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穢銀杏
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2019/02/02

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  • 模倣臭骸

    馬鹿な模倣者もいたものだ。 大正五年十月十二日、神奈川県の東南部、藤沢町は若尾銀行前の踏切にて自殺があった。まだ若そうな兄ちゃんが、線路に飛び込み殺到してくる列車に轢かれ、鉄道往生一丁あがりと相成ったという次第(ワケ)である。 (Wikipediaより、藤沢駅南口) 寸断された「部品」中、上半身の懐あたりを探ってみれば、お定まりの書き置きが。 開けばやっぱり遺書である。内容に曰く、 「死をもって最大の快楽とす、光なき死は吾人之を排すと雖も主義の為めに死するは余光ある者と認む、主義とは何ぞや、人生の不可解なり、噫(ああ)敬慕す藤村操君、君人生の不可解を絶叫して眠る、我亦人生の不可解を絶叫して永遠…

  • ナイルの恵みは俺のもの ─スーダン総督暗殺事件─

    英国人が考えた。 そうだ、ゲジラ地方を灌漑しよう。 スーダンの地図を眺めながら考えた。 (ゲジラ(ジャジーラ)州位置) 青ナイルと白ナイル、双(ふた)つの大河に挟み込まれたあの場所は、現在でこそ一面不毛の砂漠なれども、手を加えれば見違えるほど素晴らしい沃野になるはずだ。 そこで綿花を育てよう。 要求される水量は、ざっと一千一百億ガロン。トン換算で五億以上を吸わせる必要性がある。思わず目玉の飛び出しかねない膨大ぶりであるのだが、なあに「母なるナイル」なら、きっと必ずこんな無茶にも堪えられる。──… 未だスーダンが英国の植民地であった、一九二〇年代の発案だ。 (ソ連、コルホーズの綿花) 「ゲジラ計…

  • ラムゼイ・マクドナルド ─平和的国家主義者と総選挙─

    こんな年(とし)も珍しい。 一九二四年は選挙の「当たり年」だった。 日独英仏それぞれに於ける総選挙、かてて加えて合衆国の上下両院、大統領選。およそ「列強」と呼ばれるに足る諸国の内の大半で、政治の舵を誰が取るのかを決める、このイベントが開催された。 筆にも口にも候補者同士が烈しく火花を散らす中、水際立った男ぶりにて断然わが目を引いたのが、やはりイギリス、ラムゼイ・マクドナルド君。 (Wikipediaより、ラムゼイ・マクドナルド) この労働党代表に、筆者(わたし)としては注意を払わざるを得ぬ。 毎度毎度のことながら、対立候補を蹴落とすためなら手段は一切選ばない、私行を暴いて醜聞晒しもなんのその、…

  • 古きボトラー

    あるいはボトラーの先祖と呼べるか。 戦前、すなわち帝国時代の日本に、便所に行くため席を立つのを億劫がったやつが居た。 職場にて、のお話である。 それも尋常一様の職場ではない。 「お役所」だ。 こやつの勤め先たるや、なんとなんとの中央官庁、当時に於いてもエリート中のエリートコースを突っ走った者にのみ辛うじて門戸を解放している、行政機関の枢要の大官の一名(ひとり)なのである。 当然、彼が執務室にて使用(つか)うところの机ときたら、馬鹿馬鹿しいほど高級(たか)くて広い逸品で。 だからこういう情景を成立させる余地もある。 「…官庁のある高官で遠い便所へ一々通ふを難儀とし、机の下に甞て含喇薬の入って居た…

  • 道の彼方

    お前コレ、半ばトランス状態で、感極まった勢いのまま一気呵成に書いたろう──。 そう突っ込みたくなる文章に、時たま出逢うことがある。 直近では高村光太郎にこれを見た。 然り、高村。 日本国で義務教育を受けた者なら、おそらく一度は彼の詩を朗読したに違いない。 「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」 と、黄金の精神みたような句を織り込んだあの『道程』を、青く柔こい脳髄に注入されているはずだ。 その高村が叫ぶのである。 一点の曇りだに無き喝采を。彼の最も好むところのベートーヴェンの旋律に、五臓六腑の底の底まで慄わせて──。 「ベートーヴェンは真に努力した、努力して音楽の天国と地獄とを究め盡した。ナ…

