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笑う門には福来る 笑顔応援隊 i 少納言日記 https://syounagon.hatenablog.com/

「笑顔応援隊 i 」すーちゃん👼ぶんぶん👱‍♀️少納言👩は、 寛容で豊かで笑顔溢れる世界にする使命をおびて日夜活動中🌷 少納言👩があれやらこれやら綴るブログでございます💖

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2020/10/16

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  • 【源氏物語687 第21帖 乙女42】姉に夕霧の手紙を渡した息子を咎める惟光。若君と知ると笑顔になって「‥女官のお勤めをさせるより貴公子に愛される方が良い。私も明石の入道になるかな」と言う。

    五節の弟で若君にも丁寧に臣礼を取ってくる惟光の子に、 ある日逢った若君は平生以上に親しく話してやったあとで言った。 「五節はいつ御所へはいるの」 「今年のうちだということです」 「顔がよかったから私はあの人が好きになった。 君は姉さんだから毎日見られるだろうからうらやましいのだが、 私にももう一度見せてくれないか」 「そんなこと、私だってよく顔なんか見ることはできませんよ。 男の兄弟だからって、あまりそばへ寄せてくれませんのですもの、 それだのにあなたなどにお見せすることなど、だめですね」 と言う。 「じゃあ手紙でも持って行ってくれ」 と言って、若君は惟光《これみつ》の子に手紙を渡した。 これ…

  • 私本太平記3 第1巻 下天地蔵⑶〈げてんじぞう〉〜The Taiheiki🍶

    十数名の武者は、 みな小具足《こぐそく》の旅姿だった。 といってもあらましは、 足軽程度の人態《にんてい》にすぎない。 争いあって、一碗ずつの酒を持ち、 干魚か何かを取ってはムシャムシャ食う。 そしてやや腹の虫がおさまり出すと、 こんどは野卑な戯《ざ》れ口《くち》で果てしもない。 彼らには、片隅の先客など、眼の外だった。 又太郎の方でも、思わぬ光景を肴《さかな》として、 声も低めに、ひそと、ただ杯を守っていた。 「右馬介。……どうやら鎌倉者らしいな」 「さようで。話ぶりでは、鎌倉から紀州熊野へ、 何かの御用で行った帰路の者かと察しられますが」 「む。うなずかれることがある。 先ごろ、熊野新宮へ…

  • 平家物語87 第4巻 信達合戦②〈のぶつらかっせん〉〜The Tale of the Heike🔥

    御所の三条大路に面した門、 高倉通りへの門もすべて開け放して、 信連一人悠然と敵を待っていた。 この夜の信連の装束は、 萌黄匂《もえぎにおい》の腹巻をつけ、 上には薄青の狩衣《かりぎぬ》、 腰には衛府《えふ》の太刀。 やがて午前零時、騎馬の音が門外に近づいた。 源大夫判官兼綱と、出羽判官光長の率いる三百余騎である。 すでに父頼政の意を体している源大夫判官は、 はるか門外にひかえて様子をうかがった。 蹄《ひづめ》の音高らかに門内に乗り入れたのは出羽判官光長、 前庭に控えると、 静まり返った御所の隅にまで轟くばかりの大音声をあげた。 「宮のご謀叛はすでに露顕つかまつった。 土佐の畑《はた》へお流し…

  • 【源氏物語686 第21帖 乙女41】惟光《これみつ》は典侍《ないしのすけ》の職が一つあいてある補充に娘を採用されたいと申し出た。源氏もその希望を叶えると聞いて 若君は聞いて残念に思った。

    五節の舞い姫は皆とどまって 宮中の奉仕をするようとの仰せであったが、 いったんは皆退出させて、 近江守《おうみのかみ》のは唐崎《からさき》、 摂津守の子は浪速で祓いをさせたいと願って自宅へ帰った。 大納言も別の形式で宮仕えに差し上げることを奏上した。 左衛門督《さえもんのかみ》は娘でない者を 娘として五節に出したということで問題になったが、 それも女官に採用されることになった。 惟光《これみつ》は典侍《ないしのすけ》の職が 一つあいてある補充に娘を採用されたいと申し出た。 源氏もその希望どおりに 優遇をしてやってもよいという気になっていることを、 若君は聞いて残念に思った。 自分がこんな少年で…

  • 私本太平記 2 第1巻 下天地蔵2〈げてんじぞう〉〜The Taiheiki🍶

    「ああ、よいここちだった。 右馬介、よほど長く眠ったのか、わしは」 又太郎は伸びをした。 その手が、ついでに、曲がっていた烏帽子を直した。 やっと現《うつつ》に返った眼でもある。 その眼もとには、人をひき込まずにいない何かがあった。 魔魅《まみ》の眸にもみえるし、 慈悲心の深い人ならではの物にもみえる。 どっちとも、ふと判別のつきかねる理由は、 ほかの部分の、 いかつい容貌《かおだち》のせいかもしれない。 骨太なわりには、痩肉《そうにく》の方である。 顎《あぎと》のつよい線や、 長すぎるほど長い眉毛だの、大きな鼻梁《びりょう》が、 どこか暢《のん》びり間のびしているところなど、 これは西の顔で…

  • 平家物語86 第4巻 信達〈のぶつら〉合戦①〜The Tale of the Heike🌺

    この日五月十五日、満月である。 三条の御所で高倉宮は、 雲間にかくれ移る皓々《こうこう》たる月を眺めていた。 遥か東国に下した密使の行方、 そして源氏勢の反応、 あるいは俄かに可能性をおびて 身に迫ってきた皇位のことに思いを廻らせていたのであろうか。 雲間をよぎる月の光を浴びた宮の姿は、 無心に月夜を楽しむとも見えた。 この時、 息せき切って宮の御所に現れたのは入道頼政の急使である。 宮の御乳母の子、 六条亮大夫宗信 《ろくじょうのすけのだいふむねのぶ》は 使いの手紙をあわただしく宮の御前にひらいた。 「宮のご謀叛のことすでに露顕、 宮を土佐の畑《はた》へお流し申さんと、 官人ども検非違使別当…

  • 【源氏物語685 第21帖 乙女40】源氏も参内して陪観したが、五節の舞い姫の少女が目にとまった昔を思い出した。辰の日の夕方に大弐《だいに》の五節へ源氏は手紙を書いた。

    源氏も参内して陪観したが、 五節の舞い姫の少女が目にとまった昔を思い出した。 辰の日の夕方に大弐《だいに》の五節へ源氏は手紙を書いた。 内容が想像されないでもない。 少女子《をとめご》も さびぬらし 天つ袖 ふるき世の友 よはひ経ぬれば 五節は今日までの年月の長さを思って、 物哀れになった心持ちを源氏が 昔の自分に書いて告げただけのことである、 これだけのことを 喜びにしなければならない自分であるということをはかなんだ。 かけて言はば 今日のこととぞ 思ほゆる 日かげの霜の 袖にとけしも 新嘗祭《にいなめまつり》の 小忌《おみ》の青摺《あおず》りを模様にした、 この場合にふさわしい紙に、 濃淡…

  • 【源氏物語684 第21帖 乙女39】浅葱《あさぎ》の袍を着て行くことが嫌で、若君は御所へ行かなかったが 五節を機会に、好みの色の直衣《のうし》を着て宮中へ出入りすることを許された。

    浅葱《あさぎ》の袍《ほう》を着て行くことがいやで、 若君は御所へ行くこともしなかったが、 五節を機会に、 好みの色の直衣《のうし》を着て宮中へ出入りすることを 若君は許されたので、その夜から御所へも行った。 まだ小柄な美少年は、 若公達《わかきんだち》らしく御所の中を遊びまわっていた。 帝をはじめとしてこの人をお愛しになる方が多く、 ほかには類もないような御 恩寵《おんちょう》を 若君は身に負っているのであった。 五節の舞い姫がそろって御所へはいる儀式には、 どの舞い姫も盛装を凝らしていたが、 美しい点では源氏のと、 大納言の舞い姫がすぐれていると若い役人たちはほめた。 実際二人ともきれいであ…

  • 平家物語85 第4巻 いたちの沙汰〜The Tale of the Heike🥀

    さて、後白河法皇は、 成親、俊寛のように自分も遠い国、 遥かな小島に流されるのではなかろうかと、 お考えになっていたが、 そういうこともないまま鳥羽殿に 治承四年までお暮しになっていた。 この年の五月十二日の正午《ひる》ごろ、 鳥羽殿の中で鼬《いたち》がおびただしく走り騒いだ。 常にないことである。 法皇は何の兆《きざし》かと自ら占われて、 近江守仲兼《おうみのかみなかかね》、 その時まだ 鶴蔵人《つるくらんど》とよばれていたのを御前に呼ばれた。 「この占いを持って安倍泰親《あべのやすちか》のもとへ行き、 しかと考えさせて、吉凶の勘状を取って参れ」 仰せを受けた仲兼は、安倍泰親のもとへ急いだが…

  • 私本太平記1第1巻 下天地蔵1〈げてんじぞう〉〜The Taiheiki🍶

    まだ除夜の鐘には、すこし間がある。 とまれ、今年も大晦日《おおつごもり》まで無事に暮れた。 だが、あしたからの来る年は。 洛中の耳も、大極殿《だいごくでん》のたたずまいも、 やがての鐘を、 偉大な予言者の声にでも触《ふ》れるように、 霜白々と、待ち冴えている。 洛内四十八ヵ所の篝屋《かがりや》の火も、 つねより明々と辻を照らし、 淡い夜靄《よもや》をこめた巽《たつみ》の空には、 羅生門の甍《いらか》が、夢のように浮いて見えた。 そこの楼上などには、いつも絶えない浮浪者の群れが、 あすの元日を待つでもなく、 飢《う》えおののいていたかもしれないが、 しかし、 とにかく泰平の恩沢《おんたく》ともい…

  • 平家物語84 第4巻 源氏そろえ④〜The Tale of the Heike🍂

    このころ、熊野別当|湛増《たんぞう》は、 平家の重恩を受けていたが、 どこからこの令旨のことをもれ聞いたのか、 「新宮の十郎義盛は高倉宮の令旨を抱いて、 すでに謀叛を起さんとしている。 那智、新宮の者どもは、 定めし源氏の味方をするであろうが、 この湛増は平家のご恩を山より高く受けている身、 いかで謀叛にくみしえよう。 まず那智、新宮の者どもに矢一つ射かけて、 その後、都へことの詳細を報告することにしよう」 と、甲冑に身を固めた兵、 一千余人を引きつれて新宮の港へ向った。 新宮では、鳥居の法眼、高坊《たかぼう》の法眼、 武士には宇井、鈴木、水屋、亀甲《かめのこう》、 那智では執行法眼以下、 そ…

