chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
さっちゃん 空を飛ぶ
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2017/07/21

1件〜100件

  • さっちゃんの想い出が濃く残るナメイリ沢、続いて棡葉窪を遡行しました

    ナメイリ沢はネットなどでの評価は「ショボい」「水量少なく見栄えしない」など、あまり良くはありません。僕自身何回か来ていますが、好印象は持っていませんでした。水量が乏しくて、沢らしい瑞々しさに欠けているのです。さらに言えば、埃っぽいイメージすら抱いていました。それでも僕がナメイリ沢を大切に感じているのにはこんな理由があるからです。さっちゃんが1998年2月に雪の愛鷹連峰で、脛骨骨折した3年9ヶ月後のことです。2001年11月27日に大怪我から復活後の初めての沢登りがナメイリ沢だったんです。今回同様、続いて棡葉窪も同じ日に遡行しています。僕ひとりでは心配でしたから、当時の僕の沢パートナーだったK磯さんにも同行をお願いしました。ですから、ナメイリ沢にはこの時の僕が味わった感動、さっちゃんの沢復帰への喜びの感情が...さっちゃんの想い出が濃く残るナメイリ沢、続いて棡葉窪を遡行しました

  • 北アルプスから帰って来て2週間後、やっと懸垂岩での岩トレで再始動

    若いころは夏のお盆休みの1週間前後の長期山行を終えた翌週、よく苗場山の赤湯温泉に2泊3日で行ってました。山では連日フルに動き回っていますから、若いと言ってもさすがに湯治が心地よかったのです。山口館に泊まって、コーヒー、果物、お酒、文庫本を持って行きます。2泊3日なので、2日目は朝から晩まで温泉三昧!20代の頃も行ってましたし、さっちゃんとも行くようになりました。でも仕事もありますから、確実に行けるとは限りませんでしたけれどね。今年はたかが3泊4日で、まともに動いたのは3日目の横尾本谷右俣だけでしたが、疲れましたね。赤湯温泉に行ければ良かったんでしょうけれど、天気もさほど良くありませんでしたから、自宅でじっとしていました。2週間後、YYDのS藤さんが丹沢の懸垂岩での岩トレを計画してくれたので、参加させてもら...北アルプスから帰って来て2週間後、やっと懸垂岩での岩トレで再始動

  • 北アルプスお盆山行の最終日です。今回の山行はさっちゃんとの思い出を辿るような日々でした

    天気(台風)に翻弄された北アルプスお盆山行でしたけれど、まずまず満足できる内容で終了しました。前穂北尾根に登れなかったことは残念ですが、横尾本谷右俣の日が好天でしたので、気分よく歩けました。同行のS﨑くんは横尾本谷右俣をいたく気に入ってくれたようです。K野さんは北アルプス穂高周辺のバリエーションルートの魅力を知ってもらえたと思います。僕自身にとっては、肉体的弱さをまたしても知らしめられる結果となりました。このレベルの山行から遠ざかって来たことの結果ですから甘んじて受け入れなければなりません。そして、このレベルの山行を時折り行なうことで、肉体を慣らす必要があると思いました。同時に、常日頃の山行であと2、3kg重いザックを背負うことで、歩荷力も向上させなければならないと痛感しました。今回の山行ではK野さんにた...北アルプスお盆山行の最終日です。今回の山行はさっちゃんとの思い出を辿るような日々でした

  • さっちゃんの体調は安定しているようですが、まだ課題は克服されていません

    一昨日の9月12日にI老健で面談がありました。ブログへの記録が何やかやあって、遅れてしまいました。まず最初に相談員のS田さんは「体調は落ち着いていますよ」と言います。それを聞いて、僕はひとまず安心。ただ、最初の言葉に続いて「でも、栄養摂取は400kcalのままなんですよ」と。一ヶ月以上経過しているのに、何故まだ400kcalのままなんだろう?と僕は疑問を抱きます。S田さんがおっしゃるには、こうです。「800kcalにして嘔吐した際に、それが肺に侵入している可能性があるんですよ」その心配があるので、「再度嘔吐させるわけにはいかない」と言うのです。まあ、それは当然でしょうね。「ですから、2~4週間は様子を見る必要があるんです」確かにそうかもしれません。僕はその後のさっちゃんの様子を聞いてみました。肺炎になった...さっちゃんの体調は安定しているようですが、まだ課題は克服されていません

  • 回復した天候の中、横尾本谷右俣を登ることが出来ました

    横尾本谷右俣には1996年8月にさっちゃんと二人で行っています。2008年7月にもさっちゃんとK嶋さんと3人で行きました。僕に限れば、2007年8月には穂高お池巡りの途中で横尾本谷右俣の上部カールを通過しています。2014年8月にはウェストンの槍ヶ岳登頂横尾本谷ルートの解明のため、4人で登っています。横尾本谷右俣は北アルプスの中では僕にとって思い入れの濃い場所だと言えるでしょうね。さっちゃんとの想い出も多くある場所でもありますしね。そんな横尾本谷右俣を今年も訪れました。詳しくは『ザイルと焚火と焼酎と』を読んでください。お盆山行3日目―――最初の予定通り横尾本谷右俣を登りました。でも、僕の脚の筋肉は大ダメージ!▲2014年8月13日8時5分。6年前に最上部カールを歩いた時の雪渓の様子です。雪渓があると、実に...回復した天候の中、横尾本谷右俣を登ることが出来ました

  • 北アルプス2日目は小雨模様のため前穂北尾根は断念し、北穂高岳を登りました

    僕とさっちゃんが初めてザイルを組んだのは北穂高岳の滝谷クラック尾根でした。三ッ峠等で一緒に岩トレしたことはありましたが、ザイルを組んだことはありませんでした。この時は僕が全ピッチをリードしたのですが、お師匠さんにこっぴどく叱られたのを覚えています。さっちゃんは背が低く、150cmありません。僕はリードしたといっても、まだまだ余裕はなく、必死でした。目に入るハーケンやボルトで全てプロテクションを取るといってもいいくらいに、取りまくっていました。その中には僕ですらギリギリに手を伸ばしてやっと取れるようなプロテクションもよくあったのです。そうなると、背の低いさっちゃんにはそのプロテクションのカラビナとシュリンゲの回収が凄く困難になるんです。お師匠さんたちパーティーは僕とさっちゃんパーティーの後ろから続いています...北アルプス2日目は小雨模様のため前穂北尾根は断念し、北穂高岳を登りました

  • 8年ぶりに僕は北アルプスへ行きました。その1日目は涸沢まで。そして、遥か昔の想い出話を長々と

    北アルプスは僕にとって遥か遠くの異国の山のような存在でした。テレビで上高地のニュースを見ても、自分で訪れるには遠すぎる憧れの地でした。30歳を過ぎて、クライミング技術を教えてもらおうと入会した山岳会で、僕は初めて北アルプスへ行ったのです。僕のお師匠さんはアルパインクライマーでしたから、入会翌年のGWに岳沢へ連れて行ってくれました。そこをベースにして、奥穂南稜とコブ尾根を登攀したのです。同じ年の8月には北鎌尾根、帰京してまたすぐにトンボ返りで北穂小屋で連泊し、滝谷を登攀しました。北穂小屋へは北穂東稜をアプローチに使いました。滝谷はクラック尾根、第4尾根、第3尾根を登攀しました。お師匠さん達パーティーと、僕のパーティーの2パーティー4人で行きました。そして、この滝谷で僕は初めてさっちゃんとザイルを組んだのです...8年ぶりに僕は北アルプスへ行きました。その1日目は涸沢まで。そして、遥か昔の想い出話を長々と

  • モミソ沢で滝のリードをさせてもらいました。初心に帰ってこれからも成長しなければと思いました

    僕のお師匠さんは還暦を迎えたころにほぼアルパインクライミングの第一線を退きました。当時は50代で一ノ倉沢や滝谷を登攀しているクライマーは珍しくて、お師匠さんは目立つ存在でした。日常的にジョギングや腹筋・背筋のトレーニングをしていると、聞いていました。冬が近づくと、アイスクライミングのために木刀の素振りも加えていたそうです。そんなお師匠さんでしたが、還暦が近づくにつれクライミング能力がみるみる低下してしまったのです。その一因は僕を弟子にしたことに理由があると、僕は感じています。何故かと言うと、僕がお師匠さんから岩場をリードする機会を奪ってしまったから。お師匠さんに指導してもらうようになって1年後くらいから、僕は毎週一緒に山へ行くようになりました。必ず木曜日に電話を入れて、週末の計画を聞き、山行を共にするので...モミソ沢で滝のリードをさせてもらいました。初心に帰ってこれからも成長しなければと思いました

  • さっちゃんの老健再入所後初めての面談がありました

    15日の月曜日、I老健での面談がありました。胃瘻造設手術を終え、老健再入所後初めての面談です。僕は10日夜に出発して、14日まで北アルプスに入っていました。10日にさっちゃんの洗濯物を受け取っていたので、15日は早朝から洗濯。面談は13時からでしたから、なんとかギリギリ乾いたさっちゃんの寝巻きも持って行くことが出来ました。同時に7月分の支払いも。相談員のS田さんとの面談が始まり、彼女が最初に言ったのは「よく喋りますよ」ということ。さっちゃんはI老健での生活のことやスタッフさんのこと等を覚えているんだと思います。明確な記憶としてはないんだとしても、馴染みを感じているんだと思います。抵抗なく、拒否感なく暮らしているそうです。ただ、胃瘻からの栄養摂取が入院中同様、400kcalしか摂れていないんだそうです。以前...さっちゃんの老健再入所後初めての面談がありました

  • 『標準コースタイムで歩く』シリーズ№7で奥多摩の水根山を登りました。登りでは安定的にコースタイムより早く歩けるようです

    東京都の奥座敷、山の中にある奥多摩町でさえ、真夏日が続くほどの酷暑の今年。これほどに暑い中、普通にハイキングするなど考えもしなかったんですが、ひょんな理由で歩くことにしました。実際に歩いてみると、森の木陰の山道を歩きますから、思いのほか暑くはなく、心地よく歩くことが出来ました。そのうち寒気も入って来たようで、涼しさも感じるようになりました。この寒気は案の定、雷雲を生み出したようで、雷鳴が遠方から聞こえるようになって来ました。この山行のテーマにもなっている標準コースタイムで歩くことに関しては、まあ問題はありません。標準コースタイムの89%で歩けていますから、合格ですね。ただ、僕は下りが遅くて苦手ですから、下りだけに関しては106%かかっています。目が悪くて、足元も見えにくいですから、個人的には下りに時間がか...『標準コースタイムで歩く』シリーズ№7で奥多摩の水根山を登りました。登りでは安定的にコースタイムより早く歩けるようです

  • さっちゃんは胃瘻造設手術をしたT病院から退院して、再びI老健へ戻りました

    8月3日はさっちゃんがT病院から退院する日でした。朝8時40分過ぎに自転車で家を出て、病院近くのスーパーに停めておきました。入退院窓口へ行き、病棟へ入る手続きを済ませ、入院費用の精算も終えました。〇万4560円でしたが、前もって概算を多めに教えてもらっていたので、5000円以上余裕がありました。その分、介護タクシー代に回せるので、ちょっとだけですが得した感覚ですね。そんな風に感じるなんて、人の気分は可笑しなものですね。病棟へ行くと、看護師さんが僕のことを待っていてくれたようです。「さっちゃんのご家族の方ですか?」と聞かれます。何枚かの書類にサインをし、寝巻き等の持ち物を渡され、飲んでいた薬も渡されました。その上で、I老健へ渡す数通の書類も渡されました。介護タクシーのスタッフさんも来られて、さっちゃんを待ち...さっちゃんは胃瘻造設手術をしたT病院から退院して、再びI老健へ戻りました

  • ツルネ東稜を登ることになった背景には、僕の山人生での初出来事がいろいろとありました

    全ての人は平等に1年で1歳の年を取ります。その事実に抗うことは出来ますが、結果は大きくは違って来ません。でも、人はそんな小さな違いを大切に感じて、一喜一憂するのです。僕とて同様で、高齢者である現在、1年でも長く自分の山人生を引き延ばそうと足掻いているのです。足掻くことは素晴らしいことだと思いますし、楽しいことでもあります。足掻けることは幸せです。さっちゃんが入院、入所を続け、一緒に暮らせない期間、僕は自分の山体力を復活させる努力を楽しみました。山のパートナーでもあったさっちゃんなら僕のそのような努力を喜んでくれると信じています。でも、そんな努力は僕自身に惨めな現実も見せつけることになりました。標準コースタイムを大幅に超えた時間でしか歩けない。長い距離を歩き続ける体力がない。そんな問題点も時間をかけて徐々に...ツルネ東稜を登ることになった背景には、僕の山人生での初出来事がいろいろとありました

