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本当のなつかしさ、本当のやさしさ、そういったしみじみとしたものだけが好みです。 気になるもの 錬金術、冥想、瞑想、オカルト、坐禅、気功、ヨーガ、オーパーツ、超能力、霊能力、前世記憶、PTSD、トラウマ、修験道、アトランティス、レムリア、ケルト、クンダリーニ,チャクラ、洗脳、情報操作、テレビっ子、個人主義、疎外、おひとり様、悟り世代、アセンション、無私、敬虔、清貧

ブログタイトル
アヴァンギャルド精神世界
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/naitoukonan
ブログ紹介文
冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。
更新頻度(1年)

351回 / 351日(平均7.0回/週)

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naitoukonanさんの新着記事

1件〜30件

  • 生まれ変わり死に変わり

    ◎進士陳堯咨が前世のヒントをもらう唐末から宋にかけて陳搏(ちんはく)という仙人がいた。その弟子に陳堯咨という者がいて、進士の試験に合格して、陳搏に挨拶にきたところ、その座に一人の道人がいて、彼を見て「南庵、南庵」と呼んだ。道人が去ってから、陳堯咨は、師に南庵というのはどういう意味かと問うと、陳搏はいずれ自分でわかるとし、答えなかった。その道人は鍾離権であった。後に陳堯咨が閔中に行き、ふとある村を通りかかると、そこの婦人が一人の子供に「南庵に行って父を迎えに行ってきなさい」と言いつけているところに出くわした。その婦人に南庵とは何かと問うと、一つの廃れた伽藍に案内され墓を見ると南庵主人という人物の逝去日が書いてあった。その日は、陳堯咨の出生月であり、自分は南庵の生まれ変わりであると悟ったという。それにしても鍾離権は...生まれ変わり死に変わり

  • 言霊の威力-2

    ◎心に誠あるときは知らず識らずに言霊澄むなり出口王仁三郎の歌集「言華下巻」P347-347から『来るべき世の変遷も言霊(ことたま)の力によりて明白となるなり時じくに鳴り鳴り鳴りてとめどなき主(す)の言霊に地上は生くるも神人は常住不断言霊の助けを受けて生き栄(さか)ゆなり言霊の光に一切万有はいや永遠(とこしえ)の生命(いのち)を保つも食物に含める五味のことごとは皆言霊の力なりけり言霊の正しき人は久方の天(あめ)の恵みを満たせる神なり肝向かう心に誠あるときは知らず識らずに言霊澄むなり』空海は阿字本義を唱え、出口王仁三郎はス字本義を唱えた。あらゆる宗教の根本は同じという万教帰一説はあるが、それと同様にスで統一されるべき確信が出口王仁三郎にはあったのだろう。人類には頭があって二本の手と二本の足があるように、人類共通に起...言霊の威力-2

  • 行為の道、事上磨錬とバガバッド・ギータ

    ◎為すべきことしても解脱できる人は為すべきことをすることでも、最終解脱に至る。それをカルマ・ヨーガと言ってのけるは簡単だが、実際にそれをするのは簡単なことではない。王陽明は、政府高官であって、禅もたしなんでいたが、自分の歩んでいく道の本質は、日々なすべきことをなすことで、大悟覚醒に至る事上磨錬であると認識していたのではないだろうか。働きながら悟る、家事をやりながら覚醒する、学びながら光明を得るものだが、王陽明は静坐と呼ばれる冥想法に取り組んでいた。訓読:人は須く事上に在って磨錬し、功夫をなす、すなわち益あり。(人須在事上磨錬、做功夫、乃有益(伝習録下))このやり方は、現代のライフスタイルに適合しているが、冥想が深まれば、働けなくなったり、家事ができなくなったりする段階もあり得る。古代インドでは、どうしても坐る冥...行為の道、事上磨錬とバガバッド・ギータ

