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naitoukonanさんのプロフィール

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本当のなつかしさ、本当のやさしさ、そういったしみじみとしたものだけが好みです。 気になるもの 錬金術、冥想、瞑想、オカルト、坐禅、気功、ヨーガ、オーパーツ、超能力、霊能力、前世記憶、PTSD、トラウマ、修験道、アトランティス、レムリア、ケルト、クンダリーニ,チャクラ、洗脳、情報操作、テレビっ子、個人主義、疎外、おひとり様、悟り世代、アセンション、無私、敬虔、清貧

ブログタイトル
アヴァンギャルド精神世界
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/naitoukonan
ブログ紹介文
冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。
更新頻度(1年)

366回 / 365日(平均7.0回/週)

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アヴァンギャルド精神世界
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アヴァンギャルド精神世界

naitoukonanさんの新着記事

1件〜30件

  • 日本の焚書坑儒

    ◎宗教なき冥想道日本では焚書坑儒はなかったことになっている。だが『日本神代文字古代和字総観吾郷清彦/著大陸書房』を見ると日本の神代文字は、何十種にも及びそれを用いた文献は残っている。何が世界文化遺産と言って、神代文字を世界文化遺産と言わない不思議。敗戦後、日本が国力を盛り返してくる一方で、日本精神、大和魂の復興が手探りで試みられるようになったが、せいぜいが教育勅語の復興の動きなどであまり成功しているとは言い難い。何しろそれは国家神道という国家を挙げての戦争推進体制の一部だったのだからさもありなむ。古事記にも原古事記があったであろうことは言われている。古事記の時代以前は日本には文字がなかったことになっているが、中国にもない神代文字が残されていることから、それは日本のとある時代に用いられていたものだろうと思う。今東...日本の焚書坑儒

  • 彭宗

    ◎霊縛彭宗は周代の人。20歳の時、杜冲に師事し、道を学んだ。師のいいつけで薬草を取りに山に入ったとき、道でつまづいて谷底に転落して手足を怪我し、一時人事不省となった。息を吹き返してからは以前のように恭粛の姿勢を崩さなかった。また師の言いつけで山に薪取りに出かけたさいに、毒蛇に噛まれたが、少しも修行を怠ける気色を見せなかった。師の杜冲は、彭宗に丹経五千文と守一の道を授け、毎日修行した結果、道の玄妙を極めた。彭宗が山中を通って毒蛇や猛獣に出会っても、ウンと気合をかければ件の毒蛇や猛獣は皆そこに慴伏して身動きもできず、彼がその法を解いて初めて身が自由になった。これを知って、禽獣は彭宗が来ると前もって身を隠した。かつて一人の猟師が彼を見て口を極めて罵詈雑言を吐いただけでなく、刃物で彭宗を殺害しようとする様子があった。彼...彭宗

  • 慈悲が成熟する

    ◎至道無難の即心記江戸時代初期の禅僧至道無難の言葉(即心記より)。『ものには習熟する時があるものだ。幼少の頃いろはを習い、世間に出る頃には中国のことも何でも書けるようになっている。これはいろはが成熟したものである。仏道も修行者が自らの悪業を無くするうちは苦しいが、それを除き去り尽くして仏になってから後は、何事にも苦しみはない。また慈悲についても同じこと。慈悲を行ううちは、慈悲をするという意識がある。だが慈悲が熟する時は、慈悲をするということを意識しない。慈悲を行って、慈悲を意識しないとき、これを仏という。慈悲はみな菩薩のなせる業なれば身のわざわいのいかでかあるべき(慈悲は既に見仏見性体験を経た菩薩の行為なのだから、身に災いがあるはずもない)』今はやさしさを尊ぶ時代であり、慈悲が熟しやすい時期である。この説話にも...慈悲が成熟する

  • 洗脳の舞台としての頭(マインド)

