父はもう起きていた。ステテコとランニングシャツという格好で寛いでいた。僕は朝食の席についた。 皿に盛られていたのはステテコだった。これに着替えなさいと母。僕が無視していると母は父と言い合いを始めた。 ...
夢を見た。ベッドの上で僕は「ヨシ! ヨシ!」と自分の名前を呼んでいた。その声で目覚めた。しかしその声は自分のものではなかった。この体も自分のものではなかった。 ...
息子がボール遊びをしている。そのボールは惑星なのだそうだ、息子によると。これが火星、これは冥王星‥‥ 冥王星はもう惑星じゃないんだよ、と指摘しようとして思い留まる。 冥王星と2人でお風呂に入ってもいいかな? と息子は訊く。 お母さんと一緒に入りなよ。 駄目だよ。お母さんは冥王星が大嫌いなんだ。 じゃあお父さんと一緒に入ろう。 お父さんも冥王星嫌いでしょ。...
死ぬ夢を見た。僕は涙を流しながら死んだ。死んでからもずっと涙は流れつづけた。明るい病室だ。そこらじゅうに死体はあった。彼らもみんな泣いていた。 ...
岩山で暮らす僕のところに、竜が舞い降りてきた。竜は僕の目の前で卵を産んだ。巨大な卵だ。僕に孵化するまでそれを温めるように命じた。 ...
そいつに近づいた。 踊りながら近づいた。そいつはまず踊ってない者を食べた。踊ってない者を全員食べてしまうと、次は踊りの下手な者を食べた。そいつの周りには、見事に踊る者だけが残った。そいつは次に、あまりにも見事に踊る者を1人食べた。僕たちダンサーの間で、激しい混乱が起きた。するとそいつは、混乱した踊り手を食べた。 ...
ピアノの音に誘われて、大広間に入った。そこには1台のピアノがあり、女性が演奏をしていた。ピアノの周囲には、着飾った人形が何体も立っていた。人形たちは等身大より少し大きく、服はどれも小さかった。 君と僕は手を取って歩いた。足音を立てないように静かに。人形の森をかき分け、そっとピアノに近づく。ピアニストは何も書かれていない楽譜から顔を上げた。 ...
野球をしていた。僕たちのチームの投手は車椅子に乗っていた。彼は5回まで投げた。その後で僕がマウンドに立った。チームは1点差で負けていた。 投げようとすると、つづきは明日にしよう、という声が上がった。みんなが同意した。マウンドを降りた車椅子の投手もその方がいいと言うので、仕方なくそうした。僕は家に帰った。 ...
ぬかるみの中を歩いていた。僕も女房も泥まみれだ。僕たちの子供は僕たちより少し先を歩いていた。ときどき転んだりもした。しかし彼は綺麗なままだった。彼の靴も服もまったく汚れてなかった。同じ道を歩いているはずなのになぜだろうと思った。僕の女房は嬉しさのあまり泣いていた。 ...
南へ旅行に行った。帰ってきてその話をすると、「私も行きたい」と君は言い出した。君を伴って僕はもういちど出かけた。僕は君を案内することができるだろう。 到着した。 町に出た。暑かったので水を買おうとした。しかし君のクレジットカードは使えなかった。僕のカードも使えなかった。どうしてなのかわからない。僕たちは現金をほとんど持ってなかった。 バスがやって来て僕たちの前で停まった。扉...
アイドルのコンサートを観ていた。僕の隣に、ステージで歌うアイドルとそっくりな女のコがいた。クローンなのだ。そのコと手を繋ごうとした。抱きよせようとする。抵抗はされなかった。彼女は本当は嫌がっていたのかも知れないがわからない。彼女に意志があるのかわからないという意味だ。僕はもうステージは観てなかった。 ...
スキーの板を持った男の人が、すれ違いざま私に、「パパ活は楽しいかい」と言った。目が点になった。 「冗談も通じないのか‥‥」 「スキーは楽しいですか?」と私は訊いた。 「わからない。スキーはやったことがない。今からするところさ」 「私もパパ活はしたことがありません。今からするところでもありません」 「そうかい」 ...
