孫娘の結婚式 バージンロードを手を繋いで歩くのが 目下の目指す目標という友が居る。 しかし在宅で九十歳を越えた母親の面倒を見ている 七十歳手前の彼は 至って元気で 現役で仕事をしている。 朝の珈
未だ月捲りのカレンダ―が一枚残っているから、 今年の事を論じるのは、時期早々という感じがするが、 柳居子の世代にもなると、何時何が起こっても、不思議の無い世代。 今年は、至って親しかった幼馴染が
昨日 豪州シドニーからやって来た客人は、仕事に取り掛かるまでの遣り取りに手こずったと云うより、時間が掛った。 散髪の椅子に招じ上げて、直ぐにスマホの翻訳の日本語表示を見せて、 頭の上は〇〇〇―に
朝ドラ ブギウギの放映から 笠置シズコのブギウギブームが再来した感じがするが 昭和23年 服部良一作曲のこの曲とは別に、越路吹雪も 「ブギウギパリ」という曲を唄っていたのを知る人は少ないと思う。 未
朝の珈琲屋へは、62年間毎朝通っているから、当然の事ながら 出逢いと別れが有る。 通い始めた頃 同じ卓に座る人は、殆どが明治生まれだった。『この中で 最後まで生残るのは、あんたやなぁ。』と言われてそ
ライブと云うのも、色々なスタイルが有るのだと知った。 地元紙のOB 昔から知っている御仁からのご招待で 昨夜 祇園町北側のライブ会場に出掛けた。 長尺の管楽器 トロンボーンと云うのかな? 聞いた覚
宝塚歌劇団の団員の一人が、自殺した事件は、朝の珈琲屋の話題によく上る。何が有ったのか? 自殺に至る様な虐めが有ったのか? 何となく一人の女性の自死事件とは思えない程 問題が 日毎に 大きくなっていく
古地図を 一寸暇が有ると見る。 折り畳んだのを拡げて見るのも持っているが、普段は座右の友 直ぐ傍に有るのを見る 講談社版 『日本の古地図』昭和51年度版 刊行と同時に買い求めたが 座右の鎮座歴は 47年
出先で、公で無い私のトイレを借りる時『お手洗いを拝借』と声掛ける人は、今どき珍しいと思う。何かタイムスリップしたような感じを受ける。何故其れを話題にするかと云うと、碧眼・紅毛・白皙の偉丈夫 昨日お越
昨日お越しの客人との会話は、ご専門の分野にも立ち入って面白かった。 『年明けると 七十九歳 未だ現役の様な顔をして、仕事させて貰ってますが、六十歳くらいまでは,どの様なお客様が見えても、一応納得し
ある時期 日本で一番影響力の大きかった人 其の消息を聞かなくなって久しい歳月が流れたが、創価学会池田大作名誉会長の訃が ネットやメディアに一斉に流れた。若い人は其の名前すら知らない人が多くなっている
昨日は出先で、『お洒落ですね。』と、褒めて貰った。 着るものはどちらかと云うと 無頓着だが 朝方寒かったので、頂もののバーバリーのコートに これまた頂き物のカシミアの長尺のマフラー デニムのズボン
京都市内で、夜遅くから未明に掛けて 格別明るいところを ご存知だろうか? 良く流行る人の出入りの激しいコンビニを思い浮かべる人が多いかと思うが、さに非ず、京都には寺社仏閣が掃いて捨てる程と云うと罰当
『お顔が広いですね。』というお声掛けを時々頂く。 風体は、決して人を呼び寄せる様なタイプでは無い。 若しセールスマンになっていたら、全く成績の上がらない落ちこぼれになっていただろう。 小・中学校
未だ 十一月の半ばと云うのに 忙しない事を言う客人が居られる。一年に三回か四回散髪にお越しになる様になって、もう二十年は越えているだろう。 十一月半ばの散髪終えての挨拶は、『どうぞ 良いお年をお迎え
仕事をする時間帯と云うのは、職種によって色々あると思う。 営業時間は短くても 準備とか仕込みの時間が大事な職も有るし 入って来た客の気分次第で、何時までも営業時間が終らないという職もある。 又コロ
三条大橋の木製欄干の取り換え工事がほぼ完成した、当初見積もりは、四億円と報じていたが、幾ら掛かったのだろうか? 新橋なら渡り初めの儀式が有るのかと思うが,補修・改修の工事 股幹線道路 列為す車を止めて
東京のさるお金持ちから、『京都の町家に住もうと思うが、何かアドバイス有りますか?』と尋ねられた。 以前、朝の珈琲屋の席でも同じ事を聞かれた答えとほぼ同じ様な事を言った。 『マンションの高層階に住
