searchカテゴリー選択
chevron_left

カテゴリーを選択しなおす

カテゴリーのご意見・ご要望はこちら
cancel
プロフィール
PROFILE

浦和のたぬきさんのプロフィール

住所
未設定
出身
未設定

自由文未設定

ブログタイトル
風来坊の忘備録
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/tanuki2020
ブログ紹介文
石仏と狛犬と それから 落語を こよなく愛する  独居老人の 晴歩・雨読の日々 の雑感を 綴ってみました
更新頻度(1年)

104回 / 365日(平均2.0回/週)

ブログ村参加:2020/05/18

本日のランキング(IN)
フォロー

ブログリーダー」を活用して、浦和のたぬきさんをフォローしませんか?

ハンドル名
浦和のたぬきさん
ブログタイトル
風来坊の忘備録
更新頻度
104回 / 365日(平均2.0回/週)
フォロー
風来坊の忘備録

浦和のたぬきさんの新着記事

1件〜30件

  • 決断

    数十年我が書架に眠っていた本を引っ張り出す先日の本能寺の変に触発されての事歴史の群像はいかに『決断』したかそれを知りたくてのこと蘇我馬子は?坂上田村麻呂、楠木正成、毛利元就、伊達政宗、島津義弘、勝海舟は?彼らがその場に及んでいかなる決断をしたかをそれぞれ歴史小説風にまとめたもの前,三者については当方の知識が乏しいこともあり興味わかず飛ばし読みする「政宗謀反」の疑いを徳川家康ほか綺羅星の如く並ぶ大名列座の中でどう申し開きするか政宗が家と領土をかけての決断結果は「政宗は悪くはない」と出る勝ったのだ関が原の戦いは島津勢を置き去りにして大垣城に走った石田三成、養父の恩を踏みにじり裏切りに出た小早川秀秋みんな腹立たしい利己主義者だ「こんなバカバカしさの真っただ中で何故わしは死ななければならぬのか」島津義秋は考えたその結果...決断

  • 鬼と人と 

    大河ドラマで明智光秀が語られているがほとんどテレビを見ないので語ることはできない一度も見ないうちに最終回を迎える事になるだろうこの本では鬼(信長)と人(光秀)各々の独言が交互に語られつつ物語は進むその大団円はお決まりの『本能寺の変』本能寺の変は信長の遺体が見つからないことや光秀の動機が定かではない事から真実は何なのか謎の多い事件で真相は不明のままそれの絡んだ小説もいくつかミステリー小説で‐その結果受益が多いものが犯人だと推理するのだがその伝でいけば豊臣秀吉黒幕説は有力で秀吉に操られて事に及んだとの説にも説得力が他に朝廷が仕組んだとの説も有力ではあるが・・・・。私個人的には「鳴くまで待った」徳川家康の小説的な陰謀説に興味がひかれる但し、この本はあくまでも正統で「信長の酷薄残忍な鬼のような行為」とそれに対する「光秀...鬼と人と

  • 宮本武蔵 五輪書

    山本周五郎の短編小説に「よじょう」というのがあるこの作品は吉川英治によって剣聖として描かれた宮本武蔵に対する痛烈な風刺がある自らを売り込もうと見栄っ張りで,しゃっこばった武蔵を敢えて言えば吉川英治への怒りを込めた挑戦であると言われる詳述は避けるが好きな作品だ話は一転する野球の野村克也氏が監督時代「世の中に不思議な勝ち方はままあるが不思議な負け方はない負けるにはそれなりの理由があったはずだ」と語っている(余談だが私は野村監督嫌いで氏が阪神タイガース監督時代阪神ファンを自任していたのがその間野球を一切見なかった~~)閑話休題『五輪書』は宮本武蔵が自らの生涯を通じ見出した「武士としてのあるべき生き方」を著した書物で「地・水・火・風・空の5巻から成り立つ勝つことに徹した生き方型に捕らわれず、武具に執着せず、平常心を保ち...宮本武蔵五輪書

