接触する部分が固くてごつごつしていることを意味します。類語に「こはごはし(強強し)」がありまして、ほぼ同じ意味で用いられます。
動詞「おぼゆ」が名詞化したものです。「おぼゆ」は、「思ふ」+上代の助動詞「ゆ」であり、「ゆ」は「自発」や「受身」を意味します。(1)(2)は、受身的なニュアンスですね。(1)「世間から思われること」であり、(2)は「非常に高い身分の人から思われること」を意味します。(3)(4)(5)は、自発的なニュアンスですね。(5)は、能力や腕前などの話題において「おぼえあり」などと言う場合の訳し方です。
「真実(まめ)」「真目(まめ)」といったことばが、「まじめ」を意味しており、それを2つ重ねているのが「まめまめし」です。普通に「まじめである」と訳すこともあるのですが、「まめ」を二回言うくらい強調されていますので、「いかにもまじめである」「きわめてまじめだ」などのように、ちょっと強めに訳せるといいですね。
物事が思い通りにいかず、がっかりすることを意味しています。訳としては、「嘆く」「困る」などとすることが多いですね。補助動詞として、「~しかねる」「~しづらい」などと訳すこともけっこうあります。
『枕草子』「二月つごもりころに」の現代語訳です。
副詞「さらに」は、現代語と同じように、「そのうえ」「かさねて」という意味を持ちます。「更」は「改めること・新たに引き締めること」を意味する語で、「更新」「更衣」「更生」など、多くの熟語に用いられています。その漢字の意味に近いのが(2)の「改めて・新たに・もう一度」という訳になりますね。
『枕草子』「うつくしきもの」の現代語訳です。
本来は「言へばさらなり」「言ふもさらなり」のかたちで使用される表現で、「言うのも今さらなことである」という意味になります。つまり、「言うまでもない」ということですね。その表現から、「言へば」「言ふも」という部分が落ちてしまったのが「さらなり」です。「さらなり」とだけ表現されていても、「言へば」「言ふも」があるとみなして、「言うまでもない」と訳すことになります。
〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。海はなほいとゆゆしと思ふに、まいて海女のかづきしに入るは憂きわざなり。腰につけたる緒の絶えもしなば、いかにせんとならん。枕草子現代語訳海はやはりひどく恐ろしいと思うが、まして海女が水中に潜るために入るのは気持
前から続いているものが、そのまま続いている様子を意味する副詞です。根本的には「依然として」という意味になります。文脈的には、他のいろいろな状況を念頭においたうえで、「もともと中心視されていたもの」を変わらずに中心視するような場面で使われやすいです。その場合、「やはり」という訳語を使用することが多いですね。
『枕草子』の一節です。ポイントは、副詞「なほ」、動詞「ありく」、助動詞「まじ」、動詞「おぼゆ」です。
『枕草子』の一節です。ポイントは、副詞「やがて」、副詞「いと」、形容詞「わろし」です。
『枕草子』「野分のまたの日こそ」の現代語訳です。
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接触する部分が固くてごつごつしていることを意味します。類語に「こはごはし(強強し)」がありまして、ほぼ同じ意味で用いられます。
「知る」「記す・徴す」と同根のことばです。一説には「白」とも関係するといわれます。何らかのかたちで明白に認識できること(もの)を示す語であり、根本的には「徴候」「兆し」といった意味になります。
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「知る」「しるす」などと同根の語とされます。一説には、「白」「白し」とも関係があるとされます。何かの兆候がはっきりとあらわれて、しっかりと認識できるようなようすを形容するのに用いられました。
「いぶ」ということばに「はれない(はっきりしない)」という意味合いがありまして、「いぶし」は、それを「気がかり」に思う心情面のことばとして使用されます。「気がかり」であるがゆえに、その内容を確認したい心情として「見たい・聞きたい・知りたい」などと訳すこともあります。また、「疑い」の気持ちが強ければ「不審だ」などと訳します。
「いぶ」ということばに「はっきりしない(はれない)」という意味合いがありまして、「いぶせし」は、その「内にこもった鬱屈した状態」を表します。その点で(1)の意味が本義です。(2)(3)の意味は中世くらいから出てきます。
シンプルに「道が平らだ」ということなのですが、「心」が「平ら」であることや、「凸凹のトラブルがない」ことを意味するようになりました。用例としては(3)の「無事だ・平穏だ」という意味で用いることが多いです。
「こち」は「骨」であり、「ゴツゴツしているさま」「四角四面なさま」「洗練されていないさま」を表します。それに形容詞を成立させる接尾語「なし」がついて「こちなし」となりました。「骨っぽい!」ということであり、「洗練されて角がとれたようす」とは逆のイメージです。そのため、「無作法」「無風流」などと訳します。