    ◎人間の誠は、ハートにあり政治の理念と言えば、外交なら国家の安寧、内政なら公共の福祉。だが現実は、バブル崩壊以降20年以上の長期不況により国民の貧困化が進み、この度のコロナ禍では、その負の面が一挙に露見しようとしている。アメリカは、過去80年以上オバマ時代まで紛れもなく親中政策を継続してきており、その影響の下に日本企業の中国展開が行われてきた。ところが肝心の中国は、近年反米方針に転換し、一帯一路と国連への食い込み等に加え、孔子学院の輸出による共産主義洗脳の拡大など、世界制覇に向けて国を挙げて邁進しているところである。核戦力を持たぬ日本は、既に中国によってマスコミ、政界、財界、官界が相当に食い込まれていて、人間(じんかん)至るところチャイナスクールありとでもいうべき惨状である。コロナ禍に際しては、感染源としての中...洗脳の舞台としての頭(マインド)

  • 水都大阪と河内湖

    ◎高地文明大阪の人には常識なのかもしれないが、古墳時代には、大阪市の西半分は海水の入り込む湖であって、東は生駒山地の手前まで、北は交野、枚方の手前まで海岸線だったという。これを特に仁徳天皇の時代にこの河内湖の干拓を推進し、次第に今の河内平野となったという。これに比べれば、京都南部の巨椋池の干拓は規模が小さい。大阪の低地と言えば、大津波でも四天王寺までは到達しなかったなど、それなりの史実があるものだ。関東だって、江戸時代に利根川が南流していたものを茨城県方面に東流するように付け替えて、江戸の水害はよほど減ったということがある。このように日本では、治水による低地開発を千年単位で推し進め、人口増に対応してきたが、次の至福千年の時代は、出口王仁三郎のビジョンでは高地文明である。近鉄奈良線で難波から奈良に向かうと生駒のあ...水都大阪と河内湖

  • 出口王仁三郎予言の全容

    ◎人口減少と経済ブロックと武装解除出口王仁三郎説によれば、次の時代の人口規模は、外国が3%、日本が2%と大きく減少する。世界人口は、2億くらいで、日本の人口は、2百万強か。それを背景に世界の経済ブロックが成立する。山陰ブロック、山陽ブロック、四国ブロックなどで各ブロックの人口は10万がいいところ。各経済ブロックは、自給自足が原則で、農業が主体。そうした国内の経済ブロックを基礎にアジア・ブロック、アメリカ・ブロック、アフリカ・ブロック、ヨーロッパ・ブロック、オーストラリア・ブロックなど大規模なブロックがあり、各々自給自足だが、特色ある産品の輸出入も行われる。現代は、グローバリゼーションで、地球規模の貿易が既に盛んに行われているが、出口王仁三郎ビジョンとの相違は、人口規模と軍備である。軍備で言えば、人間同士がもう参...出口王仁三郎予言の全容

  • 有を変容させて無のなかに返す

    ◎最後の奇蹟は最初の奇蹟より大きいユダヤ教ハシディズムから。『天と地との創造は、無から有を展開させることであり、上なるものが下なるものの中に降りることである。しかし、存在界から身を離して、つねに神に着く聖者たちは、真剣に神を眺め、捉えるのである――――――彼らは有を変容させて無のなかに返すのだ。そしてより不可思議なことはこれである、無すなわち下なるものを上へと高めることである。「最後の奇蹟は最初の奇蹟より大きい」とゲマラに書いてあるように。』(忘我の告白叢書・ウニベルシタスマルティン・ブ-バ-/編田口義弘/訳法政大学出版局P254-255から引用)※ゲマラはタルムードの中の一部。この文では、無は最初の方では上だと言い、最後の方では下だと言うので落ちつかない。『上なるものが下なるものの中に降りる』は、トリスメギス...有を変容させて無のなかに返す