  • 【源氏物語683 第21帖 乙女38】舞姫の仮の休息所を 若君はそっとのぞいて見た。苦しそうにして舞い姫はからだを横向きに長くしていた。ちょうど雲井の雁と同じほどの年ごろであった。

    大学生の若君は失恋の悲しみに胸が閉じられて、 何にも興味が持てないほど心がめいって、 書物も読む気のしないほどの気分が いくぶん慰められるかもしれぬと、 五節の夜は二条の院に行っていた。 風采《ふうさい》がよくて落ち着いた、 艶《えん》な姿の少年であったから、 若い女房などから憧憬《あこがれ》を持たれていた。 夫人のいるほうでは御簾《みす》の前へも あまりすわらせぬように源氏は扱うのである。 源氏は自身の経験によって危険がるのか、 そういうふうであったから、 女房たちすらも若君と親しくする者はいないのであるが、 今日は混雑の紛れに室内へもはいって行ったものらしい。 車で着いた舞い姫をおろして、…

  • 平家物語83 第4巻 源氏そろえ③〜The Tale of the Heike🌹

    頼政の弁は熱をおびてきた。 あたかも諸国に兵を蓄えてひそむ源氏の網の目に、 平家がしぼられて行くような感さえ、 宮に与えたかも知れぬ。 頼政は語調を変えてつづけた。 「われら源家のもの、朝敵を武力で平らげ、 宿望を達した点においては、平家に一向劣りませぬ。 が、いまは宮もご覧の有様、源平は今や雲泥のへだたり、 主従の間柄より劣るのが現状です。 国にまいれば国司の家来、 荘園では預所に使われている始末、 京にあれば、 公事《くじ》や雑事《ぞうじ》に追い立てられて、 心の安まる暇《ひま》もない日を送っているのです。 ひるがえって今の世を見ますなら、 平家の威に服しているように見えるのは 表面だけの…

  • 【源氏物語682 第21帖 乙女37】下《しも》仕え幾人を優れた者を多数の中から選ぶことになった。陛下が五節《ごせち》の童女だけを御覧になる日の練習に縁側を歩かせて見て決めようと源氏はした。

    舞の稽古《けいこ》などは自宅でよく習わせて、 舞姫を直接世話するいわゆるかしずきの幾人だけは その家で選んだのをつけて、 初めの日の夕方ごろに二条の院へ送った。 なお童女幾人、 下《しも》仕え幾人が付き添いに必要なのであるから、 二条の院、東の院を通じてすぐれた者を多数の中から 選《よ》り出すことになった。 皆それ相応に選定される名誉を思って集まって来た。 陛下が五節《ごせち》の童女だけを御覧になる日の練習に、 縁側を歩かせて見て決めようと源氏はした。 落選させてよいような子供もない、 それぞれに特色のある美しい顔と姿を持っているのに 源氏はかえって困った。 「もう一人分の付き添いの童女を 私…

  • 平家物語82 第4巻 源氏そろえ②〜The Tale of the Heike🌊

    謀叛成功への現実的証拠ともいうべき 反平家勢力の人名表である。 「まず、この京にかくれて平家をうかがうもの、 出羽前司光信《でわのぜんじみつのぶ》の子、 伊賀守光基《いがのかみみつもと》、 出羽|判官光長《はんがんみつなが》、 出羽|蔵人光茂《くらんどみつしげ》、 出羽|冠者光義《かんじゃみつよし》。 熊野にかくれる者は 故六条 判官為義《はんがんためよし》の末子、 十郎|義盛《よしもり》です。 摂津には 多田蔵人行綱《ただのくらんどゆきつな》がおりますが、 こやつは新大納言成親卿の謀叛のとき、 一度は味方につきながら、 途中で寝返りを打った裏切者ですから論外です。 しかしその弟、多田次郎朝実…

  • 平家物語81 第4巻 源氏そろえ①〜The Tale of the Heike🌹

    そのころ、後白河法皇の第二皇子、 以仁《もちひと》親王は、 三条の高倉に住んでいたので高倉宮とよばれていた。 彼は十五歳の年に、近衛河原の大宮の御所で、 世を忍ぶように、ひっそり元服した。 宮は才芸、人に勝れ、ご筆跡もまことにうるわしく、 側近のものを感心させていた。 世が世なら、皇太子にもなり、 皇位につかれる方であったが、 故建春門院のそねみをうけて、 押しこめ同然の境遇におられた。 そのため、 春、花ほころべばその下で能筆を振っては詩を草し、 秋、月の宴には、愛蔵の笛を手にして雅曲を奏していた。 花に不遇の心をうたい、 月に満たされぬ思いを語る風雅の道に 世を捨てたように生活していた。 …

  • 【源氏物語681 第21帖 乙女36】源氏は今年の五節の舞姫に、摂津守兼左京大夫である惟光《これみつ》の娘で美人だと言われている子を選んだ。

    今年源氏は五節《ごせち》の舞い姫を一人出すのであった。 たいした仕度《したく》というものではないが、 付き添いの童女の衣裳《いしょう》などを 日が近づくので用意させていた。 東の院の花散里《はなちるさと》夫人は、 舞い姫の宮中へはいる夜の、 付き添いの女房たちの装束を引き受けて手もとで作らせていた。 二条の院では 全体にわたっての一通りの衣裳が作られているのである。 中宮からも、童女、下仕えの女房幾人かの衣服を、 華奢《かしゃ》に作って御寄贈になった。 去年は諒闇《りょうあん》で五節のなかったせいもあって、 だれも近づいて来る五節に心をおどらせている年であるから、 五人の舞い姫を一人ずつ引き受…

  • 私本太平記を読む〜私本太平記 吉川英治

    まだ除夜の鐘には、すこし間がある。 とまれ、ことしも大晦日《おおつごもり》まで無事に暮れた。 だが、あしたからの来る年は。 洛中の耳も、大極殿《だいごくでん》のたたずまいも、 やがての鐘を、偉大な予言者の声にでも触《ふ》れるように、 霜白々と、待ち冴えている。 洛内四十八ヵ所の篝屋《かがりや》の火も、 つねより明々と辻を照らし、淡い夜靄《よもや》をこめた巽《たつみ》の空には、 羅生門の甍《いらか》が、夢のように浮いて見えた。

  • 平家物語80 第4巻 還御〈かんぎょ〉〜The Tale of the Heike🌊

    高倉上皇が厳島にお着きになったのは、 三月二十六日、 清盛入道相国が最も寵愛した内侍の家が仮御所となり、 なか二日の滞在中には、 読経の会と舞楽がにぎやかに行なわれた。 満願の日、 導師三井寺の公顕《こうげん》僧正は高座にのぼり、 鐘を鳴らして表白を声高らかに読みあげていわく、 「九重の都を出でられ、八重の潮路をかきわけて、 ここまでお出でになられた陛下の御心は かたじけない極みである」 この神前に捧げられた言葉には、 上皇を始め諸臣みな感激した。 そのあとで上皇は 末社にいたるまで隈なく御幸になり、 また厳島の座主尊永を 法眼《ほうげん》の位に上らせるなど、 神主たちの位階昇進を行なわれたが…

  • 平家物語79 第4巻 厳島御幸③〜The Tale of the Heike 🌊

    翌十九日、 大宮大納言 隆季《たかすえ》の徹宵の準備で 御幸はつつがなく行なわれた。 三月も半ばを過ぎている。 霞に曇る有明の月おぼろな空の下、御幸の一行は、 地に淡い影を落しながら鳥羽殿へ向った。 鳥の声、空を渡るのを見上げれば、 遥か北陸を目指す雁の群である。 一群消えればまた一群、哀れをもよおす雁の声は、 御幸の者の胸にひびいた。 鳥羽殿についたのはまだ未明であった。 御車より上皇は降り、門を開いて進んだ。 すでに春は暮れなんとしている。 薄暗い木立、人の気配すらない。 木々の梢の花色あせて、 樹葉は早くも夏を告げる装いをしている。 鳴く鶯《うぐいす》の声も力なく老いていた。 上皇の胸に…

  • 【源氏物語680 第21帖 乙女35】霜の白いころに若君は急いで出かけた。泣きはらした目を人に見られることが恥ずかしいのに、大宮にそばに呼ばれるだろう。気楽な場所へ行ってしまいたくなった。

    「そらあんなことを言っている。 くれなゐの 涙に深き 袖の色を 浅緑とや いひしをるべき 恥ずかしくてならない」 と言うと、 いろいろに 身のうきほどの 知らるるは いかに染めける 中の衣ぞ と雲井の雁が言ったか言わぬに、 もう大臣が家の中にはいって来たので、 そのまま雲井の雁は立ち上がった。 取り残された見苦しさも恥ずかしくて、 悲しみに胸をふさがらせながら、 若君は自身の居間へはいって、 そこで寝つこうとしていた。 三台ほどの車に分乗して姫君の一行は 邸《やしき》をそっと出て行くらしい物音を聞くのも 若君にはつらく悲しかったから、 宮のお居間から、来るようにと、 女房を迎えにおよこしになっ…

  • 平家物語78 第4巻 厳島御幸②〜The Tale of the Heike 🌊

    新帝の即位は、 皇室との親族関係樹立という清盛永年の悲願をかなえさせた。 入道相国夫婦は天皇の外祖父、外祖母である。 ともに准三后《じゅんさんごう》の宣旨をうけ、 年官年爵を頂戴した。 絵や花で飾られた衣をまとった公卿たちで ごった返す入道邸は、院の御所を思わせた。 そこには、 殿上人を召使いのごとく顎で使う習慣のついた、 満面の笑《えみ》を浮べる入道夫婦がいたのである。 この年の三月上旬、 位を譲られた高倉上皇が、 安芸の厳島へ御幸《みゆき》になるという話が伝わった。 ご退位後の諸社への御幸 始《はじめ》は、 八幡、賀茂、春日などであるから、 先例を破られてのご決意だったわけである。 不審に…

