searchカテゴリー選択
chevron_left

カテゴリーを選択しなおす

カテゴリーのご意見・ご要望はこちら
cancel
プロフィール
PROFILE

jf0rakさんのプロフィール

住所
上田市
出身
上田市

自由文未設定

ブログタイトル
旅と歴史
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/ogino_2006
ブログ紹介文
全国各地の遺跡を神社仏閣を中心にご紹介します。
更新頻度(1年)

359回 / 365日(平均6.9回/週)

ブログ村参加:2013/06/15

本日のランキング(IN)
読者になる

新機能の「ブログリーダー」を活用して、jf0rakさんの読者になりませんか?

ハンドル名
jf0rakさん
ブログタイトル
旅と歴史
更新頻度
359回 / 365日(平均6.9回/週)
読者になる
旅と歴史

jf0rakさんの新着記事

1件〜30件

  • 長谷寺本坊中雀門

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺本坊にある中雀門は江戸時代後期の明和3年(1766)の建築です。切妻造り、本瓦葺き、一間薬医門です。左右に袖塀が附属しています。平成26年(2014)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/長谷寺本坊中雀門

  • 長谷寺本坊大玄関庫裏

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺本坊の大玄関と庫裏は平成26年(2014)に国の重要文化財に指定されています。木造、本瓦葺きで、建築面積は529.66平方mです。北面には唐破風造りの玄関と切妻造り玄関があります。東面には北渡廊下と中央渡廊下が附属しています。南面にも渡廊下が附属しています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/長谷寺本坊大玄関庫裏

  • 長谷寺本坊大講堂

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺本坊は事相、教相の根本道場です。寛文7年(1667)に徳川家の寄進で建てられましたが、明治44年(1911)の大火災で焼失しました。大講堂は大正8年(1919)に再建された建物です。木造、本瓦葺き、建築面積は590.05平方mです。西面に渡廊下があり、南面には板塀が附属しています。平成26年(2014)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/長谷寺本坊大講堂

  • 長谷寺仁王門

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺仁王門は長谷寺の入口です。両脇には仁王像(金剛力士像)が安置されています。平安時代の一条院(在位986-1011年)の頃に建立されました。その後、度々火災に遭い、現在の門は明治18年(1885)に再建された建物です。しかし古来そのままの様式美と堂々たる構えを備えています。上部に掲げられた「長谷寺」の額字は後陽成天皇(在位1586-1611年)の筆です。三間一戸の楼門で、入母屋造り、本瓦葺きです。2階には、釈迦三尊十六羅漢が祀られています。昭和61年(1986)に国の重要文化財に指定されています。平成29年(2017)3月に1年半の保存修理工事を終えています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japa...長谷寺仁王門

  • 長谷寺登廊 (下登廊)

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺登廊(下登廊)は間口41間、奥行1間、単層、切妻造り、本瓦葺きの建物で、北端は繋屋につながっています。南端は唐破風造りです。明治22年(1889)に再建された建物です。昭和61年(1986)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/長谷寺登廊(下登廊)

  • 長谷寺登廊 (繋屋)

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺登廊(繋屋)は間口1間、奥行1間、単層、切妻造り、桟瓦葺きの明治22年(1889)に再建された建物です。昭和61年(1986)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/長谷寺登廊(繋屋)

  • 長谷寺登廊 (中登廊)

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺登廊(中登廊)は蔵王堂と繋屋の間の登廊です。間口16間、奥行1間、単層、切妻造、本瓦葺きで、明治22年(1889)に再建された建物です。昭和61年(1986)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/長谷寺登廊(中登廊)

  • 長谷寺登廊 (蔵王堂)

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺登廊(蔵王堂)は間口3間、奥行1間、単層、寄棟造り、本瓦葺きです。蔵王堂に祀られている蔵王権現は吉野の金峯山寺の本尊で、吉野からこの地まで渡ってきたとの話が残されています。長谷寺登廊(蔵王堂)は昭和61年(1986)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/長谷寺登廊(蔵王堂)

  • 長谷寺登廊 上登廊

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺登廊の上登廊は鐘楼と蔵王堂の間の登廊です。間口18間、奥行1間、単層、両下造り、本瓦葺きで、江戸時代前期の慶安3年(1650)の建築です。昭和61年(1986)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/長谷寺登廊上登廊