  • 農業国防論

    相性が悪い。 「農家」と「自由貿易」とは、だ。 不倶戴天にすら近い。 自由貿易に反対するのが本邦農家の半分以上、伝統のようになっている。 伝統、そうだ、伝統だ。百年をゆう(・・)に遡る大正時代のむかしから、既に斯かる傾向が立派に表出しているのだから、「伝統」と呼ぶ条件は揃っていると見做される。 (福島の梨売り) 「農業イコール国防」との認識も、先人たちの手によって、とっくに確立済みなのだ。 嘘ではない。 表現を誇張してもない。 当時の帝国農会重鎮、岡田温の意見を叩けば、これは即座に見えてくる。 「我国は耕作に機械を利用する大農地のないことゝ人口が多くて仕事が少いのと肥料や農具や労銀や租税の高い…

  • わが師の恩 ─国別落第回避術─

    落第回避の口上ひとつをとってさえ、日本人と支那人との間には差異天淵もただならざるものがある。 前者がもっぱら教授の膝下に額づいて、自家の窮乏を涙ながらに物語り、如何に余儀なき哀しい事情が試験に於ける不成績の裏側に伏在せるかを掻き口説き──ひとくちに言えば人情に訴え、あわよくば(・・・・・)の憐憫を期待するのに対照し、後者はまさに正反対、ひたすら欲得づくめでかかる。 「彼らの眼中、利しかない」 とは、東京帝国大学講師、後藤朝太郎の言。 (Wikipediaより、後藤朝太郎) 本来極めて支那に同情的であり、日支提携に執心すること尋常ならざる彼をしてさえ、時にやりきれなくなって、こうして毒を吐いてい…

  • 流れを求めて ─武蔵野台地漫遊記─

    水に惹かれる。 水に慕い寄ってゆく。 (どうも、おれには) そういう性質(サガ)があるようだ──と、西国分寺駅改札を潜りながら考えた。 (Wikipediaより、西国分寺駅) ここから歩いて五分ちょい、お鷹の道・真姿の池湧水群を眺めに行くのが目的だ。 「我々は昔から人数に拘はらず、必ず一団の邑落には一筋の水の流れを必要としてゐた。何時の世にも天性の欲求から、水の畔にばかり都邑をなさうといて居ったのである。その上に、別に泉といふものは神を祭るためにも、酒を醸すためにも絶対に必要であった」。──柳田国男の説である。 彼の著作を紐解くと、己はつくづく日本人だと自覚する。 その「天性の欲求」が、私の中…

  • 断食瑣談

    犬なら平均三十八日、 豚では平均三十四日、 猪ならば二十日間、 兎十五日、 モルモット八日、 たった三日の白ネズミ。 ──以上の数値はその動物が断食を強制されたとき、すなわち水だけで何日生存可能かを取りまとめたるモノである。 (モルモット) 高比良英雄医学博士の談に基く。 昭和五年に大著『断食研究』を世に著したる人物だ。 他に鳥類のデータもあって、例えば鳩で十一日間、鶏ならば十四日、鷲ともなると三十五日は保つと云う。 「総じて身体の小さい者は大きな者に比し期間短く、草食獣は肉食獣に比して短い様である」とは、当人の弁。興味深い限りだが、果たしてこいつは、この一連の調査結果は、現代社会で検証可能な…