  • 大嘗祭、出口王仁三郎の見方

    ◎天皇と民草は、祖先に神を通じて同胞大嘗祭についての出口王仁三郎の見方は次のようなものである。1.大嘗祭とは、天皇位に即位後、京都を中心として全国東西の地方を代表した悠紀、主基両斎国より奉献の新穀を以て、初めて親しく天祖天照大神を始め奉り、八百万の天神地祇を請饗し給い、尚天皇自身も之を食せられ、臣下にも賜る大祀である。(出口王仁三郎全集第1巻第4篇日本精神の真髄第6章大礼の意義)2.神武天皇が、日向より東征の軍を起しあまたの賊徒を誅戮して天下平定の後、皇祖天神を祭って荘重なる御即位の式を行ったが、これが大嘗祭の嚆矢。また即位後四年に天神を祭祀するために、霊畤(れいじ。即位後最初の新嘗祭の行われる神の庭)を大和国宇陀郡榛原村の鳥見の山中に立てて皇祖天神の大祭を行った。(出口王仁三郎全集第2巻【宗教編】第5篇宗教と...大嘗祭、出口王仁三郎の見方

  • ボクシング井上尚弥、集中が切れる瞬間を狙う

    ◎人は3分間も絶対に集中できない2019年11月7日、プロボクシング:ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)バンタム級決勝(さいたまスーパーアリーナ)が行われ、3階級王者のWBA・IBF世界バンタム級王者井上尚弥(26)が真の階級最強王者の称号を手にした。倒した相手は5階級王者のWBAスーパー王者ノニト・ドネア(36=フィリピン)。3-0の判定で勝利を手にした。その井上が、意識の隙間について述べている。試合の途中では、ぼんやりと相手の肩の動きとか、全体を見ながら、目とか、呼吸とかで、相手の集中力が途切れた瞬間を逃さずパンチを打ち込む。(この「ぼんやりと」が、同時に別の深い意識で見ているということ)井上尚弥曰く、人は3分間も絶対に集中できないし、自分も無理、と。だがその息を吐く瞬間というか、たぶん相手...ボクシング井上尚弥、集中が切れる瞬間を狙う

  • 言霊の威力-1

    ◎言霊の原理を夢にも知らない出口王仁三郎の歌集「言華」P346-347から『天地(あめつち)は一切万事言霊(ことたま)の水火(いき)に即して生くるものなり国学者なるもの沢にありながら学王学の言霊知らざり我が国の皇道を説く物識(し)りも言霊の原理夢にも知らなく天界は言霊の水火にもとづける意志想念の世界なりけり言霊の清濁によりてその人の善悪智愚の程度はわかるも森羅万象(よろずのもの)悉く皆言霊の助けによりて生まれたるなり主(ス)の神の生言霊(いくことたまの)大原理知らずば天地の成立(なりたち)解(わか)らず』生言霊の大原理とは、主の神第七身体から発出されたリーラ世界遊戯を構成するパワーが、第六身体「有、アートマン、本来の自己」、個の窮めであるコーザル体、メンタル体(天界)、アストラル体、エーテル体、肉体と下降し、現...言霊の威力-1

  • 無想三昧到達者の次の生

    ◎解読キーの隠されてきたヨーガ・スートラヨーガ・スートラに無想三昧到達者の次の生のことが書いてある。ヨーガ・スートラ1.19『離身者たちと自性に没入したひとたちとには、存在の想念を含むところの似て非なる無想三昧がある』(解説ヨーガ・スートラ/佐保田鶴治P52から引用)これでは何だかよくわからない。OSHOバグワンのヨーガ・スートラ講話Yoga:TheAlphaandtheOmegaの第二巻では、釈迦は直前世で無想三昧に達していたが、カルマの種は残していたので、再転生したなどと書いているので、この離身者とは、脱身でなく再転生であると見ている。さらにOSHOバグワンは、無想三昧の後は1回の転生だけが可能であって、最後の生では、彼はカルマの種が動くに任せ、目撃者であることに徹するなどと、意味深長なことを書いている。そ...無想三昧到達者の次の生