  • 長谷寺三百餘社

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺の三百餘社(さんびゃくよしゃ)は一間社春日造り、銅板葺きの社殿です。江戸時代前期の慶安3年(1650)の建築です。昭和61年(1986)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/長谷寺三百餘社

  • 長谷寺鐘楼

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺の鐘楼は高所に梵鐘があることから「尾上(おのえ)の鐘」とも称されます。その梵鐘には「文亀元年(1501)」の銘が刻まれています。鐘楼は江戸時代前期の慶安3年(1650)に建てられています。間口1間、奥行1間、楼造り、屋根は入母屋造り、本瓦葺きです。昭和61年(1986)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/長谷寺鐘楼

  • 長谷寺繋廊

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺の繋廊(つなぎろう)は江戸時代前期の慶安3年(1650)に建てられています。間口3間、奥行1間、単層、切妻造り、本瓦葺きで、東側が鐘楼につながっています。昭和61年(1986)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/長谷寺繋廊

  • 長谷寺本堂

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺本堂は奈良時代の創建後、室町時代の天文5年(1536)までに7回も焼失したそうです。豊臣秀長の援助で天正16年(1588)に新しい堂が竣工しました。現存する本堂は徳川家光の寄進を得て、正保2年(1645)から工事に取り掛かり、5年後の慶安3年(1650)に落慶したものです。本堂には、本尊十一面観世音菩薩が祀られています。正堂(しょうどう)と礼堂(らいどう)からなる双堂(ならびどう)といわれる形式で(相の間を挟んでいます)、本堂は間口7間25.9m、奥行4間27.1mと大きな建物です。単層、入母屋造りで本瓦葺き、正堂は一重裳階(もこし)が付いています。相の間と礼堂は清水寺本堂と同じ懸造(かけづくり)で、間口4間、奥行9間、単層、入母屋造り、妻入、本瓦葺きです。...長谷寺本堂

  • 長谷寺

    奈良県桜井市初瀬に長谷寺(はせでら)があります。長谷寺(はせでら)は、山号を豊山神楽院と称し、真言宗豊山派(ぶざんは)の総本山です。西国三十三箇所観音霊場の第8番札所で、日本でも有数の観音霊場として知られています。檀信徒は200万人といわれ、「花の御寺」として有名です。寺伝によれば、天武朝の朱鳥元年(686)、道明上人が初瀬山の西の丘(現在、本長谷寺と呼ばれている場所)に三重塔を建立、続いて神亀4年(727)、徳道上人が東の丘(現在の本堂の地)に本尊十一面観音像を祀って開山したといわれています。長谷寺は平安時代中期以降、観音霊場として貴族の信仰を集めました。万寿元年(1024)には藤原道長が参詣しています。また「枕草子」、「源氏物語」、「更級日記」など多くの古典文学にも登場しています。長谷寺は東大寺(華厳宗)の...長谷寺

  • 天皇神社本殿

    奈良県天理市備前町に天皇神社(てんのうじんじゃ)があります。天皇神社本殿は檜皮葺きの一間社春日造りの社殿で、室町中期の応永3年(1396)に建てられています。室町時代の特徴をよく残しています。殿内に薬師如来、大梵天、牛頭天皇、天満天神を奉安しています。本殿は大正4年(1915)に国宝になりましたが、昭和25年(1950)に国の重要文化財に指定し直されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/天皇神社本殿

  • 天皇神社

    奈良県天理市備前町に天皇神社(てんのうじんじゃ)があります。天皇神社は旧備前庄の鎮守社で、素戔嗚尊(すさのうのみこと)を祀っています。天皇とは牛頭天王を指しています。文永9年(1272)の創始と伝えられています。天皇神社の本殿は周防国上野寺の住侶頼秀(じゅうりょよりひで)が諸国巡歴中、本社に参拝し、社殿の荒廃を悲しんで、応永3年(1396)に自らが願主となり、藤井一家の大工を催促して造立したもので、国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/天皇神社