その背の高い女の人との待ち合わせ場所へ向う途中、別の背の高い女の人に出会ったのだが、その人は「自分こそがあなたを呼び出した女」なのだと言った。 僕はウソツキの女に話しかけた、「君が僕を呼び出したとして、何の用なの?」 女はウソを答えた。(ホントウだったのかも知れないが、僕はその話を信じない。) 女は1人で喋りつづけた。ピノキオの鼻がのびるように、女の背ものびた。 僕は...
野球をしていた。僕たちのチームの投手は車椅子に乗っていた。彼は5回まで投げた。その後で僕がマウンドに立った。チームは1点差で負けていた。 投げようとすると、つづきは明日にしよう、という声が上がった。みんなが同意した。マウンドを降りた車椅子の投手もその方がいいと言ったが、僕は投げたかった。無失点に抑える自信があった。やる気がみなぎっていた。なぜここで中断するのだろう。チームの裏の攻撃もク...
世界中の人間が、声を揃えて一斉に、お前のことが「好き」だと言うのと、 1人ずつ順番に、「好き」と言ってくれるのと、どっちがいい? どっちか選べ、と神様は僕に迫った。 1人ずつ順番がいいです、と僕は答えた。 というわけで、僕の人生は、そういうものになった。 僕の前に行列ができている。 ...
歩いている高校生が、自転車に乗った高校生とすれ違った。さらに僕ともすれ違った。駄菓子屋の前だった。髪を金色に染めた高校生ともすれ違った。全員女子だった。1人の男子もいない‥‥ 僕はやっと自分の家の玄関前に辿り着いた。家の周囲をぐるっと半周するのに半日かかった。とにかく大きな家だった。 ...
ひどく蒸し暑い夜が、前の方から来た。それとすれ違った。すると朝だった。 どこへ行くの、雨の朝が訊いた。 買い物だよ、コンビニまで、すぐ戻るよ、僕は答えた。 コンビニでは接着剤を探した。それが欲しかったわけではない。けど探した。 ...
僕は白い短パンをはいていた。ブリーフのように見えるデザインで恥ずかしかった。でもこれしかないのだ。長いジャケットを借りて着た。家にいた、知らない女のものだ。それから、膝まであるブーツをはいた。足には毛がなかった。まるで女のようだった。 ...
異常な夕焼けの中を歩いた。赤い光源は2つあった。東の空にも、西と同じ夕日が沈み、僕は天動説を信じた。太陽が動いているのでなければ、このようなことはありえない。地球は丸くない。地球は平らなのだ。大地の端まで行こう、と決めた。このまま、徒歩で。 ‥‥ひどく蒸し暑い夜が、前の方から来た。それとすれ違った。すると朝だった。 ...
ダイアナ妃が書店に来て、店中の本に自分の名前を書いていた。僕たちは茫然と見守るだけだった。 ダイアナ妃はペンを落した。誰も拾ってやろうとはしなかった。彼女がそれを拾うために屈めば、下着が見えるだろうと期待してのことだ。実際に思っていたとおりになった。 帰りませんか、と従者の1人は言った。もう充分でしょう。 ...
道を歩いていた。5円玉が落ちていた。ラッキーと思い拾った。 しばらく行くと、今度は50円玉が落ちていた。拾ってポケットに入れた。この先には500円玉が落ちているだろうと思ったら嬉しくなった。足取りは軽くなった。 ...
清原の豪邸の脇を2度通り過ぎた。道に迷った僕らは同じところを堂々巡りしているのだろうか。そうじゃなくて清原は日本中に家を持っているのかも知れない。清原って誰、と君は訊いた。 交差点を左折した。そのときまで僕らが運転していたのは車だった。今乗っているのは自転車だ。坂道を滑り降りる。そうすると僕らは歩いていた。 高速道路を歩いて横断した。サービスエリアの売店に入った。店内では...
地べたに座っていた見知らぬ人が、僕にそれを渡した。干物だろうか。それは臍の緒だという。誰の? えっ、まさか。そのまさかだよ、あんたのさ。 食べてごらん。食えるわけないだろ? いや、あんたは食べる。勝手に決めるなよ。 食べた者に、永遠の沈黙をもたらすのさ。は? それって死ぬってことだろ? わかってないな、これは言葉を必要としない世界へ行く鍵だよ。 喋れなくなるってことか? あ...
