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jf0rakさんのプロフィール

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上田市
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上田市

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ブログタイトル
旅と歴史
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/ogino_2006
ブログ紹介文
全国各地の遺跡を神社仏閣を中心にご紹介します。
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2013/06/15
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jf0rakさんの新着記事

1件〜100件

  • 銘延房の太刀

    東京都千代田区永田町に日枝神社(ひえじんじゃ)があります。日枝神社が所蔵する刀剣は歴代の将軍より奉納されたものです。5代将軍綱吉が奉納した「銘延房の太刀」は国の重要文化財に指定されています。この刀は宝物館に展示されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/銘延房の太刀

  • 日枝神社

    東京都千代田区永田町に日枝神社(ひえじんじゃ)があります。日枝神社は武蔵野開拓の祖神・江戸の守護神として山王宮を祀っています。文明10年(1478)、太田道灌が江戸に築城するにあたり鎮護の神として勧請しました。天正18年(1590)、徳川家康が江戸城に居城するにあたり、徳川家の産土神としたことから江戸の市民に親しまれてきました。祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)といい、古事記に登場する神話の神です。日枝神社の神使は古くより猿といわれていて、夫婦円満・殖産繁栄の神としても参拝者の信仰を受けています。また江戸三大祭りの一つ「山王祭」も有名です。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.f...日枝神社

  • 日比谷公園

    東京都千代田区に日比谷公園(ひびやこうえん)があります。近代日本文化の流れに起こった文明開化のあおりを受け、外国に負けない都市のシンボルとして日比谷公園は造られました。周辺には参謀本部や鹿鳴館、そして帝国ホテルと、豪華な洋風建築物が建ち並んでいました。日比谷見附の跡の石垣があります。江戸城外郭城門の一つで、日比谷御門の一部でした。園内北東部の心字池は江戸城に連なっていた堀の名残りです。日比谷公園造成の時に禅宗の日本庭園である「心」の字をくずした形で造られました。ここが「日比谷」といわれるようになったのは江戸時代です。当時はこのあたりまで海で海苔や牡蠣などを養殖する人々がいたそうです。海苔を育てるため海中に立てる道具を「ひび」と呼んだことから「ひびや」という地名がついたそうです。家康の時代、ここは徳川の領地となり...日比谷公園

  • 湯島天満宮

    東京都文京区湯島に湯島天満宮(ゆしまてんまんぐう)があります。湯島天満宮は江戸時代より梅の名所として有名です。雄略天皇2年(458)、雄略天皇の勅命により天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)を祀る神社として創建されたと伝えられています。天之手力雄命は戸隠神社の主祭神で、天照大神が隠れた天岩戸を無双の神力でこじ開けた神様です。南北朝時代の正平10年(1355)、、湯島の郷民の請願により菅原道真を勧請して合祀しました。一時衰退しましたが、太田道灌が再興し、天正19年(1591)には徳川家康から朱印地5石を与えられています。菅原道真を祭るこの神社は、学問の神様として別名湯島天神としても広く知られています。江戸時代には谷中感王寺(天王寺)、目黒不動と並び「江戸の三富」と呼ばれ、幕府公認の富くじ(富突き)を発行しまし...湯島天満宮

  • 湯島聖堂

    東京都文京区湯島に湯島聖堂(ゆしませいどう)があります。元禄3年(1690)、5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟です。もともとは寛永9年(1632)、徳川幕府の政治顧問であった林羅山が上野忍が岡(現在の上野公園)に建てた孔子廟「先聖殿」を移築したものです。綱吉は先聖殿を「大成殿」と改称し孔子像と四賢像を安置し、またそれに付属する建物をひっくるめて「聖堂」と総称しました。建物全体は朱塗りにして青緑に彩色したと記録に残されています。聖堂の西側に御成殿や学寮が設けられました。老中松平定信は寛政の改革を通じて、聖堂は林大学頭家の施設であることから脱し、幕府の教育機関としての性格を強くさせていきました。そして、寛政9年(1797)聖堂及び林家の学塾は幕府に収公されて、以後「昌平坂学問所」と称し幕臣教育を受け持つこと...湯島聖堂

  • 東京ドーム

    東京都文京区後楽に東京ドームがあります。東京ドームは昭和63年(1988)3月に竣工されました。面積は115200平方mで日本で初めて造られた全天候型多目的ドーム施設です。内外の圧力差によって自立する、空気膜構造になっています。読売ジャイアンツのホームグラウンドですが、コンサートや様々なイベント会場として親しまれています。ドームシティは地上43階建ての超高層ホテル東京ドームホテル、天然温泉施設LaQua、東京ドームアトラクションズなどアミューズメントスポットして人気があります。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東京ドーム

  • 六義園

    東京都文京区本駒込に六義園(りくぎえん)があります。六義園は元禄15年(1702)、5代将軍徳川綱吉のお側用人だった柳沢吉保が7年もの歳月をかけて築園しました。六義園は吉保の文学的造詣の深さを反映した、繊細で温和な日本庭園です。小石川後楽園とともに江戸の二大庭園に数えられています。庭園の名称は、中国の古い漢詩集である「毛詩」の詩の六義、すなわち風・賦・比・興・雅・頌という分類法を、紀貫之が転用した和歌の「六体」に由来します。約2万7千坪の敷地の中にさまざまな景勝を取り込んだ日本式の回遊式山水庭園です。中之島を有する大泉水を樹林が取り囲み、紀州和歌の浦の景勝や和歌に詠まれた名勝の景観が八十八境として映し出されています。六義園は大和郡山藩柳沢家の下屋敷として明治維新を迎えました。明治になり三菱創設者の岩崎弥太郎の別...六義園

  • 根津神社透塀

    東京都文京区根津に根津神社(ねづじんじゃ)があります。透塀とは社殿周囲を囲んでいる塀で、格子部より向こう側が見えることからこのように呼ばれます。総延長200mもあります。唐門東方は34間、唐門西門間21間、西門北方は長53間あり、銅瓦葺きです。昭和31年(1956)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/根津神社透塀

  • 根津神社青銅灯篭

    東京都文京区根津に根津神社(ねづじんじゃ)があります。拝殿前に一対ある青銅灯篭は伊勢国津藩の第5代藩主・藤堂和泉守高敏が奉納したものです。鋳物御大工椎名伊豫藤原重休の銘が残されています。昭和6年(1931)に国の重要文化財に指定されています。そばには大正元年(1912)に建立された狛犬があります。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/根津神社青銅灯篭

  • 根津神社西門

    東京都文京区根津に根津神社(ねづじんじゃ)があります。根津神社の西門は銅瓦葺きの、棟門で、宝永3年(1706)に建立されています。昭和31年(1956)に国の重要文化財に指定されています。透塀と調和しています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/根津神社西門

  • 根津神社楼門

    東京都文京区根津に根津神社(ねづじんじゃ)があります。根津神社の楼門は宝永3年(1706)に建立されています。3間1戸楼門、入母屋造り、桟瓦葺きです。左右に随身が安置されていま。右側の随身は水戸光圀がモデルと伝えられています。昭和31年(1956)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/根津神社楼門

  • 根津神社唐門

    東京都文京区根津に根津神社(ねづじんじゃ)があります。根津神社の中門は神社の正門にあたります。宝永3年(1706)に建立された唐門です。1間1戸平唐門で、銅瓦葺きです。両妻に唐破風を備えています。天井には、藤原立信の墨江の龍が画かれていたそうです。根津神社唐門として昭和31年(1956)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/根津神社唐門

