に顔をうずめ文字通り甘い汁をすすりあげると、小枝のわななきがいっそう甘くなる。女である場所に男である物をおさめつくしてくれと小枝の声が文治を促す。おもえば、八たび。小枝を貫いたものが小枝に痛みでないものを覚えさせ女といううろが、文治にじかに応えている。だから、いっそう、文治は小枝に夢中になる。だが、今日の小枝は文治の問いかけに悲しい予感が現になる日が近づいているとさとっていた。「文治さんが、狩場を変えるときは小枝におしえてください」黙って別れてくれるなと、小枝は懇願し「小枝はいつまでも、文...小枝・・23

  • 小枝・・24

    とたび・・・。十度。つごもりの音がなくなる十の字は男の縦糸と女の横糸がまっすぐに交わり恋をあけそめる最後の契りになる。言い出しかねる別れを胸のうちに秘めた男の雁が、最後の小枝を抱くために衣を解き放させる。小枝をはなしたくないといくどとなく、そそり立ってくる物ではてどなく、小枝を求める文治に小枝は終わりを見せ付けられる。文治さんは・・・。もう・・・。もう、小枝を迎えに来ない。韋駄天のように走る文治をもう、しることはない。小枝が小屋の前にたっても、影がおちてくることはない。『文治さん・・・』愛しい名前を胸の奥で何度もよびつづけるのは、呼べば帰ってくるこだまじゃないからだ。声にだして、文治を呼べば、きっと、小枝と文治はこたえてくれるだろう。その声をなまなましく覚えたくない。小枝の胸の中で思いを満たし続ける。呼べ...小枝・・24

  • 七日七夜・・・1 白蛇抄第4話

    「はっ。笑っておいでよ」邪鬼丸が人間の女に夢中になっていると笑われた事が、伽羅の自尊心を傷つけた。人間の女なぞに負けておるのかと笑われたのと同じだった。「あんたこそ、その内、人の血が恋しくなってほたえ狂うんだ」そう言った伽羅だったがはっとした顔をして鏑木丸を見た。その顔で、他愛の無いしっぺ返しの言葉でないと、鏑木丸が気が付いた。「どういう事だ?」「はあっ」大きく息を吐出すと伽羅は「いいよ。言うよ。ほんとにあんた、知らなかったんだ?」「あ?ああ」「ふん。あのさ。あんた。自分の御袋が死んだってのは聞いているよね。人間はね。鬼ほど長生きできないんだ。生きてたってどうせ今頃は婆さんさね」「と、いう事は・・・・」「ああ。あんた。人間との合いの子さ。おまけに倭人じゃない。外っ国の女さ。如月童子、あんたのてて親がさ、何...七日七夜・・・1白蛇抄第4話

  • 七日七夜・・・2 白蛇抄第4話

    「伽羅」伽羅を呼ぶ声が響いた。邪鬼丸の声であることは判っているのだが、鏑木との後だけに流石に伽羅も心の内が穏やかでない。できるだけ平静を装ったつもりだった。「な、なんだよ」「ほ。連れない答えだな。ぼうずの物で満足したって事かい?」「な、何の事さ?」「とぼけるな。おりゃあ、あそこの木の上で、お前が鏑木の物に跨って踊り狂ってたのをずうっと見てたんだ」「え・・・」「伽羅。来い」邪鬼丸が伽羅の手を掴むと、ぐっと跳び上がった。「この木じゃ」そう言うと邪鬼丸は伽羅の身体を抱き寄せながら器用に木の枝を支えにして背を幹にもたれさせた。伽羅のほとを剥き出しにすると膝を抱え込み体を持上げ自分の男根をぐうううと突き立てて行った。「はううう」「じっとしてろ、暴れると落ちるわ」ぐいぐいと邪鬼丸は好きな様に伽羅のほとを責め捲る。宙に...七日七夜・・・2白蛇抄第4話

