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  • この洲崎廻に鶴鳴くべしや・・・巻第1-71

    訓読 >>> 大和(やまと)恋ひ寐(い)の寝(ね)らえぬに心なくこの洲崎廻(すさきみ)に鶴(たづ)鳴くべしや 要旨 >>> 大和が恋しくて寝るに寝られないのに、思いやりもなく、この洲崎あたりで鶴が鳴いてよいものだろうか。 鑑賞 >>> 忍坂部乙麻呂(おさかべのおとまろ:伝未詳)の歌。題詞に、大行天皇(さきのすめらみこと)が難波宮に行幸されたときの歌とあります。「大行天皇」とは、本来天皇崩御後、御謚号を奉らない間の称であったのが、この頃には、先帝の意味で用いるようになっており、『万葉集』の例ではすべて文武天皇を指しています。行幸の時期は明らかでありません。 「寐の寝らえぬに」は、寝ても眠れないの…

  • いづくにか船泊てすらむ・・・巻第1-58

    訓読 >>> いづくにか船(ふね)泊(はて)すらむ安礼(あれ)の埼(さき)漕(こ)ぎたみ行きし棚(たな)無し小舟(をぶね) 要旨 >>> 今ごろいったい何処で舟どまりしているのだろう、安礼の崎を先ほど漕ぎめぐっていった、船棚のない小さな舟は。 鑑賞 >>> 高市黒人(たけちのくろひと)の歌。大宝2年(702年)10月、持統太上天皇の三河国(今の愛知県東部)行幸に従駕しての作。「太上天皇」は、退位した天皇のこと。「船泊て」は、船どまりする意の熟語。「安礼の崎」は、今の愛知県宝飯郡御馬の南にある岬ではないかとされます。「こぎ回み」は、船を漕いで海岸線に沿って巡る意。この時代の舟行きは、風の危険を防…

  • みもろの神奈備山に五百枝さし・・・巻第3-324~325

    訓読 >>> 324みもろの 神奈備(かむなび)山に 五百枝(いおえ)さし しじに生(お)ひたる 栂(つが)の木の いや継(つ)ぎ継ぎに 玉葛(たまかずら) 絶ゆることなく ありつつも やまず通はむ 明日香(あすか)の 古き都は 山高み 川とほしろし 春の日は 山し見がほし 秋の夜(よ)は 川しさやけし 朝雲(あさぐも)に 鶴(たず)は乱れ 夕霧(ゆうぎり)に かはづはさわく 見るごとに 音(ね)のみし泣かゆ 古(いにしえ)思へば 325明日香河(あすかがは)川淀(かはよど)さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに 要旨 >>> 〈324〉神がおすまいになる山にたくさんの枝を差しのべて盛んに繁…

  • 防人の歌(17)・・・巻第20-4363~4367

    訓読 >>> 4363難波津(なにはつ)に御船(みふね)下(お)ろすゑ八十楫(やそか)貫(ぬ)き今は漕(こ)ぎぬと妹(いも)に告げこそ4364防人に立たむ騒(さわ)きに家の妹(いむ)が業(な)るべきことを言はず来(き)ぬかも4365押し照るや難波(なには)の津ゆり船装(ふなよそ)ひ我(あ)れは漕(こ)ぎぬと妹(いも)に告(つ)ぎこそ4366常陸(ひたち)指し行かむ雁(かり)もが我(わ)が恋を記(しる)して付けて妹(いも)に知らせむ4367我(あ)が面(もて)の忘れも時(しだ)は筑波嶺(つくはね)を振り放(さ)け見つつ妹(いも)は偲(しぬ)はね 要旨 >>> 〈4363〉難波の港に御船を引き下ろ…

  • 奥山の菅の葉しのぎ降る雪の・・・巻第3-299

    訓読 >>> 奥山の菅(すが)の葉しのぎ降る雪の消(け)なば惜(を)しけむ雨な降りそね 要旨 >>> 奥山の菅の葉を覆い、降り積もった雪が消えるのは惜しいから、雨よ降らないでおくれ。 鑑賞 >>> 題詞に「大納言大伴卿の歌一首 未だ詳ならず」との記載があり、大伴旅人の作とみる説があるものの、この巻は大体年代順となっており、その比較考証から、作者は旅人の父である大伴安麻呂とされます。大納言であるために、尊んで名を記さず、三位以上の敬称である卿を用いたもので、本巻の撰者にとって問題になることではなかったとみえます。したがって、「未だ詳ならず」の注記は後人が加えたものとわかります。 「菅」は、自生す…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(10)・・・巻第15-3759~3762

    訓読 >>> 3759たちかへり泣けども我(あ)れは験(しるし)なみ思ひわぶれて寝(ぬ)る夜(よ)しぞ多き 3760さ寝(ぬ)る夜(よ)は多くあれども物思(ものも)はず安く寝る夜は実(さね)なきものを 3761世の中の常(つね)の理(ことわり)かくさまになり来(き)にけらしすゑし種(たね)から 3762我妹子(わぎもこ)に逢坂山(あふさかやま)を越えて来て泣きつつ居(を)れど逢ふよしもなし 要旨 >>> 〈3759〉遡って事の始めを思い、悲しんで泣くけれど、何の甲斐もないので、わびしい思いで寝る夜を重ねている。 〈3760〉寝る夜は多くあるけれども、物思わずに安らかに寝る夜は、ほんとうにないこ…

  • 刈り薦の乱れて思ふ君が直香ぞ・・・巻第4-697~699

    訓読 >>> 697我(わ)が聞(き)きに懸(か)けてな言ひそ刈(か)り薦(こも)の乱れて思ふ君が直香(ただか)ぞ698春日野(かすがの)に朝(あさ)居(ゐ)る雲のしくしくに我(あ)れは恋ひ増す月に日に異(け)に699一瀬(ひとせ)には千(ち)たび障(さは)らひ行く水の後(のち)にも逢はむ今にあらずとも 要旨 >>> 〈697〉私の耳に聞こえよがしに言わないでください。心乱れて思っているあなたのことを。 〈698〉春日野の朝に立ちこめている雲が次第に重なってくるように、しきりに恋しさが増すばかりです。月ごとに日ごとに。 〈699〉一つの瀬が、岩や岸辺に幾度も妨げられ分かれながら流れていく水のよ…

  • 石上降るとも雨につつまめや・・・巻第4-664

    訓読 >>> 石上(いそのかみ)降るとも雨につつまめや妹(いも)に逢はむと言ひてしものを 要旨 >>> 石上の布留(ふる)ではないが、いくら降っても、雨に妨げられてなどいようか。妻にに逢おうと約束しているのだから。 鑑賞 >>> 大伴像見(おおとものかたみ)の歌。大伴像見は、天平宝字8年(764年)の藤原仲麻呂の乱で功を上げ従五位下を授けられ、後に従五位上に進んだ人。『万葉集』には5首。「石上」は、奈良県天理市石上で、その地にある「布留(ふる)」を転じて「降る」の枕詞にしたもの。「つつまめや」は、妨げられてなどいようか。妻の家へ出かけようとした際、雨模様となってきたのを気にかけつつ、わが心を励…

  • 大伴家持が、別れを悲しむ防人の気持ちを思いやって作った歌・・・巻第20-4331~4333

    訓読 >>> 4331大君(おほきみ)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)と しらぬひ 筑紫(つくし)の国は 賊(あた)守る おさへの城(き)ぞと 聞こし食(を)す 四方(よも)の国には 人(ひと)さはに 満ちてはあれど 鶏(とり)が鳴く 東男(あづまをのこ)は 出(い)で向かひ 顧(かへり)みせずて 勇(いさ)みたる 猛(たけ)き軍士(いくさ)と ねぎたまひ 任(ま)けのまにまに たらちねの 母が目 離(か)れて 若草の 妻をもまかず あらたまの 月日 数(よ)みつつ 葦(あし)が散る 難波(なには)の御津(みつ)に 大船(おほぶね)に ま櫂(かい)しじ貫(ぬ)き 朝なぎに 水手(かこ)整へ 夕潮…

  • 桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟・・・巻第3-270~271

    訓読 >>> 270旅にしてもの恋(こひ)しきに山下(やまもと)の赤のそほ船(ぶね)沖にこぐ見ゆ 271桜田へ鶴(たづ)鳴き渡る年魚市潟(あゆちがた)潮(しほ)干(ひ)にけらし鶴鳴き渡る 要旨 >>> 〈270〉旅先なので何となくもの恋しい。ふと見ると、先ほどまで山裾にいた朱塗りの船が沖のあたりを漕いでいくのが見える。 〈271〉桜田の方へ鶴が鳴いて渡っていく。年魚市潟の潮が引いたらしい。鶴が鳴いて渡っていく。 鑑賞 >>> 題詞に「高市連黒人(たけちのくろひと)が羈旅の歌八首」とあるうちの2首。高市黒人は柿本人麻呂とほぼ同時代の下級官人。生没年未詳。東国地方に関する歌が多いことから、国庁に仕…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(9)・・・巻第15-3756~3758

    訓読 >>> 3754過所(くわそ)なしに関(せき)飛び越ゆるほととぎす多我子尓毛 止(や)まず通(かよ)はむ 3755愛(うるは)しと我(あ)が思(も)ふ妹(いも)を山川(やまかは)を中にへなりて安けくもなし 3756向(むか)ひ居て一日(ひとひ)もおちず見しかども厭(いと)はぬ妹(いも)を月わたるまで 3757我(あ)が身こそ関山(せきやま)越えてここにあらめ心は妹(いも)に寄りにしものを 3758さす竹(だけ)の大宮人(おほみやひと)は今もかも人なぶりのみ好みたるらむ [一云 今さへや] 要旨 >>> 〈3754〉通行手形なしに関所を飛び越えられるホトトギスよ、私もお前のようにここと都と…

  • わが行きは七日は過ぎじ・・・巻第9-1747~1748

    訓読 >>> 1747白雲(しらくも)の 龍田(たつた)の山の 瀧(たき)の上の 小椋(をぐら)の嶺(みね)に 咲きををる 桜の花は 山高み 風しやまねば 春雨の 継ぎてし降れば ほつ枝(え)は 散り過ぎにけり 下枝(しづえ)に 残れる花は しましくは 散りな乱ひそ 草枕(くさまくら) 旅行く君が 帰り来るまで 1748わが行きは七日は過ぎじ竜田彦(たつたひこ)ゆめこの花を風にな散らし 要旨 >>> 〈1747〉竜田山の滝の上の小倉山に、枝がぶらぶらになるほど咲いている桜の花は、山が高くて風がやまず、春雨が続けざまに降るので、枝の先のほうはもう散ってしまった。下枝に残っている花は、せめてもうし…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(8)・・・巻第15-3750~3753