  • 根津神社本殿,幣殿,拝殿

    東京都文京区根津に根津神社(ねづじんじゃ)があります。根津神社の本殿は間口3間、奥行3間、1重、入母屋造り、銅瓦葺きです。幣殿は間口4間、奥行1間、1重、両下造り、銅瓦葺きです。拝殿は間口正面7間、背面9間、奥行3間、1重、入母屋造り、正面千鳥破風付、向拝3間、軒唐破風付、銅瓦葺きです。内部の長押には、森村宣永画伯奉納の三十六歌仙画が掛かっています。根津神社の本殿、幣殿、拝殿は宝永3年(1706)に建立され、昭和6年(1931)に国の重要文化財に指定されています。昭和20年、米軍の東京空襲により本殿に焼夷弾が命中して炎上、幣殿、拝殿も延焼しました。昭和25年(1950)から12年を費やして大修理して昔と変わらない荘厳な姿を見せています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.j...根津神社本殿,幣殿,拝殿

  • 根津神社

    東京都文京区根津に根津神社(ねづじんじゃ)があります。根津神社は、1900年ほど前に日本武尊が千駄木に創祀したといわれている古社で、「根津権現」とも呼ばれていました。東京十社に入っており、明治時代には准勅際社・府社に列格していました。本殿、幣殿、拝殿、唐門、楼門、西門、透塀が国の重要文化財に指定されています。文明年間(1469-1487)に太田道灌により社殿が造営されました。現在の根津神社の地は、江戸時代には5代将軍綱吉の兄である甲府中納言・松平綱重の山手屋敷(別邸)で、6代将軍綱豊(家宣)が生まれたところでした。宝永2年(1705)、将軍綱吉は養嗣子にした家宣のための産土神として根津神社に屋敷地を献納しました。翌年、千駄木にあった根津神社をこの地に移し、社領500石を与え、拝殿・本殿と両者を接続する幣殿(相の...根津神社

  • 旧磯野家住宅

    東京都文京区小石川に旧磯野家住宅(きゅういそのけじゅうたく)があります。旧磯野家住宅は、実業家の磯野敬が大正元年(1913)に建てた住宅です。車寄を備えた平屋建の書院棟、3階建の応接棟、平屋建の旧台所棟などから構成されています。屋根は銅板葺で、外壁にも銅板を張っています。表門は大正2年(1913)に建てられました。尾州檜の太い丸太材を柱に用いた四脚門です。主屋と表門は平成17年(2005)に国の重要文化財に指定されています。旧磯野家住宅は、東京に残る数少ない明治末期から大正初頭にかけての邸宅建築の一つです。現在は旧古河庭園内にある大谷美術館(旧古河邸本館)が管理していて、春と秋に見学会が開催されます。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一...旧磯野家住宅

  • 旧東京医学校本館

    東京都文京区白山に小石川植物園(こいしかわしょくぶつえん)があります。旧東京医学校本館は昭和44年(1969)にこの小石川植物園内に移築されました。翌年の昭和45年(1970)には国の重要文化財に指定されています。旧東京医学校本館は明治9年(1875)に完成しました。建築面積430.6平方mで、木造2階建で、明治政府が諸官庁の建築工事を管掌させた工部省営繕局の設計です。桟瓦葺きで、正面玄関や半八角形の車寄せがあり、中央部には塔屋が付いています。明治10年(1876)、東京医学校と東京開成学校を毋胎とした東京大学が発足してからは、帝国大学医科大学本館となりました。その後、史料編纂掛、大学営繕課、施設部庁舎などに使用されました。大学発祥の由緒を持つ建物として、学校教育史上非常に価値があります。下記のサイトにもお立ち...旧東京医学校本館

  • 小石川植物園

    東京都文京区白山に小石川植物園(こいしかわしょくぶつえん)があります。小石川植物園は東京大学理学部附属植物園小石川本園といいます。前身は徳川幕府直轄の小石川御薬園です。5代将軍綱吉がまだ館林藩主だった頃、白山御殿と呼ばれる下屋敷があったところです。貞享元年(1684)、この地に幕府の薬草園の小石川御薬園が造られました。8代将軍吉宗の時にほぼ現在と同じ規模に拡大され、享保7年(1722)には山本周五郎の小説赤ひげ診療譚の舞台となっ小石川療養所が併設されました明治維新後は薬園は東京府、その後文部省の管轄となり、明治4年(1871)に小石川植物園となりました。明治10年(1877)、東京帝国大学の所管となりました。16万1千平方mの園内には、約4千種の植物が植えられています。敷地内には旧東京医学校本館が移築保存されて...小石川植物園

  • 小石川後楽園

    東京都文京区後楽に小石川後楽園(こいしかわこうらくえん)があります。徳川御三家のひとつ、水戸藩初代藩主徳川頼房が江戸上屋敷の庭園として造園を指示、2代目藩主光圀(水戸黄門)が完成した江戸初期の代表作的庭園です。光圀は造成に当たって、明から亡命した朱舜水の意見を広く取り入れて造園を行い、豪壮にして繊細な趣のある大名庭園を完成させました。中国の名所、西湖の堤を模した切石積の石堤、西湖堤や中国伝来の様式である円月橋が有名です。庭の様式は池泉回遊式で、海、河、山、野の4つの風景が楽しめるようになっています。後楽園の由来は、宋の范文正の「岳陽楼記」の中の一節にある「士はまさに天下の憂いに先んじて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から取ったそうです。一般の憂いを先取りし、庶民を楽しませ、自らはその後に楽しむという意味を込め...小石川後楽園

  • 三四郎池

    東京都文京区本郷に東京大学があります。三四郎池は正式には心字池といいます。夏目漱石の名作「三四郎」が、ここが舞台となっていたため「三四郎池」と呼ばれるようになったそうです。元和元年(1615)の大坂夏の陣の後、加賀藩前田家は幕府から現在の東京大学周辺の地を賜りました。育徳園という庭園が作庭され、心字池が作られたのです。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/三四郎池

  • 東京大学工学部1,2.4,6号館

    東京都文京区本郷に東京大学があります。工学部1号館は昭和10年(1935)に完成し、登録有形文化財です。工学部2号館は大正13年(1924)の建物で、旧館は内田祥三が東大構内で初めて設計した建物です。工学部4号館は昭和2年(1927)に完成。工学部6号館は昭和15年(1940)に完成しています。設計はいずれも内田祥三です。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東京大学工学部1,2.4,6号館

  • 東京大学アーケード

    東京都文京区本郷に東京大学があります。法文1号館と法文2号館は安田講堂を突き当たりとする道を挟んで左右対称に設計されています。通りに直角に両建物を横切って古風なアーケードが設けられています。列柱には古代ギリシャ風の彫刻が刻まれ、内田ゴシックの真髄を伝えています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東京大学アーケード

  • 東京大学法文2号館

    東京都文京区本郷に東京大学があります。法文2号館も経済学部も使用していた時は法文経2号館と呼ばれていました。内田祥三が設計し昭和13年(1938)に完成しています。国の登録有形文化財に登録されています。文学部の事務室が法文2号館内にあり、地下には、食堂や東大生協第一購買部などが入っています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東京大学法文2号館

  • 東京大学法文1号館

    東京都文京区本郷に東京大学があります。法文1号館は以前は経済学部も使用していたため、法文経1号館と呼ばれていました。内田祥三が設計し昭和10年(1935)に完成しています。2階にある法25番教室は講演会などがよく行われる大教室で、入学試験の時によく放映されています。また東大ポポロ事件の現場としても知られています。国の登録有形文化財に登録されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東京大学法文1号館