  • 十和田湖の噴火と男装坊

    ◎男装坊が人間として再出世秋田では、十和田湖と八郎潟のバトルの民話があるのだが、これを漫然と聞くとそのままに終わってしまう。出口王仁三郎には、十和田湖と男装坊の逸話があるが、これだけでは男装坊が20世紀に出口和明氏と転生して、出口王仁三郎周辺の小説などをものした程度の理解となる。この逸話は、十和田湖に蟠踞していた八郎という龍を法力によって男装坊が八郎潟に追放し、20世紀に出口王仁三郎が十和田湖訪問の折、男装坊は十和田湖の守護を卒業し、再度人間として再生することになったというもの。ところが十和田湖と男装坊の逸話は、十和田湖の噴火は、日本においては過去2000年間の最大級の噴火であったことを枕にしないと全貌がわかりにくいのではないかと思うに至った。915年(延喜15年)8月、十和田湖は大爆発を起こし、その火砕流は周...十和田湖の噴火と男装坊

  • 知れば迷い知らねば迷う法の道

    ◎何が仏の実(まこと)なるらん至道無難禅師「即心記」の冒頭。『知れば迷い知らねば迷う法(のり)の道何が仏の実(まこと)なるらん(大意:知れば迷い、知らければ迷う仏の道何が仏の真実なのだろうか)この歌の核心が明らかになれば、大道が明らかになるだろう。』仏道を知らなければ迷うのは当然として、仏道を知って迷うとはどういうことなのか。この後に説明があるが、悟りを持って生きるのは日夜安楽だとある。安楽と言わねばならないほどに、悟後も苦があるというのが前提になっている。至道無難は、すべてのカルマを尽くし果てれば、生死もない、なしということもないというところに行くが、それは非常に到達しがたいところである。よって禅は悟りを先にして、カルマを果たし尽くして行く道をとるのだ、と。こうした意味でも若年のうちの見性というのは、重要なこ...知れば迷い知らねば迷う法の道

  • シャンカラからOSHOバグワンへ

    ◎不二一元論から七つの身体論不二一元論とは、ウパニシャッドなどを正当な根拠と見てブラフマンを唯一の真実在と見る考え方である。『聖者たちのインド/春秋社P92』では、OSHOバグワンの悟りが不二一元論と同じ構造を持っていると書いてあるが、それだけではないと思う。不二一元論の代表的な著作であるシャンカラのウパデーシャ・サーハスリーからそのさわりの部分。『五目覚めるまでは、夢は真実であるように、アートマンの知識が〔得られる〕までは、身体とアートマンとの〔同一性〕は〔真実であり〕、直接知覚などが知識根拠であることや覚醒状態も〔真実で〕ある。六虚空のように、一切生類のなかに住しつつも、私は〔一切〕生類の諸欠点から自由である。私は目撃者であり、観察者であり、属性なく、清浄なブラフマンである。それゆえに私は絶対者である。七名...シャンカラからOSHOバグワンへ

  • 信仰者としてのベストなライフ・プラン

    ◎自分もマスコミも教育界も宗教界も政治家も変わらねば人は自らの信じる宗教を通じて神と一体になることができるし、組織宗教の伝承しない方法でも神と一体となることもできる。一体となった暁には、その体験は、『体験とは言えない体験』である。体験する自分がいないからである。ラーマクリシュナは、労働、家事、勉学などの社会生活を捨離して、神と一体化している恍惚のうちにあることを信者にも勧めた。この修行を一人で行えば、遠からず餓死するし、こういう人間ばかり増えては、社会の生産性は著しく損なわれる。おそらく信仰者としてのベストなライフ・プランは、幼少時から只管打坐とかクンダリーニ・ヨーガなど坐る習慣をつけさせ、学校教育を通じて、思春期には見神、見性を体験。18歳から20歳ころまでには、神人合一、身心脱落、即身成仏、白日昇天という『...信仰者としてのベストなライフ・プラン