  • すべてが異郷のものだから帰郷する

    ◎ユダヤ神秘主義ハシド派の一言ハシド派は、ハシディズムのこと。到達した人々がいることが、以下の言葉でわかる。『ある師について、彼は「私はこの国では寄留者である」(出エジプト二・二二参照)という、モーセの言葉にならって、まるで寄留者のようにふるまったと語られている。遠方から、生まれた町を出てやってきた男のように。彼は名誉にも、彼を益するなにものにも心を向けなかった。ただ、生まれ故郷の町に帰ることだけを考えていた。彼はおよそなにものにもとらえられないが、なぜなら彼は、すべてが異郷のものであり、自分は帰らねばならない、と知っていたからである。』(忘我の告白叢書・ウニベルシタスマルティン・ブ-バ-/編田口義弘/訳法政大学出版局P252から引用)世俗感覚で読めば、エジプトが異郷でカナーンが故郷だが、ここではそう読まない。...すべてが異郷のものだから帰郷する

  • ドン・ファン・マトゥスがアメリカ・ライオンに追われる

    ◎真っ暗闇の絶壁を登り切る1961年8月末、カルロス・カスタネダは、ソーマ・ヨーガのマスターであるドン・ファン・マトゥスの指導の下にフィールド・ワークを行っていた。さる断崖絶壁の下で、カスタネダは、ドン・ファンの指導の下に、アメリカ・ライオン(ピューマ)を仕留めるための枝と釘で作った罠を造った。二人は、木の上に居てアメリカ・ライオンが罠にかかるのを待ちかまえていた。カスタネダは、アメリカ・ライオンに見つからないようにするために、木と同化せよと命じられた。意外なことにカスタネダは、ライオンが来てわなにかかりそうになったら荷物を投げつけろと命じられた。夜半にアメリカ・ライオンがやってきた。カスタネダは、言われたように荷物を投げつけると、驚いたアメリカ・ライオンは遠くに馳せ逃げた。ドン・ファンは、アメリカ・ライオンは...ドン・ファン・マトゥスがアメリカ・ライオンに追われる

  • 中国が香港に国家安全法を導入

    ◎神の計画2020年5月28日、中国の全国人民代表大会において、反体制活動を取り締まるために、香港に国家安全法制度を導入する方針を採択した。これは、香港の一国二制を事実上終わらせるもので、世界から見れば、米中戦争の号砲を鳴らしたものである。オカルティストから見れば、胡兵が朝鮮を襲うフェーズ支那が日本を空襲するフェーズ世界がよき支那物を奪う合うフェーズ支那が四分裂するフェーズなど果たして実現するかどうか注目されるところである。だが、地球温暖化は風水害だけで世界的に低地に発達した商工業文明都市に大打撃を与え得るところまで来ている。そのことは、昨年までに発生した自然災害で可能性を見ている。さらに2020年は年初からの新型コロナ肺炎の流行で、世界的に経済活動が麻痺。さらに、昔から大国の間に挟まれた国を半ば憐れんでバルカ...中国が香港に国家安全法を導入

  • 贅沢だったクリュニー修道院からシトー修道院へ

    ◎清貧沈黙と諸悪莫作衆善奉行古代ローマ市民がパンと見せものを要求したように、食べ物がほぼ充足した現代人は、手近に知的好奇心を満足するものと少々の不機嫌を治すものを求めて、TVやスマホやゲーム機を用いる。一般に贅沢や奢侈と呼ばれるものは、当初物質的なものだったが、深化するにつれ、グルメやブランド商品など精神的な価値を求めることに移っていく。TVやスマホやゲーム機によって与えられるものは、情報という形で与えられる視聴覚刺激の奢侈なのだ。今、万人を旧時代の最後の時期における求道者と見立てれば、物質面、観念面での贅沢にまみれた修道士のようなものだ。11世紀ヨーロッパを席捲していたクリュニー修道院は、肉食を避けるため主菜の魚は2度出され、それで2度満腹となった。その時点で浴びるほど出されたワインで頭は眠る寸前となり、そこ...贅沢だったクリュニー修道院からシトー修道院へ