レダという名前の女性が待ち合わせ場所に指定してきたのは、レダという店の中にあるレダという星だった。どういう種類の星なのかは知らない。店の中にあるぐらいだから本物の星ではないのだろう。僕は『星の王子さま』に出てきた小さな星を想像した。王子さまの故郷の、わがままなバラが咲いている星を。そして煤払いをしなければならない3つの火山を。 レダはまだ来ない。店には誰もいない。店にはたくさん...
妹は今家にいない。そのガイジンの女のコは妹の部屋に泊まった。妹が知ったら怒るだろう。ガイジンさんが出発した後で僕は部屋を見てみた。綺麗に使ってくれていればいいのだが。 ベッドの上には下着が脱ぎ捨ててあった。あのガイジンさんのものなのか、妹のものなのかわからない。たぶんガイジンさんが忘れていったものだろう。確認のために彼女に電話をかけた。下着は洗濯機にかけた。 やっと電話がつながっ...
その家にはトイレがなかった。用を足すには少し離れたところにある別の建物に行かなければならない。 その建物のエントランスホールには、『重力の虹』が置いてあった。いつも誰かがそれを読んでいた。 挿絵入りである。文章がほとんどない。 絵ですべてが説明されている(とてもわかりやすく)。 「僕も読んだよ、その本」と言ってみる。 「どこで? トイレの中で?」 違う...
昼間、僕は歌を歌っていた。音楽としてではなく、運動として。運動をするための、準備運動として。すると、たくさんの人が集まって、中には僕と一緒に歌い出す者もあらわれた。困った、と内心僕は思った。僕は歌なんか知らない。 ...
最初に踊った人たちの顔には、数字や記号が大きく書かれていた。そういうお面をつけているようにも見えた。どっちにしろ表情はよくわからなかった。その踊りも何を表現したものなのか知れなかった。 その踊りが終ると美しい人が舞台にあらわれた。その人は踊らなかった。ただゆっくりと歩いていた。男なのか女なのかわからない。髪は長かったが男なのか‥‥ その人は去った。するとその後に、帽子をかぶった男...
道路脇に無人のブース。ピンク色の傘が捨てられている。 雨の中を歩いた。濡れた手に巻き尺を持っている。家から斎場までの距離を測ろうというのだ。 道路を渡る。その向こうが斎場だ。同行者と共に信号が変わるのを待っている。 この道の幅は測らなくていい、と同行者は言う。 どうして? 雨が強くなった。訊きたいことがたくさんあるのに。 同行者は手...
冥王星は寒いが、冥王星人は寒さを人に感じさせない。つねに薄着である。それがマナーだと考えられている。 冥王星人の肌は白かった。そこに1人茶色い肌の男がやってきた。冥王星人たちは男の肌に暖かい太陽を感じた。男は。 ...
僕は朝の頭に口をつけ、その長い髪の毛を少し食べた。 全部ではない。少しである。乱暴に抱き寄せても朝は拒絶しなかった。それはそうだろう。 アサは僕の指導する学生だった。懸賞論文に応募するのを手伝った。論文は実質的に僕が全部書いたと言っていい。 論文は見事入賞し、賞金の100万円を彼女はゲットしたのだから‥‥ 後日副賞の赤ワインが大学の研究室に送られてきた。...
トーク番組の司会者の質問に、僕の知らない外国語で答えている君。隣で僕は深く頷き、笑いが起きたタイミングで腹を抱えるゼスチャー。そんな僕を見て、君がにっこりと笑うから。僕はさらに調子に乗って、「ビアンシュー」などと相槌を打った。 ...
僕は殺された。僕はパトカーの中にいた。パトカーはサイレンを鳴らして、道路を逆走していた。後部座席で、僕は横たわっていた。寝ていた。そのときから既に犠牲者だった。 走行中のパトカーのドアが開いた。誰かが入ってきた。犯人だ。そいつは僕に手を触れずに、僕の首を締めた。 ...
