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ブログタイトル
鐔鑑賞記 by Zenzai
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/tsuba_001
ブログ紹介文
鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録
更新頻度(1年)

221回 / 365日(平均4.2回/週)

ブログ村参加:2019/04/01

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zenzaiさんの新着記事

1件〜30件

  • 駒引猿図小柄 後藤俊乗 Shunjo Kozuka

    駒引猿図小柄後藤俊乗駒引猿図小柄後藤俊乗俊乗は後藤八郎兵衛家二代。寛永十一年~享保六年、江戸時代中期の活躍。鎌倉時代、馬小屋で猿が一緒に飼われていたことを示す絵画があるように、馬と猿は深い関係があった。駒引猿図は決して多くはないのだが、武家の伝統を示す図として好まれていたようだ。赤銅魚子地高彫金色絵の、後藤家らしい作風。駒引猿図小柄後藤俊乗ShunjoKozuka

  • 軍馬図小柄 後藤悦乗 Etsujo Kozuka

    軍馬図小柄後藤悦乗軍馬図小柄後藤悦乗後藤悦乗と極められている小柄。松樹を倒さんばかりに綱を引く力強い馬の存在感がいい。気性の強い馬を乗りこなす武将の話は源平合戦の時代からある。度々紹介している宇治川先陣の図も、頼朝の気性の強い愛馬をめぐる物語が背景にある。加賀前田家は文化芸術に力を入れた大名。後藤家の力を借りたのも金工芸術の発展を考えてのこと。後藤宗家の作に比較して華やかな印象があり、加賀後藤と呼ばれる。軍馬図小柄後藤悦乗EtsujoKozuka

  • 三五桐紋散図鐔 後藤悦乗 Etujo Tsuba

    三五桐紋散図鐔後藤悦乗三五桐紋散図鐔後藤悦乗後藤悦乗と極められている無銘の鐔。悦乗は、後藤家の分家の一人で、加賀前田家にも出仕した名工。このように、後藤本家から分家した後藤家を、京後藤、傍後藤などと呼んでいる。あるいは脇後藤などと呼ばれて一格も二格の低く評価されがちだが、本家の作に決して劣らない、優れた作品を遺している。日本刀専門店銀座長州屋三五桐紋散図鐔後藤悦乗EtujoTsuba

  • 水月図縁頭 後藤光邦 Mitsukuni Fuchigashira

    水月図縁頭後藤光邦水月図縁頭後藤光邦光邦は悦乗と同人。水月は尾張柳生厳包が意匠した鐔にも存在する意匠。柳生流剣術の意味を秘めている。赤銅魚子地高彫に金銀色絵。デザインが優れている。波間に見え隠れする三日月。もちろんこのような風景など存在するわけがない。心象風景に他ならない。寛永十九年‐宝永五年。江戸時代中期の活躍。いわゆる京後藤は、後藤宗家から分家した後藤の流れを指す。宗家に比較して一段低く評価されているところもあるが、そもそも無銘物が多い状況下で、宗家と極められた作品の数の多さに比較して、京後藤と極められた作が少ないのはどうした事だろう。日本刀専門店銀座長州屋水月図縁頭後藤光邦MitsukuniFuchigashira

  • 寿老人図小柄 後藤悦乗 Etsujo Kozuka

    寿老人図小柄後藤悦乗寿老人図小柄後藤悦乗朧銀地片切彫の技法で彫り描いた作。時代の上がる後藤家の作風は、赤銅地あるいは金無垢地を基本とし、小柄であれば魚子地に高彫、金色絵あるいは金象嵌を加えて装飾とする。もちろん例外はある。ところが江戸時代に入ると、装飾性に多様性が求められ、宗家以外、即ち京後藤と呼ばれる分家の金工、中でも加賀前田家に仕えた金工などは宗家には見られないとても華やかな作品を製作している。この小柄も、後藤家にはない朧銀地を主体にしている。高彫ではなく片切彫であるところも興味深いところである。日本刀専門店銀座長州屋寿老人図小柄後藤悦乗EtsujoKozuka

  • 農作業図鐔 元廣 Motohiro Tsuba

    農作業図鐔元廣農作業図鐔元廣田植えの時期の農村風景。牛が主題であるかのように描かれている。安親の山水風農村の風景図鐔とは趣が全く異なる。鄙びた、土臭い中に生命感が強く示されているのだが、描写には洗練味が感じられる。元廣は京都の大月派に学んだ金工。作風は、大月風よりも後藤風の印象が強いところが特徴。農作業図鐔元廣MotohiroTsuba

