至高の自由至高の自由とは王にもなり乞食にもなることだわれらの魂はそれをやっているのかもしれぬ永遠にも似た長い時間を掛けて暴君と奴隷と聖人と破廉恥漢と賢者と愚者とあらゆる記憶を内に持ちその果てにすべてから身を剥がしその余韻を堪能しつつ摂理の織物を見渡すそこに至って初めて真の自由があるそして新たな創造への始まりがある第396日至高の自由
苔仏誰も通ることのない山道の小さな石仏のようになれば風はまた囁き始めるのかもしれない谷間の短い陽が石の表を暖めほのかな笑みを湧き出させてくれるだろう時は静かに降り積むだろう苔は生えそして剥がれ落ち私の顔に陰影を刻むだろうやがて山が崩れる時私は砂や石と共に地の深くに沈み大いなる造山運動に連なるだろう第395日苔仏
土地の味土地の食べ物はどれも深い味わいがある貧しい地域の貧しい食べ物でも風土と融け合って熟成しているその本当の味はそこに暮らして初めてわかる気候と生活習慣そして歴史ふらりと行って味わえるものではない今は世界中の美味珍味が味わえるけれどそれは珍しいだけ体に沁み入るというものではない私の風土の食べ物は駅前のそば屋の天ぷら蕎麦私の暮らしと歴史に沁み入る美味第394日土地の味
作品と死必死に栄養を奪い取ろうとする貪欲さがなければ芸術と出逢うことは無意味だ作品は誘惑するその誘惑に乗って自らを破壊しさらには作品を穿ち壊して己が栄養にしなければならぬわれらは作品の中に死ぬが再び蘇ってくる少しばかり光と闇を身につけて芸術は二重なのだ作品の中に死ぬことと作品を壊して生き延びることと第393日作品と死
風呂焚き薪割りをしたいぶっとい木をすぱんと割ってすらりとした薪をうずたかく積み上げたいその薪で風呂を焚きたい紫の煙が夕方の光に輝く中でヒグラシの声の響く林を見つめて湯にゆったりと浸かりたいたったそれだけの夢なのに途方もなく遠く叶わないものになりプラスチックの棺桶のような味気ない風呂に身を沈め私は少しばかり涙を流す第392日風呂焚き
松虫草いつかの夏美ヶ原で出逢った一輪の松虫草に私は今も恋している紫とも青ともつかぬあの花だけが輝かせていた心に刺さる色を今も手繰り寄せようとしている若い頃電車で乗り合わせた見知らぬ少女に何日も恋したように何年も恋し続けているけれどももうあの地を訪れたくない似た花を見てあの色を忘れてしまうのが恐い一瞬の永遠の恋のまま持ち続けたい第391日松虫草
不明隣の人はどんな世界を見ているのかまったくわからないこの不思議大して違いはないと皆思っているけれど案外とんでもなく違っていて仰天することもある科学がいくら進もうが教育がいくら普及しようが隣の人はわからないどうであれ大したものじゃないというのも間違いではないがわからないということは大事だ第390日不明
進歩二千年前の人間と今のわれらは果たして同じ人間なのか進歩したようなしていないような同じ物差し上にはいないような仏典や福音書の言葉がいまだにわれらの心を抉るのなら人間は変わらないということかいや先端の知性は明らかに進歩しているしかしながら底部は変わらないこの幅が進歩ということなのか第389日進歩
土地の色村境の尾根へと登っていく道はこぎれいに整備されていながら落ち葉の掃除は手抜きになっていて妙なちぐはぐさを漂わせている向こう側に期待して登っていく人もいれば不安や気鬱で足を引きずる人もいるだろう何かよいものが来る道と見る人もいれば疫病が侵入してくる道と見る人もいるだろうわれら都会人が暮らすのっぺりとした空間はそこにはない村のどこもが濃厚な色で塗り分けられ都会人は土地というものを失っている境というものも道というものすらもそれは呪縛からの解放なのだろうか第388日土地の色
発信天使だか悪魔だかが地上に向けて何かを発信し何人かが知らずにそれを受け取るあちこちで同時に同じ出来事が起こる歴史上の並行現象もある似たような犯罪の同時多発もある創作物のモチーフが似通うこともある伝播や剽窃では説明できない人類共通の無意識というものがあるのか送ってくる超越存在がいるのかそれはわからない人間の独創はすべてが独創なのではないなにがしかの発信された信号を受けているわれらの内には不思議な受信機があるのだ第387日発信
竹藪竹藪に月の光が差し込むとかぐや姫がいくらでも湧いてくるちょろちょろと走り回り三つ四つ踏みつぶしそうになる光が少し弱まると破れ傘を差した一つ目のぬらりひょんが自分の影を追い回して竹にぶつかりながら走る月は狂気であり竹もまた狂気であるそれが重なり合う場所は危険だ雲が湧き風が吹いて私は正気に戻る今度は何もない薄闇が怖い第386日竹藪