    訓読 >>> 3750天地(あめつち)の底(そこ)ひの裏(うら)に我(あ)がごとく君に恋ふらむ人は実(さね)あらじ 3751白たへの我(あ)が下衣(したごろも)失はず持てれ我(わ)が背子(せこ)直(ただ)に逢ふまでに 3752春の日のうら悲(がな)しきに後(おく)れ居(ゐ)て君に恋ひつつ現(うつ)しけめやも 3753逢はむ日の形見(かたみ)にせよとたわや女(め)の思ひ乱れて縫へる衣(ころも)そ 要旨 >>> 〈3750〉天地の底の裏まで探したところで、私ほどあなたに恋い焦がれている人は本当にいないでしょう。 〈3751〉私が差し上げた真っ白な下着を、なくさないように持っていて下さい、あなた。じ…

  • 額田王が近江の国に下った時に作った歌・・・巻第1-17~19

    訓読 >>> 17味酒(うまさけ) 三輪(みわ)の山 あをによし 奈良の山の 山の際(ま)に い隠るまで 道の隈(くま) い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放(みさ)けむ山を 情(こころ)なく 雲の 隠さふねしや 18三輪山をしかも隠すか雲だにも情(こころ)あらなも隠さふべしや 19へそかたの林の先のさ野榛(のはり)の衣(きぬ)に付くなす目につくわが背(せ) 要旨 >>> 〈17〉なつかしい三輪の山よ、あの山が奈良山の山の間に隠れてしまうまで、道の曲がり角が幾重にも重なるまで、よくよく振り返り見ながら行きたいのに、何度でも望み見たい山なのに、無情にも雲がさえぎり隠してよ…

  • 安積皇子が亡くなった時に大伴家持が作った歌(2)・・・巻第3-478~480

    訓読 >>> 478かけまくも あやに畏(かしこ)し わが大君(おほきみ) 皇子(みこ)の命(みこと) もののふの 八十伴(やそとも)の男(を)を 召(め)し集(つど)へ 率(あども)ひたまひ 朝狩(あさがり)に 鹿猪(しし)踏み起こし 夕狩り(ゆふがり)に 鶉雉(とり)踏み立て 大御馬(おほみま)の 口(くち)抑(おさ)へとめ 御心(みこころ)を 見(め)し明(あき)らめし 活道山(いくぢやま) 木立(こだち)の茂(しげ)に 咲く花も 移ろひにけり 世の中は かくのみならし ますらをの 心振り起こし 剣大刀(つるぎたち) 腰に取り佩(は)き 梓弓(あづさゆみ)靫(ゆき)取り負ひて 天地(あめ…

  • 安積皇子が亡くなった時に大伴家持が作った歌(1)・・・巻第3-475~477

    訓読 >>> 475かけまくも あやに畏(かしこ)し 言はまくも ゆゆしきかも 我(わ)が大君(おほきみ) 皇子(みこ)の命(みこと) 万代(よろづよ)に 見(め)したまはまし 大日本(おほやまと) 久迩(くに)の都は うち靡(なび)く 春さりぬれば 山辺(やまへ)には 花咲きををり 川瀬(かはせ)には 鮎子(あゆこ)さ走(ばし)り いや日異(ひけ)に 栄(さか)ゆる時に およづれの たはこととかも 白栲(しろたへ)に 舎人(とねり)よそひて 和束山(わづかやま) 御輿(みこし)立たして ひさかたの 天(あめ)知らしぬれ 臥(こ)いまろび ひづち泣けども 為(せ)むすべもなし 476我(わ)が…

  • 鏡王女と藤原鎌足の歌・・・巻第2-93~94

    訓読 >>> 93玉櫛笥(たまくしげ)覆(おほ)ふを易み明けていなば君が名はあれどわが名し惜しも 94玉櫛笥(たまくしげ)御室(みもろ)の山のさなかづらさ寝ずはつひにありかつましじ 要旨 >>> 〈93〉夜がすっかり開けてお帰りになったら、あなたには浮き名が立っても構わないでしょうが、私の名が噂に立つのは困ります。 〈94〉そういうけれども、お前とこうして寝ずには、どうしてもいられないのだ。 鑑賞 >>> 93は、鏡王女が内大臣・藤原鎌足卿に贈った歌。94はそれに答えた歌。女の歌が先あるのは異例で、おそらくこの前に鎌足の歌があったのだろうといわれます。藤原鎌足は元々は中臣氏の一族で、大化の改新…

  • 山上憶良の「好去好来の歌」・・・巻第5-894~896

    訓読 >>> 894神代(かみよ)より 言ひ伝(つ)て来(く)らく そらみつ 大和(やまと)の国は 皇神(すめかみ)の 厳(いつく)しき国 言霊(ことだま)の 幸(さき)はふ国と 語り継(つ)ぎ 言ひ継がひけり 今の世の 人もことごと 目の前に 見たり知りたり 人さはに 満ちてはあれども 高(たか)光る 日の大朝廷(おほみかど) 神(かむ)ながら 愛(め)での盛りに 天(あめ)の下 奏(まを)したまひし 家の子と 選(えら)ひたまひて 勅旨(おほみこと) 戴(いただ)き持ちて 唐国(からくに)の 遠き境(さかひ)に 遣(つか)はされ 罷(まか)りいませ 海原(うなはら)の 辺(へ)にも沖にも …

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(7)・・・巻第15-3745~3749

    訓読 >>> 3745命(いのち)あらば逢ふこともあらむ我(わ)がゆゑにはだな思ひそ命だに経(へ)ば3746人の植(う)うる田は植ゑまさず今更(いまさら)に国別(くにわか)れして我(あ)れはいかにせむ3747我(わ)が宿(やど)の松の葉(は)見つつ我(あ)れ待たむ早(はや)帰りませ恋ひ死なぬとに3748他国(ひとくに)は住み悪(あ)しとそ言ふ速(すむや)けくはや帰りませ恋ひ死なぬとに3749他国(ひとくに)に君をいませていつまでか我(あ)が恋ひ居(を)らむ時の知らなく 要旨 >>> 〈3745〉命さえあれば、お逢いできる日もありましょう。私のためにそんなに強く思い悩まないで下さい、命さえ長らえ…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(6)・・・巻第15-3736~3744

    訓読 >>> 3736遠くあれば一日(ひとひ)一夜(ひとよ)も思はずてあるらむものと思ほしめすな 3737人よりは妹(いも)ぞも悪(あ)しき恋もなくあらましものを思はしめつつ 3738思ひつつ寝(ぬ)ればかもとなぬばたまの一夜(ひとよ)もおちず夢(いめ)にし見ゆる 3739かくばかり恋ひむとかねて知らませば妹(いも)をば見ずぞあるべくありける 3740天地(あめつち)の神(かみ)なきものにあらばこそ我(あ)が思ふ妹(いも)に逢はず死にせめ 3741命(いのち)をし全(また)くしあらばあり衣(きぬ)のありて後(のち)にも逢はざらめやも [一云 ありての後も] 3742逢はむ日をその日と知らず常闇…

  • 石城にも隠らばともに・・・巻第16-3806

    訓読 >>> 事しあらば小泊瀬山(をはつせやま)の石城(いはき)にも隠(こも)らばともにな思ひ我(わ)が背(せ) 要旨 >>> 二人の仲を妨げるようなことが起こったら、あの泊瀬山の岩屋に葬られるなら葬られるで、私もずっと一緒にいます。ですから心配なさらないで、あなた。 鑑賞 >>> 左注に「この歌には言い伝えがある」として次のような説明があります。あるとき娘子がいた。父母に知らせず、ひそかに男と交わった。男は女の両親の怒りを恐れ、だんだん弱気になってきた。そこで娘子はこの歌を作って男に贈り与えたという。 「事しあらば」は、二人の結婚に何かの障害が起こったら。「小泊瀬山」の「小」は美称で、奈良県…

  • 東歌(28)・・・巻第14-3353~3354

    訓読 >>> 3353麁玉(あらたま)の伎倍(きへ)の林に汝(な)を立てて行きかつましじ寐(い)を先立(さきだ)たね 3354伎倍人(きへひと)の斑衾(まだらぶすま)に綿(わた)さはだ入りなましもの妹(いも)が小床(をどこ)に 要旨 >>> 〈3353〉麁玉のこの伎倍の林に見送るお前さんを立たせたまま行くことなどできない。まずはその前に共寝をしようではないか。 〈3354〉伎倍人のまだら模様の布団には、綿がいっぱい入っている。その綿のように、私も彼女の床の中に入りこみたいものだ。 鑑賞 >>> 遠江(とおつおうみ)の国(静岡県西部)の歌。古代、浜名湖を「遠つ淡海」、琵琶湖を「近つ淡海」と呼んで…

  • くはし妹に鮎を惜しみ・・・巻第13-3330~3332

    訓読 >>> 3330こもくりの 泊瀬(はつせ)の川の 上(かみ)つ瀬に 鵜(う)を八(や)つ潜(かづ)け 下(しも)つ瀬に 鵜を八つ潜け 上つ瀬の 鮎(あゆ)を食(く)はしめ 下つ瀬の 鮎を食はしめ くはし妹(いも)に 鮎を惜(を)しみ くはし妹に 鮎を惜しみ 投(な)ぐるさの 遠(とほ)ざかり居(ゐ)て 思ふ空 安けなくに 嘆く空 安けなくに 衣(きぬ)こそば それ破(や)れぬれば 継(つ)ぎつつも またも合(あ)ふといへ 玉こそば 緒(を)の絶えぬれば くくりつつ またも合ふといへ またも逢はぬものは 妻にしありけり 3331こもくりの 泊瀬(はつせ)の山 青旗(あをはた)の 忍坂(おさ…

  • 物思はず道行く行くも・・・巻第13-3305~3308

    訓読 >>> 3305物思(ものも)はず 道行く行くも 青山を 振りさけ見れば つつじ花(はな) にほへ娘子(をとめ) 桜花(さくらばな) 栄(さか)へ娘子(をとめ) 汝(な)れをそも 我(わ)れに寄すといふ 我(わ)れをもそ 汝(な)れに寄すといふ 荒山(あらやま)も 人し寄すれば 寄そるとぞいふ 汝(な)が心ゆめ 3306いかにして恋やむものぞ天地(あめつち)の神を祈れど我(あ)れや思ひ増す 3307しかれこそ 年の八年(やとせ)を 切り髪(かみ)の よち子を過ぎ 橘(たちばな)の ほつ枝(え)を過ぎて この川の 下(した)にも長く 汝(な)が心待て 3308天地(あめつち)の神をも我(わ…

  • ゆりと言へるは否と言ふに似る・・・巻第8-1503

    訓読 >>> 我妹子(わぎもこ)が家(いへ)の垣内(かきつ)のさ百合花(ゆりばな)ゆりと言へるは否(いな)と言ふに似る 要旨 >>> あなたの家の垣根の内に咲いている百合の花、その名のように、ゆり(後で)と言っているのは、嫌だと言っているように聞こえる。 鑑賞 >>> 紀朝臣豊河(きのあそみとよかわ)の歌。紀朝臣豊河は、天平11年(739年)に外従五位下になった人で、『万葉集』にはこの1首のみ。上3句は「ゆり」を導く序詞。「垣内」は、垣根の内。「さ百合花」の「さ」は美称。「ゆり」は、後日、後に、の意の古語。言葉の戯れのようにも聞こえますが、真剣に恋している男の歌です。 この歌について、窪田空穂…

