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アヴァンギャルド精神世界 https://blog.goo.ne.jp/naitoukonan

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

本当のなつかしさ、本当のやさしさ、そういったしみじみとしたものだけが好みです。 気になるもの 錬金術、冥想、瞑想、オカルト、坐禅、気功、ヨーガ、オーパーツ、超能力、霊能力、前世記憶、PTSD、トラウマ、修験道、アトランティス、レムリア、ケルト、クンダリーニ,チャクラ、洗脳、情報操作、テレビっ子、個人主義、疎外、おひとり様、悟り世代、アセンション、無私、敬虔、清貧

naitoukonan
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2013/11/11

1件〜100件

  • 静御前は愛に死し、祇王は仏を見る

    ◎仏もむかしは凡夫なり2022年5月22日のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、源頼朝以下が鶴岡八幡宮に参集し、義経の愛人にして絶世の美女静御前(石橋静河)の辞世の舞を観覧した。その装束は、水干に、立烏帽子、白鞘巻と男装であって、歌って踊る。それだけでも当時はインプレッションのあるものであったろう。宝塚歌劇団の男役の走り。仇敵となった鎌倉方の有力武将が居並ぶ前で、義経が彼女と「しづや、しづ」と交わした睦言を披歴して、悲恋を慨嘆したことは、女が恋に死ねることを示す。(しづやしづのおだまき繰り返し、昔を今になすよしもがな:おだまきの糸を巻き戻すように、義経様が「しづや、しづ」と恋しく呼んでくれた当時に時間を巻き戻したいものだ。)ところで平清盛の愛人だった祇王。祇王も白拍子だったが、新たな愛人の仏御前に清盛の寵愛...静御前は愛に死し、祇王は仏を見る

  • あらゆるプロパガンダと考えない人々

    ◎頭人間のとる受動と能動このところNHKニュースは、西側のウクライナによる戦争プロパガンダを放送しては、ロシアの戦争プロパガンダを放送する。また、このたびのバイデン米国大統領来日時の、アメリカは台湾有事に軍事的関与を示すという発言のNHKニュースでは、引き続いて中国の反発を流すと同時にNHKの人物がバイデン大統領は失言が多いとコメントをして、視聴者の判断を迷わせる報道になっていた。こういう正反対のプロパガンダ合戦は、昨今多いと言われる「考えない人々」すなわちあらゆるプロパガンダに対し頭を受動的にしたままにする人々をさらに思考停止させる効果があるのではないか。NHKの大河ドラマは、時代設定が室町以前になると上下関係、人間関係がわかりにくくなるせいか、概して視聴率がとれないということが経験的に知られている。要するに...あらゆるプロパガンダと考えない人々

  • トランスと薬物

    ◎ソーマ讃歌からカスタネダソーマ・ヨーガは、向精神性薬物を利用するヨーガのことで、少なくとも古代インド・アーリア文明の時代からあったもので、ソーマ讃歌として、その足跡を見ることができる。国と国の関係でいえば、英国と清国の阿片戦争で、阿片の大量消費が国家の生産性を低下させる弊害が明らかになって以降、大規模に精神に影響を与える薬物の蔓延は国家自体が禁止するようになった。昭和20年代にヒロポンが合法だった日本は、やがて覚醒剤を禁止とし、概して向精神性薬物にゆるゆるだったアメリカも、2019年8月、中国からのフェンタニルの大量輸入を批判するに至っている。フェンタニルは強力で依存性のあるオピオイド系鎮痛剤で、モルヒネの仲間。冥想修行では、禅を除けば、帰神のシャーマニズムにしても、マントラシッディにしても、催眠術(ヒプノ)...トランスと薬物

  • 病気を癒すこと、犬猫ペットと本人の関係

    ◎自分の肉体と家族をいつくしむ禅では、重病から徐々に治癒するケースや重病を禅定力で一気に快癒させる話もあり、白隠のように観想法を用いる例もある。山本玄峰は、若年にしてほとんど視覚を失ったことをバネに覚醒を目指したのだが、あまりにもそのどん底からの回復ぶりが目覚ましく感動させるものがあったが、後に軍国日本のアドバイザーの一人だったと知って幻滅することになったものだ。空海や出口王仁三郎は、クンダリーニ・ヨーギなので、病気の原因には結構悪霊の影響があることを述べる。出口王仁三郎は、治る原動力は、9割までが本人の「必ず治る」という信念。他に悪霊憑依や他人からの呪い妬みもケースとしてはあるという。(参照:出口王仁三郎全集第2巻第4篇神霊世界26章神霊問答)すべて霊界は、意思想念の世界だから何事でも自分がその気になって祈り...病気を癒すこと、犬猫ペットと本人の関係

  • 生、愛、知-巨乳好きと乳離れ

    ◎表面の理不尽を自分を見つめるきっかけにOSHOバグワンは、臍が生のセンターであり最も深い。なぜならばそれははるか彼方の生エネルギーの源とつながっているからだとする。これは、霊線、クンダリーニのエネルギーコードにして、古事記の筒男であって、円筒形の生エネルギー。子供は胎児にあっては、母親の臍とつながっている。そして出生後、母親の乳房とつながっている。OSHOバグワンは、その次に深いセンターは胸の愛のセンターだとする。彼は、子供の最初の体験が父母に対する信頼や感謝や尊敬であってこそ、神に対する同じ感覚が育つ。だから子供本人が乳離れの準備ができる前に強制的に離乳させるのは、敬神という点では有害であり、愛のセンター、アナハタ・チャクラの健全な成長を阻害すると述べる。かくして強制的に早期乳離れを強いられた男性が、その欲...生、愛、知-巨乳好きと乳離れ

  • 「はっきりとした意識をもって死ぬ」能力

    ◎夢は死の世界のアナロジー駅前には、若い女性を対象にしたハタ・ヨーガの教室が花盛りである。ハタ・ヨーガは、肉体の状態を整えることを目的としており、整えばクリヤ・ヨーガの実習に進む。クリヤ・ヨーガとは、クンダリーニ・ヨーガのことである。クンダリーニ・ヨーガとは、死の世界をクリアすることによって、ニルヴァーナに到達しようとする道。死の世界とはおどろおどろしいが、メンタル体などの微細身で死の世界の仮免、路上教習を重ね、最終的には個なる微細身を超え、すべてのすべてであるアートマン、ブラフマン中心太陽に到達し、名状しがたいニルヴァーナに至るプロセスの舞台。チベット死者の書では、体験した者だけがわかる『無上の垂直道』という印象的な言葉が置かれている。以下の文はチベット死者の書において、個の心の変遷の様子についていえば、夢を...「はっきりとした意識をもって死ぬ」能力

  • 『悟り』革命に出ていく

    ◎少数なる求道者現代社会には、独裁国家もあるが、軍備・警察と法秩序による民主主義によって成る国が多い。歴史上の年代特定のできる数千年前から、世俗の王を最大権威とし、高級神官による宗教権威は少々認めるという形式がメジャーであった。よって、世俗の権威を犯して民草が好き勝手に最高の神仏を崇拝しつつ独自共同体に盤踞することは認められず、圧迫されたものだ。中国ではこの秩序を儒教思想で維持し、日本では、儒教と天皇制で維持してきたところがある。桃山時代に刑死した大泥棒石川五右衛門の所説は、『官位とは衣服と冠。それを着けていれば誰でも貴族扱いされる』(歴史の愉しみ方/磯田道史/中央公論新社P160から引用)であり、天皇位の簒奪や三種の神器の奪取まで狙っていたという。これは、あまりにも為政者にとっては刺激的な説であり、江戸時代ま...『悟り』革命に出ていく

  • マッキンダーのハートランドから素戔嗚尊

    ◎世界情勢を面白がる暇はない20世紀初頭に出てきたマッキンダーのハートランド説。ハートランドの定義は、北極海と内陸以外に流れ込む川を持たない地域という意味で、シベリアとロシアが中核、南西はイランまでの地域で、チベットは含まない。要するに海洋から攻め込まれにくい寒冷の内陸平坦地域をハートランドと称し、航空戦力登場以前の帝国主義国家間の植民地獲得競争に一つのヒントを与えた。また東欧を制する者がハートランドを支配し、ハートランドを支配する者がユーラシアを支配するとも唱えた。ユーラシアの支配者と言えば、素戔嗚尊(すさのおのみこと)。出口王仁三郎説では、素戔嗚尊は元はユーラシア全域の支配者だったが、時代が下がるにつれ徐々に支配地を東側に縮小させていき、最後は根拠地を朝鮮に置いたとされる。このような説は、霊能力者が数千年レ...マッキンダーのハートランドから素戔嗚尊

  • 七覚支と七チャクラ

    ◎クンダリーニ・ヨーギの英雄としての釈迦七覚支は、ダンマパダなど伝統的な仏教の解釈では、七チャクラではないと解釈されているが、OSHOバグワンは、ことさらに七チャクラのことだと断定する(不滅の言葉ダンマパダⅡ/和尚/メルクマールP86-87)。法句経ダンマパダの89から『八九覚りのよすが(※)に心を正しく収め、執着なく貪りをすてるのを喜び、煩悩を滅ぼし尽くして輝く人は、現世において全く束縛から解きほごされている。』(ブッダの真理のことば感興のことば/岩波文庫P22から引用)※七覚支:広説仏教語大辞典では以下のとおり【七覺支】さとりを得るために役だつ七つの事がらの意。心の状態に応じて、存在を観察する上での注意・方法を七種にまとめたもの。七つの、さとりに役だつもの。さとりへ導く七つの項目。さとりの智慧を助ける七種の...七覚支と七チャクラ

  • すべての者は暴力におびえ死を恐れる

    ◎みずからに恥じて自己を制してダンマパダ(真理の言葉)の第10章暴力から『129すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。己が身をひきくらべて、殺してはならぬ、殺さしめてはならぬ。(略)131生きとし生ける者は幸せを求めている。もし暴力によって生きるものを害するならば、その人は自分の幸せを求めていても、死後には幸せが得られない。(略)133荒々しいことばを言うな。言われた人々は汝に言い返すだろう。怒りを含んだことばは苦痛である。報復が汝の身に至るであろう。(略)143みずからに恥じて自己を制し、良い馬が鞭を気にかけないように、世の非難を気にかけない人が、この世に誰か居るだろうか?』(ブッダの真理のことば感興のことば/岩波文庫P28-30から引用)ダンマパダは、冥想初心者向け、生活者向けの日常の行住坐臥...すべての者は暴力におびえ死を恐れる

  • やすらぎを求める人は実は多くない

    ◎やすらぎ或いは中道世の中には快楽を求める人がある一方で、自分がさいなまれることを好む人もいる。他人を責めたりさいなんだりすることを快楽として好む人もいる。これは、世の中のあらゆるいじめとサディズムであって、世の中のありとあらゆる場所で見かけるもの。家庭から社会まであらゆる組織の中の上方や、政治家なら権力者、カルトなら教祖としてよくいる方。一方で他人からちょっといじられることを好む人や他人から責めさいなまれることを内心好む人も多い。これは、苦しむのもまんざらではないという一種マゾヒズム的気分から来るものであって、酒飲みの心理の一面でもある。さて真の幸福を求める人は冥想修行者、求道者ではある。ところが、世間で幸福を求めるということは、隣人や同僚や知り合いよりリッチになったり成績上位になったり、名誉を得たりすること...やすらぎを求める人は実は多くない

  • 悪は早く善は遅い

    ◎人生は小さな物事からできている悪事を行った瞬間から、人は内心その報いに慄くものだ。これが、悪は早い。また悪事を行った反作用が現実に到来するのは後ではある。一方、善行を行っても、その報いは遥か後になってから現実化する。これが、善は遅い。だが善行を行って、その報いを期待した瞬間にその報いは実現しているという見方も忘れるべきではない。報酬を期待して善行は行ってはいけない。人生は小さな物事からできている。一つ一つの行為は些細なものに見えるかもしれないが、それが善にしろ悪にしろ無数の行為の長い連なりの一つである。まことに自分の失敗を甘く見てはいけないし、また自分の善行を軽んじてもいけない。一つ一つが大切なものだ。そういう謙虚さ、敬虔さ、感謝、祈りから神仏が出てくる。ところが、そういう人は、ルックスやファッションや行為の...悪は早く善は遅い

