周囲の状況が変わってきましたので、ブログの更新をやめることにしました。母と楽しく過ごすことを優先します。もともと書くことが苦手です。これまで小銭目的(アフィリエイト)でブログをやっていました。でも、キラいなことは長続きしませんね。読んでくだ
62歳おひとりさま。ずっと独身の下流老人。90歳の母(要介護4)を在宅介護しています。2019年(57歳)からピアノを再開。
30~40代は、山登りにハマッていました。ふらっと放浪も好き。 車中泊で「北海道80日間放浪」も。
なんだか、なにもしたくない。ああ、うん、大晦日なんだよね、今日は。母が入院してから、起床時刻がだんだん遅くなって、今日は7時だったかな。やるべきことは、まず母への手紙。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みにな
私はいま、とても困っている│母に「まだ生きて欲しい」というわがまま
私は、とまどっている。これほど落ち着かないのは、はじめてのことだ。母が、生死の境目にいることに、とまどっているのだ。けれども、まだまだ生きて欲しい。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになります! そして、
母も私も「95歳まで生きて当たり前」と激しくカン違いしていた理由
たいていのヒトがそうだと思うけど、まあ、自分がじっさいに見聞きする範囲で、いろいろ判断する。母にとっては、3年間暮らしたサ高住が、いちばんなじみのある高齢者の世界だ。もちろん、入所者の年齢は、だれもが気にするところ。なので、1階のデイサービ
2週間ぶりの面会│ほんとは年末までだった命を「延命」したら、こうなってた90歳
今日は、ようやく面会日。まだまだ面会制限がきびしく、2週間に一度、10分だけの面会だ。お花屋さんに寄って、昨日頼んでおいたアレンジメントを購入。お正月用のしつらえで。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになり
夕方、いつものように、病院へ手紙を届けに行った。12月7日以降、私は毎日病院へ行き、手紙を渡し、たまに洗濯物の交換をしている。すると今日は、受付のヒトが、「本人さんから預かっているモノがあります」と言う。お手数ですが、どれかをポチして →
え?結局、なんもせえへんのっ?!│主治医のケッタイな説明│その9(最終回)
主治医先生「なかなか直接胃ろう希望となると、ここではちょっと、もう太刀打ちできないかなと思うので」私「はい」「ご希望に沿えないようであれば、早めに撤退すべきかな、ということが言えると思います」お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りく
「あんたら、フツウじゃない!」と呼ばわるお医者│主治医のケッタイな説明│その8
私「はい。あの、栄養の状態っていうのは、どんな感じですか?」主治医先生「えっとね、ちょっと待ってね」先生、検査票を探しておられる。「すいませんね」お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになります! 先生「ええ
いまの病院で「胃ろう造設」がデキない理由│主治医のケッタイな説明│その7
主治医先生「はい。で、えっとー、ま、あ、本人さんがそこまで、そのう、自分の口で食べれなくても、生きたいっていう意思を言われてるっていうことであれば、ま、あのう、鼻からの管を入れて、そのうえで栄養管理っていうのをはじめていくっていうのを、して
意外なことに、ちょっと状況が明るくなってきた。いま入院しているK総合病院│地域連携室から、「もしかすると、おそらくA病院で、胃ろう造設をしてもらえる可能性が高い」と連絡があったのだ。そして、まず私が、来年1月5日に、A病院へ行くようにと指示
「してくれない」「してもらえない」と文句言うてるヒマあったら、てめえが勉強せえよっ?!