  • 東京大学広報センター

    東京都文京区本郷に東京大学があります。広報センターは龍岡門わきにあります。岸田日出刀が設計し、昭和元年(1926)に完成した建物です。旧医学部附属病院夜間診療所、旧医師会事務局に使用され、平成7年(1995)に広報センターとなりました。平成15年(2003)に東京都選定歴史的建造物に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東京大学広報センター

  • 安田講堂

    東京都文京区本郷に東京大学があります。安田講堂は正式には東京大学大講堂です。安田財閥の創始者・安田善次郎の匿名による寄付により建設されました。安田氏の死後、寄付の事が公になり、安田講堂と呼ばれるようになりました。内田祥三が基本設計を行い、弟子の岸田日出刀が担当し、大正14年(1925)に完成しました。安田講堂は東京都の登録有形文化財第1号で登録されています。昭和43年(1968)の東大安田講堂事件で全国に放送され、注目されました。東大紛争で全学共闘会議によって占拠され、その後機動隊により強制排除されました。長い間、荒廃状態になりましたが富士銀行(旧安田財閥系)などからの寄付で昭和63年(1988)~平成6年(1994)に改修されました。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.j...安田講堂

  • 東京大学本部棟

    東京都文京区本郷に東京大学があります。本部棟は龍岡門の近くにある地上12階建ての建物です。丹下健三が設計し昭和54年(1979)に完成しています。この隣りには同じく丹下健三が設計した第二本部棟が昭和51年(1976)に建てられています。最初は理学部5号館として使われました。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東京大学本部棟

  • 東京大学総合図書館

    東京都文京区本郷に東京大学があります。東京大学の総合図書館は前の明治25年(1892)建立の煉瓦造りの図書館が関東大震災で焼失したため、震災後の昭和3年(1928)にロックフェラー財団の寄付によって建設されました。第二次世界大戦後、大規模な増築が行われましたが、増築部にも内田ゴシックのデザイン様式が踏襲されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東京大学総合図書館

  • 医学部1号館,医学部2号館

    東京都文京区本郷に東京大学があります。医学部1号館は内田祥三が設計し、昭和6年(1931)に完成しています。医学部2号館(本館)は同じく内田祥三が設計し、昭和11年(1936)に完成しています。ここには医学部の事務室があります。隣接地に平成14年(2002)に完成した地上14階建ての医学部教育研究棟と一体利用されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/医学部1号館,医学部2号館

  • 東大病院

    東京都文京区本郷に東京大学があります。東大病院は略称で、正式には東京大学医学部附属病院(とうきょうだいがくいがくぶふぞくびょういん)です。ここには37の診療科、20以上の診療部があります。千人以上の入院患者、1日3千5百人もの外来患者の診察と、新しい治療法や診断法の開発が行われています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東大病院

  • 龍岡門

    東京都文京区本郷に東京大学があります。龍岡門(たつおかもん)はキャンパスの南にある門です。門周辺の旧地名「龍岡町」(現・湯島四丁目)から名付けられています。設計は内田祥三で、昭和8年(1933)に完成しています。北東近くに「鉄門」がありますが、龍岡門の通称が鉄門であると思っている人も多いそうです。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/龍岡門

  • 赤門(旧加賀屋敷御守殿門)2

    東京都文京区本郷に赤門があります。赤門は切妻造り、本瓦葺きの三間薬医門です。左右に各4.1mの腰縦羽目板張り、本瓦葺きの繋塀があり、離番所が付いています。番所は左右とも間口3間、奥行2間、一重、本瓦葺きで、前後に唐破風が付けられています。文政10年(1827)頃の建立とみられ、昭和6年(1931)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/赤門(旧加賀屋敷御守殿門)2

  • 赤門(旧加賀屋敷御守殿門)1

    東京都文京区本郷に赤門があります。日本の最高学府は東京大学です。そのシンボルが朱色に塗られたこの赤門です。表門の黒門に対して赤門と呼ばれたのです。昔ここは加賀藩前田家上屋敷でした。屋根の上の棟瓦には葵の紋、軒の丸瓦には前田家の家紋梅鉢があります。文政11年(1828)、11代将軍家斉の娘溶姫が前田家13代斉泰に嫁入りしました。その際の迎え入れのための門だそうです。この赤門(旧加賀屋敷御守殿門)は国の重要文化財に指定されています。江戸時代において、三位以上の大名に嫁いだ徳川将軍家の子女、あるいはその居住する奥御殿を御守殿(ごしゅでん)あるいは御住居(おすまい)と称し、その御殿の門を丹塗(にぬ)りにしたところから俗に赤門と呼んだそうです。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp...赤門(旧加賀屋敷御守殿門)1

  • 東京大学正門

    東京都文京区本郷に東京大学があります。東京大学の正門はキャンパスの西にあり、本郷通りに面しています。向かって右(南)に国指定重要文化財の赤門、左に西片門があります。正門は横にある門衛所も合わせ、国の登録有形文化財に登録されています。設計は伊東忠太で、大正元年(1912)に完成しています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東京大学正門

  • 東京大学

    東京都文京区本郷に東京大学があります。赤門をくぐると東京大学の敷地です。明治10年(1877)に創設された国立大学で旧東京帝国大学です。全国の大学のトップに立つ学問の殿堂で、現在10学部、約1万5000人の学生が学んでいます。本郷キャンパスにはイチョウ並木、国指定重要文化財の朱塗りの赤門、夏目漱石の小説「三四郎池」に由来する三四郎池など歴史ある名所があります。正門、法文1号館、法文2号館、法学部3号館、工学部列品館、工学部1号館、安田講堂なども登録有形文化財に登録されています。多くの歴史ある建物は内田祥三の設計による建築です。共通する特徴をもったゴシック様式の建物であるため「内田ゴシック」と呼ばれています。明治以降の日本における教育史を象徴する数多くの建物が関東大震災や東京大空襲などによる被害から免れ、残存して...東京大学

  • 護国寺大師堂

    東京都文京区大塚に護国寺(ごこくじ)があります。護国寺の大師堂は鐘楼から一段下がった左側に建てられています。元禄14年(1701)建立の薬師堂を、大正15年(1926)に大修理して移建したのが今の大師堂です。棧瓦葺きの寄棟造りに流れ向拝を付した、シンプルな建物です。中には、弘法大師、興教大師、本覚大師が安置されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/護国寺大師堂

  • 護国寺鐘楼

    東京都文京区大塚に護国寺(ごこくじ)があります。護国寺の鐘楼は本堂に向って右側に建てられています。間口3.5m、奥行3.2mで、現在では珍しい形式とされる袴腰付重層入母屋造りです。江戸時代中期に建立されたものといわれ、「江戸名所図会」にも描かれていたそうです。鐘楼には、天和2年(1682)銘の梵鐘が掛かっています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/護国寺鐘楼

  • 護国寺薬師堂

    東京都文京区大塚に護国寺(ごこくじ)があります。護国寺の薬師堂は月光殿の右奥、本堂の左手に建てられています。元禄4年(1691)に建立した一切経堂であったものを移築して薬師堂としたそうです。三間四面の棧瓦葺き、宝形造りで屋根に青銅製の宝珠を載せています。本尊の薬師如来は草創期に蟹ケ池より出現した霊像で、薬師如来像の胎内に収められているそうです。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/護国寺薬師堂

  • 護国寺多宝塔

    東京都文京区大塚に護国寺(ごこくじ)があります。護国寺の多宝塔は石段を上がった左側に建てられています。滋賀県にある石山寺の多宝塔を模し、昭和13年(1938)に建立されたものです。二重の宝塔で、初重は三間四方、上層部の軸部が円柱形になっています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/護国寺多宝塔