  • ま・く・ら

    ま・く・らと、言ってもステイホームをやらざるを得ない今日びのことだ1日寝て暮らすことではないもっとも一人暮らしの悲しさは寝るといっても一人寝るのは寝るのじゃないよまくら抱えて横に立つなんていう句があるからそれの近いか古い本をぽつりぽつりと拾い読みする「枕」は落語のイントロ本筋の現代では通用しなくなった言葉を事前解説する事も柳家小三治師匠のまくらはむしろ本筋の落語より面白いと、定評辛口でたしかな眼人生っていいなとこころあたたる話でご機嫌を伺いする俳句仲間(永六輔氏・加藤武・神吉拓郎・入船亭船橋等)との交流を綴ったのがわけても面白いお題を決めてオーソドックスに季語を踏まえての句会記録勿論、噺家らし,ユーモアもちょっぴり含んで且つ、真面目に呻吟《題:韮》・包丁の切れ味小気味韮の束・ざく切りの韮うずたかし博多の灯何やら...ま・く・ら

  • 当たり前の 生活

    蛇口をひねれば温水が出てくる給湯温度も意のままにこれが当たり前と思い込んでいた特に高度なとか便利にとか意識した事はなかった…それが当たり前な事と深く気にしたことはなかったが今日、朝飯後コーヒーと新聞とそれに日曜日楽しく見ている美術館番組至極のひと時をのんびりクツロイデいた陽光が差し込む天国のような部屋でそれが突如、窓ガラスをトントンとご近所のあまりなじみのない小母さんに破られる「水が噴き出してるよ」と当初、意味が解らず「折角のひと時を」「うるさいな」と思いつつも外に出て指摘の個所を見るなんということだかなりの勢いで噴き上げているではないかとても俺の手に負える状態じゃない世間、3連休のど真ん中「修理依頼は可能だろうか」「お金もかかりそうだな」市、水道局に電話休日対応の業者を教えてもらう30分後には如何にもプロのお...当たり前の生活

  • 山頭火を思う

    種田山頭火を詳しく知っている訳ではない酒と旅を愛した放浪の歌人以前、ブログのコメントに「寅さんみたい」と言われ、せめて「山頭火みてたい」ねと言われたくそう返信した程度わけ行ってもわけ行ってもあおい山いい宿で前が酒屋でうしろが山でこんな季語もない句が浮かぶけど今、改めて手近の本を見る山頭火の放浪の旅を追った著書だこれの気にいりの処を拾い読みする旅の日記と、ある佐賀県での宿での夜薄い布団に潜り込む前におこるなしゃべるなむさぼるなゆっくり歩けしっかり歩けそれ以前に日向の宿での自らに請願を今日一日腹を立てない事嘘を言わない事物を無駄にしない事乞食同様の修業中貰って食べ、貰って生きている身には難中の難だがゆきゆきたおれるまでの道の草佐世保の市街で病に寂しいと言えば寂しい恐ろしいと言えば恐ろしい数時間の休息で病気を忘れお経...山頭火を思う

  • 再会‼ 坂戸 にて

    早朝に家を出て川島に飛来した白鳥を撮りに時間的にもはや遅いのや承知の上ではあったが数羽居るだろうとの目論見は見事に外れ同様の思いからの若い女性がポツンといるだけで白鳥は朝食を求めて飛び去った後帰巣する夕方まで待たねば彼らと出会えない一旦街まで戻って出直すことにこんな時の為にと温めていた見どころとどこかで熱い珈琲でもと時間調整まずは「5千頭の龍が昇る聖天宮」へ国内現存の道教のお宮としては最大級のお宮不老不死の探究云々・といったことは無神論者の我が心には響きはしないのだが興味はそのあまりにも煌びやかで豪華絢爛の建築物と数々の装飾品にある神殿と皇帝の建物にしか使用されない黄色い屋根瓦が目を引くあとは竜宮城もかくやと思わせる台湾から一流の宮大工を呼び寄せ5年の歳月をかけ開廟したと伝わるあきれるほどに美しくただみとれるば...再会‼坂戸にて