延命措置として「胃ろう造設」をやってくれる病院を探しているものの、……ないね、いまのところ。あちこちの病院、片っぱしから電話してみるも、電話じゃ、まったくラチあかない。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みにな
さぁて、反撃開始! オラ、はよ延命せんかいっ?!│主治医のケッタイな説明│その6
主治医先生「えー、胃ろうにするメリットっていうのは、……なにだとお考えですか?なんでそんな胃ろう……」お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになります! 私「あのう、母は……」先生「うん」「独特の死生観を持っ
いやあ、すいません。いま、母の転院先を検討中で、ま、胃ろう造設やってもらえるところを探して、あーだこーだやっている。「主治医のケッタイな説明」シリーズを完結させてから、その後の話を書こうと思っているけど。お手数ですが、どれかをポチして →
「はよ退院して、家で〇ね」一点張りのお医者との戦い?!│主治医のケッタイな説明│その5
私「できれば、胃ろうのほうが、あの……必要な栄養素っていうのは摂れるので……、そっから、ま、母自身の考えではないですけれどもね、あのう、ただ、このまま栄養がぜんぜん摂れない状態がつづいているのは……ちょっと、シロウト考えですけど。ま、持ち込
「差し入れも食わへんかったら、とっとと退院しなはれ」?!│主治医のケッタイな説明│その4
主治医先生「そんなかで、徐々に食べる量減っていきますし、まあ、あの、97で死んだ私の祖父も、最後2年ぐらいは、食べる量が季節によってもぜんぜんバラつくし、夏ぜんぜん食べへんしとか、そういう季節性のものが、ヒトによってはあるし」私「う~ん」お
「あんたら、オカしい」ってお医者に言われてもなあ│主治医のケッタイな説明│その3
主治医先生「あるいは、肺炎とかで、いろんなリスクが高い急性期に胃管を入れて、そのあいだ経管栄養入れて、あのう、管から栄養入れるってヒト、いるんですよ」「はい」お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになります!
「母の胃ろうは理論的ではない」と言われて│主治医のケッタイな説明│その2
さて、話はいよいよ本題に入る。主治医先生「いやま、むつかしいんですけど、むつかしいのが、鼻から管入れるっていう話、要は鼻から管入れて、栄養摂取するにしろ、胃に穴開けて摂取するにしろ、どちらにしても、そのう、食事が摂れないから、胃ろうを入れま
「家族の差し入れで治せ」と言われても│主治医のケッタイな説明│その1
電話を終えたS山先生は、私に、「どうぞおかけになってください」と丸イスを勧めてくれた。先生「あのう、入院後の経過ですね。まずは、ちょっとお話させていただきます」お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになります!
母に「どこまで延命治療受けたいの?」とズバッと尋ねる残酷な娘
今日は、ようやく正式に面会だった。ベッドに寝ていた母は、私を見るなり、泣き出した。そして、か細い声で、「お花、ありがとう」と言った。母の顔色は、それほど悪くなかった。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになり
母が入院したので、ひとりで生活しているとダレる。寝るのが午後8時半だったのが、1時間ズレて、9時半。うわっ、ヤバいヤバいと毎晩アセりながら、寝るしたくする。けどな。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになりま
医者ってスゴいなと思った。だって、自分のさじ加減ひとつで、患者の生死を決定できるんだもん。そりゃまあ、たとえばタクシー運転手に対しても、命を託している面はある。けどな。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みにな
午前9時17分、K総合病院から着信。出ると、まず師長さんで、「S山先生と代わります」すぐに、主治医のS山先生が、ズラズラ~ッと話しはじめた。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになります! 「食事が安定して
「老いる自分」とどう向き合うか?│瀬戸際にいる母が教えてくれること
K総合病院に、「事前指示書(リビング・ウィル)」を提出したものの、私にはなにも連絡がない。母の状況は、いまもまだ口からほとんど食べられない状態がつづいている。処置は、先日私が見るかぎりでは、末梢点滴と酸素吸入だけのようだ。私はシロウトだから
病院の対応に、私は非常にハラを立てていた。でも、ケンカしちゃったら、相手も硬化するだろうし、まあいちおう怒りは抑えたつもり。これまで、あちこちのクリニックに行ったが、懇切丁寧なところって、あんまりない。お手数ですが、どれかをポチして → ま
90歳だったら病院でこんなエゲつない扱いをされて当たり前かよっ?!