  • 護国寺不老門

    東京都文京区大塚に護国寺(ごこくじ)があります。護国寺の石段の途中には中門があります。京都の鞍馬山の山門を模して昭和13年(1938)、三尾邦三の寄進により建立されたそうです。梁に掲げられた額には「不老」の文字が書かれています。徳川家達の手によるもので、そのためこの中門は、「不老門」と呼ばれています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/護国寺不老門

  • 護国寺仁王門

    東京都文京区大塚に護国寺(ごこくじ)があります。丹塗りの仁王門には「神齢山」と書かれた扁額が掲げられています。間口11.5m、奥行6m、切妻造りの重厚な八脚門です。表側両脇間に金剛力士像が、背画両脇間には増長天、広目天が安置されています。建立の年代については、元禄10年(1697)造営の観音堂(現本堂)よりやや時代が下ると考えられています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/護国寺仁王門

  • 護国寺月光殿

    東京都文京区大塚に護国寺(ごこくじ)があります。護国寺の月光殿は本堂に向って左側にあります。書院造りの建物は大津市の三井寺塔頭の日光院客殿でした。桃山時代の建立で、織田信長の時代に大修理を施しています。昭和3年(1928)、品川御殿山を経て護国寺に移築されました。間口7間、奥行6間、1重、入母屋造り、妻入、正面軒唐破風付、桟瓦葺きです。昭和6年(1931)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/護国寺月光殿

  • 護国寺本堂

    東京都文京区大塚に護国寺(ごこくじ)があります。護国寺の本堂は元禄10年(1697)に建てられた大きな建物です。間口7間、奥行7間、1重、入母屋造り、向拝3間、瓦棒銅板葺きです。元の本堂は、大正の大火で焼失したため、同時期に建てられた観音堂を移築して本堂としたそうです。大きな流れ向拝を付した大建造物で、元禄文化の様相を伝える貴重な建物で、昭和6年(1931)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/護国寺本堂

  • 護国寺

    東京都文京区大塚に護国寺(ごこくじ)があります。神齢山護国寺は真言宗豊山派大本山です。天和元年(1681)、5代将軍徳川綱吉が、生母桂昌院の願いにより、上野国(群馬県)碓氷八幡宮の別当、大聖護国寺の亮賢僧正を招lいて創建した祈願寺です。桂昌院念持仏の如意輪観世音菩薩像を本尊としています。元禄7年(1694)、綱吉と桂昌院ともども護国寺に参詣し、寺領は300石から加増され600石となりました。その翌年、将軍の信頼が厚い快意僧正が第3世になり、元禄10年(1697)には現在の本堂である観音堂が造営されました。観音堂は元禄時代の建築工芸の粋を結集した大建造物で、その雄大さは江戸隋一といわれました。以来、護国寺界隈は護国寺の隆盛と共に賑わい、寺領も1200石と加増され、境内には多くの建造物が甍を併べた大殿宇となりました...護国寺

  • 旧三河島汚水処分場喞筒場施設

    東京都荒川区荒川に旧三河島汚水処分場喞筒場施設(きゅうみかわしまおすいしょぶんじょうぽんぷじょうしせつ)があります。旧三河島汚水処分場喞筒(ポンプ)場は大正11年(1922)に造られました。設立当初から稼働した赤いレンガ造りの喞筒室は、水再生センターのシンボル的な施設でしたが、平成11年(1999)、別系統のポンプ施設に切り替えられました。三河島水再生センターは、主に東京都の荒川区と台東区の汚水を再生させる、東京都下水道局の下水処理施設です。平成19年(2007)、センター内の旧喞筒場(ポンプじょう)施設が、下水道分野の遺構としては初めて建造物として国の重要文化財に指定されました。阻水扉室(そすいひしつ)、沈砂池(ちんさち)及び濾格(ろかく)室、濾格(ろかく)室上屋、量水器室及び喞筒(ポンプ)室暗渠(あんきょ)...旧三河島汚水処分場喞筒場施設

  • かちどき 橋の資料館

    東京都中央区築地6丁目地先に「かちどき橋の資料館」があります。築地市場内おさかな普及センター資料館の裏に、「かちどき橋の資料館」が平成17年(2005)に開館しています。この建物は昭和のはじめに建てられた勝鬨橋の変電所跡を使用しています。当時使用していた発電設備の展示や橋の模型、説明映像コーナーがあり、勝鬨橋だけではなく隅田川の橋などもわかりやすく紹介、説明しています。2階には当時のままの電気設備が展示されています。勝鬨橋橋脚内見学ツアーも催されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/かちどき橋の資料館

  • 勝鬨橋2

    東京都中央区築地~勝鬨に勝鬨橋(かちどきばし)があります。勝鬨橋は橋長246m、橋幅22m、橋梁総重量は8480トンの鉄筋コンクリート造りの鋼製跳開橋です。上部構造は中央二連の跳開部分と、その両側の固定部分で構成されています。跳開部分は、中路式の可動桁及び機械装置よりなり、固定部分は支間長86mの下路式タイドアーチです。海運と陸運の共栄を意図した特殊な構造形式で、国内唯一のシカゴ型二葉式跳開橋です。国内最大の可動支間を有する大規模かつ技術的完成度の高い構造物で、平成19年(2007)に清洲橋、永代橋とともに国の重要文化財に指定されました。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2...勝鬨橋2

  • 勝鬨橋1

    東京都中央区築地~勝鬨に勝鬨橋(かちどきばし)があります。隅田川の下流、築地市場や月島の近くに勝鬨橋が架かっています。明治38年(1905)、日露戦争の旅順陥落を祝って有志が「勝鬨の渡し」という築地と、対岸の月島の間を結ぶ渡し船の施設を作りました。勝鬨橋は、「皇紀2600年」を記念して月島地区で開催予定であった日本万国博覧会へのメインゲートとして計画されました。日中戦争の激化などもあって軍部の反対により万国博覧会は開かれませんでしたが、昭和15年(1940)に当時の最先端技術の粋を集めて建設されました。当時は隅田川を航行する船舶が多く、3000トン級の船舶が航行することを視野に入れた可動橋とされました。昭和43年(1968)までは、1日5回20分ずつ開き、橋上を都電が走っていました。現在は車のみで閉じられていま...勝鬨橋1

  • 日光奉行所跡

    栃木県日光市安川町に日光奉行所跡があります。西参道近くの土手の上に史蹟日光奉行所跡と刻まれた石碑と説明板だけが残されています。元禄13年(1700)に日光山守護として40年を日光廟に尽くした梶定良(かじさだよし)の屋敷を役宅として日光奉行が置かれました。寛政3年(1791)には役宅に接して役所が建てられました。日光奉行は、日光廟の警備、営繕、祭事一切を司るほか、日光全体の取り締まりや公事訴訟まで取り扱ったようです。明治2年(1868)に日光県が置かれ、その庁舎にあてられましたが、明治4年、廃県とともに建物も取り壊されました。跡地はホテル、会社用地などとなり、現在は輪王寺の信徒会館が建っています。昭和35年(1960)に日光市の文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.u...日光奉行所跡

  • 輪王寺大猷院霊廟皇嘉門

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。輪王寺大猷院霊廟の皇嘉門は本殿の右側にあり、透塀をはさむ形で立つ美しい門です。間口1間、奥行2間、切妻造り、銅瓦葺きの楼門です。江戸時代前期の承応2年(1653)に建てられています。中国・明朝の建築様式で造られたもので、竜宮城のような形から「竜宮門」とも呼ばれています。この門の奥が家光の墓所にあたる奥の院になっています。極彩色で彩られ、白漆喰の壁に大猷院の基調となる黒と金が際だっています。皇嘉門は明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺大猷院霊廟皇嘉門

