四ッ谷 走Run会!!
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住所
千代田区
出身
荒川区
ハンドル名
boopeさん
ブログタイトル
四ッ谷 走Run会!!
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/natures_2012
ブログ紹介文
「歩く、走る」ということを健康的に楽しみ、さらには自然の素晴らしさを感動すべく企画運営する会
自由文
-
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25回 / 365日(平均0.5回/週)

ブログ村参加:2012/01/08

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四ッ谷 走Run会!!
  • フィンランドを走る・・・前編:ヘルシンキ郊外

    10月初旬にフィンランドで生まれた初孫に会いに行きましたので、泊まった宿(ヘルシンキ中央駅からフィンランド鉄道で4駅の郊外)の近くを走ってみました。フィンランドのヘルシンキは例年よりも寒い日が続いているようで、滞在中は小雨が多く、また小雪の日もあり、したがって気温も、ほとんど日本の冬の-1度~5度程度のヒートテックが必要なレベルでした。(10月はフィンランドでは最も雨の日が多い)ですから、雨で濡れて風を引いては孫に会えなくなることもあり、滞在1週間のうち走ったのは1日だけでした。(曇りまたは晴れの朝が3日間ありましたが・・・。)その日の朝の気温は1度でした。朝の7時半くらいでしょうか?路面は通常の道路は所々凍結しており、用意していたワラーチでのランはやめました。泊まっていた宿から、朝やけの景色CWXのタイツの上...フィンランドを走る・・・前編:ヘルシンキ郊外

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…立川~小仏峠~相模湖、その2(八王子宿へ)

    JR中央線の日野駅の裏手に坂下地蔵堂がありました。お地蔵さんが沢山一か所に集まっています。ところが、その写真がとれてませんでした。そこでGoogleMapより、以下をお借りしました。旧甲州街道はここで中央線に遮られてしまいます。ただ、昔はここに踏切があって、旧甲州街道は続いていたそうです。地蔵堂の隣の飯綱権現社その階段下にある小さな石仏群街道を若干戻り、日野駅前通りのガードをくぐって線路の反対側にまわり昔あったであろう踏切のあたりへ戻ります。そこは大阪上通りというようですが、坂道であって、昔の街道の名残の石仏群がありました。さらに走ると国道256号と合流します。そして、商業用自動車を製造する日野自動車が見えてきます。私の会社は運送会社なので日野のトラックには大変お世話になっています。日野のトラックは値段の安さ、...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…立川~小仏峠~相模湖、その2(八王子宿へ)

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…立川~小仏峠~相模湖、その1(日野宿)

    この日(4/28)の天気は快晴でした。朝からJR中央線は人身事故で、電車は中野でしばらく停まっていました。天気の良い日は人身事故が多いと聞きます。この国は明るい未来に向かっているのでしょうか?などと考えているうちに、電車は動き出し立川駅に予定より30分遅れくらいで到着しました。立川駅から前回終了したポイントまで、ゆっくりジョギングしていったのですが、太陽の日差しを直に感じる素足のワラーチが気持ちよく、足をシッカリ拘束したシューズを履いていたら感じることのできない喜びを感じました。ここから、前回の続きですが、古道らしく狭めの道幅とユックリ曲がりながら多摩川に緩慢な傾斜で下るのが旧街道らしくて良い雰囲気です。河岸段丘を下っているわけですね。途中には旧街道沿いらしく蔵のある立派な屋敷があります。東京賢治シュタイナー学...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…立川~小仏峠~相模湖、その1(日野宿)

