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クニの部屋 −北武蔵の風土記− https://blog.goo.ne.jp/kuni-furutone118/

北武蔵を中心とした歴史を紹介。地方のあまり知られていない城や古墳などを発掘します。

高鳥邦仁
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埼玉県
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埼玉県
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2006/06/13

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  • 連続テレビ小説「らんまん」を古城天満宮より

    羽生城址碑の建つ“古城天満宮”を訪ねたら、境内の桃の木が赤い花を付けていました。今年も春がやってきたようです。とはいえ、その花が桃の木なのか自信がありません。花桃のようですが、植物に疎い僕は、樹木や草花を目にしても、語りかけてくるその言葉を読み解くことができない。日本植物学の父と呼ばれた“牧野富太郎”博士ならば、すぐに植物の名を言い当てるのでしょう。それだけでなく、その植物にまつわる故事や逸話が溢れ出てくるのかもしれません。植物たちの声を読み解き、博士の目にこの世界はどのように映っていたのでしょうか。ところで、令和5年前期のNHK連続テレビ小説「らんまん」は、牧野博士をモデルにしたストーリーです。富太郎役は神木隆之介さんが務めるのだとか。ムジナモ自生地を持つ羽生市生まれとしては興味津々です。牧野博士は18...連続テレビ小説「らんまん」を古城天満宮より

  • 下羽生とお笑いの相性はいい?

    笑うことにはさまざまな効能があるという。例えば、免疫力や記憶力の向上、ストレスや痛みの緩和、ポジティブ思考になって幸せを感じやすくなり、長じて長生きにつながるらしい。振り返って、失意のどん底の底にあった時期がある。どうすることもできない現実に悶え、苦痛で身が裂けそうなほどのトンネルのど真ん中。出口があるのかわからず、手を伸ばしても虚空をつかむばかりそんな暗黒の時期がある。そういうトンネルは、いま思い返しても息苦しい。さて、同級生のS君は羽生市下羽生に住んでいた。放送部だった機縁と、同じクラスになったこともあり、同級生の中で彼の家に遊びに行くことが一番多かった。それは、暗いトンネルにいたときも例外ではなかった。S君の部屋に入ると、彼は文庫本を机に置いてお笑いのビデオを流した。本がたくさんあるその部屋には、お...下羽生とお笑いの相性はいい?

  • 心が折れそうなときに効く呪文は? ーコトノハ拾いー

    心が折れそうになるとき、行き詰ってもうダメかもと諦めそうになるとき、まだ大丈夫、と優しく肩を叩いてくれる1冊があれば何とかなる気がする。なかなか結果が出ず、空回りばかりしながら、林望氏の著書を何度も読み返した頃がある。『魅力ある知性をつくる24の方法』(青春出版社、2001年)は、「認められる努力、疲れて終わる努力」の項があるように、自分のやっていることに疑問と不安を覚えるときほど、じんわりと効く本だったと思う。赤線を引き、フセンを貼って、求める言葉へすぐにアクセスできるようにしていた。座右の銘や好きな言葉を、手帳やノートに書いたり貼ったりする人の気持ちはわかる。自分を元気にしたり、ためらう背中を押してくれたり、落ち込む心を慰めてくれるそんなコトノハ。あるいは呪文。年齢や環境によって感じ方は異なる。不変で...心が折れそうなときに効く呪文は?ーコトノハ拾いー

  • 取り逃がした武田信玄は大きい? ―三増峠の戦い―

    戦国最強と謳われる武田信玄。川中島合戦で上杉謙信と一騎打ちをした逸話はよく知られている。謙信だけではない。信玄は、戦国大名の後北条氏とも野戦を繰り広げている。それは三増峠の戦い。時は永禄12年(1569)のこと。小田原城攻めから帰陣する武田勢を、後北条氏が追撃した。そもそも、後北条氏にとって本拠地である小田原を攻められるのはこれで2回目。1度目は永禄4年(1561)に上杉謙信に攻められている。籠城して事なきを得たが、城下を放火されている。一矢報いたかったのかもしれない。後詰として参じていた北条氏照と北条氏邦は、三増峠で武田勢を迎え撃つ。信玄に耳にもこの情報が入っていた。軍勢を二手に分けて進軍。かくして、三増峠にて武田勢と北条勢が激突する。さすがの武田勢も苦戦したらしい。『北条記』は言う。甲州衆、最前ノ軍ニ...取り逃がした武田信玄は大きい?―三増峠の戦い―

  • 2月12日(日)、羽生で“郷土芸能”が発表される?

