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2008/07/22

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  • 〈私的〉建設DX〈考〉その11 〜 テセウス・パラドックス

    ぼくたち公共建設工事を生業にしている者の大元締めは、言わずと知れた国土交通省です。その国交省が「インフラ分野のDX」を推進しているのですから、同業者同士の会話のなかで「建設DX」が話題にのぼることが少なくないのは当然のことでしょう。しかし、そのなかで、何故だか誰もが触れたがらないところがあることを、はたして皆さんは認識しているでしょうか?その呼称は各企業で色々さまざまでしょうが、いわゆる総務部門のデジタル化についてが、ぼくたちがDXの話をするときに話題の中心となることは、ほぼないのです。なんてことを言うと「オレたちゃ技術系だから当然でしょ」という答えが返ってくるのかもしれませんが、それだけでしょうか?ひょっとしたら、そこがあまりにも旧態依然すぎて、アンタッチャブルなものになっているからなのではないかと、ぼ...〈私的〉建設DX〈考〉その11〜テセウス・パラドックス

  • 〈私的〉建設DX〈考〉その10 ~ 後方2回宙返り1回ひねり

    かつて、近年のレベルやセオドライト(トランシット)はもちろん、かの日本測量界の父である伊能忠敬が使っていた象限儀に至るまで、測量機は「のぞく」ものというのが相場でした。【のぞく】(デジタル大辞泉より)1.物陰やすきま、小さな穴などから見る。2.装置を用いて物体を見る。3.高い所から低い所を見る。4.ひそかにようすをうかがう。また、隠しごとや秘密にしている物などをこっそりと見る。etc・・・言わずもがなですが、この場合の「のぞく」は2。望遠鏡を覗くの「のぞく」です。コペ転の起点となったのは2012年、株式会社トプコンが自動追尾・自動視準のトータルステーションPSシリーズを発売したことでした。これが「のぞかない」測量の萌芽です。さらにトプコンは、2014年、建設現場における杭打ちや墨出し作業を「誰でも簡単に1...〈私的〉建設DX〈考〉その10~後方2回宙返り1回ひねり

  • 〈私的〉建設DX〈考〉その9 ~ ライダー・・・へんしん!!

    前回の締めくくりでぼくは、DXへと至るプロセスとして提示した3パターンのうち「メタモルフォーゼ」を、ローカルで生きる中小建設業が「建設DX」を考えるうえでの対象外としました。どう足掻いても、たとえば「ケータイからスマートフォン」というイノベーションなど起こしようがないぼくたち小規模建設業者には、そのイノベーションが実現したことによって手に入れたデジタルテクノロジー(ツール)を自分のものとして、どのように活用できるかが勝負の分かれ道だと考えるからです。しかし、そのデジタルツールの使途として当初の想定にはなかった活用方法を考え出し、自分たちの仕事のやり方を変え、さらにそれを発展させていくということは、ローカルかつ小規模な企業や、そこではたらく個人であっても、十分に実現可能なことです。ぼくが、ぼくやあなたのよう...〈私的〉建設DX〈考〉その9~ライダー・・・へんしん!!

  • 〈私的〉建設DX〈考〉その8 ~ ラテラルで行こう

    ラテラル思考、といってもピンとこないひとは、またオマエわけのわからない言葉をひねり出したな、と思われるかもしれませんが、残念ながらそうではありません。ラテラル(lateral)とは「横に向かった」「水平な」という意味で、論理を縦方向に深く掘り下げるロジカルシンキングに対して、発想を横にひろげる、つまり、常識や既成概念や固定観念に固執せずに自由な発想でアイデアを生み出す思考法のことです。その起源はけっこう古く、今から60年以上前、マルタの医師であり心理学者でもあるエドワード・デボノが提唱した考え方で、一般に、ラテラルシンキングまたは「水平思考」と言います。ぷっ、じゃあなぜ、わざわざラテラル思考と呼称を変えたんだよ、と口に含んだコーヒーを吹き出しかけたそこのあなた、いやいや、有り体に言えば特段の意味はなんにも...〈私的〉建設DX〈考〉その8~ラテラルで行こう

