捨てる幼い日々に別れを告げたのはあのぬいぐるみを捨てた時だったか若い日々に別れを告げたのはあの登山靴を捨てた時だったか大人になった私はその後も折に触れて何かを捨ててきたそれまでの自分を捨てて新しい自分になろうとしてけれども私は新しくなれずただ貧しくなっただけどこで間違ったのだろうかやがて私はこの世に別れを告げるその時には何を捨てるのか今度こそ新たな自分になれるのか第243日捨てる
汚物歩いている道にはゲロや糞がちらばっている踏まないようしげしげと見ないようゲロや糞はあるんだよいくら完璧に統御しようとしてもどこからかそれは生まれてくる生み出す輩は生み出されるゲロや糞のない世界を作ろうとするとファシズムになるもっと恐ろしいものが生み出されるゲロや糞はあるものだとさらりと諦めるほかはないそして自分がゲロや糞にならないように第242日汚物
腰を上げる風景をじっくりと味わった後にさあ行こうかと腰を上げるその瞬間の何とも言えぬもどかしさもっと見ていたいもう見尽くしたその二つがせめぎ合い心は変にいらいらとするこの世を去る時も同じような気持ちになるのだろうかもっといたいともう充分というはいこれで満了という線をはっきり引けないそれがわれらのさがなのか第241日腰を上げる
食欲消化力より食欲のほうが上回っているという異常事態おお胃薬過剰な食欲というものはどうも体が発しているものではなく何か別のものが暴れているらしい心なのか精神なのか体はいい迷惑をしているのだろう可哀想に首謀者は反省しなさい体をたくさん動かして旺盛になった正常な食欲を満たすそれが幸福だけれどできない第240日食欲
怨憎会苦怨憎会苦:いやな奴と出会う苦しみまったくだこいつさえいなければという存在を天は必ず遣わしてくるまあ向こうもそう思っているのだろうねお生憎様お互いに人間の逃れられない八苦の一なのだから諦めるほかはない反目も闘争も創造の不可欠要素平和主義は現世の方便でしかない天界の闘争は恐ろしく熾烈なものだという嫌ってはいけませんなどというのは無理な話嫌いつつ攻撃しない術を身につけるしかないね第239日怨憎会苦
ジジイの虫干しサウナの露天風呂はジジイの虫干し自分もその一人だが何とも索然とした光景長い時間を生きてきてくたくたになったその肉体はけれども醜いというわけではなくただ奇妙奇天烈生き物は日を浴びて育つがジジイはもう育ちようがないもっとしなびるために日を浴びるのか彼らはそのまま死にたいのかも生まれ立ての赤子のように身も心もすっぽんぽんで第238日ジジイの虫干し
杞憂杞の国の男は空が落ちてこないかと心配したが現代の宇宙科学者はガンマ線バーストがいつ襲来するか心配している心配することは間違っているのではない心配しても意味がないからといって心配がなくなるわけでもない人間は杞憂を続けるしかないしかしもしも創造が創造であるなら創造が無に帰すことはない形相は激しく変化することはあっても創造が創造であることを受け入れる時初めて杞憂は無意味な心配になるけれども人は杞憂のほうを選ぶ第237日杞憂
醤油三回洋食が続くと醤油ものが食べたくなるあわてて蕎麦をゆで濃いつけ汁で貪る恐ろしい呪縛だわれら日本人は醤油なしで三日も生きられない海外旅行にすら持っていかねばならぬ塩辛くて臭くてねっとりしたこの奇妙奇天烈な液体どうもこれこそが日本そのものらしい成田に降り立つと空気の底に醤油の香りがするという醤油壷に棲息するのが日本人なのか第236日醤油
出立いくらもういいと思っても体がへばらぬうちは簡単にあちらへは行けぬらしいやんぬるかなあと一年と決めたところでそれが迫ってくればいやもうちょっととじたばたするだろう体がぼろぼろになって痛くて苦しくてもう勘弁となってようやく許されるのだろうか体と心が息を合わせてさあ行こうと立ち上がるそんなふうであれたらと願う第235日出立