  • NHKのドラマ正直不動産と西山夜話

    ◎公案とマインド・コントロールこの度のロシアとアゾフ大隊の戦闘では、双方のプロパガンダ合戦が激しく、ディープ・フェイクも含めて真実をねじ曲げるとはこういうものかと考えさせらる。真実をねじ曲げることがどういうものかという点では、NHKのドラマ『正直不動産』も適当な材料である。『正直不動産』は、かつては嘘八百を並べた優秀な営業マン山ピーが、さる祟りにより嘘を言えない正直な不動産営業マンに変身して活躍する話。夢窓国師の西山夜話から。『初心者がいきなり禅をしても、どこから手をつければよいのかつかみどころがないものだ。そこで、あれこれと一人よがりをさせず公案に専念させるものである。つまり、心にルール・ルートを設定して、狂った思いやよこしまな算段を止めて、散乱する意識の流れを沈静して、一つに専念させるものである。云々』現代...NHKのドラマ正直不動産と西山夜話

  • 法雲三昧からニルビカルパ・サマーディ

    ◎52のレベルと見ている自分佐保田鶴治のヨーガ・スートラの4.29の訳『ヨーギが深智を得てもなんらの欲望をいだかず、あらゆる面の弁別智を知りつくしたならば、法雲三昧の境地が現れる。』(ヨーガ根本経典/佐保田鶴治/平河出版社P166から引用)これは法雲三昧を肯定的な意味で訳しているが、彼は注釈において、訳者によって意味が定まっていないことを述べている。学生の時にこれを読み、ならば真相はどちらにあるのかわからないままにこれを書いているのかと驚いたものだ。そんなこんなでインドに行こうとする動機を持つ人がいても不思議はないと思ったものだ。これに対しグレゴール・メーレやOSHOバグワンは、雲を否定的な意味にとる。『4.29永続的な識別知の中において、瞑想から得たどんなものからも自分自身を切り離せば、雲という特質を散り散り...法雲三昧からニルビカルパ・サマーディ

  • ヨーガをやっている人でヨーガ・スートラを読まない人

    ◎クリヤ・ヨーガへ日本の禅文化の草分けである夢窓国師。鎌倉の建長寺で、若い夢窓に対し先輩僧の語った言葉(西山夜話)。「古人が悟った時の言葉を読むのは、あくまで修行者に学ばせて悟りに導こうとするもの。ところが今は書かれた人の評判を信じて名誉欲や金銭欲のネタにする者が多い。あるいは自分のことを道人と称しながら、先輩に学ばず、禅語録を読まず、ただぼんやりと坐禅ばかりする者がいる。どちらの人々も禅語録が残されている理由を知らないからだ。今は末法の世で正師は稀である。せめて求道の志を励まして禅語録を読めば、古人の悟りのきっかけが、現代人の悟りのきっかけである。古今で違いのあろうはずはない。」禅でも坐禅だけひたすらやっていればよいという主張と経典を読んだり禅語録を読んだりすることも必要だという論争が昔からあったものだ。ヨー...ヨーガをやっている人でヨーガ・スートラを読まない人

  • 孤独でも人生を楽しめる人

    ◎寒山詩寒山は、天台山の山奥の洞窟に棲み、寺の食事係だった拾得から残飯をもらって日々を楽しんだという。人間には一人で生きていける人と一人では生きていけない人がいる。だが冥想修行の途中では、最後の方は、絶対的な孤独に追い込まれていくものだ。人は理不尽、不条理な目に遭い続けて行けばいくほど、孤立感を深める。最後は人間には何一つ救済などないところまで見切って、それまでの水平飛行から垂直ジャンプに転じる道もある。寒山詩。『(大意)智者よ、君は我を見捨てる愚者よ、私は君を見捨てる私は、愚者でもなく智者でもないだから交際をやめてしまおう夜になったら名月に歌い早朝を侵して白雲に舞う口も動かさず手も止めたままで端座冥想を続けるだけで、鬢髪が白髪になるのを待てようか。(書き下し)智者、君は我を抛(なげう)ち愚者、我は君を抛つ愚に...孤独でも人生を楽しめる人

  • 皇居の激しい空襲被害

    ◎神知らぬ民草のできることと結果第二次世界大戦末期の皇居の空襲被害については、戦後になってもあまりまとめて書かれたものを見たことがなかった。戦後になっても、いろいろと憚られることが多かったのだろう。『日本史の内幕/磯田道史/中央公論新社』では、宮内省主馬寮職員の日誌に次のことが書いてある由。『最初の被害は二月二十五日で「主馬寮分団・厩舎区に焼夷弾約百五十発落下」「火災を発生せる箇所、御裁縫所・済寧館(道場)前倉庫・・・用度課倉庫・内閣文庫(書庫)・御局(つぼね)等焼失」。二度目は三月十日の大空襲。「庁舎に対しては集団的焼夷弾の落下「あり」。宮内省主馬寮は全焼した。三度目は四月十三日で、皇室一家にミルクを提供する御料乳牛場の飼料庫などが焼けた。この日、雅楽奏者の職員等が焼死し、霊柩が二つ、宮内省内にならんだ。四月...皇居の激しい空襲被害

  • 七つの身体をそれぞれ確認する方法

    ◎ハードルは高いが世間体と虚栄に生きていない数パーセントの人へ。七つの身体をそれぞれ確認する方法については、過去足掛け18年のブログにバラバラに書いてはいるのだが、次のように考えている。七つの身体のうち、悟りとされるのは、アートマンとニルヴァーナ。だからと言って、肉体→エーテル体→アストラル体→コーザル体→アートマンと進む順路で行くわけではない。下方四身体から悟りに至ることは、ダンテス・ダイジの次の指摘で見られる。『肉体・意識・現象・宇宙・・・そのありとあらゆる出来事・・・これらは、すべて肉体に属するものにすぎぬ。どれほど高尚な形而上学的悩みも、肉体あってのものだねだ。一般に、クンダリニー・ヨーガは、アストラル体を基点とする。マントラ禅や丹田禅は、エーテル体を基点とする。公案禅や只管打坐は、メンタル体を基点とす...七つの身体をそれぞれ確認する方法

  • 本山博の宗教経験の進化

    ◎浅い霊感から神人合一まで本山博は、神秘体験は次のように進むと見る。1.霊感さる夫人が、いつも乗るバスが来たが、自分でも無意識のうちに、すいているのに乗らずに見送った。まもなく、そのバスは衝突事故を起こした。2.第一段階の宗教経験神の力に心身が満たされた感じを受ける。3.第二段階の宗教経験(1)無意識的無感覚的脱自状態『プラーナヤーマを行い、精神集中に入り心を眉間に集めて数分たつと、頭上より一条の光が頭頂を通して身体内にさしこんでくる。遥か上方に神の在(ましま)すのが感得され、その光と共に神の力が自己の内に流れ込むのを感じる。』(超感覚的なものとその世界―宗教経験の世界/本山博/宗教心理出版P238から引用)引き続いて、更に深まるシーンが続く。(2)意識的になったエクスタシー霊視、霊聴。本山博が冥想中に白衣の衣...本山博の宗教経験の進化

  • 民主主義とグローバリズム

    ◎自由と平等と、悟りへの仕掛け民主主義社会は、個人の人権を認め、その欲望の実現をサポートするものであるから、マニピュラ・チャクラにシンボライズされる自己実現の格好の土壌たり得る。ところが、国家を破壊する方向性とは、自由の名の下に国民一人一人に自由な願望実現を、なるべく無限に認めさせることである。どんな願望でも認めさせるということを下支えするためには、万人が平等であるという権利意識を強めることである。これは民主主義国家では普通に見られる事象だが、国家破壊を招かないために、法と秩序で国側はたがを締める。かくして年々歳々、自由と平等の権利主張が強化されていき、民主主義国家の個人へのくびきが緩められていくと、やがてグローバリズム、世界政府のようなものが発生、跋扈跳梁していくこととなる。そうしたものが起こる時期には、なぜ...民主主義とグローバリズム

  • フリーメーソンで人間が神に成る

    ◎男と女は神にまでいたる『フリーメーソン西欧神秘主義の変容/吉村正和/講談社現代新書』には、繰り返しフリーメーソンの最終的に目指すところがはっきりしないことが述べられている。モーツァルトの魔笛は、フリーメーソンの狙いが描かれているものとして有名だが、人間が神になるというくだりは、次のようにあっさりしたものだ。『愛の目的があきらかにしているのは女と男よりも高貴なものはないということ、男と女、女と男は、神にまでいたる。(第一幕十四場)徳性と正義が大道を名誉もて覆うとき、その時、この世は天国となり、死すべき人も神々に等しいものとなる。(第一幕十四場)』(上掲書P93-94から引用)魔笛においては、遍歴、旅という言葉が冥想修行を意味する。フリーメーソンには、徒弟、職人、親方の三位階あり、また三十三位階というのもあって、...フリーメーソンで人間が神に成る

  • OSHOバグワン似の王駘

    ◎明鏡止水荘子もOSHOバグワンも本人の悟境は相当なものだが、弟子の育成にはあまり熱心とは言えない。そうした人物の一人が荘子徳充符篇に出て来る王駘。覚者ならば、一人でも半人でも後継の覚者を打ち出すことが、絶対的な使命であるように言い慣わすのが常だが、荘子もOSHOバグワンも一休あたりもその点で異端と言えば異端と言えよう。王駘は、孔子同時代の人物。魯の国にあって、孔子を上回るファンを集めており、孔子の弟子は不思議に思っていた。王駘は、罪を犯して片足がなくなった人物であって、新興宗教の教祖のように立って講演したり、坐って議論はしない。それであってファン達は、空しく鬱屈した気分で彼の下へ行き、元気で充実した気分で帰って来る(虚にして往き、実にして帰る)。孔子は、彼について、『生死や天地が覆墜するようなことがあっても彼...OSHOバグワン似の王駘

  • ユダヤ人を迫害したことのない日本

    ◎ユダヤ通の少ない日本日本は、ユダヤ人を迫害したことがない数少ない国なのだが、そのことは日本人よりユダヤ人の方がよく知っているらしい。最近は、大金持ちのユダヤ人とそうでないユダヤ人がいて、彼らの政治行動は異なるらしいということが知られて来た。欧米でも、アメリカでも。この度のウクライナの戦争関連本を捜してみると馬淵睦夫氏の本によく当たる。何冊か読んでみたが、DS(ディープ・ステート)が背後にいて強い影響を与えているらしいというのはよくわかるのだ。だがことごとく、彼らが何のために戦争ファイナンスを行い、最終的に何のために世界統一をしたいと考えているかは描かれておらず、納得した気分にならないのである。戦争そのものは悪だが、DSの陰謀と主張するのであれば、DSの最終的な狙いを論じないと説得力不足だろうと感じる。明治維新...ユダヤ人を迫害したことのない日本

  • 心の散乱が苦痛と憂鬱と肢体の動揺と吸気と呼気を起す

    ◎ヨーガ実践者は空虚感を克服して、永遠に充実しているブラフマンに進入合一するヨーガ・スートラ1章31『苦痛と憂鬱と肢体の動揺と吸気と呼気とは、〔心の〕散乱に伴うものである。』これについてヴィヤーサの註解。『〔ヴィヤーサの註解〕『苦痛とは、〔i〕自身に由来するものと、〔ii〕外界の生きものに由来するものと、〔iii〕神々に由来するものとがある。苦痛とは、生きものどもがそれに逼迫されていて、または、それを滅するために努力するところのものである。憂鬱とは、欲求の実現に対する障礙のゆえに、心の動揺することである。肢体の動揺とは、肢体を動揺させ震動させることである。吸気とは、外にある風を吸いこむことである。呼気とは、腹中にある風を外に吐き出すことである。これらは、心の散乱にともなうものである。すなわち、心の散乱した人には...心の散乱が苦痛と憂鬱と肢体の動揺と吸気と呼気を起す

