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  • 思ふにし死にするものにあらませば・・・巻第4-603

    訓読 >>> 思ふにし死にするものにあらませば千(ち)たびぞ我(わ)れは死に返(かへ)らまし 要旨 >>> 人が恋焦がれて死ぬというのでしたら、私は千度でも死んでまた生き返ることでしょう。 鑑賞 >>> 笠郎女(かさのいらつめ)が大伴家持に贈った歌。「思ふにし」の「し」は、強意。「ませば~まし」は、反実仮想。「死に返る」は「生き返る」の反対の言い方になっていますが、ここでは恋死にすることに強い意味を置いているためで、誇張した表現になっています。この歌は、『人麻呂歌集』にある「恋するに死にするものにあらませば我が身は千たび死に返らまし」(巻第11-2390)の歌を原拠としているようです。

  • ますらをの弓末振り起し射つる矢を・・・巻第3-364~365

    訓読 >>> 364ますらをの弓末(ゆずゑ)振り起(おこ)し射(い)つる矢を後(のち)見む人は語り継(つ)ぐがね 365塩津山(しほつやま)打ち越え行けば我(あ)が乗れる馬ぞつまづく家(いへ)恋ふらしも 要旨 >>> 〈364〉立派な男子たる私が弓の先端を振り起こして射かけた矢、その矢の見事さは後の世の人が語り継いでいくだろう。 〈365〉塩津山を越えていくとき、私の乗っている馬がつまづいた。家で妻が私を恋しがっているからだろう。 鑑賞 >>> 笠金村が塩津山で作った歌。「塩津山」は、琵琶湖北端の地、長浜市西浅井町塩津浜から敦賀に越えて行く塩津越えの山。越前から運ばれてきた塩をここから都に湖上…

  • うち鼻ひ鼻をぞひつる・・・巻第11-2637

    訓読 >>> うち鼻(はな)ひ鼻をぞひつる剣大刀(つるぎたち)身に添ふ妹(いも)し思ひけらしも 要旨 >>> くしゃみが出る、またくしゃみが出る。どうやら、腰に帯びる剣大刀のようにいつも寄り添ってくれている妻が、私のことを思ってくれているらしい。 鑑賞 >>> 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。「鼻ふ」は。くしゃみをする意。くしゃみは恋人に逢える前兆とされました。「剣太刀」は「身に添ふ」の枕詞。「けらし」は「ける・らし」の転。「らし」は根拠に基づく推定。

  • 浅緑染め懸けたりと見るまでに・・・巻第10-1846~1849

    訓読 >>> 1846霜(しも)枯(が)れの冬の柳(やなぎ)は見る人のかづらにすべく萌(も)えにけるかも 1847浅緑(あさみどり)染め懸けたりと見るまでに春の柳(やなぎ)は萌(も)えにけるかも 1848山の際(ま)に雪は降りつつしかすがにこの川柳(かはやぎ)は萌(も)えにけるかも 1849山の際(ま)の雪の消(け)ざるをみなぎらふ川の沿ひには萌(も)えにけるかも 要旨 >>> 〈1846〉霜で枯れた冬の柳は、見る人の髪飾りにしたらよいほどに、芽が出ていることだ。 〈1847〉まるで浅緑色に染めた糸をかけたように、春の柳が芽吹いていることだ。 〈1848〉山間には雪が降っているけれども、この川…

  • 防人の歌(18)・・・巻第20-4401~4403

    訓読 >>> 4401韓衣(からころむ)裾(すそ)に取り付き泣く子らを置きてぞ来(き)ぬや母(おも)なしにして4402ちはやぶる神の御坂(みさか)に幣(ぬさ)奉(まつ)り斎(いは)ふ命(いのち)は母父(おもちち)がため4403大君(おほきみ)の命(みこと)畏(かしこ)み青雲(あをくむ)のとのびく山を越よて来(き)ぬかむ 要旨 >>> 〈4401〉私の裾に取りすがって泣く子らを置いて来た。子には母親もいないというのに。 〈4402〉神様のいらっしゃる御坂にお供えをし、わが命の無事をお祈りするのは母と父のためなのだ。 〈4403〉大君のご命令を畏んで、青雲のたなびく山を越えてやって来た。 鑑賞 >…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(13)・・・巻第15-3771~3774

    訓読 >>> 3771宮人(みやひと)の安寐(やすい)も寝(ね)ずて今日今日(けふけふ)と待つらむものを見えぬ君かも 3772帰りける人(ひと)来(きた)れりと言ひしかばほとほと死にき君かと思ひて 3773君が共(むた)行かましものを同じこと後(おく)れて居(お)れど良きこともなし 3774我(わ)が背子(せこ)が帰り来まさむ時のため命(いのち)残さむ忘れたまふな 要旨 >>> 〈3771〉宮廷に仕える私は安眠もできず、お帰りを今日か今日かとお待ちしているのですが、お姿を見ることはありません。 〈3772〉赦されて帰ってきた人たちが着いたと聞いて、もうほとんど死ぬところでした。もしやあなたと思…

  • 遣新羅使人の歌(12)・・・巻第15-3605~3609

    訓読 >>> 3605わたつみの海に出(い)でたる飾磨川(しかまがは)絶えむ日にこそ我(あ)が恋やまめ 3606玉藻(たまも)刈る処女(をとめ)を過ぎて夏草の野島(のしま)が崎に廬(いほ)りす我(わ)れは 3607白たへの藤江(ふぢゑ)の浦に漁(いざ)りする海人(あま)とや見らむ旅行く我(わ)れを 3608天離(あまざか)る鄙(ひな)の長道(ながち)を恋ひ来れば明石(あかし)の門(と)より家のあたり見ゆ 3609武庫(むこ)の海の庭(には)よくあらし漁(いざ)りする海人(あま)の釣舟(つりぶね)波の上ゆ見ゆ 要旨 >>> 〈3605〉大海に流れ出るあの飾磨川の流れが、もし絶えることでもあれば、…

  • 聖武天皇の印南野行幸の折、笠金村が作った歌・・・巻第6-935~937

    訓読 >>> 935名寸隅(なきすみ)の 舟瀬(ふなせ)ゆ見ゆる 淡路島 松帆(まつほ)の浦に 朝なぎに 玉藻(たまも)刈りつつ 夕なぎに 藻塩(もしほ)焼きつつ 海人娘子(あまをとめ) ありとは聞けど 見に行(ゆ)かむ よしのなければ ますらをの 心はなしに たわやめの 思ひたわみて た廻(もとほ)り 我(あ)れはぞ恋ふる 舟梶(ふなかじ)をなみ 936玉藻(たまも)刈る海人娘子(あまをとめ)ども見に行かむ舟楫(ふなかぢ)もがも波高くとも 937行き廻(めぐ)り見(み)とも飽(あ)かめや名寸隅(なきすみ)の舟瀬(ふなせ)の浜にしきる白波 要旨 >>> 〈935〉名寸隅(なきすみ)の舟着き場か…

  • 四極山うち越え見れば・・・巻第3-272~273

    訓読 >>> 272四極山(しはつやま)うち越え見れば笠縫(かさぬひ)の島(しま)漕(こ)ぎ隠(かく)る棚(たな)なし小舟(をぶね) 273磯(いそ)の崎(さき)漕(こ)ぎ廻(た)み行けば近江(あふみ)の海(み)八十(やそ)の港に鶴(たづ)さはに鳴く 要旨 >>> 〈272〉四極山を越えて、見ると笠縫の島の辺りを漕いで姿を消していった船棚のない小舟よ。 〈273〉出入りの多い琵琶湖の岸を漕ぎ廻っていくと、多くの港ごとに鶴がさかんに鳴いている。 鑑賞 >>> 題詞に「高市連黒人が羈旅の歌八首」とあるうちの2首。272の「四極山」も「笠縫の島」も、所在は不明ですが、前後の歌がすべて東国の地を詠んで…

  • 大原のこの市柴の何時しかと・・・巻第4-513

    訓読 >>> 大原のこの市柴(いちしば)の何時(いつ)しかと我(わ)が思(も)ふ妹(いも)に今夜(こよひ)逢へるかも 要旨 >>> 大原のこの柴の木のようにいつしか逢えると思っていた人に、今夜という今夜はとうとう逢えることができた。 鑑賞 >>> 志貴皇子(しきのみこ)が、ようやく逢うことのできた「妹」と呼ぶ女性に与えた歌。上2句が、類音で「何時しか」を導く序詞。眼前の景色を捉えるとともに、「何時しか」を強め、強く待ち望みながら、逢えた喜びの深さを表しています。「大原」は、奈良県明日香村の小原(おうばら)。「市柴」は、繁った柴のことか。「柴」は、雑木。山野などで男女が逢うのは、人目を避けるため…

  • 朝霧のおほに相見し人故に・・・巻第4-599~601

    訓読 >>> 599朝霧(あさぎり)のおほに相(あひ)見し人(ひと)故(ゆゑ)に命(いのち)死ぬべく恋ひわたるかも 600伊勢の海の磯(いそ)もとどろに寄する波(なみ)畏(かしこ)き人に恋ひわたるかも 601心ゆも我(わ)は思はずき山川(やまかは)も隔(へだ)たらなくにかく恋ひむとは 要旨 >>> 〈599〉朝霧の中で見るように、ぼんやりと見ただけの人なのに、私はあなたに死ぬほど恋しています。 〈600〉伊勢の海にとどろく波のように、身も心もおののくような人を恋い続けているのですね。 〈601〉心にも思ってもみませんでした。間が山や川で隔てられているわけではないのに、こんなに恋い焦がれることに…

  • 有馬皇子を偲ぶ歌・・・巻第2143~146

    訓読 >>> 143磐代(いはしろ)の岸の松が枝(え)結びけむ人は帰りてまた見けむかも 144磐代の野中(のなか)に立てる結び松心も解けずいにしへ思ほゆ 145天(あま)翔(がけ)りあり通ひつつ見らめども人こそ知らね松は知るらむ 146後(のち)見むと君が結べる磐代の小松がうれをまたも見むかも 要旨 >>> 〈143〉磐代の岸の松の枝を結んだという人は、無事に帰ってきて、再びその枝を見たのだろうか。 〈144〉磐代の野中に立っている結び松よ、お前のように私の心にも結び目ができて解けず、昔のことがしきりと思われる。 〈145〉有間皇子の魂は空を飛び、いつもこの松に通って見続けているだろう。それは…

  • 弓削皇子と額田王の歌・・・巻第2-111~113

    訓読 >>> 111いにしへに恋(こ)ふる鳥かも弓絃葉(ゆづるは)の御井(みゐ)の上より鳴き渡り行く 112古(いにしへ)に恋ふらむ鳥は霍公鳥(ほととぎす)けだしや鳴きしわが念(おも)へる如(ごと) 113み吉野の玉(たま)松が枝(え)は愛(は)しきかも君が御言(みこと)を持ちて通はく 要旨 >>> 〈111〉過ぎ去った昔を恋い慕う鳥なのでしょうか。弓絃葉の御井の上を鳴きながら大和の方へ渡っていきます。 〈112〉あなたが「昔を恋い慕う」とおっしゃる鳥は、ホトトギスでしょう、おそらくそのホトトギスが鳴いたのでしょう、私が昔を恋い慕うように。 〈113〉吉野の松の枝の愛しいこと、あなたのお言葉も…