  • 〈私的〉建設DX〈考〉その7 〜 コペ転

    前回は、「ケータイからスマホへ」を例にとってデジタイゼーションあるいはデジタライゼーションからDXへと昇華する形態として、メタモルフォーゼを挙げました。メタモルフォーゼ(変態)を遂げてトランスフォーメーション(変形)へと至る、というのもおかしな話ですが、とにかくその進化と有り様は、まさにメタモルフォーゼと表現するのがふさわしいと感じたからです。では、メタモルフォーゼだけがデジタル化を起点としてDXへとステップアップする形態なのでしょうか?いくつかの例をつらつら考えてみるに、どうもそうではないようです。いや、むしろそのパターンは希少なのかもしれません。なぜならば、メタモルフォーゼを遂げるためには、さまざまな偶然や因果が関係し合う必要があるからです。つまり、自らの意思や行動のみでそうなることは、ほとんどないと...〈私的〉建設DX〈考〉その7〜コペ転

  • 〈私的〉建設DX〈考〉その6 ~ ケータイのメタモルフォーゼ

    ここで、いったん建設DXという枠から外へ出てみます。デジタルテクノロジー(ツール)がどのようにして世の中を変え、デジタル・トランスフォーメーションを引き起こしたかについて考えるとき、その代表的な例として思い浮かぶのがスマートフォンです。そうそうそういえば一昨日のことです。職長のGoくんと同じセミナーを聴講した帰路、会場から出るか出ないかぐらいのタイミングで彼がこう言いました。「イチバンはスマホの進化なんですよね・・・」たしかに。得たりと膝を打ちました。ぼくもまたそのセミナーで受信したことは数々あったけれど、スマートフォンをどうやって仕事に活かせるかがキーポイントだな、という思いを抱かされたセミナーではあったからです。スマートフォン以前ーーー今から思うと、ビフォースマートフォンとかアフタースマートフォンとか...〈私的〉建設DX〈考〉その6~ケータイのメタモルフォーゼ

  • 〈私的〉建設DX〈考〉 その5 〜 余談です

    前回まではこちら→『〈私的〉建設DX〈考〉その1~序』→『〈私的〉建設DX〈考〉その2~これってDX(じゃん)』→『〈私的〉建設DX〈考〉その3~DXってむずかしい』→『〈私的〉建設DX〈考〉その4~デジタル三段跳び』昨晩9時過ぎ、布団に入り、少しだけ読んでから寝ようと手にしたのは、南直哉『「前向きに生きる」ことに疲れたら読む本』でした。******人が理解し合えないのは当たり前です。まず自分をわかって欲しいと思わないことです。自分だって自分のことをよくわかっていないのに、他人にわかるわけがありません。自分以外の人間には絶対になれない以上、他人のことは決して全部わからないのです。もし、相手のことをわかったと思うのなら、あるいは、自分を理解してもらえたと感じるのなら、それはしょせん誤解にすぎません。「理解」...〈私的〉建設DX〈考〉その5〜余談です

  • 〈私的〉建設DX〈考〉その4 ~ デジタル三段跳び

    前回まではこちら→『〈私的〉建設DX〈考〉その1~序』→『〈私的〉建設DX〈考〉その2~これってDX(じゃん)』→『〈私的〉建設DX〈考〉その3~DXってむずかしい』DXという言葉ばかりがクローズアップされるため、一般には馴染みが浅い言葉ですが、デジタル化を語る概念としてデジタイゼーションとデジタライゼーションがあります。それがどういう意味なのか、いくつかの定義を紹介するとことから今日の稿をはじめます。まず、国連開発計画(UNDP)では次のように定義しています。・デジタイゼーション:既存の紙のプロセスを自動化するなど、物質的な情報をデジタル形式に変換すること。・デジタライゼーション:組織のビジネスモデル全体を一新し、顧客やパートナーに対してサービスを提供するより良い方法を構築すること。令和3年の『総務省情...〈私的〉建設DX〈考〉その4~デジタル三段跳び

  • 〈私的〉建設DX〈考〉その3 ~ DXってむずかしい

    前回まではこちら→『〈私的〉建設DX〈考〉その1~序』→『〈私的〉建設DX〈考〉その2~これってDX(じゃん)』日本の建設業で「生産性向上」が叫ばれはじめて久しくなりました。とりも直さずそれは、こと「生産性」という側面でわが建設業は、圧倒的に他産業(ぼくの見るところ、どうもそれは製造業をあらわしているようですが)の後塵を拝しているという現状があったからです。生産性向上については、色々さまざまな説明がありますが、ひと口に言ってしまえば、限られたリソース(人員、資機材、時間)のなかでより多くの成果を生み出すこと。これで差し支えないでしょう。人員や資機材が同じならば時間を短く、時間が同じならば人員や資機材を少なく。それが実現したときの状態を、生産性が向上したと言いあらわします。繰り返しますが、その実現を図る武器...〈私的〉建設DX〈考〉その3~DXってむずかしい

