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  • 住吉の岸に家もが沖に辺に・・・巻第7-1150~1154

    訓読 >>> 1150住吉(すみのえ)の岸に家もが沖(おき)に辺(へ)に寄する白波(しらなみ)見つつ偲(しの)はむ 1151大伴(おほとも)の御津(みつ)の浜辺(はまへ)をうちさらし寄せ来る波の行(ゆ)くへ知らずも 1152楫(かぢ)の音(おと)ぞほのかにすなる海人娘子(あまをとめ)沖つ藻(も)刈(か)りに舟出(ふなで)すらしも [一云 夕されば楫の音すなり] 1153住吉(すみのえ)の名児(なご)の浜辺(はまへ)に馬立てて玉(たま)拾(ひり)ひしく常(つね)忘らえず 1154雨は降る仮廬(かりほ)は作るいつの間(ま)に吾児(あご)の潮干(しほひ)に玉は拾(ひり)はむ 要旨 >>> 〈1150…

  • めづらしき人を我家に住吉の・・・巻第7-1146~1149

    訓読 >>> 1146めづらしき人を我家(わぎへ)に住吉(すみのえ)の岸の埴生(はにふ)を見むよしもがも 1147暇(いとま)あらば拾(ひり)ひに行かむ住吉(すみのえ)の岸に寄るといふ恋忘(こひわす)れ貝(がひ) 1148馬(うま)並(な)めて今日(けふ)我(わ)が見つる住吉(すみのえ)の岸の埴生(はにふ)を万代(よろづよ)に見む 1149住吉(すみのえ)に行くといふ道に昨日(きのふ)見し恋忘れ貝(がひ)言(こと)にしありけり 要旨 >>> 〈1146〉愛すべき人と我が家に住みたい、そう思わせるここ住吉の岸の埴生を見る手だてがあればよいのに。 〈1147〉暇があったら拾いに行きたい。住吉の岸に…

  • 皇祖の遠き御代にもおしてる難波の国に・・・巻第20-4360~4362

    訓読 >>> 4360皇祖(すめろき)の 遠き御代(みよ)にも おしてる 難波(なには)の国に 天(あめ)の下 知らしめしきと 今の緒(を)に 絶えず言ひつつ かけまくも あやに畏(かしこ)し 神(かむ)ながら わご大君(おほきみ)の うち靡(なび)く 春の初めは 八千種(やちくさ)に 花咲きにほひ 山見れば 見のともしく 川見れば 見のさやけく ものごとに 栄(さか)ゆる時と 見(め)したまひ 明(あき)らめたまひ 敷きませる 難波(なには)の宮は 聞こしをす 四方(よも)の国より 奉(たてまつ)る 御調(みつき)の船は 堀江(ほりえ)より 水脈引(みをび)きしつつ 朝なぎに 楫(かぢ)引き…

  • 悔しくも満ちぬる潮か住吉の・・・巻第7-1143~1145

    訓読 >>> 1143さ夜(よ)更(ふ)けて堀江(ほりえ)漕(こ)ぐなる松浦舟(まつらぶね)楫(かぢ)の音(おと)高し水脈(みを)早みかも 1144悔(くや)しくも満(み)ちぬる潮(しほ)か住吉(すみのえ)の岸の浦廻(うらみ)ゆ行かましものを 1145妹(いも)がため貝を拾(ひり)ふと茅渟(ちぬ)の海に濡(ぬ)れにし袖(そで)は干(ほ)せど乾(かは)かず 要旨 >>> 〈1143〉夜更けに難波の堀江を漕いでいる松浦舟、その櫓の音が高く響いている。水の流れが早いからであろうか。 〈1144〉残念なことに満ち潮になってきてしまった。住吉の岸辺を浦伝いに行こうと思っていたのに。 〈1145〉妻のため…

  • 悔しくも満ちぬる潮か住吉の・・・巻第7-1143~1145

    訓読 >>> 1143さ夜(よ)更(ふ)けて堀江(ほりえ)漕(こ)ぐなる松浦舟(まつらぶね)楫(かぢ)の音(おと)高し水脈(みを)早みかも 1144悔(くや)しくも満(み)ちぬる潮(しほ)か住吉(すみのえ)の岸の浦廻(うらみ)ゆ行かましものを 1145妹(いも)がため貝を拾(ひり)ふと茅渟(ちぬ)の海に濡(ぬ)れにし袖(そで)は干(ほ)せど乾(かは)かず 要旨 >>> 〈1143〉夜更けに難波の堀江を漕いでいる松浦舟、その櫓の音が高く響いている。水の流れが早いからであろうか。 〈1144〉残念なことに満ち潮になってきてしまった。住吉の岸辺を浦伝いに行こうと思っていたのに。 〈1145〉妻のため…

  • 海原を遠く渡りて年経とも・・・巻第20-4334~4336

    訓読 >>> 4334海原(うなはら)を遠く渡りて年(とし)経(ふ)とも子らが結べる紐(ひも)解くなゆめ 4335今(いま)替(かは)る新防人(にひさきもり)が船出(ふなで)する海原(うなはら)の上に波な咲きそね 4336防人の堀江(ほりえ)漕(こ)ぎ出る伊豆手船(いづてぶね)楫(かぢ)取る間(ま)なく恋は繁(しげ)けむ 要旨 >>> 〈4334〉海原を遠く渡ってどれほど年月が経っても、愛しい妻が結んでくれた着物の紐を解いてはならない、決して。 〈4335〉今交替する新しい防人たちが船出して行く海原の上に、波よ、波頭を立てないでおくれ。 〈4336〉難波の堀江から漕ぎ出して行く伊豆手船、その楫…

  • 年月もいまだ経なくに明日香川・・・巻第7-1125~1126

    訓読 >>> 1125清き瀬に千鳥(ちどり)妻呼び山の際(ま)に霞(かすみ)立つらむ神なびの里(さと) 1126年月(としつき)もいまだ経(へ)なくに明日香川(あすかがは)瀬々(せぜ)ゆ渡しし石橋(いはばし)もなし 要旨 >>> 〈1125〉その清らかな瀬では千鳥がやさしく妻を呼び、山あいには霞がたちこめていることだろう、ああ、わが故郷よ。 〈1126〉遷都の後、まだどれほどの年月も経っていないのに、明日香川を往来したあの石橋もなくなってしまった。 鑑賞 >>> 「故郷(明日香の旧都)を思う」歌。1125の「清き瀬」は、明日香についていっているので、明日香川の清い瀬。「千鳥」は、水辺に棲むチド…

  • うち渡す竹田の原に鳴く鶴の・・・巻第4-760~761

    訓読 >>> 760うち渡す竹田(たけだ)の原に鳴く鶴(たづ)の間(ま)なく時なしわが恋ふらくは 761早川(はやかは)の瀬に居(ゐ)る鳥のよしをなみ思ひてありし我(あ)が子はもあはれ 要旨 >>> 〈760〉見渡す限りの竹田の原で鳴く鶴のように、私は絶え間もなくいつもあなたのことを気に懸けています。 〈761〉流れの速い川瀬にいる鳥のように、頼りどころがなくて心細げにしていたわが子が心配です。 鑑賞 >>> 「大伴坂上郎女、竹田の庄より女子(むすめ)大嬢に贈れる歌」。「竹田」は、橿原市にある耳成山の東北のあたりの地で、大伴氏の荘園がありました。何かの用事で、娘の大嬢を置いて出かけてきたものと…

  • 今しはし名の惜しけくも我れはなし・・・巻第4-732~734

    訓読 >>> 732今しはし名の惜(を)しけくも我(わ)れはなし妹(いも)によりては千(ち)たび立つとも 733うつせみの世やも二行(ふたゆ)く何すとか妹(いも)に逢はずて我(わ)がひとり寝(ね)む 734我(わ)が思ひかくてあらずは玉にもがまことも妹(いも)が手に巻かれなむ 要旨 >>> 〈732〉今はもう私の名を惜しむ気持ちなどありません。あなたのせいなら千度の浮き名立とうとも。 〈733〉二度あることのないこの世なのに、かけがえのないこの夜に、どうしてあなたに逢わずに一人で寝られましょうか。 〈734〉こんな苦しい思いをするくらいなら、いっそ玉にでもなって、仰せの通りあなたの手に巻かれて…

  • はねかづら今する妹を夢に見て・・・巻第4-705~706

    訓読 >>> 705はねかづら今する妹(いも)を夢(いめ)に見て心のうちに恋ひ渡るかも 706はねかづら今する妹(いも)はなかりしをいづれの妹(いも)ぞそこばだ恋ひたる 要旨 >>> 〈705〉はねかづらを今や一人前に飾っているあなた、そんなあなたを夢に見て、心ひそかに恋続けています。 〈706〉はねかづらを飾る年頃の娘は、こちらにはいません。いったいどこの娘がそのようにあなたに恋して夢枕に立ったのでしょう。 鑑賞 >>> 705は大伴家持が童女に贈った歌、706が童女が答えた歌。「童女」は、成年に達する前の娘。「はねかずら」は髪飾りとされ、物は残らず記録もないため詳細未詳ながら、成女の儀式(…

  • かくしてやなほや退らむ・・・巻第4-700

    訓読 >>> かくしてやなほや退(まか)らむ近からぬ道の間(あひだ)をなづみ参来(まゐき)て 要旨 >>> こうまでして来てやっぱりむなしく帰って行くのかな、近くもない道のりを苦労してやって来て。 鑑賞 >>> 大伴家持が、娘子(おとめ)の家の門に着いた時に作った歌。「かくして」は、このようにして。「や」は、疑問。「なほや」は、やっぱり。断られるのではないかと来る道々予想していたが、その通りになったということ。「退る」は、貴人の許から退出する意で、相手に敬意を表して用いた語。「なづみ」は、苦労して。名門大伴家の御曹司として数多くの女性を魅了したプレイボーイ家持も、たまにはうまくいかなかったこと…

  • 恋草を力車に七車・・・巻第4-694~695

    訓読 >>> 694恋草(こひくさ)を力車(ちからくるま)に七車(ななくるま)積みて恋ふらく我(わ)が心から 695恋は今はあらじと我(わ)れは思へるをいづくの恋ぞつかみかかれる 要旨 >>> 〈694〉刈っても刈っても生い茂る恋草を、何台もの荷車に積むほど、恋の思いに苦しくて苦しくてならない。これも我が心ゆえ。 〈695〉もう今は恋することはないだろうと思っていたのに、どこに隠れていた恋がつかみかかってきたのだろう。 鑑賞 >>> 広河女王(ひろかはのおほきみ)の歌。広河女王は、穂積皇子(ほづみのみこ)の孫で、上道王(かみつみちのおほきみ)の娘。『続日本紀』天平宝字7年(763年)の条に従五…