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その8)野暮天

    熊野神社であるが、本殿の裏に古墳がありました。こういうタイプの神社は中仙道ではよく見ました。武蔵府中熊野神社古墳飛鳥時代の上円下方墳だそうですが、素晴らしい石組で大変立派ですね。相当な権力者の墓なんでしょうね。甲州街道の常夜灯昔の真っ暗な夜道では、この常夜灯が陸の灯台のように人々の安全、安心に多大な貢献をしたでしょうね。こんな曲がありました。なかなか、素晴らしいですよ。玉置浩二-常夜灯-COVER谷保天満宮この鳥居をくぐった参道が下り坂になっていました。これは、非常に珍しいかと思います。上り坂というのはよくある神社ですが、大きな神社で下り坂というのはあまり知りません。---------ウィキペディアより谷保天満宮(やぼてんまんぐう)は東京都国立市にある神社。甲州街道沿いにある。社伝によると、903年(延喜3年)...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その8)野暮天

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その7)弁慶と大般若経

    市川團十郎(7代目)の『勧進帳』の弁慶(ウィキペディアよりお借りしました)府中高札場(復元)と中久本店のある府中市役所前交差点旧甲州街道と府中街道が交わる場所です。この辺りだけ大正昭和レトロの雰囲気がある一角でした。幕末に創業された造り酒屋の中久本店黒漆喰で仕上げられた重厚な蔵造りの商家です。現在は酒の醸造はしてないようでした。カフェと酒屋です。いいですね。この雰囲気!箒(ほうき)のお店ですね。立派な蔵と日本家屋三田商事と書かれてありましたが、肥料の会社の様です。鹿島坂という由緒ありげな坂を横切ります。奥にいくにつれ下っています。高安寺参道入り口これは大寺院ですね。---------ウィキペディアより高安寺高安寺(こうあんじ)は、東京都府中市片町にある曹洞宗の寺院である。開基は室町幕府初代将軍足利尊氏であり、室...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その7)弁慶と大般若経

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その6)くらやみ祭り

    武蔵国府八幡宮の参道です。参道は京王競馬場線を横切るので、面白そうだから行ってみました。電車が通過するのを待っていたのですが、なかなか通らないので諦めました。本殿は西向きなのですが、そこに至る参道は北にあがっていくので、途中で直角に左に曲がっていました。本殿神職はいない神社ですが、管理は大國魂神社らしいです。その大國魂神社に着きました。東京大神宮、靖国神社、日枝神社、明治神宮とこの大國魂神社で東京五社というらしいです。古い神社ということではなさそうですね。格式が高いということなんでしょうか?、よくわかりません。ここの例大祭である「くらやみ祭り」をテーマにした映画が作成されつつあるようです。令和元年大國魂神社くらやみ祭りド迫力のある祭りですね。-------大國魂神社の例大祭は、関東三大奇祭の一つであるくらやみ祭...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その6)くらやみ祭り

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その5)近藤勇の甲州街道

    源正寺の六地蔵お寺は改築中でした。立派な屋敷発見!西光寺内の近藤勇座像を発見!幕末動乱の慶応4年3月、勝海舟の命により、近藤勇は新選組の生き残り他200名「甲陽鎮舞隊」を率いて江戸を発ち、土方歳三のふるさと「日野宿」に宿泊しながら、ここ「西光寺」に立ち寄ったそうです。(甲陽鎮舞隊ですが、200名のうち実際のところ新選組の残党はわずか二十名たらずだったようです。)勝は江戸無血開城の為、甲州を鎮撫せよと命じて、目の上のタンコブだった近藤たちを体よく甲府に追い払ったと自分は聞いています。勝沼駅近藤勇驍勇之図(ウィキペディア、甲州勝沼の戦いより)この旧甲州街道は勝沼で大敗した甲陽鎮舞隊の道でもあったんですね。西光寺山門西光寺六地蔵西光寺鐘楼仁王門(2階部分に鐘があり、真下から見上げると金が見えます。)正面が観音堂、右は...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その5)近藤勇の甲州街道