創造創造の大思念は光となって流出し暗黒の岩盤に無限の像を刻んでいく暗い岩盤はゆっくりと半透明になりやがて光り始める光はさらに深い岩盤へと向かうわれらが見るのはぼんやりとした光の反射そして像の削り屑それでもわれらは求める像の真実の姿とそこに宿るかすかな光を第385日創造
カルキカルキのにおいを嗅ぐと小学校のプールを思い出し水泳がからっきしだめだった苦い記憶を思い出すそれはある領域の可能性がまったく閉ざされているという自覚悲しいわけではなくただ水は無縁だと静かに悟った人生は完全なパイではないあらかじめどこかが欠けている私にとって泳ぐという領域はなかったほかにもいろいろ欠けているところはあるがカルキのにおいはいつも人生の不思議さを私に突き付ける第384日カルキ
末期の景色この風景を見ながら死にたいそう思った風景がいくつかあったもうほとんどは忘れてしまったがいくつかはおぼろげに残っている今のわれわれは病院の集中治療室の白い光を見ながら死ぬのだろうそれはみじめなことではないのかそろそろ潮時と思ったら特別な薬を持って出掛け愛おしい風景を見ながら死ぬそんな簡単なことがなぜできないのか何をじたばたしているのか本当に人間というものはわからない第383日末期の景色
仕事毎日同じ仕事をしていると仕事と格闘することは減り自分と苦闘することになる今日は調子が悪い今日は頭が冴えている今日は何も感じない四の五の言わず一心不乱に格闘できる仕事があればいいがそういう仕事は多くはない人が本当に求めているのは苦しくてやりがいのある仕事世はどんどんそれと反対に向かっている第382日仕事
老いた海年老いた海よもうあなたは許してくれないのか静かに呑み込んではくれないのかわれらはそれほど傲慢の罪を犯したのかもうあなたは穏やかな四季を支えてはくれない澄み切った冬や白く輝く夏さえわれらを避けるようになったあなたは呑み込み始めるのかこのけがらわしい街々を自らを苦しめながら年老いた海よいっそすべてを凍らせてくれその後に生まれ出る澄み透った春のために第381日老いた海
グノーシス讃天界から追放された魔王がこの世を創ったという神話は妙に深い味わいがあるまあそうかもと同意したくなる至聖にして絶対善にして全知全能たる神が創りたもうたにしてはこの世はあまりに歪み過ぎているそれは不自然な思いではないこの世は悪魔が創り悪魔は人の魂と肉体を拉致した無力な霊のみを神の国に置き去りにしてそうわれらの霊ははるか天界にあるのかもしれぬこの世を彷徨う魂と肉は常にそれを探し求めているのかもしれぬ第380日グノーシス讃
おフランスかぶれバルバラの陰鬱で甘美な歌は私をパリの土に埋める湿った森と薪の匂いいやそれはオーヴェールの記憶か?夕日の美しい輝きはサンリスの化石になった街を照らし初夏の午後の風はエルムノンヴィルのポプラを揺らす私の愛するフランスはどこにもないフランスただ詩人や画家の幻の中にあるもうおフランスかぶれはやめた今の私は日本かぶれだどこにもない日本を求めて第379日おフランスかぶれ
古漬けネタを探して心の奥底を引っかき回す糠味噌の壷の深いところを探るように何十年前の野菜の切れ端が焦げ茶色になって見つかる発酵に発酵を重ねてだが腐っているわけではない妙ちきりんな味がするが独特な風味があって食えないということはないけれども糠床独自の匂いが強くてとても人様にお出しできないいささか残念である第378日古漬け
壁巨大な壁が行く手をふさぐ私はしゃがみ込み絶望の叫びを上げる私は壁にどんな言葉を刻むべきか進めない怒りの言葉か至り来た感謝の言葉かこれもまた創造の意図なのか被造物の定めなのかそれとも私の罪への裁きなのか虚しく希求し叫び続けるしかないそれが私のささやかな供物第377日壁
もがく希望はより高く絶望はより深くそのあわいに引き裂かれているがいい手は吊り上げられ足は重しを下げられその間でもがく苦しみに生き続けるがいい人間として生まれた以上その苛酷に挑まなければならぬそれが創造への責務幸福なんて余計なこといやそんなものは存在しないそれが人間のさが第376日もがく
抗え抗え生きるために外の不条理にも内の悪魔にも自動性も宿命も理性の眠りも打ち壊して人はできるのだ安逸を拒否することも苦しみを楽しむことも人は自由なのだ自身で選び取るのだそのために抗え第375日抗え