  • 大泉院で帰依三法を思う

    大泉院は室町時代建立された曹洞宗の寺社再訪であるが「狛犬のいる寺」とのことしか印象に残っていないのだが、改めて訪ねその記憶の不確かさに驚く壮大さと何より石仏の豊富な事羅漢像はじめ境内のあちこちに散見される新旧とりどりの石仏に目が奪われる石仏目当てに改めて来なければと、思う程再々訪は別の機会にして近ごろ何故か興味をひかれるおさなごの石仏を見るこういったのに惹かれるのは私が老境に入ったという事かと、少し悲しく思うが「南無帰依三法」が目に付く帰依三宝とは人間として生まれ尊い仏の教えを知ることができたのだから命ある内に悟りを得たいそう願う者は「仏・法・僧」という3つの宝を受け入れ心からの帰依を宣言しようではないかと誘っているこのおさなごに理解できるかナ勿論、私にはまったく理解の外の話なのだ仏教徒ではない私は単純に石仏を...大泉院で帰依三法を思う

  • 川口 道合の富士塚で

    別に急ぎではない必要があるわけではないおまけに高齢者で基礎疾患がある風来坊などととぼけてこんな最中に寺社巡りなんてのを繰り返すのは不敬だ神仏の祟りがいつか・きっとわが身に降るかもしれないそんな思いの昨今妙な予感は当たった詳しくは未だ残っているプライドが許さないので語らない道合富士には、関東では珍しい仏式(修験道)の富士塚があると聞いて出かけたその際に天罰が下った富士塚山頂直下で・・・・この先は語らないが。。。ほうほうの体でたどり着いた山頂で奇妙なものを観たのは不思議なものだった俄かつくりのバラックのようなお堂の中は今まで観た事のない物が祭壇に。。修験道の世界ではこんなものか祭神も供物も観ちゃいけなかったのかしら何だろうこれは私の知らない世界に迷いこんだのかしらとわが目を疑う辺りを見回すこちらにも三本足の八咫烏が...川口道合の富士塚で

  • 所沢 東福寺の36童子

    成田山観音院東福寺は聖武天皇の御代に行基菩薩が創建したと伝わる古寺だが巨大な守護観音像20㍍を超す巨像が街を見下ろして存在感を誇示しているもう一方でお堂裏の斜面に沿いずらり並んだ36童子像にも興味を惹かれる不動明王密教、諸仏の最高位、大日如来の化身であり使者とも言われるのが鬼のような姿は必ず人々を救うとの決意の現われで人々の煩悩や厄災を力づくで悟りに導き救済するため害を与える魔物を降伏させるその為あの憤怒の姿になったとのこと・・・・・その不動明王を手助けする眷属(従者)が36童子その名を唱えれば悪霊は退散し、崇拝する者を守護し長寿をもたらすとされているこの童子の名を読誦する事により伝えられる功徳から、名前を読誦すると願いが叶えられると伝わる迷信とは知りつつも何とか縋りたくなるようではないか所沢東福寺の36童子

  • 観照院で石仏を観賞

    観照院はJR武蔵野線の東浦和駅と東川口のほぼ中央に位置し越谷市七佐町に在る日映山と号するここ近隣の開発をした会田七左衛門が4百年ほど前に開基の寺だ寺の名は開山者の法名「日映山観照」からついでに町の名も七佐(しちざ)から山門前で巨大な石像と出来のよい庚申塔に出会うじゃ今日の処は石仏鑑賞としよう屋根によしずを張った山門と不動明王が護る本堂が期待を抱かされる石仏は。。墓苑の石仏を含めればたくさんの石仏と出会えるのだが他人様の墓所なので撮影は遠慮した晩秋の一日こうした古い石像に囲まれていると何も無理してコロナの最中に奈良や京都に出かける必要ないなとお寺好きは考えてしまうのだかんしょういん埼玉県越谷市七左町5丁目観照院で石仏を観賞

  • 羽黒神社・川口

    一日の雑用を昼前に済ませて散歩に出る事前に調べておいた羽黒神社が今日の目的地地図に小さくその名が載ってはいるが初めての訪問期待はしていない往々にしこの種の神社は小さなやしろのみで期待外れの事も多く落胆させられる案の定神社の名は大きいが町内の集会場と、個人所有と思われる墓苑の片隅だがこう言った人知れずひっそりしたどこか穴場のような寺社は嫌いではない参拝を済ますと失礼しカメラを構える特にお断りすべき人もいないので無断小さいとはいえ六地蔵もあれば石仏も数点備わっている見れば末社のような社もここでいたずら心が扉が施錠されていなかったのを幸いにそっと開けてみると・・・これはまた。。。。。羽黒山との因縁はしらないが何でここにと思う知識の浅い身が知らないだけでそれなりの繋がりがあるのかもしれないだが私はとても悪い事をしたよう...羽黒神社・川口