  • 老子、戦争を悪(にく)む

    ◎一人のできることは多寡がしれているが老子は只管打坐タイプの覚者だが、戦争への言及が多い。その一つに『大意:道を以って君主を補佐する者は、軍事力で天下を牛耳らない。軍事力には弊害が多い。戦争が発生した場所は荒廃し、大きな戦争があった後は、必ず飢饉不作の凶年となる。』『書き下し:道を以って人主を佐(たす)くる者は、兵を以って天下に強いず。その事は還るを好む。師の処(お)る所は、荊棘(けいきょく)焉(ここ)に生じ、大軍の後は、必ず凶年あり。(老子道徳経第三十章)』今般のロシアのウクライナ侵攻の特徴は、世界の人々が居ながらにして、戦争とは、罪のない人々が家を失い、財産を失い、職業を失い、家庭を切り裂かれ、命までも失うものであることを知ったこと。かつては従軍記者でもなければ、そうした戦場の現実に日々新たに触れることはな...老子、戦争を悪(にく)む

  • 悟っていないマスターは危ない

    ◎中心疑う者は、その辞(じ)枝(わか)る易経の全体の構想を論じた繋辞下伝に、悟っていないマスターは危ないという記述がある。それは、『中心疑う者は、その辞(じ)枝(わか)る』という部分。つまり宇宙の中心、本質が本当にはわかっていない人物は、言っていることが枝分かれして辻褄が合わないということ。(大意:信義に叛いたり叛乱を起そうとする者は、その言葉には、何かを恥じているようなところがある。道について自分でも納得していない者は、言っていることが枝分かれして辻褄が合わない。悟っている人の言は少なく、悟っていない人は多言なものである。善人、善行をくさす人の言葉は空回りしがちであり、節操を失っている人の言葉は、鬱屈、卑屈なものである。)(書き下し:叛(そむ)かんとする者は、その辞慙(は)じ、中心疑う者は、その辞枝(わか)る...悟っていないマスターは危ない

  • 弱喪にして帰るを知らざる者

    ◎死を嫌う人たち荘子は、斉物論篇で、死を憎むとは、「弱喪にして帰るを知らざる者」のようなものだ、と言っている。弱喪とは、若(弱)年にして家郷を失った者のことで、若い時に郷里を出たが、長じて老いて帰る場所がわからなくなった人のことを、死を悪(にく)む者という。この考え方は、死の一部分が生であるという立場から出るもの。その立場を実証実験するには、慧命教の粉砕図のように頭頂から出て死の世界たる法界(中心太陽)に突入し、なおかつ生還してみせねばならない。また荘子は、徳充符篇で、「死生を以て一条と為す」としているのも、同じ立場。生と死は同じ土俵にあるというのは、これまでは、単なる変わった考え方の一つであった。ところが、科学が発展しメタバースもでき、悪まみれで生きることに抵抗感が少ない人がここまで増えて来たからには、その反...弱喪にして帰るを知らざる者

  • 主一無適

    ◎敬うとは慎む主一無適は、『論語集注』(朱熹撰)の學而第五にある言葉。敬うとはどういうことかを述べている。まず論語原文。『大意:孔子がおっしゃられた。「大国を治めるには、政治を慎んで行い、民の信頼を得なければならない。財を節制して、人民を愛し、苦しめてはならない。農民に賦役を課すときには、農繁期を避けなければならない」』(読み下し:子曰く「千乗の国を道(おさ)めるには、事を敬(つつ)しんで而して信あり、用を節し而して人を愛し、民を使うに時をもってす」)これへの朱熹のコメント。『敬(つつ)しむとは主一無適ということ。「事を敬して信」とは、その事に慎んで当たることで民から信用を得ることである。』つまり主一無適とは、心の中に民、人民のことばかり専一に考えて、他の事に心をやらないということ。それで敬となる。ここは、為政...主一無適

  • 孤雲懐奘

    ◎一毫は問わず、如何なるか是れ衆穴孤雲懐奘は、道元より2歳年上だったが、53歳で没した道元に比し長命で82歳まで生き永平寺を盛り立てた。1129年11月頃、懐奘は、道元に最初に会って3日ほどは、道元の見解が自分のそれと一致していることに喜んでいたが、さらに何日かすると自分の見方とは異なることに気づき、更に精進することにした。ある日、道元に「一毫衆穴を穿つ」の公案を与えられ、懐弉が「一毫は問わず、如何なるか是れ衆穴」(一毫である真理ニルヴァーナは、衆穴である森羅万象に展開している。ニルヴァーナを離れて森羅万象なく、森羅万象を離れてニルヴァーナなし。)と答えて早くに印可された。懐弉は、印可後も道元の侍者を長年継続し、師として敬慕し続けた。道元に参ずる以前は、浄土門も深く追求し、大和国多武峯(とうのみね)に日本達磨宗...孤雲懐奘

  • ドン・ファン・マトゥスの戦士の運命

    ◎自分の運命は謙虚に受け入れなさい戦士とは冥想修行者のこと。『ドン・ファンには、自分の運命は謙虚に受け入れろということを私は教えられていた。「戦士の運命の流れというものは、変えようとしても変えられないのだよ」彼は、かつて私にこういっていた。「問題はそうした変えることのできない枠組みのなかでどこまで進むことができるか、どこまで完璧になることができるか、そこなんだ。自分が歩む道に障害があれば、戦士なら完璧にそれを克服しようと最大限の努力をするものだ。自分の道を歩いていて耐えがたいほどにつらいことや苦痛に出会ったら、戦士として涙を流すだろう。だがな、どれほど涙を流そうと、運命の流れを髪の毛の太さほども動かすことはできないのだよ」』(呪術と夢見/カルロス・カスタネダ/二見書房P128から引用)まず、運命は毛筋ほども変え...ドン・ファン・マトゥスの戦士の運命

  • 楽をする-サンダカン八番娼館からウクライナ戦線

    ◎人格とか尊厳とか人権とかサンダカン八番娼館望郷は、名前だけは知っていたが、若い時には見れなかった映画の一つ。大作であって見るのに根気が要った。天草出身の若い女性がボルネオ(カリマンタン)にからゆきさんとして売られて、やがて故郷に帰郷するが、故郷でも容れられなかったというひどい話。一晩に30人の日本兵を取る話もあって、人格とか尊厳とか人権とかはない。からゆきさんの歴史は古く、戦国時代にもあった。国内版の人身売買なら安寿と厨子王の昔から、現代のAVから風俗産業まで日本の伝統も古い。だから芭蕉の『一つ家に遊女も寝たり萩と月』はそんなにロマンチックに見てはならないだろう。男性だって、昭和一桁世代の徒弟制度にあっては、年に2回しか休暇がなかったから、普通に人格とか尊厳とか人権はなかった。最近は人格とか尊厳とか人権があた...楽をする-サンダカン八番娼館からウクライナ戦線

  • 冥想は秘教的個人的だが科学的真理である

    ◎万人が自分個人の体験として追認する冥想、瞑想は個人的体験であり、特にニルヴァーナの神人合一は、もはや体験とは言えない体験である。一方見神、見仏、見道は、見ている自分が残っているので、体験である。ある冥想メソッド、坐、坐り方により、そのような体験をした場合、それは自分自身の意識を舞台にした個人的体験である。ところが、同じ冥想手法で実験した仲間が実際にそうなることを再体験することでそれをチェックし、真実であったことが確認される。これは、仲間内でしか真実であると証明されないが、偉大な発見である。そのような実例は、釈迦が涅槃に入るプロセスを四禅から涅槃に入ったと書き記した人物や、ムハンマドが天上と地上を往還した時間は極めて短時間であったなどと記録した人物に見ることができる。こうした仲間内での真理、法則は秘教的とされる...冥想は秘教的個人的だが科学的真理である

  • 筒男メモ-8

    ◎瑞の神歌古事記言霊解の最後に出て来るのが、瑞の神歌。瑞の神歌は例の予言歌瑞能神歌と連動する。『瑞の神歌霊幸《たまちは》ふ神の心を高山の雲霧分けて照せたきもの日の光り昔も今も変らねど東の空にかかる黒雲この度の神の気吹《いぶき》の無かりせば四方の雲霧誰か払はむ葦原に生ひ繁りたる仇草を薙払《なぎはら》ふべき時は来にけり霊主体従《ひのもと》の教を四方に播磨潟磯吹く風に世は清まらむ』(霊界物語第10巻第三十一章言霊解五から引用)世界全体は、昔も今ももとより何の問題もないが、東の空に黒雲がかかっている。この嘆かわしい現状を改善するものは、人間の力によるところでなく、神の力に依らねばならない。それが、神の気吹で四方の黒い雲霧を掃うということ。今こそ世界に生い茂る雑草を刈り払う時が来たとは、万人が(古神道でいえば)鎮魂帰神の...筒男メモ-8

  • 筒男メモ-7

    ◎阿曇の連『阿曇の連【アヅミノムラジ】の名義は、天之御中主神の霊徳顕はれ出でて、至治泰平の大本源となり、初頭となり、大母公《だいぼこう》の仁徳を拡充し、大金剛力を発揮して、大造化の真元たる神霊威力を顕彰し、純一実相にして、無色透明天性その侭の位を定め、万民を愛護して、月の本能を実現する真人と曰ふことが、【アヅミ】の活用である。【ムラジ】は、億兆を悉《ことごと》く強国不動に結び成して、凡ての暴逆無道を押し鎮め、本末能く親和して、産霊《むすび》の大道たる惟神《かむながら》の教を克く遵守し、万民を能く統轄して、国家を富強ならしめ、一朝事あるときは、天津誠の神理を以て、神明鬼神を号令し、使役する神の御柱を称して、【アヅミ】の【ムラジ】と謂ふのであります。アヽ伊邪那岐大神の心つくしの宇宙の大修祓の神功無くして、如何で神人...筒男メモ-7

  • 筒男メモ-6

    ◎宇都志日金拆命(うつしひかなさくのみこと)古事記では神界の禊ぎをされるのが、綿津見神であって、その子が宇都志日金拆命。宇都志日金拆命のそのまた子孫が、阿曇の連。神界と言えば自分とまったく関わり合いがないと思うかもしれないが、神界とは自分の無意識の世界の一部であって、死の世界の一部である。『宇都志日金拆命宇都志日金拆命は、綿津見神の御子であつて、阿曇の連は其の子孫である。宇都志日金拆命の名義を言霊に照して解釈すると、【ウ】は、三世を了達するなり、艮の活動也。【ツ】は、大造化の極力也。平均力也、五六七の活動也。【シ】は、世の現在也、基也、台也、竜神の活動也。【ヒ】は、顕幽悉く貫徹する也、本末一貫也、太陽神活動の本元也。【カ】は、光り輝く也、弘り極まる也、禁闕要の大神、思兼神の活動也。【ナ】は、智能完備也、万物を兼...筒男メモ-6

  • 筒男メモ-5

    ◎墨江の三前の大神問題の追加の説明部分。『『墨江の三前の大神』【スミノエノミマヘ】の言霊を解説すると、【ス】は、真の中心也、本末を一轍に貫ぬく也、玉也、八咫に伸び極まる也、出入の息也、不至所(いたらざるところ)無く不為所(なさざるところ)無き也、天球中の一切也、八極を統ぶる也、数の限り住む也、安息の色也、清澄也、自由自在也、素の侭也。【ミ】は、瑞也、満也、水也、体也。【ノ】は、助辞也。【エ】は、ヤ行の【エ】にして心の結晶点也、集り来る也。胞衣也、悦び合ふ也、撰る也、大也。【ノ】は、助辞也。【ミ】は、三也、天地人の三也、太陰也、屈伸自在也、円也、人の住所也。【マ】は、一の位に当る也、一の此世に出る也、全備也、円也、人の住所也。【ヘ】は、◎の堅庭也、動き進む義也、部也、辺也、高天原の内に◎を見る也。以上の言霊を総括...筒男メモ-5

  • 筒男メモ-4

    ◎筒之男命の説明現界を浄化修祓する筒之男命の説明。『筒之男命【ツツノオ】の言霊は、大金剛力を具有し、以て正邪理非を決断し、水の元質を発揮して、一切の悪事を洗ひ清め、霊主体従日本魂の身魂に、復帰せしめ玉ふてふ神名であります。茲に底中上の神と命とが区別して載せられて在るのは、大に意味のある事である。古典は霊を称して神と言ひ、体を称して命と言ふ。神とは幽体、隠身、即ち【カミ】であつて、命とは体異(みこと)、体別(みこと)、即ち身殊(みこと)の意味である。後世の古学を研究するもの、無智蒙昧にして、古義を知らずに神と命を混用し、幽顕を同称するが故に、古典の真義は何時まで研究しても、分つて来ないのであります。又底とは最も下級の神界及び社会であり、中とは中流の神界及び社会であり、上とは上流の神界及び社会を指すのである。故に綿...筒男メモ-4

