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人生は草
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https://nainaiteiyan.hatenablog.com/
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読書と哲学 大学院入試日記
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2021/08/10
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zinseiwakusaさんの新着記事

1件〜30件

  • 「進化の条件」としての利益

    トマス・ニューコメンという人物が蒸気機関の原型を発明し、その後産業革命に応用されていく。 そして近代化は始まり現代社会へと発展した。 この一連の流れには「利益」が前提となっている。 利益のないものは基本的に消費されていくか、捨てられていくかである。 当たり前のお話で、機械の導入は人間よりコストがかからない場合が多いので、AIによって置き換わっていく。 今は利益にはならないが、長期的には望める場合は「投資」という形で進んでいく。 現代社会を「人間の進化」として捉えるならば、その条件は間違いなく「利益」である。 一方で、生物学上の進化はまた異質で、「突然変異をしつつたまたま生き残った種」であるとさ…

  • ウェルビーイングを気にしすぎてもいけない

    ウェルビーイングとは、端的に言えば「人生の充足感・幸福感」である。 しかしトルストイが言ったように、幸せという「形式」が存在しているように僕は思う。 笑顔に溢れる毎日、やりがいのある作業に尽力できる毎日等。 幸福というものほど曖昧なものはないし、人生の充足は叶必ずしも幸福を必要としない。 というのも、何に価値を置くべきか、というお話は結局のところ、人それぞれ、「多元的」であると今でも思う。 閉塞感のある世のせいで、「もっと幸福に、満足のある生活を!」といったキャンペーンが流行りやすい条件が生まれやすいのでは、と思う。 僕は今でも岡本太郎の本から学ぶことが多い。 僕のタチなのか、「ぬるま湯」には…

  • 文系と理系の弁証法

    作家の佐藤優氏によれば、海外の一部では「文系」「理系」といった区分けは存在しないとのこと。 それは、GHQがどうやら関係しているみたいだ。 そして当事者のアメリカは現在学問の最先端にいる。 文理問わず、相乗効果を狙っていくべきと言える。 数学は苦手、または嫌いな方は多いように思う。 逆に僕は、初めは国語が嫌いで数学が得意、その後数学が苦手になり英語が得意になったという流れである。 そもそも、受験⇒卒業⇒入学⇒卒業⇒就職といった流れはあっという間で、時間が足りない。 社会人の方はちょっと勉強すれば吸収でき、理解が深まって数段高い思考レベルを獲得できると僕は思う。 近年の脳科学系の本を読むと分かる…

  • 横断的記述・社会心理学・うつ病

    こちらのつづき nainaiteiyan.hatenablog.com 「社会的うつ」という言葉がある。 国際的には厳密な定義付けはないと思われるが、社会的な原因で発病するうつ病のことを指す。 参考文献:奥田祥子『社会的うつ』晃洋書房2020年 しかし、原因が社会的なものにせよ、元気がないことは事実であり、 何らかの生理的現象が脳内に起きていることは否めない。 「自然の書物は数学の言葉によって書かれている」 というフレーズと同じで、 「うつ病は生理学用語、心理学用語、数学用語、、、、、、によって書かれている」 と言えると思われる。 僕は研究者ではなく、学会というものをよく知らないのでなんとも言…

  • 肝心な情報は能動的に調べなければ掴めない。IQとEQに関するお話

    こちらの本と記事のつづき nainaiteiyan.hatenablog.com 本書によれば、EQはIQの要素を取り除いても、高ければ学業の成績が上がる、と書かれている。 つまりは、IQが高い人のなかにもEQが低い人が存在することを意味する。 しかしながら、IQとEQの相関性については書かれていない。 「google scholar」にて、幼児の非認知能力と認知能力の相関性を研究した論文をみると、認知能力と「忍耐力」に正の相関性が見られると書いてある。 参考文献:「幼児の認知能力と非認知特性の関連」 杉浦 ひなの, 春日 晃章, 日本学術振興会特別研究員(DC2) [日本]" style="…