  • 山人の心も知らず山人や誰・・・巻第20-4293~4294

    訓読 >>> 4293あしひきの山行きしかば山人(やまびと)の我れに得(え)しめし山づとぞこれ 4294あしひきの山に行きけむ山人(やまびと)の心も知らず山人や誰(たれ) 要旨 >>> 〈4293〉人里離れた山を歩いていたら、その山に住む山人が私にくれた山のお土産なのです、これは。 〈4294〉わざわざ、人里離れた山まで行かれたという山人のお気持ちもはかりかねます。お会いになった山人とは、いったい誰のことなのでしょう。 鑑賞 >>> 4293は、元正太上天皇が山村に行幸した時、上皇がお供の親王や臣下たちに「この歌に返歌を作って奏上しなさい」と仰せられながら詠んだ御歌。「あしひきの」は「山」の枕…

  • 妹すらを人妻なりと聞けば悲しも・・・巻第12-3115~3116

    訓読 >>> 3115息の緒(を)に我(あ)が息づきし妹(いも)すらを人妻なりと聞けば悲しも3116我(わ)が故(ゆゑ)にいたくなわびそ後(のち)つひに逢はじと言ひしこともあらなくに 要旨 >>> 〈3115〉命のかぎり恋い焦がれて苦しく溜め息ついていたあなたなのに、人妻であったと聞くと、たまらなく悲しい。 〈3116〉私のためにそんなに嘆かないでください。これからずっと逢わないつもりだと言った覚えはありませんのに。 鑑賞 >>> 問答歌。3115は男の歌で、3116はそれに返した女の歌。3115の「息の緒に」は、命のかぎりに、命懸けで。「息づく」は、苦しそうにため息をつく。3116の「なわび…

  • 海石榴市の八十の衢に立ち平し・・・巻第12-2951

    訓読 >>> 海石榴市(つばいち)の八十(やそ)の衢(ちまた)に立ち平(なら)し結びし紐(ひも)を解(と)かまく惜しも 要旨 >>> あの海石榴市の里の道のたくさん交わる辻で、あちこち歩き回り出逢ったあの人が、結んでくれた紐を解くのは、あまりに惜しいことだ。 鑑賞 >>> 「海石榴市」は、奈良県桜井市金屋にあったとされます。古代の市場は樹木との関係が深く、海石榴(つばき)は山茶花(さざんか)のことです。市は、山人がやって来て鎮魂していく所でもあり、その山人が携えてきた杖が、おそらく山茶花の杖だったのでしょう。 また、市は歌垣(かがい)が行われる所でもありました。つまり、ここに集まった男女が、好…

  • 逢へる時さへ面隠しする・・・巻第12-2916

    訓読 >>> 玉勝間(たまかつま)逢はむといふは誰(たれ)なるか逢へる時さへ面隠(おもかく)しする 要旨 >>> 私に逢おうといったのは一体誰なのだろう、それなのに、せっかく逢ったのに顔を隠したりなんかして。 鑑賞 >>> 男が女に言った歌。「玉勝間」の「玉」は美称で「勝間」は籠のこと。その蓋がしっくり合うことから「逢ふ」に掛かる枕詞。「面隠し」は、恥じらいから顔を隠すこと。 この歌について斎藤茂吉は、「男女間の微妙な会話をまのあたり聞くような気持ちのする歌である。これは男が女に向かって言っているのだが、言われている女の甘い行為までが、ありありと目に見えるような表現である」と言っています。明る…

  • 成らむや君と問ひし子らはも・・・巻第11-2489

    訓読 >>> 橘(たちばな)の本(もと)に我(わ)を立て下枝(しづえ)取り成(な)らむや君と問ひし子らはも 要旨 >>> 橘の木の下に私を向かい合って立たせて、下枝をつかみ、この橘のように私たちの仲も実るでしょうか、と問いかけたあの子だったのに。 鑑賞 >>> 『柿本人麻呂歌集』から「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。「我を立て」を「我が立ち」と訓み、「二人で立って」と解釈する説もあります。「成らむや君」の「成る」は、橘の実が熟することと二人の恋が成就することを掛けたもの。「問ひし子らはも」の「子ら」の「ら」は、接尾語。男は女がその後どうなったのか知らないとみられ、若かったころの思い出の…

  • 我が玉にせむ知れる時だに・・・巻第11-2446~2447

    訓読 >>> 2446白玉(しらたま)を巻(ま)きてぞ持てる今よりは我(わ)が玉にせむ知れる時だに2447白玉(しらたま)を手に巻(ま)きしより忘れじと思ひけらくは何か終(をは)らむ 要旨 >>> 〈2446〉白玉を腕に巻いている今からは、私だけの玉にしよう。せめてこの間だけでも。 〈2447〉白玉を腕に巻いた時から、この玉のことを決して忘れるものかと思ったことは、いつ果てることがあろうか、ありはしない。 鑑賞 >>> 『柿本人麻呂歌集』から「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」2首、すなわち、物に託しながら恋の思いを訴える形の歌です。「白玉」は、真珠のこと。2446の上2句は女と共寝したこ…

  • たらちねの母が手放れ斯くばかり・・・巻第11-2368

    訓読 >>> たらちねの母が手放れ斯(か)くばかり為方(すべ)なき事(こと)はいまだ為(せ)なくに 要旨 >>> 物心がつき、母の手を離れてから、これほどどうしていいか分からないことは、未だしたことがありません。 鑑賞 >>> 『柿本人麻呂歌集』から、「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。「たらちねの」は「母」の枕詞。「いまだ為なくに」は、まだしたことがないのに。男の歌か女の歌か分かりませんが、年ごろになったものの未だ独り立ちできず、すぐに母を連想する若い娘の歌とみるべきでしょう。また、この歌を初体験の歌だとみる人もいるようです。相手の男に訴えている歌でしょうか。 『柿本人麻呂歌集』につ…

  • 肩のまよひは誰れか取り見む・・・巻第7-1265

    訓読 >>> 今年行く新防人(にひさきもり)が麻衣(あさごろも)肩のまよひは誰(た)れか取り見む 要旨 >>> 今年送られていく新しい防人の麻の衣の肩のほつれは、いったい誰が繕ってやるのだろうか。 鑑賞 >>> 「新防人」は、新しく徴発されて筑紫に派遣される防人。「まよひ」は、布の織り糸がほつれること。「誰か取り見む」は、誰が世話するのだろうか。作者は防人の出発を見送っている第三者とみられ、3年間の苦役に従事しなくてはならない男をあわれんでいます。詩人の大岡信は、「他のことは言わず、肩のほつれのことを想いやって言っているこまやかさは、女でなければなるまい」と言っています。 防人について 防人(…

  • 妻呼ぶ声のともしくもあるを・・・巻第8-1562~1563

    訓読 >>> 1562誰(たれ)聞きつこゆ鳴き渡る雁(かり)がねの妻呼ぶ声のともしくもあるを1563聞きつやと妹(いも)が問はせる雁(かり)がねはまことも遠く雲隠(くもがく)るなり 要旨 >>> 〈1562〉どなたかお聞きでしょうか、ここから鳴き渡って行く雁の妻を呼ぶ声を。うらやましいことです。 〈1563〉あなたが鳴くのを聞いたかとお尋ねの雁は、まことにも遠く、雲の間に隠れています。 鑑賞 >>> 1562は、巫部麻蘇娘子(かむなぎべのまそのおとめ:伝未詳)が、大伴家持に贈った歌。1563は、家持が返した歌。 1562の「こゆ」は、ここから。「雁がね」は、雁。「ともしく」は、うらやましく。家…

  • 防人の歌(16)・・・巻第20-4357~4359

    訓読 >>> 4357葦垣(あしがき)の隈処(くまと)に立ちて我妹子(わぎもこ)が袖(そで)もしほほに泣きしぞ思(も)はゆ 4358大君(おほきみ)の命(みこと)畏(かしこ)み出(い)で来れば我(わ)の取り付きて言ひし子なはも 4359筑紫辺(つくしへ)に舳(へ)向(む)かる船のいつしかも仕(つか)へまつりて国に舳(へ)向(む)かも 要旨 >>> 〈4357〉葦の垣根の隈に立って、愛しい妻が袖もぐっしょり濡れるほどに泣いた。その姿が思い出されてならない。 〈4358〉大君の仰せを恐れ畏んで旅立つその時に、私にしがみついてあれこれ訴えていた可愛い女よ、ああ。 〈4359〉筑紫の方角に舳先を向けて…

  • 国のはたてに咲きにける桜の花の・・・巻第8-1429~1430

    訓読 >>> 1429娘子(をとめ)らが かざしのために 風流士(みやびを)の 縵(かづら)のためと 敷きませる 国のはたてに 咲きにける 桜の花の にほひはもあなに1430去年(こぞ)の春(はる)逢へりし君に恋ひにてし桜の花は迎へ来(く)らしも 要旨 >>> 〈1429〉娘子たちの挿頭(かざし)のためにと、また風流な男子の髪飾りのためにと、天皇がお治めになる国の果てまで咲く、桜の花の色の何と美しいこと。 〈1430〉去年の春にお逢いしたあなたに恋い焦がれて、桜の花はあなたをお迎えするために来ているようです。 鑑賞 >>> 「桜花の歌」。左注に、若宮年魚麻呂(わかみやのあゆまろ)が口誦したとあ…

  • 花なる時に逢はましものを・・・巻第8-1492

    訓読 >>> 君が家の花橘(はなたちばな)は成りにけり花なる時に逢はましものを 要旨 >>> あなたの家の花橘は、もう実になってしまったのですね。花の咲いているうちにお逢いしたかったのに・・・。 鑑賞 >>> 作者は遊行女婦とだけあり、名前は分かりません。「君」は、大伴家持を指しているかともいわれます。「なり」は、実になる意で、結婚の譬え、「花なる時」は、独身の青春時代の譬え。男性がすでに家庭を持っているのを知って「もっと前からお逢いしたかった」と言っています。宴席での歌だったかもしれません。 遊行女婦について 「遊行女婦」の「遊び」とは、元々、鎮魂と招魂のために歌と舞を演じる儀礼、つまり祭り…

  • 君が代も我が代も知るや・・・巻第1-10~12

    訓読 >>> 10君が代(よ)も我(わ)が代も知るや磐代(いはしろ)の岡の草根(くさね)をいざ結びてな 11吾背子(わがせこ)は仮廬(かりほ)作らす草なくば小松(こまつ)が下の草を刈(か)らさね 12吾(わ)が欲(ほ)りし野島(のしま)は見せつ底ふかき阿胡根(あごね)の浦の珠(たま)ぞ拾(ひり)はぬ 要旨 >>> 〈10〉あなたの命も私の命も、ここ磐代の岡の心のままです。そこに生えている草を結びましょう、そして命の無事を祈りましょう。 〈11〉あなたが作っておられる仮廬のための適当な草がなければ、小松の下の萱をお刈りなさいな。 〈12〉私が見たいと思っていた野島は見せていただきました。でも、深…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(5)・・・巻第15-3731~3735