  • 筒男メモ-3

    ◎綿津見の神神界を浄化修祓する綿津見の神の説明。『綿津見の神の言霊解【ワ】は輪にして筒の体である。紋理の起りである。親子である。世を知り初むる言霊である。物の起りにして人の起りである。締寄《しめよ》する言霊である。順々に世を保つ言霊である。子の世にして親の位を践《ふ》む言霊であります。【タ】は対照力である。東は西に対し、南は北に対し、天は地に対し、生は死に対する如きを対照力と云ふのであります。【ツ】は大金剛力である。強く続き、実相真如、之を【ツ】と言ふのである。又応照応対力対偶力であり、産霊《むすび》の大元であり、平均力の極であり、霊々神々赫々《かくかく》として間断なく、大造化の力にして、機臨《さし》の大元であり、速力の極であります。【ミ】は水であり、身であり、充ち満つるの意にして、惟神《かむながら》大道の【ミ...筒男メモ-3

  • 筒男メモ-2

    ◎筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原の水底イザナギ神が冥界から帰還して、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原の水底において穢れを身禊する段の古事記原文。『第三〇章言霊解四『次に水底に滌(そそ)ぎ玉ふ時に成りませる神の御名は、底津綿津見神《そこつわたつみのかみ》、次に底筒之男命《そこづつのをのみこと》、中に滌ぎたまふ時に成りませる神の御名は、中津綿津見神、次に中筒之男命《なかづつのをのみこと》、水の上に滌ぎたまふ時に成りませる神の御名は、上津綿津見神、次に上筒之男命《うはづつのをのみこと》、此三柱の綿津見神は阿曇《あづみ》の連等が祖神ともち斎く神なり、故(かれ)阿曇の連等は、其の綿津見神の子、宇都志日金柝命《うつしひかなさくのみこと》の子孫なり。其底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命、三柱の神は墨江《すみのえ》の三前《みまへ...筒男メモ-2

  • 筒男メモ

    ◎穢れや垢を洗い清める古事記に出てくる筒男は、スシュムナー、イダー、ピンガラーの脈管を示すだろうという筋は違っていないだろう。筒男について、出口王仁三郎が霊界物語で示した箇所がある。神伊弉諾(イザナギ)大神は、大峠以後、神々も人間も181位階に区別を立てる。『(言霊解を見る可し)総て神人の身魂は、其の霊能の活用如何に依りて優劣の差別あり。之を上中下の三段に大別され、猶も細別をすれば、正神界も邪神界も各百八十一の階級となる。邪神は常に正神を圧迫し誑惑し、邪道に陥れむと昼夜間断なく隙を窺ひつつあるものにして、第三段の身魂の垢を洗はむが為に、底津綿津見神、底筒之男神を任じ給ひ、第二段の身魂を洗ひ清むる為に、中津綿津見神、中筒之男神を任じ給ひ、第一段の身魂を洗ひ清むる為に、上津綿津見神、上筒之男神を任じ給へり。何れも瑞...筒男メモ

  • 杞憂、生も死も問題にしない

    ◎列子天瑞篇古代中国に心配性の人がいて、天が落ちて来るのではないか、大地が崩れ落ちるのではないかと心配する杞という国の人がいた。それを聞いた人が、天は大気の集まりだから落ちて来ない、地は大きな土の塊だから壊れることはないと説明した。すると彼の杞国の人は安心した。これを聞いた長盧子は、長年月で考えれば、天も地も必ず崩壊する時期があるものだから、その崩壊の時期に遭遇したら当然に憂えるものだ。(だから杞憂には理由がある)これを聞いた列子は笑って言うには、天地が崩れようが崩れまいが、そんなことは自分の知ったことではない。同様に、生きている時には死を知らないし、死んでいる時には生を知らない。だからそんなことを気にしていてはいけない。(列子天瑞篇)さて易経に天風姤という卦があり、それに天が落ちることを示している。天風姤の六...杞憂、生も死も問題にしない

  • 核戦争の懸念と古事記予言

    ◎人類は、天国と地獄双方を越えねばならない2022年4月13日のNHK「ニュースウオッチ9」で、国際政治学の専門家で東京大学の藤原帰一客員教授が、ロシアによる核使用の可能性と対策の方向性を正面から論じていた。ロシアは日本にとって敵国となり、そうなった以上は、核攻撃にさらされるリスクがあり、また国連機能の限界を露呈したことで、「仁義なき国際戦争」が始まった。2022年2月中旬までは、「今日の香港は、明日の台湾、あさっての日本」などと嘯いていたが、日本はロシアに隣接しているからには、「今日のウクライナは明日の日本」であることに気がついた人が段々増えてきた。ネットでは、ロシアの日本侵攻予言を出しているのは出口王仁三郎だけだから、にわかに瑞能神歌が注目されているのは、注目されないよりはよい。なお続瑞能神歌というのもある...核戦争の懸念と古事記予言

  • 兵法書三略から-2

    ◎世界の武装解除のステップ三略において、古代中国の三皇五帝の時代は、上下相い和し、天下泰平、何の問題もなかった。『大意:古の三皇(伏羲・神農・黄帝)は言葉で指示しなくても、天下はその善なる影響のままにあった。ゆえにその功績は誰によるものなのかわからなかった。古の五帝(少昊・顓頊(せんぎょく)・嚳(こく)・堯・舜)は、天を体現し地に則り、言葉で指示を出して天下太平であった。君と臣は互いに功績を譲り、天下に道による教化が隈なく広まったが、それでも民衆にはどうしてそうなるのかがわからなかった。このように臣下も名誉や恩賞を度外視して見事に働いたので、問題はなかった。古の三王朝(夏・殷・周)は、道をもって民を制し、野心を収めさせ、征服欲ある者を心服させ、さらに規律を設けて秩序の衰退に備えた。その結果、天下諸王はみな協力し...兵法書三略から-2

  • 兵法書三略から-1

    ◎神と同じポジションに居てバランス調整ロシアのウクライナ侵攻で、TVには毎度軍事評論家が出演する時節になってしまった。兵法書と言えば、孫子、六韜、三略などであるが、その中で老子の影響が強いと言われるのが三略。三略は「柔よく剛を制し、弱よく強を制す」という言葉で有名。『大意:およそ物事は、きっかけがなければ知りようがない。ところが天地のはたらきは霊妙であって、万物とともに推移し、つねに変化してやまない。(戦においても)敵の動きに対応して、決して先制攻撃せず、自在に対応しなければならない。そうあってこそ、大きな事業を企画し、天の威力をサポートし、八卦(乾(天)・兌(沢)・離(火)・震(雷)・巽(風)・坎(水)・艮(山)・坤(地))を匡正し、周辺異民族を平定できる。このように計画できる者が帝王の師である。』『訓読:端...兵法書三略から-1

  • 佐々木朗希投手、ネガティブからのスタート

    ◎無欲、無心プロ野球ロッテの佐々木朗希投手が2022年4月10日、対オリックス3回戦で28年ぶりに史上16人目の完全試合を達成し、13者連続奪三振のプロ野球新記録も樹立した。偉業である。ところが佐々木朗希投手は、あの南三陸町で、東日本大震災に被災。この時彼は小学3年生で自宅も、父、祖父母をも失った。彼は、当時のことを、ご飯も、お風呂も難しくなり普段の生活で当たり前だったことがそうでなくなった。当たり前がどれだけすごいことかと感じた。だから今、目の前にあることは全て当たり前ではないと思っている。と述べ、小学校三年生にして現実の不安定さを体感した。その現実感は、野球については、震災当時、野球道具も練習場所もなかったところから環境を与えてもらったという所からスタートする。そして、完全試合達成直前の心境は、わかってはい...佐々木朗希投手、ネガティブからのスタート

  • アトランティスとダーナ神族

    ◎トァン・マッカラルの変身最近は、アイルランド神話、ケルト神話、ゲルマン神話、北欧神話などの神名だけは知られるようになった。なぜならモバゲーやアニメの登場人物にするせいか、来歴や意義を問わず神名だけが有名になっているからであり、真面目な探求者にあっては折角の手がかりを粗末に扱っているという感じを受けるに違いない。アイルランド神話にダーナ神族というのが出てくる。1.西の海からやってきてアイルランドに最初に入植したのが、パーソロン族で、5000人まで人口が増えた時にパンデミックで、一人を残し、全員が死亡した。それがトァン・マッカラル。2.次にニュヴズ族が入植し、男女合計8060人になった時、海がすべてを呑みこみ、全滅した。雄鹿になっていたトァン・マッカラルは生き延びた。3.次にフィル・ボルグ族が入植。4.フィル・ボ...アトランティスとダーナ神族

  • 男と女とエクスタシー

    ◎男は女に出会うことによっても止まらない冥想、瞑想、meditation、黙想、坐、坐禅、ヴィパッサナー、安般念などというが、その道程が、次のダンテス・ダイジの散文に描かれている。『男性原理は女性原理によってそれ自体、中性―――むしろ両性といったほうが正確だろう―――両性化されていく。そして両性化されたものは、もとの太極へ帰ってくる。男は女に出会うことによって止まるであろうか?男性という一つの貧血性―――したがってそれは当然、一種の心霊的な吸血性をおびている。そして、男性原理は内側に女性原理を、陰は、その内部のどこかに陽を秘めている。あらゆる分裂につぐ分裂につぐ分裂―――これが現代の人間性の現実である。だが、分裂し解体したものは、まったく新しい統合に向かう。統一といってもよいが、その場合には、その”一”が何を意...男と女とエクスタシー

  • 幻想が時によって打ち砕かれる

    ◎天の片方の半球に月以外の惑星が偏在OSHOバグワンが、アメリカから追い出されて、インドに入った直後に曰く、『あなたの大事にしてきた幻想のひとつが時によって打ち砕かれるとき、あなたの仮面はむしり取られる。』(和尚と過ごしたダイアモンドの日々/マ・プレム・シュンニョ/和尚エンタープライズジャパンP243から引用)人口爆発、世界的貧困の拡大、貧富の格差拡大、多国籍の超巨大企業の支配、そして戦争、異常気象。アメリカの弱体化とロシアの暴虐により、国連中心の世界秩序は崩壊の瀬戸際にある。人は何か確かなものがあると、それに取りついてその安定がいつまでも続くと思い込み、安心な気分に憩う。それは見せかけなのだが、その安寧に慣れると人は変化を恐れ、未来への期待や夢が壊れることを恐れるようになっていく。こうしてウクライナの惨状を毎...幻想が時によって打ち砕かれる

  • ウィリアム・ジェームズの笑気ガス実験

    ◎ホガマス、ヒガマスアメリカ心理学の祖ウィリアム・ジェームズは、「宗教的経験の諸相」という著作で有名。岩波文庫では絶版になっていた時期が長く、手にしたのは中年になってからだったということがあって、印象に残っている。この本の中で、亜酸化窒素(笑気ガス)の実験をしたことが書いてある(ウィリアム・ジェイムズ著作集4宗教的経験の諸相/ウィリアム・ジェイムズ/日本教文社P189)。彼は自分でも吸入してみた。英語のwikipediaによると、他に抱水クロラール、ペヨーテ(メスカリン)なども実験した由。彼は、これらの実験を通して、「真の形而上学的啓示」を得られるが、その際メモッた言葉はナンセンス極まるものであるにもかかわらず、その啓示を得たという確信は残ると見ている。その真理のメモは、OSHOバグワンによると、『ホガマス、ヒ...ウィリアム・ジェームズの笑気ガス実験

  • 生と死と二極からのジャンプアウト

    ◎天国と地獄の結婚、アンビバレント1.生は死の一部。生と死は分離していない。2.人間は全体のごく一部。3生の側には二極あるものが多い。愛と憎しみ、男性と女性、美と醜、昼と夜、善と悪、闇と光、創造と破壊、天国と地獄、否定と肯定、好きなものと嫌いなもの、戦争と平和、物質と精神、悟りと迷い、高さと低さ等々。これらの双極には、引き合う力と反発する力が存在する。恋人同士惹かれ合いながら反発することなどで皆それを知っている。人間の表層意識は、一瞬間には、二つあるうちの片側に乗っているが、肉体は一生男か女を継続する。OSHOバグワンは、一生片方の性(男女いずれか)をやるのは飽きるので次の転生では別の性を選ぶというが、さもありなむ。全体である神に至るには、二極からジャンプアウトせねばならない。キリスト教系では、父の側、男性の側...生と死と二極からのジャンプアウト

