席についたが、誰も来なかった。外国語で「日本人」と書いてある席についた。テーブルに、5〜6人分の食事が用意されていた。イカの刺身と、カレーライスである。僕は1人で食べ始めた。 僕が食べ終わるころに、みんなは現れた。刺身とカレーは下げられ、新たに寿司が出された。僕はそれも食べた。 ...
自分で自分にご褒美、と言うけれど。僕の外面は、僕の内面にご褒美をくれているような気がする。昨日も、今日も、鏡を見ると、僕の外面は、何か言いたげだ。「ほれ、褒美をやるぞ」と言っているのだ。でも、どうやったら受け取れるのかわからない。 ...
コンサート会場に来た。ピアニストがポスターの中を歩いていた。僕はその後をついて行き、‥‥僕がピアノの前まで行く。観客にお辞儀をしているところで、背後から誰かに呼び止められた。おーい、そっちじゃないぞ。僕は我に返り、元の会場に戻った。 ...
コンサート会場近くのカフェに1人でいる君を見かけた。僕は歩み寄り、午後のコンサートを楽しみにしていると伝えた。すると君は顔を上げ、もう1つのコンサートがここで行われると言った。このカフェで。 店内に置かれたピアノの前に黒い服を着た女性が座っている。演奏はすでに始まっていた。静かだが迫力のある、重々しい曲だった。 音はだんだん大きくなった。 君は僕の手を引いてカフェを出た。「...
ピアノの白鍵を1つ外して口に咥えた。火を点けて葉巻のように吸った。それはミの鍵盤だった。ミがいちばん美味い。最後の1本だ。ミはもう残ってない。 ...
自転車で坂道を下った。「底」に辿り着くまでとても長い時間がかかった。日はすっかり傾いて夜になってしまった。雨が上がったばかりだった。「底」にはあちこち大きな水溜りができていた。 ほんの少しだけ標高の高い土地に以前にはなかった町ができていた。 町の入り口にはピンク色の衣装を着たバニーガールが看板を持って立っていた。「何をしてるの?」「バイトの募集よ」「バニーガールのバイト?」「そう...
僕がいない間に、地震があった。火山が噴火して、隕石が落ちて、おまけに台風も来た。半世紀ぶりに帰った生まれ故郷の町は、壊滅していた。 生き残った人たち、1人ひとりに僕は謝った。「お前がやったのか?」小学校のときの同級生は訊いた。「うん」と僕は答えた。 「ずっと、どこに行ってた?」 「南の島。若い女と」 「‥‥それで、本当にお前がやったのか、お前が地震を起こしたのか、何もかも全...
南ヨーロッパのその町に、日本人が経営するインド料理店があった。噂には聞いていたが、食べに行ったことはなかった。昼どきで、外食は高いからと、僕は部屋に戻り、自分で何かつくるつもりでいた。そのとき、噂のインド料理店を見つけたのだ。 店の前に、日本語を話す背の高い地元民たちが、行列していた。僕が最後尾につくと、「お、ホンモノの日本人?」と、十人抜きで、店内に通してもらえた。食べ放題で、千円だ...
その町に入るには、鍵が必要だ‥‥。メタファーではない。本物の鍵が要る。鍵なしで町に入ったところで、本当に入ったことにはならない、とその人は言った。僕たちの保証人だ。 「出るときには鍵は要らないの?」と君は訊いた。「鍵がなければ、本当に町を出たことにはならないんじゃないの?」 「保証人さんは、町のご出身ですよね?」いちおう確認のため僕は訊いた。 その町は子供たちの町だった。大人が...
柔らかい雪が降っていた。その雪は雨みたいに猛烈なスピードで降ってくるので、地面に積もる前にバラバラになってしまった。 階段を下りて地下のライブハウスに行った。激しい演奏を聴いている。友人が2人入ってきた。僕たちはここで待ち合わせたのだ。 「さぁ行こう」と僕は2人に言った。 「音楽のつづきは聴かないの?」 「つづきなんかいいさ」と僕は答えた。 だが1人は曲を最後...
曇り空に、青空が入った「箱」が1つ浮かんでいる。そこは本当は僕の「部屋」だという。でもあんな高いところにある。どうやって上がっていけばいいのかわからない。 一日中曇りだ。昼間なのに暗い。青空は僕の部屋の中に閉じこもったまま出てこない。 ピンクフロイドみたいだ。雲の合間から豚が顔を出した。ブーと鳴く。 ...
