和歌山城天守の北側にある「西之丸庭園」を訪れた。時期はずれなので、入園者は少ない。別名を「紅葉渓(もみじだに)庭園」とも呼ばれ、紅葉時期に大勢の人が訪れるという。池泉(ちせん)を赤いモミジが彩る紅葉の名
福島県庁から東へ約3km行くと、渡利(わたり)地区に花木が賑わう小山がある。春、色とりどりの花が咲きそろうと、桃源郷のような景色が現れる。阿武隈川右岸の丘陵地中腹の「花見山」だ。両側にちいさな川(鈴ケ入
磐梯山南麓に広がるスノー・リゾートアルツ磐梯に隣接する温泉に宿泊する。大浴場「朱嶺の湯」に朝晩2回浸かり、花見の疲れを癒す。スキー場とゴルフ場の間にある星野リゾート・磐梯山温泉ホテル。ホテルから
東武線・藤の牛島駅から徒歩10分の住宅街に「藤花園」がある。藤花園には、樹齢1200年の九尺藤(ノダフジ)があり、花房の長さは最も長いもので2mになる。藤棚の面積は700m2に及ぶ。ミニ見晴し台があり、撮影
猪苗代湖の北を通る磐越自動車道の磐越河東ICを過ぎると、会津盆地が広がる。と同時に標高1816mの百名山・磐梯山の秀峰が良く見える。会津盆地は、複数の河川が流れ込んで形成された複合扇状地。そして流れを
ラーメンで有名な喜多方市。春は東北地方屈指の花見の名所となる。昭和59年に廃線になった旧国鉄日中線跡地を「自転車歩行者道」として整備。約3kmの道に渡り、1000本のしだれ桜並木が建ち並ぶ。日本最大級のしだ
紅枝垂地蔵ザクラは、三春滝ザクラから南へ3.5kmの郡山市中田町にある。福島の桜ツアーでは、滝桜と地蔵桜とがセットなることが多い。福島県の一本桜・番付表では、滝桜が東の横綱、地蔵桜は「西の横綱」と評価さ
利根運河の西側河口に、花見ができる小さな公園がある。天候に恵まれると、富士山や筑波山を望むことができる。江戸川左岸土手と利根運河右岸土手が交わる場所なので、チャリダーが休憩する処(四阿)にもなる。
人口約1.7万人の三春町にあって、郡山市と接し複雑な町境を有する岩江地区の高台でランチする。見晴しが良く、近くに桜並木もある。JR磐越東線(ばんえつとうせん)の舞木駅から東1.5km丘陵地。洋食レストラン、
春に梅と桜と桃が同時に咲く田村郡三春町。人口1.7万人が住む「さくらの里」として知られている。町内には1万本を超えるさくらがあり、なかでも樹齢100年を超えるシダレザクラが70本あるという。町の木はしだれ桜
江戸川土手の斜面が黄色に染まる春。しかしここ数年、堤防補強工事に伴い、菜の花の咲く面積が減少している。「国土強靭化計画」の一環で堤防が改変され、表土と共に菜の花が除去されているため。[撮り溜めた写
国の天然記念物に指定されて100年が過ぎた「三春滝ザクラ」。約25年ぶりに三春町を訪れたが、幹の樹盛は衰えていない。堂々たる枝ぶりだ。四方に伸びた枝から桜色の滝が、ほとばしるように見えたことから付いた
利根運河に流れる水を近くで見ることができる場所が「運河水辺公園」。水量が少ないので、少し堰き止めるようにして水辺を造っている。両岸に桜並木があり、ささやかながら「さくらまつり」も開催される。左岸の
流山・三輪野山(みわのやま)の西側に「一本桜広場」がある。芝生広場の中央に、大きな桜の樹が立っている。閑静な住宅街の一画の敷地は、約6500m2(100m×65m)。近隣の幼稚園児や小学生たちが、桜の周りを遊
東京理科大・野田キャンパスの対岸、利根運河の左岸土手に桜並木が続いている。地元民の花見場所で、固定式のテーブルや椅子が整備されている。桜並木の中間付近に、小高い丘がある。ポケットパークの「眺望の丘
桜時期の散歩際、少し立ち寄る処がある。旧日光東往還だった道路に佇む深井山浄信寺。境内に高さ10m程のしだれ桜がある。長い期間その花姿を楽しめる。彼岸の墓参りに来た人を癒してくれる。 正門の脇のソ
春の彼岸を少し過ぎた頃に、「お墓参り」する。墓掃除と供花、年中行事だ。そしておはぎを休憩室で食べて、故人を偲ぶ。今年は桜の開花が1週間程早かった。そのため牛久沼聖地公苑は満開を迎えていた。桜雨の
桜満開のピークを過ぎた頃、柏の葉公園を散歩する。園内の桜処を観て歩くと、軽く1万歩を超す。毎年に訪れているので、効率良く歩き回ることができる。場所によっては、花吹雪が散った跡があった。 東京の桜