  • 人前で裸になる

    ◎モーセ靴を脱ぐ窮極を求める最初の段階は、しばしば先入観をなくしていくことに終始する。それは、モーゼにあっては、靴を脱ぐということにあらわれ、場合によっては、ジャイナ教のマハーヴィーラのように服を脱いで裸になるということに顕れる。社会は、裸になることを恐れている。裸を見れば狼狽する。なんとなれば、肉体があらわになるということは心もあらわになってしまう端緒になるからだ。ジャイナ教でググると性器も露出している人物の画像イメージに出くわすが、マハーヴィーラに先行する聖者の女性マリブハイも裸で過ごしたという。人前で裸になるのは、精神性に理解のある古代インドでも大変抵抗のあることであり、いわんや現代においてをや。求道というのは、意識が裸になることだが、肉体が裸を露出することがそのステップの嚆矢となることがある。そこでモー...人前で裸になる

  • 口伝、書き記したら終わり-2

    ◎生半可な真理には強大な力があって危険OSHOバグワンの解説の続き。『真理に近づけば近づくほど、あなたが道をはずれる可能性は大きくなる。なぜなら真理に近づくとあなたはひじょうに自己中心的になりかねないからだ。「今や私は知っている」、「今や私は確固たる基盤をきずいた」―――と。そして自我がその状況につけこめば、あなたはかつての暗い谷間に舞いもどり、その頂を失ってしまう。真理に近づくと、それを人々と分かち合いたいという大きな欲望が湧いてくる。が、あなたは真理を余すところなく体得したわけではない。そして生半可な真理を分かち合うのは危うい。というのも、生半可な真理には強大な力があるので、嘘よりもいっそう危険だからだ。嘘は無力だ。遅かれ早かれ、人々はみずからそれが嘘であることに気づく。だが、生半可な真理は何世紀にもわたっ...口伝、書き記したら終わり-2

  • 口伝、書き記したら終わり-1

    ◎危険が多い道だが、師だけが罠、落とし穴を知るスペシャルな価値ある情報であればあるほど、書き記したら終わりになる。呂洞賓の手に成る太乙金華宗旨は、周天による窮極について記したものだが、OSHOバグワンは、書いたら終わりであることを強調する。『今のところ原子力の秘密は大衆から隠されている。ひとたびその秘密が大衆に漏れはじめたらひじょうに危険なことになる。もし原子爆弾を密かにつくることができるようになったら、すさまじい混沌が引き起こされずにはすまない。原子力の研究に関しては厳重に秘密が守られている。それとまったく同じようにして、この書物は、”内なる爆発“をもたらす最も潜在力のある技法のひとつをあなたに教える。何世紀にもわたって、その秘密は守られ—師弟のあいだでのみ、内密に弟子たちに授けられた。そしてとりわけこの秘教...口伝、書き記したら終わり-1

  • 世界最終宗教戦争の構図と結末

    ◎ハルマゲドン実質無神論者が大勢を占めるのではないかと思われる日本において、世界最終宗教戦争の構図と結末というのは、あまり関心を惹かないかもしれない。そうした日本では、至福千年に生き残る比率は諸外国より低いと見られている。クンダリーニ・ヨーギ本山博が、東洋の宗教と西洋の宗教の対立による世界最終宗教戦争の構図について、「人間と宗教の研究/宗教心理出版」という本で概説している。それは、おおまかに言うと、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教対ヒンズー教・仏教・道教・古神道の相違のことである。曰く、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教は、砂漠の宗教にして他力宗教。ヒンズー教・仏教・道教・古神道は、森林の宗教にして自力宗教。彼の言う自力とは、おおまかには瞑想修行の有無を言っているのだが、砂漠の宗教側にも観想法やスーフィなど自力行...世界最終宗教戦争の構図と結末

  • 悪カルマをなくす、核兵器をなくす

    ◎自分のメリットを当たり前に放棄する五世紀に鳩摩羅什の弟子に道生という人物がいて、善行を行わない者(一闡提(いっせんだい))も成仏できると主張したため、建康にあった仏教教団から追放された。(出典:新アジア仏教史06仏教の東伝と受容/沖本克己/編集委員/佼成出版社P147)悪人の成仏というのは、親鸞の新発見ではなく、昔から議論のあるところではあるが、5世紀の中国では、善カルマを積んだリッチな旦那衆が修行して極楽に入り成仏するというのは、穏当なプロセスとして認められていたのだろう。カルマ・ヨーガは時間がかかるが、世俗の人間としても基本、専門修行者にとっても基本。悪人の成仏というのは、聖書のサウロ(パウロ)が最初はイエスの信徒を取り締まり迫害する人物だったが、回心したことが典型である。また出口王仁三郎のように科学的に...悪カルマをなくす、核兵器をなくす

  • 神知らぬメタバースと仮神-2

    ◎最終の宗教戦争メタバースにより容易に願望・想念が半ば現実化することを体験していくと、その欺瞞性の反動から本当の深い所の真実の願望・想念を実現しようとする動きが出てくる。これは、聖性の希求、真の宗教の復興というようなもの。ところが、ユダヤ教、キリスト教ベースの世界観は、神と被造物の間には絶対的な区別があると考え、東洋的宗教のそれでは、被造物すべてが神の創造力の顕れであって、すべてをいとおしむというもので、双方進み方が異なる。(参照:仮想から現実へ―コンピュータ時代における良心の確立/本山博/宗教心理出版P104-105)これは、キリスト教では父なる神であって三位一体と称するが実質二位一体で、太母が殺されていることや、インド、昔の中国、日本では、無生物も生き物もすべて神である多神教的な見方が優勢であるところに顕れ...神知らぬメタバースと仮神-2

  • 神知らぬメタバースと仮神-1

    ◎仮神、メタ・ゴッドの出現と勢力拡大2020年、21年とコロナの逼塞した時期には、メタバース(ヴァーチャル・リアリティ)で暮らす時間が増えた。メタバースは、下層霊界であることは、既に述べた。ヴァーチャル・リアリティは下層霊界である-1ヴァーチャル・リアリティは下層霊界である-2想念の世界と現実の世界の区別がつかないのは、精神異常だが、メタバースにはそういう可能性をはらむ。かつては、「想念と感情と欲望で作り上げられた閉鎖的な洞窟のような空間に生きている」人物については、カルトに取り込まれやすいことを懸念していた。ところが、長いコロナ禍でそのような人物が増えて、世の中全体にそのような空間に生きる統合失調症のような人物、あるいはその点を媒介に下層霊界とコンタクトする人物が相当数増加しているのだろうと思う。それはまずS...神知らぬメタバースと仮神-1

  • トランスなし洗脳優勢の時代

    ◎うつになったり、身体運動に問題が出たり今日も、誰が権威ある人物、専門家、学識経験者なのかわかりにくい中で、テレビのモーニングショーなどで、大声で恫喝的な発言を繰り返す、カラ国の代理人としか思えないデマ・ゴーグが、世間を騒がす。洗脳には、トランス付き洗脳とトランスなし洗脳がある。トランスとは、意識の低下状態だが、一般には熱狂、陶酔、感動を伴う活動から「我を忘れて」個人的無意識以下の状態に入ること。トランス付き洗脳とは、踊り念仏から、真宗の坂東曲、讃美歌、宗教劇、教祖の講演で高尚な気分を盛り上げて、トランスに持ち込むなど宗教シーンでは一般的だった。それ以外に薬物の力や性的興奮の力を借りるものもある。トランスなし洗脳とは、情動の力を借りることなく、与える情報を曲げたり寡少に制限することによって、人間が「自発的論理的...トランスなし洗脳優勢の時代

  • 世界も日本も戦後最大の危機を迎える

    ◎神に祈れば生くる道あり2022年3月27日令和3年度防衛大学校卒業式内閣総理大臣訓示から。『今般のロシアのウクライナへの侵略により、国際社会が、長きにわたる懸命な努力と多くの犠牲の上に築き上げてきた国際秩序の根幹が、脅かされています。事態の展開次第では、世界も、そして我が国も、戦後最大の危機を迎えることになります。』コロナ蔓延盛んなりし時も、福島第一原発事故の時も、政府は一貫して国民の不安をあおり、パニックを誘うような発言はするものではなかった。ところが、この一節の異様さを取って見ても、いかに日本国政府の覚悟と緊張が非常なものであるかが見てとれる。米国の指導と意向も強烈なのだろうが、対ロシアでいきなり敵対政策を取り出したのは、この辺の最悪の展開に備える姿勢がなければこの発言はあり得ないと思う。ロシアはSNSを...世界も日本も戦後最大の危機を迎える

  • スマホを通さず見る、スマホを通さず聞く

    ◎その出会いに直面するようやく本格的に桜が咲き始めた。ネットでは絢爛豪華な桜の写真があふれている。信じられないかもしれないが、27年前のカシオの50k写真がせいぜいのカメラの画像であっても、当時は驚異と歓迎の目で、桜は愛でられたものだ。だが、それ以前であっても豪奢な満開の桜、惜しまれて散る吹雪の桜はあった。吉野山、桜好きだった西行の桜など。最近はスマホのカメラの目でシーンを見る人や、スマホの録音機能の耳で音声を聞く人が増えた。人と人との出会いは一回限り。その場面に居ることも一回限り。そこにスマホを持ちだせば、出会の感触は間接的なものとなり、その場面全体の印象もみずみずしさは薄らぐ。ダンテス・ダイジの講話の録音というものもあるが、「録音していないで、聞きなさい。」とたしなめたシーンもある。予言あるいは予兆を感じる...スマホを通さず見る、スマホを通さず聞く

  • 隠れた神、殺された神

    ◎大難を無難にアダムとイブと神の時代は、人間は神を意識していた。隠れた神とは、意識の片隅に真の神がまだいる時代。殺された神とは、意識の片隅にも真の神がもういない時代。ヘブライ人は、平和と繁栄の時期に邪神崇拝のバアル人とアシタロテ人に仕えたが、逆境の時代になると、真神崇拝に立ち戻っていった。ご都合主義だが、そんなものだ。旧約聖書のサムエル書上12-10『民は主に呼びかけて言った、『われわれは主を捨て、バアルとアシタロテに仕えて、罪を犯しました。今、われわれを敵の手から救い出してください。われわれはあなたに仕えましょう。』また神々の黄昏でも、天の岩戸隠れでも、艮(うしとら)の金神のご隠退でも、真神は忘れられてはいない。遠い天にましますが、忘れ去られたわけではない。これらは、隠れた神。別バージョンで殺された神というの...隠れた神、殺された神

  • グロと残虐

    ◎語らない方がよいことウクライナでの戦争での残虐が毎日報道される。だが、国を問わず、司法関係、医療関係では、日々残虐シーンに向き合っている。日本人が外国で集団惨殺された事件としては、戦前の中国通州事件が有名だが、日本人に対してカラ国は特に残虐なのかと思うと、「中国共産党暗黒の百年史/石平」を読むとカラ国は自国民に対しても残酷であることに躊躇がないことがわかる。天安門事件、黄河堤防を爆破して数百万人が溺死した事件など。釈迦前生譚ジャータカなどにも、我が肉体を自発的に喜捨する話が時々出てきて、それはグロではある。個なる自分を捨てなければ、全体と一致する道はないが、そこまで具体的に描写しないとわからない人もいるのだろうが、そこまで示せば、自己犠牲、すべての宇宙が死ぬという神秘に至る香気は薄らぐと思う。察すべき、感じる...グロと残虐

  • 極貧のクリーニング屋の女性が燈明の油を釈迦に献じる

    ◎善行のリターンを期待しないコーサラ国王プラセーナジットが、釈迦と付き従う弟子たち全員に対しグルメな食事を一週間にわたり提供した。ところが、釈迦はその莫大な食事提供の善行の見返り(果報)をコーサラ国王に与えるのではなく、さる乞食に与えた。当惑したコーサラ国王が悩んでいると、釈迦は、彼が何度も国王として転生し栄華を極めているのは、彼が前世で中流家庭のもらい子であった時に、母が自分のために作ってくれた塩気のない麦団子を孤独に修行する覚者(独覚)に布施したお蔭であると説明した。麦団子の話を聞いた、時々公的支援ももらい、善意のボランティアの支援も受けている極貧のクリーニング屋の女性が、一念発起して、燈明の油を買って釈迦に寄進しようと思い立った。やがて彼女は少量の油を買い求め、壊れた器に入れ、釈迦が散歩される道に献じ、自...極貧のクリーニング屋の女性が燈明の油を釈迦に献じる