  • 牛図鐔 庄内

    牛図鐔庄内牛図鐔庄内素朴な土臭い印象がある鐔。庄内というと東北地方の田舎と思われがちだが、北前船が運んでくる文化は多大で、決して田舎くさい作品を製作していたわけではない。庄内金工は真鍮地の作品を遺していることからの極めであろうか。極めは別として、牛のおどけたような表情が面白い。日本刀専門店銀座長州屋牛図鐔庄内

  • 巴牛図鐔 庄内 Shounai Tsuba

    巴牛図鐔庄内巴牛図鐔庄内庄名金工と極められた、巴状に構成された鐔。先に紹介した春田派の鐔と同じ構成。春田派の説明で、他に例がないような説明をしたが、この相似形はどのように見たらよいのだろうか。庄内の鐔は真鍮地。鉄地とは違った風合いであり、当然、迫りくる何かが違ってくる。この面白さは何だ。□巴牛図鐔庄内ShounaiTsuba

  • 巴牛図鐔 春田 Haruta Tsuba

    巴牛図鐔春田巴牛図鐔春田甲冑師の流れを汲む春田派の、図柄だけでなく鉄味もまた力強く魅力的な作。寝そべっている牛を下から見ているところが面白いし、他にない構成。牛というと、多くが横から見ているのだが、下から眺め、また真上から眺めた図は一際強みが感じられる。角が下に曲がって伸びている様子も強みがある。巴牛図鐔春田HarutaTsuba

  • 松樹に牛図鐔 西垣勘平 Kanpei Tsuba

    松樹に牛図鐔西垣勘平松樹に牛図鐔西垣勘平夕暮れ時、遠く沈む夕日を背景に、牛が影絵となっている。陰影が面白い作。松樹は肥後金工によくみられる遠見の松。牛の身体に毛彫が施されてはいるのだが強くなく、牛はほぼ陰影。西垣勘平の特徴が良く現れている。肥後金工も古正阿弥の影響を受けている。肥後金工の作の中には、現在、古正阿弥や正阿弥と極められているものがある。肥後金工の作であっても、古正阿弥や正阿弥の特徴が顕著であり、無銘であるがため、そのように極めなければならないのであろう。松樹に牛図鐔西垣勘平KanpeiTsuba

  • 放牛図鐔 古正阿弥 Ko-Shoami Tsuba

    放牛図鐔古正阿弥放牛図鐔古正阿弥室町時代の透かし鐔。陰影は江戸時代の写実味のあるものとは異なって古拙ながら味わいが格別。鄙びた感じがあり、やはり馬とは異なった力が感じられる。古正阿弥とは、江戸時代に各地で活躍した正阿弥派の祖流。鐔工個人ではなく、このような作風の鐔を製作していた一類を指すものであり、特に時代の上がるものを古正阿弥と呼び分けている。日本刀専門店銀座長州屋放牛図鐔古正阿弥Ko-ShoamiTsuba

  • 牛図鐔 長藩武信 Takenobu Tsuba

    牛図鐔長藩武信牛図鐔長藩武信長州鐔工の牛図。裏面には橋が描かれている。これも牛は橋を渡ることが許されないことを意味しているのだろうか。長州鐔工としてはあまり見ない題材のように思われる。鐔の丸みを活かした構成で、力強さが魅力となっている。牛図鐔長藩武信TakenobuTsuba

  • 放牛図鐔 知識 Chishiki Tsuba

    放牛図鐔知識放牛図鐔知識薩摩金工知識派の作と極められた鐔。柳の下で草を食む牛。鉄地一色の造り込みで、牛の背中を、常にない体毛の密集した様子まで彫り描いている。薩摩金工は、装飾性よりも実用的な鐔を製作している。だからというわけでもないだろうが、この鐔では図柄は簡潔な筋彫とされている。特に力強い印象がある。日本刀専門店銀座長州屋放牛図鐔知識ChishikiTsuba

  • 牛馬図鐔 愛壽 Aitoshi Tsuba

    牛馬図鐔愛壽牛馬図鐔愛壽馬と牛を対比させている。馬は軍陣で高級武将が備えたもの。荷車を引く牛とはおのずから存在感が異なる。だが馬はあまり長い時間を走れないという。牛はかなり粘り強く働く。牛には馬のような颯爽とした印象はないが、働きの質量が異なる。それぞれの長所を対比したものであろう。牛馬図鐔愛壽AitoshiTsuba