  • 言ふ言の畏き国ぞ・・・巻第4-683~687

    訓読 >>> 683言ふ言(こと)の畏(かしこ)き国ぞ紅(くれなゐ)の色にな出(い)でそ思ひ死ぬとも 684今は我(わ)は死なむよ我が背(せ)生けりとも我(わ)れに依(よ)るべしと言ふと言はなくに 685人言(ひとごと)を繁(しげ)みか君が二鞘(ふたさや)の家を隔(へだ)てて恋ひつつまさむ 686このころは千歳(ちとせ)や行きも過ぎぬると我(あ)れかしか思ふ見まく欲(ほ)りかも 687愛(うるは)しと我(あ)が思ふ心(こころ)早川(はやかは)の塞(せ)きに塞(せ)くともなほや崩(く)えなむ 要旨 >>> 〈683〉軽々しく物を言ってはならないこの国ですよ、思う気持を表沙汰にしてはいけません。た…

  • 月読の光に来ませ・・・巻第4-670~671

    訓読 >>> 670月読(つくよみ)の光に来ませあしひきの山きへなりて遠からなくに 671月読(つくよみ)の光は清く照らせれど惑(まと)へる心思ひあへなくに 要旨 >>> 〈670〉この月の光を頼りにいらして下さい。山が邪魔をして遠いというわけでもないのに。 〈671〉この月の光は清く照らしていますが、思い乱れております心には、思いも寄らないことです。 鑑賞 >>> 670は湯原王(ゆはらのおほきみ)の歌、671はそれに和した作者未詳歌。631~647に娘子と交わした贈答歌がありますが、ここもその続きで、671の作者は同じ娘子かもしれません。670の「月読」は、月の異名。神代紀の一書に「月弓尊…

  • 網児の山五百重隠せる佐堤の崎・・・巻第4-662

    訓読 >>> 網児(あご)の山(やま)五百重(いほへ)隠せる佐堤(さで)の崎さで延(は)へし子が夢(いめ)にし見ゆる 要旨 >>> 網児の山々が多く重なった向こうに隠している佐堤(さで)の崎、そこで小網(さで)を広げて漁りをしていたあの子の姿が夢に出てくる。 鑑賞 >>> 市原王(いちはらのおほきみ:生没年未詳)の歌。市原王は、天智天皇の曾孫安貴王(あきのおほきみ)の子で、王族詩人の家系に生まれた人です。天平15年(743年)に従五位下、写経司長官、玄蕃頭、備中守、金光明寺造仏長官、大安寺造仏所長官、造東大寺司知事、治部大輔、摂津大夫、造東大寺司長官など、主に仏教関係事業の官職を歴任し正五位下…

  • 我妹子は常世の国に住みけらし・・・巻第4-650

    訓読 >>> 我妹子(わぎもこ)は常世(とこよ)の国に住みけらし昔見しより若変(をち)ましにけり 要旨 >>> あなたは不老不死の地に住んでおられたに違いない。昔お目にかかった時よりずっと若くなっていらっしゃる。 鑑賞 >>> 大伴三依(おおとものみより)の歌。大伴三依は、壬申の乱の功臣・大伴御行(おおとものみゆき)の子。大伴旅人と同じ時期に筑紫に赴任したらしく、この歌は後に都に転任した作者が、旧知の坂上郎女に挨拶に出かけた時の歌とされます。「常世の国」は、不老不死の理想郷。「住みけらし」は、住んでいたに違いない。「若変」は、若返ること。集中に例の多い語であり、当時は、常世の国の草を食すと若返…

  • 堀江漕ぐ伊豆手の舟の・・・巻第20-4460~4462

    訓読 >>> 4460堀江(ほりえ)漕(こ)ぐ伊豆手(いづて)の舟の楫(かぢ)つくめ音(おと)しば立ちぬ水脈(みを)早みかも 4461堀江(ほりえ)より水脈(みを)さかのぼる楫(かぢ)の音(おと)の間(ま)なくぞ奈良は恋しかりける 4462舟競(ふなぎほ)ふ堀江(ほりえ)の川の水際(みを)に来居(きゐ)つつ鳴くは都鳥(みやこどり)かも 要旨 >>> 〈4460〉堀江を漕ぐ伊豆造りの舟の、楫つくめがしばしば音を立てる。水脈の流れが速いからだろうか。 〈4461〉堀江の流れを逆のぼる舟の梶の音、その音の絶えないように、絶え間もなく奈良が恋しくてならない。 〈4462〉舟が競うように行き交う堀江の水…

  • 湯原王と娘子の歌(4)・・・巻第4-638~641

    訓読 >>> 638ただ一夜(ひとよ)隔(へだ)てしからにあらたまの月か経(へ)ぬると心(こころ)惑(まと)ひぬ 639わが背子がかく恋(こ)ふれこそぬばたまの夢に見えつつ寝(い)ねらえずけれ 640はしけやし間近き里を雲居(くもゐ)にや恋ひつつをらむ月も経なくに 641絶ゆと言はば侘(わび)しみせむと焼太刀(やきたち)のへつかふことは幸(さき)くや我(あ)が君 要旨 >>> 〈638〉たった一夜逢わなかっただけなのに、もうひと月も経ったかのように寂しくて、心が乱れてしまいました。 〈639〉あなたがそれほどまでに恋してくださるので、夢にあなたが出てこられ、夕べは一睡もできませんでした。 〈6…

  • 松の葉に月はゆつりぬ黄葉の・・・巻第4-623

    訓読 >>> 松の葉に月はゆつりぬ黄葉(もみちば)の過ぐれや君が逢はぬ夜(よ)多き 要旨 >>> 松の葉越しに月は渡っていき、お待ちしている間にいつしか月も変わってしまった。愛の盛りは過ぎたのでしょうか、あなたに逢えない夜が多くなりましたね。 鑑賞 >>> 題詞に「池辺王(いけへのおほきみ)が宴席で誦詠した歌」とあります。池辺王は、大友皇子・十市皇女の孫で、淡海三船の父。『続日本紀』に、神亀4年(727年)に従五位下を授けられ、天平9年(737年)内匠頭となった記事があり、また淡海三船の卒伝によると、従五位上まで上ったらしいことが知られます。『万葉集』にはこの1首のみ。 「松の葉」に「待つの端…

  • さ夜中に友呼ぶ千鳥物思ふと・・・巻第4-618

    訓読 >>> さ夜中(よなか)に友呼ぶ千鳥(ちどり)物思(ものも)ふとわびをる時に鳴きつつもとな 要旨 >>> 真夜中につれあいを求めて鳴く千鳥よ、物思いに悲しく沈んでいる時にむやみやたらと鳴いたりして。 鑑賞 >>> 大神女郎(おおみわのいらつめ)が大伴家持に贈った歌。大神女郎は伝未詳ですが、『続日本紀』に散見される大神朝臣氏の女子であると見られています。「さ夜中」は、夜中。「友呼ぶ千鳥」は、群れをなして飛ぶ千鳥の鳴く声がお互いに呼び交わすように聞こえるところからの言で、後世には「友千鳥」という言葉も生まれました。ここは呼びかけに近いもの。「わびをる時に」は、悲しく思っている時に。「もとな」…

  • 今よりは城山の道はさぶしけむ・・・巻第4-576~578

    訓読 >>> 576今よりは城山(きやま)の道はさぶしけむ我(わ)が通(かよ)はむと思ひしものを 577我(あ)が衣(ころも)人にな着せそ網引(あびき)する難波壮士(なにはをとこ)の手には触(ふ)るとも 578天地(あめつち)と共に久しく住まはむと思ひてありし家(いえ)の庭(にわ)はも 要旨 >>> 〈576〉あなたがお帰りになったこれから先、城山の道はきっと寂しくなるでしょう。お会いできるのを楽しみにせっせと通うつもりでしたのに 〈577〉私がお贈りした着物は、他の人に着せてはいけません。網を引く難波男の手に触れるのは仕方ないとしても。 〈578〉天地の続く限りいつまでも住み続けようと思って…

  • 筑紫船いまだも来ねばあらかじめ・・・巻第4-556、565

    訓読 >>> 556筑紫船(つくしふね)いまだも来(こ)ねばあらかじめ荒(あら)ぶる君を見るが悲しさ 565大伴(おほとも)の見つとは言はじあかねさし照れる月夜(つくよ)に直(ただ)に逢へりとも 要旨 >>> 〈556〉筑紫へ向かう船はまだ来てもいないのに、その前からよそよそしくしているあなたを見るのが悲しい。 〈565〉筑紫船は大伴の御津(みつ)に泊てますが、あなたに逢っていたとは言いません、誰が見ても分かるほど明々と照らす月の夜にじかにお逢いしているとしても。 鑑賞 >>> 556は、賀茂女王(かものおおきみ)が、大伴三依(おおとものみより)に贈った歌。賀茂女王は、故左大臣、長屋王の娘。大…

  • 我が君はわけをば死ねと思へかも・・・巻第4-552

    訓読 >>> 我(あ)が君はわけをば死ねと思へかも逢ふ夜(よ)逢はぬ夜(よ)二走(ふたはし)るらむ 要旨 >>> 我がご主人さまはこの私めを死ねと思っていらっしゃるのか。逢ってくださる夜、逢ってくださらぬ夜と、二つの道を迷いながら行くのでしょうか。 鑑賞 >>> 大伴三依(おほとものみより)の歌。大伴三依は大伴御行(おおとものみゆき)の子で、天平20年(748年)従五位下、主税頭、三河守、民部少輔、遠江守、刑部大輔、出雲守などを歴任した人。宝亀5年(774年)散位従四位下で没。『万葉集』には4首。 「我が君」は、相手が身分の高い女性だったためか、わざと敬称で呼んだもので、三依が通って行ったにも…

  • 天地の神も助けよ草枕・・・巻第4-549~551

    訓読 >>> 549天地(あめつち)の神も助けよ草枕(くさまくら)旅行く君が家に至(いた)るまで 550大船(おほぶね)の思ひ頼みし君が去(い)なば我(あれ)は恋ひむな直(ただ)に逢ふまでに 551大和道(やまとぢ)の島の浦廻(うらみ)に寄する波(なみ)間(あひだ)もなけむ我が恋ひまくは 要旨 >>> 〈549〉天地の神々もお助け下さい。旅立つ君が家に帰り着かれるまで。 〈550〉お頼りしていた君が行ってしまわれたら、私は恋しく思うことでしょう。じかにお逢いする日まで。 〈551〉大和道の島々の浦のあたりに寄せる波のように、絶え間がありません。私のあなた様を恋する心は。 鑑賞 >>> 神亀5年…

  • 意宇の海の潮干の潟の片思に・・・巻第4-536

    訓読 >>> 意宇(おう)の海の潮干(しほひ)の潟(かた)の片思(かたもひ)に思ひや行かむ道の長手(ながて)を 要旨 >>> 意宇の海の潮が引いた干潟ではないが、片思いのままあの子を慕いながら行くのだろうか、長い旅の道のりを。 鑑賞 >>> 門部王(かどべのおほきみ)恋の歌。左注に「門部王が出雲守に任ぜられたときに管内の娘子を娶ったが、どれほどの時も経たないのに通わなくなった。何か月か後に再び愛しむ心が起こり、この歌を作って娘子に贈った」との注釈があります。「意宇の海」は、島根県の中海。上2句は「潟」の同音で、「片思」を導く序詞。「道の長手」の「長手」は、長い道のり。これを相手の女の許を訪れる…