  • 真善美について

    ◎神性自体に窓が三つということではない真善美をググると、言い出したのはカントだなどという説も出て面食らう。もともとは、洋の東西を問わない完全人の属性というべきものである。OSHOバグワンの説明では、1.真善美とは、人間による神の体験。2.知が優勢の人なら、神性は真理の形をとる。3.感性優先の人なら、神性は美の形をとる。4.行動優先の人なら、神性は善の形をとる。さらに5.大多数の人間は行動優先である。6.神性自体に枠はなく、神性の窓が真善美の3つに限られているわけではなく、他の相もある。だから真善美を通して神を見る人は、ある意味で神性に自分独自の定義を押し付けている。真善美+他の相は、神を指し示す指のようなものであって、神そのものではない。それは言葉では定義できない。(以上参照:秘教の心理学/和尚/学研P230-...真善美について

  • 催眠術ヒプノシス

    ◎ラスプーチン催眠術ヒプノシスには、ほとんど言及したことがないが、その効果については否定するものではない。キエフと言えば、1911年9月帝政ロシア時代、キエフの劇場において、首相ストルイピンが皇帝の面前でユダヤ人青年に暗殺された。怪僧ラスプーチンは、これを事前に予知していた話が、彼の個人秘書の回想録に出てくる。プーチン氏はストルイピンを高く評価していると公言しており、2012年ストルイピンの像が首都モスクワの連邦政府庁舎脇に建立された際には寄付までしている。ラスプーチンには、病気治癒の話があり、いずれも催眠術ヒプノシスによるもの。一つは個人秘書の息子が右手がしょっちゅう震え、右半身不随だったものを、ラスプーチンは個室で彼に正対し、彼の肩に両手を置き、彼の目をまっすぐ見つめ、強く身振るいをしたことで治した。もう一...催眠術ヒプノシス

  • ウクライナとハザール

    ◎招かれる者は多いが、選ばれる者は少ないウクライナと言えば、ユダヤ人が多いこと。そして9世紀に国家まるっと集団でユダヤ教に改宗したハザールを思い起させる。ハザールの最大版図では、現ウクライナの7割くらいを含む印象。また今のイスラエルの人口の半分は、1492年までスペインにいたユダヤ人の末裔であり、残り半分はハザールの末裔である由。おまけに現イスラエルのヘゲモニーを握っているのは、どちらかというとスペインにいたユダヤ人の末裔であるという。1492年のユダヤ人追放令までスペインにユダヤ人が集中した理由は、スペインでは心にユダヤ教を信仰しながら表面的にキリスト教改宗した者(マラーノ)を認めていたせいだとされる。今般のロシアのウクライナ侵攻では、マスコミにはユダヤ人のユの字も出てこないが、イスラエルが仲介に乗り出したこ...ウクライナとハザール

  • 瞑想は、人間が神に成長する速度を速める。

    ◎ケン・ウィルバーの夜の瞑想、早朝の瞑想ケン・ウィルバーは、結跏趺坐での只管打坐メインで覚醒した人。2年くらい何もしないでいた時期があって、毎日泣いていたなどという件りを読んだ時は、さもありなむと思ったものだ。『グレース&グリット愛と魂の軌跡/ケン・ウィルバー/春秋社』は、彼が36歳で出会った魂の伴侶トレヤとの出会いとガンでの死別の話なのだが、トレヤも只管打坐での覚者であることがわかる。彼女と死別して以降は、毎日泣き暮らす2年があっても不思議ではあるまいと思う。。戦後の日本人は聖者、覚者と言えば、何を言っても怒らない人格者で、清濁併せ吞む太っ腹で、善にも悪にも強いという、まるで大物政治家みたいな人物を想像しがちだ。だが、聖者、覚者の実際は、ケン・ウィルバーのように泣き暮らしたり、道元のように嫌いな弟子のいた場所...瞑想は、人間が神に成長する速度を速める。

  • 自分だけのためのハタ・ヨーガやボディ・セラピー

    ◎流行の癒しの構造ケン・ウィルバーは、人間は、1身体⇒2心⇒3魂⇒4霊(スピリット)と進化する、とする。個は3魂まで、世界全体のアートマンは、4霊(スピリット)。勿論、出来上がりは、二重のリアリティたる4霊(スピリット)。SNSを見るとハタ・ヨーガやボディ・セラピー(武道、気功、ロルフィングなど)をやる人が非常に多い。人間は、幼児期には、1身体が意識そのものである時期にある。2心は2歳頃から出現しはじめどんどん発達していき、思春期になる頃には、自分の生き生きとした生命の躍動や感情の豊かさを失い、1身体と2心の分離に苦しむことになる。青年になってハタ・ヨーガやボディ・セラピーを行うことで、失われた1身体と再接触する。充分に1身体と再接触すれば、2心⇒3魂⇒4霊(スピリット)の順路で進み自分を超越することができる。...自分だけのためのハタ・ヨーガやボディ・セラピー

  • キエフ大公ウラディミル1世がギリシア正教を選ぶ

    ◎タボルの光-人が神に成る990年キエフ公国の大公ウラディミル1世は、国教をギリシア正教とした。ウラディミル1世は、5人の妻と800人もの妾を抱え、偶像崇拝も行っていたが、国教を定めるに当たり、カトリックのローマ、ギリシア正教のコンスタンティノポリス、イスラームのバグダッドなどに使者を派遣し、各宗派を研究した。バグダッドに行った者は、「イスラム教では、割礼をせよ、豚肉を食べるな、酒を飲むな、その代わりに死後には女たちと淫行をすることができる。」と報告。ウラディミル1世は、「ルーシ人の楽しみは酒を飲むことだから、酒なしでは生きていけない。」とし、イスラム教を退けた。ユダヤ教は、ユダヤ教徒自体が故郷を失っているので、ウラディミル1世は、それではどうやって自分の信仰を勧めることができるのかと、これも退けた。ギリシア正...キエフ大公ウラディミル1世がギリシア正教を選ぶ

  • 宮城と福島で震度6強の地震

    ◎善を行い悪をしない、大難を無難に昨夜の地震は、政府、マスコミがウクライナで一色のところ、首都圏では大規模停電が発生し、電車は止まり、帰宅難民、オートロック難民を多数発生させ、遠い記憶だったはずの東日本大震災当時を思い起させることになった。一方世情は、全人類を破滅させるに足る核兵器保有国を他の多数の国家群が強烈に圧迫しているところで、この反作用が苛酷な核攻撃を誘発せんとしているが如くに感じられる。一国を他の圧倒的多数国家が咎める図式は、ヒトラー登場時のドイツや国際連盟脱退時の日本に前例を見ることができる。これは戦争を催促しているわけであって、いきなり世界全面核戦争もあり得ると感じている人も実は少なくないのではないか。過去の大戦争では、戦場にならなかった国家は、戦後15年から20年は経済的繁栄を謳歌したものだ。と...宮城と福島で震度6強の地震

  • 日本の役目

    ◎ソ連とアメリカがやって、日本が仲直りをさせる日本の将来の展開については、主に大本神歌、いろは歌、新月の光を参考に考えている。現在は、ロシアのウクライナ侵攻がはじまったばかりで、これから大戦争になるかどうかもわからぬ時期である。今後は、大本神歌にあるようにロシアと連合国の戦争が進んでいくのかもしれない。1.カラ国の裏切りと白露の非義非道『聯合の国の味方と今迄は、成て竭せしカラ国の、悪魔邪神が九分九厘、モウ一厘の瀬戸際に、旗を反すと白露の、其振舞いの非義非道、凡ての計画を狂はせて、勝つ可き戦争の負け始め、永びき渡る西の空、黒雲晴るる暇も無く、独り気儘の仕放題』(大本神歌)※ベラルーシとロシアで白露ですかね。2.白露の欧州席捲?と支那への転進『フランス跡に地固めの、望みもつきてカイゼルの、甲斐なき終り世の終り、金も...日本の役目

  • 梅干しと土の穴

    ◎瑞霊に倣いて「瑞霊に倣いて」というブログは、前からあるのは、知っていたが、梅干しと土の穴について、感得するところがあった。※瑞霊とは、出口王仁三郎のこと。出口王仁三郎には、最後の時には、土に自分が入れる穴を掘ってそれに横になり、梅干しを口に入れてじっとしていよという言い伝えがあるが、これについてやっと得心がいった。梅干しについては、毒ガス対策として菜食の日本人には被害を最小限にする効果があると、随筆集などで述べている。納得できなかったのは、土の部分だが、広島の原爆投下直後に出口王仁三郎が大国美都雄氏を広島に派遣し、土の効用を確認させている。大国美都雄は、広島駅前の広場の土の上に寝たり、土を掘って下の方の植物の根が生きていることを確認し、出口王仁三郎に報告した。それを聞いた出口王仁三郎は次のようなもの。原爆投下...梅干しと土の穴

  • 行く春や鳥啼き魚の目は泪

    ◎松尾芭蕉松尾芭蕉の奥の細道の最初の句、「行く春や鳥啼き魚の目は泪」魚は泣かないが、魚屋である松尾芭蕉の支援者である鯉専門の魚屋の杉山杉風が、長旅に出る芭蕉との別れを惜しんで泣いてくれた晩春であるという句。江戸で武家に出入りする魚屋は、勝手に裏木戸から入り、台所で勝手に調理して、勝手に値段を決めて帰って行くので、諸藩や旗本の内情に触れることが多かった。杉山杉風は、難聴だったから本来知り得た武家の内情を知ることはなかったとされる。ところが、杉風の句に時鳥(ほととぎす)一声まじる鶴の声鳴く千鳥富士を見返へれ塩見坂などがあり、耳はよく聞こえていた。おまけに世話になった杉山杉風は聾者だったから、松尾芭蕉は、生涯「聾」の句は詠まなかったなどという尾ひれまでついている。(参照:影の日本史に迫る/磯田道史/平凡社P150-1...行く春や鳥啼き魚の目は泪

  • ウクライナから松尾芭蕉

    ◎芭蕉のおかしみとさびウクライナの小学校の教科書で、外国文学として最初に登場するのは、ロシアでもなくドイツでもなく松尾芭蕉だそうで、これがウクライナに親日家が多いと言われる所以なのだろう。ウクライナの最近の現地映像ではまだ雪があり、吹雪いているシーンもある。松尾芭蕉には、おかしみの句、おかしみからさびに転ずる句、さびそのものの句と三種揃っている。おかしみの句:「いざさらば雪見にころぶ所まで」(大意:さようなら、私は雪見に行きます、雪でころぶ所まで。)おかしみからさびに転ずる句:「おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな」(大意:音に聞く鵜飼いは面白いものだったが、帰途の舟では胸かきむしられる思いが徐々に深まる)さびそのものの句:「古池や蛙飛びこむ水の音」(大意:古池に蛙が飛びこむ水の音がする。)クンダリーニ・ヨーガでは...ウクライナから松尾芭蕉

  • 釈迦は何のために冥想するか

    ◎悪魔との対話釈迦は、成道前も成道後も様々な悪魔と問答している。それを見聞きした人物も相当なレベルの人に違いない。さて悪魔は釈迦七年の苦行につきまとっていた。『三そこで悪魔・悪しき者は、尊師に近づいた。近づいてから、尊師に向かって詩をもって語りかけた。「あなたは悲しみに沈んで、森のなかで瞑想しているのですか?それとも、なくした財を取り戻そうとしているのですか?あなたは村のなかで、なにか罪を犯したのですか?なにゆえに人々とつき合わないのですか?あなたは、だれとも友にならないのですか?」四〔尊師はいった、〕「悲しみの根をすっかり掘り除くために、罪を犯さず、悲しむことなく、わたくしは瞑想している。生存を貪る欲念をすっかり断って、汚れなく、わたくしは瞑想する。怠けものの仲間よ!」五〔悪魔はいった、〕「『これは、わたしの...釈迦は何のために冥想するか