  • 積分で抽象から具体へ

    y = 2x この1次関数について考える。 この1次関数をAとする。 また、 y = 0 この直線をBとする。 Aの式に、aをxに代入し、 x = a ・・・・・C ABCに囲まれた三角形の面積について考える。 訂正: ✕ y = 1/2x二乗 ○ y = x二乗です。凡ミスです。 算数で計算すれば、 「たて×よこ×1/2」なので、 a × 2a × 1/2 = aの二乗になる。 Xが3だったら 「3×6×1/2」なので面積は9になる。 y = 2x を積分すると、 y = x二乗+C(積分定数)となるが、Cは考えずに、0とする。 すると面白いことに、三角形の面積は、 必然的に、 y = x二…

  • トートロジー的記述。横断的記述。

    非認知能力 (grid、好奇心等) というものが近年話題になっている。 端的に言えば、IQと言われるもの以外の能力である。 参考文献:小塩真司『非認知能力』北大路書房2021年 例えば、自己制御力が年収や健康に影響を与えると本書には書かれている。 端的に言えば、目の前のマシュマロを長く我慢できた子供は、将来年収が高くなる傾向がある、といった話である。 本書でも、単純には言えないとは書かれている。 そもそも、「我慢できる」という本質的な定義が難しいからだと思われる。 例えば被実験者は、 「ルールは守らなければ罰を受ける」という信念を持っているかもしれない。 「我慢することは美徳だ」と思っているか…

  • 岡本太郎「死に対面する以外の生はない」

    『自分の中に毒を持て』青春出版社 より 人は、大災害の後に度々、 「生き方が変わった」 「人生が変わった」と言う。 僕は感じた。 生が生らしくあるためには、 逆説的には死に近づかなければならないのだと。 例えば、何をしていいかわからなくて悩む若い人が時々いる。 それは、その人が「死」から遠い位置にいるからかもしれない。 若ければあと50年以上は生きるだろうし、加えて平和な世だ。 外国を見渡すと、とても平和とは思えないものの、人間らしく生を全うしている人が多いように見える時がある。 また、動物が美しく見えるのは、動物が常に死と向き合っているからだとも思われる。 死から限りなく遠いほどに生でなくな…

  • 大人になってからの微積 (難しい話一切なし)

    高校の頃はただ公式を覚えて計算するというバカなことをやっていました。 そのため、基礎が無いので挫折するというお決まりのパターンです。 大人になってから、1から理解することの大切さを改めて感じます。 1なしに2はない。2なしに3はないということが、生きていてよく分かりました。 ビジネス書などで「積み上げ」「継続」等、表現されますが、 算数なしに微積が成り立たないのと同様、 充実した生活もxなしには成り立たないのだと思います。 そのxについてこのブログでいろいろ書いていく次第です。 つづく

  • 格上げされたネアンデルタール人

    こちらの本を読んでいる最中です。 nainaiteiyan.hatenablog.com この本はわりと衝撃的で、がっかりすることばかり書かれているのですが勉強になります。 例えば近年までは、欧米の人はネアンデルタール人を「愚かな生き物」として扱っていたとのことですが、 最新の研究で、今生きているほぼ全土のホモ・サピエンスのDNAには、ネアンデルタール人のDNAが含まれていることが立証されるやいなや、 「ネアンデルタール人は優れた生き物」と称賛をする方向に傾いたとのことです。 どこまでも欧米の科学者は自分達が優れていると思っていたいのだなと、がっかりするわけですが、『human kind』にも…

  • 哲学者とレイシズム

    参考文献:アンジェラサイニー『科学の人種主義と戦う』作品社2020年 わりと衝撃を受けてしまいました。 どうやら、イマヌエル・カントがレイシストだったということみたいです。 僕は何故このことを見抜けなかったのか、と少し残念な気持ちです。 カントはアフリカの人をもはや人とは思っていなかったようです。 第二次世界大戦は、有色人種が白人よりも優れているんだ、と証明するための戦いだった、という解釈をしていた本を読んだことがあったのですが、やはり歴史的にレイシズムは根深いですね。 まさか哲学もレイシズムの領域にいたとは。 哲学を発信してきただけにショックです。 このことが事実なのかどうかをしっかり見極め…

  • 目・2・注意

    目は2つであることに僕は普遍的な意味を感じる。 何故3つではないのか。 それはおそらく認知機能と関連している。 人は同時に3つのことをやるのは難しいと思われる。 例えば、走りながら人の話を聞きながら数学の問題を解くことはできるのだろうか。 「注意の目」と言える。 つまり、筋肉を動かして前へ走る注意、 相手の話を聞く注意、 数学の問題に対する注意。 おそらく2つが最も合理的で、それゆえに変化に対応し、生き残ってきたのだと思った。 つづく