  • 輪王寺大猷院霊廟瑞垣

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。輪王寺大猷院霊廟の瑞垣(みずがき)は拝殿、相の間、本殿と同じ江戸時代前期の承応2年(1653)に建てられています。一周延長97間で、銅瓦葺きです。瑞垣は明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺大猷院霊廟瑞垣

  • 輪王寺大猷院霊廟本殿

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。輪王寺大猷院霊廟の本殿は間口5間、奥行5間、一重もこし付き、入母屋造りです。拝殿、相の間と一体となる権現造りとなっており、承応2年(1653)に建てられています。内部には三代将軍徳川家光の木像と御霊碑を安置した宮殿が設置されています。建物全体が黒漆を塗りこれに金箔を貼り付け極彩色を施しています。彫刻を極彩色、垂木、高欄部を朱塗り、花頭窓周囲を黒に塗るなど色分けし、格式と調和を図っています。彫刻、壁画をはじめ金箔の漆箔、漆工芸、、飾金具など美術工芸の粋を集めて造られています。本殿は禅宗様の本格的な仏殿形式です。基壇の上に腰組で持ち上げたもこし付きの本殿は、それによって全体が浮き上がるように造られています。大きさでは東照宮を下回りますが、江戸時代初期を代表する建築です。大猷...輪王寺大猷院霊廟本殿

  • 輪王寺大猷院霊廟相の間

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。輪王寺大猷院霊廟の相の間(石の間)は拝殿から本殿への間にあります。間口3間、奥行1間、一重、両下造り、銅瓦葺きで、拝殿、本殿とともに承応2年(1653)に建てられています。昭和27年(1952)に国宝に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺大猷院霊廟相の間

  • 大猷院霊廟拝殿

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。大猷院霊廟は德川3代將軍家光の廟で、慶安4年(1651)の遺命により造営されました。拝殿は承応2年(1653)に建てられています。間口8間、奥行3間、入母屋造りで、軒唐破風の正面には大きな千鳥破風が付き、千鳥破風のある1間の向拝があります。本殿、相の間(石の間)と一体となる権現造りとなっています。日光東照宮が権現造りを中心とした神仏習合なのに対し、大猷院廟は、日光東照宮の権現造りを踏襲しながら仏殿造りの純仏教形式となっています。拝殿は全体にわたり黒漆を塗り、さらにその上に金箔を押し、極彩色に彩っているので、別名「金閣殿」とも呼ばれています。拝殿の内部は金箔で覆われています。大羽目には唐獅子と狛犬が描かれています。障壁画は狩野探幽と狩野安信の手によるものだそうです。天井に...大猷院霊廟拝殿

  • 輪王寺大猷院霊廟唐門

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。輪王寺大猷院霊廟の拝殿の前にある唐門は承応2年(1653)に建てられました。間口1間、奥行1間、銅瓦葺きの向唐門(むかいからもん)で、屋根に唐破風を付けています。高さ3mの小さめの門ですが、隅々まで繊細な彫刻と金、白を基調とした彩色が施されています。破風内部には雌雄の鶴、欄間には白竜、木鼻には獅子が彫り込まれています。門の正面、唐破風の下に白龍が彫られているのは、徳川家光が辰年(たつどし)だったからだと思われます。金地の波に白龍が彫られているため「青海波に玉取りの白龍」と呼ばれています。両側の袖塀の羽目には多くの鳩が彫られ、「百間百態の群鳩」と称されています。唐門は明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http:/...輪王寺大猷院霊廟唐門

  • 輪王寺大猷院霊廟夜叉門

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。輪王寺大猷院霊廟の夜叉門の左右廻廊は左右ともに間口6間、奥行2二間、一重、入母屋造り、銅瓦葺きの建物です。朱色が主体の色鮮やかで華やかな廻廊で明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺大猷院霊廟夜叉門

  • 輪王寺大猷院夜叉門

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。霊廟の入り口でもある夜叉門は承応2年(1653)に建てられています。切妻造りで銅瓦葺きの、三間一戸の八脚門です。屋根の前後には唐破風が付いています。全体的には朱色が主体で組物と金物が金、彫刻が極彩色で彩られています。色鮮やかで華やかな門で、牡丹、唐草牡丹の彫刻が多用されている事から牡丹門とも呼ばれています。霊廟の鎮護のために東西南北を表している色違いの毘舵羅、阿跋摩羅、鍵舵羅、烏摩呂伽が安置されています。夜叉門は明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺大猷院夜叉門

  • 輪王寺大猷院霊廟鼓楼

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。輪王寺大猷院霊廟の鼓楼は鐘楼と同形で、夜叉門前の左側にあります。間口3間、奥行3間、入母屋造り、銅瓦葺きで、下層部には袴腰、上層部には高欄が廻されています。黒を基調とし、屋根廻りの金物を金箔、上層部の組物や彫刻には極彩色で彩り、格式の高さを表しています。鼓楼には大きな太鼓、鐘楼には釣鐘が納められています。大きな法要の際にはこれらが打ち鳴らされるそうです。鼓楼は承応2年(1653)に建てられた建物で、明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺大猷院霊廟鼓楼

  • 輪王寺大猷院鐘楼

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。輪王寺大猷院霊廟の鐘楼は夜叉門前の右側にあります。左側には同じ建築の鼓楼が建てられています。日光東照宮の陽明門前の鐘楼と鼓楼と対になる様式です。鐘楼は間口3間、奥行3間、入母屋造り、銅瓦葺きで、下層部には袴腰、上層部には高欄が廻されています。鐘楼の高欄は弁柄ですが、全体的に黒を基調としています。屋根廻りの金物を金箔、上層部の組物や彫刻には極彩色で彩り、格式の高さを感じます。鐘楼は承応2年(1653)に建てられた建物で、明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺大猷院鐘楼

  • 大猷院人界庭園

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。大猷院霊廟の夜叉門の手前に人界庭園が見える展望所があります。人界庭園には大名達が献上した315基もの石灯籠が並んでいます。それぞれに納めた人の名前が書かれているそうです。また管理所、別当所竜光院が見渡せます。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/大猷院人界庭園

  • 輪王寺大猷院槙

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。槙(まき)は古くから日本に分布し、人々に親しまれてきた樹木で、冬でも枯れない常緑高木です。夜叉門付近には樹齢約400年の槙の木が茂っています。4代将軍・徳川家綱が自らの手でここに植えたそうです。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺大猷院槙

  • 輪王寺大猷院霊廟宝庫

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。輪王寺大猷院霊廟にある宝庫は仁王門を入ったすぐ左手にあります。承応2年(1653)に建てられた建物で、間口7間、奥行3間、一重、入母屋造り、銅瓦葺き、平入で、正面に3間の向拝が付けられています。外壁は角材を積み上げた校倉造り(あぜくらづくり)で、扉口は黒漆塗(くろうるしぬり)です。建物全体は朱色を基調として金具が金、建具が黒で彫刻は僅かに向拝廻りと外壁の蟇股のみで極彩色で彩られています。内部には大猷院に伝わる宝物を納めています。宝庫は明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.co...輪王寺大猷院霊廟宝庫