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その4)製鉄=権力を司る男子たれ

    調布の旅ランで知りました。「ひょっとこ」は「火男」からきたらしく、すなわち製鉄の竈(かまど)の火を竹筒で吹く男であり、昔の鍛冶と関係あり、そして子孫繁栄と関係があるようです。つづきの始まりさて、ゲゲゲの鬼太郎が住んでいる森のある布多天神社の参道にきました。鬼太郎が住んでいるだけあって、創建時期があまりに古いくて、はっきりと分かっていないほど歴史の深い神社だそうです。まあ、見にはいきませんでしたが。「映画のまち調布」と書かれた門がありました。調布は映画の町だそうです。調布市のHPには以下のことが書かれていました。東洋のハリウッド(調布市のHPより)-------調布市内には、日活調布撮影所、角川大映スタジオと、2ヶ所の大型撮影所があるほか、高津装飾美術株式会社、東映ラボ・テック株式会社、東京現像所など現在も数多く...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その4)製鉄=権力を司る男子たれ

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その3)鬼太郎の調布

    柴崎駅入口交差点の角に立つ風化してしまった小さな石仏がありました。ここは佐須街道(さずかいどう、深大寺への参拝道である)の入り口です。甲州街道を旅した人が深大寺に立ち寄るための参道だったようで、昔はそれなりに賑わっていたと思います。野川を馬橋にて渡ります。橋を渡ると再び国道を離れ旧甲州街道を走ります。国道を離れると正直ホッとしますね。排気ガス、騒音、似たような街並みから解放されますから。国領駅前に小さな祠(昇福稲荷大明神)がありました。(画像は多摩の神社準備室よりお借りしました。)歩道の真ん中に堂々とデンとしてありました。普通なら道の脇に移動してしまいそうな気がしますが、…。大事にされているようですが、霊験あらたかなんでしょうか?この国領あたりで旧甲州街道は大きく曲がり多摩川に平行した感じになります。その近くに...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その3)鬼太郎の調布

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その2)滝坂道

    金龍寺山門の仁王像だが、筋肉隆々だけど、右手が???「おいっ、金出せ!」と言ってるみたいに見えてしまった。すみません!さて、つづきを・・・さらに国道沿いを走っていくと段々と下り坂になりました。右手に大きく下がっていく下り坂が見えてきます。旧甲州街道瀧坂旧道の碑ここは江戸時代に甲州街道が開設される以前、江戸と府中を結ぶ街道であった滝坂道(中世の「府中道」の一つで、江戸時代には「甲州街道中出道」と呼ばれていた。)の終点になる場所です。-----------以下、世田谷の古道を行くより抜粋「滝坂道」は徳川幕府が慶長7(1602)年に甲州道中(甲州街道=現在の国道20号線)を整備する以前、江戸と武蔵国府のあった府中方面を結んでいた中世の「府中道」の一部だったとされる道筋です。この道は渋谷の道玄坂で大山街道(矢倉沢往還=...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その2)滝坂道

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その1)キューピー

    日頃の煩雑な用事が多すぎて、走った記録を残すことを忘れてしまいます。それでもスマホの写真が色色なことを思い出させますね。それにしても、書き出すと止まらなくなり、しかも長文になるので短く切ってブログアップすることにします。この日は3月17日の日曜日、千歳烏山駅から甲州街道沿いに走り、立川のあたりで終了し、風呂屋に入って立川駅周辺で一杯呑むつもりでありました。(その「ラン+銭湯+居酒屋」という旅ランのパターンが、自分の心のリフレッシュのルーティーンになってます。)さて、天気は晴れたり曇ったりの丁度良い天気。東京の街中(世田谷区)にしてはあまり見たことの無い建物がニョッキリ。生コンクリート販売会社のようです。ちょっと調べたら、ここの会長が農業が趣味で本をだしていました。出社前に畑仕事ができたみたいですね。羨ましいです...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…千歳烏山~立川(その1)キューピー

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…日本橋~千歳烏山(その4)