  • 自己犠牲と道徳について

    自分を犠牲にすることは、自分を大事にすることなのだろうか。 自分を犠牲にしてまで相手に尽くすことは何を意味するのか。 身近な例を考える。 自分を犠牲にしながら介護をし続けるパターンを考える。 ヤングケアラーという問題がある。 学生が介護に時間を取られ、学業が進まないという問題である。 自己犠牲が美徳と考えるならば、学業をおろそかにしても良いという発想になる。 しかし、普通に考えれば学業をおろそかにしても良いという意見は少ないだろう。 したがって、自己犠牲には疑問点が残る。 献身と自己犠牲の違いを明らかにしていきたい。 自己犠牲はどう考えても自分を「大事」にしてはいない。 献身は確立された自己が…

  • 固執は物事の進行を妨げる。世の中のフラクタル構造

    こちらのつづき nainaiteiyan.hatenablog.com こういう考え方は「アナロジー」と言われるらしいが、僕は相似、つまりは「フラクタル」であると常に思う。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 例えば、どこかに出掛けるとき、「雨ならやめよう」という方は少なくないと思われる。 柔軟性のある方は、雨ならではの楽しみを見つけたりして積極的に活動をするものである。 「柔軟性」と「固執」を物理的に考えてみる。 水はすき間があれば必ず通る。 ある一定の「体積」を持った水でも、「柔軟性」「流動性」のおかげで進行できる。 ところが氷になると、一定の体積を通さ…

  • 回帰の技術。時間と空間。

    本はデジタルで読むか、紙で読むか。 現代に課された問いである。 例えば持ち歩く場合。 質量0のデジタルは圧倒的に有利である。 紙とデジタルのメリットとデメリットはそれぞれの次元で複雑に絡み合う。 記憶に関しては圧倒的に紙のほうが強いのではないだろうか。 本も当然、触れば触るほど、時間が経てば経つほどに変形し、変色する。 時系列的に変化するということと、変化しないことが記憶にどう影響を与えるか。 これはハッキリしていないだろうか。 人も時系列的には必ず外見は変わる。 昔の履歴書を見れば別人の自分がそこにいる。 アナログは振り返る力を与える。 回帰。 デジタルにはその僅かな、一見取るに足らないと思…

  • 認知的忍耐力≒共感力

    僕はそう考える。 忍耐力と言っても様々な種類があると思われる。 空腹を我慢する力、勉強を続ける力、イライラを抑える力etc. 共感力は、いかに相手の立場に立ち、いかに相手の話を文脈から理解できるかに尽きると思われる。 しかし話をじっくりと聞けない人は多い。 それは認知的忍耐力がないからだとも言える。 すぐに反論したくなる、 聞くに足らない、 その態度はもしかしたら「逃げ」でもあるからかもしれない。 忍耐力は奥が深い。 非認知能力の「grid」と関連があるだろう。 また新しいことが分かれば記事にしていきたい。 つづく

  • エントロピー・分離・テクノロジー・フラクタル構造

    こちらのつづき nainaiteiyan.hatenablog.com 脳科学者の中野信子氏が、テクノロジーによって人間は人と人との交流が物理的に消えていき、個人化する趣旨のことを書いている。 僕はエントロピー増大と相似しているとみた。 つまりは、最終的に個人化するのであれば、それはマクロレベルでは「分離」を意味し、偏在⇒均質へと以降することも意味する。 勿論、個人化は仮説に過ぎず、僕はそこまで行くとは考えてはいないが、 ミクロとマクロは最終的にはそうなる運命であることはなんとなく否めない。 つづく

  • 姿勢・感性・内在化

    大学生の頃印象的だったTEDトークを紹介したい。 大胆な姿勢を取れば気持ちに変化が生まれるというお話であった。 プレゼンターは女性の方だったと記憶している。 面接を前にして緊張したら、トイレで強気のポーズを取ってから行けば大丈夫、というお話だった。 姿勢が内面に変化を与える。 僕は文章も感性や気持ちに変化を与えるとみている。 認知科学的には、文章を読むと説明仕切れないほど脳が働くらしい。 大胆な姿勢が内面に変化を与えるように、 大胆な文章も感性に変化を与えると僕は考える。 姿勢から内面への内在化。 文章から感性への内在化。 つづく