つくば市泊崎の千勝神社に立ち寄り、桜を観る。あいにくの雨桜となる。傘をかざして参道と境内の桜を眺める。千勝を「ちかつ」と読む。祭神の猿田彦大神から来ている。「ちかつ」は、「打ち勝つ」に通ずるという。
都内に所用で出かけた日、上野公園に寄る。いわゆる「さくら通り」付近は、人出が多く渋滞気味。不忍池側で花見する。池周辺を1周半ほど歩く。野外ステージ施設は仮囲いがあり工事中。ボート乗りが定休日であり、
比較的近場に位置する野田・清水公園には、年に2回から4回(梅・桜・躑躅・紅葉など)訪れる。適当な運動歩数となる。当該公園は、千葉県で3カ所目の「日本さくら名所百選」の地。次いでながら、県内の他2ヶ所
利根運河左岸台地の流山市西深井。江陽台病院の東側に真言宗の浄観寺がある。境内には桜の老木が4本ある。年はとっているが沢山の花を咲かせて、境内を明るくしている。 満開時と散り始めに浄観寺に寄る。
コロナ制限が緩和され、グループによる会食が可能となった。新年度が始まる前に、昔の同僚が集まり春ランチを楽しむ。新宿駅新南改札を出た「ペンギン広場」で待ち合わせする。このペンギン広場は、2016年にオー
近所を「徘徊」していると、モクレンをよく見かける。ハクモクレン(白木蓮)とシモクレン(紫木蓮)の紅白の花が咲き誇る春。樹木が温かい春を歓んでいるようだ。葉の色には、白、ピンク、紫、紅紫とある。夏に咲く
横浜港の埠頭近くに建つ、赤レンガ倉庫パークを散策する。明治政府によって造られた。南側の2号館は明治44年、北側の1号館は大正2年に竣功した。平成元年に新港埠頭の倉庫として役割を終える。歴史的建造物として
ソメイヨシノよりも一足先に公園を彩る椿寒桜(ツバキカンザクラ)を柏の葉公園で楽しむ。淡紅色の花が密に咲き、その咲姿が華麗なので「初美人」とも呼ばれる。花言葉として、優れた美人とある。また「雪割桜」と
横浜桜木町駅近く、大岡川河口および運河を周回散歩する。本町に高層ビルが完成していた。横浜市役所が入る高さ155mの建物。桜木町駅南口から市役所の間には大岡川がながれているが、この川を跨ぐように曲線線
葛西海浜公園から東京湾を望む。海面がキラキラ輝く春の日。光る沖合に、「海ほたる」や「風の塔」が確認できた。春の陽光を浴びて海を眺めていると、海外クルーズの旅に行きたくなる。 西なぎさの湾内の一
近くの柏の葉公園にも河津桜20本が植えられている。コミュニティ体育館横の芝生公園の一画。植樹されて7年が過ぎた。まだ小さくて、「可愛い桜」だ。少しずつ大きくなっている。 芝生公園の東側に植えられた
利根運河の右岸側に静かな市街地が広がっている。野田市山崎地区で、梅園がある。梅園を通り抜ける道路から紅色と白色の梅花を観ることができる。通りかかった日、すでに紅梅は大半が散っていた。散るのが1週間
葛西渚橋を渡って、西なぎさの砂地から東京ゲートブリッジを望む。対岸の若洲公園の森の中で、「恐竜」が睨めっこしているようだ。2012年に開通して、開業10年を超えた。巨額の建設費を要したが、高速道路では
利根運河と理窓記念自然公園近くに白梅の樹がある。管理された小さな草原(くさはら)の「地主」のような佇まいだ。枝いっぱいに咲いた花は、沢山の虫を寄せ集める。青空に映える白い花塊・・。 自然公園と
雨上がりの午前中北寄りの風が吹くと、富士見景が楽しめる。そんな日は、江戸川に架かる玉葉橋に出向く。風が強い橋の上を歩く。埼玉県側に向かう場合は向かい風に、千葉県に戻ってくる際には追い風となる。行き
柏の葉公園ボート池の畔(ほとり)に咲く、梅を観て歩く。紅梅と白梅が植えられている。紅梅は見頃を過ぎていた。手入れが行き届いている公園の梅樹。薄紅色の豊後梅(ぶんごうめ)が見頃となっていた。原産が大分県で
葛西臨海公園・展望広場から渚橋を通って、「西なぎさ」に渡ることができる。葛西渚橋の上と砂浜からは、渚越に富士山(なぎさ富士)を望むことができる。西なぎさの干潟規模は、面積30ヘクタール、延長770mほど。