白い蝶が階段を上がっている。歩いて上がっていた。 「何で歩いているの? 飛ばないの?」僕は訊く。 「思い出そうとしているんだ」 「何を?」と僕は訊いた。 長い階段を上りきったところにはレモン色のフェラーリが停まっていた。 近づくと助手席の扉が開いた。僕は乗り込んだ。 運転席には誰も乗ってなかった。 「待ってれば来ると思うんだ」 誰に言うとでもなく、...
高校生くらいの男のコが僕に訊いた。 「よじひきは使える?」 「よじひきって何?」と僕。 僕たちの後ろには修道服を着たシスターたちが並んでいる。 閉店後のスーパーだ。 レジ前に行列ができている。会計をしてくれる人はいないが、買い物カゴを持ったシスターたちは、静かに待ちつづけている。 出入り口は閉まっている。店員もいない。 客はまだ買い物をつづけてい...
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父はもう起きていた。ステテコとランニングシャツという格好で寛いでいた。僕は朝食の席についた。 皿に盛られていたのはステテコだった。これに着替えなさいと母。僕が無視していると母は父と言い合いを始めた。 ...
席についたが、誰も来なかった。外国語で「日本人」と書いてある席についた。テーブルに、5〜6人分の食事が用意されていた。イカの刺身と、カレーライスである。僕は1人で食べ始めた。 僕が食べ終わるころに、みんなは現れた。刺身とカレーは下げられ、新たに寿司が出された。僕はそれも食べた。 ...
7時を過ぎても明るくならない。まだ夜は明けない。ホテルでは眠る以外にすることはなかった。何十時間寝ているのだろう。ときどき目を覚まして小便をした。部屋にはトイレがなかった。廊下の先にそれはあった。 小便をしに来るたびにトイレ周辺の様子は変わっていた。もともとは英語を話す体格のいい男たちがいるサウナの一角だった。従業員用のトイレを借りるのに、彼らと何か話したような気もする。何を話したのか...
同じことを何回もやる。ただ繰り返すのではなく、変身してやるのだ。アンパンマンやドラゴンボールのキャラクター、仮面ライダー、ウルトラマンなどに変身できる。ただ‥‥何をやらされるのだろう? どのぐらいの期間? 他の人たちは変身に夢中で気にしていないようだが、僕は気になる。そのせいで完全には我を忘れられないのだった。 ...
宣伝の写真を撮るのにそのデパートに売っているものは何でも身につけてよかった。僕は着替えるのが面倒だったので普段着に持ち物だけは高級品、というスタイルでいくことにした。ブランドのロゴが入ったバッグや帽子である。 1人の太った女のコは全身有名ブランドで固めることにしたようだ。もう1人のモデルの女のコはおもちゃ売り場から人形やぬいぐるみを持ってきた。 ...
スナイパーの男が、藁人形から藁を1本引き抜く。それで風向きを確認している。 「藁人形なんて古風ですね」、僕の言葉に嘲笑うような響きがあったかも知れない。 スナイパーは拳銃を取り出し、藁人形を何発も撃った。 それから狙撃用のライフルを構え、標的を撃った。 ...
私には家があった。平屋で、広い部屋がいくつもあったが、入ったことはなかった。部屋と部屋をつなぐ廊下で、私は寝ていた。木の床に、身を横たえた。 その夜は、ソフトクリームの夢を見た。綿飴のようなソフトクリームだ。それを食べながら、私はもう1つの家に帰る。廊下で、立ったまま全部食べる。 ...
橋を歩くと、ギシギシ、変な音がした。危ない。橋が落ちてしまう。 端を歩けばいいんじゃないか、と思った。手すりにつかまって、ゆっくり歩いた。 手すりは金(きん)でできていた。いただいて行こう。手すりをもぎ取った。 すると僕の頭は落ちた。両手は塞がっている。こんなときに頭を落してしまった。どうしよう。 ...