  • 梅に牛図鐔 林正光 Masamitsu Tsuba

    梅に牛図鐔林正光梅に牛図鐔林正光梅と牛の組み合わせは風雅だ。九州の大宰府に左遷された菅原道真のあとを追ってきた牛が、道真の危機に際してこれを助けたという。そのような伝説から、天神社には牛の像が必ずある。だが、この鐔は、放牧の牛と、梅の取り合わせで季節を表現したものであろう。牧場の柵が裏面に描かれている。林正光は江戸末期の会津正阿弥派。梅に牛図鐔林正光MasamitsuTsuba

  • 放牛図鐔 直之 Naoyuki Tsuba

    放牛図鐔直之放牛図鐔直之令和3年、丑年ということもあり、思い立って牛の図柄の彫り描かれた作品群を眺めている。これは、のんびりとした風景。牛というと十牛図が良く知られているも、広い野原でのんびりと草を食んでいる様子も図に採られる。ここでは桜の花が添えられて季節が明確。先に紹介した水牛図とは全く異なる世界観である。放牛図鐔直之NaoyukiTsuba

  • 水牛図小柄 浜野政随 Syozui Kozuka

    水牛図小柄浜野政随水牛図小柄浜野政随この迫力は政随の特徴。単に渡河の牛を描いているだけだが、牛の息遣いが聞こえてきそうな、臨場感がある。以前、政随の杜鵑図小柄を紹介したことがある。それに似て、情緒的景観を全否定しているかのような、生命の凄味を感じさせる出来となっている。水牛図小柄浜野政随SyozuiKozuka

  • 牛引き図小柄 浜野矩随

    牛引き図小柄浜野矩随牛引き図小柄浜野矩随矩随は浜野政随門下の名工の一人。奈良派の政随に、同門で先達の安親を手本とした作品があるように、矩随もまた安親に倣った作品を遺している。牛を引く姿には安親ほどの厳しさは感じられないものの、農村の景色らしいのんびりとした空気感が窺える。牛引き図小柄浜野矩随

  • 山水図鐔 安親 Yssuchika Tsuba

    山水図鐔安親山水図鐔安親江戸に出てきたばかりの安親が製作した山水図鐔。農村の風景の中に牛引きがいる。先の鐔とは牛の存在感が異なる。海辺の村の全体の様子を俯瞰で捉えようとしている。牛は添景であり、主題ではない。これも安親が世に出ようと苦悩し研鑽している頃の作品である。山水図鐔安親YssuchikaTsuba

  • 牛引き図鐔 安親 Yasuchika Tsuba

    牛引き図鐔安親牛引き図鐔安親必死の形相で牛を引く農夫だが、牛はびくとも動かない。これも十牛から得た題材。「十牛」とは、禅の教えを学び得た程度を十段階に表現したもの。牛を引こう(禅を習得しよう)とするも容易には学び得ない。そんな状況だが、むしろ、農村の景色として捉えた方が楽しい。国を離れて江戸に出た安親が、最新の技術を学んで羽ばたこうとするも、容易には受け入れられない。十牛に擬え、この頃の自らの状況を農村の景色として表現したものかもしれない。牛引き図鐔安親YasuchikaTsuba

  • 放牛図小柄 堀江 Horie Kozuka

    放牛図小柄堀江放牛図小柄堀江鶴丸紋の扇が添え描かれていることから、この家紋を用いた武家の持ち物であろう。とても端正、すっくと背を伸ばしている牛は、所持者の姿を映したものと捉えて良いだろう。放牛図小柄堀江HorieKozuka

  • 放牛図二所物 吉岡因幡介 Yoshiokainabanosuke Futatokoro

    放牛図二所物吉岡因幡介放牛図二所物吉岡因幡介吉岡因幡介も代々が幕府の御用を勤めた武家金工。後藤の作とは明らかに印象が異なる。図の採り方が異なる。横すわりしているような後ろ姿は、後藤家では採らないだろう。放牛図二所物吉岡因幡介YoshiokainabanosukeFutatokoro

  • 放牛図三所物 江川利光 Toshimitsu Mitokoromono

    放牛図三所物江川利光放牛図三所物江川利光後藤家に倣った作。漆黒の赤銅魚子地に金の牛が鮮やか。図の採り方、高彫表現による牛の姿格好、顔つきなど後藤の作によく似ている。何となく目に優しさが感じられるのは筆者の思いがあるからだろうか。頗る良くできた三所物である。放牛図三所物江川利光ToshimitsuMitokoromono

