アヴァンギャルド精神世界
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naitoukonanさん
ブログタイトル
アヴァンギャルド精神世界
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/naitoukonan
ブログ紹介文
冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。
自由文
本当のなつかしさ、本当のやさしさ、そういったしみじみとしたものだけが好みです。 気になるもの 錬金術、冥想、瞑想、オカルト、坐禅、気功、ヨーガ、オーパーツ、超能力、霊能力、前世記憶、PTSD、トラウマ、修験道、アトランティス、レムリア、ケルト、クンダリーニ,チャクラ、洗脳、情報操作、テレビっ子、個人主義、疎外、おひとり様、悟り世代、アセンション、無私、敬虔、清貧
更新頻度(1年)

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  • 念仏は行者のためには非行非善なり

    ◎歎異抄のその八マントラも本来言霊であるのだが、その精妙なバイブレーションの違いは、この粗雑な感性の時代ではあまり問題にはなるまいと言ったのはダンテス・ダイジ。歎異抄のその八、『念仏は行者のために非行・非善なり。わがはからひにて行ずるにあらざれば、非行といふ。わがはからひにてつくる善にもあらざれば非善といふ。ひとへに他力にして、自力をはなれたるゆゑに、行者のためには非行非善なりと云云。』南無阿弥陀仏というマントラを繰り返し唱えることで、マントラシッディに至る。やがてすべてが南無阿弥陀仏である世界を経て、辺地浄土にいる自分を確認できる。そこで更に精進修行してほんまものの極楽に進む。「わがはからひにて行じない」というのは、既に自分がないということだから、第六身体、本来の自己、アートマンを承知している境涯。辺地浄土で...念仏は行者のためには非行非善なり

  • 人口密集地の危機一髪

    ◎神を恐れる人宮城県丸森町はまだ水が引かない。丸森町はほぼ山の上にあり、東に抜けると、山元町、新地町、相馬市など海岸の町に出る。その周辺の海岸は軒並み東日本大震災で津波により被災し、丸森町にもその被災者たちが住んでいたという。千曲川も栃木、佐野もひどかった。マスコミには出ないが局地的な水害はtwitterで追うといくらでも出てくる。多摩川も無堤防の二子玉川付近でいろいろ起きたし、入間川水系は、東松山市南部で大型ショッピングが水没するなど起きた。武蔵小杉のタワーマンションの水没による、停電、断水、トイレ使用禁止、換気できないからガス使用禁止、エレベーター停止は、ほとんど全電源喪失による原発危機を思わせる。それらもさることながら、大氾濫に至らなかった人口密集地の大河川が危機一髪だったことの方も大きな問題として今後出...人口密集地の危機一髪

  • ディプログラミングとヴィパッサナー

    ◎天災と全知全能OSHOバグワンは、新時代の政治家養成法として、ディプログラミングとヴィパッサナーが必要だと主張する。一般にディプログラミングとは、共産主義やカルトに洗脳された人の頭をこちらの世俗社会側に引き戻す手法。OSHOバグワンのディプログラミングとは、それとは異なり、頭をからっぽにして真空のようにすること。まず先入観をどんどん排除して社会性を取り去っていく。カルロス・カスタネダが修行の一環として、昔の知り合いすべてを一人一人訪問して別れを告げたというのもそれの一種。禅問答も先入観を排除するという意味では似ている。そして呼吸覚醒ヴィパッサナー。釈迦もこれで悟ったというヴィパッサナー。OSHOバグワンは、その要諦を三つ挙げる。1.くつろいだ状態でいる。闘いもなく、制御もなく、集中もない。2.見守る。何でも自...ディプログラミングとヴィパッサナー

  • 水の御恩

    ◎人間は水でできている台風19号では、いつもの豪雨の2、3倍は降った。おかげで中小河川の氾濫は各所で起き、大河川の氾濫や氾濫危険も多発することとなった。政治では、昔から道路は票になるが、ダム堤防治水は票にならないと言われ、道路中心の土木建設政治が行われてきた。故に地方に行くと過疎の町村の中を多数の美田を潰した新たな高速道路ができていて唖然とさせられることがある。これも今般の水害の原因の一つではある。ところが昨今の異常気象多発により、治水の重要性が再認識されつつある。世界的な温暖化傾向に歯止めが利かなければ、今の低地・海浜文明を維持することはあまりに高コストとなり、やがて低地海浜の居住はあきらめられ、高地文明移行していくのだろう。それまでに既存文明が喪失するであろう既成インフラ、快適で安全な生活インフラの喪失は、...水の御恩