  • カトリックの列聖のステップ

    ◎カトリックの賞味期限カトリック中央協議会(https://www.cbcj.catholic.jp/faq/saints/)によれば、聖人認定されるためには、以下のステップがある。1.神のしもべ教皇庁列聖省が聖人の列に加えることを調査開始した場合の呼称。2.尊者著書や証言調査によって、問題なければ尊者となる。3.福者祈りによって病気が治癒したなどの奇蹟を起こしたとか、殉教したことが条件。4.聖人「聖人」とは、生存中にキリストの模範に忠実に従い、その教えを完全に実行した人たちのこと。加えてよくわからない基準がある。だが、注目点としては、全世界の人々がその聖人に取り次ぎを願ってよいとしているところ。列聖制度の問題点は、教会に審査請求しやすい人だけを対象にしているところ。無名の人であって、終生真面目に信仰生活を送っ...カトリックの列聖のステップ

  • かもめのジョナサン

    ◎ヒッピーと垂直飛行、冥想十字マップまで私が小学生の頃、朝のニュースの時間に、新宿東口広場からの中継が流れ、長髪の若者男女が大勢座り込んでいて、煙草を吸ったり、ぼーっとしたりしている映像が流され、「一体何をしているんだろう」と考えさせられたものだ。そのヒッピーたちも今は70代だろうか。そうした世代が読んだのが「かもめのジョナサン」。当時はさっぱり興味を惹かない本だったが、今見てみると水平飛行と垂直飛行のことだとわかる。古代ギリシアの壺絵(飛び魚)にあるように、冥想修行は水平飛行しかできないうちはまだまだ。垂直飛行ができて初めて一人前とされた。水平飛行とは、まあアストラル・トリップだが、垂直飛行とは、アートマンと合一し、ニルヴァーナを目指すこと。「かもめのジョナサン」は、古代ギリシアの壺絵(飛び魚)にヒントを得た...かもめのジョナサン

  • 𨥇(金へんに寸)玄英

    ◎亀鶴斉寿𨥇(しゅう)玄英は、燕国広陵の人。燕の太守劉守光に仕えて宰相にまでなっていたが、黄老の道を好み、長生不死の修行にいそしんでいた。ある日、正陽子という道人が彼を訪ね、清浄無為にして心身を養う法と金液還丹を煉る法(内丹のこと)を授けた。さて正陽子は彼から鶏卵10個と銭10文を借り受け、机上に10文を置きその上に鶏卵10個を重ねて、塔の形を作った。これを見て、𨥇玄英が驚いて思わず危うい危ういと叫ぶと、正陽子は莞爾として微笑し、「今、栄耀栄華に誇っている人々の危険なことはこれの幾層倍であるか測り知ることができない。」と答え、銭で卵を砕いて、暇を告げて何処ともなく立ち去った。玄英これを見て多いに悟るところがあったので、その夜家族を集めて酒宴を催し、貯蔵していた財宝をことごとく取り出して打ち砕いたり焼き捨てさせた...𨥇(金へんに寸)玄英

  • 出口王仁三郎の前世は源為朝説

    ◎軍備で破壊して再生の道筋をつける出口王仁三郎の前世は源為朝で、その前がムハンマドだったというダンテス・ダイジの口承があるという。爛熟腐敗の進む時代には、進み過ぎると揺り戻しがきつくなるので、頃合いを見て立替立直しがあるもの。源為朝は、身長2mを超える大男で、気性も荒く、九州を荒らしまわった他、流罪の後伊豆諸島でも暴れ回った。保元の乱(1156年)で崇徳上皇方で参戦。無勢のため敗戦の憂き目にあったが、一矢で鎧武者2名を撃ち抜くなど、古今無双の武勇であった。為朝は終生無冠で、最後は、伊豆で追討軍を受け、32歳で自害したという。為朝伝説で、気になるのは、以下。1.義経は本当は八男だったが、為朝に遠慮して、八郎ではなく源九郎義経を名乗ったといわれる。2.横浜市港南区上大岡東1-8付近は八郎ケ谷と呼ばれ、落人となった為...出口王仁三郎の前世は源為朝説