慈光山金乗院の境内に、赤い馬酔木の樹がある。スズランのような小さい釣鐘状の花が房になっている。アセビは、2月から4月に咲く春の花。白い花房が多いが、ピンク色、赤色の品種がある。濃い赤色アセビは、パッ
早春の風が吹き抜ける江戸川を歩く。まだ早い菜の花と北方の山を観る。日の当たりの良い斜面に、黄色が点在して様。これから、空と斜面が「ウクライナ色」に染まってゆくだろう。遠い現地では、暖をとるのに苦
海育ちなので、海が見たくなることがある。そんな時、都立・葛西臨海公園へ行くことがある。自宅から約1時間(南流山からJR武蔵線を利用)ほど。大観覧車前の花畑のスイセンは、終了していたが、河津桜が見頃を迎
北風吹くなか江戸川土手を朝散歩する。スギ花粉の飛散に対する注意が発令されている。堤防天端を歩くのをやめて、下の道に切り替える。強い風と花粉被害を避けるために・・。土手から頭を出している白い富士が
金乗院の赤い仁王門は、清水公園のなかで際立つ。その門の脇に、1本の枝垂れ梅がある。約3mに及ぶ枝垂れの長さ。仁王門は、15年前に開基600年を記念して、古(いにしえ)の丹塗(にぬ)りに塗り替えられた。
晴れた日、江戸川土手から関東平野を囲む山々の一部を望む。川上流(北)に、日光連山が陽を浴びている。目を凝らすと、日光白根山らしいピークが確認できる。金精峠を車で何度通ったことがあるが、関東最高峰(標
黄色い蝋梅(ロウバイ)が咲く山門をブラつく。慈光山金乗院の朱色の仁王門前のミニ梅園だ。ロウバイの香りは、甘くフルーティで、清涼感がある。訪れた日は、その香りが消えていた。前日の強風の影響だろうか。寒
江戸川土手から対岸の街吉川市を望む。後方に副都心のビル群が霞んでいた。目を凝らすと、小さな築山が見える。築山は、小さな富士山で、「よしかわ富士」または「きよみ野富士」と呼ばれる。この時期、枯草色
好天に誘われて清水公園の梅園を散歩する。太陽の日差しは強いが、風は冷たい。梅花は、1分から2分咲き程度。これから先も、観梅散歩を楽しめそうだ。 梅園の隣には、大正時代から書院として使われた聚楽
江戸川左岸沿いに建設が進む、GLP ALFALINK流山プロジェクト。プロジェクトで最大規模となる5・6棟目が完成した。周囲を散歩する。両棟は、2階部分がブリッジで連結されている。北流山エリアに、4階建ての
江戸川架かる流山橋(1965年開通)と玉葉橋(1984年開通)との間に、新しい橋「三郷流山橋」が概成している。今年春の開通を見込んでいたが、秋頃に延期されるという。当該は、全長1960m、渡河部450mの有料道路。通
上野公園の桜通り近くの大石鳥居から西へ180m石畳路が続く。上野東照宮の表参道で、水舎門、神楽殿を経て、唐門に至る。参道には、大きな石灯籠と銅灯籠が並ぶ。灯籠の笠石に雪が積もる姿は絵になる光景となる
夕陽が降りて来ると、富士山頂が黒く浮き上がって来た。それまでは、薄曇りで全く見えなかった。天辺に鎮座する位置になると、富士山頂部の外輪山が見える。4つのピークが確認できた。 古より山岳信仰の
上野動物園に隣接しているが、ひっそり佇む「上野東照宮」。2013年に社殿の保存・修復工事が終わり、煌びやかな復元となった。社殿(金色殿)などの豪華な建物は、戦争や震災にも崩壊・焼失を免れた。江戸初期
夕刻、江戸川土手を歩いていると、飛行機雲を見かけることがある。都心上空を多くの航空機が行き交うのがわかる。夕日が「ひこうき雲」を照らす光景を・・。 飛行機雲が発生して見られるのは、上空の
先日、一時降雪になった都内。三寒四温を繰り返して、春に向かってゆく時期だ。毎年、上野東照宮ぼたん苑で開催される「冬のぼたん祭り」(1月1日から2月23日)を訪れた。霜・雪除けの「わらぼっち」に囲まれ
夕方、北風が富士山の斜面に強く吹きつけていた。北斜面を掃除するように駆け上がり、頂上を過ぎて雲を掃き出しているようだ。千切れ雲も、稜線で消えて、南斜面で復活する。南側に尾を引くように・・。
江戸時代、外桜田付近で曹洞宗本山として栄えた萬松山泉岳寺。寛永18年の大火によって泉岳寺の伽藍が焼失して、現在の高輪の地に移転した。幕府から再建を命じられたのは、浅野家を含む五大名。その縁で浅野