  • 「キリが良い時間」と「マインドフルネス」は相容れない

    昨日、さんま御殿で「キリが良い時間じゃないと作業ができない」という趣旨の悩みがあるという話が紹介された。 僕は完璧主義に陥っているとみた。 「キリがよくなければならない」という信念がある。 それは保守的であり、柔軟性に欠ける信念でもある。 一方でマインドフルネスは「今」を重んじる。 マインドフルネスには過去も未来もない。 時間に合わせて動くのは仕事上、しょうがないのかもしれないが、 プライベートでも時間に合わせていくと、確実に精神が病むと思われる。 時間に合わせるのではなく、時間を行動に合わせる。 そのほうが健康的である。 ということで、「キリが良い時間」と「マインドフルネス」は相容れない。 …

  • タイトル・マーケティング・パラレリズム

    パラレリズム[ 英: parallelism] とは、平行関係、平行体といった意味をもつ。 数学的には、直線が決して交じることのない関係を示す。 広告ではキャッチコピーがとにかく大事である。 以前、noteのほうに書評を書いた。 nainaiteiyan.hatenablog.com 人は平凡なタイトルに気が引かれない。 それはつまり「平行」であって、両者が交差しないということではないだろうか。 線と線が交わるというのは比喩で、つまりは、 この文脈において、交差とは、キャッチコピーと人が接点をもつということである。 接点がない ≒ 平行 とみなせる。 もちろん、関数上では接点をもたない関係は他…

  • 感情のミクロ的勢力均衡

    感情を円環モデルに置き換える考え方がある。 今日、カフェで中国と戦争について熱く語っている若い男性がいた。 僕は、国際関係の話や軍事にはあまり関心がないために、何を話しているのかあまり理解できなかった。 大学で、勢力均衡の講義を受けたことを思い出す。 詳しくは覚えていないが、均衡が保たれる限りにおいては、安定していて、強弱のバランスが崩れると同時に秩序も崩壊するという話だった。 僕はそれを感情に当てはめてみた。 感情も実は常にあって、とりあえず自覚できないレベルで落ち着いていて、怒りが強くなれば怒り、不安が強くなれば不安になる。 ウォークマンにノイズキャンセリングがある。 ある騒音を別の周波数…

  • ナッジ・ナッシュ均衡・利他・数学

    こちらのつづき nainaiteiyan.hatenablog.com 例えば、 囚人のジレンマが典型的であるように、 個人の利益「だけ」を最大化することを目的とした場合、結果的に「非合理的」な結果になる。 つまりは、「だけ」においては「合理的」で、「二者」においては「非合理的」。 肥満の例も、もしかすると、 本人「だけ」においては「合理的」で、国というマクロからすれば「非合理的」。 つまりは、合理的な行動というものは、常にある側面においては「非合理的」となるのではないだろうか。 しかしながら、経済学の本を読むと、今日では、人々は複雑な計算式で経済を、政治を、そして世界を考えている。 僕は大学…

  • 最近、本屋で思うこと

    特に、専門書コーナーで顕著なのは、分断に関する本、フェミニズムに関する本、格差を嘆く本が増えたことだ。 明らかに増えている。めちゃくちゃ増えている。(あくまで個人の感想) 僕は中立的に物事を見ていきたいので、嫌な感じがする本も読む。 視野を広げたい。 しかし積んどくは怖いので、基本は興味ある本を買う。 でも。 なんだか、最近、文句みたいなタイトル、嘆くようなタイトルが多い。(気がする) 僕は、人間関係は苦手だが、なるべくなら仲良くやっていったほうが良いとは思う。 文句を言うとあまり良い気がしない。なるべく褒めたり、応援したり、ポジティブに生きたい。 人は見たいものを見る、という決まり文句がある…

