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シ ズ ピ カ https://shizupika.fc2.net/

オリジナル恋愛小説。O&O。H。となりに住んでるセンセイ。ワレワレはケッコンしません。など。

コツコツと執筆中。 北海道を舞台にしたものが多めです。

小田桐 直
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2021/02/12

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  • O&O #7 a BROKEN WRISTWATCH

    HOME  O&O INDEX     ふたたび付き合いはじめてから季節はめぐり、ふたりとも三十歳になっていた。「いいかげん結婚の話も出てるのでは?」と親友の路子に問われても、陽子は答えあぐねてしまう。 CONTENTS COMING SOON...無断転載を禁じます。Copyright © 小田桐直 sunao odagiri All Rights Reserved.  TOP   O&O INDEX   ...

  • https://shizupika.fc2.net/blog-entry-1.html

    連載中の小説last update2023.8.05再掲載中。6章・319完結しました。番外編・7「暗くも、渇いてもいないはず」最終話まで更新しました。最新はEpisode8から。思いがけず出会っていた二人は、はたして、ケッコンすることになるのか……?last update2022.3.17フォッグ続編的なお話。先生と生徒のお話になる予定。連載途中でお休み中です。(フォッグもアップ予定です)エブリスタさんにも作品を投稿しています→Twitterで更新報告して...

  • 暗くも、渇いてもいないはず(終)

    ――あんたの人生なんだから好きなように進め。 さきほど。陽子とのことは格好よく進言してくれたのに、見事なまでの手のひら返し。 ははは。と笑ってしまったが何も突っ込まなかった。突っ込めなかった。 母は、以前よりもだいぶ肉々しさを失った手でもって、ショルダーバッグからあるものを取り出していた。 緑の使い捨てカメラ、写ルンです。 なぜにいま。 上のほうで音がした。 ログハウス造りの喫茶店。そのドアがあい...

  • 暗くも、渇いてもいないはず(10)

    犬が、おそろしい喜びようで腹を見せながら緑に背中を擦りつけている。 わしゃわしゃと撫でながら母は犬に囁いていた。 めんこいわあ、めんこいわあ。と。「――でも。また母さん、陽子さんに会いたいなあ」「ん?」「旅行来たついででいいから、またふたりで会いに来て。陽子さんがあんたのこと見て笑う可愛い顔を、目におさめときたいんだよ、母さん。だからまた、連れて来て。それまでちゃんと元気でいるから」 母の手から「...

  • 暗くも、渇いてもいないはず(9)

    ・ 陽子とのドライブ旅行はもうすぐ終わる。明日、彼女を札幌の自宅へ送り届けたらそれでお終い。 ひとりで函館へ戻ったら、翌日にはまた仕事が待っている。 これから釧路へ移動して予約した宿に向かうつもりだ。まだ明るいうちに北見ここを発って、暗くならないうちに峠道を抜けてしまいたい。 だから「もう俺ら行くわ」と母に伝えていた。 煮込みハンバーグセットはとっくに食べ終えていたし、コーンポタージュスープが...

  • 暗くも、渇いてもいないはず(8)

    ・ (要らないと言ったのに)気を使った陽子がわざわざ調達してきた「まりも羊羹」は、パーマおばさんの手に渡った。黒のショルダーバッグとともに母の隣席に置いてある。 北見市の小高い場所にあるログハウス造りの喫茶店は、(母が案内してくれたわりには)お洒落な雰囲気だった。雑貨も販売しているらしく、カトラリーや陶芸品が置かれてあったりして。 そして人気店らしい。通されたテーブルは空いていた最後の席だった。...

  • 暗くも、渇いてもいないはず(7)

    -- side : Takashi -- 交通整理の人間を置かなければならないほど、病院の駐車場は混んでいた。 左奥のほうなら空いてるから入れ。と係員にジェスチャーされたが首を横に振る。 すでにいたからだ。 駐車場へ入ってまっすぐに進んだ先。病院の出入り口前に、白い服を着たオバチャンが。「家族を迎えにきてて。拾ったらすぐに出るんで」 開け放った窓から係員へ伝え、少しだけ車を加速させる。何台も駐車された中を縫うように...

  • 番外編、エピソード追加です。2023.7.26記。

    前回の「お知らせ」でO&O#6「319」以降の番外編は三部作になると記していましたが、間違いでした。もう一編追加がありました。⇒「暗くも、渇いてもいないはず」某ショートストーリーの翌朝からの話――ということで、タイトルは無理やり似せたものにしたという。10P程度になると思います。番外編がもうひとつあったことを、私ってばド忘れしていました(´・_・`)さらに、たった先ほど気づいたことがありまして……。各小説のトップペ...

  • 暗くも、渇いてもいないはず(6)

    自分でもどうしたらいいか分からないほど、奥村が好きだ。 この熱量をグラフで表せるとしたら、最高到達点に達しているのだと思う。いまは。 とかいいながらまだまだ最高到達点を超えてしまいそうな勢いがあるけれど。 札幌から函館まで毎週末通うことがまったく苦にならないし、合鍵で入った奥村の部屋が散らかっていても喜んで片付けてしまうし、下手くそながら料理を作って部屋の主が仕事から帰ってくるのを待つのも楽しい...

  • 暗くも、渇いてもいないはず(5)

    -- side : Yohko -- やはり診察が遅れているそうだ。 ――昼までに自宅へ戻るのは難しいから、病院まで直接迎えに来てほしい。 との連絡が奥村の母親から入ったのは、車が北見市に入る手前だった。 電話の着信を受けて停めた道路脇。あたりは鮮やかな緑の畑が広がっていて、培っているのが馬鈴薯なのか甜菜なのか何なのか、土から生え伸びた葉っぱだけで見当をつけるのは無理だった。 というか緑を楽しむ余裕なんて皆無だった。...

  • 暗くも、渇いてもいないはず(4)

    どれだけ喋っていたのだか。 この母親の、トンチンカンな話に応じるのはなかなかのエネルギーがいる。 目覚めの直後から渇きを感じていた喉が、ますます渇いてしまっていた。 掛け布団が目の前を舞って、下半身を覆うように落ちていく。 そういえば素っ裸だった。ずっと。 こんな姿のまま、胡座をかいて喋り続けていたのだ。 左を見れば、陽子はすでに浴衣姿だった。腰に紺色の帯をきゅっと締め、着こなす姿はなかなかいい...

  • 暗くも、渇いてもいないはず(3)

    -- side : Takashi --「あ、もしもし高志ぃ? いやー母さん、びっくりしちゃったさあ! あんたの電話にかけたつもりが、いきなり女のひと出るんだものぉ」 朝っぱらから。携帯電話の向こうから、やかましい声が耳を襲う。「……びっくりしちゃったさあ、って母ちゃん」 何なんだよこのババアは。 と心の中で悪態をついてクッと笑う。 電話を渡してきた陽子にも聞こえていそうな大きな声だ。 ――とりあえず、今日もこの母が元気...