君は手帖を買うと言い出す。僕も一緒に見て回る。土産物屋である。どれも高価なものばかりなのだろう。モノはガラスケースの中に入れられていて触れることができない。 店に入るときは靴を脱がなければならなかった。脱ぐのに時間がかかった。ドクターマーチンのブーツを履いていたから。 店の隣が食堂だった。「社長」がごちそうしてくれた。イカの刺身が出てきた。ナンの形に切ってある。カレーに浸...
3人の友達の内1人が、突然老婆になっていたが、奇妙なことに、僕以外の誰も、そのことを気に留めてなかった。 「アタシはおばあちゃんだから、助手席に乗るワ」と彼女は言って、運転を僕らに任せた。 「アタシはアタシだから、アタシが運転するね」と友達の1人は言った。 「ボクもボクだから、後席に乗るよ」もう1人は言った。 「シートベルトがある」と一緒に後席に乗り込んだ僕が言うと、...
マフラーの先っちょの、ピロピロしている部分を切った。しかし、切りすぎた。プレゼントしてもらった大事なマフラーだ。君は怒るだろうか。鏡の前で巻いてみる。 5階から乗り込んだエレベーターの中、「7」のボタンと「1」のボタンが同時に押された。顔を見合わせる2人。一瞬迷って、エレベーターは上昇を始めた。 僕は敗者になった。無言で壁の方を向いた。勝者も俯き、自分の靴を見ていた。 ...
人とぶつかり、服にコーヒーがかかった。「すみません」とその人は言った。「いいんです」と僕は答えた。「これ、僕の服じゃないんです」 よく見ると、その人も僕と同じシャツを着ていた。周囲の人々も、全員同じシャツだ。 僕は、その、コーヒーの染みのついたシャツを洗わなかった。そのまま次の日も着た。 すると、みんなのシャツにも、同じような染みがあるのに気づいた。 ...
信号機の前で待ち合わせをしていた。時計を持ってなかった。信号の色が規則正しく変わった。赤、青、赤、青と。時計を眺めるようにしてそれを見ていたのである。僕は早く着きすぎたようだった。 ...
友達がやってきた。挨拶した。近くのカフェに入った。飲み物だけ注文した。 彼は錠剤を何種類か持っていた。1錠飲むとお腹いっぱいになるやつだ。 どの味がいい? と訊いてくる。でも飲ませてはくれない。 彼は家が全自動洗濯機だった。洗濯機の中に住んでいる。最近はあまり外出をしなくなった。 外を出歩いているのは家が洗濯機じゃない連中だ。そうだろ、と彼は言う。そうだな、僕は頷く。...
黒板の前に立っている先生に直接現金を持っていった。授業料だ。すると黒板がパカッと開いて、事務員のような人が顔を出した。「お金はこちらにいただきます」と言う。信用できるのだろうか。先生もびっくりしているが。 ...
「白身や黄身に感情移入してはいけない」その料理人は言った。 「感情移入ですって?」何を言ってるんだろ。 見知らぬ女が突然家にやって来て、関係を迫った。僕が応じて手を出そうとすると、「何でいきなりそんなことするの?」と声を上げた。「じゃあ帰ってください」と僕は言った。 「やるまで帰らない」と女。吐息が熱い。 ところがよく見ると女だと思っていたのは水色のカゴの中に多数入...
猛スピードでバックしてくる車が僕を跳ねた。全身を激しく打った。すると時間の進み方が突然ゆっくりになった。頭の中を過去の記憶が走馬灯のように駆け巡った。 その記憶は、実際に体験したものばかりではなかった。夢のような空想も多く混じっていた。現実より空想の方が多かったかも知れない。 ある空想の中では、僕は美女と結婚したことになっていた。 現実には存在しない、空想の結婚相手に向って...
告白罪ができた。男が女に愛の告白をすると、逮捕されてしまう。人生詰む。女から男への告白はいいのか。いいらしい。僕は待った。僕はハンサムだから。知らないたくさんの女がやってきた。彼女らは僕の知らない外国の言葉で、一言か二言何か告白し、去った。 ...
僕は町(ちょう)から来た。そこは小さな村(そん)だった。村長が僕を出迎えた。 広場にロケットが用意されていた。僕はロケットでちょうに帰される。宇宙服に着替えて乗り込むと、すぐにカウントダウンが始まった。カウントダウンはいきなり「2」から開始されたので、僕は焦った。 ...