  • 神人合一とライフスタイル

    ◎働くことと神人合一ラーマクリシュナは、修行時代に、身体全体が焼け付くように感じられ、ガンジス河の水に入って肩までつかって立ち、一日中濡れたタオルを頭に載せて冷やしている時期があった。これはいわゆるクンダリーニが上がって身体が熱を発している状態である。たまたま一人のバラモンの女性が彼の身体に白檀を塗り首に花輪をかけると、この熱病は3日で消えた。他にもラーマクリシュナは、いくら食べても空腹の時期もあり、これはあらゆる種類の料理を彼の周りに並べ続けることで、数日で終わった。こういうのは、いわゆる禅病の一種であるが、数日と短期間で治癒したのは、周囲の人に恵まれていたのだと思う。このような修行時代を経て、神人合一しているのが基本で、働いたり作務もしない社会人、家庭人としては失格な時期が晩年まで続く。ラーマクリシュナは、...神人合一とライフスタイル

  • カーリー女神

    ◎情動のパワーで呼ぶラーマクリシュナは、どのように神に近づけるかと問われて、赤子が泣き叫んで母を呼ぶように神を呼べば母なる神がやってくる(ラーマクリシュナの福音1シュリーマ(M)/東方出版P113)と、彼は情動から入って行くことを示す。知の道でも、観想の道でも、只管打坐の道でもない。そこで彼が、神との対話の糸口として使ったのがカーリー女神。カーリー女神は、シヴァ神の配偶者にして、太母。カーリーは、時間、黒色という意味を持ち、宇宙の展開、存続、帰滅を行う。カーリー女神の神像は、黒い肌、頭蓋骨の首飾り、そして手には剣と盾と血のしたたる首を持ち、生死を司ることを示す。そして指は吉と凶の印を結び人間の運命を支配することを表す。彼女は、ブラフマンの力。人間にとっては畏怖すべき神であり、人間の都合など考えてくれない部分があ...カーリー女神

  • 見ているものすべてが男と女の結合

    ◎ラーマクリシュナの語る両性具有インドの大聖クリシュナが最愛の愛人ラーダーと寄り添って立つ像がある。これを例えとしてラーマクリシュナは、『あなた方が見ているものすべてが、男と女の結合です。』(ラーマクリシュナの福音1シュリーマ(M)/東方出版P172から引用)と説明する。密教ではないので、流石に交合像は、用いないが、その意味するところは、両性具有が世界の活動原理であるというもの。プルシャという男性とプラクリティという女性。プルシャは、男性、非活動、個我、プラクリティは、女性、活動、大宇宙、性力(シャクティ)。プルシャは太母を目指し、プラクリティは冒険者である男性プルシャを救済しようと動く。これが合体して世界を形成する。古神道でいう伊都能売である。ラーマクリシュナは、この現場にシヴァ像(男性)の上にそれを見つめる...見ているものすべてが男と女の結合

  • 自分こそ幻である

    ◎ラーマクリシュナ久々に19世紀インドの聖者ラーマクリシュナを読んでいる。何が幻かと言えば、自分あるいは我が幻であると言い切っているシーンがある。チベット密教で空性の修行というのがあるが、この世、あの世のあらゆるものは空性であると観想するのはよい。だが、その行きつくところは、自分も空である。自分即是空であるというのは、とても恐ろしいことである。だから自分が空であるとか、自分こそが幻であるなどとストレートな表現を、諸聖賢はあまりしないのだろう。大体最近、瞑想などというと、すっきりするとか、願望が叶うとか、引き寄せるとか、合格祈願とか、身代わりとか、恭喜発財とか、チャクラとかクンダリーニとか、絶対矛盾の自己同一化などといろいろ言っているが、冥想の行きつくところはそんなところではなく、ラーマクリシュナの言う通りの場所...自分こそ幻である