赤く染まった夕空に、黒い富士山が浮かび上がる。夕日が北斜面に沈むと稜線が鮮明に見えて来る。そして暗闇迫る街に、リユース展望塔の白さが目立つ。暗闇は、多くのものを隠し、見えなくする。日が暮れて、闇夜が
江戸川上空に、変わった雲が出現した。チョコレート入りコロネ・パンを連想せれるので、「コロネ雲」と呼ぶ。渦が巻いたような形状であったが、徐々にねじれが緩んでいった。上空の強い風と上昇気流、そして地
JR高輪GW駅の西側コンコースから、大規模なビル建設工事を眺めた。高輪ゲートウェイ駅は、東京五輪の開催に合わせて、2020年3月に暫定開業した。当時、山手線に46年ぶりに新駅ができるとのことで話題となった。駅
富士山は、いろいろ雲。不思議雲を創る。山頂周辺の雲と夕日の位置によって、光芒が見られる。薄明光線と呼ばれ、上空から地上を照らす場合、天使の梯子とも呼ばれる。 富士山山頂に棚引く雲の上から射す
所用のため都内に行くことが増えた。最近、コロナウィルス感染の猛威も低下してきた。各種、感染対策も緩和気味。市川駅で途中下車して、江戸川上空150mからの景色を観る。冬晴れの景色を期待して登ったが、西
江戸川土手へDM富士を見に行くも、山頂に雲が懸かっていた。玉葉橋の上流へ移動して、夜景を収めることにした。 夕景の空は、茜色が深紅色に染まり、暗さが増す。越谷のリユース展望台が真っ白くライ
襟裳岬から海岸沿いの国道336号を、アポイ岳(標高810m)を望んで西進する。浦河町内の大通りで、国道235号になる。この先、新冠町へ続く道は、「優駿浪漫街道」と呼ばれる(2006年に命名)。雄大な日高山脈と馬が草を
江戸川に架かる玉葉橋からダイヤモンド富士を観賞する。この日は、西の空全体に靄(もや)懸かり、輝きのない夕日となる。いわゆる「お供え富士」となり、山頂を斜めに沈んだ。上空に小さな皿雲があり、夕景にアク
玉葉橋から上流約3.5kmに野田橋(県道19号)がある。この間、江戸川は南東方向に流下する。野田橋付近から日の出を見ると、江戸川を照らす位置となる。気温が低下した朝、川霧が発生するので、幻想的な光景となる
ダイヤモンド富士を眺めていると、しばしば山頂付近の空に影ができる。影がくっきり見えは、二重富士、また影富士と呼ばれる。影の大小・濃淡は、その時の気象条件と見る位置よる。[撮り溜めた写真から] 山
道の駅「うらほろ」から広尾町へ向かう国道336号は、太平洋と日高山地を望む雄大な景色がある。丘陵地帯の牧草地が断続的続く。広尾町を抜けると、景色が一変する。海岸と道路に急峻な崖が迫ってくる。
寒中の朝、江戸川土手から薄紅色に染まる紅富士を観る。風が止むことの多い早朝、そんな日には富士山が優しく見える。但し、散歩する人の手と足の先は、凍えている。身体本体には、ホカロンを貼っているので暖か
あけぼの山農業公園のメタセコイアと風車前花畑を散策する。メタセコイアの葉が枯れ落ちる前に訪れた。朝日に当ると赤味が増すので、和名として「曙杉」が付けられている。強く風が吹く1月には、スケルトン状態
いつものように、江戸川土手へ「DM富士」を観に行く。一瞬だったが、富士山頂に迫った夕陽が二つに見えた。まるで「二玉団子」または「雪だるま」ようだった。良く冷えた朝夕に、海上で見られる「だるま朝日・夕
トーチカのような「風の館」屋上の展望台から岬突端まで、約800mの遊歩道が整備されている。風の弱かったので、皆で岬の突端まで歩く。終点部の平場には、神社跡を示すと木製鳥居と石碑が立っていた。「豊
新春の乳白色の残月を流山橋付近で観る[1月8日]。無風に近い朝、丸い残月が江戸川水面に映り込んでいた。1月の満月を「ウルフムーン(狼月)」とも言う。狼が空腹で遠吠えする頃からきたネーミング。ここ流山では
北海道岬めぐり、12番目の襟裳岬に立つ。アイヌ語で「オンネエンルカ」(大きな岬)と呼ばれた。実際に立つと大きな岬で、3カ所の展望台が整備され壮大な展望を望める。西海岸方面にアポイ岳・ピンネシリ、東海岸方
曇天の空模様ではあったが、「DM富士」の撮影散歩のため土手へゆく。垂れ込めた黒雲と富士山頂まで範囲が燃え上がってきた。時間の経過とともに、富士山の噴火を連想させる夕景色となった。 富士山と云え