  • 〈私的〉DX〈考〉その2 ~ これってDX(じゃん)

    きのうの稿。→『DX〈考〉その1~序』「デジタル技術を活用して、業務フローの改善や新しいビジネスモデルの創出を通じて、それまでのあり方を変え、より良い未来を創造する取り組みがデジタル・トランスフォーメーション、すなわちDXであるらしい」とぼくは規定しました。末尾の「らしい」は単なる照れ(のようなもの)であって他意はありません。大上段に振りかぶってはみたものの、ちょっとばかり照れくさくなってアタマを掻いてみただけのことなのです。なので、一般的には上記説明でなんら問題はないはずです(たぶん)(これも同様)。以前からぼくは、「あらたな仕事のやり方/あたらしい技術」という分数モデルを提示し、「あたらしい技術」という分母をいくら大きくしたところで、分子である「あらたな仕事のやり方」がちいさいままでは、その効果は部分...〈私的〉DX〈考〉その2~これってDX(じゃん)

  • 〈私的〉DX〈考〉その1 ~ 序

    DXという言葉を見聞きしない日がないのは、今のぼくが、地域の土木建設業というビジネスの中心にそれを置いているからであり、それがそのままパソコンの画面に反映されるのがインターネットというものの仕組みである以上、致し方のないことではあります。それにしても、このインターネットというやつは相当に気をつけていなければ、物ごとの移ろいを見誤ってしまうものだと、近ごろつくづく思います。俗に言うトレンド、つまり流行り廃りでさえも、客観的なそれがそのとおりに反映されてぼくたちのスマホやパソコンに表れ出てくるわけではありません。そこでの情報は、あくまでもその検索主体であるぼくたちの嗜好や意向が反映されているものにすぎませんし、それがたとえばGoogleが大成功をおさめたビジネスモデルそのものであるにもかかわらず、多くの人はそ...〈私的〉DX〈考〉その1~序

  • 一に止まる

    「正」という字は「一」に「止まる」と書く。この場合の「一」は、何かを「正しい」と思うぼくやアナタの「正」である。己が言を正論だと信じて述べるのはよい。そうでなければ自信をもって発言することはできないのだもの、そうすることになんら不都合はない。だが、そこに「止まる」のはよくない。なぜならば、「正」が未来永劫まで「正」のままいるとは限らないからだ。あしたのアナタやぼくは、今日のぼくやアナタではないかもしれないように、ぼくたちが置かれている状況もまた同じではないかもしれない。いや、人の世のみならず、地球上に生きとし生けるもののすべてが諸行無常に万物流転だ。だとしたら、そもそも同じだと捉えること自体に無理がある。であるにもかかわらず、その「一」に「止まっている」としたら、いったんは信じた「正」が正しくなくなってし...一に止まる

  • いわく「ド天然」またいわく「ド正論」。他にも「どストレート」や「どハマリ」などなど。近ごろの巷には、「ど」を頭につける表現があふれている。いや、名詞や形容詞の前につけて強調の意味を込める「ど」という接頭詞は、今に始まったものではない。いわく「ど根性」またいわく「ど真ん中」。他にも「どケチ」や「ド素人」、「どえらい」「どでかい」「どぎつい」「ど派手」などなど。もともとは、近世以来の上方俗語であるらしい。二十歳前後という若い時分に大阪ぐらしをしていたぼくにとっては、馴染み深いものである。しかし、近ごろのこの氾濫は、いささか「ど」が過ぎているような気がして、どこかで苦々しく感じていた。そしてそれは、最近の風潮だとばかり思っていた。そして、それへのアンチを表そうとしてこの稿を書くことを思いついた。で、その論を補強...ど

  • 懴悔

    アナタは酒が強い。そう言われることがよくあったし、自ら認めてもいた。過去形なのは、加齢とともにお世辞にもそうとは言えなくなったと自認しているからだ。しかし、けっして強くはなくなった今でも「弱い」と言われることはない。どうにかこうにか、かつての体裁を保っているかのように見えているらしいのは、長い年月のうちに身についた酒席のテクニックゆえだろう。したがって、気を許すとイチコロだ。そんなものだから、強い酒は極力飲まないようにしているし、努めて酔わないような呑み方をしている。ところがきのう、泥酔をしてしまった。何年ぶりだろう。さいわい昼酒、しかも比較的短時間だったので、朝には回復し、無事出勤できたが、それほどに酔った記憶は、この二十年ほどのあいだであと2度しかないほどの大酔いだった。たのしくて気を許したうえに、冷...懴悔

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