昨日の日曜日も 一日忙しく飛び回った。 午前中 木屋町三条の 中井画廊で開催中(昨日が最終日)の 野村昌司君の絵画展に出掛けた。 『花より団子』という成句が有る。 花の美しさを愉しむより 団子を食
『お元気ですね。』とよく言われる。『元気そうに見せる元気だけは、未だ残っている様です。』と返すのだが、元気溌剌とは程遠いし 腰の曲がりも増々角度が付いてきた。若い女の子の体格 身長が高くなったなぁと
朝の珈琲屋 五番テーブル 早朝の常連席に座る幸せを感じる時が有る。 其れも年に何度も。 柳居子のパソコンの一切は Yさんに任せ 頼りきり 以前 画面が出てこないと泣きついたら 忙しい身を割いて
一昨日 ほんのちょっぴりの撒き塩の事を書いた、撒き塩は 穢れを浄めると云う様な意味が有るのだろう。 塩撒きで我々が一番眼にする機会が多いのは、大相撲の仕切り前 必ず塩が撒かれる 塩には消毒効果が有る
町の様子が、大きく変わりつつある。 どの様な店でも 経年 世の動きに付いて行くのは大変な事。 一業専一とは言っても内容は常に新しい感覚を採りいれにいと、時代遅れとなり衰微の道を辿る事になる。 店
店を張っていると、色々な人が入ってくる。 必ずやご満足を感じたお客様ばかりでは無いと思うが、昨日は此方からお引取りをお願いした人が居た。 御常連と云うのは 髪型どの様に刈るのか 都度説明する必
国立科学博物館が、資料・標本の維持・管理が、予算不足で クラウドファンディングを使って 協力費を募ったところ。募集期間三カ月を設定した所 予定していた協力費 一億円を遥かに上回る九億円余りを、五万
先週の日曜日は、京舞・茶花・書道の展観を見に出掛けたのだが、昨日の日曜は午後から 大津市民会館で開催の 大津管弦楽団の定期演奏会に出掛けた。 土曜日に出演のバイオリン弾く人が 散髪に見えた ご案内を
親しい料理屋 松長の若女将 真岐チャンのサイトに『名刺』に付いての論議が盛り上がっていた。名刺を如何取り扱うか 肩書き重視するか 利用すべしとか 名刺が其の人全てを表わすものでは無いとか 色々な意見
取上げて公開する事を如何かと思う程 瑣末な事だが、愛用の電動アシスト三輪自転車での朝の出勤経路は、殆ど変らぬ最短コースを取るのだが、帰路は毎日コースが変る。店からは東北の方角 約三キロ程か 軽い勾配
購読紙の〖現代のことば〗欄に、御厨貴氏が『メークルームの政治学』という一文を寄せておられた。十一年間に渡る 時事放談の司会役を務められた時の、印象深く残る一件を取り上げておられた。 政治家には上
屋号と云うのは、ふつう商店や 役者・俳優の家の名前を言う称号の様なもの 個人 若しくは個々の店の事を言うのだが、それ以外職名を表わす言葉として広く使われてきた。例えば八百屋・魚屋の類 以前 今晩
僅か六十年少々の体験だが、床屋稼業の変遷と云うのは 目まぐるしく変わってきたと思う。社会の変化に伴う事だから 時代の流れに従って来たとも言える。 床屋の専門技術的な話題だが、父柳居は、カット(散
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孫娘の結婚式 バージンロードを手を繋いで歩くのが 目下の目指す目標という友が居る。 しかし在宅で九十歳を越えた母親の面倒を見ている 七十歳手前の彼は 至って元気で 現役で仕事をしている。 朝の珈
昨夕 最後の客人送り出して、バタバタとして中断していた昼食を食べ終わり もう営業終了と決めた。午後五時四十分ころ 見た事も無い髭面の巨漢が入って来た。例によって『私自身は 貴方をお迎え出来て 有り難
大阪で始まった 万国博覧会に 身近に居る人や 友人・知人が早々と出掛けた話しを聞いたり 予約を取る手段とか 会場内はキャッシュレスオンリーだとか柳居子の世代には 出掛けるまでに今の時代対応を身に付け
あっという間に、月日が経つと思う事が多い 『石の上にも三年』とか『艱難汝を玉とする』 苦労が人間を作ると教わった世代は、もう今の時代には通用しない事ばかり。誰もが一業専一 自分に与えられた仕事を精