コロナ感染第8波のさなか、アルバイト会社へ新年の挨拶に都内へ行く。ランチ後、通勤途中にあるJR神田駅で下車して、神田川を渡って神田明神(神田神社)へ初詣する。正月松の内ならば、何回参拝しても初詣と呼ぶ。
千切れ雲が浮かぶなか、ダイヤモンド富士を観る。肉厚の薄い雲なので、夕日を透過する。少しオーバーに云うと、黄金のような輝きだ。日没後、千切れ雲は次第に消えてゆ 辺りが暗くなってくると、対岸の街夜景
「ワタシの宝物」、「ミライの宝物」などと銘うって、トーハク・表慶館で「150年後の国宝展」が開催されていた(2023年1月29日まで)。東京博物館創立150年記念事業の一環。一般部門の「国宝候補」全67件のうち20件を
江戸川の右岸土手からダイヤモンド富士を見ることにした。通常は流山市がある左岸土手を散歩するのだが。4連に並ぶビニールハウスの妻部が夕陽を透過させて輝いていた。4連アーチの灯り。右の黒い塔は、越谷
釧路川河口近く、左岸高台公園にぶつかるように、「幣舞橋(ぬさまいばし)」が架かっている。アイヌ語の「ヌサ・オ・マイ」が名前の由来。神を祀るために木幣を立て並べ、祭祀を行う神聖な場所という意味。木幣の
新年(癸卯)の2日目に、例年通りの「おすわさま」へ初詣した。今年は長い参列が予想されたので、日の出前の参拝にした。チャリで出かけられる距離ではあるが、安全 駒木諏訪神社は、創建が大同2年(807年)と古
「国宝・東京国立博物館(トーハク)のすべて」が2022年10月から開催されていた。1週間延長されたので、12月中旬に相棒と訪れた。トーハクの国宝のすべてを展示されるという。スマートフォンなどによる事前予
年末年始はコロナの感染拡大もあり、遠出や旅行の予定なく、自宅付近で過ごす。北流山の「DM富士」期間中なので、土手歩きが日課。今回は、富士山の北側に夕日が沈んだ後、わずかに「影富士」が現れた。
新年あけましておめでとうございます。今年も「清・多・夢」をよろしくお願いいたします。と共に、皆さまのご多幸をお祈りします。卯年が動き出した。 昨年から世界の秩序が乱れ、国連が機能しなくなった
師走の夕刻、南西方向が晴れて、ダイヤモンド富士を観ることが多い。相変わらずの場所で、同じような写真とはなるが、記憶のためアップします。散歩コースのひとつのなで天気が良ければ、江戸川土手での滞留時間
釧路市内に入る前に、厚岸味覚ターミナルの炭焼炙屋で「焼き牡蠣」の夕食をする。厚岸町は、湾と湖があるので、サロマ湖とならんで牡蠣(マガキ)が特産物。道東エリアにおいて、北海道の養殖牡蠣量の約9割を生産
北流山の江戸川土手からダイヤモンド富士を観る。北風が弱いと、土手散歩する人も多くなる。良い写真が撮れるといいねと声をかけられる。夕陽が沈んだ後の「シルエット富士」もまた美しい・・。 流山市は
冬晴れの日、江戸川土手をいつもより長く歩く。土手の彼方に見える山々は冬の装い。白い帽子を被った山容が良く見えた。富士山も鮮明な姿を見せてくれた。珍しく浅間山が近く感じられた。 東から北、そし
北小金駅南口から徒歩7分の佛法山東漸寺を訪れた。540年の歴史をもつ浄土宗のお寺。広い境内には、約300イロハモミジなどで彩られる。撮り溜めた写真から。 旧水戸街道に位置する東漸寺。この辺りは、江戸
根室半島と釧路市との中間に、太平洋に突き出す小さな半島がある。標高50mほどの長テーブルのような半島の東端に霧多布岬がある。正式名は湯沸岬(とうふつみさき)。駐車場からを草原に伸びる遊歩道(600m)を歩く
千葉県の紅葉スポットとして知られている本土寺を散策した。広い境内は、「山もみじ」、「大盃」、「秋山紅」など約1500本のモミジで彩られる。自宅からチャリで行ける距離だが、事故を心配して電車を利用する。
師走中旬から正月上旬まで北流山の江戸川土手が「ダイヤモンド富士」が見られる。と言っても、遠く離れているので夕陽が富士山頂より大きい。正月飾りのお供え餅の上に載せる橙(だいだい)のようにも見える。長
朝、白い富士がほのかに赤味を射していた。しばらくすると、一層の薄い雲が棚引く。水平に棚引く雲は、雨上りに発生することが多い。その後、日中にかけて晴れる確率が高いという。この日の天気は、たしかに晴天