    2023年2月12日(日)に、“第14回羽生市郷土芸能発表会”が開催されます。お囃子、太鼓、地芝居、獅子舞と、市内に拠点を置き、伝統芸能を保持する7団体が出演予定です。出演団体と公演順は以下のとおりとなっています。1旭町お囃子保存会2桑崎獅子舞保存会3羽生太鼓みやび4中宿万作保存会5東大和おはやし保存会6下岩瀬白山太鼓保存会7羽生市こども歌舞伎保存会コロナの影響により、本講演会が開催されるのは3年ぶりです。決して短くはない期間でした。3年ぶりの想いを込めて、各団体さんが熱演します。ちなみに、当日は自分が司会を務めさせていただく予定です。3年ぶりの開催ということもあり、口下手の自分が団体さんの足を引っ張らぬよう頑張りたいと思います。開場は12時30分から、開演は13時となっています。場所は羽生市産業文化ホー...2月12日(日)、羽生で“郷土芸能”が発表される?

  • 板倉町でふと目が合う沼は? ―坂田沼―

    沼好きとしては心をくすぐられる板倉町。車の免許を取ったばかりで板倉町へ行ったとき、やけに多くの沼が目に付いたのを覚えている。あのとき見た沼はどこだったのだろう。そう思うときがある。その一つに坂田沼。季節は夏で、沼には水草、岸部には草が生い茂っていた。そこは、童話「やまなしもぎ」に出てくる沼を連想させた。東洋大学が近いと言えば近い。沼の畔には民家が建っている。坂田沼の最深は2.4メートルで、大人が入ったら足が付かない。ひと昔前は、子どもたちの遊び場でもあったのだろうか。そういえば、沼の畔に住む知人がいた。雨の日も風の日も、当たり前のように沼を目にして過ごしていたことになる。年末年始、お盆、クリスマス、節分……。そのときどきの沼はどんな表情なのだろう。でも、目前に沼があっては、それは日常生活の一部であって、特...板倉町でふと目が合う沼は?―坂田沼―

  • 解けぬ誤解のまま、また春が来て

    彼女に恋愛感情を持ったことは一度もない。年上の彼氏がいて、雨の日、映画館近くの薬局へ一緒に行ったときも何とも思わなかった。「私のこと軽蔑する?」と言った彼女に、「軽蔑なんかしないよ」と答えたのは僕の本音だった。それなのに、僕が恋愛感情を抱いていると思ったらしい。隠れてバイクに乗るクラスメイトから、内緒話のようにそう聞かされた。彼女と僕は友だちだった。まばたきするほどの一瞬間だけ、接点を持った同級生だった。放課後の書店で偶然顔を合わせ、そのまま利根川の土手を駆け上ったのをきっかけに一緒に遊ぶようになったのだけど、僕はその頃消えない悲しみに髪が白くなりかけ、彼女は誰にも言えない不安を抱えていた。放課後に会ったのはほんの気まぐれでも、彼女と過ごす時間は優しかった。必要とされたくて、会う約束を交わした。でも、薬局...解けぬ誤解のまま、また春が来て

  • 羽生市民の心のコトノハは?

    羽生市役所の入り口近くに碑が建っている。比較的大きなものだが、案外見過ごされがちかもしれない。その碑は一体何か?市民憲章である。羽生市の市民憲章は、昭和54年11月2日に制定された。このような憲章は各自治体がそれぞれ定めており、住民たちの心のコトノハ、と言ってもいいだろうか。羽生市では、先人たちが築いた郷土の歴史と伝統を大切にすることや、羽生市民であることの誇りと自覚を持ち、幸せと生きがいのあるふるさとを願って定めたという。そのコトノハ(憲章)をあげてみよう。1.感謝の気持ちと奉仕の心を伸ばします2.教養を深め視野を広めます3.勤労に誇りを持ち仕事に励みます4.環境をととのえ住みよいふるさとに育てます5.きまりや秩序をまもり明るい社会を築きますちなみに、当時の市広報を見ると、市民から意見を募って制定された...羽生市民の心のコトノハは?

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