    甲州街道で唯一ここだけではないか?と思うのですが、暗渠でない開渠の玉川上水が見られる場所に着きました。代田橋駅そばのあたりですね。名前の通り、昔は甲州街道が玉川上水を渡る地点に橋(大多橋)があったそうです。甲州街道は江戸を出てからの道はというと地形的に尾根筋みたいなんですよ。分水嶺だから、街道には橋というものがあまりないんです。ですから、人工的な玉川上水にかかる橋は、ちょっとした名所であったようです。水は全く流れていませんね。この甲州街道の代田という地名は巨人のダイタラボッチ伝説と関係あるみたいです。→参考:「だいだらぼっち」の川(北沢川下北沢西支流)画像はウィキペディアのダイタラボッチよりまんが日本昔ばなし1276【だんだらぼっち】何処にあったか忘れましたが、街道らしい石像。青面金剛像かな?京王井の頭線塩硝蔵...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…日本橋~千歳烏山(その4)

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…日本橋~千歳烏山(その3)

    名所江戸百景四ツ谷内藤新宿歌川広重(うたがわひろしげ)大木戸をすぎて江戸から離れました。まずは、1個目の宿場町、内藤新宿です。内藤新宿の復元模型(新宿歴史博物館蔵)。奥が東で、四谷大木戸に至る。手前の分岐点が新宿追分。ウィキペディア内藤新宿よりお借りしました。昭和20年創業の追分だんご本舗です。中で団子を買う人が行列してます。なぜか、そんなに歴史は古くないですね。元々は高井戸にあった柳茶屋というのが元禄時代に移転して追分団子になったようなのですが、それなら、創業はもっと古いはずなんだと思うのですが…?まあ、いいかぁ。団子が美味ければ関係ないや。歴史はあまり味と関係ありません。行列していた牛かつ屋正直いってトンカツの方が美味いと俺は思いますが、皆さんはいかがなもんでしょうか?新大久保や高田馬場にあった牛かつ屋は一...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…日本橋~千歳烏山(その3)

  • 桜ランを行いました。

    3月31日の日曜日に桜ラン(井の頭公園の神田川源流から川沿いに高田馬場まで)を実施しました。まあ、走ったのは2人だけでしたけど(笑)井の頭公園は凄い人だかり花見客ばかりです。ついつい、食べているツマミに目がいってしまいます。ただ、公園内は火気厳禁ですので、焼肉とかやっている人はいません。みた感じは手作りのお弁当の方はあまりいなくて、コンビニで買ったものやファストフードが多いようでした。井の頭弁財天に集合12:00銭洗い弁天に祈願!井の頭池の湧水口である「お茶の水」この源流から、神田川が始まります。京王井の頭線の踏切踏切は電車が通ると撮り鉄ではなくても、なんとなく写真を撮ってしまいます。下高井戸の塚山公園にある復元された竪穴式住居この辺りは住居跡20軒が発掘され縄文時代中期の集落で、中央に広場と集団墓地を設け、そ...桜ランを行いました。

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…日本橋~千歳烏山(その2)

    半蔵門を曲がったあたりは昔、三越クラスの大店があった場所だと聞いていました。写真のみずほ銀行のあたりらしいです。その大店とは、呉服木綿屋の岩城枡屋という商人でした。間口35軒の大商人ですが、今は存在しません。江戸城のそばだったので武士が沢山すんでいたこともあり、商売繁盛しました。かたや、三越はといえば下町の日本橋でした。ただ、時代が庶民の時代になるにつれて、三越の方が優位になったようです。さらに、幕末には幕府方を応援(新選組の大スポンサー)したこともあり、明治に入って閉店になってしまったらしいです。四谷見附の石垣これも昔の写真が見つかりましたので載せます。四谷門(写真は、ウィキペディア江戸城三十六見附より)今とビックリするような変わりようです。この向こうの辺りは大規模な再開発工事(名称は「コモレ四谷」)が進めら...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…日本橋~千歳烏山(その2)

  • 旅ラン「甲州道走膝痛シ」…日本橋~千歳烏山(その1)