  • 暗くも、渇いてもいないはず(2)

    また音が鳴りだして現実へ引き戻されていく。乱暴に。 しっかり目覚ましを解除しなければ、何分か後にまた騒がしくなるよう設定した。 ――そんなようなことを奥村が言っていたっけ。寝入りばな。 嫌々ながらも手をのばし、そこらに放置していた電話機をふたたび手にとっていく。 重くて片がわしかあけられない目。いまだにやかましい携帯。 画面に表示されていたのは、時刻を伝えるものではなく、着信を告げるものだった。 ...

  • 暗くも、渇いてもいないはず(1)

    ――「暗く、乾いた部屋」からの-- side : Yohko-- 鳴っている。 枕もとから音がする。 目覚まし時計なのだろう。 ああ止めなきゃ。 と、思うのだけれど寝ていたい。 まあいいや鳴らしとけ。 と、目をあけもせず放っておいたら肩から腕を撫でられた。というより軽くゆすられた。裸の肌に感じる、大きな手のひらが心地いい。「陽子」 真後ろから奥村の声がする。頭に髪の毛に耳に、吐息がふれている。一緒にくるまっている掛...

  • 暗く、乾いた部屋

    無言でいればいいのか、処理をしている間は困る。 結局なにも言わないで素早く済ませ、横たわる彼女のもそっと処理してやる。 汚いというのではなく何だろう、見てはいけない物のようなぐしゃぐしゃの白い固まり。それを敷布団の脇に投げ置いて、しばらく忘れることにした。 疲れた。だるい。息もまだ荒い。 だがすでに頭は冷静で、残してきた仕事のことを考えてしまっている。明日、確認の電話を入れようなどと...

  • 続・明らかな夜(終)

    「……あー、分かった陽子ちゃん」 と、抱きついた先の人が、耳元でささやいてくる。「きみ、抱っこしてほしかったんだろ」 うん。 と返した声がかすれてしまった。 ちゃんと伝わらなかったかも。と憂いたのは一瞬だった。奥村がすぐに抱き返してくる。両手を背中に回してくる。やさしく。 この部屋の中も、耳にふれている奥村の顎か首すじあたりの肌も、あたたかい。 のに、手にふれているカーキ色のブルゾンはまだ、ひんやり...

  • 続・明らかな夜(6)

    「それじゃあ失礼いたします。あっ――はい、どうも。おやすみなさい」 エレベーターの箱の中。 母に別れを告げながら、奥村は6のボタンを押していく。 扉が閉まり、一階から上昇する際。箱全体がガタゴト揺れたものだから、バランスを崩してよろめいてしまう。 そこを、とっさに支えられていた。奥村に。 流しこんだアルコールはまだ分解できていないはず。でも醒めている。酔ってはいない。 からだ全部がふわふわしているの...

  • 続・明らかな夜(5)

    もうこちらがまともだと分かっているから、奥村は介抱なんてしてこない。誰かの携帯を耳にあてたまま、先に車から降りてしまった。 渡された革財布からわたわたと千円札を取り出して、渡して、釣りを受け取って。会話の一部始終を耳にしていただろうに素知らぬふりをしてくれる運転手に軽く礼を告げ。 ホテルの入口前で待っていてくれていた人のもとへ、駆けていく。 回転ドアの向こうから、やわらかな光がのびている。華やか...

  • 続・明らかな夜(4)

    覚醒してみれば、携帯の向こうが話す内容まで難なく聞こえてきてしまう。 はきはきと喋る母の声は大きい。タクシー運転手の耳にも届いていそうなほどに響いていた。一言一句、余すことなく。(うちの陽子、家の鍵忘れてってるのよ、家の鍵。あのね、玄関の靴箱のうえに、ポーンて、置いてあってね?)「家の、鍵ですか?」(そうそう。あのね? 小学校のお友達の集まりで遅くなるとは聞いてたんだけどね? あのー。私のほうはね...

  • 続・明らかな夜(3)

    ・ よいしょ、とシートの奥へ抱えられるように押し込められた。もう遠慮することなく目をつぶる。 タクシーの中は幸せなくらいあたたかい。何も心配することなく羊水に浮かぶ、胎児にでもなったかのよう。 バタン、とドアが閉められていくのを、夢うつつで聞いていた。「すみません。近くで申し訳ないんですけど、大通のホテルAサッポロまで」「あっ、全然全然。ホテルAサッポロですね。分かりました」 奥村と優しそうなタ...

  • 続・明らかな夜(2)

    外の冷気にまとわれても、酔いと眠気は容易に去らない。凍えるような寒さのはずなのに。 奥村に抱えられるようにしてふらふらと、深夜のすすきのを歩いていた。 まぶたをとじてしまったら完全に眠りに落ちてしまいそうだから、懸命に薄目をあけて。 どこら辺を歩いているのだろう。わからない。ネオンの明かりと、走る車のヘッドライトと。通り過ぎていく知らない誰かのダウンジャケットと、肩を貸してくれる奥村の吐く白い息...

  • 続・明らかな夜 ~ O&O extra story ~

    宴が終わり、酔いと眠気につつまれた帰り道。 エレベーターの扉の向こうに、山本夫妻が見えている。 深夜一時すぎのカラオケ店。 たぶん明日、いえ今日の昼、函館行きの特急に乗る奥村を送る際、二人には札幌駅で会えるだろう。だから挨拶もそこそこに、ただ手を振って終わりにした。今夜はここで、さようなら。 もんのすごく眠いから、笑顔をつくれたかは分からない。 エレベーターの扉が閉まって、山本夫妻が見えなくなった...

  • 明らかな夜(終)

    「……あ?」 問われて、間抜け声をつなげてしまう。「――うん、はい。まあ。そうです」「陽子ちゃんてさ。いま、奥村くんと付き合ってるわけじゃない?」「ああ、まあ」「学はどうなの? どう思ってるの?」「はい?」 どうって?「二人を見てね? 複雑な気持ちになったり、しない? だって昔好きだった子が友達と付き合ってるわけでしょう」「ああー」 詩織とは反対の、左の車窓に目をうつす。 繁華街は抜けてしまい、あっとい...

  • 明らかな夜(15)

    そこでいきなり、体が前のめりになっていく。 急ブレーキがかけられたのだ。 勢いで、詩織の膝に置いてあったハンドバッグもすべり落ちていく。 あっ! と二人同時に叫び声をあげていく。こちらは咄嗟に、右を、隣を守るために腕を出していた。 その腕に、しがみついてきた詩織の手。白く、子供みたいに小さな手。左の薬指のプラチナリング。「……あぶなかった」 衝撃がおさまってから、詩織の手が腕から離れていく。ひと安...