  • 崇神天皇陵

    奈良県天理市柳本町に崇神天皇陵(すじんてんのうりょう)があります。長岳寺のすぐ南に大和朝廷の祖ともいわれる崇神天皇の陵があります。行燈山(あんどんやま)古墳をはじめとする柳本古墳群の中にあります。崇神天皇陵は正式には山邊道勾岡上陵(やまのべのみちのまがりのおかのえのみささぎ)といい、全長約240mの前方後円墳です。崇神天皇は、「古事記」「日本書紀」に記される第10代天皇です。天皇陵としては最も古いものとされ、古墳の前方には天神山古墳や、アンド山古墳など、陪塚とみられる小さな前方後円墳もあります。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/崇神天皇陵

  • 長尾神社

    奈良県奈良市阪原町に長尾神社があります。長尾神社は南明寺の北800m付近の周囲を水田に囲まれた森の中に建てられています。この地方の氏神として崇敬されされ、祭神には饒速日尊命(にぎはやひのみこと)と神速日命(はやあきひのみこと)を祀り、庶民安楽と五穀豊饒を神徳としています。悪病を退散させる守護神として名高く、人々が恐れる「ウルシ」の生木の箸で食べられたということから、今も神饌物に「ウルシ」の箸を添えてお供えをしています。正面には金春流の能舞台の原形を残している拝殿があり、その奥に国指定重要文化財の本殿があります。、下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/長尾神社

  • 夜支布山口神社立磐神社本殿

    奈良県奈良市大柳生町に夜支布山口神社(やぎうやまぐちじんじゃ)があります。夜支布山口神社の摂社である立磐(たていわ)神社本殿は神野宮大明神と呼ばれていました。享保12年(1727)に造り替えられた春日大社の第四殿を、延享4年(1747)に、ここに移したものです。檜皮葺きの一間社春日造りで、昭和28年(1953)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/夜支布山口神社立磐神社本殿

  • 夜支布山口神社

    奈良県奈良市大柳生町に夜支布山口神社(やぎうやまぐちじんじゃ)があります。夜支布山口神社は大柳生の氏神で、平安時代の延喜式にもあらわれている古社です。嘉祥3年(850)に従五位下に叙せられ、貞観元年(859)には正五位上になり、「文徳実録」「三代実録」にも名が出てきます。この神社には、一年交代で集落の長老の家に神様の分霊をむかえる「回り明神」という、行事があり、700年の伝統をもつ大柳生の太鼓踊りが奉納されます。摂社の立磐神社は、古くからこの地に鎮座し、巨石を御神体としてきましたが、のちに春日大社社殿を賜り国重文に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.co...夜支布山口神社

  • 南明寺

    奈良県奈良市阪原町に南明寺(なんみょうじ)があります。医王山南明寺は真言宗御室派のお寺で、奈良市の中心部から柳生の里へ通じる柳生街道沿いにあります。寺伝では敏達天皇4年(575)、百済の僧によってこの地に営まれた「槇山千坊」の一坊を移したと伝えられています。かつては多くの堂塔がある大寺であったようです。本堂に安置されている本尊木造薬師如来坐像、木造釈迦如来坐像、木造釈迦如来坐像はいずれも国指定重要文化財で、一木造漆箔で、平安時代中期に造られています。本堂より古いもののため、他から移されたものと考えられています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/南明寺

  • 八坂神社本殿

    奈良県奈良市大慈仙町に八坂神社があります。八坂神社本殿は春日大社若宮の社殿を移築したものといわれています。一間社流造り、厚板段葺きの社殿で、様式、手法から室町時代末期の建立とみられています。国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/八坂神社本殿

  • 八坂神社

    奈良県奈良市大慈仙町に八坂神社があります。八坂神社はかつては牛頭天王社と呼ばれ、祭神は素戔嗚命です。創建などは明らかではありませんが、昔、この地にあった大慈仙薬師寺の鎮守社であったといわれています。明治初年、ここに鎮座していた下の宮に上の宮(八柱神社)が合併しています。社地は生け垣で囲まれ、正面中央に能舞台のような拝殿が建てられています。奥の一段高い境内に塀が廻り、その中に本殿と脇社が建てられています。右脇には八柱神社、稲荷神社があります。本殿は国指定重要文化財です。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/八坂神社