  • 米国国璽の表と裏

    ◎次の時代は「裏も表も」およそ物事には表と裏が存在する。ある説明をしながらもそうはならないケースや道筋のことを思い浮かべるというのは、表裏両方を承知している人間の習いである。米国国璽にも表と裏がある。表は合衆国独立当時の13州の星ということになっているが、生の側偏重の旧秩序の12+死の側1で合計13。これが丸く囲まれており、全体としては目である。鷲は神。片足に13本の矢、片足に平和のオリーブを持ち、戦争を司る外征国家であることを示す。口にくわえているリボンは、Epluribusunumで多から一へ。多であって個である人間には救済なく一にしか救済はない。全体としては星の国アメリカだから、13星が13の光条を引いている。以上が表の説明。裏には砂漠に立つ13段ピラミッドの上に三角に囲まれた世界を見通す目。三角は、父と...米国国璽の表と裏

  • タロットwheel of fortune

    ◎自分だけは大丈夫バイアス運命の輪の上に首を回した鷲イーグルが超然と立つ。これは、nefertariタロットの運命の輪。マルセイユ版などの一般的タロットの図柄では、鷲ではなく2頭の動物がグルグル運命の輪を回している上に立つ黒い顔をした剣を持つ有翼の動物であり、青い肌でもあるから閻魔大王、ヘルメスが連想される。回る運命の輪は有の世界。その上に超然とするのだからアートマン第六身体。有の世界は、常に善悪、正邪、美醜、貧富、長寿短命などの二元の変転を繰り返す。この時代は神を知らない人間であることが当たり前な人たちばかりで成る火星の時代、臍のマニピュラ・チャクラの時代。次の時代は神を知る人間であることが当たり前な人たちばかりで成る金星の時代、胸のマニピュラ・チャクラの時代。人間の進化とは、実に「神を知らない」から「神を知...タロットwheeloffortune

  • タロットの戦車chariot

    ◎急速に根源に回帰する出口王仁三郎は常時雲に乗って移動すると言い、今や巨大な雲に乗って日本列島に急速に近づきつつあるのは台風19号であって、日本にスーパー台風が上陸するのはほとんど初めてということで、皆戦々恐々としている。古い時代において急速に移動するものは、まず時間である。だが、急速に移動するということが真に重要な意味を持つのは、人間が根源に帰る時である。七つのボディを急速に移動していく場合、意識している場合と無意識の場合があるが、それはひたすら疾風迅雷の如くであるらしい。パエトーンと天の車の如く失敗例もある。それは急激に上昇したが、自分が耐えられなかったのだ。邯鄲の夢、黄粱一睡の夢も、それは夢ではなく、とあるのっぴきならない人生を経て、「夢」と感じて、ハイ・スピードで肉体に戻ってきたのだ。タロット・カードに...タロットの戦車chariot

  • 至誠の道はもって前知すべし

    ◎予知する時点である「今」が動く中国の四書五経の中庸で大悟覚醒した人を至誠の人と言い、その人に予知能力があることを言う。人はニルヴァーナという体験とは言えない体験を経て、六神通の超能力を得るので、将来のことを当然に予知できる。また将来のことは予知できるが、予知した時点の未来が予知したとおりにならないこともあるのも知っている。時間軸にあっては、予知する時点である「今」が動くからである。中庸から「至誠の道では、前もって予知することができる。国が将に勃興するときにはその瑞祥がある。国が将に滅亡するときには必ず禍々しい前兆がある。兆しは、各種占いに現れたり、人間たちの動作行動の動きにさえ出る。禍福が将に発生しようとするときには、善も事前に予知でき、不善も事前に予知できる。故に至誠は、神のごとし」訓読『至誠の道はもって前...至誠の道はもって前知すべし