  • 世の終りの3種

    ◎人間の側の都合世の終り説には、眉つばなものも含めていろいろなものがあるが、正統的なものは、この時代の終りに文明が崩壊し、神主主義文明、千年王国が起こるという、神話、古伝承なのだと思う。だが、いわゆる『世の終り』のビジョンには、大別して3種類があって、素人目にはいまだにどのルートかわからないが、核をちらつかせてのロシアのウクライナ侵攻が進行中である。その3種とは、1.人類がほとんど残る。2.人類がほとんど残らない。3.人類が一旦全滅して再興する。この基本線の外縁に様々な陰謀論が見え隠れしている。この3種に共通した原則は、いずれも人類すべてが神を知り、神を生きるということに他ならない。だが、2と3は人間の側の都合を無視しているところがある。だがそれも神意のうちで、石ころの心。2と3については、イザヤ書や古事記でそ...世の終りの3種

  • 毎日のハタ・ヨーガとその完成

    ◎科学的なハタ・ヨーガ周天で一生鍛錬し続けて、70歳になっても出神はちょこっとなどと聞けば、がっかりする。さてハタ・ヨーガは、クリヤ・ヨーガをやるための前段だが、ハタ・ヨーガの完成について、OSHOバグワンは、35年を要すると見ていた。(死ぬこと生きること/OSHO/市民出版社P294参照)15歳で始めれば50歳でハタ・ヨーガは完成。50歳からクリヤ・ヨーガができる。60歳から始めれば95歳でハタ・ヨーガは完成。だが95歳からクリヤ・ヨーガでは、いろいろな点で厳しいので、次の転生でクリヤ・ヨーガをやるのだろう。実はハタ・ヨーガは、健康に過ごしたり、寿命を延ばすためにやるものではない。むしろクリヤ・ヨーガを真剣にやりたい者や、この危急の時代に生きる者にとっては、35年費やすのが無駄に見える。そこでOSHOバグワン...毎日のハタ・ヨーガとその完成

  • 習近平、国際情勢緊迫で全軍が戦争準備を

    ◎影響されない自分を読売新聞オンラインで『習近平氏、国際情勢緊迫で「全軍が戦争準備を」…軍を海外派遣する根拠法を整備へ』(2022/03/0818:33)という見出しの記事が出た。内容は習近平国家主席が「中国軍を海外に派遣して活動させる根拠法の整備を進める意向」とみられるというもの。これは、もう2022年になってしまったが、「2020年中華人民共和国予定図」というのがあって、日本の愛知県から西半分が中国本土である東海省になって、東半分が「倭人日本自治区」になっている地図を思い起させる。なぜ愛知かと言えば、孝明天皇の尾張半田。西半分については、出口王仁三郎予言で言えば、なずな七草の毒ガス攻撃、西からの空襲があり、北方からの来襲について言えば、『瑞能神歌』(大本神歌)(三)に「いよいよ初段と相成れば、西伯利亜線を花...習近平、国際情勢緊迫で全軍が戦争準備を

  • ニルヴァーナと肉体死の違い-2

    ◎モクシャとは、ニルヴァーナのことさらにOSHOバグワンの所説。『魂は二つの身体―――微細身と粗大身の内側に存在する。死の時点で粗大身は死ぬ。土と水で作られた身体、肉、骨そして骨髄から成る身体は、脱落して死ぬ。その後、微細な思考、微細な感情、微細な波動、微細な繊維から成る身体が残る。この身体は、これらの微細な物すべてで形成され、魂と一緒にもう一度旅に赴き、そして再び新しい誕生のため、粗大身に入る。新しい魂が母親の子宮に入る時、それはこの微細身が入ることを意味する。死の出来事においては、粗大身だけが崩壊して、微細身は崩壊しない。しかし究極の死、私たちが解脱(モクシャ)と呼ぶものの発生とともに微細身も同様に粗大身と一緒に崩壊する。その時、魂にとってもはや誕生はない。その時魂は全体と一つになる。これはたった一度だけ起...ニルヴァーナと肉体死の違い-2

  • ニルヴァーナと肉体死の違い

    ◎人には死が全くない。生は生ではなく、死は死でない。仏になるというのは、ニルヴァーナという体験とは言えない体験をすること。それは、肉体の死ではない。OSHOバグワンの所説。『ニルヴァーナとは、まず、人は死が全くないことを完全に実感してきた、という意味だ。第二に、私たちが生と呼ぶものの中では、何も達成されないことを知るようになった、という意味だ。ニルヴァーナとは、私たちが死として理解するものは全く死ではなく、生によって意味するものは本当に生ではない、という現実に気づくことを意味する。私の話が理解できるだろうか?一つのこと———ニルヴァーナとは、ある人が死を知る時、そこに死がないのがわかるだろう、という意味だ。そこにはこれと結びついた別の現象がある。それは、充分な気づきをもって生を見る人は、あらゆる人が生と呼ぶもの...ニルヴァーナと肉体死の違い

  • 馬祖が瓦を磨いて仏になる

    ◎坐禅を学ぶ、坐仏を学ぶ禅の六祖慧能の法嗣の南嶽懐譲が衡嶽の般若寺の住職だった時、馬祖は近くの伝法院で毎日坐禅をしていた。南嶽禅師は彼が見どころがあることを知り、伝法院へ行き質問した。南嶽「坐禅をして何をしようというのか」馬祖「仏になろうと思います」すると南嶽は瓦のかけらを拾いあげ、庵の前の石の上で磨きはじめた。今度は馬祖が質問した。「老師、何をしようとしているのですか?」南嶽「瓦を磨いて鏡を作ろうとしている」馬祖「瓦を磨いても、どうがんばっても鏡などできないでしょう。」南嶽「それならば、坐禅してどうして仏になれようか?」馬祖「ならば、どうすればよいのでしょうか」南嶽「牛車に乗っていて動かない時に、車を打つのがよいか。それとも牛を打つのがよいか」馬祖は答えられなかった。南嶽はさらに言った。「あなたは坐禅を学んで...馬祖が瓦を磨いて仏になる

  • 世を持ち切りにはさせない

    ◎二重の世界観大本神諭の頻出キーワードの一つに『世を持ち切りにはさせん』というのがある。これは、いつまでも世界を人間の思うがままに切り回させはしないということで、神知る人間の時代に戻すということである。それは、どういうことかと言えば、本来の人間の姿である頭を下に足を上にした人間になるということ。すなわち逆立ちした人間になるということ。逆立ちとは、頭頂・泥丸・サハスラーラ・チャクラ側に世界が根として広がっている人間のこと。つまり世界樹を逆さまにした姿が本来の人間の立ち姿であるということ。これは、個と全体の逆転の姿が真人のモチーフであるということ。倒立した人間像を人間のあるべき姿としたものは、古くは、建木、イグドラシル、生命の木など世界樹のイメージとして世界中に分布していた。最近になって、人間が覚醒に耐えうる脳、肉...世を持ち切りにはさせない

  • 石鞏が牛の番をする

    ◎草から顔を離して酒徳利に向ける石鞏は、もともと猟師だったが、馬祖に出会ったことで、出家して冥想修行に入った。ある日石鞏が台所で働いていたところに馬祖がやってきて、何をやっているのかと問うた。石鞏「牛の番をしています。」馬祖「どうやって番をするのだ。」石鞏「牛が草に顔を戻そうとしたら、鼻づらをぐっと引いて引き戻すのです。」馬祖「なるほどお前は牛の本当の番の仕方を知っている。」牛の食べる草は、世俗。牛を内なる光輝にぐいっと向けさせるのだ。牛と言えば十牛図。タロットカードの大アルカナ22枚も西洋の十牛図だとOSHOバグワンは言う。十牛図第十図は、手に酒徳利を下げて街を歩くという図柄だが、人が仏性とともに生きる時、まさにその酩酊が起こる。『この酩酊・・・・・ところで、私はそれが人類が麻薬やアルコールから抜け出す唯一の...石鞏が牛の番をする

  • 雪峰の全大地(碧巌録第五則)

    ◎大雪の鰲山で大悟する雪峰は、どこの道場に行っても食事係をやっていた。『洞山禅師のところで食事係となっていた時、ある日洞山が雪峰に問うた、「何をしている」。雪峰「米をといでいます」。洞山「砂をといで米を取り去るのか、米をといで砂を取り去るのか」。雪峰「砂も米も皆取り去ります」。洞山「皆は何を食べるのか」。雪峰は器をひっくりかえした。洞山「お前には徳山が向いている」。(徳山)に会うように指図した。雪峰は(徳山に)着くや否や問うた、「釈迦以来の根本の教えに、私も少しは与ることができますか」。徳山は棒を食らわして言った、「何を言うか」。そこで、はっと気がついた。後に鰲山(ごうざん)で雪に降りこめられた。巌頭に言うに、「私はあの時徳山の棒を受けて、桶の底が抜けたようでした」。巌頭が、「自分の言っていることがわかっている...雪峰の全大地(碧巌録第五則)

  • ソドムとゴモラ

    神が許し給うのかどうかロシアは、ウクライナ侵攻によって軍事的には優勢なのだろうが、経済的、文化的には世界の孤児のような圧迫を受けている。窮鼠猫を噛む?またロシアは戦術核でなく、大規模な戦略核の準備ができていることを広言して世界を威嚇。旧約聖書のロトは、ソドムの町に10人の正しい者を見つけられずに、結局ソドムを出ることに追い込まれた。神様から低地は焼き払われるから山に逃げよと言われたのに、わがままを言って、山ではなく、近い小さな町ゾアルに逃げることにした。その日の夜明け、神は天から硫黄と火とをソドムとゴモラの上に降らせて、町と低地と住民と草木をことごとく滅ぼした。しかしロトの妻は、後ろを見たので塩の柱になった。一方アブラハムは朝早く起き、高台からソドムとゴモラの方と低地の全面を眺めると、その地には煙が立ちのぼって...ソドムとゴモラ

  • 釈迦、空中に昇り身体を砕く

    ◎天からの綱釈迦が、生まれ故郷の迦毘羅城に帰還し、住民に神通力を見せて、教えに帰依させようとした。釈迦は空中に昇り、身体をばらばらに砕き、地上に落下させ、それらを再び結合させるという奇跡を見せ、観衆を仰天させた。同じようなモチーフの奇跡は、インドでも中国でも見られる。綱や糸を空中に立て、それを人が登って、頂上に達したところで、その肉体がバラバラになって地上に落下。ところがその肉体のパーツをつなぎ合わせると、元の人になって何事もなかったかのように歩き出す。エリアーデは、アイルランドの民間伝承の中にもそれを発見している。それによると、手品師は、絹の綱をほうり投げ雲に引っ掛ける。そこで兎、犬、少年、少女をその綱に次々に昇らせるのだが、少年の不注意で犬が兎を食べてしまった。これを見た手品師が自ら綱を昇って少年の首をはね...釈迦、空中に昇り身体を砕く

  • 世の立替は独力で

    ◎人の厄介になったら立替出来ぬ出口王仁三郎のつぶやき。『○立替は王仁一人でやる人にかかりあったらついて来よるから、助けてやらねばならぬから、立替が出来んがな。王仁は一人でやるのだから、人の厄介になったら立替出来ぬからなあ。○○から言うてきたから、王仁は人の世話にはならん一力で出る、と木で鼻をこすったように言ってやった。いろいろの世に出ておる者と連絡を取って、王仁を出そうとするのが邪魔になるのだがなあ。(昭和十九年6月十六日)』((出口王仁三郎玉言集新月の光/木庭次守編/八幡書店P185から引用))世の立替以前は、世の中の有名リーダー達がその人脈で世の中をリードして、わかった者から改心させて、みろくの世の準備をするというスタイルだった。この度は、地獄の釜を開けて、西洋ならば、古くから地獄にいる人も、最近煉獄に入っ...世の立替は独力で

  • 三、四月。大難を無難に。ウラルの嵐

    〇あおり予言、はずれ予言、当たり予言。出口王仁三郎は、出口ナオも共に、「日本が大峠に遭って、みろくの世を実現する」という幻視をしたので、二人で協力して一つの教団を立ち上げることにした。大本神諭では、日露戦争以前の段階で、日本とロシアが戦って日本が敗戦するという予言を出して、1905年の日露戦争から1945年の敗戦までの40年間、代表的なはずれ予言とみなされていたが、第二次大戦後は当たった予言として評価が逆転。『〇ソ連襲来二月に露国から攻めて来る。(昭和19年正月中旬)』(出口王仁三郎玉言集新月の光/木庭次守編/八幡書店P131から引用)これもソ連による満州侵攻は、1945年8月9日だったから、はずれ予言の一種と見られているのだろう。そこで、『○日本の立替の時問日本の立替はいつですか。答お筆先に三、四月、八、九月...三、四月。大難を無難に。ウラルの嵐