  • 平家物語77 第4巻 厳島御幸①〜The Tale of the Heike🪷

    治承四年正月一日、法皇の鳥羽殿《とばどの》には、 人の訪れる気配もなかった。 入道相国の怒り未だとけず、 公卿たちの近づくのを許さなかったし、 法皇も清盛をはばかっておられたからである。 正月の三日間というもの、 朝賀に参上するものもいなかったが、 僅かに桜町中納言とその弟左京大夫脩範 《さきょうのだいふながのり》だけが特に許された。 正月二十日は東宮の御袴着《おんはかまぎ》、 ついで御魚味初《おんまなはじめ》というので、 宮中はめでたい行事で賑ったが、 落莫《らくばく》とした鳥羽殿の法皇には ほとんど別世界の出来事のように思われた。 そして二月二十一日、高倉天皇のご譲位があり、 東宮が即位さ…

  • 【源氏物語679 第21帖 乙女34】夕霧の若君には、「‥貴公子でおありになっても、最初の殿様が 浅葱《あさぎ》の袍《ほう》の六位の方とは」と姫君の乳母の言う声も聞こえるのであった。

    「伯父《おじ》様の態度が恨めしいから、 恋しくても 私はあなたを忘れてしまおうと思うけれど、 逢わないでいてはどんなに苦しいだろうと 今から心配でならない。 なぜ逢えば逢うことのできたころに 私はたびたび来なかったろう」 と言う男の様子には、 若々しくてそして心を打つものがある。 「私も苦しいでしょう、きっと」 「恋しいだろうとお思いになる」 と男が言うと、雲井の雁が幼いふうにうなずく。 座敷には灯《ひ》がともされて、 門前からは大臣の前駆の者が 大仰《おおぎょう》に立てる人払いの声が聞こえてきた。 女房たちが、 「さあ、さあ」 と騒ぎ出すと、雲井の雁は恐ろしがってふるえ出す。 男はもうどうで…

  • 平家物語76 第3巻 完 城南離宮〈せいなんのりきゅう〉〜The Tale of the Heike❄️

    その頃 内裏《だいり》の主上から、 鳥羽殿にある法皇の許に、 ひそかにお便りがあった。 「かような世になりましては、 天皇の位にあっても何の意味がありましょうか? むしろ宇多法皇、花山法皇の例にもならい、 出家して山林流浪の行者にでもなろうかと思います」 法皇はこれに対して直ぐお返事をおつかわしになった。 「余りそのようにはお考えにならない方がよろしいでしょう。貴方がそうやって御位に即いていられるのも、 私にとっては一つの頼みなので、 おっしゃるように出家でもなさってしまわれたら、 誰を頼りにしたらよいでしょうか? とにかくこの私が、 どうにかなるのを見送ってからのことになすって下さい」 主上…

  • 平家物語75 第3巻 法皇被流〈ほうおうのながされ〉〜The Tale of the Heike🪷

    治承三年十一月二十日、 清盛の軍勢は法皇の御所を取り囲んだ。 「平治の乱の時と同じように、御所を焼打ちするそうだ」 という流言が広がって、 御所の中は、上を下への大騒ぎとなった。 その混乱のさなかに、 平宗盛が車をかって御所へやってきた。 「急いでお乗り下さい。お早く」 単刀直入の宗盛の申し入れに法皇も驚かれた。 「一体何事が起ったのじゃ、 わしに何か過失があったとでもいうのか、 成親や俊寛のように遠国へ流すつもりなのだろう? わしが政務に口を出すのは、まだ天皇が幼いからじゃ、 それもいけないというのなら、 以後、政治には関りはもたぬことにしよう」 「いや、そのことではないようでございます。 …

  • 【源氏物語678 第21帖 乙女33】若君の乳母が、「若様とご一緒の御主人様だと思っておりましたのに‥。殿様が他の方と御結婚をおさせになろうとされても、お従いにならぬようにあそばせ」などと小声で言う

    若君の乳母の宰相の君が出て来て、 「若様とごいっしょの御主人様だと ただ今まで思っておりましたのに行っておしまいになるなどとは 残念なことでございます。 殿様がほかの方と御結婚をおさせになろうとあそばしましても、 お従いにならぬようにあそばせ」 などと小声で言うと、 いよいよ恥ずかしく思って、 雲井《くもい》の雁《かり》はものも言えないのである。 「そんな面倒《めんどう》な話はしないほうがよい。 縁だけはだれも前生から決められているのだからわからない」 と宮がお言いになる。 「でも殿様は貧弱だと思召《おぼしめ》して 若様を軽蔑あそばすのでございましょうから。 まあお姫様見ておいであそばせ、 私…

  • 平家物語74 第3巻 行隆の沙汰〈ゆきたかのさた〉〜The Tale of the Heike🪷

    関白基房の家来、江大夫判官遠成 《ごうたいふはんがんとおなり》という者がいた。 日頃から平家には反感を抱いていたが、 六波羅からの追手が迫ると聞き、 息子 江左衛門尉家成《ごうさえもんのじょういえなり》 といっしょに揃って家を出た。 家を出てみたが、 結局は行く目当もなく頼る人もない二人は、 稲荷山《いなりやま》にのぼって相談の結果、 住みなれたわが家で死のうと、 再び川原坂の宿所にとって返した。 六波羅からは、 源大夫判官季貞、摂津判官盛澄らが、 武装兵三百騎を引き連れて押し寄せてきた。 江大夫は縁に立ちはだかると、 群がる敵をはったとにらみつけ、 「各々方、この場の様子、とくと六波羅に報告…

  • 平家物語73 第3巻 大臣流罪〜The Tale of the Heike🪷

    法印からの話を聞かれた法皇は、 もうそれ以上は何事も仰有《おっしゃ》らなかった。 清盛の話を、もっともと思われたのではなく、 いっても無駄と諦めてしまわれたものらしい。 十六日になって、 突然関白基房始め四十三人の公卿殿上人に、 追放の命令が下った。 これは、かねがね清盛が考えてもいた事で、 世間では当然予測されていたのだが、 さすがに実際の命令が下ってみると、 いささか無理押しの感じは免れなかった。 関白基房は、 鳥羽《とば》古川《ふるかわ》のあたりで を下して出家した。 「こういう世の中では、 こんな目に逢うのも仕方がないことじゃ」 いさぎよい諦めの言葉にも、 どこか割切れない淋しさが残っ…

  • 【源氏物語677 第21帖 乙女32】雲井の雁は祖母の宮のお嘆きの原因に自分の恋愛問題がなっているのであると思うと、羞恥の感に堪えられなくて、顔も上げることができずに泣いてばかりいた。

    大臣は、 「ちょっと御所へ参りまして、 夕方に迎えに来ようと思います」 と言って出て行った。 事実に潤色を加えて結婚をさせてもよいとは 大臣の心にも思われたのであるが、 やはり残念な気持ちが勝って、 ともかくも相当な官歴ができたころ、 娘への愛の深さ浅さをも見て、 許すにしても形式を整えた結婚をさせたい、 厳重に監督しても、 そこが男の家でもある所に置いては、 若いどうしは放縦なことをするに違いない。 宮もしいて制しようとは あそばさないであろうからとこう思って、 女御《にょご》のつれづれに託して、 自家のほうへも官邸へも軽いふうを装って 伴い去ろうと大臣はするのである。 宮は雲井の雁へ手紙を…

  • 平家物語72 第3巻 法印問答②〜The Tale of the Heike🪷

    法皇にもこの清盛反乱の噂は耳に入っていた。 うそにせよ、まことにせよ、現在の情勢で、 清盛と対等に物がいえるのは、 法皇一人ぐらいのものだったのである。 法皇は、 側近の浄憲《じょうけん》法印を使者にして 法皇の言葉を清盛に伝えさせた。 「最近の内外の情勢は、未だ予断を許さず、 人心の不安は、いよいよ拡大する傾向にある。 朝廷では世間の成行きすべてに就て、 いろいろと心を悩ましているが、 何くれと頼りにもし、力と頼んでいるのは、 その方一人である。 それが近頃は、天下の平和を心掛けるどころか、 朝廷に向って弓を引くという噂さえあるのは、 一体何事であろうか?」 清盛は、しかし使いの浄憲法印を、…

  • 平家物語71 第3巻 法印問答①〜The Tale of the Heike🍂

    重盛に先立たれて以来、 清盛は福原の別邸に引きこもったまま、 世間に姿を見せなかった。 何かというと、 清盛の行動を邪魔立てするうるさい重盛であったが、 心の底から 清盛のことを親身に考えている息子でもあった重盛が、 遠く帰らぬ人となってみると、 清盛には、彼のえらさ、 立派さがつくづくわかるように思われてならぬのである。 おのれとはまるで、異質の息子であり、 考え方も随分と違っていた。 しかし、親と子の間をつなぐ強い絆だけは、 しっかりと結びついている。 人の死など何とも思わない清盛が、 重盛の死だけはよほど身にこたえたものらしかった。 十一月七日の夜、地震があった。 不気味な地鳴りが鳴りや…

  • 【源氏物語676 第21帖 乙女31】大宮にとって、夕霧と雲井の雁はお手元で育てられてきたこともあり 二人が去ってしまって寂しくなることを宮は歎《なげ》いておいでになった。

    ちょうどそこへ若君が来た。 少しの隙《すき》でもないかと このごろはよく出て来るのである。 内大臣の車が止まっているのを見て、 心の鬼にきまり悪さを感じた若君は、 そっとはいって来て自身の居間へ隠れた。 内大臣の息子たちである左少将《さしょうしょう》、 少納言《しょうなごん》、 兵衛佐《ひょうえのすけ》、侍従《じじゅう》、 大夫《だいふ》などという人らも このお邸《やしき》へ来るが、 御簾《みす》の中へはいることは許されていないのである。 左衛門督《さえもんのかみ》、 権中納言《ごんちゅうなごん》などという内大臣の兄弟は ほかの母君から生まれた人であったが、 故人の太政大臣が 宮へ親子の礼を取…