  • 明らかな夜(14)

    ・ 知っているのに知らないふりをしているのはつらかった。一方では奥村の気持ちを知りながら、詩織と時間を共にしていたことに卑しくも、心地よさを感じていた。 けれどそれは過去のこと。 記憶の中からまさぐって、思い出すにすぎなくなっている。 あれから。 少し遅れて外に出た時にはすでに、奥村と小笠原陽子はいなかった。似ている人すらいなかった。 結局、詩織と二人だけで夜の街を歩いていた。実家に戻るためのタ...

  • 明らかな夜(13)

    「したらここで解散にしましょうか。小笠原行くぞー」 自分も立ち上がろうとして、煙草の火を消していないことに気づく。まだほとんど残っているそれを近くの灰皿でもみ消した。 そしてようやく腰をあげれば、詩織がいつの間にか横にいた。左腕に、小さなトートバッグひとつ引っかけて。こちら側に手の甲を見せ付けるようにして。 白く、子供のように小さな手。それでいながら薬指にはプラチナリング。 奥村もすでに小笠原陽子...

  • 明らかな夜(12)

    床のベージュにはいくつもの足跡があった。 しばらく磨いていないらしく全く艶がない。煙草の灰も足元に落ちている。 自分が落としたものではない。おそらく前の人間が落としていったのだ。潰され、ベージュにこびりついている灰。 セブンスターの銀紙を破りにかかる。ふたつあるうちの片方を人差し指でひっかけて。 でも硬い。銀紙が硬い。 指に、力が入らない。「――そんなの。今さら言われても、って感じなんだよね」 と...

  • 明らかな夜(11)

    人差し指がチクリと痛い。わずかに破っていたフィルムが当たって痛い。 自分が何をしようとしていたか一瞬、頭から抜けてしまっていた。そう。 煙草を吸おうとしていたのだ。「好きでさ。だから、昔はあれだった。つらかった」 今だから言えるんだけど。 とまた付け足される。 そんなことは分かっていた。今更だった。 なのにあらためて言われると重い。 左に、奥村に、目をやることが出来ずにいた。フィルムの包装は剥い...

  • 明らかな夜(10)

     ・ 立って待っているのも何なので、ソファに座ることにした。 短くなってしまった煙草を、横の灰皿に擦りつけてみるものの。来ない。 詩織と、小笠原陽子の二人は。「――山本はあの部屋になんも、忘れものとかないんだよな? お前、その格好のまんまだったもんな。今日ってコートもなんも着てこなかったもんな」「……ああ、このまんまで来た」「カバンもなかったっけ」「持ってきてない」「したらいいや」 奥村が自らの顎をつ...

  • 明らかな夜(9)

    「小笠原さん、お前と付き合って疲れてんじゃないの?」 べちりべちり。 奥村の目はあちこちとうろつくが、手は変わらない。休まない。同じリズムでゆっくりと左手に打ちつけられる、藤色のプラスチックボード。 テンポが合っていた。有線から流れてくる中島美嘉のバラードと。「――俺、小笠原を疲れさしてるように見える?」「そうなんじゃないかと思ってるけどね」 胸に手を持っていく。ジャケットのポケットをさぐる。残り一...

  • 明らかな夜(8)

    ・ 用を足しに個室から中座していた。 済ませ、手洗いしたあとトイレを出る。 扉をしっかり閉めていないのは一体どこの部屋だろう。下手くそな歌声がもろに耳へ入ってくる。女の声。おそらく中島美嘉の曲。 廊下の両脇にびっしりと、個室の扉が並んでいる。ガラス扉だから部屋の様子が丸見えだ。 ある扉からはテレビ画面。ある扉からは歌っている誰かの顔。 何気なくスウェードのジャケットに手を持っていく。ポケット...

  • 明らかな夜(7)

    ・ 奥村と詩織が元気なのは復活したからだ。 居酒屋でフミ・ヤマザキがすすめた日本酒を調子に乗って飲んでしまった二人は、あっけなく真っ赤っ赤。カラオケボックスについたとたんに揃って横になり、眠りについてしまった。 一時間ほど寝ていただろうか。 最初に目を覚ましたのは詩織だった。 ああ起きたなと思ったら、ものすごい勢いで部屋を抜けていく。何事だろうと思って十分後、すっきりした顔で現れた彼女に聞く...

  • 明らかな夜(6)

    キテレツ大百科が放送されていたのはいつだったろう。高校の頃だったろうか。再放送でも目にした覚えがある。 独特な、あの声を真似た歌が聞こえてくる。 はじめてのチュウ。 男だけでカラオケに行くと奥村は見事だ。山崎まさよしなどは聴きまくっているのか完璧に歌い上げる。惚れ惚れしてしまうほどだ。 なのに女が同席するとアニメソングや植木等という選曲。それと演歌かモーニング娘。しかもわざと音程をはずして歌うも...

  • 明らかな夜(5)

    ええーっ! と叫んだのはフミ・ヤマザキだけじゃない。 うっそぉ! とこぼしては、奥村と小笠原陽子を見比べている。先に来ていた七人が一様に。 小さく囁いたつもりであっても、詩織の告白はほか全員が聞いていた。 ドアにいちばん近い席。そこから奥村が、詩織をじとりと睨んでいる。いまだ背もたれに肘をかけたまま。「なに。なんなのあんたがた。うっそぉっ! て何なの失礼ね。俺が小笠原と付き合ってて何が悪いの文句...

  • 明らかな夜(4)

    長テーブルひとつ。墨汁で描かれた風景画ひとつ。ひかえめな明かりが天井から。案内された個室はそれだけの、簡素な空間だった。 けれどすでに幾つものグラスが置かれてある。おしぼりも、割り箸も、ペーパーコースターも。「あ、やっと主役が来た!」 待ってましたよー。 と一番に声をあげたのはセミロングの山崎芙美だ。札幌での披露宴を予定していた際、発起人を受けてくれた詩織の親友。 高校も同じだったから、奥村とも...

  • 明らかな夜(3)

    ・ 萩原が居酒屋の扉を開けるなり、目に飛び込んできた酒の瓶。日本酒。焼酎。ウイスキー。 藍色の作務衣が現れたのは遅かった。奥から慌てたようにやってきて、女店員は頭を下げてくる。すみませんどうもお待たせいたしました。 静穏に包まれてはいるものの、閑古鳥が鳴いているわけじゃない。木玉のれんの向こうには、しっかり客がひしめいている。今夜の層が単に大人しいだけなのだ。 ご予約の山本さまでらっしゃいますか...

  • 明らかな夜(2)

    自然だった。手をつないでいる様はごく自然。信号待ちをしている中には、べったりと腕を組んでいるカップルだっているほどだ。 けれどどうも。 小笠原陽子の手をとる男を、直視できずにいる。 目のやり場に困ってしまい、右隣にいるわが妻を見おろした。ゆるくパーマをほどこした髪。まばたきを繰りかえしている目。ほほ笑んでいるせいか、ぷっくり丸みをおびた頬。 あの二人が待っている横断歩道の手前に、本当ならば自分達...