  • 七日七夜・・・3 白蛇抄第4話

    気が済まぬのは、鏑木丸である。頭上で乱行をおこなうのを黙って見た後は、その足ですぐ新羅の元に走っていったのである。我の男にすると言うたのが新羅と邪鬼丸のこともある。邪鬼丸を諦めて鏑木一本にするという事であると思うたのが己の子供ぶりであり、女の業の深さに謀れたと思うと如何せん悔しくてならない。「新羅。我の男が木の上でほたえ狂うておるぞ」「え?」「行ってみて、我の目で確かめて見ればよい」脱兎の如く駆け行く新羅の顔が、ひどく恐ろしげなのがちらりと見えた。「ざまあみろ」吐き捨てる様に呟くと鏑木は考え込んだ。このまま、ここにおれば邪鬼丸の意趣返しをくらうに決っている。伽羅にも厭な目で見られるに決っておるし、鏑木も伽羅をもう、見たくもない。鏑木はそのまま居を移す事に決めていたが、それを何所にしようか考えていたのである...七日七夜・・・3白蛇抄第4話

  • 七日七夜・・・4 白蛇抄第4話

    「安堵龍!?案、暗,土、竜」当て嵌まる簡単な字を思い浮かべて一語ずつ音を発っしてかなえは、地面に小枝で字を書いて見せた。アンドリューはそれをなぞるとかなえの書いた下に同じ様に字を書いてみせた。かなえは次に「か」「な」「え」と、一言ずつ区切って、かなえと地面に書いてみせた。「くぁ・ぬぁ・え?」「ああ・・そう。かなえ」「くぁぬぁえ」「そうです」アンドリューはじっと地面を見ていた。そして暗の字を指さし「あん」と言うと、二本の指を出し、土の字を指差すと「どう」と言って一本の指を出し、竜の字を指して「るうう」と言って三本の指を出した。それでかなえはアンドリューの言う事が判った。かなえの字が一語一音に対し暗土竜に字は夫々音数が違う。「ああ」かなえはもう一度平仮名で字を書いた。「あ、ん、ど、り、ゅ、う」同じように一語ず...七日七夜・・・4白蛇抄第4話

  • 七日七夜・・・5 白蛇抄第4話

    森が騒がしい。鬱っとおしい者がおるなと思う光来童子、鏑木丸の大人名である。その光来童子がふと、歩みを停めた。途端、その森の茂みの中から飛び出してきた男の子を避ける事も出来ず鉢合わせをするかのように行きあたってしまった。が、よく見れば女子である。男のようにたっつけ袴姿に髪を一括りに結い上げている。逃げると思うた向こうから、ぐいと近寄ってくると「ああ。暗土竜」目の前に飛び出してきた女子は光来童子をそう呼ぶ。「どうしておったのです?居なくなって心配したのですよ」と、言出す。怪訝な顔で光来童子は女子を見た。まず、第一人も恐れて近寄らぬ鬼の目の前に飛出して来ただけでも、おかしな事なのに、恐れも見せない上にそれが女子なのである。おまけに親しげに言葉を懸けてくる。懸けて来た言葉も実際誰かと光来童子を間違えている。鬼に知...七日七夜・・・5白蛇抄第4話

  • 七日七夜・・・6 白蛇抄第4話

    光来童子の消えた辺りをじっと見ていたかなえの後ろから、憐れなほどの息遣いが聞こえてきた。「は・・ひい・・・かあ・・かなえ様・・・ふうう」後ろから現れた海老名はぜいぜいと息をしながら「言う事を聞かずに・・・探しましたに・・・ほんに三つ子より悪い。聞いてもらわねば」思うまま心の内を口にだすものだから、何をいっているのかさっぱり要領を得ない。「海老名。父上の矢はあそこにありますに」開けた森の向こうにまで飛び越した矢は雉鳩を射ち損ねていた。それを拾い上げると「ああ。こんな所まで殿の弓は・・・豪腕のもの。よう、ここまで」「ええ」「が、勝手に森に入るのならばもう弓の御伴はなりませぬ」「良いわ」かなえは城を抜け出る法を知っている。それを知らぬは父であり海老名である。「よく隠れおりますに、何処に隠れおるのやら、それも心配...七日七夜・・・6白蛇抄第4話