日本一早い初日の出が観られるという納沙布岬を始めて訪れた。岬めぐりの10番目の岬。ロシアの占領・実効支配が続く、北方四島のひとつ歯舞群島が直ぐそこにある。岬から貝殻島まで3.7km。満潮時には水没する貝
利根運河右岸の理窓記念自然公園を散策する。残っていたモミジを観る。当公園は、東京理科大野田キャンパスの敷地内にある。白鳥池周辺のドーダンツツジが真っ赤に色づいていた。多くのモミジ・カエデは、落葉し
国道44号沿いにある道の駅「スワン44ねむろ」で休憩する。施設の前面ガラス張りの窓から、風連湖(ふうれんこ)および春国岱(しゅんこくたい)の雄大な自然を望むことができる。風連湖の西端、春国岱の入口にネ
近所での買い物などの際に、立ち寄ってプチ紅葉狩りをするスポットがある。江戸川台駅近くの「野馬土手」沿いに伸びた緑地。保存されている野間除土手跡は、長さが220m×高さ2mの規模。落ち葉を踏みしめて、色づ
「鮭の町」と知られる標津町で、海鮮丼の昼食をとる。しべつとは、アイヌ民族の「シベ・ツ」(サケのいるところ)が語源とか。サケの恩恵をうけて、鮭を中心に発展し町。市街の標津川沿いに、サーモン科学館や遡上す
晴れた日、柏の葉公園を散歩する。メタセコイア(曙杉)とラクウショウ(落羽松または沼杉)が色づいていた。ともに落葉針葉樹。メタセコイアは、多目的運動場とテニス場とを隔てるように並んでいる。園内には
知床半島と根室半島の中間に位置し、オホーツク海に腕を伸ばすように広がる野付半島。全長26kmの日本最大の砂嘴(さし)だ。更に八列の分岐砂嘴もできている。釣り針のような、ススキの穂をもイメージさせる
師走の候、寒いけれども朝散歩を継続する。江戸川上流(野田橋方面)に、今年最後の満月が白くなって沈んで行く。棚引く紅い雲に隠れるように・・。再び顔を出した月は、淡青の空に溶け込んでいた。まさに残月で
陽が傾き始めた夕方。江戸川土手を歩く。上空に、うろこ雲が広がっていた。その鱗の一つ一つが大きくなってきたら、天気が悪くなるサインだと言われている。うろこ雲といわし雲は、ともに巻積雲(けんせきうん)の
網走湖を出発して、網走と知床との中間地点道の駅「しゃり」で休憩する。国道224号から海側1kmほど離れているJR知床斜里駅のすぐ傍。斜里町は、オホーツク海に突き出た知床半島の西側にあり、細長い街(延長65km
利根運河河口付近の土手斜面は、季節はずれの青々しさが蘇っていた。草が芽吹き緑の土手と白い富士が眩しい。11月は、稀に見る暖かさ続いた。そのため日当りの良い南斜面が春を迎えたようだ。撮り溜めた写真(11月
女満別川などが網走湖に流入して、網走川となってオホーツク海に流れ出る。水面の標高がゼロメートルなどので、干満の影響を受ける。網走港河口まで5km足らずの距離に位置する。周囲約39kmの海跡湖。北西側にも
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和歌山城天守の北側にある「西之丸庭園」を訪れた。時期はずれなので、入園者は少ない。別名を「紅葉渓(もみじだに)庭園」とも呼ばれ、紅葉時期に大勢の人が訪れるという。池泉(ちせん)を赤いモミジが彩る紅葉の名
紀ノ川に守られるように築かれた梯郭式山城・和歌山城。その特徴は、虎伏山の台地頂の連立式天守。大天守、小天守さらに二つの櫓を多聞櫓によって繋げ、曲線状の唐破風や千鳥破風などの装飾が施されている。
近隣の花見に出かけた。利根運河さくらは、満開を少し過ぎていた。ランチタイムを過ぎた頃に、桜並木を歩く。東武線運河駅から直ぐ近くなので、弁当持参でお花見をする人々が多い。コロナが下火になった今年は
史跡和歌山城を抱く和歌山城公園は、花見の名所と知られている。岡口門から二の丸庭園までの桜並木を中心に約500の桜がある。桜まつり時期になると、園内に屋台が並び、ぼんぼりや提灯が設置される。特に石
寄港地の変更により、和歌山の入港時間が6時15分、出港が13時00分となる。滞在時間が短くなったので、7時頃に下船できるように準備。シャトルバスは期待できないので、タクシーを利用して史跡和歌山城に向かう