  • 胃瘻造設手術は無事終了し、さっちゃんの退院の日も決まりました

    さっちゃんの胃瘻造設手術は今週の水曜日に行なわれました。病院から何の連絡もありませんでしたから、何事もなく無事に終了したものと思っています。昨日の夕方と今朝、T病院から電話が入りました。ちょうど僕が電話に出ることが出来なくて、こちらから掛け直したのですが、繋がりません。昨日は受付の対応時間を過ぎていたからでしょうね。今朝は出ることが出来ました。予想通り、退院の件についてです。退院は8月3日(水)になりました。僕が9時に病院へ行き、9時半に介護タクシーでI老健へ向かい、10時に到着というスケジュールです。入院費もその時に支払いますから、概算を教えてもらいます。もちろん、その電話で手術が無事終了したことや、その後も順調なことを教えていただきました。僕は洗濯物のことも聞きました。寝巻きは十分な数あるとは思います...胃瘻造設手術は無事終了し、さっちゃんの退院の日も決まりました

  • 胃瘻造設手術のために入院するさっちゃん。僕は105日ぶりにさっちゃんに会い、手を握り、身体に触れました

    昨日7月25日は胃瘻造設手術のためにさっちゃんがT病院に入院する日でした。朝10時20分にI老健へ電話を入れました。今日のスケジュールの確認です。特に、T病院での手続き終了後、I老健へ戻って来る必要があるのか否かがポイントでした。戻ってくる必要はなく、病院からは直接帰宅してもいいとのことでした。ですから、自宅から比較的近いT病院まで自転車で行き、そこからI老健までは歩くことにしました。40分くらい歩きました。I老健へ12時30分ころに着き、洗濯物の交換をしようとすると、「退所するので預かれません」とのこと。「来週にはまた戻って来るのですから」と言ったのですが、無理なようです。洗濯物ばかりか、櫛やクリーム、口腔ケア用品まで全部の所持品を渡されましたから、僕も諦めざるを得ません。ザックはパンパンになり、その上...胃瘻造設手術のために入院するさっちゃん。僕は105日ぶりにさっちゃんに会い、手を握り、身体に触れました

  • 4回目の新型コロナワクチン接種もこれまで通りの副反応でした

    7月22日(金)に接種した新型コロナワクチンの副反応に関する報告です。今回は倦怠感はあまり自覚できませんでした。と言っても、日常の家事をする気力は起きなかったんですけどね。土曜日の朝から微熱(37.3度)があり、頭痛もありました。きつかったのは、頭痛ですね。倦怠感もあったのでしょうが、自覚症状の第一は頭痛でした。風邪の頭痛程度なら動けるのですが、副反応での頭痛は動く気力は出ません。微熱は夜になると36度台まで下がりましたが、頭痛は夜遅くなってほんの少し収まっただけでした。当然、食事は作らず、買っておいたプリンを3個とバナナ3本を食べただけです。他には、冷やした水と牛乳をがぶ飲みしていました。今朝起きると(二度寝してしまったので10時ころでしたが)、頭痛はほぼ収まっていて、とっても空腹でした。でも、さっちゃ...4回目の新型コロナワクチン接種もこれまで通りの副反応でした

  • 新型コロナウイルス、4回目のワクチン接種を今日しました

    さっちゃんはI老健を通じて、先月中に4回目のワクチン接種は済んでいるはずです。僕は今日10時45分からの予定でした。5分ほど前に会場へ到着すると、すでに入場していて、僕は最後の方の列に並びます。4回目ともなると、いつも通りの進行ですから、慣れたものです。ワクチン接種を終えると、僕はすぐそばの映画館へ。『キングダムⅡ遥かなる大地へ』を観ました。ずいぶん前のこと、新聞に全4面だったか、主人公・信が子供のころの漫画が掲載されたんです。大将軍になる夢を抱く奴隷の子・信と中国の歴史上初めて中華統一を実現させた若き始皇帝・嬴政(えいせい)とが織りなす壮大な歴史ドラマ。すぐに惹きつけられて、僕はコミック本を読み始めました。その第2作目の映画です。コミック本自体も今65巻までですが、中華統一道遥かといった感じですね。映画...新型コロナウイルス、4回目のワクチン接種を今日しました

  • 石津窪の遡行は僕の問題点を明瞭に示してくれました

    昨年の11月から自分のペースで山を歩き始めました。2021年はさっちゃんが山を歩けなくなっていましたから、僕も山へは行けませんでした。それまでの2年間、僕はさっちゃんのペースで山を歩いていたわけです。8ヶ月前から自分のペースで山を歩き始めても、最初は思うようにはまったく歩けませんでした。標準コースタイムよりもずっと時間がかかるスピードでしか歩けなくなっていたのです。自分自身の感覚的には、本来の1~2割くらいの山体力に低下していました。それから努力を続け、今は5割くらいにまで山体力は復活したでしょうか?高齢ゆえの体力低下は致し方ない部分もありますけれど、せめて本来の7割くらいまでには復活させたいと願っています。小同心クラックの後、その疲労がなかなか抜けません。『少し長い距離を歩く』シリーズは実践できそうにな...石津窪の遡行は僕の問題点を明瞭に示してくれました

  • 僕の肉体には重い疲労感が残っていましたが、休まずに小さな沢へ出かけました

    『標準コースタイムで歩く』シリーズを6回こなし、何とか標準コースタイムよりほんの少し短い時間で歩けるようになりました。続く第2ステージとして、『少し長い距離を歩く』シリーズをたった1回実行しただけでの小同心クラック。いきなりのレベルアップに僕の肉体は悲鳴を上げていました。でも、翌日以降に肉体に残った疲労感が凄かっただけで、山行中は問題なく体は動いていました。その疲労感は一週間後も残っていて、『少し長い距離を歩く』シリーズの2回目を実践する気にはなれません。(小同心クラック登攀の当日は全行動時間が休憩込みで11時間ですから、これは『少し長い距離を歩く』シリーズ№2ですね)それで、どういう計画を立てたかというと、こうです。短い沢の登下降を組み合わせたのです。ウルシゲ谷沢左俣、千ガ沢下降、棡葉窪、この3本です。...僕の肉体には重い疲労感が残っていましたが、休まずに小さな沢へ出かけました

  • 手術日が決まったとの一報が入りました

    今日の夕方、5時17分にI老健のS田さんから電話が入りました。S田さんからの電話ですから、何の件かは分かっています。でも、最初は「今日は市役所へ行ってレントゲンを撮って来ました」という話でした。うろ覚えなので、市役所なのかレントゲンなのか、正確には記憶していません。考えてみると、ちょっと変な気もしますよね。それはともかく、S田さんは「絶好調ですね。よく喋りますし」と言ってくださいます。続いて、「あっ、そうそう、今日、T病院からも電話が入りましたよ」とS田さん。(おいおい、この件の方がこの電話の一番の要件だろ!)胃瘻造設手術のスケジュールが決まったみたいです。7月25日(月)13時にT病院到着して欲しいということだそうです。恐らくは、翌日の26日に手術、その5~7日後に退院、そんな流れみたいですね。ですから...手術日が決まったとの一報が入りました

  • さっちゃんの胃瘻造設の件が動き始めました

    今日の11時半ころ、I老健のS田さんから電話が入りました。昨日が木曜日で主治医の先生の診察がある日でしたから、すぐに「来た~っ!」と思いました。S田さんの語る内容もまさにそれで、「胃瘻造設の手術をT病院にお願いすることになりました」とのこと。T病院は僕がいつも買い物をするスーパーの隣りの大きな病院です。「手術の日程はこれから検討するそうですから決まりましたら連絡します」と、S田さん。I老健入所後3ヶ月間、進展がありませんでしたけれど、とうとう動き始めました。僕も気持ちを新たにし、緊張感を持って日々を暮らそうと思います。さっちゃんの胃瘻造設の件が動き始めました

  • さっちゃんが家に戻って来るまでにやっておきたいことがあります。そのひとつが小同心クラックの登攀でした

    6月25~26日、八ヶ岳の小同心クラックを登攀しました。実に9年ぶりの岩登り本番です。2018年まではYYDのメンバーと沢登りする計画も立てていましたが、2019年以降はさっちゃんとしか歩いていません。さっちゃんが留守番を出来なくなったからです。2019年と2020年はさっちゃんと奥多摩の低山をハイキングしていました。2021年はそんな低山ハイクもさっちゃんには歩けなくなり、僕もどこへも行かなくなりました。せめてもと2020年10月から、さっちゃんがデイサービスへ行っているわずかな時間に天覧山ひとり岩トレだけは実践し続けました。クライミング能力はかろうじて最低限は維持し続けられたのですが、山体力は悲惨なレベルにまで衰えてしまいました。さっちゃんが大腿骨骨折で入院し、面接にも行けず、何も出来ない僕は、自分の...さっちゃんが家に戻って来るまでにやっておきたいことがあります。そのひとつが小同心クラックの登攀でした

  • 「なんて素敵な笑顔なんでしょう!」と、相談員のS田さんは言いました

    今週の月曜日、月に一度の相談員・S田さんとの面談がありました。僕は実に久し振りのハードな山行の影響で、月曜日と火曜日は疲労感に沈んでいて、ブログでの報告どころではありませんでした。水曜日になって、食欲も通常の感じに戻って来ました。ですから、やっとここにご報告できます。面談がスタートするとすぐに、S田さんが言うんです。「さっちゃんは最近笑顔をよく浮かべるんですよ!」「なんて素敵な笑顔なんでしょう!」「あんな表情をする人なんですね」そう、そう、そうなんですよ!さっちゃんの笑顔は最高なんですよ!僕も「我が意を得たり」と嬉しくてたまりません。認知症が重くなるにつれ、笑顔を浮かべることは少なくなりましたけれど、たまに浮かべる笑顔の素敵さは増したような気がしていました。それが大腿骨骨折で入院し、肺炎で救急搬送され、立...「なんて素敵な笑顔なんでしょう!」と、相談員のS田さんは言いました

  • 令和3年分の確定申告をしてきました。え~っ!? 今ごろ?

    遅ればせながら、今日やっと税務署へ行って、確定申告書を提出して来ました。今年は本当に忘れてしまっていたんです。2週間ほど前にそのことに気付き、すぐに作成しなければならなかったのですが、ウダウダと先延ばしにしてたんです。さっちゃんの大腿骨骨折による入院に始まり、肺炎による緊急搬送、老健への入所と、心落ち着かない日々が続きました。と言っても、僕は毎年確定申告書の提出は遅いんです。国民としては怠惰のそしりは免れませんが、いい加減で自堕落な僕にはそれが普通だったんです。一度(たった一度かい!)、3月に税務署へ行って提出したことがあったんです。でも、その人混みを嫌に感じて、二度と3月には行きたくなくなりました。それを過ぎると、人も少ないですしね。でも、悪いことだという自覚はあるんですよ。決められた日時は守らなければ...令和3年分の確定申告をしてきました。え~っ!?今ごろ?