「長(をさ)」を重ねたことばです。「をさ」は、年齢や能力が長じていることを示しますので、どちらかというと(2)の「しっかりしている」「きちんとしている」という意味のほうが原義に近いです。たとえば、「幼し(をさなし)」という語は、この「長(をさ)」が「無し」であることを示すことから、「年少だ・幼稚だ」という意味になります。ただ、実際の用例としては、下に打消表現を伴い、(1)のように「めったに(~ない)・ほとんど(~ない)・なかなか(~ない)」という意味で用いることがほとんどです。
「目」+「安し(易し)」で一語化した形容詞です。「見た目が穏やかである」ということから「感じがよい」と訳すことが多いです。記述問題なら「見た目が」をつけておいたほうが無難ですが、内からにじみ出る感じのよさを表すこともあり、選択肢問題ではシンプルに「感じがよい」と訳していることもあります。また、「すんなり見ることができる(見るのに抵抗がない)」というニュアンスで「見苦しくない」と訳すこともあります。
『今鏡』より、「用光と白波」の現代語訳です。
上一段動詞「見る」に、上代の助動詞「ゆ」がついて一語化しました。「ゆ」はもともと接尾語で、「見ゆ」などのように動詞の活用語尾に使用されることで助動詞化していったという説もあります。「ゆ」は主に「自発」の意味を持つため、「見ゆ」は「自然と目に入る」ということを意味します。また、「受身」のニュアンスで「見られる」、「可能」のニュアンスで「見ることができる」などと訳すこともあります。
わが命よ、絶えてしまうのなら絶えてしまえ。このまま生き長らえているならば、堪え忍ぶ心が弱まると困るから。
心ならずもこのはかない現世に生きながらえるならば、恋しく思い出されるにちがいない、そんな夜更けの月だなあ。
(あなたが来ないとわかっていれば)ためらわずに寝てしまっただろうに。(あなたを待っているうちに)夜が更けて、とうとう西にかたむくまでの月を見たことだよ。
もろともに あはれとおもへ やまざくら はなよりほかに しるひともなし 和歌 (百人一首66) もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし 前大僧正行尊 『金葉和歌集』 歌意 私がおまえをしみじみいとしいと思うように、おまえ
つつみ隠していたけれど、顔色や表情に出てしまっていたのだなあ、私の恋は。恋のもの思いをいているのかと、人が尋ねるくらいまで。
こひすてふ わがなはまだき たちにけり ひとしれずこそ おもひそめしか 和歌 (百人一首41) 恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか 壬生忠見 『拾遺和歌集』 歌意 恋をしているという私のうわさは早くも立ってしま
『沙石集』より、「歌ゆゑに命を失ふ事」の現代語訳です。
「名詞」の説明です。
「ナ行変格活用」の説明です。
「カ行変格活用」の説明です。
意味① 整える・こしらえる・作る② 調達する③ 調理する④ 調伏ちょうぶくする・こらしめるポイント「調」+「す」の複合語です。「周」という字は、もともと「稲を植えめぐらせた田」の形象で、あまねく行き届いているさまを意味しています。「用意周到
「サ行変格活用」の説明です。
『宇治拾遺物語』の一節です。ポイントは、形容動詞「おほらかなり」、動詞「す」、敬語動詞「たぶ」です。
動詞「給ふ(たまふ)」が、「たうぶ」「たんぶ」を経て、「たぶ」と変化した語といわれます。逆に「たぶ」から「たまふ」ができたという説もあります。そのため、訳としては「たまふ」と同じと考えて大丈夫です。「たまふ」よりは、ややくだけた表現とされ、会話で用いられることが多いです。
『枕草子』の一節です。ポイントは、感動詞「いで」、感動詞「あな」、形容詞「心憂し」です。
『枕草子』の一節です。ポイントは、接頭語「うち」、助動詞「す」、敬語動詞「たまふ」です。
『枕草子』の一節です。ポイントは、動詞「おぼめく」、動詞「ゆかしがる」、敬語動詞「申す」、敬語動詞「給ふ」です。
接頭語「うち」は、動詞「打つ」から来ていると言われます。もとは、「さっと勢いよく打つ動作」を示しているのですね。実際に何かを打っているのであれば、動詞「打つ」+別の動詞という複合語になりますが、実際に打っているのでない場合、「うつ」は接頭語です。接頭語として他の動詞につくと、副詞的に様々な訳になります。ただし、単に語調を整えるだけの使い方もあるので、訳出しないことも多いです。
『宇治拾遺物語』の一節です。ポイントは、副詞「まして」、「並列的な修飾」についてです。
動詞「好く」の連用形「すき」を重ねて形容詞になったものです。「好く」は、基本的には「男性が女性に関心を寄せること」に多く用いられましたが、「趣味や風流の世界」に一途であることも示しました。
『枕草子』の一節です。ポイントは、形容詞「すきずきし」、係助詞「かは」です。
『宇治拾遺物語』の一節です。ポイントは、形容詞「頼もし」、形容詞「くちをし」です。
動詞「頼む」が形容詞化したものです。「たのむ」のほうを先に見てもらえるとうれしいです。
「頼む」は、「手(た)」+「祈む(のむ)」であり、もともとは「手を合わせ、頭を下げて祈る」ことを意味したようです。「祈む(のむ)」は上代のことばで、『万葉集』では「懇願する・祈願する」の意味で用いられています。
「下二段活用」の説明です。
「上一段活用」の説明です。
「下一段活用」の説明です。