  • 久米寺多宝塔

    奈良県橿原市久米町に久米寺(くめでら)があります。久米寺の多宝塔は栩葺きの、三間多宝塔です。万治2年(1659)に京都の仁和寺から移し、昔の多宝塔の旧跡に建てたもので、江戸前期の元和から万治年間(1615-1660)頃の建物です。初重四方の扉に護方八方天を描き、胎蔵界大日如来を祀っています。昭和51年(1976)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/久米寺多宝塔

  • 久米寺

    奈良県橿原市久米町に久米寺(くめでら)があります。霊禅山久米寺は真言宗御室派の古刹で、正式には霊禅山東塔院久米寺と称します。久米仙人の伝説で知られています。推古天皇の勅願により、用明天皇の皇子・聖徳太子の弟である来目皇子(くめのおうじ)によって飛鳥時代の594年に建立されたといわれています。創建のきっかけは、七歳の時に眼病を患った来目皇子が、この地で治癒祈願し全快した御礼だったとされ、本尊の薬師如来像にお願いすると眼病に霊験があるとされています。本堂には本尊薬師如来坐像を安置し、観音堂には久米仙人坐像が安置されています。延暦年間(782-805)に久米寺を詣でた空海は塔の中で大日経を感得し、密教の妙機を知り、唐に渡って修行しました。帰国後、空海は真言宗を開いたので、この寺は真言宗発祥の地といわれています。多宝塔...久米寺

  • 入鹿神社本殿

    奈良県橿原市小綱町(しょうこちょう)に入鹿神社(いるかじんじゃ)があります。入鹿神社の本殿は檜皮(ひわだ)葺きの一間社春日造りで、室町時代の風格がある江戸初期の頃の建物です。神舎は丸柱、柱上に三斗を組み、背面を除く頭貫桁間に中世風の面影を残す蟇股を置いています。蟇股(かえるまた)肘木(ひじき)の中に丹精に彩色された彫刻が施されています。昭和55年(1980)に橿原市の有形文化財として指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/入鹿神社本殿

  • 入鹿神社

    奈良県橿原市小綱町(しょうこちょう)に入鹿神社(いるかじんじゃ)があります。入鹿神社は正蓮寺(しょうれんじ)の隣にあります。正蓮寺は明治の廃仏毀釈により廃絶することになった普賢寺を引き継いでいます。入鹿神社は普賢寺の鎮守社であったと伝えられています。日本で唯一、蘇我入鹿の木造坐像を神体としている神社です。蘇我入鹿は逆臣説が日本史の通説となっていますが、飛鳥に南淵請安が開いた塾で中臣鎌足を除いて蘇我入鹿公の右に出る者はいないといわれたほど頭がよかったそうです。そのため学業成就の神として崇敬されているそうです。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/入鹿神社

  • 正蓮寺大日堂

    正蓮寺大日堂は間口3間、奥行3間、単層、寄棟造り、本瓦葺きで、室町時代後期の文明10年(1478)に建てられています。前面1間を礼拝堂とし、後方2間の内陣後方よりに4本の柱に囲まれた厨子を設け本尊を安置しています。昭和18年(1943)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/正蓮寺大日堂

  • 正蓮寺

    奈良県橿原市小綱町に正蓮寺(しょうれんじ)があります。正蓮寺はもとは佛起山(ぶっきざん)普賢寺(ふげんじ)といわれていました。江戸時代末期に、普賢寺は今井を中心として南大和に勢力を張っていた浄土真宗に圧倒され衰退しました。明治の廃仏毀釈により普賢寺が廃絶することとなり、正蓮寺(しょうれんじ)に管理が引き継がれました。昭和30年(1955)から1年半かけて解体修理が行われ、建立当時の姿に復元されました。本尊の大日如来坐像は、鎌倉時代の作で、木造漆箔、高さ1.34mです。大日堂の本堂とともに国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/正蓮寺

  • 人磨神社石碑

    奈良県橿原市地黄町に人磨神社(ひとまろじんじゃ)があります。境内に人麻呂が詠んだ歌が刻まれています。秋山の黄葉(もみじ)を茂み迷いぬる妹(いも)をもとめむ山道(やまぢ)知らずも秋の山のもみじがあまりに茂っているので迷い入ってしまったいとしい女性を探し求める山道がわからないことだ下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/人磨神社石碑

カテゴリー一覧
商用