  • 石見の海角の浦廻を浦なしと・・・巻第2-131~134

    訓読 >>> 131石見(いはみ)の海 角(つの)の浦廻(うらみ)を 浦なしと 人こそ見らめ 潟(かた)なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟はなくとも 鯨魚(いさな)取り 海辺(うみへ)を指して 和多津(にきたづ)の 荒磯(ありそ)の上に か青く生(お)ふる 玉藻(たまも)沖つ藻 朝羽(あさは)振る 風こそ寄らめ 夕羽(ゆふは)振る 波こそ来(き)寄れ 波の共(むた) か寄りかく寄る 玉藻なす 寄り寝し妹(いも)を 露霜(つゆしも)の 置きてし来れば この道の 八十隈(やそくま)ごとに 万(よろづ)たび かへり見すれど いや遠(とほ)に 里は離(さか)りぬ いや高(た…

  • 軍王の歌・・・巻第1-5~6

    訓読 >>> 5霞(かすみ)立つ 長き春日(はるひ)の 暮れにける わづきも知らず むら肝(ぎも)の 心を痛み ぬえこ鳥 うら泣き居(を)れば 玉たすき 懸(か)けのよろしく 遠つ神 我が大君(おほきみ)の 行幸(いでまし)の 山越す風の ひとり居(を)る 我が衣手(ころもで)に 朝夕(あさよひ)に 返らひぬれば 大夫(ますらを)と 思へる我れも 草枕 旅にしあれば 思ひ遣(や)る たづきを知らに 網(あみ)の浦の 海人娘子(あまをとめ)らが 焼く塩の 思ひぞ焼くる 我が下心(したごころ) 6山越(やまごし)の風を時(とき)じみ寝(ぬ)る夜(よ)落ちず家なる妹(いも)をかけて偲(しの)びつ 要…

  • 言問はぬ木にもありとも我が背子が・・・巻第5-812

    訓読 >>> 言(こと)問はぬ木にもありとも我が背子が手馴(たな)れの御琴(みこと)地(つち)に置かめやも 要旨 >>> 言葉を語らない木ではあっても、あなたが弾きなれた御琴を地に置くような粗末などいたしましょうか。 鑑賞 >>> 天平元年(729年)10月7日、大宰府にいる大伴旅人から、都の中衛府(ちゅうえいふ)大将・藤原房前(ふじわらのふささき)のもとへ、手紙とともに一面の琴が贈られてきました(巻5-810~811)。この歌は、琴を受け取った房前から旅人への返事に添えられた歌です。 旅人は、なぜ房前に琴を贈ったのでしょうか。そこで、この背景にあった不穏な政情にも触れなければなりません。この…

  • うるはしき君が手馴れの琴にしあるべし・・・巻第5-810~811

    訓読 >>> 810いかにあらむ日の時にかも声知らむ人の膝(ひざ)の上(へ)我が枕(まくら)かむ 811言(こと)問はぬ木にはありともうるはしき君が手馴(たな)れの琴(こと)にしあるべし 要旨 >>> 〈810〉何時の日にか、私の音色を分かってくださる方の膝の上に、私は枕するのでしょうか。 〈811〉言葉を言わない木であっても、立派なお方が大切にしてくださる琴となるに違いありません。 鑑賞 >>> 天平元年(729年)10月7日、大宰府にいる大伴旅人から、都の中衛府(ちゅうえいふ)大将・藤原房前(ふじわらのふささき)のもとへ、手紙とともに一面の琴が贈られてきました。藤原房前は不比等(ふひと)の…

  • 大和には鳴きてか来らむ呼子鳥・・・巻第1-70

    訓読 >>> 大和には鳴きてか来(く)らむ呼子鳥(よぶこどり)象(きさ)の中山(なかやま)呼びそ越(こ)ゆなる 要旨 >>> 大和には今ごろ呼子鳥が鳴いて来ているのだろうか。象の中山を人を呼びながら鳴き渡っている声が聞こえる。 鑑賞 >>> 高市黒人(たけちのくろひと)が、持統太上天皇の吉野行幸に従駕したときの作。この歌は、作者の正式な宴遊歌として現存する唯一の歌で、「大和」は、藤原京を指しています。「呼子鳥」は、カッコウまたはホトトギス。この名は時代と共に変化しており、「喚子鳥」と書いた字面から「閑古鳥」といわれ、やがて郭公(カッコウ)になったとされ、カッコウを呼子鳥といった例が最も多いよう…

  • 聖武天皇が難波の宮に行幸あったとき、笠金村が作った歌・・・巻第6-928~929

    訓読 >>> 928おしてる 難波(なには)の国は 葦垣(あしかき)の 古(ふ)りにし里と 人皆(ひとみな)の 思ひやすみて つれもなく ありし間(あひだ)に 績麻(うみを)なす 長柄(ながら)の宮に 真木柱(まきばしら) 太高(ふとたか)敷(し)きて 食(を)す国を 治(をさ)めたまへば 沖つ鳥 味経(あじふ)の原に もののふの 八十伴(やそとも)の男(を)は 廬(いほ)りして 都なしたり 旅にはあれども 929荒野(あらの)らに里はあれども大君(おほきみ)の敷きます時は都となりぬ 930海人娘子(あまをとめ)棚(たな)なし小舟(をぶね)漕(こ)ぎ出(づ)らし旅の宿(やど)りに楫(かぢ)の音…

  • 元正天皇の吉野行幸の折、笠金村が作った歌・・・巻第6-910~912

    訓読 >>> 910神(かむ)からか見が欲しからむみ吉野の滝の河内(かふち)は見れど飽かぬかも 911み吉野の秋津(あきづ)の川の万代(よろづよ)に絶ゆることなくまたかへり見む 912泊瀬女(はつせめ)の造る木綿花(ゆふばな)み吉野の滝の水沫(みなわ)に咲きにけらずや 要旨 >>> 〈910〉この地の神様のゆえか、見たいと思う美しい吉野の滝の流れは飽きることがない。 〈911〉美しい吉野の秋津川を、これからずっと絶えることなくまたやって来て眺めたい。 〈912〉泊瀬女(はつせめ)の造った木綿花が 吉野の川面に咲いているよ。 鑑賞 >>> 養老7年(723年)夏の5月、元正天皇が吉野の離宮に行幸…

  • 遠妻のここにしあらねば・・・巻第5-534~535

    訓読 >>> 534遠妻(とほづま)の ここにしあらねば 玉桙(たまほこ)の 道をた遠(どほ)み 思ふそら 安けなくに 嘆くそら 苦しきものを み空行く 雲にもがも 高飛ぶ 鳥にもがも 明日(あす)行きて 妹(いも)に言問(ことど)ひ 我(あ)がために 妹も事(こと)なく 妹がため 我(あ)れも事なく 今も見るごと たぐひてもがも 535しきたへの手枕(たまくら)まかず間(あひだ)置きて年そ経(へ)にける逢はなく思へば 要旨 >>> 〈534〉妻は遠くの地にいてここにはいない。妻のいる所への道は遠く、逢う手立てのないまま、妻を思って心が休まらず、嘆くばかりで苦しくてならない。大空を流れ行く雲に…

  • 世間の女にしあらば・・・巻第4-643~645

    訓読 >>> 643世間(よのなか)の女(をみな)にしあらば我(わ)が渡る痛背(あなせ)の河を渡りかねめや 644今は吾(あ)は侘(わ)びそしにける息(いき)の緒(を)に思ひし君をゆるさく思へば 645白妙(しろたへ)の袖(そで)別るべき日を近み心にむせび哭(ね)のみし泣かゆ 要旨 >>> 〈643〉私が世間一般の女だったら、恋しい人のもとへ行くため、この痛背川をどんどん渡っていき、渡りかねてためらうなどということは決してないでしょう。 〈644〉今となっては、私は苦しみに沈むばかりです。命のように大切だったあなたと、とうとうお別れすると思えば。 〈645〉白い夜着の袖を引き離してお別れする日…

  • 君が使を待ちし夜のなごりぞ・・・巻第12-2945

    訓読 >>> 玉梓(たまづさ)の君が使(つかひ)を待ちし夜(よ)のなごりぞ今も寐(い)ねぬ夜(よ)の多き 要旨 >>> あなたからのお使いを、いつもお待ちしていた夜の名残に違いありません。今でもなお寝られない夜が多いのは。 鑑賞 >>> 「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。「玉梓の」は「使」の枕詞。梓の木などに手紙を結びつけて使者が相手に届けたことから用いられるようになった枕詞です。恋人と別れた後もなお残る生活習慣というのは、なかなかに切ないものです。 この歌は、巻第11-2588の「夕されば君来まさむと待ちし夜のなごりぞ今も寐寝かてにする」が変化した歌とみられています。窪田空穂は、本…

  • ゆめよ我が背子我が名告らすな・・・巻第4-590~592

    訓読 >>> 590あらたまの年の経(へ)ぬれば今しはとゆめよ我(わ)が背子我(わ)が名(な)告(の)らすな 591我(わ)が思ひを人に知るれや玉櫛笥(たまくしげ)開(ひら)きあけつと夢(いめ)にし見ゆる 592闇(やみ)の夜(よ)に鳴くなる鶴(たづ)の外(よそ)のみに聞きつつかあらむ逢ふとはなしに 要旨 >>> 〈590〉お逢いしてから年月が流れ、今なら差し障りはないなどと、気軽に私の名を口になさらないで下さい。 〈591〉私の恋心を、人に知られてしまったのでしょうか。玉櫛笥の蓋が開けられてしまった夢を見ました。 〈592〉闇夜に鳴く鶴が、声ばかりで姿を見せないように、ただ聞いているだけなの…

  • 宴席の歌(5)・・・巻第20-4488~4491

    訓読 >>> 4488み雪降る冬は今日(けふ)のみ鴬(うぐひす)の鳴かむ春へは明日(あす)にしあるらし 4489うち靡(なび)く春を近みかぬばたまの今夜(こよひ)の月夜(つくよ)霞(かす)みたるらむ 4490あらたまの年行き返(がへ)り春立たばまづ我(わ)が宿(やど)に鴬(うぐひす)は鳴け 4491大き海の水底(みなそこ)深く思ひつつ裳引(もび)き平(なら)しし菅原(すがはら)の里 要旨 >>> 〈4488〉雪の降る冬は今日が限り。ウグイスが鳴く春は、もう明日に迫っている。 〈4489〉春が近いからか、今夜の月には霞がかっているようだ。 〈4490〉年が改まって春がやってきたら、まっ先に、我が…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(12)・・・巻第15-3767~3770