    初春ですが、まだ肌寒い中、旧甲州街道の旅ランを始めました。いつものように、最後は適当なところで終えて銭湯に入り、そして居酒屋放浪といういつものプランにて走ります。背負うザックは着替えと防寒着でデップリと膨らんでいます。あまり格好よくありませんが、寒くて走れなくなるのは嫌なんで、念には念をと沢山詰め込みました。頚椎ヘルニアから復活して、まだ間もない旅ランなので超スロージョグです。日本橋は首都高速道路の日本橋区間約1キロほどが地下化され景観が改善されるそうですね。しかし、地元の人は金がかかるから「地下化するより外しちまえ!」と言ってるみたいです。もう車社会じゃないし、3本の首都環状線が出来てきてるから日本橋で降りる車なんか少ないんじゃないかというわけです。パリでもロンドンでもローマでも、高速道路は郊外だけで街のなか...旅ラン「甲州道走膝痛シ」…日本橋~千歳烏山(その1)

  • 神田川の桜でも観ながらスロージョギングでもしようかと…

    突然、思いつきました。今度の3月30日(日曜日)あたりは桜が満開かな?と・・・。そこで、井の頭公園から走り始めて、高田馬場まで神田川の桜でも観ながら川沿いにスロージョギングしようかと思います。適当ではありますが、多分、約17キロぐらいじゃなかろうかと考えてます。まあ、ハッキリ調べてないのでわかりません。ただし、極端に寒かったり、雨なら軟弱ですが中止します。(その場合、前日の18時までにはこのブログにアップします)あくまで、花見しながら、ノンビリ走ります。高田馬場に着いたら、希望者は世界湯でひと風呂浴びて、さらに希望者は湯上がり後のポカポカの体を鎮めるべく至極の一杯を求めてどこかで飲もうかと思いますが、いかがなもんでしょうか?(突然の予約が取れれば、いつも自分が行く「やきとんてるてる」、予約できなければ栄通りあた...神田川の桜でも観ながらスロージョギングでもしようかと…

  • 旅ラン「日光道中膝痛シ」…(今市宿~日光東照宮)その3

    日光は湯葉関連の店が多いですね。神仏習合文化の郷だから、代表的精進料理として発展したんでしょうか?途中の蕎麦屋で「元祖ゆばそば」と書いてあった店「魚要」では行列してました。食べたかったけど、行列するのは嫌なのでパスしました。しかし、神仏習合文化といえば、東照宮は神社なのかお寺なのか?東照宮を作ったのは「天海大僧正」というお坊さんだから寺?祀っている徳川家康は「東照大権現」というくらいだから、やはり神社?調べてみたら、権現とは(以下、ウィキペディアより)--------→権現(ごんげん)は、日本の神の神号の一つ。日本の神々を仏教の仏や菩薩が仮の姿で現れたものとする本地垂迹思想による神号である。権という文字は「権大納言」などと同じく「臨時の」「仮の」という意味で、仏が「仮に」神の形を取って「現れた」ことを示す。さら...旅ラン「日光道中膝痛シ」…(今市宿~日光東照宮)その3

  • 今年も若潮マラソンに会で参加しました。

    今年も若潮マラソン参加しました。今年から秘密基地が使用できなくなり、今回の宿泊基地は国民休暇村そばの館山シーサイドヴィレッジとしました。ココはもと臨海学校だった施設で、なんだか学生に戻った気分。懐かしい!前夜の夕食はオデンに刺身。持ち込み料理です。基地の周りは家が殆どなく、街燈もなく、夜になると・・・真っ暗闇。1メートル先も見えず、足元も見えず、ま、ま、ま、真っ暗闇夜、館山駅からバスに乗って近くのバス停についたQちゃんを全員で迎えに行きました。というのも、この闇の中、一人で基地に辿り着くのは困難!絶対に遭難しますね。懐中電燈もないので、スマホの明かりでなんとか、バス停に向かいました。しかも、台風並みの強烈な風と寒さ‼‼ただ、空は超満天の星!結構、こんな都会では味わえない経験が楽しかった。翌日は快晴でした。ただ、...今年も若潮マラソンに会で参加しました。