  • 帝釈天の網のように世界をフルカバー

    ◎空海の即身成仏義の偈空海の即身成仏義の偈。帝釈天の網のように世界をフルカバーする立場は、第六身体アートマンと我の合体であり、これが入我我入。帝釈天の網の結び目の宝珠に世界が映し出されるかもしれぬが、それを見ている自分が残っている限りは、即身成仏にはなるまい。大意:世界の構成元素の六大(地,水,火,風,空,識)は、融通無碍にして相互に結びつき感応している。四つの曼荼羅に照応する世界は相互にバラバラではなく離れることがない身口意の坐相・マントラ・心の三密で加持(仏の大悲と人の心を相互に感応させることを繰り返す)していけば、その効果は直ちに現れる。帝釈天の網のように世界をフルカバーしたのを即身成仏と名づける。法のままにあらゆる智恵を得ているが心の作用、心の主体は、あまりにも多すぎる。五智のすべてと仏智を備えていると...帝釈天の網のように世界をフルカバー

  • 人に出会うこと、教えること

    ◎一期一会、今生だけでなく来世も人を教えるというのは、教えた人の爾後の人生に責任を持つということであって、あだやおろそかにできるものではない。釈迦が同じ質問に対する回答をAさんとBさんでは全く異なる回答をしていたのが、対機説法と言われる。釈迦は、相手に応じてそれにふさわしいやり方を都度採ったのだ。これは、要するに釈迦は一度会った相手については、それ以後の人生について責任を持ってあげたということなのだろうと思う。ダンテス・ダイジは、大悟覚醒後に三昧の中にあって、自分が将来出会う人物の顔を一人一人思い浮かべていったというが、覚者たちが他人に出会うというのは、そういうことなのだろうと思う。出会うすべての人物の面倒をみるのだと思う。いわんや他人にものを教えることをや。他人にものを教えるというのは、教えた瞬間からその人に...人に出会うこと、教えること

  • 天寿国繍帳

    ◎世間は虚仮、唯だ仏のみ真国宝、天寿国繍帳は、聖徳太子に先立たれた奥様が彼の遺徳をしのんで作った刺繍入りの壁掛け。(奈良県斑鳩町の中宮寺所蔵、飛鳥時代(7世紀))この中に『世間は虚仮(こけ)、唯だ仏のみ是れ真なり』という文があったという。これは聖徳太子の日頃の家族たちに向かっての口癖であったらしい。この刺繍は極楽の様子を描いたもので、聖徳太子の未亡人橘大郎女が、彼は極楽へ行ったに相違ないと思うからこのような極楽図を作ったというのはわかる。だが、極楽も厳密に言えば、世間であって、世間は虚仮と言うからには極楽も虚仮である。七つの身体論で言えば、第五身体コーザル体以下が虚仮となる。世間虚仮を実体験するには、大悟覚醒が必要であって、極楽往生しても即身成仏できるとは限らない。日本に仏教を入れるあるいは流行させるには、たと...天寿国繍帳

  • 風災、水災、火災

    ◎日本人への予告と感じ改心できるか。2019年10月はひどい月だった。悪夢の如き、悲惨、残虐シーンの連続の映画も及ばぬ説得力の天災地妖。台風15号が首都圏を直撃し、千葉県は暴風により停電、断水や家屋破壊、電話、携帯が通じないなどの惨劇に見舞われた。(風災)台風19号では、長野、栃木、宮城、埼玉、千葉、神奈川、静岡、東京などで広く水害が発生した。(水災)この台風では、利根川水系、荒川水系、多摩川水系とも大洪水の一歩手前の雨量だったが、遊水池やダムをフル活用して、危機一髪で乗り切った。そして、人災かどうかは知らないが、沖縄のシンボル首里城の全焼。(火災)沖縄の人の泣き顔が次々に報道される。風災、水災、火災と、三災そろったが、日本トータルで見れば滅亡の決定打にならなかったのは不幸中の幸い。既に東日本大震災で、大きな警...風災、水災、火災