  • 石田神社

    この道路わきに追いつめられてフェンスに囲まれどこから接近して良いのやら何とも荒廃感漂う神社が石田三成を祀る神社であるとの事信じ難い思いだが由来は三成の側室の孫が乳母に守られ幕府の追跡を逃れ、この地にやってきた逃げきれぬと観念し、大刀と孫をこの地の豪農家に預け養育を依頼したというその孫が先祖の霊を祀ったのが等、石田神社で一族の氏神となった・・・とか真偽のほどは定かではない武将・三成を祀るには余りにも貧弱ではないか歴史をひもとけば遺族はそれほど冷遇されたわけではなく生き永らえたと聞くどうもその点からも眉に唾つけたい話ではあり個人的には信じられぬ思いだ拝殿前の石に彫り込まれた各々4文字『万民安寧』『帝国静謐』気に入らないまるで戦時中の国民への戦意高揚のようではないか後日、備えられた物で在ればいいのだがそれにしても「石...石田神社

  • 稲魂社 浦和

    「稲魂」を「闘魂」と読み違えていたようだ近ごろ闘争心をなくし趣味の穴倉に閉じ籠っているばかりの自分自身を鼓舞するたっめにお参りすべきかと。。。。社会人生活をとうに卒業し競争社会とは決別「もう誰とも競わなくていいんだ」点数至上の世界とは縁を切って趣味の世界に自らを埋没させようと心に決めたなんと居心地の良い世界ではないかそお思ってきたここ数年それで通しただがそうは問屋が卸さないここににも点数社会が追いかけてきたしつこくも逃げようかそれとも適当にいなし避けようか闘争心を奮い起こし再戦するか方向定まらぬ中での稲魂社詣りなのだが来てみれば屋敷神ほどの小さけれど立派なやしろどっちつかずの我が心のように慌てるには及ばない大勢の友もいることだ成り行きに任せようかと、稲荷を参拝とうこんしゃさいたま市南区大谷場稲魂社浦和

  • 起志乃天神

    ふらりと立ち寄った小雨模様のこの日普段なら境内で遊ぶ児童の声がするのだがさすがにこの日は無人六百数十年前京都北野天神より勧鎮座したものであり「文教都市」を標榜する当地の守護神でありながら住人の移り変りと今次大戦の争乱から一時は荒廃の度を加えたようだが地元の方のご尽力により復活、今は地元に根付いていると聞く天神社、天満宮は菅原道真を祭祀とするようだ(別の説もあるようだが)道真が亡くなった後、平安京で落雷等の天変地異が相次いだことから「道真の怨霊が雷神となりそれが天に満ちた事がその名の由来と聞くその後、道真が優れた学者であったことから天神は「学問の神様」ともされ、多くの受験生が合格祈願に詣でる参拝して筆を買うように立ったとか当神社での参拝風景は知らないが、普段ここで遊ぶ学童たちもその時期になれば筆を買い求め合格を祈...起志乃天神

  • 神明社の福だるま

    中国禅宗の始祖達磨は南インドに生まれたというが実際は謎に包まれた人らしい嵩山の少林寺での厳しい修行が有名で「面壁九年」の故事が伝わる人々に生きる喜びと力を与えた菩提達磨は、150才あまりの長い生涯の終わりを日本で迎えたともいわれている『転んでも転んでも其の度に起き上がりまた一から始めなさい今度はきっとうまくいくでしょう』これが達磨の心とか神明社では拝殿の前でいきなり『福だるま』に出会う拝殿内にも・・・・以前は初詣の参拝者に縁起物として提供していたらしいがいつしかこうした形になったらしい赤い達磨は病厄を除け家内安全・商売繁盛を願い白い達磨は幸せを呼ぶという商売繁盛や幸せまでは望まないからせめて厄病退散だけ頼みますと、ちいさな明神様にひたすらの思いを込めて伏し拝んだきしまちしんめいしゃさいたま市浦和区岸町神明社の福だるま