  • 敷栲の枕ゆくくる涙にぞ・・・巻第4-507

    訓読 >>> 敷栲(しきたへ)の枕(まくら)ゆくくる涙にぞ浮寝(うきね)をしける恋の繁(しげ)きに 要旨 >>> 枕を伝って流れ落ちる涙で、波のまにまに漂う辛い浮き寝をしました。絶え間ない恋しさのために。 鑑賞 >>> 作者の駿河采女(するがのうねめ)は、駿河国駿河郡出身の采女とされますが、伝不詳です。采女というのは、天皇の食事に奉仕した女官のことで、郡の次官以上の者の子女・姉妹の中から容姿に優れた者が選ばれました。身分の高い女性ではなかったものの、天皇の寵愛を受ける可能性があったため、天皇以外は近づくことができず、臣下との結婚は固く禁じられていました。この歌で言っているのは、任が解けてからの…

  • 衣手に取りとどこほり泣く子にも・・・巻第4-492~495

    訓読 >>> 492衣手(ころもで)に取りとどこほり泣く子にもまされる我(わ)れを置きていかにせむ 493置きて去(い)なば妹(いも)恋ひむかも敷栲(しきたへ)の黒髪(くろかみ)敷きて長きこの夜を 494我妹子(わぎもこ)を相(あひ)知らしめし人をこそ恋のまされば恨(うら)めしみ思へ 495朝日影(あさひかげ)にほへる山に照る月の飽(あ)かざる君を山越(やまご)しに置きて 要旨 >>> 〈492〉着物の袖に取りすがって泣く子にもまさる思いでお慕いしているのに、私を置いて行くなんて、私はどうしたらいいのでしょう。 〈493〉あなたを置いて行ってしまったなら、あなたをさぞかし恋しく思うだろうな。ひ…

  • 白栲の袖さし交て靡き寝し・・・巻第3-481~483

    訓読 >>> 481白栲(しろたへ)の 袖さし交(かへ)て 靡(なび)き寝(ね)し 我が黒髪の ま白髪(しらか)に なりなむ極(きは)み 新世(あらたよ)に ともにあらむと 玉の緒(を)の 絶えじい妹(いも)と 結びてし ことは果たさず 思へりし 心は遂(と)げず 白栲の 手本(たもと)を別れ にきびにし 家ゆも出(い)でて みどり子の 泣くをも置きて 朝霧の おほになりつつ 山背(やましろ)の 相楽山(さがらかやま)の 山の際(ま)に 行き過ぎぬれば 言はむすべ 為(せ)むすべ知らに 我妹子(わぎもこ)と さ寝し妻屋(つまや)に 朝(あした)には 出で立ち偲(しの)ひ 夕(ゆふへ)には 入り…

  • 風早の美穂の浦廻の・・・巻第3-434~437

    訓読 >>> 434風早(かざはや)の美穂(みほ)の浦廻(うらみ)の白つつじ見れども寂(さぶ)しなき人思へば (或いは「見れば悲しもなき人思ふに」と云ふ) 435みつみつし久米(くめ)の若子(わくご)がい触れけむ礒(いそ)の草根(くさね)の枯れまく惜しも 436人言(ひとごと)の繁(しげ)きこのころ玉ならば手に巻き持ちて恋ひずあらましを 437妹(いも)も我(あ)れも清(きよ)みの川の川岸(かはきし)の妹が悔(く)ゆべき心は持たじ 要旨 >>> 〈434〉風の激しい美穗の海辺に咲く白つつじを見ても心は楽しめない。死んだ彼女のことを思うと。(見れば見るほど悲しい、死んだ彼女を思うにつけて) 〈4…

  • なゆ竹のとをよる御子さ丹つらふ・・・巻第3-420~422

    訓読 >>> 420なゆ竹の とをよる御子(みこ) さ丹(に)つらふ 我(わ)が大君(おほきみ)は こもりくの 泊瀬(はつせ)の山に 神(かむ)さびに 斎(いつ)きいますと 玉梓(たまづさ)の 人ぞ言ひつる およづれか 我(わ)が聞きつる たはことか 我(わ)が聞きつるも 天地(あめつち)に 悔(くや)しきことの 世間(よのなか)の 悔しきことは 天雲(あまくも)の そくへの極(きは)み 天地の 至れるまでに 杖(つゑ)つきも つかずも行きて 夕占(ゆふけ)問(と)ひ 石占(いしうら)もちて 我(わ)がやどに みもろを立てて 枕辺(まくらへ)に 斎瓮(いはひへ)をすゑ 竹玉(たかたま)を 間(…

  • 須磨の海女の塩焼き衣の・・・巻第3-413

    訓読 >>> 須磨(すま)の海女(あま)の塩焼き衣(きぬ)の藤衣(ふぢごろも)間遠(まどほ)くしあればいまだ着なれず 要旨 >>> 須磨の海女が塩を焼くときに着る藤の衣の、その布目が粗いように、たまにしか逢わないので、いまだにしっくりと身に馴染まない。 鑑賞 >>> 題詞に「大網公人主(おほあみのきみひとぬし)が宴吟(えんぎん)の歌」とあります。大網公人主は、伝未詳。「宴吟」は、宴席で節をつけて歌うことで、古歌か自作かは分かりません。「須磨」は、神戸市須磨区一帯。ここの塩焼きは、志賀の海女(巻第3-278)とともに有名でした。「藤衣」は、藤の皮の繊維で織った海女の作業着、または庶民の衣服。上3…

  • 妹が家に咲きたる梅の・・・巻第3-398~399

    訓読 >>> 398妹(いも)が家に咲きたる梅のいつもいつもなりなむ時に事(こと)は定めむ 399妹が家に咲きたる花の梅の花実にしなりなばかもかくもせむ 要旨 >>> 〈398〉あなたの家に咲いている梅が、いつなりと、実になったという時に、事は取り定めよう。 〈399〉あなたの家に咲いている花の、その梅の花が実になったら、どのようにも定めよう。 鑑賞 >>> 藤原朝臣八束(ふじはらのあそみやつか)の梅の歌2首。藤原八束は、藤原北家の祖・房前(ふささき)の第三子で、後の名は「真楯(またて)」。聖武天皇の寵臣として、春宮大進・治部卿・中務卿などを歴任し、天平2年(766年)1月に大納言に至りますが…

  • 梅の花咲きて散りぬと人は言へど・・・巻第3-400

    訓読 >>> 梅の花咲きて散りぬと人は言へど我(わ)が標(しめ)結(ゆ)ひし枝(えだ)ならめやも 要旨 >>> 梅の花が咲いて散ったと人は言うけれど、まさか我がものとしてしるしをつけた枝のことではあるまいな。 鑑賞 >>> 大伴宿祢駿河麻呂(おほとものすくねするがまろ)の「梅の歌」。大伴駿河麻呂は、壬申の乱の功臣である大伴御行の孫ともいわれ(父は不詳)、天平15年(743年)に従五位下、同18年に越前守、天平勝宝9年(757年)の橘奈良麻呂の変に加わったとして、死は免れるものの処罰を受け長く不遇を託ち、のち出雲守、宝亀3年に陸奥按察使(むつあぜち)、陸奥守・鎮守将軍として蝦夷(えみし)を攻略、…

  • 鳥総立て足柄山に船木伐り・・・巻第3-391、393

    訓読 >>> 391鳥総(とぶさ)立て足柄山(あしがらやま)に船木(ふなぎ)伐(き)り木に伐り行きつあたら船木を 393見えずとも誰(た)れ恋ひざらめ山の端(は)にいさよふ月を外(よそ)に見てしか 要旨 >>> 〈391〉鳥総が立てて足柄山で船木を伐ったのに、ただの材木として伐って行ってしまった。惜しむべき船木だったのに。 〈393〉たとえ見えなかろうとも、誰が心惹かれずにおられよう。山の端にいざよう月を、遠目ながらにも見たいものだ。 鑑賞 >>> 沙弥満誓(さみまんぜい)の歌。391の「鳥総」は、梢の枝葉がついた部分のこと。大木には木霊(こだま)が宿ると信じられていたため、その伐採後、精霊に…

  • 物部の臣の壮士は・・・巻第3-368~369

    訓読 >>> 368大船(おほふね)に真楫(まかぢ)しじ貫(ぬ)き大君(おほきみ)の命(みこと)畏(かしこ)み磯廻(いそみ)するかも 369物部(もののふ)の臣(おみ)の壮士(をとこ)は大君(おほきみ)の任(ま)けのまにまに聞くといふものぞ 要旨 >>> 〈368〉大船に多くの楫を取り付け、大君の仰せを謹んで承り、磯巡りをすることであるよ。 〈369〉朝廷に仕える官人たる者は、大君のご命令のとおりに、いかなることも諾い従うべきものです。 鑑賞 >>> 368は石上大夫(いそのかみのまへつきみ)の歌。「大夫」は、四位・五位の人への称。左注に「今考えると、石上朝臣乙麻呂(いそのかみのあそみおとまろ…

  • 梓弓引き豊国の鏡山・・・巻第3-311

    訓読 >>> 梓弓(あづさゆみ)引き豊国(とよくに)の鏡山(かがみやま)見ず久(ひさ)ならば恋しけむかも 要旨 >>> 梓弓を引いて響(とよ)もすという豊の国の鏡山、この山を久しく見ないようになったら、さぞ恋しくてならないだろう。 鑑賞 >>> 鞍作村主益人(くらつくりのすぐりますひと)が、豊前国を去り、京に上る時に作った歌。「豊前」は、福岡県東部と大分県北西部。鞍作村主益人は、伝未詳。「村主」というのは古代の姓で、古代朝鮮語の村長の意の「スグリ」からきたという説が有力であり、おもに渡来人の下級の氏として与えられました。巻第6-1004にも同じ作者の歌があり、その左注には、内匠寮の大属(宮中の…

  • 伊勢の海の沖つ白波花にもが・・・巻第3-306

    訓読 >>> 伊勢の海の沖つ白波(しらなみ)花にもが包みて妹(いも)が家(いへ)づとにせむ 要旨 >>> 伊勢の海の沖の白波が花であったらよいのに。包んで妻へのおみやげにしよう。 鑑賞 >>> 伊勢国に行幸された時に、安貴王(あきのおおきみ)が作った歌。安貴王は志貴皇子の孫で、春日王の子。養老2年(718年)2月、元正天皇の美濃行幸に随行した時の作とされます。「沖つ白波」は、沖の白波。「花にもが」の「もが」は、願望。花であってほしい。「家づと」は、家へのみやげもの。「つと」は、決まって物に包むことからの称でるため、「つつむ」と「つと」は相互に繋がる意味を持ち、音韻の上でも対応しています。都人に…