  • 七日七夜・・・7 白蛇抄第4話

    是紀は海老名が泣いた時のことを思い出していた。「嫁に行かぬか?」後添えではある。が、悪い話しではない。子は一人。姑、姑女はいない。が、云と言わない。あまりの強情につい「未通女のままか?男も知らぬような女なぞ女ではないわ」と、言った。言ってから、しもうた、と思った。「ならば、海老名はなんですか?」ただの乳母桜だとは言えない。「未通女ではいけませぬか」「役に立たぬわ。女子は男あってこそ女子じゃ。子を産んでこそ女子じゃ」「べつに、殿の役に立たぬで、よう御座います」かなえ。かなえ。なのである。それが是紀にも引け目なのである。かなえの養育係にしたばかりに女子の仕合せを奪ってしまった様に思えるのである。かなえの役に立てればそれで良いと言う心は是紀も頭が下がるのであるが、主を省みない口の聞きようが腹に据えかねた。「殿の...七日七夜・・・7白蛇抄第4話

  • 七日七夜・・・8 白蛇抄第4話

    冬が過ぎた。光来童子に逢える事を出来なくさせた雪もようよう消え果てた。春になると、小川がせせらぎ出す。雪解けの水が冷たかろうに、蕗のとうが芽を出すのはいつも、決ってその小川の端が壱等早いのがかなえには不思議だった。冬になると火の見櫓まで、雪の上に足跡がついてしまう。それに冬になると雪で扉がすぐ開かない事がある。その為、冬には櫓の上まで梯子を外からかけてあるのである。櫓の上の台座の扉も固く閉められている。かなえの秘密の抜け道は火の見櫓の扉の中の階の下にあった。大人であれば階をどけなければ入れぬ狭い隙間に潜り込むと、かなえはいつも、そこから外に飛出して行くのである。冬の間に逢えなかった光来童子に逢えるかもしれない。期待に胸が高鳴るのを、そのままに森に入り込んだ。「光来童子・・・童子」そうううと、呼ぶ声を聞きつ...七日七夜・・・8白蛇抄第4話

  • 七日七夜・・・9 白蛇抄第4話

    大台ケ原の居室まで一飛びで帰りくると、もう夕焼けに空が赤くなってしまっていた。「明日も晴れる」が、童子の心の内は晴れる事は無い。微かな後悔を押し退けて果てない喜びが胸の高鳴りを一層高くしているのにである。御互いの気持ちが繋がると二人の間の垣根を取り払いたくなる。光来童子の中に芽吹いたものを欲望と呼ぶにはあまりに切ないものがある。「いかぬ。かなえは人間じゃに。これ以上は決して、ならぬ」そう呟く。その後ろから「鏑木丸・・・」光来童子を幼名で呼ぶ者が居る。「あっ」振り向くとそこに伽羅が居た。「久し振りな」最後の伽羅を憐れに思いて擁いてやってからもう逢う事は無かった。伽羅も約束を守って現れなかったのである。あれからもう五、六年の月日が経っている。「伽羅か・・・」二、二度身体を合わせた事のある女鬼を懐かしいと思うよ...七日七夜・・・9白蛇抄第4話