  • 今生の過去の記憶と世俗的欲望からの卒業

    ◎いかに思い知るか学生時代に日記風手帳で、自分でわかる程度に何月何日の何時頃、どこで何をしていたかをメモっていたことがある。そうすると、数年たった後であっても、それを見れば、どこで誰と何をしていたかを鮮明に思い出すことができたので、非常に驚いたことがある。今生の過去の記憶は、そのように適切なマークを与えれば、記憶殿堂に瞬時的確にアクセスできるもの。これは、西洋で盛んだった記憶術の中心的なテクニックだったことを後に知る。過去世記憶も、自分の出生まで遡り、母の子宮内へ戻り、さらに前生まで遡れれば、明瞭に思い出すこともできるのだろうと思う。一般に過去世記憶というのは、いわばゲテモノ趣味の人だけのものだと思われている。だが、パタンジャリのヨーガ・スートラをはじめとして、多くの覚者に言及があるのは理由のあることだと思われ...今生の過去の記憶と世俗的欲望からの卒業

  • クリヤ・ヨーガの道程

    ◎肉体と心を支配し、死をも征服パラマンサ・ヨガナンダの説明では、1.人間は睡眠時に、肉体や呼吸を意識せず、自分自身を肉体意識から解放し、生命エネルギーを脳や六つの脊髄中枢に補給する行を行っているので、宇宙エネルギーが体内に補充される。2.だが人間は、適当な食物、健全な思想、日光を浴びて生活しても解脱に至るには百万年かかる。3.クリヤ・ヨーギは、呼吸というくびきを解いて、肉体寿命を延ばしたり、意識を無限に拡大することで、感覚の束縛を脱する。こうして肉体と心を支配したクリヤ・ヨーギは、死をも征服する。死を征服すればもはや死ぬことはない。(以上参照:あるヨギの自叙伝/パラマンサ・ヨガナンダP248)「生きながら死人となりてなりはてて思いのままにするわざぞよき」至道無難(江戸時代の禅僧)死を征服すれば、自分が殺されると...クリヤ・ヨーガの道程

  • ハタ・ヨーガからクリヤ・ヨーガへ

    ◎カイバリヤから世界平和へ今ネットでヨーガと言えば、ハタ・ヨーガのこと。ハタ・ヨーガをやると身体快調で、健康回復、老化防止、気力回復にも役立つなどいいことづくめだと宣伝するものだ。※クリヤ・ヨーガとはクンダリーニ・ヨーガのこと。だが、パタンジャリのヨーガ・スートラを見ると、ハタ・ヨーガの位置づけとは、身体の快適さ、健康増進ではなく、人間のあらゆる苦悩からの解脱、カイバリヤである。パラマンサ・ヨガナンダの説明では、まずハタ・ヨーガとプラーナを用いた呼吸のコントロール、オームを学ぶ。その後サンヤマ(ヨーガの8行法中の、総持(ダーラナ)、定(ジャーナ)、三昧(サマディー)を同時に行うのをサンヤマ(samyama)という)を行い、最後は、独存(カイバリヤ)と呼ばれる神人合一を目的とする。ただしサンヤマと言っても、有相三...ハタ・ヨーガからクリヤ・ヨーガへ

  • これまであった失恋や手痛い失敗など

    ◎過去世を見るヨーガ・スートラから。『3.18潜在印象を直接認識することで、過去世の知識が得られる。』(現代人のためのヨーガ・スートラ/グレゴール・メーレ/ガイア社Pxiiから引用)OSHOバグワンの解説“TheAlphaandtheOmega“では:人がとある平静な意識状態になると過去の印象を見ることができる。そこでは過去世を見ることができる。人は過去世の教訓を忘れ、何度も痛い目にあったことを繰り返すものだから、過去世を見るということは、この世で生きることを全く違ったものにする。過去世で、あなたは、嫉妬深く憎しみと怒りを持った人物で、成功を望む野心家にして豊かさを希求する貪欲なエゴイストだった。だが最後は死によって、その何十年もの苦労が水泡に帰すという失敗パターンに陥るが、転生の都度、反省なく似たような人生を...これまであった失恋や手痛い失敗など

  • ヨーガ・スートラの大脱身

    ◎ニルヴァーナのプロセスとテクニックパタンジャリのヨーガ・スートラについて、OSHOバグワンは、哲学ではなく、経験論だと云う。『3.43「大脱身」とは、粗雑な身体を離れ、想像を超えたところで機能する技法である。大脱身を遂行することで、輝きを覆っていたものは破壊される。』(現代人のためのヨーガ・スートラ/グレゴール・メーレ/ガイア社Pxivから引用)だがこれでは何のことかわからない。OSHOバグワンは、“TheAlphaandtheOmega“の講話で、ヨーガ・スートラ3.43について『メンタル体の外側にある意識状態に触れる力であり、考えられないもの、これを大脱身(MAHAVIDEHA)と呼ぶ。この力を通じて光の覆いは、崩壊する』と訳す。続く彼の説明では、大脱身とは身体を超えた人、身体に閉じ込められていない人のこ...ヨーガ・スートラの大脱身

  • 北京冬季五輪カーリング女子銀メダル

    ◎弱さでつながる北京冬季五輪カーリング女子は、前回五輪の銅に続き、日本が銀メダルを獲得した。ロコ・ソラーレは日本代表になるまでスランプの時期があったが、その際四人で腹を割って話し合い「私たちは弱いままでいい、かっこ悪くていい。弱さでつながっているチーム」と最底辺での共通認識を確かめ合ったという。イエスは、あなた方は髪の毛一本白くも黒くもできない(マタイ5-36)と言ったが、それほどに人は無力なものである。カーリング日本代表は、この弱さの極みである『愛』から再スタートし、オリンピック決勝まで勝ち上がり、イエスは西洋に『愛』の教えを伝え、西洋を2千年持たせた。最近ポジティブ思考ばかりもてはやされる時代となっているが、逆に人間の真実は、弱さ、無力さとその先の絶望の方にある。将棋藤井聡太五冠の王将戦七番勝負で、彼が負け...北京冬季五輪カーリング女子銀メダル

  • 魂はこの世に生まれて男や女に扮するが

    ◎男でもなければ女でもなく神である《※拙ブログは、昨日で満17年を迎えました。読者の皆様のご来訪に感謝致します。まとめ的なものとして、次の三つを置いています。【夢と真実】【ザ・ジャンプ・アウト】【エクスタシス夢の夢なる】》男と女を比べれば、女の方が生きやすいとダンテス・ダイジは言っていた。それが証拠に平均寿命は一貫して女性の方が長い。日本では、武家社会、近代国家と進んでも男性優位社会が維持されている。1970年以降ウーマン・リブ運動があって日本でも男女同権が叫ばれ、男女雇用機会均等法もでき、福祉面では男女ほぼ同等になっている。出口王仁三郎は、大正期にあって男女同権を唱え、女が先に湯に入ってはいけないという法はないと説く。天照大神と素戔嗚尊は姉弟だが、天の安の河原での誓いという陰陽合体、すなわち厳の霊(男性)天照...魂はこの世に生まれて男や女に扮するが

  • 沐浴の秘儀-2

    ◎逃げるアタランタ錬金術書『逃げるアタランタ』には、沐浴関連の図版は2枚ある。その最初の1枚は、行って風呂焚き女の技に倣え、みたいなスローガンが掲げられている。『エンブレム3布を洗う婦女のもとへいき、彼女のようになしたまえ寸鉄詩Ⅲ秘匿された教説を探ることを愛好するあなた、躊躇なくこの範例から脾益するところを引き出したまえ。熱い水を注いで布の染みをとる婦女のすがたが見えよう。それを模倣したまえ。この業はあなたを失望させたりしないから。そこで黒い体躯の汚れは洗い流されるだろう。』(逃げるアタランタ/M・マイアー/八坂書房/大橋喜之訳P42-43から引用)冥想修行に際しては、様々な雑念、想念を止める、清めるという狙いとも言えない狙いをもって坐る。風呂を入れるには、薪を拾い集めてかまどにくべて、水を汲んで釜に移し、火を...沐浴の秘儀-2

  • 沐浴の秘儀

    ◎オームmeditationパラマンサ・ヨガナンダによるとパタンジャリは、クリヤ・ヨーガについて『クリヤ・ヨーガは肉体の訓練と、精神の統御と、オームに対する瞑想より成る』(あるヨギの自叙伝/パラマンサ・ヨガナンダP244から引用)(ヨーガ・スートラ二章一節)と説明していると述べる。ここのオームのところは、他のヨーガ・スートラでは、至高の存在とか自在神とか訳されているが、パラマンサ・ヨガナンダは、オームに対しことさらに神の創造の言葉、神の存在を証明する証人という重要な位置づけを与えている。パラマンサ・ヨガナンダは、オームは冥想初心者でも実際に聞くことのできる音声だとするが、彼の師ユクテスワは、オームによる沐浴の意義を強調。道教の大立者呂洞賓は、沐浴の秘儀を明かしていないほどに重要なポイントであることがわかる。沐浴の秘儀

  • 生命の木とアップルの秘密

    ◎りんごの実を食べる旧約聖書の創世記。エデンの園の中央には、二本の木が生えている。一本は知恵の木で、もう一本は生命の木。知恵の木とは善悪を知る木であり、神が食べることを禁じた。この木の実がリンゴであり、蛇がイブに勧め、更にイブに勧められたアダムがこの知恵のリンゴを食べて、人間に生と死が発生することになった。これがappleの齧られた林檎。ユクテスワの説明では、生命の木とは人間の身体のこと。脊髄は木を逆さにしたようなもので、頭髪が根、知覚、運動両神経が枝にあたる。この神経系統の木には、視覚聴覚嗅覚味覚触覚の五感というおいしい実がなっている。人間はこれらの果実を自由に楽しんでよいが、ただ性の経験だけは、つまり肉体の園の中央にあるりんごの実を食べることだけは禁じられていた。(参照:あるヨギの自叙伝/パラマンサ・ヨガナ...生命の木とアップルの秘密

  • ネガティブ予言は変わるものだが

    ◎願掛けでも、反戦キャンペーンでもなくネガティブ予言専門ブログみたいなものがあって、結構人気があったりする。ネガティブ予言については当たる当たらないや、どこに住むか、どこに逃げるかばかり気になる人が多い。だが、正すべきなのは自分の心であると、まともなブログならそれを書いているものだ。だが心を正しくするということは、意外に方向性や冥想手法を見極めることが難しいのは、ご承知のとおり。ネガティブ予言は、明治時代に天理教、大本教から出され、時の政府は弾圧を行った。これが終戦後の高度成長期には、あまり話題になったことはなかったが、ノストラダムスの1999年7月の「恐怖の大王」予言が世界全体を震撼させた、今の30代以上の人には身に覚えがあるのではないか。当たり前のことだが、全世界が明日にも終わるような世界観では、一生のライ...ネガティブ予言は変わるものだが

  • 麻の葉文様からサブカルへ

    ◎日本の麻なる生活と伝統文化破壊から再興へ日本のデザインの代表的モチーフと言えば、麻の葉文様。障子の組子や襖(ふすま)に麻の葉が組まれたり描かれていることは、極々普通である。八百万の神々も大衆も夏の快適ファッションとして麻の服を好む。古神道では、大麻は罪や穢れを祓う神聖な植物。神主が祓いに用いる道具は「大麻(おおぬさ)」と呼ばれ、神事には必ず用いられる。伊勢神宮のお札(ふだ)は堂々“神宮大麻”であり、江戸時代には御師により各戸に配られた。シャーマニズムと言えば、チャネリング、神下ろしであって、世界的には、よりましが薬物摂取している例は多い。日本でも古事記の神功皇后がよりましとなってチャネリングを行っているが、トランスに入るために大麻を使う選択もあったのだろうが、そんなことは一言も古事記には入っていない。そこにこ...麻の葉文様からサブカルへ

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