  • 正一位 稲荷

    正一位は位階及び神階のひとつ諸王及び人臣における位階・神社における神階の最高位に位し、従一位の上にあたる因みに人物では国家に対し偉勲の著しい者が叙されている生前に叙された者は史上でも6人しかおらず没後追贈位が殆どでそれも織田信長を最後とし以降叙位の例はなく現、内閣制度下で叙任者はいないuikupedeiaより神社においても正一位が神格の最高位の称号で全国で20社ほどがこれにあたるそれなのにである国内に三万社あるという稲荷神社が」『正一位』名乗るのは不自然且つ尊大にすぎないか稲荷社を訪れるたびに考えることなのだ街中で観る小さな「やしろ」だけの神社には格式が高すぎないかとは日頃の思い鎌倉時代に後鳥羽天皇が京都伏見稲荷大社を訪れた際に¥分霊先でも正一位を名乗ることを許可したとされているらしい以来、全国に約3万ある「分...正一位稲荷

  • 第六天神社 さいたま

    『6』という数字にはどこかまがまがしいものを感じるのはなぜだろうか古い以前に観た映画(オーメン)のせいか頭に「666」の痣を持つ悪魔の子ダミアンを巡る物語の印象がいまだに心に残っているからだろうか「第六天」にも「魔王」との知識がかすかに頭の中にはあるのだが思い出せないこの神社との因縁はないのだろう素直に因縁を忘れ参拝しようか近郷近在に古くから尊崇されてきた当、第六天神社はふるさとの奉斎する謂れある土地の守護神であります縁結び、子育神、商売繁盛、厄除け神等民福安栄の象徴として後世までお祀りされ信仰され縁起の良い。。。と、標識には書かれているまがまがしさなんて一点もない先入観で観てはいけないのかなと思いつつ手を合わせるも不敬ながら第六天は悪魔だとの思いも消せず帰って調べなければなるまいと腹で考えての今日の天気のよう...第六天神社さいたま

  • 白幡 睦神社

    睦神社はもともと当地にあった富士浅間社に明治維新後に合わせて10社の神社を合祀して成立した神社で社号の『睦』は合祀で一つになった諸社及びその氏子が「睦び和むように」との願いを込めたものであるらしいその際の経過は不明ながら祭神はもとより氏子一同も果たして納得しての事なのだろうか気になるところ神様は素通りなのかしらあるいは明治の政府の強制的専断かしらとの邪推も働くのだがそんな思いとは無関係に風もなく汗ばむほどの陽気の中そんな過ぎた昔のことお前が考えるには及ばぬとばかりに境内はひっそりと・・・。しらはたむつみじんじゃさいたま市南区白幡白幡睦神社

  • 月読社 さいたま

    地名は「神田」と書いて《じんでん》神社は「月読」を《つくよみ》と呼ぶ生半可の知識を振り回すと恥をかくことになりそうどこにも仮名を振ってないから猶更だ神田の名はこの辺りは大古の昔伊勢神宮の神領であったその神領の中に一反五畝四歩の伊勢田との呼ばれる田があり農耕の守護神として祀られた。神田に因み村号を神田(じんでん)と名付けられたそうである月読社の由来は長くなるので省略するが明治時代には氷川社とし神田村の村社だったその後、村民の希望で月讀社と改称し祭神も須佐之男を改め月讀命としたとの履歴を持つようだ月読社の『月待行事』が当地で行われているかは辺りに人もおらず聞けなかった十五夜、十六夜、十九夜、二十二夜、二十三夜などの特定の月齢の夜「講中」と称する仲間が集まり、飲食を共にしたあと、経などを唱えて月を拝み悪霊を追い払うと...月読社さいたま

  • 七観音菩薩 川口法福寺 

    「花も咲いてないしなーんも撮るところ無いっしょ」落ち葉を掃き清めていたらしい女性に話しかけられる花の寺でもなく、ましてこの季節当然の問いかけ何にもないから良いんですと、答えて境内を見回すなるほど何にもない・・・があるではないか文化14年造立七観世音菩薩の石塔がかたすみにひっそりと観世音は世の人々の音声を観じて、その苦悩から救済する菩薩人々の姿に応じて人々の願いに応じ千変万化の相となるといい、その姿は三十三観音、六観音、とも評される天台宗では一つ加えて七観音だが当山は真言宗とあるいつの事か宗旨替えしたのかも知れない聖、十一面、千手、馬頭、如意輪、准胝、不空羂索を七観音と称し、六道輪廻の思想に基づき、観音が道に迷う衆生を救うという考えから生まれたものだとの事だが一つの石塔に七観音全て彫り込んだのは初めて拝見彫も深く...七観音菩薩川口法福寺