  • 人間とは魂が肉体を持っていること

    ◎至福千年の時代の生き方とは人間とは、肉体が魂を持っているということではない。魂が肉体を持っているということ。その発想のもとに肉体は魂の乗り物であるという表現が出てくる。霊主体従とは、これと同義。次の時代は霊的時代であるというが、肉体は魂の乗り物であると万人が自覚することが最終的な狙いではない。ババジの弟子のスワミ・ラーマの出くわしたエピソードの中に、ヒマラヤのベテランのヨーギが、横死した若い男性の肉体を引き上げて、その肉体に這い乗って別の人格としてその後生きる話が出てくる。でもって、人格と輪廻転生の主体は別などとのたまうのだが、とても抵抗のあるエピソードである。禅の十牛図の第八から第十までは、一旦死んだその肉体に、悟りの後に戻ってきて、下町の商店街を発泡酒の缶をぶら下げて帰って行くみたいな図柄。要するに一旦は...人間とは魂が肉体を持っていること

  • 大悟覚醒者の体を脱ぎ捨てる方法

    ◎文字どおり生死を超えるババジの弟子のスワミ・ラーマが、大悟覚醒者の体を脱ぎ捨てる特別な方法について幾つかのパターンを挙げている。1.サマディにいる間に凍死すること。これはヒマラヤのヨーガ行者の特別なグループにとっては伝統的な死に方である由。2.ヒマラヤの深い川で、呼吸を保ち体を捨てる。ジャラ・サマディ。3.ヨーガの正座で座っている間に、意識的にブラフマンドラを開ける。スタル・サマディ。4.太陽神経叢を瞑想することにより、体内の内なる炎が一瞬の閃きで体を焼き尽くし、すべては灰に帰す。(以上出典:聖なる旅-目的をもって生き恩寵を受けて逝く/スワミ・ラーマP182)3番目は、何も説明がないのでわかりにくいが、ブラフマランドラを開けると呼吸停止、心拍停止が起きるということなのだろうと思う。彼は、これらは自殺と異なり、...大悟覚醒者の体を脱ぎ捨てる方法

  • ラージァ・ヨーガとヨーニ・ムドラー-2

    ◎サハスラーラ蓮華の内にある神秘の月さらに『五・一六一口蓋の根もとに古くからある蓮華はサハスラーラである。この蓮華のカンダ(花心)に下向きのヨーニ(座)がある。』(続ヨーガ根本経典/佐保田鶴治/平河出版社/P274から引用)さらに『五・一八六前に説いたサハスラーラ蓮華のなかのヨーニ(台座)の下に月がまします。賢者はこれに対して思念をかけるべし。』(上掲書P281から引用)この神秘の月には16弁があり、それは甘露に輝き、実際にそれを目撃しただけで、過去の罪障は滅し、未来も見えるという説明が続く。サハスラーラ蓮華、つまりブラフマランドラはいつ開くか。ババジの弟子のスワミ・ラーマは、ブラフマランドラは、アートマンとの合一の時にのみ開くとし、それはサマディー(三昧)を通じて起こると言う(聖なる旅-目的をもって生き恩寵を...ラージァ・ヨーガとヨーニ・ムドラー-2