  • 中国、朝鮮の受け入れてきたもの

    ◎宦官、科挙、道教日韓併合時に、朝鮮王宮に踏み込んだ日本は、李氏朝鮮の伝統として残る宦官、そして両班の残滓として残る売官の風、そしてちょんまげなどを目にすることになったのだが、即日ちょんまげを切り落とす挙に出たという。朝鮮も宦官、科挙、道教を擁し、文化的には中国と一体であって、中国と共に易姓革命の2千年を経てきた。その結果民は、『お上を信じない』のが普通となり、血族だけで団結したり、秘密結社で団結したりすることとなる。官が廉潔であることや、治安が良いことは、文化文明の発展が低コストで行われるということで、『お上を信じる』日本の美点である。歴史的に、宦官、科挙、道教、キリスト教を排除し続けてきた日本の為政者の感覚には敬服させられるところがある。日本では歴代の聖人聖者に加え、彼らの言に耳を傾ける為政者の卓越した感性...中国、朝鮮の受け入れてきたもの

  • 日本が排除してきたもの

    ◎宦官、科挙、道教、キリスト教日本が、異国文化が入ろうとしてきた時代の変わり目にあって、日本自体が入ることを忌避したり一旦少々入ってきたがまもなく排除したのは、宦官、科挙、道教、キリスト教というところだろうか。6世紀の欽明天皇の時代に仏教とほぼ同時に儒教と道教が入って来ようとして、おそらく2百年くらい国論を二分して議論、争闘が行われたのだろう。仏教については、天皇家自身が受容するか排除するかで呪術合戦みたいなことまでやり、そこに聖徳太子が登場する。天皇に名字はない。その時代の総称が天皇の諡り名とされる。天皇は、神事がまず先なので、宦官や科挙を行うというのは、諸侯を排除して天皇家が独占的に後宮を維持し、官僚群を直属させるということになり、宦官科挙を入れた場合、天皇が政治に巻き込まれ過ぎると見た有力者が多かったのだ...日本が排除してきたもの

  • 呪術のラグビー イングランド対ニュージーランド

    ◎ハカ対V字ニュージーランド戦はいつも気合づけのハカで始まるが、これに対策したのが、策士イングランドのエディ・ジョーンズヘッド・コーチ。ハカの魚鱗陣形に対応して、V字を広げた鶴翼の陣形で対応したのだ。かつて柔道の谷亮子は、オリンピックで2大会連続で銀銀。それがよくよくこたえたのか、勝負は畳に上がる前から始まっていると感得し、2000年のシドニー五輪で金をゲットできた。ラグビーもゲームが始まる前から勝負が始まっている。最近は映像解析が進んで選手のポジションや動作の癖、攻守反転時のフォーメーションの変化などの分析が非常に盛んで、それに多額の資金を投じた野球のソフトバンクが三連覇、大リーグでは、同様のアストロズが毎年プレーオフに出て来てワールド・シリーズ優勝をうかがう。こうした魚鱗対鶴翼は試合スタート時のポジション戦...呪術のラグビーイングランド対ニュージーランド

  • 中国人との共生

    ◎十三億分の一の男最近気になったニュースは、日本の全人口中の外国人の割合が1%を超えたということ。首都圏の市町村区では、人口中の外国人の割合が10%を超えたところも出て来ており、近い将来に日本の謙遜、謙譲を旨とする文化との衝突を繰り返し、日本社会が荒れる原因になっていくのだろう。この外国人の半数は中国人であり、日本以上に個人の思想、信条、信教を圧殺され、国家に裏切られてきた歴史観、環境で育ってきた彼らの国家への不信感は強く、お上を信じないという点は日本人と全く逆である。中国人の平均年収が日本より低いことを考えれば、日本に入ってきている中国人は、中国国内で、共産党の高位高官として賄賂などで財を成した人の親族が相当数入ってきているのだろうと想像されるところである。そうした人の世界観、価値観は推して知るべし。『十三億...中国人との共生