  • 五劫のすりきれ

    五劫思惟阿弥陀仏は頭髪が「アフロ」のような大きな髪形をしている経典によると阿弥陀仏が修行していた昔、もろもろの衆生を救わんと大願をたて五劫の間、頭髪をすることもなく思惟をこらしていた時の姿であるとのこと一劫とは四十里立法の大岩に天女が百年に一度舞い降り羽衣で撫でて、岩がすり減り小さくなり形が無くなるまでの気の遠くなるような永い時間の事だ五劫はそれが繰り返されること5回とんでもなくなが~いなが~い年月落語の「寿限無寿限無、五劫の擦り切れ」はここからきている珍しい五劫思惟阿弥陀仏を上尾・少林寺で観るここでは難しい仏教を簡潔にまとめ解説版で教えてくれるのがありがたい五劫についてもそれからの転載当山があの少林寺拳法との関わり合いについての解説はなかったと思うので不明だそれにしても落語って奥がふかいなー。五劫のすりきれ

  • 水仙の芽

    生前草花が好きだった亡妻が現状を見たら怒るか悲しむか荒れるに任せた我が家の庭足腰の利かなくなった身では除草もママにならないそんな中、気が付けば雑草と枯れ葉に紛れ水仙が芽を出し、成長しつつあるまだ少し早い気もする無事,開花を迎えることができるだろうか心もとない日頃草花に対し無頓着な私だ球根を植え替えたわけではなく放りっぱなしだ草花は人間と同じで手をかけすぎないほうが育つとは我が持論ではあるがこんな不精な庭に花が咲いたらそうら見ろちゃんと咲いたぞとあの世の妻に威張れるのだ水仙の花言葉は『うぬぼれ』持論が証明される日が来るのが今から待たれる水やりやらの手間をかけるのはやめて様子を見ようと思う水仙の芽

  • 真乗院(川口)巨樹の寺

    真乗院は日光御成道の鳩ヶ谷宿と大門宿との間にあり、日光社参の折に徳川将軍の御休所となったという往時に植栽の樹木が今や空を圧するほどの巨木となって街道を静かに見守っているこのうちコウヤマキは樹高4.8㍍市、指定天然記念物そのそばにはカヤやスタジイの大木もありまさに「巨樹の寺」だ静かに石仏と巨樹に見入っていると誰かから見られているような・・・。閻魔堂からかナ?違うようだどうようやらこちららしい君達は誰だ?スタジイの亀裂を格好の住家とした名は何というのかその方面に知識はないがどこかで見たことがあるような愛嬌もん団栗の精とその子供たちかしら?そんな訳はないのだが弁当を使う私にしきりに話しかけてくるような気がするお寺さんだってこんな「あそびこころ」があってもいい楽しく拝見、語り合う勿論、寺院だ石仏もあるのだがこちらに見と...真乗院(川口)巨樹の寺

  • 謎の石造物

    車道わきの小高くなったまるで古墳を思わせるようなところ柵に囲まれた石造物が3体以前から気になってはいたが交通量が激しい所で一瞬の間に通りすぎてしまい確認せぬまま今に至っていたが今日、その正体を確認三体の神代の時代のような装束の石造物何かいわくのありそうな気もするが結局、その正体は不明周囲に説明版らしきものはなぜか見つからない写光線の具合で写りが悪く恐縮だが個別写真をご覧いただくどこか既視感がありそうな気もするがなんとも思いは浮かばないこの辺りの地名が「石神」素人判断ではこの石造物と地名とはどこかで結びついてるような気がするのだがまだまだ我が狭小な知識では及ばない事がたくさんあるようだ謎の石造物