  • 今回の日陰名栗沢は僕の新しいステージへの第一歩になると思います

    さっちゃんも僕も決して強い登山者ではありませんでした。クライミングもさほど上手なわけでもありませんでした。せいぜい中級の下、あるいは初級の上くらいのレベルだったと思います。でも、二人でザイルを組んだりして、少しずつ自分たちの行きたい範囲を広げていきました。二人とも山が好きで、山の自然が好きで、その中に浸ることが大好きだったからだと思います。毎週のように二人で、あるいはそこに山仲間を加えて、山行を繰り返しました。さっちゃんとの濃い想い出は山の中にあります。ですから、僕はいつまでも山の中に浸っていたいと思うのです。2020年12月6日がさっちゃんと歩いたハイキングの最後になってしまいました。それから1年間は、僕自身も山に行けない日々が続きました。僕の山体力はさっちゃんに恥ずかしいレベルまで落ちてしまいました。...今回の日陰名栗沢は僕の新しいステージへの第一歩になると思います

  • 深夜の雨や昼の雷雨でびしょ濡れの天覧山、でも、充実した岩トレが出来ました

    山岳会に所属するメリットは次の2点にあると思います。①山の仲間と出会うことが出来る。②山の技術の教育システムがある。僕自身に関しても、①については今のYYDで十分に享受しています。②に関しては、僕は年配者であり、様々な山行の経験者ですから、教える側の人間になることがほとんどです。以前30年間ほど所属していた山岳会で、僕のお師匠さんから様々教えてもらいました。岩登り、雪山、アイスクライミング、冬の岩稜登攀、等々。という訳で、僕は新人2名の岩登りトレーニングを担当することになったのです。梅雨の真っ最中ですから、天気が心配でしたが、何とかトレーニングすることが出来ました。詳細は『ザイルと焚火と焼酎と』を読んでください。YYDの新人2人が天覧山で初めての岩登りトレーニングをしました▲13:41。天覧山最下部の岩場...深夜の雨や昼の雷雨でびしょ濡れの天覧山、でも、充実した岩トレが出来ました

  • サイドFIRE、この言葉からさっちゃんへの感謝を抱きました

    僕はまったく知らない言葉だったのですが、山仲間からサイドFIREという言葉を聞きました。彼は働き盛りの年齢で、多忙な毎日を過ごしています。趣味の登山に自由に打ち込みたいと思っていても、なかなかそうはいきません。そんな流れの中で出て来た言葉がサイドFIREでした。ネットで調べてみると、その意味はこんなものです。サイドFIREとは「不労所得で生活費の半分を賄い、残りは働いて稼ぐ」というFIREの中間的な考え方です。仕事を全くしなくても生きられる状態がFIRE、不労所得とちょっとした仕事で生きられる状態がサイドFIREというイメージです。要するに、どれだけ不労所得を積み上げるかの違いなので、FIREを目指す過程で一定の目標を超えればサイドFIRE達成です。サイドFIREの正確な意味をまだ知らない時に、僕は彼に以...サイドFIRE、この言葉からさっちゃんへの感謝を抱きました

  • 久し振りに散歩すると、さっちゃんとの思い出ばかりが心に浮かびます

    今日はコンビニに用事があったので、ついでに散歩もしました。本当に久し振りの散歩です。日没はまだまだ2時間ほど先ですから、綺麗な写真は期待できません。でも、カメラは持って行きました。すると、歩き始めてすぐに驚きの出会いが。▲16:16。長い間、姿を消していた野良猫との再会です。実に1年ぶりくらいでしょうか?元気そうです。さっちゃんは猫を見ると、嬉しそうでした。一度なんかは、「ネコ!」と言葉に出して、猫がいることを僕に教えてくれたこともありました。意味ある言葉がほとんど出なくなっていた頃だったので、僕は本当に驚きました。多摩川土手を歩いていると、土手の北側に黄色のキク科の花がたくさん咲き誇っていました。▲16:20。毎年、この場所で咲くオオキンケイギク(大金鶏菊)かなと思います。毎年、この花を指差して「綺麗だ...久し振りに散歩すると、さっちゃんとの思い出ばかりが心に浮かびます

  • さっちゃんと10年前に登ったシダクラ尾根をYYDの仲間と歩きました

    いろいろと考えることがあって、前日の土曜日にYYDの山行に参加させてもらうことにしました。入会者募集のための体験山行&地図読み山行で、奥多摩のシダクラ尾根を登る山行です。多摩川をシダクラ橋で渡ると、正面の尾根がシダクラ尾根です。ところが、この日のリーダーであるK藤さんは左下のシダクラ沢へ下っていくじゃあありませんか!「あれっ?シダクラ尾根は真正面の尾根だよ!」と僕は呼び止めます。そんな僕にはお構いなく、みんなシダクラ沢へ向かい、沢を渡って、対岸の尾根を登り始めます。K藤さんは山行計画書に添付してあった地形図を僕に見せて、「ここがシダクラ尾根ですよ」と言うんです。反論しても意味がないので、「まっいいか。初めての尾根を登れるわけだし」と思うことにしました。途中でシダクラ峠との道標が出て来ると、「ほら、この尾根...さっちゃんと10年前に登ったシダクラ尾根をYYDの仲間と歩きました

  • Y山さんの沢登りに参加しました。実力を付けつつあるメンバーと共に遡行するのは楽しいですね

    先日の5月29日(日)、奥多摩の鷹ノ巣谷へ行きました。YYDのY山さんの計画した沢登りです。彼とそのグループは今年は更なる実力向上を目指して頑張っています。伸びつつある姿を見るのは、嬉しくて楽しいですね。慎重さは失わず、大胆に挑戦して欲しいですね。この日は大滝までの往復計画でしたから、体力的には比較的楽でした。沢歩き、岩場やゴーロでの足さばきや体さばきが重点ポイントになっている僕にとっては良いトレーニングになったと思います。思い出や感じたこと面白い挿話などは『ザイルと焚火と焼酎と』に書きましたから、読んでみてください。登山や沢登りに興味の薄い方には長すぎる文章ですが、飛ばし読みでも大丈夫ですよ。YYDの山行で、鷹ノ巣谷を大滝まで往復して来ました▲YYD最年長の僕(左)と2番目のK田さん(右)。(撮影:Y山...Y山さんの沢登りに参加しました。実力を付けつつあるメンバーと共に遡行するのは楽しいですね

  • I老健へ行き、S田さんとの面談がありました

    昨日の月曜日は1ヶ月ぶりの面談がI老健でありました。3時5分前に着くと、洗濯済の寝巻き等を渡し、新たな洗濯物を受け取りました。先週の金曜日に入浴して着替えた寝巻きと肌着と靴下でした。玄関先で待っていると、相談員のS田さんが現われて、面談室で待つように言われます。S田さんが面談室に入って来て、最初にこんなことを言われました。「ケアマネさんとは連絡は取っていますか?」「今後もずっとさっちゃんのケアマネさんでいてくれそうですか?」ケアマネのT口さんとは具体的な用事もないので、確かに連絡回数は減っていて、1ヶ月に1回くらいになっています。それにT口さんとの関係性も悪くはありませんから、当然ずっとケアマネさんであり続けてくれることに、疑問は抱いていませんでした。ところが、です。S田さんがおっしゃるには、さっちゃんが老健等...I老健へ行き、S田さんとの面談がありました

  • さっちゃんに会えないことに慣れてしまう自分がいます

    老健に入所してからというもの、さっちゃんの様子がほとんど分からなくなってしまいました。病院に入院している時の方が医師からの説明があったり、担当看護師さんからちょこちょこと話が聞けたりしていました。病院の方が入院している患者とその家族との距離が、このコロナ禍にあっても老健よりはずっと近いように感じます。病院は僕でも簡単にナースステーションまでは近づけました。さっちゃん担当の看護師さんを呼んでもらって話を聞くことも容易でした。でも、老健はさっちゃんの居る3階まではもちろん入れませんし、玄関先で用事を済ますしかありません。相談員のS田さんも常に多忙そうですし、気軽に声を掛けてもいい雰囲気はありません。老健という施設は、コロナ禍だからかもしれませんが、さっちゃんと僕との間に高くて分厚い壁を置いているようです。11月末か...さっちゃんに会えないことに慣れてしまう自分がいます

  • 奥多摩の長尾谷を遡行しました。20年以上昔のさっちゃんのリハビリを思い出しました

    3年半のブランクの後、沢登りを再開すると、滝を登ったりする以前に、沢を歩くことが下手になっていることに気付きました。岩がゴロゴロしている、平坦ではない地面を歩くことが沢登りの基本なんでしょうね。それで思い出したことがありました。さっちゃんは1998年2月に雪の愛鷹連峰で滑落し、右膝を骨折しました。2回の手術とトータル9ヶ月の入院生活の末、やっと退院できました。病院でのリハビリの他、普段からよく散歩をするようにしてたのです。中でもよく歩いた場所があります。それは多摩川の河原でした。石っころが敷き詰められたような河原です。小石ばかりではなく、漬物石くらいの石や、それ以上のサイズの石も転がっています。そんな河原を歩くと、普通に道路を歩いたりリハビリルームで頑張ったりしても、出来ないリハビリが出来るんです。微妙な脚の筋...奥多摩の長尾谷を遡行しました。20年以上昔のさっちゃんのリハビリを思い出しました

  • つづら岩でマルチピッチを久し振りにちょこっとだけ体験。次に向けてのステップですが、その内容はまだ秘密・・・・

    僕の山体力がある程度戻って来ると、僕の心の中にやりたいことが波のように次々と押し寄せて来ます。さっちゃんは7月には老健を退所するでしょうから、とりわけそれまでにしておきたいとの気持ちが強まります。本当は梅雨入り前に実行しておきたかったんですけれどね。でも、梅雨に入ってから運よく晴れた週末に実行できればと今は考えています。それを実現させるためのワンステップとして、つづら岩へ行きました。詳しくは『ザイルと焚火と焼酎と』を読んでみてください。つづら岩も3年半ぶりです。ダブルザイルの練習をしました▲13:58。つづら岩の南面です。高さ40m、幅60mあります。*********今日の午後、降り続いていた雨がやんでから、I老健へ行きました。洗濯済の寝巻き3着を届けに行ったのです。入浴以外で、寝巻きを汚したりして洗濯が必要...つづら岩でマルチピッチを久し振りにちょこっとだけ体験。次に向けてのステップですが、その内容はまだ秘密・・・・

  • とうとう3年半ぶりの沢登りの再開に辿り着きました!

    まだまだ十分な山体力には遥かに及びませんが、最低限度のレベルにまでは何とか戻れたかなと思っています。ですから、5月にもなりましたし、3年半もの長きブランクのある沢登りを再開することにしました。嬉しいです!やっとここまで来ました!詳細は『ザイルと焚火と焼酎と』を読んでみてください。3年半のブランクを越えて、易しいシダクラ沢を遡行しました▲10:59。久し振りの沢にどっぷりと浸かって、心が躍ります。もっと長い沢、もっと登攀的な沢、もっとザックの重い泊りの沢、そんな沢への道筋はまだまだ遠く感じます。沢を歩く足取りも不安ですし、緑内障の影響でしょうが、足元を確信持って見定めることが出来ません。本当にここに足を載せても大丈夫か?滑らないか?不安感が付き纏います。以前のように跳ねるように歩き登ることは無理でしょうから、安全...とうとう3年半ぶりの沢登りの再開に辿り着きました!

  • I老健に洗濯物を取りに行きました。S田さんから聞けたことは・・・・

    久し振りの好天で今日は洗濯日和。日曜日につづら岩へ行った際の僕の衣服中心に洗濯しました。午後の少し暑さが和らいだころ、洗濯したさっちゃんの寝巻き、肌着、靴下を持って、I老健へ行きました。先週の水曜日からの1週間分のさっちゃんの洗濯物も受け取りました。入浴のたびに着替えるのが基本ですから、入浴のある金曜日と火曜日の着替え分がありました。それぞれ、寝巻き、肌着、靴下です。他に寝巻きが1着ありました。湿気った状態でありましたから、入浴時以外で寝巻きが汚れたんでしょうね。ところで、さっちゃんは寝巻きを6着持っているはずです。いま着ている1着、今日持って行った洗濯済の2着、今日受け取って来た3着、これで6着ですよね。来週の水曜日に訪れることにしたのですが、火曜と金曜の入浴で着替えたら、それでギリギリですね。入浴以外で洗濯...I老健に洗濯物を取りに行きました。S田さんから聞けたことは・・・・

  • GWに秩父の低山徘徊をしました。青空も新緑もまばゆいほどでした

    GWには2回山へ行きました。まだまだ重荷を背負って雪の春山へ行ったり、泊りの沢へ行ったりの山体力はありません。数年前の山体力と比べても、やっと5割くらいに復活しただけだと思います。GWの5月3日、楽しそうな計画が出ていたので参加することにしました。計画者はT原さんで、西丹沢の畦ヶ丸で一緒でしたから、今の僕の状態はよくご存知です。詳細は『ザイルと焚火と焼酎と』をお読みください。YYDの仲間と秩父の釜ノ沢五峰と品刕(しなしゅう)を歩きました。何とか迷惑をかけずに歩けるレベルになったかな、と思いました▲11:33。長若天体観測所からの眺め。北側だと思います。さっちゃんとのGW山行の思い出も振り返って見ました。GWらしい最後の山行は尾瀬だったんですね。確か、佐々木さんが声をかけてくださって実現したんだと思います。201...GWに秩父の低山徘徊をしました。青空も新緑もまばゆいほどでした

  • さっちゃんのこといろいろ・・・・

    今日は天気も良かったので、自転車に乗って2ヶ所で支払いをして来ました。最初の1件はさっちゃんが大腿骨骨折で入院していたA病院です。GW最中の5月2日、A病院から電話がありました。「未払い分が1120円あるのでお知らせします」え?僕は驚きました。「支払いは退院する際に精算したんですけれど」と言うと、「ちょっと待ってください。調べて再度電話しますね」との返答。数分後、電話が来ました。「3月1日に発熱外来に来られましたよね。・・・・」「あっ!そうです、そうです。思い出しました。分かりました」「では、GW後にでも病院のカードを持って、支払窓口まで来てくださいね」もう1件はGW前に請求書が郵送されてきました。I老健に入所した4月11日、関連病院で診察を受けたのですが、その時出された薬の代金です。その病院の隣りにある薬局か...さっちゃんのこといろいろ・・・・