  • 明らかな夜(1)

    夕方六時に待ち合わせをしてからの、長い一夜。――#6「319」scene14・札幌より数時間後。 革パンツのポケットに、両手を押し込んで歩いていた。背中を丸めて。 右隣をいく詩織が纏っているのはコットンのジャケットだ。厚みなんてない。なのに背中はしゃんとして、寒さなんか知らないような温和顔。横断歩道が赤信号に変わりそうであるというのに、まるで違うほうを向いている。右側を。大通おおどおりの方角を。 ひとり、ふうと...

  • 調子のいい女(5)

    その通り。久しぶり。 彼女に会ったのはあの日以来。雪まつりシーズンに、狸小路のバーガーショップで別れて以来。近況を携帯メールでやりとりすることすらなかった。 愛の髪は伸びていて、オレンジ色の照明をはね返すほどつややかだ。肩先を覆っているさらさらのストレート。 小柄なのに、ハイヒールのロングブーツを履いているからそうは取れない。チェックのプリーツスカートに目立つのは、濃紺と緑のライン。 変わってい...

  • 調子のいい女(4)

    慣れすぎて、ただよう料理の香りを何も感じなくなってしまったころ。 落合が言った。 んじゃまあ帰りますか。「なんか、もう。いいよな?」 こくり、無言でうなずいた。 残ってしまったパスタの皿もサラダのボウルも、店員に下げさせていた。広げられたオリーブ色のテーブルクロス。その上にあるのは、ぬるい水が入ったグラスだけ。 空席に置いていたロングコートを纏っていく。ボタンを留めていく。 向かいでも帰り支度。...

  • 過去の物語。2023.5.14記

    粛々と、O&Oの更新を続けています。なんとか6章「319」が終わり、今日から番外編三部作をあげていきます。→O&O EXTRA毎日とはいかず、更新時間もまちまち。しかも、過去に書いた話。こんなものでも読んでくださる方、ありがとうございます。過去の小説は、いったんアップしたのち、昔の日付に直しています。(つながりをよくするためです)なので、トップページにお知らせ表示されていた更新記事たちは、いつのまにかすーっと消...

  • 調子のいい女(3)

    「陽子、もう食わないの?」「え?」「それ」 残ったこちらのパスタを、落合が肘をついたまま覗いている。クリームソースが冷めて固まり、食べる気などとうに失せてしまったフィットチーネ。「食いません」 何気なく答えたとたん落合に笑われていた。おかしそうに。 食わないの? と尋ねられたから返しただけなのに。「え、なに?」 くしゃり、目尻にできている皺。落合が笑えばなつっこい子供のよう。「陽子さあ。『食いませ...

  • 調子のいい女(2)

    「そういうわけじゃ」 ないんだけど。 つぶやきながら自分の髪に触れてみる。そばにあったワイングラスを唇まで持っていく。 多分ぬるくなってしまっただろう白ワインに浮かんでいたのは油の膜。口に含んでみたけれど、あまりおいしいとは思わない。やっぱりぬるい。 インディゴブルーのジャケットがもそもそ動き、落合が煙草を取り出していた。現れたのは昔と同じ。マルボロの赤。 ケースの底をテーブルで二度叩いてから、一...

  • 調子のいい女(1)

    落合和正が苦笑している。 まだ「あれ」を好きなんだ? と尋ねるのは、相変わらずのかすれ声。 クリスマスは終わってしまった。 日めくりも三枚破れば終わってしまう。新しい年がやってくる。 ・ 向かいの男と何度も食べにきていたイタリア料理店のパスタは、残してしまった。いちど皿へ置いてしまったスプーンとフォークに、触れることは二度となかった。 着席したその時は空腹だったから頼んでしまったクリームベース...

  • 14・札幌(5)

    ・ 飲み終えてもまだ、紙コップの中に泡が残っている。ミルク色とコーヒー色のまだらが。 カウンターテーブルの反対側を陣取っていた父子ふたりはもう居ない。華やかな着物姿に白ネクタイのスーツ姿は。 階上のホテルのどこかで、結婚披露宴は始まるのだろうか。「……あれだな。俺のほうこそいろいろ昔にあったけど」 陽子がだいぶ落ちついたのを見計らって口を切る。 ――俺のほうこそいろいろあった。 昔に。 飯田詩織や...

  • 14・札幌(4)

    左隣が眉を寄せる。「え?」「落合いたって嘘。ごめん俺、嘘こいたさ」 唖然と見つめられている間に流れこむのは、ガリガリと豆を挽くエスプレッソマシーンの音。当たり前のように漂ってくるのはコーヒーの香り。 陽子が動く。 ゆっくり手の平が近づいてきて、左頬をごく軽く叩かれていた。あたたかな手の平で、ぺちりと。 すぐにクッと笑ってしまう。けれど、向こうは仏頂面。「ばか」 ぷいと顔がそむけられ、持ち上げられ...

  • 14・札幌(3)

    「あたし。なんか奥村怒らせるようなこと、した?」 カプチーノに手をつけることもなく、陽子がこちらを見ている気配。艶つやめいたカウンターテーブルにぼんやりと映し出されている、隣の手。 ははは、と乾いた笑いをこぼしていた。「……北斗にさ」「え?」「あの、振り子特急にさ。酔ったみたい。ほら俺って乗り物に酔いやすいでしょ? だからさっきまで、ちょっとおかしかったんでしょうね」 ごめんなさいね? と添えれば、そ...

  • 14・札幌(2)

    ふたたび左隣に座りついた女の装いは、襟が大きく開いたライムグリーンのカットソー。薄手のスカートはブルーの小花柄。不機嫌さ満開の顔をしていても、格好だけは春模様。ついでに目に入った太ももは、肌が透け透けのストッキングに包まれていた。「……そうですか? 俺、変でございますか?」「そうだよ。会った時からムッスとして」「あれまあ。そう」 桜木愛と別れてからすぐに改札口で会った陽子を思い出す。 こちらの態度...

  • 14・札幌(1)

    [Episode14.北一条西四丁目] −−−−−− 歩道の隅に雪が残っている。 マフラーに顎をうずめた女が前を横切っていく。 歩いてここまで来る途中、見かけた温度計では四度とあった。うららかさは感じられないでいる。冬の色がまだ、街にとどまっている。 ガリガリと豆を挽く音が流れ込んでくる。ほろ苦い香りと寄り添うように。 ガラス窓と向き合ったカウンターテーブルでひとり、頬杖をついていた。 人魚の顔と緑のロゴでお馴染...

  • 13・新札幌(6)

    そうだそうだと改めて思い返す。こちらが入院していた際、見舞いに来ていた愛と詩織が鉢合せしたことがあった。「いや彼氏っていうか。あの二人、もう結婚してるんだけど」「ふーん。あの女、結婚したんだ」 愛がしれっと言い放つ。またしても詩織のことを「あの女」呼ばわりで。「んで、奥村さんのほうは結局陽子ちゃんと別れちゃったんでしょ?」「……はい?」「一年も持たなかったんじゃん」「ああ、まあ」 確かに、一度は別...