    訓読 >>> 3767魂(たましひ)は朝夕(あしたゆふへ)にたまふれど我(あ)が胸(むね)痛し恋の繁(しげ)きに 3768このころは君を思ふとすべもなき恋のみしつつ音(ね)のみしぞ泣く 3769ぬばたまの夜(よる)見し君を明くる朝(あした)逢はずまにして今ぞ悔(くや)しき 3770味真野(あぢまの)に宿(やど)れる君が帰り来(こ)む時の迎へをいつとか待たむ 要旨>>> 〈3771〉宮廷に仕える私は安眠もできず、お帰りを今日か今日かとお待ちしているのですが、お姿を見ることはありません。 〈3772〉赦されて帰ってきた人たちが着いたと聞いて、もうほとんど死ぬところでした。もしやあなたと思って。 〈…

  • 逢坂をうち出でて見れば・・・巻第13-3236~3238

    訓読 >>> 3236そらみつ 大和の国 あをによし 奈良山(ならやま)越えて 山背(やましろ)の 管木(つつき)の原 ちはやぶる 宇治の渡り 岡屋(をかのや)の 阿後尼(あごね)の原を 千歳(ちとせ)に 欠くることなく 万代(よろずよ)に あり通(がよ)はむと 山科(やましな)の 石田(いはた)の社(もり)の 皇神(すめかみ)に 幣(ぬさ)取り向けて 我(わ)れは越え行く 逢坂山(あふさかやま)を 3237(或本歌曰)あをによし 奈良山過ぎて もののふの 宇治川(うぢがは)渡り 娘子(をとめ)らに 逢坂山(あふさかやま)に 手向(たむ)けくさ 幣(ぬさ)取り置きて 我妹子(わぎもこ)に 近江…

  • うら若み人のかざししなでしこが花・・・巻第8-1610

    訓読 >>> 高円(たかまと)の秋野(あきの)の上(うへ)のなでしこが花 うら若み人のかざししなでしこが花 要旨 >>> 高円の秋野に咲いたナデシコの花。初々しいのでどなたかが挿頭になさった、そのナデシコの花。 鑑賞 >>> 丹生女王(にうのおおきみ)が、大宰帥の大伴旅人に贈った旋頭歌形式(5・7・7・5・7・7)の歌。「高円」は、奈良市の東南の、春日山の南の一帯。「うら若み」は、初々しいので。「人」は、旅人のこと。「かざしし」は、ここでは愛した意。表面的には風雅な便りとなっていますが、女王が若かりしころに、旅人に愛されたことを懐かしみつつ、ナデシコの花を自分自身に譬えています。古風な旋頭歌に…

  • 龍の馬も今も得てしか・・・巻第5-806~809

    訓読 >>> 806龍(たつ)の馬(ま)も今も得てしかあをによし奈良の都に行きて来(こ)むため 807うつつには逢ふよしもなしぬばたまの夜(よる)の夢(いめ)にを継(つ)ぎて見えこそ 808龍(たつ)の馬(ま)を我(あ)れは求めむあをによし奈良の都に来(こ)む人のたに 809直(ただ)に逢はずあらくも多く敷栲(しきたへ)の枕(まくら)去らずて夢(いめ)にし見えむ 要旨 >>> 〈806〉龍の馬でも今すぐにでも手に入れたい。故郷の奈良の都にたちまちに行って、たちまちに帰ってくるために。 〈807〉現実にはお逢いする手だてはありませんが、せめて夢の中にだけでも絶えず見えてください。 〈808〉龍の…

  • 夕されば君来まさむと・・・巻第11-2588

    訓読 >>> 夕(ゆふ)されば君(きみ)来(き)まさむと待ちし夜(よ)のなごりぞ今も寐寝(いね)かてにする 要旨 >>> 夕方になると、あなたがいらっしゃるだろうとお待ちしていた夜の名残なのですね、今もなかなか寝つかれないのは。 鑑賞 >>> 「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。何らかの事情で夫と別れた女の歌です。「夕されば」は、夕方になると。「今も寐寝かてにする」は、今も寝つかれないでいる。もう終わってしまった恋なのに、彼が足しげく通ってきた頃の習慣が身に沁みついてしまっているという、独り言のような、寂しいつぶやきのような歌です。窪田空穂は「鋭敏な感性と、婉曲に物をいう教養とが相俟っ…

  • あぢさはふ目は飽かざらね・・・巻第12-2934

    訓読 >>> あぢさはふ目は飽(あ)かざらね携(たづさは)り言(こと)とはなくも苦しくありけり 要旨 >>> 近くでいつもお見かけしていながら、手を取り合ってお話できないのは苦しいことです。 鑑賞 >>> 「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。女の歌で、いつも近くで見慣れていて憎からず思っている男が、自分に対してまったく懸想の気配を見せないのを、心寂しく思っています。「あぢさはふ」は語義未詳ながら「目」にかかる枕詞。「目は飽かあらね」は、見る目には飽いているが、の意。 作者未詳歌について 『万葉集』に収められている歌の半数弱は作者未詳歌で、未詳と明記してあるもの、未詳とも書かれず歌のみ載…

  • 山河の水陰に生ふる山菅の・・・巻第12-2862

    訓読 >>> 山河の水陰(みかげ)に生ふる山菅(やますげ)の止(や)まずも妹(いも)がおもほゆるかも 要旨 >>> 山川の水辺の陰に生えている山菅(やますげ)のように、止まずに私はあなたを思っています。 鑑賞 >>> 『柿本人麻呂歌集』から「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。上3句は「止まず」を導く序詞。「水陰」は、水辺の物陰。斎藤茂吉は、この「水陰」という語に心を惹かれると言っています。「この時代の人は、幽玄などとは高調しなかったけれども、こういう幽かにして奥深いものに観入していて、それの写生をおろそかにしていない」と。 『柿本人麻呂歌集』について 『万葉集』には題詞に人麻呂作とある歌…

  • 愛しみ我が念ふ妹を・・・巻第12-2843

    訓読 >>> 愛(うつく)しみ我(わ)が念(も)ふ妹(いも)を人みなの行く如(ごと)見めや手にまかずして 要旨 >>> おれの恋しい女が今あちらを歩いているが、それを普通の女と同じに平然と見ていられようか、手にまくことなしに。 鑑賞 >>> 『柿本人麻呂歌集』から「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。「人みなの」は、世間の人すべての。「見めや」の「や」は反語。男による求婚の歌で、恋しい女を手にもまかずにいるのが辛いけれど、人目があるのでどうしようもないと言っています。「人みなの行く如見めや」の句を、斎藤茂吉は「強くて情味を湛え、情熱があってもそれを抑えて、傍観しているような趣が、この歌を…

  • 我が背子が朝けの形能く見ずて・・・巻第12-2841

    訓読 >>> 我(わ)が背子(せこ)が朝けの形(すがた)能(よ)く見ずて今日(けふ)の間(あひだ)を恋ひ暮らすかも 要旨 >>> 私の夫が朝早くお帰りになる時の姿をよく見ずにしまって、一日中物足りなく寂しく思い、恋しく暮らしています。 鑑賞 >>> 『柿本人麻呂歌集』から「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。結婚後間もないころの若い妻が夫に贈った歌で、後の後朝(きぬぎぬ)の歌に類するもの。万葉時代においても、結婚した夫婦は別々に住み、夫が妻の家に通ってくる場合が殆どでした。「朝けの形」は、夜明けに夫は家を出て行く時の姿のこと。斎藤茂吉は「簡潔にこういったのは古語の好い点である」と述べてい…

  • 我が背子がい立たせりけむ・・・巻第1-9

    訓読 >>> 莫囂円隣之大相七兄爪謁気 我が背子がい立たせりけむ厳橿(いつかし)が本(もと) 要旨 >>> ・・・・・・愛するあなたが立っていた、山麓の神聖な樫の木のもと。 鑑賞 >>> 額田王(ぬかだのおおきみ)の「紀の温泉に幸せる時に、額田王の作る」歌。ただし、原文の「莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣」の部分は『万葉集』の中でもっとも難読とされ、未だに定訓がありません。従って意味も不明です。 読めない『万葉集』 万葉仮名で書かれた『万葉集』の歌の解読は、天暦5年(951年)に村上天皇の詔により、清原元輔、紀時文、大中臣能宣、坂上望城、源順ら5人(後撰集の撰者)によって始められました。それ以後、研究…

  • 我が恋ひわたるこの月ごろを・・・巻第4-588~589

    訓読 >>> 588白鳥(しらとり)の飛羽山(とばやま)松の待ちつつぞ我(あ)が恋ひわたるこの月ごろを 589衣手(ころもで)を打廻(うちみ)の里にある我(わ)れを知らにぞ人は待てど来(こ)ずける 要旨 >>> 〈588〉白鳥の飛ぶ飛羽山の松ではありませんが、あなたのおいでになるのを待ちながら、ずっと慕い続けています、この何ヶ月間も。 〈589〉打廻の里に私が住んでいることをご存知ないために、いくらお待ちしても来て下さらなかったのですね。 鑑賞 >>> 笠郎女(かさのいらつめ)が大伴家持に贈った歌。588の「白鳥の」は「飛ぶ」と続けて「飛羽山」の枕詞。「飛羽山」は、山城国の鳥羽山か。上2句が「…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(11)・・・巻第15-3763~3766

    訓読 >>> 3763旅と言へば言(こと)にぞやすきすべもなく苦しき旅も言(こと)にまさめやも 3764山川(やまがは)を中に隔(へな)りて遠くとも心を近く思ほせ我妹(わぎも) 3765まそ鏡(かがみ)懸(か)けて偲(しぬ)へと奉(まつ)り出(だ)す形見(かたみ)のものを人に示すな 3766愛(うるは)しと思ひし思はば下紐(したびも)に結(ゆ)ひつけ持ちてやまず偲(しの)はせ 要旨 >>> 〈3763〉旅と言えば口で言うのはたやすいが、さりとて、どうしようもなく苦しいこの旅は、旅という言葉よりほかに表しようがあろうか、表わせはしない。 〈3764〉山や川を隔てて、身は遠く離れてはいるが、心は近…

  • 遣新羅使人の歌(11)・・・巻第15-3648~3651

    訓読 >>> 3648海原(うなはら)の沖辺(おきへ)に灯(とも)し漁(いざ)る火は明かして灯(とも)せ大和島(やまとしま)見む 3649鴨(かも)じもの浮寝(うきね)をすれば蜷(みな)の腸(わた)か黒(ぐろ)き髪に露そ置きにける 3650ひさかたの天(あま)照る月は見つれども我(あ)が思(も)ふ妹(いも)に逢はぬころか 3651ぬばたまの夜(よ)渡る月は早も出(い)でぬかも海原(うなはら)の八十島(やそしま)の上(うへ)ゆ妹(いも)があたり見む 要旨 >>> 〈3648〉海原の沖にともる漁船の火よ、もっと明々とともせ。その光で遠くに大和の山々が見えるだろうから。 〈3649〉まるで鴨のように…

