オリジナル恋愛小説。O&O。H。となりに住んでるセンセイ。ワレワレはケッコンしません。など。
コツコツと執筆中。 北海道を舞台にしたものが多めです。
「だって俺、あれと仲良かったからね。大学出てからほとんど連絡とってなかったにしてもさ」 落合が左手の指で頬を掻いている。 そりゃあ。「……そりゃあ、びびったでしょうよ。昔付き合ってたのが、知り合いの彼女になってたら、さ」「うん。びびった」「あたしだってそうだよ。あんたと奥村が、仲よかったっていうの聞いて、同じぐらいに多分、びびったよ?」 足元で鳩が、相変わらずくぐもった鳴き声をあげている。 公園の真...
・「あのさあ。俺、びっくりしてんだけど」 陽子お前、オノマチと知り合いだったんだな。 と、かすれ声で落合が話しかけてくる。 異常なくらい早まっていた鼓動を落ち着かせようと、ゆっくり右隣へ目を向けてみる。 焼肉弁当の容器の中は、いつの間にか空っぽだ。 オノマチという人はもう、近くにはいない。 すみません立ち話しちゃって会社戻りましょうか。と、連れの男性と行ってしまったから。颯爽と、かかとの高い靴の...
オノマチ。 誰だろうと思って落合の視線を追えば、まん前の歩道。平べったい石畳のうえを、男女二人組が歩いているところだった。 そろって黒のスーツを着た二人組。距離を取っているからそれほど親しくはないのだろう。両者とも、手にはぷっくり膨らんで重そうなカバン。並んで歩いているのはおそらく仕事の関係上。 視線は自然と、同性に向かっていた。颯爽と歩く女性のほうに。 いさぎよく耳を出したベリーショートの髪型...
・ いらっしゃいませ。と呼びかけてくる売り子の前を抜けていく。 ここはお腹の空く匂いしかしなかった。地下の食料品売り場は明るかった。白っぽい床。白っぽい天井。ガラスケースの中の惣菜。並べられた弁当。 でもそれらなんて、ほとんど見ていなかった。「歩くの早いね」 感心したように背後から囁かれる。 久しぶりに聞くかすれ声がこそばゆく感じる。あんたから離れたいから早く歩いてるんだけど。とは告げず、黙々と...
茉奈と鉢合わせしたのは、JR札幌駅へ着いた時だった。乗っていた電車がホームへ入線し、ドアが開いたまさにその時。 男が彼女と一緒だった。四十代なのか五十代なのか六十代なのか。年齢不詳なうえ、線の細い男だった。 頬はこけ、顔色も決して良くない。頭髪は不自然なくらい豊かなのに、眉毛がない。その男の、色褪せた黒いダウンジャケットの腕を、茉奈が抱えこむように掴んでいた。 突如飛び込んできた光景を目にして絶句...
ところで、そろそろ生後1カ月となる男の子は『レン』と名付けたそうだ。どんな漢字をあてたのか聞けば、音楽家・滝レンタロウの『レン』だと言う。 はて。滝レンタロウ? たちまち『荒城の月』のメロディーが頭に奏で出したというのに、「レンタロウ」の漢字は出てこない。連タロウ。蓮タロウ。廉タロウ。一体どれだっていうのだ。まあ、あとで調べれば分かるだろう。 電話の向こうにはおそらく、近くに奥村さんがいるはずだ...
パタン、と自室のドアを閉めてひとりきりになってから受けた電話。「あ、もしもし愛? あたし。陽子だけど。メールどうもありがとね」 向こうの第一声はふだんから話し慣れた友達みたいなノリだった。 何年も口をきいていなかった相手から電話がかかってきたのだ。こんなあたしでもそれなりに緊張した。多分しょっぱなから気まずい流れになるだろうから、どう明るく持っていこうか。リビングから自室へ向かいながらそんなこ...
ママの携帯電話の中にいた陽子ちゃんは相変わらず綺麗だった。結わえた髪が少し乱れていようが、パジャマ風のダサい服を着ていようが、それでも綺麗。 陽子ちゃんと会わなくなってしまったのは、奥村さんとのことがあったからに他ならない。 あたしが奥村さんを好きで。 陽子ちゃんも明らかに好きで。 結局、奥村さんも陽子ちゃんのことを好きだと分かって、それで疎遠。それまでは従姉妹どうし、それなりに仲良くやってい...
・「俺、十月から函館に異動になったんだわ」 そう告げられても、すぐには受け入れられなかった。ぽかんとしたまま右隣を見つめていた。奥村の視線の先は、ほの暗い木々に覆われた大通公園。 ふふっと鼻で笑って、もう一度ぱちんと向こうの腕を叩いてやった。「やだな、何言ってるんですか奥村さんは」「いやいやいや」 えくぼを浮かべたのはほんの一瞬。奥村は唇を噛みしめていた。「あのー、きみね? そうやって冗談みたい...
入浴剤で乳白色になっていた湯は、青林檎の香り。 浴室をやわらかく満たしていたその香りは、髪にシャンプーを泡立てたらかすんでしまった。トリートメントをなじませたら、ほとんど分からなくなってしまった。 奥村の部屋でおかしな発見をしたことを、いまさら振り返ってみる。退院する数日前に頼まれて、衣類やら何やらをかわりに取りに行ってあげた時のことを。 何冊かの雑誌が置かれてあったテーブル。パッと目に付いてし...