  • 平家物語70 第3巻 金渡し〜The Tale of the Heike🪷

    安元の頃、重盛は、 九州から妙典《みょうでん》という船頭を呼び寄せ、 人払いして親しく目通りをしたことがある。 「お前の正直を信頼して頼みがある。 ここに大枚三千五百両の金がある。 五百両は、そなたの使いに対するほんの志じゃ、 あとの三千両を持って宋へ渡り、 一千両は育王山《いくおうざん》の僧に寄付し、 二千両を宋の皇帝にお渡しして、 この重盛の後世を弔って貰うよう、 お頼みしてきてくれ」 妙典は、忠実に重盛の言葉を守り、宋に渡ると、 育王山の方丈、仏照禅師徳光に逢い、 重盛の言葉をつたえた。 禅師は、 はるばる万里の波濤を越えてやってきた 奇特な信仰心に感激し、二千両を皇帝に奉り、 事の子細…

  • 平家物語69 平家物語 第3巻 灯篭〈とうろう〉〜The Tale of the Heike🪷

    生前から、来世の幸不幸を案じていた重盛は、 東山の麓に四十八|間《けん》の精舎を建て、 一間《いっけん》に一つずつ灯籠を置き、 毎月、十四日と十五日には、 容貌の優れた若い女房を集め、一間に六人ずつ、 四十八間に二百八十八人をあつめて、 念仏を称えさせた。 十五日の日中《ひなか》を満願とし、 大念仏を行ない、重盛自らもその列に加わって、 極楽往生を願うのであった。 重盛を灯籠大臣というのもここからきている。 🪷🎼風姿花伝 written by 落葉 剛 少納言のホームページ 源氏物語&古典 syounagon-web ぜひご覧ください🪷 https://syounagon-web-1.jimd…

  • 【源氏物語675 第21帖 乙女30】大宮は「人というものは、どんなに愛するものでも こちらをそれほどには思ってはくれないものだね‥そして 大臣は私を恨んで、姫君をつれて行ってしまう」と嘆く。

    大宮は力をお落としになって、 「たった一人あった女の子が亡くなってから 私は心細い気がして寂しがっていた所へ、 あなたが姫君をつれて来てくれたので、 私は一生ながめて楽しむことのできる宝のように 思って世話をしていたのに、 この年になってあなたに信用されなくなったかと 思うと恨めしい気がします」 とお言いになると、 大臣はかしこまって言った。 「遺憾《いかん》な気のしましたことは、 その場でありのままに申し上げただけのことでございます。 あなた様を御信用申さないようなことが、 どうしてあるものでございますか。 御所におります娘が、 いろいろと朗らかでないふうでこの節邸《やしき》へ 帰っておりま…

  • 平家物語68 第3巻 無文の太刀〜The Tale of the Heike🌃

    重盛は、 未来を予見する不思議な能力を持っていた。 これは生前の話であるが、 ある夜、重盛は夢を見た。 場所ははっきりとはわからないが、 どこかの浜辺を歩いていると、 道の傍に大きな鳥居がある。 「これは、どこの鳥居だろうか?」 と道ゆく人に聞いてみると、 春日大明神の鳥居ですと答えた。 鳥居の周辺には、何やら人が集って騒いでいる。 よくみると、その中に、 坊主頭の首を高々とさしあげている男がいた。 あの首は、一体誰のか、といって尋ねると、 「これは、平家の清盛公の首じゃ、 あまりにも悪行が過ぎ、当社の大明神によって、 召し捕られたのじゃ」 と答えるものがあった。 その声に重盛が、はっと思った…

  • 平家物語67 第3巻 医師問答②〜The Tale of the Heike🪷

    その頃、宋から、 名医といわれる医師がやってきて京都に滞在していた。 福原にいた清盛は、使者を遣わして、 この名医の診察をうけるようにとすすめさせた。 重盛は、使いの越中守盛俊《えっちゅうのかみもりとし》を 病室に招き、蒲団《ふとん》の上に起きなおって、 「わざわざ、 医療のためのお使い有難く思っておりますと、 お伝えしてくれ。 それから、もう一ついうことがある。 それは醍醐天皇のことだ。醍醐天皇は、 あれ程の賢主であったけれども、 異国の人相見を都にお引き入れになったのは、 大へんなお心得ちがいだったといわれている。 まして、重盛ごとき凡人が、 異国の医師を自分の屋敷の内に入れることは 一門…

  • 【源氏物語674 第21帖 乙女29】大臣は冷泉帝に女御退出を願い出て自邸に迎えることにした。女御の話し相手として雲居の雁も呼ばれた。

    内大臣はそれきりお訪ねはしないのであるが 宮を非常に恨めしく思っていた。 夫人には 雲井の雁の姫君の今度の事件についての話をしなかったが、 ただ気むずかしく不機嫌になっていた。 「中宮がはなやかな儀式で 立后後の宮中入りをなすったこの際に、 女御が同じ御所でめいった気持ちで 暮らしているかと思うと私はたまらないから、 退出させて気楽に家《うち》で遊ばせてやりたい。 さすがに陛下は おそばをお離しにならないようにお扱いになって、 夜昼上の御局《みつぼね》へ上がっているのだから、 女房たちなども 緊張してばかりいなければならないのが苦しそうだから」 こう夫人に語っている大臣は にわかに女御退出のお…

  • 平家物語66 第3巻 医師問答①〜The Tale of the Heike🪷

    その頃、丁度熊野に参詣した重盛は、 一晩中、何事かを祈願していた。 日頃から、平家の行末に、 暗い予感を感じている重盛にとって、 それは一身をかけた重大な祈りであった。 「父の清盛入道は、何かと悪逆無道を働き、 法皇の心を悩まし、息子としては、 精一杯諫言いたしておりますが、 我が身が至らぬため思うようにまいりません。 この様子では、 父清盛一代の栄華さえ案じられる状態でございます。 ましてや、 子孫が相次いで繁栄などは以ての他の事かとも思われます。 ここに至って私の思いますには、 なまじ高位高官に列せられ、 世の浮沈をなめるよりは名誉を捨て、 官を退き、この世の栄誉を捨てて、 来世の極楽往生…

  • 平家物語65 第3巻 辻風〈つじかぜ〉〜 The Tale of the Heike🍃

    治承三年五月十二日の正午、京都につむじ風が起った。 東北の方から、西南の方角に吹いて、 屋根や門は、四、五町から十町も吹きとばされ、 桁《けた》、なげし、柱は、あたりに飛び散った。 家屋の損失ばかりか、人畜にも多数被害があり、 まさに地獄のつむじ風であった。 これは唯事でないと早速占いをたてたところ、 「高位の大臣に災難あり、ひいては天下の大事となり、 兵乱巷《ちまた》におこるであろう」 というご託宣であった。 🍃🎼私の全てが嘘になる written by のる 少納言のホームページ 源氏物語&古典 syounagon-web ぜひご覧ください🪷 https://syounagon-web-1…

  • 【源氏物語673 第21帖 乙女28】夕霧の若君は宮のお居間のほうへ帰ったが、ため息を大宮がお目ざめになってお聞きにならぬかと遠慮されて、みじろぎながら寝ていた。

    さ夜中に 友よびわたる 雁がねに うたて吹きそふ 荻《をぎ》のうは風 身にしむものであると若君は思いながら 宮のお居間のほうへ帰ったが、 歎息《たんそく》してつく吐息《といき》を 宮がお目ざめになってお聞きにならぬかと遠慮されて、 みじろぎながら寝ていた。 若君はわけもなく恥ずかしくて、 早く起きて自身の居間のほうへ行き、手紙を書いたが、 二人の味方である小侍従にも逢うことができず、 姫君の座敷のほうへ行くこともようせずに 煩悶《はんもん》をしていた。 女のほうも父親にしかられたり、 皆から問題にされたりしたことだけが恥ずかしくて、 自分がどうなるとも、 あの人がどうなっていくとも深くは考えて…

  • 平家物語64 第21帖 有王④〈ありおう〉〜The Tale of the Heike🥀

    「貴方様が、西八条にお召し捕られてあと、 それは恐ろしゅうございました。 直ぐに追手の役人共が参り、 ご家来の方々はほとんど捕われ、 いろいろに責めさいなまれ、訊問《じんもん》され、 最後には一人残らず皆殺しでした。 奥方様は、 若君様とこっそり鞍馬の山奥に忍んで居られましたが、 お訪ねする者もなく、私が時折、 様子を伺いに参上いたしますと、 いつでも、お話は鬼界ヶ島の貴方様のことばかりで、 とりわけ若君様には、有王よ、鬼界ヶ島に連れて行け、 連れて行け、とおせがみになり、 その度に奥方様と私、 どうやっておなだめしてよいやら、 途方に暮れるのでございましたが、 去る二月、 疱瘡《ほうそう》が…

  • 【源氏物語672 第21帖 乙女27】姫君も目をさましていて、身にしむ思いが胸にあるのか、「雲井の雁もわがごとや」と口ずさんでいた。その様子が少女らしくきわめて可憐であった。

    晩餐《ばんさん》が出ても あまり食べずに早く寝てしまったふうは見せながらも、 どうかして恋人に逢おうと思うことで 夢中になっていた若君は、 皆が寝入ったころを見計らって姫君の居間との間の 襖子《からかみ》をあけようとしたが、 平生は別に錠などを掛けることもなかった仕切りが、 今夜はしかと鎖《とざ》されてあって、 向こう側に人の音も聞こえない。 若君は心細くなって、襖子によりかかっていると、 姫君も目をさましていて、 風の音が庭先の竹にとまってそよそよと鳴ったり、 空を雁《かり》の通って行く声の ほのかに聞こえたりすると、 無邪気な人も身にしむ思いが胸にあるのか、 「雲井の雁もわがごとや」 (霧…

  • 平家物語63 第3巻 有王③〈ありおう〉〜The Tale of the Heike🌊

    「本当だろうか、 本当にお前が来てくれたのだろうか、 毎日毎夜、都のことばかり思いつめて、 今では恋しい者の面影が、夢かうつつか、 わからなくなってしまったのだよ。 お前の来たのは夢ではないのか? 本当にお前が来たのか? 夢であったら覚めた後がどんなに辛い事か」 「僧都様、これは本当でございますよ。 決して夢ではありませぬ。 それにしても、 よくこうやって生き長らえておいでになりました」 「まったくそうなんだ、お前のいうとおりだが、 恥ずかしい話、わしは少将が島を去る時、 よしなに取計うから待てといった言葉が 忘れられなかったのじゃよ。 おろかなものでのう、 その一言に、もしやと頼みの綱をかけ…