小説の書き出しの一行を思いついた。小説の書き終わりの一行を思いついた。その間にある千行も思いついた。けど書き上がったのは小説ではなかった。僕はそういうのが得意だ。そういうごまかしや言い訳が。 ...
ハングル文字を使ったパズル、スクラブルのようなゲーム、僕は「天国(천국)」という単語をつくろうとして、成功した。 それで僕の勝ち、ではなかったのか。 僕は「天国」に行かされた。そこには「天国」をつくったプレイヤーが集められていた。 ずっと同じ姿勢で、次の啓示を待っている間、僕たちに雪が2メートル積もった。 そう、天国は思ったより暗くて寒かった。僕はスイッチを入れた。...
曲がり角を曲がった。最後の曲がり角のような気がした。なぜそんな気がしたのだろう。これで曲がるべき曲がり角はないのだ。もうないのだ。そんな気がした。なぜそんな気がしたのだろう。僕は汗をかいていた。咳までが湿っぽかった。 ...
よく見てみると、僕の人差し指には、関節が4つもあった。曲がるところが突然増えたとは信じられないが、何年も見逃していたとも思えない。でもまぁ、それは後で考えよう。せっかくあるのだから、曲げて見よう。さぁ、ほら。 ...
大根銀行に預金がある。僕のメインバンクだ。宝くじで30億ウォンが当たった。国民大麻銀行の本店で受け取った。 大根銀行に口座がある、と言った。大根のバッジを見せたのに。 当行に資産運用を任せてはいただけないでしょうか? 僕は国家大根銀行に口座がある、と言った。 国民大麻銀行の連中は僕のバッジが見えないのだろうか? ...
先生の前でピアノを弾く。暗譜で弾かなきゃならない。曲はベートーベンのピアノソナタ第31番。楽譜は先生が持っている。何やら講評を書き込んでいる。 僕は暗譜ができてない。先生から楽譜を奪い返す。しかしそれは別の曲の楽譜だった。歌曲だ。ドイツ語で歌詞が書いてある。 僕は弾き始める。戸惑いがちに。するといつの間にか周囲に集まっていた女性たちが、立ち上がり、歌い始める。 ...
夜のあいだ走りつづけていたバスは、朝の早い時間サービスエリアに停車した。乗客たちは目を覚まし、トイレに行った。すぐにバスに戻り、もうひと眠りする。 次にバスが停車したのは、真夜中だった。昼のあいだ、誰も目を覚まさなかった。僕たちは、トイレに行った。そしてバスに戻ると、また眠った。 ...
手に足を持って歩いていた。本物の、生きた人間の足だ。 僕は足の足首のところを持って、杖のように使った。腿は太くて片手では掴めなかったから。そうやって僕は丘の上に上った。頂上と呼べるのがどこかわからなかったが、いちばん見晴らしのよい場所を見つけて、地面に浅く穴を掘り、そこに足を植えた。 ...
何気なく言ったこの言葉が、君を喜ばせることになった。 「君の弾くピアノの音、まるで人間の声のように聞こえたよ。ピアノの音じゃなかった。人が歌っているみたいだった。すごく驚いた」 「本当に? それ、私の究極の目標なの‥‥」 「なんか、達成できてるみたいだね」 演奏中、ステージから客席の僕が見えたそうだ。「すごく、フローリッシュなオーラが出てた」 「フローリッ...
男娼を買った。興味本位で。だが彼はよく見るとおじさんだった。垂れた尻。急に冷めた。 「チェンジしてもらっていいかな?」と僕は訊いた。「やっぱり女がいい」 だが代わりにやってきたのは、おばあさんだった。僕は呆れて訊いた、「あなた何歳ですか?」 「あんたはいくつなんだい?」 26歳だった。 すると、「あんたのこと、覚えてるよ。昔、私を買ったね。30年...
お隣の子供の脳と僕の体はシンクロしていた。どういうことか、その子の脳が発した指令を、僕の体が受けてしまうのだ。 その子がご飯を食べようと思い、箸を使う。 すると僕の手は、そのように動く。 女房が不審がって「何をしてるの?」と訊いた。 「隣の子が、今ご飯を食べてるんだと思うよ」 「何の話?」 「シンクロナイズトご飯」 そんなオカルト、誰が信じるというのだろう...