  • 何かここだく我が恋ひ渡る・・・巻第4-656~658

    訓読 >>> 656我(わ)れのみぞ君には恋ふる我(わ)が背子(せこ)が恋ふといふことは言(こと)のなぐさぞ657思はじと言ひてしものをはねず色のうつろひやすき我(あ)が心かも658思へども験(しるし)もなしと知るものを何かここだく我(あ)が恋ひ渡る 要旨 >>> 〈656〉恋しいと思っているのは私ばかり。あなたが恋しいと言うのは口先ばかりです。 〈657〉思うまいと口に出して言ったのに、はねずの花の色のように変わりやすい私の心です。 〈658〉いくら恋しく思っても、何の甲斐もないと知っているのに、どうしてこんなに私はずっと恋し続けているのでしょう。 鑑賞 >>> ここの歌は、「大伴坂上郎女(…

  • 大伴旅人の従者の歌(2)・・・巻第17-3890~3894

    訓読 >>> 3895玉映(たまは)やす武庫(むこ)の渡りに天伝(あまづた)ふ日の暮れ行けば家をしぞ思ふ 3896家にてもたゆたふ命(いのち)波の上(へ)に浮きてし居(を)れば奥処(おくか)知らずも [一云 浮きてし居れば] 3897大海(おほうみ)の奥処(おくか)も知らず行く我(わ)れをいつ来まさむと問ひし子らはも 3898大船(おほぶね)の上にし居(を)れば天雲(あまくも)のたどきも知らず歌ひこそ我(わ)が背(せ) 3899海人娘子(あまをとめ)漁(いざ)り焚(た)く火のおほほしく角(つの)の松原(まつばら)思ほゆるかも 要旨 >>> 〈3895〉武庫の渡し場で、あいにく日が暮れていくもの…

  • 大伴旅人の従者の歌(1)・・・巻第17-3890~3894

    訓読 >>> 3890我(わ)が背子(せこ)を我(あ)が松原(まつばら)よ見わたせば海人娘子(あまをとめ)ども玉藻(たまも)刈る見ゆ 3891荒津(あらつ)の海(うみ)潮(しほ)干(ひ)潮(しほ)満(み)ち時はあれどいづれの時か我(わ)が恋ひざらむ 3892礒(いそ)ごとに海人(あま)の釣舟(つりふね)泊(は)てにけり我(わ)が船(ふね)泊(は)てむ礒(いそ)の知らなく 3893昨日(きのふ)こそ船出(ふなで)はせしか鯨魚取(いさなと)り比治奇(ひぢき)の灘(なだ)を今日(けふ)見つるかも 3894淡路島(あはぢしま)門(と)渡(わた)る船の楫間(かぢま)にも我(わ)れは忘れず家をしぞ思ふ 要…

  • 波の上ゆ見ゆる小島の雲隠り・・・巻第8-1453~1455

    訓読 >>> 1453玉たすき 懸(か)けぬ時なく 息の緒(を)に 我(あ)が思ふ君は うつせみの 世の人なれば 大君(おほきみ)の 命(みこよ)畏(かしこ)み 夕(ゆふ)されば 鶴(たづ)が妻呼ぶ 難波潟(なにはがた) 御津(みつ)の崎より 大船(おほぶね)に 真楫(まかぢ)しじ貫(ぬ)き 白波(しらなみ)の 高き荒海(あるみ)を 島伝ひ い別れ行かば 留(とど)まれる 我れは幣(ぬさ)引き 斎(いは)ひつつ 君をば待たむ 早(はや)帰りませ 1454波の上ゆ見ゆる小島の雲隠(くもがく)りあな息づかし相(あひ)別れなば 1455たまきはる命(いのち)に向ひ恋ひむゆは君が御船(みふね)の楫柄(…

  • 鳴き行くなるは誰れ呼子鳥・・・巻第10-1827~1828

    訓読 >>> 1827春日(かすが)なる羽(は)がひの山ゆ佐保(さほ)の内へ鳴き行くなるは誰(た)れ呼子鳥(よぶこどり)1828答へぬにな呼び響(と)めそ呼子鳥(よぶこどり)佐保(さほ)の山辺(やまへ)を上り下りに 要旨 >>> 〈1827〉春日の羽がいの山から佐保に向かい、鳴きながら飛んでいくのは、誰を呼ぶ呼子鳥なのだろう。 〈1828〉誰も答えないのに、響くほどに鳴くな呼子鳥、佐保の山の辺りを上り下りするにつけて。 鑑賞 >>> 「鳥を詠む」歌。1827の「春日」は、奈良市東部の山地。「羽がひの山」の所在は不明。「山ゆ」の「ゆ」は、~から、~を通って。「佐保の内」は、奈良市北部の佐保山と佐…

  • 中大兄皇子の大和三山の歌・・・巻第1-13~15

    訓読 >>> 13香具山(かぐやま)は 畝火(うねび)を愛(を)しと 耳梨(みみなし)と 相(あひ)あらそひき 神代(かみよ)より 斯(か)くにあるらし 古昔(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ うつせみも 妻(つま)を あらそふらしき 14香具山(かぐやま)と耳梨山(みみなしやま)とあひしとき立ちて見に来(こ)し印南国原(いなみくにはら) 15わたつみの豊旗雲(とよはたぐも)に入日(いりひ)さし今夜(こよひ)の月夜(つくよ)あきらけくこそ 要旨 >>> 〈13〉香具山は、畝火山を愛して耳梨山と争った、神代からそうであったらしい、昔からそうであったのだから、今の世においても人々は妻を争うのだろ…

  • こもりくの泊瀬の山の・・・巻第3-428

    訓読 >>> こもりくの泊瀬(はつせ)の山の山の際(ま)にいさよふ雲は妹(いも)にかもあらむ 要旨 >>> 泊瀬の山のあたりに漂っている雲は、亡くなった乙女なのだろうか。 鑑賞 >>> 亡くなった土形娘子(ひじかたのおとめ)を泊瀬山に火葬した時に柿本人麻呂が作った歌。土形娘子は文武朝の宮女ではないかとされます。「こもりくの」は「泊瀬」の枕詞。「泊瀬」は、古代大和朝廷の聖地であると同時に、葬送の地でもありました。天武天皇の時代に長谷寺が創建され、今なお信仰の地であり続けています。また、火葬の始まりは『続日本紀』では文武4年(700年)、僧道照の死に始まるとされますが、実際はもっと古くから行われて…

  • 石橋の間近き君に・・・巻第4-596~598

    訓読 >>> 596八百日(やほか)行く浜の真砂(まなご)も我(あ)が恋にあにまさらじか沖つ島守(しまもり)597うつせみの人目(ひとめ)を繁(しげ)み石橋(いしばし)の間近き君に恋ひわたるかも 598恋にもぞ人は死にする水無瀬川(みなせがは)下(した)ゆ我(わ)れ痩(や)す月に日に異(け)に 要旨 >>> 〈596〉八百日もかかって行くほどの長い浜辺の砂の数だって、私の恋心にまさることがありましょうか、どうでしょう、沖の島守さん。 〈597〉現実の人の目がうるさいので、飛び石を渡って逢いに行けるほど間近にいますのに、あなたに逢えずにただ恋い慕っています。 〈598〉恋によってでも人は死にます…

  • 聖武天皇の吉野行幸の折、笠金村が作った歌・・・巻第6-920~922

    訓読 >>> 920あしひきの み山もさやに 落ち激(たぎ)つ 吉野の川の 川の瀬の 清きを見れば 上辺(かみへ)には 千鳥しば鳴く 下辺(しもへ)には かはづ妻呼ぶ ももしきの 大宮人(おおみやひと)も をちこちに 繁(しじ)にしあれば 見るごとに あやにともしみ 玉かづら 絶ゆることなく 万代(よろづよ)に かくしもがもと 天地(あめつち)の 神をそ祈る 畏(かしこ)くあれども 921万代(よろづよ)に見とも飽(あ)かめやみ吉野の激(たぎ)つ河内(かふち)の大宮所(おおみやところ) 922皆人(みなひと)の命も我(わ)がもみ吉野の滝の常磐(ときは)の常(つね)ならぬかも 要旨 >>> 〈9…

  • 大津皇子と石川郎女の歌・・・巻第2-107~108

    訓読 >>> 107あしひきの山のしづくに妹(いも)待つとわれ立ち濡(ぬ)れぬ山のしづくに 108吾(あ)を待つと君が濡(ぬ)れけむあしひきの山のしづくにならましものを 要旨 >>> 〈107〉あなたを待って立ち続け、山の木々から落ちてくるしずくに濡れてしまいましたよ。 〈108〉私を待って、あなたがお濡れになったというその山のしづくに、私がなれたらいいのに。 鑑賞 >>> 107は大津皇子(おおつのみこ)の歌。108は石川郎女(いしかわのいらつめ)が答えた歌。石川郎女(伝未詳)は草壁皇子の妻の一人であったらしく、大津皇子が山で郎女を待つというのは尋常ではなく、世を憚る関係であることを示してい…

  • この洲崎廻に鶴鳴くべしや・・・巻第1-71

    訓読 >>> 大和(やまと)恋ひ寐(い)の寝(ね)らえぬに心なくこの洲崎廻(すさきみ)に鶴(たづ)鳴くべしや 要旨 >>> 大和が恋しくて寝るに寝られないのに、思いやりもなく、この洲崎あたりで鶴が鳴いてよいものだろうか。 鑑賞 >>> 忍坂部乙麻呂(おさかべのおとまろ:伝未詳)の歌。題詞に、大行天皇(さきのすめらみこと)が難波宮に行幸されたときの歌とあります。「大行天皇」とは、本来天皇崩御後、御謚号を奉らない間の称であったのが、この頃には、先帝の意味で用いるようになっており、『万葉集』の例ではすべて文武天皇を指しています。行幸の時期は明らかでありません。 「寐の寝らえぬに」は、寝ても眠れないの…

  • いづくにか船泊てすらむ・・・巻第1-58

    訓読 >>> いづくにか船(ふね)泊(はて)すらむ安礼(あれ)の埼(さき)漕(こ)ぎたみ行きし棚(たな)無し小舟(をぶね) 要旨 >>> 今ごろいったい何処で舟どまりしているのだろう、安礼の崎を先ほど漕ぎめぐっていった、船棚のない小さな舟は。 鑑賞 >>> 高市黒人(たけちのくろひと)の歌。大宝2年(702年)10月、持統太上天皇の三河国(今の愛知県東部)行幸に従駕しての作。「太上天皇」は、退位した天皇のこと。「船泊て」は、船どまりする意の熟語。「安礼の崎」は、今の愛知県宝飯郡御馬の南にある岬ではないかとされます。「こぎ回み」は、船を漕いで海岸線に沿って巡る意。この時代の舟行きは、風の危険を防…