  • 真土山夕越え行きて廬前の・・・巻第3-298

    訓読 >>> 真土山(まつちやま)夕(ゆふ)越え行きて廬前(いほさき)の角太川原(すみだかはら)にひとりかも寝む 要旨 >>> 真土山を夕方越えて行って、廬前の角太川原で、ただ独り旅寝することになるのだろうか。 鑑賞 >>> 題詞に「弁基(べんき)の歌」とあり、左注に「或いは、春日蔵首老(かすがのくらびとおゆ)が法師であったときの名」とあります。弁基は、大宝元年(701年)、朝廷の命により還俗させられ、春日倉首(かすがのくらのおびと)の姓と老の名を賜わったとされる人物です。和銅7年(714年)正月に従五位下。『懐風藻』にも詩1首、『万葉集』には8首の短歌が載っています(「春日歌」「春日蔵歌」と…

  • 我が命しま幸くあらばまたも見む・・・巻第3-288

    訓読 >>> 我が命しま幸(さき)くあらばまたも見む志賀の大津に寄する白波 要旨 >>> もし私の命さえ無事であったら、再び見ることもあろう。志賀の大津に寄せるこの白波を。 鑑賞 >>> 穂積朝臣老(ほづみのあそみのおゆ)の歌。穂積朝臣老は、和銅2年(709年)に従五位下、養老2年(718年)に正五位上。養老6年(722年)1月に元正天皇を名指しで非難した罪で斬刑の判決を受けたものの、首皇子(聖武天皇)の奏上により死一等を降され、佐渡に配流された人で、後に恩赦によって位が旧に復されています。この歌は、配流された折に詠んだとされます。巻第13-3240~3241にも、同じ時に詠んだ長・短歌が載っ…

  • ここにして家やもいづち・・・巻第3-287

    訓読 >>> ここにして家(いへ)やもいづち白雲(しらくも)のたなびく山を越えて来にけり 要旨 >>> ここからだと我が家はどちらの方向になるのだろう。それが分からないほどに、白雲がたなびく山々を越えて、はるばるやって来たものだ。 鑑賞 >>> 題詞に「志賀に幸(いでま)す時に、石上卿(いそのかみのまつへきみ)が作る歌」とあります。志賀への行幸は、歌の前後の配列から、文武朝のころかとみられます。石上卿の「卿」は三位以上の者について言いますが、「名は欠けたり」とあり、未詳。「ここにして」は「此処に在りて」の意で、「ここ」は、志賀。「家」は、大和の我が家。「やも」は、疑問の「や」と詠嘆の「も」。「…

  • 草壁皇子が薨じた時に舎人等が悲しんで作った歌(4)・・・巻第2-190~193

    訓読 >>> 190真木柱(まきばしら)太き心はありしかどこの我(わ)が心 鎮(しづ)めかねつも 191毛ころもを時かたまけて出(い)でましし宇陀(うだ)の大野(おほの)は思ほえむかも 192朝日(あさひ)照る佐田(さだ)の岡辺(をかへ)に鳴く鳥の夜哭(よな)きかへらふこの年ころを 193畑子(はたこ)らが夜昼(よるひる)といはず行く道を我(わ)れはことごと宮道(みやぢ)にぞする 要旨 >>> 〈190〉真木柱のように太く動じない心でいたつもりだが、皇子の御薨去によって打ち砕かれ、今は平静でいられない。 〈191〉狩りの季節が来るたびにお出ましになった宇陀の大野は、これからもしきりに思い出され…

  • 栲領巾の懸けまく欲しき・・・巻第3-285~286

    訓読 >>> 285栲領巾(たくひれ)の懸(か)けまく欲(ほ)しき妹(いも)が名をこの背(せ)の山に懸(か)けばいかにあらむ 286よろしなへ我(わ)が背の君(きみ)が負ひ来(き)にしこの背の山を妹(いも)とは呼ばじ 要旨 >>> 〈285〉妻の名を声に出して呼びかけたいものだ。いっそのこと、この背の山に妹(いも)という名を付けたらどうだろう。 〈286〉ちょうどよい具合にも我が背の君にふさわしく呼ばれてきた背の山の名を、いまさら妹(いも)山とは呼べません。 鑑賞 >>> 285は、丹比真人笠麻呂(たじひのまひとかさまろ)が紀伊の国に行き、背の山を越えたときに作った歌、286は、春日蔵首老(か…

  • 我が背子が古家の里の・・・巻第3-268

    訓読 >>> 我が背子(せこ)が古家(ふるへ)の里の明日香(あすか)には千鳥(ちどり)鳴くなり妻待ちかねて 要旨 >>> わが友よ、あなたがかつて住んだ古家のある明日香の里には、千鳥が鳴いている。連れ合いが待ち遠しくてならずに。 鑑賞 >>> 694年の藤原京遷都の後に、長屋王(ながやのおおきみ)が、古京の明日香を訪れて詠んだ歌とされます。「我が背子」は、女性が男性を親しみを込めて呼ぶ語ですが、男性同士でも用います。ここでは長屋王の友人を指しているらしく、荒廃した明日香の里を訪れ、その寂しさを報じた歌のようです。「古家」は、以前住んでいた、明日香の浄御原宮付近にあった家。「千鳥」は、水辺に棲む…

  • 弓削皇子が亡くなった時に置始東人が作った歌・・・巻第2-204~206

    訓読 >>> 204やすみしし 我(わ)が大君(おほきみ) 高(たか)光る 日の皇子(みこ) ひさかたの 天(あま)つ宮に 神(かむ)ながら 神(かみ)といませば そこをしも あやに恐(かしこ)み 昼はも 日のことごと 夜(よる)はも 夜(よ)のことごと 臥(ふ)し居(ゐ)嘆けど 飽(あ)き足らぬかも 205大君(おほきみ)は神にし座(ま)せば天雲(あまくも)の五百重(いほへ)の下に隠(かく)りたまひぬ 206楽浪(ささなみ)の志賀(しが)さざれ波しくしくに常(つね)にと君が思ほせりける 要旨 >>> 〈204〉天下を支配せらるる我が主君、高く光り輝く天皇の皇子は、天上の御殿に神々しくも神とし…

  • 東歌(78)・・・巻第14-3552~3554

    訓読 >>> 3552松が浦に騒(さわ)ゑ群(うら)立(だ)ち真人言(まひとごと)思(おも)ほすなもろ我(わ)が思(も)ほのすも 3553味鴨(あぢかま)の可家(かけ)の湊(みなと)に入る潮(しほ)のこてたずくもが入りて寝(ね)まくも 3554妹(いも)が寝(ぬ)る床(とこ)のあたりに岩ぐくる水にもがもよ入りて寝まくも 要旨 >>> 〈3552〉松が浦に波のざわめきがしきりに立っていて、そんなざわついた世間の噂をあの人は気にしておられるようだ。この私も思っているのと同様に。 〈3553〉安治可麻の可家の河口に入ってくる潮が緩やかなように、人の噂もおだやかであってほしい。あの娘の家に入って共寝し…

  • 弓削皇子が亡くなった時に置始東人が作った歌・・・巻第2-204~206

    訓読 >>> 204やすみしし 我(わ)が大君(おほきみ) 高(たか)光る 日の皇子(みこ) ひさかたの 天(あま)つ宮に 神(かむ)ながら 神(かみ)といませば そこをしも あやに恐(かしこ)み 昼はも 日のことごと 夜(よる)はも 夜(よ)のことごと 臥(ふ)し居(ゐ)嘆けど 飽(あ)き足らぬかも 205大君(おほきみ)は神にしいませば天雲(あまくも)の五百重(いほへ)の下に隠(かく)りたまひぬ 206楽浪(ささなみ)の志賀(しが)さざれ波しくしくに常(つね)にと君が思ほせりける 要旨 >>> 〈204〉天下を支配せらるる我が主君、高く光り輝く天皇の皇子は、天上の御殿に神々しくも神として鎮…

  • 草壁皇子が薨じた時に舎人等が悲しんで作った歌(3)・・・巻第2-185~189

    訓読 >>> 185水(みな)伝ふ礒(いそ)の浦廻(うらみ)の岩つつじ茂(も)く咲く道をまたも見むかも 186一日(ひとひ)には千(ち)たび参りし東(ひむがし)の大き御門(みかど)を入りかてぬかも 187つれもなき佐田(さだ)の岡辺(をかへ)に帰り居(ゐ)ば島の御橋(みはし)に誰(た)れか住まはむ 188朝ぐもり日の入(い)り行けばみ立たしの島に下(お)り居(ゐ)て嘆きつるかも 189朝日(あさひ)照る島の御門(みかど)におほほしく人音(ひとおと)もせねばまうら悲しも 要旨 >>> 〈185〉水際に沿う磯辺にいっぱい咲いている岩つつじ、その道を再び目にすることがあろうか。 〈186〉ご生前は、…

  • つのさはふ磐余も過ぎず泊瀬山・・・巻第3-282

    訓読 >>> つのさはふ磐余(いはれ)も過ぎず泊瀬山(はつせやま)いつかも越えむ夜(よ)は更けにつつ 要旨 >>> まだ磐余の地も過ぎていない。こんなことでは、泊瀬の山を越えるのはいったいいつになるだろう。夜はもう更けてしまったというのに。 鑑賞 >>> 春日蔵首老(かすがのくらびとおゆ)の歌。春日蔵首老は、弁記という法名の僧だったのが、朝廷の命により還俗させられ、春日倉首(かすがのくらのおびと)の姓と老の名を賜わったとされる人物です。『万葉集』には8首の歌が載っています(「春日歌」「春日蔵歌」と記されている歌を老の作とした場合)。 「つのさはふ」は、蔦の這う意で、「磐余」の枕詞。「磐余」は、…

  • 東歌(77)・・・巻第14-3534

    訓読 >>> 赤駒(あかごま)が門出(かどで)をしつつ出(い)でかてにせしを見立てし家の子らはも 要旨 >>> 私の乗った赤毛の馬が、出発のときに渋るのを、見送ってくれた家の妻は、ああ、今ごろどうしているのか。 鑑賞 >>> 「赤駒」は、赤みを帯びた毛色の馬。「門出」は、防人や衛士・仕丁などに徴されてのことと思われ、乗馬で行くのは、ある地点までだっただろうとされます。「出でかてにせしを」は、出て行きにくそうにしたのを。「かて」は、可能の意の「かつ」の未然形。「見立てし」は、見送っていた。「はも」は、詠嘆の終助詞。 和銅5年(712年)正月十六日の詔に「諸国の役民郷に還る日、食糧絶え乏しく、多く…