入院している母の状態は、まったくわからない。病院「家族は、電話をかけてこないでください」という。てなことに、私はイラだっていた。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになります! だが、ネットを見ていると、「
今年5月はじめに、サ高住にいた母に、私が電話をして以来、バタバタバタ~ッと走りづくめだったかね。当時母は、そこのサ高住に住んで3年たっていた。しかし、法外な追加料金を請求されたり、スタッフさんにいじめられたり、食事が非常にマズかったり、デメ
どうも落ち着かない。で、いろいろ考えてしまう。べつにね、母の治療について、私が悩む必要はないんだが。治療するのはお医者さんだから、そう、家族は鼻唄でも歌ってたらいいんだが。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励み
母が入院したのは、11月30日の朝だ。そして、昼前に15分だけ面会できた。本来、11月末までは、面会は月1回のみ、時間は10分という決まり。それを大目に15分まで延ばしてもらえたが、やっぱり短いのう。お手数ですが、どれかをポチして → また
「胃に穴あけますか?」は、わりとお気軽な質問だとわかったいきさつ
母が救急搬送されたのち、主治医の先生から、私に対して、「胃ろうなどの延命治療は、どうしますか?」と尋ねられて、超ビビッた。90歳ともなれば、そういうことも、常日ごろから考えておくものだろう。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りくだ
母の入院は、まったく予想していなかったので、かなりとまどっている。まだサ高住に入所していたころ、母は私に毎日電話をかけてきて、2~3時間話していた。そりゃもう、私はヘトヘトだったが、母ちゃん、「3時間なんてまだ足りない。ぜんぜん疲れないよ」
「推定される入院期間」がわかってドギモを抜かれる│救急搬送された母│その3(最終回)
さて、入院当日であっても、家族が本人のそばに居られるのは、15分。あ、11月中はまだ「10分が規則」なのに、5分オマケしてくれた。でも、15分はあっという間。母に「2週間後にまた来るからね」と手を振って、病室をあとにする。お手数ですが、どれ
S山先生から、延命治療について、「じゃあ、心臓マッサージとかは、どうしますか?」とも尋ねられて、またまた仰天する。あのさあ、そんなの、テキパキすぐ返事できる家族も、そんなにおらんでしょ?お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください
「ブログリーダー」を活用して、ゆるい春子さんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。
周囲の状況が変わってきましたので、ブログの更新をやめることにしました。母と楽しく過ごすことを優先します。もともと書くことが苦手です。これまで小銭目的(アフィリエイト)でブログをやっていました。でも、キラいなことは長続きしませんね。読んでくだ
母ちゃん、たぶん認知症だなと思うことが、日々あらわれる。たとえば、夕食を取る時刻について。前々から、母は、「もっと早く寝て、もっと早く起きたい」と言っていた。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになります!
お母さまのお話が、たまにヘンになってきた。うむ、とうとう認知症がやってきたか、と感慨深い。ほぼ寝たきりだと、やっぱりこうなっちゃうのか、それとも、まあべつの要因なのか。原因はともかく、徐々にソレっぽくなってきたよ。お手数ですが、どれかをポチ
「いいヒトと思われたい」とがんばりつづけて90年。さすがの母も、限界のようだ。母は、継母に育てられたことが大きなコンプレックスだった。なので、とくに思春期以降は、他人から「継母育ちだから、やっぱりね」と思われるのを極端に恐れていた。お手数で
せっかく自宅トイレからポータブルトイレに変更したのに、介助の時間はほとんど変わらない。1回あたり36分で、1日5回行くから、1日合計3時間かかる。私も母も「まさかトイレにこんなに時間がかかるなんて!」とあきれている。寝たきりのお母さま、じつ
ポータブルトイレを使うことになったので、付属品の準備が忙しい。まず、すぐにも必要だったのは、受けバケツに敷いておくための吸収シート。以前にも書いたが、これは一般的な「専用処理袋」を使うと、安いモノでも1枚132円。毎日1枚でイケるが、1ヵ月
私にとっては、念願のポータブルトイレがやって来た。コレでバンザイ! トイレ介助の時間もきっと短くなる!などと密かによろこんでいたが、いやあ、それはあっさり裏切られた。今朝のトイレ介助の時間を計ったら、36分かかっていたのだ。お手数ですが、ど
あれほど長いあいだ抵抗していたポータブルトイレ。昨日からようやく使いはじめてくれて、やれやれホッとした。もう立ち上がるのもおぼつかないのに、自宅のふつうのトイレへ行きたがっていたので、ずーっとハラハラしていたのだ。とくに、まだシルバーカーで
日を追うごとに足が弱っていく母。それでも本人は「絶対ふつうのトイレを使う!ポータブルトイレはイヤッ!」と断固拒否していた。2月末退院してから、しばらくのうちは、シルバーカーでトイレを往復していた。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻
父と母の「老いの転落」を見ているおかげで、自分のこれからも真剣に、かつ具体的に考えられる。母と話をしていると、母自身は、「まさか、こんなにいろいろデキなくなるとは思わなかった」となげいている。そうだろうね。身近に「どんどん衰える高齢者」がい
とうとう本格的に「寝たきり前期」?に入ったと思われる母。いや、寝たきりに前期も後期もないんだけど、たぶんいまは「初期段階」かな? と私が勝手に考えている。そして、これから先はおそらく、ふたたび「起きて座る生活」に戻ることはないだろう。かわい
いまの母の悩みは「眠くてしょうがない」ということ。母「毎日眠くて眠くて。ちゃんと起きていたいのに、いつの間にか寝ちゃうの」私「眠かったら寝てたらええやん?」お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになります!