  • 社会では鬼、自宅では神となれるか

    ◎子供たちに愛情を持って接する自分の社会的願望、ある職業に就いて成功し、大金を儲けて、社会的にも名声を得たいというのは、自己の実現ということで、現代では普通に見られる行動原理である。社会的に成功するというのは他人を蹴落とすということであって、この原理に沿えば、うわべでは笑顔ながら、他人と連続的な争闘を繰り返すことになりがちなものだ。争いのシンボルは火星であり、これがマニピュラ・チャクラに配当され、自己実現を司るが、自己実現優勢社会では、少数の勝者と大多数の敗者ばかりで、貧富の差も拡大し、ここに地獄的様相が展開する。地獄的世間において平然と勝者でありつづける人はどこか爬虫類的に見えるもの。ジョン・コールマンの陰謀論には、爬虫類人間が登場し、読者を当惑させるのだが、実際はそういうことなのだろうと思う。霊界物語の最後...社会では鬼、自宅では神となれるか

  • 二つに分離して投影する

    ◎神々の像17世紀の錬金術書cartarivincenzoのleimaginideglidei(神々の像)。この絵では、二人のやや異なる両性具有者が出現している。これは自分の似姿が投影されているのだからと見て、アストラル・プロジェクションだと主張する例もあるが、アストラル・プロジェクションも頭頂から出るのとそうでないのが知られているので、ここは当然に頭頂から出るそれなのだろう。投影の結果は、この絵では完全に二体に分離した両性具有者である。これは変性男子と変性女子。単にドッペルゲンガーと見ると先へは進まない。片方の変性男子(顔が女子)が、宇宙の支配を示す笏と作業の終了を示す鍵を持つ。何も持っていない変性女子(顔が男子)側の方がメインの求道者であり、男性の人間。変性男子側の太陽は上りつつあり、変性女子側(顔が男子)...二つに分離して投影する

  • 中国人論、韓国人論

    ◎下部3チャクラと何でもあり最近何かと話題になる、韓国人論、朝鮮人論。文末の〔併合時の日本政府から朝鮮総督府への通達〕という朝鮮人論を読んで、大半の部分が中国人と重複していることに気がついた人も多かったのではないか。なお個人的に知っている韓国人、中国人もいるが、皆君子である。世の中に中国人論、中国人の品格論は多く、いかに多くの日本人はひどい目にあってきたかということである。中国と言えば、何でもあり。人間には10チャクラあるが、下方3チャクラ(太腿、ふくらはぎ、足裏)は、現代ではほとんどつかわれないというのは、動物に属するチャクラであるから。何でもありというのは、そこを使うということであって、中国人、朝鮮人がより動物的であるというのは、そういうこと。(野口整体では、男女比較すると女性の方がより動物的だとする)第二...中国人論、韓国人論

  • 旧約聖書の大量殺戮預言

    ◎人類絶滅ビジョンと現文明を残すビジョンがせめぎ合う旧約聖書の大量殺戮預言といえば、イザヤ書第六章。ユダヤ人は、神の真意をいぶかりながら、破壊を事とする姿が描写される。石屋、猶太の先。イザヤは主から大量殺戮の指示を受けた。愚民化政策とその先の絶滅。『主はいわれた。「行って、この民に言うがよい。」「いくたびも聞け、しかし悟るな。いくたびも見よ、しかし分かるな。この民の心をかたくなにし耳を鈍く、目を暗くせよ目で見ることなく、耳で聞くことなくその心で悟ることなく悔い改めて癒されることのないために」わたしは言った。「主よ、いつまででしょうか」。主は答えられた。「町々が荒れ果てて、住む者もなく家々には人影もなく地が無人の荒野と化するまで」主は人びとを遠くへ移される。地の中央にすら見捨てられたところが多くなる。なお、そこに...旧約聖書の大量殺戮預言

  • 神なく孤独で鉄格子なき不自由な生活

    ◎本来も無きいにしえの我なれば20年かけて貧しい国家群をちょっと豊かな国にすると見せるや、その富をわが物にして以前以上の貧しい生活に落として、ネットと監視カメラで実質的に個人の自由を奪い、この世をいわば巨大な牢獄とした勢力。人はそういう生活環境下では子供も作れず、恒産なければ、子供を育てられはしないからあきらめようと考える人が増える。その結果、非正規雇用4割で、離婚率3割、生涯独身者4割と、社会全体に孤独と不自由の影が差すようになった。日本では、右肩上がり経済が死語となって三十年。国民皆貧困みたいな時代になってしまった。上海の若いOLより生活水準は下と言われるほど。それでも冥想をしようと思い立ち、特に1週間くらいの瞑想リトリートとか集中合宿みたいなものに参加する人の大半は、最近離婚した人だったり、最近失恋した人...神なく孤独で鉄格子なき不自由な生活