  • 輪王寺大猷院霊廟水屋

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。輪王寺大猷院霊廟の水屋は江戸時代前期の承応2年(1653)に建てられています。間口1間、奥行1間、一重、切妻造り、銅瓦葺きで、屋根の前後に軒唐破風が付けられています。4隅に各3本の御影石の柱が屋根を支える独特な構造で、柱の白色と上屋の極彩色の対比が際立ちます。欄間部には水を連想させる波を模した彫刻が随所に施され鮮やかな水色で彩られ長寿の象徴である菊の彫刻なども見られます。天井には狩野永真安信(狩野探幽の弟)が描いた竜の墨絵があり水盤に写し出しています。水屋は明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http:/...輪王寺大猷院霊廟水屋

  • 輪王寺大猷院二天門

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。仁王門を入って左手には承応元(1652)に建てられた二天門があります。日光東照宮の陽明門とは対になる門です。入母屋造りで銅瓦葺き、三間一戸の八脚楼門で、前後の屋根に唐破風が設けらています。朱色が基調で金物は金、1層目の組物が黒、2層目の組物が極彩色になっています。正面唐破風下には後水尾天皇が宸筆した「大猷院」の扁額があります。正面に持国天と広目天が安置されているので二天門といわれています。背後には風神、雷神が安置されています。二天門は明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.co...輪王寺大猷院二天門

  • 輪王寺大猷院仁王門

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。輪王寺大猷院霊廟にある仁王門は江戸時代前期の承応2年(1653)に建てられています。切妻造り、銅瓦葺きの三間一戸八脚門です。建物全体は朱色を基調として上部の構造体は黒色、金切妻造りの銅瓦葺き物を金、彫刻を極彩色で彩っています。東照宮の表門と似ていますが、シンプルで装飾彫刻はあまり見られません。密迹金剛力士(みしゃくこんごうりきし)と那羅延金剛力士(ならえんこんごうりきし)という阿吽(あうん)の仁王像(金剛力士像)が安置されています。大猷院の中では比較的落ち着いた彩色で威厳を感じます。明治41年(1908)に仁王門は国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログラン...輪王寺大猷院仁王門

  • 輪王寺大猷院

    栃木県日光市山内に輪王寺大猷院があります。輪王寺大猷院は徳川3代将軍家光の廟所です。家光の戒名「大猷院殿贈正一位大相国公」からつけられています。大猷院(たいゆういん)とは大きな仕事を成し遂げたという意味もあるそうです。後光明天皇から賜った家光の法号でもあります。家康を敬愛していた家光が、死んだ後も東照大権現にお仕えすると遺言したことから作られました。4代将軍家綱は酒井忠勝に命じ、承応元年(1652)2月から承応2年(1652)4月まで1年2か月という短い期間で大猷院を造営しています。大棟梁は平内大隅守応勝で日光東照宮を敬う立場から主要堂宇は東照宮方向を向き、東照宮より規模は小振りです。大猷院は東照宮の後に建てられたことから技術が飛躍的に向上していて、地味目ですが彫刻、絵画、調度品は素晴らしいものです。東照宮が神...輪王寺大猷院

  • 輪王寺法華堂

    栃木県日光市山内に輪王寺があります。輪王寺法華堂は江戸前期の元和5年(1619)に建てられています。間口3間、奥行4間、宝形造り、銅瓦葺きで、1間の向拝を付けています。中央の須弥壇には本尊である普賢菩薩をはじめ鬼子母神や十羅刹女などが安置されています。法華堂では法華経により21日間、坐禅と仏座の周囲を回り歩く行道を繰り返す半行半坐の行法「法華三昧」が行われます。法華堂は昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺法華堂

  • 輪王寺常行堂

    栃木県日光市山内に輪王寺があります。輪王寺の常行堂は阿弥陀如来像を祀り、源頼朝の分骨が納められていることから、頼朝堂とも称されています。常行堂では唐に渡った円仁が五台山を巡礼し、天台大師から伝授された念仏三昧法の一部である常行三昧(90日間念仏を唱えながら阿弥陀仏の周囲を回り続けます)の修行が長きに渡って行われました。常行堂は江戸前期の元和5年(1619)に建てられています。間口5間、奥行6間、宝形造り、銅瓦葺きで、1間の向拝を付けています。古来の密教建築を受け継いだ形式で、中央には4本の柱を建てその内部に須弥壇を配しています。常行堂は昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログ...輪王寺常行堂

  • 輪王寺常行堂法華堂の渡廊

    栃木県日光市山内に輪王寺があります。輪王寺の常行堂と法華堂との間の渡廊(わたりろう)は間口8間、奥行1間で東の端を常行堂に接し、西の端は切妻造りとなって法華堂に続いています。二荒山神社の前に並んで建つ常行堂と法華堂は慈覚大師によって建立されました。2棟は渡り廊下で結ばれていて、2棟で「二ツ堂」とも称されています。比叡山延暦寺の「にない堂」を模して建立されたといわれています。中国の天台大師による「摩訶止観(まかしかん)」に基づく修行には、常坐三昧・常行三昧・半行半坐三昧・非行非坐三昧の4つがあります。常行堂では常行三昧、法華堂では半行半坐三昧が行われました。この2つの堂を結ぶ渡廊は慶安2年(1649)に建てられています。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!...輪王寺常行堂法華堂の渡廊

  • 輪王寺光明院稲荷社

    栃木県日光市山内に輪王寺があります。大護摩堂の脇にある光明院稲荷社は、鎌倉時代中期に第24世座主の弁覚法印が光明院を創建し、日光山本坊とした際に、その守護神として勧請した歴史ある稲荷社です。日光山の五大稲荷として学業成就、家業繁栄の祈願に特に信仰されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺光明院稲荷社

  • 輪王寺大護摩堂

    栃木県日光市山内に輪王寺があります。輪王寺の大護摩堂は平成10年(1998)に再建された三仏堂の北側に建つ大きなお堂です。護摩が焚かれ、護摩祈願が行わます。内陣には、本尊の五大明王を中心に、七福神や十二天など30もの仏像が祀られています。天井には2年半かけて完成した吉原北宰筆の「大昇竜」が描かれています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺大護摩堂

  • 輪王寺護法天堂

    栃木県日光市山内に輪王寺があります。輪王寺の護法天堂は大護摩堂の並びに建てられています。毘沙門天、弁財天、大黒天を祀る堂として建立されましたが、祀られていた3神は、七福神として大護摩堂に祀られています。江戸時代前期の元和頃から寛文年間(1615-1672)頃に建てられたと思われます。間口5間、奥行3間、一重、寄棟造り、背面張出し附属、銅瓦葺きで、正面に1間の向拝を付けています。江戸時代、日光山は皇族出身の僧侶である輪王寺宮法親王が治めていました。護法天堂はその礼拝所となっており、当時は内権現堂と呼ばれていました。昭和48年(1973)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ...輪王寺護法天堂

  • 輪王寺金剛桜

    栃木県日光市山内に輪王寺があります。三仏堂の入り口には国の特別天然記念物の金剛桜が植えられています。山桜の突然変異種とされており、ピンク色のつぼみに白い花が特徴となっています。樹齢は推定500年といわれています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺金剛桜

  • 輪王寺逍遥園

    栃木県日光市山内に輪王寺があります。逍遥園は紅葉の名所として有名な回遊式庭園です。輪王寺門跡の庭園として江戸時代初期に作庭されたもので、一説には小堀遠州(こぼりえんしゅう)の作と伝え、その完成を見たのは寛永年間だといわれています。入口には明治天皇日光行在所の碑が建っています。輪王寺では、朝廷から門跡を迎えていて、宮様が故郷をしのんで寂しがらないようにと、近江八景にならって八勝景のある庭園を造園したと伝えられています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺逍遥園