  • みもろの神奈備山に五百枝さし・・・巻第3-324~325

    訓読 >>> 324みもろの 神奈備(かむなび)山に 五百枝(いおえ)さし しじに生(お)ひたる 栂(つが)の木の いや継(つ)ぎ継ぎに 玉葛(たまかずら) 絶ゆることなく ありつつも やまず通はむ 明日香(あすか)の 古き都は 山高み 川とほしろし 春の日は 山し見がほし 秋の夜(よ)は 川しさやけし 朝雲(あさぐも)に 鶴(たず)は乱れ 夕霧(ゆうぎり)に かはづはさわく 見るごとに 音(ね)のみし泣かゆ 古(いにしえ)思へば 325明日香河(あすかがは)川淀(かはよど)さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに 要旨 >>> 〈324〉神がおすまいになる山にたくさんの枝を差しのべて盛んに繁…

  • 防人の歌(17)・・・巻第20-4363~4367

    訓読 >>> 4363難波津(なにはつ)に御船(みふね)下(お)ろすゑ八十楫(やそか)貫(ぬ)き今は漕(こ)ぎぬと妹(いも)に告げこそ4364防人に立たむ騒(さわ)きに家の妹(いむ)が業(な)るべきことを言はず来(き)ぬかも4365押し照るや難波(なには)の津ゆり船装(ふなよそ)ひ我(あ)れは漕(こ)ぎぬと妹(いも)に告(つ)ぎこそ4366常陸(ひたち)指し行かむ雁(かり)もが我(わ)が恋を記(しる)して付けて妹(いも)に知らせむ4367我(あ)が面(もて)の忘れも時(しだ)は筑波嶺(つくはね)を振り放(さ)け見つつ妹(いも)は偲(しぬ)はね 要旨 >>> 〈4363〉難波の港に御船を引き下ろ…

  • 奥山の菅の葉しのぎ降る雪の・・・巻第3-299

    訓読 >>> 奥山の菅(すが)の葉しのぎ降る雪の消(け)なば惜(を)しけむ雨な降りそね 要旨 >>> 奥山の菅の葉を覆い、降り積もった雪が消えるのは惜しいから、雨よ降らないでおくれ。 鑑賞 >>> 題詞に「大納言大伴卿の歌一首 未だ詳ならず」との記載があり、大伴旅人の作とみる説があるものの、この巻は大体年代順となっており、その比較考証から、作者は旅人の父である大伴安麻呂とされます。大納言であるために、尊んで名を記さず、三位以上の敬称である卿を用いたもので、本巻の撰者にとって問題になることではなかったとみえます。したがって、「未だ詳ならず」の注記は後人が加えたものとわかります。 「菅」は、自生す…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(10)・・・巻第15-3759~3762

    訓読 >>> 3759たちかへり泣けども我(あ)れは験(しるし)なみ思ひわぶれて寝(ぬ)る夜(よ)しぞ多き 3760さ寝(ぬ)る夜(よ)は多くあれども物思(ものも)はず安く寝る夜は実(さね)なきものを 3761世の中の常(つね)の理(ことわり)かくさまになり来(き)にけらしすゑし種(たね)から 3762我妹子(わぎもこ)に逢坂山(あふさかやま)を越えて来て泣きつつ居(を)れど逢ふよしもなし 要旨 >>> 〈3759〉遡って事の始めを思い、悲しんで泣くけれど、何の甲斐もないので、わびしい思いで寝る夜を重ねている。 〈3760〉寝る夜は多くあるけれども、物思わずに安らかに寝る夜は、ほんとうにないこ…

  • 刈り薦の乱れて思ふ君が直香ぞ・・・巻第4-697~699

    訓読 >>> 697我(わ)が聞(き)きに懸(か)けてな言ひそ刈(か)り薦(こも)の乱れて思ふ君が直香(ただか)ぞ698春日野(かすがの)に朝(あさ)居(ゐ)る雲のしくしくに我(あ)れは恋ひ増す月に日に異(け)に699一瀬(ひとせ)には千(ち)たび障(さは)らひ行く水の後(のち)にも逢はむ今にあらずとも 要旨 >>> 〈697〉私の耳に聞こえよがしに言わないでください。心乱れて思っているあなたのことを。 〈698〉春日野の朝に立ちこめている雲が次第に重なってくるように、しきりに恋しさが増すばかりです。月ごとに日ごとに。 〈699〉一つの瀬が、岩や岸辺に幾度も妨げられ分かれながら流れていく水のよ…

  • 石上降るとも雨につつまめや・・・巻第4-664

    訓読 >>> 石上(いそのかみ)降るとも雨につつまめや妹(いも)に逢はむと言ひてしものを 要旨 >>> 石上の布留(ふる)ではないが、いくら降っても、雨に妨げられてなどいようか。妻にに逢おうと約束しているのだから。 鑑賞 >>> 大伴像見(おおとものかたみ)の歌。大伴像見は、天平宝字8年(764年)の藤原仲麻呂の乱で功を上げ従五位下を授けられ、後に従五位上に進んだ人。『万葉集』には5首。「石上」は、奈良県天理市石上で、その地にある「布留(ふる)」を転じて「降る」の枕詞にしたもの。「つつまめや」は、妨げられてなどいようか。妻の家へ出かけようとした際、雨模様となってきたのを気にかけつつ、わが心を励…

  • 大伴家持が、別れを悲しむ防人の気持ちを思いやって作った歌・・・巻第20-4331~4333

    訓読 >>> 4331大君(おほきみ)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)と しらぬひ 筑紫(つくし)の国は 賊(あた)守る おさへの城(き)ぞと 聞こし食(を)す 四方(よも)の国には 人(ひと)さはに 満ちてはあれど 鶏(とり)が鳴く 東男(あづまをのこ)は 出(い)で向かひ 顧(かへり)みせずて 勇(いさ)みたる 猛(たけ)き軍士(いくさ)と ねぎたまひ 任(ま)けのまにまに たらちねの 母が目 離(か)れて 若草の 妻をもまかず あらたまの 月日 数(よ)みつつ 葦(あし)が散る 難波(なには)の御津(みつ)に 大船(おほぶね)に ま櫂(かい)しじ貫(ぬ)き 朝なぎに 水手(かこ)整へ 夕潮…

  • 桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟・・・巻第3-270~271

    訓読 >>> 270旅にしてもの恋(こひ)しきに山下(やまもと)の赤のそほ船(ぶね)沖にこぐ見ゆ 271桜田へ鶴(たづ)鳴き渡る年魚市潟(あゆちがた)潮(しほ)干(ひ)にけらし鶴鳴き渡る 要旨 >>> 〈270〉旅先なので何となくもの恋しい。ふと見ると、先ほどまで山裾にいた朱塗りの船が沖のあたりを漕いでいくのが見える。 〈271〉桜田の方へ鶴が鳴いて渡っていく。年魚市潟の潮が引いたらしい。鶴が鳴いて渡っていく。 鑑賞 >>> 題詞に「高市連黒人(たけちのくろひと)が羈旅の歌八首」とあるうちの2首。高市黒人は柿本人麻呂とほぼ同時代の下級官人。生没年未詳。東国地方に関する歌が多いことから、国庁に仕…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(9)・・・巻第15-3756~3758

    訓読 >>> 3754過所(くわそ)なしに関(せき)飛び越ゆるほととぎす多我子尓毛 止(や)まず通(かよ)はむ 3755愛(うるは)しと我(あ)が思(も)ふ妹(いも)を山川(やまかは)を中にへなりて安けくもなし 3756向(むか)ひ居て一日(ひとひ)もおちず見しかども厭(いと)はぬ妹(いも)を月わたるまで 3757我(あ)が身こそ関山(せきやま)越えてここにあらめ心は妹(いも)に寄りにしものを 3758さす竹(だけ)の大宮人(おほみやひと)は今もかも人なぶりのみ好みたるらむ [一云 今さへや] 要旨 >>> 〈3754〉通行手形なしに関所を飛び越えられるホトトギスよ、私もお前のようにここと都と…

  • わが行きは七日は過ぎじ・・・巻第9-1747~1748

    訓読 >>> 1747白雲(しらくも)の 龍田(たつた)の山の 瀧(たき)の上の 小椋(をぐら)の嶺(みね)に 咲きををる 桜の花は 山高み 風しやまねば 春雨の 継ぎてし降れば ほつ枝(え)は 散り過ぎにけり 下枝(しづえ)に 残れる花は しましくは 散りな乱ひそ 草枕(くさまくら) 旅行く君が 帰り来るまで 1748わが行きは七日は過ぎじ竜田彦(たつたひこ)ゆめこの花を風にな散らし 要旨 >>> 〈1747〉竜田山の滝の上の小倉山に、枝がぶらぶらになるほど咲いている桜の花は、山が高くて風がやまず、春雨が続けざまに降るので、枝の先のほうはもう散ってしまった。下枝に残っている花は、せめてもうし…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(8)・・・巻第15-3750~3753

    訓読 >>> 3750天地(あめつち)の底(そこ)ひの裏(うら)に我(あ)がごとく君に恋ふらむ人は実(さね)あらじ 3751白たへの我(あ)が下衣(したごろも)失はず持てれ我(わ)が背子(せこ)直(ただ)に逢ふまでに 3752春の日のうら悲(がな)しきに後(おく)れ居(ゐ)て君に恋ひつつ現(うつ)しけめやも 3753逢はむ日の形見(かたみ)にせよとたわや女(め)の思ひ乱れて縫へる衣(ころも)そ 要旨 >>> 〈3750〉天地の底の裏まで探したところで、私ほどあなたに恋い焦がれている人は本当にいないでしょう。 〈3751〉私が差し上げた真っ白な下着を、なくさないように持っていて下さい、あなた。じ…

  • 額田王が近江の国に下った時に作った歌・・・巻第1-17~19

    訓読 >>> 17味酒(うまさけ) 三輪(みわ)の山 あをによし 奈良の山の 山の際(ま)に い隠るまで 道の隈(くま) い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放(みさ)けむ山を 情(こころ)なく 雲の 隠さふねしや 18三輪山をしかも隠すか雲だにも情(こころ)あらなも隠さふべしや 19へそかたの林の先のさ野榛(のはり)の衣(きぬ)に付くなす目につくわが背(せ) 要旨 >>> 〈17〉なつかしい三輪の山よ、あの山が奈良山の山の間に隠れてしまうまで、道の曲がり角が幾重にも重なるまで、よくよく振り返り見ながら行きたいのに、何度でも望み見たい山なのに、無情にも雲がさえぎり隠してよ…