沖縄に雪が降ったらしい。寒かった。 そしてあれだけ気をつけていたのに、突然ぎっくり腰になったのは、サボテンの呪いではないかと思い至った。 バルコニーに出ていたサボテンを、暖かい室内に入れた。水を与え祈った。祈ってから水をあげたんだったかな。とにかくそうすると、腰の痛みは消えた。 ...
柔らかい土の中を、人が泳いでいる。芸能人らしいが、僕は名前を知らない。彼は土の上に顔を出し、何か喋る。「負けたら」とか何とか、それ以上は聞き取れない。 その横の、白いご飯粒の海を、また別の人が泳いでいる。炊きあがった、粘り気のあるご飯粒。勝者である彼は、そこから這い出て、(ご飯の上に)あぐらをかいて座る。 ...
江戸時代からタイムスリップしてきた男と一緒に、書店へ行く。男は常に興奮状態だ。ちょっとしたことにも驚いて大声を上げはしゃぎまわる。 僕たちは男を紐で繋いでおいた。犬の散歩用のリードに。 「こいつにお使いをさせてみよう」と仲間の1人が言う。「初めてのお使い、江戸時代から来た男編だ」 「隠し撮りした動画をユーチュープで流すんだ」「バズるぞ」 それは倫理的に問題があるんじゃない...
数学の問題が、なかなか解けなかった。教室に、僕1人残った。ずっと考えていると、耳にカブト虫の羽音が聞こえてきた。それは、だんだん近づいてくる。でも、たぶん幻聴だった。今日は、2月15日だから。こんな冬の日に、カブト虫は飛ばない。 みかんを食べている。2月15日のファイルを探した。去年の2月15日だ。みかん箱の底に、それはある。 ...
2時間だけのバイトを終え、帰宅するバスに乗った。いちばん後ろの席に座り、少しうとうとした。 家に着いた。僕の部屋は6階だった。6階まで行くエレベーターがなかなか来なかった。みんな、5階止まりだ。 嫌な予感がしたんじゃ。 エレベーターの時刻表を確認した。 もう、6階行きの終電は出た後だった。エスカレーターで上がろうかと思ったが、エスカレーターは点検工事中だ。(ロビーで寝...
いくつかの箱を組み合わせて芸術作品をつくっていると、何人かの人が見に来た。 多くの人が、箱に塗られているのは何色かと質問してきた。 「まだ色は塗ってないです」 「本当ですか?」 ある人は「素晴らしい作品じゃのう」と誉め称えた。「まだ完成してないですよ」と僕は答えた。 ...
妹の部屋から白い棺桶が運び出された。父はそれをベッドじゃと言い、母はソファじゃと言い張ったが、棺桶であることは疑いようもなかった。 棺桶は火葬場に運び込まれた。棺にはやはり妹が安置されていた。棺には花と一緒にケーキやクッキーが入れられている。 誰も見ていないことを確認して僕はそれらを食べた。 いったい何で死んだのかわからないが、死んでるんならケーキなんか要らないだろう。僕は...
床に転がって昼寝していると、お手伝いさんが部屋の掃除に来た。起き上がるのが面倒だったので、そのまま寝たふりをつづけた。 それを見て、お手伝いさんは僕の尻を蹴飛ばした。「起きてるんだろ? 少しは手伝いなよ」 僕は読みかけの本を手に取った。「いま読書中」 「何読んでるんだい?」 「『北回帰線』、やらしいことがいっぱい書いてある本さ」 「お父様に言いつけてやる」と言ってお手...
兵士たちが堪らず次々とクルマから飛び降りる中、僕らは臭さの中心へと向う。 あまりにも臭かった。ジープから飛び降りた兵士は、地面を転げのたうちまわった。なんでそんなに平気な顔をしていられるのかと、運転手は僕に訊いた。 ‥‥兵士たちとジープに乗り込んだときのこと。みんな鼻をつまんでいた。見送る士官もそうしていた。彼らを見ていると申し訳ない気持ちになった。 やがて目的地に着いた。...