  • 1ヶ月前の西丹沢バリエーション山行です。この山行を転機に山体力復活に光明が射して来たように感じます

    僕の山行記録もこの4月9日(土)を書き終えましたから、やっと5月の山行に追い付きました。5月3日(火)と6日(金)の山行記録が残るだけになりました。山行をしてすぐに書き留めないと、やっぱりどうしても印象は薄らいできます。上記2つの山行も今週中には書き終わりたいですね。この西丹沢の山行への参加はけっこう悩みました。計画したT原さんが健脚だということもありますが、その頃の僕にとっては距離も長く標高差もある山行計画だったからです。山行を計画したT原さんに参加を申し込む際、次のようなメールを送っています。僕自身がまだ自分の山体力に自信がないことが如実に表われていますね。『T原さま畦ヶ丸の山行ですが、山体力の落ちた僕でも参加できますかね?山体力が落ちているのは確かなんですが、YYDのメンバーと一緒に歩いて、自分だけで歩く...1ヶ月前の西丹沢バリエーション山行です。この山行を転機に山体力復活に光明が射して来たように感じます

  • I老健へ洗濯物を取りに行くと・・・・

    先週の水曜日に洗濯物を取りに行くと、1週間たったのに洗濯物はありませんでした。それから1週間、昨日また洗濯物を取りに行きました。午後に洗濯物を取りに行くことは伝えてありますし、顔も覚えられたのでしょうか?僕の姿を見ると、事務の方が洗濯物置き場を探し始めました。洗濯物はありました。パジャマタイプの寝巻き1着、肌着1着、靴下1足が入っていました。すると、S田さんが僕の方へ歩み寄って来て、こう言います。「看護師さんがさっちゃんの様子を話してくれるそうですから、そこ(椅子)に座って待っていてください」すぐに看護師さん(看護師長だったかな?)が来てくださって、隣りの椅子に座り、話してくださいます。食事(経管摂取ですけれど)については、「朝の10時と夕方5時ころに食事をしています」「400kcalずつ、1日に800kcal...I老健へ洗濯物を取りに行くと・・・・

  • 一ヶ月以上前のYYD伊豆ヶ岳東尾根地図読み山行に参加した記録です

    3月27日(日)に僕はYYDの仲間と伊豆ヶ岳東尾根を歩きました。さっちゃんの痰の吸引について悩み考え、胃瘻造設の決断をしたころです。さっちゃんの状態がどうであろうと、コロナ禍では面会も出来ず、僕には何も出来ることがありません。鬱々とし続けているよりも、せめて肉体的には元気であろうと山を歩くしかありません。さっちゃんは以前からよくこんな風に言っていました。「山を登れなくなったら、私はどう生きて行けばいいの」と。それほどさっちゃんは山が好きでした。なので僕はさっちゃんが山を歩ける限り、一緒に山を歩き続けました。それも2020年12月6日が最後でした。80歳を過ぎても山歩きしていたのですから、一般的な感覚では十分山を楽しんだ人生だと言えるでしょう。でも、僕はそうは思いません。おそらく、さっちゃんも同様でしょう。もっと...一ヶ月以上前のYYD伊豆ヶ岳東尾根地図読み山行に参加した記録です

  • 洗濯物を取りに行きましたけれど、ありませんでした。さっちゃんに何かあったのか心配です

    昨日「洗濯物を取りに行きます」と電話を入れておいたので、今日I老健へ行って来ました。でも、洗濯物はありませんでした。先週の水曜日に寝巻き4着など、たくさん洗濯物があって、金曜日にそれを洗濯して届けました。金曜日と火曜日に入浴し、着替えもするようなので、今日行けば2着はあるはずと思っていました。それが、1着もないんです。さっちゃんが入浴できないような事情があったのでしょうか?入浴はしたけれど、着替えは出来なかった事情があるのでしょうか?入浴できなかったのなら清拭などはしたのでしょうか?月曜日のS田さんとの面談の中ではさっちゃんの体調は問題ないとのことでした。ですから、体調が悪くて入浴できなかったことはないかと思われます。それとも、予測も出来ないようなもっと別の理由があるのでしょうか?分かりません。先日、スタッフの...洗濯物を取りに行きましたけれど、ありませんでした。さっちゃんに何かあったのか心配です

  • 昨日、I老健でS田さんとの面談がありました

    さっちゃんが入所した時から決まっていたことですが、入所2週間後の4月25日(月)に面談が行なわれました。4月21日(木)にはI老健内部でさっちゃん担当の職員の方々でケアカンファレンスも行なわれたみたいです。担当職員の方々も含めて行なわれるのかな?とも予想していたのですが、S田さんお一人でした。この2週間のさっちゃんの状況説明がメイン事項ですね。僕は面談内容をメモしておこうと、ノートとボールペンを用意しました。でも、S田さんは「最後に資料をコピーしてお渡ししますから、メモしなくても大丈夫ですよ」と言います。ですから、僕はメモしなかったのですが、血液検査の結果とか、幾つかの資料はコピーしてもらえませんでした。「〇〇の資料が入っていませんよ」と、最後にS田さんに要求した方が良かったのかもしれませんが、そこまではしませ...昨日、I老健でS田さんとの面談がありました

  • 山の友はいいものです。S﨑君と再度、日和田で岩トレしました

    以前所属していた山岳会は多くの会員を抱える会でしたが、中高年のハイキング主体の山岳会でした。そこで僕は30年間近く、ずっといちばん若いメンバーのひとりでした。その会の山のお師匠さんや大先輩の方々はほとんどが鬼籍に入られています。1998年2月にさっちゃんが雪の愛鷹山で大怪我を負い、僕のザイルパートナーが失われてしまいました。最初は所属している山岳会内部で声を掛け、同行してくれる仲間を探しましたが、皆僕より年上ですから、今さら危険なことはしたくない人たちばかりでした。何年か経つと、僕は会内でザイルパートナーを探すことを諦め、会の外に求め始めたのです。そして、僕と一緒に行ってくれるようになったのがY根君、H原君、S﨑君たちだったのです。僕たち4人はチームを結成し、チームメロンと称しました。若者3人は皆個性的で、優し...山の友はいいものです。S﨑君と再度、日和田で岩トレしました

  • さっちゃんの寝巻きをたくさん洗濯して、I老健へ持って行きました

    ここのところ梅雨が来たと錯覚させるようなぐずついた天候が多くなっています。水曜日だったでしょうか?洗濯物を取りに行くと寝巻きが4着もありました。イトーヨーカ堂で2着を追加で購入して持って行きましたが、洗濯を何時するかが問題です。金曜日が晴れるという予報でしたから、その時洗濯すればいいや、とは思っていました木曜日の午前中、ふと窓の外を見ると、陽射しがあります。予報でも午前中は晴れで、洗濯可能レベルは午前中が△で、午後は×。一瞬、どうしようかな?と迷いましたが、2着だけ洗濯することにしました。我が家の狭いベランダでは物干し竿に寝巻きを2着干すだけで、満杯になってしまいます。夕方まで干して、何とかギリギリ乾いたくらいでしたから、取り込んでからも部屋の中に吊るしておくことにしました。そして、今日の金曜日、素晴らしい洗濯...さっちゃんの寝巻きをたくさん洗濯して、I老健へ持って行きました

  • 『標準コースタイムで歩く』シリーズ№6では独りで歩きましたが、初めて標準コースタイムより速く歩くことが出来ました

    4月17日(日)に僕は奥多摩の六ッ石山へ行きました。独りですから、意識的に歩くスピードを速くするよう努めなければなりません。のんびりペースではなく、スピードアップすることで自分に負荷をかけるわけです。負荷をかけることで山体力アップのためのトレーニング効果が発生するわけです。これまではそのように意識していても、なかなかペースアップ出来ていませんでした。今回、やっと意識している通りのペースアップが出来たようです。良い結果も現われました。コースタイムの87%で歩くことが出来ました。今後は、いろいろなコースで100%未満の時間で歩けるようになることが目標ですね。更には、そのペースで歩いても負担に感じない自分のペースになっていけばいいと思います。詳細は『ザイルと焚火と焼酎と』を読んでみてください。『標準コースタイムで歩く...『標準コースタイムで歩く』シリーズ№6では独りで歩きましたが、初めて標準コースタイムより速く歩くことが出来ました

  • I老健に洗濯物を受け取りに行きました

    先週の土曜日、I老健へ行きました。金曜日が入浴の日だと聞いていたので、洗濯物が発生しているはずだからです。でも、ありませんでした。事務所の方に理由を聞くと、「バタバタしていたようですね」と言います。「さっちゃんがバタバタしていたんですか?」「いいえ」「では、スタッフの方が?」「そうですね。お風呂には今日入るかもしれませんね」老健のスタッフの方もいろいろと大変なんでしょうね。そして今日水曜日、僕は自転車に乗ってI老健へ行きました。火曜日に入浴しているはずですから、洗濯物があるはずだからです。I老健の窓口へ行くと、大きな紙袋を渡されました。僕は土曜日と火曜日に入浴して、その時の洗濯物があるとは思っていましたけれど、それにしては多過ぎる気がします。僕は広い玄関の端っこで洗濯物の中身を調べてみました。全部をビニール袋か...I老健に洗濯物を受け取りに行きました

  • 介護ベッドと車椅子をいったん返却しました

    さっちゃんが大腿骨転子部骨折で入院していたA病院を退院したのが2月24日。肺炎で災害医療センターに救急搬送されたのが3月5日。その間、10日間だけでしたけれど、介護ベッドと車椅子をレンタルして使用していました。そして今日、それを返却したのです。災害医療センターに入院してからは退院のタイミングが計れなかったのと、自宅に直接戻るのではなくて、老健でワンクッション置くことに決まりましたから、自宅へ戻るのがずっと先になってしまいました。3月5日からは1ヶ月半も経過してしまいました。レンタル料金を半月単位で支払うことは聞かされていましたから、今月前半には返却した方がいいのではと思って、先週、ケアマネさんに電話してみました。すると、「さっちゃんの入院中や老健への入所中はレンタル料金は発生しないんですよ」とのこと。介護保険制...介護ベッドと車椅子をいったん返却しました

  • さっちゃんが救急搬送された日、6年ぶりの山仲間からの電話に心救われました。そして翌週、日和田の岩トレへ行きました

    先月の3月5日、さっちゃんが災害医療センターに救急搬送された日。その日、僕はさっちゃんの生殺与奪の権を委ねられてしまいました。突然のことですから、僕にはさっちゃんを助けたいという選択肢しかありませんでした。そんな重苦しい感情や決定を体験した日の夕刻、S﨑君から電話が掛かって来たんです。6年間何の音沙汰もなかった相手から、よりによってこんな悲惨な日に電話が掛かって来るとは!スマホ越しのS﨑君の声がイエス様かお釈迦様の声のように響いていました。長く喋った後は僕の心も相当軽くなっていたのを覚えています。その日のブログです。さっちゃんの最期へのカウントダウンが始まってしまった、と思いましたそもそもS﨑君が電話をして来た理由は「一緒に岩トレをしよう」という目的でした。ですから、翌週の3月13日に日和田で岩トレをしたんです...さっちゃんが救急搬送された日、6年ぶりの山仲間からの電話に心救われました。そして翌週、日和田の岩トレへ行きました

  • 洗濯物を取りにI老健へ行きました

    さっちゃんは火曜日と金曜日が入浴の日です。入浴と同時に着替えもするそうです。ですから、昨日の水曜日に洗濯物を取りにI老健へ行ってみることにしました。自転車で行くと何分くらいかかるのか、入所直後のさっちゃんの様子はどうなのか、他に何か必要な物はないのか等々、知りたかったからでもあります。このブログは昨日書こうとしたのですが、原因不明のPCの不調で、昨晩は書くことを諦めました。時々ある不調なのですが、ほとんどは数分以内に回復するのに、昨晩はなかなか回復しないので、書けなかったんです。まずはI老健までのかかる時間です。電車で行くと、電車自体は隣りの駅なので3分ほどなのですが、駅までの歩きと駅からの歩きがたくさんかかります。結果的にトータルして40~50分かかってしまいます。さて、自転車ではどうだったかと言うと、たった...洗濯物を取りにI老健へ行きました

  • 災害医療センターを退院し、I老健に入所しました

    先週の水曜日にブログを書いてから4日間何も書きませんでした。さっちゃんに関して、何の動きもなかったからですけれど、別の理由もありました。この何週間か、僕の夜の就寝時刻が遅くなってしまっています。2時台に布団に入って、眠りに就くのは3時ころになっていました。このリズムを変えたいと思うのですが、なかなか眠くなりませんし、無理に早く起きてもどうしても二度寝してしまいます。ただ、先週は土曜日にT原さんと西丹沢の山歩きをする予定でしたから、それに合わせてどうしても早起きが必要だったんです。4時には起きて、5時過ぎには家を出なければなりません。書きたいブログのテーマもあったのですが、書き始めるとどうしても夜遅くなりますし、頭が活動してすぐには眠れなくなります。ですから、ブログを書かずに、早めに布団の中に入っていたという次第...災害医療センターを退院し、I老健に入所しました