  • 私たちの初めての体験は神の喪失

    ◎三歳の童子フロイトの弟子にして、ニーチェから求婚されたルー・アンドレアス・ザロメ。彼女の回想録冒頭。『私たちの初めての体験は、特筆すべきことに、神の喪失なのである。』(ルー・ザロメ回想録自伝文庫/ルー・アンドレーアス・ザロメ/ミネルヴァ書房P1から引用)今でははっきりとは思い出せないが、確かに3歳の頃は、神と一体であるみたいな、全一性のような、全く問題のない状態にあったようだ。ところが5、6歳になって、何か得体の知れぬ喪失感を、常に全人的に感ずることになって、確かにあの充実感、全能感はあったのだが、どこをどう探してみても見つからないという虚脱を毎度おぼえた。それをルー・アンドレーアス・ザロメは、神の喪失だと言ってのける。子供は子供でも、5、6歳になってしまえば、神なき人間という点では大人と全く変わらない。ダン...私たちの初めての体験は神の喪失

  • 監視、そして祭りの禁止、そして暴発へ-2

    ◎エロ、グロ、スカトロを超えてAmazonか楽天で買い物をするとmicrosoftのせいかgoogleのせいかはわかないが、画面には買ったものに関係する商品の広告が出続けてうんざりさせられる。『あなたは、ばっちり監視されています!』と言われているようだ。これでは額に神マークどころではない。画面の背後にはイエスの幻視した偽預言者が居て、画面の表に極彩色の偽預言写真や動画を繰り広げている如くである。こうした万全の監視、セキュリティ・チェック体制は、はめをはずした祭りの禁止に至る。古代ギリシアのディニュソス信仰を起源とするオルギアなどの乱痴気騒ぎは、超時代的なもので、現代では欧州の野外などでの薬物付きパーティ、レイブに継承される。こうした超法規的祭りには、なぜだかエロもあればグロもあり時にスカトロもある。エロ、グロ、...監視、そして祭りの禁止、そして暴発へ-2

  • 監視、そして祭りの禁止、そして暴発へ

    ◎陰謀論の実践とはこんな風に行われる渋谷は、映画バイオハザードの冒頭の舞台となったことで、世界の有名観光地となった。渋谷区では、ハロウィーンでのトラブルが渋谷駅周辺で相次いだことを受け、路上での飲酒などを禁じる条例が、2019年10月25日から実施される。条例には罰則がないが、ハロウィーンシーズンの10月25~27、31日の午後6時から翌午前5時(27日)駅周辺の路上や公園での飲酒が禁止。大音量で音楽を流す、街路灯に登るなどの迷惑行為も禁止。古来祭りには、無礼講というのがあって、年に一日は、酒や踊りの乱痴気騒ぎは勿論のこと、身分の上下、貧富の差を無視して、嘘や好きなことを言ってよいとか、性的放縦が見て見ぬふりをしてもらえるとか、若い男女の出会いの場を提供するとか、社会の相互監視や因習のくびきをはずす日があったも...監視、そして祭りの禁止、そして暴発へ