人工どこを見回しても何もかもが人間の作ったものそんな景色から逃れたい人間の思い計らいから離れたいこう使うものですよどうですこれで便利でしょう見事に計算されているでしょう作られたものはそんな自慢ばかりする役に立たないどころか生命力に荒れ狂って暴れるそんな自然がむしろ安堵する人の意図なしには生きられないけれど人の意図ばかりでは息が詰まるこれは人間のわがままか第234日人工
眠り元素眠り元素というものが体内にある科学では突き止められていないけれど感覚として間違いなくあるそしてこいつの取り扱いはとても難しいわずか五分の居眠りで雲散霧消したり逆に寝るべき時間にこの元素がなかったり何時間も余計に眠っても消化されず溜まっていたり朝昼に眠くないのは幸運夜に眠いのは幸福けれどそううまくは行かない眠り元素の統御法が見つかったら人類は間違いなく悪用するだろうだからままならないのが幸せなのかも第233日眠り元素
富士山富士山は山とは違う何かなのだとてつもなく変な何かなのだ富士山は嫌いだった形があまりにお定まりで登っても面白くなくそのくせどの山よりも高い登る山ではなく恋しく眺める山でもない麓で暮らしたいとも思わないけれども見知らぬ街で突然思い掛けぬ方向に出現する時富士は幻となり神に似る第232日富士山
刑期短縮酒も煙草も暴食も長生きしないためにやっているのかもしれぬで何か問題が?ぶっちゃけ六十五くらいで充分八十年も九十年もこの牢獄に捕らわれ続けるのはさすがにきつすぎるなどと生意気を言っているとぼろぼろの体で八十九十まで生きてしまったりああ神様そんな意地悪はやめてくださいどうかどうかお願いしますと祈りながら今日も酒を飲む第231日刑期短縮
もうじきある朝トイレで任務を遂行し終わった後私は突然声を上げたおい、マジでそろそろおしまいだぞどうすんだよ、先生先生というのが誰なのか私は知らない私の肉体なのか私の知らぬ私なのかそう、もうじき終わるいくらかどたばたはあるにしてもやはりいささか侘びしい応えは返って来ない少しまずい気もするしそれでいいような気もする第230日もうじき
中途半端ある日突然目の前の光景に驚く壮大な建築の狭間を機械に乗った人間が動き回るこれは一体何なのだろう人間は自然が偶然造り上げた産物だとしたらこの都会も自然の偶然の産物?いや違う神が創造したもうた世界?真と善と美のイデアが具現化された世界?いや違うこの中途半端で奇妙な世界は悪魔の戯れなのかわれわれもまた第229日中途半端
言葉ひとつの言葉が人々の狂気を煽り恐ろしい悲劇を生み出すそういうことはしばしばある元は美しい言葉だったのにいつの間にか闘争と攻撃の言葉になり弾圧や虐殺の聖印となるこの理解不能な悲劇むしろ言葉が人を動かすことが金輪際ないようにと願ってしまうほどにそれでも言葉は人を動かすものであってほしい真理への誘いであってほしい第228日言葉
苦渋思い出を慈しむことが私にはできないらしいどの思い出も輝きよりほろ苦さをまとっている愚かなことばかりしてきたのかそれとも別の理由があるのかそういう人間はとても幸福にはなれないわずかばかりの輝く思い出はどれもが自然の光景ばかり人との関わりがつくづく下手なのかアルバムを手繰って来し方を懐かしむ人たちは幸福そうだどうして私はそうでないのか自分で訝しむ第227日苦渋
埒外すべてが見えないものによって動かされ保たれているそうでないのは機械だけだとすると機械は創造への反逆なのかやがて人工知能が発達し人間の作業の代わりをするというしかしそれは創造の埒外何か不気味な匂いがする見えないものはその働きを統御するだろうか暴走したらそれは創造の秩序を乱さないだろうか逆に悪魔がそれを利用したりしないだろうかそれは単なる古い思考の妄想だろうかけれどインターネットを開いてみればそこには悪魔に似た貌が走り回っていないだろうか第226日埒外
塩酸塩酸は身近な凶器尿石やコンクリートを溶かし繊維や皮膚を焦がすその凶器をわれらは胃の中に隠し持っているおお恐るべき戦士時折消化不良で自爆する間抜けだが学校で教わりました塩酸を得るには食塩水に電気を流し発生した何たらをどうたらこうたらしかしわれらの胃袋に電気はついていないどうやってか胃は塩酸を作り出すわが体ながら不思議なことこの上ない第225日塩酸