  • さっちゃんが退院し、I老健に入所する日が決まりました

    昨日の10時52分、災害医療センターから電話が入り、さっちゃんの退院の日程が決まったと連絡がありました。来週の月曜日、11日です。H越さんが介護タクシーを手配してくれて、ストレッチャーに乗せて出るようです。出発の1時間ほど前には、僕は病院へ行き、さっちゃんの着替えを渡し、入院費用を精算します。介護タクシーはI老健の関連病院へ行き、診察を受けてからI老健へ向かうようです。I老健に到着するまで、僕はさっちゃんと久し振りに一緒に居ることができます。今後の予定が確定しましたから、僕はそのための準備をします。書類とかはともかくとして、最初に必要となるのが災害医療センターを出るための着替えです。ストレッチャーに寝たままで退院するようですから、病衣が必要となります。災害医療センターのコンビニでも売っているのですが、H越さんが...さっちゃんが退院し、I老健に入所する日が決まりました

  • I老健の相談員・S田さんと入所に関する面談を行なって来ました

    今日の15時、僕は予定通りI老健へ行きました。冷たい雨の降る中を電車と徒歩で向かいました。幾つか書類に記入したり、書類を読んだりした後、相談員のS田さんからの口頭での説明を受けました。S田さんは電話の声から受ける印象とは異なる方でしたね。電話での印象はどこかシニックでこちらを少し突き放して喋っているような感じでした。静かに訥々と感情をあまり込めずに語る口調からそんな風に感じたのかもしれません。でも、直接お会いして、生の声から受ける印象はまったく逆でした。思いやりがあって優しい声でした。語る内容からも病気などを抱えた高齢の利用者の方々への理解や優しさが伝わって来ました。いろいろな細かな手続き等の話は省略することにして、このI老健でお世話になることを決めました。まあ、すでに災害医療センターのH越さんとの間では既定路...I老健の相談員・S田さんと入所に関する面談を行なって来ました

  • F沢さんと半年ぶりに日和田での岩トレをしました

    以下、一ヶ月前の3月10日(木)の報告です。F沢さんとの平日の岩トレはこれまでずっと「僕の自由時間」カテゴリーで載せて来ました。さっちゃんのデイサービスの日に岩トレをし始めたのが、この岩トレの由来だからです。さっちゃんが災害医療センターに入院している今は毎日が自由時間のようなものです。ただその自由は、無為であり、隔離されたような寂しい自由です。このブログのカテゴリーを何にしようかなどと考えながら、いろんなことを思ってしまいました。さっちゃんが大変な状況にある時、僕を励ますかのように若い山の友人・S﨑くんからは6年ぶりにF沢さんからは半年ぶりに立て続けに連絡が入り、山へ(岩トレですが)一緒に行くこととなりました。僕を励ますためにこのタイミングで神様が手配してくださったようにも思えて仕方ありません。山の友とは本当に...F沢さんと半年ぶりに日和田での岩トレをしました

  • 俄かには信じ難いですが、嬉しい情報でした

    昨日電話があって、「さっちゃんのオムツとパッドが不足しているので持って来て欲しい」とのことでした。僕は2時前に家を出発し、自転車に乗って多摩川土手を走って向かいました。▲13:52。さっちゃんといつも散歩していた基本周回コースの桜並木です。さっちゃんと一緒にこの桜を愛でたかったですね。災害医療センターまで50分くらいかかりました。土曜日なので裏の方の入り口から入ります。ナースステーションでさっちゃん担当の看護師さんが来てくれます。オムツはs~Mサイズなのでいいのですが、パッドはちょっと大き過ぎるかもしれません。頻繁にパッドは交換しているみたいですから、排尿目安は2~3回分でいいのでしょうが、4回分のワイドサイズでした。看護師さんは「大は小を兼ねるので、大丈夫ですよ」と言ってくれます。オシメもパッドも余ったところ...俄かには信じ難いですが、嬉しい情報でした

  • I老健の関連医院で胃瘻造設をするようになりそうです

    今日の1時9分、I老健から電話が入りました。でも、相談員の方が妙なことを言うんです。「こちらで胃瘻造設手術をするとなると、・・・・うんぬんかんぬん・・・・」ですから、僕はその時点で把握している状況を伝えました。「手術は災害医療センターで行なうのですが、器具が届くのを待って、手術日が決まることになっています」僕がそう告げると、相談員の方は戸惑った様子で、「〇〇と相談してみます」みたいなことをおっしゃって電話を切りました。僕はどうにも腑に落ちなくて、すぐにH越さんに電話します。すると、どうやら僕が知らないうちにI老健とH越さんとの間で話が進んでいて、次のような流れになっていたようなんですね。I老健の関連医院でも胃瘻造設手術が出来るので、そちらに転院した方がいいのではないか、と。その後の実技指導の件もありますから、僕...I老健の関連医院で胃瘻造設をするようになりそうです

  • 胃瘻造設の担当医師から電話が入り、その後、痰の吸引の実技指導の可能性がある老健の情報もありました

    これから報告することは昨日の出来事です。昨晩は夕食後、寝てしまいました。普通なら1、2時間で目が覚めるのですが、昨晩は夜中の1時過ぎまで眠ってしまいました。その後、ちょっとだけ用事を済ませて、眠りに就いたのは3時過ぎ。ふた晩連続の3時過ぎ就寝です。週末に山歩きして、普通の就寝リズムに戻さなければ!改めて言いますが、これから書くことは昨日の出来事です。10時16分、災害医療センターから電話が入りました。さっちゃんの胃瘻造設担当医師からの電話でした。S口先生という方ですが、まずは胃瘻造設に関わる危険性の幾つかを詳細に説明してくださいました。本来ならS口先生と直接向き合う面談を通じて受ける説明なのでしょうが、コロナ禍ですから電話での説明になったようです。麻酔による危険性、手術で使用する胃カメラでの誤嚥や歯を傷つける危...胃瘻造設の担当医師から電話が入り、その後、痰の吸引の実技指導の可能性がある老健の情報もありました

  • 山仲間からの温かく心底有難い電話がありました。吸引カテーテルを鼻から挿入。H越さんから連絡入って、どうやら胃瘻造設できそうになりました

    今日の11時8分、山仲間の一人から電話が入りました。(かなり繊細で個人的情報なので、T口さんとかH越さんとかの表示も使わず、“彼”とだけ言うことにします)彼は僕の最後のザイルパートナーでした。(最初のザイルパートナーで僕の山人生ほとんどのザイルパートナーはさっちゃんです)彼とは最後に北穂高岳滝谷ドーム中央稜を登攀しました。その彼からの突然の電話でした。首都圏からは遠く離れて暮らし、そちらで結婚もし、子供も生まれました。そのお子さんが胃瘻を設置し、痰の吸引が必要なお子さんなんだそうです。もうそれ以上のことはここでは書きませんが、彼は僕などとは比較にならないほど辛い状況であることだけは確かです。彼は僕のブログを時々読んでくれていたようで、さっちゃんの現在の状況を知って、何か僕の助けになるかもと思って、電話をくれたみ...山仲間からの温かく心底有難い電話がありました。吸引カテーテルを鼻から挿入。H越さんから連絡入って、どうやら胃瘻造設できそうになりました

  • さっちゃんの自宅介護・看護の最重要ポイントは痰の吸引です

    さっちゃんと二人で一緒に桜を観たいな、と思っていました。でも、その希みは叶いませんでした。▲12:38。我が家の桜もほぼ満開です。我が家のと言っても、庭はありませんから、ベランダから見える桜なんです。枝が伸びると(伸び過ぎると切られちゃうんですが)手で掴めそうなくらいすぐ近くで咲いてくれます。去年まではさっちゃんもこの桜を愛でていました。今日の15時にケアマネさんが訪問してくださることになっていたので、その前にやっておきたいことがありました。僕の体を実験台にした痰の吸引練習です。まだ吸引器は手元にないので、H越さんにいただいた吸引カテーテルだけを僕の口腔から喉の奥へ差し込む練習です。鼻から差し込む方がハードルが高そうですから、まずは口腔からとします。吸引カテーテルを口から喉へ差し込もうとします。ウゲゲゲゲ、ゴホ...さっちゃんの自宅介護・看護の最重要ポイントは痰の吸引です

  • 一ヶ月以上前の『標準コースタイムで歩く』シリーズ№5をやっと載せることが出来ました。この間(今もですが)、さっちゃんの悲しい激動が続いています

    2月19日(土)にYYDの仲間と歩いた陣馬山の記録をやっと載せることが出来ました。2月24日のA病院からのさっちゃんの退院を前に、僕は2月17日にも山を歩きに行きました。さっちゃんが家に戻って来ることは最大の喜びなんですが、山へは行けなくなります。ショートステイを利用できるほどに体調等が戻らないと、僕の山行はお預けなんです。さっちゃんが退院して以降の状況は最近のブログに書かれている通り。心にゆとりを持って山を楽しむような心持ちにはなれませんでした。さて、2月19日の山行の話に戻ると、前々日の高水二山からは少し急いで歩くことにしました。その結果、ほぼ標準コースタイムで歩けていたので、もうちょっと頑張ってYYDの仲間と歩いてみようと思ったのです。YYDの仲間は速く歩く連中が多いんです。6年前に入会した時は、そのスピ...一ヶ月以上前の『標準コースタイムで歩く』シリーズ№5をやっと載せることが出来ました。この間(今もですが)、さっちゃんの悲しい激動が続いています

  • 胃瘻の造設をお願いしました

    入院後まもなく、担当医師から「食事を飲み込む力が弱いので、鼻から胃へ管を通し、栄養投与をします」との説明を受けました。所謂、胃管です。その時に僕は思いました。「胃管と胃瘻とどう違うんだろう?」ですからネットで調べてみました。結論から言うと、胃管と胃瘻は同じです。どう同じかと言えば、どちらも経口摂取できない患者への方策だからです。それぞれメリット、デメリットがあります。デメリットで言えば、胃管は管の存在に違和感があり、管を通して垂れる唾液等の誤嚥が発生し易くなります。胃瘻はお腹に穴を開けるわけですから、そこに大きな抵抗感がありますよね。昔から胃瘻に反対する人々の声をよく耳にしていました。「これは単なる延命措置ではないのか?」その患者さんの状態にもよるのでしょうが、胃瘻が単なる延命措置であるケースもあると思います。...胃瘻の造設をお願いしました

  • さっちゃんに代わって僕が判断せねばなりません。またしても今日、僕は大きな岐路に立たされました

    今日の午前11時にケアマネさんが家を訪問してくださり、さっちゃん退院後の介護と看護のサービス利用計画見積りを示してくれました。午後3時からは災害医療センターへ行きました。そして、担当医師のH澤先生と退院支援計画担当者のH越さんと担当看護師さんと僕の4人での話し合いの場を持ちました。書いておきたいことを全部書き記すと膨大な文章量になってしまいそうですから、核心部分のみを今日は書いておこうと思います。H澤先生から頂いている書類「医師よりの説明内容」に重要部分は的確にまとめられていますから、それをブログにも転載したいと思います。誤嚥性肺炎で加療を継続しております。発熱が目立ったため一時的に抗生剤を再投与しましたが改善傾向にあったため終了しております。ただし誤嚥を常に起こしてしまっている状況であり、一部分改善しても別の...さっちゃんに代わって僕が判断せねばなりません。またしても今日、僕は大きな岐路に立たされました

  • さっちゃんの退院先を自宅にすることで再び動き出しそうです

    先週土曜日に妹さんに記入してもらった入院手続きの書類を、今日病院へ持って行きました。それと一緒に尿漏れパッドも持って行きました。まずは入退院受付の窓口に書類を提出し、その後、ナースステーションに行きました。パッドを預け、担当の看護師さんを呼んでもらいます。▲13:20。待っている広間から見える雪景色です。大きな公園の広場が真っ白になっています。今日は真冬のような寒い日で、しかも一日中雨でした。正午前ころからは雨が雪に変わり、僕も雪の中を病院へ向かいました。看護師さんが来られ、さらに追加でパッドをコンビニで購入することになりました。水分を十分摂れているのでしょうね、おしっこがたくさん出ているのだと思います。コンビニで購入して戻って来ると、今度は退院支援計画担当者のH越さんが来てくださいました。吸引の機械も持ってお...さっちゃんの退院先を自宅にすることで再び動き出しそうです