    訓読 >>> 3741命(いのち)をし全(また)くしあらばあり衣(きぬ)のありて後(のち)にも逢はざらめやも [一云 ありての後も] 3742逢はむ日をその日と知らず常闇(とこやみ)にいづれの日まで我(あ)れ恋ひ居(を)らむ 3743旅といへば言(こと)にぞ易(やす)き少(すくな)くも妹(いも)に恋ひつつ術(すべ)なけなくに 3744我妹子(わぎもこ)に恋ふるに我(あ)れはたまきはる短き命(いのち)も惜(を)しけくもなし 要旨 >>> 〈3741〉この命さえ無事であったなら、この世にあってこの後に、逢わないことがあろうか、ありはしない。 〈3742〉逢える日をいつとは知れないまま、永久の闇の中…

  • 霞立つ春の長日を恋ひ暮らし・・・巻第10-1894~1896

    訓読 >>> 1894霞(かすみ)立つ春の長日(ながひ)を恋ひ暮らし夜(よ)も更けゆくに妹(いも)も逢はぬかも 1895春されば先(ま)づ三枝(さきくさ)の幸(さき)くあらば後(のち)にも逢はむな恋ひそ我妹(わぎも) 1896春さればしだり柳(やなぎ)のとををにも妹(いも)は心に乗りにけるかも 要旨 >>> 〈1894〉霞がかかった春の長い一日を恋い焦がれて過ごし、夜も更けてきたけれど、あの子が現れて逢ってくれないものか。 〈1895〉春が来ると、まず咲き出す三枝(さきくさ)のように、無事でいたなら後に逢えるのだから、そんなに恋しがらないでおくれ、わが妻よ。 〈1896〉春が来て芽吹くしだれ柳…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(4)・・・巻第15-3731~3735

    訓読 >>> 3731思ふゑに逢ふものならばしましくも妹(いも)が目(め)離(か)れて我(あ)れ居(を)らめやも 3732あかねさす昼は物思(ものも)ひぬばたまの夜(よる)はすがらに音(ね)のみし泣かゆ 3733我妹子(わぎもこ)が形見(かたみ)の衣(ころも)なかりせば何物(なにもの)もてか命(いのち)継(つ)がまし 3734遠き山(やま)関(せき)も越え来(き)ぬ今更(いまさら)に逢ふべきよしのなきがさぶしさ 3735思はずもまことあり得(え)むやさ寝(ぬ)る夜(よ)の夢(いめ)にも妹(いも)が見えざらなくに 要旨 >>> 〈3731〉思う故に逢えるものであったならば、ほんのしばらくの間でも…

  • 東歌(27)・・・巻第14-3459

    訓読 >>> 稲つけば皹(かか)る我(あ)が手を今夜(こよひ)もか殿(との)の若子(わくご)が取りて嘆かむ 要旨 >>> 稲をついて赤くひび割れた私の手を、今夜もまたお屋敷の若様がお取りになって、かわいそうにとお嘆きになるのでしょうか。 鑑賞 >>> 「稲つけば」は、籾殻を除くために籾を臼でつくことで、当時は食物の貯蔵が難しかったために、一食ごとにこの作業を行っていました。「皹る」は、アカギレが切れること。「殿の若子」は、お屋敷の若様。下働きの娘と若様の、人目を忍ぶ身分違いの恋の歌ですが、実際の個人の歌というより、作業する女たちの労働歌だったとみられています。 斎藤茂吉は、「この歌には、身分の…

  • 春山の霧に惑へる鴬も・・・巻第10-1891~1893

    訓読 >>> 1891冬こもり春咲く花を手折(たを)り持ち千(ち)たびの限り恋ひわたるかも 1892春山の霧(きり)に惑(まと)へる鴬(うぐひす)も我(わ)れにまさりて物思(ものも)はめやも 1893出(い)でて見る向(むか)ひの岡に本(もと)茂(しげ)く咲きたる花の成(な)らずは止(や)まじ 要旨 >>> 〈1891〉冬が去って春に咲いた花を手折り持っては、限りなくあなたを恋し続けています 〈1892〉春山の霧の中に迷い込んだウグイスでさえ、この私にまさって物思いにまどうことはないでしょう。 〈1893〉家を出てすぐに見える向かいの岡に、根元までいっぱいに咲いている花が、やがて実を結ぶように…

  • 巻向の桧原に立てる春霞・・・巻第10-1813~1815

    訓読 >>> 1813巻向(まきむく)の桧原(ひはら)に立てる春霞(はるかすみ)おほにし思はばなづみ来(こ)めやも 1814いにしへの人の植ゑけむ杉(すぎ)が枝(え)に霞(かすみ)たなびく春は来(き)ぬらし 1815子らが手を巻向山(まきむくやま)に春されば木(こ)の葉(は)凌(しの)ぎて霞(かすみ)たなびく 要旨 >>> 〈1813〉巻向の檜林にぼんやりとに立ちこめている春霞、その春霞のように、軽々しい気持ちで思うのだったら、こんなに難渋しながらここまでやって来るだろうか。 〈1814〉昔の人が植えたのだろう、その杉木立の枝に霞がたなびいている。春がやって来たようだ。 〈1815〉あの子が手…

  • ひさかたの天の香具山このゆふへ・・・巻第10-1812

    訓読 >>> ひさかたの天(あま)の香具山(かぐやま)このゆふへ霞(かすみ)たなびく春立つらしも 要旨 >>> 天の香具山に、この夕暮れ、霞がたなびいている。どうやら、春になったらしいな。 鑑賞 >>> 「ひさかたの」は「天」の枕詞。「天の」は香具山を称えて添える語で、慣用されているものです。香具山は、畝傍山(うねびやま)・耳成山(みみなしやま)とともに大和三山の一つ。なお、この歌を本歌として、『新古今集』に「ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山かすみたなびく」(巻第1-2、後鳥羽上皇)という歌があります。 斉藤茂吉によれば、「この歌はあるいは人麿自身の作かも知れない。人麿の作とすれば少し…

  • いにしへの神の時より逢ひけらし・・・巻第13-3289~3290

    訓読 >>> 3289み佩(は)かしを 剣(つるぎ)の池の 蓮葉(はちすば)に 溜(た)まれる水の 行くへなみ 我(わ)がする時に 逢ふべしと 逢ひたる君を な寐寝(いね)そと 母聞こせども 我(あ)が心 清隅(きよすみ)の池の 池の底 我(わ)れは忘れじ 直(ただ)に逢ふまでに 3290いにしへの神の時より逢ひけらし今の心も常(つね)忘らえず 要旨 >>> 〈3289〉お佩きになる剣の名の剣の池の、蓮の葉の上に宿っている雫のように、行き場がなくて途方に暮れている時に、必ず夫婦になろうと、思いを遂げているあなたなのに、共寝をするなと母はおっしゃる。けれども、私の心は清隅の池の底のように深く思っ…

  • 玉たすき懸けぬ時なく我が思へる・・・巻第13-3286~3287

    訓読 >>> 3286玉たすき 懸(か)けぬ時なく 我(あ)が思(おも)へる 君によりては 倭文幣(しつぬさ)を 手に取り持ちて 竹玉(たかたま)を しじに貫(ぬ)き垂(た)れ 天地(あめつち)の 神をそ我(あ)が祈(の)む いたもすべなみ 3287天地(あめつち)の神を祈(いの)りて我(あ)が恋ふる君い必ず逢はずあらめやも 要旨 >>> 〈3286〉玉たすきを懸けるように、心に懸けぬ時なく私が思っているあなたのため、倭文織りの幣を手に捧げ持ち、竹玉を隙間なく貫き通し、天地の神々に私はお祈りをする。ただ恋しくてどうしようもなく辛いので。 〈3287〉天地の神々にお祈りしたのだから、恋しいあなた…

  • 心はよしゑ君がまにまに・・・巻第13-3284~3285

    訓読 >>> 3284菅(すが)の根の ねもころごろに 我(あ)が思(おも)へる 妹(いも)によりては 言(こと)の忌みも なくありこそと 斎瓮(いはひへ)を 斎(いは)ひ掘り据(す)ゑ 竹玉(たかたま)を 間(ま)なく貫(ぬ)き垂(た)れ 天地(あめつち)の 神をぞ我(わ)が祈(の)む いたもすべなみ 3285たらちねの母にも言はずつつめりし心はよしゑ君がまにまに 要旨 >>> 〈3284〉極めてねんごろに私が思っているあの子のことでは、何を言っても言葉の禍(わざわい)など起きないでほしいと、斎瓮を浄め、地を掘って据え付け、竹玉を隙間なく貫き通し、天地の神々に私はお祈りをする。ただ恋しくてど…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(3)・・・巻第15-3727~3730

    訓読 >>> 3731思ふゑに逢ふものならばしましくも妹(いも)が目(め)離(か)れて我(あ)れ居(を)らめやも 3732あかねさす昼は物思(ものも)ひぬばたまの夜(よる)はすがらに音(ね)のみし泣かゆ 3733我妹子(わぎもこ)が形見(かたみ)の衣(ころも)なかりせば何物(なにもの)もてか命(いのち)継(つ)がまし 3734遠き山(やま)関(せき)も越え来(き)ぬ今更(いまさら)に逢ふべきよしのなきがさぶしさ 3735思はずもまことあり得(え)むやさ寝(ぬ)る夜(よ)の夢(いめ)にも妹(いも)が見えざらなくに 要旨 >>> 〈3731〉思う故に逢えるものであったならば、ほんのしばらくの間でも…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(2)・・・巻第15-3727~3730

    訓読 >>> 3727塵泥(ちりひぢ)の数にもあらぬ我(わ)れゆゑに思ひわぶらむ妹(いも)がかなしさ 3728あをによし奈良の大路(おほち)は行き良(よ)けどこの山道(やまみち)は行き悪(あ)しかりけり 3729愛(うるは)しと我(あ)が思(も)ふ妹(いも)を思ひつつ行けばかもとな行き悪(あ)しかるらむ 3730恐(かしこ)みと告(の)らずありしをみ越路(こしぢ)の手向(たむ)けに立ちて妹(いも)が名 告(の)りつ 要旨 >>> 〈3727〉塵や泥のようにものの数にも入らない私のために、わびしい思いをして悩んでいる、そんな彼女がいとおしくてならない。 〈3728〉あの立派な奈良の都大路は通り易…