  • 少年がひとつかみの砂を釈迦に献ず

    ◎行為の善悪は動機の善悪で決まるちょっと悪いことをしても、お金が儲かれば、あるいはスーパーリッチ、プチリッチになれさえすればよいなどと考える人がほとんどの時代。悪いことをすれば、将来に苦しみや悲しみが起こり、善いことをすれば将来うれしいこと楽しいことが起こるという当たり前のことを信じもしないし、非科学的であって迷信だと思っている人も多い。禅の高僧が真顔で私は来世はロバに生まれるというシーンでは、カルマの法則が輪廻転生に及ぶことを言い、輪廻転生を認めないキリスト教では、煉獄、地獄に悪を積んだ人々が底溜まる。仏教では、十善として善行の典型を定めているが、その行為の外形が十善のどれかに当てはまれば、善行ということでもない。※十善:不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不両舌・不悪口・不綺語(でたらめを言わない)・不貪欲・不...少年がひとつかみの砂を釈迦に献ず

  • 世界はまもなく発狂する

    ◎オレたちは何でも都合よく考えすぎる『世界はまもなく発狂する』こんな真に迫ったことを言えるのは、OSHOバグワンだけだ。人は貧しい時には、富める者、持てる者、豊かな者がその財産を貧しい者に分配したり共有してくれるべきだと考えがちなものだ。その持たざる怨みを他にぶちまけたいのだ。ところが、しばらく経って自分が家や車や金融資産や別荘など財産を持った途端に、それを失いたくないと思い、貧しい多くの他人にそれを分配するなどはとんでもないことだなどと考え始める。オレたちは、都度自分の都合のよい方に考えがちだ。更に自分の死がその積み上げた財産を一瞬にしてふいにすると気がつくと、自分を一番殺しそうな者は他人であるから、自分の死を一瞬でも忘れるために他人を殺そうとする。他人を殺せば、誰も自分を殺せはしないと思うことで、自分の死を...世界はまもなく発狂する

  • 不躾に物をねだる

    ◎謙虚・謙譲など思わない学生清貧、無欲を奉じる真面目な修行者には、物をねだるという発想はない。饗応を受けたり、プレゼントをもらうにしても、独特の細かいルールがあり、それを守って生きているものだ。かの120歳まで生きた唐代の禅僧趙州は、超有名師家ではあったが、自室に食器を置く棚もなく、椅子の脚は折れていたが、別の棒を添えて縛って使っていた。更に近隣の人が食事をねだりに来ることもあった。こうした中、ある科挙を目指す学生がやってきた。学生『仏は衆生の願いを退けないというのは本当ですか』趙州『本当だ』学生『それでは、和尚の手にしている拄杖(しゅじょう:つえ)を頂戴したいのですが』趙州『君子は人の好んでいるものを奪わないものだ。』学生『私は君子ではありません』趙州『わしは、仏ではない。』これでは、ほとんど無駄話に堕してい...不躾に物をねだる

  • シャクティパットもいろいろ

    ◎する方もされる方も相手を選ぶべき野口整体の野口晴哉には、シャクティパットのような気を入れる愉気というのがある。野口晴哉によると、愉気は本来肉体の不調を気を入れることで回復させようという狙いのもの。ところが、世の中には、ぺらぺらしゃべるのは得意だが、ちらかっているものを片付けるのは不得手な人が沢山いて、こういう人から手を当ててもらい愉気を受けても、おしゃべりになるだけだったり、食べたいお菓子のことが気になってしまうだけだったりする。子供が歩けなかった父は子供に愉気をしていたが、愉気をすると子供が動けなくなる。野口は、父にあなたは不安を愉気しているのでおやめなさいと言った由。一方母親は、何が何でも丈夫にしてしまおうと闘争心を愉気していたので、病気と喧嘩することで病気の方も強くなり、なかなか治らなかったようだ。野口...シャクティパットもいろいろ