退院してから、2ヵ月少し経過したが、母上、ほぼ寝たきりなので、どんどん「ぐんにゃり」してきた。起きるのは、トイレのときのみ。それ以外ずーっと寝ているから、そりゃま、全身の筋肉が衰えてきますわな。ベッドとトイレの移動は、キャスター付きイスで、
とうとう「腰痛」がやってきた。腰痛って介護にツキモノだとは、ずっとまえから聞いていた。けどさ、もともと私はめったに腰が痛くならない。62年間生きてきて、腰痛なんて数回かな? それもごく軽くてすぐに治った。お手数ですが、どれかをポチして →
母とむかし話をしているのは楽しい。両親とも、ふるさとがないので、私にもふるさとめいたモノはない。父方の祖父は、小学校卒業後、紡績工場の工員になったので、工場の長屋社宅に住んでいた。母方の祖父は、アヤしい営業屋で各地を転々としていた。お手数で
母の性格って、じつはそもそも「非常に暗い」。複雑な生い立ちだったので、そうなってしまったのもムリないか。けれども、他人からは「明るくて楽しいヒト」と見られたいので、母は他人に対して名演技をむちゃくそがんばる。だけど、ソレって自分をいつわって
「ほんとはテレビを見たい」と言う母。ソレも何回か聞いているので、「じゃあ、ベッドで寝ながら見られるように、テレビの位置を変えようか?」と提案しても、「ううん、そうじゃなくて、テレビのまえのイスに座って、ちゃんとして見たいの」お手数ですが、ど
「病院では、自分で歩いてトイレに行けていたのに」としょっちゅうお嘆きのお母さま。このヒト、リハビリが大嫌いなので、「リハビリ関連の回路」が働かないんですよ。以前からしばしば「病院では歩けていたのに、ウチに帰ったら、あんなに近いトイレへ行けな
今朝、母の朝イチのトイレは、合計で51分かかってしまった。いつもは20~30分で、ぜんぶの作業が終わるんだけどね。日に日に足の衰えが進んできて、立ち座りがむずかしくなってくる。まずベッドに座るだけで一苦労。お手数ですが、どれかをポチして →
あまりにも身体を動かさなくてエラいことになってきた。専業介護のせいか要介護4のせいか、それとも単にオノレがグズだからか、どうにも時間がなくてね。去年7月から母と同居して以来、外を自分の足で歩いたことがほぼ無し。ウチのなかでは、しょっちゅうバ
周囲の状況が変わってきましたので、ブログの更新をやめることにしました。母と楽しく過ごすことを優先します。もともと書くことが苦手です。これまで小銭目的(アフィリエイト)でブログをやっていました。でも、キラいなことは長続きしませんね。読んでくだ
母ちゃん、たぶん認知症だなと思うことが、日々あらわれる。たとえば、夕食を取る時刻について。前々から、母は、「もっと早く寝て、もっと早く起きたい」と言っていた。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになります!