  • 平家物語62 第3巻 有王② 〈ありおう〉〜The Tale of the Heike🌊

    四月の末であった。 苦しい旅路を続けて、どうやら薩摩潟《さつまがた》に着き、 薩摩から鬼界ヶ島へ渡る商人船の船着き場で、 この土地に見慣れぬ有王の風体を怪しむ者がいて、 着ている物をはぎとられて調べられたが、 元結の中に隠した姫の手紙は、 うまい具合に見つからなかったので、 どうやら事なきを得たのであった。 幾多の危難を冒して、漸く目指す鬼界ヶ島へ着いたとき、 有王は、聞きしにまさる荒漠たる風景に驚かされた。 田もなかった。畠もなかった。 もちろん村とか里とかいったものも見当らず、 たまに通りかかる島の土着民は、 これ又今まで聞いたことのない言葉で物を言い、 何を尋ねても、話が通じないのである…

  • 平家物語61 第3巻 有王①〈ありおう〉〜The Tale of the Heike💐

    たったひとり、鬼界ヶ島に取り残された俊寛が、 幼い頃から可愛がって使っていた有王という少年があった。 鬼界ヶ島の流人が 大赦になって都入りをするという話を伝え聞いた有王は、 喜び勇んで鳥羽まで出迎えにいった。 「どんなにおやつれになってお帰りだろう、 随分辛いことだったろうなあ」 あれこれ考えているうちに、 鬼界ヶ島の流人らしい一行が到着した。 見送り人のごった返す中で、 有王は、俊寛の姿を探し求めたが、 それらしい人の姿は見当らなかった。 有王は次第に不安と焦燥を覚えながらも、 「そんなはずはない、そんなバカなことはない」 と自分にいい聞かせながら、 一人一人の顔をのぞきこむようにして探した…

  • 【源氏物語671 第21帖 乙女26】夕霧は、雲居の雁との恋を大臣が知ったことを大宮から聞く。これからは手紙の往復もいっそう困難になることであろうと思うと、若君の心は暗くなっていった。

    自身のことでこんな騒ぎのあることも知らずに 源氏の若君が来た。 一昨夜は人が多くいて、 恋人を見ることのできなかったことから、 恋しくなって夕方から出かけて来たものであるらしい。 平生大宮はこの子をお迎えになると 非常にお嬉しそうなお顔をあそばしてお喜びになるのであるが、 今日はまじめなふうでお話をあそばしたあとで、 「あなたのことで内大臣が来て、 私までも恨めしそうに言ってましたから気の毒でしたよ。 よくないことをあなたは始めて、 そのために人が不幸になるではありませんか。 私はこんなふうに言いたくはないのだけれど、 そういうことのあったのを、 あなたが知らないでいてはと思ってね」 とお言い…

  • 【平家物語 第3巻】平家物語50 赦文①〈ゆるしぶみ〉〜

    治承二年の正月がやってきた。 宮中の行事はすべて例年の如く行われ、 四日には、高倉帝が院の御所にお出でになり、 新年のお喜びを申し上げた。 こうして表面は、 いつもながらの目出度い正月の祝賀風景が繰りひろげられていたが、 後白河法皇の心中は、内心穏やかならぬものがあった。 成親はじめ側近の誰彼が、殺されたり流されたりしたのは、 つい去年の夏のことである。 その生々しい光景はまだ、昨日のできごとの様に、 まざまざと心に甦《よみが》えってくる‥ 少納言のホームページ 源氏物語&古典 少納言の部屋🪷も ぜひご覧ください🌟https://syounagon.jimdosite.com 【ふるさと納税】…

  • 平家物語60 第3巻 少将都帰り②〜The Tale of the Heike💐

    三月十六日、少将は鳥羽に着いた。 ここには、成親の山荘である洲浜殿《すはまどの》がある。 かつて美しかった邸宅も、 今は住む人もなく荒れるに任せていた。 苔むした庭園は、人の訪れもないらしい。 池のあたりを見廻すと、折柄春風に小波が立ち、 紫鴛《しえん》白鴎《はくおう》が 楽しげに飛び交いしている。 昔、この景色の好きだった父、ああ、あの頃は、 この開き戸をこういう風にお出入りになっていたっけ、 あの木は確かお手ずからお植えになったものだった。 一つ一つの思い出が、ある事ない事、 ぼうっとうかんできて、 少将のやるせない慕情を一層激しくかきたてるのであった。 庭のそこここにはまだ春の花が乱れ咲…

  • 【平家物語59 第3巻 少将都帰り①】〜The Tale of the Heike 🌊

    宰相の領国鹿瀬庄で、暫く休養していた成経は、 ようやく体力も元通りになり、 そろそろ気候もよくなってくるので、 都に帰る事を思い立った。 治承三年正月下旬、肥前鹿瀬庄を海路出発した。 早春とはいえ、まだ海は荒れ模様で、 島伝い浦伝いの航路を続けて、備前の児島に着いたのが、 二月の十日頃であった。 父成親ゆかりの場所、有木の別所は、ここから程近い。 今は遺跡となった住家を訪ねてみると、障子や唐紙には、 成親がつれづれのままに書き記したあとが残っていた。 安元三年七月二十日出家、 同二十六日、信俊《のぶとし》下向とあるところで、 少将は始めて源左衛門尉信俊がここを訪ねたことを知った。 又、側の壁に…

  • 【源氏物語670 第21帖 乙女25】大宮は、源氏の長男以上のすぐれた婿があるものではない。容貌をはじめとして何から言っても同等の公達のあるわけはないとお考えになっている。

    大宮はこの不祥事を二人の孫のために 悲しんでおいでになったが、 その中でも若君のほうをお愛しになる心が強かったのか、 もうそんなに大人びた恋愛などのできるようになったかと かわいくお思われにならないでもなかった。 もってのほかのように言った内大臣の言葉を 肯定あそばすこともできない。 必ずしもそうであるまい、たいした愛情のなかった子供を、 自分がたいせつに育ててやるようになったため、 東宮の後宮というような志望も 父親が持つことになったのである。 それが実現できなくて、 普通の結婚をしなければならない運命になれば、 源氏の長男以上のすぐれた婿があるものではない。 容貌をはじめとして何から言って…

  • 平家物語58第3巻 頼豪〈らいごう〉〜The Tale of the Heike🪷

    白河院がまだご在位の時、 関白藤原師実《もろざね》の娘、 賢子《けんし》の中宮をひどく寵愛されていた。 かねがね、この御腹に、 一人皇子が欲しいと望んでいられたが、 当時、その道では聞えた三井寺の 頼豪 阿闍梨《あじゃり》を呼び出した。 「賢子の中宮の御腹に皇子誕生を祈祷してくれまいか、 願いのかなった暁は、恩賞は望み次第じゃ」 「お安いご用でござります」 頼豪は三井寺に帰ると、百日の間、 心をこめて祈り続けた。 やがて百日の内に、中宮にご懐妊の徴候が現れ 承保《しょうほう》元年十二月、 目出度く皇子が誕生した。 主上の喜びは殊のほかで、早速頼豪を招いた。 「そなたのお陰で、皇子が生れた。 約…

  • 【源氏物語669 第21帖 乙女24】「このことはしばらく秘密にしておこう。評判はどんなにしていても立つものだが、そのうち私の邸へつれて行くことにする」と大臣が言う。

    「で、このことはしばらく秘密にしておこう。 評判はどんなにしていても立つものだが、 せめてあなたたちは、 事実でないと否定をすることに骨を折るがいい。 そのうち私の邸《やしき》へつれて行くことにする。 宮様の御好意が足りないからなのだ。 あなたがたはいくら何だっても、 こうなれと望んだわけではないだろう」 と大臣が言うと、 乳母たちは、 大宮のそう取られておいでになることをお気の毒に思いながらも、 また自家のあかりが立ててもらえたようにうれしく思った。 「さようでございますとも、 大納言家への聞こえということも 私たちは思っているのでございますもの、 どんなに人柄がごりっぱでも、 ただの御縁に…

  • 【源氏物語668 第21帖 乙女23】大臣は「年若いとはいえ、あまりに幼稚な心を持っている貴女とは知らないで、娘としての人並みの未来を考えていたのだ。私のほうが廃《すた》り物になった気がする」と言う。

    姫君は何も知らずにいた。 のぞいた居間に 可憐な美しい顔をして姫君がすわっているのを見て、 大臣の心に父の愛が深く湧《わ》いた。 「いくら年が行かないからといって、 あまりに幼稚な心を持っているあなただとは知らないで、 われわれの娘としての人並みの未来を 私はいろいろに考えていたのだ。 あなたよりも私のほうが廃《すた》り物になった気がする」 と大臣は言って、 それから乳母《めのと》を責めるのであった。 乳母は大臣に対して何とも弁明ができない。 ただ、 「こんなことでは大事な内親王様がたにも あやまちのあることを昔の小説などで読みましたが、 それは御信頼を裏切るおそばの者があって、 男の方のお手…

  • 【源氏物語667 第21帖 乙女22】大宮は、「人の中傷かもしれぬことで、腹をお立てになったりなさることはよくないし、ないことで娘の名に傷をつけてしまうことにもなりますよ」と大臣に言う。

    「あなたがそうお言いになるのはもっともだけれど、 私はまったく二人の孫が何を思って、 何をしているかを知りませんでした。 私こそ残念でなりませんのに、 同じように罪を私が負わせられるとは恨めしいことです。 私は手もとへ来た時から、特別にかわいくて、 あなたがそれほどにしようとお思いにならないほど大事にして、 私はあの人に 女の最高の幸福を受けうる価値もつけようとしてました。 一方の孫を溺愛《できあい》して、 ああしたまだ少年の者に 結婚を許そうなどとは思いもよらぬことです。 それにしても、 だれがあなたにそんなことを言ったのでしょう。 人の中傷かもしれぬことで、 腹をお立てになったりなさること…

  • 平家物語57 第3巻 大塔建立〜The Tale of the Heike🪷

    中宮 御産《ごさん》の際、 ご祈祷に精進した者たちには上から下までもれなく恩賞があって、 その労をねぎらった。 中宮の体も、ようやく元通りになったので、 中宮はふたたび六波羅から内裏に帰られた。 中宮に皇子が生れることは、 中宮の入内当初からの清盛夫婦の夢であった。 「いつか、皇子が誕生し、御位におつきになったそのときは、 外祖父、外祖母じゃ、 どうか早く皇子がお生れにならんものかのう」 この願がかなって、 目出度く男子出生したのも 日頃信心深い厳島の賜物かも知れなかった。 平家の厳島信仰の始りは、清盛が安芸守時代にさかのぼる。 まだ鳥羽院の御時、高野の大塔の修理を仰せ付けられ、 六年がかりで…