  • 旅ラン「日光道中膝痛シ」…(今市宿~日光東照宮)その2

    静かな日光街道杉並木を楽しんで走る俺茶屋「お休み処叶」江戸時代から「叶一」といブランドで味噌・醤油を販売している日野為商店が併設している施設まだ休んでる場合じゃありません。先を急ぎます。何故かフクロウの像が立ってる古民家後で調べたら、日光市出身のフクロウをモチーフにした彫刻家の「ふくろうの森手塚登久夫石彫館」という建物みたいです。今市総鎮守瀧尾神社(たきのおじんじゃ)に到着立派な鳥居です。鳥居は、世俗と神域との境界線なのですが、じゃあなぜ鳥居というのか?、いつごろからあるのか?、それらの答えとなる説は沢山あって、本当のところは良くわかってないみたいですが、数ある説の中では「古代インドの垣の門をトラーナ(Torana)と呼び、その音が似ていることからトラーナが元となった。」というのが好きです。トラーナ(アジアの涼...旅ラン「日光道中膝痛シ」…(今市宿~日光東照宮)その2

  • 旅ラン「日光道中膝痛シ」…(今市宿~日光東照宮)その1

    新年が始まってしまいましたが、昨年の晩秋を思い出しながら投稿しています。前回の終了地点、今市の追分地蔵から出発です。とりあえず、地蔵の前にて写真を一枚!ですが、腕と足の動きが反対でした。まずは、コンビニにて腹ごしらえです。朝早く起きたので、まだ何も食べていません。とりあえず、カロリー高めの朝食にしました。報徳二宮神社二宮金次郎を祭る神社です。ところで、疑問が・・・。なぜ二宮尊徳神社じゃないのでしょうか?一体全体、報徳って何?これは報徳思想(二宮尊徳が説き広めた経済思想、経済学説)からきたみたいですね。---------以下、ブリタニカ国際大百科事典より報徳思想(読み)ほうとくしそう報徳思想【ほうとくしそう】二宮尊徳の根本思想で,人は天・地・人の徳に報いるために,自ら徳行を実践しなければならないとの考え。財政再建...旅ラン「日光道中膝痛シ」…(今市宿~日光東照宮)その1

  • 旅ラン「日光道中膝痛シ」…(雀宮宿~今市宿)その3

    杉並木の間に通る街道は台風で落ちた枝で真ん中だけ路面が露になっていた。これだけ人通りの無い街道では、人が歩くところが自然に露になったということは考えられない。真ん中はレレレのオジサンのように誰かが掃いたのであろうか?【トリビアの泉】レレレのおじさんがほうきを穿いているのは悲しい理由があるなんか、レレレのおじさんが街道の先で掃いていたら楽しいんだが…。そう思えば、なんかそう見えるような気がする。日光杉並木を走る途中、一里塚発見!御成街道水無一里塚と書いてありました。ちゃんと街道を挟んで反対側にもありました。一里塚のあたりをパノラマで撮ってみました。この辺りはレレレのオジサンの担当区域外なんでしょうか?掃いてないですね。立派で綺麗な地蔵尊です。舗装されていない旧日光街道です。所々に小石があって、薄っぺらなワラー...旅ラン「日光道中膝痛シ」…(雀宮宿~今市宿)その3

  • 旅ラン「日光道中膝痛シ」…(雀宮宿~今市宿)その2

    橋を渡ると石那田八坂神社でした。明暦元年(1655年)の創建で旧石那田村の鎮守です。鎮守にしてはなんとなく軽々しい建物に見えます。ここで牛頭天王を祀る天王祭の屋台がでるという案内板が立っていました。なんだか、それなりに賑やかなお祭りのようなので、帰京したらyoutubeで確認してみようと思いました。石那田八坂神社天王祭映像をみると、この建物自体は本殿ではなく、神輿渡御の際に、お神輿が神社を出て、一時的に休まれて、神事を行う「仮の宮」→御仮屋(おかりや)という建物でした。神社からの日光街道の歩道は急な坂になり、車道との高低差が激しくなります。この辺りが日光街道で最も車道との高低差があるところでバスも眼下に見るほどになります。街道沿いには殆ど建物はないです。ですから、コンビニも自動販売機もありません。日光が近いとい...旅ラン「日光道中膝痛シ」…(雀宮宿~今市宿)その2

