朝8時45分、東京都文京区の片隅にある喫茶店「珈琲 山河」のドアの前に、ひとりの老人が仁王立ちしていた。キャリーケースには、文庫本が100冊ぎっしり。取っ手が重みでしなり、車輪はもはや悲鳴をあげている。 「今日は…カフカで防御、三島で攻撃、司馬で補強だな。」 ショーペンハウアー、82歳。元図書館司書。今は無職。年金暮らし。だが彼の朝は、退屈とは無縁だった。なぜなら、彼には戦う理由がある。 ――窓際の一番奥、四人がけの角席。そこを確保すること。それが彼の"朝のミッション"だった。 喫茶店の開店は9時。だが、彼は毎日、開店の15分前には店前に到着する。通勤ラッシュの波をかいくぐり、どんな雨の日でも…