  • 13・新札幌(5)

    「わたしたち先に行ってるからね。じゃあ奥村くん、六時に」 詩織がそう残し、山本と先に行ってしまった。同じ特急列車から降り立った乗客たちもぞろぞろ続いていく。 とうに桜木愛はこちらに気づいている。階段の端をのぼってきながら驚きの表情。去ってしまった山本夫妻をちらと振り返りつつ。 近づいてくる。 あ、どうもこんにちは程度の挨拶だけして過ぎてしまいたかったのに。詩織のやつ、なぜ一方的にここで別れを切り出...

  • 13・新札幌(4)

    ・ 大きな屋根に覆われたプラットホーム。 弁当屋。 ジュースの自動販売機。 列車を待つ人々。 昔よく使っていたのは地下鉄だったし、JR札幌駅で乗降することは少なかった。それでも懐かしさがこみあげてしまう。おのぼりのように周りをきょろきょろと眺めてしまう。 予定の到着時刻通りだった。 列車からホームへ足を降ろせば寒い。三月の札幌はまだ冷える。息を吐けばもうもうと白く濁る。 だが、いまに限ってはそ...

  • 13・新札幌(3)

    「陽子ちゃんに会うの、いつぶり?」 不意に詩織の声。 ぬるいポカリスエットはほとんど残っていなかった。一気に飲み干して蓋をきっちりとしめる。舌に残るのは嘘くさいグレープフルーツ味。「……詩織さんてほんっと、聞きたがりだわねえ。いいでしょう? もう、僕たちのことはさあ」「わたしたちの結婚式の時以来?」「……」「一ヶ月ぶり?」「……」「ねえねえ」 空になったペットボトルで隣の頭を軽く叩くなり、ポコっと間抜け...

  • 13・新札幌(2)

    「……あのさ。きみ一体どういう情報網をお持ちなの? なんなの? あんたエスパー? 何で知ってるの、まだ教えてないのに」「結婚式のあとでね?」「式のあとでなしたの」「ほら、あの会が終わって。一週間旅行行って。帰って来てから陽子ちゃんにわたし、電話したの。その後はどう? って」「その後はどう、ってなにをわざわざあなた余計なことあの人に聞いちゃってんの? そういうのは俺によこせばいいでしょう?」「や、だって。...

  • 13・新札幌(1)

    [Episode13. 319キロの先] −−−−−− くすんだえんじのシートが、いつの間にか空っぽだ。隣に座っていた男は先に降りてしまったのだろう。こちらが眠っている間に。 結露でにじんだ窓を左手で拭えば、カーキ色のシャツの袖もわずかに湿る。 だがすぐに乾くだろう。特急列車の中は暑い。 それは暖房が効きすぎているせいなのか、今しがたまで寝ていたからそう感じるのか。蒸した車両内でひとつ、溜息をついてみる。 拭ったば...

  • 12・南千歳(6)

    「ああスッキリしたわ。いろいろ言ったら」 ぽそり、つぶやくのが聞こえてこわごわと顔を上げる。斜め向かいを覗きこむ。 中川は両腕を広げ、ウーンと伸びをしていた。ベージュのコート姿のまま。「さて。もう、更衣室も暖房効いてきてあったまってるかな。さくっと着替えて、店に出て仕事はじめてますわ、仕事」 何てことないよ。もう気にしてないし。 そんなオーラをあやなしながら、すぐに中川は腰を浮かす。 こちらも立ち...

  • 12・南千歳(5)

    デスクの上には電卓と鉛筆立て。そして、A4の紙がホチキスで綴じられて置いてある。こんなものは休み前までなかった。何かの資料だろうか。 手持ち無沙汰で机の引き出しを開けてみれば、秘密のダイアリーなんて勿論なく。入っていたのは薄っぺらいマニュアル冊子に、薬品関係の教材がずらり。ぽつんと一本、書きづらい黒のシャープペンシル。 中川が本来の席――隣のデスクに座ってこないのは気まずいからだ。それぐらい分かり...

  • 12・南千歳(4 )

    狭い事務所の、一つしかない窓から、ささやかに朝陽が射しこんでいる。ふわふわと浮遊する細かな塵を照らしながら。 相変わらず扉の近くに立ったまま、中川がつぶやいた。ぼそりと。 寒くってさ。「……え?」「あの。女子更衣室で着替えちゃおうと思ったら、寒くってコート脱げなくて。いつもふつうなら、もう暖房ついててさ、あったかいでしょ? でも今日はぜんぜんあったかくないんだもん。もしかして店開け当番のひと、暖房...

  • 12・南千歳(3)

    いつものベージュ色コートをまとった彼女が、申し訳なさそうに事務所に入ってくる。 まずいと思った。 まずいというか気まずいというか。 常識で考えて、勤務中の私的電話はご法度。しかもいまの相手は陽子。恋人。 その、電話の相手が押し黙っている。こちらの雰囲気に感づいたのか。いや、そんなことはないだろう。分かるはずなんてない。「あーっと、すみませんじゃあ私、仕事は七時には多分終わってますので、これで失礼...

  • 12・南千歳(2)

    ・ 店長はまだ出勤して来ないはず。それをいいことに、当人のデスクでだらりと頬杖をついていた。 少し気になっていたことがある。 陽子の父親。あの人に以前、どこかで会ったように思うのだ――。 パソコンモニターの黒画面に並んでいるのは英文章。最後に現れたクエスチョンマークに促されるまま、マニュアル通り押してみるエンターキー。その操作を二回、くり返し。 とたん忙しそうに回りだした冷却ファン。目の前でプロ...

  • 12・南千歳(1)

    [Episode13.違う香り] --------- あくびが止まらない。 あとからあとから涙が浮かび、滲んで見えてしまう店の裏側。 従業員の入り口前に立っていた。ジーンズのポケットから、鍵の束を取り出していた。 施錠をといてドアを開けても真っ暗で、外と変わりない冷ややかな空気。手で壁を伝いつつ電気のスイッチをすべて押し、寒い寒いとぼやきながら進んでいく。狭い廊下を。暖房のスイッチがある部屋はまだ先にある。事務所はま...

  • 11・苫小牧(5)

    きっと誰もがいまの冬天を「寒い」と言うだろう。 けれどどうしたことか先ほどから、自分の背中に汗が滲む気配。コートを羽織っていないにもかかわらずだ。頬と鼻先はきっちり凍えているくせに。 かの人が、無言で後をついてくる。 陽子のボストンバッグはその通り、うしろに積んでいたから運転席へ回りこむ。車内のオープナーで鍵が解除され、開いたトランク。 陽子の父親はやはり、黙ってそれを見守っていた。 こちらから...