  • 安積皇子が亡くなった時に大伴家持が作った歌(2)・・・巻第3-478~480

    訓読 >>> 478かけまくも あやに畏(かしこ)し わが大君(おほきみ) 皇子(みこ)の命(みこと) もののふの 八十伴(やそとも)の男(を)を 召(め)し集(つど)へ 率(あども)ひたまひ 朝狩(あさがり)に 鹿猪(しし)踏み起こし 夕狩り(ゆふがり)に 鶉雉(とり)踏み立て 大御馬(おほみま)の 口(くち)抑(おさ)へとめ 御心(みこころ)を 見(め)し明(あき)らめし 活道山(いくぢやま) 木立(こだち)の茂(しげ)に 咲く花も 移ろひにけり 世の中は かくのみならし ますらをの 心振り起こし 剣大刀(つるぎたち) 腰に取り佩(は)き 梓弓(あづさゆみ)靫(ゆき)取り負ひて 天地(あめ…

  • 安積皇子が亡くなった時に大伴家持が作った歌(1)・・・巻第3-475~477

    訓読 >>> 475かけまくも あやに畏(かしこ)し 言はまくも ゆゆしきかも 我(わ)が大君(おほきみ) 皇子(みこ)の命(みこと) 万代(よろづよ)に 見(め)したまはまし 大日本(おほやまと) 久迩(くに)の都は うち靡(なび)く 春さりぬれば 山辺(やまへ)には 花咲きををり 川瀬(かはせ)には 鮎子(あゆこ)さ走(ばし)り いや日異(ひけ)に 栄(さか)ゆる時に およづれの たはこととかも 白栲(しろたへ)に 舎人(とねり)よそひて 和束山(わづかやま) 御輿(みこし)立たして ひさかたの 天(あめ)知らしぬれ 臥(こ)いまろび ひづち泣けども 為(せ)むすべもなし 476我(わ)が…

  • 鏡王女と藤原鎌足の歌・・・巻第2-93~94

    訓読 >>> 93玉櫛笥(たまくしげ)覆(おほ)ふを易み明けていなば君が名はあれどわが名し惜しも 94玉櫛笥(たまくしげ)御室(みもろ)の山のさなかづらさ寝ずはつひにありかつましじ 要旨 >>> 〈93〉夜がすっかり開けてお帰りになったら、あなたには浮き名が立っても構わないでしょうが、私の名が噂に立つのは困ります。 〈94〉そういうけれども、お前とこうして寝ずには、どうしてもいられないのだ。 鑑賞 >>> 93は、鏡王女が内大臣・藤原鎌足卿に贈った歌。94はそれに答えた歌。女の歌が先あるのは異例で、おそらくこの前に鎌足の歌があったのだろうといわれます。藤原鎌足は元々は中臣氏の一族で、大化の改新…

  • 山上憶良の「好去好来の歌」・・・巻第5-894~896

    訓読 >>> 894神代(かみよ)より 言ひ伝(つ)て来(く)らく そらみつ 大和(やまと)の国は 皇神(すめかみ)の 厳(いつく)しき国 言霊(ことだま)の 幸(さき)はふ国と 語り継(つ)ぎ 言ひ継がひけり 今の世の 人もことごと 目の前に 見たり知りたり 人さはに 満ちてはあれども 高(たか)光る 日の大朝廷(おほみかど) 神(かむ)ながら 愛(め)での盛りに 天(あめ)の下 奏(まを)したまひし 家の子と 選(えら)ひたまひて 勅旨(おほみこと) 戴(いただ)き持ちて 唐国(からくに)の 遠き境(さかひ)に 遣(つか)はされ 罷(まか)りいませ 海原(うなはら)の 辺(へ)にも沖にも …

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(7)・・・巻第15-3745~3749

    訓読 >>> 3745命(いのち)あらば逢ふこともあらむ我(わ)がゆゑにはだな思ひそ命だに経(へ)ば3746人の植(う)うる田は植ゑまさず今更(いまさら)に国別(くにわか)れして我(あ)れはいかにせむ3747我(わ)が宿(やど)の松の葉(は)見つつ我(あ)れ待たむ早(はや)帰りませ恋ひ死なぬとに3748他国(ひとくに)は住み悪(あ)しとそ言ふ速(すむや)けくはや帰りませ恋ひ死なぬとに3749他国(ひとくに)に君をいませていつまでか我(あ)が恋ひ居(を)らむ時の知らなく 要旨 >>> 〈3745〉命さえあれば、お逢いできる日もありましょう。私のためにそんなに強く思い悩まないで下さい、命さえ長らえ…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(6)・・・巻第15-3736~3744

    訓読 >>> 3736遠くあれば一日(ひとひ)一夜(ひとよ)も思はずてあるらむものと思ほしめすな 3737人よりは妹(いも)ぞも悪(あ)しき恋もなくあらましものを思はしめつつ 3738思ひつつ寝(ぬ)ればかもとなぬばたまの一夜(ひとよ)もおちず夢(いめ)にし見ゆる 3739かくばかり恋ひむとかねて知らませば妹(いも)をば見ずぞあるべくありける 3740天地(あめつち)の神(かみ)なきものにあらばこそ我(あ)が思ふ妹(いも)に逢はず死にせめ 3741命(いのち)をし全(また)くしあらばあり衣(きぬ)のありて後(のち)にも逢はざらめやも [一云 ありての後も] 3742逢はむ日をその日と知らず常闇…

  • 石城にも隠らばともに・・・巻第16-3806

    訓読 >>> 事しあらば小泊瀬山(をはつせやま)の石城(いはき)にも隠(こも)らばともにな思ひ我(わ)が背(せ) 要旨 >>> 二人の仲を妨げるようなことが起こったら、あの泊瀬山の岩屋に葬られるなら葬られるで、私もずっと一緒にいます。ですから心配なさらないで、あなた。 鑑賞 >>> 左注に「この歌には言い伝えがある」として次のような説明があります。あるとき娘子がいた。父母に知らせず、ひそかに男と交わった。男は女の両親の怒りを恐れ、だんだん弱気になってきた。そこで娘子はこの歌を作って男に贈り与えたという。 「事しあらば」は、二人の結婚に何かの障害が起こったら。「小泊瀬山」の「小」は美称で、奈良県…

  • 東歌(28)・・・巻第14-3353~3354

    訓読 >>> 3353麁玉(あらたま)の伎倍(きへ)の林に汝(な)を立てて行きかつましじ寐(い)を先立(さきだ)たね 3354伎倍人(きへひと)の斑衾(まだらぶすま)に綿(わた)さはだ入りなましもの妹(いも)が小床(をどこ)に 要旨 >>> 〈3353〉麁玉のこの伎倍の林に見送るお前さんを立たせたまま行くことなどできない。まずはその前に共寝をしようではないか。 〈3354〉伎倍人のまだら模様の布団には、綿がいっぱい入っている。その綿のように、私も彼女の床の中に入りこみたいものだ。 鑑賞 >>> 遠江(とおつおうみ)の国(静岡県西部)の歌。古代、浜名湖を「遠つ淡海」、琵琶湖を「近つ淡海」と呼んで…

  • くはし妹に鮎を惜しみ・・・巻第13-3330~3332

    訓読 >>> 3330こもくりの 泊瀬(はつせ)の川の 上(かみ)つ瀬に 鵜(う)を八(や)つ潜(かづ)け 下(しも)つ瀬に 鵜を八つ潜け 上つ瀬の 鮎(あゆ)を食(く)はしめ 下つ瀬の 鮎を食はしめ くはし妹(いも)に 鮎を惜(を)しみ くはし妹に 鮎を惜しみ 投(な)ぐるさの 遠(とほ)ざかり居(ゐ)て 思ふ空 安けなくに 嘆く空 安けなくに 衣(きぬ)こそば それ破(や)れぬれば 継(つ)ぎつつも またも合(あ)ふといへ 玉こそば 緒(を)の絶えぬれば くくりつつ またも合ふといへ またも逢はぬものは 妻にしありけり 3331こもくりの 泊瀬(はつせ)の山 青旗(あをはた)の 忍坂(おさ…

  • 物思はず道行く行くも・・・巻第13-3305~3308

    訓読 >>> 3305物思(ものも)はず 道行く行くも 青山を 振りさけ見れば つつじ花(はな) にほへ娘子(をとめ) 桜花(さくらばな) 栄(さか)へ娘子(をとめ) 汝(な)れをそも 我(わ)れに寄すといふ 我(わ)れをもそ 汝(な)れに寄すといふ 荒山(あらやま)も 人し寄すれば 寄そるとぞいふ 汝(な)が心ゆめ 3306いかにして恋やむものぞ天地(あめつち)の神を祈れど我(あ)れや思ひ増す 3307しかれこそ 年の八年(やとせ)を 切り髪(かみ)の よち子を過ぎ 橘(たちばな)の ほつ枝(え)を過ぎて この川の 下(した)にも長く 汝(な)が心待て 3308天地(あめつち)の神をも我(わ…

  • ゆりと言へるは否と言ふに似る・・・巻第8-1503

    訓読 >>> 我妹子(わぎもこ)が家(いへ)の垣内(かきつ)のさ百合花(ゆりばな)ゆりと言へるは否(いな)と言ふに似る 要旨 >>> あなたの家の垣根の内に咲いている百合の花、その名のように、ゆり(後で)と言っているのは、嫌だと言っているように聞こえる。 鑑賞 >>> 紀朝臣豊河(きのあそみとよかわ)の歌。紀朝臣豊河は、天平11年(739年)に外従五位下になった人で、『万葉集』にはこの1首のみ。上3句は「ゆり」を導く序詞。「垣内」は、垣根の内。「さ百合花」の「さ」は美称。「ゆり」は、後日、後に、の意の古語。言葉の戯れのようにも聞こえますが、真剣に恋している男の歌です。 この歌について、窪田空穂…

  • 山人の心も知らず山人や誰・・・巻第20-4293~4294

    訓読 >>> 4293あしひきの山行きしかば山人(やまびと)の我れに得(え)しめし山づとぞこれ 4294あしひきの山に行きけむ山人(やまびと)の心も知らず山人や誰(たれ) 要旨 >>> 〈4293〉人里離れた山を歩いていたら、その山に住む山人が私にくれた山のお土産なのです、これは。 〈4294〉わざわざ、人里離れた山まで行かれたという山人のお気持ちもはかりかねます。お会いになった山人とは、いったい誰のことなのでしょう。 鑑賞 >>> 4293は、元正太上天皇が山村に行幸した時、上皇がお供の親王や臣下たちに「この歌に返歌を作って奏上しなさい」と仰せられながら詠んだ御歌。「あしひきの」は「山」の枕…