日曜日恒例の ブログプリント版の配達 街歩きならぬ自転車配達は、電動アシストの三輪自転車が、自分の足以上に頼りになる。長距離を物を持って歩くのはもう無理な事だが 大きな籠の付いた三輪車は荷物の量 軽
日米間の関税交渉の最中に 日本の安全保障に アメリカが果たしている負担に対して 日本の感謝の意が足りないとか そういう話しが出てくるのは、 トランプ米大統領が アメリカと言う国は どの様な場所で何を
何十年も前 確かソニーの盛田昭夫氏が 『学歴無用論』という本を出され よく売れてベストセラーとなった。無学歴の柳居子には 関心を呼ぶ様な タイトルだったので 読んだ覚えが有る。 盛田氏は 技術系
今迄 何の気負いもなく 出来ていた事が出来なくなる。又 時間が掛かる。後体の何処かが 痛まぬか 等と考え 引っ込み勝ちになる。 其の事自体が 年取って身を守る事になるのだとは 判っていても寂しい事であ
歴史の始まりは 口伝 紙に書かれた事とか 石に刻まれて伝わった物と言うのは、それ以前の信じられない程長い人間の営みの結果と言えるのでは無かろうか 二足歩行が可能となって、手や指先が、他の生物と
京都の街は 歴史が長い分 色々なものが残っている。又 先の大戦で火空襲によって灰燼に帰すと言う事も無かった分 眼に見えない言葉使使いや 地名・町名・通り筋名 等 厳然と今も残っている これ等全ては
1日 · 我乍 下らない話しとは思うのだが お眼を煩わす。 昨晩 いつも通り 自転車で帰宅の心算が 大粒の雨が降ってきた。 雨合羽も持たず 傘差しての自転車帰宅は 無理と判断して 市バスで帰る事を
日本全国を新幹線網で結ぶ事 地域格差を是正するとか 一極集中の排除とか どれも根拠とする理由づけにはなる話だが、何十年も前 山陽新幹線が開通した時 店の御常連で 岡山の 天満屋という百貨店の貴金属
3日 · 河原町四条上がる東側、軒数は図かだが『黒川タバコ店』が在った 大正時代から続く老舗の煙草やだった。 柳居子がこの店を知った時は タバコ屋は廃業して『フランセ』という 当時流行の洋酒喫茶とい
3日 · 変遷というような大層な表題の記事では無い。久し振りに河原町四条から三条迄歩いて 覚えていた店が何時の間にか消え 新しく開店した店も 売上見込みが達成できないし直ぐに撤収するから どの様な
5日 · 今朝の自宅前 哲学の道沿いの 桜の開花状況は、『満開』『散り初め』が昨日までの事で 落花盛んと言ったところ 少し道を下った京大時計台前 東一条 吉田神社参道沿いの桜は 『散り果て』同じ種
4月5日 · テレビ局も巻き込んで 大騒動になっている 中居某の事とか 広末某というタレント 又 入浴中に死んだ女性歌手かタレントの事 柳居子は 名前も顔も全く知らなかったし 同じ世界 日本の事とは判
4月9日 6:39 · 料理屋 『松長』出入りの仲間で、西の親分と呼ばれる神戸在住の T氏が久し振りに店にやって来た・柳居子より少し年嵩だが 元気一杯 京舞篠塚の社中の一人が おさらいの会を開くと聞いて
4月8日 10:22 · 同じ場所 同じ時間 毎日変わらぬ営みをしていると、場所・時間を共有するような 人間関係の出来る事がある。 始発のバス通勤をしていた時 週一回 同じバスに乗り合わせて 口をきく
4月7日 11:46 · 桜 満開 眼の保養を満喫とは言わないのかも知れないが、日曜日恒例の プリント版配達に出掛ける先 何所もかもが 一斉に咲き 枝に蕾無く 地面に落花も無く 今日辺りが盛りの様に 咲き
4月6日 6:56 · 一見という言葉は、初対面 もとは遊里の遊女と客が初めて出逢う様子を表すことばだったという 柳居子は 一限と一字改めて 一回限りの客人と解釈している。遠来の客人は、殆どが一限さんだ
日本の歌謡曲が、最初に世界で認められた曲と云うのをご存知だろうか? 未だ戦後という色合いが若干残っていた昭和三十年代 『上を向いて、歩こう』 坂本九の歌唱の曲 アメリカに渡ってスキヤキソングと
戰や、大勢の人が住む故の度々の大火、諸々の事情で途切れた事も有ったと思われるが 祇園御霊会 祇園祭が続いている事に 特に山鉾巡行に直接関わる 鉾や山町の人々に 深甚なる敬意と、ご苦労様の気持ちを伝え