  • 考えるヒント30

    本質主義・多層構造・パイの実 僕は「物事の本質」という言葉をこのブログで頻繁に使ってしまった。 「本質主義」という鋳型があるらしい。 その対極にあるのが「文脈主義」であるとのこと。 参考文献:Robert Stecker 『分析美学入門』勁草書房 2013年 本質主義は「静的」であって、文脈主義は「動的」であるとのこと。 つまり、本質は真理、プラトンの「イデア」のようなもので一元的。かつ不変的。 文脈主義は文脈ごとに意味が変わる、「可変的」な考え方だろう。 本質とは深掘りし、深掘りし、複数の層に切り込んでいく末にみえてくるもの。 パイの実も、数十層のパイでコーティングされているみたいだ。 最近…

  • ナッジと合理的な行動について語る

    ナッジ [ nudge ] とは行動経済学の用語で、端的に言えば「望ましい選択を選んでもらうために後押しすること」である。 しかしナッジを巡って人々は対立するーーー。 肥満にたいして、制度的なアプローチでの改善を目指すか、それとも自由を尊重し、そのままにしておくかーーーー。 ある主張では、ファストフードを食べることは肥満になりコストがかかる。そのため「非合理的」な選択なのだという。なにやらおかしい、、、 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 何を持って「合理的」と判断するのか、という基準付けが大前提である。 というのも、ある側面においては「合理的」で、ある側…

  • ヘーゲル『実践哲学』の導入部分から

    こちらのつづき nainaiteiyan.hatenablog.com 前回は『人倫の体系』と『精神現象学』との関係性についてまとめた。 ヘーゲルはイェーナ期においてフィヒテ、ホッブズ、シェリングの哲学から吸収しつつ独自に解釈し直す方法で、1807年に『精神現象学』を発表した。 ホネットは、「承認」について、ヘーゲル『精神現象学』の再構成を試みることによって独自の理論を構築しようとする。 ホネットによれば、『人倫の体系』と『精神現象学』において差異がみられるという。 それは、『人倫の体系』においてのみ、「闘争」が媒体となってはじめて「自我の能力を高める」とかいてあるという。 つまり、ヘーゲルが…

  • イメージできるけど描けない。では描ける人は夢の光景を完璧に再現できるのか。

    僕はそうは思わない。 描くこと以外にも、知っているつもりで知っていない、ということが見受けられる。 つまり、夢の内容を知っているつもりでも実は知らない可能性がある。 僕の経験では、夢を再現した人物はいない。 もしかしたらいるかもしれないので調べてみたいとは思うが、 イメージと美術は似ているようで似ていない。 これもまた面白い研究の素材である。 いろいろ分かれば、また続きを書きたい。 つづく

  • ゲシュタルトと閾値

    僕のブログにたまたま遭遇して、ゲシュタルトという概念を初めて聞く方がいるかもしれない。 もう10記事以上書いていると思うので割愛したい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ゲシュタルトは魔術的で不思議な概念に思える。 しかし、最近はそう思えなくなってきた。 というのも、人間が知覚、認識できない閾値以下の僅かな現象が、塵も積もれば山となるように、最終的に我々の目の前にやってくると思われるのである。 音楽も、10秒聞けば良い曲だなと思う時がある。 作曲をやった方なら分かる方がいるかもしれないが、3秒のさわりを聞いたらわくわくする時がある。 これからの展開が楽しみで仕方がない。 つまりは、物…

  • 消去と上書き。目的と手段。

    アルコール依存症というものがある。 僕は時々飲むワインが好きで、毎日は飲みたくない。 毎日飲まないと駄目になってしまう、そんな状態が依存症を強めるかもしれない。 病院は病気を治すことが目的であって、それを超えることはほぼない。 というのも、医師の業務は治療が主で、啓発は二次的なものだからである。 治療とは消去に近い。 つまり病気を消しさること。 例えば、外科は手術で異物を体内から消去する。 内科も似ている。 ただ、精神疾患は簡単には消去できない。 とういうのも、生物社会心理モデルがあるように、社会と分離できてない。 外科は社会との接点が薄いだろうから、消去しやすい。 アルコール依存症もしかり。…

  • 必然的にBを必要とするA

    二次元しか分からない生物がいたとしたら、穴を理解できないだろう。 昔読んだ本に、口はどこか?という哲学的な問いがあった。 穴はある意味対比である。 穴は平面上の窪みであるならば、必然的に平面を必要とする。 平面なしに穴はない。 ただの空間に穴は存在し得ない。 必然的にBをA。 つづく

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