みんなで1枚の大きな紙に絵を描いている。もう遅いからと言って2人が家に帰る。1人で好きなように描きたい僕は最後まで残ることにするが、絵の具は既に青と黄色しか残っていない。 後ろを振り返る。半開きになったままのドアの向こうから入りこんできた熱い風に吹かれる。風は絵のところへ行く。それは絵を乾かそうとしているのだ。 ...
弁当箱の中の、食べ残したご飯を、空港のゴミ箱に捨てた。飛行機に乗る前に、まだ捨てるものがないか見てみた。すると僕のスーツケースの中身が、全部食べ物になっていることに気づいた。いつの間にか中身は、入れ替わっていた。食品は保存のきくものばかりではなく、痛みかけているものもあった。 上空から見た川は、赤ワインのようだった。照らす光もないのに、輝きながら流れている。飛行機はさらに夜空を...
中身は僕自身知らない。どうやって開けるのかもわからない。誕生日のプレゼントとして僕が君に渡したのは、卵型のケースに入った「何か」だった。ところがみんなはそれを見て、「とても綺麗な花だね」と言ったり、「何の本なの?」と訊いたり。 ...
ゴキブリを手でつかまえた。どうすればいいかわからなくて混乱した。電子レンジの中に投げ入れて扉を閉め加熱した。そしたらもっとどうすればいいのかわからなくなった。 そんなとき。自分は変われるかどうか調べる試験があって、僕はみごと合格した。そんな気分だ。他の誰が課したのではない、自分自身が課した試験に、僕は。 ...
僕たちの乗るマイクロバスは車道を1列になって歩く馬とすれ違ったときも、動物園の中に入ったときも、速度を落とさなかった。まっすぐ、コアラの元へ向かい、止まった。僕たちはバスを下りて、コアラに触った。バスは、発車した。僕たちの戻りを待たなかった。 ...
鳥の仮面を付けた男が、ベッドに横たわるマネキン人形を優しく撫ででいる様子を、遠くから僕は見ている。 すると路の先から、同じ仮面を付けた男たちが、何人もやってきた。僕とすれ違い、‥‥あのマネキンの寝ている部屋へ向う。 振り返らず、僕は歩いた。‥‥いつの間にか隣に、あのマネキンのように白く、すべすべした巨大な女がいた。 ...
列車には窓がなく外の様子がわからないが、乗り合わせた僕たちはみんなで晴れていると思い込むことにする。僕は更にその思い込みに季節を付け加えることにした。「夏」。気持ちのよい朝だ。隣の席の若い女性グループが食堂車から僕にもジュースとクロワッサンを持ってきてくれる。 ...
待ち合わせた地下鉄の出口は、番号ではなく「うんこ」と名付けられていて、僕たちを気まずくさせるのです。 「ちんこ」の前で待ち合わせるよりは、まだマシですけど。 それでも「うんこの前で待ってるね」とは言いづらい。 ぶんこの前で、文庫本で、などと言い換える君。絶対に僕が先に着いていなければと思うのです。 ...
新幹線の「舳先」と言っていいのか、カモノハシのクチバシのような先端部分の上に、僕ら選ばれた幸運な乗客のための席はあって、時速300kmを体感するのですけれども、鉄道オタクのような1人の大男が、アルコールを持ち込んだ若い女性たちのグループに、それはジェットコースターに乗りながら、あるいはスカイダイビングをしながら、酒を飲むようなものでしょう、と反語的な苦言を呈しました。 ...
真夜中に僕は目を覚ました。もう眠くはなかった。そのまま起きることにして1階に下りた。歯を磨いてトイレに行きたかった。だが1階は僕の家ではなかった。 居間と台所の明かりがついている。そこにはいないはずの人たちがいた。双子の妹たちと、お手伝いさんの女性。彼女らには僕の姿が見えないようだ。 父と母が帰ってくるらしい。彼女らはその支度をしているのだ。 この家には息子がいただろう、と...