  • 輪王寺相輪とう

    大護摩堂と三仏堂の間に相輪とうが建てられています。将軍家光公の発願により、天海大僧正が寛永20年(1643)に建造しました。比叡山延暦寺の宝塔に模して構築した高さ15mの青銅製の供養塔です。塔内に千部の経典を収蔵し天下泰平、国土安寧を祈願するものです。相輪とうは大正6年(1917)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/輪王寺相輪とう

  • 輪王寺表門

    本坊表門は日光山輪王寺の表門で、表参道に面し、西面して建っています。黒漆塗りの豪壮な建物で、黒門と通称されています。旧本坊は、明治4年に焼失しましたが、唯一焼け残った建物です。切妻造り、銅板葺きの、三間一戸潜付薬医門です。江戸中期の寛文から寛延年間(1615-1660)に天海大僧正により創建されています。後水尾天皇の皇子・守澄法親王宮が日光山の門主(輪王寺宮)となり、門跡寺院の格式を示す門です。中央間に大扉を設け、両脇間は繰戸(くぐりと)としています。門には唐獅子や牡丹の彫刻などが施され、菊の紋章が添えられています。本坊表門は昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキング...輪王寺表門

  • 輪王寺三仏堂

    輪王寺三仏堂は日光山の総本堂で、東日本で一番大きい木造建造物です。嘉祥元年(848)に慈覚大師が比叡山延暦寺の根本中堂を模して建立したと伝えられています。三仏堂の前には、天然記念物に指定されている、樹齢500年といわれる「金剛桜」があり、春には美しい花を咲かせます。三仏堂は当初、滝尾神社付近に建てられました。現在の建物は正保2年(1645)に三代将軍徳川家光が再建したものです。明治14年(1881)二荒山神社付近にあった三仏堂を現在地に移築しました。桁行7件、梁間4間、入母屋造り、銅瓦葺きの巨大な堂宇です。三仏堂という呼び名は日光の三山である男体山、女峰山、太郎山からきています。三山をを神体とみて、その本地仏である千手観音(男体山)、阿弥陀如来(女峰山)、馬頭観音(太郎山)の高さ8.5mの3仏を祀っています。こ...輪王寺三仏堂

  • 輪王寺・大猷院

    世界遺産に登録されている日光山輪王寺は、日光山中にあるお寺やお堂、さらに15の支院の総称です。東照宮、二荒山神社とあわせて「二社一寺」と呼ばれています。輪王寺の堂塔は日光山の中の至る所に点在していて、1ヶ所にはまとまっていません。比叡山延暦寺、東叡山寛永寺とともに天台宗三大本山の一つに数えられています。神橋から長坂を登りつめた所に日光開山の祖である勝道(しょうどう)上人の像があります。ここが輪王寺の入口です。明暦元年(1655)に、後水尾上皇から「輪王寺」の寺号を賜り、満願寺から寺名を変え、門跡寺院になりました。輪王寺の創建は勝道上人が天平神護2年(766)神橋のそばに四本竜寺(しほんりゅうじ)を建立し千手観音を安置したのが始まりとされています。延暦3年(784)勝道上人はさらに二荒山中腹の中禅寺湖畔に中宮祠を...輪王寺・大猷院

  • 東照宮御旅所神饌所

    栃木県日光市山内に日光東照宮御旅所(にっこうとうしょうぐうおたびしょ)があります。東照宮御旅所の神饌所(しんせんしょ)は間口7間、奥行3間、一重、入母屋造り、銅板葺きです。江戸時代中期の貞享2年(1685)に建てられています。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮御旅所神饌所

  • 東照宮御旅所本殿

    栃木県日光市山内に日光東照宮御旅所(にっこうとうしょうぐうおたびしょ)があります。東照宮御旅所の本殿は間口3間、奥行3間、一重、入母屋造り、瓦棒銅板葺きで、正面に軒唐破風が付いています。江戸時代中期の貞享2年(1685)に建てられています。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮御旅所本殿

  • 東照宮御旅所拝殿

    栃木県日光市山内に日光東照宮御旅所(にっこうとうしょうぐうおたびしょ)があります。東照宮御旅所の拝殿は間口3間、左側1間通り庇付き、奥行3間、一重、入母屋造り、庇すがる破風付き、瓦棒銅板葺きの建物です。江戸時代中期の貞享2年(1685)に建てられています。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮御旅所拝殿

  • 東照宮御旅所

    栃木県日光市山内に日光東照宮御旅所(にっこうとうしょうぐうおたびしょ)があります。日光東照宮の御旅所は国指定重要文化財で日本三大奇橋の1つである神橋の近くにあります。御旅所とは神社の祭礼で、祭神が巡幸するとき、仮に神輿(みこし)を鎮座しておく場所のことです。百物揃千人武者行列と呼ばれる渡御祭(とぎょさい=神輿が神社を出て氏子中などを回ること)の時は、東照宮の神輿舎から御旅所までの約1kmを鎧武者などが練り歩き、最後尾に神輿が運ばれます。御旅所に着くと「御旅所祭」が行われます。神輿は御旅所神殿に祀られ、拝殿には三品立七十五膳と呼ばれる山海の幸が神職の手で供えられ、日光二荒山神社の巫女による「八乙女の舞」、日光東照宮神職による「東遊の舞」の二つの舞が古式雅やかに奉納されます。御旅所の拝殿、本殿、神饌所は国指定重要文...東照宮御旅所

  • 東照宮仮殿透塀

    栃木県日光市山内に日光東照宮仮殿(にっこうとうしょうぐうかりでん)があります。東照宮仮殿の透塀(すきべい)は一周延長49間、銅瓦葺きの塀です。寺院建築の回廊の影響を受け、壁面に格子をはめこみ、上に屋根をかけています。江戸前期の元和から万治年間(1615-1660)に建てられたと思われます。透塀は昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮仮殿透塀

  • 東照宮仮殿掖門

    栃木県日光市山内に日光東照宮仮殿(にっこうとうしょうぐうかりでん)があります。東照宮仮殿の掖門(わきもん)は銅瓦葺きの、一間一戸平唐門です。江戸前期の元和から万治年間(1615-1660)に建てられたと思われます。掖門は昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮仮殿掖門

  • 東照宮仮殿本殿

    栃木県日光市山内に日光東照宮仮殿(にっこうとうしょうぐうかりでん)があります。東照宮仮殿の本殿は間口3間、奥行3間、一重、入母屋造り、銅瓦葺きの社殿です。虎と吐綬鶏(とじゅけい)の彫刻などが施されています。江戸時代前期の寛永16年(1639)に建てられています。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮仮殿本殿

  • 東照宮仮殿相之間

    栃木県日光市山内に日光東照宮仮殿(にっこうとうしょうぐうかりでん)があります。東照宮仮殿の相之間は間口2間、奥行1間、一重、両下造り、銅瓦葺きの社殿です。屋根の前後の妻側が本殿と拝殿に接続しているため妻がない造りです。江戸時代前期の寛永16年(1639)に建てられています。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮仮殿相之間

  • 東照宮仮殿拝殿

    栃木県日光市山内に日光東照宮仮殿(にっこうとうしょうぐうかりでん)があります。東照宮仮殿の拝殿は間口5間、奥行2間、一重、入母屋造り、銅瓦葺きで、3間の向拝を付けています。江戸時代前期の寛永16年(1639)に建てられています。権現造りのため拝殿と本殿が相之間(石の間)を通じて1つの屋根で繋がっています。拝殿背後には葡萄唐草が施されています。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮仮殿拝殿