僕の店に男が来た。ウェイトレスが注文を取りに行った。しかし男は何がほしいのか話そうとしない。 「ラーメン食べたくない?」としびれを切らしたウェイトレスは訊いた。「みんなで一緒に食べようよ」 「いいね、そうするよ」と男は答えた。 僕は店の隣のコンビニにカップラーメンを買いに行った。 顔馴染みの店員がいたので彼にテレパシーを送った。それから訊いた、「僕が何を買いに来たかわかる...
君と電話で話していると、精神科医が割り込んできた。ラジオで人生相談をやっている医者だ。「話は全部聞かせてもらいました」と言う。 僕はもう、日本の家は引き払って、韓国に移住しようかという話をしていた。 「何かアドバイスはありますか?」 しかし医者は、彼の専門とはまったく関係のない、金運がアップする財布の話を始めて、僕を困惑させた。 ...
そのポルシェにはクラッチがなかった。「クラッチないですね」と僕は言った。 「ありませんよ」助手席のセールスマンは答えた。 「じゃどうやってギヤチェンジするんですか?」 「頭の中で強く思い描いてください」 なるほど、そういえばこのクルマには、ハンドルもブレーキもない。 僕はギヤを1速に入れ、半クラでゆっくりと発進するところをイメージした(昔をよく知っている人じゃないと、...
最初は消しゴムだった。使いかけだった。その消しゴムを未使用の鉛筆と交換した。鉛筆は高級な筆と交換した。わらしべ長者の話のように、僕の手にしているものは、どんどん高価なものに代わっていく。 最終的には、それは楽譜になった。僕の知らない作曲家の、未発表の楽譜だという。それを僕は、君に渡した。君は初見で弾いた。君が弾き終わると、楽譜はもうなかった。ピアノとともに、消えていたのだ。 ...
円周率は小数点以下2000桁までを暗記している。 忘れられない。 記憶にプラスの障害のあった小学生のときに覚えた。これはいくらでも覚えられると思った。とりあえず2000桁で止めたのだけど、正しい判断だった。 10000桁も20000桁も暗記しなくて良かった。絶対に忘れられなくなっていたと思う。 いや、僕は、円周率をもっともっと暗記するべきだった。 プラス...
図書館から出るのに、出口がわからなかった僕は、窓から出て、塀の上を歩いた。端で飛び降りると‥‥ 図書館は刑務所のように見えた。その向こうに中学校の校舎があった。それもまた刑務所のようである。男子学生がセーラー服を着せられている。下は何もはいてない。ベランダに制服のズボンが干してある。 ...
買ってきたヨーグルトを冷蔵庫に入れる前に床に並べ幼い息子と一緒に数を数えた。全部で11個だったが目で見ただけでは息子は正確に数えられなかった。「触ってもいい?」と彼は訊く。 「いいよ」と僕は答えた。 息子は容器の蓋を開け指でヨーグルトに触り出したがそうやって数えても結局いくつあるのかわからないようだ。 「冷蔵庫にしまおうか」僕は言った。 「冷蔵庫に入れて、あとで食べるの?」...
教室で。英会話の聞き取りができなかった。答えはトイレの中にあると言われた。トイレを見に行く。そこには着物を着た女の人がいて、七輪でサンマを焼いていた。 窓の外にはカップルがいて、彼らもサンマを見つめている。焼いても煙が出ないのはなぜだろう。さっきから犬が吠えている。 ...
その塔の入り口の前で僕は、異教徒の君が中に入ることができるように、君の全身に呪文のシャワーを浴びせた。 『耳なし芳一』の話を知ってる? 彼は耳に呪文を書いてもらうのを忘れた。それで耳を食べられちゃったんだ。 じゃ私も、脇の下を食べられちゃうのね? あぁごめん、脇を忘れてた。 いいよ別に、ここは食べられても。 よくないよ。 ...
その国から出国できるのは1日3人までだった。出国希望者は多かったので、毎日抽選になった。空港で1人ずつクジを引くのだ。その日は20時まで当たりがでなかった。僕たちが空港に着いたのは21時過ぎだったが、まだ誰も当たりを引いていなかった。 僕たちはライトアップされた抽選箱に近づいた。箱にはトナカイとサンタクロースのイラストがあった。まず君が当たりクジを引いた。その次に僕が引いたクジも当たり...