  • 妹すらを人妻なりと聞けば悲しも・・・巻第12-3115~3116

    訓読 >>> 3115息の緒(を)に我(あ)が息づきし妹(いも)すらを人妻なりと聞けば悲しも3116我(わ)が故(ゆゑ)にいたくなわびそ後(のち)つひに逢はじと言ひしこともあらなくに 要旨 >>> 〈3115〉命のかぎり恋い焦がれて苦しく溜め息ついていたあなたなのに、人妻であったと聞くと、たまらなく悲しい。 〈3116〉私のためにそんなに嘆かないでください。これからずっと逢わないつもりだと言った覚えはありませんのに。 鑑賞 >>> 問答歌。3115は男の歌で、3116はそれに返した女の歌。3115の「息の緒に」は、命のかぎりに、命懸けで。「息づく」は、苦しそうにため息をつく。3116の「なわび…

  • 海石榴市の八十の衢に立ち平し・・・巻第12-2951

    訓読 >>> 海石榴市(つばいち)の八十(やそ)の衢(ちまた)に立ち平(なら)し結びし紐(ひも)を解(と)かまく惜しも 要旨 >>> あの海石榴市の里の道のたくさん交わる辻で、あちこち歩き回り出逢ったあの人が、結んでくれた紐を解くのは、あまりに惜しいことだ。 鑑賞 >>> 「海石榴市」は、奈良県桜井市金屋にあったとされます。古代の市場は樹木との関係が深く、海石榴(つばき)は山茶花(さざんか)のことです。市は、山人がやって来て鎮魂していく所でもあり、その山人が携えてきた杖が、おそらく山茶花の杖だったのでしょう。 また、市は歌垣(かがい)が行われる所でもありました。つまり、ここに集まった男女が、好…

  • 逢へる時さへ面隠しする・・・巻第12-2916

    訓読 >>> 玉勝間(たまかつま)逢はむといふは誰(たれ)なるか逢へる時さへ面隠(おもかく)しする 要旨 >>> 私に逢おうといったのは一体誰なのだろう、それなのに、せっかく逢ったのに顔を隠したりなんかして。 鑑賞 >>> 男が女に言った歌。「玉勝間」の「玉」は美称で「勝間」は籠のこと。その蓋がしっくり合うことから「逢ふ」に掛かる枕詞。「面隠し」は、恥じらいから顔を隠すこと。 この歌について斎藤茂吉は、「男女間の微妙な会話をまのあたり聞くような気持ちのする歌である。これは男が女に向かって言っているのだが、言われている女の甘い行為までが、ありありと目に見えるような表現である」と言っています。明る…

  • 成らむや君と問ひし子らはも・・・巻第11-2489

    訓読 >>> 橘(たちばな)の本(もと)に我(わ)を立て下枝(しづえ)取り成(な)らむや君と問ひし子らはも 要旨 >>> 橘の木の下に私を向かい合って立たせて、下枝をつかみ、この橘のように私たちの仲も実るでしょうか、と問いかけたあの子だったのに。 鑑賞 >>> 『柿本人麻呂歌集』から「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。「我を立て」を「我が立ち」と訓み、「二人で立って」と解釈する説もあります。「成らむや君」の「成る」は、橘の実が熟することと二人の恋が成就することを掛けたもの。「問ひし子らはも」の「子ら」の「ら」は、接尾語。男は女がその後どうなったのか知らないとみられ、若かったころの思い出の…

  • 我が玉にせむ知れる時だに・・・巻第11-2446~2447

    訓読 >>> 2446白玉(しらたま)を巻(ま)きてぞ持てる今よりは我(わ)が玉にせむ知れる時だに2447白玉(しらたま)を手に巻(ま)きしより忘れじと思ひけらくは何か終(をは)らむ 要旨 >>> 〈2446〉白玉を腕に巻いている今からは、私だけの玉にしよう。せめてこの間だけでも。 〈2447〉白玉を腕に巻いた時から、この玉のことを決して忘れるものかと思ったことは、いつ果てることがあろうか、ありはしない。 鑑賞 >>> 『柿本人麻呂歌集』から「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」2首、すなわち、物に託しながら恋の思いを訴える形の歌です。「白玉」は、真珠のこと。2446の上2句は女と共寝したこ…

  • たらちねの母が手放れ斯くばかり・・・巻第11-2368

    訓読 >>> たらちねの母が手放れ斯(か)くばかり為方(すべ)なき事(こと)はいまだ為(せ)なくに 要旨 >>> 物心がつき、母の手を離れてから、これほどどうしていいか分からないことは、未だしたことがありません。 鑑賞 >>> 『柿本人麻呂歌集』から、「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。「たらちねの」は「母」の枕詞。「いまだ為なくに」は、まだしたことがないのに。男の歌か女の歌か分かりませんが、年ごろになったものの未だ独り立ちできず、すぐに母を連想する若い娘の歌とみるべきでしょう。また、この歌を初体験の歌だとみる人もいるようです。相手の男に訴えている歌でしょうか。 『柿本人麻呂歌集』につ…

  • 肩のまよひは誰れか取り見む・・・巻第7-1265

    訓読 >>> 今年行く新防人(にひさきもり)が麻衣(あさごろも)肩のまよひは誰(た)れか取り見む 要旨 >>> 今年送られていく新しい防人の麻の衣の肩のほつれは、いったい誰が繕ってやるのだろうか。 鑑賞 >>> 「新防人」は、新しく徴発されて筑紫に派遣される防人。「まよひ」は、布の織り糸がほつれること。「誰か取り見む」は、誰が世話するのだろうか。作者は防人の出発を見送っている第三者とみられ、3年間の苦役に従事しなくてはならない男をあわれんでいます。詩人の大岡信は、「他のことは言わず、肩のほつれのことを想いやって言っているこまやかさは、女でなければなるまい」と言っています。 防人について 防人(…

  • 妻呼ぶ声のともしくもあるを・・・巻第8-1562~1563

    訓読 >>> 1562誰(たれ)聞きつこゆ鳴き渡る雁(かり)がねの妻呼ぶ声のともしくもあるを1563聞きつやと妹(いも)が問はせる雁(かり)がねはまことも遠く雲隠(くもがく)るなり 要旨 >>> 〈1562〉どなたかお聞きでしょうか、ここから鳴き渡って行く雁の妻を呼ぶ声を。うらやましいことです。 〈1563〉あなたが鳴くのを聞いたかとお尋ねの雁は、まことにも遠く、雲の間に隠れています。 鑑賞 >>> 1562は、巫部麻蘇娘子(かむなぎべのまそのおとめ:伝未詳)が、大伴家持に贈った歌。1563は、家持が返した歌。 1562の「こゆ」は、ここから。「雁がね」は、雁。「ともしく」は、うらやましく。家…

  • 防人の歌(16)・・・巻第20-4357~4359

    訓読 >>> 4357葦垣(あしがき)の隈処(くまと)に立ちて我妹子(わぎもこ)が袖(そで)もしほほに泣きしぞ思(も)はゆ 4358大君(おほきみ)の命(みこと)畏(かしこ)み出(い)で来れば我(わ)の取り付きて言ひし子なはも 4359筑紫辺(つくしへ)に舳(へ)向(む)かる船のいつしかも仕(つか)へまつりて国に舳(へ)向(む)かも 要旨 >>> 〈4357〉葦の垣根の隈に立って、愛しい妻が袖もぐっしょり濡れるほどに泣いた。その姿が思い出されてならない。 〈4358〉大君の仰せを恐れ畏んで旅立つその時に、私にしがみついてあれこれ訴えていた可愛い女よ、ああ。 〈4359〉筑紫の方角に舳先を向けて…

  • 国のはたてに咲きにける桜の花の・・・巻第8-1429~1430

    訓読 >>> 1429娘子(をとめ)らが かざしのために 風流士(みやびを)の 縵(かづら)のためと 敷きませる 国のはたてに 咲きにける 桜の花の にほひはもあなに1430去年(こぞ)の春(はる)逢へりし君に恋ひにてし桜の花は迎へ来(く)らしも 要旨 >>> 〈1429〉娘子たちの挿頭(かざし)のためにと、また風流な男子の髪飾りのためにと、天皇がお治めになる国の果てまで咲く、桜の花の色の何と美しいこと。 〈1430〉去年の春にお逢いしたあなたに恋い焦がれて、桜の花はあなたをお迎えするために来ているようです。 鑑賞 >>> 「桜花の歌」。左注に、若宮年魚麻呂(わかみやのあゆまろ)が口誦したとあ…

  • 花なる時に逢はましものを・・・巻第8-1492

    訓読 >>> 君が家の花橘(はなたちばな)は成りにけり花なる時に逢はましものを 要旨 >>> あなたの家の花橘は、もう実になってしまったのですね。花の咲いているうちにお逢いしたかったのに・・・。 鑑賞 >>> 作者は遊行女婦とだけあり、名前は分かりません。「君」は、大伴家持を指しているかともいわれます。「なり」は、実になる意で、結婚の譬え、「花なる時」は、独身の青春時代の譬え。男性がすでに家庭を持っているのを知って「もっと前からお逢いしたかった」と言っています。宴席での歌だったかもしれません。 遊行女婦について 「遊行女婦」の「遊び」とは、元々、鎮魂と招魂のために歌と舞を演じる儀礼、つまり祭り…

  • 君が代も我が代も知るや・・・巻第1-10~12

    訓読 >>> 10君が代(よ)も我(わ)が代も知るや磐代(いはしろ)の岡の草根(くさね)をいざ結びてな 11吾背子(わがせこ)は仮廬(かりほ)作らす草なくば小松(こまつ)が下の草を刈(か)らさね 12吾(わ)が欲(ほ)りし野島(のしま)は見せつ底ふかき阿胡根(あごね)の浦の珠(たま)ぞ拾(ひり)はぬ 要旨 >>> 〈10〉あなたの命も私の命も、ここ磐代の岡の心のままです。そこに生えている草を結びましょう、そして命の無事を祈りましょう。 〈11〉あなたが作っておられる仮廬のための適当な草がなければ、小松の下の萱をお刈りなさいな。 〈12〉私が見たいと思っていた野島は見せていただきました。でも、深…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(5)・・・巻第15-3731~3735

    訓読 >>> 3741命(いのち)をし全(また)くしあらばあり衣(きぬ)のありて後(のち)にも逢はざらめやも [一云 ありての後も] 3742逢はむ日をその日と知らず常闇(とこやみ)にいづれの日まで我(あ)れ恋ひ居(を)らむ 3743旅といへば言(こと)にぞ易(やす)き少(すくな)くも妹(いも)に恋ひつつ術(すべ)なけなくに 3744我妹子(わぎもこ)に恋ふるに我(あ)れはたまきはる短き命(いのち)も惜(を)しけくもなし 要旨 >>> 〈3741〉この命さえ無事であったなら、この世にあってこの後に、逢わないことがあろうか、ありはしない。 〈3742〉逢える日をいつとは知れないまま、永久の闇の中…