  • 東照宮仮殿唐門

    栃木県日光市山内に日光東照宮仮殿(にっこうとうしょうぐうかりでん)があります。東照宮の仮殿の唐門は銅瓦葺きの、四脚平唐門です。屋根に唐破風(からはふ)を持つ門で、唐破風を門の両側面に持つタイプです。江戸前期の元和から万治年間(1615-1660)に建てられたと思われます。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮仮殿唐門

  • 東照宮仮殿鐘楼

    栃木県日光市山内に日光東照宮仮殿(にっこうとうしょうぐうかりでん)があります。東照宮の仮殿の鐘楼は間口1間、奥行1間、一重、切妻造り、こけら葺きの建物です。江戸前期の元和から万治年間(1615-1660)に建てられたと思われます。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮仮殿鐘楼

  • 東照宮仮殿鳥居

    栃木県日光市山内に日光東照宮仮殿(にっこうとうしょうぐうかりでん)があります。東照宮の仮殿鳥居は三つ葉葵の紋が入った銅製の明神鳥居です。笠木の両端が跳ね上がっていて、その下の横木の貫(ぬき)が左右の柱を突き抜けています。江戸前期の元和から万治年間(1615-1660)に建てられたと思われます。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮仮殿鳥居

  • 日光東照宮仮殿

    栃木県日光市山内に日光東照宮仮殿(にっこうとうしょうぐうかりでん)があります。一の鳥居の東側、日光東照宮宝物館近くに御仮殿(おかりでん)が建てられています。御本社を修理する際に、祭神を一時的に遷してお祈りする社殿です。現存する建物は3代将軍・徳川家光が寛永16年(1639)に造営したものです。他の神社では仮殿は本社が完成すると取り壊されるのが一般的ですが、日光東照宮では、修理が度々行われるため、常設されています。(仮殿が常設されているのは全国の神社の中でここだけです)御本社の工事が始まると、祭神はこの御仮殿に遷宮し、すべての神事がこの御仮殿で執り行われました。創建以来、19回の外遷宮が行なわれましたが、幕末を最後に、その後は使われていません。仮殿は拝殿、相之間、本殿という権現造りで、透塀(すきべい)が取り囲んで...日光東照宮仮殿

  • 東照宮奥社石柵

    栃木県日光市山内に日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)があります。東照宮奥社の石柵は宝塔、拝殿周囲、前檀三方に造られています。江戸時代前期の元和から万治年間(1615-1660)に建てられたと思われます。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮奥社石柵

  • 東照宮奥社石玉垣

    栃木県日光市山内に日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)があります。東照宮奥社の石玉垣(いしたまがき)は神域の周囲にめぐらされた石の垣です。瑞垣(みずがき)ともいわれます。江戸時代前期の元和から万治年間(1615-1660)に建てられたと思われます。周長58.5mに及びます。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮奥社石玉垣

  • 東照宮奥社鋳抜門

    栃木県日光市山内に日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)があります。東照宮奥社の鋳抜門(いぬきもん)は銅製一間一戸の平唐門です。宝塔(奥宮)の前に慶安3年(1650)に建てられました。門は全て青銅鋳物製で扉を除いて、柱や梁などをひとつの鋳型で造ったことから鋳抜門と呼ばれています。鋳抜門は幕府お抱えの鋳物師衛椎名伊豫が造りました。重厚な造りですが門扉の細かな意匠には金が使用されるなど格式と荘厳さが感じられます。鋳抜門は東照宮奥社唐門として明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮奥社鋳抜門

  • 東照宮奥社宝塔

    栃木県日光市山内に日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)があります。東照宮の奥社の宝塔は初代将軍徳川家康の墳墓の上に建てられた銅の宝塔で奥宮になります。当初は木造でさらに石造に改められました。その後、天和3年(1683)に新たに銅製に鋳造されています。宝塔は石造りの玉垣の内部に八角九段の基盤の上に築かれています。高さは5mあり、前面には香炉、燭台、花瓶、三具足が備え付けられています。宝塔の製作者は鋳抜門と同じく幕府お抱えの鋳物師衛椎名伊豫です。日光東照宮奥社宝塔は明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮奥社宝塔

  • 東照宮奥社拝殿

    栃木県日光市山内に日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)があります。東照宮の奥社の拝殿は間口5間、奥行3間、単層、入母屋造り、銅瓦葺き、屋根の前後に軒唐破風を付けています。寛永の大造替の時の寛永13年(1636)に建てられています。黒漆が基調で細部には金の装飾が施されています。内部は金色柱や極彩色で彩られています。明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮奥社拝殿

  • 東照宮奥社銅神庫

    栃木県日光市山内に日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)があります。東照宮の奥社にある銅神庫(どうしんこ)は銅鳥居の横にあります。間口3間、奥行2間、単層、寄棟造り、銅瓦葺きの建物で、江戸時代前期の承応3年(1654)に建てられています。昔は宝蔵と呼ばれ、家康の甲冑や刀剣、位記(天皇から授与された官位を証する書状)などが納められていました。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮奥社銅神庫

  • 東照宮奥社鳥居

    栃木県日光市山内に日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)があります。東照宮の奥社鳥居は坂下門から207段の石段を登ったところにあります。この鳥居は銅製明神鳥居で5代将軍徳川綱吉が江戸中期の天和3年(1683)に奉納したものです。扁額は後水尾天皇の勅筆です。昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮奥社鳥居

  • 東照宮坂下門

    栃木県日光市山内に日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)があります。東照宮の坂下門は拝殿前、祈祷殿横から徳川家康(東照大権現)が眠る奥社への入口の門として江戸前期の元和4年(1618)に建てられています。銅瓦葺きの、一間一戸の平唐門です。明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。普段は閉められ将軍参詣の折しか開く事がなかった事から「開かずの門」とも呼ばれていました。坂下門を出て奥宮へは207段の石段が続きます。石段は一段毎に一枚石を用い、石柵は一本石をくり貫いて造られています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/東照宮坂下門

  • 東照宮透塀

    栃木県日光市山内に日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)があります。東照宮の透塀は唐門から左右に延びて御本社を囲んでいます。瑞垣(みずがき)とも呼ばれています。東透塀は折曲り延長43間、銅瓦葺きです。北側(本社の背後)の中央には北唐門(背面唐門)、また、西側には、通称西唐門と呼ばれる潜り門があります。両下造りで、石垣の上に石造の土台を据え、柱は角柱で、黒漆塗りです。。西透塀は折曲り延長44間、銅瓦葺きです。東透塀、西透塀ともに寛永の大造替の時の寛永13年(1636)に建立され、昭和26年(1951)に国宝に指定されています。長押の表面には亀甲花菱紋を、金箔地に密陀彩色で描き、胴羽目には花狭間格子を設け、格子は金箔地、透し彫の花弁の表面は緑青、内側を朱塗りとしています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http:...東照宮透塀

  • 東照宮拝殿、石の間、本殿

    栃木県日光市山内に日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)があります。本殿は間口5間、奥行5間、入母屋造りの銅瓦葺きで背面に1間の向拝があります。石之間は間口3間、奥行1間、両下造り、銅瓦葺きの建物です。拝殿と本殿を石ノ間がつないでいて、一般の参拝は本殿の手前の石ノ間までとなっています。拝殿、石の間、本殿が一体化した権現造りで東照宮の中心です。寛永の大造替の時の寛永13年(1636)に徳川家光によって全面的に造り替えられたもので、寛永13年(1636)に完成しています。本殿、石の間は、拝殿、唐門とともに昭和26年(1951)に国宝に指定されています。本殿は神仏混合の名残が見られ、内陣や内々陣などが設えられ東照大権現が安置しています。下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~o...東照宮拝殿、石の間、本殿

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