  • 中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(1)・・・巻第15-3723~3726

    訓読 >>> 3723あしひきの山路(やまぢ)越えむとする君を心に持ちて安けくもなし 3724君が行く道の長手(ながて)を繰(く)り畳(たた)ね焼き滅ぼさむ天(あめ)の火もがも 3725わが背子(せこ)しけだし罷(まか)らば白たへの袖(そで)を振らさね見つつ偲(しの)はむ 3726このころは恋ひつつもあらむ玉櫛笥(たまくしげ)明けてをちよりすべなかるべし 要旨 >>> 〈3723〉山道を遠く越えて行こうとされるあなたのことが気がかりでならず、心が安まりません。 〈3724〉あなたが行く道の長さを思うと、それをたぐり寄せて折り畳み、焼き滅ぼしてしまいたい。そんな天の火があったらいいのに。 〈37…

  • 大海を候ふ港事しあらば・・・巻第7-1308~1310

    訓読 >>> 1308大海(おほうみ)を候(さもら)ふ港(みなと)事(こと)しあらばいづへゆ君は我(わ)を率(ゐ)しのがむ 1309風吹きて海は荒(あ)るとも明日(あす)と言はば久しくあるべし君がまにまに 1310雲(くも)隠(がく)る小島(こしま)の神の畏(かしこ)けば目こそば隔(へだ)て心隔てや 要旨 >>> 〈1308〉大海のようすをうかがう港で、もし何か事が起こったら、どちらへあなたは私を連れていって凌いでくれるのでしょうか。 〈1309〉風が吹いて海は荒れていますが、船出を明日に延ばしましようなどと言ったら、今度はいつになるやも知れません。あなたの意のままにお任せします。 〈1310…

  • 巌なす常盤にいませ・・・巻第6-988

    訓読 >>> 春草(はるくさ)は後(のち)はうつろふ巌(いはほ)なす常盤(ときは)にいませ貴(たふと)き我(あ)が君 要旨 >>> 春草は、どんなに生い茂ってものちには枯れてしまいます。どうか巌のようにいつまでも末永く元気でいて下さい、貴い我が父君よ。 鑑賞 >>> 市原王(いちはらのおおきみ:生没年未詳)の「宴に父安貴王(あきのおほきみ)を祷(ほ)く」歌。市原王は天智天皇5世の孫で、志貴皇子または川島皇子の孫、安貴王の子。天平宝字7年(763年)に、造東大寺長官。『万葉集』には8首。 「うつろふ」は、ここでは衰え枯れる意。「巌なす」は、そびえ立つ大岩のように。「常磐」は、ここでは永久不変の意…

  • 東歌(26)・・・巻第14-3455

    訓読 >>> 恋(こひ)しけば来ませ我が背子(せこ)垣(かき)つ柳(やぎ)末(うれ)摘(つ)み枯らし我(わ)れ立ち待たむ 要旨 >>> 私が恋しいと言うのなら、いらして下さい、あなた。垣根の柳の枝先を枯れてしまうほど摘みながら、立ち続けてお待ちしています。 鑑賞 >>> 「恋しけ」は、形容詞の「恋し」の未然形。「ば」は、仮定条件。「垣つ柳」は、垣根の柳。「末」は、草木の枝や葉の先。恋人を待ち続けている乙女の歌で、所在なさのあまり、芽吹いたばかりの柳の新芽を、じれったそうに次々と摘んでは捨てています。ほのぼのとした情景が浮かんでくるようです。

  • 天にます月読壮士賄はせむ・・・巻第6-985~986

    訓読 >>> 985天にます月読壮士(つくよみをとこ)賄(まひ)はせむ今夜(こよひ)の長さ五百夜(いほよ)継ぎこそ 986はしきやし間近(まちか)き里の君(きみ)来(こ)むとおほのびにかも月の照りたる 要旨 >>> 〈985〉天にいらっしゃる月読壮士よ、贈り物をいたしましょう、だから、どうかこの夜の長さを五百夜分、継ぎ足してください。 〈986〉近くに住んでいながらなかなか来てくださらない愛しいあの方が、今夜はいらっしゃるというので、こんなにも広く月が照っているのでしょうか。 鑑賞 >>> 湯原王(ゆはらのおおきみ)の歌。湯原王は、天智天皇の孫、志貴皇子の子で、兄弟に光仁天皇・春日王・海上女王…

  • 諸王・諸臣子等を散禁せしむる時の歌・・・巻第6-948~949

    訓読 >>> 948ま葛(くず)延(は)ふ 春日(かすが)の山は うちなびく 春さり行くと 山峡(やまかひ)に 霞(かすみ)たなびき 高円(たかまと)に うぐひす鳴きぬ もののふの 八十伴(やそとも)の男(を)は 雁(かり)がねの 来継(きつ)ぐこのころ かく継ぎて 常にありせば 友(とも)並(な)めて 遊ばむものを 馬(うま)並(な)めて 行かまし里を 待ちかてに 我(わ)がせし春を かけまくも あやに畏(かしこ)く 言はまくも ゆゆしくあらむと あらかじめ かねて知りせば 千鳥(ちどり)鳴く その佐保川(さほがは)に 岩に生(お)ふる 菅(すが)の根取りて しのふ草(くさ) 祓(はら)へて…

  • 明日よりは下笑ましけむ・・・巻第6-938~941

    訓読 >>> 938やすみしし 我が大君(おほきみ)の 神(かむ)ながら 高(たか)知らせる 印南野(いなみの)の 邑美(おふみ)の原の 荒たへの 藤井の浦に 鮪(しび)釣ると 海人船(あまぶね)騒(さわ)き 塩焼くと 人ぞ多(さは)にある 浦を吉(よ)み うべも釣りはす 浜を吉み うべも塩焼く あり通ひ 見(め)さくも著(しる)し 清き白浜 939沖つ波(なみ)辺波(へなみ)静(しづ)けみ漁(いさり)すと藤江(ふぢえ)の浦に船そ動ける 940印南野(いなみの)の浅茅(あさぢ)押しなべさ寝(ぬ)る夜の日(け)長くしあれば家し偲(しの)はゆ 941明石潟(あかしがた)潮干(しほひ)の道を明日より…

  • 味織あやにともしく鳴る神の・・・巻第6-913~916

    訓読 >>> 913味織(うまごり あやにともしく 鳴る神の 音(おと)のみ聞きし み吉野の 真木(まき)立つ山ゆ 見下ろせば 川の瀬ごとに 明け来れば 朝霧(あさぎり)立ち 夕されば かはづ鳴くなへ 紐(ひも)解かぬ 旅にしあれば 我(あ)のみして 清き川原(かはら)を 見らくし惜(を)しも 914滝の上の三船(みふね)の山は畏(かしこ)けど思ひ忘るる時も日もなし 915千鳥(ちどり)鳴くみ吉野川の川音(かはおと)の止(や)む時なしに思ほゆる君 916あかねさす日(ひ)並(なら)べなくに我(あ)が恋は吉野の川の霧(きり)に立ちつつ 要旨 >>> 〈913〉譬えようもなく心惹かれながら、噂にば…

  • 東歌(25)・・・巻第14-3413

    訓読 >>> 利根川(とねがは)の川瀬も知らず直(ただ)渡り波にあふのす逢へる君かも 要旨 >>> 利根川を渡る浅瀬の場所も分からないままむやみに渡り、だしぬけに波に遭ったように、思いがけずも逢っているあなたであるよ。 鑑賞 >>> 上野(かみつけの)の国、利根川の上流地域で詠まれた歌。「知らず」は、弁えず、考慮せず。「あふのす」の「のす」は「なす」の東語。初めて女の許へ通って行った男が、思いがけずも女と結ばれたことを喜んでいる歌です。上4句は「思いがけず」の比喩となっていますが、女に逢う直前に、男が実際に経験したことでもあるようです。 東歌と防人歌について 東歌や防人歌が、地方の歌、庶民の歌…

  • 事しあらば火にも水にも・・・巻第4-505~506

    訓読 >>> 505今さらに何をか思はむ打ち靡(なび)き心は君に縁(よ)りにしものを 506我(わ)が背子(せこ)は物な思ひこそ事しあらば火にも水にも我(わ)がなけなくに 要旨 >>> 〈505〉今さら何をくよくよと思いましょう、私の心はすっかり靡いてあなたに任せていますものを。 〈506〉あなたはくよくよと思わないでください。何か障害があっても、火の中にも水の中にもこの私がついていますのに。 鑑賞 >>> 作者の安倍女郎(あべのいらつめ)は、巻第4-514~516で中臣東人(なかとみのあずまひと)と贈答を交わした阿倍女郎と同人とみる説、別人とみる説があります。同人とみる説は、「阿倍」「安倍」…

  • 我が形見見つつ偲はせ・・・巻第4-587

    訓読 >>> 我(わ)が形見(かたみ)見つつ偲(しの)はせあらたまの年の緒(を)長く我(あ)れも思はむ 要旨 >>> 私の思い出の品を見ながら、私を思ってください。私もずっと長くあなたを思い続けますから。 鑑賞 >>> 笠郎女が大伴家持に贈った歌。「形見」は、その人の身代わりとして見る品、記念品。ここは、郎女が自身の代わりとして家持に贈った品。「偲はせ」は「偲ふ」の敬語による命令形。「あらたまの」は「年」の枕詞。「年の緒」の「緒」は、年と同じく長く続いている物であるところから添えた語。 国文学者の窪田空穂はこの歌について「形見として贈った品に添えたもので、挨拶にすぎないものであるが、さっぱりし…

  • 仙柘枝(やまびとつみのえ)の歌・・・巻第3-385~387

    訓読 >>> 385霰(あられ)降り吉志美(きしみ)が岳(たけ)を険(さか)しみと草取りかなわ妹(いも)が手を取る 386この夕(ゆふへ)柘(つみ)のさ枝(えだ)の流れ来(こ)ば梁(やな)は打たずて取らずかもあらむ 387いにしへに梁(やな)打つ人のなかりせばここにもあらまし柘(つみ)の枝(えだ)はも 要旨 >>> 〈385〉吉志美が岳が険しいので、草をつかみつつ登ったが、うっかりつかみ損ない、あなたの手をつかんだよ。 〈386〉この夕方、柘の枝が流れて来たなら、梁を仕掛けていないので、枝を取らずじまいになるのではなかろうか。 〈387〉遠い昔に梁を仕掛けた味稲(うましね)という人がいなかった…

  • 柿本人麻呂が旅の途上に詠んだ歌・・・巻第3-249~256

    訓読 >>> 249御津(みつ)の崎(さき)波を恐(かしこ)み隠江(こもりえ)の船なる君は野島(ぬしま)にと宣(の)る 250玉藻(たまも)刈る敏馬(みぬめ)を過ぎて夏草の野島が崎に舟近づきぬ 251淡路(あはぢ)の野島が崎の浜風に妹(いも)が結びし紐(ひも)吹きかへす 252荒栲(あらたへ)の藤江の浦に鱸(すずき)釣る白水郎(あま)とか見らむ旅行くわれを 253稲日野(いなびの)も行き過ぎかてに思へれば心恋しき可古(かこ)の島見ゆ 254ともしびの明石(あかし)大門(おほと)に入(い)らむ日や榜(こ)ぎ別れなむ家のあたり見ず 255天離(あまざか)る夷(ひな)の長道(なかぢ)ゆ恋ひ来れば明石…

