5月12日のロンドンの朝はどんよりと曇っていた。三階建ての古めかしいホテルの二階の小窓からは、両脇の煉瓦壁に挟まれるようにして細長い石畳の路地が伸びていた。昨夜降った雨の影響か、路面がところどころ鈍い光りをはなっている。その風景を目にし、ぼくは顔を緩ませた。そうだ、自分は今ロンドンに来ているんだという実感が胸をつき、つい微笑んでいたのだ。ぼくは窓から入る冷たいが澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込むや、部屋を出ると階下へ向かった。 今日はB社で下見をすることになっている。昨夜のマダムの決意表明を受けぼくの気分は高揚しており、朝からなんだか沸々と力が湧き上がっている。早速一階にあるこじんまりとしたレス…