  • ラージァ・ヨーガとヨーニ・ムドラー-1

    ◎謎また謎のクンダリーニ・ヨーガの秘奥本の中には、何十年を経て取りつけるものがある。読み進めても何のことか想像も働かないのであれば、散漫に字を追うしかない。続ヨーガ根本経典もそうした本の一つだった。ラージャ・ヨーガの全容が、ハタ・ヨーガの肉体調整に始まって、クンダリーニ・ヨーガに進み、最後は、ニルヴァーナに進むという全容のイメージがあれば、読み進められようというもの。この本を購入したのは、1970年代の終わり頃だと思うが、書いていることの見当がつき始めたのは最近のこと。それ以前はせいぜい自分のわかるテクニカル・タームからの連想で読み進めるしかなかった。それでも連続して読めるのは3ページ程度せいぜいだった。結局、七つの身体論がOSHOバグワンなどある程度詳述されるものが出て来なければ、まともに読み進められる人はほ...ラージァ・ヨーガとヨーニ・ムドラー-1

  • 自粛警察から日本が戦場になる可能性

    ◎コロナ、経済摩擦、米中戦争自粛の中で営業している商店や配達員にいやがらせのビラを貼ったりファブリーズをかけたりする自粛警察は、妬みそねみから起こる。日本というのは、昔から大勢が右向け右なら全員右向け右になる国ではあるが、戦後の価値観の基軸が緩くなりすぎて、自己チューばかりになったからには、その惨憺ぶりは戦前よりひどいのではないか。日本が戦場になる可能性について、猫組長がプレジデントにコラムを書いていた。彼の説によれば、コロナ禍には三つの輪があって、それはコロナウィルス感染拡大と経済危機(恐慌)そして米中戦争である。米中経済摩擦の行きつく先は、暴力行使の戦争である。共産主義政権には行動学的に「勝利」はあっても「敗北」はないのだろう。「敗北」を認めることは自らの正統性の自己否定だからである。記事はここまでで日本が...自粛警察から日本が戦場になる可能性

  • 言の葉の誠の道、八十と七十五

    ◎天地を動かす言霊明治天皇御製「天地を動かすという言の葉の誠の道を誰か知るらん」言の葉の誠の道とは言霊学のことであって、既に江戸時代には相当に体系化されたものがあり、出口王仁三郎がそれを進化させた明治天皇のパートナーとされる昭憲皇太后が一条家よりお輿入れの折、そのお道具の中に『言の葉の誠の道』に関する書物が入っていた由。出口王仁三郎ファンにとっては、言霊とは七十五声が常識だが、八十が見え隠れすることも意識しておきたい。出口王仁三郎の霊界物語では正統宗教として三五教(あなない)が一貫して登場してくる。七十五とは、3×5×5=75であって、三と五で成り、5が重なって強調される。日本国は八十島。霊界物語では、多くの悪人悪神として八十曲津(まがつ)が頻出してくるように、八十は、どちらかといえば悪い意味のものが多い。改め...言の葉の誠の道、八十と七十五

  • 立替立直しの概要

    ◎わが身が神を知る立替立直しという言葉が流行し出しているようなので、ここに概要を記してみます。立替立直しは出口王仁三郎の用語。出口王仁三郎は、戦前の古神道教団トップにして、昭和10年の最盛期には信者8百万を有していた。ところが同年、突如として邪教として全国一斉に教団幹部の一斉逮捕、教団施設の一斉破壊が行われた。出口王仁三郎の収監は7年に及び釈放は昭和17年8月。仮に出口王仁三郎が獄死していた場合、救世主殺しとして日本人全体が祖国を失うディアスポラの憂き目に遭うようなことも考えられたが、奇跡的に生きて釈放されたのは幸運だった。日本および世界の21世紀における革命にして再生が「立替立直し」。だが天皇は最終的に世界のトップとして君臨する。1.公的な側面(1)日本日本の立替え立て直しは、明治維新や第二次世界大戦の時のよ...立替立直しの概要