  • 昨日は入院手続きの件でさっちゃんの妹さんに会い、ついでに病院での用事を済ませました

    昨日、19日の土曜日のご報告です。14日の月曜日に受け取った入院手続きの書類、その書類に記入してもらうために、昨日の13時、さっちゃんの妹さんに会いました。さっちゃんの入院している病院がちょうど僕と妹さんの家の中間地点くらいですから、そこの駅ビルで会うことになりました。もう一人の妹さんも来られました。駅ビルの中のデパートの喫茶店で2時間ほどいろいろと話しをしましたたわいもない話ですし、周りも五月蠅く、眼の前には大きな透明な衝立も置いてありますから、耳がさほど良くない僕にはほとんど聴き取れません。書類に書いてもらう内容は入院費の連帯保証人になってもらう件です。災害医療センターには15時少し前に着きました。土曜日ですから、正面玄関は閉まっています。コンビニに行き、患者衣レンタルの契約を2週間分しました。最初にも2週...昨日は入院手続きの件でさっちゃんの妹さんに会い、ついでに病院での用事を済ませました

  • どうやら僕自身のことが心配されているように感じます

    昨日の退院支援計画担当者の電話の中で、「痰の吸引を実際に病院でやってもらいましょう」との話がありました。僕は今日にでもその日程の打診があるのではと一日中電話が来るのを待っていました。しかし、電話は来ませんでした。待ち人からの電話は入りませんでしたけれど、ケアマネさんから5時に電話が入りました。その内容は簡潔なもので「28日の月曜日に訪問看護の看護師さんと私とで伺いますね」というもの。僕とさっちゃんの今後について話し合いの場を持ちたいと言うのです。昨日のH口さんもそうですし、ケアマネさんも同様ですけれど、言葉の端々から僕単独での自宅介護・看護への心配の気持ちが漏れ出ています。「やってみないと分からない。頑張ってみないと分からない」との想いだけで、自宅介護・看護に突入する僕を不安に感じるのでしょう。正しく出来なくて...どうやら僕自身のことが心配されているように感じます

  • 自宅へ向けての退院が具体的に進み始めました。でも、その道のりは想像以上に険しそうです

    今日の11時57分、災害医療センターから電話が入りました。H口さんという方で、おそらく看護師さんだと思います。退院支援計画担当者なんだと思います。まずはさっちゃんの現在の状況の説明から話は始まりました。酸素マスクは付けていないこと、そして経腸栄養のための鼻からの管が付けられていると言います。でも、さっちゃんが鼻の管を外そうとするんだそうです。この管は引っ張ると容易に抜けるんだそうですね。手で引っ張らなくてもさっちゃんの動きの中で抜けそうになることもあるようなんです。もちろんテープで止めたりはしているのですが、そのテープも外れることがあるのだそうです。病院ではその対策として、さっちゃんに手袋をはめてもらっているようです。手袋と言っても、ボクシングのグローブのように指は使えない手袋だそうです。痰の吸引についても話し...自宅へ向けての退院が具体的に進み始めました。でも、その道のりは想像以上に険しそうです

  • さっちゃんの退院に向けて少しずつ動き出すかもしれません

    さっちゃんが入院している災害医療センターは救急救命に重きを置いた病院ですから、ここからの退院が病気完治を意味するものではありません。それを前提として、今後の道筋も考えていかねばなりません。今日の10時半ころ、さっちゃんの主治医の先生から電話が入りました。今週明けに血液検査等すると聞いていましたから、その結果報告があるとは予想していました。酸素の供給量は減っていると言います。昨日の看護師さんは酸素マスクはもうしていないと言っていましたが、恐らくまだ少量必要な状況もあるのかもしれません。お医者さんの方が慎重な判断、言い方をしたのでしょうか?炎症の程度を示す値であるCRPですが、2.9だったそうです。30台から20台、10台へと順調に下がって来てはいますけれど、まだまだ中程度以上の炎症だという数値です。レントゲンでも...さっちゃんの退院に向けて少しずつ動き出すかもしれません

  • 災害医療センターに必要な物を届けて来ました

    土曜日の夕方に災害医療センターから電話が入りました。病院から電話が入ると、ドキッとしますね。ただ、さっちゃんの入院生活の中で必要な物を持って来て欲しいという内容でした。すぐにでも届けに行こうかと思いましたが、「月曜日でもいいですよ」と言われて、そうすることにしました。今朝は7時に鳴ったアラームで起きはしましたが、二度寝してしまいました。前日の日和田での岩トレと下山後の打ち上げの影響でしょう。10時に起きて、朝食を食べ、洗濯をしました。その後、1時過ぎころ、僕は自転車で病院へ向かいました。今日は4月中旬並みの暖かさ(暑さ)でしたから、薄着で自転車も力一杯漕がずにゆっくりと向かいました。それでもやっぱり55分ほどで到着しましたね。家にあったパッド2袋、口腔ケア用ウェットティッシュを持って行きました。病院のコンビニで...災害医療センターに必要な物を届けて来ました

  • 『標準コースタイムで歩く』シリーズの№4からは少し急いで歩くようにしました

    2月17日(木)に高水三山のうち惣岳山と岩茸石山の二山を歩いて来ました。写真をたくさん選んだりするので、もともと記録の作成には時間がかかるのですが、今回は3週間以上かかってしまいました。19日にはYYDの山行に参加し、20日は3回目のワクチン接種、21日は倦怠感で丸一日ぐったりしていました。そして、24日のさっちゃんの退院の日を迎えたわけです。何かと忙しく、3月に入ると更なる怒涛の展開で、息つく暇もない状況でした。さっちゃんが入院している状況で、面会も出来ませんから、僕は意識的に元気に過ごすしかありません。10日の日はF沢さんと日和田で岩トレ、明日もS﨑君たちと日和田で岩トレします。昨日あたりからは何事もなくやっと落ち着いた生活が出来ています。山行の詳細は『ザイルと焚火と焼酎と』を読んでください。『標準コースタ...『標準コースタイムで歩く』シリーズの№4からは少し急いで歩くようにしました

  • 日和田でのクライミングの最中に災害医療センターから電話が入りました

    水曜日の午前中に、F沢さんからメールが入りました。「明日の木曜日に日和田で岩トレしませんか?」と言うのです。およそ半年ぶりのF沢さんとの岩トレになりそうです。6年ぶりのS﨑くんにしろ、半年ぶりのF沢さんにしろ、このタイミングで連絡が入るとは!何やら神様の配慮すら感じてしまいます。山仲間からの温かな気持ちを受け取れますし、僕の暗い心持ちも明るくなりそうです。という訳で、昨日は日和田へF沢さんと岩トレに行きました。その岩トレの報告は別に譲るとして、途中で掛かって来た災害医療センターの主治医の先生からの報告内容を記録しておこうと思います。確かトップロープで僕が女岩西面左ルートを登っていた時でした。僕のスマホが下でか細く鳴っているのが聞こえました。すぐに降ろしてもらって(どうせそれ以上は登れなかったのですが)、スマホの...日和田でのクライミングの最中に災害医療センターから電話が入りました

  • 今日も災害医療センターへ行きました。さっちゃんの入院生活に関係した諸手続です

    今朝の9時25分、訪問診療所から電話があって、さっちゃんの様子を聞いてくださいました。僕からも契約書の件を聞いてみましたが、あまり急いでいる感じではありませんでした。次に診療に伺う時にでも、といった感じです。でもまあ、僕としては早めにきちんとした契約をしておきたいですから、記入した契約書を診療所に持って行くことにしました。我が家から近いんです。続いて10時30分には、災害医療センターから電話が入りました。さっちゃんが今日の1時半に一般病棟へ移るんだそうです。それで、個室と大部屋があってどこに入りますか?という説明がありました。個室は費用が嵩みますし、さっちゃん自身も個室の快適さを実感できないでしょう。個室でないと困るような病状でもありません。大部屋をお願いしました。また、入院中に必要になるもの、病衣、オムツ、パ...今日も災害医療センターへ行きました。さっちゃんの入院生活に関係した諸手続です

  • 災害医療センターの担当のお医者さんから説明を受けました

    今日の11時45分、僕が眼科病院に行っている時、災害医療センターから電話が入りました。「さっちゃんの病状について近いうちに説明の場を持ちたい」と、担当のお医者さんから話があったのです。僕が「今日でもいいですよ」と言うと、「では本日の16時からでいかがでしょうか?」との提案。僕はもちろん大丈夫です。「場所はのちほど決めて、連絡しますね」と、その時の電話は終了しました。昼過ぎに連絡があって、お会いする場所も決まりました。僕は日頃の運動不足解消のために、自転車で向かいました。片道55分、往復ですから1時間50分の自転車漕ぎ運動が出来ました。先生からの説明ですが、「医師よりの説明内容」という文書をいただきましたから、その文面をそのまま掲載します。内容的にはその場でお医者さんと話したのとほぼ同内容です。僕のあやふやな記憶...災害医療センターの担当のお医者さんから説明を受けました

  • たった10日間の生活でした・・・・

    2月24日に退院して、昨日再入院するまで、たった10日間の家での生活でした。しかも、3月に入ってからの5日間は発熱で肉体は弱って行くばかり。何もかもが僕の責任なようで、さっちゃんに何回謝っても謝り切れない心持ちです。もっと早く脱水症に気付き、対応策をしっかりと取っておくべきでした。4日の金曜日、訪問看護士さんが来られる日、脱水症のことを相談しようと、点滴のこと等を考えていました。そのためにA病院から受け取っている診療明細書を初めて見てみたのです。とくに点滴に関して。すると、2月の診療明細書にも栄養や水分補給のための点滴を複数回打っていることが分かりました。食事や水分摂取に関して、時間をかけて忍耐強く対応してくださっていた入院生活の中でさえ、これほど点滴をしていたのですね。退院の際、「環境が変わるとリハビリにも前...たった10日間の生活でした・・・・

  • さっちゃんの最期へのカウントダウンが始まってしまった、と思いました

    昨日の日没ころからだったと思います。さっちゃんの息が荒くなりました。目をつむって寝ている状態でも、その荒く息する音は続いていました。熱も平熱には戻りませんでしたから、寝ている時にも額に濡れタオルを置くようにしていました。朝になってもその状態は変わっていませんでした。今朝の9時前にヘルパーさんが来てくださいました。今日はオムツ交換と清拭の日なんです。僕はヘルパーさんにこれから訪問診療のお医者さんが来ることを告げ、その成り行きに沿って行動してくださいとお願いしました。結局、ヘルパーさんは途中で帰ることになりました。その後、訪問診療のお医者さんと女性二人が来られました。3人はさっちゃんの寝ている寝室に向かい、お医者さんがさっちゃんの様子を見ますが、しばらくしてすぐに僕にこう言うんです。「もう生死が問われる状況です。ご...さっちゃんの最期へのカウントダウンが始まってしまった、と思いました

  • 今日も脱水症による発熱は続きました。ケアマネさんの尽力で事態は急進展中です

    今日も昨日同様、簡潔にまとめておきたいと思います。8時の体温ー38.2度10時の体温ー37.6度11時の体温ー37.8度14時10分の体温ー37.2度16時30分の体温ー37.6度今日も体温が平熱にまで下がりませんでした。10時10分ころ、さっちゃんの目が開いたので、OS-1をひと口入れたのですが、すぐに寝てしまいました。眠った状態で飲ませるのは危険ですから、起きてもらわなければなりません。起きてもらって、少しずつでも水分を摂取してもらわなければなりません。大人なら1日に水分を2000ccくらいは摂らなければならないはずです。それがさっちゃんは退院以降、1日に多かった日でも100ccくらいなんです。僕はさっちゃんの手や肩をパタパタと叩きます。「さっちゃん、起きて。起きて、飲まなきゃ駄目だよ」叩き続けながら、声も...今日も脱水症による発熱は続きました。ケアマネさんの尽力で事態は急進展中です

  • 今日も38度台の発熱がありました

    夜9時ころだったでしょうか?ちょっとだけ体を横にしたくて、さっちゃんの横で布団に横たわったら、そのまま寝てしまいました。目が覚めたら、夜中。で、本日のブログは箇条書き、そして、結論だけにします。10時20分の体温ー38.7度。11時5分の体温ー38度。12時50分の体温ー37.3度。14時の体温ー37.3度。15時の体温ー37.5度。16時10分の体温ー37.4度。17時40分の体温ー37.5度。今日のさっちゃんは平熱にまで下がることはありませんでした。以下のように水分を摂取しました。11時40分~12時40分OS-1を50cc、続いてヨーグルト15cc、そして、砕いた3種の薬入りOS-1を50cc。16時50分~17時20分OS-1を40cc。すべてに共通して、2~3割は口外にこぼれ落ちています。一昨日はA病...今日も38度台の発熱がありました