  • 出口王仁三郎28歳の頃-3

    ◎石ころから恋、そして言霊出口王仁三郎の歌集霧の海の続き。石ころの心は、恋心、言霊、天の音楽、オリオン座と変じ、エロの女神にも出会い、玉手箱も与える。『艶麗なる花の姿にあこがれて足のあゆみもおのずと止まりぬ天地万有みな言霊(ことだま)を発すとは聞けどもわれには不思議なりけりいかにして花の言霊(ことだま)さとらむとこころくだきて神に祈りぬかむながら御霊幸(みたまさち)はへましませとくり返しつつ神に祈りぬいづくともなく神言(かみごと)の声ありてさっと吹き来る時津山風山風に吹きなびきつつ花の野は片寄りかたよりわが道ひらけり右左(みぎひだり)花のかをれる大道をそよろそよろにわれたどりたり』(出口王仁三郎の歌集霧の海P194-195から引用)花の言霊を悟ろうとしたが、それは叶わなかった。だが、その後風雨雷霆も叱咤できるよ...出口王仁三郎28歳の頃-3

  • 即位礼正殿の儀の晴れ

    ◎晴天の真贋2019年10月22日の東京地方は、台風崩れの低気圧が直撃し、ほぼ一日雨ではあるが、昼過ぎに曇りの時間帯があることが予想されてはいた。さて午前11時35分頃から13時頃までの間の強い風雨により、正殿に向かって右奥に立てられた26本の旛のうち、菊花章大錦旛、菊花章中錦旛と、万歳旛が相次いで落ちた。ところが、即位礼正殿の儀の始まる13時直前に日の光が顔を出し、セレモニーの関係者を驚かせた。俗に晴れ男、晴れ女、雨男、雨女ありと申すが、雨男、雨女の優勢であるところ、即位礼正殿の儀の間だけは晴天とせしめたのだろう。出口王仁三郎は、どこへ行っても晴れ男であった。なお彼は、晴天としたり、大雨を降らせたりすることは平気でやってのける能力があった。だが、そういう超能力であるからこそ私心のままに用いることはできないもの...即位礼正殿の儀の晴れ

  • 出口王仁三郎28歳の頃-2

    ◎緑の野が花園に転ずる天国の一つの相である緑の野。そこに鳴きすだく虫の声に、出口王仁三郎は、恋のバイブレーションを感得した。その恋心に感応したのか、緑の野原は、百花繚乱の花園と化す。出口王仁三郎の歌集霧の海の続き。『目路の限り青野が原はたちまちに薫りすがしき花園となりぬ春秋のけじめも知らに咲く花の一つびとつに銀の露うく木も草も花一面にもちてりほころびそめし花のつぼみを吾がゆくてふさぎて咲ける百花(ももばな)を足に踏むさへをしく思へりふみて来しあとふり返り眺むれば露にほころぶ花ばかりなる霊界は不思議なるかな百花(ももばな)のわれに向かひて何かささやく囁ける花の言葉はわからねど何か親しく恋はしく思ひぬ』(出口王仁三郎の歌集霧の海P192-193から引用)神仏のことといえば、無味乾燥で木で鼻をくくったような禅問答をイ...出口王仁三郎28歳の頃-2

  • 出口王仁三郎28歳の頃

    ◎天も地も青きが中に唯一人出口王仁三郎の事績を見るに、いわゆる大悟覚醒は、28歳の頃の高熊山の1週間の修行の時である。『われは空行く鳥なれや』で始まるその時の感激を歌った歌は、輪廻転生を繰り返す孤独な鳥が単に空を飛ぶだけでなく、人間を越え時空をも超えたことを暗示している。出口王仁三郎の歌集霧の海にも「28歳の頃」というパートがあり、出口王仁三郎の超越体験の中の白眉が28歳の頃起きていることを示す。『緑の野辺二十八歳の頃天も地も青きが中に唯一人こころ清しく笛の音を聞く笛の音は虚空にひびき笙の音は地上を流れてわが魂おどるさっと吹く風に裏葉のひるがへる緑の野辺のかんばしきかなさみどりの栄ゆる野辺にただ一人立てども淋しと思はざりけり天地をただ一人のものとして生まれしごとき霊界の旅さえわたる虫のなく音を聞きながら霊界にさ...出口王仁三郎28歳の頃

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