  • アレハンドロ・ホドロフスキー監督の映画エンドレス・ポエトリー

    ◎書割の前で動く人間と人間の欲望のぶつかり合いエンドレス・ポエトリーという映画は、アレハンドロ・ホドロフスキー監督の自伝的映画の第二作。私がアレハンドロ・ホドロフスキーの名を知ったのは、『タロットの宇宙/アレハンドロ・ホドロフスキー/国書刊行会』という著作によって。タロットという78枚の曼荼羅から覗き込む宇宙が結構いい線を行っていることに驚かされたからである。彼は、1929年チリの田舎町トコピジャでロシア系ユダヤ人の子として生まれ、祖父らが同じ町に住んでいたことから、ポグロムなどの迫害を避けるために移住してきた一家なのだろう。随所にユダヤ的な日常で彼が嫌っていた部分がせりふに登場していた。以前イギリスでユダヤ人の家政婦をやっていた日本人の著作を読んだことがあるのだが、その本で書くことを避けていたユダヤ人のいやな...アレハンドロ・ホドロフスキー監督の映画エンドレス・ポエトリー

  • 白魔術と黒魔術

    ◎やむなく認めた黒魔術なるホワイト・フォックスに手を噛まれる簡単に定義すれば、他人を助けるために使うのが黒魔術。自分のために使うのが白魔術。カルト教団で、教祖の写真やアクセサリー、礼拝グッズ、著作などを売っているが、何を販売しようが、カルト教団であるがゆえに人はこれを黒魔術的と考える。ところが、同様に教祖の写真やアクセサリー、グッズ、テキストを伝統教団が販売するのは白魔術だとされるので、新興宗教はしばしば伝統宗教の新たな分派の形をとり、カルトに分類されることを免れようとする。宗教団体に限らず、音楽シーン、映画、演劇、スポーツなどあらゆる分野でグッズやテキスト、映像が売られる時代ではあるが、それは表面的には白でも黒でもない行為だが、厳しめに見れば天からの賜物を無駄使いする行為であって黒分類となるように思う。現代の...白魔術と黒魔術

  • スピリチュアルのるつぼとしてのカリフォルニア

    ◎アーユルヴェーダからゴールデン・ドーンアーユルヴェーダは、テレビでも紹介されるし、お店もぽつぽつあるし、代替療法としては認知されている方だと思う。ところが1930年代のハリウッドで既にアーユルヴェーダは大流行しており、戦後の1970年代のニューエイジ運動でもアメリカでアーユルヴェーダは再び大流行した。そうした流れで、アーユルヴェーダは、最近になってようやく日本にも入ってきたというわけだ。戦前のアメリカの名優ジョン・バリモアは、1930年代には40代になっていたが、アルコール中毒がたたり、せりふも覚えられなくなり、3度目の結婚にも失敗し、失意にあった。そこで彼はインドのコルカタに渡り、アロマセラピー中心のアーユルヴェーダ施術を受けて、カーマスートラ的酒池肉林の1週間を過ごして回春した。ところが、街で通りかかった...スピリチュアルのるつぼとしてのカリフォルニア

  • 劉せん

    ◎仙道修行は若いうちから劉せん(日へん+潜のつくり)は、唐代の代地方の人。家が貧しく書を購入することはできなかった。兄の膽(タン)がこれを見て神仙の道は遼遠であって、成道は困難である。然るに仕官の道は手近で成功しやすいからと仕官の道を勧めたが、彼は頑として応じなかった。そんなある日、一人の道士が劉せんを羅浮山に連れて行った。彼は修練の甲斐あって、終にその秘訣を授けられた。一方の兄劉膽は、順調に出世街道を驀進し、宰相にまでなったが、罪を得て都を落ち延び潮台というところで船の中で逃亡生活を送っていた。弟劉せんは、潮台に赴き、不遇の兄に面会したところ、兄は面貌も甚だしく老いその頭髪は多年の心労で真っ白であり、一方弟は、顔貌もつやつやと少年のそれと変わらなかった。これを見て兄劉膽は、今から仙道修行をしても遅くはあるまい...劉せん