  • 長皇子が猟路の池で狩猟をなさったとき、柿本人麻呂の作った歌・・・巻第3-239~241

    訓読 >>> 239やすみしし わが大君(おほきみ) 高(たか)照らす わが日の皇子(みこ)の 馬(うま)並(な)めて 御狩(みかり)立たせる 若薦(わかこも)を 猟路(かりぢ)の小野に 獣(しし)こそば い這(は)ひ拝(おろが)め 鶉(うづら)こそ い這ひもとほれ 獣(しし)じもの い這ひ拝(をろが)み 鶉(うづら)なす い這ひもとほり 恐(かしこ)みと 仕(つか)へまつりて ひさかたの 天(あめ)見るごとく まそ鏡(かがみ) 仰(あふ)ぎて見れど 春草(はるくさ)の いやめづらしき わが大君かも 240ひさかたの天(あめ)行く月を網(あみ)に刺(さ)し我が大君(おほきみ)は蓋(きぬがさ)に…

  • 東歌(24)・・・巻第14-3412

    訓読 >>> 上(かみ)つ毛野(けの)久路保(くろほ)の嶺(ね)ろの葛葉(くずは)がた愛(かな)しけ子らにいや離(ざか)り来(く)も 要旨 >>> 久路保の嶺の葛葉の蔓(つる)が別れて伸びていくように、愛しい妻といよいよ遠ざかって行くことだ。 鑑賞 >>> 上野(かみつけの)の国の歌。「久路保の嶺」は、黒檜岳を最高峰とする赤城山の古名とされます。「葛葉がた」は、葛葉の蔓。「愛しけ」は「かなしき」の東語。「いや離り来も」の「いや」は、いよいよ。愛する女を後に残し、防人などで、信濃路のほうへ向かって行く男が、途中、赤城の山を振り返り、その遠ざかったのを見て、別離の感を新たにしている歌です。 東歌に…

  • 湯原王と娘子の歌(3)・・・巻第4-636~637

    訓読 >>> 636わが衣(ころも)形見に奉(まつ)る敷栲(しきたへ)の枕を離(さ)けず巻きてさ寝ませ 637わが背子(せこ)が形見の衣(ころも)妻問(つまどひ)にわが身は離(さ)けじ言(こと)問はずとも 要旨 >>> 〈636〉私をしのぶための衣を差し上げよう。あなたの寝床の枕元に離さず身につけておやすみなさい。 〈637〉あなたをしのぶよすがの衣は、私を求められたあなただと思って、肌身離さずおきましょう。たとえ物言わぬ着物であっても。 鑑賞 >>> 前記事からの続きで、636は湯原王の歌。王の妻を羨む娘子に自分の衣を与えてなだめた歌だとされますが、634・635の別解釈に従うと。王の妻の存…

  • 湯原王と娘子の歌(2)・・・巻第4-634~635

    訓読 >>> 634家にして見れど飽かぬを草枕(くさまくら)旅にも妻(つま)とあるが羨(とも)しさ 635草枕(くさまくら)旅には妻(つま)は率(ゐ)たれども匣(くしげ)の内の珠(たま)をこそ思へ 要旨 >>> 〈634〉私の家でお逢いするときは、いつも飽き足らずにお別れしますのに、あなたは旅にまで奥様とご一緒だなんて、羨ましいかぎりです。 〈635〉旅に妻を連れてはいるけれど、私の心では、大切な箱の中の珠のように、あなたを愛しいと思っているのです。 鑑賞 >>> 631~633に続く、湯原王(ゆはらのおおきみ)と娘子(おとめ)の歌。634は娘子の歌で、湯原王の旅に同行している妻のことを羨んで…

  • 湯原王と娘子の歌(1)・・・巻第4-631~633

    訓読 >>> 631表辺(うはへ)なきものかも人は然(しか)ばかり遠き家路(いへぢ)を還(かへ)す思へば 632目には見て手には取らえぬ月の内(うち)の楓(かつら)のごとき妹(いも)をいかにせむ 633ここだくも思ひけめかも敷栲(しきたへ)の枕(まくら)片去(かたさ)る夢(いめ)に見えける 要旨 >>> 〈631〉愛想のないことだ、お前は泊めてもくれず、こんなに遠い家路を帰してしまうなんて。 〈632〉目に見ることはできても、手に取ることができない、月の中の楓(桂)のようなあなたを、いったいどうしたらいいのか、じれったい気持ちだ。 〈633〉ひどく私を思ってくださるからでしょうか。枕を片方に寄…

  • 恋しけば形見にせむと・・・巻第8-1471

    訓読 >>> 恋しけば形見(かたみ)にせむと我(わ)がやどに植ゑし藤波(ふぢなみ)今咲きにけり 要旨 >>> 恋しくなったら、その人を思い出すよすがにしようと、私の庭に増えた藤の花が、今ようやく咲いた。 鑑賞 >>> 山部赤人の歌。「恋しけば」は、恋しくなったら。「形見」は、人や過ぎ去ったことを思い出す種となるもの。「藤波」は、藤の花の状態を具象化した歌語。この歌について窪田空穂は、次のように評しています。 「いっているところは単純であるが、その単純は気分化していっているがためで、したがって余情をもった作である。事としては、関係は結んだが、その後は逢える望みのない女を思うことであるが、それはす…

  • 持統天皇の吉野行幸の折、柿本人麻呂が作った歌・・・巻第1-38~39

    訓読 >>> 38やすみしし わが大君(おほきみ) 神(かむ)ながら 神さびせすと 吉野川 激(たぎ)つ河内(かふち)に 高殿(たかどの)を 高(たか)知りまして 登り立ち 国見をせせば 畳(たたな)はる 青垣山(あをかきやま) 山神(やまつみ)の 奉(まつ)る御調(みつき)と 春へは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉(もみち)かざせり 逝(ゆ)き副(そ)ふ 川の神も 大御食(おほみけ)に 仕へ奉(まつ)ると 上(かみ)つ瀬に 鵜川(うかは)を立ち 下つ瀬に 小網(さで)さし渡す 山川(やまかは)も 依(よ)りて仕ふる 神の御代(みよ)かも 39山川も寄りて奉(つか)ふる神ながらたぎつ河内(かふち…

  • 神奈備の磐瀬の杜の霍公鳥・・・巻第8-1466

    訓読 >>> 神奈備(かむなび)の磐瀬(いはせ)の杜(もり)の霍公鳥(ほととぎす)毛無(けなし)の岳(をか)に何時(いつ)か来鳴かむ 要旨 >>> 神奈備の岩瀬の森で鳴いているほととぎすよ、自分の住んでいる毛無の岡には一向に声が聞こえないが、いつになったら来て鳴いてくれるのか。 鑑賞 >>> 志貴皇子(しきのみこ)の歌。「神奈備」は神のいる神聖な場所という意味で、ここは飛鳥の神奈備ではなく竜田の神奈備で、その南方に「岩瀬の森」があります。「磐瀬の社」で霍公鳥が鳴くことを詠む歌は他にもあり(巻第8-1470)、霍公鳥の名所だったのかもしれません。「毛無の岡」の所在未詳ながら、「毛無」は、樹木の生…

  • 元正天皇の吉野行幸の折、笠金村が作った歌・・・巻第6-907~909

    訓読 >>> 907滝の上(へ)の 御舟(みふね)の山に 瑞枝(みづえ)さし 繁(しじ)に生ひたる 栂(とが)の樹の いやつぎつぎに 万代(よろづよ)に かくし知らさむ み吉野の 蜻蛉(あきづ)の宮は 神柄(かむから)か 貴くあるらむ 国柄(くにから)か 見が欲しからむ 山川を 清み清(さや)けみ うべし神代(かみよ)ゆ 定めけらしも 908毎年(としのは)にかくも見てしかみ吉野の清き河内(かふち)の激(たぎ)つ白波 909山高み白木綿花(しらゆふはな)に落ちたぎつ滝の河内(かふち)は見れど飽かぬかも 要旨 >>> 〈907〉吉野川の激流のほとりの御船の山に、みずみずしい枝を張り出し、すき間な…

  • 帰ります間も思ほせ我れを・・・巻第10-1890

    訓読 >>> 春山(はるやま)の友鶯(ともうぐひす)の泣き別れ帰ります間(ま)も思ほせ我(わ)れを 要旨 >>> 春山のウグイスが仲間同士で鳴き交わして別れるように、泣く泣く別れてお帰りになるその道すがらの間でも、思って下さい、この私のことを。 鑑賞 >>> 女のもとを訪れていた男が帰るに際し、女が贈った歌です。上2句は「泣き別れ」を導く序詞。「友鶯」は、ウグイスが連れ立っているように見えるところから友といったもの。他には例のない表現ですが、漢籍には友を求めて鳴くウグイスの例が多く見られ、その知識が下敷きになっているようです。「帰ります」「思ほせ」は、それぞれ「帰る」「思へ」の尊敬語。 国文学…

  • 遣新羅使人の歌(10)・・・巻第15-3586~3588

    訓読 >>> 3586我(わ)が故(ゆゑ)に思ひな痩(や)せそ秋風の吹かむその月(つき)逢はむもの故(ゆゑ) 3587栲衾(たくぶすま)新羅(しらき)へいます君が目を今日(けふ)か明日(あす)かと斎(いは)ひて待たむ 3588はろはろに思ほゆるかも然(しか)れども異(け)しき心を我(あ)が思はなくに 要旨 >>> 〈3586〉私のために思い悩んで痩せたりなどしないでおくれ。秋風が吹き始めるその月には、きっと逢えるのだから。 〈3587〉はるばる新羅の国へお出かけになるあなたにお逢いできる日を、今日か明日かと、身を清めてはずっとお待ちしています。 〈3588〉遙か遠くにいらっしゃると思われるけれ…

  • 亡くなった弟を哀傷する歌・・・巻第17-3957~3959

    訓読 >>> 3957天離(あまざか)る 鄙(ひな)治(をさ)めにと 大君(おほきみ)の 任(ま)けのまにまに 出でて来(こ)し 我(わ)れを送ると あをによし 奈良山(ならやま)過ぎて 泉川(いづみがは) 清き河原(かはら)に 馬 留(とど)め 別れし時に ま幸(さき)くて 我(あ)れ帰り来(こ)む 平らけく 斎(いは)ひて待てと 語らひて 来(こ)し日の極(きは)み 玉桙(たまほこ)の 道をた遠(どほ)み 山川の 隔(へな)りてあれば 恋しけく 日(け)長きものを 見まく欲(ほ)り 思ふ間(あひだ)に 玉梓(たまづさ)の 使ひの来(け)れば 嬉(うれ)しみと 我(あ)が待ち問(と)ふに お…