  • 今朝も38度台の発熱がありました。僕のせいだったのかもしれません

    今朝の僕はアラームが鳴る前に目が覚めました。そのまま起床して、朝のルーティーンをやり始めていると、さっちゃんが熱っぽいことに気付きました。熱を計ってみると、6時50分の体温-38.4度。水で絞ったタオルを額に載せておきます。水分も摂らせたいのですが、よく寝ていますから無理なようです。そのうち目が開きましたから、ベッドの背を上げて、OS-1を飲んでもらおうと口の中を覗いてみると、乾燥したゼリー飲料が口内にへばり付いています。こんな風になるなんてことはまったく想像もしていませんでした。口腔ケア用ウェットティッシュを何枚も使って、へばり付いたゼリーを取り除きました。舌の上にもへばり付いていました。大きめのお猪口に50ccほどのOS-1を入れます。昨日、看護師さんに言われたようにスプーンでさっちゃんの舌の上に流し込みま...今朝も38度台の発熱がありました。僕のせいだったのかもしれません

  • 朝起きると、さっちゃんは38度台の発熱で、半日バタバタしましたけれど、それなりの進展もありました

    今朝も僕は7時のアラームで目が覚めました。とは言え、実際に起き出したのは7時15分。僕としては優秀な方です。今日は燃えるゴミの日ですから、ゴミをまとめ、オムツ袋にもオムツをまとめて、ゴミ出しして来ました。8時ころから自分の朝食準備を始めたのですが、お湯が沸き始めたころさっちゃんの様子を見に行きました。すると、さっちゃんの様子がいつもと心持ち違います。何かしらちょっと苦しそう。手を額や顔に当ててみると、少し熱い!体温計で計ってみると、38.3度もあります。「どうすればいいんだろう?」あれこれ考えますが、結論は出ません。とりあえず、タオルを水で絞って額に乗せておきました。「解熱剤を飲ませようか」薬を探すと、使用期限切れの解熱剤が2種類ありました。でも、さっちゃんは薬を飲み込めるでしょか?こんな状態の時ですから尚更無...朝起きると、さっちゃんは38度台の発熱で、半日バタバタしましたけれど、それなりの進展もありました

  • 基本周回コースの散歩をしました

    さっちゃんのことで書き留めておかなければならないことがたくさんあります。食事、水分補給、オムツ交換、清拭、介護ベッド、車椅子、リハビリに関しては腕、脚、手、足、立つ、歩く、等々。どれもが大きなテーマで一筋縄ではいかないものばかりです。それに毎日毎日、毎回毎回いろいろと感じたり、その感じたことが間違いだったり、途上のことばかりなんです。でも、散歩に行ったことは確実な事実で、それが日常になるまでは記録しておいた方がいいことなのは確かです。写真もありますし、書く時間も短くて済みます。例えば、食事について書き始めると、書くべきことがどんどん広がって仕舞って、収拾がつかなくなってしまいそうです。なんだかんだと、散歩の前置きだけでこんなにウダウダと書き連ねてしまいました。▲14:29。昨日下っていった坂道がさっちゃんの後方...基本周回コースの散歩をしました

  • 感情の変遷激しい1日でした。悲嘆にくれて涙したり、驚いて感動したり、途中で小1時間の散歩にも行きました

    今日のさっちゃんと僕の1日を書いておこうと思います。朝7時、僕はアラームの音で目覚めました。今日は団地での段ボール回収日なので、ダンボールを紐で縛って玄関脇に置いておきます。それから僕の朝食を作って食べました。今日も(毎日ですから当然ですが)ヘルパーさんが来てくれます。さっちゃんを起こして、ベッドの頭を上げます。まずは水分を摂ってもらおうと思い、森永製菓のinゼリーマルチビタミンを飲んでもらおうとしました。昨日までのOS-1はほとんど全部がゼリー状になっていたのですが、これはゼリーと液体の半分半分です。それで、他にあったOS-1を開けてみたのですが、それも半分半分。もうひとつ別の種類のも開けてみましたが、やっぱり半分半分。仕方なく、inゼリーマルチビタミンを飲んでもらうことにしました。ヘルパーさんが今日は9時に...感情の変遷激しい1日でした。悲嘆にくれて涙したり、驚いて感動したり、途中で小1時間の散歩にも行きました

  • 退院後、初めての散歩を予定通り行ないました

    今日も訪問介護のヘルパーさんが来てくださいました。オムツ交換と清拭をしてくださいました。オムツ交換は毎日、清拭は週に2回です。とりあえず、3月いっぱいはそういう予定で、その間で僕が独りで出来るようになって、卒業したいと思っています。4月からどういう体制で臨むかは未定です。オムツ交換のことや清拭のことも書くべきことがた~くさんあります。また別の日に書こうと思います。それでは今日は退院後初めての散歩のご報告です。東京は今日は3月中旬並みの暖かさとなりました。その暖かさがピークの2時ころに車椅子を押して、さっちゃんと散歩に出かけました。暖かいのは暖かいのですが、風が少し強いですね。坂道は後ろ向きになって下りて行きます。前輪と比べても小さな段差であっても、思いのほか障壁になるのですね。勢いよくド~ンと越えて行けば楽勝な...退院後、初めての散歩を予定通り行ないました

  • 昨日の退院の日から怒涛の2日間が終わりました。喜びと不安と疲労の日々が始まりそうです

    この「大腿骨転子部骨折」カテゴリーで書くのも今日が最後になると思います。昨日は退院の日で、さっちゃんの現実に直面させられる日でしたから、驚きや不安に翻弄される1日でした。これから以降もそれらのことは消滅することなく継続していきます。でも、次第にそれが日常化して慣れて行き、僕の心の中にも耐性が形成されていくのだと思います。今日は1日中ぼお~っと出来ない時間が続きました。その詳細は書くと長くなってしまいそうですから、時間を追っての箇条書き程度に留めたいと思います。●10時10分訪問介護サービス提供責任者来宅、契約を結ぶ。一緒にケアマネージャーさんも来宅。●10時30分上の二人に加えて、訪問看護をお願いする事務所から2名が加わって、サービス担当者会議を持つ。●11時毎週金曜日の訪問看護の初回が実施される。途中、同事務...昨日の退院の日から怒涛の2日間が終わりました。喜びと不安と疲労の日々が始まりそうです

  • 退院! 退院・・・・

    今日は嬉しいさっちゃんの退院の日です。と同時に、厳しい現実を見せつけられる日の始まりでもありました。▲10:08。介護ベッドを搬入した日、車椅子も2台持って来てもらいました。使い比べてみて、どちらかに決めますが、最初からほぼどちらかは決めています。今日は返そうと思っている車椅子を押して、病院へ向かいました。昔、頚損の女性の車椅子を押したことがあるのですが、その時の車椅子と比べると、軽くて車輪も小さくて細いですから、道路のほんの小さな凸凹も響いて来るんですね。乗車駅も降車駅もエレベーターがあって、車椅子でも問題はありませんでした。▲11:17。病棟のナースステーションへ行き、さっちゃんの着替えを渡しました。今日までの今月入院費の請求書をもらって、支払い終わり、再度病棟前のフロアに戻ると、さっちゃんが着替え終わって...退院!退院・・・・

  • 今日が一人でする散歩の最後だと思います。明日、さっちゃんが・・・・

    僕ひとりだと、散歩をするのは週に1回か2回くらいになってしまいます。山歩きや岩トレで運動をしたり、自転車で少し遠くまで用事に行くと「散歩はいいか」となってしまいます。さっちゃんが居ると、僕の事情にかかわらず、さっちゃんのために散歩に行きますからね。今日は自転車を40分間くらい漕いだので、いつもなら運動十分と散歩には行かないところです。でも、散歩して来たんです。何故なら、独りで行く散歩は今日が最後だからです。▲16:52。寒い冬に入ってから、まったく姿を見せなかった野良猫を久し振りに見ることが出来ました。ホッとひと安心です。黒白と茶虎、2匹出ていました。一緒に暮らしてたのでしょうかね?健康そうでした。▲17:02。うろこ雲が綺麗に光っていました。▲17:14。いつもの基本周回コースを散歩しました。さっちゃんと散歩...今日が一人でする散歩の最後だと思います。明日、さっちゃんが・・・・

  • 昨日、新型コロナワクチンの3回目接種をしました。今日は何もしませんでした

    昨日の午前中にワクチン接種をして、今日はそれほど大した副作用はありませんでした。とは言っても、一日中倦怠感があって、体を動かすのが億劫でした。体温も高くはありませんが、37度ほどあり続けましたね。今はもうすぐ夜の11時になりますが、体温もやっと下がってきたように思います。(計ってみたら、36.7度でした)注射をした左腕上部は痛かったですね。土曜日の僕にとってはハードな山行の影響で、今日月曜日は全身が筋肉痛になっていました。右腕も筋肉痛で痛いのですが、左腕はワクチンの影響でさらに痛かったですね。食事もあまり食べる気分にならず、朝は豚まんとバナナ、夕方はお菓子を食べました。夜になって、残っていたお味噌汁にご飯と玉子を入れて、おじやを食べました。家事も何にもしませんでしたね。家の外にも一歩も出ないまま。明日は体調が戻...昨日、新型コロナワクチンの3回目接種をしました。今日は何もしませんでした

  • さっちゃんに会って来ました。PTさん、看護師さん、相談員さんから話を聞き、ケアマネさんと退院に向けての相談をしました

    このブログ記事を水曜日の夜から書き始めていたのですが、いろいろとあってこんなに遅くなってしまいました。木曜日と土曜日は山を歩いて来ましたから、その晩は疲れとかで早めにダウン。山へ行く前夜も早めに寝ることにしましたし、そしてそして、ロコ・ソラーレですよ!カーリングは観ていると面白くて、ついつい最後まで観てしまいます。以上、遅くなってしまった言い訳でした。**********先週の月曜日、A病院から電話がありました。「水曜日にさっちゃんのリハビリに立ち会っていただくことになりました」以前からその可能性は聞いてはいましたが、コロナ禍ですから難しいのではと思っていました。「今日から毎日、体温を計っておいてください」高齢者に対して、緩い条件だなと思いましたが、さっちゃんが2月10日に新型コロナワクチンの接種を病院で受けた...さっちゃんに会って来ました。PTさん、看護師さん、相談員さんから話を聞き、ケアマネさんと退院に向けての相談をしました

  • 大腿四頭筋を軽~く傷めた後でしたが、調子よく歩けました。でも、コースタイムと比較するとまだまだですね

    木曜日は雪が降るかもしれないという予報でしたから、その前日の水曜日、2月9日に山を歩くことにしました。傷めた大腿四頭筋は大丈夫だろうとは思いましたが、念のために短めのコースを選びました、詳細は『ザイルと焚火と焼酎と』を読んでください。『標準コースタイムで歩く』シリーズ№3―――119%戸倉三山の一山、臼杵山だけ登りました▲12:48。この日は無風快晴、暖かいくらいの絶好のハイキング日和でした。時々、伐採された箇所からは奥多摩の展望が広がっていました。左のピークが大岳山で、そこから右に延びる尾根は馬頭刈尾根でしょう。以下に山行時間の詳細を記しておきます。僕がかかった時間コースタイム元郷バス停~臼杵神社112分90分(臼杵神社~臼杵山間のコースタイムはなし)臼杵神社~荷田子峠80分75分荷田子峠~荷田子バス停22分...大腿四頭筋を軽~く傷めた後でしたが、調子よく歩けました。でも、コースタイムと比較するとまだまだですね

  • さっちゃんの退院準備に向けて、ケアマネさんと相談しました

    この文章は本当は昨日書く予定でした。でも夕食後、何となく疲れて眠ってしまって、目が覚めたら夜中だったんです。水曜日に山を歩いて来て、木曜日と金曜日、ふた晩続けて夕食後に眠ってしまいました。山歩きの疲労が簡単には抜けない体になってしまったのかな~ぁ?それはともかくとして、昨日の午前中にケアマネさんが家に来てくださいました。福祉用具・介護用品レンタルのカタログも持って来てくれました。ベッドや車椅子は事業所にあればすぐにでも、なくても3日くらいで届けてもらえるようです。ベッドは退院する前に準備しておかなければなりませんね。入院するまではセミダブルのマットを敷いて、畳の上で二人一緒に寝ていました。でも、もっと昔は長い間、普通サイズのベッドに二人寝てましたから、介護ベッドでも二人で寝ることは出来ると思います。介護ベッドに...さっちゃんの退院準備に向けて、ケアマネさんと相談しました

  • さっちゃんの要介護度が3から5になりました

    このブログでもお知らせしていたように、入院中に要介護認定が行なわれました。そしてその結果が今週初めに郵送で送られて来ました。予想通り、要介護5です。大腿骨骨折で、リハビリへの意欲も乏しく、まったく立てもせず歩くことも論外な中での認定ですから、当然の結果だと思います。実際に退院して、直接さっちゃんと対面、生活してみないと分かりませんが、僕が心配しているのは肉体面よりも精神面です。リハビリも意欲の小さな欠片さえ残っていれば、その欠片を起点にして、立つこと、歩くことが出来るようになると、僕は信じています。食べることにしても、食欲は消えていないはずですから、自宅でリハビリをたっぷりすれば、食欲も湧いてくるはずと僕は信じています。ただ、意欲や食欲が小さなままで、いくら刺激しても少しも大きくならない場合は、一体どうすればい...さっちゃんの要介護度が3から5になりました

