明日は上の子の卒業式。(小学校) そして来週は息子の卒園式。(保育園) おめでたい行事であるのは分かるんだけど、 わざわざスーツを着て参加するのがどうにも面倒に思ってしまう。 非情にローテンションな私は、スーツもできるだけお金と手間をかけないように、 冠婚葬祭用に10年以上持ち続けている黒い普通のジャケットと、 イオンで1800円で買ったてきとーなブラウス、そしてユニクロで買った黒のパンツで済ませる。 1、2時間で終る、しかも主役は子供なのに、服なんかにこだわりたくない。 変じゃなければそれでいい。 普通のお母さんたちは雑誌でイマドキの卒業式ファッションをチェックし、百貨店で一式揃えたりするら…
毎日在宅勤務になってしまった夫にモヤモヤ(イライラ?)する日々が続いていた。 できるだけ自分が外に出て気晴らしをしたり、開き直って家で過ごしてみたり。 けど、やっぱり「家で一人で自由気ままに過ごす」という時間は、私にとってとても大事なことだ。 これからもその大事な時間が奪われ続けると思うと、本当に絶望的な気持ちになる。 私の居場所はどこ? なぜ自分の家で自由に過ごせないの? 他の何か(お金とか)を我慢してでも手放したくない。 一方夫はそんな私の気持ちなど知る由もない。 会社に行こうにも行けないのだから、どうしようもないと思って我慢してきた。 でも、やっぱり我慢はよくない。 思い切って心の片隅に…
昨日、今日と、図書館に行った。先週あたりは夫の気配を気にしつつ家で過ごしてみたけれど、やっぱり落ち着かない。昨日は図書館の「学習室」というところで習字のペン字の練習と、娘の勉強の課題作りをした。その空間があまりに快適で、また今日も図書館へ。課題作りはまだしも、ペン字はカフェではやりづらい。 回りの目を気にしなければいいと思ったけど、どうにも気が散って集中できないのだ。図書館の学習室は静かでいい。音楽もなければ隣で主婦たちのおしゃべりが始まることもない。それぞれが回りを気にせず勉強に集中して静まり返っている。 私は筋金入りの「一人好き」だけど、多分回りに人がいるかどうかよりも、「人のことを気にし…
週末の夫との会話で、衝撃の一言。「コロナ関係なく、多分ずっと在宅勤務だよ」 ああ、これを聞いたときの絶望ときたら… ずっと、「あとちょっと…!」って思ってた。コロナが終息して以前の生活が戻れば、私の居場所も戻ってくる。それまでの辛抱だ!!って。それは緊急事態解除までなのか、はたまた年度末までなのか、ワクチン接種が実現するまで続くのか…でも、どっちにしても、あとちょっと…あとちょっと…。やっと終わる!我慢の日々が!不自由な日々が! と、思って最近過ごしていたわけです。 ところが、衝撃の、「コロナ関係なく、在宅勤務だよ」 ああ、何かが崩れ去る感覚。 え?ずっとこの生活?まさかだよね?私はこれからも…
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