  • 過去1万2千年のスピリチュアリズムの骨組みが壊れつつある

    ◎言葉の変化、ボディの変化終戦の詔勅を聞いて、当時は普通に天皇陛下による敗戦の表明であったと理解されたという当時の日本人の漢文の素養の高さに驚かされる。時代劇、特に昭和30年代までに作られた時代劇では、同様の漢文と江戸時代以前の歴史の素養がないと一度聞いてもわかるまいというような漢文のせりふ回しがしばしば登場する。映画『忍びの者』もそうだし、『忠臣蔵』もそうだ。このように言葉は、時代の経過とともに全く変化を遂げてしまう。大意はわかるが微妙なニュアンスの伝わるのは、その時代の人だけなのだ。その点で文学というのは、時間のない世界から書かれたものを除けば、その時代とともにやがて打ち捨てられるものなのだろうと思う。ブログ、SNS、twitterも直に棄てられるだろう膨大な文字群だと思う。その一方、過去1万2千年のスピリ...過去1万2千年のスピリチュアリズムの骨組みが壊れつつある

  • 世界の終りのブラック・ホール

    ◎趙州録趙州は、60歳になってから各地の有名禅者に教えを請うて回った。40年間師事した南泉、そして臨済、薬山、寒山拾得等々に行脚して回った。80歳になってようやく狭い庵に居を定めそこで弟子の教化にあたって120歳で寂滅。120歳なら現代日本でも最高齢だが、唐代の平均寿命おそらく30代の時代にあっての120歳というのは、粗食で生活環境も悪い中、それだけでも驚異である。日本の天海も108歳と言われ、単なる長寿に意味あるところではないが、長寿して伝道したいという願いなかりせば、それはならなかっただろうと思う。さて当時は、世界の終わりには、すべてが崩壊して黒い穴(ブラック・ホール)になると信じられていたのだろうか、次のような問答が趙州録に残っている。『Q.世界が変じて黒い穴になると申しますが、どの路に落ちるでしょうか。...世界の終りのブラック・ホール

  • 愛は生もの

    ◎クリシュナムルティの愛の定義-2クリシュナムルティの愛の定義とは、次のようなものだ。恐怖や悲しみのある心に愛は存在しない。ところが、キリスト教では苦しむ人(義の教師)の姿を十字架につけ礼拝している。苦しみからの解放は苦しみ経由しかないと言わんばかりに。恐怖は愛ではなく、他の人や宗教や神に依存する心が愛でもない。嫉妬も愛ではなく、金や動産・不動産・貴金属を所有したり、他人を権力や脅しで支配することも愛ではない。ましてや責任や義務も愛ではない。自分を哀れに思うことが愛ではなく、愛されていない苦悩が愛ではなく、憎しみの反対語が愛でもない。愛することを実践するためのメソッドやトレーニングやシステムやマシーンや環境で、愛みたいなパフォーマンスをすることも愛ではない。その一方で、この世界では、快楽と欲望が物事の大半を占め...愛は生もの

  • 「私は神を愛している」は無意味

    ◎クリシュナムルティの愛の定義-1文明論的には、この時代を救うのは愛だとされる。自己実現の火星であるマニピュラ・チャクラから、愛の金星であるアナハタ・チャクラへの文明移行をもって、この時代の目的が達成されると神秘学徒たちは見ている。だが大半の人が、何が愛か全く見失った砂漠のような時代がこの時代であって、風水火の大三災に晒され、さらにボタンを押すだけで始まる世界戦争の危機に直面しているのもこの時代である。冥想せよとしないクリシュナムルティが愛を定義づけている。『「私は神を愛している」ということは、まったく無意味なことである。神を礼拝するのは、あなた自身を礼拝することであって、それは愛ではない。』(自己変革の方法/クリシュナムーティ/著霞ケ関書房P165から引用)このようにクリシュナムルティは、いきなりこん棒で頭を...「私は神を愛している」は無意味