  • さいたま 常楽寺

    『常楽寺』の名にひかれ信号待ちの合間に目に付いたさみし気な寺に立ち寄る時としこんな勝手な動機で覗いた寺に思わず見とれる紅葉や石仏があったりする期待は見事に外れたお寺さんには済まないが想像とは違い見事に外れた荒れ気味な寺には紅葉もなければ気に入った石仏もない過度なそして不純な期待を抱いた我が方の過ちでありお寺さんの責任ではないわずかに本堂わきの石像に惹かれるものがあったので参拝記念に撮影するまぁそうそう偶然に期待を超える被写体に出会えるなんて事はめったにはないまして寺院は一風来坊の期待を満たすために存在している訳ではないのだからごめんなさい参拝の動機があまりにこちら本位でしたと謝罪して立ち去るじょうらくじさいたま市桜区上大久保さいたま常楽寺

  • 模索 続く。。。

    仲間内での「ハイキング」がいつの間にかその名も「ウオーキング」に変わった行動が制約される昨今本来ならこの碧空の下野・山を指して行きたいところだが近場歩きで糊塗するしかなく苦肉の策として手近ところの歩きとなった模様勿論、登り降り移動がつらくなった体力事情もあっての事でもあるだろうがそんなもの吹き飛ばすだけの『元気』が残っているうちは歩きまわりたいのだが野山を闊歩する日がいつか再び訪れることを期待して今はここいらでの楽しみを謳歌しようと思う模索の上の提案がここならばここで思いきり。。。仲間とおおいに語り、遊んだ一日だった模索続く。。。

  • 一山神社 さいたま

    ここの獅子山に乗った狛犬が気にいっているのだが樹木に遮られうまくいかない勇壮な姿が我が好みではあるのだがこの神社では毎年冬至の日に催される冬至祭において、火渡り神事が行われるこの祭りでは供物のユズを火に投げ入れるのでユズ祭とも呼ばれるこのところ日に日に寒くなってきた冬至にはまだまだ日があるのだが下見と狛犬を見るのとで訪れてみる祭礼は境内中央に積み重ねられたヒバの山の前で祝詞奏上などを行い火を付ける山の周りを神職が回り、燃え終る頃に宮司がユズを投げ入れ、おき火の中に道を作り塩を撒く宮司を先頭に次に講員はあらかじめ配布された人形(ひとがた)に家族の名を記し、行者が人形を納めた木箱を担いで火渡りし一年の災厄を清めるよく見る「火渡り」の行事であるがこれを間近に見、撮りたいものとの思いからの下見だったが危惧された如く本年...一山神社さいたま

  • むくろじ の ある寺

    穏やかに晴れた日カメラをぶら下げて出かけたいところ…だが昨夜からたまには家にいて「家事」とやらをやらねばと、そんなわけで数日前の記録からむくろじの大樹があるという寺を訪ねたむくろじは漢字で「無患子」と書く「無患子」と書くことから子供が病気をしないとその名が縁起が良いとされていた古くからその実は石鹸として使われていたり固くて黒い種が羽根つきの珠やつないで数珠の材料にも使われ使い込むごとに濃い光沢が出る為高級品として扱われたというそんなむくろじのある龍山院を訪ねる寺の名が何処となく気に入ったからでむくろじの存在も山門を入って初めて知ったロック歌集のダイヤモンド☆ユカイという人が「ムクロジの木」というのを歌っているのはつい最前知ったこの歌手を殆ど知らずてっきりお笑いタレントだと思い込んでいたほどだもちろん歌手と当寺院...むくろじのある寺

  • 客人社って何だ

    上大久保氷川神社これと言って変わったところのある神社ではない元々の鎮座地一帯が埼玉大学の敷地となったため、昭和41年に当地に遷座したというが今は街の幼稚園児の格好の遊び場になっているようだそんな神社の鳥居の片隅の小さな「やしろ」が気になる『客人社』って何なのだ見回したところこれと言って来歴や由緒を示す何物もない己の無知を恥じつつ調べてみるもこれも何やら難しくここに披露するのはお手上げだ思えば大宮氷川神社の摂社にも『門客人神社』があったがそれと関係あるのか?客人社は客人(まれびと)即ち他所からやってきたお客様だとPCが教えてくれる客人は民間信仰による神で神社の主神に対して対等或いはやや低い地位にあり曖昧な関係にある神格である旅の安全やら子孫繁栄を主とした村の守り神として信仰されたようであると一般にはいわれているが...客人社って何だ

カテゴリー一覧
商用