  • 旅ラン「日光道中膝痛シ」…(雀宮宿~今市宿)その1

    段々と山が近づいてきました。前回の終了地点に着きました。天気は曇りで、肌寒い気温でした。まず、街道からちょっと300mほど外れますが、コンビニまで行き、朝食を購入。歩きながら食べ、ゆっくり痣地蔵へ向かいました。日光道中最大級規模の宿駅、徳次郎宿の痣地蔵堂(あざじぞうどう)説明版があるのだが、下半分が風化して読めませんでした。なんとか解読してみたが、次のことぐらいしかわからなかったです。・土中から発見された。・このお地蔵様にお願いすると,「あざ」や「いぼ」が不思議に治るらしく、東京福島茨城からも祈願に来た。・岩曽町の半田氏祖母の…ところで徳次郎宿はトクジロウではなく、トクジラと読むのが正しいみたいです。ですが、交差点の道路標識などはトクジロウとなっていました。本来は歴史資料から、その昔は得志良または外久次良と書く...旅ラン「日光道中膝痛シ」…(雀宮宿~今市宿)その1

  • 旅ラン「日光道中膝痛シ」…(小山宿~雀宮宿)その3

    旧日光街道は国道4号線に沿って走っていました。地点Aこの畑の横が旧日光街道になりますが、まったく街道には見えません。ここで良いのか、道は合っているのかと地図アプリで確認しました。地点B地点Cもう、完全に道ではありませんが、行けるところまで道なき道を走ります。地点Dそして、突然現れる下野市庁舎なるべく、旧街道に沿いたく、市庁舎の中を歩きたいのですが、あいにく日曜日で市庁舎は休み市庁舎の周りを廻る地点E正直な話、この道なき旧街道をいくのは、ちょっとした探検のようで面白く感じました。この下の旧街道を想像しながら、「かつての面影を感じられるものはどこかにないか?」、探しながら走りました。面影らしきものは、辛うじて、大谷石づくりの蔵が街道沿いに立っているだけでしたね。旧街道に沿っている国道4号線は畑の向こうにあります。こ...旅ラン「日光道中膝痛シ」…(小山宿~雀宮宿)その3

  • 旅ラン「日光道中膝痛シ」…(小山宿~雀宮宿)その2

    さて、ココは小さな宿場町、日本橋から数えて13番目の新田宿あたりです。堂々とした立派な家思わず写真を撮ってしまいました。喜沢の追分にある石碑群ここでは日光西街道、日光街道、旧日光街道にわかれていますが、旧日光街道は昔の旧道を市の偲ばせる細い道になりました。(左の道は日光西街道)左が日光街道で右が旧日光街道国道を外れ、昔の細い道が嬉しいのです!喜沢一里塚東塚は盛土の跡が辛うじて残っていましたが、近所の方も行政も保存しようという気持ちが全くないように感じられる一里塚でした。そのうち、消えて無くなりそうです。せめて、説明の看板ぐらいあっても良さそうですが、…。天守閣のように建てた家高架線路沿いに進みます旧道は線路の反対側に沿ってありましたが、今は跡形もないです。時々、横長の雑木林がみえるので、あの中辺りを通っていたの...旅ラン「日光道中膝痛シ」…(小山宿~雀宮宿)その2