  • 人が神に成る

    ◎一厘の人だけがわかる四世紀のギリシア教父アタナシオス『神が人に成ったのは、人が神に成るためである』と言った。一方、プロテスタントの神学者カール・バルトは、これを一蹴、『人が修行によって神と一つに成ることなど、自己救済、自力救済の空しい試みに過ぎない』(ギリシャ正教無限の神講談社選書メチエ落合仁司/著講談社P23から引用)。カール・バルトというのは、常識人ではあったが、決定的な体験とは言えない体験を欠いていたのだろう。だから、エックハルトの異端すれすれの神人合一体験を文字通りのものと感じなかったり、アヴィラのテレサの体験の深みを人間の側からしか感じとれなかったのだろう。キリスト教は、神がいてイエス様がいて、鳩なる聖霊があるが、神は、人として顕れ、人は自分を棄てて神となるタイミングを有する。神学者にとっては不都合...人が神に成る

  • 神の奥には奥があり、その又奥には奥がある

    ◎小鹿峠の二十五番坂クンダリーニ・ヨーガ系では、二十五段階という言葉がほの見える場合がある。霊界物語第十四巻第一三章に、小鹿峠の二十五番坂が登場してくる。小鹿峠は、もともと四十八坂がある。このストーリーでは、麓から二十五番坂まで霊身のまま、「中空に高い一本の丸木橋を渡つて来るように」一生懸命一番坂から二十五番坂まで登ってくるのだが、二十五番坂の頂上で一行四人は、大風に吹き飛ばされて谷間に落下する。それも2回。落下した原因は、目標を持った冥想修行をしていたせいだが、出口王仁三郎が、谷底の青い淵に真逆様にザンブと落込んだ途端に夢は破られ、藪医者が、非常な麻痺だ、痙攣だとカタレプシー状態にあると見立て、自然に覚醒状態になるまで、放任して置くより途はなかろうと判定する。全部で四十八坂あるはずだが、ディテールの描写がある...神の奥には奥があり、その又奥には奥がある

  • 老婆親切な神シング=ボンガ

    ◎人身御供、人身供儀-2シング=ボンガは、中部インドのムンダ族に信仰されている主神。最初人間たちは、天上でシング=ボンガのために何年も働き続けていた。しかしある時、水に映った自分の顔が神に似ていることを発見し、人間たちは神と平等であると分かったので、神に仕えることを拒絶してしまった。これを契機にシング=ボンガは、人間たちを地上に投げ下ろした。やがて人間たちは、鉄鉱石の鉱床のある地域に、次々と七基の溶鉱炉を建て続けた。溶鉱炉から濛々と上がる煙は天上のシング=ボンガを不快にさせたので、彼は鳥を使者として止めるように嘆願したが無駄だった。やがて溶鉱炉は崩壊してしまった。シング=ボンガは病気の老人に身を変えて地上に降臨したところ、人間たちが彼にアドバイスを求めてきた。シング=ボンガは、人間の誰かを犠牲として供えるしかな...老婆親切な神シング=ボンガ

  • チャックモールとイエスの磔刑

    ◎人身御供、人身供儀日本では、橋を建築する際に、古来人柱を入れて橋の崩壊を免れんとする風習があった。子供の頃、最近では少なくなったが、木製の橋を通るとそのことが思い起こされて、ぞっとしたものだ。映画インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説のモチーフとなった中米の神殿における人身御供は、チャックモールという石像に生き身の人間から心臓を取り出して神に捧げるというもの。最近の宗教では、このような残忍なものはないから、キリスト教徒も仏教徒も、中米の古代宗教は特別であって、このような陰惨な儀式をやるのだ、と言わば他人事のように考えていたものだ。ところがイエス・キリストの磔刑は、神に対して人の子を捧げて贖うというもので人身供儀そのものとも考えられる。古代中米や、南太平洋など未開のシャーマニズムだから人身御供をやるということではない...チャックモールとイエスの磔刑

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