お母さまのお話が、たまにヘンになってきた。うむ、とうとう認知症がやってきたか、と感慨深い。ほぼ寝たきりだと、やっぱりこうなっちゃうのか、それとも、まあべつの要因なのか。原因はともかく、徐々にソレっぽくなってきたよ。お手数ですが、どれかをポチ
「いいヒトと思われたい」とがんばりつづけて90年。さすがの母も、限界のようだ。母は、継母に育てられたことが大きなコンプレックスだった。なので、とくに思春期以降は、他人から「継母育ちだから、やっぱりね」と思われるのを極端に恐れていた。お手数で
せっかく自宅トイレからポータブルトイレに変更したのに、介助の時間はほとんど変わらない。1回あたり36分で、1日5回行くから、1日合計3時間かかる。私も母も「まさかトイレにこんなに時間がかかるなんて!」とあきれている。寝たきりのお母さま、じつ
ポータブルトイレを使うことになったので、付属品の準備が忙しい。まず、すぐにも必要だったのは、受けバケツに敷いておくための吸収シート。以前にも書いたが、これは一般的な「専用処理袋」を使うと、安いモノでも1枚132円。毎日1枚でイケるが、1ヵ月
私にとっては、念願のポータブルトイレがやって来た。コレでバンザイ! トイレ介助の時間もきっと短くなる!などと密かによろこんでいたが、いやあ、それはあっさり裏切られた。今朝のトイレ介助の時間を計ったら、36分かかっていたのだ。お手数ですが、ど
あれほど長いあいだ抵抗していたポータブルトイレ。昨日からようやく使いはじめてくれて、やれやれホッとした。もう立ち上がるのもおぼつかないのに、自宅のふつうのトイレへ行きたがっていたので、ずーっとハラハラしていたのだ。とくに、まだシルバーカーで
日を追うごとに足が弱っていく母。それでも本人は「絶対ふつうのトイレを使う!ポータブルトイレはイヤッ!」と断固拒否していた。2月末退院してから、しばらくのうちは、シルバーカーでトイレを往復していた。お手数ですが、どれかをポチして → またお戻
父と母の「老いの転落」を見ているおかげで、自分のこれからも真剣に、かつ具体的に考えられる。母と話をしていると、母自身は、「まさか、こんなにいろいろデキなくなるとは思わなかった」となげいている。そうだろうね。身近に「どんどん衰える高齢者」がい
とうとう本格的に「寝たきり前期」?に入ったと思われる母。いや、寝たきりに前期も後期もないんだけど、たぶんいまは「初期段階」かな? と私が勝手に考えている。そして、これから先はおそらく、ふたたび「起きて座る生活」に戻ることはないだろう。かわい
いまの母の悩みは「眠くてしょうがない」ということ。母「毎日眠くて眠くて。ちゃんと起きていたいのに、いつの間にか寝ちゃうの」私「眠かったら寝てたらええやん?」お手数ですが、どれかをポチして → またお戻りください。とっても励みになります!
退院してから、2ヵ月少し経過したが、母上、ほぼ寝たきりなので、どんどん「ぐんにゃり」してきた。起きるのは、トイレのときのみ。それ以外ずーっと寝ているから、そりゃま、全身の筋肉が衰えてきますわな。ベッドとトイレの移動は、キャスター付きイスで、
とうとう「腰痛」がやってきた。腰痛って介護にツキモノだとは、ずっとまえから聞いていた。けどさ、もともと私はめったに腰が痛くならない。62年間生きてきて、腰痛なんて数回かな? それもごく軽くてすぐに治った。お手数ですが、どれかをポチして →
母とむかし話をしているのは楽しい。両親とも、ふるさとがないので、私にもふるさとめいたモノはない。父方の祖父は、小学校卒業後、紡績工場の工員になったので、工場の長屋社宅に住んでいた。母方の祖父は、アヤしい営業屋で各地を転々としていた。お手数で
母の性格って、じつはそもそも「非常に暗い」。複雑な生い立ちだったので、そうなってしまったのもムリないか。けれども、他人からは「明るくて楽しいヒト」と見られたいので、母は他人に対して名演技をむちゃくそがんばる。だけど、ソレって自分をいつわって
「ほんとはテレビを見たい」と言う母。ソレも何回か聞いているので、「じゃあ、ベッドで寝ながら見られるように、テレビの位置を変えようか?」と提案しても、「ううん、そうじゃなくて、テレビのまえのイスに座って、ちゃんとして見たいの」お手数ですが、ど
「病院では、自分で歩いてトイレに行けていたのに」としょっちゅうお嘆きのお母さま。このヒト、リハビリが大嫌いなので、「リハビリ関連の回路」が働かないんですよ。以前からしばしば「病院では歩けていたのに、ウチに帰ったら、あんなに近いトイレへ行けな
今朝、母の朝イチのトイレは、合計で51分かかってしまった。いつもは20~30分で、ぜんぶの作業が終わるんだけどね。日に日に足の衰えが進んできて、立ち座りがむずかしくなってくる。まずベッドに座るだけで一苦労。お手数ですが、どれかをポチして →
あまりにも身体を動かさなくてエラいことになってきた。専業介護のせいか要介護4のせいか、それとも単にオノレがグズだからか、どうにも時間がなくてね。去年7月から母と同居して以来、外を自分の足で歩いたことがほぼ無し。ウチのなかでは、しょっちゅうバ