  • 旅ラン「日光道中膝痛シ」…(小山宿~雀宮宿)その1

    またまた、日帰りの旅ラン開始小山宿の足利銀行角からのスタートです。本日もワラーチに編み笠スタイル。どちらも暑い日の旅ランには最適なグッズです。もう、これなしでは走る気がしないです。学生服の店ですが、なかなか良い看板だと思いませんか?入学生がみたら、これから夢のような学生生活が始まる気がするんじゃないですかね。いきなり、綺麗な興法寺の参道が現れました。小山の戦いといって江戸脱走の旧幕府軍と、新政府軍の先鋒軍がこの寺で激突したそうです。境内にあった仏塔群その境内興法寺の反対側にあった火伏せ・防火に霊験のある愛宕神社宿場町には大抵ありますね。お菓子の蛸屋総本店この蛸屋というのは彼方此方で見かけました。かなりの販売網をもってますね。そこでネットで調べてみました。ところが、101店舗という展開でその度が過ぎて、昨年6月に...旅ラン「日光道中膝痛シ」…(小山宿~雀宮宿)その1

  • ゼロから始めるランニング、スロージョギング、ウォーキング練習会(10月)

    ゼロから始めるランニング、スロージョギング、ウォーキング練習会(10月)Running、slowjogging、walikingpracticesessionfrombeginners(訂正:日付を1週間間違えました。10/21(日)です。)一人で練習しても、なにか物足りないものを感じる方、ともに新宿の戸山公園あたりで練習しましょう。1.集合、準備体操新宿スポーツセンター内ロビーに集合、準備体操(ストレッチ、筋力UP)を全員で、且つ各自のできる無理のない範囲で行います。(なお、集合場所までそのまま走れる服装できてもOKですし、有料ではありますがスポーツセンター内のトレーニング室にて着替えたり、シャワーを浴びたりすることもできます。また、ランニング中は荷物番もおりますので安心して練習できます。)2.ラン、ジョグ、...ゼロから始めるランニング、スロージョギング、ウォーキング練習会(10月)

  • 旅ラン「日光道中膝痛シ」…(古河宿~小山宿)その5

    走っていると街道沿いにレース鳩市場オグラ鳩舎というのがありました。昔は東京でも鳩をたくさん飼っている人がいましたが、今は殆どみかけませんね。日光という文字の入った看板を見つけました。東京からトロトロ走ってきて、日光街道という文字列以外で日光の文字はあまり見てません。まあ、地面ばかり見てたからかもしれませんが、…。日光の名物である「ゆば」ですね。今、ふと考えました。湯葉をとった後の液体はどうなるんでしょうか?豆腐と違って、結構豆の成分が残りますよね。タンパク質のない豆乳だと思うのですが、何かに利用されるんでしょうか?捨てられるだけなのかな?材木屋さんのようです。遠くから煙突がみえたので酒蔵か醤油工場かと思ってました。ところが、入り口の門に「小野塚イツ子記念館」とありました。記念館というからには公共の施設なのでしょ...旅ラン「日光道中膝痛シ」…(古河宿~小山宿)その5

  • 旅ラン「日光道中膝痛シ」…(古河宿~小山宿)その4

    千駄塚古墳の頂上にある浅間神社にて現在、間々田宿のあたりです。小川家住宅からすぐの場所に逢いの榎という2本の大木があった場所に記念碑がありました。江戸に18里、日光に18里の日光街道のちょうど中間点だったから間の榎、そして相思相愛の男女が結ばれるという俗信から「逢いの榎」と呼ばれるようになったようですが、板橋宿の縁切り榎の逆バージョンですね。どちらも榎ですが、縁の樹ということでしょうか?ウィキペディアによると、榎の和名は「エ」なんだそうで、だから「エの木」。枝ぶりが良く、広く枝を広げる榎は夏には涼しい日景をつくる姿から榎という字があてられた和製漢字だそうです。一里塚で最も多く植えられた榎は、大木になって目立つのが主な理由でしょうが、旅人がその木陰で一休みするために植えられた癒しの旅人の樹でもあったのでしょね。さ...旅ラン「日光道中膝痛シ」…(古河宿~小山宿)その4

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