  • 玉葛実ならぬ木には・・・巻第2-101~102

    訓読 >>> 101玉葛(たまかづら)実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに 102玉葛(たまかづら)花のみ咲きてならずあるは誰(た)が恋にあらめ我(あ)は恋ひ思(も)ふを 要旨 >>> 〈101〉玉葛のように実の成らない木には、恐ろしい神が取り憑くと世間ではいいます。実の成らない木ごとに。 〈102〉玉葛のように花だけが咲いて実が成らないというのは、誰の恋のことでしょう(あなたの恋にほかなりません)。私の方はひたすら恋い慕っていますのに。 鑑賞 >>> 101は、「大伴宿祢(おほとものすくね)、巨勢郎女(こせのいらつめ)を娉(よば)ふ時」、つまり結婚しようと言い寄った時の歌、1…

  • 大伴の高石の浜の松が根を・・・巻第1-66~68

    訓読 >>> 66大伴(おほとも)の高石(たかし)の浜の松が根を枕(まくら)き寝(ぬ)れど家し偲(しの)はゆ 67旅にしてもの恋(こほ)しきに鶴(たづ)が音(ね)も聞こえざりせば恋ひて死なまし 68大伴(おほとも)の御津(みつ)の浜なる忘れ貝(がひ)家なる妹(いも)を忘れて思へや 要旨 >>> 〈66〉美しい大伴の高石の浜に立つ松の根、その根を枕にして寝ていても、やはり大和の家が偲ばれてならない。 〈67〉旅先でただでさえもの恋しいのに、鶴の鳴き声すら聞こえなかったら、家恋しさのあまり死んでしまうだろう。 〈68〉大伴の御津の浜にある忘れ貝だが、家に残っている妻のことをどうして忘れたりしよう。…

  • 在り嶺よし対馬の渡り・・・巻第1-62

    訓読 >>> 在(あ)り嶺(ね)よし対馬(つしま)の渡り海中(わたなか)に幣(ぬさ)取り向けて早(はや)帰り来ね 要旨 >>> 対馬の海を渡るときに、海の神への幣をささげて、一日も早く無事に帰って来てほしい。 鑑賞 >>> 三野連(みののむらじ)が遣唐使として唐に渡るときに、春日蔵首老(かすがのくらびとおゆ)が作った歌。三野連の名は岡麻呂で、霊亀2年(716年)に従五位下を賜わった人。大宝2年(702年)に入唐し、この時には山上憶良も同行していたとされます。朝鮮半島に沿って進む航路(北路)は比較的安全とされましたが、後に新羅との関係が悪化してからは東シナ海(南路)を渡らざるを得なくなりました。…

  • 流らふる妻吹く風の・・・巻第1-59

    訓読 >>> 流(なが)らふる妻(つま)吹く風の寒き夜(よ)に我(わ)が背(せ)の君はひとりか寝(ぬ)らむ 要旨 >>> 絶え間なく風が横なぐりに吹きつける寒い夜、私のあの人は、たった独りで寂しく寝ているのでしょうか。 鑑賞 >>> 誉謝女王(よざのおほきみ)の歌。誉謝女王は、『続日本紀』の慶雲3年(706年)6月24日の条に「従四位下で卒」とあるほかは伝未詳。『万葉集』には、この1首のみ。 「流らふる」は、雨や雪、花びらなどが空から降って移動していく意。第2句の「妻吹く風の」の原文は「妻吹風之」で、家の切妻の部分に横なぐりに吹く風、または「妻風」として「つむじ風」と解する、あるいは「雪」「妾…

  • 春雨のやまず降る降る・・・巻第10-1932~1933

    訓読 >>> 1932春雨のやまず降る降る我(あ)が恋ふる人の目すらを相(あひ)見せなくに 1933我妹子(わぎもこ)に恋ひつつ居(を)れば春雨のそれも知るごとやまず降りつつ 要旨 >>> 〈1932〉春雨が絶え間なく降り続いて、私の恋しい人は、お顔すらも見せてくれない。 〈1933〉あなたを恋しく思い続けていると、春雨が、そんな私の気持を知っているかのように、絶え間なく降り続けている。 鑑賞 >>> 問答歌(問いかけの歌とそれに答える歌によって構成される唱和形式の歌)。1932は女の歌、1933はそれに答えた男の歌。1932の「降る降る」は原文「零々」で、「降り降り」と訓む説もあります。「目…

  • 丹生の川瀬は渡らずて・・・巻第2-130

    万葉集(巻第2)130

  • 東歌(76)・・・巻第14-3415~3416

    訓読 >>> 3415上(かみ)つ毛野(けの)伊香保(いかほ)の沼(ぬま)に植(う)ゑ小水葱(こなぎ)かく恋ひむとや種(たね)求めけむ 3416上(かみ)つ毛野(けの)可保夜(かほや)が沼(ぬま)のいはゐつら引かばぬれつつ我(あ)をな絶えそね 要旨 >>> 〈3415〉上野の伊香保の沼に植えてある小水葱。こんなに恋に苦しもうとして、わざわざ種を求めたわけでもないのに。 〈3416〉上野の可保夜が沼に生えるいわい葛(づら)のように、引き寄せたらほどけて私に寄り添い、決して私との仲を絶やさないでおくれ。 鑑賞 >>> 上野(かみつけの)の国の歌。3415の「伊香保の沼」は、榛名山上の榛名湖とされま…

  • 言とはぬ木すら春咲き秋づけば・・・巻第19-4160~4162

    訓読 >>> 4160天地(あめつち)の 遠き初めよ 世の中は 常なきものと 語り継ぎ 流らへ来(き)たれ 天(あま)の原 振り放(さ)け見れば 照る月も 満ち欠けしけり あしひきの 山の木末(こぬれ)も 春されば 花咲きにほひ 秋づけば 露霜(つゆしも)負(お)ひて 風(かぜ)交(ま)じり 黄葉(もみち)散りけり うつせみも かくのみならし 紅(くれなゐ)の 色もうつろひ ぬばたまの 黒髪(くろかみ)変はり 朝の笑(ゑ)み 夕(ゆふへ)変はらひ 吹く風の 見えぬがごとく 行く水の 止まらぬごとく 常もなく うつろふ見れば 庭(には)たづみ 流るる涙(なみだ) 留(とど)めかねつも 4161言…

  • 山吹の咲きたる野辺のつぼすみれ・・・巻第8-1444

    訓読 >>> 山吹(やまぶき)の咲きたる野辺(のへ)のつぼすみれこの春の雨に盛りなりけり 要旨 >>> 山吹の咲いている野辺のツボスミレが、この春雨の中で、たくさん咲いています。 鑑賞 >>> 高田女王(たかたのおおきみ)の歌。高田女王は、天武天皇の曾孫である高安王の娘で、長皇子の曾孫。叔父の今城王(いまきのおおきみ)に贈った歌が、巻第4-537~542に載っています。『万葉集』には7首。 「つぼすみれ」は、スミレ科の多年草。草丈が人の足首から脛ほどで、長く茎を出し、白くて小さな花をつけますが、あまり目立ちません。庭(坪)に生えていることから、この名がつきました。別名ニョイスミレともいいます。…

  • 東歌(75)・・・巻第14-3374~3375

    訓読 >>> 3374武蔵野(むざしの)に占部(うらへ)肩焼きまさでにも告(の)らぬ君が名(な)占(うら)に出(で)にけり 3375武蔵野(むざしの)のをぐきが雉(きぎし)立ち別れ去(い)にし宵(よひ)より背(せ)ろに逢(あ)はなふよ 要旨 >>> 〈3374〉武蔵野で占いをして、骨を焼いたら、実際にあなたの名前など口に出さなかったのに、その占いに出てきてしまいました。 〈3375〉武蔵野の窪地に巣食う雉のように、飛び立つように行ってしまったたあの夜から、あの人に逢っていません。 鑑賞 >>> 3374の「武蔵野」は、荒川と多摩川の間の平野。この時代には「むざしの」とにごって発音したようです。…

  • 白波の浜松が枝の手向けくさ・・・巻第1-34

    訓読 >>> 白波(しらなみ)の浜松が枝(え)の手向(たむ)けくさ幾代(いくよ)までにか年の経ぬらむ [一に云ふ 年は経にけむ] 要旨 >>> 白波の寄せる浜辺の松の枝に結ばれた、この手向けのものは、結ばれてからもうどれほどの年月が経ったのだろうか。 鑑賞 >>> 題詞に「(持統4年:690年)紀伊の国に幸(いでま)す時に、川島皇子の作らす歌。或いは云ふ山上臣憶良の作れる」とあります。川島皇子は、天智天皇の第二皇子、持統天皇の弟で、天武8年(679年)5月の吉野盟約に参加した6皇子の一人。天武10年(681年)には、忍壁皇子らとともに帝紀および上古の諸事を選録(『日本書紀』編纂の始まり)、『懐…

  • 我が宿の尾花が上の白露を・・・巻第8-1572

    訓読 >>> 我(わ)が宿(やど)の尾花(をばな)が上の白露(しらつゆ)を消(け)たずて玉に貫(ぬ)くものにもが 要旨 >>> 我が家の庭の尾花に付いている白露を、消さずにそのまま玉(真珠)のように緒に貫き通せたらよいのに。 鑑賞 >>> 大伴家持の「白露の歌」。「白露(しらつゆ)」は、漢語「白露」の翻読語。ここは、朝日に輝く露。「宿」は、家の敷地、庭先。「尾花」は、ススキの穂。「消たずて」は、消えてしまわないで、すなわち「そのまま」の意。「もが」は、願望。本来はできるはずのない「露の玉を糸に通す」ことを願望する空想の歌です。 大伴家持の略年譜 718年 家持生まれる(在京)724年 聖武天皇…

  • しなざかる越に五年住み住みて・・・巻第19-4250~4251

    訓読 >>> 4250しなざかる越(こし)に五年(いつとせ)住み住みて立ち別れまく惜(を)しき宵(よひ)かも 4251玉桙(たまほこ)の道に出で立ち行く我(わ)れは君が事跡(ことと)を負(お)ひてし行かむ 要旨 >>> 〈4250〉五年もの間、越の国に住み続け、別れて旅立つことが、名残惜しくてたまらない今宵です。 〈4251〉都に出立する私は、あなたがなされた功績を、しっかり背負って行きましょう。 鑑賞 >>> 大伴家持の歌。少納言に遷任することとなった家持は、同時に大帳使に任ぜられ、8月5日に都へ向けて出発することになり、前日の4日に、介(すけ:次官)の内蔵伊美吉縄麻呂(くらのいみきなわまろ…

  • 黒牛の海紅にほふ・・・巻第7-1218~1222

    訓読 >>> 1218黒牛(くろうし)の海(うみ)紅(くれなゐ)にほふももしきの大宮人(おほみやびと)し漁(あさ)りすらしも 1219若(わか)の浦に白波立ちて沖つ風寒き夕(ゆうへ)は大和し思ほゆ 1220妹(いも)がため玉を拾(ひり)ふと紀の国の由良(ゆら)のみ崎にこの日暮らしつ 1221我(わ)が舟の楫(かぢ)はな引きそ大和より恋ひ来(こ)し心いまだ飽かなくに 1222玉津島(たまつしま)見れども飽かずいかにして包み持ち行かむ見ぬ人のため 要旨 >>> 〈1218〉黒牛の海が紅に照り映えている。従駕の女官たちが、岸辺で魚をとったり貝をあさったりしているらしい。 〈1219〉和歌浦に白波が立…