「あれ。あんた、意外と早く帰ってきたんでしょ」 振り返るなり母が声をかけてくる。返事はせず、ただ小さくうなずいてみせた。 短く切り、パーマをかけたばかりの母の髪が濡れている。風呂に入ったのだろう。化粧水やら美容液やらを塗りたくったらしい顔も、つやつやと光っていた。 居間に父の姿はない。もしかして入浴中なのかもしれないが、どうなのだろう。最近、あのひとは帰りが遅い。この前は炭火焼き屋に行ったとかなん...
「はい?」 頭の中で疑問符が飛び交う。 まただ。またこの台詞。 あの頃に戻りたい。「……もう。あの、ちょっとさ。何なの奥村は。今日ほんっとに変なんですけど」 まだ酔いが抜けてないんじゃない? しっかり! ぱしんと右隣の腕を叩いてみれば、聞こえてきたのはハハハという空笑い。「あー」だの「うーん」だのいう意味不明な唸り声。 何度か咳払いもしていた。鼻の頭を指でこすったり、短い髪をくしゃくしゃにいじったり...
ずっと大人しかった。 もう少しだけ俺といて。とりあえずおいで。一緒に歩こう。 神妙な態度でそんなことを言ったきり、奥村は押し黙っていた。 乾いた地面を蹴りあげて、とんがった音を響かせるヒール。足元に目を落とせば、一緒に映った右の革靴。奥村の、黒い革靴。少し引きずっている足。けれど松葉杖を使っていた頃に比べれば、かなり早まった歩調。 靴音を奏でているのは自分たちだけではなかった。後ろから前から。何...
・ 奥村の目はずっと、涙をふくんだまま濡れていた。橙色の淡い光の下でも分かる酔いどれ顔。けれど正気だと言う。確かに酔ってはいるが正気だと言う。 おちゃらけていながらも、今夜は妙に優しい。不自然におだててくる。 優しくされるのは嬉しい。甘い言葉を囁かれるのも、照れくさいけれど本音は嬉しい。でも奥村からされると、何だか調子が狂うのだ。 これは何かある。この裏には何かある。 そう勘ぐっても奥村はその何...
ワン・ワン・ワン。11月1日(犬の日)に、陽子ちゃんが札幌の病院で男の子を出産していたとのこと。 陽子ちゃんが妊娠していたことは、ハトヤ長男氏と茉奈さんの結婚披露宴の時に知らされていた。奥村さんの口から。 当時の陽子ちゃんはつわりのせいで入院していたらしいけれど。 その後どうなったのか、気にかけてはいたのだ。 陽子ちゃんてば無事退院して住まいのある東京(千葉だっけ?)へ行けたのかな? とか。 赤ち...
ガチャン、バタンと玄関のほうから物音がする。 誰かが帰ってきた。パパとママのどちらかだ。「タキさぁん? もう七時だけどまだ居らっしゃるの? なにか作業してても途中のままでいいですからね? 早くあがってくださいね?」 のんびりした口調で分かった。ドアを開けてこのリビングへ入ってこようとしているのはママだと。 現れたのはやっぱりいつものコートだった。モヘア混の黒いロングコート。 零度を下回るようにな...
こうしてらんない! 次いかないと! ――なんて決意したところで、そう簡単にはいかないのだった。 惹かれる人はなかなかどうして現れない。 ・『範國さん。今日はどうもありがとうございました。範國さんがオススメしてくださったお店の食事もとても美味しかったです。でも、今日実際にお会いしてみて、範國さんに私はそぐわないように感じました。また会いたいと言っていただきましたが、これ以上の進展はないように思うの...
タクシー会社に迎車を頼んだら、近くを流している車があるとのこと。 一、二分で到着するからその場で待つように伝えられた。 この辺りにしては分かりやすい場所にいると思う。 すでに営業時間が終わっていても、三階建ての店舗だって紫色のポール看板だって目立っている。菓子屋「柳月」の前にいた。 片側二車線の道路をはさんだ向かいにあるのは歯科医院。その建物を見ながらわけもなく「寒さみいな」と口にしてしまっ...
・ もとから彼女は、歩くのなんて早くなかった。 身長は茉奈と同じくらいだから150センチあるかないか。そこまで低いのだから踏み込む一歩の大きさも知れている。それに加えて足首の捻挫(――とまではいかないが負傷したことには変わりない)。遅くたって仕方がないのだ。 いま、右足首には肌色の湿布が貼られてあって、一歩ずつ、こわごわと、地面を踏みしめていたりする。 そんな桜木愛に付き添って隣を歩いていた。ドラッ...
「……えーと桜木サン。どこか、体調が悪い、とかですかね?」「――悪くないよ」「だってそちら、いま、顔がやばいくらいに真っ赤っか――」 なんですけど。 と指摘すると、桜木愛は「ギャ~!」と奇声を発しながら両手で顔を隠してしまった。「そんなに? そんなに赤い? ギャ~~! ホント恥ずかしいマジで恥ずかしいもうこれ以上あたしの顔なんか見ないでくれっ! テロテロくんの記憶からすぐ消しといてくれっ!」 目が点にな...
「ブログリーダー」を活用して、小田桐 直さんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。