光の子光の子供たちよその光を忘れるなやがて地上の生き物となり泥にまみれて生きるようになっても内には悪魔が育ち巷には妖魔の篝火が揺れるそして悪しき言葉が嵐となって襲うお前は泥の子だと弱きものを慈しみ輝く雲を愛で高きものを見つめるその一筋の光を忘れるな君たちの光を通してこの泥の世はかろうじて息をつく第374日光の子
幾何学模様目を閉じて指で押さえると時折細かい格子模様が光るこんな幾何学図形が私の内のどこに組み込まれているのか網膜?神経?脳?柔らかい生体なのになぜ確固とした格子が描ける?不思議で仕方がないそれともわれわれは電子的な幾何学機構なのか単純な数式が動かしているのかあるいは幾何学や数式自体ぐにゃぐにゃなわれらの体や心のひとつの表現様態に過ぎぬのか第373日幾何学模様
星の爆発ベテルギウスの超新星爆発はまだ起こらないのだろうかそろそろこっちの寿命が尽きるので早くしていただきたい夜空に月よりも明るく輝き昼には青空にくっきりと白い花を光らせるそして拡がった花弁はオレンジに変わっていくそんな天体ショーが見れたらいいのにガンマ線バーストは地球に来ないというがこればかりはわかりません文明の崩壊はショーの代金としては少し高いあるいは天文学者も予期しなかった別の星の爆発でもいい夜空はもう少し賑やかでもいい気がする第372日星の爆発
川下り小舟に乗って緩やかな川を下る遡航するのではなく激流に揉まれるでもなく典雅な舟歌を聴きながら夢とうつつのあわいを漂いながらゆっくりと変わっていく景色を眺め淡い陽と風を味わい大河に出会うこともなく池に停滞することもなくなだらかな野を流れていくやがて大海に出て海の藻屑となるその日を待ちわびながらそれが幸福な人生か第371日川下り
恐れかつて人は恐ろしいものと共に生きていたいろいろな名前を持ちしかもその向こうに見え隠れする巨大なものに恐ろしいものは恐ろしいけれどもその恐ろしさが逆に余のものに彩りを与え生を輝かせていたのではないか今の人々が恐れるのは病と老いかその恐れは生を輝かせないそんな人間を改めて恐れさせようと何かが蠢いているそれが賦活なのか死の宣告なのかはわからない第370日恐れ
呪い触れるものすべてが石になっていくこの呪いは解けることがあるのか作り上げたものも得たものも輝きはない愛おしくない誰が私を呪ったのか私自身なのか私の背負っている業なのかそれならあらゆるものに触れてやろう壮大な石の山を積み上げ崩れたそれに埋もれてやろう第369日呪い
踏み外し家族がいてご近所さんがいて同僚や友達がいる暮らしはいいけれど変なことを考える人間にはどうも居心地が悪い変なことを考えなければいい明るく健やかに暮らせばいいけれど考えてしまうのだから仕方ないそして段々落ちこぼれていく幸せに生きたかったら変なことを考えるのはおやめなさい生の秘密とか存在の意味とか考えたって答えは出ないし得にもならないだからおやめなさい「絶対に開けるなよ」と貼っておきなさい第368日踏み外し
聖霊派に毛布のようなマントを着て木の棒を杖につき石だらけの道を歩む清貧の修道僧は地面にへばりつくようにしてかろうじて生きている村をもうじきやってくる聖霊の時代の美しい神の国として眺めていたその目に映っていた神の国はどんなものであったのか長い時の流れに失われてあの一途な純粋さはもうどこにも残っていないのか賢くなったことで失ったのか第367日聖霊派に
【番外】一年になりました一年になりました長いと言えば長いしあっと言う間とも言えるしでも千日にとっては三分の一ちょっとたとえゴミのようなものであろうと毎日毎日を詩(のようなもの)と共に過ごしていけることはささやかな幸福千に行き着くまで生きていられるか自分だけでなく時代も怪しくなってきたけどまあそんなことを考えても詮無いせめて一つの澄んだ叫びが生まれて広大な世界のどこか片隅にいる誰かに届くことがあればと願いつつ【番外】一年になりました
入り江の町坂の多い古い町は入り江のとろける海面を眺め物思いに耽っているかつて多くの漁師が集った神社も今は人影がなくまどろみの夢のような花ばかりが咲きこの町はこうして死んでいくのかそれとも別の姿で蘇るのかまるで想像もつかず過去も知らず未来も知らずそれでもどこかに永遠の香りを立てるそんな古い町はいとおしい第366日入り江の町
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