  • 『鹿の王 ユナと約束の旅』を観てきました

    久し振りに映画を観て来ました。上橋菜穂子さんの原作を読んでいましたから、観に行ったんです。原作では大きな感動を味わいましたけど、この2時間のアニメ作品にはちょっと物足りなさを感じてしまいました。これは仕方がないことだと思います。この壮大なファンタジー物語の舞台や歴史を理解するためにも、たっぷりな時間が必要だと思いますから。作品で出て来る黒狼病に対する医学的、生物学的知識にしても、原作の中ではその専門的情報が物語りの端々で語られ、読者は次第に理解が深まって行きます。そんな奥深さがこの作品を単なるファンタジーではなく、人間観や生命観にまで読者を引きずり込むパワーを生んでいるのだと思います。でもまあ、そんな小難しいことは別にすると、ビジュアルが美しく、引き付けられるアニメ作品に仕上がっています。本当は、さっちゃんと観...『鹿の王ユナと約束の旅』を観てきました

  • 電話で看護師さんと話をしました。すると・・・・

    今月初めに新型コロナワクチンの3回目接種券の扱いについて、A病院に電話しました。方針が決まったら連絡をくれることになっていたのですが、一向に来ません。今日はリモート面会の日ですから、その時に持って行ければと思い、僕の方から連絡を入れたんです。すると、折り返しの電話で看護師さんと次のような会話をしました。まずは接種券について。「今日、持って来てください。裏面の予診票にも記載お願いします」A病院でワクチン接種をしてくれるのだそうです。さっちゃんはモデルナ社製ワクチンを接種することになっているんですが、A病院ではファイザー社製を接種するのだそうです。まあ、どちらでも構いませんけれど、前の2回はファイザーなので、慣れている分安心感はありますね。その後、いきなり核心的な話となりました。医師、看護師、PTとの話し合いの結果...電話で看護師さんと話をしました。すると・・・・

  • セキレイは水上歩行し、最下部岩場のトラバース1往復に4分以上かかり、最後はブホッと音がして・・・・ ――― 天覧山ひとり岩トレ№39

    2週続けて日和田で岩トレしましたから、天覧山ひとり岩トレはお休みしていました。2月3日、3週間ぶりに天覧山へ向かいました。ところで、この天覧山ひとり岩トレを「僕の自由時間」というカテゴリーで掲載するのも変ですよね。さっちゃんが木曜日のデイサービスに行っている間の時間を、自分の自由時間として活用していたことがこのカテゴリー名の由来です。当時は週に1度、この天覧山だけが僕の好きなことをする時間だったんです。他のデイサービスの日は買い物等の家事に費やしていましたしね。でも、さっちゃんが入院している今はいつでも僕の自由時間です。寂しい自由時間なんです。▲10:25。天覧山の麓にはこの池があります。池の向こう側には発酵食品の販売所やレストランがあります。▲10:26。あれっ?セグロセキレイ(背黒鶺鴒)が水の上を歩いてる?...セキレイは水上歩行し、最下部岩場のトラバース1往復に4分以上かかり、最後はブホッと音がして・・・・―――天覧山ひとり岩トレ№39

  • 毎朝、涙滲ませるのが日課になってしまっています

    僕はNHKの朝の連続テレビ小説を子供のころから観ていました。記憶に残っている最初のタイトルは『うず潮』です。尾道などを舞台にした、小説家・林芙美子の半生記です。1964年度に1年間放送されました。東京オリンピックの年ですね。当時は8時15分から30分までの放送で、見終わってから登校していました。ドラマの脚本家を意識することはまったくないのですが、例外が僕には二人だけいます。それは2007年の朝ドラ『ちりとてちん』の脚本を書いた藤本有紀と『夢千代日記』の早坂暁の二人です。今放送中の『カムカムエヴリバディ』の脚本も藤本有紀ですから、僕は最初から期待して観ていました。ドラマは期待通り、毎回必ずジ~ンと来るシーンが1回は訪れます。でも、それ以上に僕を涙ぐませているのは主題歌なんです。AIが歌う『アルデバラン』です。カム...毎朝、涙滲ませるのが日課になってしまっています

  • 僕はもっぱら口で登っていた今回の日和田岩トレ

    僕自身、反省すべきことなのか?それとも自分で自分を誉めてあげていいことなのか?どちらか分かりません。何のことかと言うと、岩トレで参加メンバーがより多くトレーニング出来るように、アドバイスに徹し自分は登らず遠慮することです。30代の頃の僕は、山岳会の中で岩トレを主催したら、午前中に徹底的に登らせて、午後には腕がパンプしているように仕向けたものです。参加者が登れなくなってしまっていますから、後の時間は僕の時間だという訳です。初心者のためにたまに開いた岩トレでもこんな感じでしたから、当時の僕は自分が登りたくて登りたくて仕方なかったんです。でも、今は違います。より若い、参加メンバー中心に考えてしまいます。今回もメンバーは僕を含めて3人ですから、僕が登らないでおくと、2人はより多く登ることが出来ます。K野さんにはより多く...僕はもっぱら口で登っていた今回の日和田岩トレ

  • 奥多摩の山のほとんどはピークを踏んでいると思いますが、まだ踏んでいなかった麻生山へ登りました。まずまずのペースだったようです

    僕はもともとあまり速く歩くタイプではありません。キョロキョロといろんなモノに目が行ってしまいますし、立ち止まってしまいます。もちろん急ぐ必要性がある時には、速く歩きもしますし、走ったりもします。でも、平常時のスピードは山にしょっちゅう行く山屋としては普通だったと思います。僕の知り合いには化け物みたいに速く歩ける奴もいました。上高地起点で槍ヶ岳~北穂~奥穂~前穂ピストン~西穂~上高地を24時間で歩いたりする奴です。別のアルパインクライマーの若者は普通に歩いてコースタイムの半分ほどで歩くんです。こんな奴らと同行すると、僕はいくら頑張っても追い付けません。だからと言って、歩くのが遅かったわけではありません。どちらかと言うと、速かった方だとは思います。でも、ちょっとだけ速いくらいでしょうね。それが3年間、自分のペースで...奥多摩の山のほとんどはピークを踏んでいると思いますが、まだ踏んでいなかった麻生山へ登りました。まずまずのペースだったようです

  • A病院に電話していろいろなことを話しました

    さっちゃんが入院しているA病院に今日電話しました。まず最初の用件は次のリモート面会の予約です。これはすぐに決まりました。来週の月曜日です。前回もそうでしたけれど、僕が最初の予約者だったようですね。そんなにリモート面会の希望者がいないのならば、毎週可能なようにしてくれたっていいのにな。次の要件は新型コロナワクチンの3回目接種券が送られてきたので、その取扱い方を聞きたかったのです。指定された接種日にはまだ入院していることが確実なので、僕としてはA病院で接種してもらえればいいなと思っている訳です。ですから、接種券をA病院へ持って行けばよいのかどうか等聞きたかったわけです。A病院側の回答はこうでした。「まだ病院としての方針が決まっていないので、決まり次第連絡します」方針決定が遅すぎますよね。こんなことは随分前から分かっ...A病院に電話していろいろなことを話しました

  • 僕の緑内障の状況はさほど悪くはないようです。前回言われた手術名を確認して来ました

    昨晩、3種類の目薬の内のひとつがなくなったので、今日の午後病院へ行って来ました。こんな感じでほぼ月に1回ペースで病院へ行っています。今日の眼圧は左右ともに12。前回が右眼14、左眼11でしたから、まずまずでしょうね。矯正視力は左右ともに1.2でした。右眼は以前からその値ですが、左眼の1.2というのは驚きです。最近はずっと0.5でしたから、今日、視力を計ってくれた方がかなりしつこく長くねばって待ってくれたので、その影響かと思います。僕もその期待に応えるように、頑張りましたから。でも、30秒間視力検査の一部欠けたあの輪っかを探しても、見えるのはほんの一瞬、0.1秒とかです。それだって、クリアには見えず、半分くらいしか見えません。1分、2分ねばって探して、数回見えた断片を繋ぎ合わせて、上と左は繋がっていたよなぁ、右か...僕の緑内障の状況はさほど悪くはないようです。前回言われた手術名を確認して来ました

  • 僕の所属する山岳会YYDでも、若いメンバーが育って来ています。嬉しいことです!

    先日の23日の日曜日、日和田で岩トレをしました。もともとはY山さんがするはずだったのですが、ご家族の都合とコロナ第6波の影響で、しばらく山行をお休みすることになったのです。彼の代わりと言っては、僕にとって荷が重すぎますが、誰かが企画実行した方がいいですから、僕がやることにしたんです。すると、K野さんが参加してくれることになりました。彼はそれなりに登攀できるようになっていたのですが、コロナ禍の影響で長く山から離れていました。ワクチン2回接種を終え、山行に戻って来たのが昨年の暮れ、そして今回1年8ヶ月ぶりに岩トレへも戻って来てくれたんです。僕も昔、半年ほどですが、クライミングから遠ざかっていたことがありました。久し振りに登ると、バランスは悪くなっていて、落ちそうで怖い想いをしたことがあります。その日のうちにバランス...僕の所属する山岳会YYDでも、若いメンバーが育って来ています。嬉しいことです!

  • 僕の沢登りと岩登りの事初め

    こんなところでこんなことを書くのも何ですが、僕の沢登りとの出会いを書いておこうかな、と思います。僕が沢登りを始めたことがきっかけとなって、その数年後にさっちゃんと出会うことになるのですから。僕が27歳の春、京都の大原へ旅行し、民宿に泊まりました。夕方、時間があったので近所を散歩したのです。お寺を囲む塀があって、その塀沿いに小さな川が流れ、道路も川に沿ってありました。その日は春にしては暖かな日で、日差しもたっぷり降り注いでいました。僕は川沿いの道路を歩き、緩やかな坂道を歩き上ります。そのうち道路は終わりましたが、小川沿いには歩ける踏み跡が付いていたので、今度はその土の道を散歩することにしたのです。小川沿いに踏み跡は続き、僕は山の自然の中に入って行きました。夕方とはいえ、まだ高い陽が水の流れを煌めかせていました。フ...僕の沢登りと岩登りの事初め

  • なだらかな青梅丘陵を歩きました。コースタイム3時間20分の116%かかりました

    先週の木曜日、1月20日は青梅丘陵を歩いて来ました。日曜日に日和田で岩トレするので、天覧山には行かずに歩いて来たのです。その様子は『ザイルと焚火と焼酎と』を読んでみてください。『標準コースタイムで歩く』シリーズ№1―――116%青梅丘陵を歩いてみました青梅丘陵にはさっちゃんと二人で歩いた思い出があちこちに沁み付いています。2019年9月から2020年12月まで16ヶ月間で16回も通いました。コロナ禍の影響で自粛した期間もありますから、ハイキングが出来る時はいつも青梅丘陵へ行っていましたね。主稜線全部を歩く体力はさっちゃんにはありませんでしたから、いろんな脇道をたくさん歩きました。今回僕ひとりで歩きながら「ここから下りたこともあるな、ここへ登って来たこともあるな」といった山道だらけでした。短いコースばかりでしたが...なだらかな青梅丘陵を歩きました。コースタイム3時間20分の116%かかりました

  • 今日はさっちゃんとのリモート面会の日でした。その様子は相変わらずですが、眼だけはずっと開いていましたよ

    昨日の日和田での岩トレが影響したのか、今朝はなかなか起きられませんでした。アラームをセットしてある7時半に起きてから、2度寝、3度寝と繰り返し、最終的に目覚めたのは何と!何と!12時半!目覚めて良かったです。着替え、トイレに行き、朝食(昼食だ)を食べて、1時15分には自転車で出発。朝食も豚まんをレンチンして食べ、バナナ1本食べました。時間的には余裕を持って病院に到着。リモート面会の部屋に入ります。前回の若い真面目そうな男性担当者がいました。画面を写真撮影する許可を彼から貰っておこうと、話しかけようとする直前にもっと真面目そうな男性職員が僕に近づいて来ます。「○○課の◇△ですが、写真撮影は駄目なんですよ」と僕に対して告げに来られたようです。「リモート面会が月に1回なんて残酷過ぎです」と僕が電話で話し合った、あの◇...今日はさっちゃんとのリモート面会の日でした。その様子は相変わらずですが、眼だけはずっと開いていましたよ

ブログリーダー」を活用して、さっちゃん 空を飛ぶさんをフォローしませんか?

ハンドル名
さっちゃん 空を飛ぶさん
ブログタイトル
さっちゃん 空を飛ぶ
フォロー
さっちゃん 空を飛ぶ

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用