  • こと放けば沖ゆ放けなむ・・・巻第7-1400~1402

    訓読 >>> 1400島伝(しまづた)ふ足早(あばや)の小舟(をぶね)風守り年はや経(へ)なむ逢(あ)ふとはなしに 1401水霧(みなぎ)らふ沖つ小島(こしま)に風をいたみ舟寄せかねつ心は思へど 1402こと放(さ)けば沖ゆ放(さ)けなむ港(みなと)より辺著(へつ)かふ時に放(さ)くべきものか 要旨 >>> 〈1400〉島伝いに行く舟足の速い小舟、そんな舟であるのに、風向きをうかがっているうちに年をとってしまうのか、巡り逢うこともなく。 〈1401〉水煙でかすんでいる彼方の小島には、風があまりに激しいので近寄ろうにも近寄りかねている。心では思っているのだが。 〈1402〉同じ遠ざけるなら沖にい…

  • たらちねの母が養ふ蚕の繭隠り・・・巻第11-2495~2497

    訓読 >>> 2495たらちねの母が養(か)ふ蚕(こ)の繭隠(まよごも)り隠(こも)れる妹(いも)を見むよしもがも 2496肥人(こまひと)の額髪(ぬかがみ)結(ゆ)へる染木綿(しめゆふ)の染(し)みにし心我れ忘れめや [一云 忘らえめやも] 2497隼人(はやひと)の名に負(お)ふ夜声(よごゑ)のいちしろく我が名は告(の)りつ妻と頼ませ 要旨 >>> 〈2495〉母親が飼っている蚕が繭にこもっているように、家にこもって外に出ないあの子に逢う手段はないものか。 〈2496〉肥人(こまひと)が前髪を結んでいる染木綿(しめゆふ)のように、深く染みこんでしまった私の思い、この思いをどうして忘れたりし…

  • 赤駒を廏に立て黒駒を・・・巻第13-3278~3279

    訓読 >>> 3278赤駒(あかごま)を 廏(うまや)に立て 黒駒(くろこま)を 廏に立てて それを飼ひ 我(わ)が行くごとく 思ひ妻(づま) 心に乗りて 高山(たかやま)の 峰(みね)のたをりに 射目(いめ)立てて 鹿猪(しし)待つごとく 床(とこ)敷(し)きて 我(あ)が待つ君を 犬(いぬ)な吠(ほ)えそね 3279葦垣(あしかき)の末(すゑ)かき別(わ)けて君(きみ)越(こ)ゆと人にな告(つ)げそ事(こと)はたな知れ 要旨 >>> 〈3278〉赤駒を厩に立たせ、黒駒を厩に立たせ、それを世話して、私が乗って行くかのように、いとしい妻が心に乗りかかってくる。(ここまで男性の心情)。高山の嶺の…

  • 常人の恋ふといふよりはあまりにて・・・巻第18-4080~4084

    訓読 >>> 4080常人(つねひと)の恋ふといふよりはあまりにて我(わ)れは死ぬべくなりにたらずや 4081片思ひを馬にふつまに負(お)ほせ持て越辺(こしへ)に遣(や)らば人かたはむかも 4082天離(あまざか)る鄙(ひな)の奴(やつこ)に天人(あめひと)しかく恋すらば生ける験(しるし)あり 4083常(つね)の恋いまだやまぬに都より馬に恋(こひ)来(こ)ば担(にな)ひ堪(あ)へむかも 4084暁(あかとき)に名告(なの)り鳴くなる霍公鳥(ほととぎす)いやめづらしく思ほゆるかも 要旨 >>> 〈4080〉世の一般の人がいう恋を通り越して、私は死ぬ思いでいるではありませんか。 〈4081〉私の…

  • 我が背子に恋ふとにしあらし・・・巻第12-2942~2943

    訓読 >>> 2942我(わ)が背子(せこ)に恋ふとにしあらしみどり子の夜泣きをしつつ寐(い)ねかてなくは 2943我(わ)が命(いのち)し長く欲(ほ)しけく偽(いつは)りをよくする人を捕(とら)ふばかりを 要旨 >>> 〈2942〉あの人に心底恋い焦がれているらしい。まるで赤子のように夜泣きして寝られないのは。 〈2943〉私の命は長くあって欲しい。嘘をついてだましたあの男をいつか掴まえて懲らしめるために。 鑑賞 >>> 「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。2942の「恋ふとにし」の「し」は、強意の副助詞。「みどり子」は、生まれてから3歳くらいまでの幼子のこと「あらし」は「あるらし」…

  • 東歌(74)・・・巻第14-3546~3548

    訓読 >>> 3546青柳(あをやぎ)の張らろ川門(かはと)に汝(な)を待つと清水(せみど)は汲(く)まず立ち処(ど)平(なら)すも 3547あぢの住む須沙(すさ)の入江の隠(こも)り沼(ぬ)のあな息(いき)づかし見ず久(ひさ)にして 3548鳴る瀬ろに木屑(こつ)の寄(よ)すなすいとのきて愛(かな)しけ背(せ)ろに人さへ寄すも 要旨 >>> 〈3546〉青柳は芽を吹く川の渡しであなたを待っています。清水を汲まずに行ったり来たりしているので、地面が平らになっています。 〈3547〉アジガモの棲む須沙の入江の、水の淀んだ沼のように、うっとうしくて息が詰まりそうだ。長く逢っていないから。 〈354…

  • 東歌(73)・・・巻第14-3363

    訓読 >>> わが背子(せこ)を大和(やまと)へ遣(や)りてまつしだす足柄山(あしがらやま)の杉の木(こ)の間(ま)か 要旨 >>> 愛する人を大和の国へ行かせてしまい、その無事の帰りを私が立って待っている足柄山の杉木立よ。 鑑賞 >>> 相模の国(神奈川県)の歌。「遣りて」は、行かせて。大和に出向いたのは、調・庸の運搬、または成人男子に課される衛士や仕丁などの力役負担のための出張だったと見られます。「まつしだす」は難解で、上掲の解釈のほか、旅立った夫の無事を祈るための、松を立てるという呪法とする説もあります(「し」は強意、「だす」は「立つ」の東語と見る)。「足柄山」は、具体的な一つの山の名前…

  • ますらをは友の騒きに慰もる・・・巻第11-2570~2571

    訓読 >>> 2570かくのみし恋ひば死ぬべみたらちねの母にも告げず止(や)まず通(かよ)はせ 2571ますらをは友の騒(さわ)きに慰(なぐさ)もる心もあらむ我(われ)そ苦しき 要旨 >>> 〈2570〉こんなに恋い焦がれてばかりいると死んでしまいそうなので、母に打ち明けました。あなた、絶えず通って来て下さい。 〈2571〉男の人は友だちと騒いで憂さを晴らすこともできるでしょう。けれど、女の私はそれもできなくて苦しくてなりません。 鑑賞 >>> 「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。2570の「かくのみし」は、このようにばかり。「し」は、強意の副助詞。「死ぬべみ」は、死んでしまいそうなの…

  • 妹がためほつ枝の梅を手折るとは・・・巻第10-2330~2332

    訓読 >>> 2330妹(いも)がためほつ枝(え)の梅を手折(たを)るとは下枝(しづえ)の露(つゆ)に濡れにけるかも 2331八田(やた)の野の浅茅(あさぢ)色づく有乳山(あらちやま)嶺(みね)の淡雪(あわゆき)寒く散るらし 2332さ夜(よ)更(ふ)けば出(い)で来(こ)む月を高山(たかやま)の嶺(みね)の白雲(しらくも)隠(かく)すらむかも 要旨 >>> 〈2330〉あの子のために梅を上枝を手折ろうとして、下枝の露に濡れてしまったことだ。 〈2331〉八田の野の浅茅が色づいてきた。有乳山の嶺では、淡雪が寒々と降ることだろう。 〈2332〉夜が更けたら出て来てもよい月なのに、高山の峰にかかっ…

  • 宴席の歌(11)・・・巻第20-4452~4453

    訓読 >>> 4452娘子(をとめ)らが玉裳(たまも)裾引(すそび)くこの庭に秋風吹きて花は散りつつ 4453秋風の吹き扱(こ)き敷(し)ける花の庭清き月夜(つくよ)に見れど飽かぬかも 要旨 >>> 〈4452〉乙女たちが裳裾を引いて優雅に行き来するこの庭に、秋風が吹いて萩の花がしきりに散っている。 〈4453〉秋風が吹きしごいて萩の花が一面に散り敷いた庭は、清らかな月に照らされて、見ても見飽きることがない。 鑑賞 >>> 天平勝宝7年(755年)8月13日、内裏の南安殿(みなみのやすみどの)で酒宴をお催しになったときの歌2首。4452は、内匠頭(たくみのかみ:内匠寮の長官)兼播磨守(はりまの…

  • 風高く辺には吹けども妹がため・・・巻第4-782

    訓読 >>> 風高く辺(へ)には吹けども妹(いも)がため袖(そで)さへ濡(ぬ)れて刈れる玉藻(たまも)ぞ 要旨 >>> 風が激しく海辺に吹いていましたが、あなたに贈るために、着物の袖まで濡らして刈り取った藻ですよ。 鑑賞 >>> 紀女郎が、玉藻に包んだみやげ物を女友達に贈った歌で、みやげ物の中身は伏せられています。「風高く」は、漢詩文の「風高」に拠る表現。「辺」は、海岸。「玉藻」の「玉」は、美称。人に物を贈る時には、苦労して手に入れた物だと言う、上代の習わしに従っています。また、贈り物の中身ではなく、それを包む藻のことだけを詠んでいるところに、郎女の気働きと機智があり、包みにさえも価値を付加し…

  • さざれ波礒越道なる・・・巻第3-314

    訓読 >>> さざれ波(なみ)礒(いそ)越道(こしぢ)なる能登瀬川(のとせがは)音の清(さや)けさ激(たぎ)つ瀬ごとに 要旨 >>> 小さい波が磯を越すという、越への道の能登瀬川、その川の音の清々しいことよ、流れの激しい瀬ごとに。 鑑賞 >>> 波多朝臣小足(はたのあそみおたり:伝未詳)の歌。『万葉集』にはこの1首のみ。何らかの事情で越へ行く途中、能登瀬川の流れの音に聞き入って詠んだ歌。「さざれ波磯」は「越」を導く序詞。「さざれ波」は、小さな波。「磯」は、石の多い海岸のことですが、この時代には、池、川などにも言いました。「越道なる」の「なる」は「~にある」で、越の国へ行く道にある。「能登瀬川」…