  • 11・苫小牧(4)

    薄青い空。 八階建てのマンションの窓から、いくつかの白明かり。 寒くても朝の音はいつもと変わらない。 どこからか烏の声。「父さんあのさ、あの、昨日の最終で戻る予定だったんだけど、あたし時間を間違えてそれで乗り遅れちゃってね? それであの、夜行の列車もあったんだけど、あの、こちら、奥村……奥村くんが、車で送っていってくれるって言うから、函館からずっと車で来て。連絡しないでごめんなさい」 あたふた。...

  • 11・苫小牧(3)

    さらに男が歩み寄ってくる。こちらをしげしげと眺めながら。 目元に深くきざまれた皺を、その几帳面そうな雰囲気を、ただ立ち尽くしたまま見取っていた。 こちらと大して変わらない背丈。黒いコートにつつまれた肩の向こうに、陽子の姿がぼんやりとある。マンションのエントランス前で突っ立ったまま、口をぽっかりあけている。 その彼女と、目が合ったように思う。 途端、向こうがうろたえながら引き返してきた。「寒くない...

  • 11・苫小牧(2)

    ・ だんだんと空が白み、電灯が際立つこともなくなった住宅街。アパートや一戸建ての壁色が明らかになっていく。屋根にはこんもりと積もった雪。あちこちでぶら下がっているつらら。 車の中でたわいない話をし続け、ふと会話が途切れた時。 おもむろに、陽子が切り出してきた。 じゃあ。「そろそろあたし、行こうかな」「はい、うん」 彼女のマンション前に着いてから実のところ、気ぜわしくそわそわしていた。まさぐり続...

  • 11・苫小牧(1)

    [Episode11.今日は結構です] −−−−−− はじめてここへ来たのは夏に向かう頃。 晴れ上がり、青が澄んだ日だった。 いまは道路脇にわんさかと雪が積もり夜明け前。人工の光に包まれた道のりは、あの日とまったく雰囲気が違う。 それでも、迷わずにたどり着くことができた。陽子の家に。何世帯も入っているであろうマンション前に。「着きましたよ小笠原さん」 小さく告げれば、助手席もささやかに返してくる。「ありがとう、ね...

  • 10・登別(6)

    だんだんと近づいてくる女に、いいように振り回されているとあらためて自覚してしまう。悔しいけれど笑みがこぼれてしまう。しょっちゅう拗ねてしまう女。よじれ合った雰囲気のところを構わないでと言わんばかり、黙りこんで目を閉じてしまう女。 そんな女だけれど、自分のもとへ寄ってこられるのが嬉しくて仕方ないのだ。 笑いかけてくるわけじゃない。ただこちらを見据えているだけ。けれど、まっすぐ歩み寄ってくる彼女に、...

  • 10・登別(5)

    「富浦」と記された上に大きな「P」。 用を足すためにいったん高速を離れ、滑り込んだパーキングエリアを灯す明かりは寂しかった。除雪車が来ていったのはいつだろう。路面は整備され、すがすがしいほど真っ平ら。けれどその、スケートリンクのような白が視界の助けだ。 裸の木々に囲まれた駐車場には驚いたことに、他の車が一台もなかった。端っこにわびしく、トイレと思われる白い建物。緑に発光した非常用電話ボックス。た...

  • 10・登別(4)

    ・ 案内標識は緑。 室蘭インターチェンジへの降り口が左に現れた途端、すぐ過ぎ去ってしまう。 有珠山サービスエリアで一度休憩すれば良かった。そこを過ぎたあたりで用を足したくなってしまったからだ。次のパーキングエリアまであとどれくらいかかるだろう。 幾度も目にする交通情報には「凍結による速度規制 50km/h」。仰せのまま、手元のスピードメーターはずっと50だった。それ以上速く走るつもりもなかった。どこ...

  • 10・登別(3)

    「俺さ、なんて言ったら。どう、小笠原に伝えていいかあの時、分かんなかったんだわ」 母の病状がかなり悪いと聞かされていた、去年の秋。「こう俺がさ? 悩んでる事を全部言ってさ? 俺の家族のことだけどさ、母親のことを一緒にこう、なんだろ。不安を分かち合うって言うのも変だけど」 変じゃないよ、と陽子。「……考えたもの俺。実際小笠原に言おうとしたし。あの時は母親のこと聞かされて、やばいどうしようって結構落ち込ん...

  • 10・登別(2)

    ・ 海岸線は現れない。 標識にはまだ「札幌」の文字もなく、繰り返される雪景色。ただ暗く、真っすぐに伸びている国道五号線。飽きて、ともすれば緊張が緩んでしまいそうな道のり。 けれどひたすらにハンドルを握り続けていた。結露で窓が曇っていたのにも気づかなかった時のように。 陽子が隣にいる。 纏っていたグレイのロングコートも、小さなハンドバッグも、後部席へ置かせていた。助手席はすでに、すらりとしたワン...

  • 10・登別(1)

    [Episode10.零下に二人] −−−−−− 窓が曇っている。 フロントガラスは気にならないが、サイドとバックは湯気で蒸されているかのよう。ミラー越しに周りを確認しようにも出来ない。エアコンの温度はそれほど、高くしていないはずなのに。 左手を伸ばして空調ボタンを押せば、吹き流れてくる風。へばりついていた白のもやが、ガラス窓からおもむろに消えていくのを横目で見る。一体、何に夢中になっていたのかと笑いそうになった...

  • 09・東室蘭(4)

    ひとしきり喋ったら火照ってしょうがなかった。冷えたのにふたたび温まり、汗ばむ背中。 あつい。 陽子に了解をとらずに勝手にエアコンを切れば、送風がぴたり止む。「もう。頼むから」 どうにかしてくれ。 ずっと髪に触れていた手を、今度は顔へ持っていって覆う。熱い頬に、自分の手が冷たくて気持ちいい。 熟慮の言葉ではなかった。頭に浮かんだことをストレートに口にしただけ。とりあえず、気持ちは伝えた。「……でもち...

  • 09・東室蘭(3)

    脱いで、後部席に置いたジャケットのことが気になった。汗で湿り、背中にはりついていたワイシャツが、今度は冷たく感じる。「どうやって小笠原は札幌に帰るつもり? 電車? バス?」 尋ねる口調も冷たくなってしまう。 休め。なんて言わなければよかった。 陽子は自らの左肩をさすっていた。うん。とうなずき、少し間をおいてから告げてくる。「電車」と。 淡々と。 助手席から視線をずらしていく。ガラス窓の向こう、白...

  • 09・東室蘭(2)

    ・ 左手にセブン-イレブンが見えてきた。その隣は回転寿司屋。 セブン-イレブンと寿司屋の共用となっているらしい駐車場。車も人もいないと思いきや、いた。 まだ夜食の時間と言われればそう。満員とはいかないまでも回転寿司屋は賑わっていた。積み重ねた皿を持って、店員が歩いているのがガラス越しに窺える。 オレンジ、緑、赤に白のライン看板。セブン-イレブンのほうは空いているようだ。アルバイト募集の紙が貼りつけ...