  • 大夫の寿く豊御酒に・・・巻第6-989

    訓読 >>> 焼太刀(やきたち)の稜(かど)打ち放ち大夫(ますらを)の寿(ほ)く豊御酒(とよみき)に我れ酔(え)ひにけり 要旨 >>> 焼いて鍛えた太刀のかどを鋭く打って、雄々しい男子が祈りをこめる立派な酒に、私は酔ってしまった。 鑑賞 >>> 題詞に「湯原王(ゆはらのおおきみ)の打酒の歌」とあり、酒を打つとは、飲酒に先立って刀で悪霊を切り払う呪法だったようですが、「稜打ち放ち」の具体的動作ははっきりしていません。「稜」は、刀の鎬(しのぎ)の部分。「豊御酒」は、酒を讃えての称。神祭りに酒を捧げ、神事の後にその酒を神とともに頂く(直会:なおらい)のが、本来の日本人の酒の飲み方だったといわれます。…

  • 東歌(23)・・・巻第14-3411

    訓読 >>> 多胡(たご)の嶺(ね)に寄(よ)せ綱(づな)延(は)へて寄すれどもあに来(く)やしづしその顔(かほ)よきに 要旨 >>> 多胡の嶺に綱をかけて引き寄せようとしても、ああ悔しい、びくともしない、その顔が美人ゆえに。 鑑賞 >>> 上野(かみつけの)の国の歌。「多胡の嶺」は、多胡の地の山ながら所在未詳。「寄綱延へて」は、重い物を引き寄せる綱をかけて。「あに来や」は、どうして寄って来ようか、来はしない。「しづし」は語義未詳ながら、「静し」で「静けし」の方言と見る説があります。山がじっとして動かない意。「その顔よきに」は、その顔がよいことによって。男が、無理と思いつつ美貌の女に言い寄った…

  • 須磨の海女の塩焼き衣の・・・巻第4-630

    訓読 >>> 須磨(すま)の海女(あま)の塩焼き衣(きぬ)の藤衣(ふぢごろも)間遠(まどほ)にしあればいまだ着なれず 要旨 >>> 須磨の海女が塩を焼くとき着る藤の衣(ころも)は、ごわごわした目の粗い着物なので、たまにしかまとう機会がなく、いまだにしっくりこない。 鑑賞 >>> 題詞に「大網公人主(おほあみのきみひとぬし)が宴吟(えんぎん)の歌」とあり、古歌か自作かは分かりません。大網公人主は伝未詳。「須磨」は、神戸市須磨区一帯。「藤衣」は、藤の皮の繊維で織った海女の作業着、または庶民の衣服。上3句は新妻の譬えで、下2句は、藤衣の目が粗いことからまだ身体に馴染んでいない、すなわち、まだ打ち解け…

  • 神樹にも手は触るといふを・・・巻第4-517

    訓読 >>> 神樹(かむき)にも手は触(ふ)るといふをうつたへに人妻といへば触れぬものかも 要旨 >>> 触れたら罰が当たるという御神木にも手を触れる人があるというのに、人妻だからと言うだけで、決して手を出さないものだろうか。 鑑賞 >>> 大伴安麻呂(おおとものやすまろ)の歌。672年の壬申の乱では、叔父の馬来田(まぐた)、吹負(ふけい)や兄の御行(みゆき)とともに天武側について従軍して功をあげました。天武政権になって後は功臣として重んぜられ、新都のための適地を調査したり、新羅の使者接待のため筑紫に派遣されたりしました。和銅7年(714年)5月に死去した時は、大納言兼大将軍・正三位の地位にあ…

  • 穂積の朝臣が腋草を刈れ・・・巻第16-3842~3843

    訓読 >>> 3842童(わらは)ども草はな刈(か)りそ八穂蓼(やほたで)を穂積(ほづみ)の朝臣(あそ)が腋草(わきくさ)を刈れ 3843いづくにぞま朱(そほ)掘る岡 薦畳(こもたたみ)平群(へぐり)の朝臣(あそ)が鼻の上を掘れ 要旨 >>> 〈3842〉おい、みんな、草なんか刈らなくていいぞ。いっぱい生えているあの穂積のおやじの臭い腋くさを刈れ。 〈3843〉どこにあるのか、朱を掘るのによい丘は。ほら、薦畳のような平群の朝臣の鼻の上を掘れ。 鑑賞 >>> 3842は、平群朝臣(へぐりのあそみ)が穂積朝臣(ほづみのあそみ)をからかった歌。3843は、穂積朝臣が答えた歌。平群朝臣は、天平勝宝5年…

  • 含めりと言ひし梅が枝・・・巻第8-1436~1437

    訓読 >>> 1436含(ふふ)めりと言ひし梅が枝(え)今朝(けさ)降りし沫雪(あわゆき)にあひて咲きぬらむかも 1437霞(かすみ)立つ春日(かすが)の里の梅の花山のあらしに散りこすなゆめ 要旨 >>> 〈1436〉蕾がふくらんでいると人が言っていた、その人の家の梅は、今朝降った沫雪に逢って咲いただろうか。 〈1437〉霞が立ち込めている春日の里の梅の花よ、山おろしの風に散ってしまわないでおくれ、決して。 鑑賞 >>> 大伴村上(おおとものむらかみ)の梅の歌2首です。大伴村上は、天平勝宝6年(754年)頃に民部少丞(民部省の三等官、従六位相当)、宝亀2年(771年)に従五位下に進み、翌年阿波…

  • ますらをの鞆の音すなり・・・巻第1-76~77

    訓読 >>> 76ますらをの鞆(とも)の音(おと)すなり物部(もののべ)の大臣(おほまへつきみ)楯(たて)立つらしも 77吾が大君(おほきみ)ものな思ほし皇神(すめかみ)の継ぎて賜(たま)へる我(われ)なけなくに 要旨 >>> 〈76〉勇ましい男子たちの鞆の音が聞こえる。物部の大臣が楯を立てているらしい。 〈77〉お仕え申し上げる大君よ、ご心配なさいますな。皇祖の神が、あなた様に次いでこの世に下し賜わった、私という者がお側にいるではないですか。 鑑賞 >>> 76は、元明天皇の御製歌。77は、76の歌に御名部皇女(みなべのひめみこ)が和したもの。元明天皇は、天智天皇の第4皇女で草壁皇子の妃、持…

  • 荒れたる京見れば悲しも・・・巻第1-32~33

    訓読 >>> 32古(いにしへ)の人に我(わ)れあれや楽浪(ささなみ)の古き京(みやこ)を見れば悲しき 33楽浪(ささなみ)の国つ御神(みかみ)のうらさびて荒れたる京(みやこ)見れば悲しも 要旨 >>> 〈32〉私は遥かなる古(いにしえ)の人なのだろうか、まるでそんな人のように、楽浪の荒れ果てた都を見ると、悲しくてならない。 〈33〉楽浪の地を支配された神の御魂(みたま)も衰えて、荒れ廃れた都の姿を見ると、悲しくてならない。 鑑賞 >>> 高市黒人(たけちのくろひと)の歌。題詞に、高市古人(たけちのふるひと)が近江の旧都を悲しんで作った歌とありますが、その下に「或る書には高市連黒人(たけちのむ…

  • 玉梓の使ひも来ねば・・・巻第16-3811~3813

    訓読 >>> 3811さ丹(に)つらふ 君がみ言(こと)と 玉梓(たまづさ)の 使(つか)ひも来(こ)ねば 思ひ病(や)む 我(あ)が身ひとつそ ちはやぶる 神にもな負(お)ほせ 占部(うらへ)すゑ 亀(かめ)もな焼きそ 恋ひしくに 痛き我(あ)が身そ いちしろく 身にしみ通り むら肝(きも)の 心(こころ)砕(くだ)けて 死なむ命(いのち) にはかになりぬ 今さらに 君か我(わ)を呼ぶ たらちねの 母の命(みこと)か 百(もも)足(た)らず 八十(やそ)の衢(ちまた)に 夕占(ゆふけ)にも 占(うら)にもそ問ふ 死ぬべき我(わ)がゆゑ 3812占部(うらへ)をも八十(やそ)の衢(ちまた)も占…

  • 君がため醸みし待酒・・・巻第4-555

    訓読 >>> 君がため醸(か)みし待酒(まちざけ)安(やす)の野にひとりや飲まむ友なしにして 要旨 >>> あなたと飲み交わそうと醸造しておいた酒も、安の野で一人寂しく飲むことになるのか。友がいなくなってしまうので。 鑑賞 >>> 大宰帥の大伴旅人が、民部卿(民部省の長官)として転任することになった大弐(大宰府の次官)の丹比県守(たじひのあがたもり)に贈った歌。丹比県守は、左大臣正二位多治比嶋の子で、唐に派遣されたこともある人です。家柄からして、旅人にとっては胸襟を開いて接することができた、ごく少数の友だったとみえます。「醸みし待酒」は、接待するために醸造して用意していた酒の意。「安の野」は、…

  • 高橋虫麻呂の歌・・・巻第9-1742~1743

    訓読 >>> 1742級(しな)照る 片足羽川(かたしはがは)の さ丹(に)塗りの 大橋(おほはし)の上ゆ 紅(くれなゐ)の 赤裳(あかも)裾(すそ)ひき 山藍(やまあゐ)もち 摺(す)れる衣(きぬ)きて ただ独(ひと)り い渡らす児(こ)は 若草の 夫(つま)かわるらむ 樫(かし)の実の 独りか寝(ぬ)らむ 問はまくの 欲(ほ)しき我妹(わぎも)が 家の知らなく 1743大橋の頭(つめ)に家あらばうらがなしく独り行く児(こ)に宿(やど)貸さましを 要旨 >>> 〈1742〉片足羽川の丹塗りの橋を、美しい乙女がただ一人渡っていく。裾をひく紅の裳をはき、藍色の上着をまとって。あの乙女は夫のある身…

  • 大伴坂上郎女が藤原麻呂に答えた歌・・・巻第4-525~528

    訓読 >>> 525佐保川(さほがは)の小石踏み渡りぬばたまの黒馬(くろま)の来る夜は年にもあらぬか 526千鳥鳴く佐保の川瀬のさざれ波やむ時もなし我(あ)が恋ふらくは 527来(こ)むと言ふも来(こ)ぬ時あるを来(こ)じと言ふを来(こ)むとは待たじ来(こ)じと言ふものを 528千鳥鳴く佐保の川門(かはと)の瀬を広み打橋(うちはし)渡す汝(な)が来(く)と思へば 要旨 >>> 〈525〉天の川ならぬ佐保川の小石を踏みながら渡って、あなたを乗せた黒馬が来る夜は、年に一度はあってくれないものでしょうか。 〈526〉千鳥が鳴く佐保の川瀬のさざ波のように、やむときもありません、あなたを恋い焦がれるこの…