破壊ずどんと一発脳天をかち割ってくれないかなこの固まってしまった心を新たに組み直したい知恵をつけてきたはずなのに実は水路が固定して決まった仕方でしか思念が走らないそんな不自由に落ちている気がする願わくはとんでもない真理の感得とか至上の神秘体験とかをしてみたいが凡夫には叶わぬ夢闘病か倒産か投獄かを経験すれば人間変わるよと人は言うけれどそれはちょっと願い下げにしておく第224日破壊
輝き子供の頃世界は狭かったが小さな事物が濃厚で強烈だった大人になって世界は拡がったが事物は輝かなくなった小さなプラスチックが些細な言葉がふと見上げた空がどれほど驚異に満ちていたか事物を輝かそうと引き籠もって世界を狭めてみてももう輝きはどこにもないもう世を味わい尽くしたのか何かが死に絶えてしまったのか私はがらくたの茫洋とした海に佇む第223日輝き
ひねくれ世の八割が右だと言ったら左を選ぶそういうひねくれ心が私にはあるらしいいつか学んだことなのか生来の何かなのかはわからない気取りや傲慢と非難されそうだがそんな気張ったものでもない日蔭を歩いてついにはドブに足を突っ込むわざわざそんな道を選んでいるのか二割のひねくれ者踏み外し者がいないと世は健康にはならないだろうとすると私の不幸も世のためになっているのかも第222日ひねくれ
シルク虫が吐き出す一本の糸を服に仕上げるというこの悪辣で神秘な企み(もっとも私は絹など着たことがないが)動物の毛を何とかして身にまとうというのはそれに比べれば無粋なことまだ草を柔らかくして羽織ろうというほうが素朴でいい私が女だったら一度でいいからヤママユガの黄金の糸の寝間着を素肌に着て寝てみたいと思うだろうそうして見る夢はどんな夢だろう繭の中で大空を羽ばたく夢を見るグロテスクな虫になっているだろうか第221日シルク
震えかすかに震え続けているものがある山の冷気に撫でられる小さな花のようにただかすかに震え続ける大きな波がやって来て去る激しい日照りがあり重い雪があるその奥でそれは震え続ける彼方からやってくる囁きに応えてこの震えが止まる時私の心は死ぬだろうこの世のいのちは尽きるだろう決して言葉にも音楽にもならぬ掴もうとしても逃げてしまうけれどこの震えが私そのもの第220日震え
鬼ごっこ意識は頻繁に思いや感情に占拠され私は私自身を失う思いや感情に捉われている時そこにあるのは思いや感情だけ私はそこにいない私のことを注視している時私は私になるしかしその私は空虚奇妙で滑稽な鬼ごっこ私は私を捜すが私はどこにもいない第219日鬼ごっこ
銃破壊の意志が強固で鋭い塊となり猛烈な速さで相手に届く銃はある意味人類の夢だ残忍で非道でも人は銃が好きだ玩具の銃で遊ばなかった少年はほとんどいないだろう万能感が掻き立てられるのか悪魔の誘惑なのかそれとも神の模倣をするつもりなのかないに越したことはないがそう簡単には行かない人類はやはり異様なものを抱え込んでいる第218日銃
明かりは燭台の上に明かりは燭台の上に置くものだあなたが光を得たならそれを高く掲げなさいテーブルの下に隠してはならないその光を見る者は少ないしかしだからこそそれを掲げねばならぬ見る者は世を支えるだろうあなたもそうやって世を支えるのだがなり立ててはいけない押しつけてもいけないただ受け取ったものを高みに置くのだどこまで届くかなど考える必要はない無駄に消えていくことを恐れてもならないただ受け取った光は高みに置きなさい第217日明かりは燭台の上に
外冷厳しい寒さの中温かい布団にくるまっているのは至福出たくないトイレに行くのは一大決心怠け者のようだが内なる熱と外の冷酷それは生命の基本構図夏というのは熱量が敵になるそれは生命の逆倒だ外の冷たさに抗って熱量を作り出すそれが生命の自然だ心もまた第216日外冷
「ブログリーダー」を活用して、千日詩人さんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。