ブランドもののバッグを盗んだ。中古屋に売りつけようとしたが、その店のアンドロイドの店員はバッグは偽物だと言った。お前だって人間の偽物じゃないか、と僕は思ったが、口には出さなかった。 ...
同じとこの周囲をグルグル、半時計周りにまわるのやめられなくなった。その中心にはガラス張りのカフェがある。入りたがっているのだと思われたら嫌だ。 カフェには入り口がない。 よく見てみるとカフェの内側と外側とでは重力の大きさが違うようだ。ということは時間の進み方が違うということである。 ...
その自転車にブレーキはついてなかった。サドルから腰を浮かせるとブレーキがかかる仕組みだった。だからスピードを出そうとして立ち漕ぎをすると止まってしまうのだ。ある意味安全設計であった。 その自転車で僕は駅に向っていた。途中でブランドもののバッグを盗んだ。中古屋に売りつけようとしたが、その店のアンドロイドの店員はバッグは偽物だと言った。 ...
後ろから飛んできた枯葉が1枚、鳥を追い越した。鳥よりも速く飛ぶ枯葉だ。鳥はスピードを上げた。しかし自分を追い越していった枯葉に追いつくことはできなかった。 ...
「ブログリーダー」を活用して、ぼくさんをフォローしませんか?
席についたが、誰も来なかった。外国語で「日本人」と書いてある席についた。テーブルに、5〜6人分の食事が用意されていた。イカの刺身と、カレーライスである。僕は1人で食べ始めた。 僕が食べ終わるころに、みんなは現れた。刺身とカレーは下げられ、新たに寿司が出された。僕はそれも食べた。 ...
7時を過ぎても明るくならない。まだ夜は明けない。ホテルでは眠る以外にすることはなかった。何十時間寝ているのだろう。ときどき目を覚まして小便をした。部屋にはトイレがなかった。廊下の先にそれはあった。 小便をしに来るたびにトイレ周辺の様子は変わっていた。もともとは英語を話す体格のいい男たちがいるサウナの一角だった。従業員用のトイレを借りるのに、彼らと何か話したような気もする。何を話したのか...
同じことを何回もやる。ただ繰り返すのではなく、変身してやるのだ。アンパンマンやドラゴンボールのキャラクター、仮面ライダー、ウルトラマンなどに変身できる。ただ‥‥何をやらされるのだろう? どのぐらいの期間? 他の人たちは変身に夢中で気にしていないようだが、僕は気になる。そのせいで完全には我を忘れられないのだった。 ...
宣伝の写真を撮るのにそのデパートに売っているものは何でも身につけてよかった。僕は着替えるのが面倒だったので普段着に持ち物だけは高級品、というスタイルでいくことにした。ブランドのロゴが入ったバッグや帽子である。 1人の太った女のコは全身有名ブランドで固めることにしたようだ。もう1人のモデルの女のコはおもちゃ売り場から人形やぬいぐるみを持ってきた。 ...
スナイパーの男が、藁人形から藁を1本引き抜く。それで風向きを確認している。 「藁人形なんて古風ですね」、僕の言葉に嘲笑うような響きがあったかも知れない。 スナイパーは拳銃を取り出し、藁人形を何発も撃った。 それから狙撃用のライフルを構え、標的を撃った。 ...
私には家があった。平屋で、広い部屋がいくつもあったが、入ったことはなかった。部屋と部屋をつなぐ廊下で、私は寝ていた。木の床に、身を横たえた。 その夜は、ソフトクリームの夢を見た。綿飴のようなソフトクリームだ。それを食べながら、私はもう1つの家に帰る。廊下で、立ったまま全部食べる。 ...
橋を歩くと、ギシギシ、変な音がした。危ない。橋が落ちてしまう。 端を歩けばいいんじゃないか、と思った。手すりにつかまって、ゆっくり歩いた。 手すりは金(きん)でできていた。いただいて行こう。手すりをもぎ取った。 すると僕の頭は落ちた。両手は塞がっている。こんなときに頭を落してしまった。どうしよう。 ...