名古屋市役所近くの地下鉄名古屋駅からJR名古屋駅に戻る。駅構内のうまいもん通りで、名物の味噌カツでランチする。慣れない地下鉄等を乗り継いで、金城ふ頭駅に辿りつきシャトルバスで15時過ぎに帰還する。
4月中旬なのに各地で夏日が続出している。暖かいを通り過ぎて、運動しなくても汗が出るほどに・・。クルーズ旅行へ出かける前に、撮影していた涼しげな富士山をアップします。 4月15日の埼玉県越谷市の最
名古屋城天守閣に上れない分、名古屋城本丸御殿が混んでいた。30分待ちの行列だ。先の大戦で焼失した本丸御殿は、約9年をかけて2018年に全体公開となった。徳川家と狩野派が創出した芸術の世界だ。30を超える部屋
訪れた日、「名古屋城桜まつり」が開催中で大勢の人出。クルーズ船乗客の多くの外国人も名古屋城に押し寄せた。外国観光客にとつて、お城と桜と富士山などが人気のアイテム。スマホを片手に、自由に動き回っ
ノルウェージャン・ジュエル号は、知多半島から昇る朝日を右舷に見ながら伊勢湾を進む。湾の懐深い名古屋港・金城ふ頭に、午前9時に接岸すめ。仮設テント内で、下船手続き後(パスポート、クルーズカードの提
桜の時期、東京青海の東京国際クルーズターミナルからクルーズツアーに参加した。ゆりかもめ駅から歩いて、ターミナルビルを目指す。ターミナル建物よりも大きい大型客船「ノルウェージャンジュエル」がすでに
地下鉄銀座線・田原町駅の北側、西浅草に東本願寺がある。江戸期神田にあった寺院は、明暦3年の大火ですべて焼失した。その後浅草に移転する。葛飾北斎は、富嶽三十六景のなかで「浅草本願寺」の伽藍と富士を描い
雨上りの朝、菜の花が潤う鮮やかな土手から遠くの日光等の山々を望む。男体山(標高2486m)や女峰山(標高2483m)、大真名子山などからなる山並みは、関東平野から望めるので日光表連山と呼ばれる。この日、関東で最も
吾妻橋の下流250mに架る青いアーチ橋の駒形橋。大きな弓梁で橋桁と床版を支えている。力強い鋼製アーチリブが特徴の橋。関東大震災の復興事業により、現在の位置に始め架けられた(昭和2年)。それまでこの場所には、
例年、サクラとほぼ同時に咲くハクモクレン。今年は、東京のソメイヨシノの開花が3月29日にずれ込こむ。昨年は3月14日だったが、一足先に木蓮が満開となった。ホワイトのモクレンは、上向きに咲き、咲き始めは卵
もう一つの春の風物詩、花粉飛散が早く終わりになればよいが・・。耳鼻科や皮膚科の診療所に列ができる光景が減ったように感じる。但し、スギが終わってもヒノキがある。良く晴れ、暖かい日には、花粉浮遊が
浅草付近を流れる隅田川には、赤・青・緑の3つの橋が架かっている。上流から赤い吾妻橋、青い駒形橋、緑の厩橋と並んでいる。いずれもアーチ橋だ。隅田川の右岸テラスは歩行者用に整備されているので、散歩に適
日本橋・コレド室町の東側に位置する裏通りがピンク色に彩られていた。アジサイ通り、又はオカメザクラ通りとも呼ばれる。2006年に二十数本が植えられたのが始まり。その後も植樹が続けられて、今では700mの桜
東京スカイツリーと富士山をコラボして撮影できるスポットとして、「かまがやスカイビュー」がある。鎌ヶ谷の屋上を展望デッキとして開放している。市役所の建物なので、開館時間帯に利用することになる。原則
芝増上寺を久し振りに訪れた。大門から三解脱門そして石段を昇り大殿(本堂)へ辿るのが一般的。大殿の耐震補強工事で長らく閉館していた宝物展示室が2024年1月からリニューアルオープンした。大殿の地下にあ
福島県庁から東へ約3km行くと、渡利(わたり)地区に花木が賑わう小山がある。春、色とりどりの花が咲きそろうと、桃源郷のような景色が現れる。阿武隈川右岸の丘陵地中腹の「花見山」だ。両側にちいさな川(鈴ケ入
磐梯山南麓に広がるスノー・リゾートアルツ磐梯に隣接する温泉に宿泊する。大浴場「朱嶺の湯」に朝晩2回浸かり、花見の疲れを癒す。スキー場とゴルフ場の間にある星野リゾート・磐梯山温泉ホテル。ホテルから