  • 【源氏物語666 第21帖 乙女21】大臣は、大宮に夕霧の若君と雲居の雁が恋仲になっていることを大宮に伝える。大宮は困惑される。

    「御信頼しているものですから、子供をお預けしまして、 親である私はかえって何の世話もいたしませんで、 手もとに置きました娘の後宮のはげしい競争に 敗惨《はいざん》の姿になって、 疲れてしまっております方のことばかりを心配して 世話をやいておりまして、 こちらに御 厄介《やっかい》になります以上は、 私がそんなふうに捨てて置きましても、 あなた様は彼を一人並みの女にしてくださいますことと 期待していたのですが、 意外なことになりましたから、私は残念なのです。 源氏の大臣は天下の第一人者といわれるりっぱな方ではありますが ほとんど家の中どうしのような者のいっしょになりますことは、 人に聞こえまして…

  • 平家物語56 第3巻 公卿揃〈くぎょうぞろえ〉〜The Tale of the Heike💐

    乳母には、平大納言時忠の奥方が選ばれた。 これは後に帥典侍《そつのすけ》と呼ばれた人である。 法皇はやがて、御所へ還御になったが、 清盛は余りの嬉しさに、お土産にと、砂金一千両、 富士綿二千両を進呈したのは、 今までに類のないことだけに、 人々に異様な感じを与えたようである。 今度の御産《ごさん》にあたっては、 変ったことがいろいろあった。 その第一は、何といっても、法皇が、自ら祈祷者として、 祈られたことだったろう。 その二には、后《きさき》御産の行事として、 御殿の棟から甑《こしき》を落す習慣があり、 皇子の時は南、皇女の時は北と決まっていたが、 この時には間違って北に落してしまい、 慌て…

  • 平家物語55 第3巻 御産②〈ごさん〉〜The Tale of the Heike🪷

    ところで中宮の御産は、陣痛は続くのだが、難産である。 なかなかご誕生にならない。 つきそっていた入道清盛や奥方は、 ただ胸に手を押しあてたまま、おろおろするばかりで、 頼りにならぬことおびただしい。 人びとが、うかがいを立てても、 「どうかうまくやってくれ、 よいように急いでやってくれ」 と声をふるわすばかりであった。 戦場なら、こんなみじめな思いはしないと、 後程人に話したが、 人の親清盛の狼狽《ろうばい》ぶりは想像にあまりあるものがある。 このご難産に、殿中でお祈りする者は、 房覚《ぼうかく》、性運《しょううん》の両僧正、 俊尭《しゅんぎょう》法印、豪禅《ごうぜん》、 実全《じつぜん》両僧…

  • 平家物語54 第3巻 御産①〈ごさん〉〜The Tale of the Heike🌊

    鬼界ヶ島を立った丹波少将らの一行は、 肥前国 鹿瀬《かせ》の庄《しょう》に着いた。 宰相教盛は使いをやって、 「年内は波が荒く航海も困難であろうから、 年が明けてから、京に帰るがよい」 といわせたので一行はここで新年を迎えることにした。 十一月十二日未明、中宮が産気づかれた。 このうわさで京中はわき立ったが、 御産所の六波羅の池殿《いけどの》には、 法皇が行幸されたのをはじめとして、 関白殿以下、 太政大臣など官職をおびた文武百官一人ももれなく伺候した。 これまでに、女御《にょうご》、 后《きさき》の御産の時に大赦が行なわれたことがあったが、 今度の御産の時も大赦が先例に従って行なわれ、 多く…

  • 平家物語53 第3巻 足摺②〈あしずり〉〜The Tale of the Heike🌊

    「俊寛がいまこんな有様になったのも、 あなたの父の謀叛からじゃ。 あなたも知らぬ顔はできぬはずじゃ。 頼む、許されぬとあらば都とまでは言わぬ、 せめてこの船で日向か薩摩の地まで連れて行ってくれい。 あなた方が島にいればこそ、 時には故郷のことも伝えきくことができた。 今わし一人になったら、それもできなくなるのじゃ」 俊寛は少将の袂をつかんで離さぬ。 袂が島と本土とむすぶただ一つの橋のように、 彼は両手でつかんでいた。 俊寛に口説かれた少将は、 もともと気性の優しい人だけに涙ぐみながら、 何んとかこの男に希望を与えようとして懸命に慰めた。 「まことにご尤もの話しと思います。 われら二人が召し帰さ…

  • 平家物語52 第3巻 足摺①〈あしずり〉〜The Tale of the Heike🌊

    大赦の御使、 丹左衛門尉基康《たんざえもんのじょうもとやす》と その供のものをのせた船は、 目指す鬼界ヶ島についたが、荒漠とした孤島のさまは、 都より訪れた人々に、おそろしく激しい印象を与えた。 船が島につくや、波にぬれた浜に一気に飛び下りた基康は、 大声をあげた。 「都から流された平判官康頼入道、丹波少将殿はおらるるか」 供の者もこれに和して、口々に尋ねたが、 しばしは波の音がこれに応えるばかりであった。 というのも、 康頼と少将の二人は例の熊野詣に行っていたからであったが、 ただ一人俊寛は小屋のほとりに寝そべったまま、 一人京の街をおもい、故郷の寺の山々に思いをはせていた。 人の声もまれで…

  • 【源氏物語665 第21帖 乙女20】大臣は、雲居の雁と夕霧の恋について 大宮に恨み言を言う。大宮は「どんなことがあって、この年になってからあなたに恨まれたりするのだろう」と宮の仰せられる。

    二日ほどしてまた内大臣は大宮を御訪問した。 こんなふうにしきりに出て来る時は宮の御機嫌がよくて、 おうれしい御様子がうかがわれた。 形式は尼になっておいでになる方であるが、 髪で額を隠して、お化粧もきれいにあそばされ、 はなやかな小袿《こうちぎ》などにもお召しかえになる。 子ながらも晴れがましくお思われになる大臣で、 ありのままのお姿ではお逢いにならないのである。 内大臣は不機嫌な顔をしていた。 「こちらへ上がっておりましても 私は恥ずかしい気がいたしまして、 女房たちはどう批評をしていることだろうかと心が置かれます。 つまらない私ですが、生きておりますうちは始終伺って、 物足りない思いをおさ…

  • 【平家物語44 第2巻 善光寺炎上】〜The Tale of the Heike🪷

    同じ頃、信濃善光寺が火事にあった。 この寺の本尊である如来は、 昔、中天竺《ちゅうてんじく》舎衛国《しゃえこく》に、 五種の悪疫が流行した時、 月蓋長者《がっがいちょうじゃ》が竜宮城から 閻浮檀金《えんぶだごん》を取り寄せて、 釈尊、目蓮《もくれん》長者《ちょうじゃ》と 三者が心を合せて鋳造した、阿弥陀如来の霊像といわれた。 それが仏滅の後五百余年、 天竺に留まり、後|百済《くだら》国に移り、 一千年を経て、欽明《きんめい》帝の御代に日本に渡り、 摂津国難波の浦の底深く金色の光を放っていた。 たまたま、 信濃国の住人に本多 善光《よしみつ》という男がいて、 都に上り、如来のありかを知って、 こ…

  • 【平家物語51 第3巻 赦文②〈ゆるしぶみ〉】〜The Tale of the Heike🌊

    ところで悪いことには、悪いことが重なるもので、 唯でさえ衰弱している中宮に、 またしても物《もの》の怪《け》がとりついたのである。 童子に物の怪を乗り移らせて占ってみると、 多くの生霊、死霊が、取りついていたことがわかった。 とりわけその内でも執念深いのは、 去る保元の乱に讃岐に流された崇徳院《すとくいん》の霊、 同じく首謀者、左大臣頼長、 新しい所では、新大納言成親、西光、 それに鬼界ヶ島の流人の生霊などであった。 清盛は即座に沙汰を下すと、 崇徳院には、追号を捧げ、崇徳天皇とし、 頼長には、贈官贈位で太政大臣の贈位をし、 勅使として少内記惟基《しょうないきこれもと》が派遣された。 その他さ…

  • 【平家物語50 第3巻 赦文①〈ゆるしぶみ〉】〜The Tale of the Heike🌊

    治承二年の正月がやってきた。 宮中の行事はすべて例年の如く行われ、 四日には、高倉帝が院の御所にお出でになり、 新年のお喜びを申し上げた。 こうして表面は、 いつもながらの目出度い正月の祝賀風景が繰りひろげられていたが、 後白河法皇の心中は、内心穏やかならぬものがあった。 成親はじめ側近の誰彼が、殺されたり流されたりしたのは、 つい去年の夏のことである。 その生々しい光景はまだ、昨日のできごとの様に、 まざまざと心に甦《よみが》えってくる。 その事をおもい出すごとに、法皇の胸には、 清盛に対する、いや平家に対する憎悪の念が、 いやましにひどくなってゆくのである。 諸事万端、物憂く、 政事《まつ…

  • 【平家物語49 第2巻 蘇武〈そぶ〉】〜The Tale of the Heike🌊

    この話は、洛中に広がっていった。 特に、清盛までが哀れに思ったというので、 いつしか康頼の歌は、京の、上下、老いも若きもが、 鬼界ヶ島流人の歌として口ずさむようになった。 千本作った卒都婆だから、それ程大きいわけはなく、 むしろ小さなものだったろうに、 波に押し流されることもなく、 はるばる万里の波濤を越えて故郷に届いたのは、 やはり康頼の一念が通じたのかも知れない。 ところでこれに似たような話が、中国の故事にある。 昔、漢の武帝《ぶてい》が胡国《ここく》を攻めた時、 始めは、李少卿《りしょうけい》を大将として、 三十万騎を差し向けたが武運つたなく敗れ、 李少卿は捕虜になった。 次に蘇武を大将…