君は手帖を買うと言い出す。僕も一緒に見て回る。土産物屋である。どれも高価なものばかりなのだろう。モノはガラスケースの中に入れられていて触れることができない。 店に入るときは靴を脱がなければならなかった。脱ぐのに時間がかかった。ドクターマーチンのブーツを履いていたから。 店の隣が食堂だった。「社長」がごちそうしてくれた。イカの刺身が出てきた。ナンの形に切ってある。カレーに浸...
3人の友達の内1人が、突然老婆になっていたが、奇妙なことに、僕以外の誰も、そのことを気に留めてなかった。 「アタシはおばあちゃんだから、助手席に乗るワ」と彼女は言って、運転を僕らに任せた。 「アタシはアタシだから、アタシが運転するね」と友達の1人は言った。 「ボクもボクだから、後席に乗るよ」もう1人は言った。 「シートベルトがある」と一緒に後席に乗り込んだ僕が言うと、...
マフラーの先っちょの、ピロピロしている部分を切った。しかし、切りすぎた。プレゼントしてもらった大事なマフラーだ。君は怒るだろうか。鏡の前で巻いてみる。 5階から乗り込んだエレベーターの中、「7」のボタンと「1」のボタンが同時に押された。顔を見合わせる2人。一瞬迷って、エレベーターは上昇を始めた。 僕は敗者になった。無言で壁の方を向いた。勝者も俯き、自分の靴を見ていた。 ...
人とぶつかり、服にコーヒーがかかった。「すみません」とその人は言った。「いいんです」と僕は答えた。「これ、僕の服じゃないんです」 よく見ると、その人も僕と同じシャツを着ていた。周囲の人々も、全員同じシャツだ。 僕は、その、コーヒーの染みのついたシャツを洗わなかった。そのまま次の日も着た。 すると、みんなのシャツにも、同じような染みがあるのに気づいた。 ...
信号機の前で待ち合わせをしていた。時計を持ってなかった。信号の色が規則正しく変わった。赤、青、赤、青と。時計を眺めるようにしてそれを見ていたのである。僕は早く着きすぎたようだった。 ...
友達がやってきた。挨拶した。近くのカフェに入った。飲み物だけ注文した。 彼は錠剤を何種類か持っていた。1錠飲むとお腹いっぱいになるやつだ。 どの味がいい? と訊いてくる。でも飲ませてはくれない。 彼は家が全自動洗濯機だった。洗濯機の中に住んでいる。最近はあまり外出をしなくなった。 外を出歩いているのは家が洗濯機じゃない連中だ。そうだろ、と彼は言う。そうだな、僕は頷く。...
黒板の前に立っている先生に直接現金を持っていった。授業料だ。すると黒板がパカッと開いて、事務員のような人が顔を出した。「お金はこちらにいただきます」と言う。信用できるのだろうか。先生もびっくりしているが。 ...
「白身や黄身に感情移入してはいけない」その料理人は言った。 「感情移入ですって?」何を言ってるんだろ。 見知らぬ女が突然家にやって来て、関係を迫った。僕が応じて手を出そうとすると、「何でいきなりそんなことするの?」と声を上げた。「じゃあ帰ってください」と僕は言った。 「やるまで帰らない」と女。吐息が熱い。 ところがよく見ると女だと思っていたのは水色のカゴの中に多数入...
猛スピードでバックしてくる車が僕を跳ねた。全身を激しく打った。すると時間の進み方が突然ゆっくりになった。頭の中を過去の記憶が走馬灯のように駆け巡った。 その記憶は、実際に体験したものばかりではなかった。夢のような空想も多く混じっていた。現実より空想の方が多かったかも知れない。 ある空想の中では、僕は美女と結婚したことになっていた。 現実には存在しない、空想の結婚相手に向って...
告白罪ができた。男が女に愛の告白をすると、逮捕されてしまう。人生詰む。女から男への告白はいいのか。いいらしい。僕は待った。僕はハンサムだから。知らないたくさんの女がやってきた。彼女らは僕の知らない外国の言葉で、一言か二言何か告白し、去った。 ...
僕は町(ちょう)から来た。そこは小さな村(そん)だった。村長が僕を出迎えた。 広場にロケットが用意されていた。僕はロケットでちょうに帰される。宇宙服に着替えて乗り込むと、すぐにカウントダウンが始まった。カウントダウンはいきなり「2」から開始されたので、僕は焦った。 ...