  • 寒山

    ◎生活を楽しんでいるようには見えないが寒山という坊さんは、浙江省天台国清寺の西70里の寒巌という場所に隠棲していた。時々国清寺の炊事係の拾得のところに来ては食べ物を恵んでもらっていた。拾得は料理の残りを竹筒に貯めておいて、寒山が来るとそれを背負って帰らせたのだ。当の寒山は、面貌は痩せて乞食のようだった。寒山は国清寺の長い廊下をだらだらと歩きつつ、愉快そうに言い、独り言を言い、一人笑いをする。時に寺僧につかまり、罵り打たれ、追い払われる段になるとじっと立ち止まり、手を叩いて大笑いして後、立ち去ったという。統合失調症で、離人症気味だが、光明を得て生存している、いわゆる聖胎長養の時期だったのだろうと思う。社会的適応という点では問題だが、見性、見仏、あるいは即身成仏を経た直後は、そのようになるものであることが、中国の禅...寒山

  • ゾイゼが身に覚えのない不義の子の父となる

    ◎西欧社会の怖さドイツの聖職者ゾイゼは、たちの悪い信者の女が不義を犯して子供まで作っていたことをとがめた。すると女は、逆恨みして、その子供は実はゾイゼの子なのだと嘘を吹聴して回った。ゾイゼは、その噂が街で最も親しい親友2名にまで伝わり、その嘘を信じた彼らになじられ、それまで築き上げてきた聖職者としての名声が地に落ちたことに愕然とし、司教にまでバレたらまずいなどと何日も煩悶し続けた。ゾイゼは、自分は真の意味で放下できていないことの反省はしていた。この苦悩の頂点においてさる高級神霊である娘がゾイゼに現れ、この事件の首謀者の悪女やこの中傷を流した人々もまもなく死に襲われることを予言した。ほどなくかの悪女やゾイゼに対してひどい仕打ちをした人々は、不測の死を迎え、預言は成就した。この、聖者に対してfavorな終わり方は黄...ゾイゼが身に覚えのない不義の子の父となる

  • 夢告は冥想体験である

    ◎意識清明にしてこの世ならぬものに会う夢を見るというのは、明け方近く夢を見てそれを覚えているケースや、正夢、逆夢などと睡眠中に夢を見るということはあり、そうした中で未来の予知夢などもある。ここでは、そうした本物の夢のことは言わない。求道者の伝記や伝説などをみると、洋の東西と問わず、翻訳者や学者さんが『夢告』と平気で訳しているものだから、私も本当に夢告と信じていた。だが、本当は、睡眠に入って夢を見た夢告ではないと思われるのがいくつかある。それは次のようなものであって、おそらくは冥想体験なのだ。1.崇神天皇は、又疫病が流行して、沢山の死者が出続けることに苦悩し、真っ暗な神床で、連日の冥想を続けたところ、何日目かに大物主神を崇敬すれば、国家は安寧となるという夢告を得た。2.親鸞は、19才の時に、法隆寺参詣の帰途、大阪...夢告は冥想体験である

  • 白髪頭の子を産む

    ◎言葉も論理も越えたもの『女神イシスの全体像や、その多面にわたる意義の総体を合理的に理解しつくすことはできない。ある元型が包含する意味を言葉で言いつくすことは不可能だからである。』(男性の誕生『黄金のろば』の深層M.‐L.フォン・フランツ/著紀伊国屋書店P224から引用)父なる全能の神ラーは地母神イシスと結婚して、ラーの生まれ変わりを生む。これを指して人類学者は近親相姦だと言ったりするが、仏教的には、法身がラーであり、応身はイシスで、報身は再生した赤子のラー。これはキリスト教の三位一体とパラレルであり、洋の東西、宗派を問わず、見る目のある人にはそう映っていたということ。出口王仁三郎の弥勒三会もそういう構造。地母神イシスは、母にして、完全な人間を出現させる媒介・刺激であり、世界の王と結婚する世界の女王であり、ラー...白髪頭の子を産む

  • 逆さ吊りになっていない「吊るされた男」

    ◎シャクティパット金ラメのNefertariタロットの「吊るされた男」は、逆さ吊りされていないので、破格である。「吊るされた男」の正位置、逆位置などとして意味を採る人には困ったことになる。22枚の大アルカナの順序でいえば、「吊るされた男」は「死」という全体の直前であり、個の極みという位置にある。それからすると、逆転してもらわないと話は進まないのだが。この図案は、神が人の頭を王笏かこん棒で叩こうとしているか、あるいはシャクティパットをしている図と見える。シャクティパットとは何か。シャクティパットには2説あって、ダンテス・ダイジは口を切るだけという説明であり、OSHOバグワンは、何らかのエネルギーを注ぎ込むという説を採る。オウム真理教では、1回30万円でシャクティパットを教祖がやっていて、初期には受けた弟子がその効...逆さ吊りになっていない「吊るされた男」