  • 防人の歌(47)・・・巻第20-4371

    訓読 >>> 橘(たちばな)の下(した)吹く風の香(か)ぐはしき筑波(つくは)の山を恋ひずあらめかも 要旨 >>> 橘の実のなっている木陰を吹く風のように、なつかしい筑波の山を、どうして恋い焦がれずにいられようか。 鑑賞 >>> 常陸国の防人の歌。作者は、助丁の占部広方(うらべのひろかた)。「橘」は、ミカン科の常緑樹で、常世の国の木と伝えられる聖木。初夏に芳香のある白色の花が咲きます。時は1月であるので、ここは熟した実を指したもの。「香ぐはしき」は、香りが霊妙な。「恋ひずあらめかも」の「かも」は反語で、恋い焦がれずにいられようか。 「橘」の起源伝説 橘は、『日本書紀』によれば、垂仁天皇の代に、…

  • 梓弓春山近く家居れば・・・巻第10-1829~1831

    訓読 >>> 1829梓弓(あづさゆみ)春山(はるやま)近く家(いへ)居(を)れば継(つ)ぎて聞くらむ鴬(うぐひす)の声 1830うち靡(なび)く春さり来れば小竹(しの)の末(うれ)に尾羽(をは)打ち触れて鶯(うぐひす)鳴くも 1831朝霧(あさぎり)にしののに濡(ぬ)れて呼子鳥(よぶこどり)三船(みふね)の山ゆ鳴き渡る見ゆ 要旨 >>> 〈1829〉春になると、山近くに住んでいらっしゃるあなたは、ひっきりなしにお聞きなのでしょうね、鶯の声を。 〈1830〉春がやってくると、小竹の先に尾や羽を触れながら、鶯が鳴きだすよ。 〈1831〉朝霧にしっぽりと濡れて、呼子鳥が、三船の山を鳴き渡っているの…

  • 百伝ふ八十の島廻を・・・巻第7-1398~1399

    訓読 >>> 1398楽浪(ささなみ)の志賀津(しがつ)の浦の舟乗りに乗りにし心(こころ)常(つね)忘らえず 1399百伝(ももづた)ふ八十(やそ)の島廻(しまみ)を漕(こ)ぐ舟に乗りにし心忘れかねつも 要旨 >>> 〈1398〉楽浪の志賀津の港の舟に乗るように、あの子が乗ってきた私の心、いつ何時も忘れることはない。 〈1399〉多くの島々を巡って漕ぎ行く舟に乗るように、あの子が乗ってきた私の心、忘れようにも忘れることができない。 鑑賞 >>> 「舟に寄せる歌」。1398の「楽浪」は、琵琶湖の西南岸一帯。「志賀津」は、志賀の港で、今の大津市。「舟乗りに」の「に」は、のごとく。「乗りにし心」は、…

  • 我が蒔ける早稲田の穂立・・・巻第8-1624~1626

    訓読 >>> 1624我(わ)が蒔(ま)ける早稲田(わさだ)の穂立(ほたち)作りたる蘰(かづら)ぞ見つつ偲(しの)はせ我(わ)が背(せ) 1625我妹子(わぎもこ)が業(なり)と作れる秋の田の早稲穂(わさほ)のかづら見れど飽(あ)かぬかも 1626秋風の寒きこのころ下(した)に着む妹(いも)が形見(かたみ)とかつも偲(しの)はむ 要旨 >>> 〈1624〉私が蒔いて育てた早稲田の稲穂でこしらえた蘰(かづら)をご覧になりながら、私のことをしのんで下さいね、あなた。 〈1625〉愛しいあなたが仕事で取り入れた秋の田の稲穂でこしらえた蘰は、いくら見ても見飽きることがありません。 〈1626〉秋風の寒…

  • 外に居て恋ふれば苦し我妹子を・・・巻第4-756~759

    訓読 >>> 756外(よそ)に居(ゐ)て恋ふれば苦し我妹子(わぎもこ)を継ぎて相(あひ)見む事計(ことはか)りせよ 757遠くあらばわびてもあらむを里近くありと聞きつつ見ぬがすべなさ 758白雲(しらくも)のたなびく山の高々(たかだか)に我(あ)が思ふ妹(いも)を見むよしもがも 759いかならむ時にか妹(いも)を葎生(むぐらふ)の汚(きた)なき屋戸(やど)に入(い)りいませてむ 要旨 >>> 〈756〉離れて住んでいて恋い慕っているのは苦しい。あなたと絶えず逢うことができるように工夫してください。 〈757〉遠く離れて住んでいるのなら、あきらめてわびしく過ごせもしましょうが、この里の近くと聞…

  • 青海原風波靡き・・・巻第20-4514

    訓読 >>> 青海原(あをうなはら)風波(かぜなみ)靡(なび)き行くさ来(く)さ障(つつ)むことなく船は速けむ 要旨 >>> 青々とした海原は、風も波も穏やかで、行きも帰りもつつがなく船は速く進むでしょう。 鑑賞 >>> 大伴家持の歌。題詞に「(天平宝字2年)二月の十日に、内相が宅にして渤海大使(ぼっかいたいし)小野田守朝臣(をののたもりのあそみ)等を餞する宴の歌」とある1首です。「内相」は、紫微中台(しびちゅうだい:皇后宮職を改称した行政機関)の長官・藤原仲麻呂のこと。「渤海大使」は、渤海に派遣される大使で、渤海は7~10世紀初頭まで中国東北部、朝鮮半島北部、ロシアの沿海地方にかけて存在した…

  • 白栲の袖はまゆひぬ我妹子が・・・巻第11-2608~2610

    訓読 >>> 2608妹(いも)が袖(そで)別れし日より白たへの衣(ころも)片敷(かたし)き恋ひつつぞ寝(ぬ)る 2609白栲(しろたへ)の袖(そで)はまゆひぬ我妹子(わぎもこ)が家のあたりをやまず振りしに 2610ぬばたまの我(わ)が黒髪(くろかみ)を引きぬらし乱れてさらに恋ひわたるかも 要旨 >>> 〈2608〉この袖と交わしたあの子の袖、別れたその日から、ずっと自分の衣だけを敷いて、恋しく思いながら一人寂しく寝ている。 〈2609〉わが袖はすっかりほつれてしまった。彼女の家のあたりに向かっては、やむことなく振り続けてきたので。 〈2610〉黒髪を引きほどいて、身も心も取り乱し、さらにいっ…

  • 紅の八しほの衣朝な朝な・・・巻第11-2623~2624

    訓読 >>> 2623紅(くれなゐ)の八(や)しほの衣(ころも)朝な朝な馴(な)れはすれどもいやめづらしも 2624紅(くれなゐ)の濃染(こぞ)めの衣(きぬ)色深く染(し)みにしかばか忘れかねつる 要旨 >>> 〈2623〉幾度も染めた紅の着物のように、朝ごとに慣れ親しんでいるけれど、それでもあなたはますます可愛いことだ。 〈2624〉紅の色濃く染めた着物のように、心に深く染みついたせいか、忘れようにも忘れられない。 鑑賞 >>> 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。2623の上2句は「朝な朝な馴れはすれども」を導く序詞。「朝な朝な」は、朝ごとに、毎朝。「八しほの衣」は、何度も重ねて染め…

  • 我妹子し我を偲ふらし・・・巻第12-3144~3145

    訓読 >>> 3144旅の夜(よ)の久しくなればさ丹(に)つらふ紐(ひも)解き放(さ)けず恋ふるこのころ 3145我妹子(わぎもこ)し我(あ)を偲(しの)ふらし草枕(くさまくら)旅の丸寝(まろね)に下紐(したびも)解けぬ 要旨 >>> 〈3144〉旅の夜が長く続くので、妻の色鮮やかな赤い紐を解き放つこともないまま、恋い焦れてばかりいるこのごろだ。 〈3145〉愛しい妻が私をしきりに偲んでいるにちがいない。旅のごろ寝で、下着の紐がほどけてしまった。 鑑賞 >>> 「羈旅発思(旅にあって思いを発した歌)」。3144の「さ丹つらふ」の「さ」は接頭語、「丹つらふ」は、赤く美しい意で、妻の紐の色であるの…

  • 宴席の歌(10)・・・巻第20-4501~4505

    訓読 >>> 4501八千種(やちくさ)の花は移ろふ常盤なる松のさ枝(えだ)を我(わ)れは結ばな 4502梅の花咲き散る春の長き日を見れども飽(あ)かぬ礒(いそ)にもあるかも 4503君が家(いへ)の池の白波(しらなみ)礒(いそ)に寄せしばしば見とも飽(あ)かむ君かも 4504うるはしと我(あ)が思(も)ふ君はいや日異(ひけ)に来ませ我(わ)が背子(せこ)絶ゆる日なしに 4505礒(いそ)の浦に常(つね)呼(よ)び来(き)住(す)む鴛鴦(をしどり)の惜(を)しき我(あ)が身は君がまにまに 要旨 >>> 〈4501〉さまざまの花は移ろうものですが、不変である松の木の枝を、私は結ぼうと思います。 …

  • 宴席の歌(9)・・・巻第20-4496~4500

    訓読 >>> 4496恨(うら)めしく君はもあるか宿(やど)の梅の散り過ぐるまで見しめずありける 4497見むと言はば否(いな)と言はめや梅の花散り過ぐるまで君が来まさぬ 4498はしきよし今日(けふ)の主人(あるじ)は礒松(いそまつ)の常(つね)にいまさね今も見るごと 4499我(わ)が背子(せこ)しかくし聞こさば天地(あめつち)の神を乞(こ)ひ祷(の)み長くとぞ思ふ 4500梅の花(はな)香(か)をかぐはしみ遠けども心もしのに君をしぞ思ふ 要旨 >>> 〈4496〉何と恨めしいお方であることか。お庭の梅が散りすぎるまで、見せて下さらなかったとは。 〈4497〉見たいと言ってくだされば、否と…

  • 我がやどに蒔きしなでしこいつしかも・・・巻第8-1448

    訓読 >>> 我がやどに蒔きしなでしこいつしかも花に咲きなむなそへつつ見む 要旨 >>> 私の家の庭に蒔いたナデシコの花は、いつになったら咲くのだろうか。その花を君だと思って眺めます。 鑑賞 >>> 大伴家持が、坂上家にいる大嬢に贈った歌。「やど」は、家の敷地、庭先。「いつしかも」の「し」は強意で、「か」は疑問。いつになったら、早く。「なそへ」は、大嬢になぞらえる意。この歌は「春の相聞」の冒頭に位置しており、ナデシコの秋の開花を待つ、すなわち大嬢の女性としての成長を待つ歌となっています。時は天平5年(733年)春であり、家持は早く大嬢と結婚したかったと見えます。 大伴家持の略年譜 718年 家…

  • 白玉を手には巻かずに箱のみに・・・巻第7-1324~1325

    訓読 >>> 1324葦(あし)の根のねもころ思ひて結びてし玉の緒(を)といはば人(ひと)解(と)かめやも 1325白玉(しらたま)を手には巻かずに箱のみに置けりし人ぞ玉(たま)嘆(なげ)かする 要旨 >>> 〈1324〉葦(あし)の根のようにしっかり結び合わせた真珠の紐だということなら、それを他人が解ける筈はあるまい。 〈1325〉白玉を手に巻くことなく、箱の中にしまいっぱなしの人が、その白玉を嘆かせているのだ。 鑑賞 >>> 「玉に寄せる」歌。1324の「葦の根の」は「ねもころ」の枕詞。「ねもころ」は、心を込めての意。「玉の緒」は、玉を貫き通す紐のことで、固い夫婦の契りの喩え。「解かめやも…