  • 09・東室蘭(1)

    [Episode09.行くあてもない二人] −−−−−− 函館駅前に車を停めたままにしておくわけにもいかない。 陽子を助手席に乗せてふたたび走りだしていた。彼女のボストンバッグをうしろに積んで。 大手町では対向車が数えるほどしかなかった。 歩く人影もない。それでも真っ暗々で寂しい限りというわけではない。やわらかにライトアップされている建築物。人通りがなくとも煌々と照らされている並木道。薄気味悪さはひとつも感じなかっ...

  • 08・伊達紋別(5)

    ない。おかしい。 何歩か下がってさらに上部に掲示されている、発車時刻表を注視してみる。函館本線、旭川方面。夜七時台の札幌行きは一つだけだった。 特急スーパー北斗21号。 19:23発。 大急ぎで再度、腕時計に目を走らせる。デジタル文字は24。それが進んで、25になっていく。 午後7: 25。 カツカツと慌しい足音がし、ぎくりとする。 陽子だった。ボストンバッグを持ってこちらへ寄ってくる。うつむきながらも急いだ...

  • 08・伊達紋別(4)

    ・ 駐車場に停めている余裕はさすがにない。 駅のまん前。実は茶色だった柵の脇にレガシィを横付けしたまま外に出る。 もとの地面が分からなかった。足元は、何人にも踏み潰されて汚れてしまったザラメ雪。 革靴の足を運べば嫌な感触。凍った地面がザラメの下に隠れている感触。いまの彼女には酷だろうと思いながら前を見る。 歩くたびにはためくグレイのロングコート。裾からのぞく足首に、華奢な靴。右の踵がもげてしまっ...

  • 08・伊達紋別(3)

    隣は何も言わなかった。 けれど横顔のまま少し、うなずいたようには見えた。わずかに揺れた髪の毛が耳にかけられていくと、小さな真珠のピアスが現れた。「……あのさ。俺自身もなんかずっとモヤッとしてて、気持ちの整理ついてないから上手く言えないけど。ガーッて言っちゃうけど」 咳払いしていったん姿勢を正せば、陽子がそっと目を向けてくる。 いったいこの人は何を言ってくるのだろう。隣の瞳はそんな戸惑いの色。「俺、...

  • 08・伊達紋別(2)

    ・ 北洋銀行、ハーバービューホテルの横を通る。ホテル一階の角にある土産物屋はまだ営業しているようだ。 函館駅前にすうと車を滑らせた。 道路と歩道を隔てている黒の柵。そのまん前に車を停め、はあ、と訳もなく溜息をつく。 7時20分。 驚くほど早く着いてしまった。列車の時刻まであと十二分もある。 サイドブレーキを引いた。さらにエンジンも止めてしまうと、いっそう静寂に包まれてしまう車内。 シートベルト...

  • 08・伊達紋別(1)

    [Episode08.帰ってほしいの?] -------- 懸念していたほど路面状態は悪くなく、スムーズに進んだおかげで19:16。札幌行きの最終には充分間に合うだろう。 市電通りは空いていた。 ここからでも函館駅が見えている。海風に耐え続け、古色を帯びた駅舎が。消費者金融の赤い看板広告が、ライトアップされて目立っていた。 乗客を待つタクシーの群れで駅前が埋まっている。残りは発車を待つ二台の路線バス。有料駐車場に停めて...

  • 06・洞爺(5)

    ・ 遅い。 詩織との話は軽い挨拶程度で終わるかと思いきや、意外と長びいている。先に車に乗り込んでからもう、二分は経過していた。 エンジンはじゅうぶんあたたまっていない。だがそんなことも言ってられない。最終列車に間に合わせなければ。と店の前まで車を出して待っているのに、陽子は来ない。いったい詩織と、何を話しこんでいるのだか。 真っ暗な車内で光る、緑のデジタル表示は19 : 04。 すぐにでも、走り出さな...

  • 07・洞爺(4)

    「え、陽子ちゃんあともう」 少ししか時間ないじゃない。とでも詩織は続けていたのだろうか。 それを遮って口を切っていた。6:58のデジタル表示を目にしたまま。「おい」「……はい」 陽子からは神妙な返事。「もう、駅に行ってなきゃやばいんでないのか。結構な時間だぞ」 そこまで告げて顔をあげてようやく、真向かいの女と視線が合った。いじけたように眉をひそめている女と。「なにお前、ちんたらダーツなんてやってんだよ。...

  • 07・洞爺(3)

    いまほど、人に、顔を見られたくない。 と、思ったことはない。 どうして別れたかのと聞かれても。 まだまだ大好きそうだと言われても。「……いろいろとなあ」 あったんだよ。 とこぼしながら髪を触って誤魔化し笑い。 落ちつきなく目線がさまよっているのを自覚していた。見つめる先にあるのは、アルミニウムテーブルであったり。並べられていた料理であったり。氷たっぷりのグラスであったり。 それらを眺めながら思い出...

  • 07・洞爺(2)

    (はーい、はい石崎は、13×2で26ポイント引きまーす。まだ214ポイントも残ってるからな? 次はだれ? あ? 次は小笠原さんかな?) ダーツ集団は相変わらず賑やかだった。 コンクリートの壁にかけられたダーツボード。そのまわりを囲む集団のすき間から、陽子が見えている。 きょとんとした横顔の。(え? あたし? ついさっき投げたばっかりなのに?) 一緒にダーツを楽しんでいる連中とは今日会ったばかりのはずだ。...

  • 07・洞爺(1)

    [Episode07.どうもすみません] −−−−−− 参列者席を二分するように伸びていた通路。その先で待ち構えていた外国人司祭。 祭壇には、キリストを表現しているらしいステンドグラス。赤や黄色、青、緑。パッチワークのようなガラスたち。 ドレスの裾を踏みつけて、つんのめってしまった詩織を思い出す。 白髪交じりの父親と腕を組んでいた彼女もあの時ばかりは―――バージンロードを進んでいく時ばかりは、緊張していたようだ。白...

  • 06・長万部5

    「いや、あの」 やだ。とか言われても。 そんな風に顔を隠されても。「や、別に俺、変だとか言ってないからね? 似合ってないとも言ってないし。それにあれだ小笠原。ほら、あの。やだなんて言ったらダメでしょう。ちびまる子ちゃんに対して失礼でしょう」 何を取り繕っているのだか。 足を組み、肘掛けに肘をつき。その手で鼻の下をこすっていた。せわしなく。「でもちょっとあのね? あのー、何だ。あの、ほら。幼くなった気...