  • 錬金術の両性具有なる賢者の石

    ◎王と女王の結婚最近出た金ラメのタロットカードNefertari。これにも王と女王がペアであり、ご丁寧なことに教皇と女教皇もペアになっており、否が応にも両性具有の重要さを意識させられる。『西洋の錬金術師たちは、中国の内丹家のように冥想により王と女王が結婚し、両性具有者が誕生するといイメージこそ「賢者の石」であるとして体験していた。というのは一部の錬金術師たちは、賢者の石のことをグロリファイド・ボディつまり栄光の体と呼んでいた。一般にグロリファイド・ボディとは磔刑を経て復活したキリストの身体のこと。』(『』内出典:分析心理学におけるクンダリーニ・ヨーガの意義/老松克博(クンダリーニ・ヨーガの心理学C.G.ユング)P13)グロリファイド・ボディとは、コーザル体なのかアートマンなのかという議論がある。死を経るというこ...錬金術の両性具有なる賢者の石

  • 天皇家の守護神としての大物主神

    ◎伊勢神宮との競合三輪山の神(大神神社)である大物主神は、『山王神道の研究/菅原信海P11』によれば、日本の都が飛鳥にあった頃から天皇家の守護神だったらしい。額田王の奈良から近江へ遷都する際に歌った次の歌にも当時の宮廷人の三輪山への崇敬が見てとれる。『味酒三輪の山あをによし奈良の山の山の際にい隠るまで道の隈い積るまでにつばらにも見つつ行かむをしばしばも見放けむ山を情なく雲の隠さふべしや』(大意:なつかしい三輪山よ。この山が奈良の山々の間に隠れてしまうまで、また行く道の曲がり角が何個も後ろに積もり重なるまで、たっぷりと眺めていきたい山であるものを、たびたび振り返っても見たい山であるものを、無情にもあんなに雲が隠してしまってよいものだろうか)かくして794年京都に遷都。これは最澄在世の時であったが、最澄が比叡山に三...天皇家の守護神としての大物主神

  • ダンテス・ダイジ 高弟へのアドバイス-2

    ◎クンダリーニ・ヨーガは表ダンテス・ダイジのさる高弟へのアドバイスから(続)。『摩可般若心経表版(クンダリーニヨーガ)苦あるが故に不可知あり、不可知あるが故に多様多元の全体者ここに目覚めている。中心が多様多元として現れているが故に中心自身の目覚めは大いなる空の戯れとして戯れている。』ここでは、不可知は苦の対極ではなく、苦でも楽でもない別次元として到来していると見る。苦も有の世界。有の世界から眼を背けないまま、死をも生をも包含して、見た場合、そこに不可知があるということなのだろう。その不可知こそ、多様多元の多様多元の全体者が目覚めていることだとする。ここで既に個の視点はないが、宇宙の中心自身の目覚めこそが、大いなる空の戯れという、世界遊戯、リーラという、時間も空間も物質も含めた転変化々する現象世界の夢幻性を自証し...ダンテス・ダイジ高弟へのアドバイス-2

  • 大物主神、レディの秘所を突く-3

    ◎古事記の天国と地獄の結婚-4さてこのように大物主神と人間の娘との間に生まれた娘の名は富登多々良伊須々岐比売命(ホトタタライススギヒメノミコト)。出口王仁三郎の説明では、この名の言霊は真空之全体である。日本の名は実の極みであって、名は実体を指し示す記号に過ぎないなどということはない。日本人の声は有機物であって、外国人の声は無機物であって記号、シンボルに過ぎないと、日本語の発声の優秀性を主張する。以下出口王仁三郎の言霊説明。『ホは太陽の明也、上に顕る也。トは十也、治る也。タは常に治り静る也。タは身を顕し居る也。ラは極乎として間断無き也。イは治而無為也。スは集中也、真中真心也。スは垣無く無為也。ギは天津御祖の真也。ヒは大慈大悲の極也。メは地球を含む物の天と云ふ也。ミは産霊の形を顕す也。コは極微点也。トは一切を能く結...大物主神、レディの秘所を突く-3

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