東武線・藤の牛島駅から徒歩10分の住宅街に「藤花園」がある。藤花園には、樹齢1200年の九尺藤(ノダフジ)があり、花房の長さは最も長いもので2mになる。藤棚の面積は700m2に及ぶ。ミニ見晴し台があり、撮影
猪苗代湖の北を通る磐越自動車道の磐越河東ICを過ぎると、会津盆地が広がる。と同時に標高1816mの百名山・磐梯山の秀峰が良く見える。会津盆地は、複数の河川が流れ込んで形成された複合扇状地。そして流れを
ラーメンで有名な喜多方市。春は東北地方屈指の花見の名所となる。昭和59年に廃線になった旧国鉄日中線跡地を「自転車歩行者道」として整備。約3kmの道に渡り、1000本のしだれ桜並木が建ち並ぶ。日本最大級のしだ
紅枝垂地蔵ザクラは、三春滝ザクラから南へ3.5kmの郡山市中田町にある。福島の桜ツアーでは、滝桜と地蔵桜とがセットなることが多い。福島県の一本桜・番付表では、滝桜が東の横綱、地蔵桜は「西の横綱」と評価さ
利根運河の西側河口に、花見ができる小さな公園がある。天候に恵まれると、富士山や筑波山を望むことができる。江戸川左岸土手と利根運河右岸土手が交わる場所なので、チャリダーが休憩する処(四阿)にもなる。
人口約1.7万人の三春町にあって、郡山市と接し複雑な町境を有する岩江地区の高台でランチする。見晴しが良く、近くに桜並木もある。JR磐越東線(ばんえつとうせん)の舞木駅から東1.5km丘陵地。洋食レストラン、
春に梅と桜と桃が同時に咲く田村郡三春町。人口1.7万人が住む「さくらの里」として知られている。町内には1万本を超えるさくらがあり、なかでも樹齢100年を超えるシダレザクラが70本あるという。町の木はしだれ桜
江戸川土手の斜面が黄色に染まる春。しかしここ数年、堤防補強工事に伴い、菜の花の咲く面積が減少している。「国土強靭化計画」の一環で堤防が改変され、表土と共に菜の花が除去されているため。[撮り溜めた写
国の天然記念物に指定されて100年が過ぎた「三春滝ザクラ」。約25年ぶりに三春町を訪れたが、幹の樹盛は衰えていない。堂々たる枝ぶりだ。四方に伸びた枝から桜色の滝が、ほとばしるように見えたことから付いた
利根運河に流れる水を近くで見ることができる場所が「運河水辺公園」。水量が少ないので、少し堰き止めるようにして水辺を造っている。両岸に桜並木があり、ささやかながら「さくらまつり」も開催される。左岸の
流山・三輪野山(みわのやま)の西側に「一本桜広場」がある。芝生広場の中央に、大きな桜の樹が立っている。閑静な住宅街の一画の敷地は、約6500m2(100m×65m)。近隣の幼稚園児や小学生たちが、桜の周りを遊
東京理科大・野田キャンパスの対岸、利根運河の左岸土手に桜並木が続いている。地元民の花見場所で、固定式のテーブルや椅子が整備されている。桜並木の中間付近に、小高い丘がある。ポケットパークの「眺望の丘
桜時期の散歩際、少し立ち寄る処がある。旧日光東往還だった道路に佇む深井山浄信寺。境内に高さ10m程のしだれ桜がある。長い期間その花姿を楽しめる。彼岸の墓参りに来た人を癒してくれる。 正門の脇のソ
春の彼岸を少し過ぎた頃に、「お墓参り」する。墓掃除と供花、年中行事だ。そしておはぎを休憩室で食べて、故人を偲ぶ。今年は桜の開花が1週間程早かった。そのため牛久沼聖地公苑は満開を迎えていた。桜雨の
桜満開のピークを過ぎた頃、柏の葉公園を散歩する。園内の桜処を観て歩くと、軽く1万歩を超す。毎年に訪れているので、効率良く歩き回ることができる。場所によっては、花吹雪が散った跡があった。 東京の桜
つくば市泊崎の千勝神社に立ち寄り、桜を観る。あいにくの雨桜となる。傘をかざして参道と境内の桜を眺める。千勝を「ちかつ」と読む。祭神の猿田彦大神から来ている。「ちかつ」は、「打ち勝つ」に通ずるという。
都内に所用で出かけた日、上野公園に寄る。いわゆる「さくら通り」付近は、人出が多く渋滞気味。不忍池側で花見する。池周辺を1周半ほど歩く。野外ステージ施設は仮囲いがあり工事中。ボート乗りが定休日であり、
比較的近場に位置する野田・清水公園には、年に2回から4回(梅・桜・躑躅・紅葉など)訪れる。適当な運動歩数となる。当該公園は、千葉県で3カ所目の「日本さくら名所百選」の地。次いでながら、県内の他2ヶ所