  • 渋谿の崎の荒礒に寄する波・・・巻第17-3985~3987

    訓読 >>> 3985射水川(いみづがは) い行き廻(めぐ)れる 玉櫛笥(たまくしげ) 二上山(ふたがみやま)は 春花(はるはな)の 咲ける盛りに 秋の葉の にほへる時に 出で立ちて 振り放(さ)け見れば 神(かむ)からや そこば貴(たふと)き 山からや 見が欲(ほ)しからむ 統(す)め神(かみ)の 裾廻(すそみ)の山の 渋谿(しぶたに)の 崎の荒礒(ありそ)に 朝なぎに 寄する白波 夕なぎに 満ち来る潮(しほ)の いや増しに 絶ゆることなく いにしへゆ 今のをつつに かくしこそ 見る人ごとに 懸(か)けて偲(しの)はめ 3986渋谿(しぶたに)の崎の荒礒(ありそ)に寄する波いやしくしくに古(…

  • 梅花の歌(6)・・・巻第5-816~817

    訓読 >>> 816梅の花今咲けるごと散り過ぎず我(わ)が家(へ)の園にありこせぬかも 817梅の花咲きたる園の青柳(あをやぎ)は縵(かづら)にすべくなりにけらずや 要旨 >>> 〈816〉梅の花よ、今咲いているように、散り過ぎることなく我らの庭に咲き続けておくれ。 〈817〉梅の花が咲き匂うこの庭園の青柳も芽吹いて、これも縵にできるほどになったではないか。 鑑賞 >>> 天平2年正月13日、大伴旅人の邸宅で催された梅花の宴で、賓客の中で最高位の太宰大弐・紀男人(きのおひと)の歌(815)に続いての歌。作者は、816が、小弐の小野老(おののおゆ)、817が、同じく小弐の粟田人上(あわたのひとか…

  • 君来ずは形見にせむと・・・巻第11-2483~2485

    訓読 >>> 2483敷栲(しきたへ)の衣手(ころもで)離(か)れて玉藻(たまも)なす靡(なび)きか寝(ぬ)らむ我(わ)を待ちかてに 2484君(きみ)来(こ)ずは形見(かたみ)にせむと我(わ)がふたり植ゑし松の木(き)君を待ち出(い)でむ 2485袖(そで)振らば見ゆべき限り我(わ)れはあれどその松が枝(え)に隠(かく)らひにけり 要旨 >>> 〈2483〉共寝の袖も離れ離れのまま、あの子は一人で玉藻のように黒髪をなびかせて寝ているだろうか、この私を待つことができずに。 〈2484〉あなたがいらっしゃらない時は、眺めて思い出そうと、二人で植えた松の木です。だから、待ったら必ず来てくれるでしょ…

  • 竹取の翁と乙女らの歌(3)・・・巻第16-3799~3802

    訓読 >>> 3799あにもあらじおのが身のから人の子の言(こと)も尽(つく)さじ我(わ)れも寄りなむ 3800はだすすき穂(ほ)にはな出(い)でそ思ひたる心は知らゆ我(わ)れも寄りなむ 3801住吉(すみのえ)の岸野(きしの)の榛(はり)ににほふれどにほはぬ我(わ)れやにほひて居(を)らむ 3802春の野の下草(したくさ)靡(なび)き我(わ)れも寄りにほひ寄りなむ友のまにまに 要旨 >>> 〈3799〉何ということもない私の身で、一人前の口をたたくなんていたしません、私もお爺さんに従いましょう。 〈3800〉はだ薄の穂のように表面に出したりなさいますな。お爺さんを思っている皆さんの心はお見通…

  • 竹取の翁と乙女らの歌(2)・・・巻第16-3794~3798

    訓読 >>> 3794はしきやし翁(おきな)の歌におほほしき九(ここの)の子らや感(かま)けて居(を)らむ 3795恥(はぢ)を忍(しの)び恥を黙(もだ)して事もなく物言はぬ先(さき)に我(わ)れは寄りなむ 3796否(いな)も諾(を)も欲しきまにまに許すべき顔(かほ)見ゆるかも我(わ)れも寄りなむ 3797死にも生きも同(おや)じ心と結びてし友や違(たが)はむ我(わ)れも寄りなむ 3798何すと違(たが)ひは居(を)らむ否も諾(を)も友の(な)並み並み我(わ)れも寄りなむ 要旨 >>> 〈3794〉ああ、いとおしいお爺さんの歌に、こんなぼんやりの私たち九人の女子は、ただ聞き惚れていてよいので…

  • 竹取の翁と乙女らの歌(1)・・・巻第16-3791~3793

    訓読 >>> 3791みどり子の 若子髪(わかごかみ)には たらちし 母に抱(むだ)かえ ひむつきの 這児(はふこ)髪には 木綿肩衣(ゆふかたぎぬ) 純裏(ひつら)に縫ひ着(き) 頚(うな)つきの 童髪(わらはがみ)には 結(ゆ)ひ幡(はた)の 袖(そで)つけ衣(ごろも) 着し我(わ)れを 丹(に)よれる 子らがよちには 蜷(みな)の腸(わた) か黒し髪を ま櫛(くし)持ち ここにかき垂(た)れ 取り束(つか)ね 上げても巻きみ 解き乱(みだ)り 童(わらは)になしみ さ丹(に)つかふ 色になつける 紫(むらさき)の 大綾(おほあや)の衣(きぬ) 住吉(すみのゑ)の 遠里小野(とほさとをの)の…

  • 草枕旅の悲しくあるなへに・・・巻第12-3141~3143

    訓読 >>> 3141草枕(くさまくら)旅の悲しくあるなへに妹(いも)を相(あひ)見て後(のち)恋ひむかも 3142国遠み直(ただ)には逢はず夢(いめ)にだに我(わ)れに見えこそ逢はむ日までに 3143かく恋ひむものと知りせば我妹子(わぎもこ)に言(こと)問はましを今し悔(くや)しも 要旨 >>> 〈3141〉旅は悲しいうえに、あの子に出会ってから後は、恋の辛さが加わることだ。 〈3142〉故郷が遠くてじかには逢えないが、せめて夢にだけでも、私に姿を見せてくれないか、再びめぐり逢える日まで。 〈3143〉こんなに恋しくなるものと分かっていたら、愛しいあの子にもっと言葉をかけてくるのだったのに、…

  • 佐保山にたなびく霞見るごとに・・・巻第3-470~474

    訓読 >>> 470かくのみにありけるものを妹(いも)も我(あ)れも千年(ちとせ)のごとく頼みたりけり 471家離(いへざか)りいます我妹(わぎも)を留(とど)めかね山隠(やまがく)りつれ心どもなし 472世間(よのなか)し常(つね)かくのみとかつ知れど痛き心は忍(しの)びかねつも 473佐保山(さほやま)にたなびく霞(かすみ)見るごとに妹(いも)を思ひ出(い)で泣かぬ日はなし 474昔こそ外(よそ)にも見しか我妹子(わぎもこ)が奥城(おくつき)と思へばはしき佐保山(さほやま) 要旨 >>> 〈470〉このようにばかり常のない世であるのに、妻も私も千年も続くかのように頼りにしていた。 〈471…

  • 朝な朝な通ひし君が・・・巻第11-2359~2360

    訓読 >>> 2359息の緒(を)に我(わ)れは思へど人目(ひとめ)多(おほ)みこそ 吹く風にあらばしばしば逢ふべきものを 2360人の親(おや)処女児(をとめこ)据(す)ゑて守山辺(もるやまへ)から 朝(あさ)な朝(さ)な通ひし君が来(こ)ねば悲しも 要旨 >>> 〈2359〉命がけで愛しているが、人の目が多くて思うように逢えない。もしも私が吹く風であったなら、たびたび逢えるものを。 〈2360〉人の親が我が娘を大切に守るという守山のあたりを通って、毎朝のように通って来ていたあなたが来なくなって悲しい。 鑑賞 >>> 『柿本人麻呂歌集』から、旋頭歌2首。2359は、人目が多いからという理由で…

  • 漢人も筏浮かべて遊ぶといふ・・・巻第19-4151~4153

    訓読 >>> 4151今日(けふ)のためと思ひて標(し)めしあしひきの峰(を)の上の桜かく咲きにけり 4152奥山の八(や)つ峰(を)の椿(つばき)つばらかに今日(けふ)は暮らさね大夫(ますらを)の伴(とも) 4153漢人(からひと)も筏(いかだ)浮かべて遊ぶといふ今日(けふ)ぞ我(わ)が背子(せこ)花かづらせな 要旨 >>> 〈4151〉今日の宴のためと思って標(しる)していた峰の上の桜が、このように見事に咲いてくれました。 〈4152〉奥山のあちこちの峰に咲く椿、その名のようにつばらかに(存分に)、今日一日は楽しもうではありませんか。お集りのますらおたちよ。 〈4153〉漢の人も筏を浮かべ…

  • 菅の根を引かば難みと・・・巻第3-414

    訓読 >>> あしひきの岩根(いはね)こごしみ菅(すが)の根を引かば難(かた)みと標(しめ)のみぞ結(ゆ)ふ 要旨 >>> 山の岩がごつごつしていて、そこに生えている山菅の根は、引いてもかたくて抜けないので、わが物との標縄を張っておくだけにしよう。 鑑賞 >>> 大伴家持の歌。「あしひきの」は山の枕詞ですが、ここでは「山」の意に用いています。「岩根」は、大きな岩。「こごしみ」は、ごつごつして険しいので。「引かば」の「引く」は、女性を誘って我が物とする意を含んでいます。「難みと」は、難しいので。「標」は、自身のものとする印。 誰に贈ったというのではなく、ここにぽつんと載っている歌ですが、すぐ近く…

  • 佐保川に鳴くなる千鳥何しかも・・・巻第7-1251~1252

    訓読 >>> 1251佐保川(さほがは)に鳴くなる千鳥(ちどり)何しかも川原(かはら)を偲(しの)ひいや川(かは)上(のぼ)る 1252人こそばおほにも言はめ我(わ)がここだ偲(しの)ふ川原を標(しめ)結(ゆ)ふなゆめ 要旨 >>> 〈1251〉佐保川で鳴いている千鳥、いったい何を慕って、ますます川を上っていくのでしょう。 〈1252〉他人は何でもない川原のように言うけれど、私がこんなにも恋い慕っている川原なのです。標など結って入れないようには決してしないでください。 鑑賞 >>> 「古歌集」の中にあるという「鳥を詠む」問答歌。実は恋の歌であり、人に憚るところがあるためか、男を千鳥に、女を川原…

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