  • 06・長万部4

    山本の母親はもう、受付にはいなかった。 さながら喫茶店のような休憩所がそこにある。先ほどより倍は増えている招待客。 見知った顔なんか多分いない。整然と並べられたテーブルセット。ボルドー色のソファ。席がたっぷりあるのに誰にも利用されず、空きが目についた。 ドリンクカウンター内で女性スタッフが働いている。白いブラウスに黒エプロン。何か飲み物でも作っているのだろうか。 黙りこくって気づまりになるよりも...

  • 06・長万部3

    見つめられていた。 変わらずに大きな、アーモンドみたいな形の目で。 確かに陽子だ。ひと目で分かる。だが最後に会った時よりも髪が短くなっているものだから、面を食らった感がすごかった。 背中まで届いていた長い髪。強い風にばさばさと煽られていた長い髪。それがすっかり短い。顎の辺りまでばっさり、切られてしまっていた。 会っても動じないようにしよう。 そう決めていたのに結局思い通りにいかない。心の臓が勝手...

  • 06・長万部2

    突き当たれば、左へと繋がる通路。 人間ふたりは並んで行けない狭い廊下を、山本の母親に教えられたとおり進んでいく。 バタークリーム色をした壁。ほのかにたゆたう花の香り。 良い式場だと思った。こぢんまりしていても、いつまでも留まって居たくなるようなあたたかさがある。あのステンドグラスの教会といい、陽でたっぷり温もりそうなガラス張りの休憩室といい。 控え室Aと札のある部屋のドアが、開け放たれていた。す...

  • 06・長万部

    [Episode06.どうもこんばんは] −−−−−− コンタクトレンズをつけているのも、それによって視界がクリアでいられるのも、中川美菜のおかげだ。正規の価格より三千円分安くなるカードをくれた彼女のおかげ。 洗面台の鏡と向き合ってレンズを入れる時。瞳に指をくっつけて取りはずす時。彼女のことがちりちりと頭をかすめる。 うす青色をしたソフトコンタクトレンズ。割引カードをしっかり利用してしまうあたりは抜け目ないだろう...

  • 05・八雲3

    ・ すでに入籍を済ましていても、式を挙げるとなると心もちが違うのか。 本番を明日に控えて落ちつかないのは理解できる。 だが喋りすぎている。 初めのうちこそぎこちなかった詩織は、休むことなしに話し続けていた。 山本が常に忙しく、式の打ち合わせ時間を確保するのが大変だったこと。新婚旅行先のハワイで写真を撮るため、フィルムをたくさん買いこんできたこと。親に頼み込まれ、ドレスではなく色打掛姿での記念写...

  • 05・八雲2

    無言の状態でいるのがおかしかったのか、詩織がくすくすと笑いはじめた。 それにつられてまた、こちらも笑ってしまう。「あのね詩織さん。何をさっきから笑ってんのさ、きみは。俺もつられて笑っちゃうでしょうよ」「いや、だって。だってなんか、おかしいんだもん」 何がどうおかしいのか分からない。「……いや、まあいいけどさ。ところで、いよいよ明日でございますね、結婚式」「うん」「大丈夫? そっち、抜かりなし? 準備...

  • 05・八雲1

    [Episode05.おしゃべりな彼女] −−−−−− コンタクトレンズを入れた目で見つめる、自分の部屋。 つけっ放しのテレビ画面。テーブル上の雑誌と携帯電話。青い遮光カーテンのその柄。床の板の目。 くっきりと見えている。しかも装着しながら違和感がない。中川美菜の言っていた通りだ。ソフトレンズというのはなかなかいい。すぐになじんでしまった。 山本と詩織の挙式を明日に控え、仕事から早く帰ってきた土曜の夜。ダークグレ...

  • 04・森7

    ・ 勾配ある道を、慎重にのぼってやってきた。 車道がもともと狭いのに、雪が積もっているからますます狭い。ハンドル操作を誤って轍からタイヤがずれると、ボールのように車体がバウンドしてしまう。 その度にうわーうわーと喚きつつ、なんとか中川のアパート前へと辿り着いた。 言われたとおりだった。彼女のアパートは、お世辞にも綺麗とは言えないところだった。洋風の新築一軒家とレンガ造りの四階建てマンションの間に...

  • 04・森6

    感情表現が豊かだった。言葉に出さずとも不満や喜びをあっさり示す女だった。「ピンキリかなあ」「は?」「いや、ピンからキリまでいろんな子がいて。彼女」 中川の台詞の真似だった。ピンキリ。「なにそれ。ピンキリいたなんて、やな感じ。なんかむかつく。すんごい遊んでそう奥村」 吐き捨てられて、クッと苦笑い。「いや遊んでは、ないよ。うん。長く続かないってだけで。付き合ってもすぐ振られるの繰り返しだったし」「……...

  • 04・森5

    細かな雪がビュウビュウと窓から入り込んでくる。 中川は長い髪を押さえたままだ。表情はやはり分からない。 風が顔にぶつかるので思わず目を細めてしまう。呼吸がまた、つらくなっていく。「なに歩いてんだよ! こんな中でよく……乗れよっ!」 叫ぶと、「えっ? あ。奥村? 」 と中川は悠長な声。切迫しているのが、こちらだけとは。「そう、奥村! お前……なーん……きょとんとした顔すなっ! 乗れ早くっ」「え、でも。いいの...

  • 04・森4

    ・ 目を細めながら自分の車に向かっていた。 吹きつけてくる強風で息が出来ない。雪は上から横から下から、あらゆる方向から、ぶつかってくる。ぴりぴりと顔が痛い。 耐えられずにジャケットについていたフードを被ると、少しだけ楽になった。 車はどこだろう。 視界が非常に悪く、どこにあるのかすぐ探し出せなかった。雪をざくざく踏みつけながら前へ進む。なんとか車を見つけ、鍵をあけて運転席に乗り込む。 ドアを閉...

  • 04・森3

    ・ 閉店する一時間前だったろうか。 あれだけ忙しかったのに吹雪きだしたとたん、店内はがらりと静まってしまった。ユーヴイホワイトを買い求めに来たあの客も、すぐいなくなってしまった。 男子更衣室のガラス窓がガタガタ揺れている。カーテンもない小さなすりガラス。強風に煽られて飛ばされてきた雪が、窓枠にびちりとくっ付いていた。「わや吹いてんな」 と、ぼそり。 最近、独り言の癖がついてしまった。更衣室には自...

  • 04・森2

    ・「店員さん!」 忙しそうなレジへ加勢に向かっていたら、背後から声をかけられた。振り返ればからし色のコート。例の、鎌倉の大仏頭の女性客だった。「あのさあ私ホワイトニング欲しいんだけど見づがんないんだわぁ」「はいっ?」 函館人は青森の津軽弁に近い訛りがある。よく聞き取れなかった。「すみません、お客さんいまなんて」 鎌倉の大仏頭は首をかしげて苦笑い。「ホワイトニングね。化粧品! 欲しいんだわ!」「……あ...

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