みんなで1枚の大きな紙に絵を描いている。もう遅いからと言って2人が家に帰る。1人で好きなように描きたい僕は最後まで残ることにするが、絵の具は既に青と黄色しか残っていない。 後ろを振り返る。半開きになったままのドアの向こうから入りこんできた熱い風に吹かれる。風は絵のところへ行く。それは絵を乾かそうとしているのだ。 ...
ラジオをつける。待っていたかのようにDJが喋りだす。「○○君においらの先生を紹介するよ‥‥」どうして僕の名前を知っているのだろう。 「先生はすごいんだ‥‥」 「先生はバレーボールの選手だった‥‥」 僕の背後に背の高い女性が出現する。彼女は僕の隣にやってくる。11時になった。DJはお喋りをやめる。 ...
弁当箱の中の、食べ残したご飯を、空港のゴミ箱に捨てた。飛行機に乗る前に、まだ捨てるものがないか見てみた。すると僕のスーツケースの中身が、全部食べ物になっていることに気づいた。いつの間にか中身は、入れ替わっていた。食品は保存のきくものばかりではなく、痛みかけているものもあった。 上空から見た川は、赤ワインのようだった。照らす光もないのに、輝きながら流れている。飛行機はさらに夜空を...
中身は僕自身知らない。どうやって開けるのかもわからない。誕生日のプレゼントとして僕が君に渡したのは、卵型のケースに入った「何か」だった。ところがみんなはそれを見て、「とても綺麗な花だね」と言ったり、「何の本なの?」と訊いたり。 ...
ゴキブリを手でつかまえた。どうすればいいかわからなくて混乱した。電子レンジの中に投げ入れて扉を閉め加熱した。そしたらもっとどうすればいいのかわからなくなった。 そんなとき。自分は変われるかどうか調べる試験があって、僕はみごと合格した。そんな気分だ。他の誰が課したのではない、自分自身が課した試験に、僕は。 ...
僕たちの乗るマイクロバスは車道を1列になって歩く馬とすれ違ったときも、動物園の中に入ったときも、速度を落とさなかった。まっすぐ、コアラの元へ向かい、止まった。僕たちはバスを下りて、コアラに触った。バスは、発車した。僕たちの戻りを待たなかった。 ...
鳥の仮面を付けた男が、ベッドに横たわるマネキン人形を優しく撫ででいる様子を、遠くから僕は見ている。 すると路の先から、同じ仮面を付けた男たちが、何人もやってきた。僕とすれ違い、‥‥あのマネキンの寝ている部屋へ向う。 振り返らず、僕は歩いた。‥‥いつの間にか隣に、あのマネキンのように白く、すべすべした巨大な女がいた。 ...
列車には窓がなく外の様子がわからないが、乗り合わせた僕たちはみんなで晴れていると思い込むことにする。僕は更にその思い込みに季節を付け加えることにした。「夏」。気持ちのよい朝だ。隣の席の若い女性グループが食堂車から僕にもジュースとクロワッサンを持ってきてくれる。 ...
待ち合わせた地下鉄の出口は、番号ではなく「うんこ」と名付けられていて、僕たちを気まずくさせるのです。 「ちんこ」の前で待ち合わせるよりは、まだマシですけど。 それでも「うんこの前で待ってるね」とは言いづらい。 ぶんこの前で、文庫本で、などと言い換える君。絶対に僕が先に着いていなければと思うのです。 ...
新幹線の「舳先」と言っていいのか、カモノハシのクチバシのような先端部分の上に、僕ら選ばれた幸運な乗客のための席はあって、時速300kmを体感するのですけれども、鉄道オタクのような1人の大男が、アルコールを持ち込んだ若い女性たちのグループに、それはジェットコースターに乗りながら、あるいはスカイダイビングをしながら、酒を飲むようなものでしょう、と反語的な苦言を呈しました。 ...
真夜中に僕は目を覚ました。もう眠くはなかった。そのまま起きることにして1階に下りた。歯を磨いてトイレに行きたかった。だが1階は僕の家ではなかった。 居間と台所の明かりがついている。そこにはいないはずの人たちがいた。双子の妹たちと、お手伝いさんの女性。彼女らには僕の姿が見えないようだ。 父と母が帰ってくるらしい。彼女らはその支度をしているのだ。 この家には息子がいただろう、と...