  • 藤原麻呂が大伴坂上郎女に贈った歌・・・巻第4-522~524

    訓読 >>> 522娘子(をとめ)らが玉櫛笥(たまくしげ)なる玉櫛(たまくし)の神(かむ)さびけむも妹(いも)に逢はずあれば 523よく渡る人は年にもありといふをいつの間にぞも我(わ)が恋ひにける 524蒸衾(むしぶすま)柔(なごや)が下に臥(ふ)せれども妹(いも)とし寝(ね)ねば肌(はだ)し寒しも 要旨 >>> 〈522〉あなたの化粧箱にしまい込まれた櫛のように、私も古びてしまいました。あなたに逢えないままにいるうちに。 〈523〉まめによく川を渡る人(牽牛)は年に一度の逢瀬でさえ我慢しているというのに、私はどれほどの間が空いたからといってこんなに恋い焦がれているのだろう。 〈524〉ふっく…

  • 但馬皇女の歌・・・巻第2-114~116

    訓読 >>> 114秋の田の穂向(ほむき)の寄れる片寄りに君に寄りなな言痛(こちた)くありとも 115後(おく)れ居(ゐ)て恋ひつつあらずは追ひ及(し)かむ道の阿廻(くまみ)に標(しめ)結(ゆ)へわが背 116人言(ひとごと)を繁(しげ)み言痛(こちた)み己(おの)が世に未(いま)だ渡らぬ朝川(あさかは)渡る 要旨 >>> 〈114〉秋の田の実った稲穂が一方に片寄っている。私もそのようにあの人に寄り添いたい、どんなに人の噂がうるさくても。 〈115〉後に残って恋焦がれてばかりいるより、いっそのこと追い慕って行こう。私が無事に追いつけるよう、道の曲がり角に目印をつけておいてください、あなた。 〈…

  • 天武天皇崩御後に皇后(持統天皇)が作った歌・・・巻第2-160~161

    訓読 >>> 160燃ゆる火も取りて包みて袋(ふくろ)には入ると言はずやも智男雲 161北山(きたやま)にたなびく雲の青雲(あをくも)の星(ほし)離(はな)れ行き月を離れて 要旨 >>> 〈160〉燃える火さえも、包んで袋に入れることができるというではないか。智男雲。 〈161〉北山にたなびいていた雲のその青雲が、星から離れて行き、月からも離れて行く。 鑑賞 >>> 題詞に「或る本に、天皇が崩御した時の、太上天皇(持統天皇)の御製歌2首」とある歌です。「太上天皇」は文武天皇の御代の称なので、そのころに記録された書にあるままをここに載せたものとみられます。天武天皇崩御の後、やや日が経過しての歌の…

  • 東歌(22)・・・巻第14-3436~3437

    訓読 >>> 3436しらとほふ小新田山(をにひたやま)の守(も)る山のうら枯(が)れせなな常葉(とこは)にもがも 3437陸奥(みちのく)の安達太良(あだたら)真弓(まゆみ)はじき置きて反(せ)らしめきなば弦(つら)はかめかも 要旨 >>> 〈3436〉新田山の山守に大切に守られている木々のように、梢が枯れることなく、ずっと青葉でいてほしい。 〈3437〉陸奥の安達太良山の真弓の弦をはずして反らせたまにして来たら、もう二度と弦は張れません。 鑑賞 >>> 3436は、上野の国の歌。「しらとほふ」は語義未詳ながら、「小新田山」の枕詞。「小新田山」の「小」は美称。「新田山」は、太田市北方の金山。…

  • 夕されば小倉の山に伏す鹿の・・・巻第9-1664

    訓読 >>> 夕されば小倉(をぐら)の山に伏(ふ)す鹿の今夜(こよひ)は鳴かず寝(い)ねにけらしも 要旨 >>> 夕暮れになると小倉の山に伏す鹿は、今夜は鳴かずに寝てしまったようだ。 鑑賞 >>> 巻第9の冒頭におかれた雄略天皇の御製歌ですが、舒明天皇を作者とする説もあります。「小倉の山」の所在には様々な説があり、一説には桜井市の今井谷あたりといわれています。 万葉時代の人々は、他のいくつかの歌を検証すれば、妻を求めて鹿は鳴くと理解していたことが分かります。とすれば、鹿が鳴かないのを歌ったこの歌は、ああ、妻が見つかって共寝をしているんだろう、よかったね、結婚相手が見つかって、という歌になります…

  • 文武天皇の御製歌・・・巻第1-74

    訓読 >>> み吉野の山の下風(あらし)の寒けくにはたや今夜(こよひ)も我(わ)が独(ひと)り寝む 要旨 >>> 吉野の山から吹き下ろす風がこんなにも肌寒いのに、もしや今夜も私はたった独りで寝るのだろうか。 鑑賞 >>> 題詞に「大行天皇、吉野の宮に幸(いでま)す時の歌」とあります。「大行天皇」とは、崩じてまだ諡号が贈られていない天皇または先代の天皇のことですが、歌の排列からして文武天皇の御製とされます。大宝元年(701年)2月の吉野行幸の際の歌とみられています。とても寒い時期です。 「み吉野の」の「み」は美称。「はたや」は、もしや、ひょっとして。旅先での寒い独り寝をうたったもので、同類の歌は…

  • 防人の歌(15)・・・巻第20-4328~4330

    訓読 >>> 4328大君(おほきみ)の命(みこと)畏(かしこ)み磯(いそ)に触(ふ)り海原(うのはら)渡る父母(ちちはは)を置きて 4329八十国(やそくに)は難波(なには)に集(つど)ひ船(ふな)かざり我(あ)がせむ日ろを見も人もがも 4330難波津(なにはつ)に装(よそ)ひ装ひて今日(けふ)の日や出でて罷(まか)らむ見る母なしに 要旨 >>> 〈4328〉大君のご命令を恐れ畏んで、磯から磯を伝いながら、海原を渡っていく、父母を置いたまま。 〈4329〉諸国の防人たちが難波に集結し、船かざりをして船出に備える。その日の晴れ姿を見送る人がいてくれたらなあ。 〈4330〉難波津で船を飾り立てて…

  • 苦しくも降り来る雨か・・・巻第3-265

    訓読 >>> 苦しくも降り来る雨か三輪(みわ)の崎(さき)狭野(さの)の渡りに家もあらなくに 要旨 >>> 何と鬱陶しいことに雨が降ってきた。三輪の崎の狭野の渡し場に、雨宿りする家もないのに。 鑑賞 >>> 長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)が、何らかの命を帯びて紀伊へ旅した時の歌です。「三輪の崎」は、和歌山県新宮市の三輪の崎。「狭野の渡り」は、今の新宮港あたり。 なお、「家もあらなくに」の解釈は、最近では「家の者もいないのに」とするのが主流になってきています。『万葉集』に登場する「家」と「宿」の比較研究において、「家」を主語として「居り」「恋ふ」「念ふ」「待つ」などの述語を伴う例が多いこ…

  • 坂上郎女が大伴家持に贈った歌・・・巻第17-3927~3930

    訓読 >>> 3927草枕(くさまくら)旅行く君を幸(さき)くあれと斎瓮(いはひべ)据(す)ゑつ我(あ)が床(とこ)の辺(へ)に 3928今のごと恋しく君が思ほえばいかにかもせむするすべのなさ 3929旅に去(い)にし君しも継(つ)ぎて夢(いめ)に見ゆ我(あ)が片恋(かたこひ)の繁(しげ)ければかも 3930道の中(なか)国(くに)つ御神(みかみ)は旅行きもし知らぬ君を恵(めぐ)みたまはな 要旨 >>> 〈3927〉任地に赴くあなたが無事であれ、斎瓮を据えて祈りました。私の床の辺に。 〈3928〉今のようにこんなに恋しくあなたのことが思われるのに、これからどうしたらいいのでしょう。するべき方法…

  • 大伴家持と大伴坂上郎女の歌・・・巻第8-1619~1620

    訓読 >>> 1619玉桙(たまほこ)の道は遠けどはしきやし妹(いも)を相(あひ)見に出でてぞ我(あ)が来(こ)し1620あらたまの月立つまでに来ませねば夢(いめ)にし見つつ思ひそ我(あ)がせし 要旨 >>> 〈1619〉道のりは遠くても、いとおしいあなたに逢うために、私はやって来ました。 〈1620〉月が改まるまでにいらっしゃらないので、私は夢にまで見続けて、物思いをしてしまいました。 鑑賞 >>> 1619は大伴家持、1620は大伴坂上郎女の歌。大伴氏は竹田の庄(橿原市)と跡見(とみ)の庄(桜井市外)を経営していました。天平11年(739年)、竹田の庄(橿原市)に秋の収穫のため下向していた…

  • 秋さらば見つつ偲へと・・・巻第3-464~465

    訓読 >>> 464秋さらば見つつ偲(しの)へと妹(いも)が植ゑしやどのなでしこ咲きにけるかも 465うつせみの世は常(つね)なしと知るものを秋風 寒(さむ)み偲(しの)ひつるかも 要旨 >>> 〈464〉秋になったらごらんになって私を思い出してくださいと言って、彼女が植えた庭のナデシコの花が咲いてきたよ。 〈465〉この世は無常だとは分かってはいるものの、寒い秋風を受けると、妻のことが思い出されてならない。 鑑賞 >>> 462の歌に続き、大伴家持が亡き妾を悲しんで作った歌。464は、家持が軒下の敷板のそばに咲いたナデシコの花を見て作った歌で、「妹が植ゑしやど」は、家持が16歳ころに、大伴家…

  • 今よりは秋風寒く吹きなむを・・・巻第3-462~463

    訓読 >>> 462今よりは秋風(あきかぜ)寒く吹きなむを如何(いかに)かひとり長き夜(よ)を寝(ね)む 463長き夜(よ)をひとりや寝(ね)むと君が言へば過ぎにし人の思ほゆらくに 要旨 >>> 〈462〉これから秋風が寒く吹く時節を迎えるのに、どのようにしてたった一人で長い夜を寝たらよいのか。 〈463〉秋の夜長を一人で寝なければならないなどとおっしゃると、私まで亡くなったあの方のことが思い出されて、やりきれなくなるではありませんか。 鑑賞 >>> 462は、題詞に「(天平)十一年己卯夏六月、大伴宿禰家持、亡妾を悲傷して作れる歌」とあり、妾(正妻に次ぐ妻)が、永主(ながぬし)という男の子と3…

  • 昔こそ難波田舎と言はれけめ・・・巻第3-312

    訓読 >>> 昔こそ難波田舎(なにはゐなか)と言はれけめ今は都(みやこ)引き都(にやこ)びにけり 要旨 >>> 昔こそは、難波田舎と呼ばれていたであろう。しかし、今では都を引き移してすっかり都らしくなってきた。 鑑賞 >>> 神亀3年(726年)、藤原宇合(ふじわらのうまかい)が、難波の都の改造のため、知造難波宮事に任ぜらたときに作った歌。大体ができあがった時期に、聖武天皇の御前で歌った予祝歌とされます。「都引き」は都を引き移しての意で、天皇の行幸を、都自体が移ってきたかのように言っています。「都び」は都めく意。自身の責務の完了を目前にして喜ぶだけでなく、皇威を賀した、調べの明るいさわやかな歌…

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