  • 努力に病んだ男たち

    白秋は努力の信者であった。 練習の礼讃者であった。 「継続は力なり」を真理と仰いで微塵の疑念も差し挟まない男であった。 と言うよりも、日夜努力を継続し、綴方の修錬を積んでいなくば不安と恐怖で精神を狂わせかねないやつだった。 ──何に対して。 との疑いが、ここで当然、起きていい。白秋は何を恐れていたのか、不安の対象は何なのか。…… (中段右端に北原白秋) 解答(こたえ)は単純、「劣化」なり。 言葉を撰んで紡ぎ合わせるあの能力(チカラ)、よってもってより美しく心を紙面に反映させる、詩作の腕が錆びつくことを、彼は最大の恐怖とし、遠ざけようとがむしゃらに足掻いて喚く者だった。 「ものの十日も無縁である…

  • 富士は征服の対象にあらず

    ヒトラー・ユーゲント来朝の際、すなわち昭和十三年。このアーリア人種の選りすぐり、俊英三十名たちは到着早々、大和島根の最高峰を極めんと──富士登山に挑戦している。 試み自体は成功裡に終始した。 未来のドイツを、否、欧州を背負って立たんと気概に燃える青年たちはつつがなく3776mの上に立ち、雲海をしらじら染めつつ昇る陽を、日本国旗の淵源を、東の空に仰ぎ得た。 まこと、めでたいことである。 彼らに手落ちも、抜かりもなかった。 瑕疵の所在は、むしろ日本の側こそに。この一件を記事にして世間に報道(しら)せた新聞社のうち、迂闊にも、 ──ヒトラー・ユーゲントの富士征服。 なんて見出しを掲げたところがあった…

  • そば食いねえ!

    うどんやそうめん(・・・・)あたりでは、ちょっとこういう情景は成立するとは思えない。 昭和二年も残すところ五十日を切るか切らないかといった、十一月十日の話。東京府庁に「そば職人」を名乗る壮漢三名が突如押し掛け、知事に面会を求めるという椿事があった。 当時の府知事は平塚広義。 「ヌラリクラリ党のエキスパート」と呼ばれた男。 (Wikipediaより、平塚広義) 自己を韜晦することに異様に長けた人物で、その技量により政党色すら灰色の中に埋没せしめ、政友・憲政・何方(いずかた)の手に政権与党が落ちようと、彼一人だけは常に首を繋ぎ続ける、──粛清人事を回避して出世を繰り返したゆえに、冠せられた渾名であ…

  • 和牛礼讃 ─益田孝と神戸牛─

    神戸牛の擁護者にして礼讃者。 三井王国の柱石が一、「大番頭」益田孝なる御仁には、そういう側面(かお)をもどうやら併せ持っていた。 (Wikipediaより、益田孝) 該ブランドにどれほど激しく心を寄せていたものか、端的に示すエピソードとして、次の如きが挙げられる。すなわち自己の経営下にある新聞紙、『中外商業新報』の社説欄を埋めるのに、あるとき自ら筆を執り、和牛至高論を打ち、神戸牛の味こそは肉類世界一であり、他の追随を許さぬと大胆にも言い切った。 すると間もなく政府の方から呼び出しが。内務卿品川弥二郎の名の下に、「すぐに来い」とのお達しである。 火急の用を隠そうともしていない。だいぶ異例な剣幕に…

  • 燃えろや燃えろ

    どうも酒屋のせがれ(・・・)が多い。 わたしが好む詩人には、だ。春月しかり、白秋しかり、彼らはいずれも、憂いを払う玉帚の製造を生業とする家の出身なのである。 特に後者に至っては本人自身酒好きで、酒がテーマの随筆なんぞも、探せばいくらか見出せる。 (右が白秋。左は友人の池末早一) わけても実家の酒蔵が火事で全焼した際の「思い出話」は秀逸だ。おそらく明治三十四年の沖端大火災に於ける記憶の描写であったろう。 曰く、 「酒で思ひ出します。私の生家は酒屋です。それが火事に遭うて酒蔵が焼けた時のことです。酒は燃えます、ぼうぼうと燃え上がりますよ。あの酒槽の框が焼けはぜる音、ボンボンと破れるのです。そして新…

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