2階の僕の部屋の、床は透明だった。高所恐怖症の君は、それを怖がる。服を次々と脱ぎ捨て、床を覆った。 黒かった君のシャツや下着は、床に置かれると白くなり、光った。君はその上を歩いて、僕に近づいてくる。僕は靴と靴下だけを脱ぎ、待った。 ...
白くて丸い、光るデザートを買い、写真を撮った。その画像を、誰にも見せずに、ずっと保存していた。違法なポルノを、隠し持つようにして。 1人部屋に戻ってから、その画像を見た。すると今日の君の演奏が、感覚的に理解できた。スマホの発する光が、僕を包んだ。 終演後に君と話す機会はなかった。君のピアノは素晴らしかった。それをそのときに伝えたかった。 ...
電車は鉄橋の手前で線路から外れてUターンした。怖じ気づいたのだろう。台風で川が氾濫しそうになっている。川の向こう側の県に僕は住んでいて、雨がひどくなる前に家に帰りたかったのだが。 鉄橋の手前の駅で僕たちは下ろされた。川を渡ってくれる電車が来るのを待った。 自分でもよくわからない理由で僕はホームのいちばん前、「舳先」に立つ。そのとき川は決壊した。濁流が押し寄せて来るのを見た。駅のホ...
スマホを見ていたら乗り過ごしてしまった。いちども下りたことのない駅で僕は下りた。反対側のホームで引き返す電車を待った。 その間もスマホをずっと眺めていて、行き先を確認することもなくやって来た電車に乗った。 車内は混んでいたが1つだけ空いた席があった。お年寄りや身障者が座るためのシートだ。僕はよく確かめもせずその席に座った。 まだ熱心にスマホを見ていた。結局終点まで乗った。僕...
「どこへ行こうとしてたのだ?」 悪魔の家に行こうと思って支度しているところに悪魔がやって来て訊いた。 「わかんなくなっちゃった」、と僕は答えた。 「君は何しにうちへ来たの?」 「私もわからなくなってしまったのだ」 「私は階段だ」と悪魔は言った。 「階段‥‥」 「私は飛躍したい」。私は悪魔ではないのだ。 その言葉を聞いて僕は一段抜かしで上がった。 ...
そのとき僕は時間よ止まれと思った。お前は美しい。実際に口に出して言った。でも悪魔はやってこなかった。 そういう契約をしていなかったから‥‥「どこへ行こうとしてたの?」 悪魔の家に行こうと思って支度しているところに悪魔がやって来て訊いた。「わかんなくなっちゃった」、と僕は答えた。「君は何しにうちへ来たの?」「私もわからなくなった」 ...
僕は裸足だった。靴はいつの間にか脱げていた。靴の中に入れておいたはずの僕の足の指はなくなっていた。 靴を探した。指か。指はいらないだろう。だが指だけが見つかった。指はとても黒かった。人体の一部のようには見えなかったが、これは僕のものなのだろうか。 ...
庭のサボテンが成長して普通の木になった。高さは数十メートル、もうトゲはない。上の方はどうなっているんだろう? 見に行くと天辺にちょこんとサボテンは乗っかっていた。 ...
住宅街の道の真ん中に僕の便器はいた。 だが本当に僕の便器なのかはわからない。彼はその場に固定され動けなくなっているようだ。 「みんなに見られるのが恥ずかしいです」彼は訴えるので、周りを薄い木の板で囲った。そうすると簡易トイレのようになった。 用を足して扉を開けると、外にはたくさんの人が並んでいる。僕は全員に意味もなく謝った。 ...
広間にいた僕たちの頭上でベトナムの国旗が振られた。僕たちは立ったまま君の演奏を聴いているところ。次の公演はベトナムなんだな。アンコールはベトナムの民謡だ。 電気機関車と線路と山が描かれた大きな皿を僕は手に持っている。今日のコンサートの記念にと渡された皿だ。ベトナムにはこんな汽車は走っていないかも知れないが。 ...
極度乾燥した果物。ただしドライフルーツではない、ただ乾燥した果物。食べ残すべきではない、とその人は言う。口の周りに、子供のように、食べカスをつけて喋る。口の中は、カラカラだった。 ...