chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
骨董商Kの放浪 https://kottousho.hatenablog.com/

大学卒業後1年もたたずに退社し、その後骨董商をめざす主人公Kが、美しくそして妖しげな骨董品をとおして、それに関わるさまざまな個性的な収集家、同業者などの人たちと織りなす創作小説。魅惑的な骨董品を巡る群像劇をお楽しみください。

立石コウキ
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2022/03/17

  • 骨董商Kの放浪(46)

    それから一時間ほどして全ロットが終了した。と同時に、緊張から解かれた人びとの話し声が方々からどっと耳に入ってきた。面白い映画か手に汗握るスポーツを観戦したあとの満足気な表情が、彼らの顔に漂っている。今日のセールが織りなしたドラマがそうさせているのだろう。中国古陶磁のレコード・プライス達成に、会場に詰めていた国内外のマスコミが早速チェアマンのもとへと群がっていった。主役の壺の撮影をお願いしているのか、いったい誰が購入したのか、どこから出てきたものなのか、などなどいろいろと情報を得ようとしているのだろう。チェアマンは笑顔で応じながら、マスコミを引き連れオフィスへとさがっていった。その光景をぼんやり…

  • 骨董商Kの放浪(45)

    ――2006年5月15日。忘れることのできない一日が始まった。 ぼくはこの日のために新調した濃紺のスーツに白いストライプの入った水色のネクタイをしめ、まだちょっと早いかなと思ったが、Saeたちのホテルへと向かうため表へ出た。ひんやりとした空気を感じたが、空は青く澄んでいる。ポプラ並木の続く公園のなかの遊歩道を歩くと、両脇から目に入ってくるライトグリーンの芝が、朝の光を吸い込んで今日はいちだんと鮮やかにみえた。ロンドンに来て初めてといってよい爽やかな朝だった。 ホテルのロビーでは、すでにSaeとマダムが待っていた。Saeは黒を基調としたチェック柄のスーツに水玉模様のピンクのスカーフを首に巻いてい…

  • 骨董商Kの放浪(44)

    ロンドンに入り3日が経った。下見は今日と明日で終了。明後日は本番である。本日午後2時過ぎの下見会場は、参加者の急増とともに種々な言語が飛び交い、場の空気もいっそう熱を帯びたものになっていた。 「また、出張中ね」空になっている元染壺のガラスケースを前にSaeが口元を緩めた。昨日の午後から元染の下見者が一気に増したようで、時おり立ち寄るこのケース内には、ほとんどの確率で作品が置かれていなかった。奥にある五つの個室は満室で、昨日挨拶した英国人のヴァイスプレジデントが、個室から次の個室へと壺を抱えながら行き来している。今日の午後から続々と本命と目されるひとが集まってきているのだろう。Xiaの姿もみえな…

  • 骨董商Kの放浪(43)

    5月12日のロンドンの朝はどんよりと曇っていた。三階建ての古めかしいホテルの二階の小窓からは、両脇の煉瓦壁に挟まれるようにして細長い石畳の路地が伸びていた。昨夜降った雨の影響か、路面がところどころ鈍い光りをはなっている。その風景を目にし、ぼくは顔を緩ませた。そうだ、自分は今ロンドンに来ているんだという実感が胸をつき、つい微笑んでいたのだ。ぼくは窓から入る冷たいが澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込むや、部屋を出ると階下へ向かった。 今日はB社で下見をすることになっている。昨夜のマダムの決意表明を受けぼくの気分は高揚しており、朝からなんだか沸々と力が湧き上がっている。早速一階にあるこじんまりとしたレス…

  • 骨董商Kの放浪(42)

    ロンドンへ出発する前日の大型連休明けの月曜日。ぼくは月二回美術倶楽部で開かれる或る個人会に参加していた。この市場(いちば)は雑多なモノが大半を占めるが初生(うぶ)口が多いことで知られ、そのなかには一級品も混ざっていて時おり高値まで競り上がることもある。よって、百五十人ほど参加する業者たちにも幅があった。会場の床を覆う赤い敷物の上に足の踏み場もないほどの荷物が並べられていて、皆モノとモノとの僅かな隙間に足をつっこみ身体を折り曲げながら下見をしている。ぼくが低い姿勢で縄文土器の破片の一群を一つひとつ手に取って見ていると、後ろから声がした。 「明日から、ロンドンだろ?」才介である。「うまく買えるとい…

  • 骨董商Kの放浪(41)

    三畳台目(だいめ)の茶室の京間一畳に座っていた。ぼくは下座。真ん中の次客の畳にはZ氏。つまりぼくの右隣りに座る。正客の席は空いている。ぼくの正面の点前畳では、Miuがお茶を点てていた。ライトグレーのパンツスーツが、一定のリズムを刻んで穏やかに動いている。この小間(こま)の右壁に設えた間口半間(はんげん)奥行尺五寸の床の間には、先ほど教授の家から持ち帰った仏手が飾られていた。Z氏は、もうかれこれ15分近く、射抜くような眼でそれを睨んでいるのだ。 現金5500万円と一緒にこの石彫を持ち運んできたのは、今から30分ほど前のこと。「自分の所蔵品を一つ合わせるから、それでなんとかしてもらえないかねえ………

  • 骨董商Kの放浪(40)

    金曜日午後6時のエリタージュ・ハウス。まだ客はまばらであるが、スタッフの目配りや動作に、なんとなく嵐の前の静けさを感じさせる。Reiのあとに続いて、ぼくはあたりを伺いながら、正面のエレベーターへと向かいかけたとき、「上じゃ、ありませんよ」のReiの声にびくっとして足をとめる。いつもSaeとは二階の個室だったので、ついエレベーターに向かってしまっていたのだ。 「Kさん。初めてですよね? ここ?」Reiがやや訝しんで訊く。「あ、ああ。うん、もちろん」スタッフの一人が「こちらでございます」と左手の部屋へと先導した。初めて入る一階のメインルームは、150㎡ほどのスペースに大小十幾つかのテーブルが配置さ…

  • 骨董商Kの放浪(39)

    ぼくは、両手で抱えた小さな風呂敷包みにぐいと力を込め、受付に向かった。二人の女性が座っている。その右側の短髪の女性の前に進み出ると、緊張した面持ちで名を告げた。黒髪の女性は口元に笑みをたたえ「はい」と答えてからデスクに目を落とし、すぐに顔をあげた。「お待ちしておりました」その瞬間ちらりとぼくの風呂敷に目を当てたが、一定の笑みを崩さずに「あちらのエレベーターで6階にお上がりください」と手のひらで示した。ぼくはこわばらせた顔を一つ縦に動かすと、ぎこちない動きで右奥のエレベーターへと向かった。途中、何人ものスーツ姿とすれ違う。実は今日、ぼくも一張羅のスーツを着込んでいるのだ。ぼくは、8基あるエレベー…

ブログリーダー」を活用して、立石コウキさんをフォローしませんか?

ハンドル名
立石コウキさん
ブログタイトル
骨董商Kの放浪
フォロー
骨董商Kの放浪

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用