  • 【平家物語48 第2巻 卒塔婆流し②〈そとばながし〉】〜The Tale of the Heike🌊

    康頼の真心が通じたのか、神明のご加護があったのか、 その内の一本が安芸《あき》の厳島《いつくしま》に 流れついたのであった。 康頼の知り合いのある僧が、 便船でもあったら鬼界ヶ島にでも渡り、 康頼の消息を訪ねてみたいと思い立ち、 西国修行に出かけて厳島に参詣した。 厳島大明神は、元々海に縁故のある神で、 娑竭羅《しゃかつら》竜王の第三の姫宮といわれ、 今日まで、いろいろ不思議な霊顕のあったことを聞かされて、 僧は暫く止まって参籠することにした。 厳島大明神は、八つの神殿から成り、海の際に臨んでいた。 夜になると月が昇り、その澄んだ影は、 水にも、砂浜にも、美しい光を投げていた。 満潮になると、…

  • 【平家物語47 卒塔婆流し①〈そとばながし〉】〜The Tale of the Heike🪷

    少将と康頼の熊野詣では、異常な熱心さで続けられた。 時には、徹夜で祈願をすることもあった。 ある日いつもの通り、夜になって、二人は一晩中、 今様《いまよう》などを歌い続けて、 さすがに明け方疲れ果てて眠ってしまったことがある。 康頼も知らずしらずの内にまどろんでいたらしい。 沖の方から白帆をかけた小舟がやってきて、 中から紅の袴《はかま》をつけた女達が三十人ばかり、 岸にあがってきて鼓をうち、 声を合せて今様を歌い出したのであった。 よろずの仏の願《がん》よりも 千手《せんじゅ》の誓《ちかい》ぞ頼もしき。 枯れたる草木も忽ちに 花咲き実なるとこそきけ。 三べんほど、くり返すと、 その姿はかき消…

  • 【平家物語45 第2巻 康頼祝詞①〈やすよりのりと〉】〜The Tale of the Heike🌊

    「維《い》あたれる歳次《さいじ》、 治承《じしょう》元年|丁《ひのと》の酉《とり》、 月の並びは十月《とつき》二月《ふたつき》、 日の数、三百五十余カ日、 吉日|良辰《りょうしん》を選んで、かけまくも、 かたじけなく、霊顕は日本一なる熊野《ゆや》三所権現、 飛竜大薩《ひりゅうだいさった》の教令《きょうりょう》のご神前に、 信心の大施主《せしゅ》、少将藤原成経、 ならびに沙弥性照《しゃみしょうしょう》、 一心清浄の誠をいたし、 三業一致《さんごういっち》の志をぬきんで、 謹しんで、敬い申す。 それ、熊野本宮の阿弥陀如来は、済度苦界の教主、 法身《ほうしん》、報身《ほうしん》、 応身《おうしん》の…

  • 【平家物語45 第2巻 康頼祝詞①〈やすよりのりと〉】〜The Tale of the Heike💐

    鬼界ヶ島に流された、俊寛、康頼、成経の三人は、 少将の舅、宰相教盛の領地である肥前、鹿瀬庄《かせのしょう》から、 何かにつけて衣類や食物を送らせるように手配して呉れたおかげで、 どうやらこうやら生きることだけは出来たらしい。 康頼は、かねてから出家の志を持っていたが、 流罪の途中、周防《すおう》の室積《むろづみ》で出家し、 性照《しょうしょう》と名乗った。 ついにかくそむきはてける世の中を とく捨てざりしことぞくやしき これはその時の歌である。 少将と康頼は、前から熊野権現の信者であったから、 何とかこの土地にも熊野権現を祭って、 一日も早く帰京のかなうように 日夜祈参しようという相談が持ちあ…

  • 【源氏物語664 第21帖 乙女19】内大臣は雲居の雁の恋愛に悩む。従弟どうしの結婚などはあまりにありふれたことすぎるし、東宮へと考えていたのでだ一つの慰めだったこともこわされたと思うのであった。

    内大臣は車中で娘の恋愛のことばかりが考えられた。 非常に悪いことではないが、 従弟どうしの結婚などはあまりにありふれたことすぎるし、 野合の初めを世間の噂《うわさ》に上されることもつらい。 後宮の競争に女御をおさえた源氏が恨めしい上に、 また自分はその失敗に代えて あの娘を東宮へと志していたのではないか、 僥倖《ぎょうこう》があるいはそこにあるかもしれぬと、 ただ一つの慰めだったこともこわされたと思うのであった。 源氏と大臣との交情は睦《むつ》まじく行っているのであるが、 昔もその傾向があったように、 負けたくない心が断然強くて、 大臣はそのことが不快であるために朝まで安眠もできなかった。 大…

  • 【平家物語43 第2巻 山門滅亡】〜The Tale of the Heike🥀

    後白河法皇は、前々から、 三井寺の公顕《こうけん》僧正を師範として、 真言《しんごん》の秘法を学んでいられたが、 大日経《だいにちきょう》、金剛頂経《こんごうちょうきょう》、 蘇悉地経《そしつちきょう》の三部の伝授も済み、 九月四日、 三井寺で御灌頂《ごかんじょう》をお受けになることとなった。 これを聞いた山門の大衆はひどく憤慨して騒ぎが大きくなってきた。 「昔から、御灌頂ご受戒は当山で受けると決っているのに、 先例を破って、三井寺でやるのなら、三井寺を焼き払ってしまうぞ」 といっておどかした。 法皇は、山門を刺激しても無駄だからと、 三井寺での御灌頂は一応お取やめになったが、 元々そのおつも…

  • 【平家物語42第2巻 徳大寺の沙汰】〜The Tale of the Heike🪷

    そもそも成親卿が平家滅亡の計りごとを練るようになったのは、 いつかの人事異動が基であったのだが、 あの時に、やはり、右大将を平宗盛に横取りされて、 がっかりして家にひきこもってしまった人がある。 徳大寺大納言 実定《じってい》である。 その後も、 平家専横の世の中にいよいよ愛想をつかした実定は、 出家の志を立てた。ある月の良い晩であった。 実定は、 南面の御格子《みこうし》をあげて月を眺めながら、 行末のことなど思いふけっていると、 藤大夫重兼《とうのだいふしげかね》という家来が参上してきた。 「何じゃ、今時分?」 「いえ、唯、余りに月がよろしいので、 何となくご機嫌伺いに参りました」 「それ…

  • 【源氏物語663 第21帖 乙女18】大臣は、自分の恋人の部屋から廊下に出て行く時 女房達の部屋から話が聞こえた。そこで 雲居の雁と夕霧の恋に気がついてしまった。

    大臣は帰って行くふうだけを見せて、 情人である女の部屋にはいっていたが、 そっとからだを細くして廊下を出て行く間に、 少年たちの恋を問題にして語る女房たちの部屋があった。 不思議に思って立ち止まって聞くと、 それは自身が批評されているのであった。 「賢がっていらっしゃっても甘いのが親ですね。 とんだことが知らぬ間に起こっているのですがね。 子を知るは親にしかずなどというのは嘘ですよ」 などこそこそと言っていた。 情けない、自分の恐れていたことが事実になった。 打っちゃって置いたのではないが、 子供だから油断をしたのだ。 人生は悲しいものであると大臣は思った。 すべてを大臣は明らかに悟ったのであ…

  • 【平家物語41 第2巻 大納言死去②】〜The Tale of the Heike🥀

    難波次郎経遠も、 信俊の志に感じて直ぐに成親の所に案内した。 成親は、丁度今しも、都のことなぞ思い出しつつ、 側の者に、いろいろ想い出話をしていたところだったが、 都から信俊が訪ねて参りました、という知らせに、 「夢であろうか」と疑いながら、 急いで部屋の内へ招じ入れた。 信俊が一歩足を踏み入れると、先ず粗末な部屋の作りが目に入った。 同時に、昔に変る墨染姿の成親を見出した時は、 いつか目の先《さき》がぼうっとかすんで、 成親の姿もはっきり目に映らぬほどであった。 漸く涙をおさめると、 信俊は奥方からの心のこもった言伝てをこまごまと伝え、 ふところから、 命にも換えてと大事に持ってきた手紙を差…

  • 【平家物語40 第2巻 大納言死去①】〜The Tale of the Heike🌊

    やがて、 法勝寺執行《しゅぎょう》俊寛、丹波少将成経、平判官康頼の三人は、 清盛の命令で薩摩潟《さつまがた》の鬼界ヶ島《きかいがしま》に 流されることになった。 この鬼界ヶ島とは、都を遠く離れた孤島であり、 便船もろくろく通わないという離れ小島である。 住民は、土着の土民がいることはいるが、体は毛むくじゃらで、 色は真黒く、烏帽子《えぼし》をつけている男もいないし、 女は髪も下げていない。 言葉はてんで通じないという心細さである。 田を耕すすべも知らず、食物は専ら魚鳥を常食としている。 かいこなど飼うことも知らないから、 身にまとっている者はほとんどないという。 まったく原始人そのままの生活が…

  • 【平家物語39 阿古屋の松②〈あこやのまつ〉)〜The Tale of the Heike🌊

    福原に着いたのは、六月二十二日である。 一応 備中国《びっちゅうのくに》に流罪と決まり、 瀬尾太郎兼康が警備の任をおびてゆくことになった。 兼康は、とかく、 あとあと宰相から恨まれるのがこわいから、 かゆいところに手の届くような労《いたわ》り方で、 少将の心を何とか慰めようとするのであるが、 少将の方は一日として楽しまぬのである。 彼の心には、 父成親の行方だけが気にかかっていたのである。 その成親は、備前《びぜん》の児島が港に近いという理由で、 備前、備中の境、 有木《ありき》の別所《べっしょ》という山寺に移された。 この有木の別所と、少将のいる備中の瀬尾《せのお》とは、 僅か五十町足らずと…

  • 【平家物語36 第2巻 烽火〈ほうか〉】〜The Tale of the Heike🌊

    宿所に帰った重盛は、主馬判官盛国を呼びだすと、 「唯今、重盛が、天下の大事を聞き出して参った。 常日頃、重盛のために命を惜しまぬ者があれば、 急ぎ集めるように」 といった。この知らせがたちまち広がったから、 日頃、物事に動じぬ人のお召しというので、 まさに天下の一大事とばかりに、 誰も彼も、おっとり刀で小松殿へ集ってきた。 小松殿で何事かが起るという知らせは、 西八条にも届いていた。 西八条につめていた数千騎は、誰いうとなく、 一人残らず、小松殿にとんでいってしまい、 清盛邸はひっそり閑としてしまった。 驚いたのは、清盛である。貞能を呼ぶと、 「一体、重盛は、 何のつもりでこれらの兵を狩り集め…