  • 霞立つ春の長日を恋ひ暮らし・・・巻第10-1894~1896

    訓読 >>> 1894霞(かすみ)立つ春の長日(ながひ)を恋ひ暮らし夜(よ)も更けゆくに妹(いも)も逢はぬかも 1895春されば先(ま)づ三枝(さきくさ)の幸(さき)くあらば後(のち)にも逢はむな恋ひそ我妹(わぎも) 1896春さればしだり柳(やなぎ)のとををにも妹(いも)は心に乗りにけるかも 要旨 >>> 〈1894〉霞がかかった春の長い一日を恋い焦がれて過ごし、夜も更けてきたけれど、あの子が現れて逢ってくれないものか。 〈1895〉春が来ると、まず咲き出す三枝(さきくさ)のように、無事でいたなら後に逢えるのだから、そんなに恋しがらないでおくれ、わが妻よ。 〈1896〉春が来て芽吹くしだれ柳…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(4)・・・巻第15-3731~3735

    訓読 >>> 3731思ふゑに逢ふものならばしましくも妹(いも)が目(め)離(か)れて我(あ)れ居(を)らめやも 3732あかねさす昼は物思(ものも)ひぬばたまの夜(よる)はすがらに音(ね)のみし泣かゆ 3733我妹子(わぎもこ)が形見(かたみ)の衣(ころも)なかりせば何物(なにもの)もてか命(いのち)継(つ)がまし 3734遠き山(やま)関(せき)も越え来(き)ぬ今更(いまさら)に逢ふべきよしのなきがさぶしさ 3735思はずもまことあり得(え)むやさ寝(ぬ)る夜(よ)の夢(いめ)にも妹(いも)が見えざらなくに 要旨 >>> 〈3731〉思う故に逢えるものであったならば、ほんのしばらくの間でも…

  • 東歌(27)・・・巻第14-3459

    訓読 >>> 稲つけば皹(かか)る我(あ)が手を今夜(こよひ)もか殿(との)の若子(わくご)が取りて嘆かむ 要旨 >>> 稲をついて赤くひび割れた私の手を、今夜もまたお屋敷の若様がお取りになって、かわいそうにとお嘆きになるのでしょうか。 鑑賞 >>> 「稲つけば」は、籾殻を除くために籾を臼でつくことで、当時は食物の貯蔵が難しかったために、一食ごとにこの作業を行っていました。「皹る」は、アカギレが切れること。「殿の若子」は、お屋敷の若様。下働きの娘と若様の、人目を忍ぶ身分違いの恋の歌ですが、実際の個人の歌というより、作業する女たちの労働歌だったとみられています。 斎藤茂吉は、「この歌には、身分の…

  • 春山の霧に惑へる鴬も・・・巻第10-1891~1893

    訓読 >>> 1891冬こもり春咲く花を手折(たを)り持ち千(ち)たびの限り恋ひわたるかも 1892春山の霧(きり)に惑(まと)へる鴬(うぐひす)も我(わ)れにまさりて物思(ものも)はめやも 1893出(い)でて見る向(むか)ひの岡に本(もと)茂(しげ)く咲きたる花の成(な)らずは止(や)まじ 要旨 >>> 〈1891〉冬が去って春に咲いた花を手折り持っては、限りなくあなたを恋し続けています 〈1892〉春山の霧の中に迷い込んだウグイスでさえ、この私にまさって物思いにまどうことはないでしょう。 〈1893〉家を出てすぐに見える向かいの岡に、根元までいっぱいに咲いている花が、やがて実を結ぶように…

  • 巻向の桧原に立てる春霞・・・巻第10-1813~1815

    訓読 >>> 1813巻向(まきむく)の桧原(ひはら)に立てる春霞(はるかすみ)おほにし思はばなづみ来(こ)めやも 1814いにしへの人の植ゑけむ杉(すぎ)が枝(え)に霞(かすみ)たなびく春は来(き)ぬらし 1815子らが手を巻向山(まきむくやま)に春されば木(こ)の葉(は)凌(しの)ぎて霞(かすみ)たなびく 要旨 >>> 〈1813〉巻向の檜林にぼんやりとに立ちこめている春霞、その春霞のように、軽々しい気持ちで思うのだったら、こんなに難渋しながらここまでやって来るだろうか。 〈1814〉昔の人が植えたのだろう、その杉木立の枝に霞がたなびいている。春がやって来たようだ。 〈1815〉あの子が手…

  • ひさかたの天の香具山このゆふへ・・・巻第10-1812

    訓読 >>> ひさかたの天(あま)の香具山(かぐやま)このゆふへ霞(かすみ)たなびく春立つらしも 要旨 >>> 天の香具山に、この夕暮れ、霞がたなびいている。どうやら、春になったらしいな。 鑑賞 >>> 「ひさかたの」は「天」の枕詞。「天の」は香具山を称えて添える語で、慣用されているものです。香具山は、畝傍山(うねびやま)・耳成山(みみなしやま)とともに大和三山の一つ。なお、この歌を本歌として、『新古今集』に「ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山かすみたなびく」(巻第1-2、後鳥羽上皇)という歌があります。 斉藤茂吉によれば、「この歌はあるいは人麿自身の作かも知れない。人麿の作とすれば少し…

  • いにしへの神の時より逢ひけらし・・・巻第13-3289~3290

    訓読 >>> 3289み佩(は)かしを 剣(つるぎ)の池の 蓮葉(はちすば)に 溜(た)まれる水の 行くへなみ 我(わ)がする時に 逢ふべしと 逢ひたる君を な寐寝(いね)そと 母聞こせども 我(あ)が心 清隅(きよすみ)の池の 池の底 我(わ)れは忘れじ 直(ただ)に逢ふまでに 3290いにしへの神の時より逢ひけらし今の心も常(つね)忘らえず 要旨 >>> 〈3289〉お佩きになる剣の名の剣の池の、蓮の葉の上に宿っている雫のように、行き場がなくて途方に暮れている時に、必ず夫婦になろうと、思いを遂げているあなたなのに、共寝をするなと母はおっしゃる。けれども、私の心は清隅の池の底のように深く思っ…

  • 玉たすき懸けぬ時なく我が思へる・・・巻第13-3286~3287

    訓読 >>> 3286玉たすき 懸(か)けぬ時なく 我(あ)が思(おも)へる 君によりては 倭文幣(しつぬさ)を 手に取り持ちて 竹玉(たかたま)を しじに貫(ぬ)き垂(た)れ 天地(あめつち)の 神をそ我(あ)が祈(の)む いたもすべなみ 3287天地(あめつち)の神を祈(いの)りて我(あ)が恋ふる君い必ず逢はずあらめやも 要旨 >>> 〈3286〉玉たすきを懸けるように、心に懸けぬ時なく私が思っているあなたのため、倭文織りの幣を手に捧げ持ち、竹玉を隙間なく貫き通し、天地の神々に私はお祈りをする。ただ恋しくてどうしようもなく辛いので。 〈3287〉天地の神々にお祈りしたのだから、恋しいあなた…

  • 心はよしゑ君がまにまに・・・巻第13-3284~3285

    訓読 >>> 3284菅(すが)の根の ねもころごろに 我(あ)が思(おも)へる 妹(いも)によりては 言(こと)の忌みも なくありこそと 斎瓮(いはひへ)を 斎(いは)ひ掘り据(す)ゑ 竹玉(たかたま)を 間(ま)なく貫(ぬ)き垂(た)れ 天地(あめつち)の 神をぞ我(わ)が祈(の)む いたもすべなみ 3285たらちねの母にも言はずつつめりし心はよしゑ君がまにまに 要旨 >>> 〈3284〉極めてねんごろに私が思っているあの子のことでは、何を言っても言葉の禍(わざわい)など起きないでほしいと、斎瓮を浄め、地を掘って据え付け、竹玉を隙間なく貫き通し、天地の神々に私はお祈りをする。ただ恋しくてど…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(3)・・・巻第15-3727~3730

    訓読 >>> 3731思ふゑに逢ふものならばしましくも妹(いも)が目(め)離(か)れて我(あ)れ居(を)らめやも 3732あかねさす昼は物思(ものも)ひぬばたまの夜(よる)はすがらに音(ね)のみし泣かゆ 3733我妹子(わぎもこ)が形見(かたみ)の衣(ころも)なかりせば何物(なにもの)もてか命(いのち)継(つ)がまし 3734遠き山(やま)関(せき)も越え来(き)ぬ今更(いまさら)に逢ふべきよしのなきがさぶしさ 3735思はずもまことあり得(え)むやさ寝(ぬ)る夜(よ)の夢(いめ)にも妹(いも)が見えざらなくに 要旨 >>> 〈3731〉思う故に逢えるものであったならば、ほんのしばらくの間でも…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(2)・・・巻第15-3727~3730

    訓読 >>> 3727塵泥(ちりひぢ)の数にもあらぬ我(わ)れゆゑに思ひわぶらむ妹(いも)がかなしさ 3728あをによし奈良の大路(おほち)は行き良(よ)けどこの山道(やまみち)は行き悪(あ)しかりけり 3729愛(うるは)しと我(あ)が思(も)ふ妹(いも)を思ひつつ行けばかもとな行き悪(あ)しかるらむ 3730恐(かしこ)みと告(の)らずありしをみ越路(こしぢ)の手向(たむ)けに立ちて妹(いも)が名 告(の)りつ 要旨 >>> 〈3727〉塵や泥のようにものの数にも入らない私のために、わびしい思いをして悩んでいる、そんな彼女がいとおしくてならない。 〈3728〉あの立派な奈良の都大路は通り易…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(1)・・・巻第15-3723~3726

    訓読 >>> 3723あしひきの山路(やまぢ)越えむとする君を心に持ちて安けくもなし 3724君が行く道の長手(ながて)を繰(く)り畳(たた)ね焼き滅ぼさむ天(あめ)の火もがも 3725わが背子(せこ)しけだし罷(まか)らば白たへの袖(そで)を振らさね見つつ偲(しの)はむ 3726このころは恋ひつつもあらむ玉櫛笥(たまくしげ)明けてをちよりすべなかるべし 要旨 >>> 〈3723〉山道を遠く越えて行こうとされるあなたのことが気がかりでならず、心が安まりません。 〈3724〉あなたが行く道の長さを思うと、それをたぐり寄せて折り畳み、焼き滅ぼしてしまいたい。そんな天の火があったらいいのに。 〈37…

  • 大海を候ふ港事しあらば・・・巻第7-1308~1310

    訓読 >>> 1308大海(おほうみ)を候(さもら)ふ港(みなと)事(こと)しあらばいづへゆ君は我(わ)を率(ゐ)しのがむ 1309風吹きて海は荒(あ)るとも明日(あす)と言はば久しくあるべし君がまにまに 1310雲(くも)隠(がく)る小島(こしま)の神の畏(かしこ)けば目こそば隔(へだ)て心隔てや 要旨 >>> 〈1308〉大海のようすをうかがう港で、もし何か事が起こったら、どちらへあなたは私を連れていって凌いでくれるのでしょうか。 〈1309〉風が吹いて海は荒れていますが、船出を明日に延ばしましようなどと言ったら、今度はいつになるやも知れません。あなたの意のままにお任せします。 〈1310…

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