  • 七日七夜・・10 白蛇抄第4話

    一方かなえの方はと言うと。これも同じ様な事態になってしまっていた。城にぬける狭い横穴を屈み込みながらやっと火の見櫓の階の裏に出て来ると膝を折り曲げ、頭を低くして階の下を潜り抜けた。「あっ、あっ」そこに仁王立と言うが、まさにそんな風にして顔まで仁王の顔で海老名が待っていた。「そういう事で御座いましたか」よもや、こんな抜け道があるとは思っていなかった海老名である。忍ぶように火の見櫓に歩んで行くかなえの姿を見かけたのが一刻以上前であった。それから一刻以上。海老名はここでずうとかなえを待っていたのである。かなえの姿が火の見櫓の中に入るのを見かけた海老名は直に火の見櫓に駆け込んだ。が、居ない。「どこに隠るる場所があるのやら・・・」単純にそう思っただけであった。呼んでも出てこぬ。又、海老名を困らせてやろうという魂胆で...七日七夜・・10白蛇抄第4話

  • 七日七夜・・11 白蛇抄第4話

    春になるのを待って主膳は是紀のところへ出かけて行く。やれ茶の湯の道具立てじゃ、観梅じゃ、茶会じゃと、是紀もあれこれ用事を作っては、主膳を呼ぶ。主膳も、何やかと自分からよく出かけてくる。馬で飛ばしても近江からここまで半日はかかる。朝暗い内から馬を引き出し駆け通しにやってくる。「かなえ。茶の用意をしておけ」是紀の後ろから、かなえに軽く会釈する主膳を振り返りながら、是紀はかなえに茶の湯の仕度をしておく事を伝えると「狩りにゆく」と、言う。「はい」返事をしたかなえが向こうに行くのを主膳がじいと見ている。『やはり・・・かの?』その主膳を是紀がまた、見詰ている。かなえの姿が向こうの方まで行ってしまうまで主膳はかなえを見ていたがはっと気がついたように「ああ、参りましょう」弓の伴に参ずるのである。是紀にも目論見がある。昨年...七日七夜・・11白蛇抄第4話

  • 七日七夜・・12 白蛇抄第4話

    身体を屈め低い潜戸を抜けて茶室に入るとかなえが座って待っている。「早う御座いましたな」「おお?おおう」狩りの獲物が良くなかったのかと思ったが是紀の顔突きの機嫌が良いのを見て取ると、かなえは主膳に向かって笑いかける。「父の御守も、大変で御座いましょう?」何があったか判らないが是紀の機嫌の良い顔は、我が親ながら可愛い子供の様なのである。そのように是紀に笑顔を作らせた主膳は何をしたのであろうか?「この父をどうやって御機嫌にさせました?」「え、ああ」主膳も自分の申し入れを是紀が事のほか喜んでくれているのが是紀に負けず劣らず嬉しい事なのである。二人の男の機嫌の良い顔を見ながらかなえは茶を立て始めた。主膳は背筋を伸ばしかなえの茶を立てる手元を見ている。茶筅に絡む様に濃い緑の飛沫が解れて行くと湯を差し込んで行く。「良い...七日七夜・・12白蛇抄第4話

  • 七日七夜・・13 白蛇抄第4話

    是紀が馬屋を覗いて見れば、青波も馬具の手入れに怠りが無い。青波は引き入れた三頭に飼葉を与え晒し布でその身体を拭き上げ終わると、どかりと腰を下ろしその膝の中に鞍を置き紗沙の布で拭き上げ艶をだしている。「よう、磨きおるの」「あ、はい」是紀が声をかけると青波は立ち上がって「黒毛の事ですか?」と、察しが良い。「おおう。どうじゃな」「まだ。十日ばかり掛りましょう」「そうなのか?」気に入りの葦毛の子を孕んだ黒毛も葦毛に劣らず足の良い馬である。そうなると俄然、その子馬が気になって仕方ないのである。「やはり。黒で産まれるかの」「殿は、黒が良う御座いますか?」「それはそうだろう」黒は珍しいのである。見た目もきりりと引き締まった感じがしていかにも颯爽としている。かてて、足も良い。黒は気性が幾ばくか荒いが一端服従すると、よく聞...七日七夜・・13白蛇抄第4話

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