  • 【平家物語38 第2巻 阿古屋の松①〈あこやのまつ〉】〜The Tale of the Heike🌊

    大納言以外に陰謀に荷担した者は、 それぞれ遠国流罪を言い渡された。 すなわち、近江中将入道 蓮浄《れんじょう》が佐渡国《さどのくに》、 山城守基兼は伯耆《ほうき》、式部大輔雅綱は播磨《はりま》、 宗判官信房は阿波《あわ》、 新平判官資行が美作《みまさか》といったぐあいである。 その頃、清盛は福原の別荘にいたが、 摂津左衛門盛澄《せっつのさえもんもりずみ》に命じて 門脇宰相《かどわきのさいしょう》のところへ、 「至急、丹波《たんばの》少将をこちらへ出頭させるように」 といい送った。 「何ということだ、今頃になって、 もっと前にいってくれれば諦めもつくというのに、 又々心配させる気なのだろうか」 …

  • 【平家物語37 第2巻 新大納言流罪】〜The Tale of the Heike🌊

    六月二日。その日は新大納言成親流罪の日である。 都を逐《お》われる日なので、特に許されて、 客間で食事を饗せられた。 さすがに万感胸に迫ってか、 成親はろくろく箸《はし》もとらなかった。 するうちに早くも迎えの車がやってきて、早く早くとせきたてる。 成親は後髪を引かれる想いで車に乗った。 「もう一度だけ、小松殿にお逢いしたいのだが」 といってみたが、許されるわけはなく、 囲りはものものしい武装兵ばかりがびっしりと取り囲み、 一人の縁者、家来の姿もない。 「たとえ、重罪で遠国に流されるにしても、 一人の家来もないとは何と心細いことか」 成親が、車の中で、そっとつぶやくのを耳にして、 守護の家来も…

  • 【平家物語35 第2巻 教訓②】〜The Tale of the Heike🪷

    重盛は、烏帽子に直衣《なおし》という平服姿で、 さらさらと衣ずれの音をさせながら、 終始、落着き払って、清盛の座所にやってきた。 重盛の到着を聞いた時から、 「あいつのことだから、又じゃらじゃらした平服姿で、 わざとやってくるぞ、少しは意見してやらねば」 と思っていた清盛だったが、わが子とはいえ、 一目《いちもく》おいている上に、 その礼儀正しさと、慈悲深さは定評のある男であり、 会ったとたんに清盛は、 自分の格好が恥ずかしくなってきた。 急いで障子を立てると、 彼は、慌てて腹巻の上から法衣をひっかけたが、 胸板の金物が、ともすると着物の合せ目から見えるのを、 無理にひっぱって、しきりに衿《え…

  • 【平家物語34 第2巻 教訓①】〜The Tale of the Heike🌹

    陰謀荷担者のほとんどすべてを捕え、 これを幽閉した清盛は、 まだそれでも気の済まないことが一つあった。 いうまでもない、陰謀の本当の元凶というべき法皇を、 目と鼻の先に野放しにしていることだった。 とにかく相手は法皇であって、西光や成親とはわけが違う、 うかつに手の出せないことが、 余計、彼を焦々《いらいら》させていたのである。 やがて清盛は、 赤地錦《あかじにしき》の直垂《ひたたれ》に、 黒糸縅《くろいとおどし》の腹巻、 白金物《しろかなもの》打った胸板《むないた》を着け、 愛用の小長刀《こなぎなた》をかいばさんだ 物々しい装立《いでた》ちで、側近の貞能を呼びつけた。 清盛の前に伺候した貞能…

  • 【源氏物語662 第21帖 乙女17】内大臣は「人生などというものは、せめて好きな楽しみでもして暮らしてしまいたい」と言いながら夕霧に杯を勧める。雲居の雁の姫君はもうあちらへ帰してしまったのである。

    「こちらへ」 と宮はお言いになって、 お居間の中の几帳を隔てた席へ若君は通された。 「あなたにはあまり逢いませんね。 なぜそんなにむきになって学問ばかりをおさせになるのだろう。 あまり学問のできすぎることは不幸を招くことだと 大臣も御体験なすったことなのだけれど、 あなたをまたそうおしつけになるのだね、 わけのあることでしょうが、 ただそんなふうに閉じ込められていて あなたがかわいそうでならない」 と内大臣は言った。 「時々は違ったこともしてごらんなさい。 笛だって古い歴史を持った音楽で、 いいものなのですよ」 内大臣はこう言いながら笛を若君へ渡した。 若々しく朗らかな音《ね》を吹き立てる笛が…

  • 【源氏物語661 第21帖 乙女16】姫君(雲居の雁)の十三絃の琴を弾いている髪つき、顔と髪の接触点の美などの艶な上品さに 父の大臣がじっと見入っているのを知って恥ずかしそうにしている横顔が美しい。

    姫君がこぢんまりとした美しいふうで、 十三絃《げん》の琴を弾いている髪つき、 顔と髪の接触点の美などの艶《えん》な上品さに大臣が じっと見入っているのを姫君が知って、 恥ずかしそうにからだを少し小さくしている横顔がきれいで、 絃《いと》を押す手つきなどの美しいのも 絵に描いたように思われるのを、 大宮も非常にかわいく思召《おぼしめ》されるふうであった。 姫君はちょっと掻《か》き合わせをした程度で 弾きやめて琴を前のほうへ押し出した。 内大臣は大和琴《やまとごと》を引き寄せて、 律の調子の曲のかえって若々しい気のするものを、 名手であるこの人が、 粗弾《あらび》きに弾き出したのが非常におもしろく…

  • 【源氏物語660 第21帖 乙女15】「(明石の上は)聡明な人らしいですね。姫君を産み 自分がつれていては子供の不幸になることを理解し、奥様に姫君を渡したことを感心して聞きました」内大臣はそう話した。

    「その山荘の人というのは、幸福な人であるばかりでなく、 すぐれた聡明《そうめい》な人らしいですね。 私に預けてくだすったのは男の子一人で あの方の女の子もできていたら どんなによかったろうと思う女の子をその人は生んで、 しかも自分がつれていては子供の不幸になることをよく理解して、 りっぱな奥さんのほうへその子を渡したことなどを、 感心なものだと私も話に聞きました」 こんな話を大宮はあそばした。 「女は頭のよさでどんなにも出世ができるものですよ」 などと内大臣は人の批評をしていたのであるが、 それが自家の不幸な話に移っていった。 「私は女御を完全でなくても、 どんなことも人より劣るような娘には …

  • 【源氏物語659 第21帖 乙女14】大臣は、母の大宮に、嵯峨の山荘の明石の上が、琵琶が非常に上手だあるという話をした。大臣は大宮に琴を引くことをお勧めする。

    「琵琶《びわ》は女が弾くとちょっと反感も起こりますが、 しかし貴族的なよいものですね。 今日はごまかしでなく ほんとうに琵琶の弾けるという人はあまりなくなりました。 何親王、何の源氏」 などと大臣は数えたあとで、 「女では太政大臣が嵯峨の山荘に置いておく人というのが 非常に巧《うま》いそうですね。 さかのぼって申せば音楽の天才の出た家筋ですが、 京官から落伍《らくご》して地方にまで行った男の娘に、 どうしてそんな上手《じょうず》が出て来たのでしょう。 源氏の大臣はよほど感心していられると見えて、 何かのおりにはよくその人の話をせられます。 ほかの芸と音楽は少し性質が変わっていて、 多く聞き、多…

  • 【源氏物語658 第21帖 乙女13】二人の恋人が書きかわしている手紙が、幼稚な人たちのすることだから、抜け目があって、姫君付きの女房が見て、二人の交情がどの程度なのか合点する者もあった。

    東の院へ学問のために閉じこめ同様になったことは、 このことがあるために若君を懊悩《おうのう》させた。 まだ子供らしい、そして未来の上達の思われる字で、 二人の恋人が書きかわしている手紙が、 幼稚な人たちのすることであるから、抜け目があって、 そこらに落ち散らされてもあるのを、 姫君付きの女房が見て、 二人の交情がどの程度にまでなっているかを合点する者もあったが、 そんなことは人に訴えてよいことでもないから、 だれも秘密はそっとそのまま秘密にしておいた。 后《きさき》の宮、 両大臣家の大饗宴《きょうえん》なども済んで、 ほかの催し事が続いて 仕度《したく》されねばならぬということもなくて、 世間…

  • 【源氏物語657 第21帖 乙女12】大臣の姫君 雲居の雁は大宮に引き取られ育てられた。源氏の若君の夕霧の従姉妹。この少女と少年は小さな恋人同士になった。

    幾人かの腹から生まれた子息は十人ほどあって、 大人になって役人になっているのは 次々に昇進するばかりであったが、 女は女御のほかに一人よりない。 それは親王家の姫君から生まれた人で、 尊貴なことは嫡妻の子にも劣らないわけであるが、 その母君が 今は按察使大納言《あぜちだいなごん》の夫人になっていて、 今の良人《おっと》との間に 幾人かの子女が生まれている中において 継父の世話を受けさせておくことはかわいそうであるといって、 大臣は引き取ってわが母君の大宮に姫君をお託ししてあった。 大臣は女御を愛するほどには決して この娘を愛してはいないのであるが、 性質も容貌《ようぼう》も美しい少女であった。…

  • 源氏物語656 第21帖 乙女11】梅壺の前斎宮が后におなりになった。女王の幸運に世間は驚いた。源氏が太政大臣になって、右大将が内大臣になった。そして関白の仕事を源氏はこの人に譲ったのであった。

    皇后が冊立《さくりつ》されることになっていたが、 斎宮《さいぐう》の女御《にょご》は 母君から委託された方であるから、 自分としてはぜひこの方を 推薦しなければならないという源氏の態度であった。 御母后も内親王でいられたあとへ、 またも王氏の后《きさき》の立つことは 一方に偏したことであると批難を加える者もあった。 そうした人たちは弘徽殿《こきでん》の女御《にょご》が だれよりも早く後宮《こうきゅう》にはいった人であるから、 その人の后に昇格されるのが当然であるとも言うのである。 双方に味方が現われて、 だれもどうなることかと不安がっていた。 兵部卿《ひょうぶきょう》の宮と申した方は 今は式部…

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