  • 放牛図小柄 後藤殷乗 Injo Kozuka

    放牛図小柄後藤殷乗放牛図小柄後藤殷乗後藤七郎右衛門家初代殷乗の牛。作品を小柄にしているだけで目貫と変わらず、描かれているものは伝統的な牛に他ならない。伝統とは後藤家の存在意義に関わるもの。後藤家は、武家金工として守るべきものを守り通してゆく必要があった。かなり時代の降るまで、町彫金工のような自由な発想からなる金具は作らなかったようだ。日本刀専門店銀座長州屋放牛図小柄後藤殷乗InjoKozuka

  • 牧童図目貫 後藤徳乗 Tokujo Menuki

    牧童図目貫後藤徳乗牧童図目貫後藤徳乗後藤宗家五代徳乗と極められた目貫。牛の絵画としては、餌場からの帰路、牛の背中で笛を吹いている牧童の図が好んで採られている。禅の習得を十段階で示した十牛図が良く知られており、その中の一つに違いないのだが、禅の教えというより、田舎の風景としての印象が強い。鄙びた風情がいいのだ。だからであろうか、十牛図の中でもこの場面が最も多い。日本刀専門店銀座長州屋牧童図目貫後藤徳乗TokujoMenuki

  • 牛馬図目貫 後藤光乗 Koujo Menuki

    牛馬図目貫後藤光乗牛馬図目貫後藤光乗後藤宗家四代光乗と極められた目貫。後藤家に古くからある二匹を並べた構成。阿吽の意識が潜んでいる。金と赤銅の芋継仕立てで、色合いの対比も活かされている。金色絵より金無垢の方が、はるかに色合いが美しいことから、金の部分と赤銅の部分を分けて製作しているのであろう。表からの観察で合着していることが分からないのは後藤の技術。日本刀専門店銀座長州屋牛馬図目貫後藤光乗KoujoMenuki

  • 牛図目貫 古後藤 Goto Menuki

    牛図目貫古後藤牛図目貫古後藤古後藤、即ち宗家三、四代以前にまで時代の上がる後藤家の作で、個銘が極められないもの。後藤というと霊獣図がまず思い浮かぶのだが、牛の図も比較的多い。強い力を持つことはもちろん、じっと耐えて働く様子に武士の姿を重ね合わせたものであろうか。放牛図小柄古後藤笄を小柄に仕立て直したもの。表面が擦れてなだらかになっているのが惜しいのだが、同時に時代観が強くなって雰囲気が良い。牛図目貫古後藤GotoMenuki

  • 牛車図目貫 後藤宗乗 Sojo Menuki

    牛車図目貫後藤宗乗牛車図目貫後藤宗乗後藤宗家二代宗乗と極められた目貫。色鮮やかな金無垢地の容彫。牛の姿は肉感たっぷりとしていかにも裕福。総体にぜいたくな目貫となっている。拵に装着されていたもので、裏に漆の痕跡が遺されている。いったいどのような拵であったのだろうか。米俵は富の象徴。しかも金無垢で製作しており、かなり高位の武士の備えであった。日本刀専門店銀座長州屋牛車図目貫後藤宗乗SojoMenuki

  • 牛車図目貫 後藤顕乗 Kenjo Menuki

    牛車図目貫後藤顕乗牛車図目貫後藤顕乗川を渡る牛車が題材。江戸時代、京の鴨川などにかかる橋は、荷車を渡らせることができなかった。そのため、橋の近くに荷車を通す浅瀬が設けられていた。牛は川の中を力強く引くのである。その牛の姿を後藤流の構成で彫り描いている。日本刀専門店銀座長州屋牛車図目貫後藤顕乗KenjoMenuki

  • 放牛図小柄 後藤光文 Mitsutomo Kozuka

    放牛図小柄後藤光文放牛図小柄後藤光文赤銅魚子地高彫色絵。川の表現がちょっと異なる。銀地を象嵌し、表面に小穴を打ち込んでいるのだが、砂張象嵌の気泡のようにも見え、面白い効果が現れていると思う。牛は後藤家が得意とした伝統的な画題の一つ。多くは背景を描かずに牛のみで描いたが、江戸時代後期には絵画風の構成も採られるようになったようだ。日本刀専門店銀座長州屋放牛図小柄後藤光文MitsutomoKozuka

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