このところ オーバーワーク気味で、昨日 『海の日』とやらで、午後三時半頃には 雨にも降られず帰宅した。 家に帰ったら色々と用事が有るのだが、ひとまず一服と 常時腰に巻きつけているコルセットを外し ベ
常日頃 何気なく使う日本語を難しいと思う事がある。『敬語』である。 使う年代を限定される言葉かと思う。余り歳の端もいかない 子供が 大人が使う敬語を使うと 可愛げが無いし 柳居子の年代が、年若い
京に生まれ育って、変らぬ視点で見たり体験してきた事 眼で覚えている季節感覚と言うのが有る。 誰もが浮かれる気分になる祇園祭り 山鉾巡行の十七日 雨が降って傘をさして巡行を見たという記憶が無い
両親共 愛煙家だった。 中学校を卒業して直ぐに理容の仕事を始めた社会人と言う訳でも無いが、未成年の喫煙を咎めだてする事も無かったから 二十歳前には立派な喫煙家になっていた。二十歳の時に何か始めようと
昨日お越しの客人との会話は、祇園祭の事から派生して、京都の旧い話題で 盛り上がった。 『洛中洛外屏風』と言うのは 京都の昔の人の営みが 詳しく描かれていますが 京都の 中と外という意味だと思いま
共に白衣の作業衣を着用しているのだが、 客と患者の差異は歴然。 先日 月に一度の内服薬を貰いに行くだけの心算で 朝一番乗りなら直ぐに帰れると思い 八時の受け付け開始の一時間前 七時に並んで 九時の
都界住いだと 田舎 特に農作業の事等 殆ど何も知る事無く生涯を過ごす事になるのだが。昔はそうでも無かった様だ。未だ幼かった頃 肥え汲み屋さんというのが 時々やって来て それは肥料として使われていた様
オーバー ツーリズムの波は、京都の繁華街 祇園町花見小路界隈とか 錦小路 河原町辺りに限定される訳では無く、柳居子の住む北白川地区 哲学の道の少し北 (上流) 琵琶湖疏水を挟んで向かい側 北白川小倉
昨日は、現役で仕事をしているという 小学校時代の同級生二人に会った。ブログのプリント版を 発刊毎に届けているのだが、仕事をしている事は判っていても 第一線からは退いていると感じる事が有った。
兼好法師 徒然草 第百二十二段に 「人の才能は」という一文を載せておられる。 人の才能は、文明らかにして、聖のおしえを明らかにするを第一とする。次に字を書く事 上手に書けなくても学問には書ける事
母が昔使っていた言葉を、自分も使っていると気付いた時、切なく胸に迫る様な想いと 昔を懐かしむ気分になる。 「ありあわせ」で済ませとこか。 店に住込みの従業員が未だ何人か居た時だから 今から七十年
未だ日も経たないから お目に掛れない人が居る。一万円札「渋沢栄一」と千円札「北里柴三郎」の両名である。 その国を象徴する様な 札に登場する人の条件と言うのはどの様に 誰が決めるのか? 時代背景を感じ
柳居子の店には、時々 思いも掛けない客人がやって来る。ユーチューブの動画を見て、ニューヨークからやって来た理髪師 自分の目 自分の髭で確かめたくなってやって来た客人 又 先日やって来たのは 通信制
昨日は 折角やって来た遠来の客人を断るという 後から考えると残念な事をした。厳つい若者四人連れが入って来て 一人だけカットだけをしてくれと言う。其の髪型と言うのが 柳居子が苦手とする 今流行りの段カ
京都の地名・町名・通り筋名等については、度々色々な視点で記事を書いているが、職とか業が集まっていたとか、名の有る大店が有ったとかで 付けられた町名は、何百年を経ても変らずに残っているのは まさしく歴
一年の半分が終わった。月日の経つのが若い時と比べて早く感じると言うのは、 残余の年数を無意識だが 生理学的自覚をしているのか? 同年代の誰に聞いても早く日が経つは 異口同音 若い時は日の経つ事等
アメリカは、若い溌剌とした政治家が、国のリーダとして頑張る国と言うのは、ケネディ大統領の時代の事が、頭に強烈に焼き付いているからだろうか? テレビの国際中継 リアルに飛び込んできた最初の画面 ケネデ
広辞苑第三版に 宵山の事を『祭日の前夜に行う小祭 特に京都祇園祭りの宵宮(よみや)』という説明がされているのだが、歴史的背景を考えない言葉足らずの部分が有る様に思うのだ。 以前 八坂神宮の年中行