2階の僕の部屋の、床は透明だった。高所恐怖症の君は、それを怖がる。服を次々と脱ぎ捨て、床を覆った。 黒かった君のシャツや下着は、床に置かれると白くなり、光った。君はその上を歩いて、僕に近づいてくる。僕は靴と靴下だけを脱ぎ、待った。 ...
白くて丸い、光るデザートを買い、写真を撮った。その画像を、誰にも見せずに、ずっと保存していた。違法なポルノを、隠し持つようにして。 1人部屋に戻ってから、その画像を見た。すると今日の君の演奏が、感覚的に理解できた。スマホの発する光が、僕を包んだ。 終演後に君と話す機会はなかった。君のピアノは素晴らしかった。それをそのときに伝えたかった。 ...
電車は鉄橋の手前で線路から外れてUターンした。怖じ気づいたのだろう。台風で川が氾濫しそうになっている。川の向こう側の県に僕は住んでいて、雨がひどくなる前に家に帰りたかったのだが。 鉄橋の手前の駅で僕たちは下ろされた。川を渡ってくれる電車が来るのを待った。 自分でもよくわからない理由で僕はホームのいちばん前、「舳先」に立つ。そのとき川は決壊した。濁流が押し寄せて来るのを見た。駅のホ...
スマホを見ていたら乗り過ごしてしまった。いちども下りたことのない駅で僕は下りた。反対側のホームで引き返す電車を待った。 その間もスマホをずっと眺めていて、行き先を確認することもなくやって来た電車に乗った。 車内は混んでいたが1つだけ空いた席があった。お年寄りや身障者が座るためのシートだ。僕はよく確かめもせずその席に座った。 まだ熱心にスマホを見ていた。結局終点まで乗った。僕...
「どこへ行こうとしてたのだ?」 悪魔の家に行こうと思って支度しているところに悪魔がやって来て訊いた。 「わかんなくなっちゃった」、と僕は答えた。 「君は何しにうちへ来たの?」 「私もわからなくなってしまったのだ」 「私は階段だ」と悪魔は言った。 「階段‥‥」 「私は飛躍したい」。私は悪魔ではないのだ。 その言葉を聞いて僕は一段抜かしで上がった。 ...
そのとき僕は時間よ止まれと思った。お前は美しい。実際に口に出して言った。でも悪魔はやってこなかった。 そういう契約をしていなかったから‥‥「どこへ行こうとしてたの?」 悪魔の家に行こうと思って支度しているところに悪魔がやって来て訊いた。「わかんなくなっちゃった」、と僕は答えた。「君は何しにうちへ来たの?」「私もわからなくなった」 ...
僕は裸足だった。靴はいつの間にか脱げていた。靴の中に入れておいたはずの僕の足の指はなくなっていた。 靴を探した。指か。指はいらないだろう。だが指だけが見つかった。指はとても黒かった。人体の一部のようには見えなかったが、これは僕のものなのだろうか。 ...
庭のサボテンが成長して普通の木になった。高さは数十メートル、もうトゲはない。上の方はどうなっているんだろう? 見に行くと天辺にちょこんとサボテンは乗っかっていた。 ...
住宅街の道の真ん中に僕の便器はいた。 だが本当に僕の便器なのかはわからない。彼はその場に固定され動けなくなっているようだ。 「みんなに見られるのが恥ずかしいです」彼は訴えるので、周りを薄い木の板で囲った。そうすると簡易トイレのようになった。 用を足して扉を開けると、外にはたくさんの人が並んでいる。僕は全員に意味もなく謝った。 ...
広間にいた僕たちの頭上でベトナムの国旗が振られた。僕たちは立ったまま君の演奏を聴いているところ。次の公演はベトナムなんだな。アンコールはベトナムの民謡だ。 電気機関車と線路と山が描かれた大きな皿を僕は手に持っている。今日のコンサートの記念にと渡された皿だ。ベトナムにはこんな汽車は走っていないかも知れないが。 ...
極度乾燥した果物。ただしドライフルーツではない、ただ乾燥した果物。食べ残すべきではない、とその人は言う。口の周りに、子供のように、食べカスをつけて喋る。口の中は、カラカラだった。 ...